ゲストキャラを主人公とした短編
『海坊主の逆襲......?』
主人公;妖怪、幽霊連合軍総司令官 海坊主
(in「史上最大の臨海学校!!」)
『季節外れのコンプレックス』
主人公;妖怪コンプレックス
(in「ストップ・ザ・シーズン・イン・ザ・サマー!!」)
『夏は初恋の季節です』
主人公;名も知らぬ美しいケツのひと
(in「呪い好きサンダーロード!!」)
『突撃! 隣のおねえさん』
主人公;唐巣神父の教会の隣のおねえさん
(in「香港編<1>顔におぼえあり!!」)
『酒と悪魔と男と精霊』
主人公;悪魔アセトアルデヒドに取り憑かれた男
(in「野菜の人!!」)
『ザンスの事件の後日談ざんす!』
主人公;ザンス王女キャラット
(in「暗殺のソロ!!」)
『幽霊の現れるスーパー』
主人公;いつもおつかいに行くすーぱーのおじさん
(in「飛び出せ貧困! 青春の給料日!!」)
『少年は今』
主人公;化猫の子供ケイ
(in「はるかなる猫の呼び声!!」)
___________





___________
____
『海坊主の逆襲......?』

『くくくッ......!!
 圧倒的じゃないかね、我が軍は!?
 よし、勝て......る!?』

 小間波海岸上陸作戦において、妖怪・幽霊連合軍総司令官をしていた海坊主。
 今も水深80mの海底で指揮を振るっていたのだが、突然、背後に迫り来る存在に気付いたのだ。振り返った彼は、驚いてしまう。

(バカなッ!?
 なぜ......こんなところに人間が!?)

 海坊主のもとへ送り込まれた刺客、それは一枚の破魔札を手にしたGS、横島忠夫だった。

『ぎゃ......!?』

 横島の攻撃が、海坊主に炸裂した......。


___________


「ちゃんと倒したのよね!?」
「あ〜〜死ぬかと思った......!」

 海上のボートに横島を引きあげた美神は、司令官撃破の確認を問う。
 しかし、横島には、これに答える余裕はないらしい。いや、今ここで答える余裕だけではなく、海底で敵の消滅を確認する余裕もなかったのだろう。

(まあ、いいわ......)

 かつて幽霊潜水艦と戦った際には、おふだが......特殊なおふだが海水でしけって役に立たなかったこともあるのだ。今回、海の中で破魔札がキチンと利いたかどうか、それが心配で尋ねたのだが......。

(横島クンに聞くまでもなかったわね)

 美神は、手元の『見鬼くん』に視線を向けた。
 さきほどまでは、霊格の強い司令官がいたためにハッキリと一点を示していたのだが、もはやザコばかりになったようで、あちらこちらを弱々と指し示している。

(この反応から見て......
 ボスを倒したことは間違いないわね)

 そう判断して、美神は、ボートを海岸へと向けた。

「一日に二回も人に重りをつけて海に落として......
 もし死んだら、どーしてくれるんですかっ!?」
「歴史に『もし』はないのよ!
 結果的にあんたが女子高生を
 救ったんだから、いーじゃん!」

 横島の文句にも、笑顔で答える美神。
 このときの彼女の頭には、もはや、海中での破魔札の効果を疑う気持ちなど無くなっていた。
 ましてや、

『「見鬼くん」でのチェックでは、ボスが完全に消滅したのか、あるいは、弱ったためにザコに紛れてしまったのか、区別はつかない』

 ということなど、全く考えていないのであった。




    海坊主の逆襲......?




『......ん?
 ここは......!?』

 意識を取り戻した海坊主は、辺りを見渡した。
 そこは、一見、ホテルの大広間のようでもあるが、室内ではない。そもそも、周囲に魚が泳いでいるから、ここも海の底なのだろう。
 それに、目の前には、御殿のような立派な建物もある。掲げられた看板に書かれている文字は......。

『「龍宮城」......そういうことか』

 ここは乙姫の居城なのだ。
 海坊主とて、乙姫と実際に対面したことはないが、知識としてそれくらいは知っていた。

『気がついたようじゃな......』
『おまえは......!?』

 海坊主は驚いてしまう。
 てっきり乙姫が出てくると思ったのに、御殿から現れたのは、ヨボヨボの老女なのだ。
 もちろん『老女』と言っても『人間』ではなく、竜族特有のツノも生えているし、下半身は爬虫類系......言わば大蛇のような感じである。
 それらは、伝え聞く乙姫の特徴と重なるものの、肝心の『絶世の美女』というポイントは、見るかげもなかった。

『そうか......
 乙姫様の母御どのか......?』
『失礼なやつじゃのー。
 命の恩人に向かって......。
 ......母親ではない、わしが乙姫じゃ』
『な......!?』


___________


『......というわけじゃ』

 お茶をすすりながら、乙姫が、老女となってしまった経緯を語り終えた。
 今、乙姫と海坊主は、無駄に広い場所に、二人でポツンと座っている。なお、海坊主の前にも粗茶が一杯差し出されているが、彼は口をつけてはいない。

(ここは......かつては
 宴会場のようにして使われたのだろうな。
 しかしタイやヒラメが舞い踊ったのも、
 もはや、今は昔か......)

 海坊主は、乙姫の話に耳を傾けながらも、華麗だった頃の龍宮城に思いを馳せていた。年寄りの話は進みが遅く、ただ聞いているだけでは退屈だったのである。
 そんな海坊主だったから、乙姫の話に出てきた『三人組』の中の一人が、自分を撃退したGSだったことにも、当然、気付いていなかった。

『さて......今度はおぬしの番じゃ』
『ん......?』
『おぬしとて......
 年寄りを楽しませる話の一つや二つ、
 持っているだろう......?』

 乙姫の言葉を聞いて、海坊主は、苦笑してしまう。
 話の最初に乙姫は、

『舟亀がのー......。
 同じ亀型妖怪のよしみで
 瀕死のおぬしを拾ってきたのじゃ』

 とか、

『わしも若い頃は無茶をしたからのー。
 こうして人助けをするのも、
 せめてもの罪滅ぼしじゃ......』

 とか言っていたものだが、どうやら、実のところは、茶飲み友達として連れて来られたらしい。

(それならば......
 適当に話につきあって、
 それから引き上げるとするか。
 まあ、まだ時間はタップリある)

 小間波海岸に戻りたい海坊主だったが、今すぐ帰る必要もないのだ。
 一年後。
 来年の『結界の消える日』に間に合えばいい。
 そう考えた海坊主は、

『ああ、話すことなら色々あるぞ。
 そうだな......
 まずは小間波の侵攻作戦のことか。
 なにしろ私が総司令官だったのだからな』

 と、先日の戦いの話を始めた。


___________


『......というわけで
 惜しくも負けてしまったのだ。
 しかし......次は勝つっ!!』
『ふむ......面白い話じゃのー。
 だが......』

 ズズズッと茶をすする乙姫の目が、キラリと光った。

『「海坊主」というのは、本来、
 妖怪を率いて人間界に攻め込むような
 魔物ではあるまい......?
 おぬし......何者じゃ!?』
『くくくッ......。
 さすが乙姫、年はとってもタダ者ではないな。
 では私の正体を教えてやるとするか......』

 海坊主が語り出す......。


___________


 彼も、少し前までは、普通の魔物だった。
 だから、司令官として小間波海岸上陸作戦を指揮したのも今年が初めてで、去年までは、バラバラに攻撃するザコの一人に過ぎなかったのだ。
 そんな海坊主の境遇が一変したのは、一人の男の幽霊と出会ったことだった。
 彼の名前は貝枝五郎。旧帝国海軍中佐であり、潜水艦の艦長をしていた人物だ。
 貝枝は、死後も、知り合った妖怪や幽霊たちを束ねて幽霊潜水艦を指揮し、50年間も暴れ回っていた。特に、海軍兵学校時代の同期生でもあり、また、生前の貝枝の潜水艦を沈めた仇敵でもある鱶町と、激闘を繰り広げていたのだ。

『ところが鱶町のやつ......
 GSという助っ人を使って、
 俺の幽霊潜水艦を銀のモリで
 封じやがったんだ......!!』

 どうやら、幽霊潜水艦こそが、貝枝の力の源でもあったらしい。幽霊潜水艦を失った貝枝は、人間である鱶町にも素手で殴られてしまうくらい、霊格が落ちてしまったのだという。
 霊格が落ちたというのは、ある意味、海坊主にも納得できることだった。貝枝の話の内容は、一介のザコ妖怪である海坊主にとってはまぶしい程だったが、海坊主の前に立つ貝枝自身は、全く違うのだ。貝枝の姿を見たら、彼の語る内容がホラ話であるとも思えてしまう。
 そんな海坊主の考えは、貝枝にも読めたらしい。貝枝は、海坊主を見て、ニヤリと笑う。

『昔の力さえ取り戻せば、
 俺はもうひと暴れ出来るんだが......。
 おまえも「昔の俺」のようになりたくないか!?』

 手っ取り早く霊格をアップさせるために貝枝が考え出したのは、手頃な妖怪と一体化することだった。つまり『合体』である。

『そ......そんなことが物理的に可能なのか!?』
『俺を誰だと思っている......!?
 海軍兵学校でも頭脳明晰でならした
 貝枝五郎だぞ......!?』

 貝枝は、幽霊潜水艦の艦長として妖怪や幽霊を率いている間に、その特性などを自然に学習したらしい。そして、妖怪と幽霊が合体する術を編み出したのだった。

『お、おう......。
 それじゃ......お願いしよう』
『では......ゴースト・ドッキング!』


___________


『......というわけで
 私は新たな魔物になったのだよ』

 今の海坊主は、もともとの『海坊主』と『貝枝』の意識が混じり合ったものだ。
 だから、今の海坊主には分かる。本来の貝枝の計画では、海坊主の力も意識も吸収して、『貝枝』の意識を100%残すつもりだったはず。だが、『貝枝』が思っていたほど『海坊主』は弱くはなかった。その結果、両者の知識や経験が微妙にブレンドされて、全く新しい人格が出来上がったのだ。
 『海坊主』の記憶は残っているため、小間波の妖怪・幽霊たちが『結界の消える日』にGSたちと一戦を交えることは理解していた。厳密にはGSたちの大部分はタマゴたちなのだが、そこまでは知らない。
 そして、『貝枝』の長年の統率力は、多少弱まったものの、それでも強力なものだった。しかも、幽霊潜水艦を失った戦いにGSが関わっていたことも忘れてはいない。もはや、その時のGSの顔も定かではないが、GS全般に対する恨みは残っているのだ。
 こうして......妖怪・幽霊連合軍総司令官の海坊主が誕生したのだった。

『ふむ......それは
 本当に面白い話じゃのー』

 相変わらずお茶をすする乙姫だ。
 そして、ちょうど話が一区切りついたところで、

『乙姫様ー!
 また来ちゃいましたー!』

 新たな来客である。
 上半身は若く可愛らしい女性、下半身は魚。
 どう見ても人魚だった。

『あら、今度の「浦島太郎」は妖怪ですか?』
『人聞きの悪いことを言うもんじゃない。
 わしはもう悪いことはやめたんじゃよ』
『そうですわね。
 だから、こうして私のことも
 かくまってくださるわけですしね』

 クスッと笑った人魚は、さらに二、三の言葉を乙姫と交わした後、

『それじゃ、また来まーす!』

 と言って、帰っていく。
 疾風のように現れて疾風のように去っていった感じであった。

『......なんだったんだ、今のは!?』
『ナミコさんといってな。
 近くに住む人魚じゃよ』

 呆れたように問いかける海坊主に対し、乙姫が説明する。
 ナミコは、半魚人の夫と幸せな家庭を築いており、子供もたくさんいる。しかし、夫の浮気性だけが、たまにきずだった。
 かつては地上のホテルに家出したこともあるが、夫は、そこまで追ってきてしまった。その後、老乙姫と知り合ったナミコは、乙姫の好意に甘える形で、ここへ隠れに来るようになったのだ。

『ナミコさんも......
 本気で家出する気ではないからのー。
 亭主が心配して反省した頃合いを
 見計らって帰っていくのじゃよ』
『それにしても......早すぎないか!?』

 ナミコがここにいたのは、ほんの数分である。どの程度の『近所』かは知らないが、あれでは、滞在時間よりも往復の時間のほうが長いくらいではないだろうか。
 そんな疑問をもつ海坊主だったが......。

『ん......?
 おぬし知らないのか!?
 ここは......外とは時間の流れが違うのじゃぞ!?』
『な、なんだってーッ!?』

 龍宮城は異界空間の中にあるのだ。
 その中では、かつて乙姫が『浦島太郎』をキープするために......地上に帰っても知り合いがいないから龍宮城に戻りたくなるように、時の流れを変えてあったのだ。
 わざわざ設定を変えるのが面倒なため、時間の流れは、今でも特殊なままである。

『ちょっと待て!?
 私は......
 どれくらい意識を失っていたんだ!?』
『......数日だったかのー。
 地上で言えば一年くらいかのー?』

 大変である。
 海坊主には、一年に一度の大事なイベントがあるのだ。

(まさか『来年』の
 『結界の消える日』は
 もう終わった後か......!?)

 慌てて立ち上がった海坊主は、

『世話になったな!』

 とだけ言い残し、急いで走り去るのだった。


___________


(遅かったか......)

 海坊主が小間波に帰り着いた時、空には朝日が上っていた。
 海上に首を出して様子を見ると、遠くの砂浜では、妖怪たちと人間が和やかに談笑している。

(バカなやつらだ!
 どうせ、
 『じゃ、ボクたち撤退します......』
 「は〜〜い、また来年ね〜〜!!」
 なんて言い合っているんだろう......!!)

 この光景は、どう見ても、『結界の消える日』の戦いの直後だった。
 つまり、海坊主は、ギリギリで間に合わなかったのだ。

(仕方がない、来年を待つか。
 来年こそは......!!)

 一年後に向けて戦意を燃やす海坊主。
 そんな彼に、

『オヤブン......!?
 オヤブンやないですか!』

 と声をかけてくる者がいた。
 ガイコツ顔の幽霊だ。

『おまえは......!!』

 ガイコツ幽霊は、海坊主の昔なじみだった。いや、正確には『海坊主』ではなく『貝枝』の方の知り合いである。貝枝が幽霊潜水艦で暴れ回っていた頃から、その副官を務めあげてきたのが、この幽霊だった。
 『副官』は、『貝枝』が海坊主となった後も付き従い、彼のそばに張り付いて、伝令兵からのメッセージを読み上げる仕事をしていた。
 ただし、『貝枝』が海坊主となった時点で、

『オヤブンだけカッコ良くなって
 ずるいやないですか!?』

 と言って、『副官』自身も、その姿を変えている。海賊船の船長を気取ったりスカーフを巻いたりしているのは変化させていないが、海賊帽や眼帯、手のフックといった小道具は止めたのだ。頭も長髪にし、服装のイメージも以前よりオシャレな感じになっていた。
 現在も、『副官』はその姿である。ちなみに名称不明なので、彼のことを、海坊主は心の中で適当にタランと名付けていた。


___________


 久しぶりに海坊主と対面した『副官』は、

『オヤブン......
 死んだものやとばかり......』

 感無量の表情をしていた。いや、ガイコツ顔では表情など分かりにくいが、そういう感情を示しているのだろうと海坊主は推測できたのだ。さすが、長年の付き合いである。

『おい。
 ここにいるということは、
 もしかして今年は......
 おまえが霊たちの指揮をしたのか?』
『そうですぜ、オヤブン!
 ちゃんと去年のオヤブン同様、
 途中までは頑張って、適当なところで
 ワザと負けやしたぜ......!!』

 どうやら『副官』は、去年の海坊主の敗退を『ワザと』だと思っているらしい。
 そういえば、小間波海岸の雑霊たちの中には、これを毎年の行事だと考え、勝ってしまうことなど全く想定していない連中も多かったのだ。『副官』も、それに感化されてしまったのだろう。

(まったく......。
 私は死んだと思っていた......?
 だが私はワザと負けた......?
 なんだか矛盾していないか!?
 ......頭の足りん奴だ)

 とも考える海坊主だが、それは内心に留めておく。

『まあ、いい。
 おまえが一緒ならば
 ......あと十年は戦える!』
『そうですぜ、オヤブン!!』

 口では『あと十年』などと言った海坊主だが、心の底では、

(来年こそ勝利してやる......!!)

 と思っていた。
 そのために、竜宮城から秘密兵器もくすねてきたのだ。

『この秘密兵器を使えば......
 GSたちなど一網打尽だ!!』

 つい言葉に出してしまった海坊主を見て、『副官』も、海坊主が抱えているものに気付いた。

『オヤブン......?
 それが秘密兵器ですか!?
 丁寧に保管されてやすねえ。
 ......ちょっと見せてくださいな』
『あ、バカ!
 やめろーッ!!』

 海坊主が止める間もなく。
 小箱をひったくった『副官』は、その紐をほどいてしまった。
 ......小箱そのものが秘密兵器だとも知らず、小箱の中に武器が入っていると信じて。


___________


 ばふッ!!

