「ゼロの使い魔」二次創作短編(ifもの)
(2011年 11月 投稿分)

『俺は涙を流さない』
もしも「マジンガーZ」みたいな世界だったら
『がんかた 〜メイジ剣客浪漫譚〜』
もしも「るろうに剣心 明治剣客浪漫譚」みたいな世界だったら
『虚無闘士(きょむんと)ルイズ・アルビオン十二宮編!』
もしも「聖闘士星矢」みたいな世界だったら
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『俺は涙を流さない』

「次王はジョゼフと為す」

 その日。
 ジョゼフは弟のシャルルと共に、父王の枕元に呼ばれ、そう告げられた。
 すぐにシャルルが、屈託のない笑顔でジョゼフに言う。

「兄さんが王になってくれて、本当によかった。僕は兄さんが大好きだからね。僕も一生懸命協力する。いっしょにこの国を素晴らしい国にしよう」

 ジョゼフはその言葉を、まったく裏表のない、シャルルの本音だと思った。
 病床の父王も、同じように感じたらしい。彼は、死期の迫った顔に、ひとときの安らぎの笑顔を浮かべて、

「......おまえたちに、王宮の地下にある秘密兵器を託そう」

「秘密兵器......?」

「東から伝来した技術を用いて造らせた、特殊な巨大な騎士人形......その名は、ガリアンガーZ! ジョゼフよ、ガリアンガーZがあれば、おまえは神にも悪魔にもなれるだろう!」

 病で蝕まれた父王の瞳に、ジョゼフは一瞬、狂気の色を見てとった。
 父は大丈夫であろうか、と心配するジョゼフの横で、彼の弟シャルルがポツリとつぶやく。

「......神はいいけれど悪魔はマズいですよ、父上。異端です」





   俺は涙を流さない





「始祖と神の御名において、わたくしは王の遺言を読み上げまする。次王には、皇太子ジョゼフ殿を推参するとの由......。臣下におかれては、これをよく補佐し......」

 ヴェルサルテイル宮殿のホールにて、大司教が宣告する。
 国をあげての大々的な葬儀のあとの出来事である。
 そして。
 新王ジョゼフの戴冠式が行われ......。
 ひととおりの儀礼的な手続きが全て終わってから。
 ジョゼフはシャルルと二人だけで、王宮の地下にある、秘密の大倉庫へと向かった。

「父さんは大げさなことを言ってたけれど......実際のところ、どうなんだろうね? 兄さん」

「まあ、見ればわかるだろうさ」

 王の私室から通じる、隠し階段を降りていく二人。
 階段の終わった先には、四十メイルはあろうかという、巨大な一枚の大扉。
 横にあるレバーを操作すれば、扉はゴゴゴゴ......と音を立てて、横に滑り開く。

「真っ暗だな......」

「僕が明かりをつけるよ、兄さん」

 壁際のランプを見つけたシャルルが、魔法の明かりを灯す。
 すると......。

「おおっ!」

 ぼんやりとした明かりに照らし出されたのは、全長が二十メイルを超える、巨大な剣士の人形。

「これが......ガリアンガーZ!」

 魔法の明かりの下、それは禍々しい雰囲気を撒き散らしているようにも見えた。手には身長ほどもある剣を握りしめ、そのボディには、鈍色に光る鎧をまとっている。

「まるで......機械の甲羅で覆われたゴーレム......」

 率直な感想が、ジョゼフの口から漏れる。

「ならば、いわば機甲......」

「違うと思うな、兄さん」

 ジョゼフの言葉を遮るシャルル。
 聡明な弟が言うのであればそうなのだろう、違うのだろう、とジョゼフは納得し、機甲云々は忘れることにした。

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「それで兄さん、ガリアンガーZで何をする?」

 ワインのグラスを傾けながら、シャルルがジョゼフに尋ねた。
 ここは王宮内の、ジョゼフの私室である。
 ひととおり二人で巨大騎士人形について調べた後、この部屋に戻り、彼らは差し向かいで飲み始めたのだった。そこでガリアンガーZが話題に上るのは、ごくごく当然の流れである。

「兄さんの方針に、僕も出来るかぎり協力するよ。僕は兄さんが大好きだからね」

 屈託のない笑顔で言われて。
 ジョゼフは、ストレートに胸の内を明かす。

「そうだな......。神にも悪魔にもなれる、というのであれば......ならば神になろうではないか!」

 大きく腕を広げて、堂々と宣言するジョゼフ。
 そう。
 父の『神にも悪魔にもなれる』という言葉は、大げさでも何でもなかった。死の床に臥せった狂人の世迷い言ではなかったのだ。
 ちょっと調べただけでも、ガリアンガーZには、様々な魔道具が、武装として組み込まれていた。
 それも、一部の人間にしか使えないような特殊な魔道具ではない。誰にでも......『無能王』と呼ばれるジョゼフでも使えそうな、便利な魔道具ばかり。
 ガリアンガーZは、魔法が苦手なジョゼフのために造られた巨大騎士人形。
 魔法がダメな分、代わりに魔道具で戦えばいい、という父の愛情がこめられた贈り物......。
 そう思えばこそ。
 ジョゼフは、少し気が大きくなっていたのだった。

「神になる......だって!?」

 さすがにシャルルが、驚いたような声を上げる。

「兄さん、それは......始祖ブリミルに取って代わろう、ということかい!?」

 言われてジョゼフは、己の発言の迂闊さに気づいた。

「いや、違う。そういう意味ではなかったんだ、シャルル。神になろう、というのは、神のがわに立って......神のために戦おう、ということだ」

 誤解されても仕方がない言い方だった、とジョゼフは反省する。
 実は今の発言も、やや曖昧なものだったのだが、今度はシャルルに正しく伝わっていた。

「神のがわ......ということは、敵は......エルフ!?」

「そうだ。『聖戦』だ! ガリアンガーZで、エルフから『聖地』を取り戻すぞ!」

 声高々に叫ぶジョゼフ。
 この時ジョゼフは、どれだけ酒が回っているのか、まったく自覚していなかった。

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 王位継承にあたって、お家騒動は付きものである。
 特にガリアでは先王の時代、ジョゼフの評判は良くなかった。けして『悪かった』わけではないが、国のほとんどの者たちが、ジョゼフよりシャルルの方が優秀で王に相応しい、と思っていたのである。
 そんな中で新王となった以上、まずは国内を安定させることが一番だと、ジョゼフにもわかっていた。
 弟シャルルに対して言った『聖戦』のことは、あくまでも酒の席での話。完全な冗談ではなかったものの、今すぐ本気で行うつもりなど毛頭ない。ジョゼフ自身が表立って、家臣に吹聴するような話ではなかったのだが......。
 いつのまにか。
 ジョゼフが恐ろしい兵器を手に入れたこと、それを用いて『聖戦』を企ていること......。
 そうした噂が、ガリア国内に流れるようになっていた。

「おかしいな? 俺は誰にも言っていないし、シャルルだって、軽々しく他人に言って回るような奴じゃないんだが......」

 少し不思議に思うジョゼフであったが、噂は噂。それはガリア国内ばかりでなく、やがて他国にも伝わり......。

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「兄さん! 大変だ!」

「どうしたんだ、シャルル。そんな慌てふためいて。お前らしくもない」

 ある日。
 王の執務室に飛び込んできたシャルルは、いつもと様子が違っていた。

「実は......噂で聞いたんだけど......トリステインで、反ガリア運動が起こっているらしいんだ」

「反ガリア運動......?」

 シャルルの話によると。
 その運動の中心にいるのは、東方から来たというカリスマ剣士。
 彼は「エルフは敵ではない、共存できるはずだ」と人々に説いて回り、それに呼応する者たちが「エルフと戦うなんて許せない、そんなガリアはやっつけてしまおう!」という動きを見せているらしい。

「エルフを擁護するとは......なんと愚かな......」

 それだけ言うと、ジョゼフは絶句した。
 ハルケギニアにおいてエルフは、強力な魔法を操る怪物として、そして凶暴で長命な生き物として、恐れられている。
 ただし、東方ではエルフと人間との間に交易がある......と聞いたこともあるので、その『カリスマ剣士』の価値観は、一般的なハルケギニアの民とは少し違うのかもしれない。
 などとジョゼフが考えていると。

「きっと、エルフ研究家なんだろうね。だから、エルフを擁護してるんじゃないかな?」

 シャルルが、彼なりの推測を口にする。
 聡明なシャルルが言うのであれば、そうなのだろう。ジョゼフは頷いて、

「そうか。では、その男のことは今後『ドクター・エルフ』とでも呼ぶとしよう」

「そのドクター・エルフが......聖戦を止めるために、実力行使に出るかもしれない、という噂まであるんだ」

「実力行使......? 私兵を率いて、ガリアに攻め込んでくるということか!?」

 驚いて聞き返すジョゼフに対して、シャルルは、悲しそうな表情で頷いた。

「争いを止めるために争う......。そんなの本末転倒なのに......。まったく、ドクター・エルフは愚かな男だね、兄さん」

 そして。
 こうして兄弟が語り合っている間にも。
 ドクター・エルフが送り込んだ第一の刺客は、刻一刻とガリアに迫りつつあった......。

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「なんだ、あれは!?」

 ヴェルサルテイル宮殿の外。
 信じられないくらいの高々度から飛来する敵に、騒然となる警備兵たち。
 しかし。

「一騎とは、なめられたものだな」

「ああ。あんなもの......俺たちの敵ではない」

 余裕の言葉を吐きながら。
 急降下してくる敵を迎え撃つため、ガリアの騎士たちが次々と、竜を駆って空に上がる。

「それにしても......ずいぶんと見慣れない形だな?」

 最後尾の騎士が、ポツリと漏らした。
 てっきり敵は竜騎兵だと思ったのだが......。
 まっすぐ横に伸びた翼は、まるで固定されたように羽ばたきを見せない。しかもずいぶんと聞き慣れない轟音を立てている。
 あんな竜、ハルケギニアに存在していただろうか?

「まあ、いいさ。どんな竜であろうと、俺の『火竜』のブレスの一撃を食らったら、ただではすまないぞ。羽を焼かれ、地面に叩きつけられるだろう」

 自分に言い聞かせるように、彼はつぶやく。 
 なにしろ、彼の愛竜は、火竜山脈に生息していた竜なのだ。一対一でも負ける気はしないのに、今回は四対一、圧倒的に有利なはずだった。

「フッ......」

 唇の端を歪めて、急降下してくる竜騎兵を待ち受ける。
 飛び立った時は一番後ろだったのに、いつしか、彼の竜が部隊の先頭となっていた。
 そして。

「!?」

 驚く。
 速い。
 竜とは思えない速さだ。

「!」

 慌てて、ブレスを吐くために火竜が開口する。
 その瞬間、急降下してくる敵の竜の翼が光り、白く光る何かが無数に飛んできた。

 バシッ! バシッ!

 彼の竜の翼が、そして胴体が......。
 次々と撃ち抜かれてゆく。
 一発は、ちょうど開いていた火竜の口に飛び込んだ。

「あ!」

 当然、彼は知っていた。火竜はそのブレスのために、喉の奥に、燃焼性の高い油が入った袋を持つのだ......と。
 喉の奥で敵から撃ち込まれた弾が炸裂し、油袋に引火。
 彼もろとも、火竜は爆発した。

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 目の前で一瞬のうちに同僚を葬られ、残りの三騎は慎重になった。

「普通の竜じゃないぞ!?」

「見ろ! あれは......鉄の竜だ!」

「鉄の竜! つまり、機械の獣......機械獣ということか!」

 そう。
 今ガリアの空に現れた『鉄の竜』こそ、ドクター・エルフが送り込んだ第一の機械獣。その名は、ゼロセンK7!

「三騎で包囲するぞ!」

「おう!」

 ガリアの竜騎士たちは、横に広がるような形で、ゆっくりとゼロセンK7へ近づいていく。
 しかし。
 三騎の上空で、ゼロセンK7は、百八十度の水平旋回を行った。壜にさしたじょうごの縁を回り、壜の中に流れ込むような軌道を描いて、竜騎士たちの背後に回る。
 そのスピードに、竜騎士たちはついていけない。火竜も慌てて後ろを向こうとするが、既にピタリと狙いをつけられていた。

 ドンドンドンッ!

 鈍い音と共に、ゼロセンK7の機体が震えて、両翼の機関砲が火を吹いた。
 命中した機関砲弾で、狙われた火竜は翼をもぎ取られ、クルクルと回転しながら落ちていく。
 間髪入れずに、ゼロセンK7はその身を滑らせ、次の火竜に狙いをつける。

 ドンドンドンッ!

 再び発射される機関砲弾。
 胴体に何発も食らった火竜は、苦しそうに小さく呻いた後、地面めがけて落ちてゆく。

「うわぁぁぁぁっ!?」

 最後の一騎は、急降下して逃げようとした。だが、ゼロセンK7の機首にある機銃で、穴だらけにされてしまう。
 火竜は絶命し、垂直に落ちていった。

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「あれに勝てるのは......ガリアンガーZだけだ!」

 ガリア竜騎士部隊の苦戦を知って、今。
 新王ジョゼフが立ち上がる。

「ガリアンガーZ、発進!」

 ヴェルサルテイルの敷地は広い。地下格納庫の真上にあたる場所には、大きな花壇があった。
 花壇にはさまれて、噴水もある。初々しいカップルがデートをするのに適した場所だが、さいわい今は誰もいない。

 ゴゴゴゴ......。

 轟音と共に、その噴水が二つに割れる。
 花壇と一緒になって大きく横へスライドし、現れた大きな穴に、噴水の水が流れ込んでいく。
 そして穴の中からせり上がってくるのは......巨大騎士人形ガリアンガーZ!
 時を同じくして。

「マジック・スローン......!」

 ジョゼフの座る玉座が宙に浮かび、宮殿の外へと飛び出した。
 玉座に仕掛けられた魔道具が、ジョゼフの声と意志に反応したのである。

「スローン・オン!」

 その言葉と同時に。
 ジョゼフの玉座は、ガリアンガーZの頭部に合体。巨大騎士人形の操縦席となった!

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「行くぞ!」

 ガリアンガーZの操縦席から、上空のゼロセンK7を睨みつけ、一声吠えるジョゼフ。
 ゼロセンK7の方でも、ガリアンガーZこそが倒すべき敵であるとわかったのだろう。
 一直線に、急降下してくる!

 ダダダダッ!

 ゼロセンK7の機首機銃が火を吹く。
 ガリアンガーZの全身を穿つが......。

「その程度! あたったところで、どうということはない!」

 竜とは違うのだ、竜とは。ガリアンガーZは、鋼鉄の鎧に守られているのだ。

 ダンダンダンッ!

 今度は、両翼の機関砲だ。けっこう威力がありそうだ。
 さすがにこれを食らってはまずいと判断し、ジョゼフは、ガリアンガーZのボディを捻ってかわす。その巨体と鎧からは想像できないほど、ガリアンガーZは機敏な動きを見せていた。

「今度は、こちらの番だ!」

 巨大な剣を振るうガリアンガーZ。
 しかし......。

「くっ! 剣が届かん!」

 そう。
 いきなり初戦で判明してしまった弱点。
 ガリアンガーZは空を飛べない! ガリアンガーZは空から来る敵に弱い!

「......それでも......」

 それでもジョゼフはくじけない。
 ガリアンガーZには、魔道具をもとにした武装が組み込まれているのだ。魔道具だって魔法と同じく、キーとなるのは精神力。弱気になっては、使える武器も使えなくなってしまう。
 ジョゼフは、冷静に敵の動きを観察する。
 ゼロセンK7のスピードは脅威であるが、さいわい、主砲は早くも弾切れのようだ。ゼロセンK7は、ガリアンガーZと戦う前にガリア竜騎士部隊とも対戦しており、その際かなり武器弾薬を消耗したらしい。

「ならば......お前たちの犠牲も無駄ではなかったということか」

 散っていた竜騎士たちへ、感謝の言葉を口にしてから。

「マジック・ファイヤー!」

 気合いを込めて、大きく叫ぶジョゼフ。
 敢えて声に出すことで、熱血っぽく精神力が高まり、魔道具の効果が発動するのだ。
 ガリアンガーZの胸にある板状の魔道具から、超高温の熱線が放射された。どんな敵をも溶かす、強力な必殺技なのだが......。
 神速のゼロセンK7には、アッサリとかわされてしまう。

「マジック・ハリケーン!」

 続いてくり出した技は、一見すると、ただの強風。しかしそこには、どんな金属をも錆び付かせる、恐ろしい魔力が込められているのだ。
 さすがのゼロセンK7も、広範囲に及ぶ『風』を、完全に回避することは出来なかった。わずかに巻き込まれ、翼が錆び始める。当然、自慢の機動力も低下することとなり......。

「マジック・パンチ!」

 ガリアンガーZの腕が飛び出す。ババンバーン!
 それは弾丸となって、ゼロセンK7の翼を貫通。ゼロセンK7は墜落し、大爆発を引き起こした。

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「どうやら......機械獣を操っていた者は、脱出して、逃げていったようだね」

 初戦を勝利し、宮殿へ戻ったジョゼフに、シャルルが声をかけてきた。

「そうか......」

 ジョゼフとしては、敵の戦闘力を奪うだけでいい。無理に命まで奪う必要はない、と考えていた。
 とはいえ、こちらの竜騎士たちは何名も命を落としているわけで、その者たちのことを思えば胸も痛む。
 表情を曇らせたジョゼフを元気づけるためか、シャルルは、彼らしくない冗談を口にするのだった。

「まあ、気にすることはないよ、兄さん。......負けて逃げ帰った兵士なんて、どうせ処罰されるだけさ。『おゆるしください、ドクター・エルフ』とかなんとか言ってるんじゃないかな、今頃」

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 ガリアンガーZで見事、ゼロセンK7を撃退したジョゼフ陣営。
 しかしドクター・エルフは、簡単には諦めなかった。トリステインからガリアへ、次々と機械獣を送り込んでくる!
 タイガーセンシャM2、ロシアゲンセンR9、コガタショウカイテイQ5......。
 毎回なぜか一騎ずつ訪れる機械獣を、ルーチンワークのように、確実に倒していくガリアンガーZ。
 もちろん、多少の苦戦はするのだが......。

「ガリアンガーZは空を飛べない!」

「兄さん! 補助武装を開発したよ! 大空はばたく蒼色の翼......その名はマジック・スクランダー!」

「マジック・パンチが効かない!」

「兄さん! マジック・パンチに刃物をつけたよ! 名付けて......マジック・カッターだ!」

「そんな付け焼き刃じゃダメだ、パワーが足りない!」

「兄さん! 大改修で肩をブルンブルン回せるようになったよ! 腕全体を風車のように回転させれば、その遠心力でマジック・パンチの威力がアップするはず! これを......大車輪マジック・パンチと呼ぼう!」

 聡明なシャルルが、その都度、ガリアンガーZを改良していく。
 そして......。
 たびかさなる部下の失敗に業を煮やしたのか。ついに、ドクター・エルフ自らが、ガリアに攻め込んできた!

