「ゼロの使い魔」二次創作短編(ifもの)
(2012年 3月・4月 投稿分)

『花の子ルイズ』
もしも「花の子ルンルン」みたいな世界だったら
『ゼロの使い魔/FF』
もしも「ファイナルファンタジーIII」みたいな世界だったら
___________





___________
____
『花の子ルイズ』

 トリステイン魔法学院では、春恒例、使い魔召喚の儀式が行われていました。
 さまざまな使い魔が呼び出されるのですが......。

「ちょっとお尋ねします」

「実は花の子を探してるんだけどね」

 なんとルイズの『サモン・サーヴァント』で現れたのは、一匹ではなく二匹でした。白い猫と茶色の犬で、どちらも人間の言葉をしゃべっています。

「ね、猫がしゃべった!?」

「い、犬がしゃべった!?」

 周りを囲んだ少年少女たちが大騒ぎするので、監督していたミスタ・コルベールが叫びました。

「君たち! 落ち着きたまえ! 使い魔は、契約することで特殊能力を得ることがあるのですぞ! 動物が話せるようになった事例は、過去にもありますぞ!」

「ねえ、皆さん。猫がしゃべったからって、そんなに驚かないでくださいよ」

 当の白猫もそう言っていますが、実は、ミスタ・コルベールの説明は辻褄が合いません。まだルイズは、猫とも犬とも『契約』していないのです。契約前の使い魔がしゃべるなど、やはり前代未聞です。

「さすがはゼロのルイズだ! うまく『サモン・サーヴァント』も出来なくて、だからおかしなことが起こったんだ!」

 誰かがそう言うと、人垣がドッと爆笑しました。 
 しかしルイズはどこ吹く風。むしろ誇らしげな表情をしています。

「失敗じゃないわ! 大成功よ! 一度に二匹も呼び出したんだから!」

「......そうだね、ミス・ヴァリエール。春の使い魔召喚の儀式で二匹同時に使い魔にした例はないが、この儀式のルールはあらゆるルールに優先する。この二匹には君の使い魔になってもらわなくてはな」

「ほら! ミスタ・コルベールもおっしゃってるでしょ!」

 ルイズは勝ち誇りながら、続いて、猫と犬に話しかけます。

「ねえ」

「はい。なんでしょうか? 僕たちは......」

「事情は後で聞いてあげるから。とりあえず......私と契約して使い魔になってよ」

 聞きようによっては怪しくも聞こえるセリフの後、ルイズは、小さな杖を二匹の前で振りました。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 朗々と呪文を唱え、そして『契約』のキスをするルイズです。
 しかし......。

「......おや?」

 最初に異変に気づいたのは、ミスタ・コルベールでした。

「使い魔のルーンが刻まれる際には、体が燃えるように熱くなるのですが......君たち、なんともないのかね?」

「僕は平気ですよ」

「......同じくだわん」

 ミスタ・コルベールの問いかけに、平気な顔で答える猫と犬です。
 苦痛には鈍感なのでしょうか? いいえ、そもそもルーンなど刻まれていないのです!

「......どういうこと!?」

「ミス・ヴァリエール。どうやら......君は『コントラクト・サーヴァント』に失敗したようですね」

 ミスタ・コルベールが、哀しそうに言いました。
 何人かの生徒が、笑いながら囃し立てます。

「やっぱり『ゼロ』のルイズだ!」

「しゃべれるような高位の幻獣と、『契約』なんかできるわけないだろ!」

 ルイズは彼らを睨みつけますが、彼らの相手をしている場合ではありません。彼女は二匹に詰め寄りました。

「あんたたち、私に召喚されて、鏡をくぐったんでしょ!? 私の使い魔になりに来たんでしょ!? それがなんで『契約』できないのよ!?」

「何のことだかよくわかりませんが......僕たちは花の子を探しに来ただけですよ」

「んだんだ」

 猫も犬も落ち着いて対応しますが、どうも話が噛み合いません。そこでミスタ・コルベールが割って入りました。

「ミス・ヴァリエール。まずは彼らの話を聞いてみてはどうかね? そうすれば失敗の原因もわかるだろうし......」

 何度も何度も『失敗』と言われると、ルイズとしては辛いばかり。でもミスタ・コルベールの言うことには一理あります。失敗は成功のもとなのです。原因を理解した上で再チャレンジすれば、今度は成功するかもしれません。

「そ、そうですね。......あんたたち! ちゃんと聞いてあげるから、事情を説明しなさい」

「......なんとまあ......ずいぶんと高飛車な......。花の子とは全然違うタイプだ」

「いいじゃないか。......では、僕が説明しますね。それは、こういうことです」

 ぼやく犬とは対照的に、猫が理知的に語り始めました。
 ......遠い昔、今からおよそ六千年前。この世界に花の精たちがやってきて、人間たちと仲良く暮らしていました。ところが、人間たちが知らず知らずのうちに傲慢になったので、花の精たちは虹色の『門』を開いて、自分たちの国へ帰ってしまいました。しかし花の精のうち一人がハルケギニアに残り、人間と結婚して、花の精の血を現代まで脈々と受け継いで来たのです......。

「......その花の精の血が、花の子には流れているのです」

「まだ会ったことないけど、とても可愛くて素敵な女の子らしいんだよ」

 猫は少年のような声で、犬は中年風の声でしゃべっていますが、こうして文字で書き起こしてしまうと、どっちがどっちなのか区別がつきません。

「ま、待ちたまえ! ろ、六千年前ということは......」

 大変なことに気がついて、ミスタ・コルベールが興奮し始めました。

「......君たちが言っているのは、始祖ブリミルが降臨なさった話ではないかね!?」

「始祖ブリミル......? そうですね、たしか残った一人はそんな名前......。思い出した、ブリミル・ル・ルミル・ニダベリールです」

「なんと!? では、君たちは始祖ブリミルの子孫を探しに来たというのかね!?」

「そうです。彼の予見では、花の子を探し出さないと、この世界が滅んでしまうのです」

 猫の説明によると。
 花の精たちが逃げ出したのと同じように、人間たちの行動は、この世界にもとから存在した精霊にも嫌われてしまいました。特に風の精霊はその気持ちが強いため、いずれ精霊の力が蓄えられた『風石』が大暴走して、世界全体が隆起するはず......。
 そんな『大隆起』現象が約六千年後に起こると、ブリミルは予想したのでした。

「......『大隆起』を止めるためには、七色の花びらを持つ花が必要なのです」

 しあわせをもたらすと言われている、ハルケギニアにきっと咲いている、七色の花。その花を手にした時、花の子は、花の精のみが使える魔法に覚醒して、世界を救えるのです......。

「......その話が本当だとしたら......」

 ミスタ・コルベールが、今の話を頭の中で反芻します。
 信じられないような話ですが、地下深くに眠る『風石』の暴走というのは、可能性としては、考えられない話ではありません。空に浮かぶアルビオン大陸も、元はハルケギニアの一部だったのですから。この件に関しては、王立魔法研究所(アカデミー)に相談して、地下の状況を調べてもらうべきでしょう。
 そして、大事なことがもう一つ。始祖ブリミルが花の精だったというなら、『花の精のみが使える魔法に覚醒』というのは......つまり、伝説の『虚無』の復活です!

「......君たちは、虚無のメイジを探しに来た、ということになるね」

「こちらの言葉では、そう表現するのですか? ともかく僕たちは、花の子を見つけ出す魔法の綿毛に導かれて、この場に辿り着いたのです」

「綿毛が鏡をくぐったから、そのあとを追ってきたんだよ」

「そう、それよ! その鏡は、私が開いたゲートなのよ!」

 ルイズが叫びました。
 ミスタ・コルベールに会話の主導権をとられている間に、ずいぶんと話が大きくなってしまいましたが、彼女にとって大切なのは、使い魔召喚の儀式を成功させることなのです。

「......あんたたちの目の前にゲートが開いたんでしょ!? だったら、あんたたちは私の使い魔になるはずなのよ!」

 なかば自分を説得するかのように、二匹に語りかけるルイズです。しかし非情にも、犬が首を横に振りました。

「......目の前じゃなかったよ」

「え?」

 きょとんとするルイズに、猫と犬が言葉を補足します。

「綿毛を追ったら鏡があって、その中に綿毛が入っていったから......僕たちも追ってきたんです」

「鏡の前には、少年がボーッと突っ立ってたな、たしか」

「なるほど。それで事情が理解できたよ」

 ウンウンと頷くのは、ミスタ・コルベールでした。

「......どういう意味ですか、ミスタ・コルベール?」

「つまり。その少年こそが、ミス・ヴァリエールの使い魔になるべき者だったのだ。この二匹は違う。だから『契約』できなかったのだね」

 人間を使い魔にした例はミスタ・コルベールも見たことがありませんが、始祖ブリミルの使い魔は人間だったという伝承もあります。虚無の使い魔ならば、人間がなってもおかしくないのです。もしも本当に、この二匹が虚無のメイジを探しているのだとしたら......。
 色々と考えながら、ミスタ・コルベールは、あらためてルイズに視線を向けました。彼女は、二匹にくってかかっています。

「じゃあ、その少年とやらは、なんで来ないのよ!?」

「僕たちが鏡に入る時に、突き飛ばす形になったから......かな?」

「事故みたいなものさ。きっと今頃、あの場所で倒れて、ノビてるだろうね」

 申し訳なさそうな顔の猫と、平然とした態度の犬です。

「そ......そんな......。それじゃ......私の『サモン・サーヴァント』は失敗してたの......?」

 ルイズは、その場にガックリと崩れ落ちました。周りの生徒たちが再びからかいの言葉を投げかけますが、もはや応酬する元気もありません。
 ともかく。
 これでルイズの『コントラクト・サーヴァント』がうまくいかない理由は判明しました。『コントラクト・サーヴァント』以前に、『サモン・サーヴァント』が間違っていたのです。

「じゃあ、今度こそ僕たちの用件ですね。綿毛の導きによれば、この場に花の子がいるはずなのです」

「魔法の綿毛は、もう一本残ってるんだろう? 使おうよ」

「そうだね。ええい、使っちゃえ」

 犬にけしかけられて、猫は魔法の綿毛を取り出し、フーッと息を吹きかけました。すると綿毛は光りながら飛んでいき、ルイズの頭の上に止まりました。

「とうとう花の子を見つけたぞ! にゃぁん!」

「ほえぇえ。それじゃ......この女の子が......!?」

 目の前のルイズが花の子だとわかって、猫と犬は大喜び。
 それを見て、ミスタ・コルベールは小さくつぶやきました。

「......やっぱり......」

 ルイズはラ・ヴァリエール公爵家の末娘であり、ラ・ヴァリエール公爵家の祖は王の庶子。なればこその公爵家です。始祖ブリミルの血を引く者など、ここにはルイズしかいないのです。

「では、ミス・ヴァリエール。どうやら君は......花の子として、七色の花を探す旅に出ないといけないようだね」

 ミスタ・コルベールは、いまだ落ち込んでいるルイズの肩に、そっと手を置きました。

「......私が......旅に......?」

「そうだ。七色の花を見つけだせば『虚無』に覚醒する......つまり魔法が使えるようになるのだから」

 彼の言葉を聞いて、ルイズがハッとしました。
 そうです。七色の花があれば、まともに魔法が使えるようになるのです。もう『ゼロのルイズ』と馬鹿にされることもなくなるのです。

「でも......学院の授業を受けなきゃいけないのに、旅になんて出ていいのでしょうか?」

 顔を上げたルイズの前で、ミスタ・コルベールは、暗い表情を見せました。

「ミス・ヴァリエール。言いにくいことだが......君は、使い魔召喚の儀式に失敗したのだ。それが何を意味するのか......わかるね?」

 魔法学院では、二年生に進級する際、使い魔を召喚します。現れた使い魔で今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むのです。
 つまり。この儀式に失敗することは留年を意味しています。
 そして。ここはプライドの高い貴族が集まる学校です。留年は最大の屈辱であり、そのような不名誉には耐えられず、自主的に退学するのが恒例なのでした。

「......ど......どうしよう......」

「しかし、ミス・ヴァリエール。ある意味、これはチャンスですぞ。七色の花を見つけて、君が伝説の『虚無』に覚醒すれば、さすがに留年も取り消されるでしょう。その時こそ、晴れて二年生に進級できるのです」

 これはルイズにとって、最後の希望でした。ハルケギニアの滅亡云々ではなく、皆と一緒に正式に二年生に進級するために、急いで七色の花を発見しなければなりません。

「わかりました! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、今すぐ旅に出ます!」

########################

 その頃......。
 少し離れた森の中で、深くフードを被った一組の男女が、魔法学院での会話を盗み聞きしていました。
 普通ならばとても聞こえる距離ではありませんが、この二人は特別なのです。フードの中に隠されているのは、人間が持ち得ぬ長い耳......。つまり、この二人はエルフなのです。

