「ケイスケ、お前もシャワー……。ん?」
疲れてるだろうから先に使って。ケイスケに言われシャワーを浴びたアキラは、部屋に戻るなりそう声をかけた。しかし、テーブルに突っ伏していたケイスケから返事は返ってこない。
――寝てるのか。
無理もない。タオルで髪を拭きながらケイスケの方へと歩き、すっかり寝入ってしまっている横顔を見てそう思った。
あれだけくっきりとしたくまができていた。でもケイスケは今日一日全くそれを感じさせない振る舞いをしていた。これで疲れない方がおかしい。しかし、だからといってこのままこんな場所で寝入ってしまったら、風邪をひいてしまうのではないかとも思う。
「……おい」
なんとなく罪悪感を覚えながらも、アキラはケイスケの体をそっと揺すって声をかけた。
「ケイスケ……」
それでも反応が返ってこないため、今度は名前を呼びながら体を揺らしてみる。
「……」
どうするか。
一向に起きる気配がない。そこまで深く寝入っているなら、このまま寝かせておいた方がいいのかもしれないと思った。しかし、触れていた手を離そうとした瞬間、すごい勢いでケイスケが体を起こし、同時にアキラの腕に強い痛みが走る。
「な……」
「――っ!」
「ケイスケ?」
「あ……」
声にならない声をあげ、一瞬視線が宙を泳いだが、アキラの声に我に返ったのかハッと息を飲んだのがわかった。
「アキ……ラ」
「起こして悪かった。でも、寝るならちゃんと寝た方がいい」
「ご、ごめん」
「いや……」
かすれた声で謝られ、反射的に気にするなと言ったが、尋常じゃない様子に揺れる瞳を思わず見つめていた。すると、それに気がついたケイスケがほんの少し目を見開き、あからさまに視線をそらす。
「あ、の俺も……シャワー浴びてくる。髪が乾いたら寝た方がいいよ。この部屋夜は少し冷えるんだ」
掴んだままだった腕をゆっくりと離し、アキラが肩にかけていたタオルを取って頭に被せる。
「ほら、ちゃんと拭かないと、風邪ひくって」
「な――っ、おいっ」
「アキラが風邪でもひいたりしたら、俺……心配だから」
「……っ」
見えない視界のせいか、急にタオル越しに囁かれた声に思わず肩をすくめる。しかし、そう言ったケイスケはアキラと視線を合わせることなく、そのまま浴室へと姿を消した。
――震えていた。
部屋に響いてきたシャワーの水音をぼんやりと聞きながら、まだ掴まれた感触が残っている腕をさする。そこから伝わってきた震えを思い出し、わきあがった苦しさに息を飲んだ。そして、タオルの上から感じた手の温もりを追うようにタオルへと触れる。
「……」
ああやって全てを背負って生きることを選んだのはケイスケで、それを見守ると決めたのはアキラ自身だ。それでも実際にそれを目の当たりにすると、想像以上に苦しかった。
しかし、これは自分がなにかを言っても、どうにもならないことだ。いや、逆にそれがわかってしまっているだけに、余計に苦しいと感じさせているのかもしれない。
何か言えたら、どれだけ楽だろう。
けれど、それでは意味がない。
自分が無力だと突きつけられた気分に近い。しかしそれはどうにもならないこと。……と、考えるほど堂々巡りのように感じた。
気持ちを落ち着けるようにゆっくりと深呼吸を繰り返す。そして視線をまだシャワーの音がする浴室へと向けた。
「ケイスケ……」
複雑な気持ちのまま呟いた名前は、ただ静かな部屋へと溶け込んでいくだけだった。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
「――っ、うぁ……っ」
「……ん」
その声が耳に届いてアキラの意識が浮上したのは、もう日が変わってだいぶ時間が過ぎてからのことだった。
この一週間ちゃんと寝ていても、やはり気持ちは張り詰めたままだったのだろう。
あのまましばらく呆然と立ち尽くしていたのだが、ケイスケが言った通りだんだん部屋が冷えていくのがわかり、布団へと潜り込むとすぐに襲ってきた眠気がアキラの意識を引きずり込んでいった。