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「なんだ!? その機械獣は!?」

 いつものようにガリアンガーZで出撃したジョゼフは、ドクター・エルフの操る機械獣を見て、驚きの声を上げた。
 分厚い鉄板を使って組み上げられた、灰色の鉄の塊。上の箱からは、長く太い砲身が突き出ており......。
 ......と、こう表してしまえば、二番目に出てきた機械獣タイガーセンシャM2と同じなのだが、目の前の機械獣は違う。陸戦型だったタイガーセンシャM2とは異なり、こいつは空を飛んでいるのだ。
 その巨体を軽々と浮かす、くすんだ濃緑の翼。そこには当然のように、かつてガリアの竜騎士たちを苦しめた機関砲も装備されていた。
 これでは、まるで......。

「......倒したはずの機械獣......ゼロセンK7とタイガーセンシャM2を足し合わせたみたいではないか!?」

「そうだ。こいつは、その二つを合体させて造った機械獣......ゼロセンタイガーMK01だ!」

 筐体部から前方に伸びるように取りつけられた、ゼロセンK7の操縦席。そこに座る黒髪の男......ドクター・エルフが、ジョゼフの言葉に答えた。

「エルフの国から来たビダーシャルって奴の協力でな。破壊された二体の機械獣を修理して......こうして新しい機械獣として、蘇らせてくれた、ってわけだ」

「なんと!? エルフの力で造られた機械獣とは......! なんと妖しい機械獣......妖機械獣め!」

 しかし、おそれることはない。ジョゼフは、ピシッと言ってのける。

「......とはいえ、しょせんは、一度敗北した者たちの寄せ集めであろう! ガリアンガーZの敵ではないわ!」

「へっ、それはどうかな。俺が自ら操縦すれば......前のようにはいかないぜ!」

 叫んで、妖機械獣ゼロセンタイガーMK01で突っ込んでくるドクター・エルフ。
 負けじと、ジョゼフもガリアンガーZを向かわせる。
 ......こうして今。最後の戦いの幕が、切って落とされた!

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「マジック・ファイヤー!」

「おぅおぅ。最近ちょっと寒くなってきたから、ちょうどいいねえ」

「マジック・ハリケーン!」

「なんだい、暑くした後は、そよ風かい? 気が利いてるねえ」

「マジック・パンチ!」

「そんなへなちょこパンチ、当たる奴いないっつうの」

「マジック・カッター!」

「だからぁ......。当たらないって言ってんだろ」

「大車輪マジック・パンチ!」

「いや、それ......パワーが上がった分、命中頻度が下がってね? 予備動作が大きすぎるんですけど?」

 大口を叩くだけのことはあった。
 ドクター・エルフの操縦技量が優れているためか、はたまた、エルフの技術力が反映されているためか。
 ドクター・エルフの妖機械獣は、かつてない強敵であった。ジョゼフのガリアンガーZは、苦戦を強いられる。
 
「かくなる上は......」

 マジック・スクランダーとドッキングして、戦場を空へと移すジョゼフ。
 大空を飛び回る妖機械獣を相手に、なにも陸からチマチマ攻撃することもない。
 
「この広い空は誰のものか! もう機械獣のものではないのだよ! 臣下のもの、王のもの......みんなのものだぁっ!」

 平和の祈りを背に受けて、空飛ぶスーパー騎士人形ガリアンガーZが、敵に突撃する!

「ちょ、ちょっと待て、特攻かよ!? こっちはゼロ戦だぞ、なんか話が逆だろ!?」

 慌てるドクター・エルフ。
 急旋回を試みるが、わずかに遅かった。
 正面からの激突こそ免れたものの......いや、正面衝突を避けたがゆえに。
 マジック・スクランダーの蒼い翼が......刃物のように鋭利な翼が、妖機械獣ゼロセンタイガーMK01を真っ二つに切り裂いた!

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「ちっ......」

 大爆発するゼロセンタイガーMK01から脱出して、人とは思えぬ身軽な動きで、地面に降り立つドクター・エルフ。
 最後の悪あがきなのか。彼は、背中の剣を抜く。

「ドクター・エルフ! まさか貴様......一人の剣士として、機械獣もなしに、生身でガリアンガーZと戦おうというのか!?」

 巨大騎士人形で人間を相手にするなど、躊躇してしまうジョゼフ。
 しかし彼が心配する必要はなかった。

「そこまでだ、ドクター・エルフ!」

「俺たちが相手だ!」

 最終決戦を見守るため、ガリア中から集まってきていた騎士が、メイジが、騎兵が。
 ドクター・エルフをグルリと取り囲む。
 その数......ざっと七万!
 それでも。

「うぉぉぉぉっ!」

 ドクター・エルフは怯まない。七万めがけて駆け出してゆく。

「ほう......」

 文字どおり高みの見物をするジョゼフの目の前で。
 速さをはかり間違え、馬を止めたところに突っ込まれ、槍を振るう間もなく次々と落馬する騎兵たち。
 弾を装填し終える前に、杖を抜く前に、剣の柄で叩かれて意識を失う者たち。

 ざわっ。

 敵の実力に気づいたメイジたちが、味方を巻き込むことも厭わずに、遠方から魔法を放つ。
 風の刃、氷の槍、炎の球が、ドクター・エルフに向かって飛ぶ。だがそれらは、彼の振り回す剣に吸い込まれていく。

「あのドクター・エルフの剣には......特殊能力があるのか!?」

 黒髪の剣士ドクター・エルフは、飛んで、跳ね、駆け、ガリア兵の間を滑り抜けた。
 しばらくは彼の一人舞台であったが......。
 やはり、多勢に無勢。
 驚異的な身体能力でも、全ての攻撃をかわすことは出来ない。
 特殊な剣でも、全ての魔法を吸い込むことは出来ない。
 最後には力つきて、その場に倒れた。

「まだ息はあるようだが......体に打ち込まれた魔法の数は凄まじい。事切れるのも時間の問題だな」

 ガリアンガーZの中からでも、それは見てとれた。
 敵ではあったが、最後に見せた奮闘ぶりは、称賛と敬意に値する。手厚く葬るよう、臣下に命じよう......。
 ジョゼフがそう考えた時。

「なに?」

 ドクター・エルフの体が跳ね上がった。あっというまに、それは近くの森の中へと消えていく。

「逃げられた......? いや、あの傷で生き長らえることは不可能だ。もう追う必要もあるまい」

 ジョゼフは、そう思った。
 長きに渡るドクター・エルフとの戦いは、ついに幕を下ろしたのだ......と。

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 しかし......。
 ジョゼフは忘れてはいないだろうか。
 そもそもの話の発端は、ジョゼフが口にした『聖戦』である、ということを。
 ドクター・エルフの言葉にあった『ビダーシャル』のことを。
 そう。
 ドクター・エルフを倒しただけでは、ガリアに平和は訪れないのだ。
 実際、今この瞬間、ビダーシャルは砂漠へと舞い戻り、ガリアンガーZについて報告しており......。

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「なんだと!? 砂漠から敵が攻めて来た......だと!?」

 執務室で書類仕事をしていたガリア王ジョゼフに、恐るべきニュースを持ち込んだのは、今回も王弟シャルルであった。

「そうなんだ、兄さん! ついにエルフが動き出したんだよ!」

 なんとも素早いことに、すでにシャルルは、かなり詳しい情報を入手していた。

「砂漠にあるネフテスという国のお偉いさんが、命令を出してるらしいよ。砂漠のお偉いさん......いわば砂漠の帝王だね」

「そうか......今度の敵は、ネフテス帝国の『砂漠の帝王』か......」

 深刻な顔で、ジョゼフはつぶやく。
 その『砂漠の帝王』が送り込んできた第一の刺客とは......。

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 ガリアの首都リュティスは、大海へと流れこむシレ川に面した都市である。
 その川辺で敵と対峙することになったジョゼフは、今度の敵が今までとは違うと、一目で理解できた。

「なんだ、この機械獣は!? まるで......生きているみたいではないか!」

 川の中央でプハッと息を吐いているのは、銀色のウロコを持つ巨大な竜だった。キラキラと光るその姿は、火竜や風竜より二回りは大きい。

「なにあなた。水竜を知らないの?」

 竜の背に乗る金髪のエルフが、馬鹿にしたような口調で言う。

「海に住んでる竜よ。竜類の中では最大。でもって最強。空は飛べないけどね。この水竜の名前はシャッラールといって......。というかあなた、大きいのね」

 どうやらこのエルフ、ガリアンガーZの巨体に、少し驚いているらしい。

「そういや、蛮人世界じゃ、あんまり知られてないって聞いたわ。あなたたち、あまり海を利用しないもんね。私たちの間ではポピュラーな生き物なんだけど......強いわよ。成獣した水竜が相手では、私たちエルフだって、なかなか勝てないんだから」

 恐ろしい存在であるはずのエルフが『強い』『勝てない』というのだから、よほどなのであろう。
 ジョゼフの頬に、一滴の冷や汗が伝わる。

「戦闘に特化した獣......なのか!? ならば、戦闘獣とでも呼ぶべきか......」

「はあ? 水竜だって言ってるでしょ! これだから蛮人ってやつは......」

 呆れたような、怒ったようなエルフの声が、合図となったのか。
 戦闘獣シャッラールが、ガリアンガーZめがけて細い水流を吐き出した。
 モロにくらい、大きくよろめくガリアンガーZ。
 ......いや。ただよろめいただけではない。
 分厚い鋼鉄の鎧が......ザックリと割れている!?

「なんという戦闘力!」

 戦闘獣シャッラールの口からほとばしる流水の一撃は、衝撃も凄いが、鋭利な刃物のような切れ味ももっているのだ。ただの水だと思って舐めてかかると、大変だ!

 シャァッ!

 再び戦闘獣の口が開き、水流が。

「ならば!」

 今までの戦いではあまり活躍しなかった、巨大な幅広の剣。それを盾のようにかざすガリアンガーZ。だが剣は、一瞬のうちに砕け散ってしまう!

「なあに? 案外見かけ倒しなのね、蛮人の人形って」

「くっ!」

 金髪エルフの言葉攻めの間にも、戦闘獣の水流攻撃は続く。
 ジョゼフは巧みにガリアンガーZを操り、これをかわしつつ......。

「マジック・パンチ!」

 しかし。

 ビダンッ!

 重い音が響く。
 飛び出した腕が、戦闘獣の尻尾で、叩き落とされてしまったのだ。

「言っとくけど、シャッラールの体は、硬いウロコで守られているのよ。たぶん......あなたの攻撃、全然通用しないんじゃないかしら?」

 もちろん、防御力だけではない。
 水のブレス、尻尾の叩きつけ、なぎ払い、そしてその爪......。
 まさに『戦闘獣』の名に相応しい、凄まじい攻撃が続く。
 ジョゼフの操縦でも、全部を回避することは出来ず......。

########################

 同じ頃。
 一人の妻が、心配そうな声で、夫に話しかけていた。

「リュティスの様子はいかがなのです?」

 ここはリュティスからは遠く離れているのだが、彼女の夫は、魔道具を使って、戦況をうかがっていたのである。

「......難しいな」

「ガリアは......エルフに支配されてしまうのでしょうか」

「なに、そうはなるまいよ」

 夫の慰めを聞いて。
 彼女はチラッと、安らかな寝息を立てる娘に目をやりながら、

「わたくしはただ、この子とあなたの身に、よからぬことが起こらなければそれで十分なのです」

「もちろんだとも。何が起ころうが、お前たちに指一本触れさせはしないよ。......そのために、私は行くのだ」

 優しい言葉の後。
 彼女の夫は、一人、城の地下にある巨大倉庫へと向かう。
 そして、ほどなく。
 オルレアン城から、もうひとつの巨大騎士人形が飛び立った!

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「そろそろ、おしまいかしら?」

 金髪のエルフが、そうつぶやく頃には......。
 ガリアンガーZは、満身創痍で倒れ込んでいた。
 すでに鎧は完全に破壊されており、片脚も失っている。
 マジック・パンチを砕かれたため、手も左しか残っていない。

「......いや......まだだ......」

 ただ自分を奮い立たせるだけのために、根拠もなく強がりを言うジョゼフ。
 しかし、この瞬間。
 彼は見た。
 北の空からやって来る、救世主の姿を。

「あれは......?」

 ガリアの北にある国は、トリステイン王国。あのドクター・エルフが拠点としていた国でもある。そんなトリステインには、何も期待できないのだが......。
 リュティスから見て北にあるのは、トリステインだけではない。
 トリステインとの国境近辺には......王弟シャルルのオルレアン公領もあるのだ!

「え? 何よあれ? 蛮人の騎士人形が......もう一体!?」
 
 ここで、戦闘獣シャッラールに乗る金髪エルフも、その存在に気づいたらしい。
 迫り来る新たな騎士人形へ、シャッラールは首の向きを変え、水のブレスを吐こうとしたが......。
 それよりも早く。

「ガリアンガー・ブレーク!」

 騎士人形が天に向かって、指を高々と掲げた瞬間。
 まるで天の怒りのように、生まれ出た電撃が、戦闘獣を襲う!

「きゃあっ!?」

 えっ、ただの『ライトニング・クラウド』でしょ、中の人の魔法でしょ......と言うことなかれ。
 騎士人形の身振り手振りに合わせて、しかも技名シャウトまであった以上、これは『ガリアンガー・ブレーク』なのである。
 続いて。

「ガリアンガー・タイフーン!」

 騎士人形の口から吹き出す氷嵐!
 ......これも実際には、頭部で操縦しているメイジが放つ魔法なのだが、操縦席の場所が場所なだけに、まるで騎士人形自身が口からブリザードを吐いているように見える。
 そして、さらに。

「ガリアンガーZ! これを使え!」

 騎士人形の腰の左右から、それぞれ剣が飛び出した。
 一本を騎士人形自身が持ち、もう一本をガリアンガーZに投げつける。
 もともとガリアンガーZに装備されていたものより、はるかに小さな剣である。これならば、片腕しかないガリアンガーZでも扱える。
 それを拾いながら、ジョゼフは叫んでいた。

「その声は......シャルルか!? シャルルなのか!」

 口調こそ尊大であったが、その声色を聞き間違えるはずもない。
 そう。
 かけつけた二体目の騎士人形の名は、グレートガリアンガー!
 近くでガリアンガーZを見てきたシャルルが、それを真似て秘かに開発・建造した、ガリアンガーZの弟分である!