「運がいいわね、私たち。こんなに簡単に見つかるなんて」

「そうだね、ルクシャナ。あの女の子が悪魔の末裔だというならば、彼女さえ何とかしてしまえば......」

「あら、駄目よ。それじゃ面白くないじゃないの」

 ルクシャナはつり上がった薄いブルーの瞳を、さらにつり上げて言いました。ちょっと怒っているような表情ですが、彼女に惚れているアリィーにしてみれば、そんなルクシャナも魅力的に見えてしまいます。

「あのなあ、しょうがないだろ。今回の任務は、悪魔の復活を防ぐことなんだから」

「だからこそ、よ。七色の花が覚醒に必要だ、って話みたいだから......。彼女自身じゃなくて、七色の花のほうを何とかすればいいんじゃなくて?」

 ルクシャナは得意げに言いました。婚約者の彼女にそう言われると、アリィーも、そんな気がしてしまいます。

「......なるほど......」

「あの蛮人の子に七色の花を探させて、探し当てたところで、横取りしてしまうのよ」

 ルクシャナは人間を研究している学者です。人間の世界に少しでも長く留まりたいので、このようなことを言い出したのでしょう。アリィーもそれくらいお見通しなのですが、ルクシャナには甘いアリィーなのでした。

「わかった。それじゃ、そういう方針でいこう」

########################

 ルイズは留年して学院から追い出される形なので、学院から馬車を借りるわけにはいきません。また、実家に留年を告げるのも躊躇してしまうので、実家から馬車を出してもらうわけにもいきません。
 したがってルイズとお伴の猫犬は、平民たちに混じって、乗合馬車で旅をすることになりました。

「ルイズさん。これをあなたに渡しておきます。花の子の専用アイテム『花の杖』です」

 街道沿いの馬車乗り場で。
 馬車を待つ間に猫が取り出したのは、白い花があしらわれた小さな杖でした。

「わあ、きれい! でも私、杖ならすでに持ってるし......」

 杖とメイジの相性は、本人にしかわかりません。メイジは何日間もかけて杖と『契約』をかわし、それによって呪文詠唱も可能となるのです。

「そんなこと言わないで使ってください」

「魔法少女ものは玩具とのタイアップも必要なんだよ」

 ルイズには意味がわかりませんが、二匹が強くすすめるので、とりあえず持ってみました。しかし『花の杖』では、爆発魔法すら放つことができません。

「やっぱりダメだわ」

「大丈夫です。これは変身するための杖なんです」

「変身......? へえぇ。先住の『変化』みたいな魔法が使えるなんて、凄いじゃないの」

 ちょっとニヤけるルイズです。今までは爆発魔法しか使えなかったのに、魔法のレパートリーが一つ増えたのですから。
 ......というより、あくまでも『花の杖』はマジックアイテム。別にルイズが魔法を習得したわけではないのですが、本人が喜んでいるので、それは良しとしましょう。
 そうこうしているうちに、馬車が来ました。
 ルイズと二匹は、さっそく乗り込んだのですが......。

「......あら?」

 馬車は出発しようとしません。
 よく見れば、乗客の一人が馬車の前に出て、道端に咲いている花の絵を描いているのです。
 凛々しい顔立ちに、はにかんだ笑顔が魅力的な、金髪の若者でした。平民の服装をしていますが、高貴な雰囲気が滲み出ています。
 ルイズは前にどこかで見たことがあるような気がするのですが、どうも思い出せません。少なくともルイズには平民の友人などいないので、おそらく、どこぞの貴族がおしのびで旅をしているのでしょう。

「危ないじゃないか! はやくどいてくれ!」

「すいません。移し替えるまでちょっと待ってください」

 御者に怒鳴られ、青年は謝罪の言葉を口にしながらも、マイペースで行動していました。懐からスコップを取り出し、馬車に轢かれない場所へと、花を植え替えています。

「野に咲く花のために、わざわざ......」

 優しい人だけれど迷惑な人だな、とルイズは思いました。

########################

 ゴトゴト揺れながら進む馬車の中。
 ルイズはボーッと、窓から外を眺めていました。そんな少女に、犬が話しかけます。

「初めて学校のみんなのもとを離れるのは、やっぱり寂しいんだね」

「ち、違うわよ! 別にそんなんじゃないわよ!」

 反射的にツンデレっぽく返してしまいましたが、別にツンデレではありません。本当に、寂しさとは異なる感情がルイズの胸中を占めているのでした。
 なさけない......といえばよいのでしょうか。いくら『ゼロ』と馬鹿にされていたからといって、まさか『サモン・サーヴァント』に失敗して学院から追い出されるとは、思ってもみなかったのです。

「はあ......」

 ため息をつきながら、はるか遠くに視線を向けるルイズです。
 すると、山の麓の民家から煙が上がっているのが目に入りました。

「あれ? あそこ火事じゃないか!?」

 猫も気づいたようです。
 さいわい集落ではなく、ポツンと一軒建っているだけなので、火事が燃え広がる心配はなさそうです。しかし逆に言えば、近くに消火活動を手伝う者は誰もいないということです。

「大変だわ! みんなで助けてあげなくちゃ!」

 ちょうど無力感で打ちひしがれていたこともあって、この時のルイズは、妙に積極的でした。

「どうすんだい?」

「まずは馬車をとめるのよ!」

 犬の問いかけに即答すると、ルイズは窓から身を乗り出し、進行方向に杖を振りました。
 進路上でボンッと爆発が起こり、馬車は緊急停車します。

「何をするんだ! 危ないじゃないか!」

「見なさい! 火事よ!」

 御者に怒鳴られましたが、ルイズは胸を張って答えました。
 すると今度は、乗客たちが口々に騒ぎ出します。

「そのためにわざわざ馬車をとめたのですか!?」

「冗談じゃないですよ、まったく!」

 彼らはルイズのマントと杖を見て、一応は丁寧な言葉を使っていますが、形だけの敬語です。まったく敬意なんてこめられていません。

「じゃあ黙って見過ごせって言うの!?」

「当たり前です!」

「いちいちつき合ってられませんよ!」

 なんだか孤立無援な雰囲気ですが、ルイズは頑張ります。

「みんなで消しに行けば、すぐ消えるわ!」

「いいから早く馬車を出しましょう!」

 ルイズの意見を無視して御者をせっついている乗客は、読者には見覚えのある人物でした。『変化』で人間に化けたアリィーです。こんなところで道草くわずに、七色の花さがしの旅をサッサと進めて欲しいのでしょう。
 ルクシャナの姿は見えませんが、彼女はルイズのことをアリィーに任せて、どこかで蛮人研究にいそしんでいるのかもしれません。
 それはともかく。
 乗客の中には、こんなことを言い出す者まで現れました。

「あなたさまは貴族なのでしょう? だったらあなたさまが魔法で火を消したらいいじゃありませんか」

 もっともな意見です。そうだそうだと同調する声も上がり始めました。
 しかし、しょせんルイズは『ゼロのルイズ』です。水系統の魔法が使えるならば消火に役立つでしょうが、爆発魔法しか使えぬ彼女では、役に立ちません。
 悔しくて、一瞬、黙り込んだ後。
 彼女は大きく叫びました。

「わかったわ! 私一人でなんとかするわ!」

 魔法が使える者を貴族と呼ぶのではありません。弱者を見捨てない者を貴族と呼ぶのです。

########################

「よし、僕も行こう!」

 ようやくルイズに賛同者が現れました。
 ルイズ、犬、猫に続いて、一人の青年が馬車から飛び降りたのです。
 素人画家っぽい男......ルイズが馬車に乗り込む時、花の植え替えをしていた男です。

「ありがとう」

 ルイズは素直に礼を言いました。やはり彼には、ただの平民とは違うオーラがあったのです。まるでどこかの王子さまのようです。
 そして。
 二人を残して、馬車は行ってしまいました。
 実はアリィーも下車したのですが、アリィーは隠れて様子を見守っているだけです。下手に関わって正体がバレることを恐れたのでしょう。

「......これで完全に乗り遅れたな」

 去りゆく馬車を振り返り、金髪青年がつぶやきました。

「いいわ。別に急ぐ旅じゃないから」

 つい強がりを言ってしまうルイズです。本当は、早く七色の花を探し出したいのですが。
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、金髪青年は笑顔を見せながら言いました。

「僕もさ」

 これで会話は終わりとばかりに、彼は燃えている家に向かって走り出し、ルイズも必死にあとを追うのでした。

########################

「あなたぁっ! ぼうやぁっ!」

 二人が駆けつけた時。
 燃え盛る家の前では、一人の平民女性が泣き叫んでいました。

「どうしました!?」

「主人が......! 子供を助けに中へ入ったきり......!」

 それだけ聞けば十分です。二人を救出するため、金髪青年は懐から杖を取り出しました。

「あなたは......やはり貴族なのね」

「そういう話は後回しだ」

 ルイズの問いかけを軽くいなして、青年は呪文を唱えます。水魔法で火を消すのかと思いきや、彼が選んだのは『エア・シールド』でした。

「......風系統のメイジ......」

 ルイズが小さくつぶやく間にも、青年は、風をまとって火の中に飛び込んで行きました。しかし彼一人に任せておくわけにもいきません。

「こうなったら、あれしかないな」

「うん、しかたないね」

「ルイズ! 花の杖を使って!」

 二匹で頷きあってから、白い猫がルイズにアドバイスします。そうです、マジックアイテム『花の杖』があるのです。
 猫に言われたとおりにやってみると......。

「何これ? 変身って......これだけ?」

 ルイズの服装が、銀色の防火服に変化しました。しょせん序盤の変身アイテムなどこの程度、魔法使い本人が変身するのはまだまだ先のようです。
 それはともかく。
 一応は熱に耐えられるようになったので、ルイズも燃える家に飛び込みました。
 少し炎の中をうろうろしましたが、無事、家の人たちと金髪青年を発見。救出に成功しました。

「ぼうや! ぼうや......」

「マ、ママ......!」

 子供を抱きしめて、母親が喜んでいます。傍らの草地には、彼女の夫も寝かされました。
 しかし、これで終わりではありません。
 あいかわらず家は燃えているのです。いや、むしろ炎は勢いを増していました。金髪青年が風魔法を使ったため、強風に煽られる形になったのでしょう。
 とてもここにいる者だけは消火できない......。
 誰もがそう思った時。

「おーい!」

 遠くからの呼び声に振り返ると、いつのまにか乗合馬車が戻ってきていました。乗客たちも馬車から降りて、こちらに向かっています。

「このまま行ってしまうのは気が重くてねえ」

「みんなで考え直して戻ってきたんだよ」

 走りながら説明口調で叫ぶ乗客たちは、井戸の水をバケツリレーで運び、消火活動を始めました。

########################

 さすがに人手が多ければ、作業もはかどります。ほどなく、火は消し止められました。

「みなさん! 本当にありがとうございました!」

 家の主人が礼を言うと、乗客たちも謙虚に対応します。

「いやあ、礼ならこちらの貴族のお嬢さまに言ってください」

「俺たちは教えられた方だからね」

 そうです。今日一番の功労者はルイズなのです。

「さあ、みなさん。急いで馬車に乗ってください! 出発しますよ!」

 さっさと乗合馬車に戻った御者が叫ぶので、ルイズも他の乗客たちも、また馬車に乗り込みました。
 そして再び動き出す馬車の中、ルイズは、ふと気がつきました。

「あら? そういえば、あの人は......?」

 実はメイジだった金髪青年......ルイズと共に真っ先に火事を消しに向かった彼が、いつのまにか姿を消していたのです。

「ああ、画家の人か」

「乗らなかったみたいだよ」

 猫と犬は何気なく答えますが......。

「......そう......」

 ルイズは、意味ありげに小さくつぶやきました。謎めいた青年のことは、強く印象に残ったのです。
 さて、問題の青年は、その頃......。

########################

「品種改良した花の種は、みんな燃えてしまったな」

「残っていれば、皆さんに持ってっていただけたのに」

 子供を抱き、乗合馬車を見送りながら、若夫婦が言葉を交わしていました。
 すると背後から突然、声が投げかけられます。

「いいじゃありませんか」

「あなたは......!」

 振り返れば、そこに立っていたのは、彼らを助けた金髪青年でした。
 あいかわらず彼は画家の格好をしていますが、この親子は、既に彼が魔法を使うのを見ているので、彼が実はメイジであると知っています。その金髪メイジが、いまだに平民を演じたままの口調で言いました。

「花の種は燃えてしまったけれど、あなたがたは助かったのですから。......あの子のおかげでね」

「ええ。そのとおりです」

「この花の種をまいてください。乗合馬車が通る街道から、よく見えるように」

「これは......?」

「アルビオンに咲く、赤いバーベナです」

 こうしてアルビオン大陸の花を託すところから考えると、もしかすると彼は、アルビオンの貴族なのかもしれません。
 そして。
 これにて一件落着とばかりに、金髪青年も去っていきました。
 ......のちに、彼が置いていったバーベナの種は、美しい花を咲かせました。この花を見るたびに、誰もがルイズたちの行いを思い出すことでしょう。
 赤いバーベナの花言葉は『一致協力』を意味しているのです。

########################

 こうして。
 少女の旅の物語がスタートしました。
 彼女は花の子です。名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。
 いつかはあなたの住む町へ行くかもしれません。




(「花の子ルイズ」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2012年3月])

感想掲示板へ進む
作品保管庫へ戻る



____
『ゼロの使い魔/FF』

「なにこれ?」

 ギーシュと才人が目を向けたのは、キュルケが持参してきた羊皮紙の束。線やら記号やらがたくさん描かれており、見ようによっては地図にも見える。

「宝の地図よ」

「宝ぁ?」

 ギーシュと才人の声がハモッた。

「そうよ! あたしたちは宝探しに行くのよ! そんで見つけた宝を売ってお金にする! サイト、あなた......なんでも好きなことができるわよ?」

 こうして。
 食事係のシエスタを伴って、才人とギーシュは、キュルケやその親友のタバサとともに、宝探しに出かけることになったのだが......。






『円鏡』に浮かび上がる文字は静かに語った......
きたるべき『大隆起』でさえも単なる予兆に過ぎぬと

風の力の結晶である『風石』が地中深くで暴走して
大陸のほとんどを浮かせてしまうという大異変さえも
その先に訪れるものに比べたらちっぽけなものである

それはとてつもなく大きく、深く、暗く、
そして哀しい......