「うっ、……っ」
アキラの意識を眠りから引き離した声は、いつの間にか隣で寝ていたケイスケから発せられるものだった。
低い唸り声が震え、額には汗が浮かび上がっている。音をたてないように体を起こし、アキラはその表情をじっと見つめた。
「くっ、うぁ……っ!」
「……っ」
時よりシーツを掻きむしるように動く苦しげな様子にまた胸が締めつけられ痛みを訴える。しかし、それでも見守ると決めた気持ちから、どんなに苦しくても呻き続けるケイスケから視線をそらすことはしなかった。
「う、わああ――っ!」
するとしばらくしてから一段と大きな声をあげて、ケイスケが勢いよく跳ね起きた。あまりの勢いにベッドが大きく軋み、座っていたアキラの体を軽く揺らす。
「……っ、は、ぁ」
まるで全速力で走った後のように乱れた吐息を繰り返し、それが少し落ち着いた頃にようやくアキラの気配に気がついたのか、恐る恐る振り返ってぶつかった視線に目を見開いた。
「アキラ……」
汗は額に浮かんだままで、向けられた瞳もひどく動揺しているのがわかる。
「ごめん……起こしちゃって……」
そう言いながらも微笑んでみせたケイスケに、お前のせいじゃないと首を振って返した。
「情けないよな……本当に」
アキラの言葉にケイスケが一瞬安堵したのがわかる。しかし、そう言いながら軽く前髪を掴む表情からは、すぐにその安堵は消え去った。そして体ごとそらされた視線に、アキラは小さく息を吐いた。
「この部屋、意外と明るいんだな」
「えっ……? あ」
向けられた背中にアキラも自分の背中を軽く預ける。すると、ケイスケの体が小さく反応を見せた。それと共に部屋の冷えた空気と相反する体温も触れた場所から伝わってくる。
「……昨日は満月だったから、月明かりのおかげじゃないかな」
戸惑った声だったが、答えが返ってきたことにひとまず安堵して、言われてみればそうだったと、昨日窓から見た月が満月だったことを頭に浮かべた。
「この辺だとここくらいしか大きい建物もないし、新月だと結構暗くなるかもしれないね」
「……そうだな」
「うん。まだ実際に見たわけじゃないからなんとも言えないけど」
たったそれだけの会話でも、ケイスケは少し落ち着いたようだった。同じようにアキラが感じていた苦しさも、ゆっくりと薄れていく。
「俺さ、なんかわからなくなっちゃって、すごく怖くなって……焦ったんだ」
背中越しに深呼吸をして、しばらくたってからケイスケがそう話し始めた。その声はさっきまでと違いしっかりしたもので、アキラは黙ったまま小さく頷き返す。
「一週間ぶりにアキラと一緒にいられて、それがすごく嬉しくて、声を聞いたらやっぱりドキドキして。アキラが好きだって気持ちがどんどん溢れてくる」
声を聞きながら、その話に聞き入ろうとゆっくり瞳を閉じた。月明かりが遮断されて真っ暗になった中で続く言葉に耳を傾ける。
「でも……俺、本当にそれでいいのかって思ったら、怖くなった」
「……」
「一緒に生きられるだけでいいって思ってた。でも、いつの間にかそれ以上を望んでる」
「……ケイスケ」
「それだけじゃない、アキラの隣を歩けるだけで十分なのに、触れていたい、抱きしめたいって思ってる。今だって――」
「――っ」
そう言った瞬間、ケイスケが背中を離し、アキラの体を強く後ろから抱きしめた。首筋に熱がこもった吐息がかかり、それがアキラの体温を上げる。しかし、一瞬痛いほどに力がこもった腕は、軽く頬を撫でてすぐに離れていった。
「俺は償うために生きてる。なのに自分の気持ちも抑えられないで、浮かれて……」
離れたケイスケを追うように振り向いた先にあった瞳は、さっきまでの揺らぎは全くなく、真っ直ぐにアキラを見つめていた。
苦しみを拒絶しているわけではない。ただ、それでも止められない気持ちをどうしていけばいいのかケイスケは迷っている。
それなら自分はどう答えればいいのだろう。
今までのこと、トシマでのこと、そして一週間のケイスケを思い返しながら頭の中で懸命に言葉を探した。そして見つけた答えに口を開く。
