向こうの部屋から灯りを持ってきて枕元の台の上に置いた。主の姿を余さずよく見られるようにするためだった。仄赤い灯に照らされてぼんやりと陰影のつく肢体。薄い着物の下にくっきりと身体の凹凸が見て取れる。
抱えていた人形を気づかれぬように取り上げそっと床の隅の方へ追いやった。仰向けにさせ四肢を僅かに外側へ開かせると寝台に乗り跨ぐような格好になる。真上から無防備な姿を眺める。しこたま流し込んだ酒のために肌は朱色に染まっている。しかし酒の効果はそれだけではなかった。頬を抓っても少し乱暴に手足を引っ張ってみても全く起きる気配がない。緩んだ口元から静かな寝息がただ漏れ聞こえてくるのみだ。
関羽はあまりにおあつらえ向きな状況にやや狼狽える。自らの汚らわしい欲を発散させる道に、見えない何かが手招きして引き入れようとしているようだ、と思った。自分がとんでもない卑劣漢に見えた。しかし、と関羽はここで考え直す。見つめる先には主の、童のように柔らかな寝顔。もし自分が卑劣な、非道な行いを彼にしたとしても彼はその寛大な心を以て許してくれるのではないだろうか。笑って謝罪を受け入れて、あわよくば「ぼくもずっとこうしたかった」と甘えた声で言ってくれるのでは。もしかしたら、もしかしたら……。
震える指先で肌着の腰帯に触れた。緩く結ばれた布は軽く引いただけで簡単に解れてしまった。解いた帯を左右に散らす。肌着の合わせ目だけが頼りなく少年の身体を守っている。薄く白い布地の下から、赤く色づいた皮膚が透けて見えるような気がした。
喉がいやに乾く。この布一枚剥ぎ取ってしまえば、今一番見たいものが見られる。心の隙のほんの幾らかは埋められる。そして更にその先にも進むことができる。その代わり、後戻りも言い訳も一切認められなくなることは想像に難くない。
縮み上がった舌の根をなんとか動かし唾を飲み込む。強ばる手で肌着の襟元をそっと割開く。そのまま静かに下へ滑らせ魚の腹を捌くように前を開ける。胸から腹が覗く。肌の上を掠めていった男の指にひくり、身体が跳ねる。もう堪らない。まず着物の右をがばと押し開き、間髪を入れず残った左も払い退けた。露わになる少年の無垢な身体。
薄明かりに照らし出された裸体を関羽は淡々と眺めていた。伸びた足下近くで胡座を掻きもう一刻はそうしている。上目遣いに睨み身体の隅の隅まで決して忘れぬようにと網膜に焼き付けている。
まず細長い手足と肉のない胴体。あばらが少し浮き出ていてあまり健康的ではないな、と思う。手の指も足の指も、ひょろりと骨っぽくていけない。もっとうまいものを食わせてやらねば。そして堅く締まった下半身。だらりとぶら下がる性器は色が薄く、形も大きさも共に大人のものと言えるほどではなかった。周囲にはうっすらとした翳りがあった。その申し訳なさそうにしがみついた陰毛を可愛らしく子供らしいと思うし逆にとんでもなくいやらしいとも思う。
関羽は目の前に差し出された食い物を獣の目で味わっている。未だ少年と青年の狭間をさ迷う、芳しいまでの青臭さ。それに幼い目鼻立ちや安らかに眠るあどけない表情が重なってより不道徳の観を呼び起こさせる。ごくり、喉が鳴る。これを今から誰にも邪魔されず食えるのだと思うとこうして観察するだけの一見無駄な時間すら甘美なものに思え、また待てば待つほど食らった時の旨さは一際なのだと考えるともっともっと待ってやろうかという気になってくる。粘っこい唾が沸き、腹が鳴ったような気さえする。
もういいだろうか、いやまだだ、しかしこのままでは夜が明けてしまう、早くしなければ、早く食らわねば、夜が明けてしまうぞ。
まず足先に触れた。踵に手を添え甲を撫でる。細い足首、張ったふくらはぎ、膝頭。揉みほぐすように掌を滑らせ肌のみずみずしさを堪能する。更に這い上り指先が腿の内側に触れた。ぴく、と微かに痙攣する身体。堅く閉じられた瞳の上でそっと眉が顰められる。それを見て関羽はすぐに手を離した。じっと主の表情を窺い、しばらくすると溜息を吐いて寝台から降りた。隣の部屋へ行き盆の上にそのままになっていたとっくりを掴むとまた音もなく主の元へ取って返す。寝台の縁に腰掛け主を見下ろす。目を向けたまま、とっくりの縁に口を付け飲む。一糸纏わぬ主君の身体が酒の肴であった。