だが希望はまだ失われてはいない
四つの魂が光に啓示を受けるであろう

そこからすべてが始まり......



四人の少年少女はメイジと使い魔で
トリステイン魔法学院の教師たちに指導された

がらくたばかり出てくる宝探しの旅の途中で
一枚の地図に描かれた洞窟へとやって来た

四人は断念気分
もうこの洞窟で最後というつもりだった......






「いててて......」

「落とし穴に落っこちまった!」

 ぼやきながら腰をさする男二人の横で、キュルケが他人事のようにつぶやく。

「まいったわね......」

 それを耳にした才人が、いっそう顔をしかめた。

「何いってんだ。言い出したのはおまえだぞ」

「あら、サイト。ここにしようって決めたのはギーシュよ?」

「僕のせいにしないでくれ。僕はただ言われたとおり、羊皮紙の束から適当に一枚引き抜いただけじゃないか!」

「......だからギーシュが悪いんじゃないの。ちゃんとあたしは『竜の羽衣』の地図を一番上にのせておいたのに......」

「おいキュルケ。行きたいところがあったなら、無理にギーシュに決めさせずに、そこを提案すりゃよかったのに......」

「待ってくれ、サイト。だから僕じゃないって言ってるだろう」

 彼らの言い争いが止まらないので、タバサが杖でゴツンと三人の頭を叩いた。

「......喧嘩は後。それより出口を探した方がいい」

 上を向いてつぶやくタバサ。
 つられて才人も見上げる。
 大怪我しなかったのが不思議なくらいの、けっこうな深さの穴だった。ガンダールヴの力で跳躍しても出られないだろうが......。

「魔法で浮かんで上がっていけばいいじゃん」

 才人は以前に、タバサの『レビテーション』で救われたことがある。それを念頭において言ったのだが、タバサは首を横に振っていた。

「無理。ここでは使えないみたい」

「えっ!?」

 驚いたのは才人よりもむしろキュルケとギーシュだ。魔法が使るか否かは、メイジにとって死活問題なのだから。
 それぞれ、杖を振って試し始めた。

「本当だわ。『レビテーション』の呪文を唱えても何も起こらない。でも『発火』や『フレイム・ボール』は使えるみたいね」

「『ライト』も大丈夫だ。......おお、ここに横穴があるぞ!」

 コモン・マジックを試していたギーシュは、杖の先に灯した明かりのおかげで、通路を発見。

「これって......外に通じてるのか?」

「大丈夫」

 才人のつぶやきに答えたのは、タバサだった。

「ここには人骨がない」

 ギョッとするような言葉で補足するタバサ。
 無口な彼女としては最大限の説明であり、才人たちも何となく理解できた。
 今までもこの穴に落ちた者はいるだろうが、ここで朽ち果てたなら骨が残っているはず。それがないということは、脱出できるということだ......。
 タバサは、そう言いたいらしい。

「そんじゃ行くとするか」

 才人の言葉に皆が頷き、ギーシュを先頭にして彼らは歩き出した。
 しかし。
 洞窟を少し進んだだけで、彼らの前に、三匹の魔獣が立ちはだかる!

「なんなんだ、この化け物は!?」

 暗がりで出くわしたため、最初はオーク鬼かと思ったが、やや雰囲気が違う。
 体躯はオーク鬼より小さいし、手にした武器も大きな棍棒ではなく、小ぶりなナイフだ。さらに、頭には角の生えたヘルメットのようなものを被っていた。

「まいったね。とんでもないところにきてしまったようだ」

「のんきなこと言ってる場合じゃないわよ、ギーシュ!」

 キュルケが『フレイム・ボール』を放ち、さっそく一匹仕留める。
 その横で、別の一匹目がけて、タバサも炎を放っていた。『レビテーション』が使えなかったことから、ここでは『風』系統は使用不能と判断して、まったく『風』と関わらぬ魔法を選択したのだ。『雪風』と呼ばれるタバサではあるが、簡単な『火』の魔法も彼女のレパートリーのうちであり、実際、ガリアの北花壇騎士として活動する際には、『発火』で敵を始末することもあった。

「じゃあ残りの一匹は、俺がやるぜ!」

 最後の一匹は、才人がデルフリンガーで両断。戦いは、あっというまに終了した。

「......どうやら僕が出るほどの敵ではなかったようだね」

 オーク鬼と対峙した時には焦って先走ったギーシュだが、今回は落ち着いて見物していたらしい。いや『落ち着いて』というより、ビビって何も出来なかっただけかもしれないが。

「見たことない亜人だったわね?」

「......ゴブリン......」

 キュルケの言葉に応えるかのように、タバサがつぶやく。
 読者家のタバサが言うので、他の三人も信じてしまった。

「そうか。ゴブリンっていう亜人なのか」

 実はタバサも冒険譚で読んだだけであり、今の今まで、架空の生き物だと思っていたのだが。

########################

「おや?」

「どうしたんだい、サイト?」

「あの岩、なんか変だぞ」

「そういえば......」

 洞窟はすぐに行き止まりになっていたが、そこには、岩に模した開閉スイッチがあった。

「ずいぶんと凝った仕掛けがしてあるのね」

「ところでキュルケ、ここにはどんなお宝があるんだ?」

 才人の今さらの質問に、キュルケは羊皮紙の地図を確認する。

「えーっと......『風のクリスタル』って書いてあるわ。『風』系のマジックアイテムかしら?」

「......ここで『風』系統の魔法が効かないことと、何か関係ありそうだね」

「いやギーシュ......そういう考察するのはお前のガラじゃないから」

「あいかわらず失礼なことを言うなあ、サイトは!」

 などと話しながら、さらに進んで行くと......。

「泉だ......」

「不思議な色ね?」

「ちょっと飲んでみようぜ!」

 好奇心旺盛な才人は、無鉄砲な提案をするが、

「よせよ......」

 呆れ顔で止められてしまった。
 そういえばハルケギニアへ来てしまったのも持ち前の好奇心の強さが災いしたからだったな、と才人は思い出し、皆に従うことにする。
 こうして、誰もその水に口をつけることなく、彼らは泉を素通りした。
 そして......。
 四人は一枚の扉に行き当たった。

「いかにもって感じだな」

「とりあえず中に入ってみるしかないね」

 鍵はかかっていない。
 扉を開けると、そこは『クリスタルの間』。
 正面には『風のクリスタル』が鎮座しているのだが、よく観察している暇などなかった。
 なぜなら......。

「な、なんだこいつは!?」

 邪悪な何かが四人を襲った!

########################

 才人の攻撃: デルフリンガーで斬りつけた
 クリティカルヒット! ランドタートルに21のダメージ!

 タバサの攻撃: 発火
 ランドタートルには効かない!

 キュルケの攻撃: フレイム・ボール
 ランドタートルに1のダメージ!

 ギーシュは身を守っている


  ランドタートルのターン
  ギーシュに1のダメージ!


 才人の攻撃: デルフリンガーで斬りつけた
 ランドタートルに8のダメージ!

 タバサの攻撃: スリープ・クラウド
 ランドタートルには効かない!

 キュルケの攻撃: フレイム・ボール
 ランドタートルに1のダメージ!

 ギーシュは身を守っている


  ランドタートルのターン
  タバサに5のダメージ!


 才人の攻撃: デルフリンガーで斬りつけた
 クリティカルヒット! ランドタートルに24のダメージ!

 タバサは身を守っている

 キュルケの攻撃: フレイム・ボール
 ランドタートルに1のダメージ!

 ギーシュは逃げ出した
 ......逃げられない!


  ランドタートルのターン
  ギーシュに45のダメージ!
  ギーシュは戦闘不能になった!


 才人の攻撃: デルフリンガーで斬りつけた
 クリティカルヒット! ランドタートルに24のダメージ!
 ランドタートルを倒した!

 ♪♪♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪♪〜〜

########################

 戦いが終わり、タバサの『ヒーリング』で一応ギーシュを回復させたところで。
 クリスタルが輝き始めた。

「お前たちは選ばれたのだ......」

「クリスタルがしゃべった!?」

 驚きの声を上げたのは才人一人だが、他の三人も才人と同じ表情だ。彼らは『風のクリスタル』を、ごく普通の単純なマジックアイテムだと思っていたからだ。

「私の中に残った最後の光を......最後の希望を受けとってくれ。このままでは『風』の力も弱まってしまう。『風』のバランスが崩れるのだ」

 もしも地上から『風』の力が失われたら、いったいどれだけのトラブルが引き起こされることか......。
 しかも、ただ消えてしまうのではない。力が失われる直前に、まるで蝋燭の炎のように、一瞬ボワッと異常に力が増大するおそれもあるのだ。
 特にクリスタルが心配しているのは、地下深くに眠る『風石』のことだった。大量にある未使用の『風石』が、一度に異常暴走したら......その先に待っているのは、ハルケギニア全土に渡る『大隆起』である。
 だが、今は才人たちに、そこまで詳しく説明する必要もないであろう。だからクリスタルは、端的に告げる。

「......光を受けとれば、クリスタルより大いなる力を取り出すことが出来る。お前たちは希望を持つ者として選ばれたのだ。ハルケギニアを崩壊させてはならない......」

 四人は光に包まれた。

「さあその魔法陣から外に出なさい。旅立つのだ、光の戦士たちよ!」

 四人は光の中で、その意志を、その心を感じ取り......。
 とりあえず魔法学院に戻ろうと決意した。

########################

「また......はずれだったんですか?」

 洞窟の外に出た四人を待っていたのは、料理係のシエスタ。彼らのために、今日もシチューを用意してくれていた。
 才人たちが手ぶらなので、シエスタは『はずれ』と思ったらしい。才人は静かに首を横に振る。

「いや......。ちゃんと『風のクリスタル』はあったよ。それも正真正銘の本物が。でも持ち出せるようなシロモノじゃなかったんだ」

「どういう意味ですか......?」

 そして才人は説明する。
 クリスタルが何を危惧しているのか。クリスタルから何を託されたのか。
 するとシエスタは、感極まったように才人に抱きついた。

「すごい! すごいです! ハルケギニアの命運がサイトさんの肩に! サイトさんすごいですっ!」

「......いや俺だけじゃないんだけど......」

 別に『サイトとその仲間たち』ではない。キュルケもタバサもギーシュも、単なるオマケではないのだ。
 だがシエスタは才人のつぶやきなど無視して、しゃべり続けていた。

「まさかサイトさんがそこまで重大な使命を与えられるなんて、考えもしませんでした! でも、これは偶然の選択じゃないですよ! きっとクリスタルは、その意志でサイトさんたちを選んだのです! さあ、その力を......光の心を無駄にしてはいけません! 旅立ちましょう! そしてハルケギニアを救うのです!」

 当人たち以上に興奮しているシエスタであった。

########################

 彼らは移動にはタバサの風竜を使うのだが、五人も乗せて飛び続けていては、さすがのシルフィードも疲れてしまう。
 だから一行は、時には街道を徒歩でゆく。

「クリスタルの言うとおり......『風』に異変が起こってるみたいね」

 キュルケのつぶやきに、無言で頷くタバサ。
 洞窟の中ほど極端ではないが、少しずつ『風』の威力が低下しているのを、感じるのだ。
 しかし、それはメイジのみにわかる変化であり、道ゆく平民たちは、まだ気づいていない。陽気な旅人たちは、五人とすれ違う際、気軽に話しかけてくる。