「そのままでいいんじゃないか?」
「……え?」
「嬉しいと思っても、お前はこうやって迷ってる」
震えるくらい苦しんで、泣き出しそうな顔をして、今だって迷い続けている。どんなに嬉しいと感じても迷ったり悩んだりしているなら、それはちゃんとケイスケの中に根付いている。消えてしまったわけじゃない。
「浮かれてそれで終わりなら、そんな顔したりしないだろ」
「……でも」
「じゃあ、お前はそれで全部忘れられたか?」
「それは……ないよ」
大きく首を振って声を強めた答えに、アキラは表情を緩めた。
どんなに悔やんでも、一生泣き続けることは不可能だ。逆にどんなに嬉しいことがあったとしても、一生笑ったままでいられるはずもない。
「なら、今はそれで十分だと俺は思う」
「アキラ……」
今にも泣き出しそうな表情を見せたケイスケは、そのまま下を向いてごめん。と呟いた。その頭に手を伸ばし、謝ることじゃないと言いながら軽く寝癖がついた髪を撫でる。
「俺はお前と生きて、見守るって決めたから……別にいい」
「……え?」
あまりにも驚いた顔を向けられたため、何か変なことを言ったかと首を傾げた。
「なんだよ」
「あ、あの……今」
「俺はお前と生きるって言っただけだろ」
「わ……わっ」
だからその反応はなんなんだ。と、口を開けたまま固まっているケイスケに問いかける。
「お前だって言っただろ。一週間前に」
「そうだけど、アキラが言うのと俺が言うのじゃ全然……っ」
「同じだ」
「ち、違うよ」
「いや、同じだ」
なんでこんな押し問答をしているのだろう。ケイスケも同じことを考えたらしく、視線を合わせたまま互いに黙り込んだ。
「アキラにそんなこと言われたら、また俺……嬉しくて浮かれちゃうよ」
その言葉と共に頬に温もりを感じた。髪を絡めるようにしてこめかみを指が降りてきて、やがて手の平が頬を包み込む。
「それでもケイスケは、悩んで、迷うんだろ」
「うん。それは止めない。忘れないために」
それなら自分は、ケイスケを見守るだけだ。
言葉にはもうしなかったが、ちゃんと伝わったのだろう。さっきまであれだけ張り詰めていた空気が、和らいだのがわかった。
「ありがとう、アキラ……」
「な……っ」
安心して息を吐いたところを抱きすくめられ、驚きに顔を上げた瞬間、互いの唇が軽く触れ合った。
「おいっ」
「ごめん。でもアキラが好きって気持ちがもう止まらなくて」
「……ケイスケ」
「嫌なら言って?」
「ん……っ」
吐息が肌にかかり、その熱がアキラの体にも移ってくる。それが熱いと感じるのは、ケイスケの体温が高いからなのか。それとも自分の体が部屋と同じように冷えているからなのか。
それすらもよくわからないまま、再び重なった唇を受け入れると、鼓動が強く高鳴った。
「……ん……っ」
軽く触れ合う程度だったキスは回数を重ねる度に深くなり、二人はベッドへと倒れ込んだ。
それでも唇が離れることはなく、ゆっくりと舌が絡み、それを吸い上げられる。それだけで体の中を痺れとともに熱が駆け抜けていく。
「ん……ぁっ」
「俺、強くなるから。すぐには無理かもしれないけど。迷っても悩んでも、アキラと生きたいから……」
「ケ……イスケ、っ、や……ぁっ」
シャツを捲られ肌に這った指が、軽く突起を掠めると、感じた刺激に思わず声をあげた。その声で、トシマでケイスケに抱かれたあの時の自分が頭の中に蘇り、恥ずかしさに手の甲で瞳を覆う。
「アキラ?」
急なアキラの行動にケイスケは一瞬不安げな声をあげたが、それが拒絶でないことがわかると、嬉しそうにもう一度名前を呼んで唇を寄せてきた。
「ふ……っ」
キスを交わしながら、触れたいと言っていた気持ちを現しているかのように、余すところなく指が肌に触れ続ける。
中途半端に刺激を知っているアキラの肌は、その熱すら敏感に感じとって、再び突起に指が戻りそこに留まると、もう声を押さえることはできなかった。
「は、ぁ……んっ」
