おキヌちゃんを主人公とした短編(その2)
『冬の朝の夏の朝』
初出;2009年1月
「ザ・グレート・展開予測ショーPlus」様のコンテンツ「展開予測掲示板」にて
『山の彼方の空遠く幽霊住むと人のいう』
初出;2010年11月
「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」にて
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『冬の朝の夏の朝』

 夏の夜明けは、冬よりも早い。
 まだ早朝なのに、すでに太陽は空高く上り、外ではミンミンゼミが鳴いている。
 そんな夏の朝。

「おはよう......!」

 眠い目をこすりながら、おキヌがドアを開けた。
 制服姿ではあるが、スカーフは結ばれていないし、胸元も大きくはだけている。谷間が少し、顔を覗かせているほどだった。
 それは、一見、着替えを終わらせぬまま急いでやって来たという恰好なのだが......。




    冬の朝の夏の朝




 おキヌを見て、シロが元気に応じる。
 
「おはようでござるっ!!
 ごはんできてるでござるよっ!」

 異常なくらいのハイテンション。
 しかし、これは、半ばカラ元気。
 おキヌの姿の意味を理解しているからこそ、シロは、元気に振る舞おうと思ってしまうのだ。

(おキヌどの......。
 拙者、ちゃんと知ってるでござるよ)

 おキヌの胸元が開いている理由。
 それは......。

「え......また!?
 今日はがんばって
 早起きしたつもりなんだけど......」

(せっかく早起きしたのに、
 今の今まで、先生と
 イチャイチャしてたのでござろう?)

 胸のスカーフを結ぶおキヌに対して、心の中で、シロは、そう問いかけた。
 しかし、口にするのは、全く別の言葉。
 
「拙者、
 居候でござるから当然でござるよ!」

 そして、テーブルの上に料理を並べる。
 ステーキやらミートローフやらトンカツやら骨付き肉やら。

「どんどん食べてください!
 動物性たんぱくと
 脂肪がたっぷりでござる!」

 シロ自身の肉食性ゆえではなく、これは、シロなりの気遣い。
 シロは、おキヌが朝から体力を浪費していると思って、それで、こうしたメニューを用意しているのだ。

「......朝から?」

 うぷっと鼻をつまむおキヌ。

(おキヌどの、大丈夫でござるか?
 今の『うぷっ』は......まさか、
 おキヌどののお腹には、
 既に先生との御子が......?)

 いや、さすがに、それは考え過ぎか。
 頭に浮かんだ可能性を頭の中で否定するシロ。
 シロがそんなことを考えているとはつゆ知らず、おキヌは、シロに頼み事をする。

「明日は私に作らせてね!?
 お願い!!」
「えんりょすることないのに」

 一言だけ返すシロだが、心の中では、

(皆に隠れて、自分だけ
 先生と結ばれておきながら......。
 今さら、遠慮も何もないでござる)

 と、つけ加えるのだった......。


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 ハッ。

 ここで、私は目が覚めました。
 あまりに突拍子もない夢だったので、ふと、カレンダーを確認してしまいます。

(今日は......一月二日だ)

 冬は日が短いためでしょうか。
 まだ外は暗いようです。

(今のが......私の初夢?)

 初夢の定義も、色々あります。
 大晦日から元旦にかけて見る夢だったり、元旦から一月二日にかけて見る夢だったり。
 江戸時代生まれの私には、前者よりも後者の方が相応しいかもしれません。
 そもそも今年の『大晦日から元旦にかけて見る夢』は、私の「美神さんと素敵な初夢見ようと思って」がアダになって、しっちゃかめっちゃかになりました。
 宝船が出てきて、最高の初夢だと思ったのですが、それも最初だけ。
 横島さんを拉致して、神様を脅して、宝船を乗っ取って......。
 初夢どころか『夢』ですらない感じでした。

(でも......今のも
 変な夢だったな)

 お正月なのに、夏の夢を見るなんて。
 冬の朝に、夏の朝の夢を見るなんて、なんだか季節外れです。
 しかも不思議なことに、私はシロちゃんの気持ちになって、私のことを見ていました。 
 だいたい、なんでシロちゃんが登場したんでしょうか。
 私が人間に戻った後、もうシロちゃんとは会っていないのに。

 そのシロちゃんが、事務所に居候してるとか。
 私と横島さんが、その......そーゆー関係になってるとか。

 おかしいですよね。

 どっちも同じくらい、有り得ないですよね。
 これが正夢になる可能性なんて......ないですよね?