「旅に出るなら回復の秘薬は絶対に必要ですよ」

「回復の秘薬を持っていくといい。この先の森の中にあるはずじゃ」

「うふふっ! あたし踊り子よ!」

「はなつみよ!」

「緑に囲まれたこの辺り一帯を治めているのは、トリスタニアのトリステイン王家です」

「街道が岩でふさがれちまって、村に帰れなくなっちまった。酒でも飲むしかないよ......ヒック!」

 無邪気な子供の戯れ言や、貴族を貴族と思わぬ失礼な酔っぱらいなど、色々といるわけだが......。
 最後のセリフは、聞き捨てならなかった。

「聞いたかい、サイト? この先で街道が封鎖されているらしいが......」

「心配すんな、ギーシュ。俺たちには、タバサの風竜がついてるぜ!」

 こういうときのためにシルフィードを休ませていたのだ。
 五人は竜の背に乗り、トリステイン魔法学院へと向かうのだが......。

「きゅいきゅい!?」

 突然、シルフィードが喚き始めた。前へ進むのを止め、宙の一点で翼をバタバタさせている。
 才人たちには意味不明なのだが、タバサには竜の言葉がわかるらしい。

「......透明な壁があると言ってる」

「壁......? こんな空のど真ん中に?」

 才人が聞き返すと、タバサはコクリと頷く。

「なんだか知らないけど......とりあえず降りるしかないわね」

 キュルケの提案に従い、竜を大地へ。
 ちょうど街道が封鎖されている辺りに、彼らは着陸する。
 街道封鎖を行っているのはトリスタニアの王宮から派遣された魔法衛士隊であり、中には、才人たちが見たことある顔もあった。ごつい体にいかめしい髭面の隊長である。

「今現在、この辺りは飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」

 そう言ったところで、隊長の方でも、才人たちが誰なのか気づいたらしい。

「またお前たちか! 面倒なときに限って姿をあらわしおって!」

「いったいどうなってるの? あたしたち、魔法学院に戻りたいんだけど」

「貴様らに話すことではない。ただちに去りなさい。......と普通なら突っぱねるところだが、学院の生徒たちが学院に戻る途中とあらば、そうもいかんな」

 キュルケの言葉に、最初は厳しく対応する隊長であったが、人のいい彼は、一応の説明をする。
 現在、王宮を含むトリスタニア一帯で、ちょっとした事件が持ち上がっており、人々がおかしくなっている。疫病とは違うが、一応隔離する必要があるということで、魔法衛士隊が街道封鎖の任についているのであった。

「わしらの隊は、ちょうど王都の外に出ていたため、異変を免れてな。それで、こうして外での仕事を仰せつかったわけだ」

 空の魔法障壁は、彼らが張った結界ではない。王都の異変と関連して、突如発生したものだという。

「『ちょっとした事件』とか『異変』って、いったい何なのよ?」

「まあ、それはわしの口から聞くよりも、直接自分の目で見た方がよかろう」

 たしかに。
 トリステイン魔法学院に戻れないのであれば、今晩は、王都トリスタニアで一泊するしかない。
 やや腑に落ちない気分になりながら。
 五人は、王都へ向かった。

########################

 トリステインの城下町を、才人たち五人は歩いていた。
 才人が王都に来るのは、初めてではない。ルイズと共に、武器を買いに来たことがあるのだ。そのルイズは魔法学院にいるはずであり、魔法学院に戻れないのであれば、才人としては、彼女のことが心配になってくる。
 それでも彼は物珍しそうに辺りを見回した。前にルイズと一緒に来た時とは、かなり雰囲気が違う。以前は、道端で声を張り上げて果物や肉や籠などを売る商人たちの姿があったのだが......。

「あら。ずいぶんと寂れてるのね」

 キュルケの言うとおり。
 通りを歩く人の姿すら見えない。

「......なんだか怖いですわ」

 シエスタがギュッと才人としがみつく。腕に胸がむにっと当たって、才人の頭からルイズのことが吹っ飛んだ。
 
「これでは街の人から話を聞くことすらできないね」

「まあ、宿に行けば誰かしらいるでしょうよ」

 ギーシュとキュルケが、そんな言葉を交わしていたら、ちょうど前から誰かやってきた。
 格好からすると平民の男だ。下を向いて歩いているので、向こうは才人たちに気づいていないようだが......。

「ああ、ちょっと聞きたいのだが......」

 ギーシュが声をかけると、男はギョッとしたように飛び退いた。それから、あらためて才人たち五人を凝視して、

「すまん。てっきりあんたたちも幽霊かと思って......」

「......幽霊?」

 不思議そうに顔を見合わせながら、聞き返す才人たち。
 男は一つ頷いてから、話を続ける。

「私は西から旅してきた者だ。この街は呪われている。宿屋に幽霊が出るんだ!」

 それだけ言うと、男は逃げるように、足早に去っていった。

「よくわからないけど......やはり宿に行くしかないようだね」

 そして五人は、ブルドンネ街にある一軒の宿屋へ。
 貴族も泊まる宿なので、普通ならば丁重な出迎えを受けるはずだが、そのようなものは何もなかった。
 玄関の大扉に鍵すらかかっておらず、彼らは中へ入っていく。
 すると......。

「なんじゃこりゃ!?」

 ロビーには宿泊客がたむろしていたが、皆、異様な姿に変わっていた。なんと透明になっているのだ!
 ただし、かろうじて全身の輪郭は線として見えるので、そこに人がいることは認識できる。ある意味、完全な透明よりも不気味な光景であった。

「なるほど......これが『幽霊』というわけね......」

 キュルケがつぶやくと、『幽霊』の一人が声をかけてきた。

「おお、君たちは!」

「その声は......ミスタ・コルベール!?」

 そう。その『幽霊』は、魔法学院の教師コルベールだったのだ。

「......調べものをしにトリスタニアまでやって来て、すっかり遅くなってしまったので、一晩の宿を求めた結果が、このざまだよ」

 表情もわからぬコルベールが、ため息をついた。

「この姿になると魔法も使えなくなるようで、私にはどうすることもできない。君たちを危険な目にあわせたくはないが、君たちに頼るしかない」

 もちろんコルベールは、才人たち四人がクリスタルの光を浴びたことは知らない。しかし、ちょうどこの四人が以前にアルビオンへ行って何かとんでもない手柄を立てたらしい、ということは耳にしていた。

「わかりました。なんとかしましょう。任せてください」

 続いて才人たちは、他の宿泊客たちからも話を聞く。

「ジンの呪いで、こんな姿にされてしまった......」

 どうやら元凶はジンという魔物らしい。

「『風』の魔力が弱まったために、封印の洞窟に封じ込められていたジンが蘇ったのです」

 どうやらこれも『風』の影響によるトラブルらしい。

「もとの美貌を取り戻したい......」

 どうやらこれはどうでもいい情報らしい。しかも声からすると女ではなく男のようなので、是非このまま透明でいてほしいものだ。

「ジンを再び封じ込めるためには、王族が継承している指輪が必要なのです。それを恐れたジンは、王都に呪いをかけたのです」

 どうやらはっきりとした対抗策があるらしい。これは貴重な情報である。

「風の国アルビオンに伝わる『風のルビー』だ。あの指輪さえあれば......」

「アルビオンの......!?」

 思わず聞き返してしまう才人。
 ならば、ジンは見当違いなことをしているのであろうか? いや違う!
 風のルビーは、今、アンリエッタが嵌めているのだ!
 才人は覚えている。ウェールズの『風のルビー』をアンリエッタに渡したのは、他ならぬ才人なのだから。

「ということは......僕たちは王宮へ行くべきだね! アンリエッタ姫殿下に会わなければ!」

 ギーシュが嬉しそうに言った。

########################

「私は陛下の補佐をしているマザリーニです。ジンの呪いによって皆、幽霊のような姿に変えられてしまいました」

 名乗らなければ誰だかわからないような姿になってもなお、王宮でトリステインの政務を一手に引き受けているのは、マザリーニ枢機卿であった。

「ジンを倒さぬかぎり、もとの姿には戻れませぬ」

「ジンはどこに?」

「北の森にある、封印の洞窟にいます。だが『風のルビー』がなければ、ジンを再び封印することはできぬ......」

「アンリエッタ姫殿下が持っていると......」

「おお、そうだ! 貴殿らがアルビオンから持ってきてくれたのでしたな! だが肝心のアンリエッタ姫殿下がどこにも見当たりませぬ。......もしやジンにさらわれたのでは!? おお姫殿下......」

「封印の洞窟に行ってみましょう」

「おお、よくぞ言ってくれた。たしか封印の洞窟には一カ所隠し扉があって、骸骨が鍵になっていたはず......。頼みましたぞ! ジンを倒し、人々を救ってくだされ!」

 こうして。
 今度は封印の洞窟に向かうことになったが、その前に、まずは王宮内で情報集めである。
 色々と歩き回って、呪われた人々の話を聞いていく。

「ジンの呪いで、こんな姿にされてしまった。ああ、どうしたらいいのか......」

 城下でも聞いた話である。何度も聞かされると、ただの愚痴にしか聞こえなくなってくる。

「封印の洞窟にいるモンスターはアンデッドばかりです。『ヒーリング』をかければ倒すことができるかもしれない......」

 ハルケギニアで最も代表的な『アンデッド』といえば、おそらく吸血鬼であろう。才人たちは知らないが、タバサは吸血鬼と戦ったこともある。
 しかし吸血鬼は、回復魔法で倒せるような生き物ではない。どうやら、洞窟の魔物は、特殊なアンデッドのようだ。

「王宮の左の塔には、ワイトスレイヤーがある。アンデッドに力を発揮する聖なる剣だ。だがメイジにしか使うことは出来ない」

 勝手に持っていってもかまわない、というニュアンスだが......。

「あたしたちメイジは、杖を使うから」

「......剣はいらない」

「僕も」

 キュルケもタバサもギーシュも、首を横に振る。日頃『ブレイド』を得意とするならば、まだ使いようもあるかもしれないが、彼らはそのようなタイプのメイジではないのだ。
 三人は才人に目を向けた。ガンダールヴならどんな武器でも扱えるので、武器本来の制約も無意味となるはずだが......。

「えっ、俺? 俺は......デルフがあるからいいや」

「よく言った! それでこそ相棒だぁな」

 というわけで、彼らはワイトスレイヤーをスルーした。
 そして。
 非常事態ゆえ、普通ならば入れない場所にも入れる、ということで。
 才人とギーシュは、ニヤニヤ顔を見合わせて......。

「おひめさまのベッドで寝ちゃお......」

 バシッ!

 男二人のささやかな野望は、女性陣に全力で阻止された。

########################

 鬱蒼と茂る森の小道を分け入って、彼らは進む。
 少し行くと木々が途切れ、小さな湖が見えてきた。ほとりには切り立った崖がそびえ立ち、岩肌にぽっかりと穴が開いている。ジンがいるという『封印の洞窟』だった。

「危ないから、シエスタは外で待っていてくれ」

「はい。がんばってくださいね、サイトさん!」

 湖畔にシエスタ一人を残して、四人は中に入っていく。
 たしかに、そこはアンデッドの潜む洞窟だった。
 ミイラ男のような怪物、剣を手にした骸骨の化け物などが、次々と襲いかかる!
 このパーティに回復魔法を得意とするメイジはおらず、アンデッド(不死)には苦戦するかと思われたが......。

「炎が効くわ! 燃やせばいいのよ!」

 キュルケの炎が立て続けに繰り出される。他の三人は彼女の援護に回った。
 巧みな連係でアンデッドたちを倒しながら、奥へ奥へと進んでいく。

「おい、あれって......!」

 少し広くなったところで。
 ギーシュが、怯えたような声を上げた。
 洞窟は行き止まりとなっており、そこには人骨がいくつも転がっていたのだ。小さな頭骨は、子供のものかもしれない。
 ギーシュにつられて才人も顔を青くするが、タバサは気にせず、骨を調べて回っている。
 そして。

「......これがスイッチ」

 タバサが触れると、ゴゴゴォッと音がして、奥へと続く隠し通路が現れた。彼女は、マザリーニ枢機卿の話をちゃんと覚えていたのだ。
 その通路に入っていくと......。

「姫殿下!?」

 アンリエッタがおり、四人は驚いてしまった。

「どうしてこんなところに?」

「ゲルマニアへの輿入れの準備として、ドレスの試着をしていたので、ジンの呪いにかからなかったのです」

 言われてみれば、彼女は眩いウェディングドレスに身を包んでいる。不気味な洞窟に咲いた大輪の花のようなその姿に、才人やギーシュは感動した。
 さすが王家と王家の結婚、ただのウェディングドレスではなく、呪いを跳ね返す力まで持っていたとは!