本当ならここで野獣の本性剥き出しに少年の小さな身体を貪り食ってやっている所だが、今の関羽にはどうしてもそれができない。牙を抜かれた狼は獲物を前にして右往左往するしかない。
だって、あんまり酷いことをしたらこの気の弱い小さな君主はもうそれだけで胸が潰れ泣きに泣き、二度と口を利いてくれなくなるかもしれないじゃないか、と関羽は言い訳をしてみる。主の寛大な心を免罪符に欲望まみれの卑劣な行為をしようとしていたさっきまでの自分が恐ろしくなった。冷静にならねばと思った。
少年の身体のあちこちに忙しく目を滑らせながらぐびぐびと飲む。唇を袖で拭い深く息をする。軽くなったとっくりを振る。ちゃぷちゃぷと小さな水音。少年は眠ったまま。はっと気付く。
そうだ、ばれなければいいのだ。どんなに身体に触ったってめちゃくちゃなことをしたって、途中で気付かれなければなんの問題もないのだ。丁度よい具合に劉備も泥酔しており、まるで起きる気配がない。これならば少しくらい乱暴したって最後まで気付かずすやすやと眠り続けるに違いない。そうだ、そうに決まってる。
すとんと勢い良くとっくりを床に置いた。相変わらず同じ体勢で眠り続ける主の上にがばと覆い被さる。酔いで真っ赤になった顔を露わな首筋に埋め思い切り息を吸い込んだ。鼻に上る噎せるような酒気に僅か汗臭さが混じる。若々しい香。胸焼けがするほどの生気だ。むらむらと抑えきれないものが腹の底から立ち上る。首に髪に鼻面を突っ込みながらぶるぶる震える手で裸の両足に手をかけた。膝を持って折り曲げ左右に割開き、下半身をその間に捻じ込む。衣服越しに柔らかな下腹部が感じられる。刺激を求め性器に当たる部分を激しく揺り動かす。冷たい耳朶を舌で舐り回す横で劉備が小さく呻き声を上げ始める。真っ平らな胸板。下から上へ掬い上げるように撫でさすれば滑らかな皮膚の中心に突起物があるのがよくわかった。掌でこするように刺激してやるとか細い悲鳴が上がり、見る間にぴんと勃起した。下の方でも堅いものに堅いものが当たるのがわかった。
感じている。男に知らぬ間に身体を弄ばれ、恥ずかしげもなく感じているのだ。男は少年の細い四肢に蛸のように絡み付き全身に執拗な愛撫を施してほくそ笑む。耳を口元近くに持っていけば小さく、ほんの微かだが明らかな悦びの声が漏れ聞こえてくる。あ、ああ、と甘い吐息で男を誘う。応えて蠢く太い手指。緩やかに勃ち始めている場所を掌で包み込み、柔らかくねっとりと愛撫する。掠れた声で「やだ、いやだ」と繰り返す。眉は歪み苦悶の色が濃くなってくる。しかしそれでも双眸はぴたりと閉じたまま、眠りの中でただ陵辱され続けるのみ。
苦しげに開け閉めされる唇にふと目を留めた。ちらちらと覗く薄紅色の舌。旨そうだ。顎を掴みぽってりと濡れたそこに食らいつく。
「…ん! ぐ、うぅ…ぅ……」
舌をしゃぶり尽くしてやろうと思ったが叶わず、すぐ奥に逃げられてしまった。あげく歯をがっちりと食いしばって他人の進入を拒んでいるのだ。関羽は焦った。おそらく、初めてであろう行為に恐怖が伴うのは仕方がない。だがこれを味わうことなく先に進むのはあまりにもったいなさすぎる。
もはや自らの快を求めることしか頭にない関羽は柔らかな唇を舌でなぞりながら策を巡らせる。劉備がうっすらと目を開ける。
「かん、う…? 」
回らない舌でやっと部下の名を呼んだ。ぎくりと肩を跳ねさせさっと主から身を離す。劉備は濁った瞳できょろきょろと辺りを見、覆い被さる部下の顔を見、最後に自らの身体を見下ろした。薄ぼんやりと浮かび上がる貧相な裸体。男の下半身に押しつぶされ形を変える性器。交わる格好に絡まり合う足。胸元に添えられた大きな掌。頭が殴られたように痛みだす。眉を寄せゆるゆると首を振る。
「な、なにし、て…なに、これ」
焦点の定まらぬ目でうろうろ天蓋の裏側を見る。
「なんで、こんな」
「しっ、静かに」
鼻先に迫る黒い影にひっと鳴き身を縮ませた。髪をゆっくりと梳かれる。ぎこちなく、優しい手つき。耳元に響く暖かな低音。
「まだ眠っていていいんですよ」
