「あの、529……」
無愛想なフロントは、ケイスケが部屋の番号を言い終える前に、もうわかっていると言いたげな表情でテーブルに鍵を投げてよこした。
安値で部屋数を稼ぐタイプのこのホテルは、鍵の管理以外は全てセルフサービスだ。鍵だけはスペアキーの問題もあって出かける時に預けるシステムになっている。
アキラが拘留されている間、毎日のように出かけていたケイスケにとっては、このフロントの対応ももう慣れたものの一つだった。そのためいつものように投げられた鍵を手に、何食わぬ顔でエレベーターの前で待つアキラの元へと駆け寄る。
「アキラ、お待たせ」
「あぁ」
待っている間にボタンを押していたらしく、それからすぐにエレベーターが一階に着いた。
「お前に聞いていた以上だな」
乗り込むなりアキラがそう呟く。
「ホテルのこと?」
問い返した言葉に頷いたのが見えて、ケイスケは軽く笑いを零した。
「アキラに余計な心配をかけたくなかったんだ。あの時はまだ先が見えなかったし」
ホテルを用意してもらったとアキラに言った時、どんな場所なんだと聞かれた。ありのままのこの状態を言ってもよかったのだが、今告げた通り余計なことで心配をかけたくないと思った。そのため、多少控え目に説明していたのだ。
「でも、慣れれば結構気楽なんだよ。ここ」
「そうなのか?」
「うん。綺麗だと色々と気を使うけど、そういうのをあんまり気にしなくてもいいし」
「それは確かに……あるかもな」
ケイスケの言葉に納得したのかアキラが頷くと、ちょうど5階へと着きエレベーターが動きを止めて扉を開けた。
「そこ、529号室」
「あぁ」
たくさんのドアが並ぶ廊下を少し歩き、軽く表示が薄れた部屋番号の書かれたプレートを指差す。
最初にこのホテルに案内された時、まず部屋の多さに驚いた。外観は大して大きくないように見えたせいもあったが、それは部屋に入ると納得できる。
アキラもあの時のケイスケと同じように思ったようで、隣の部屋のプレートに目をやって少し不思議そうな表情をしていた。しかし、鍵を開け部屋に入ると、そのことをすぐに納得したのか、一週間前にケイスケがしたように小さく頷いて息を吐く。
「そっちにシャワーがあるよ。で、こっちがトイレ」
「……これは?」
「それはこうして……っと」
「テーブルか」
「うん。椅子も折り畳み式でここにあるよ」
部屋には本当に最低限の生活用品しか置いてない。テレビも置いてあるのだが、設置されている場所が高すぎて見にくく、ラジオのようにしか使ったことがなかった。
そんな狭い範囲のため、部屋の説明はあっという間に終わり、二人は帰りがけに買ってきた夕食をとることにして畳んである椅子を広げる。
「しばらくはここで過ごすんだよね」
部屋にはテレビから流れてくる内戦についてのニュースが響いている。ケイスケが座った場所からは何も見えないため、視線を窓の方へと向け、そこに映るアキラを見ながら問いかけた。
「あぁ。こっちで仕事を探すとしても、もう少し内戦が落ち着かないと無理だろうって言われたからな」
「うん。俺もそう思ったからしばらく食いつなげそうな仕事がないか探してみたんだ」
そう言って自分のツナギのポケットをあさりメモを取り出す。
「いつの間に……」
「アキラのとこ行った帰りだよ」
「公園に行ってたんじゃなかったのか?」
「聞いたら通り道にあるみたいだったから、そのついでにね。何もしないで待ってるのは嫌だったんだ」
とはいってもその成果はあまりいいものではなかった。そこへよく通っていると言っていた人の話によれば、CFCから日興連に避難してきた人々が仕事を求め、受け入れる側の提示する人数を遥かに上回ってしまっているらしい。しばらくはこんな状態が続くだろうと、日興連に元々いた人達の愚痴が頻繁に耳に入ってきていた。
「それでね、時間は短いんだけど、よく募集が出てたのをメモってみたんだ。なにかの役にたつと思って」
「あぁ。それで十分だ」
アキラの分の最低限の生活費は、その動向を制限している日興連から出ることになっている。だから本当は自分だけが働ければなんとかなるのだが、恐らくそれはアキラが望まないと思い口には出さなかった。
「少し似てるな……」
「えっ?」
突然表情を緩めながらアキラがそう言って、メモに落としていた視線を上げた。
「似てる?」
「あぁ。トシマを出る時、下水道でもこうやってお前と話しただろ」
そう言われてあの暗い道の中、分かれ道がある度に二人で話し合ったのを思い出し頷く。
「あの道がどこに繋がってるかなんてわからなかった。でも、進み続けただろ」
そう。あの地下道を通ってトシマから出られるなんて確証は全くなかった。そのはずなのに、不安に足が止まることもなかった。どんなに疲れていても歩き続けることができた。
きっとそれは、アキラがいてくれたからだとケイスケは思う。あの時繋いだ手から伝わってきた温度が、先が見えない不安の中で確かに希望を与えてくれていた。
「今もそんな気がする」
「……そっか」
こんな状況下でこれからのことは全くわからない。そこに不安がないわけでも決してない。
――でも。
歩くことをやめようとも思わない。
「俺も、アキラと同じ気持ちだよ」
「そうか……」
ふっと表情を和らげたアキラと視線がぶつかって、大きく鼓動が高鳴った。
抱きしめたい。
ずっと抑えていた衝動が一気にわきあがってくるのがわかる。
「あ……のさ、アキラ。色々あったし疲れてるだろ? 先にシャワー使ってよ」
「あぁ、悪い」
「俺は平気だから、気にしないで」
やがてアキラがシャワーを使いはじめたのがわかり、ケイスケはテーブルへと突っ伏して思いっきり息を吐き出した。
何が「平気だから気にしないで」だ。と自分が発した言葉に思わず苦笑が漏れる。
視線、体温、声。
アキラがここにいるんだと実感する度に、さっきのように胸が高鳴って苦しくなる。
「同じ部屋……だもんなぁ。わかってたことだけど」
呟きつつ目線を部屋に一つしかないベッドへと向けた。
ケイスケが抱きたいと言えば、アキラはきっと受け入れてくれるだろう。トシマでそうだったように。
「……っ」
あの時の繋がった瞬間の熱、そしてアキラの表情を思い出しぐっと息を飲んだ。抑えようと必死になっても勝手に高まり続ける熱に体が小さく震える。
――でも。本当にそれでいいのだろうか。
自分が生きる理由。
そこに傷となって刻まれている闇。
アキラと生きる事ができるだけで十分なのに、こうしてそれ以上望んでしまうことに対する自己嫌悪。そんな自制心と欲望の間で揺れるケイスケをまるで嘲笑うかのように、再び胸が強く、そして痛みを伴って高鳴った。
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*あとがき*
EDの時のケイスケが調子にのってるのは、トシマから出て、一日一日を過ごしていくうちに、アキラに自信をもらう事ができたからなんだと思ったりしてます。
でもきっと最初からそうじゃないよなー。って思ってこんな話になってたり。
アキラと歩いていく事に不安はないけど、アキラに対してどうしても抑えきれない気持ちに迷ってるって感じです(笑)
次でラストです。そして久しぶりに裏です(笑)
気合入れて頑張りたいと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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