「王宮や王都の人々を助けたくてここまで来たのだけれど、魔物が多くて、一人では先に進めません......」

「ここは危険だ。姫さまは城で待っていてください」

 才人の言葉に、しかし彼女は首を横に振る。

「いいえ、連れていってください。わたくしは『水』のトライアングルメイジですから、少しはアンデッドとも戦えます」

 なるほど、ここならば回復魔法も攻撃魔法として使えるのだ。

「それに、この『風のルビー』がなければジンを封印することは出来ません!」

「わかりました。他ならない姫さまの頼みですから、引き受けますけど......無茶はしないでくださいよ」

 アンリエッタは目を伏せた。

「ええ」

「ほんとですか? 姫さまを危ない目にあわせたら、あとでルイズに何を言われるかわかったもんじゃない。そこは約束してもらいますよ」

「大丈夫です」

 頷いた。

「だったらいいですけど......」

 アンリエッタがパーティーに加わった!

########################

 アンリエッタ合流後、出現するモンスターは、それまでよりもパワーアップした。青い色の骸骨剣士や、モヤモヤととらえどころのない一つ目の化け物、そして大きな硬貨にしか見えない怪物など......。
 しかし才人たちは敵を蹴散らし、時にはアンリエッタに回復してもらいながら、突き進む。
 そして。
 ついに洞窟の再深部、ジンのいる場所にたどり着いた!

「ジンだ!」

 パッと見では、上半身裸の、巨漢の大男。だが、ただの人間ではない。大きな曲刀を手にしており、反対側の手からは、炎が揺らめいていた。

「わたくしがこの指輪でジンを封じます!」

 アンリエッタが『風のルビー』をかざすが......。
 何も起こらない!

「ファファファ......。今の俺さまには、そんなもの通用しないわ。増大した闇の力が、俺に味方しているのだ!」

 ジンが襲ってきた!

########################

「ジンは炎の魔人。寒さに弱いはずよ」

 アンリエッタの助言により、才人たちは『雪風』のタバサを主戦力とした。
 ここは『風』の洞窟とは違うせいか、あるいは別の理由か。『風』を交えたスペルも、本来の威力を発揮する!

「ぐわあっ!?」

 タバサの『ウィンディ・アイシクル』が突き刺さり、ジンが悲鳴を上げた。
 もちろん、活躍しているのはタバサだけではない。アンリエッタの前でいいところを見せようとして、ギーシュも頑張っている。青銅ゴーレム『ワルキューレ』を出し惜しみすることなく、最初から七体フル出場だ。
 残念ながら相手が『炎の魔人』ということで、キュルケにはあまり見せ場がない。『ファイヤー・ウォール』を張って、全体の防御に回っていた。
 才人も剣を振るうものの、どちらかといえば防御役。ジンの魔法攻撃『ほのお』をデルフリンガーで吸い込んでいる。
 かくして、攻防バランスよく、皆が奮闘した結果......。

「今だ姫さま! ジンが弱っているうちに、指輪で封じるんだ!」

 アンリエッタは『風のルビー』を高く差し上げ、ジンは霧にように溶けて消えた。今までジンが立っていたところには、小さな泉が湧いている。

「ありがとうございます。あなたがたのおかげで、ジンを再び封印することが出来ました。あとは『風のルビー』をこの聖なる泉につければ、ジンの呪いを解くことが出来ます」

 説明しながら、アンリエッタは指輪を泉に近づける。水面に触れた途端、風のルビーは神々しい光を発した。
 ジンの呪いが消える瞬間であった。

########################

 そして、王宮にて。

「ありがとう。再びジンを封印し、姫殿下を助け出してくれたこと、礼を言いますぞ」

 才人たちはマザリーニ枢機卿から感謝されると同時に、小型のカヌーをもらった。
 一応は謝礼のつもりなのだろう。そんなもの貰ってどうすると思わんでもないが、何かの役に立つかもしれない。
 さらに、アンリエッタを居室まで送り届けたところで......。

「おわかれですね......。わたくしはゲルマニアに嫁がなければなりません」

 アンリエッタは、望まぬ結婚をする乙女の顔で言った。

「本当はついていきたい......。でもきっと足手まといになってしまいますね」

「姫さま......」

 才人は言葉に詰まってしまう。こういう時、どういう言葉をかけるべきなのか、わからないのだ。
 一方、その後ろではギーシュが不満げにつぶやいていた。

「なんでサイトだけ......?」

 アンリエッタが、まるで才人が代表のように、才人一人に話しかけているからだ。
 まあギーシュは単純に羨んでいるだけだが、シエスタの口からは驚きの呻きが漏れていた。

「......え?」

 さすがはシエスタ、一瞬、アンリエッタの目の中に光った熱い何かを見逃さなかったのである。

「そ、そんな、まさか......」

 ありえない、と思いながら、他の女性の意見をうかがおうと、タバサやキュルケに顔を向ける。
 タバサは、いつもどおりの無表情。
 キュルケは「別にいいんじゃない?」という顔をしていた。あれだけダーリンダーリン騒いでいたキュルケの『微熱』は、すでに醒めていたらしい。

「あれ! あれ、どういうことですか! ......信じられません」

 くらくらとシエスタが地面にへたり込む間にも、アンリエッタと才人の会話は続いている。

「旅が終わったら、必ず帰ってきてくださいね。わたくし......」

 いつにまにかアンリエッタの中では、才人たちが世界を救う度に出ることが、既定路線となっていたらしい。

「......わたくしがその時、ここにいるかどうか、定かではありませぬが」

 本当は「待っています」とでも言いたいだろうに。
 ゲルマニアに輿入れする身ゆえ、本心は口に出せないアンリエッタであった。

########################

「よくやった! さすが私の教え子たちだ!」

 いったん才人たちはトリスタニアの宿屋に立ち寄り、そこでコルベールがパーティーに加わった。
 コルベールは本来、生徒が危険な魔物と戦うことを喜べないタイプであるが、今は素直に彼らを称賛している。
 もう街道封鎖も解かれたということで、魔法学院へと向かうが......。

「解かれてないじゃん!」

 才人が文句を言うのも無理はない。
 たしかに、通行止めをする魔法衛士隊こそいなくなっていたが、そこには魔法障壁が張られたままだったのだ。

「ジンの呪いは解けても、これは消えていない......。つまり別の理由だったということだね」

 考えこむコルベールは放置して。

「もう強行突破しましょうよ」

「そうだな。いつまでもこんなとこで足止めくらうのはこりごりだ」

 若い少年少女たちは、力づくで通り抜ける気になっていた。

「じゃあ、みんなでシルフィードに乗って特攻を......」

「きゅい!?」

 さすがにそれは可哀想なので。
 王宮でもらったカヌーに『フライ』をかけて、小型の飛空艇として、それに乗って......突撃!

 どかーん。

 カヌーの飛空艇はバラバラになってしまったが、無事、障壁を潜り抜けることが出来た。

「やっぱりファンタジーでも、バリヤーはパリンと割れるんだな」

 才人が感慨深げにつぶやく間にも。
 彼らの魔法学院が見えてきた......。

########################

 魔法学院に戻ったところで、いったんパーティーは解散。
 皆それぞれ、自分がいるべき場所へと向かう。
 コルベールは、本塔と火の塔に挟まれた一画にある掘っ立て小屋へ。シエスタは厨房へ。キュルケ、タバサ、ギーシュは各自の部屋へ。
 そして才人はもちろん、ルイズの部屋へ。出かける前に使い魔失格を申し渡された才人であったが、やはり長期間会っていないため、少し心配になったのだ。

「ルイズ......?」

 部屋に入ると、ルイズは頭からふとんを被って、横になっていた。
 才人の姿を認めて、首だけを布団から出し、不機嫌そうな顔で話しかけてくる。

「どこ行ってたのよ」

「宝探し」

「ご主人様に無断で行くなんて、どういうつもり?」

 ルイズ、なんだか目の下にくまが出来ている。
 本当は「クビじゃなかったのかよ」と言い返すつもりだったが、こんなルイズを見てしまうと、別の言葉が口から出る。

「そんなことより、大丈夫か? 昼間っから寝込んで......具合でも悪いのか?」

「そ、そうよ。使い魔が勝手にご主人様から離れたから、ご主人様は体調を崩しちゃったのよ」

 ルイズは横を向き、少し泣きそうな声で言った。

「......俺のせいなのか? じゃあ俺が何かしたら治るのか?」

「そうよ! これは『エリクサー』っていう秘薬があれば治る体調不良なの!」

 使い魔ならば探し出せるはずだ、たぶん魔法学院の庭に落ちているはずだ、とルイズは言う。
 そういえば召喚されたばかりの頃、秘薬を探し出すのが使い魔の仕事だと言われたっけ、と才人が思い出していると、

「......たぶん、この辺り」

 ゴソゴソとルイズがふとんから右手を出し、手書きの地図を渡してくれた。

「わかった。じゃ、ちょっくら行ってくる」

 宝探しから帰ってきたら、また宝探しをやることになった......。
 そんな気分で才人は、地図に従って、魔法学院の敷地内を探索する。
 東の端に流れる浅い水路をじゃぶじゃぶと進み、離れ小島のようになった草地の茂みに上がって、そこで『エリクサー』を発見した。
 それをルイズのところに持っていくと......。

「ほーら、みてごらんなさい! おかげで、こんなに元気になったわ!」

 まるで仮病だったんじゃないかというくらい、元気にベッドから飛び出すルイズ。
 とてもヤラセくさいミニイベントであったが、ともかく、これで二人は仲直りである。

########################

 そして翌朝。

「なあ、ルイズ。昨晩へんな夢を見たんだけど......」

 夢の中に『風のクリスタル』が出てきて「早く世界を救う旅に出ろ」とせっつくので、才人はルイズに相談してみた。
 しかし。

「なんですって? 今から世界を救いに行くですって? 頭でも打ったんじゃないの!?」

 バカ犬のたわごとと思って、ルイズは取り合ってくれない。
 そのまま二人で部屋を出たところで、ちょうど隣の部屋から出てきたキュルケと出会った。

「おはよう、ルイズ。ちょっとあなたの使い魔、貸してくださらない?」

「はあ!?」

 聞けば、キュルケも昨晩、才人と同じ夢を見たらしい。だから才人を伴って、また旅に出ようというわけだ。

「じょ、冗談じゃないわ! サイトは私の使い魔よ! あんたには火トカゲがいるでしょ!」

「そういう問題じゃないのよ。クリスタルの光を浴びたのは......」

「ダメったらダメ!」

 そして。
 食堂に行くと、ギーシュも同じ夢を見たという。

「これは僕たちが華麗に世界を救うという思し召しだね! 今度こそ僕の大活躍を、姫殿下にも認めてもらわなければ!」

 動機が少し不純なギーシュは置いといて。

「タバサ、あなたも同じ夢を見たの?」

 いつにまにか近くに来ていた彼女に尋ねると、タバサは無言でコクリと頷いた。
 むむむ、と唸るルイズ。なんだか自分だけ仲間はずれにされた気分だ。
 というより、このまま『四人』で出かけられては、本当に仲間はずれになってしまう。
 さらに。

「今日の授業は中止ですって」

「なんでもミスタ・ギトーが寝込んでしまわれたとか」

「最強のはずの『風』が使えなくなって、すっかり自信喪失したらしいわ」

 そんな噂話が耳に入ってくる。
 クリスタルの危惧していた『風』の異変が、ハルケギニア全土に広がり始めたのだ。
 事ここに至り、ついにルイズも決意した。

「わかったわ! それじゃ......出発しましょう!」

「えっ、ルイズも来るのかよ!?」

「当然でしょ! あんたは私の使い魔なんだからね!」

 こうして。
 いつのまにか話を聞きつけたシエスタを、また料理係として加えて......。
 今度は六人で、世界を救う旅に出ることになった!

