部屋に戻ると、ケイスケはアキラにケーキと皿を準備するように言って台所へと立った。
ケイスケも決して器用な方ではないのだが、前にアキラが包丁で指を切ってから、料理は自分がやると言ってきかないためアキラも素直に従う事にしている。
渡された箱を開くと、甘い香りが辺りを漂った。中に入っていたのはホールの小さなショートケーキ。中央にはチョコレートの飾りがあり、メリークリスマスと書かれている。
どちらかというと甘いものは好きな部類に入るアキラは、美味しそうな香りに思わず喉を鳴らした。
「ケイスケ? 終わったぞ」
言われた通りにケーキをテーブルの上へ出し、とり皿を並べてから、台所にいるケイスケへと声をかける。
「こっちももう少しだから、アキラは先に座ってて」
フライパンを片手に、振り返って笑いながらそう言ったケイスケに頷いて、アキラはさっき置いた皿の前へと座った。
一人でいた時とは全く違う部屋の雰囲気にホッと息を吐き出す。たとえ会話をしていなくても、静かだったとしても、感じていたはずの息苦しさは全くない。
台所で奮闘するケイスケの姿を見て、アキラは表情を緩めた。
「アキラー! できたよー!」
皿を二つ手にして、ケイスケが笑顔でアキラの隣に座る。テーブルに置かれた皿の上には、ケーキと同じように“メリークリスマス”とかろうじて読める文字がケチャップで書かれているオムライスが乗っていた。
「お前、本当にオムライス作るの上手くなったよな」
「そうかな。でも、はじめは失敗ばっかりだったけどね」
「だな。卵が思いっきり焦げてたり」
「中身の味がなかったりもしたっけ……。あ、でも、アキラは失敗作でも食べてくれたから、次こそって思えたんだよ」
「もったいないだろ、残したら」
「でも、嬉しかったから」
「……冷める前に食べるぞ」
「あ、うんっ!」
二人は視線を合わせて、そしてその時の事を思い出すように微笑み合ってから、ケーキとオムライスを食べ始めた。
本当にいつこんなにも腕を上げたのだろうと、ケイスケのオムライスを食べる度に思う。そしてその中でも一番と言えるくらい今日のオムライスは美味しいとアキラは感じた。
なんとなく悔しい。
自分が作ろうとした時は、全くもって上手くいかなかった事を考えると、そんな気持ちも浮かんでくる。
しかし、あくまでもそれは表向きな話で、ケイスケが自分の料理の腕を自慢したいわけではない事はわかっていた。
絆創膏だらけだったもんな――。最初は。
隣でテレビを見ながら笑うケイスケの指に視線を向ける。
いつからだったか、絆創膏でいっぱいだった指からそれが消えて、失敗だらけだったオムライスを美味いと思うようになったのは……。
おもむろに手を伸ばして、ケイスケの指にそっと触れる。
「ア、アキラ?」
「オムライス。……美味かった」
アキラの行動に驚いて見開かれていたケイスケの目が、テーブルの上で空になった皿を見て、嬉しそうに細くなった。
「えへへ」
「何だよ。気持ち悪い」
「そうやってアキラに喜んでもらえるのが、やっぱり一番嬉しいから」
「……っ」
どうしていつも恥ずかしげもなくそんな言葉が言えるのだろうか。
指と指が触れているだけなのにどこか落ち着かなくなってしまったアキラは、そう思って指を離す。
「片付けは俺がやるから、座ってろよ」
「うん。ありがとう、アキラ」
行き場を無くして宙をさまよいかけた手で空いた皿を掴み、ケイスケの分も重ねて台所へと逃げるように向かった。
勢いよく水を出して食器を洗いはじめる。外の空気に冷やされた水は、痛いくらいに冷たいはずなのに、なぜか今はそう感じる事はなかった。
「アキラ?」
食器を洗い終えたアキラへ、タイミングをはかったようにケイスケが声をかけてくる。
「どうかしたか?」
「うん。あのさ、俺、アキラに渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
大きく頷いたケイスケは、ツナギのポケットから何かを取り出すと、首を傾げたアキラの左手を掴んだ。
「本当は、これだけを買いに行く予定だったんだ。でもケーキが失敗しちゃって」
少し自嘲するように笑って、言葉を続ける。
「結局時間かかってアキラを待たせちゃって、ごめん」
「そんな事……気にしてない」
「ありがとう」
少し掠れた声で呟くように言う。そして触れたままだったアキラの指に、何かを嵌め込んだ。ケイスケの手が離れて、それが何なのかがアキラにもわかる。
「指輪?」
「うん。この前買い出しに一緒に行った時、アキラに似合うだろうなって思ってたんだけど……」
そう言われて、買い出しの時にケイスケがしきりに何かを気にしていた事を思い出す。
「でもあの時は給料前だったから、だから今日買ってきたんだ。うん、やっぱり似合ってる」