(冬の朝の夏の朝・完)

(初出;「ザ・グレート・展開予測ショーPlus」様のコンテンツ「展開予測掲示板」[2009年1月])

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『山の彼方の空遠く幽霊住むと人のいう』

 彼女は幽霊である。名前はまだ無い。
 とはいうものの、幽霊としての正式な名前――死者におくられる戒名――が『無い』だけであり、ちゃんと生前は名前があった。
 普通の人間だった頃......彼女は、おキヌと呼ばれていた。




    山の彼方の空遠く幽霊住むと人のいう




 どこでどう死んだのか、彼女自身にも、とんと見当がつかぬ。なんでも、山の噴火を鎮める儀式で人柱になったらしい......ということだけは記憶しているが、どうも曖昧である。
 それもそのはず。実は、単純な『山の噴火』ではないのである。普通の『人柱』ではないのである。『儀式』自体も、途中で邪魔が入って大変だったのである。
 わかりやすく漫画で説明しても三十ページ近く費やすほど、ややこしい話なのだが......。当の彼女は、ケロッと忘れていた。
 ただただ単純に、

『私のような霊は、
 普通は地方の神様になるはずなのに。
 才能なくて、成仏できないし、
 神様にもなれないし......』

 と思い込んでいたのである。
 そして、彼女自身の認識が微妙に間違っているとしても、おキヌが山から離れられないことだけは確実であった。


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 緑広がる草原の中、ポツンと佇む小さな湖。
 そのほとりに腰を下ろし、おキヌは、ボウッと湖面を眺めていた。
 山に括られた霊ではあるが、一点に縛りつけられているわけではない。人間が暮らす辺りまで降りて行くことも可能であった。だが、いたずらに生者を驚かすことは、おキヌの本意ではない。
 そんなわけで、こうして大自然を満喫するのが、彼女の日常であった。

『あれは......確か......』

 左手に見える堤防の近くには、秋に花を咲かせる野草が生えている。どうやら、気の早いものも居るようだ。まだ夏も終わらないのに、青紫色の可憐な花が、既にチラホラと開き始めていた。

『......リンドウの花?』

 小首を傾げながら、つぶやくおキヌ。
 悲しんでいるあなたを愛する、それがリンドウの花言葉だ。しかし彼女は、江戸時代の幽霊である。当然、花言葉など知る由もなかった。

『きれい......』

 と、素朴な感想を口にするだけである。
 そんな彼女に、背後から話しかける者があった。

『お嬢ちゃん......一人かね?』


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 幽霊に話しかけるとは、なんとも豪気なものである。
 そんな考えをチラッと頭に浮かべながら、振り向いたおキヌ。だが、彼女の目に入ってきた姿は、人間のものではなかった。
 全身が毛むくじゃらの、四つ脚の生き物。目鼻口の位置はおかしくないが、耳は顔の横ではなく、むしろ上の方にある。髭も異様に長く、ピンと両横へ突き出していた。

(これって......)

 おキヌの心中を察したかのように、それは自己紹介を始める。

『吾輩はネコである』

 ......あれ?

(猫......?)