 箱から白い煙が飛び出した。
 それが晴れた頃には......。

『どうしたんですか、オヤブン!?
 急にショボショボになって......!?』

 海坊主は、年を取ってしわくちゃになっていた。
 なにしろ、乙姫すら老化させた玉手箱である。海坊主は、玉手箱の影響を受けてしまったのだ。『副官』は大丈夫だったようだが、それは、彼が実体のない幽霊だからであろう。
 もはや性格も丸くなった海坊主は、

『今思えば何をあんなに
 ムキになっとったんかのー。
 若気のいたりとゆーやつじゃ......!
 まるでヒトラーのしっぽだったのー』

 と、つぶやく。
 こうして、司令官を引退した海坊主は、以後、小間波海岸で平和に暮らしたという......。




(海坊主の逆襲......?・完)

(初出;「Night Talker」様のコンテンツ「GS・絶チル小ネタ掲示板」[2008年5月])

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『季節外れのコンプレックス』

「妖怪退散っ!!」

 ぼしゅっ。

 美神の破魔札が炸裂する。
 くらってしまったのは、夏のレジャープールでイヤガラセをしていた下等妖怪、コンプレックスだ。

『ぐふっ......だが......おでは
 必ずよみがえる......!
 夏が来るかぎり......おでは......』

 そう言い遺して、コンプレックスは消滅した。

「......最後までうっとーしい奴......!!
 だまって消えろっての!」
『「はいれぐ」......かあ......
 あのひと来年も本当に来たりして......』

 コンプレックスを煩わしく思った美神とは対照的に、幽霊おキヌは、もう一度水着を着せてもらうことを、少し期待してしまう。
 しかし、コンプレックスは、おキヌの予想よりも遥かに早く復活するのであった......。




    季節外れのコンプレックス




『......ん?
 ここは......どこだぎゃ!?』

 その場に漂うマイナス思念......劣等感(コンプレックス)を核として、この世に蘇ったコンプレックス。
 しかし、そこは、彼の馴染みのプールでもなければ、海水浴場でもない。安っぽいアパートの一室であった。

『それに......なんだか寒いだぎゃ?』

 コンプレックスは、妖怪のくせに体を震わせる。どうやら、場所だけでなく季節まで違うようだった。

『ともかく......まずは現状把握するでやー』

 今は誰もいないが、ここに陰気が溜まっている以上、この部屋の主はマイナスエネルギーをたくさん持っているはずだ。そいつから陰の気をすすれば、パワーアップできるはず。
 そう考えたコンプレックスは、周囲の様子を伺う。

『隣の部屋から......話し声がするだぎゃ?』

 陰の気をたどり、部屋の主が隣を訪問していることを悟ったコンプレックス。彼は、ソーッと隣の様子を覗いてみたのだが......。

『ああっ!?
 あいつらは......!!』


___________


「おらはちーせ頃から
 ケンカもスポーツもぜんぜダメで、
 らけどみんなに負けるのがやーで
 勉強ばっかしてたんらて。
 それが......3度続けて受験に失敗して、
 親も今年ダメらったらイナカに帰って来いって......」

 と語るのは、マイナス思考が肉体にも影響を与えたのか、すっかり頬もこけた男だった。視力も悪いらしく、漫画のようなグルグル眼鏡をかけている。さらに、三浪中ということはもう高校生ではないはずなのに、まだ学生服を着続けていた。
 彼......通称『浪人さん』は、さらに話を続ける。

「今年が最後のチャンスらって思ったら......
 いくら勉強しても怖くて......」

 彼のマイナス思念は、コンプレックスにとっては格好のエサだ。

(そうだ、その調子だぎゃ。
 どうせうまくいかないんでやー!!)

 コンプレックスは、隣の部屋から、『浪人さん』の劣等感を応援する。
 彼は、早く強くなる必要があるのだ。
 この『浪人さん』自体は良いカモなのだが、コンプレックスは、『浪人さん』の前で話を聞いている二人には、見覚えがあったのだから。

『そんなにがんばってるんなら
 きっとうまくいきますよ』
「......あんまし無責任に
 気休め言うのはよくないぞ。
 がんばってもダメなときゃ
 ダメなんだからさー」
『そんなことありませんよ!
 人間がんばれば
 どんなことだってできますよ!!』

 一組の男女......いや、正確には、人間の男と、女の幽霊。
 横島忠夫とおキヌである。
 忘れるはずがない。この二人は、海でコンプレックスを除霊した女GS美神令子の、仲間なのであった。


___________


(......だが、こいつら二人は大丈夫だぎゃ)

 例えば、横島は、

  『夏なんかーっ!!
   明るい太陽なんかーっ!!』
  「嫌いだーっ畜生ー!!
   バカヤローッ!!
   とゆーわけでハイレグ女の霊で
   明るい青春に水を差してやりたかったんですーっ!!」

 と、コンプレックスにコロッと洗脳されて、その意図を代弁したくらいだ。
 また、おキヌは、コンプレックスに共感することはなかったが、幽霊であるが故に、ハイレグ水着で動きをコントロールされたのだった。

(問題は......こいつらの仲間の女!)

 そう、美神令子こそ、コンプレックスの天敵なのだ。
 美神令子は、弱冠二十歳で、すでに超一流のゴーストスイーパーである。
 スタイル抜群の美人であり、さらに、料理・車の運転・スキー・ゴルフなど、なんでもこなしてしまう。それでも人間だから欠点はあるはずだが、素直ではない性格のために、自分の欠点も認めにくい女性だ。
 劣等感(コンプレックス)とは無縁な存在。
 妖怪コンプレックスにとって、一番、相手にしたくないゴーストスイーパーである。そんな美神の前だからこそ、レジャープールで対決したときも、本来の力が発揮できずに負けてしまったのだ。
 ......コンプレックスは、美神の詳細など知らないながらも、そう感じていた。


___________


 そして、今、隣の部屋では、

『生きてるんですもの!!
 がんばってできないことなんか、
 あるわけないですよ......!!
 だから......ね!?
 がんばって......!!』

 おキヌが、『浪人さん』の手を握り、彼を必死に励ましていた。

「............
 おら、何か元気出た!!
 明日が試験なんらけど
 やれそうな気がしてきた......!!」
『よかった......!
 私、応援してます!!』

 と、一般の人間の目には感動的なシーンが、繰り広げられている。
 しかし、これは、コンプレックスにとっては、迷惑この上ない。

(うぎゃー!!
 やめてくれーっ!!)

 『浪人さん』が自信を取り戻してしまったら、コンプレックスが吸い取る陰気エネルギーも無くなってしまう。
 さきほどから横島やおキヌにバレないように自分の霊力を抑えていたコンプレックスであるが、このままでは、わざわざ抑制しなくても、霊力そのものが弱まってしまいそうだ。

(う......ううっ、ちくしょう!!
 こんなところに......いられないだぎゃ!!)

 コンプレックスは、横島たちのアパートから逃げ出していく。
 こうして、おキヌが『浪人さん』を励ましたことで、一匹の可哀想な妖怪が追い出されたわけだが......。そんなこと、当然、おキヌは気付かなかった。


___________


『......おお!?
 ここでエンジョイする若者たちのカゲには
 無数の怨念と陰の気がうずまいてるでやー!!』

 受験シーズンということは、季節は冬。
 夏のレジャープールや海水浴場に相当する場所として、コンプレックスが辿り着いたのは、スキー場だった。

『ここでイヤガラセするんだぎゃー!!』

 コンプレックスが新たな住処として入り込んだのは、大きなホテルの地下室である。

『今度は水着じゃなくて......
 スキー板を使えばいいんだぎゃ!?
 それとも......スキー服!?』

 ちゃんと作戦も練り始めたコンプレックスは、外見まで変化させていた。スキー場にちなんで、雪をかぶったような白一色になったのだ。

『おでも......オシャレになっただぎゃー!』

 と思うコンプレックスだが、それは、あくまでも彼の主観である。彼自身の霊力で『雪』を作り出して着込んでいるために、他人の目には、単なる悪霊にしか見えなかった。

 なお、今、彼がいるホテルは、HOTEL SHIRABAKA PRINCESS という名前のホテルだ。
 数あるスキー場の中で、よりによってここへ来てしまったのは、彼の不運だったのだろうか。あるいは、近くに魔法植物マンドラゴラが生えているくらい、霊的に異常な地であったからだろうか......。


___________


「ちょっと悪さが過ぎたようね!!
 ゴーストスイーパー美神令子が
 極楽へ行かせてあげるわ!!」

 再び、コンプレックスの前に現れた美神令子。
 もちろん、コンプレックスが姿を変えてしまったため、美神のほうでは、相手がコンプレックスだとは分かっていない。

「吸引!!」

 美神が、吸魔のふだを突きつける。
 そこに吸い込まれながらも、最後に、

(スキー場はダメだっただぎゃー!!
 おでは......たとえ冬でも......
 海かプールに行くべきだったんでやっ!!
 今度よみがえるときは......常夏の国に......)

 と考えるコンプレックス。
 後にコスモ・プロセッサで蘇る地がハワイとなるのは、このときの思念の賜物なのかもしれない......。




(季節外れのコンプレックス・完)

(初出;「Night Talker」様のコンテンツ「GS・絶チル小ネタ掲示板」[2008年5月])

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『夏は初恋の季節です』

 しょわしょわしょわしょわーッ......。

 毎年毎年、日本の夏の暑さは、勢いを増していくようだ。
 今、それは、美神除霊事務所にも襲いかかってきていた。
 
「先生ーっ、サンポ行こっサンポ!!
 退屈でござるよっ!!」
「一人で行って来いよっ!!」
「それじゃつまんないでござるーっ!!
 今日は近くですませるからっ!!
 ねっねっねっ!?
 ねーっ!?」
「暑っくるしいからくっつくなーっ!!
 顔をナメにくるなああーっ!!」

 約一名、『暑さ』という言葉を知らない存在もいたが、それは例外中の例外である。
 そして、こうした例外は、常人の神経を逆撫でするものでもあった。

「うるさーいッ!!
 散歩でもなんでも行って来なさいっ!!
 今すぐッ!!」

 所長の美神が爆発する。

「クソ暑い......!!
 なのにクーラーが故障して、
 しかも明日までの書類仕事がたまってんのよッ!!」

 イライラが既に限界を突破している美神。
 彼女の横では、妖狐であるタマモまでもが、グデーッとテーブルに突っ伏していた。
 そんな二人にドリンクを給仕するおキヌは、涼しげな表情をしている。大和撫子のたしなみなのだろうか? しかし、彼女だって、もう幽霊ではないのだ。顔には出さずとも、暑いと感じているのは確かなはずだった。

「気をつけてねー!」

 おキヌの明るい声を背に受けて、シロと横島がサンポに出かける。

「美神さんの頭が冷えるまでだぞ!!
 今日は早めに帰るから......」

 というつもりだったのだが。

「う、うわあああーッ!?」

 恐るべき『呪い』をかけられて、横島は、自転車を延々こぎ続けるハメに陥ってしまう。

「だめだああああッ!!
 この状況で呪いを破る霊力は出せんーっ!!」

 赤信号を越え、坂道を越え、ぼくらの街をひた走る。そんな横島に、角から飛び出してきた別の自転車を避ける余裕はなかった。

「あっ!?」




    夏は初恋の季節です




 少女はウキウキしながら自転車を走らせていた。真夏の暑さも関係ないくらいである。

「今日は......先生との初デートだもんね!」

 ただし、だからといってオシャレをしているわけではない。親には『高校の補習へ行く』と嘘をついて出てきたので、普通の制服姿である。
 女子高の制服を着た眼鏡っコというのは、一部の男性の心には強烈にうったえかける格好かもしれない。だが、彼女のデート相手にマニアックな嗜好はなく、彼女自身も、そうしたことは全く意識していなかった。

「えへへ......」

 彼女が浮かれているのは、家を出たとき以来である。
 補習ごときでこんなに心がはずんでいるのは変なのだが、彼女の家族は、それを不審に思ってはいなかった。『娘が自分から進んで勉強するようになった』と勘違いして喜んでいたのである。
 ふと、

「そんなわけないじゃん」

 玄関で自分を見送った母親の表情を思い出し、少女は苦笑する。
 少女の母親は、昔から、勉強しろ勉強しろと口うるさかった。口だけではなく、この春には家庭教師を雇い始めたくらいである。

「あれだって......最初は鬱陶しかったんだけどね」

 少女は、当時のことを回想し始める......。


___________


 家庭教師として少女の家にやって来たのは、大学に入ったばかりの青年だった。
 爽やかな瞳の持ち主だが、顔立ちはハンサムと言うほどでもない。体つきも『細身』と言えば聞こえはいいかもしれないが、むしろ筋肉が足りない感じだった。

「どうも......こんにちは」

 しゃべり方もたどたどしい。

(ふーん......)

 彼に対する少女の第一印象は、けして良くはなかった。

「よろしく......お願いします」

 型通りの挨拶をする際にも、青年は、深々と頭を下げる。
 彼は、昔から真面目だけが取り柄だったらしい。子供の頃から勉強の成績は良かったものの、それだって、別に生まれついての天才秀才というわけではなかったのだ。だが、それが幸いした。

(へえ。
 このひと......結構いいじゃない!)

 机に向かってすぐに、少女は気が付いた。
 青年は、教師としては優秀だったのだ。
 彼自身が、最初に『よくわからない』という時期を経験し、そこから独学で学ぶタイプであった。だから、教える側に立っても、『わからない生徒』の気持ちを理解し、どうしたら分かるようになるのかを的確に指導できたようだ。

(それに......)

 一面を好意的に捉えた少女には、別の側面も良く見えてきた。

(......性格もいい感じ!)

 勉強の合間のティータイム。
 それは雑談タイムでもあったのだが、青年は、多くを語らなかった。彼には特に趣味もなく、また、巧みな話術の持ち主でもなかったからである。
 そのため、少女のほうが一方的に話すばかりとなった。女子高のクラスメートとの会話とは違って、言葉のキャッチボールを楽しむことは出来なかったが、それでも、なぜか心地良かったのだ。
 少女は、青年のことを『聞き上手』なのだと判断する。

(こういうのを......
 オトナの包容力って言うのかしら?)

 しかも、それだけではない。
 あまり表面には出てこないが、青年には、しっかりと芯の通った部分もあった。実は彼は負けず嫌いであり、勉強を頑張ってきたのも、『勉学ならば努力が結果に結びつく』と思ってきたからだったのだ。

(このひと......ステキ!)

 その想いはまだ『初恋』と呼ぶほどハッキリした形ではなかったが、それでも、少女は、青年に心惹かれていくのを自覚していた。
 だから......。

「先生!」
「......なんだい?」
「一学期の期末試験の成績が良かったら
 ......御褒美にデートしてください!」

 と頼み込み、それが今日、実現するのである。


___________


「......えへへ。
 私だって......頑張ったんだから!」

 と、これまでのことを思い出しながら自転車をこぐ少女。
 周囲に対する注意も少し散漫になっていたため、角から飛び出してきた別の自転車を避ける余裕は全くなかった。

「あっ!?」


___________


 キキィイッ!

 慌ててブレーキをかけたが、間に合わない。

 ガシャン!!

「きゃああッ!!」

 自転車は転倒し、少女は投げ出されてしまった。
 追突相手の少年が、

「大丈夫ですか、名も知らぬ美しいケツ
 ......じゃなくて美しいひとっ!!」

 と言いながら、彼の自転車から降りてくる。
 彼の言葉で、
 
(えっ!?)

 少女は、自分がパンツ丸見えの体勢であることを悟った。
 今日はデートなので、一応、下品じゃない程度にセクシーな下着を履いている。色は純白で、露出度も高くないが、それでも、ヒップが部分的にあらわになってしまうパンティーだったのだ。

(冗談じゃないわ。
 ......あんたに見せるためじゃないのよ!)

 少女は、バッとスカートを手で押さえて、慌てて下半身を隠す。
 しかし、目の前の少年は、そこにこだわった言葉を吐き続けていた。

「お尻痛いですかっ!?
 さすりましょうかっ!?」

 両手を伸ばしながら近づいてくる少年。

(へ......変質者!?
 頭も......少し......)