びくりと体が跳ねるのすら押さえられない。すっかり熱にうかされた視線がぼんやりとケイスケを捉えると、その喉が息を飲んだのが動きでわかる。
「……どうしよう」
「え? な……っ」
「気持ち、止まらな……っ」
そう言ったケイスケの瞳から、大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って落ちていった。
「ケイスケ……」
「嬉しすぎて、好きすぎて……だからすごく苦しい」
涙でぐしゃぐしゃになった顔のままそう呟く。そして服の袖でそれを拭って、自らのシャツを脱ぎ去るとアキラのズボンへと手をかけた。
「う……ぁっ」
「好きだよ」
耳元に何度も囁かれる声を聞きながら、下着の上から半勃ちした雄に触れられ体が大きく反り返った。あまりの刺激に腕の中から逃れようともがくが、上手く力が入らない。
「は、ぁ……くっ」
まるで自分の体でないかのように与えられる刺激に反応し、全身が熱くてたまらなくなる。
「好きだ……」
言葉と共に耳にかかる吐息にでさえ、びくりと体が跳ね上がった。
どうかしている。
抱かれることに慣れているわけでもない。それなのにかけられた言葉にこんなにも熱くなって、声を抑えることすらできない。熱にうかされながら、ぼんやりとそんなことを考える。
「アキラ……っ」
「ん、あぁっ」
そんな思考を吹き飛ばすように一際声をあげたのは、直接ケイスケの手が雄に触れたせいだった。すっかり刺激に煽られ屹立したそれに指を絡ませ動かし続けられると、言葉にすらならない喘ぎに変わる。
「ん、んんっ……!」
開いた唇を塞がれ、声すら奪うように舌が絡む。苦しさから目の前の体にしがみつくと、ケイスケも同じように身を震わせてアキラを掻き抱き息を乱した。
余裕など互いに微塵もないのかもしれない。
自分だけが熱にうかされているわけじゃないことに、ほんの少しだけ安心する。
しかし、深いキスを交わしながら、不意に雄から指が離れそれが後孔に伸ばされたのがわかると、その先の違和感を思い出し身を捩って首を振った。
「や、やめ……うっ」
やめろと言い終える前に、先走りを纏った指がアキラの中へと入り込む。予想通りの違和感に、それまでの喘ぎとは違う呻きが部屋に響く。
「アキラ、中……わかる?」
声色が変わったことに気がついたケイスケが、心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。しかし、それに答えすら返せない。ぐるりと内壁をなぞるように動かされると、その呻きは一段と大きくなった。
「ん、ぁ……んっ」
「ごめん……」
何度も謝りながらアキラの中を掻き回し続ける指は、やがて敏感に反応する場所を探り当てると、そこばかりを集中して擦りあげた。そうなってしまうと、簡単に体が跳ね上がり喘ぎも高くなる。
「――っ」
煽られ続けて限界を悟ったのか急に指が引き抜かれた。違和感が消えほっとしたのもつかの間、中途半端に煽られた熱は、疼きとなってアキラの体に残り肌が触れ合うだけで反応してしまう。
「アキラ?」
「……な、んだよ」
「キス……していい?」
なにを今さら。と思う。もうこんなことをはじめて何回唇を重ねたというのだろう。
「いい?」
「今さら……聞くな」
声が掠れて、情けない気持ちがわきあがるが、頷いたケイスケと唇を重ねると、もうそんなことはどうでもよくなってくる。
一緒に生きると決めた温もりは、やはり温かくて、嫌じゃない。
そう思う気持ちの答えを言葉にしてしまったら――深く考えかけた瞬間、また胸が痛いくらいに高鳴った。
「ぁ……んんっ」
「アキラ……ごめん」
「っ……ふ、ぁ」
太股を押し上げるようにして抱え上げ、アキラと同じように屹立した雄の先端が後孔に押し当てられたのがわかり、恐怖を感じているわけでもないのに体が震えた。
それを感じ取ったケイスケがまた謝罪を口にする。しかし、もうそれが止められないところまで来てしまっているのは、目の前に見える切羽詰った表情を見ればわかった。
「ごめん……っ」
「……っ、う……あぁっ」