 おキヌは不思議に思う。
 この『ネコ』は、鼻先を突き出したような顔つきをしており、半開きの口から覗く前歯は、中央の二本だけが強く自己主張している。顔の部品で同様に目立つのは瞳であり、丸く小さく黒一色に輝いていた。
 可愛らしい生き物ではあるのだが、おキヌの記憶にある猫というものとは、どこか異なる気がするのだ。
 とはいえ、おキヌが生きていたのは、ずいぶん昔の話である。永い時の流れの中で、猫がこのような進化を遂げたのかもしれない......?
 そんな疑問が、表情に出たのであろう。

『......違うぞ、お嬢ちゃん。
 名前が「ネコ」なのだ。
 種族は......』

 ああ、なるほど。
 ネズミなのか。
 子(ね)の子(こ)だから、ネコと名付けられたのか。
 あまりに単純な命名法であるが、おキヌにも理解できる話であった。
 ......だが。そんな思惑は、続く言葉で打ち消される。

『......生きていた頃の種族は、ハムスター。
 これでも吾輩は、
 誇り高きゴールデンハムスターの端くれである』

 エッヘンと胸をはるネコであった。


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 彼女がハムスターというものを見たのは、これが初めてである。しかもあとで聞くところによると、ゴールデンハムスターとはハムスターの中で最もよく知られる種族であったそうだ。このゴールデンハムスターというのは昔々に母親一匹と子供たちが捕獲されて、そこから繁殖した子孫がペットとして広まったという話である。
 しかし、この時は、そこまで知らなかったから別段かわいそうとも思わなかった。
 ただ、

(言われてみれば......
 体の毛の色が、ネズミっぽくないかな。
 むしろ......三毛猫みたい?)

 と感じたばかりである。
 そんなことより、もっと大切なことがあった。

(ああ、そうか。
 ネコさんも......幽霊だったんだ)

 ネコの『生きていた頃の種族は』という言葉で、ようやく気付いたのである。
 なるほど、よくよく考えてみれば、動物が人語で話しかけてきた時点で不思議に思うべきであった。お互いに幽霊だからこそ会話が成り立ったのだろうと、おキヌは納得する。
 ともかく。相手が名乗った以上、こちらも名前を告げるのが礼儀である。

『私はキヌといって、三百年前に......』

 と、彼女は語り始めた。


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『......というわけなんです』
『なるほど。
 それでは......ずっと
 この山で暮らしてきたわけか』

 生前の記憶などボンヤリな、おキヌである。彼女の身の上話は、あっというまに終わった。 

『人間の一生はハムスターより長い......。
 それくらいは我輩も知っていたが、
 お嬢ちゃんの場合は特別だな。
 ......死んでからの方が、
 はるかに長いのだから』

 おキヌの隣に座り込んだネコ。背中を丸めた姿勢は一見だらしない格好であるが、何か考え込むかのような表情は、まるで哲学者のようでもある。

『......ふむ。
 こうして聞いてみると、
 他人の幽霊事情というのも
 なかなか興味深い......。
 では、吾輩も語るとするか』

 そうして、話の始めに、いたずらっぽく笑ってみせた。

『実はな......吾輩も、
 ここで幽霊になったのだ。
 ......ある意味、お嬢ちゃんとは同郷だな』
『えっ......?
 ネコさんも......この山で!?』
『うむ。
 もちろん、時代は全く異なるが。
 この山......しかも、まさに、この場所だ』

 ネコは、チラッと周囲を見渡す。在りし日を思い出しているのだろうか。
 それから山の彼方の空へと視線を向けて、遠い目のまま、説明を続けた。

『吾輩の飼い主は、まだまだ幼い少女でな。
 気の優しい、いい子だった。
 しかし可哀想なことに......』

 ネコの話によると。
 その少女は、生まれながらにして病弱だった。遺伝だったようで、ネコが貰われてきた時には、既に両親も他界していた。
 他の子供のように、外で活発に遊ぶこともできない。なかなか友達も作れず、また、もともと兄弟姉妹もいなかった。
 親戚の屋敷の一室で、年の離れた召使いに世話されながら、一人寂しく暮らしていたらしい。