 少女は、そう思ってしまった。
 なにしろ、少年は、彼自身の自転車にも話しかけているのだ。

「はっ......!!
 そ、そうかっ!!
 忘れていたが俺のパワーの源は煩悩っ!!
 よおおおーしッ!!」

 少女が唖然としているうちに、

「とゆーわけでパワーをくださいっ!!
 尻ーッ!!」

 少年の右手がニュッと伸びてきて、彼女のスカートに触れた。

「ふ......ふざけんなーッ!!」

 少女の平手打ちが、少年の頬に炸裂する。


___________


「......ということがあったんですよ」

 待ち合わせに少し遅れてきた少女が、事情を説明した。

「そうか。
 それは災難だったね」

 そう言いながら、青年は、少女に微笑みかける。
 二人は、今、公園の中を歩いていた。
 近くには噴水もあるが、この暑さに対しては焼け石に水。さらに、少女がベターッと抱きついてきているのだが、それでも青年は、『暑っくるしいからくっつくな』とは口にしなかった。

「ホント、あれは災難でした」

 と頷いてから、少女は、ハッとしたような表情を見せた。

「そんなことより、先生!
 先生ったら......
 また無理して標準語使ってるう〜」 
「え?
 だけど......」
「『だけど』じゃないでしょ、『らけど』でしょ?
 私と一緒のときくらい、お国言葉を使っていいですよ〜」

 大学に入るまでは、青年の言葉には独特の訛りがあったし、また、いかにも浪人生といった感じの眼鏡もかけていた。だが、大学生になってから意識して標準語でしゃべるようになり、眼鏡もコンタクトに切り替えていたのだ。

「ま、おめさんがそう言うなら......」

 青年は、苦笑しながら、敢えて昔の言葉遣いに戻す。
 最初の頃は妙にたどたどしい話し方になってしまったくらいだが、実は今では、特に無理せず普通に標準語で話せるのだ。それでも少女には、標準語を使う青年は他人行儀に見えてしまうのだろう。だから彼は、ついつい少女にあわせてしまうのだった。

「そうですよ〜。
 私の前では......
 『ありのままの自分』でいて下さいね?
 だって私たち......
 デートしてるんだから、もうカップルでしょ?」

 少女は、ちょっと照れたような表情で視線を逸らせたが、それは一瞬だけだ。すぐに戻して、

「夏は恋が始まる季節なんですよ!」

 と言いながら、ニッコリ笑う。

(デートしてるんだからカップル......か)

 青年には理解しにくい論理であったが、彼は、特に否定しなかった。
 これが、都会の考え方であるなら。
 これが、今どきの若者の考え方であるなら。
 そして、これが、この少女の考え方であるなら。
 ......素直に受け入れようと思ったのだ。

(......うん、それでいいだろう)

 そんなことを青年が考えているとも知らずに、

「......あのオトコ、絶対に変質者ですよ!
 そもそも、この暑い時期に
 バンダナ巻いてるのが変なんですよ。
 汗拭きタオルの代わりなのかしら?」

 少女は、話題を元に戻していた。同じような内容の繰り返しなのだが、その中の一単語が、青年の意識に強く引っかかる。

「バンダナ......?」
「そう。
 真っ赤なバンダナを
 こんなふうに頭に巻いて......」

 右手は相変わらず青年の腕に絡めたまま、少女は、左手を一周させてみせた。
 それを見て、青年は質問する。

「もしかして......
 そのバンダナの少年の近くに
 巫女さんの幽霊が浮いてなかった?」
「......巫女さんの幽霊?」

 一瞬、顔をしかめてから、

「もう、先生ったら!
 そんなもん、いるわけないじゃないですか」

 少女は、青年の言葉をキャッキャと笑い飛ばした。

「そうか......。 
 そんじゃ別人かもしんねーな」
「......?」
「いや、昔おらを励ましてくれた人がいて......」

 青年は、浪人時代のアパートの隣人について語り始めた......。


___________


「別人ですよ、きっと。
 そんなモテそうな男じゃなかったですもん」

 それが、青年の思い出に対する少女の反応だった。

「その男の人と巫女さん幽霊は、
 恋人同士だったんでしょ?」
「うーん......どうかなあ......」

 青年は、少し悩んでしまう。
 確かに二人は仲良さそうだったが、果たして『恋人』と呼べるほどの関係だったのかどうか、彼には分からなかった。
 だが、何をもって『恋人』と定義するかは、当人次第である。例えば、彼の腕に抱きついている少女などは、『デートしたらカップル』と言い張っているではないか。

(このコが言うとおり、
 『夏は恋が始まる季節』ならば......
 今頃あの二人も付き合ってるかもしれんなあ)

 かつて『浪人さん』と呼ばれた青年は、フッと空を見上げる。
 そして彼は、横島とおキヌが幸せに戯れている光景を思い浮かべるのであった。




(夏は初恋の季節です・完)

(初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」[2008年8月])

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____
『突撃! 隣のおねえさん』

「ごめんくださーい」
『はーい』
「となりの者ですけど、
 昨日お留守のあいだに届いた荷物を
 あずかってまして......」
『どーもお世話さまです』




    突撃! 隣のおねえさん




 うちの隣には、教会が建っている。
 ただし正式な教会ではないらしく、ミサなどは行われていないらしい。
 結婚式をやったこともあったようだが、それも仲間内での真似事であって、本当の結婚式ではなかったらしい。
 じゃあ何をしているところかと言えば、なんと、悪魔祓いだ。霊だとか妖怪だとか、そういう怪しげなものに関わって困った人が、救いを求めてやってくるのだという。

 教会には、神父が住んでいる。
 すでに中年と言っていいくらいの年齢で、前髪の生え際も年相応。眼鏡をかけた冴えない男だが、私の目は誤摩化されない。顔のパーツ自体は悪くないのだ。若い頃は二枚目で、きっとブイブイ言わせていたに違いない。

 そんな神父が一人暮らしをしていたのだが、いつの頃からか、住人は二人になった。
 二人目は、若い青年......いや、少年と言うべきか。高校生くらいにも見える。なんと、金髪だ。さすがキリスト教、外人と知り合う機会も多いのだろう。
 この金髪くんを初めて見た時、私は、大きく失望した。神父は、そういうシュミだったのかと思ったからだ。

(......昔の日本の寺には、
 お稚児さんっていうのがいたのよね?
 キリスト教でも、同じなのかしら?)

 だが、それは私の早とちりだった。金髪くんの同居は、そういう意味ではなかった。
 彼は、神父の弟子なのだそうだ。一人前の悪魔祓い師――正式にはGSと言うらしい――になるため、神父のもとで修業しているのだとか。

 そして、弟子と言えば。
 金髪くんが住み着く少し前から、とある若い女が、頻繁に教会に訪れるようになった。
 ゴージャスな服装をした、長い赤毛の女。
 最初は、すわ愛人か娘かと驚いたのだが、そうではなかった。この赤毛女も、神父の昔の弟子なのだそうだ。
 神父とは違って、稼ぎも良いらしい。たいてい、彼女自身の弟子だか助手だかを引き連れて、やってくる。二人いるのだが、片方は、いつも頭にバンダナを巻いた少年で、もう片方は、いつも巫女装束の少女。少女の方は、なんと幽霊である。

 この幽霊ちゃん、家政婦というか召し使いというかメイドというか、そんなような立場らしい。神父の教会においても、自身も来客であるはずなのに、彼女が客の対応をしたりしている。
 しばらく前に、預かっていた荷物――留守中に届いた荷物――を私が持っていった時も、神父や金髪くんではなく、幽霊ちゃんが応対に出た。面白くないから、サッと帰ってしまったよ、私は。
 後で聞いた話によると、あの時の荷物は、とても重要なものだったそうだ。世界を揺るがす大事件に関係するとか言ってたけど、さすがに、その表現は大げさ過ぎると思う。

 さて。
 こうして私が、色々と隣の事情に詳しいのは......。

「また、晩ごはんのお裾分けですか。
 いつもいつも、すみませんね......」
「いえいえ、お気になさらずに。
 作り過ぎちゃったんで......。
 一人では食べきれないから、
 もらって頂けたら、むしろ、
 こっちも助かるんです......!」

 時々、晩ごはんの差し入れをしているからだ。
 やりすぎると良くないと思って、あくまでも『時々』だ。だが、しばらく神父が何も食べていないのに――そういう時こそ効果的なのに――、私がそれに気づかない場合もあり、なかなかタイミングが難しい。
 ちなみに、さりげなく発言の中に独り者だというアピールも紛れこませているのだが、気づいてくれてるだろうか?


___________


「......というわけでさ。
 私の隣には、イイ男が住んでるわけよ」
「はいはい。
 その話、もう聞き飽きたわ......」

 元日。
 友人と連れ立って、女二人で初詣。
 その帰り道である。

「まあ、そう言わないでよ。
 いつも私だって、あんたの
 ノロケ話に付き合ってるんだから......。
 ......これで、おあいこでしょ?」
「いやいや。
 ダンナの話をするのと、
 隣の他人の話をするのと、
 いっしょにして欲しくないわ......」

 お正月なので、二人とも晴れ着姿。それにあわせて、私は、今日は眼鏡をしていない。友人の表情も見えにくいのだが、きっと、少し呆れたような顔なのだろう。

「それじゃ。
 ダンナが待ってるから、
 私は急いで帰るわ......。
 あんたも......がんばりなさいよ?」

 そう言って、友人は、十字路で左に曲がった。
 バイバイと手を振る彼女に、同じ仕草で応じてから。
 再び真っすぐ、私は歩き出した。


___________


「あら......?」

 かなり家の近くまで歩いたところで、ちょっとした騒動が目に入ってきた。
 公園の広場に、人が集まっている。いや、逃げていると言うべきか。
 獅子舞が来ていたようだが、肝心のシシが、見物人に襲いかかっているのだ。そういうショーなのかとも思ったが、どうやら違うらしい。逃げ惑う人々の悲鳴が、リアル過ぎる。

「新年早々、大変な話ね......」

 まだまだ距離はあるので、対岸の火事だ。
 少し遠回りになるが、大きく迂回しよう。途中で交番に寄って、この事件を知らせるのも良いかもしれない。
 そんな感じで、悠長に構えていたら。

『ガルルルーッ!!』

 怪シシが、いつのまにか、こちらに向かってきている。
 新年早々大変なのは、私だった......!

「きゃあっ!?」

 もう絶体絶命、怖くて立ちすくんで目も閉じてしまった私。
 でも、その時。

「父と子と聖霊の御名において命ずる!
 汝、性悪な妖精ボガート!
 そのものを解放せよ!!」

 恐る恐る目を開けると。
 ちょうど、何かがピカッと光った。
 シシに向けられた光だ。それを浴びて、シシも大人しくなった。
 
「大丈夫かね!?」

 私を救ってくれた男が、こちらに駆け寄ってくる。
 眼鏡無しなのでボンヤリとしか見えないが、彼の声には、聞き覚えがあった。

「はい、おかげさまで助かりました。
 ......ありがとうございます、神父様!」

 そう、それは、隣の教会の神父だった。


___________


「......おや?
 君は......どこかで......」

 最初、神父は私だとわからなかったらしい。
 ふっふっふっ、それも仕方ないだろう。私は、いつもの眼鏡もかけていないし、髪も結っているし、正月衣装なのだ。
 だが、私が名乗ると、彼の口調も変わった。
 隣人ということで、少し気さくな感じになる。

「あれは......ボガートといってね。
 日本では珍しい妖怪なんだが......」

 お祭り騒ぎにひかれて発生するから、人々の正月気分が引き寄せたのだろう、とか。
 大きなことは出来ないのだが、悪ふざけや破壊工作が趣味なのだ、とか。
 自身は非力なので、何かに取り憑いたり潜り込んだりして操ることが多い、とか。
 色々と説明してくれた。
 こういう話を聞くと、あらためて思い知らされる。やはり彼は悪魔祓いの専門家なのだ、と。

「本当に......今日は、
 どうもありがとうございました!」

 お隣同士なので。
 ごく自然に、家の前まで送ってもらう形になった。
 別れ際、もう一度頭を下げて、謝礼についても聞いてみたが。

「お金なんか、いいんですよ。
 ......晩ごはんのお裾分けも、
 何度ももらっていますからね!」
「え......でも......」
「まあ、気になるんでしたら、
 また余り物でも差し入れて下さい。
 それで、おあいこということで......」
「はい......!!」


___________


 ......それが昨日の出来事だった。
 日付も変わって、今日は一月二日。
 アメリカでは新年の祝日は一月一日だけで、二日からは普通に仕事が始まるそうだが、ここは日本。三が日という言葉があるように、日本では、三日間は正月なのだ。

(でも......。
 教会はキリスト教だから、
 違うかもしれないな......?)

 神父は『神父』だから、あんまり日本の正月には馴染まないのかもしれない。
 以前に聞いた話だが、仲間のGSが――金髪くんも含めて――たくさん同時に参加した初詣にも、神父は行かなかったらしい。

(いやいや、それとこれとは話が別。
 だいたい、神父だって日本人なんだし......)

 余計なことは考えるな、私!
 パシッと自分に気合いを入れて、私は、再び料理に専念する......。


___________


「さっそくですか!?
 すみませんね、いつもいつも......」

 腕によりをかけて作ったおせち料理を、美しく重箱に詰めて、隣の教会へ。
 今日は昨日とは違い、金髪くんもいた。
 いや、それだけじゃない。金髪くんの友人が来ているようだ。

(こっちのバンダナくんは
 ......ああ、あの赤毛女の弟子か。
 こっちの大男くんは......誰かな?)

 まあ、男四人で食べるにしても、十分な量はあるはず。
 ......と思ったのだが、考えが甘かった。

「まともな食いもんだっ!!」
「タンパク質ジャー!!」

 バンダナくんと大男くんが出てきて、かっさらうかのように受け取って。
 あれよあれよという間に、バクバクと二人で全部食べてしまった。

「ここへ来て正解でしたケンノー......」
「ピートに差し入れられる弁当が、
 やっぱり俺たちの生命線だな......」

 二人は、満足げに語り合っている。
 この二人だって、GSの関係者とか弟子とか、そういったもののはず。GSは凄くもうかるとか、高級官僚もビックリの高給取りだとか、そうした世間の噂は、しょせん噂なのだろう。

(でも......違うのよね......)

 バンダナくんの言う『ピート』は、金髪くんのこと。それくらい知っているので、つい反論したくなる。でも、口に出すのは、少し恥ずかしい。
 そんな私に対して。

「せっかく作ってくれたのに、
 なんだか......すみませんね」

 二人をチラッと見てから、苦笑する神父。
 私は、笑顔で応じる。

「いいんですよ、
 また作ってきますから!」

 そう、また今度だ。
 まだまだ機会は、あるのだから。
 今年こそ......良い一年になりますように!




(突撃! 隣のおねえさん・完)

(初出;「ザ・グレート・展開予測ショーPlus」様のコンテンツ「展開予測掲示板」[2011年1月])

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『酒と悪魔と男と精霊』

「チッ、もうこれも
 ほとんど空っぽじゃねーか......」

 一升瓶を片手に、昼間から酒をかっ食らう男。
 世間ではとっくに休みも終わった時期なのだが、彼にとっては、これが日常であった。

「とーちゃん......」
「なんだ、美介(よしすけ)か。
 こっちにゃ、食いもんはないぞ?」

 近寄ってきた息子にも、だるそうな返事を投げつける。
 二人兄弟の長男で、いつも「おなかすいた」と喚いてばかりの子供だ。しかし今は、父親に用があるらしい。

「これ......
 とーちゃんにプレゼント!」
「ん......?
 プレゼントだと〜〜!?」
「うん!
 だって......今日は
 とーちゃんの誕生日でしょ?」

 ニカッと笑いながら、息子が差し出したもの。
 それは、不気味な顔の模様が刻まれた壷であった。




    酒と悪魔と男と精霊




「なんだ、これは!?」
「えへへ......カッコいいでしょ!」

 子供のセンスは、よくわからない。
 頭を振りながら、男は、息子を問い詰める。

「どこで買ってきたか知らんが、
 こういう無駄使いは......」
「違うよ、とーちゃん!
 これ、拾ってきたんだ。
 ......すごいでしょ!?」

 話を聞いてみると。
 燃えないゴミに出ていた物だが、どう見ても普通の壷ではない。高価な品に違いないと思い、急いで回収してきたのだそうだ。

(ゴミをプレゼントされたのか......)

 まあ、貧乏ゆえ、たいした小遣いも渡していないのだ。仕方ないだろう。ゴミと言えば聞こえは悪いが、よく言えばリサイクル精神。
 それに、自分でも忘れていたような誕生日だ。気持ちだけでも、ありがたく受け取っておくべきである。

「......そうか。
 ありがとうな、美介」
「どういたしまして......!」

 父親が気にいってくれたと思って、息子は、さらに熱弁する。
 振ってみるとカラカラ音がするので、中に何か入っているはず。福袋みたいで楽しそうだ......。それが、子供の意見だった。

(いや......ゴミに出されてたなら、
 中身もゴミなんじゃねーか!?)

 思いっきり苦笑いしながらも、口では「そうか、そうか」と息子の言葉を受け入れて。

 ポンッ!!