「さすがは聡明なシャルル! こんな巨大騎士人形を造り上げていたとは!」

 弟の協力があれば、百人力!
 ジョゼフに闘志が蘇り、ガリアンガーZが再び立ち上がる。

「俺とお前は兄弟なのさ! 挑む相手はエルフ、エルフ!」

 気合いが乗ってきたジョゼフの、意味不明な叫びと共に。
 ガリアンガーZが、戦闘獣に斬りかかる! 同時に、シャルルのグレートガリアンガーも!
 ......電撃と氷嵐を食らったばかりのシャッラールに、これを避ける術はなかった。

「嘘!? 水竜のウロコが、こんなにあっけなく......!」

 交差する兄弟の斬撃で、斬り裂かれるシャッラール。
 こうして。
 ガリアの兄弟は、ネフテス帝国との初戦に勝利したのであった。

########################

 しかし......。
 油断してはならない。
 エルフとの戦いは、まさに始まったばかりなのである。
 しかも......。

########################

「あれ? 俺、大怪我くらって......死んだはずじゃあ......?」

 目を覚ました男は、周りを見回した。
 こじんまりとした部屋の、粗末ではあるが清潔なベッドに寝かされている。
 包帯が幾重にも体を覆っているので、あの激戦は夢ではなかったようだが、しかし確かに自分は生きている。
 そこに。

「あ! 気がついたのね! ......よかった。二週間近くも眠ってたから......目覚めないかと思って心配してたの」

 部屋に入ってきた、金髪の妖精。
 聞けば、彼女が母親の形見で......『先住の魔法』の水の力が込められた指輪で、彼の大怪我を治してくれたのだという。

「すげえ指輪だな! あんな大怪我を治しちまうなんて!」

 感激すると同時に、やはりエルフを一方的に虐げるのは良くない、と男は思う。
 こうして。
 蘇ったドクター・エルフは、後に、エルフ大元帥としてジョゼフたちの前に立ちはだかるのだが......。
 ジョゼフたちは、まだそれを知らなかった。

########################

########################

「......という夢を見たのだ。余のミューズよ」

「夢......ですか?」

「そうだ。......昔の俺ならば、きっと胸躍る物語だったのだろうが......残念ながら、まったく心が震えん。だが、アイデア自体は悪くないだろう?」

 こうして、夢の中の物語をヒントとして。
 ジョゼフは、ヨルムンガント開発計画をスタートさせた。

 ガリア王ジョゼフ。
 からっぽのからっぽ、空虚な心の持ち主だから......。
 彼は涙を流さない。ダダッダー!




(「俺は涙を流さない」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2011年11月])

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『がんかた 〜メイジ剣客浪漫譚〜』

 ハルケギニアには今、平和が訪れていた。
 レコンキスタの反乱、ガリア王継戦役、エルフとの『聖戦』などなど、長きに渡る戦いの日々は終わり、大隆起の問題も解決した時代......。

「蛙苺〜♪ 蛙苺〜♪」

 陽気に鼻唄を歌いながら、一人の少女が、森の中を歩いていた。
 少女の名前はニナ。
 彼女は野いちご摘みに来た帰りであり、抱えた籠の中には、ぎっしりと蛙苺が入っている。ニナは、この甘酸っぱい果実が大好きなのであった。
 家に帰るまで我慢しきれず、歩きながら、一つつまんで口に含む。ジュワッと酸味が広がり、ニナは顔をしかめた。まだ、熟するには少し早かったようである。
 と、その時。

「う......うぅ......」

 横手の茂みから呻き声が聞こえてきて、彼女は足を止めた。
 ......誰か倒れているのであろうか?
 まだ小さかった頃、今日のような苺摘みの帰りに、ニナは竜に出会ったことがある。その時は茂みの奥から人の声らしきものが聞こえてきて、気になって茂みに入っていったら、人ではなく青い風竜がいたわけだが......。

「あのぅ......誰かいるんですか? 大丈夫ですか?」

 まさか今回は竜ではあるまいと思いつつ。
 さらに昔とは違い、ちゃんと声を出して自分の存在をアピールしながら、茂みに入っていくニナ。
 すると......。

「う......。助けてくれ......」

 そこに倒れていたのは、褐色のフード付きローブに身を包んだ女性。フードからはみ出した長い髪は、ハルケギニアでは珍しい、見事な黒色をしている。
 ローブの隙間からはチラッと棒状の武器も見えたが、杖ではないようだ。ならば彼女はメイジではなく、剣士なのだろうか。

「だ、大丈夫ですか!?」

 慌てて駆け寄るニナに向かって、黒髪の女性は一言。

「空腹で......動けない......」

 こうして。
 ニナは、行き倒れの女剣士を拾ったのであった。





   がんかた 〜メイジ剣客浪漫譚〜





「ありがとう。おかげで助かった」

 ニナの家に連れられて、そこで食事をご馳走になった後。
 すっかり満腹となり、黒髪の女性剣士は、テーブルの向かいに座るニナに対して、深々と頭を下げた。

「どういたしまして。こういう時は、お互いさまですから」

 ニッコリと微笑むニナ。
 黒髪の剣士も、つられたように笑顔を見せる。ややキツい目つきの女性であるが、こうやって笑えば、この人もなかなかの美人だ、とニナは思った。
 黒髪の剣士は、何気なく、ニナの家の中を見回している。どこの村にでもありそうな、ごくごく普通の小屋なのだが......。

「......ずいぶん広い家なのだな」

 ふと、黒髪の剣士がつぶやく。
 そう。
 ニナの家は、少女が一人で住むには少し広すぎる。それだけが、普通の村小屋とは異なる点であった。

「はい。ここは......剣術道場として使っていますから。そのために、わざわざ両親とも別居していて......」

「剣術道場......?」

 黒髪の剣士は、不思議そうに聞き返した。
 パッと見た感じ、ニナは、荒事とは無縁な、純朴そうな村娘なのである。ニナが剣を振るう姿など、ちょっとイメージしづらい。

「......剣術といっても、しょせんは真似事なんですけどね」

 言いながら。
 ニナは、目の前に座る女性の、ローブの裾からのぞく武器に視線を向けていた。

「あの......あなたは、剣士さまなのでしょう?」

「まあ、そんなようなものだな。......剣を捨てて久しいが」

「え?」

 黒髪剣士の方でも、ニナの視線には気づいていたのだろう。彼女は苦笑しながら、

「これは剣ではない。銃だ。......といっても、護身用に持っているだけで、弾は入っていない」

 ......剣を捨てた剣士。代わりに銃を持っている。ただし弾は入っていない......。
 いったい何を言っているのだろう、この人は?
 少し頭が混乱するニナであったが、ニナが深く考えこむ前に、

「なんだ。もしかして、私から剣術を教わりたいのか? ......まあ、世話になった恩返しとして、稽古をつけてやってもいいが......」

「本当ですか? お願いします、ぜひ!」

「私の稽古は厳しいぞ? 街の道場とは違って、型も術もすっ飛ばして『剣』を教えてやろう」

 黒髪剣士は、何やら懐かしむような、やわらかい表情を見せる。だが、それも一瞬。すぐに真顔に戻って、

「しかし......本当に『剣』を学びたいのか? もう激動の時代は終わり、ハルケギニアは平和になったのだ。このメイジの世で、ニナのような娘が、わざわざ......」

「いいえ!」

 彼女の言葉を、ニナは遮ってしまった。

「世の中が平和になったのは、私も知っています。......でも、トリスタニアの王宮には、まだ銃士隊とか騎士隊とか、あるんでしょう?」

「......そうらしいな。もっとも、かなり規模は縮小され、メンツもかなり替わったと聞いているが......」

 瞬間、黒髪剣士の表情がかげるが、ニナは気づかない。

「......私、色々な噂も聞きました。この国には、平民から出世して貴族になった剣士もいる、って。一人で七万の大軍と戦ったり、メイジの騎士を相手に決闘で十人抜きをしたり......」

「ニナ。おまえも......将来は王宮に勤めたいのか?」

 問われて、ニナは首を横に振る。

「私は、ただ村を悪い奴から守れたら、それでいいんです。村の子供たちに剣術を教えてるのも、そのためなんです。......いくら世の中が平和になっても、悪い役人はいますから。自分の身は自分で守らないと」

「悪い役人? しかし、今どき悪い奴なんて......」

 黒髪剣士がつぶやいた、ちょうどその時。

 バタンッ!

 小屋の扉が勢いよく開き、少年たちが飛び込んできた。

「ニナ先生! 大変だ!」

「例の連中が、またやって来たよ!」

########################

「おぅおう。おまえら、税の支払いが遅れてるぞ。どうなってんだ!?」

 村の広場の真ん中で、一人の男が大声を張り上げている。
 小ずるそうな顔をした男で、だらしない顎髭を生やし、額には切り傷がある。着ているものからすると、傭兵くずれのゴロツキにしか見えないのだが......。

「めっそうもございません。私たちは、ちゃんと税は納めております」

 対応に出た村長は、ていねいな言葉遣いで接している。
 それもそのはず。
 この顎髭のゴロツキ、こう見えても、徴税官が代理として派遣してきた男。一応は役人なのだ。
 ただし、その口の悪さと風体からわかるように、性格はゴロツキそのもの。だから好き好んで彼の相手をしようとする者はいない。
 男の対応は村長に任せっきりで、村人たちは、広場を取り囲む民家の陰から、ただ遠巻きに見守るだけであった。

「はあ? ちゃんと納めております......だとぉ?」

「はい。定められた分は、しっかりと......」

「おい!」

 顎髭の男は、村長に最後まで言わせない。その胸ぐらを掴んで、

「何言ってんだ!? 税率を決めるのは、徴税官のチュレンヌさまなんだよ。チュレンヌさまが『もっと払え』というからにゃあ、もっと払うのがスジってもんだ!」

「し、しかし......」

 うろたえる村長。
 その時。

「村長! そんな理不尽な話、聞き入れる必要ありません!」

 後ろから聞こえてきた、若い女性の凛とした声。
 ゴロツキ風の代理徴税官は、ゆっくりと振り返る。
 そこに立っていたのは......。

「なんだ、またおまえか」

 村娘ニナ。男が村に無理難題を持ち込む度に、立ちふさがる少女だった。
 ニナは、いつものように木の棒を手にしている。これが彼女の『剣』なのだ。
 ただし。
 今までとは異なり、今日のニナは、怪しげな女性を連れている。褐色のローブを着込んだ黒髪の女性だが、その立ち姿だけで、ただ者ではないとわかる。

「......そうか。今日は、助っ人まで連れてきたのか」

「違います! こちらの人は、関係ありません! あなたの相手は私です!」

 男の言葉を、ニナはバッサリと切って捨てる。
 しかし、男は下卑た笑みを浮かべて、

「おっと。おまえの相手は俺じゃない。......セレスタン!」

 右手の倉庫の陰から、呼ばれて現れたのは、長身のメイジ。
 腰に杖をぶら下げているので、メイジであることは間違いないのだが、貴族にしては、世俗の垢にまみれた雰囲気を纏いすぎた男である。長い髪は無造作に後ろで縛られ、マントも身に着けていない。革の上着に擦り切れたズボン、薄汚れたブーツを履いていた。
 彼は杖を引き抜きながら、

「......相手はこいつで?」

「ああそうだ、セレスタン。適当に痛めつけてやってくれ。......ただし痣や痕が残るようなのはいかんぞ。その娘は、このあと、チュレンヌさまに献上することになってるのでな」

「それなら、うまくやらせてもらいまさ。この流れ者に、あれだけ料金をはずんでくれたんだ。サービスしなきゃ、バチが当たるってね」

 セレスタンと呼ばれた男は、ニヤッと笑った。
 その凶悪な迫力と雰囲気にも、ニナは呑まれない。むしろ、顎髭の男の言葉に――彼女をチュレンヌへ『献上』するという話に――怒りを燃やしていた。

「ふざけないで!」

 ひとこと吠えてから。
 木剣を構えて、ニナは斬りかかっていった。

########################

「わ......私は......この村を......守るんです......」

 呻きながら、ニナが立ち上がる。
 ......戦いは、一方的だった。しょせん我流の剣術しか知らぬニナでは、メイジのセレスタンにはかなわない。
 彼のもとに近づくことすら出来ず、魔法を撃ち込まれてしまうのだ。
 今もまた、何度目かの攻撃魔法が飛んだ。
 空気の塊を相手にぶつける魔法......『エア・ハンマー』である。

「ぐふっ!」

 ドサッと、ニナは地面に崩れ落ちた。
 しかしそのたびに、ニナは立ち上がる。
 雇い主に指示されたとおり、セレスタンは痕が残るような部位は狙っていない。彼女の顔も、可愛らしい美少女のままである。しかし、その表情は、悔しさ混じりの苦悶で歪んでいた。

「根性だけは認めてやるぜ、お嬢ちゃん。......どうしてそこまで、意地を張るんだ?」

「......私は......私の信念を曲げません......。自分が見たものを......自分の考えを信じて......自分で......決めるんです......」

########################

 ニナの中にあるのは、幼い頃に出会った竜との思い出。
 ......それは、彼女の忘れ物を村まで届けてくれた、親切な竜だった。だが幼い彼女は、母親の言うがまま『怖い生き物』扱いして、竜の前で泣き出してしまう。
 悲しそうに竜が立ち去った直後、彼女は母親の言葉に疑問を感じて、村の寺院を訪ねて......そして神官に言われたのだ。

『竜が怖い生き物である、ということは間違いない。しかし怖い生き物には見えない、とニナが思ったならば、それもまた本当なのだ』

 初老の神官の言葉は、幼いニナには難しかった。混乱する幼女に、神官は優しくさとす。

『怖い生き物と決めて近寄らないのも一つ。しかし自分が見たものを信じるのも一つ。どちらが本当なのか、結局、自分で決めるしかない』

 自分で決める......。そんなふうに言われたのは、ニナは初めてだった。
 そして、これ以後。 
 ニナは、何事も自分の目で見て、自分で決めて、その信念を貫く少女となったのである......。

########################

「だから......私が村を守ると決めた以上......私は......」

 剣としていた木の棒を、今度は杖の代わりにして、ニナは再び立ち上がる。
 しかし。
 もう限界だったのか。手が滑り、木の棒を落としてしまう。ニナ自身も、地面に崩れ落ちようとしたところで......。

「さすがに、見ていられんのでな」

 彼女の身を支えたのは、黒髪の剣士だった。
 剣士は、ニナをその場に座らせ、

「......もういいだろう。ニナ、おまえは十分戦った。ここからは......私が代わりに相手しよう」

「でも......」

 もはやニナに、反対を口にするだけの力もない。

「......わかりました。お願いします......」

 頭を下げるニナに頷いて。
 黒髪の剣士は、地面に転がっていた木の棒を拾い上げる。
 彼女が構えただけで......。
 ニナが使っていた木棒は、人の骨など軽く粉砕できる『木刀』となる。
 歴戦の傭兵であるセレスタンは、一瞬で相手の実力を見抜き、目を細めてつぶやいた。

「名乗れ」

「......名乗るつもりはない。あいにく私は、貴族のメイジではないのでな。おまえたちの流儀に従う必要もない」

「けっ。......きさまらに名乗る名前はない......って奴か? むかつくんだよ、そういうのは」

 セレスタンは、黒髪の女剣士を冷ややかな目で見つめる。

「なあ、お嬢さん。ガリアの『北花壇騎士』って知ってるか? 正式な花壇騎士とは違って、陽のあたらねえ場所を歩く、騎士とはいえねえ騎士さ」

 女剣士の表情は変わらない。『北花壇騎士』を知っているのか否か、それすら顔に出さなかった。

「俺も元、その『北花壇騎士』だ。ワケあってクビになって、以後、しがねえ傭兵暮らしさ」

 ここでセレスタンは苦笑し、

「どうせ俺には、傭兵暮らしが性に合うってもんだ。......だが、かつて一人だけ、傭兵セレスタンをこてんぱんにノシた奴がいる」

「......」

「そいつも『北花壇騎士』だったぜ。女だ。しかも......『北花壇騎士』とは名乗らず、自分は普通の花壇騎士だと偽って、俺と戦いやがった」

 セレスタンの表情が変わる。 
 スーッと目を細めて、冷たく澄ました顔に、かすかに憎しみの色を浮かべた。
 
「だからな! 俺は嫌いなんだよ! おまえらみたいな......お高くとまって、名前すら名乗らない女がよ!」

 いつのまに呪文を唱えていたのか。
 叫んだ直後、セレスタンは杖を振る。
 ブオッと空気が膨れ上がり、巨大な火炎の球となった。『炎球(フレイム・ボール)』の呪文だ。
 トライアングル・クラスの炎球が、猛烈な勢いで女剣士を襲う。
 彼女は、よけるそぶりすら見せなかったが......ぶつかる瞬間、予備動作なしで、スッと横に移動して回避した。

「けっ! そいつは『炎球(フレイム・ボール)』だ! さけても相手を正確にホーミングする、恐るべき炎の球だぜ! いくらおまえが素早かろうと......」

 セレスタンは、途中で言葉を呑み込む。
 人間とは思えぬ神速で、黒髪の女剣士が、目の前に迫っていたのだ!

「ちっ!」

 慌てて杖を振るセレスタン。
 一瞬早く、女剣士がサッと横に移動。もちろん、彼女のすぐ後ろにあるのは......。

 ゴウッ!

 女剣士のあとを追っていた最初の『炎球(フレイム・ボール)』と、たった今セレスタンが放った魔法とが激突。
 大きな爆発音と共に、その場に煙がモウモウと立ちこめる。
 その爆煙が晴れるより早く。

 バキッ!

 響き渡ったのは、セレスタンの杖が折られる音。
 煙が晴れた時、セレスタンは、目の前に木剣を突きつけられていた。

「ま......まいった......」

 腰を抜かしたセレスタンは、おとなしく敗北宣言をする。負けるときは負ける、それを承知しているからこそ、彼は、ここまで生き抜いてきたのだ。

「よかろう。もうこの村に迷惑はかけない、というのであれば......」

 しかし、その女剣士の言葉を遮るかのように。

 ダンッ!

 一発の銃声が轟き、女剣士の手にした木刀が砕け散る。
 やったのは......すっかり存在を忘れられていた、顎髭のゴロツキ!