にっこりと笑うケイスケと、指に着けられた指輪を交互に見ながら、突然渡されたプレゼントへの驚きから自分の頬に一気に熱が集まってくるのをアキラは感じた。
「俺はお前に何も用意してない……」
ケイスケはケーキも、そして指輪まで用意していたというのに、自分はそんな事を考えてもいなかった。
それにどこか申し訳なさを感じて、それでも優しい視線を向けてくるケイスケを見つめる。
「だから、いいんだって」
そう言いながらもう一度手をとって、今度はアキラをゆっくりと抱き寄せた。
「……ケイスケ」
「こうしてアキラとクリスマスが過ごせるなんて、なんかまだ信じられない」
今までなんとか押しとどめていた熱が、耳元に吹き込まれた声で今度こそごまかせないくらい煽られる。ずっと真っ直ぐに向けられる視線が恥ずかしくて、アキラは逃げるようにケイスケの肩に額を押し付けた。
「さっきはあんなに冷たかったのに、アキラ……すごく温かい」
髪を撫でた指が、輪郭に沿ってゆっくりと降りてくる。そしてそれは顎まできて動きを止めると、顔が見たいと誘うように動いて促した。
「アキラ――」
「……ん、っ」
一回。二回。
まるでそこに互いが存在している事を確かめるように、何回も二人の唇が重なる。
だんだんと深くなるキスに押されアキラの腰がシンクの縁にぶつかり、バランスを崩しそうになる体をケイスケの手がしっかりと支えた。
「アキラ、顔赤い」
「んな事言うなっ!」
「えへへ」
「だから、笑うな!」
そんなやり取りをしながらもしばらくはキスを繰り返し、会話を交わす度にアキラの表情を見てからかっていたケイスケだったが、急に真面目な顔を見せて、唇を襟元へと滑らせた。
「こら……っ」
抵抗も抵抗にならず、思わず声をあげそうになって息を飲む。
「今日はみんないないから、声……我慢しなくていいよ」
「ば、バカ! 誰が……っ!」
誰が声なんてあげるか――。
そう続くはずだった言葉は、ケイスケの片手がシャツの下に潜り込んできた事で言葉にならなくなった。それをいい事にケイスケの指がアキラの肌を撫で、やがてシャツを捲り上げながら胸へとたどり着く。そしてそこにある突起に指が触れると、小さな痺れがアキラの体を駆け抜けた。
「……くっ、ぁ」
無防備に見えた鎖骨の辺りを軽く吸って、ケイスケがまた顔を上げる。
「アキラ」
「……んっ、っ」
再び唇が重なり、それでも動きを止めない指が与える刺激に、二人の唇の間から呻くような声が漏れた。何度も名前を呼ばれて、それだけなのにアキラの体は熱を増していく。
「いい?」
今さらそんな事を聞いてくるケイスケを、少し睨むようにして見返してから、返事の代わりに彼のシャツを掴む。
「……よかった」
愛しげに瞳を細め、そして自分を拒まないアキラの髪を優しく撫でてから、ケイスケはゆっくりと鎖骨や胸に唇を寄せていく。そして唇を離す度、熱がこもった吐息で何度もアキラの名前を呼んで、指で弄られ赤くなった突起をそっと口に含んだ。
「っ、は……ぁっ!」
痺れるような刺激に、我慢しきれずため息に似た声があがり意図せずにシャツを掴む指に力が入る。
「感じる?」
「そっ、んな事、きくな……っ」
声が漏れるだけで羞恥心は十分煽られているというのに、それをわかっていて聞くケイスケの声は、アキラの中の熱まで一緒に煽る。しかしそこで動きは止まらず舌で愛撫を繰り返しながら、ケイスケはゆっくりと手を下肢に降ろしていく。そしてジャージと下着をずらし、既に半勃ちしているアキラの雄に指を絡めた。
「っは、や……めっ」
ビクンと体を震わせてアキラは思わずケイスケの髪を掴む。それでも離れずに動きを加えはじめた指に、部屋に上擦った声が響いた。
立ったままの状態のせいか、足が震え思うように力が入らない。どちらかに意識を集中すればどちらかが疎かになり不意をつかれてしまう。どうすればいいかわからないまま翻弄されるアキラを、ケイスケはうっとりとした瞳で見つめ小さく喉を鳴らした。
「ケ……スケ」
体中を煽る刺激と熱をどうにかしてほしい。自分ではもうどうにもならなくなって掠れた声でアキラはケイスケを呼ぶ。
その手によって与えられる刺激、そして耳に入り込む水音、自分の声、ケイスケの声。全てがアキラの体を煽って絶頂に導く。それに比例しますます吐息も乱れ、我慢しきれず漏れる声もますます大きくなった。
「いいよ、アキラ」
もう絶頂が近いのを察し、ケイスケはそう言ってアキラを力強く抱きしめると、先端を押し込めそれを促すように力を軽く込める。
「ぁ……やめっ、ぁああ―――っ」
最後の刺激で限界を超えたアキラの体が大きく跳ね、声をあげてケイスケの手に白濁を吐き出した。強張った体は、しばらくその刺激の余韻に耐えるように震え、そしてしばらくして一気に脱力する。急な重みにケイスケも支えきれず、二人は重なり合うように床へと倒れ込んだ。