 男は、壷の蓋を開けた。
 そして、ゆっくりと逆さにする。中から出てきたのは......。

「巻物......か!?」
「スクロールだ!!」

 紙を丸めたものだった。
 クシャクシャに丸めたならば、それこそゴミなのだが、これは、クルクルと丸めたもの。ご丁寧に紐でグルグルと縛ってある。

「とーちゃん!
 ......きっと宝の地図か、
 すごい呪文かなんかが書いてあるんだ!」

 子供の目には、ゲームに出てくるアイテムに見えたのだろう。もう、頭がすっかりファンタジーになっていた。

「待て待て、焦るな!」

 父親は子供と違って冷静だが、それでも、何か貴重っぽいものが出てきて、ちょっと興奮している。

「......ん!?
 ほどけんな、これ......」

 息子に、ハサミを取ってこさせた。
 厳重に縛られた紐を慎重に切って、巻かれていた紙を開いてみると......。


___________


『ボハーッハッハッハー!!!』

 煙と共に飛び出してきたのは、上半身裸の男。いや、いまだ下半身は紙の中のようなので、全裸と言うべきか。
 しかも、肌の色が普通ではなかった。額にも目のような物が付いているし、どう見ても人間ではない。

「ぎゃああっ!
 オバケが出てきたっ!!
 ......怪奇チョンマゲ男だ!?」
「待て待て、美介!
 これはチョンマゲじゃないぞ!?
 もっとアラビアンな何かだ......!」

 父と子はバケモノの登場に慌てふためくが、さらに混乱は加速する。

「英介(えいすけ)さん!
 火事は困ります......って、
 あれ......?」

 隣の部屋から、母親も駆けつけたのだ。
 消火器を手にしている。モクモクと広がる煙のせいで、誤解したらしい。
 そして。

「......へ、変態ぃーっ!?
 きゃああっ!!」

 裸男を見た途端、消火器を放り出し、今度は悲鳴を上げる。
 なお、彼女は背中に赤ん坊を背負っていたのだが、母親の悲鳴に呼応するかのように「ほんぎゃーほんぎゃー」と泣き叫び始めた。
 こうして、一家四人が勢揃いして騒ぎ立てる中。

『わが名はイフリート!
 全知にして全能......!
 聖なる壷の精霊なり!!
 ボハハハハハッ!!』

 壷の裸男は、堂々と自己紹介するのであった。


___________


『わしはアラーの神との契約により、
 フタを開けた者の願いを
 かなえることになっておる!
 それぞれ願いごとを三つ言うがいい!』

 いつもどおりの前口上を述べるイフリート。
 その言葉を聞いて、騒いでいた三人――赤ん坊を除く三人――が、動きを止める。

「願いごとを......三つ?」

 確認するかのようにつぶやいたのは、父親だ。

『うむ。
 おまえから始めるか......?』
「違う、俺が最初!
 ......俺が一番だよ、だって
 俺が壷を見つけてきたんだから!!
 ねっ、そうでしょう!?」

 イフリートの返事にかぶせる勢いで、子供が割り込んできた。
 それを見て、心の中でニヤリと笑うイフリート。

(この間の少年と同じだな。
 こいつは......カモだ!)

 前回のところでは、女と男と幽霊がいた。ルールのため幽霊は相手できなかったし、女は手強かった――なんと最後はイフリートが吸魔の札に閉じこめられたほどだ――が、男の方は楽勝だった。ここでも、同じ手が使えそうだ。

『わかった!
 おまえからにしてやろう!
 ......これで、あと二つだ!!』

 すました顔で告げるイフリート。
 父親と母親は少しポカンとしているが、とうの子供は、聞いていないようだ。

「えーっと......最初は......」

 すでに一つ消化されたことにも気づかず、必死に慎重に考えている。

「なんでもいいから食べるもの!!
 だって俺おなかすいてるんだ......」

 一生懸命考えても、子供の頭では、この程度。
 だが『なんでもいい』と言われてしまえば、イフリートとしては、拍子抜けするほど簡単であった。
 敢えて、聞いてみる。

『おまえは、何が好きなのだ?』
「甘いもの!
 ......俺、甘いものが欲しい!!」

 今度は即答された。もしかすると、さきほどの言葉も、聞こえなかったのではなく、ただの無視だったのかもしれない。

『よし、わかった。
 二つ目の願いは食べるもので、
 三つ目は甘いものだな......』

 ポンッという音と小さな煙と共に。
 ひとかけらのパンとハチミツを出現させる。この程度ならば、たいした魔力も使わずに済むのだ。

「わーい、ハチミツだ!
 俺の大好物だーっ!!」

 どうやら偶然、一番喜ばれる物を出してしまったらしい。
 子供は、パンにハチミツを塗り、嬉しそうに食べ始めた。
 それを見ながら。

『これですべてかなえた!
 一人終了だな......』

 と、イフリートが宣言する。
 子供は――とりあえず今は――満足しているようなので、珍しく、文句の言われない仕事をしたことになる。
 誇らしげなイフリート。
 しかし。

「......それは
 ちょっとひどいんじゃないですか?」


___________


『......ん?』
「だって......」

 横槍を入れたのは、母親であった。
 あいかわらず背中の赤ん坊は泣いており、あやしながらではあるが、主張するべきところはシッカリ主張する。

「たしかに、美介は最初
 なんでもいいと言いましたよ。
 それから、甘いものとも言いました。
 ......でも、それは
 あなたが聞き直したから、
 補足しただけじゃありませんか!
 それを別々にカウントするなんて......」
『......何を言っておる?
 「なんでもいいじゃわからん」など、
 わしは言った覚えがないぞ!?
 ただ純粋に好物を尋ねただけだが?』
「......!!」

 ようやく、母親にも理解できた。イフリートの主張も、そのウラの意図も。
 イフリートは、子供から簡単な願いを引き出すために、あんな質問をはさんだのだ。それも、無関係な質問だと言い逃れ出来るよう、あんな言い方で。

(この人は......!!
 ワザと願いごとを曲解したり、
 誘い受けしたりするつもりなのね!?)

 彼女は、今でこそ貧乏所帯の主婦をしているが、若い頃は、本の好きな文学少女だった。神話や伝説のたぐいも読みあさったことがあり、その中には、精霊の壷のエピソードもあった。それを、ようやく思い出したのだ。

(悪さをした精霊が神さまから
 罰を受けて壷に封印される......。
 決まった数の人間の願いを
 かなえるまで封印は解けない......。
 だから、てっとり早く数を
 こなすためにズルをする......)

 いや『ズルをする』どころではない。面白がって人間に不幸をもたらすような、意地の悪い精霊の話も読んだことがある。
 例えば、自動車が欲しいと願ったら、両親が突然死亡し親の車を相続することになった、とか。

(......そこまで悪い人じゃないと思うけど。
 でも、願いごとは慎重に言わないと......)

 だが、妻の心、夫知らず。
 背中の赤ん坊――泣き続けている――をあやすのも忘れるほど、彼女は真剣に考えていたのだが、それとは対照的に。
 彼女の旦那は、軽率な願いを口にしていた。

「おい、うるさいぞ!
 ......誰でもいい、早く
 麗介(れいすけ)を黙らせてくれ!」


___________


『その赤ん坊を黙らせるんだな?
 ......よし、わかった!』

 イフリートが、パチンと指を鳴らす。
 シューッと煙が湧き出して、赤ん坊の顔の周りを包んだ。
 赤ん坊の泣き声が、ピタリとやむ。

「おっ......!?
 やればできるじゃねーか!」
「すげー。
 ......れーすけが
 こんな静かになったの、
 俺、はじめて見たぞ......!」

 願いごとの無駄使いを気にせず、素直にイフリートを褒める父親。
 ハチミツパンを食べ終わった息子も、それに同調する。しかし、近寄って弟の顔を覗き込んだところで、表情が激変した。

「ぎゃああっ!
 れーすけ、息してないよ!?
 れーすけが死んじゃったよう......!」

 息子の言葉で、母親もハッと顔色を変えた。イフリートに詰めより、胸ぐらをつかんでガクガクと揺さぶる。

「なんてことしてくれたんですか!
 ......この子を返して!!
 麗介を元に戻して!!」
『わかった、元に戻す......!』

 再び煙を操るイフリート。
 赤ん坊を取り巻く煙が消えると同時に、子供は、火がついたように泣き始めた。

『......これで二人とも、
 一つずつ願いをかなえたぞ!
 それぞれ、残りは二つだ!』

 イフリートとしては、『この子を返して』と『元に戻して』を別々の願いだと解釈する――最初で生きかえらせて次で泣いている状態に戻す――ことも出来たのだが、危険なので止めておく。
 父親の願いで赤ん坊を黙らせた際、本当に殺したわけではない。死んだっぽくすれば、元に戻せと言われるのが常なので、そう見せかけただけなのだ。死者蘇生など、さすがのイフリートでも苦労するが、これならばラクだった。
 そして、こういう事情である以上、『生きかえらせる』では嘘をついたことになってしまう。神様が決めたルールを破ることになるのだ。ズルは許されるがウソは許されない、それが、ギリギリのラインであった。

「おい。
 そこまで力があるんなら......」

 赤ん坊の無事を喜ぶ母親と息子を尻目に。
 父親が、フラフラと歩み寄ってきた。

「......俺に、
 気がすむまで酒を飲ませろ!!
 死人を蘇らせるよりゃあ、
 簡単なはずだろ......?」

 ニンマリと笑いながら、願う。
 さすが、酒好きな父親である。我が子の復活を見て、一番に頭に浮かんだことが、これだとは......。

(だが、これは少し厄介だな......)

 顔には出さないが、ちょっと困ったイフリート。
 ストレートに考えるならば、とにかく大量の酒を用意すればいい。しかし、無から有を生み出すのだ。数が多ければ、魔力をガンガン消費するだろう。もったいない。
 しかも『気がすむまで』という話だ。いったい、どれほど飲むつもりか......。

(......そうだ!
 こういう時こそ、
 友人の助けを借りるべきだな)

 ラクに願いをかなえるアイデアが、頭に浮かんだので。

『それが二つ目の願いだな?
 ......よし、わかった!
 では......』


___________


「ぎゃああっ!
 と、とーちゃんが......
 バケモンになっちゃった!?」
『こいつも今でこそ
 悪魔や妖怪扱いされとるが、
 もともとは酒の精霊でな......』

 イフリートのやったこと。
 それは、悪魔アセトアルデヒドの召還であった。
 呼び出されたアセトアルデヒドは、当然のように、酒好き男へ憑依。今は、酒ビンを持って暴れていた。
 考えようによっては、悪魔に取り憑かれる前と、あまり行動は変わっていないかもしれない。だが、彼の息子は、ぎゃあぎゃあ騒いでいた。まあ、父親が悪魔になったのだから、当然の反応であろう。

(ともかく......これで安心だ!)

 自分の仕事ぶりに、満足するイフリート。
 あとは放っておいても、アセトアルデヒドの悪魔の本能で、酒を飲みまくるはずだ。その酒だって、イフリートが出してやるまでもない。アセトアルデヒドならば、ちゃんと自分で調達してくるに違いない。

(これで残りは、
 男が一つで女が二つ。
 どうせ、女の願いは......)


___________


「悠長に解説なぞしてないで、
 早くなんとか......」

 悪魔アセトアルデヒドの説明を始めた――そして黙り込んだ――イフリートに、母親が話しかける。だが、最後まで言わず、途中で言葉を飲み込んだ。

(いけない......!
 焦って頼んじゃ、ダメだわ!)

 彼女が話しかけた時点で、すでにイフリートは黙っていた。だから『悠長に解説なぞしてないで』という言葉を『解説を止めて』という願いだと解釈されることは免れた。もう少し早かったら、そうやって願いごとを一つ、無駄にしていたことだろう。

(しかも......
 迂闊なこと言ったら......大変!)

 赤ん坊の泣き声を止めるために、殺されてしまったり。
 酒を飲むために、悪魔にされてしまったり。
 頼み方を間違えると、大惨事になるのだ

(......いやいやいや。
 間違えるとか正解とか、
 そういう問題じゃないわね。
 どう頼んだところで、
 屁理屈で、こじつけられたら......)

 では、どうしたらいいのだろう?
 目の前のバケモノに頼むと、ロクなことにはならない。しかし、悪魔をやっつけてくれる人なんて、知り合いにはいない。
 だいたい、その手の職業――たしかGSと言うはず――は、目の玉が飛び出るような金額を要求するという話だ。貧乏な彼女に、GSに依頼するという選択肢はない......。

(いや......そうでもないかも?
 ......そうだわ!
 これならば、たぶん......)

 下を向いて考え込んでいた彼女は、いったん目を閉じて。
 それを開きながら、ゆっくりと顔を上げた。

「二番目の願いを言います。
 貧乏人でも助けてくれる......
 そんな親切なGSを紹介してください!」


___________


(ほう......そうきたか)

 悪魔を追い出せと言われたら、憑依したまま男を家から追い出すつもりだった。
 元に戻せと言われたら、外見だけ元に戻すつもりだった。
 何にせよ、アセトアルデヒドを男から引きはがすつもりなどなかった。どうやら、アセトアルデヒドは、この男を気に入ったようなのだ。せっかく友人が居心地良く過ごしているのを邪魔するほど、イフリートは心の狭い精霊ではない。

(だが......。
 それなら簡単だし、まあ、いいか。
 なにしろ、わしが直接
 手をくだすわけでもないからな!)

 情報を伝えれば良いのだから、簡単である。
 それに、よく考えてみると。
 あまりアセトアルデヒドに長居されたら、イフリート自身も困るのだ。男には、まだ三つ目の願いが残っているのだから。

『よし、紹介してやろう!
 隣町に教会があるから、
 そこへ行くとよいぞ!
 お人好しで有名なGSがおる。
 ......だが腕は立つから、
 きっと役に立つはずだぞ!
 なにしろ......
 わしを封印した奴の師匠だからな!
 ボハッハッハッハッ!!』

 一気に説明したあと、胸を張って高笑いするイフリート。
 しかし、ふと我に返ると。

『......あれ?』

 もう、誰もいなかった。
 イフリートをその場に残して、皆、急いで出かけたらしい。

『おーい......』

 それ自慢になってないだろ、とか。
 なんでそんなに詳しいんだ、とか。
 そういうツッコミが欲しくて、長ゼリフを口にしたのに......。
 ちょっと寂しくなる、イフリートであった。


___________
___________


「ありがとうごぜえました!!」
「本当に......本当に......」

 言われたとおりの教会で、無事、アセトアルデヒドを祓ってもらった。
 夫婦二人で、感謝の言葉を並べ立てる。

「礼には及びません。
 今後はああいう妖怪に
 とりつかれないよう、
 お酒はひかえることですね」
「これ......少ないんですけど
 お礼を......」
「お金なんかいいんですよ」

 言われたとおりのお人好しで、GSは、礼金を受け取ろうとしなかった。

「お元気で!」
「あ......ありがとうごぜえます......!!」
「ありがとうごぜえます......!!」

 平身低頭、いつまでもペコペコと御辞儀する二人。
 いつのまにか、父親の口調まで、おとなしくなっていた。


___________
___________


『おお、やっと帰ってきたか。
 待っておったぞ......!』

 戻ってきた一家に、イフリートが声をかける。
 男も女も、願いが一つずつ残っているのだ。それをかなえないと、イフリートの仕事は終わらない。
 だが、二人の対応は荒々しかった。

「うるさい、もう出てってくれ!」
「お願いですから......
 もう、うちには関わらないで!」

 そう言ったきり、イフリートの方を見ようともしない。
 それでも。
 これはこれで、イフリートにとって十分であった。

『よし、わかった!
 ......出ていく。
 そして、もう関わらない。
 それが、それぞれの三つ目だな?
 では......さらばだ!』

 シューッと壷に戻るイフリート。
 彼は、頑張って壷ごとピョンピョン飛び跳ねて、この家をあとにした。
 本来、こうやって移動するのは難しいのだが、それが願いごとである以上、仕方がない......。


___________


 その後。
 男は、人が変わったように働き始めた。
 どうやら、元々もっていたネガティブな気も、悪魔と一緒に除去されたらしい。アセトアルデヒドが体から出ていく際に、一緒に持っていってしまったのだろう。

 こうして。
 けっして裕福ではないが、それでも一家四人、幸せな家庭を築くのであった。

 結果だけ見れば。
 イフリートがこの家族に幸せをもたらしたとも言える......かもしれない。
 めでたし、めでたし......!?