「ほう......。この距離で、正確に木の棒だけを撃ち抜くとは......」

 黒髪の剣士は、感嘆の声を上げる。
 顎髭のゴロツキは、褒められて、まんざらでもない顔で、

「見たか、俺の腕前!」

 おそらく彼の銃は、特殊な銃なのだろう。しかし彼は、銃が凄いのだとは思っていない。凄いのは自分の技量だと思い込んでいた。
 男は、女剣士に対して、着ているローブの奥を覗き込むような視線を送り、

「俺は気づいてるぜ。......その隙間から見えてるもの......。おまえも銃を持ってんだろ? 抜けよ。銃と銃とで、勝負しようじゃないか!」

「......この銃は護身用だ。弾は入っていない」

「はあ? 弾の入ってない銃で、どうやって身を守るってんだ? ただのハッタリか?」
 
「いや......こう使うのだ!」

 銃を引き抜き、走り出す女剣士
 だが、その握り方は普通とは違う。
 まるで剣を逆手に持つような構えで......。

「馬鹿にすんな! てめえ! もう容赦しねえぞ!」

 逆上した男は、剣士を狙って銃を撃つが......当たらない!?
 何発撃っても、全てかわされてしまう。
 そして。

「ぐふっ!?」

 刃のない剣で峰打ちされたかのように、女剣士の『銃』で強打されて。
 顎髭のゴロツキは、その場に崩れ落ちた。

########################

「嘘......相手の銃弾を全て避けて......しかも自分の銃をまるで剣のように......」

 驚きの声を漏らすニナ。今の一連の攻防は、近くで見ていた彼女にとっても、信じられないものだったのだ。
 真似事とはいえ、剣術道場を開いているニナだからこそ、女剣士の技の凄さもよくわかった。
 ......今の技は、至近距離における銃撃戦を想定した武術だ。銃口をそらすため銃を捌く格闘技術も加味されている。これならば、たとえ銃を持つ多数の敵に囲まれても、短時間で倒すことができるだろう......。

「こんな剣術があるなんて......。これは......いったい......」

 つぶやくニナのもとに、黒髪の女剣士が歩み寄る。
 ややキツい感じの目つきは変えずに、ただ口元だけに、かすかな笑みを浮かべて、

「......トリステイン流剣術奥義『リベリオン』。敵を殺すためではなく、敵から身を守るための剣術だ」

「教えてください!」

 ニナは、目を輝かせて叫んでいた。

「身を守るための剣術......それこそが、私が目ざす活心剣......『ニナ活心流』です!」

########################

「また失敗しおったのか!」

 中年の貴族が、ドンと机を叩いた。

「すいません、チュレンヌさま。とんでもなく強え女剣士が現れまして......」

 ペコペコ頭を下げるのは、あの顎髭のゴロツキだ。
 彼は今、徴税官の屋敷に、失敗の報告をしに来ていた。
 ボスにあたる徴税官は、でっぷりと肥え太り、額には薄くなった髪がのっぺりと張りついた男。名をチュレンヌという。
 チュレンヌは、かつては王都トリスタニアを管轄区域とする徴税官であったが、色々と不祥事を起こし、今では、こんな片田舎の小村を担当とする徴税官に落ちぶれていたのであった。

「凄腕の女剣士......だと?」

 鯰のような口ひげをひねり上げながら、チュレンヌがつぶやく。その顔が、好色そうに歪んだ。

「して、その女剣士は......美人なのか?」

「へえ。ちょっとキツい感じのする美人ですが......そこがまたそそる、ってやつでさあ」

「ふむ......」

「あんな上玉、タニアの街でも、なかなか見ないんじゃないでしょうか。いやあ、あんなのを手篭めにしてヒィヒィ言わせたら、どんなに爽快なことか......」

 ちょっと言い過ぎたかな、と自分でも思いつつ。
 顎髭のゴロツキは、黒髪の女剣士を褒めそやす。
 チュレンヌの関心が色事の方に向けば、自分の失態も忘れ去られるかも......という計算である。

「そこまで言うのであれば......このチュレンヌさまが自ら出向いて、その美貌とやらを確かめてやろうじゃないか」

 チュレンヌは、ニィッと笑った。

########################

 ニナの道場では、激しい稽古が続いていた。
 技も術もすっ飛ばす、と言った黒髪の剣士であったが、あれから、ニナにいくつか技を教えてくれた。剣を巻き込んで切りつける技や、フェイントのやり方である。
 なかなか肝心の『リベリオン』は教えてもらえないが、奥義に辿りつくためには、やはり小さな技の習得も必要なのだろう。
 そして......。

「どうしたのです?」

 ニナが問う。
 黒髪の剣士の構えが変わったのだ。
 ただし、ニナに新たな『型』を教えるという雰囲気ではない。むしろ、これは......。

「ニナ、お前は下がっていろ。敵が来た」

 言い捨てて、女剣士は道場から出て行く。

「あ、待ってください!」

 慌ててあとを追うニナ。
 女剣士は、ニナには判らぬ、敵が近づく気配を察知したのだ。彼女の言うとおり、ニナの手に負える相手ではないのだろう。
 それでも。
 ただニナは、戦いを見届けたかったのだ。
 小屋の前の、小さな広場に出てみれば......。

「ふむ。たしかに美人だが......なんだ、噂ほどではないではないか」

 やって来たのは、徴税官チュレンヌ。手下のメイジを数人引き連れており、顔には、好色そうな笑みも浮かんでいる。
 なめ回すような視線を、黒髪の女剣士に向けて、

「お前......どこかで見たような顔だな? そういえば、昔わしを苦しめた桃髪の貴族も、黒い髪の剣士を従者としておったが......」

 チュレンヌの頭にチラリと浮かんだ『黒い髪の剣士』は、女ではなく男である。
 まあ、その時の彼は、どこぞに剣を置き忘れてきたということで結局、剣を握ることはなかったのだが......。
 ともかく『黒い髪の剣士』に良い思い出がないのは確かである。とはいえ、その時の男と、目の前の女剣士は、全く違う人物だ。一瞬の既視感も、すぐに忘れることにした。

「どうだ、お前。このチュレンヌさまのもとで働く気はないか? お前なら......剣士としてだけでなく、夜の相手もつとめさせてやるぞ」

 チュレンヌが言った瞬間。
 黒髪の剣士は、黙って木刀を振る。
 剣圧が一筋の風となり......。

 ......はらり......。

 チュレンヌの額に張りついていた薄い髪が、地に落ちる。

「き、きさま......よくもわしの髪を......!」

「女性を侮辱した罰だ。......次は髪だけでは済まされんぞ?」

「言いおったな! 貴族に対して!」

 怒りに体を震わせ、チュレンヌは、手下のメイジたちに命じる。

「おい、お前たち! 奴に......本物の『風』を見せてやれ! あの小汚いローブを吹き飛ばして、裸にひんむいてやれ!」

「はっ!」

 数人のメイジが、いっせいに杖を振る。
 逃げ場のない、広範囲に及ぶ強風が、女剣士に襲いかかる!

「きゃあっ!?」

 悲鳴を上げたのは、女剣士ではない。傍らで見ていたニナである。
 小屋の扉に掴まり、その陰に身を隠して、なんとか踏ん張るニナ。
 一方、女剣士は、まともに暴風をくらっていた。その場に踏みとどまりはしたものの、着ていたローブは吹き飛ばされて......。

「はっはっは。貴族をなめるから、そういう目に......」

 下卑た笑いを浮かべるチュレンヌであったが、その言葉が途中で止まる。
 女剣士の体から『風』が奪い去ったものは、茶褐色のローブだけではなかった。同時に彼女の頭から、見事な黒髪も消え去っている!

「カツラだったの!?」

 ニナが驚きの声を上げる。
 カツラが消えて出てきた、女剣士の地毛は......金髪だった。
 短く切りそろえられた金髪の下、澄みきった青い目がチュレンヌを睨む。

「その特徴的な前髪は......! きさま......まさか......」

 驚愕のチュレンヌ。
 彼が見ているのは、女剣士の金髪だけではない。
 ローブが消えて、出てきた彼女の姿は......。
 ところどころ板金で保護された鎖帷子に身を包み、百合の紋章が描かれたサーコートをその上に羽織っている。
 それは、かつてチュレンヌがトリスタニアで働いていた頃、王宮で何度か見かけた姿と同じであった。
 
「その姿は......!」

 ニナでさえ。
 直接目撃するのは初めてだったが、その姿は、何度も噂で耳にしていた。

「ああ! 剣士さま! あなたは......伝説のメイジ殺し『メイジ斬り抜刀娘』!」

 メイジ斬り抜刀娘(めいじぎりばっとうにゃん)!
 激動のトリステインで、アンリエッタ女王の懐刀として活躍した伝説の女剣士。幼き頃に村を焼かれ、その復讐の念を胸に秘めつつ、激動の時代を生き抜いたという......。

「そうか、だから見覚えがあったのか! きさまは......一部では『メイジ斬り抜刀娘』としても恐れられた、元銃士隊隊長アニエスではないか!」

 チュレンヌの言葉に、配下のメイジたちが動揺する。
 銃士隊といえば、泣く子も黙る女王陛下の近衛隊である。若い女性だけで構成されているがゆえに、ナメられてはならん、という教えがあったらしい。その激烈さは、とみに高名であった。
 特に隊長のアニエスは、「トリステインには本物の『メイジ殺し』が二人いる」と噂された二人のうちの一人......。

「えぇい、怯むな! 噂はしょせん噂、それに......全ては過去の話だ! 今のアニエスなど、剣を捨てた小娘に過ぎぬ!」

 及び腰の部下たちを叱咤激励するチュレンヌ。
 さらに彼は、

「聞けいっ! アニエスならば、炎が弱点だ! 幼少時に村を焼かれたトラウマがある......と聞いておる! 撃て! 火を放つのだ!」

 部下たちは、顔を見合わせる。
 たしかチュレンヌは、この女を妾の一人にしようとしていたはずだが......焼いてしまっていいのだろうか?
 実はチュレンヌもかなり動転しているのか、あるいは、あとで『水』メイジに治療させればかまわないということなのか。
 ともかく。
 チュレンヌさまの命令は絶対だ。彼らは呪文を唱えて、同時に解放する。
 何本もの杖の先から巨大な火の球が膨れ上がり、アニエスに飛んだ。
 しかし。

「おろかな」

 ひとこと吐き捨てると、アニエスは纏ったサーコートを翻し、それで火の球を受ける。
 一気にサーコートは燃え上がり......。
 中に仕込まれた水袋が蒸発して、火の威力を大きく削いだ。
 残りはアニエスの体にぶつかり、鎖帷子を熱く焼く。だが、アニエスならば耐えられる。彼女の恐るべき点は、その凄まじい精神力なのだ。

「うぉおおおおおおっ!」

 普通の人間ならば転げ回ってしまうような、灼けつく痛みにも負けず。
 アニエスは突進する。

「馬鹿な!?」

 慌てふためくメイジたち。中には、冷静になって、急いで次の呪文を放つ者もいる。火がダメならば、今度は風だ。それも、さきほどのような、衣類を剥ぐための風ではない。
 風の刃がアニエスを襲う。これも普通の人間ならば、散々に斬り裂かれるところだが、アニエスの場合、鎖帷子と板金の鎧に阻まれ、致命傷とならない。軽いかすり傷という程度で済んでしまうのだ。

「ば......ばけもの......!」

 三発目の呪文を放つ余裕がある者は、もはや一人もいなかった。
 アニエスが、『銃』を『剣』として振るう。チュレンヌとその配下のメイジたちの間を、一陣の風のように駆け回り......。
 わずかな時間の後。
 その場に立っている男は、もう誰もいなかった。

「......殺しちゃったんですか......?」

 恐る恐る、ニナがアニエスに声をかける。
 ピクリとも動かぬチュレンヌたち。まさに死屍累々なのだが......。

「そんなわけないだろう」

 軽い火傷を負った顔で、アニエスが笑う。

「......今の私は、『不殺』という主義を貫いている」

 彼女はスーッと笑顔を消して、真面目な顔で、

「こんな男であっても家族がいるだろうし、彼を慕う者もいるかもしれない。彼を殺せば、そこから復讐が始まるだろう。そして復讐は復讐の連鎖を生む......」

 アニエスの言葉に、ニナは何も言えなくなった。
 かつては復讐しか望まなかったと噂されるアニエス。その彼女の発言なだけに、いっそうの重みがあった。
 一体どのような経験をへて、このような心境に至ったのか。ニナには、想像すら出来ない。

「......復讐は鎖だ。どこかで誰かが断ち切らねば、永遠に伸び続ける鎖だ......。そんなもの、最初から生み出さぬ方がいい。だから、もう私は誰も殺さないと誓った。私は剣を捨てたのだ......」

 そう言い捨てて。
 アニエスは去っていった。

########################

 結局、アニエスによる剣術修業は、中途で終わってしまった。
 でも、それも仕方がないことだ、とニナは思う。

「正体を知られた以上は、もうその場所には留まれない......。なまじ『伝説』なんて背負っている人は、大変なのね」

 独り言をつぶやくニナに、すれちがう人々が不審な目を向ける。
 ......おっといけない。ここは人の少ない田舎村ではなかった......。
 ニナは今日、珍しく、近くの街まで出て来ていた。悪徳徴税官のチュレンヌ一派を役人に突き出した、その帰り道である。

「う......うぅ......」

 空耳だろうか。
 突然、人の呻き声のようなものが聞こえて、ニナはキョロキョロと辺りを見回す。
 ......空耳ではなかった。
 路地裏の倉庫の陰に、誰か倒れているようだ。都会の人々は不親切らしく、誰も助けようとはしていないが......。

「大丈夫ですか?」

 村娘のニナは、声をかけながら、問題の路地へと入っていく。
 近づいてみれば。
 壁にもたれかかって、一人の女性が行き倒れていた。
 その人物は、短い金髪で、白いサーコートを纏っており......。




(「がんかた 〜メイジ剣客浪漫譚〜」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2011年11月])

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『虚無闘士(きょむんと)ルイズ・アルビオン十二宮編!』

 アンリエッタは裸に近い格好でベッドに横たわっていた。身につけているのは、薄い肌着のみであった。
 ......といっても、これから淫美なシーンが繰り広げられるわけではない。
 ここは、女王になってから使い始めた、亡き父王の居室。こんな姿をしていても、お付の女官や侍従に見られる心配もなかった。
 女王の重圧に耐えかねて。
 だらしない格好で毎晩一人、ワインを飲むのが、アンリエッタの日課となっていた。
 そして。
 酔うと決まって思い出すのは......。

「どうしてあなたはあのときおっしゃってくれなかったの?」

 ベッドの上で、顔を手で隠しながら、アンリエッタは虚空に向かって問いかける。
 しかし、その答えを言ってくれる人物は、もういない。この世のどこにもいない......。
 流れる涙を拭って、再びワインの杯に手を伸ばした時。
 扉がノックされた。
 こんな夜更けに誰だろう。
 アンリエッタは物憂げな仕草でガウンを羽織ると、ベッドの上から誰何する。

「誰? 名乗りなさい。夜更けに女王の部屋を訪ねるものが、名乗らないという法はありませんよ。さあ、おっしゃいなさいな。さもなければ人を呼びますよ」

「僕だ」

 その言葉を耳にした瞬間、アンリエッタの顔から表情が消えた。

「飲みすぎたみたいね。いやだわ、こんなハッキリと幻聴が聞こえるなんて......」

 だが、それは幻聴ではなかった。
 かの地へとアンリエッタをいざなう、男の声だった。
 この夜。
 アンリエッタの姿は、トリステインから消えた。





    きょむんと 
   虚無闘士ルイズ・アルビオン十二宮編!





 女王アンリエッタが誘拐された!
 アルビオンへと連れ去られたのだ!
 誰かがアルビオンに乗り込み、彼女を救出しなければならない!