起きるにはだいぶ早い時間ですから、と卑劣な甘言。耳朶に吸いつかれ頭が痺れる。甘くどろどろに溶けていく。身体が言うことを聞かない。指一本動かせない。頬に接吻一つ。離れていく。腹の上で部下が身を起こして何かしている。床から掴み上げたとっくりを逆さにし残り僅かな中身を口に含んでいる。再び覆い被さる身体。唇を塞がれる。口内に注がれる熱い液体。本能的に飲み下せば喉がひりりと痛んだ。と同時に急速に思考が鈍く、不鮮明になっていく。
唇が離れた瞬間激しく咳き込んでしまった。気管に入った酒が逆流し口の端からたらたらと零れる。舐めとられる感触に身震いする。追い打ちをかけるように、穏やかな声。
「ほら、もう眠たくなってきたでしょう」
「うん…」
だらしなく口を開き四肢を投げ出す。息苦しい。身体が泥の詰まったように重い。瞼ももう開けていられない。そのくせ内の内はかっかと熱くすぐにも燃え尽きてしまいそうで。
遠く近くなる意識の中で確かな不安を感じた劉備は体の異常を伝えようと縋る目で部下を見上げた。
「かんう…なんかへん、これ、へんだ…あ……」
舌っ足らずに繰り返す。腹の下で身を震わせる少年の顎を掴みぐいと持ち上げる。鼻先が触れ合いそうなほど近い顔。互いの瞳に映る己を見ながら息を荒くする。
「ぼく…からだが、へんになっちゃった…あつい、あついよう……」
もじもじと腿を擦り合わせ困りきった顔をする劉備。足の間では小さなものが上を向きかけている。
「病気かもしれません」
「びょーき…? 」
「はい、放っておいたら大変なことになるかも」
白々しくも深刻そうに眉を寄せる関羽。それを見た劉備は朦朧とした頭の端で恐怖を感じる。どうしよう、どうしようと繰り返し泣きそうな目で部下に縋る。無表情に見つめ返す男。馬鹿だなあ、と心中で笑う。
「舌を」
「え…」
「舌を見せてください。それで体の状態がわかります」
目を丸くする。顎を揺さぶられ早くしろと急かされる。命令のおかしさを訝る気持ちより病への恐怖の方が勝っていた劉備は素直にぺろりと舌を出す。目の前が暗くなる。舌先を覆うねっとりとした感触。絡む柔肉。他人の舌だ。今自分は男に口付けられている。気持ち悪い!
気付いた時にはもう遅く、重たい腕を突っ張ってみても顔を背けようとしてみても全て軽くいなされてしまった。角度を変え幾度も幾度も中を舐り回される。互いの唾液がべとべとと唇を汚す。気色悪さを感じながらも快感を覚えずには入られない裏腹な身体。見計らったように下を触られる。握り込まれ上下に激しく擦られると身体がひくりひくりと跳ねてしょうがない。切羽詰まった悲鳴を上げると名残惜しむかのように唇を厚い唇で食み身を離した。少年の上から退き隣に座る。何が起こっているのかわからないままただ体中を好き放題される劉備にはすでに意識がほとんどない。酒と唾液の混じった熱いものを口の端から垂れ流してぐったりと絹の上に横たわる。
衣擦れの音が聞こえた。薄闇の中浮かび上がる、鍛え上げられた肉の鎧。深い陰影の付いた腹筋。生い茂った黒草の、その下で上を向く逞しい生殖器。緩く扱きつつ食い入るように少年の呆けた顔を見つめる。
苦しげに息を吐く少年に哀れみの情は不思議と湧いてこなかった。ただ主君をこれから存分に食えるという悦びしかない。即物的すぎる欲求。昔、ゴロツキだった頃は金や食い物を奪うのと同じように女を略奪しては強姦しまくったものだった関羽だが、今でもその野蛮な習性が抜けきっていなかった。食いたいと思ったものはどんな手段を使ってでも食う。奪い取る。自分にはそれを十分遂行するだけの能力がある。ならばそれの何が悪いのか。
投げ出された細い腕に目が留まった。ぐ、と息を飲み早速手首を掴み引き寄せた。まだ幼い、柔らかな肉を僅かに纏った手指。股間に導きその先端に触らせた。ずるり、淫水で滑る。息が詰まる。手を筒状にさせ幹全体を握らせた。上から手を重ねゆっくりと上下に擦る。濁りきった目で劉備がそれを見ている。顔は驚きとも嫌悪とも知れないもので歪んでいる。関羽は快感にひきつる喉を絞り言う。しっかり扱け。歪んだ表情のまま劉備は従順にそれに従う。明確に拒否できるほど思考がはっきりとしていないのだ。ぎこちなく腕を前後させ男の欲望を煽る。応えて少年の性器をいじってやる男。同時に太股を撫で、奥に隠された部分にも触れる。相互的な前戯が歪んだ熱気と共に際限無く続く。夜は深く、色濃くなっていく。