(酒と悪魔と男と精霊・完)

(初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」[2011年1月])

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____
『ザンスの事件の後日談ざんす!』

「家宅捜索の際、暖炉で
 大量の灰を押収しまして......」

 美神の事務所に押し掛けたのは、厳しい表情の女性に率いられた一団だった。

「灰の表面のインクの配列を
 コンピューター解析して
 復元してみたところ......」

 令状を読み上げる女性の言葉を耳にして。
 美神は、頭を抱えながら、キーッと泣きわめいている。
 せっかく燃やした裏帳簿がバレてしまい、追徴金を支払う羽目に陥ったのだ。

「か......科学なんかキライ!!
 名誉なんかいらないっ!!
 お金かえしてっ......!!」

 だが、その名誉――ザンス国王暗殺未遂事件における功績で勲章を与えられた――のおかげで、そして首相の口利きもあって、申告もれという形にしてもらったのだ。
 本来ならば、誰がどう見ても、脱税である。

「......このひとは
 いっぺん逮捕されるべきじゃ......」

 美神を眺める横島は、呆れたような苦笑いのような、そんな表情を浮かべていた。
 彼の後ろに立つおキヌも同様の顔だが、彼女の視線の先にいるのは美神ではない。

「さっそくアソびにキましたーっ!!」

 首からカメラをぶらさげて、肩にのせたラジカセをジャカジャカと鳴らす少女。
 ザンス王国のお姫さま、キャラット王女である。機械に触れるのはザンス王室のタブーだったのだが、国王暗殺未遂事件を経て、開眼したらしい。

「けっこー変わり身早いんですね......」

 と、つぶやくおキヌ。
 少し騒がしいが、それでも平和な事務所の光景だ。
 これが、一連の事件の終幕だと思われたのだが......。




    ザンスの事件の後日談ざんす!




 事務所にやって来たのは、厄珍だった。

「......何よ?」

 書類とにらめっこしていた美神は、顔を上げる。
 追徴金の支払いを命じられたのは、数日前の出来事である。それ以来、少しでもその額を減らそうと、彼女は努力していたのだ。

「お忙しいのに、すみません。
 美神さんを助けるお話があるそうで......」
「どうせ......
 ロクな話じゃないと思うんスけど」

 おキヌと横島も、厄珍の後から入って来た。
 部屋の空気が変わる。もう事務仕事を続ける雰囲気ではない。美神は、書類を机の端に寄せ、両手を投げ出した。

「休憩ね......。
 おキヌちゃん、コーヒーお願い!」
「はーい!」

 おキヌが出ていくのを見届けてから。
 美神は、厄珍に向き直った。

「......で?
 あんたが、私を助けてくれるって?」
「そうある!
 今日は......もうけ話を持ってきたね!」


___________


 美神の仲間たちも深く関わった、ザンス国王暗殺未遂事件。それは、国王の来日から始まる事件だった。
 厳しい戒律のため外国の報道の前に姿を現すことのなかった国王が、精霊石の売り込みのため自ら日本を訪れ、その光景がテレビでも報道される。しかも、そのテレビ中継において、彼は、反対派――過激な原理主義者――に襲われたのだ。

「ワタシもニュース見たある!
 精霊獣......すごかったね!!」

 国王襲撃シーンは、何度もニュース番組で流された。当然、厄珍もそれを目にしている。
 テロリスト側は精霊獣で襲いかかり、国王もSPも、やはり精霊獣を駆使して対応......。
 素人目には怪獣大激突であり、大衆受けする派手な映像となっていた。だが、オカルト関係者が見れば、全く違う意味を持つ。

「なるほど......そういうことね」

 厄珍の言葉から、その意図を見抜いた美神。
 精霊獣とは、精霊獣石という特殊な精霊石を用いることで、そのパワーを鬼神の姿に凝縮して意のままに操る技。
 美神でさえ、話に聞いたことがあっただけで、映像で見るのは初めてだった。どうやったら精霊石の力をあんな形で使えるのか、不思議で仕方なかった。
 オカルト関係者ならば誰もが知りたがる、秘技中の秘技だったのだ。
 だが、その後事件に深く関わったため、一時的にではあるが、美神自身も精霊獣使いとなっている。厄珍は、それをどこからか聞きつけたらしい。

「......精霊獣石のこと、
 詳しく教えて欲しいある!
 大量生産して......
 大もうけするよろし!!」

 普通ならば、即座に断るべき話かもしれない。
 だが、今は、もうけ話には一枚かみたい心境だった。精霊獣には精霊石をバクバク食われるし、裏帳簿発覚で追徴金は請求されるし、とにかく大赤字の事件だったからだ。
 おそらく、厄珍のことだ。こうした美神の状況も知った上で、話を持ちかけてきたのだろう。
 
「そーねえ......。
 一応、精霊獣から直接
 聞き出した情報もあるけど......」
「おおっ!?
 さすが令子ちゃん!
 やっぱり製造法を知ったあるね?」
「うーん......。
 私が聞いたかぎりでは......。
 ......あ、その前に。
 私の取り分なんだけどさ......」

 情報を小出しにしつつ。
 もうけの分け前に関して、美神は交渉を始めた。


___________


 美神は、厄珍との密談モードに入ってしまった。
 それを見て、壁にもたれていた横島が、ポツリと一言。

「......なんか、俺は邪魔みたいっスね」

 二人は商談に夢中なようで、返事はない。邪魔どころか、無視である。
 仕方がないので、ソーッと部屋を出ようとしたのだが。

「......あ」

 入ってくる者がいたため、遮られる。横島は、あやうくドアにぶつかるところだった。
 ちょうどおキヌが、コーヒーとケーキを持ってきたのだ。

「はい!
 横島さんのぶんもありますよ?」
「ありがとう、おキヌちゃん」

 立ち去るタイミングを逸した横島。別に用事があったわけではないので、それはそれで構わない。なんとなく、おキヌの行動を目で追う。

「美神さん、お客さんが来てるのですが......」

 美神と厄珍の前にコーヒーやケーキを置きながら、おキヌは、美神に話しかけていた。

「......誰?」

 迷惑そうな視線と共に、美神が言葉を返す。
 依頼人であるならば優先させるべきであるが、おキヌの口調から、そうではないと察したのだ。仕事の依頼でないなら、帰ってもらったほうがいい。厄珍が持ち込んだ話の方が、今の美神には、重要だった。
 しかし。
 おキヌが答えるより早く、来客本人が部屋に入ってくる。

「イエーイ!
 またアソびにキましたーっ!!」


___________


「あらっ!?
 いいところに来たじゃない!!」

 パッと表情を変える美神。厄珍も、サングラスに手をかけて、新たな登場人物をジーッと見つめた。

「......ん?
 このお嬢ちゃん、
 どこかで見たような......?」
「また来たんスか!?
 事務所はお姫さまの
 遊び場じゃないのに......」
「おおっ、思い出したある!
 ......ザンス王国のお姫さんね!?」

 横島の言葉で、来客をキャラット王女だと認識した厄珍。直接会うのは初めてだが、テレビのニュースでは何度も見かけた顔だった。

「日本でオカルトグッズ売りたければ
 ......まずワタシと仲良くするよろし!」

 ザンス王国は、オカルト技術大国だ。直接交渉できれば、様々な製品を安く仕入れることも出来るだろう。目の前の人物は王国の偉い人であり、しかも可愛い少女である。
 商売上の下心と生来のスケベ心が重なって、キャラットに近づく厄珍であったが。

「おコトわりです......!
 アナタ、アノ男と同じクウキします」

 拒絶の態度を示されてしまった。ちなみに、キャラットが指さしているのは、当然のように横島である。

「横島さんと同類扱い......」
「ま、的確ね」
「一目で見抜くとは......」

 おキヌも美神も横島も苦笑する中。

「そんなことないある!
 こー見えてもワタシ、この世界では......」

 厄珍は、懲りずに歩み寄る。
 手を差し出したところで。

「アナタみたいなヒトは......
 ソンザイそのものがタブーです!!」

 ガンッ!!

 思いっきり殴られてしまった。もちろん、王女自身が触れることもタブーなので、殴りつけたのは精霊獣だ。キャラットの意思に応じて、指輪の石から出てきたのだ。
 だが、痛い思いをした厄珍は、頭をさすりながらも、目を輝かせていた。
 
「こ......これが精霊獣あるか!?」
「そ。
 ......で、ここはお姫さま自身に
 その解説をして欲しいんだけど......」

 今度は美神が、キャラットにすり寄る。
 目的は、精霊獣や精霊獣石の秘密を聞き出すこと。手持ちの情報だけでは、精霊獣石を作り出すのは不可能だからだ。
 ただし、直接それを聞こうとしても、教えてもらえるわけがない。それで遠回りな聞き方をしてみたのだが。

「ミカミさん......。
 ......そのテにはノりませんね!?
 国家キミツはシャベらないです!」

 世間知らずのお姫さまでも、引っかからなかったらしい。


___________


「今日はオネガいがあってキました。
 アンナイをタノみたいのです......!」

 キャラットは、用事もなく美神除霊事務所を訪れたわけではなかった。
 だが美神は、そっけない表情を見せる。除霊仕事の依頼というわけでもないし、たった今、こちらの願いは拒絶されたばかりなのだ。

「なーに?
 もう電気街への道は、
 すっかりおなじみじゃないの......」

 キャラットが来日のたびに秋葉原で電化製品を買い漁るのは、美神たちには周知の事実だった。しかし、どうやら今回は少し違うらしい。

「この国には......
 ユウエンチなるものが
 ソンザイすると聞きました。
 ワタシ、イってみたいです!」

 日本に限らず、遊園地など世界中にあるはずだが、ザンス王国は例外だ。
 意味もなく盛り上がるお祭り騒ぎに、乗ると面白いだけの無意味な乗り物。それが遊園地である。機械がタブーな国に設立されるはずがなかった。

「オススメのユウエンチ......
 オシえてください、ツれてってください」

 ズイッと身を乗り出しながら、熱く語る王女。

「秋葉原通いの次は遊園地ですか」
「思いっきり......
 機械文明に毒されてるじゃねーか」

 おキヌと横島がポツリとつぶやく隣で、美神は考えていた。
 遊びに夢中になれば、お姫さまもポロッと秘密をもらすかもしれない。

(でも......私が一緒に行くまでもないわね。
 ......というより、行かない方が良さそう)

 精霊獣石に関する機密を美神が知りたがっているのは、キャラットにもバレている。美神が同行したら、警戒されてしまって、口をすべらすこともなくなるだろう。
 それならば。
 しっかり言い含めた上で、横島とおキヌに行かせればよい。どうせ駄目で元々だ。美神自身は、事務所に残って、厄珍と打ち合わせを続けよう......。

「そーねー。
 デジャヴーランドなんて
 ......いいんじゃないかしら?」

 ニンマリと笑いながら。
 美神は、そう提案するのだった。


___________
___________


「こ......これがウワサの
 デジャヴーランドですか......!」

 園内に入って早々、目を輝かせて立ちすくむキャラット王女。
 その後ろで、横島も少し興奮していた。

「今回は......
 アトラクションで遊べるんだな!?」

 ここを訪れるのは二回目。前回は、ペア招待券を使っての来園だった。
 アパートのお隣さん――花戸小鳩――が商店街の福引きで当てたものだったが、しょせん福引きの景品。アトラクションは自腹であり、貧乏人二人では、何も乗れなかったのだ。
 しかし今回は違う。VIPチケットが用意されており、何でも乗り放題になっていた。キャラットがデジャヴーランドに来たいと言い出したのは昨日だが、わずか一日で美神が手配してくれたのだ。
 そして、前回との大きな違いが、もう一つ。

(......デートじゃないけど。
 これって、もしかして......
 両手に花ってやつじゃねーか!?)

 美少女二人を連れて、遊園地に来ているのだ。
 横島は、隣のおキヌに目をやる。

「私も......ちょっと楽しみです!」

 彼女は、年齢相応の感激を示していた。
 おキヌも二度目の来園だが、前回は、まだ幽霊だった頃だ。生きかえって女子高生となってからは、初めてである。
 そして。

「あれナニっ、あれナニっ!?
 ノってみたいです......!!」

 突然、キャラット王女が叫び出した。
 どうやら、最初の乗り物が決まったらしい。

「じゃ、行こうか......」

 エスコート役の横島が少女二人を先導する形で。
 三人は、歩き始めた。


___________


「この......カゴにノるのですか?」
「そうです!
 これは観覧車と言って......」
「そういう話は乗ってからだ。
 モタモタしてると......行っちまうぞ!」

 最初に王女の目に留まったもの。それは、大観覧車だった。
 ゴンドラが乗り場まで来たにも関わらず、悠長に説明しようとするおキヌ。
 そんな彼女を制止して。
 横島は、二人を押し込むように急かしつつ、ゴンドラに乗せた。

「おお!
 ゆっくりマワりながら......
 アがっていくのですね!?」

 ゴンドラ内部は、二人がけのシートが向き合っている。
 横島とおキヌが隣同士、その正面にキャラット王女という配置だ。ゆったり座ってもらおうという意図だけでなく、右側と左側の両方の風景を楽しんでもらおうという配慮でもあった。

「てっぺんまで上がると、
 園内を一望できますよ!」
「ま、最初に乗るには
 ......いいかもしんねーな」

 おキヌの言葉どおり、景色は高度と共にグングン広がっていく。
 これから何に乗るか、どんなアトラクションがあるのか。全体を見渡せば、今後の予定も立てやすいだろう。

「かなりタカくまでキましたね!」

 両側を見るため、右へ左へシートを滑るように移動するキャラット王女。
 そのたびに、ゴンドラ全体が大きく揺れる。本来、ジッと座っていることを前提に作られているのだ。

「あんまり動くと危ないですよ......」
「少しくらいなら......平気だろ?」

 心配そうな顔をするおキヌと、余裕の表情の横島。対照的な二人である。

「このトビラも......ダイジョーブですか」
「ああ、ロックされてるはずだし......」

 横島の安請け合いを信じたのか、キャラットは、ゴンドラのドアに手を伸ばす。
 もちろん、こんな空中で開けるつもりはなく、ちょっとした好奇心だった。だが、彼女の手が触れた瞬間。

 ガタンッ!

 ドアが開いてしまう。

「キャッ!?」
「......えっ!?」
「危ないっ!!」

 身を乗り出すような姿勢だったため、その勢いで落ちそうになる王女。
 慌てて横島が手を出して、彼女を引き上げる。そのまま横島の腕の中に倒れ込む形で、彼女は救助された。

「あああ......高貴な香り......」

 横島は、ついついギューッと抱きしめて、クンクンッと匂いを嗅いでしまう。しかし当然、これは許される行為ではない。

「横島さん......!
 いつまでそーしてるつもりです?」
「タスかりました、ソレは感謝します。
 でも......早くハナしてクダさいっ!!
 ......おもいっきりタブーです!!」

 王女から引き離され、王女に突き飛ばされる横島であった。


___________


「すっかりヌれてしまいました......」

 水もしたたる王女さま。
 大観覧車の後、いくつかのアトラクションを回った。今は、スプラッシュ・だんだん・フォールを楽しんだ直後である。
 丸太を模した乗り物で沼地の風景の中を進むうちに、段々畑のような小さなアップダウンがだんだん大きくなり、最後に落差十数メートルの滝壺を落下するというアトラクションだ。

「横島さん、こういう場合は......」
「......これで暖まってもらうか」

 横島が文珠を出して『乾』と文字を入れる。キャラットに渡すと、みるみる服が乾いていく。

「コレはベンリですね!
 ......でもアキハバラには
 ここまで小さなドライヤー、
 ウってませんでしたね。
 ヨコシマさん......コレ、
 どこでカいましたか!?
 ワタシもホシイです......!!」
「いや......これ、
 オカルト技術なんスけど」

 と、機械の恩恵に浸りきった王女の誤解を訂正しながら。
 横島は、険しい表情になっていた。

(さすがに......おかしいぞ!?)

 スプラッシュ・だんだん・フォールの出口付近にいる者が少しくらい濡れていても、不自然ではない。だが、キャラットの場合『少しくらい』ではなかった。頭から水をかぶって、ビショビショになってしまったのだ。
 一方、横島もおキヌも、ほとんど濡れていない。備え付けのカバーシートのおかげだ。王女の座っていた辺りにもあったのだが、なぜか上手く機能しなかった。しかも、まるで王女を狙ったかのように――鉄砲水と言えるくらいの勢いで――、局所的に大量の水が降り掛かったのだった。

(だいたい......
 変なことが続き過ぎる!)

 最初の大観覧車から、このスプラッシュ・だんだん・フォールまで。
 いくつものトラブルに見舞われたのだ。
 ふと、ここまでを振り返ってみる。

(観覧車の次が......ガリガリの海賊......)

 カリブ海のセットの中を小型ボートで進む、屋内型アトラクション。かつて海賊がたむろしていた海域という設定なので、時々、物騒なもの――ガイコツのようにガリガリに痩せた海賊やその成れの果てであるガイコツなど――が飛び出してくる。少しお化け屋敷の要素も入ったイベントである。さらに、出口近くで乗り物がガタンと落ちる場所があり、絶叫マシンとは違うものの、知らずに乗ったら怖いかもしれない。
 事件は、その落下するポイントで起こった。ガイコツ模型の一つが、王女に殴り掛かったのだ。
 同じタイミングでボートが自然落下したため、結果的に襲撃は空振りとなるし、そういう余興なのだと勘違いして王女は大喜びするし。実害が無かったのが、不幸中の幸いである。

(それから......ジャングルぐるぐる......)