「......で、俺たちってことか」

「光栄じゃないか、サイト。......ああ、女王陛下! この僕が必ずやお助けします!」

 アルビオンの首都ロンディニウムへと向かう風竜の背には、今、四人のメイジと使い魔サイトの姿があった。
 ......かつて手紙奪還作戦でアルビオンまで行き、無事に戻ってきた四人のメイジ。彼らならば、再びアルビオンに潜入し、女王救出にも成功するであろう......。
 というわけで、ルイズとギーシュとキュルケとタバサが、救出任務を頼まれたのである。少数精鋭の極秘任務のため、ゼロ戦ではなく、こうしてシルフィードを移動手段として......。

「......到着」

 タバサがつぶやくと同時に、青い風竜は、高度を下げる。
 一行が降り立ったのは、ハヴィランド宮殿の近くにある、小さな広場。神聖皇帝クロムウェルの城となったハヴィランド宮殿に、アンリエッタは囚われているはずなのだ。
 しかし。

「おっと。お姫さま救出に誰か来ることくらい、こっちはお見通しなんだよ」

 広場を囲む森の中から、傭兵とおぼしき格好の一団が現れる。
 ザッと十数人ほど。全員が弓矢や槍などで武装していた。

「ここから先には行かせねえぜ。ハヴィランド宮殿どころか、お前らは『十二宮』にすら近づけねえのさ」

 一人がそう言って、近づいてくる。
 小ずるそうな顔をした、額に切り傷がある男だった。どうやら、彼がこの集団のボスらしい。

「......『十二宮』?」

「そうだ。通称『十二宮』......ハヴィランド宮殿を守るために新設された、黄金の十二の砦のことさ」

 聞き返したルイズに、親切にも教えてくれる傭兵ボス。
 いくらメイジとはいえ、こんな小僧や小娘くらい、その気になればすぐに倒せる......という余裕の表れなのだろう。

「それぞれの砦には、砦を死守する凄腕のメイジさまが配備されてる......って話だ。ま、ここでくたばるお前らには関係ねえ話だが......」

「ボス、殺しちまうのはもったいないですぜ。五人のうち三人は女、それも結構な美少女だ。つまかえて売りとばしましょう」

 傭兵の一人が、下卑た笑いを浮かべながら、ボスに声をかける。

「あんたたち......ずいぶんナメたこと言ってくれるわね......」

 ルイズの怒りの表情にも取り合わず、ボスは余裕の態度を続けたまま、

「そうだ。ついでにもう一つ、教えておいてやろう。お前らの大切なお姫さまは、皇帝さまの不思議な指輪で、皇帝さまの操り人形にされようとしてるぜ」

「......!」

「なんでも、強靭な精神力で抵抗してる、って話だが......。ま、保って十二時間、ってとこだろうな」

「つまり......十二時間以内に『十二宮』を突破して、姫さまを助けださなきゃなんねえ......ってことか」

 つぶやきながら。
 サイトが、一歩前に足を踏み出す。
 続いてギーシュも。

「ならば......こんなところで時間を無駄にはしてられないね」

「みんな! サッサとやっつけるわよ!」

 ルイズの号令で、いざ戦闘開始!
 タバサの氷が。
 キュルケの炎が。
 ギーシュのゴーレムが。
 ルイズのエクスプロージョンが。
 そして、サイトのデルフリンガーが。
 ......次々と、傭兵たちに襲いかかる!

「なんだ!? こいつら、強えぇっ!? ......ぐわっ!」

 戦闘は一瞬で終わった。
 ザコに構っている暇はないのだ。
 タイムリミットは......十二時間!
 帰りの足であるシルフィードは、広場に残して。
 四人のメイジと一人の使い魔が、今、『十二宮』に突入する!

########################

 第一の砦、白羊砦。
 そこに足を踏み入れた瞬間、ルイズは驚きの声を上げていた。

「なんであんたがこんなところにいるのよ!?」

 そう。
 そこにいたのは......。
 ルイズやサイト、キュルケやタバサ、そしてデルフリンガーには見覚えのある人物だった。

「へい、いらっしゃい」

 パイプをくわえた、五十がらみの親父。ルイズたちにデルフリンガーを売りつけた、あの武器屋の主人だったのだ。

「おでれーた! おめ、あの店はどうしたんだ?」

「おおっ、デル公じゃねえか! ......ということは、あの時の若奥様で!」

 武器屋の方でも、ルイズたちのことを思い出したらしい。
 あらためて、最初の質問を繰り返すルイズ。

「なんであんたがこんなところにいるのよ!? ここはハヴィランド宮殿を守る砦の一つなんでしょう!?」

「おや、よく御存知で。......ですが、ここは一番外側の砦ですからね。実際には『砦』というより、武器の修理をするところなんでさ」

「......っつうか、お前、トリステインのもんだろ?」

 今度はサイトが質問する。武器屋は、貴族に対するのと同じような態度で、

「へえ。そうなんですがね。スカウトされたんでさあ」

「スカウト......!?」

「なんでも『レコンキスタに国境はない』とのことで。......そんなわけで今は、ここで武器屋を開かせてもらっています」

 ルイズたちは、顔を見合わせる。
 鍛冶屋ならばともかく、武器屋の主人をスカウトしてきたところで、たいして役に立つとも思えないのだが......。
 レコンキスタのやることは、どうにもよくわからない。

「......まあ、でも、あっしは武器屋ですんで、敵も味方もありません。それこそ『武器屋に国境はない』ってやつで。......みなさまがたの剣や鎧も、修理いたしますよ?」

 再び顔を見合わせるルイズたち。

「そんなこと言われてもねえ......」

「まだ何も壊れてないしなあ。戦いはこれからだし」

「そもそも、あたしたちメイジだから、鎧なんて着てないし」

 キュルケの言葉を耳にして、武器屋の表情が変わる。

「いえいえ。メイジの騎士さまでも、軽装鎧くらい、あったほうがいいですよ! ......というわけで......」

 座っていた椅子から立ち上がる武器屋。奥の倉庫から何かとってきて、売りつけようというのだ。
 しかし、彼が奥に消えるよりも早く。

「......いやぁ、俺たち買い物してる場合じゃないし......」

 サイトのつぶやきに、皆が頷く。
 なにしろタイムリミットは十二時間。
 どうしても必要......というわけでもない武器やら鎧やらを買うだけのために、ここで時間を無駄にするつもりはなかった。

「そうですかい? では、お帰りの際に、またお立ち寄りください」

 再び腰をおろした武器屋に見送られて。
 四人のメイジとその使い魔は、次の砦へと進んでいった。

「フゥッ......」

 パイプをふかしながら、ボーッと彼らの背中を眺める武器屋主人。
 一応『お帰りの際に』と言ってはみたものの、彼らが無事に帰って来られるとは、思っていなかった。
 武器屋は、聞いたことがあったのだ。
 ......魔法の威力を左右するのは、メイジの精神力。
 この砦を守護する番人たちは皆、究極の位まで精神力を高めることが出来るという。

「究極の精神力......通称『セブン精神ズ』。その域にまで精神力を高めないと......ここを勝ち抜くのは難しいですぜ」

 そのつぶやきを耳にする者は、誰もいなかった。

########################

 第二の砦、金牛砦。
 ルイズたちの行く手を阻むように立っていたのは、精悍な顔立ちの、壮年の男性であった。
 四人のメイジと一人の剣士を前にして、少しも臆したところがない。堂々と胸を張るその姿は、敵であるものの、好感が抱ける人物であった。
 男は、腕を組みながら言う。

「我が名はホーキンス。この金牛砦を通り抜けたくば......我を倒してみよ!」

 ホーキンスは、アルビオン軍主力の指揮を執っている将軍である。『十二宮』の実質的な最前線である金牛砦を重視して、彼は自らすすんで、ここに配備されたのであった。

「なんか強そうなおっさんが出てきたな......」

 言って、前に一歩踏み出したのはサイト。

「ここは俺が相手する! その間に......みんなは横を駆け抜けろ!」

「わかった! サイト、この場は頼んだよ!」

 さっそく走り出すギーシュ。

「あ、馬鹿! そういうのは俺が戦い始めてからだろ! 今いったら......」

「ぎゃあっ!?」

 風の刃をくらって、悲鳴を上げ、ギーシュは吹き飛ばされる。

「言わんこっちゃない。あのおっさんが俺を相手にし始めてからじゃないと、こうなるのは当然......」

「当然、じゃないわよ。......おかしいでしょ、サイト」

 サイトの言葉を、ルイズが遮る。
 見れば、ルイズだけでなく、キュルケもタバサも、妙に深刻な顔をしていた。

「どういうことだ?」

「よく見なさい、あのホーキンスってメイジの姿を」

 言われて、サイトは敵に視線を向ける。
 特に変わった様子はない。最初と同じく、腕を組んだまま......。

「......あれ? あのおっさん、いつ魔法を放ったんだ?」

「そういうこと。誰にも見えないくらいの素早さで杖を振り......そしてまた腕を組み直したのよ」

「......呪文の詠唱も聞こえなかった」

 ルイズの言葉に、タバサがつけ加える。
 これでサイトにも理解できた。
 一瞬のうちに呪文を唱え、一瞬のうちに杖を振るホーキンス......。
 その動き、まるで光速!

「......なら、やっぱり俺がやっつけなきゃなんねえ相手だな......」

 光速に勝てる可能性があるのは、ガンダールヴの神速のみ。
 もしもサイトが負けてしまえば......ルイズたちに勝ち目はない!
 そう思った瞬間。
 左手のルーンの輝きが増す。
 ......ガンダールヴの強さは、心の震えで決まる。メイジではないが、サイトにとっても、精神力は重要なファクターなのだ。今、サイトの心の震えも『セブン精神ズ』の位まで高まり......。

「ほう......」

 歴戦の将軍であるホーキンスの方でも、サイトが普通の敵ではないことに、うっすらと気づいていた。明確な根拠はないのだが、彼は思う。
 風のように速い敵だ。
 火のように強い敵だ。
 土のように動じない敵だ。
 水のように臨機応変な敵だ。

「気に入らないな」

 つぶやいて。
 ホーキンスは、杖を構え直す。
 ......といっても、はたから見れば、彼は腕組みしたまま。これが、ホーキンスの必殺の構えなのだ。
 日本男児であるサイトから見れば、ホーキンスの構えは『居合い』である。
 ただし剣ではなく杖なので、居合斬りをしたところで効果はない。むしろ、杖を抜く前に攻撃されるリスクの方が大きいといえよう。
 だが、そうしたリスクで自分を追い込んでいるからこそ、精神力も高まるのだ。そうして光速を身につけたのが、ホーキンスというメイジ......。

「うおおおっ!」

 叫んで走り出すサイト。
 ホーキンスは、己めがけて突っ込んでくる風を見つめた。
 ほんとに速い。
 もちろん、サイトが走り出すと同時に、ホーキンスも呪文を唱えている。続いて杖を振り抜き、得意の風の刃をまとめて飛ばす。
 ......いや。
 飛ばしたつもりだった。
 だが。

「......!?」

 ホーキンスの『風』は発動しない。
 魔法が放たれるより速く。
 目の前まで迫ったサイトが、ホーキンスの杖を斬り飛ばしていたのだ!

「......まいった。わしの負けだ」

 その場に座り込むホーキンス。
 ......ホーキンスの光速は、ガンダールヴの神速に破れたのであった。

########################

 負けたホーキンスは、約束どおり、ルイズたちを通してくれたので......。
 五人は続いて、第三の砦、双児砦へ。
 しかし、その前で五人は足が止まってしまった。
 なぜならば。

「入り口が......二つある!?」

「そうか! だから『双児砦』というのか!」

 驚く女性陣とは対照的に、なんだか納得顔のギーシュ。
 サイトはサイトで、

「そういや......この世界の星座、地球とは違うはずだよなあ? なのになんで、おんなじ名前なんだ?」

 何やらつぶやいているが、それに答えるものは誰もいない。
 もっと重大な問題があるからだ。

「どっちから入ったらいいのかしら?」

「砦を抜けられるのは片方だけ......って可能性もあるわね」

「......とにかく先へ進むべき。時間がない」

「そうね。全員がハヴィランド宮殿まで辿り着く必要もないわけだし......」

 結局、二組に別れることにしたルイズたち。
 五人いるので、三人と二人。ルイズは、サイトとキュルケを連れて、右側の入り口に突入し......。
 やがて三人の前に現れたのは、男性らしき人影。
 鎧を着込んでおり、頭には兜をかぶっている。その陰になって、顔は見えない。
 杖を持っているので、メイジのようだが......。

「サイト! キュルケ! 先手必勝よ!」

「待て、娘っ子!」

 叫んだルイズに、デルフリンガーがストップをかけた。

「何よデルフ、敵を前にして......」

「娘っ子には、あれが敵に見えるのか!?」

「どういうことだよ、デルフ?」

「......おめえたちは『目』で見てるから、わかんねえかもしれんが......」

 剣が解説する。
 人間ではないデルフリンガーには、鎧姿の男など、見えていなかった。
 それは幻にすぎない。
 代わりに、そこにあるのは一枚の鏡。ただの鏡ではない。魔力を感じるので、なんらかの魔道具であろう......。

『フフフ......よくぞ見破った......』

 突如、砦の中に響き渡る声。

『気にすることはない。さあ、かかってこい!』

 砦の中に、人の気配はない。
 幻影を造り出した主が、遠く離れたところから魔道具で、声だけを飛ばしてきたのだ。

「......どうする? なんだか危険だから、その鏡ってやつ......一応こわしておくか?」

「バカね、サイトは。だったら『かかってこい』なんて言うわけないでしょ。......きっと魔法を撃ち込むと発動する仕掛けになってるのよ」

 ルイズの言葉に、横でキュルケも頷いている。

「そっか。さわらぬ神に祟りなし......って言うもんな」

「何よ、それ? 始祖ブリミルに触れようだなんて、恐れ多いにもホドがあるわ」

「いや、俺の国のことわざなんだよ......」

『おい、おまえたち! 私を無視するな! おい!』

 こうして。
 何やらわめき続けている鎧の幻には取り合わず。
 その横を素通りして、三人は双児砦を突破した。

########################

 同じ頃。
 左から入ったタバサとギーシュの前にも、同じ幻が立ちはだかっていた。
 この二人には、幻影を見抜く無機物は同行していなかったので......。

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 タバサの『ウィンディ・アイシクル(氷の矢)』が、鎧の幻影に襲いかかる。
 しかし。

「......!?」

 なんの手応えもない。まるで何かに吸い込まれるかのように、氷の矢は虚空に消えてしまった。

「ならば! 僕に任せたまえ!」

 杖としている薔薇の花を、ギーシュが振る。
 花びらが宙を舞い、青銅ゴーレム『ワルキューレ』が七体、その場に出現。敵に突撃するよう、ギーシュは命じたのだが......。

「何をやっているのだ、僕のワルキューレたち!?」

 ギーシュのゴーレムは右往左往するだけ。
 目の前に敵が見えているというのに、そこに向かおうとはしない。

「......なぜ?」

 小首を傾げるタバサ。
 ギーシュのゴーレムは、ギーシュの身を守る鎖のようなものであり、同時に、ギーシュの敵を倒す鎖のようなもの。攻撃を命じられたのに、戸惑っているということは......。

「......あれは幻。ここに敵はいない」

 そう。
 ようやくタバサも気づいたのだ。

『フフフ......よくぞ見破った......。しかし......もう遅い! 魔力は十分吸収させてもらった!』

 謎の声が聞こえてくると同時に、鎧の幻が立ち消え、今まで幻影で隠されていた鏡が現れ出る。
 人間の全身を丸々映し出せるほど、大きな姿見であった。

『異次元への門よ! 開け!』

 鏡の表面が異様な輝きを発して......。

 ゴォォォッ!

 タバサとギーシュを吸い込む!

「ワルキューレ、僕たちを守れ!」

 ギーシュの命令で、七体のワルキューレが二人を捕まえようとするが、間に合わなかった。
 かろうじて確保できたのは、ギーシュ一人。
 タバサは鏡の中に呑み込まれ、消えてしまった。

「......くっ......」

 ギーシュとて、まだ安心するのは早い。
 鏡の吸引力は凄まじく、ワルキューレごと、ギーシュを呑み込もうとしている。
 ワルキューレは床に槍を突き立てて、何とか抵抗しているのだが......。
 七体がかりでも、ジリジリと引きずられてゆく。このままでは、吸い込まれてしまうのも時間の問題だ。

「......ならば......」

 七体のうち二体を攻撃に転じさせる。少しの間くらい、五体でも持ちこたえられると判断したのだ。

「行け、ワルキューレ! 倒すのは......異次元の向こう側にいる敵だ!」

 二体のゴーレムが、自分から鏡へ飛び込んでゆく。

『バカな!? 次元を飛び越えて......この私に直接攻撃を仕掛けるとは!』

 そう。
 あの鏡が、異次元への門だというならば。
 それを通って、遠くの敵を攻撃することも可能!
 ......かもしれない、という一種の賭けである。賭けにしか過ぎなかったのだが、ギーシュは、賭けに勝ったらしい。
 鏡は光を放つのをやめ、吸い込もうとする力も失っていた。

「......倒した......のか?」

 一応ゴーレムは、幻影を操る敵のところまで届いたはず。だが、はたして本当に倒したのか、あるいは、一時的に鏡を使えなくする程度のダメージを与えただけなのか、それはわからない。
 もしも後者であるならば、いずれ再び鏡が発動するかもしれない......。

「ここでモタモタしてはいられないな」

 ギーシュは、砦の出口へと進み始めた。
 戻ってこないタバサの身は心配である。だが彼女に関しては、こことは別の場所で異次元から放り出されたのだろう、と信じるしかない。
 今は一刻も早くハヴィランド宮殿に駆けつけて、アンリエッタ女王を救出せねばならないのだ......。

########################

「ここは......」

 意識を取り戻したタバサは、周囲の状況を確認する。
 やはり『十二宮』の中のようだが、双児砦とは違う。床や壁のあちこちに、焼け焦げたような痕跡があった。
 ......いや。『焼け焦げ』どころの話ではない。石や金属が高温で溶かされた痕まである。
 この砦の番人は、よほど強力な炎の使い手なのではなかろうか。
 タバサは警戒する。途中で落とすこともなく、ちゃんと杖が手元にあることまで確認したところで。

「......ここは第七の砦。天秤砦だ」

 背中からの声に、バッと振り返るタバサ。彼女の顔に――いつもは無表情と言われる彼女の顔に――驚愕の色が浮かんだ。

「あなたは!」

 そこに立っていたのは、青い髪の偉丈夫。
 筋肉がたっぷりついた上背は、さながら古代の剣闘士のよう。きりっと引き締まった顔に、青く色づいた髭がそよぐ。
 ガリア王ジョゼフであった。

「......なぜ、あなたがここに? あなたが天秤砦の番人?」

「そんなわけないだろう、シャルロット」

 タバサの伯父であるジョゼフは、彼女をタバサではなく、本名の『シャルロット』と呼んだ。

「この砦の番人なら、ほら、そこに倒れているぞ」

 ジョゼフが指し示したのは、朽ちかけた一本の柱。
 見れば、確かに柱の陰に、一人の男が倒れていた。
 顔には皺があり、髪は白くなっているが、鍛えぬかれた肉体が年齢を感じさせない男だ。この距離からでも見て取れる特徴として、顔には、大きな火傷の痕があった。

「......俺の邪魔をしようとしたから、ついでに倒しておいた。なかなかの炎使いだったが......あれではいかんな。性格がねじ曲がっていたぞ。それさえ直せば、多くの『火』メイジの師匠にもなれただろうに」

 タバサから見れば、ジョゼフこそ、性格がねじ曲がっているのだが。
 いちいちツッコミを入れるタバサではなかった。
 それよりも......。
 ジョゼフは今、言ったのだ。『俺の邪魔をしようとしたから』と。
 ならば、明確な目的があって、ここにいるはず。それは一体......?
 タバサは、もう一度、尋ねてみる。

「なぜ、ここに?」

「お前に会いに来たのだよ、シャルロット」

 言われて、タバサは身構える。
 タバサとジョゼフは、仲の良い親戚というわけではない。それが『会いに来た』とは......?

