「あれっ?」
「……ん?」
隣にいるケイスケが突然そんな声をあげて、アキラは首を傾げながら視線を向けた。
「お前……なにやってんだ?」
空を見上げて、急に唸り出したためそう問いかける。すると、なんとなくなんだけど。と、呟くように言って、ようやくケイスケは空から目を離した。
「なんか、前にもこんなことがあった気がして……」
こんなこととは、空を見上げたことなのだろうか。それなら一度くらいは誰だってやったことがありそうなものだ。そう言おうとしてアキラが口を開こうとすると、遮るようにまたケイスケが大きく唸る。
「うーん。いつだったかな……」
まさか思い出すまでこの調子なのだろうか。
とうとう腕を組んで本格的に考えはじめたケイスケを横目にアキラは小さく息を吐くと、手にしたままだった缶ジュースを開けて飲み始めた。
少し渇いた喉を潤すために空を仰ぐと自然と視界にその色が映り込んでくる。ケイスケも言っていたが本当に今日は天気がいい。昨日までは窓越しにしか空を見ることができなかったせいか、この日差しの暖かさが少しだけ懐かしく感じた。
最近の記憶の中にある空は、そのほとんどが灰色だった。ミカサにいた時も、そしてトシマの空もそう。そのせいもあって、太陽に目を向けなくても眩しさを感じるこの空はどこか新鮮な気持ちすらアキラに抱かせていた。
まだ唸ってるのか。
しばらくしてから視線だけを軽くケイスケに向け、さっきとまるで変わらないその姿にため息が出る。そこまで必死になって思い出そうとしている記憶は、そんなに大事なものなのかと、その横顔を見ながら思った。
「……」
また……できてる。
もう当たり前のようについたくまに視線が止まり、アキラは軽く瞳を細める。さすがにラインが抜けて目覚めた瞬間の顔よりはましだったが、それでも以前のケイスケと比べると違いは歴然だ。
ケイスケの表情だけではない。ほんの数日間でアキラ自身も変わった。
あれだけずっとただ生きていることを虚しいと思っていたのに、この先そう考えることは二度とないだろう。今となってみればそれがどれだけ浅はかで、何も知らないがゆえの考えだったのかと思い知る。
それはケイスケにとってみてもそうだ。
相手が痛いから自分は手を出さない。そう言っていた人間が、たくさんの人を殺めた。ラインのせい。そんな言葉で言い訳できるようなことじゃないのは、ケイスケが一番よくわかっているのだろう。
確実に変わっていないのは、こうしてまた二人で並んでいることだけなのかもしれない。
「あ……のさ。アキラ」
「ん?」
ケイスケを見ながら漠然とそんなことを考えていると、いつの間にか唸るのをやめていたケイスケと視線がぶつかっていたことに気がついた。
「どうした?」
「どうしたって、俺がアキラに聞きたいんだけど」
「何をだ?」
「いや、ずっと見つめられると……その」
思い出せるものも思い出せなくなるというか……。と、語尾に近づくほど声は小さくなる。心なしか頬も赤らんでいて、そのそわそわした様子にはどこか見覚えがあった。
「――っ」
そしてすぐに思い当たった答えに言葉を失う。すると、そんなアキラの様子を悟ったらしいケイスケは、焦ったように急に手と首を振り出した。
「ち、違うよ!」
「何が違うんだ」
「あの、いつも俺がアキラを見てたから、なんか逆だと不思議な感じがして」
違うという言葉とは関係なく思えたが、不思議な感じがするという言い分には納得できた。実際見ていたアキラ自身も、改めてそう指摘されるとあまりにも自然に自分がそうしていたことを不思議だと感じる。
「それより……、考えてた事は結局思い出せたのか?」
しかしこうもあからさまにそわそわされるとアキラまで落ち着かなくなってくる。そのため話を戻そうと、軽く視線をケイスケから外して問いかけた。
「すごく嬉しかったことなのは覚えてるんだけど……」
するとケイスケはそれまでの雰囲気を一転させ、もどかしそうに首を振り思い出せないことにがっくりと肩を落とした。
「いつのことなんだ?」
「それは孤児院の時のことで、アキラがいた」
「俺が?」
「うん。それで何かあって、俺はすごく嬉しいって思ったのは覚えているんだけど」
その何かの部分がどうしても浮かんでこないらしく、霧がかった記憶にケイスケはまた首を振った。
それは、単に時がたつと共に記憶が薄れたから出てこないだけなのだろうか。それとも、過去に記憶を操作された影響があるからなのだろうか。
孤児院の時のことなら後者である確率が高い。そう考えてしまうと思い出せないのは仕方ないという言葉に気持ちが収まることはなく、やり切れなさと共に怒りにも似た気持ちがアキラの中にわきあがってくる。そんな様子に気がついたらしいケイスケが、アキラを呼んでそっとその手を包み込んだ。
「今は無理かもしれないけど、俺、絶対思い出すよ」
「……」
「だってアキラとのことだから、忘れたままなんて嫌なんだ。だから、もし思い出したら……その時はまたアキラに聞いてほしいなって」
それがどんなに小さなことだったとしても、ケイスケにとっては大切な記憶。それが伝わってくるような強い声に、ケイスケは言い出したら聞かないからな。とアキラは表情を緩めて頷き言葉を返す。すると嬉しそうな声でケイスケがありがとうと呟いたのが耳に届いた。
「うん。やっぱり、この方がしっくりくる」
突然何を言い出すのかとケイスケに視線を向けると、真っ直ぐに向けられた瞳とぶつかった。
「……なんだよ」
「ううん。なんでもない」
さてと。と大げさに声にして、ケイスケが立ち上がる。いつの間にか結構な時間がたっていたようで、公園で遊んでいたはずの子供達の姿はもう見えなくなっていた。
「そろそろ戻ろっか」
「あぁ、そうだな」
アキラも頷いて立ち上がり、空になったジュースの缶をゴミ箱へと投げ入れる。そして二人は当たり前のように並んで歩き出した。
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*あとがき*
外でできる甘い展開。そう思って書いたのが見つめるだったって感じです(笑)
見つめ合う。だけじゃなくて、相手のことを考えながら見つめる。って萌えます。アキラの場合は意識しないでそうだろうから特に。
その中でたくさんの変わったことと、その中にある、変わらずにすんだこと。をアキラには考えさせてみました。
ちなみにこの嬉しかった事の記憶。は最初はすぐに思い出す展開だったので決まってたりします。だからまた違う話でケイスケに思い出させてあげたいなーって考え中です。
次からは場面が二人っきりの建物の中になるので、もっと直接的にいちゃいちゃさせたい(笑)
そんな感じでまだ続きます。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
4/3