 やはりボートに乗るアトラクションだが、こちらは屋外を進むもの。ジャングルを流れる大河の探検という設定だ。川辺にいる象のロボットが鼻から水を吹き出したり、恐竜のロボットがガオーッと叫んでみたり、原住民が不思議な踊りを踊ってみたり。
 観客を驚かす仕掛けが満載だが、大きなヤシの実が突然落ちてくるというのは、ギミックではなくアクシデントだったはずだ。ちょうど船が急カーブする場所だったから良かったものの、もしも直進していたら、ボートに直撃して大惨事になっていたことだろう。

(そして......
 イッツ・ア・マッキーズ・ワールド......)

 有名なテーマ曲――世界はみんなマッキーのもの――が流れる中、世界一周の旅へ出かけるというアトラクション。子供たちの大好きなマッキーキャットとミニーキャットが世界中を統治している......そんな夢のような設定で作られており、子供に大人気のアトラクションだ。
 それぞれの国で、マッキーやミニーを狂信的に崇拝する子供たち――もちろんロボット人形――が出迎えてくれるのだが、その一つに問題があった。ネジが外れていたのか、あるいは、プログラムが狂っていたのか。定位置で停止せず、そのまま弾丸のように飛んできたのだ。
 とっさに横島が押し倒したのでキャラットにケガはなかったが、行動の意味を誤解された横島は、痛い目に遭ってしまった。

(......偶然とは思えねーな!?)

 不審に思ったのは、横島だけではないらしい。
 おキヌが、服を乾かすキャラットには聞こえないよう、小声でコソッと話しかけてきた。

「よ......横島さん、
 イヤな予感がしませんか?」
「あ......ああ!
 これは......何かありそうだ」

 ここまで続いたのだ。この先も、まだまだ問題が発生するかもしれない。
 しかし、デジャヴーランドを満喫している王女を見ていると、途中で切り上げて帰ろうとは言い出しにくい。
 そもそも、美神からは、王女を気持ちよく遊ばせるようにと言われているのだ。そして可能ならば、王女の気が緩んだところで、精霊獣石の秘密を聞き出すようにとも命じられている。

「......一応、
 美神さんに連絡してみましょうか?」
「うーん......。
 そのほうが......いーかな?」

 こういう時、要人警護のSPがいないのは不便であった。
 かりにも一国の王女であるキャラットだが、彼女は、SPを連れ歩かない。国王と共に来日した際は、SPが国王警護にかかりっきりなためかとも思われたが、そうではなかったようだ。
 今回は国務での来日ではないからなのか、おしのびだからなのか、自分の精霊獣に自信があるからなのか。

(ま、俺たちが警護みたいなもんか......)

 そんなことを考えながら、横島は、おキヌに向かって小さく頷く。
 おキヌは、園内の公衆電話へと駆けていった。


___________


「次はナニしますか?
 あとナニが残ってますか......?」

 三人は今、休憩所で一休み中。小さな丸テーブルが並んでおり、彼らも、その一つを使っている。

「もー全部乗ったんじゃないですか?」

 少し疲れたような表情で、おキヌが、王女の言葉に応えた。
 かなりのアトラクションを遊んで回ったが、スプラッシュ・だんだん・フォールの後は、特にトラブルは発生しなかった。
 横島と二人で心配し、美神に電話までしたのだが、杞憂だったかもしれない。むしろ、これで美神が駆けつけて来たら文句の一つも言いそうである。

(美神さん......忙しそうだったからなあ)

 電話の向こうは、かなり騒がしかった。どうやら厄珍に加えて、ドクター・カオスまで来ていたらしい。
 おキヌの不安も美神には笑い飛ばされたのだが――それでも本当に危なそうなら来ると言っていたが――、美神の方が正解だったようだ。

(まー、無事に終わるなら
 ......それが一番ですね!!)

 太陽も――まだまだ地平線までは遠いが――既に西に傾いて来ている。全て乗りつくしたのであれば、そろそろ帰るべきかもしれない。
 なんだかんだ言って、今日一日、結構楽しかった......と頭の中でまとめモードに入るおキヌであったが。

「いや......まだメインが残ってる」

 ポツリとつぶやいたのは、横島だった。

「メイン......ですか?」
「そう、それは......
 グレート・ウォール・マウンテン!」

 東京デジャヴーランド最大の人気アトラクション、グレート・ウォール・マウンテン。
 最高速度350キロ、高低差1.2キロ。世界で最もすげージェットコースターという謳い文句に煽られて、かつて神様――竜神の王子――も乗りたがったという。

「おおっ!?
 ソレはオモシロそうですね!
 ぜひぜひイきましょう......!!」

 横島の説明を聞いて、ワクワクしてきたキャラット王女。彼女は立ち上がって、横島とおキヌの腕を引っ張る。自分から横島に触れたということは、タブーのことすら頭から吹き飛んでいるのだろう。

「そんなに慌てんでも......」
「じゃあ、それを最後にしましょう!」

 横島とおキヌも席を立ち、三人は歩き始めた。
 グレート・ウォール・マウンテンを、最後の目的地(ファイナル・デスティネーション)として。


___________


 最近のジェットコースターは、カップル以外にも対応しているらしい。
 三人席があったので、そこに座る。

「ちょっと狭いですね......」
「モンダイありません!!」
「そーそー、気にしたら負けだ」

 そんな言葉がそれぞれの口から出る間に、ガタンと安全バーが下りてきて、体がシートに固定された。

(これって......たぶん
 親子連れを想定してるんだろーな)

 若い両親と小さな子供の三人なら良いのだろうが、横島たちには、少し窮屈だ。
 しかし主賓であるキャラットに不満がない以上、騒ぎ立てる必要もない。もっとも、お姫さまが真ん中にデンと座って両隣のスペースを少し浸食しているせいで、あとの二人はいっそう狭い思いをしているのだが。

(でも......いいかも......!)

 横島は、満足していた。
 キャラット王女に、ギュッと密着した状態なのだ。
 三人とも手は前に伸ばして、そこにあるバーを握っているのだが、それぞれの姿勢は違う。横島の位置からおキヌの様子は見えないが、キャラットは腕をピンと伸ばしていた。
 一方、横島は、少し曲げている。自然、横島の上腕部は、キャラットの腕ではなく脇の部分にあたることになり......。

(このやわらかさは......チチ!!)

 また、当然のように。
 腰と腰も、大腿部と大腿部も、触れ合っている。

(......シリ、そしてフトモモ!!)

 これだけ体と体が――しかも微妙な部位が――くっついていても、王女は文句一つ言わないのだ。
 これからスタートするグレート・ウォール・マウンテンに、よほど興奮しているのだろう。王女の体は少し汗ばんでおり、それがハッキリわかるほどの密着具合だった。男の汗なら不快なだけだが、美少女のものならば話は別。そこにはフェロモンが含まれているのだ。

(なんという......天国!!)

 プルルルルルル......。

 発車のベルが鳴る。
 すでに夢見心地の横島と、そうではないであろう人々を乗せて。
 ジェットコースターは動き出した。


___________


 ゴオーッ......。

「きゃーっ!」

 黄色い歓声と共に、コースターは滑走する。
 そんな中。

(ま......こんなもんだよな)

 現在の状況を楽しみつつも、グレート・ウォール・マウンテンそのものに対しては少し冷めた感想を持ってしまう横島。
 もう彼は、絶叫マシンを素直に楽しめる男ではないのだ。

(たしかに、すげー高低差だが......)

 落下時のフワッという恐怖感。
 しかし、そのポイントも見えているし、遊具としての安全性も保証されているのだ。
 御呂地の山中の崖を、心の準備もなく突然、ロープ一本くくり付けた状態で突き落とされた時と比べれば......。恐くもなんともない。

(たしかに、すげー重力だが......)

 ループや急カーブでは、強烈なGがかかる。
 しかし、あくまでも危険がない程度に設定されたものなのだ。
 カオスと某国の合作という、安全性の配慮が欠けたロケットで宇宙に飛び出した時のGと比べれば......。全然たいしたことない。

(でも、こーしてお姫さまと
 触れ合ってるのは気持ちいいから......。
 ......まっ、いーか)

 ちょっと腕を動かしてみた。
 ムニュムニュッと伝わってくる反応があり、男の本能が刺激される。

(......おっ?)

 深く、あるいは浅く、シートに座り直してみた。
 モゾモゾと腰や太腿を擦り付ける形になり、やはり男の本能が刺激される。

(おおっ......!!)

 こんなセクハラが許されてしまうのか!? イエス!! ヤー!! ウイ!!
 キャラット王女はキャーキャー楽しんでいるだけで、隣の男のことなど眼中にないのだ。横島とは別の意味で、興奮しているらしい。

(さすが......
 グレート・ウォール・マウンテン!)

 ジーンと感動する横島。
 しかし、こうして意識を王女に向けて、様子を窺っていたのが幸いした。彼女の言葉に、即座に反応できたのである。

「おおっ!?
 この先......レールありませんね!
 このままソラにトビダすのですか?」
「......え?」


___________


「スゴいシカケですね!
 さすが、この国のキカイです!!」
「そんなわけねーだろ!?」

 慌てて前方を見る。
 キャラット王女の言うとおり、少し先の部分で、レールの一部が欠落していた。
 ほとんどの乗客は、まだ気づいていないようだが。

「......横島さん!」

 王女の向こう側から、声がする。おキヌも、状況を理解したのだろう。

「おうっ、まかせとけ!」

 おキヌに答えてから、文珠を出そうとする横島。
 このアトラクションのおかげで、煩悩パワーはフルチャージだ。
 あっというまに文珠が出てきた。
 しかし。

「えーっと......
 なんて入れたらいいんだ?
 文字が思いつかねーっ!!」

 霊力とは違う意味で、少し問題があった。焦れば焦るほど、頭が混乱する。これでは、間に合わない......!
 そんな横島を見て、王女も察したらしい。

「これはアクシデントなのですか?
 それなら......ワタシが......!
 イデよ、我ガ精霊獣!!」

 指輪が光って、王女の精霊獣が出現。
 そうこうしているうちにも、彼らを乗せた車両は走行を続け、問題の箇所へ差し掛かった。

 ダンッ!!

 走ってきた勢いのまま空中へ飛び出してしまったが、見事、精霊獣が虚空でキャッチ。
 ジェットコースターの列車全体を、続きのレールの部分へ。

 ドッ......シャーッ......!

 何事もなかったかのように、走り抜けるグレート・ウォール・マウンテン。

「助かった......」

 横島は、ホッと胸をなで下ろす。
 乗客の中には、今のトラブルを余興だと誤解した者も多いようだ。キャラットの精霊獣の外見がファンタジーな雰囲気にあっていたせいで、CGか何かを駆使したイベントだと思われたのだろう。
 皆の夢を壊さずに済んだのだ。

「ウマくデキました......!」
 
 横島の隣では、キャラットが満足げな笑顔を浮かべていた。


___________


「ナゼ、ニゲるのです......?
 ワタシたち良いコトしたのですよ!?」

 グレート・ウォール・マウンテンを降車後、横島たちは、急いでその場をあとにした。
 今は、誰もいない場所に来ている。

「そりゃあ......。
 面倒に巻き込まれるのはゴメンだろ?」
「一応、おしのび......なんですよね?」

 わかっていない客もいたが、少なくとも遊園地側は、トラブルを認識しただろう。
 軌道レールが欠けていた以上、もう今日はグレート・ウォール・マウンテンは運転中止だ。
 事故を防いだことは確かに善行であるが、あのまま留まっていたら、色々と聞かれるに決まっている。王女の立場を考えて、それは避けた方がいいと思ったのだ。

「ここまで来れば......大丈夫でしょうね」

 おキヌの言葉を耳にして。
 あらためて周囲を見渡す横島。
 広々とした草地であり、ピクニック・エリアと大きく表示されている。
 イベントショーでもあれば人も集まるのかもしれないが、普通は訪れる者もいないのだろう。せっかくデジャヴーランドまで来て、こんな何もないような場所に......。

「......あれっ!?」

 横島は、思い出した。
 前に小鳩と共に来園した際は、乗り物チケットが買えなかったため、ここで時間を過ごしたのだ。

「あ!
 あれ、マッキーキャットだわ!!」

 おキヌの言葉で、横島やキャラットも、そちらへ首を向けた。
 人気マスコット、マッキーキャットのぬいぐるみ。それが、横島たちの方へ歩いてくる。
 普通の遊園地ならば中に人が入っているが、デジャヴーランドの場合、ぬいぐるみはロボットである。

「俺、あんまり
 いい思い出ないんだけどな......」

 横島を襲う、強烈な既視感。
 前回も、こうしてマッキーがやってきて。
 横島は蹴り飛ばされ、小鳩をさらわれたのだ。
 そして、今回は。

「キャアッ!?」
「えーっ!?」
「ああっ、やっぱり......!」

 いきなり、キャラット王女に殴り掛かってきた。


___________


 ギュンッ!

「う......!!」

 攻撃を食らい、うめき声を上げたのはマッキーキャットの方だ。
 キャラットをかばうために霊気の盾――サイキック・ソーサー――を発現させた横島が、間に合わないと判断して、投げつけたのだ。

「大丈夫っスか!?」
「ケガは......!?」

 横島とおキヌが、キャラットのところへ駆け寄る。
 おキヌはヒーリングしようと手をかざしているが、王女にケガはないようだ。
 まずは安心。だが、まだ警戒は解かずに、横島は振り返った。

「あっちは......ちょっとグロテスクか?」

 爆煙で視界が遮られているが、マッキーの首がもげたことだけは確実だった。少し離れたところに――煙の外に――、頭だけゴロンと転がっているのだ。
 
「ロボットでよかったですね。
 もしも中に人が入っていたら......」

 横島と同じ方角に視線を送ったおキヌが、そうつぶやいた時。

「よくも......やってくれたな......」

 モウモウとする煙の中から、声が聞こえてきた。
 ゆっくりと立ち上がるマッキーキャット。だんだん煙も晴れてきて、その姿もハッキリと見えてくる。

「えっ!?」
「ナカにヒトが......!?」
「ロボットじゃ......なかったのか!」

 マッキーは着ぐるみだった。
 どうやら、かぶっていた頭部がスポンと外れただけだったらしい。中の人の首は無事であり、その顔も明らかとなる。
 マッキーキャットに扮して、キャラット王女に襲いかかった人物。その正体は......。
 
「......誰?」

 横島にもおキヌにもキャラットにも、まったく見覚えがない男であった。


___________


「よくも......やってくれたな......」

 顔をしかめながら、彼は体を起こした。
 ターゲットと付き人らしき二人が何か叫んだようだが、彼の耳には届いていない。

(女の方はわからんが
 ......男の方は手強いな!?)

 先ほどの攻撃、彼は回避したつもりだったのに、それでもダメージを受けてしまったのだ。
 左の脇腹がズキズキ痛む。
 どの程度の傷を負ったのか、ぬいぐるみを脱がないことにはハッキリしないが、今はその時間もない。

(ここで......ケリをつけてやるっ!!)

 首からぶら下げていたペンダントに、祈りを込める。
 精霊の加護により、石が輝き始めて......。

「あれは......!?」
「げえっ、精霊獣!」
「ナゼ......精霊獣が......!?」

 三人が慌てふためく様が、男にも見てとれた。

「いけっ、ピカッ獣!」

 ニヤリと笑いながら、自分の精霊獣――ピカッと石が光って出てくるのでピカッ獣と呼んでいる――をけしかける。
 ふと、男の頭の中に、これまでの苦労が浮かび上がった。それは、走馬灯のように回り始める......。


___________
___________


 ロイド眼鏡の似合う、チョビ髭を生やした男。少し出っ歯な部分も含めて、愛嬌のある顔立ちだが、彼は日本人ではない。
 ザンス王国の原理主義者であり、過激なテロリストグループの一員。東洋人っぽい外見のために日本へと送り込まれた、組織のエージェントだった。
 コードネームは、ターニィ。それが、この世界での彼の通り名にもなっていた。

「ニッポン......ですか!?」

 その指令を受けた際、ターニィは少し戸惑った。だが、すぐに理解する。
 日本は、国土の面積の割に人口が多く、大規模な霊障が多発する国だ。実力派GSも大勢いるという。
 そして、誰もが知っているように、ザンス王国はオカルト産業で成り立っている国。日本との国交が重要なのも、当然である。
 組織としても、目を光らせておく必要があったのだろう。
 しかし。

「なんてひどい国だ......!!」 

 日本に着いてすぐ、ターニィは後悔した。その気持ちは、暮らし始めてから、さらに加速する。そこからが、本当の地獄だった。
 なにしろ彼は、多くのザンス人同様、重度の機械アレルギー。技術大国ニッポンは、彼にとって、まるで機械に侵された異次元世界だったのだ。
 しかも、彼の仕事は、完全に閑職。
 ザンス王国大使館もスパイしてみたが、何もない。そもそも大使館の建物は、住宅街にある普通の家だった。

「もしかして......俺って左遷された!?」

 そんなターニィの状況が一変したのは、国王来日が決まってからである。国王の初めての先進国訪問が日本ということで、彼に、大きなプロジェクトが回ってきたのだ。
 それは、国王暗殺計画。戒律を破った国王には......死あるのみ!