『......ある意味、吾輩が
 初めての友人だったのかもしれん。
 そんな状態だったから、
 吾輩のことも大切に大切に......
 まるで人間であるかのように扱ってくれた』

 体が弱いので外出することなど滅多に無い少女だったが、たまの機会には、いつもネコを伴っていた。
 この湖畔にも、何度か訪れた。ひとけの少ない場所なのをいいことに、ネコをカゴから出して、広い野原で遊ばせていたのだ。

『吾輩が駆けずり回るのを、
 本当に幸せそうに眺めておった。
 ......自分が激しい運動できない分、
 吾輩に自己を投影していたのだろうな』

 ネコ自身も、体を動かすことを好ましく感じていた。飼育カゴの回し車からも明らかなように、そもそもハムスターとは、そういう生き物である。 

『......だがな、彼女は知らなかったのだ。
 吾輩の一族は太陽が苦手だ......ということを』

 元来、ハムスターは夜行性。進化の過程で、視力も低下している程である。
 直射日光にも弱いのだが、ネコ自身、理解していなかった。だから、日光浴も、少女と一緒になって楽しんでいた。それが死へのカウントダウンだとも気付かずに。

『あの日も、いつもと同じだった。
 しばらく遊び回った後、
 彼女の方を見たら、合図が出ていてな......』

 ニッコリ笑いながら、自分の膝の上をポンポンと叩く少女。
 彼女の意図を理解して、ネコは、指定の場所に跳び乗った。

『二人でボウッとお日様にあたる......。
 これも、いつもどおりのことだった。
 ......少し苦しくなる時もあるのだが、
 遊び疲れただけだと思っておった。
 ただ、その日は......いつもより酷かった』

 次第に体が重たくなる。眼のふちがピリッとする。耳が痺れる。子守歌を唄いたくなる。夢の中で踊りたくなる。ワタシマケマシタワと云う気になる。いろいろになる。どうも変だ。

『陶然とはこんな事をいうのだろうと思いながら、
 目を閉じて......そのまま永遠の眠りに落ちた』


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 ここでネコは、いったん言葉を区切った。
 一瞬の沈黙が、場を支配する。
 おキヌの表情が曇り、それに気付いたネコが、前脚を器用に振ってみせた。

『いやいや、そんな顔をする必要はないぞ。
 お嬢ちゃんも知ってのとおり、
 死は終わりを意味するものではない。
 むしろ......。
 不可思議な太平の、その始まりなのだから』

 最初は、ネコにもわからなかった。
 苦しいのだかありがたいのだか、何が何だか見当がつかない。湖畔の草原にいるのだか、少女の部屋にいるのだか、判然としない。
 ただラクである。いや、ラクという感覚すら無かった。

『あえて言葉にするならば......太平だな。
 ここで......ようやく、
 ああ吾輩は死んだのか、と理解した』

 死んでこの太平を得た。太平は死ななければ得られなかった。ありがたいありがたい。

『......となると、
 何も慌てて成仏することもない。
 さて、これから何をしようか、と考えて......。
 吾輩は、彼女を見守ることにしたのだ』

 つまり、少女の守護霊になったのである。
 とはいえ、何か特別なことをするわけでも出来るわけでもなかった。
 まあケガや病気から守れば良いのだろうが、そもそも部屋に閉じ篭って暮らす少女である。交通事故に遭う心配など、まず無い。病気に関しては、先天的に体が弱いのを治せたら良かったのだが......。そのような能力など、おしかけ守護霊のネコには皆無だった。

『そんなわけで、な。
 ただただ彼女のそばに居る。
 ......それが全てだった』


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(守護霊......か。
 考えようによっては、私も......)

 ネコの話を聞きながら、おキヌは、ふと思う。
 自分は、この山の神様になるはずだった。山の守り神......つまり、山を守護する者。これも、一種の守護霊と言えるのではないだろうか。
 
(『神』じゃなくて『霊』だけど、でも。
 この辺り一帯をきちんと守っていけたら、
 ......それはそれで、いいのかな?)