「そうか......。私は魔法学院に残らねばならないので同行はできないが......」

 旅立ちの前に、コルベールのところに話をしにいくと、ちょっとしたアドバイスがあった。

「覚えておきたまえ。『風』が弱っている以上、いずれ『風石』を用いる空船は役立たずとなるだろう」

 風竜だけでは、長時間の長距離移動は困難。しかし空船も使えないというのであれば、何か代わりの移動手段が必要ということだ。

「ゲルマニアへ行くといい。ゲルマニアの王が『風石』に頼らぬ空船の推進装置を開発しているという噂がある」

「新しい推進装置......?」

「そうだ。おそらく私が研究している『水蒸気機関』のようなものだと思う。私はまだ開発に成功していないのだが......」

 コルベールの話を聞き、才人たちはキュルケに目を向ける。彼女はゲルマニアの出身、ゲルマニアのことはゲルマニア人に聞くべきである。
 しかし、キュルケは首を横に振った。

「あたしは知らないわ。最近じゃずっとトリステインにいるわけだし......。ここに来る前は、屋敷に缶詰状態だったから」

 ゲルマニアの首都ヴィンドボナにある魔法学院を中退し、ツェルプストーの領地でぶらぶらして、それからトリステインに留学してきたキュルケである。もはや祖国の事情には詳しくなかったのだ。

「まあ、いいわ。行ってみればわかるでしょう」

「いや、ルイズ。コルベール先生の情報はありがたいけど......」

 言いにくそうに、才人が告げる。

「俺たちの行き先はゲルマニアじゃないんだ。もう決まってるんだよ」

「......へ?」

 そう。
 彼らは、夢の中に出てきたクリスタルの導きに従って、行動するのだ。
 その最初の目的地は......。

########################

「どこよ、ここ? 海の風が身に染むわね」

 きらきらと鱗のように光る『外海』のさざなみを見つめながら、ルイズが言う。

「こんな場所がハルケギニアにあったのね」

 キュルケが感慨深げにつぶやいたように。
 まさにそこは『陸の孤島』であった。
 名をセント・マルガリタ修道院という。
 突き出した岬の突端に位置するこの修道院には陸路が通じておらず、切り立った岸壁は船も近づけない。ここへやってくるには、彼らがそうしたように、空から来るしかなかった。
 六人をここまで運んだシルフィードは、きゅいきゅい喚いて、「もう疲れた」と主張している。

「なんだか......寂しいところですね」

「......きっと、わけありの女性が暮らしているのよ」

 シエスタとキュルケが、悟ったような会話をしている傍らで。

「修道院ってことは......女の人がたくさん!?」

「そうだよ、サイト。ひっそりと咲く美しい花に、愛という名の幸福を届けるのは、この僕しかいない!」

 才人とギーシュは、何やら盛り上がっている。

「甘いわね、バカ犬は。修道院なんだから、男のあんたたちは入れてもらえないわよ」

「えっ、そりゃねーよ!」

 というわけで。
 才人とギーシュは、外で風竜と一緒に待機ということで。
 ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタの四人は、修道院の中へ。
 本来は部外者おことわりなのだろうが......。

「ああ! お待ちしておりました!」

 ルイズたちは、修道院長の歓迎を受けた。
 初老の人が良さそうな女性である。聞けば、夢の中で神の啓示を受けたという。

「『光の四戦士』が訪ねてきて、スール・ジョゼットをお救いくださる......。そういうお告げがあったのです」

 キュルケとタバサはともかく、ルイズとシエスタは、クリスタルの光を浴びてはいない。しかし人数があっているので、この四人が『光の四戦士』だと思われたらしい。 

「......スール・ジョゼットって誰......? 何が起こっているのですか?」

 ルイズたちは、敢えて誤解を解くこともなく、詳しい話を聞く。

「はい。若い修道女の一人なのですが......原因不明の病気で、寝込んでいるのです」

 百聞は一見にしかず。
 修道院長は、四人をジョゼットの部屋に案内した。
 ベッドに横になっているのは、銀髪の少女。年は十四、五といったところで、美しく、はかなげな印象を持つ少女だった。

「タバサの『ヒーリング』で治るかしら?」

 超得意というほどではないが、それでもこのメンツの中では、回復魔法が一番使えるのはタバサである。ジョゼットのもとに歩み寄るが......。

「......病気じゃない」

 一言だけつぶやくと、すぐに下がってしまった。

「どういうこと?」

「......聞けばわかる」

 タバサは、寝ているジョゼットの口元を指し示す。見ればジョゼットは、うなされているかのように、何やら口にしていた。
 ルイズやキュルケが、耳を近づけてみると......。

「......ああ......ジュリオさま......。こんなにお慕いしておりますのに......。シクシク......。竜が住むという火竜山脈に行ってしまわれました......」

「なるほど。そういうことなのね」

 瞬時に理解したキュルケ。
 ジョゼットの病気は、いわゆる恋の病というやつなのだ。
 しかし女性だらけの修道院で、そんな病気が発生するとは......。

「......で、ジュリオって誰?」

「ああ! 御慈悲を!」

 ルイズの問いかけに、修道院長は、がたがたと震えながら説明した。
 ......ジュリオはロマリアの神官であり、その職位は助祭枢機卿。このような修道院の院長とは、天と地ほどの開きがあった。しかもジュリオは、教皇のおそばに仕える神官でもあった。
 教皇聖下の覚えめでたき神官どのともなれば、一介の修道院長が逆らえるわけもない。だから彼は、女ばかりの修道院に、たびたび客として迎え入れられていたのだった......。

「それでロマンスが生まれちゃったってわけね?」

「いいえ、とんでもない!」

 ジョゼットは、ジュリオの説法に目を輝かせて聞き入る修道女の一人に過ぎなかった。修道院長の知るかぎり、二人間に『あやまち』と呼べるようなものはなかったはず。

「まあ、なんとなく事情はわかったわ。ともかく、そのジュリオってやつが会いに来てくれなくなったから、彼女は寝込んじゃったのね」

 ならば、ジュリオを連れてくればいい。そしてジョゼットのうわごとによれば、ジュリオの行き先は火竜山脈......。
 こうして。
 次の目的地は火竜山脈と決まった。

########################

 火竜山脈は、六千メイル級の山々が連なる、巨大な山脈である。しかし一般的な高山に見られるてっぺん付近の氷河や雪は見当たらない。
 その『火竜』の名前どおり、赤い岩肌と黒い溶岩石が頂上近辺まで延々と続いている。赤く焼けた溶岩流がいたるところで噴出し、さかんに降る雨を水蒸気へと変えていた。
 辺りは白く濁った霧と、むせるような熱気に包まれており、まるで山脈全体が蒸し風呂のようである。
 そんな火竜山脈の麓に立って、六人は山の上を見上げた。

「へえ。ここがフレイムの生まれ故郷なのね。火竜山脈に来ると知ってれば、連れてきてあげたのに」

 キュルケがポツリとつぶやく。
 使い魔の火トカゲは、魔法学院に残してきていた。この旅に使い魔を同行させているのは、ルイズとタバサだけである。
 ......ルイズの場合は、むしろ彼女が使い魔に同行してきたわけだが。

「このままシルフィードで頂上まで......ってわけにはいかないの?」

「......無理。火竜たちに見つかってしまう」

 ルイズの言葉に、タバサが首を横に振る。火竜に見つかるのは、タバサとしても避けたいのだった。
 なにしろ火竜山脈に住む『ファイアドラゴン(火竜)』は、知能の代わりに強力な炎を進化させてきた連中である。風竜のように物わかりがいいわけでもないし、おまけに気が荒い。場合によっては、韻竜相手だって容赦しないのだ。
 実は韻竜であるシルフィードも「そんな乱暴な連中のところに行くのはごめんだ」と言わんばかりに、きゅいきゅい喚いている。
 竜が一緒ではすぐに火竜に見つかってしまうが、ルイズやキュルケなど、シルフィードの正体を知らぬ友人の前で、シルフィードを人間の姿に化けさせるわけにもいかず......。
 シルフィードは麓に待たせて、六人だけで山に登ることになった。

「なんだよ、この蒸し暑さは......」

「文句言わないの、バカ犬! そういうこと意識すると、余計暑くなるでしょ!」

「でもサイトさんの言うとおりですわ。この霞みというか湯気、忌々しいったらありゃしない......。むしむしするし、視界は悪いしで散々です」

「もう、シエスタまで!」

 色々と文句をたらしながらも、六人は、荒い岩を一つ一つ乗り越えていく。
 登山道なんてものは存在しない。切り立った崖や巨大な岩石が次々と、彼らの前に立ち塞がる。精神力を温存するために、魔法の使用は最小限にとどめ、手と足で障害をクリアしていく。
 なにしろ。
 問題の火竜こそまだ現れないものの、代わりに、おかしなモンスターが襲ってくるのだ。
 真っ赤に燃える正体不明の飛行物体、顔が炎に包まれた紫色の怪鳥、急降下してくる緑の鷲、などなど......。
 さすがに、戦闘ともなれば、精神力の出し惜しみは出来ない。ルイズの爆発魔法が、キュルケの炎が、タバサの氷が、ギーシュのワルキューレが......。デルフリンガーを振るう才人同様、活躍する。

「ねえ、タバサ。タバサの魔法は、特に問題なく使えるのね?」

「そういえば......『ウィンディ・アイシクル』って『風』『風』『水』のトライアングルスペルのはずね?」

 ルイズとキュルケに問われて、タバサはコクリと頷いた。

「......たぶんクリスタルのおかげ」

 そうなのだ。
 たとえハルケギニア全土で『風』の力が弱まろうと、『風』のクリスタルから力を授かった彼らは、その影響から逃れることができるのだ。
 本当は、クリスタルからは、特殊能力を持つ『称号』もいくつか授かったのだが......。
 もともとメイジやガンダールヴである彼らには、そんなものは必要なく、まったく気づいてすらいなかった。

########################

「なんだありゃ!?」

「あれが......火竜!?」

「違うわ! 色も大きさも全然違う!」

 ある程度進んだところで。
 バッサバッサと羽音を立てながら、六人の頭上に現れたのは、とてつもなく巨大な黒い竜だった。

「うわああああ」

「ぎゃああああ」

「あ〜〜れ〜〜」

 漆黒の巨竜は、その爪で六人を掴み上げ、どこかへ連れ去ってしまう......。

########################

 六人が運び込まれたのは、大きな鳥の巣のようなところだった。
 ザッと見たところ、人間大の卵が十個余り。そのうち半分は既にふ化しており、それぞれ雛がエサを求めて口をパクパクしている。

「かわいい......ってサイズじゃねーよな?」

「普通の小鳥じゃないからね」

「これが全部、あの黒い竜になるのかしら?」

 さらに。

「なんだ?」

 巣の左奥の部分がゴソゴソしているので、近づいてみると......。

「おやまあ、こんなところで人に会うなんて!」

 と言いながら、人間の男が飛び出してきた!

「君たちも、あのバハムートにつかまったのかい? ドジだねえ」

「そういうあんただって......」

「えっ? そうかそうか、ハハハ......」

 彼は、左右の瞳の色が異なっていた。左眼は鳶色だが、前髪で半ば隠された右は碧眼。これは二つの月になぞらえて『月目』と呼ばれ、特に迷信深い地方では、不吉なものとして忌み嫌われるのだ。
 しかしそんな欠点も、彼に限って言えば、むしろチャームポイントだろう。

「まあ、いい男!」

 キュルケが思わずため息をついたように。
 長身金髪の彼は、誰が見ても一目瞭然の美少年だった。細長い色気を含んだ唇に、まつ毛も長く、ピンと立って瞼に影を落としている。

「僕はジュリオ。この服装からすると......どこかの神官らしい」

 自分の格好を示しながら、他人事のように言うジュリオ。
 六人は、その名前に思いっきり反応した。

「ジュリオだって!?」

「おや、僕のことを知っているのかい? 実は僕は、記憶喪失でね。名前以外のことは思い出せないんだよ。何かをしなくちゃいけない、という強烈な想いはあるのだが......それが何だかわからない......。もしも何か知っているなら、教えてくれ!」

「セント・マルガリタ修道院というところに、君を待っている女性がいるのだ。彼女を幸せにするのが君の使命だよ、この女たらしめ!」

 ギーシュがジュリオに指を突きつける。お前が言うな、というツッコミが入ってもおかしくないセリフだが、その前に、当のジュリオが首を横に振る。

「......いや、そんなプライベートな話じゃなくて......もっと重要な......」

「何を言うのだ、君は!? 女性を幸せにすること以上に重要な使命など、この世に存在しないだろう!?」

 ギーシュの独自哲学を聞いている場合ではなかった。
 再び例の羽音が聞こえてきて、ジュリオが叫ぶ。

「バハムートのお帰りだ! 隠れろ!」

 空からバハムートが襲ってきた!