「こんな......潤沢な資金が......!!」

 予算もたくさん用意された。
 ターニィだけでは不可能だろうということで、組織の本部からは、プロの殺し屋を雇うことを薦められる。素直にアドバイスに従い、本国から凄腕に来てもらった。
 しかし。

「失敗した......だと......!?」

 具体的な計画立案から作戦遂行まで、すべてプロに任せたにも関わらず。
 国王暗殺は、大失敗。実行犯は、返り討ちにあって、その場で死亡。
 殺し屋自身も原理主義の思想に共鳴していたせいか、あるいは死んでしまったせいか。事件は、殺し屋が単独で実行したものとして処理される。
 背後関係の調査がターニィのところまで及ばなかったのは、不幸中の幸いだった。日本の警察では、バックに依頼人がいたことまでは解明できなかったらしい。

「助かった......」

 一安心のターニィだったが、彼が次の策を考える暇もなく、国王は帰国してしまった。
 しかし、王女は、その後も頻繁に来日する。
 しかも、あろうことか、なんと機械文明の恩恵を感受するだけのために、日本に遊びに来ているのだ。

「これを......
 放置しておくわけにはいかない!」

 だが、あの殺し屋が下準備に金を使い過ぎたため、組織から託されたお金も、もう残り少なくなっていた。今さら新たな暗殺者を雇うのは無理。ターニィ自身の生活費も、自分でバイトして稼いでいる状態なのだ。

「ということは......。
 俺自身で......やるしかないのか!?」

 嘘だと言ってよターニィ。そんな言葉を、自分自身に向けたくなる。実はターニィは、実戦経験は皆無なのだ。テロリスト組織には属しているものの、武闘派ではなく、理論派だったのだ。

「どーしよう......?」

 具体的な方針も思い浮かばず、とりあえず、バイトを続けるターニィ。
 ところが、そうやって真面目に働いていたことが、思わぬ幸運を招いた。
 ターニィのバイト先に、王女が遊びに来たのだ。

「これも......精霊のお導きだ!」

 今日まで頑張った甲斐があった。涙ぐましい努力の積み重ねだったのだ。機械だらけの場所で働くうちに、機械アレルギーも克服したほどだ。

「このチャンスを活かさなきゃ
 ......バチが当たるぜ!!」

 ターニィは、こっそり王女たちのあとをつけて、アトラクションに細工をして回る。
 最初は、観覧車からの転落死を狙った。空中でドアは開いたものの、付き人に阻まれて失敗。
 続いて、ガリガリの海賊では撲殺、ジャングルぐるぐるでは圧死、イッツ・ア・マッキーズ・ワールドでは衝突死を謀ったが、どれも失敗。
 スプラッシュ・だんだん・フォールでは、王女に水をぶっかけて、その勢いで乗り物から落として溺死させるつもりだったが、水圧が足りなかった。王女は濡れはしたものの、あれでは、ただの嫌がらせでしかない。
 そして、グレート・ウォール・マウンテン。コースのレールの一部を取り外したので、ハリウッド映画並みの大規模な事故が発生するはずだった。だが、王女が自らの精霊獣で、なんとかしてしまった。

「こうなったら......最後の手段!」

 ターニィは、自ら直接、王女と対決することを心に決めた。
 切り札の精霊獣石を使うのだ。心の友でもある精霊獣――ピカッ獣――を呼び出すのだ。
 王女の精霊獣のほうが格上だが、グレート・ウォール・マウンテンで力を浪費して、パワーダウンしているはず。彼女の獣は、すぐに力つきるだろう。
 そうなれば、ピカッ獣を止められる者はいない。精霊獣を倒せるのは、精霊獣だけなのだ。

「心配なのは......例の格言だけか。
 『精霊獣使いは引かれ合う』......!!」

 ザンス王国では常識のように言い伝えられている言葉であるが、ここは日本。精霊獣使いなど、いるわけがない。

「ああ......今度こそ......。
 今度こそ、上手くいくぞ!」

 ターニィは、勝利を信じて、王女の前に姿を現した......。


___________
___________


「いけっ、ピカッ獣!」

 男の言葉と同時に。
 黄色い稲妻が、横島たち三人へ降り注ぐ。
 しかし。

「わっ!?」
「横島さん、お願い!」
「おうっ、今度こそ!」

 大丈夫、こういうケースは初めてではない。頭を使う必要もない。
 月面でアンテナの魔物を相手した時と同様、文珠に『防』と文字を込める。
 即席の結界が完成。
 どんな文字を入れるのか、それさえ決まりきっているなら、文珠は、早くて手軽で使いやすい霊能力なのだ。

 バチッ!!

 敵の電撃攻撃は、全て跳ね飛ばした。
 
「今度は......こっちの番だぜ!」

 霊波刀――ハンズ・オブ・グローリー――を出して、構える横島。

「そうはさせるか!
 ずっと俺のターンだっ!!」

 負けじと叫ぶ、敵の男。

「やれっ、ピカッ獣!
 ボディーアタックだ!!」

 男の精霊獣が、弾丸のような勢いで向かってくる。
 それに対して、横島は、バッと自分の手を突き出して。

「のびろーっ!!」

 霊波刀を伸ばして、相手を貫く。
 自由自在に形を変えられるのが、ハンズ・オブ・グローリーの利点である。 
 これはカウンターが決まったと思ったのだが......。

 スカッ!!

 なんの手応えもなく、すり抜けてしまう。

「え......!?」
「駄目ですよ、横島さん!
 相手は精霊獣です......!!」

 後ろにいるおキヌの言葉で、横島も思い出す。
 美神が言っていたはずだ、精霊獣を倒せるのは精霊獣だけ、と。

(あれ......?
 でも、その美神さんが最後には
 精霊獣なしで精霊獣をやっつけたよな?)

 国王暗殺未遂事件では、美神の――「一億円出す」という言葉を受けて勢いづいた美神の――霊力をこめたコブシで、テロリストの精霊獣を二体まとめて殴り飛ばしていた。
 だが、あれは例外中の例外であり、主人公補正だ。
 美神令子は、金のためなら不可能を可能にする女。
 彼女を基準にしてはいけない。横島は彼女の弟子にあたるGSだが、そこまで継承してはいない。
 そして、こうして戦闘中に考え込んでしまうのも、師匠ならば絶対にやらないことだ。

「ぎゃ〜〜あ!!」
「横島さん......」

 突進してきた精霊獣の体当たりをモロに食らって、跳ね飛ばされる横島であった。


___________


「まずは一人......。 
 しかも強い方の警護をやっつけたぞ!」

 ザンス人らしからぬ流暢な日本語で、言い放つ男。
 それに対して。

「精霊獣がアイテなら......。
 イデよ、我ガ精霊獣!!」

 カタコトの日本語で、王女が立ち向かう。

「アナタもカゲキなテロリストですね!?
 ......ユルしません!!」
「許されんのは、おまえのほうだ!
 いけっ、ピカッ獣!!」

 ドシュッ!! ドギャアッ!! ボシュッ!!

 精霊獣と精霊獣が激突する。
 そんな大迫力バトルを尻目に。

「あ〜死ぬかと思った......!」

 弾き飛ばされて倒れていた横島が、スクッと起き上がった。
 サッとおキヌが駆け寄り、ヒーリングを施す。横島脅威の回復力は知っているが、一応、戦闘中である。それに、この状況では自分は回復役でしかないことを、おキヌはよく理解していた。

「大丈夫ですか?」
「ああ。
 サンキュー、おキヌちゃん!」

 軽く礼を述べてから、横島は、周囲を見渡した。
 二体の精霊獣が戦う様は、とても目立つ。ショーか何かだと勘違いして、人も集まり始めた。このままでは、巻き込まれる者も出てくるかもしれない。

「まずいな......」

 だが、無関係な一般人への被害など、悠長に心配している場合ではなかった。

「きゃあっ!!
 ワタシの精霊獣が......!?」

 キャラット王女の悲鳴が聞こえてきたのだ。
 見れば、彼女の精霊獣がピンチ。蜃気楼のように、その姿が薄くなっていく。どうやら、エネルギー不足らしい。
 キャラットは、横島たちの方へ手を伸ばす。

「ヨコシマさん!
 ......精霊石をクダさい!!」
「そんなもん持ってるわけねーだろ!?」

 ついに彼女の精霊獣は、ボフッと煙のように消えてしまった。

「ああっ!?」
「ハッハッハ......!
 これで......俺の勝ちだ!」

 怯える王女に向かって、ゆっくりと歩み寄る男。
 ネズミをいたぶるネコのような表情が浮かんでいる。

「マッキーキャットのぬいぐるみ、
 ......まだ着たままですからね」

 ふと、ノンキな感想を口にするおキヌであった。


___________


「......チッ!」

 とりあえず、横島は、おキヌと二人で王女のもとへと走り寄る。
 女のコ二人を背中にかばうかのように、両手を広げて立ち塞がり、文珠で結界も作った。
 
(守ることはできても......。
 精霊獣がなきゃあ攻撃は無理か......)

 今日の横島は、霊力が充実している。いくらでも文珠が出せそうな気分だ。
 だが、技術的にレベルアップしたわけではないから、たくさん同時に制御できるわけでもない。
 チラッとだけ『精』『霊』『獣』というのも考えてみたが、三つは無茶だ。間違って獣のような役立たずの精霊が出てくるのが、関の山だろう。
 そんな横島の葛藤は、相手にも見抜かれていたらしい。

「ハッハッハ......!
 俺のピカッ獣を倒せる者がいるか!?」

 高笑いする男。
 問いかける形ではあるが、返事は期待していなかったはず。
 ところが。

「ここにいるわ!」


___________


「なにっ!?」

 ターニィは、振り返った。
 何かが、こちらに向かって飛んでくる。
 夕陽を背にして大空を飛ぶ姿は、まるで太陽からの使者のようだ。

「カッコつけやがって......!
 燃え立つ正義のヒーローか!?」

 誰よりも速いとか、誰よりも強いとか。そんなフレーズも頭に浮かぶ。
 そして。
 逆光であったため、かなり近づいた段階で、ようやく姿がハッキリしてきたのだが。

「なんだ......それは......!?」

 最初のイメージも、一瞬で吹き飛んでしまった。
 驚愕の表情で、ターニィは叫ぶ。

「......精霊獣じゃねーぞ!?
 むしろ......機械じゅ......」

 それ以上言ってはいけない気がして――いや驚きのあまり――、言葉を呑み込むターニィ。
 今、彼の前にスッと降り立ったもの。
 それは、パッと見れば精霊獣。だが、よく見れば、機械で体中を補強された不格好な存在だった。
 その肩に乗っていた女が、力強く言い放つ。

「これは......メカ精霊獣2.8号!
 ザンス王国伝統のオカルト技術と
 中世の魔法科学と現代の機械科学......。
 それらを融合させて作った、人造精霊獣よ!!」


___________


「我らが精霊獣が......
 機械文明に同化されてしまったのか!?」

 ターニィは、頭がクラクラしてきた。
 機械アレルギーは克服したはずだったが、これは、あまりにも衝撃的だ。

「精霊獣が......キカイに......。
 うーん......」

 キャラットの言葉が聞こえてきた。バタンという音もする。
 気を失って倒れたのだろう。機械文明を楽しむキャラットにとっても、さすがにショックだったようだ。

「ああっ!?」
「王女さま!?」

 チラッと見ると、あとの二人が王女を介護しているようだ。
 ターニィだって気絶しそうだが――脇腹も再び痛み始めたが――、そうもいかない。
 敵の女が、こちらに向かって、ビシッと指を突き出しているのだ。

「さあ、もう観念なさい!」
「くっ......」

 気合いを入れ直すつもりで、女を睨み返す。

(たしか......この女は......)

 ターニィは、女の顔に見覚えがあった。
 国王暗殺計画において、殺し屋は日本GS協会の名簿を手に入れて、かなり詳しく調べている。そうした下準備も彼に全部一任してしまったため、ターニィ自身は、日本のGSの名前も顔も全然わからない――だから横島やおキヌのことも知らなかった――のだが。
 そんなターニィでさえ知っている、有名な女性GS。

(ミカミレイコ......!
 我らの......仇敵......!!) 

 テレビのニュースに映っていたのだ。
 あのプロの暗殺者が、美神に倒される場面が。
 厳密にはトドメをさしたのは美神ではない――日本のSPが射殺した――のだが、実質的には美神にやられたようなものだった。
 そんな彼女が、インチキな精霊獣を連れてやってきたのだ。
 王女よりも、美神にこそ......死の制裁を!!

「いけっ、ピカッ獣!
 そんなバッタもんに負けるな!」
「誰がバッタもんよ!?」

 メカ精霊獣から降りた美神は、小さな機械の箱を取り出した。アンテナやダイヤルやレバーがついているが、それらは使わず、美神は小箱に話しかけている。

「メカ精霊獣2.8号!
 ......やっておしまい!!」
「音声入力のリモコンか?
 ......フン!!
 そんなものがなきゃ操れねえんじゃ、
 やっぱりインチキじゃねーか!!」

 ゴゴゴッと動き出すメカ精霊獣。両腕を大きく振りかぶって、それがポーズを決めているうちに。

「ピカッ獣、セーレーサンダーだ!」

 お得意の電撃攻撃が炸裂。
 だが。

「なにっ!?」

 メカ精霊獣の腹部から何かがピュッと飛び出し、雷は全てそちらへ。

「避雷針......か!?」
「甘く見るんじゃないわ!
 機械の力を前にして
 ......抵抗は無意味よ!!」 

 銀色の機械の腕を振るう、メカ精霊獣。
 このスーパーパンチ一発で、あっけなく勝負は決まった。

 グシャッ......!

 鈍い音と共に。
 ターニィの精霊獣は、見るも無惨な姿に変わったのだ。

「ああっ!?
 俺の......ピカッ獣が......」

 その場に崩れ落ちるターニィ。
 もはや、彼に抵抗する気力は残っていなかった。


___________


 こうして。
 スーパーパンチによるKO勝ちで、デビュー戦を飾ったメカ精霊獣2.8号。
 純正の精霊獣と同様に、精霊獣を倒せることが証明されたのだ。
 やはり精霊獣と同じく、維持するには精霊石が必要だが、そんな欠点など問題にならないほどの性能である。
 厄珍堂の新たな人気商品になると思われたのだが......。


___________
___________


「どーしてくれるんじゃ!?
 材料費やら何やら......わしも
 けっこう金使っとるんじゃぞ!
 これでは今月も家賃が払えん!!」

 怒鳴り立てるドクター・カオス。
 美神の知識だけでは足りず、カオスの科学技術を加えることで、メカ精霊獣は完成したのだ。
 初号期は原因不明の暴走を引き起こしたため廃棄。2号機に細かなバージョンアップを重ねて、最終的に2.8号がロールアウトしたわけだが......。

「話が違うじゃないの!?
 バカ売れ間違いなしってことで、
 大量生産まで始めちゃったんでしょ!?
 ......どーすんのよ!!」

 美神も喚き立てる。
 知識だけではなく、彼女は、資金も提供していた。
 当然だがカオスと厄珍だけでは当座の現金が足りないので、彼女が立て替えているのだ。
 その予算をつぎ込んで、厄珍は大々的に売り始めたのだが......。

「注文ゼロある......。
 ワタシも困ってるね!」

 わざわざ美神の事務所まで来て、厄珍は頭を抱えていた。
 そう、バカ売れどころか、全く売れないのだ。
 現在、店では、売れ残り在庫が山になっている。

「も......盲点だったある〜〜!!」

 精霊獣石は無理ということで、途中から精霊獣を作る話に変わったが、それは些細なことだと思っていた。
 維持費がかかることにも気づいていたが、とにかく売りつけてしまえば後のことはどうでもいいので、それも気にしていなかった。
 厄珍が忘れていたのは、一番の特徴に関する部分だ。

「日本には精霊獣いないから......
 こんなもの必要ないあるね!!」

 精霊獣は精霊獣でしか倒せない。
 精霊獣と戦う切り札として、注文が殺到するはず。
 そういう皮算用だったが、よく考えてみれば、そもそも日本では精霊獣と戦う機会がないのである。
 いや、日本だけではなかった。諸外国でも、ザンス王国の者が来ないかぎり、精霊獣に出番はない。
 しかし逆に、ザンス王国の関係者の前では、メカ精霊獣は見せられない。彼らにとって、機械はタブーなのだ。

「どーすんだよ!?
 お姫さん帰っちゃったじゃねーか!!」

 横島も、厄珍に食ってかかる。
 あれだけ日本の電化製品を気に入り、機械文明を楽しんでいたキャラット王女でさえ、メカ精霊獣には目を背けていた。
 精霊と機械を融合するというのは、守り神である精霊に対する冒涜。それは、彼女の許容できる範囲を大きく超えていた。自分の信じる神を汚された気分だったに違いない。