 自分が幽霊になって以来、この地方に、何か大きな災いがあっただろうか?
 とりあえず、地震も噴火も無い......はずだ。ただし、おキヌが覚えているかぎりの範囲の話である。

(......でも私の記憶、曖昧だからなあ。
 何か大切なことを忘れてるような、
 そんな気もするんだけど......)

 やっぱり、少し心配になる。
 だが、今、それ以上おキヌが深く考えることはなかった。ネコの話が、再び佳境に差し掛かったからである。


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『......我輩が死んでから、
 半年ほど経った頃だったかな。
 彼女の具合が、急に悪くなったのだ』

 もはや少女は、ベッドから出ることも難しい状態となった。朝から晩まで横になっている日も、多くなってきた。

『ハムスターにしては賢いと自負しているが
 ......さすがの我輩でも、
 人間の医学のことはよくわからん。
 霊や魔物の仕業なら、それこそ守護霊として
 我輩が立ち向かうつもりだったが......』

 別に悪霊に取り憑かれたわけでもないし、死神が訪れるようになったわけでもない。ネコに出来ることは、何も無かったのである。

『......だがな。
 皮肉なことに......彼らには、
 それがわからなかったようだ』

 ある日。
 いつもの医者とは違う人間が、少女の部屋へ連れられてきた。
 大抵、医者というものは白い衣をまとっている。だが、その男が着ていた服は、逆に真っ黒だった。

『何か先の尖った道具で、
 部屋中を調べていたようだ。
 それから......そいつは、なんと
 我輩の方を指し示して叫んだのだ。
 「ここにネズミの悪霊が居ます」と!』

 ネコとしては、守護霊のつもりだったのに......!
 どうやら、病気を悪化させるような、悪い幽霊だと誤解されたらしい。

『......ひどい話ですね』

 ここまで黙って聞いていたおキヌも、思わず口を挟んだ。
 だが。

『お嬢ちゃんも、そう思うだろう?
 ......本当に、けしからん話だ。
 今思い出しても、腹が立つ!
 よりにもよって......我輩を
 ネズミごときと同一視するとは!!』

 ネコが憤慨するポイントは、ネズミ扱いの方だったようだ。これには、おキヌも内心で苦笑し謝罪する。何しろ、彼女も最初は――ハムスターを知らなかったとはいえ――同じように勘違いしたのだから。
 そんな彼女の心の中などつゆ知らず、ネコの話は続く。

『それから、そいつは......』

 ここで、ネコの態度がガラリと変わった。
 たった今までは、プンプンしていたのだが......。

『......彼女の部屋にペタペタと、
 オフダというものを貼ってな。
 我輩を閉め出してしまったのだ』

 哀しそうに言葉を吐き出し、ショボンと肩を落とすのであった。


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(ああ、そうか......。
 そういう事情だったんですね)

 大好きな飼い主の守護霊を務めていたネコである。それが、こんなところで独りでフラフラしていたのだ。
 よくよく考えてみれば......。何かあって別れさせられたのだという結末くらい、容易に推測できただろう。

『フッフッ......お嬢ちゃんまで、
 そんな哀しそうな顔をする必要はないぞ。
 強制的に祓われなかっただけ、
 まだ運が良かったと思えばいい。
 それに......』

 カラ元気を見せたネコだが、それが再び消える。

『あの部屋に我輩が居続けたところで、
 ......何の役にも立たなかったからな』

 短命な家系であるというなら、少女の体が良くならないのも悪くなったのも、ある意味仕方のないことである。
 それでも、ネコは、守護霊として何も出来なかった自分を責めている......いや、責めたいのかもしれない。

『どうせ彼女の様子を見に行けないなら、
 もう成仏してしまおうか......とも思ったが。
 心残りがあると、それも出来ないものだな。
 今頃、どうしていることやら......』
 