########################

「まともに戦っても勝ち目はない! 絶対逃げるんだ! 逃げるんだ! 逃げるんだ!」

 これだけ「逃げろ逃げろ」と連呼されると、逆に「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」という気分になるのが、人間の心情というものだが......。
 相手はダチョウではなくドラゴン、それも普通のドラゴンではなくバハムートなのだ。相手が相手なだけに、素直に彼らは、バハムートから逃走する。

「ふう、危ないところだったね。さあ今のうちに逃げよう」

 バハムートが去っていくと、隠れていたジュリオが顔を出した。

「これを君たちにあげよう。『ミニマム』という魔道具なのだが、どうもメイジにしか使いこなせないらしい。その代わりといってはなんだが、君たちと一緒に旅をさせてくれ!」

「ああ、俺たちは構わないけど......」

 セント・マルガリタ修道院のジョゼットのもとへ戻るべきでは......と言外の含みを持たせる才人。
 だがジュリオとしては、思い出せない『使命』のために、世界を旅して回りたいようだ。
 どちらにせよ、ここから脱出しないことには話が始まらない。

「そうか、なら決まりだ! よろしく!」

 ジュリオから『ミニマム』をもらった。
 ジュリオがパーティーに加わった。

「さあ、行こう!」

「飛び降りるぞ、それっ!」

########################

 バハムートの巣から飛び降りた先は、小さな森だった。森の中にはちょっとした広場があり、三つの泉が湧いている。その間を一人の男がウロウロしていたが、彼は、普通の人間の背丈の半分もない、特殊な種族だった。

「あんた......いったい何者!?」

「おいらは、この森の不思議な水を汲みに、南の『こびとの森』から来たんだ。こびとしか入ることのできない、こびとの街さ!」

 顔を見合わせるルイズたち。こびとなんて種族の存在は、初耳である。

「あんたたちも『ミニマム』を持っているなら、こびとになって『こびとの森』に行ってごらんよ!」

 そう言って彼は去っていった。

「どうやら......この魔道具がないと入れないみたいね」

「誰も入れない村に隠れ住んでいたから......今まで誰も知らなかったのね」

 とりあえず、ここにいてもどうしようもない。どうやらこの辺りは、海と山に挟まれた一帯らしい。他に行くあてもないので、南の森へ行ってみる。
 最初、それらしき村は見当たらなかったが、魔道具『ミニマム』を使って七人のこびとになると、森の木々の間に小さな集落を発見。

「へえ。本当にこびとの村なのね」

 一見ごく普通の田舎の村のようだが、畑や家など、すべてが『こびと』サイズになっていた。
 今はルイズたちも『こびと』状態なので、住人たちは気さくに話しかけてくる。

「見かけねえ顔だなあ」

「おいらはこびと族。気楽な性分!」

「どこかに生きている森があるんだって。そこの妖精は可愛いらしいよ!?」

「お医者さんの先生が大変だあ! おなかが痛いんだって! でも誰も助けられないんだ。この村のたった一人のお医者さんだから......」

「先生が『海賊のアジト』への抜け道を知ってるよ」

「山脈を貫く洞窟があるんだ。それを通れば海賊の住む谷へ出ることができるぜ」

 ならば、そのお医者さんとやらに会うしかないようだ。
 七人のこびとは、村の北西にある医者の家へ。
 ごく普通の家だったが、一人のこびとが床に臥せってた。

「うーん、うーん。どく......けし......たのむ......」

 彼は『どくけし』というアイテムを求めている。こびとが使う、回復の秘薬であろうか。
 ルイズたちは持っていなかったので、代わりにタバサが『ヒーリング』を施す。

「あー、助かった。何か食べ物にでも当たったらしい。ほんとに助かったよ!!」

 医者は元気になった!

「お礼に、私が見つけた山脈を通り抜けられる洞窟を教えてあげよう。気をつけて行きなさい」

 医者から抜け道を教わった!

########################

 普通の人間では通ることは出来ない、こびと専用の小さな洞窟を進む七人。
 例によって、見たこともないモンスターが襲ってくる。

「あれ? こいつら......やたら硬いぞ!?」

「おい相棒、どうした!? もっと心を震わせろ!」

 どうやら『こびと』状態では物理攻撃が弱まるらしく、ガンダールヴの才人でさえ、攻撃力がガクンと弱まっていた。
 でも大丈夫。『こびと』になっていても魔法は普通に使えるようだ。さいわい、パーティーの大半はメイジである。

「こんなやつら、たいしたことないわ!」

 とにかく彼らは突き進み......。
 洞窟を抜けると、そこは海賊のアジトだった。山脈を貫く洞窟とは別に、海辺の山にもう一つ洞窟があり、海賊たちはそこをアジトにしているのだ。
 しかし『海賊』にありがちな悪者然とした連中ではなかった。入ってすぐの部屋で、彼らは酒をかっくらっており、中には真っ昼間から寝ている者までいる。

「ふて寝さ......」

 ベッドに転がる男は、それしか言わない。何度話しかけても、同じ言葉が返って来るだけだ。
 ならば。
 才人たちは、酔っぱらいたちに話を聞くことにした。

「俺たちゃ海賊! 海の貴族さ!」

 本物の貴族を前に、堂々と宣言する海賊だが、すぐに気弱な表情を見せて、

「でもな......。実は困ってるんだ。突然、海竜が現れて、俺たちの船は壊されちまったんだ。『エンタープライズ』だけは助かったけど、怖がって誰も乗りたがらねえ」

「酒でも飲んでなきゃ、やってられねえぜ! 船に乗れない海賊か......!」

「ボスも頭を抱えちまってるよ。海竜にはかなわねえ......」

 口々に愚痴を言う海賊たち。

「とりあえず......ここはどこ?」

 バハムートとの遭遇以降、ルイズたちは現在地を認識していないので、尋ねてみたのだが......。

「俺たち海賊のアジトさ!」

「そうじゃなくて! 国名を聞いてんのよ! ガリア? ロマリア? トリステイン?」

「......海賊に国境はない!」

 ようするにわからんという意味だ。
 そんな中、酔って突っ伏していた海賊の一人が、顔を上げる。

「岬にある建物は海竜の神殿だ。じっちゃんが詳しいことを知ってるはずだぜ!」

 それだけ言うと、彼は再び顔をテーブルへ。

「......有益な情報は得られそうにないわね」

「でも『岬』ってどこのことかしら?」

「さあ? このアジト、山の反対側にも出口があるみたいね。そっちから出れば、見えるんじゃないかしら?」

 ルイズたちは、海賊のアジトをずんずん勝手に進んでいく。
 すると。

「わしは海賊の中でも一番の年寄りの『じっちゃん』じゃ」

 長老っぽい海賊の部屋に出くわした。

「岬の神殿は海竜が眠りについていた場所なのじゃ。だが突然、海竜が狂ったように暴れ出したのじゃ......」

 事情はわかってきたが、ルイズたちはそんな話を聞きたかったわけではない。

「それより、ここの国名を教えてくれないかしら?」

「わしは海賊の中でも一番の年寄りの『じっちゃん』じゃ。岬の神殿は......」

 ルイズたちが問いかけても、ひたすら同じ文言を繰り返す長老。あらまあおじいちゃんボケちゃって、という感じである。

「これじゃ聞くだけ無駄だわ」

「......船で海に出たほうが早いんじゃね? どっか知ってる港に辿り着くだろ」

「船はどうすんのよ?」

「誰も乗りたがらない『エンタープライズ』ってのを借りられないかしら?」

 その方針で、彼らは海賊のボスらしき部屋へ入っていく。
 海賊のボスは、妙齢の女性の横でのびていた。

「そこにいるのがボスよ。もう! だらしないったらありゃしない!!」

 情婦らしき女性からも、そう言われる始末。さらに彼女は、親切にも忠告してくれた。

「船には乗らない方がいいわよ! 岬まで行くと何かが襲って来るの。きっとあれは神殿に祀られた海竜だわ」

「ダメだ......海竜には勝てっこねえ......」

 海賊ボスも弱音を吐いているが、

「もしおまえさんたちが海竜を退治してくれたら『エンタープライズ』をやるぜ! どうだい?」

 自分たちが勝てないモンスターに、ルイズたちをぶつけようとする海賊ボス。
 だがルイズたちにしてみれば、船がもらえるのであれば、願ってもない話である。
 こうして。
 海側の出口から出た彼らは、今度は岬へと向かう......。

########################

 岬の突端にあるのは、小さな神殿だった。
 海賊たちまでもが恐れる海竜と戦う前に、何か役立つものがないか、立ち寄ってみたのだ。
 中に入ると、海竜の像があり、片方の眼がなかった。眼のなくなったところには、奥へと続く小さな穴が......。

「こびとになれば入れるかしら?」

 というわけで。また魔道具『ミニマム』の出番である。

「よーし、全員こびとだな!」

「行こうぜ!」

 竜の眼のところに空いている穴に入った!

########################

 滔々と水が流れる中を、濃緑色のタイルで舗装された通路が続く。
 こびとでなければ通れないような、細い通路だ。足を踏み外して落ちたら、流されて溺れてしまうかもしれない。
 時々モンスターも襲ってくるが、メイジたちの魔法で撃退して......。
 突き当たりまで進んだところに、それは居た。

「......!?」

 大ネズミだ!

「チュウ! この宝石は誰にも渡さない。チュウ! お前らなんか殺してやる!」

 大ネズミが襲いかかってきた!

「何よ! ただのネズミじゃないの!」

「魔法攻撃は俺がデルフで吸い込む!」

「いやサイト、相手はネズミだから......魔法は撃ってこないんじゃないかな?」

 ギーシュの言うとおり。
 大ネズミの攻撃は、直接の打撃ばかり。普通ならネズミに殴られても痛くないだろうが、なにしろ今は『こびと』状態だ。当たれば痛いし、ダメージもでかい。

「......私が回復役に回る」

 タバサの『ヒーリング』がフル回転。その間に、ルイズとキュルケとギーシュが魔法で攻撃して......。

「チュウ......」

「やったわ!」

 大ネズミを倒した!

「何かしら、これ?」

「きれいな宝石ね!」

 大ネズミが消滅したあとに残ったのは、真っ赤な丸い球だった。大ネズミは、これを奪われると思って、戦ったらしい。

「とりあえず、もらっていこうぜ」

「そうね。『海竜の神殿』にあったものだし、海竜と関係ありそうだわ」

「海竜を封じるアイテムだったりして」

 わいわいがやがや。
 赤い宝石を手に入れて、来た道を引き返して。
 海竜像の眼の穴から出たところで、ふとタバサがつぶやく。

「......同じ大きさ」

「あら、ほんと」

 タバサの言いたいことを理解したのは、キュルケだった。彼女はヒョイッと、ルイズの手から赤い宝石を奪いさると、それを像の眼の穴に差し込む。

「......あ!」

「そ。これは『海竜の眼』だったわけね」

 叫ぶルイズと、得意そうに語るキュルケ。
 その時。
 彼らの頭の中に、見知らぬ者からの言葉が響いてきた。

「私は海竜。宝石を戻してくれたこと、礼を言う。この宝石は私の心。宝石がなくなれば竜そのものだけが残り、暴れ出すのだ」

 そして海竜像の口から、何かが吐き出される。青白く尖った、角のような物体だ。

「さあ、これを授けよう。水の力で行く手を遮るものを打ち砕く......『水の牙』だ......」

 使い方のわからぬアイテム『水の牙』を海竜から受けとった!

「『水』はその光を失ってしまった。何者かが光を封じたのだ」

「それって......『風』に続いて『水』魔法も使えなくなるってこと?」

「頼む。光を取り戻してくれ......」

 ルイズの質問に、直接の解答を与えぬまま。
 海竜は、深い眠りについた......。

########################

「すげー。おまえさんたちは本当の勇者だ。強い! 約束どおり『エンタープライズ』は、おまえさんたちのものだ!」

 相変わらず態度は失礼だが、それでも海賊ボスは、根は悪い人間ではないらしい。事前の約束を撤回することなく、七人に海賊船『エンタープライズ』をプレゼントしてくれた。

「船を手に入れたのだから、これであっちこっちの美人を捜しに......。嘘、嘘だって!!」

 ギーシュの冗談は冗談として。
 七人は『エンタープライズ』で大海に乗り出した。

「どこか適当な港で、現在地を聞き出しましょう」

 その方針で進むと......。
 街が見えてきた。
 石と土砂を使って埋め立てられた複数の人工島。それらが組み合わさってできた水上都市だ。街の中を細い水路が巡り、まるで迷路さながらの都市は、ちょっとロマンチックな雰囲気をも漂わせている。

「あら? ここって......もしかしてアクイレイアじゃないかしら?」

「来たことある街なの、キュルケ?」

「いいえ。でも話に聞いた景色にそっくりだわ」

 そう。
 彼らが辿り着いたのは、ロマリアの水都市アクイレイアだった。
 ガリアとの国境にほど近い場所に位置する街なのだが......。
 市内を警邏中の魔法衛士が、彼らを見かけて、目を丸くする。

「チェザーレ殿!」

 聖具を構えて、神官の礼をとる衛士。手にした聖杖の形状からすると、下っぱの役人ではなく、立派な聖堂騎士のようだ。
 そんな人物が何故......と思ったところで、ルイズたちは気がついた。『チェザーレ』というのは、どうやらジュリオの名前らしい。そういえばセント・マルガリタの修道院長が「ジュリオはロマリアの助祭枢機卿であり、教皇のおそばに仕える神官」と言っていたっけ。

「チェザーレ殿は特別な任務のため出国中と聞いておりましたが......。なるほど、聖下へのご報告のため、戻られたのですな?」

 ジュリオが記憶喪失とも知らず、ウンウンと勝手に納得する聖堂騎士。
 彼の話によると、ちょうど今、このアクイレイアにロマリア教皇ヴィットーリオが訪問中なのだという。