その言葉が三度耳に届く前に、ケイスケは自らの高ぶった雄をアキラの中へと押し進めた。前よりも時間をかけたとはいえ、やはり大きな違和感と圧迫感が体を硬直させる。
胸板を着きあわせるようにして抱きしめられ、唇が近づいた耳元にケイスケが呻いた声が聞こえた。
とにかく熱く、そして苦しい。しかし、それ以上のなにかが、繋がった体から体温とともに伝わってくるのも確かに感じる。
「アキラ、すご……熱い」
「……ぁ、やめ」
軽く体を揺さぶられ、熱が内壁を擦るのがわかり苦しさに全身が震えた。ぴったりと体が合わさっているせいか、動く度にアキラの雄をケイスケの腹が擦る。煽られてしばらくたっていたが、その刺激によってすぐに先端から体液を滴らせ互いの腹を濡らした。
「う……っく」
その時、またケイスケが動きを止め嗚咽を漏らしたのが聞こえる。
まだ泣いているのか。
さっきやめないと言った通り、今も悩み苦しんでいるのだろう。これでいいのか。そう自問しながら。
肩口に埋められたままの頭にそっと手を伸ばし、数回髪を撫でる。
「アキラ……」
ようやく顔を上げたケイスケも愛しげな視線を向けながらアキラの髪を撫で、再び腰を動かし始めた。
「ぁっ」
「く……うっ」
急に動かれ中を締めつけてしまったらしく、大きく呻いたケイスケは、片手で自分の体重を支えると空いた方の手をアキラの雄へと伸ばした。そしてすっかり濡れそぼったそれに指を絡め扱き始める。
「や……あ、ぁ」
「ごめ……俺っ、もう」
それまで圧倒的に違和感の方が勝っていた感覚が、一気に逆転する。熱とともに快楽の波が押し寄せて頭の中を白く染めていく。こうなってしまったら、もう理性など意味がない。
「ゃ、ぁ……あぁぁ――っ」
強く突き上げられ、そして雄に刺激を与えられ、あっけなくアキラの体は絶頂に溺れた。そして、そんなアキラをやはり愛しげな表情で見つめながら、ケイスケが中に熱を放ったのを感じた。
しばらくは互いに絶頂の余韻に酔い、相手の体を抱きしめ続けた。
あの余裕のない行為の中でも、言葉にはしきれない気持ちはちゃんと互いに伝わっていたせいかもしれない。今はただこうして触れ合う体温がとても心地よかった。
体はだるく重かったが、寝る前にアキラが感じていた苦しさももう消えていた。そしてケイスケの涙も止まっていて、その痕だけが残っている。
のろのろと手を頬へと差し出すと、小さく微笑みを浮かべてその手に指が絡まった。
その指にそっと唇を寄せて、ようやくケイスケが口を開く。
「俺……アキラと生きるよ」
「……そうか」
この前と変わらないように聞こえる言葉、しかし今のそれは一週間前のものとはまた違ったケイスケの決意なのだと思った。それを表しているかのように、真っ直ぐに見つめてくる瞳はとても穏やかに見えた。
アキラはあえてあの時と同じように返事をして、絡まったままの指に力を込める。
自分達はまだ一歩も踏み出せてはいない。けれども、この足止めをくらっていた一週間も決して無駄なものではなかったのだと今はただそう思った。
いつの間にか部屋には月明かりではなく青白い光が差し込み始めていた。
夜明けか――。
それを見て時間を感じたためか、アキラの意識はゆっくりと眠りへと引き込まれていく。ケイスケも同じなのだろう、呼吸がだんだんと落ち着いていくのがわかった。
目が覚めたら、また新たな一日が始まっていく。
今までとは違う、共に生きる人がいる一日が――。
End
*あとがき*
長くなりすぎてしまいましたが、ようやく終わりました。
何よりも難しかったのは、締めだ(笑)
アキラも言葉にしないけどケイスケを凄まじく思ってるんだ!
ってのをちりばめてみたかったんだけど、言葉に出さないタイプはやっぱり難しかったです。
この後、二人が工場に勤めるまでの話とかもいつか書いてみたいなー。なんて思ったりしました。
やっぱりケイアキ好きだなー。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
5/9