「そう緊張する必要はないぞ、シャルロットよ。......面白そうなゲームをやっていると聞いてな。ならば俺も混ぜてもらおうか、くらいの気持ちで『十二宮』に来てみただけだったのだ、もともとは」

 タバサたちにとっては、決死の女王救出作戦。それもジョゼフにとっては『ゲーム』に過ぎないのだ。

「......ところがどうだ。いざ来てみたら、お前がこの天秤砦に落ちてくるというではないか。ならば、せっかくだから姪の顔でも見るか......と、ここで待っていたわけだ」

 軽い感じで言うジョゼフ。
 タバサにしてみれば、彼の言葉を額面どおりに受け取るつもりなどないが、表面上はそうしたことにして、

「......わかった。ならば、もう用件は済んだはず。私は先を急ぐので、失礼する」

「おいおい。せっかく久しぶりに会ったのだ。そんなに急ぐこともなかろう」

 歩き始めたタバサの腕を、ジョゼフが大人の力でつかんだ。

「......もはやシャルルも、この世にいない。お前の母も、あのような状態だ。ならば伯父である俺は、お前の親代わりみたいなものではないか」

 満面の笑みを向けるジョゼフに、タバサが珍しく表情を変える。
 ギリッと奥歯を噛み締め、キッと伯父王を睨みつけた。

「なんだ、シャルルたちのことを言われて怒ったのか?」

 タバサの父の命を奪ったのはジョゼフである。
 タバサの母の心を奪ったのもジョゼフである。
 当然の反応だった。

「......そうか、シャルロットは怒ったのか。うらやましい話だ。もう俺は、他人を憎悪することすらできぬ。本当に羨ましいことだ」

 これは、心が空っぽになってしまったジョゼフの本音。
 だが事情を知らぬ者にしてみれば、馬鹿にしているようにしか聞こえない。
 タバサの魔力が、怒りで膨れ上がった。

「ほう。俺とやろうというのか。......ふむ、それも面白いかもしれんな。人前で俺を殺せば、後々シャルロットも困ったことになろうが......ここならば人目もない。大丈夫だ。シャルロットにとっては、シャルルの仇を討つ絶好の機会であろうな」

 タバサの手を放し、ジョゼフも杖を構える。

「さあ! 我が姪シャルロットよ! お前の成長具合を、この伯父王に見せておくれ!」

 あくまでも余裕の態度を見せるジョゼフ。
 敵の甘言に乗せられているようで若干気持ち悪いが、それでもタバサは呪文を詠唱する。

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース......」

 タバサの周りの空気が一瞬で凍りついた。彼女の体の周囲を回転し、『氷嵐(アイス・ストーム)』が完成する。

 ブゥオ、ブゥオ、ブルロォオオオオオッ!

 砦の床や壁を切り裂き、氷嵐(アイス・ストーム)は荒れ狂った。
 嵐の目が体から杖に移ると同時に、ジョゼフめがけて杖を振り下ろす。
 ......わずかコンマ数秒の間に為されたことである。しかもジョゼフは、ついさっきまでタバサの腕をつかんでいた程に、すぐ目の前にいるのだ。
 回避も防御も間に合わないはずだった。
 しかし。

「......!?」

 ジョゼフの姿が消え、嵐は、無人の空間を通り過ぎてゆく。

「すごいじゃないか! さすがはシャルルの娘だ! 俺の娘とは大違いだなあ!」

 感嘆の声は、後ろから聞こえた。
 振り向くより早く呪文を唱え、タバサは風の刃を放つ。
 ......だが、これも虚しく空を切る。杖に遅れて後ろを見れば、そこにジョゼフの姿はない。
 慌てず騒がず。
 タバサは周囲を見回す。足もとにも天井にも目をやるが、ジョゼフは見当たらない。
 もちろん、見つけしだい攻撃できるよう、次の呪文も唱え終わっており......。

「今のお前の成長ぶりを見たら、シャルルも喜ぶだろうな」

 声は、耳元で聞こえた。
 急いで魔法を放とうとするが、出来なかった。

「......杖がない!?」

 いつのまにか、タバサの杖は、ジョゼフの手に握られていたのだ。

「今日のところは、これくらいにしておこうじゃないか」

「......ぐっ!?」

 タバサ自身の杖が、彼女のみぞおちに叩き込まれる。 
 意識を失い、崩れ落ちるタバサ。
 その身を支えながら、ジョゼフはつぶやく。

「......面白くないな。シャルルの娘と本気で遊べば、少しは楽しめるかと期待したのに......」

 ふと、ジョゼフの頭に、一つのアイデアが浮かぶ。

「そうだ。せっかく余のミューズが近くにいることだし......こういう余興はどうかな?」

 その場にタバサを横たえて。
 ジョゼフは、天秤砦をあとにした。

########################

 一方その頃。
 ルイズたち三人は、次の砦へと進んでいた。
 双児砦で別れた二人を心配に思う気持ちもあるが、今は、少しでも早くハヴィランド宮殿に行かねばならないのだ。
 しかし......。
 
「なんだこりゃあぁぁっ!?」

 第四の砦、巨蟹砦。
 そこに入った三人は、思わず足が止まってしまう。

「不気味なところね......」

 サイトに続いて、ルイズもつぶやいた。
 石造りの砦である。そこまでは、これまでの三つと同じだ。
 ただ、彼らが驚いたのは、壁の装飾。
 そこには......無数の白い仮面が飾られていたのだ!

「......何かね? この趣味の悪い仮面の数々は」

 恋人から『服装の趣味が悪い』と思われている男が、そう感想をもらした。

「ギーシュ!?」

「追いついたのか! ......っつうか、タバサは?」

「うん......彼女とは......離れ離れになってしまってね......」

 合流したギーシュは、思わず口ごもる。
 が、今はこんなところで立ち話をしている場合ではない。 

「......とりあえず、先に進みましょう」

「いや、そうはさせない」

 ルイズの言葉に呼ばれたかのように。
 四人の前に、一人の男が立ちはだかった。
 長身の黒マントをまとった人物である。マントの中から長い魔法の杖が突き出ている。白い仮面に覆われて、ほとんど顔は見えないが......。
 頭にかぶった、つばの広い羽根つき帽子が、その正体を明らかにしていた。

「ワルド! あなた、ワルドじゃないの!」

「てめえ、よくも......」

「まっ、待ちたまえ!」

 ルイズとサイトの表情が変わったのを見て、男は慌てて、

「君たちは何か勘違いしているようだが......私はワルド子爵ではない! 巨蟹砦の番人......通称『白マスク』!」

 かっこつけて、バサッとマントをひるがえす。

「おい。『白マスク』ってなんだよ」

「だからワルドなんでしょ?」

「通称......ということは、偽名ということだね」

「もう全然素敵じゃないわ」

 四人から総ツッコミをくらうが、『白マスク』は聞き流し、スッと懐から何か取り出した。それは赤い箱のような物体で、触手のような突起が何本もついている。

「......カニ?」

「何を言っている。これは魔道具......死の世界(ヴァルハラ)へと君たちをいざなう魔道具だ!」

 言って突起の一つをひねる『白マスク』。
 途端、周りの景色が一変する。

「何よ、これ!?」

「僕たちは砦の中にいたはずだが......」

「熱っ! 熱いぞ!?」

 いつのまにか、ルイズたち四人は、真っ赤な火山地帯に送り込まれていた。
 遠くに見える山の頂上近辺まで、赤い岩肌と黒い溶岩石が延々と続いている。辺りは白く濁った霧と、むせるような熱気に包まれており、赤く焼けた溶岩流がいたるところで噴出していた。
 慌てる四人の前で、

「ここならば、君たちもまともには戦えまい!? レコンキスタ最強の風メイジと呼ばれたワルド子爵......彼を倒した伝説のガンダールヴを前に、まともに戦おうとするほど、私も愚かではないのだ!」

 仮面からのぞく口元を、笑みの形に歪める『白マスク』。

「だから......ワルドはあんたでしょ?」 

「自分で自分のこと『レコンキスタ最強の風メイジ』だなんて......」

「......ひどい自演を見た」

「......き、貴様ら! 言っておくが、ここは、ただの火山地帯ではないぞ! あそこにある火山は、ヴァルハラへの入り口なのだ! あの火口に落ちたら一巻の終わりである!」

 言って『白マスク』は、遠くの山をビシッと指さした。
 しかしこれに対しても、ルイズたちは、しらけた表情を見せる。
 地獄への入り口であろうがなかろうが、火山の火口に落ちたらおしまいのは、当然の話なのだから。

「......ま、確かに戦いづらい場所ではあるが......」

「うんにゃ。気にしたら負けだぜ、相棒。......どうせ幻だ」

 剣を構えてつぶやくサイトに、その剣がアドバイスを送る。
 その言葉で、ルイズも気づいた。

「......あの魔道具ね! あれは私たちを現実の火山地帯に送り込んだわけではなく......ただ、そういう幻覚を見せてる、ってだけなのね?」

「そういうこった。......まあ幻っつっても、熱いと思っちまえば熱いし、ここで死ぬほどの大ヤケドしたら、ショック死しちまうかもしれねーがな」

「なんだよ、デルフ。それじゃあんまり変わらないじゃん」

「いいえ、サイト。大違いだわ。だって......」

 ルイズは、グルリと周囲を見回す。

「......まだ実は巨蟹砦の中にいるというなら、ワルドなんか無視するか、あるいはサクッと倒すかして、次の砦へ進めばいいだけだもん」

「フフフ......そう簡単に私を倒せるかな? この蒸せるような熱さの中で......」

「そういうことなら、あたしの出番ね」

 ルイズと『白マスク』との間に流れる因縁めいた空気を破って、キュルケが一歩、前に進み出る。

「あたしは『火』のメイジだから。この程度の熱さ、なんでもないわ。......ルイズたちは先に行きなさい!」

「そう? じゃ、ここはあんたに任せるから!」

「......でも、どっちへ行ったらいいんだ? 火山の幻で隠されてるから、どこが砦の出口だかわかんねーぞ?」

「馬鹿ね、サイトは。さっきだって、デルフには幻が効かなかったじゃない。そうよね、デルフ?」

「おう、娘っ子の言うとおりだぜ。このデルフリンガーさまには、出口がハッキリ見えらあ!」

 ルイズとサイトとギーシュの三人は、デルフリンガーの示す方向へと走り出した。

「そうはさせん!」

 猛る風が、三人めがけて吹きすさぶ。『白マスク』の放った『ウインド・ブレイク』だ。
 だが。

「それはこっちのセリフよ!」

 キュルケが『炎壁(ファイヤー・ウォール)』の呪文を唱え、地面から幾筋もの炎が立ち上った。三人と『白マスク』との間で壁となり、『ウインド・ブレイク』を寄せつけない。

「生意気な!」

 風の魔法が飛ぶ。
 三人を守ることに手一杯だったキュルケは、まともに食らってしまった。
 壁に叩きつけられ、床に転がる彼女を見て、『白マスク』があざ笑う。

「ガンダールヴや虚無のルイズならばともかく......その取り巻きの学生メイジごときが、この俺に勝てるものか!」

「......あら。あたしも......ずいぶんと見下されたものね......」

 泣きごと一つ口にすることなく。
 痛みをこらえて、キュルケが立ち上がる。

「ルイズの取り巻きだなんて......それはツェルプストーの女に対する、最大の侮辱でしてよ」

 彼女はチラリと、ルイズたちが行った方向に視線を向けた。
 もう三人の姿は見えない。

「あたしはキュルケ......『微熱』のキュルケよ! ......覚えておいてね? あたしの『火』は、すべてを燃やし尽くすのよ。三人が立ち去った今なら......あたしも思いっきり戦えるわ......」

「これで仲間を巻き込む心配もない......とでも言いたいのか!? 自分の力量もわからぬとは、やはり世間知らずの学生だな! まるで力を隠していたかのような、その口ぶり......なんとも滑稽だよ!」

「そういう意味じゃないわ」

 彼女の口元に、妖艶な笑みが浮かぶ。まるで恋の業火で獲物の男を焼き尽くす、いけない魔女のように。

「アルビオンには連れて来なかったけど......」

 周囲の景色を見回しながら、彼女は言う。

「あたしの使い魔は火トカゲ......それも火竜山脈のサラマンダーなのよ」

 使い魔とメイジは一心同体。
 火竜山脈のサラマンダーを使い魔としたキュルケにとっても、もはや火竜山脈は故郷のようなもの。
 火竜山脈とよく似た幻影が、今、キュルケの精神力を高めていた。

「き......貴様......」

 思わず声を上げる『白マスク』。
 キュルケの背後に、彼女の纏う魔力のオーラが見えていたのだ。
 ......まるで火竜のような形をしたオーラが......!
 それは風のスクウェアである『白マスク』をも怯えさせるほどであり......。

「これでは、まるでお前はドラゴン......ドラゴンの火メイジではないか!」

 絶叫する『白マスク』の身は、キュルケの炎に呑まれて消滅した。

########################

「そんなバカな! あんたは死んだはずだ! 俺はその場を見てたんだ!」

 第五の砦、獅子砦に突入したルイズたち三人であったが......。
 そこを守護する番人の姿を見た途端、サイトは大きく叫んでいた。
 声こそ出していないが、ルイズも驚きの色を顔に浮かべて、足を止めている。

「どうした? 二人の知り合いなのかね......? たしかに、どこかで見たような顔ではあるが......」

 不思議そうなギーシュ。
 ルイズが我に返り、彼に説明する。

「......ウェールズ皇太子よ......あれは......」

「なんだって!?」

 そう。
 三人の前に立つ、涼しげな目元の美男子......それは、死んだはずのウェールズであった。
 彼はルイズたちの方へ、ゆっくり歩み寄り、

「驚いたようだね。僕は落ち延びたんだ。死んだのは僕の影武者さ」

「そんな......嘘......」

 ルイズには、とても信じられない。
 いくら亡命を促しても決して首を縦に振らなかった、あのウェールズが......ニューカッスルから脱出していただなんて!?