 と、空を見上げてつぶやいた時。
 ネコの背中に、言葉が投げかけられた。

『......やっぱり!
 ここだったのね!!』


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 ネコと共に、おキヌも振り返った。
 そこに居たのは、麦わら帽子を頭に乗せた少女。おキヌより少し若いくらいだろうか。わずかに青みがかった黒髪を、三つ編みにして垂らしている。清楚なワンピースは青紫色で、ちょうどリンドウの花と同じだった。

『おお、ナツネ!!
 ......元気になったのか!?』

 ネコが、喜々として声をかける。
 だが、おキヌは気付いてしまった。

(あ!
 この子も......)

 どう見ても幽霊です。

『......ありがとうございました。
 ネコと、遊んでくれてたんでしょう?』

 と、笑顔を見せる少女。死んでいるとは思えぬくらい朗らかに、ペコリとお辞儀する。

『はじめまして!
 私は、高関(こうせき)菜津音(なつね)。
 ......ネコの一番の友だちです!!』
『ナツネ......お前は......』

 一方、ネコは複雑な表情を見せていた。
 ネコも菜津音が幽霊であると気付いて、落胆したのだろう。同時に、彼女が『飼い主』ではなく『一番の友だち』と自己紹介したのを聞いて、嬉しくも思ったのだ。
 そんなネコに、菜津音が手を伸ばす。

『迎えに来たのよ、ネコ!
 私たちは、ずうっと一緒。
 今までも、そしてこれからも!
 だから......一緒に逝きましょう?』
『おっ......おぅ』

 右腕でネコを抱きかかえた彼女は、空いている方の手を、おキヌへと差し出した。

『あなたも、一緒に逝く?』

 成仏の同行のお誘いである。
 もちろん、おキヌは首を横に振った。二人の邪魔をしたら悪いから......なんて気を利かせたわけではない。ここに地縛されているから、おキヌには無理なのだ。
 そんなおキヌの姿を見て、

『このお嬢ちゃんは......』

 ネコが菜津音に耳打ちしている。おキヌの事情を説明しているのだろう。

『そう......。
 じゃあ、私たちだけで逝くわ。
 ......会ったばかりなのに、
 なんだかバタバタしちゃってゴメンね!』
『おいナツネ、もう行くのか!?』
『そうよ!
 だって......天国では、
 お父さまとお母さまも待ってるはずだから!』

 言葉を交わしながら、フワッと浮かび上がる菜津音たち。
 二人に対して、おキヌは手を振った。

『ネコさん、菜津音さん!
 さよ〜〜なら〜〜』
『あなたも......元気でね!』
『達者で暮らせよ、お嬢ちゃん』

 二つの魂が、今、天へ昇っていく。

(あっというまに、あんなに高く......)

 地上のおキヌから見たら、もう、豆粒のように小さい。
 まだ二人の声は聞こえていたが......。

『そうだ!
 ここから離れたいなら......
 誰かと入れ替わればいいんじゃないかしら?』 
『それは名案だな、ナツネ! 
 世の中は広いのだから、
 替わってくれる人も居るはず......』
 
 それが、おキヌの耳に届いた最後の会話だった。


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(誰かと......入れ替わる?)

 ひとりぼっちで、青空を見上げながら。
 おキヌは、二人の言葉を反芻していた。

(そんなこと、出来るのかな?)

 山に括られてはいるが山の神にはなれなかった......と認識しているおキヌである。この地を守る者として自分が最適だという考えは、全く頭にない。むしろ、誰でもいいから替わってもらったほうが良いとさえ、思ってしまう。

(ようし......)

 せっかく二人が提案してくれた方法である。しかも、それが二人の最後の言葉......ある意味『遺言』なのだ。遺言を実行しないのは、不義理である。

(ネコさん、菜津音さん!
 ......見ててくださいね。
 私も、いつか......
 そちらへ行きますから!!)