「うしろの方々は、従者の方々ですかな? さあ、どうぞこちらへ」

 聖堂騎士により、七人は、聖ルティア聖堂の会議室へと案内され......。
 そこで教皇と対面した。

「おお、ジュリオ! よくぞ戻ってくれました!」

 端正で美しい顔に微笑みを浮かべ、一行を歓迎する教皇。
 だがジュリオが現在の状況を説明すると、その顔に影がさす。

「記憶が......ない......?」

「申し訳ありません。教皇聖下のお顔はわかるのですが、しかし、自分がどのような任務で出かけていたのかまでは覚えておらず......」

「そうですか......」

 落胆しながらも、教皇はチラッと、ルイズと才人に目をやった。それから一同をグルリと見回し、

「......これで担い手が二人と使い魔が二人。せめて『ミョズニトニルン』ならば......。いや、代わりに『光の四戦士』をここまで導いてくれただけでも、良しとしましょうか」

 独り言のようだ。ルイズたちには、意味がわからない。それは教皇も察したようで、説明するようにポツポツと語り出す。

「近々、ハルケギニア全土に大きな災いが訪れます。しかしその大異変すらも単なる予兆。その先に訪れるものにくらべれば、ちっぽけなものなのです」

「聖下。その『災い』というのは......?」

「それは......いや、具体的に語るのはよしておきましょう。おそらく自分の目で見なければ信じられないはず。私も『円鏡』のお告げでなければ、とても信じられなかった......」

 教皇は、小さく首を振りながら、

「しかし『円鏡』は、こうも言っていました。『未来は光にも闇にも見える、定かではない』と。......だからこそあなたがたに......クリスタルの光を受け継いだあなたがたに、お願いするのです」

「......!」

 才人たちはハッとした。大異変云々は理解できなかったが、教皇がクリスタルの一件を知っていることだけは確実だ。

「そうです。あなたがたが受け継いだクリスタルは『風』を司っているはずです。だから『炎』『水』『土』のクリスタルのもとへ行けば、さらに大いなる力を手にすることでしょう」

「聖下は、それらがどこにあるかご存知なのですか?」

「『炎のクリスタル』の場所は知っています。ですが......その前に、まずは『北の塔』へ行ってください。ジュリオを連れて」

 そして教皇は、才人たちに魔道具『トード』を渡した。それがなければ『北の塔』には入れないからだ。
 詳細を理解せぬまま、とりあえず頷く才人たち。
 彼らが部屋から立ち去った後、一人残された教皇は、小さくつぶやく。

「『北の塔』は、生体機械で造られた塔......。ジュリオの運命が待っていることでしょう......」。

########################

 アクイレイアの北東、海に突き出した突端に、白亜の塔がそびえたっていた。
 教皇の言っていた『北の塔』である。

「なあ、ジュリオ。本当にいいのか?」

「何のことかな、サイト?」

「だってさ、もう現在地も把握したわけだろ。だったら『エンタープライズ』で、あの修道院へ戻れるじゃん」

 ジュリオを待つジョゼットのために、セント・マルガリタ修道院へ行くべきではないか......。才人はそう提案するのだが、

「いや、それは後回しだ。『北の塔』に運命が待っている......。そんな気がするんだ」

 頑として拒むジュリオ。
 だが、いざ『北の塔』に来てみると......。
 ジュリオも才人も他の者も、呆然と立ちすくんでしまう。

「これ......どこから入ったらいいのかしら?」

「魔法で調べらんねーの?」

「無理ね、サイト。ディティクトマジックかけてみたけど、塔全体が反応しちゃってるわ」

 そう、入り口が見当たらないのだ。
 やや灰色がかった白い壁には、隙間も穴もなく、塔の周りを小さな堀が囲んでいる。

「じゃ、この水路の底にでも入り口があるんじゃね?」

「それならサイト、あんたが入ってって調べなさい!」

 迂闊な発言をした才人に、ご主人様の勅命が。
 小声で文句を言いながらも、才人が調べてみると......。

「あった! 小さな穴だけど、確かにここが入り口だぜ!」

「よーし、潜るか? 小さな穴とはいえ、『こびと』になれば入れるのだろう?」

「できっこないぜ、ギーシュ。『こびと』じゃ、この水路は深すぎる。溺れてしまう!」

「......マジックアイテム『トード』」

 ボソッとタバサがつぶやいたので、ここで皆が気づいた。今こそ、教皇からもらった『トード』を使う時だ。

「......ということは......みんなでその堀に入るってこと......? そんな汚いところに......?」

 怯えたような声を出すルイズ。 
 堀の水は、別に濁っているわけでも何でもなく、むしろ水は不思議なくらいに澄んでいた。だが......澄んでいるがゆえに、水中の生き物たちが見えてしまう。
 この水路には、ルイズの苦手な生き物、かえるがウジャウジャいるのだ。

「......うぅ......」

 今、ルイズは激しく後悔していた。教皇がジュリオとの同行を頼んだ相手は『光の四戦士』であり、彼女はそのメンバーに含まれていない。来る必要はなかったのだ。実際、平民のシエスタは聖ルティア聖堂に残してきている。
 とはいえ、ここまで来た以上、ルイズも『北の塔』に入るしかない。ルイズは杖を握りしめた。

「か、かえるに後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

「何おおげさなこと言ってんだ、ルイズ」

「う、うるさい! バカ犬のくせに!」

 しかしルイズの不幸は、まだ続く。水路で『トード』を使うと......。ルイズたちは全員、かえるになってしまったのだ!

「う〜〜ん......」

 ルイズは目を回して倒れた。

########################

 ルイズにとって不幸中の幸いだったのは、塔の内部は普通の空間だったということ。つまり、『かえる』になるのは、出入りする一瞬だけで澄んだのだ。
 かえる状態を解除して、彼らは周囲を見回す。
 蒼黒い床に茶色の壁。機能優先なのだろうか、壁はところどころむき出しになっており、歯車や丸い部品が見えていた。

「......なんかブヨブヨしてるな、これ」

 壁から突き出した球体に触る才人。持ち前の好奇心が疼いたのだが、なんだか嫌な感触がしたので、すぐに指を引っ込めた。
 少し歩くと......。

「ようこそ『北の塔』へ。ここが貴様らの墓場になるのだ......」

 どこからか不気味な声が響いてくる。
 いや声だけではない。今までのダンジョン同様、また様々なモンスターが襲ってきた。

「かえるじゃないなら怖くないわ!」

 復活ルイズと『光の四戦士』が頑張れば、通路のモンスターなど、しょせんザコ。さほど苦労することなく、『北の塔』を上がっていく。
 四階の途中まで来たところで、今度は笑い声が聞こえてきた。

「ヒッヒッヒ」

 とはいえ、あくまでも声だけだ。ボスっぽい敵が登場するわけでもない。

「単なるこけおどしだな」

「気にせず進みましょう」

 五階に上がると、床や壁の色が変わった。そして、また謎の声が。

「永久にさまよい続けるがいい......」

 やはり声だけである。

「何のことかしら?」

「......あら? 行き止まりみたいね」

「さっきの声が怪しいわね」

 いかにも『仕掛けがあります』と言わんばかりだったので、彼らはあちこちの壁を調べる。スイッチを発見して、無事、先へ進む。
 七階で再び壁や床の色が変わったが、ここでは特に仕掛けは無し。そして......。

「ここが最上階みたいね」

「おい、何かいるぞ」

 十階まで来たところで、彼らはそれに出会った。

「我が主の命令により、このメデューサが塔を破壊し、『大隆起』を成功させるのだ」

 巨大な顔だけの怪物。胴体も四肢もないが、手足の代わりはあった。髪の毛の一本一本が蛇となっており、不気味に蠢いているのだ。

「ヒッヒッヒ......。邪魔はさせん! 死ねい!!」

 メデューサが襲いかかってきた!
 負けじと応戦する『光の四戦士』たちであったが......。

「ああ!? 僕のワルキューレが!」

「みんな! 気をつけて! 攻撃に当たったら、石にされちゃうわ!」

 呪文を唱えている様子はなかったが、これも『錬金』の一種なのであろうか。ギーシュの青銅ゴーレムが石化されたのを見て、メデューサの特殊能力に気づくルイズたち。

「ヒッヒッヒ......。我は、いわばボス! ザコとは違うのだ、ザコとは!」

「当たらなければ、どうってことないだろ!?」

 そのとおり。
 敵の攻撃を巧みに回避し、才人たちはメデューサに勝利した。
 だが......。

「なんだ!?」

「地震!?」

 塔が大きく揺れ始めた。
 倒れていたメデューサが、わずかに顔を上げる。

「ヒッヒッヒ......。もう遅いわ。我が任務は失敗したが、もはや『大隆起』は始まったのだ......」

 そしてガクッと事切れるメデューサ。
 同時に。

「思い出した!」

 ジュリオが大きく叫んだ。

「やっと記憶が蘇ったよ。この『大隆起』を止めるためにこそ、僕は色々と動き回っていたんだ。火竜山脈を調べに行ったのも、あそこで最初の『大隆起』が起こる可能性が高かったからだ」

「大隆起......?」

 ジュリオは説明する。
 ハルケギニアの地下には大量の『風石』が眠っているが、もはや飽和状態。ちょっとした衝撃で、限界を超えてしまい、ハルケギニアの地面はあちこちで浮かび上がる......。
 とても信じられない話なのだが。

「そ、そういや、アルビオンも元はハルケギニアの一部だって......」

 誰かがつぶやいた。
 さらに『風のクリスタル』から聞いた話も思い出した。
 ......『風』の力の異変とは、このことだったのか......!?

「『大隆起』に対抗する策は、始祖ブリミルが遺した偉大な魔法『生命』......。しかしそのためには、四人の虚無の担い手、四人の虚無の使い魔、四つの始祖の秘宝、四つの始祖の指輪が必要だった。僕は、それらを集めるためにハルケギニア中を駆け回っていたのだが......」

 ジュリオは、意味ありげな視線をルイズや才人に向けながら、話を続ける。

「途中、事故で記憶喪失になってしまい、残念ながら全てを集めることはできなかった......」

 ここでルイズたちに背を向けて、ジュリオは最上階の中央へと歩き始める。
 何かの制御装置らしきものがあるが、炎が吹き荒れており、今にも爆発しそうだ。

「ダメだ! 近寄ったら危ない!」

 才人が叫ぶが、ジュリオは皆に背を向けたまま、語り続ける。

「この塔はね......『大隆起』が『起こってしまった』場合に備えて、教皇聖下が用意なさった巨大な制御装置なんだ」

 ハルケギニアのほぼ五割の土地が、『大隆起』により空に浮かび上がるはず。そうしたら、人の住める土地が半分になるだけでなく、世界はズタズタに分断されて、大混乱に陥るであろう......。

「......だから聖下は、こうお考えになられた。『いっそのこと、ハルケギニア大陸を今の状態のまま空に上げてしまってはどうか』と」

 アルビオンは空に浮かぶ大陸だが、それでも国として機能している。ハルケギニア全土が巨大な浮遊大陸となれば、問題ないのではないか......。

「そんな乱暴な!?」

「そうだ。確かに乱暴な話だ。そもそも、これは『大隆起』を止められなかった場合......つまり失敗した場合の、次善の策だからね。ともかく......」

 ジュリオは、さらに一歩、足を進める。

「この『北の塔』は、そうした目的で造られた。メイジの魔法技術も、平民の工業技術も使って......。さらに、魔力の不足を補うため、幻獣の体の一部も組み込んである。残酷な話ではあるがね」

 ここでジュリオは振り返り、右手の手袋を外した。
 そこには、才人の左手に光るガンダールヴの印と似た文字が躍っている。

「僕は神の右手。ヴィンダールヴだ。サイト、君があらゆる武器を扱えるように、僕はあらゆる『獣』を自由にできる」

 そして再び、ジュリオは燃える装置に顔を向ける。

「この塔が巨大な魔道具であり、同時に生体機械でもある以上、制御できるのは『ミョズニトニルン』か『ヴィンダールヴ』のみ。つまり......今なんとかできるのは僕しかいない」

 炎の中に飛び込もうとするジュリオ。

「すいぶん世話になったが......ここでお別れだね」

「ジュリオっ!! やめろ、死んじまうぞ!」

「これが僕の使命なのだよ。それじゃ......」

「ジュリオーっ!!」

########################

 こうして。
 ハルケギニアは、巨大な一つの浮遊大陸となった。
 ジュリオとの別れを悲しむ才人たちだが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
 浮遊大陸ハルケギニアにおける冒険が、いや、浮遊大陸の外すら含む冒険が、ルイズと『光の四戦士』を待っている。
 彼らの旅は、まだ始まったばかりであった......。




(「ゼロの使い魔/FF」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2012年4月])

感想掲示板へ進む
作品保管庫へ戻る





Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!