「よくわからないけど......よかった、あなたが生きていて。俺、嬉しいです」

 一方、単純なサイトはコロッと信じてしまった。

「なんでここにいるのか知りませんが、ともかく、俺たちの味方なんですよね? 俺たち、アンリエッタ女王を取り返しに来たんです。行きましょう、いっしょに!」

 サイトの言葉に、ウェールズはニッコリ笑って、呪文を唱え始め......。

「相棒! 危ねえ!」

「......え?」

 デルフの警告は間に合わなかった。
 トライアングルの『風』が、サイトを吹き飛ばし、壁に叩きつける。

「......サイト!」

 慌てて駆け寄るルイズ。よくわからないまま、とりあえずギーシュも。
 そしてウェールズは、微笑みを崩さずに、

「アンリエッタを取り返すとは......おかしなことを言うね。返すもなにも、彼女は彼女の意志で、僕につきしたがって、アルビオンに来たのだ」

「なんですって!?」

 驚くルイズであったが、彼女は、ウェールズの言葉の意味を頭の中で反芻する。
 追っ手に差し向けた衛士たちが全滅したため、アンリエッタ誘拐の詳細は、今まで不明となっていた。
 なぜ女王は簡単にさらわれてしまったのか。悲鳴を上げることもなく、抵抗することもなく......。
 その理由も、ウェールズが一枚かんでいたというのであれば、すべて説明がつく。死んだはずの恋人が迎えに来たので、アンリエッタは、その誘いを断れなかったのだ。
 しかし......。

「......本物のウェールズ皇太子が......そんなことするはずないわ。あんた......いったい何者!?」

「ルイズ! ウェールズ皇太子に向かって『あんた』とは不敬ではないかね!?」

 横で慌てるギーシュには取り合わず。
 ルイズは、目の前のウェールズを睨みつける。

「僕はウェールズだよ。クロムウェル閣下の親衛隊の一人さ」

 胸を張って言う彼に対して、

「......つまり操られてるってことか......」

 ルイズの後ろで、サイトが立ち上がる。

「なら、俺があんたの目を覚まさせてやる! ちょっと荒っぽいやり方だけどな!」

 ウェールズに斬りかかるサイト。

「ああ!? サイトまで! まったく......君たちは......!」

「よく見なさい、ギーシュ。......あれはウェールズ皇太子じゃないわ。それどころか......人間ですらないのよ」

 そう。
 サイトに斬られても、ウェールズは倒れない。
 もちろんサイトは、『操られている』と思ったから手加減しているのだが、それが『倒れない』理由ではない。見る間に傷がふさがっていくのだ。
 その様子を見て、ギーシュの表情が変わった。信じたくない、とでもいうように首を左右に振り、小さくつぶやく。

「......なんということだ......」

「おい!? どうなってんだ!?」

 一方、サイトはサイトで、目の前の異様な事態に驚いていた。それでも構わず、剣を振るい続けたが......。

「無駄だよ。君たちの攻撃では、僕を傷つけることはできない」

「......くっ!?」

 ウェールズの魔法で、再び吹き飛ばされてしまう。

「おとなしく引き返すのであれば、命までは取らないよ。僕とアンリエッタは、ハヴィランド宮殿で幸せに暮らすのだ。......だから二人の邪魔をせず、帰ってくれないかな?」

 そうはいかない。この『ウェールズ』と一緒になることがアンリエッタの幸せだとは、ルイズには思えないのだ。
 そして、この時。

「あら、いい男じゃないの。彼がこの砦の番人?」

 キュルケが追いついて来た。
 口では軽い言い方をしているが、キュルケの表情は、敵を警戒するメイジのものとなっている。

「......いい男どころか......。不死身の化け物よ。それも......ウェールズ皇太子と同じ姿をした、ね」

「死んだウェールズ皇太子の偽物......ってこと? 悪趣味なことするわねえ」

「君たちは何か誤解しているようだが......僕は本物だよ」

 ルイズとキュルケの会話を聞いて、律儀に訂正するウェールズ。
 まあルイズたちにしてみれば、化け物の変装であれ、蘇った死体であれ、敵であるならば倒すしかない。問題は、どうしたら倒せるのか、ということだが......。

「あー」

「どうした?」

 手の中の剣が突然とぼけた声を上げたので、サイトが反射的に尋ねる。

「思い出した。あいつ、ずいぶん懐かしい魔法で動いてやがんなあ......」

「はい?」

「前に『水の精霊』を見た時、なんかこう背中の辺りがムズムズしたが......。いや相棒、忘れっぽくてごめん。でも安心しな。俺が思い出した」

「なにをだよ!」

「あいつと俺は、根っこは同じ魔法で動いてんのさ。とにかくお前らの四大系統とは根本から違う、『先住』の魔法さ。ブリミルもあれにゃあ苦労したもんだ」

「何よ! 伝説の剣! 言いたいことがあるんなら、さっさと言いなさいよ! 役立たずね!」

「役立たずはお前さんだ。せっかくの『虚無』の担い手なのに、見てりゃあバカの一つ覚えみたいに『エクスプロージョン』の連発じゃねえか」

「じゃあどーすんのよ!」

「持って来てんだろ、あれ。ほら、肌身離さず持ってる、あの祈祷書だ。祈祷書のページをめくりな。いやはやブリミルはたいした奴だぜ。きちんと対策は錬ってるはずさ」

 ルイズは言われたとおりにページをめくった。
 エクスプロージョンの次は相変わらず真っ白だったが、次々とめくっていくと、文字が書かれたページが出てきた。今のルイズたちに必要な呪文が、読めるようになっていたのだ。

「......ディスペル・マジック?」

「そいつだ。『解除』さ」

########################

「あくまでも抵抗するというのか。......残念だが、ならば仕方がない。ここで死んでもらおう」

 ウェールズの魔法が......凶悪なまでに強大な『ストーム』が、ルイズたちを襲う。
 だが。
 サイトが一気にステップを踏んで竜巻の前に飛び出ると、それをデルフリンガーで受け止めた。
 主人が呪文詠唱する間、主人を守るのが使い魔ガンダールヴの役目なのだ。
 謳うようなルイズの詠唱が、サイトの背中に心地よく染込んでいく。
 今のルイズには、もう何も届いていない。己の中でうねる精神力を錬り込む。古代のルーンを、次から次へと口から吐き出させ続けている。

「この子、どうしたの?」

 キュルケが笑みを浮かべて尋ねた。

「ああ、ちょっと伝説の真似事をしてるだけさ」

 ウェールズの魔法を受け止めながら、サイトが、やはり笑うような声で答える。ルイズの『虚無』の詠唱を聞いていると、勇気がみなぎってくるのだった。
 サイトを襲う竜巻は、その威力を増してゆく。だが、なんとか彼が持ちこたえている間に、ルイズの呪文が完成した。
 ルイズが『ディスペル・マジック』を叩き込むと......。
 まばゆい光が輝き、ウェールズの体が床に崩れ落ちた。

「......終わった......の?」

「そのようだね」

 キュルケとギーシュ――この砦では完全な傍観者だった二人――が、言葉を交わす。

「死体に戻った......ってこった」

 デルフリンガーに言われて。
 サイトとルイズ――この砦で奮闘した二人――が、冷たくなった死体の元へ。
 クロムウェルが持つ『アンドバリ』の指輪で、偽りの生命を与えられていた者の成れの果てだった。
 ルイズの『ディスペル・マジック』で、偽りの生命をかき消され、あるべき姿に戻ったのだ。

「......ひでえことしやがる......」

 怒りに心を震わせ、サイトがつぶやいた時。

「......ラ・ヴァリエール嬢? それに使い魔の少年か?」

 ウェールズのまぶたが開いた。

「ウェールズ皇太子!?」

「おでれーた。こりゃおでれーた」

 奇跡である。
 消えていたはずの命のともし火に、ふたたび輝きが与えられた理由は、誰にも説明できなかった。
 もしかしたら、ルイズの魔法が偽りの命を吹き飛ばした時に、わずかに残っていたウェールズの命の息吹に火を灯したのかもしれない。
 そう。あくまでも、それは『わずかに残っていた』ものに過ぎなかった。
 赤い染みがウェールズの白いシャツに広がってゆく。偽りの命によって閉じられていた、彼を死に追いやった傷が開いたのだ。

「......うっすらと記憶がある......君たちにもアンリエッタにも迷惑をかけた......」

 ああ、なんということだ。
 不幸にも彼は、敵の駒となってアンリエッタ誘拐に加担したことを、覚えているというのだ。

「君たちに最後のお願いがある......」

「なんでしょうか、ウェールズ皇太子」

「アンリエッタを......頼む」

 彼の言葉に、ルイズたちは深々と頷いた。

「......気をつけて進みたまえ。次の砦を守るのは......最も神に近いと自称するメイジ......彼に杖を抜かせてはならない......」

 せめてものアドバイスを送って。
 そしてウェールズは事切れた。

########################

 悲しみを乗り越えて、ルイズたち四人は先へ進む。
 第六の砦、処女砦。
 古来より『処女』という言葉は、『攻め込まれたことのない城』の比喩でも用いられるように、鉄壁の守りを意味する言葉でもある。
 その名を冠する砦が、はたしてどれだけ難攻不落であろうか......。
 心配しつつも処女砦に突入した四人の前に、自称『最も神に近いメイジ』が、ついに姿を現した!

「あんたさっきも出てきたじゃないの!」

 思わず叫ぶルイズ。
 処女砦の番人は......ワルドだったのだ。

「『風』は偏在する! しかも一つ一つが意志と力を持っている。......前にも言ったろう?」

「......ようするに、前の奴は分身の一つだった、ってことか。あの『白マスク』......テメエだったと認めるんだな?」

 サイトに言われて、少しだけ「あ、しまった」という顔をするワルド。だが、すぐに平静を取り繕って、

「フフフ......。この俺に......『最も神に近いメイジ』を自称する俺に、お前ごときが勝てるものか。ガンダールヴ! 今日こそ決着をつけてやる!」

「望むところだ! 俺もテメエだけは......」

 サイトが言いかけた時。

 ゴォォォォッ!

 砦全体を、怒り狂う嵐のような竜巻が襲った。

「な......なんだ!?」

 なんとか踏みとどまるサイトたち、そしてワルド。
 この『風』は、ワルドが放ったものではない。もちろん、サイトたち四人でもない。
 では、誰が......?

「『最も神に近い』とは笑止千万! ならば、この私が相手になろう!」

 風がおさまった時。
 その場に、新たなメイジが立っていた。
 長い黒髪に、漆黒のマントをまとったその姿は、なんだか不気味である。まだ若いのに、その不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒たちには人気がないのだが......。

「ミスタ・ギトー!?」

「なぜ......あなたがここに!?」

 ルイズたちが驚くのも無理はない。
 それはトリステイン魔法学院の教師、『疾風』のギトーであった。

「『風』は最強である! 目に見えぬ『風』は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要とあらば敵を吹き飛ばす矛となるのだ!」

「......いやだからそうじゃなくて......」

「風石で浮かぶ国、風のアルビオンで戦うというのであれば......この『疾風』のギトーの出番ではないか!? 風は最強! 生徒たちのピンチに駆けつけたのだ!」

 不敵な笑みを浮かべて、ギトーは言い放った。
 別にピンチじゃないんだけど......と誰かがツッコミを入れるよりも先に。

「ギトーだと!? あの『疾風』ギトーが......生きていたのか!」

 ワルドが叫ぶ。
 まるでギトーが強者であるかのように、そして死んだはずであるかのように。

「いかにも」

「だが......『疾風』には刺客を送ったと聞いているぞ!? 正面から正々堂々と倒すのは難しいが、しかし闇討ちには成功した、と......」

 説明ゼリフを吐くワルド。
 ルイズたちには初耳の話であり、また、こんなふうに「ギトーさん強えええ」と言われても、ちょっとピンとこない。

「愚かな! この『疾風』が、そう簡単に倒されるものか! たとえ倒されたところで、私は何度でも蘇る! 全てを薙ぎ払う『風』で、ヴァルハラの主すら吹き飛ばし、舞い戻ってくるのだ!」

 ようするに、地獄の閻魔すら吹き飛ばして蘇ってくる、ということだ。
 サイトがそう脳内翻訳していると、

「ここは私にまかせて、諸君らは先に進みたまえ!」

「......へ?」

「敵は『風』のスクウェア! 最強たる『風』に勝てるのは、やはり最強と呼ばれた『風』のみ! 諸君らでは到底かなわぬ相手だ!」

 ......以前にワルドには勝ってるんだけどなあ......などという野暮な反論はせず。

「......わかりました。ではお願いします」

 ルイズたち四人は、砦の出口へ向かって走り出す。
 彼らの後ろでは、『風』対『風』の頂上決戦が始まったらしい。ギトーの勇ましい声が聞こえてきた。

「受けよ! 鳳凰の羽ばたきにも匹敵する、この強風を! ......『鳳翼天翔』!」

 ......大げさなネーミングだけど結局ただの風魔法『ストーム』よね......。
 などと思いつつ。
 ルイズたちは、処女砦を駆け抜けた。

########################

 第七の砦、天秤砦。
 ここでもまた、ルイズたちは驚かされる。

「これは......いったい......?」

 床にも壁にも天井にも、激闘の痕跡があった。
 炎で焼かれ、溶かされて。
 氷で凍らされ、砕かれて。
 ......だが、それよりも衝撃だったのは......。

「タバサ!?」

 そう。
 天秤砦の中央に、気絶したタバサが倒れていたのだ。

「......よかった。命に別状はないようだ......」

 駆け寄った四人の中で、最も安堵の表情を見せたのはギーシュである。双児砦でタバサを助けられなかった彼は、ずっと彼女のことを心配していたのだ。

「ただ意識を失ってる......って感じじゃないわね。精神力も枯渇してるみたいだわ」

 タバサの具合を見て、キュルケが言う。その声は、まるで娘を案じる母親のようであった。

「ここで時間を無駄にするわけにはいかないけど......でも、タバサをこのままにはしておけないわね」

 ルイズの言葉に、一同が頷く。
 ならば、誰か一人が残って、面倒を見るべきだ。
 今までの友人関係から考えれば、タバサの世話役はキュルケ......と誰もが思ったのだが。

「では、僕が残ろう」

 その役に名乗りを上げたのは、ギーシュだった。

「......あんたが?」

「そうだ。彼女がこうなったのも......僕の責任なのだから」

 双児砦での出来事を、ギーシュは人一倍、重く受け止めていた。
 強力なメイジではあるが、タバサは少女である。小さなレディである。そしてもちろん、仲間の一人である。

「婦女子や友を見捨てては騎士の恥。このままでは僕の面目が立たぬ。......だからお願いだ、ここは僕に任せてくれ」

「......わかったわ。そういうことなら......」

 気を失っている美少女の横に、女好きの少年を置いていくのは、ちょっと危ない気がしないでもないが。
 ギーシュは単なる女好きではない。騎士道を重んじる貴族なのだ。ギーシュが名誉挽回の意味で残るというならば、大丈夫だろう。
 納得したルイズたち三人は、ギーシュとタバサを残して、天秤砦から去っていった。
 しばらくして......。

「こういうときモンモランシーならば、『水』魔法で癒すのだろうが......僕には何が出来るのかな?」

 ふとつぶやくギーシュ。
 いざ自分一人残ってはみたものの、では、どうしたらいいのか。
 タバサが意識を取り戻すまで横についている......というのは当然として。
 積極的にタバサを回復させる手段は、何かないものだろうか。
 精神力が減少しているだけでなく、冷たい床に放置されて体温が低下しているタバサ。彼女を精神的にも肉体的にも暖めてやる方法は......。

「......いや。それはまずい。とってもまずい気がする......」

 真っ先に思いついたのは、体で体を暖めること。しかしギーシュとタバサでは、なんだか犯罪チックな絵になってしまう。

「それでは......きっとモンモランシーに怒られる......」

 結局。
 横で見守るしかないギーシュであった。

########################

「ここも......何かあったみたいね」

 第八の砦、天蝎砦。
 ここでも激しい戦闘が行われたようで、天蝎砦は半壊していた。

「番人は......倒されちまったのか、とにかくもういないみたいだな」

「油断しちゃダメよ、サイト」

 使い魔の言葉に敏感に反応して、ルイズが注意を喚起する。
 ......なにしろガレキだらけの天蝎砦だ。隠れるところはいくらでもあるのだ。不意を突いて襲ってくるかもしれない......。
 三人は警戒しながら進む。
 だが、何事もないまま、天蝎砦を抜けることが出来た。

「......なんだか薄気味悪いわね......」

 ポツリとつぶやくキュルケ。
 ルイズもサイトも、同じような気持ちだ。
 とはいえ、今は気にしている場合ではない。
 胸の内にモヤモヤした悪い予感を抱えながら......。
 三人は、次へと進んだ。

########################

 第九の砦、人馬砦。
 ここも天蝎砦と同様に、すでに崩壊していた。
 三人が、やはり辺りに気を配りながら進んでいると......。

「あら? 何かしら、あれ......」

 ルイズの目にとまったもの。
 それは、ガレキの間に挟まったオルゴールだった。古びてボロボロ。茶色くくすみ、ニスは完全にはげており、所々傷も見える。

「ここの番人の......遺品ってやつか?」

「......あるいは、先に行った人の落とし物かもしれないわ」

 サイトの言葉に、キュルケが意見をかぶせた。
 そう。
 天蝎砦や人馬砦の惨状を見れば明らかなように。
 誰かが、ルイズたちに先行して、この『十二宮』の中を進んでいるのだ。
 敵か味方か。その謎の人物の落とし物だというなら、オルゴールを調べることで、何かわかるかもしれない......。

「......っつっても、そんなことしてる場合じゃねえだろ。先を急ごうぜ、ルイズ」

 だがサイトが声をかけた時には、すでにルイズは、まるで引き寄せられるようにフラフラと、オルゴールを拾いに行っていた。手にとって、蓋を開ける。

「......壊れてるの? 何も聞こえないわね」

「いいえ、キュルケ。私には聞こえるの......」

 ルイズにだけ聞こえるオルゴール。
 つまりこれは、『始祖の祈祷書』と同じ類のもの......『始祖のオルゴール』!