 と、心に誓ったわけだが......。


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「どうだい、
 ボクの新しいフェラーリは?」
「ステキよっ!
 もっと飛ばしてっ!
 感じちゃう〜〜っ!!」

 山道とは思えぬスピードで疾走する車。
 男は、自身の運転技術を見せつけることしか頭にない。助手席の女も、ひたすら男を煽るばかり。
 二人して「安全運転なにそれ美味しいの?」という状態であった。

 ドドドォ......キュルッ......ブオオォ。

 危険なカーブも、たいして速度を落とさぬまま曲がりきる。
 なるほど、男の腕前は見事なのかもしれない。だが、周囲への注意は散漫であり、少し先にある道路標識も、全く目に入っていなかった。

『落石注意』

 それは、落ちてくる岩に気をつけろという意味ではない。道に岩が落ちてるかもしれないから気をつけろという意味だ。
 実際、次のカーブの死角には、大きな岩が鎮座している。このままでは、二人の車は衝突することになるのだが......。

 ズッ......ズズズッ......。

 突然、動き出す大岩。
 まるでポルターガイスト現象だ!
 道路の端へ、山肌のくぼみへと移動する。
 
「どうだい、
 ボクの華麗な走りは?」
「ステキよっ!
 このまま飛ばしてっ!
 ますます感じちゃう〜〜っ!!」

 車が問題の箇所を抜ける頃には、障害は完全になくなっていた。
 かろうじて助かったことにも気付かぬまま、二人は、走り去って行く。


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『ああ......また失敗......。
 死んでいただくどころか、
 むしろ......』

 元々おキヌは悪霊ではない。性根の優しい幽霊である。成仏できないのも未練や名残りがあるからではなく、特殊な事情ゆえなのだ。
 そんな彼女であるから、身替わりを用意するために他人を故殺するなど、しょせん無理であった。せっかく目標を定めても、イザとなると躊躇してしまう。
 本人は『また失敗』などと言っているが、なかなか具体的な行動すら起こせないのだから、失敗以前の話である。それどころか、逆に命を救ってしまうことも多かった。
 今回の一件なども、放っておけば自滅する二人だったのに、それをワザワザ助けてしまったのだ。ここでは命拾いした二人だが、あんな暴走を続けていたら、どうせ後々どこかで――首都高速あたりで――天罰が下るだろうに......。

『......気持ちを切り替えて。
 次こそは......がんばろう!』

 おキヌは、簡単には諦めない。
 そして......。


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 山道を歩く、一組の男女。

「若いんだから、がんばって」

 さわやかな笑顔で、女が男を励ましている。
 だが、しかし。

「先に行くわねーっ」
「......あんた、俺の命を
 へとも思ってないでしょ」

 なぜか女は、その場に男を放置して、一人でサッサと歩いていく。
 
「い......いかん!
 女っ気がなくなって
 ますます意識がモーローと......」

 何か呟きながら、立ち上がる男。ゼーッゼーッと荒い息を吐きながら、彼も再び歩き出した......。


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 ......そんな一幕を、木の陰から――実体を見せずに――忍び見る白い影!
 誰だ誰だ誰だ、と問うまでもない。
 おキヌである。

『あの人......あの人がいいわ......。
 ようし......』

 ボオーッと姿を現した彼女は、固く決意する。

 今度こそ、今度こそ。
 だいたい、あそこまでコキ使われて平気な人なら喜んで替わってくれるはず。
 そう、この人こそ、私の身替わりとして最適な......私の運命の人!

 そうやって自分を納得させてから。
 クワッと目を見開いて、彼女は飛び出した。

『えいっ!!』


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 こうして、今。
 おキヌの新たな物語が始まろうとしていた。
 結論から言えば、今回も殺せないのだが......。それでも、この出会いが、不可思議な幸福に通じるのである。ありがたいありがたい。




(山の彼方の空遠く幽霊住むと人のいう・完)

(初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」[2010年11月])

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