「で、なんつってんの?」

 サイトの問いかけに、ルイズはゆっくりと答える。

「......『少年たちよハルケギニアを託す』......ですって」

「はあ? 何それ?」

「始祖ブリミルからのメッセージよ」

 ルイズは軽く頭を振る。
 虚無のメイジに向けた軽い挨拶メッセージのようだが......。
 なぜ『少年たちよ』なのだろうか。ブリミルは、女性が虚無に覚醒することを想定していなかったのだろうか。
 まあ、考えてみれば。
 あの『始祖の祈祷書』だって、指輪をはめた読み手にしか見えない最初のページに、「指輪はめてね」と書かれていたくらいである。役に立たない注意書きだったのだから......。
 始祖ブリミルは、お間抜けさんなのだ。
 ルイズは、そう納得することにした。

########################

「不気味っちゃ不気味だけどよ。ラクでいいな、この方が......」

 第十の砦、磨羯砦。
 やっぱり戦闘の後らしく、ボロボロになっていた。
 キョロキョロと周囲に目を向けながら進む三人。

「あら!」

 それに気づいたのは、今度はキュルケだった。
 切れ味よさそうな、立派な剣である。

「これも......先行者の落とし物か?」

「違うでしょ、サイト。そいつの姿がないってことは、ここは片づけて、もっと先へ行ってるってこと。ならば、自分の武器を落としたのに気づかない......っていうのは変だわ」

「なるほど。じゃ、この剣は、ここの番人の遺品ってことか」

 ルイズに言われて、自分の意見を撤回するサイト。なんとなく『先行者』という表現もマズかったかな、という気になってきた。
 とりあえず、武器だというので、左手で触ってみる。ルーンが輝き、情報が頭に流れ込む。
 すると、サイトより先に、デルフリンガーが騒ぎ出した。

「すげえぜ、相棒! こりゃ伝説の聖剣......エクスカリバーだ!」

 名前の意味はよくわからんが、とにかくすごい武器らしい。いつもの「おれでーた!」を連呼している。

「でもさ。俺、デルフがあるからいらないよ。こんな剣」

「そうね。私もメイジだから必要ない」

「......みんながいらないなら、あたしがもらうわ。何かの役に立つかも」

 サイトもルイズも興味を示さない中、キュルケが目を輝かせていた。

「そんなもの拾って自分のものにするだなんて......これだからゲルマニア人は野蛮って言われるのよ」

「あら、ルイズだって、さっきのところでオルゴール拾ってきたじゃないの」

「いっしょにしないで! あれは私向けの特別なオルゴールだからいいのよ!」

「まあまあ二人とも。......っつうかキュルケ、だいたい剣なんか使えるのか?」

 仲裁に入ったサイトが、素直な疑問を口にする。
 キュルケは、ちょっと首を傾げてから、

「こうしたらどうかしら」

 紐で左手に括りつけてみた。
 本当は右手の方が相応しい気がしたが、それでは杖を振るのに邪魔になるので、少し譲歩したのである。

「ほら! これで左手を振っただけで、すぱすぱ斬れるわ。左手に宿る聖剣......ちょっとイイ感じじゃない?」

 こうして。
 聖剣エクスカリバーは、キュルケのものとなった。

########################

 第十一の砦、宝瓶砦。
 ここでも戦いがあったようだが、ここは今までとは違う。
 三人の行く手を阻むように、一人の男が立っていた。

「......この砦の番人か? あるいは、前の二つを荒した犯人か?」

「どちらでもないな」

 サイトの言葉に、男はそう返した。
 青年のように瑞々しい顔をしているが、年齢は四十を過ぎているのではなかろうか。やさしい笑みを浮かべた、青い髪のメイジ......。
 ルイズは、彼に見覚えがあった。といっても、どこで見たのかハッキリとはわからない。髪の色からみてガリアの王族っぽいので、各国の王族が集まる園遊会で見かけたのかもしれない。

「途中に誰かが暴れた形跡があったというなら、それは兄上じゃないかな。この砦の番人を倒したのもそうだろう。僕は兄上に言われて、ここで待っていただけなのだから」

「待っていた......って私たちを? ......それに、兄上って......」

 ルイズの言葉に、男は首を横に振り、

「僕が待っていたのは、君たちではなく......」

 その時だった。

「父さま!」

 後ろからの声に、ルイズたちは振り返る。
 宝瓶砦の入り口に、タバサの姿があった。傍らには、支えるようにギーシュも立っている。ようやく意識を取り戻し、ルイズたちに追いついたのだ。

「おお、シャルロット! 父さんはお前を待っていたのだよ!」

 大きく手を広げるタバサの父......オルレアン公シャルル。
 娘よ我が胸に飛び込んでこい、と言わんばかりのポーズだが、タバサはジッと動かない。

「でもタバサ、あなたの父親は......」

「......もう死んでる」

 キュルケの言葉に、タバサは冷たく返した。

「じゃ、獅子砦と同じってことか? ここはまたルイズの出番で......」

「待って!」

 サイトを遮るタバサ。その叫びには、珍しく感情がこもっていた。

「......私にやらせて」

 そんなタバサを見て、ルイズは小さく頷く。

「......わかったわ。ここはタバサに任せる」

「ええっ!? でもタバサは、まだ回復したばかりで......」

 ギーシュが異を唱えようとしたが、ルイズにひと睨みされて、言葉を呑み込んだ。
 シャルルが『待っていた』のがタバサである以上、シャルルとしては、他の四人はどうでもいい。シャルルは、四人を素通りさせて......。

「さあ、シャルロット。これで父さんと二人きりだ。......恥ずかしがらずに、こちらへおいで」

 優しい笑顔で、タバサに向かって足を踏み出す。
 ......生前の父と同じ笑顔だ。しがみつく十一歳の少女を、嬉しげに抱き上げた、あの......。
 タバサの頭の中に、在りし日の光景が浮かぶ。
 しかし。
 タバサはもう、純真無垢なシャルロットではない。今の彼女は、『雪風』のタバサなのだ。
 迷わず呪文を詠唱する。

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 タバサ得意の攻撃呪文。『ウィンディ・アイシクル』。
 あっと言う間もなく、何本もの氷の矢がシャルルの体を貫いた。
 しかし......シャルルは倒れない。
 そして、見る間に傷口はふさがっていく。

「ひどいなあ、シャルロットは。これが久しぶりに再会した父親への挨拶かい? 父さんだってそこまで無慈悲に、攻撃を放つことなんてできないよ」

 まるでタバサの頭を撫でるかのように、彼は手を伸ばした。もちろん、その手はタバサには届かない。

「......そんな子に育てた覚えはないんだがなあ。悪い子にはお仕置きしないといけないね」

 シャルルは両手で杖を握った。
 彼の杖は当世風の小ぶりなものなので、やや不自然にも見える。だが、かつて彼が使っていたのは、節くれだった大きな杖......つまり現在のタバサの杖だ。その頃のクセならば、おかしくはないのかもしれない。
 ともかく。
 両手で握ったまま、シャルルは杖を大きく振りかぶる。頭の上で、杖を握った両手は、ちょうど水瓶の形を成し......。

「......シャルロットは今では『雪風』のタバサと名乗っている......と聞いたよ。だが『雪風』というのであれば、あの程度の『ウィンディ・アイシクル』ではいけない。氷を操るメイジにしては、まだまだ凍気が足りないね......」

 呪文を唱え、杖を振り下ろす!
 水瓶の口から溢れ出した水をも瞬時に凍らせるような、凄まじい凍気のこもった『氷嵐(アイス・ストーム)』が、タバサを襲う!

「......!」

 急ぎ、『アイス・ウォール』を張るタバサ。
 だがシャルルの氷嵐は、タバサの氷の壁など、薄紙のように突き破る!

「シャルロットの氷では、父さんの氷を防ぐことは無理だよ」

 咄嗟に跳び退き、なんとか直撃だけは避ける。
 凍りついたのは、マントの裾だけ。マントの裾だけなのに、絶望的な寒さがタバサの全身を駆け巡る。
 ......なんという冷たさなのか! いったいどれほどの凍気を操れば、こんなことができるのか......。
 バナナでクギが打てます......どころの冷度ではない!

「......絶対零度だ......」

 まるで何かを伝授するかのように。
 ポツリとシャルルがつぶやいた。

「......絶対零度?」

「そうだ。氷を操るメイジであるならば、常にそれを心に留めておくべきだよ、シャルロット」

 シャルルは言う。優しき父の笑顔を浮かべたままで。

「究極の凍気......それが絶対零度だ。おのれの凍気をいかに絶対零度に近づけるか......それこそが、氷を操るメイジにとって一番重要なことなのだよ、シャルロット」

「......」

「見ただろう? 父さんが放った『氷嵐(アイス・ストーム)』を。限りなく絶対零度に近づいた『氷嵐(アイス・ストーム)』を。......もうただの『氷嵐(アイス・ストーム)』ではないので、父さんはあれを『オーロラ・エクスキューション』と呼んでいるけどね......」

 言いながら。
 シャルルはゆっくりと、杖を振りかぶる。

「今の父さんは不死の体だ。シャルロットの『ウィンディ・アイシクル』で貫かれようと、すぐに傷は再生してしまう。でも......さすがに絶対零度で凍結されたら、もう復活できないだろうね」

「......!」

 タバサは悟った。
 目の前の父は、ジョゼフが蘇らせた死体人形。
 だが......ただの人形ではない。
 偽りの命を与えられたこの機会を利用して、タバサを導こうとしているのだ。
 生前にはできなかった指導を。シャルロットが『雪風』となった今だからこそ行う、メイジとしての指導を。

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース......」

 シャルルが呪文を唱えるのにあわせて、タバサも詠唱する。
 まったく同じ呪文を。
 まったく同じ構えで。
 そう。
 シャルルのあの水瓶の構えが、かつて無骨な杖を使っていたころの名残りであるならば......。
 今その杖を愛用するタバサにとっても、同じ構えが、この杖とこの呪文には最適なはずなのだ。

「そうだよ、シャルロット。『オーロラ・エクスキューション』には『オーロラ・エクスキューション』をぶつけるしかない......」

 こうまでして娘を導こうとする、父の想いを受け止めて。
 タバサの精神力が増してゆく。『セブン精神ズ』の位まで。
 タバサの凍気がレベルを上げてゆく。......絶対零度の域にまで!

「オーロラ・エクスキューション!」

 シャルルの叫びを合図として。
 二人は同時に杖を振り下ろした。
 激突する『オーロラ・エクスキューション』と『オーロラ・エクスキューション』。
 その衝撃でタバサは吹き飛ばされ......。
 精神力を使い果たした彼女は、疲労で、再び意識を失った。

「お見事! お見事! いやぁ、たいしたものだねシャルロット! 父さんにだってそこまで完璧に、絶対零度を操ることなんてできないよ」

 ついに絶対零度を身につけたタバサに、シャルルが称賛の声をかける。
 もちろん、気絶しているタバサには聞こえない。シャルルの娘は、安かな寝息を立てていた。
 シャルルは、歩み寄って愛娘の頭を撫でたかったが......。
 でも出来なかった。
 凍りついてゆくシャルルは、もはや一歩も動けないのだ。
 ......凍気で勝るタバサの『オーロラ・エクスキューション』が、シャルルの『オーロラ・エクスキューション』を貫いて、彼に直撃していたのだから......。
 絶対零度の凍気が、シャルルの全身を巡り......。

「思えば......前の時も別れの挨拶は出来なかったな......シャルロット......」

 そしてシャルルは、氷の彫像と化した。

########################

「いよいよ最後だな......」

「ええ。心して行きましょう」

 ルイズたち四人は、第十二の砦、双魚砦に突入した。
 正確な時間は計っていないが、どの砦の攻略にもそれぞれ一時間かかっていないはず。このペースならば、タイムリミットは大丈夫だろう......。
 そんな四人の前に立ちはだかるのは......最後の番人!

「フフフ......とうとうここまで来たのか」

 見事な羽帽子をかぶった、凛々しい貴族の姿があった。
 なんとも逞しい体つきだ。目つきは鋭く、鷹のように光り、形のいい口ひげが男らしさを強調している。
 男の美を体現したような......フェロモンが滲み出た、この人物の名は!

「またおまえかよ!」

 ワルドであった。

「三度目じゃないの! 何考えてんのよ!?」

「もしかして......レコンキスタって人材不足?」

「そうか。ここは最後の砦......つまり、どんな卑怯なことをしてでも死守すべき砦。卑怯と言えばワルド......ってことか」

 しみじみとつぶやくサイト。
 しかし。

「いや、違うな......」

 ワルドは、優雅に首を振って、それを否定する。

「たしかに、ここは最後の砦だ。だが......卑怯とはどういう意味かな? ここは最後の砦だからこそ美しく......ということなのだよ。なにしろ、ハルケギニアで一番美しい戦士は俺だからな」

 キザなポーズを決めるワルド。
 自分が口説けばどんな女でもイチコロだ......と言わんばかりの態度である。
 この瞬間。
 理由はないが、ルイズたちは悟った。今までのワルドは『偏在』であり、今度のワルドこそ本物である、と。

「待て!」

 ワルドの態度が気に障ったのか、ギーシュが一歩、前に出る。

「ハルケギニアで一番美しい戦士......とは聞き捨てならない!」

 薔薇の杖を振るギーシュ。舞う花びらが、無数の薔薇に変わった。
 赤と白と黒。三色の薔薇が、双魚砦の床に敷き詰められる。
 ......見栄えのよくない組み合わせの三色だが、このあたりがギーシュのセンスの無さである。

「どうだ! 僕の方が美しい戦士だろう!?」

 ギーシュは、キザの仕草で構えてみせる。

「いや俺の方が」

 再び男のフェロモンを滲ませて、ポーズを変えるワルド。

「いや僕の方が」

 対抗して、やはり構え直すギーシュ。
 ......いつのまにか、よりキザな仕草が似合うのはどちらか、という競争になっている。

「......どうぞ、どうぞ」

 小さくつぶやいて。
 ルイズとサイトとキュルケは、二人の決着を見届けることもなく、先に進んだ。

########################

 十二の砦に守られたハヴィランド宮殿。
 その一室......元は王の寝室であった巨大な個室で、クロムウェルは頭を抱えて椅子に腰かけていた。
 その体が小刻みに震えている。
 誰もいない、彼だけの部屋で......。
 彼の内なる心の声が、彼に問いかける。

『Who are you?』

「私は一介の司教です......」

 神聖皇帝としての威厳の仮面は、すでに吹き飛んでいた。
 ただ恐怖に怯える、痩せた三十男がそこにいた。

『Who are you?』

「あの酒場で『王になってみたい』などと口にしてしまった......愚かな男です」

 あの時は冗談のつもりだった。
 しかし翌朝シェフィールドがやってきて、地方司教だったクロムウェルの人生は、別の軌道を描き出したのだ。
 以後、彼は言われるがまま、アンドバリの指輪を手に入れ、王家に不満を持つ貴族を集め......。

『Who are you?』

「私は小物......。空の上のこの大陸だけでも小物の私には過ぎたるもの......そんな小物なのです」

 クロムウェルには、アルビオン一国で十分だった。だがシェフィールドは、トリステインやゲルマニアへ攻め込めという。
 ハルケギニアは一つにまとまる必要がある。聖地を回復することが、始祖と神の御心に沿うことになる、と......。

『Who are you?』

「私は聖職者の端くれです。聖地回復は夢であることに間違いはないのですが......」

 荷が重すぎるのだ、クロムウェルには。
 現に今だって......。
 シェフィールドの方針に従って、トリステインから女王アンリエッタを誘拐してきた。そこまではいい。
 トリステインの花、アンリエッタ。かつてゲルマニアの皇帝も嫁に欲しがったという、美しい姫君。そのような女性を我がものにできると思えば、男としてはゾクゾクする。
 もちろん簡単に彼の言いなりになるような女ではないが、アンドバリの指輪があるのだ。
 シェフィールドの話では、あの指輪は、ただ死体を蘇らせるだけではない。先住の『水』の力の結晶であり、生きた人の心をも操れるもの。
 実際にシェフィールドは、アンリエッタを彼らの操り人形とする作業に取りかかり......。

『Who are you?』

「私は! 私は恐いのです! この細い、魔法さえ操れぬただの男である私は恐いのです!」

 なんとシェフィールドは、その大事な作業の途中で突然、姿を消してしまったのだ!
 それまで進めていた計画を放り出していなくなるとは......いったい何が起こったのか!?
 クロムウェルには、まったく理解できない。
 そして、一人では何も出来ない。
 今この瞬間、となりの部屋で眠るアンリエッタに、指一本ふれる度胸すらなかった。それでなくても、彼女が――まだ指輪の効果が及んでいない彼女が――目覚めたらどう対処するべきか、わからないというのに......。
 さらに。

『Who are you?』

「敵が攻め込みました! 我が城に敵が! 女王をさらった私など赦さぬと、敵がやってきたのです!」

 トリステインから、恐るべき四人のメイジが来たのだという。
 自慢の『十二宮』も突破されたという。 
 この宮殿に残った兵士たちだけで、太刀打ちできるはずもない......。

『Who are you?』

「私は......私は......私は......!」

 ......ルイズたちが皇帝クロムウェルの居室に辿り着いた時。
 そこにはただ、壁に向かってブツブツ独り言を唱えるだけの、狂った男の姿があった。

########################

 こうして......。
 四人のメイジと一人の使い魔は、アンリエッタの救出に成功し、無事トリステインへと帰還。
 アルビオンのクロムウェルは滅んだ。

 しかし。
 まるで蒼き海の底から地上を狙う海王のように、ガリア王ジョゼフが......。
 まるで亡者の世界から地上を狙う冥王のように、ロマリアのヴィットーリオが......。
 今、本格的に動き出そうとしている!

 この世に邪悪がはびこる時、必ずや現れるという希望の闘士......虚無。
 現代に蘇った虚無の担い手、虚無の使い魔、そして、その仲間たち。彼らの戦いは、まだまだ続く......!




(「虚無闘士(きょむんと)ルイズ・アルビオン十二宮編!」完)

(初出;「Arcadia」様のコンテンツ「チラシの裏SS投稿掲示板」[2011年11月])

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