「『こんなコトするヒトタチとは
  もう二度とアいたくありません』って......」

 涙目で騒ぐ横島。
 あの様子では、気軽に事務所に遊びにくることは、もうないであろう。
 もしも来日する用事があっても、横島たちの前には顔も出さないであろう。

「せっかく......」

 デジャヴーランドでの思い出が――グレート・ウォール・マウンテンでの感触が――頭に浮かぶ。あんなことやら、こんなことやら......。

「......あんなに気持ちよかったのに!」


___________


 ピクッ。

 横島の言葉に、美神が反応する。
 厄珍を非難するのは、一時中止だ。
 だいたい、いつもの冷静な美神ならば、計画の問題点には早々と気づいていたはず。裏帳簿発覚の件で、少し頭が沸騰していたのだろう。
 厄珍を責め立てるのも、半ば八つ当たりのようなもの。どうせ八つ当たりするのであれば......。

「......どういうこと!?
 デジャヴーランドで......
 特別なことでもあったのかしら。
 おキヌちゃん......何か知ってる?」

 顔に笑顔をはりつけて、まず、おキヌに質問する。

「さあ......?
 私が見ていたかぎりでは、
 特に何もなかったはずですが......」

 答えるおキヌも、美神と同じくニコニコしている。
 二人とも、横島のさきほどの表情から、だいたいの想像はついていた。
 それでも。

「本人の口から......じっくり
 説明してもらいましょうか!?」
「......そうですね!!」

 ニッコリ冷たい笑顔を、横島に向ける二人。

「横島クン......?」
「横島さん......?」
「ちょ、ちょい待ちっ!!
 二人とも、
 俺は何もやましいことは......」

 横島は、美神とおキヌに詰め寄られる。
 抵抗は無意味だ。

「そ、そんな......」

 結局。
 ありふれた光景で、事件は幕を閉じるのであった。




(ザンスの事件の後日談ざんす!・完)

(初出;「ザ・グレート・展開予測ショーPlus」様のコンテンツ「展開予測掲示板」[2011年1月])

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____
『幽霊の現れるスーパー』

 シトシトシト......。

 朝から雨の降り続く一日だった。
 こんな天気でも、うちのスーパーは、夕方になれば結構混雑する。
 しかし、まだ三時を過ぎたばかり。近所の主婦たちが夕飯の材料を買いにくるには少し早いし、昼メシの弁当や惣菜を買いにくる者はもういない。
 だから、店内にお客はゼロ。
 そこへ、突然、若い女の声が。

『すみません......』

 不思議なことに、自動ドアが開く音は聞こえなかった。
 だが、ともかく、お客さんならば対応しないといけない。

「へい、いらっしゃい!」

 俺は、レジからヒョイッと顔をのぞかせる。
 入り口近くに見えたのは、ボウッとした白っぽい人影。
 いや正確には、白いのは上半身だけで、下は赤い袴を履いていた。そのまま視線を下ろしていくと......。

(あ......足がない!?)

 オバケだ!
 びっくりして言葉も出ない俺に向かって、彼女は微笑みかける。

『あの......お砂糖ください』

 これが、おキヌちゃんという女幽霊との出会いだった。




    幽霊の現れるスーパー




「砂糖......!?」

 絞り出すようにして、俺は、一言だけ口にする。

『はい。
 ここで買えるって聞いたんですが......』

 言葉だけ聞けば、まるで普通の客だ。
 だが、明らかに違う。脚の先がボヤッと薄れて消えているだけでなく、よく見れば、背後にヒトダマのようなものが浮かんでいる。
 うん、人間じゃない。やっぱり、幽霊だ。

「飴......じゃないのか?」

 飴を欲しがる女幽霊。
 その話が、突然、俺の頭に浮かんだのだ。
 だから、素直に口に出したのだが。

『......え?』

 目の前の幽霊は、キョトンとしている。
 とりあえず、俺も最初の驚きから回復して、少しは喋れるようになった。

「ほら......。
 死んでから産み落とした赤ん坊がいて、
 それを育てるために......飴を......」

 まだ完全には冷静にならぬ頭で、とにかく、思い出したとおりの伝承を語ってみる。
 
『......なんのお話ですか?
 私は、ただ......
 こーひーに入れるお砂糖が
 欲しいだけなんですけど......?』
 
 よくある怪談や幽霊話とは、大きく違う。
 現実的な用件で訪れた、現代的な幽霊だった。


___________


 よくよく話を聞いてみれば。
 彼女――おキヌちゃん――は、除霊事務所で住み込みのバイトをする身。
 除霊そのものにも同行するが、むしろ客の対応やお茶汲みなど、秘書のような仕事がメインらしい。
 そんなわけで、今日もティータイムの準備をしていたのだが、いざという時になって砂糖をきらしていたことに気が付いた。今まで買い物は所長さんが自らやっていたそうだが、今日は、あいにくの雨。

『それなら......私が!』
「じゃ、お願い。
 近所のスーパーに、あると思うわ」

 幽霊ならば雨でもへっちゃら。おキヌちゃんが買い物を申し出て、所長さんに、うちを薦められたのだという。
 かくして、はじめてのおつかい......ということになったわけだ。

(なるほど......。
 あそこのバイトのコだったのか)

 美神除霊事務所。その名前は、俺も聞いたことがある。
 ゴーストスイーパー――妖怪や悪霊と戦う現代のエクソシスト――なんて、俺から見たらタレントや芸能人のようなもの。別世界の人間だ。だが、その一流どころが遠からぬ場所に事務所を構えていれば、近所の噂話にも出てくるのだ。

(美神令子......だっけ?)

 まだ若いのに、俺らとはケタ違いの金を稼ぐという話だ。何度か見かけたこともあるが、なるほど、金持ちっぽいゴージャスな服装だった。
 たぶん庶民とは暮らしぶりも違うのだろう。うちに買いに来たことは、なかったと思う。

(それでも......知ってたんだな、
 うちに来りゃあ大抵のもんは揃うって)

 砂糖を買うだけなら、もっと近いところもあったはずだ。
 それなのに、うちを――色々と買うには便利なスーパーを――指定したということは。

(今後は......
 このコが日用品の買い物も
 任されるんだろうな......?)

 俺の考えなど知らずに。
 未来のお得意さんは、小首を傾げていた。


___________
___________


 俺の想像は正しかった。
 それ以来、おキヌちゃんは、頻繁に買い物に来るようになった。
 はじめてのおつかいが成功したので、買い物も彼女の職務となったのだ。

「やあ、また来たんだな!」
『はい、おじさん!
 えーっと、今日は......』

 手元のメモを確認するおキヌちゃん。
 そう、最初のうちは、具体的に細かく記されたリスト持参だった。所長さんから渡されたらしい。人間界の品物の名前を覚えるって意味もあったんだろうな。
 それから、しばらくすると。

『こんにちわ!
 今日は......何を作ろうかな......』

 おキヌちゃんは、リストなど持ってこなくなった。
 それどころか、何を買うかすら具体的に決めずに、うちで売ってる物を見ながらその日の夕飯のメニューを考えている。もう近所の主婦と同じである。
 所長さんは事務所に住んでいるわけじゃないが、バイト――おキヌちゃん以外に少年が一人いるらしい――と一緒に、事務所で食べることが多いそうだ。所長自らが作ることもあるが、基本的には、おキヌちゃん。

『味見できないのが
 幽霊の不自由なとこですけど......』

 そう語る彼女の表情を見ればわかる。
 おキヌちゃんは、下手な人間なんかより、料理も上手なのだろう。


___________


 おキヌちゃんが、うちの常連となってから。
 色々と世間話もするようになったが、おかげで、俺もそれまで知らなかった世界に関して少し詳しくなった。

「へえ......そんなもんなのか!」

 実は、この世には、幽霊も結構たくさんいるらしい。
 そのほとんどは、姿も見えないし声も聞こえない。近くにいても、普通の人にはわからない。
 だが、幽霊自身に強烈な気持ちがあれば、話は別。だから、人々の前に出没するのは、強い怨念を持ったものばかり。
 これが、いわゆる悪霊である。

『でも......
 いい幽霊(ひと)もいるんですよ』

 おキヌちゃんの知り合いの浮遊霊は、13日の金曜日に集まって、親睦会を開いているらしい。
 そのほとんどは、お年寄りの幽霊。天寿を全うしており、安らかに満足して死んでいるので、悪さをすることもない。

「だがよ......成仏しないで
 この世に残ってるんだろ?
 やっぱり、なんか......
 未練があるんじゃねーのか?」
『うーん......なんででしょうね?
 私にも、わかりません!
 ははは......』

 ちなみに。
 おキヌちゃん自身は、未練とかではなくて。
 そもそも、生きていた頃のことなど忘れてしまうくらいのベテラン幽霊。
 成仏の仕方すら忘れてしまい、それで現世に留まっているらしい。

(こうして見ていると......
 幽霊も、人間と変わらんなあ)

 彼女と話をしていると、そう思う。
 背後にヒトダマが浮いてたり。姿が――特に脚が――時々ぼやけたり。壁を通り抜けたり......。
 彼女自身の感覚は知らないが、第三者の俺から見れば、それくらいしか違いはない。
 おキヌちゃんは、本当に普通の女のコだった。


___________
___________


 ある日の夜遅く。
 降りしきる雨の中、俺はライトバンを走らせていた。翌日のための仕入れも終わり、あとは店に戻るだけだ。

「......ん?」

 雨音と、ワイパーの作動音と、水の撥ねる音。
 それらとは明らかに違う何かが、突然、俺の耳に入ってきた。

 シクシク......シクシクシク......。

 まるで、女の泣き声だ。
 だが、車内には俺しかいないし、ラジオもつけていない。
 外の音だということになるが、それにしても変だ。閉め切った車の中にまで聞こえてくるなんて......。

「幻聴ってわけでも......なさそーだな?」

 気になって、ブレーキを踏んだ。
 ちょうど神社の前で、少し広くなったスペースがある。ここならば、停車しても問題あるまい。
 完全に静止した車の中、俺は耳をすます。

「やっぱり......聞こえる!」

 ドアを開けて、車から降りた。
 いつのまにか雨は小ぶりになっているが、一応、傘をさす。

「......こっちだな?」

 聞こえる音量は、なぜか、車の中と変わらない。
 それでも、なんとなく方角がわかって、俺は歩き出した。

 ピチャ......ピチャピチャ......。

 濡れた石畳――くぼんだ部分は水たまりになっていた――の上を進んでいく。
 本殿へと続く、長い一本道だ。
 泣き声は、その本殿の辺りから聞こえてくる。

「......あれ?
 この神社って......
 こんなに広かったっけ!?」

 歩いても歩いても、辿り着かない。
 月明かりに照らされて、本殿は遠くに見えていた。

「まあ......夜だからなあ」

 何度も来ている神社だが、こんな時間に訪れるのは初めてだ。夜の暗さと静けさが感覚を狂わせているのだろうと、自分を納得させる。

「おや......?」

 突然、周りがいっそう暗くなった。月に雲がかかったらしい。
 同時に。
 
 シクシクシク......シクシク......シクシク......。

 聞こえてくる声が、少し強くなった。
 本殿の中からではなく、その近くの大木の根元。
 よく見れば、そこに誰かが座り込んでいる。暗闇の中で妙に目立つ、白い服装の女だ。

「おーい!」

 と、遠くから声をかけながら。
 俺は、女のもとへ歩み寄った。


___________


「どうしたんだい?
 こんな時間に、こんなところで......」

 体を近づけて、女も傘に入れてやる。
 膝を抱え込んで座る彼女は、全身濡れ鼠。長い黒髪は顔に貼り付いてしまい、うつむき加減なこともあって、表情はわからない。美人かどうかもわからない。
 こういうのを、白装束というのだろう。着物のような浴衣のような、上から下まで真っ白な服。濡れて体にまとわりついているが、下着の線が浮き出ることはなく、そこに艶かしい雰囲気はなかった。
 
 シクシク......シクシク......。

 彼女は、まだ泣き続けている。
 これだけ接近したのだから、俺のことにも気づいているはずなのだが......?
 不思議に思いながら、あらためて、話しかけてみた。

「何か俺に出来ることはないか?
 困っているなら......力にならあ!」

 どうやら、これはシッカリ届いたらしい。
 
 シクシク......シクシク......フフフ......。

 泣き声が笑い声に変わって。
 彼女は、顔を上げた。

『私と......目があったわね?
 ありがとう......!!』

 ようやくハッキリと見えた彼女の顔。
 それは......。
 ほとんど肉が腐り落ちて、ガイコツと化していた!


___________


『ハハハ......!
 嬉しい、嬉しいわ!!』

 女が、ガバッと抱きついてくる。

『あなたみたいな人......待ってたのよ!!』
「ぎゃあっ!?」

 クルリと背を向けて、傘も放り出して。
 俺は、一目散に走り始めた。 

(やばいっ......!)

 俺も男だ。もしも美人に抱きつかれたならば、ちょっと喜ぶかもしれない。
 だが、この状況は、嬉しくない。
 ここまでくれば、俺にもわかる。
 この女は、悪霊とか妖怪とか、そういう類いのものなのだ。

(俺......取り憑かれた!?)

 最初から、何かおかしいとは感じていた。
 そう、薄々気づいていたんだ。俺だって、そんなに鈍感なわけじゃない。

(慣れってやつは......恐ろしい!)

 うちに幽霊が買いに来るようになって――常連客になって――、すっかり俺も幽霊に馴染んでしまっていた。だからその本質を忘れていたが、幽霊とは、本来こういうものだったのだ。

(おキヌちゃんは、特別なんだ。
 あれが普通だと思っていたら
 ......痛い目に遭う!)

 いやいや、悠長に回想している場合ではない。
 女幽霊は、俺にしがみついている。いくら逃げても、いくら振りほどこうとしても、うまくいかない。

『もう離さないわ、離さないわ!
 だって......やっと見つけたんだもの。
 いつまでも......私といっしょに......』

 彼女の事情は、わからない。
 見知らぬ故人の境遇なんて興味ないし、幽霊の理屈なんて理解できない。
 だが、わからないからこそ、こわかった。とにかく、背筋がゾッとする。
 抱きつかれているため、背中全体で彼女の感触を受け止めることになり、これも凄く気持ち悪い。

(誰か......助けてくれ!)

 精一杯の力で叫んでみたが、なぜか、声にならなかった。
 せめて明るいところまで出れば――人がいるところまで行けば――、助かるかもしれない。
 しかし、神社の出口は遠い。長い参道が、どこまでも続く。
 走っても走っても、永遠に届かない気分になってくる。いつのまにか歩みは遅くなり、全身の力も抜けてきて......。

(もう......ダメだ......)

 心の中に、諦めの言葉が浮かんできた時。

 バキッ!!


___________


(おおっ......!?)

 背後で、凄い音がした。
 同時に、体が軽くなった。脱力感も消えている。

(誰かが......
 女幽霊を引き剥がしてくれたのか!?)

 振り返った俺の目に映った救世主。
 それは。

『......大丈夫でしたか?』

 おキヌちゃんだった。


___________


 いつもどおりの巫女服姿だ。ちょっとした大きさの岩を、小脇に抱えている。これで、女幽霊を殴りつけたのだろう。

『えへへ......』

 照れ笑いのような表情を見せた後。
 彼女は、説明し始めた。
 今晩も、浮遊霊の寄り合いに参加していたおキヌちゃん。そこで話題に上がったのが、最近この辺りに出没する女幽霊だった。

『どうも悪い幽霊(ひと)らしくて......。
 放っておけないってことになって、
 みなさんと一緒にやって来たんです!』

 幽霊の問題は幽霊同士で解決しよう。そんな趣旨だったらしい。
 それは理解できたのだが、俺は、つい聞き返してしまった。

「みなさん......!?」
『はい、そうです。
 ......ほら!』

 仲間を紹介するかのように、大きく手を広げるおキヌちゃん。
 だが、誰もいない。
 俺に見えるのは、あの悪霊女だけ。こちらに腕を伸ばしながら、何か見えない力で、ズルズルと引きずられていく。

『......あ!
 おじさんには見えないんですね......』

 俺の表情から、察したようだ。
 おキヌちゃんは、シュンと肩を落としている。

「ああ、すまんな。
 だが......おかげで助かったよ。
 ......ありがとうな!」

 おキヌちゃんに感謝の言葉をかけてから。
 俺は、もう一度、無人の空間に視線を向ける。
 目をこらして、耳をこらして、集中すると......。

『まったく、最近の若いもんは......』
『生きとる者を困らせてはいかんぞい!』
『ひとの迷惑になることはやめましょう
 ......って小さい頃に教わらんかったか!?』
『こりゃあ......
 イチから叩きこまんとなあ!!』

 そんな声が、聞こえるような気がした。


___________
___________


 今日も、うちへ買い物に来たおキヌちゃん。
 ペコペコと頭を下げている。

『......すみません、本当に!
 すぐにお金はお返ししますから......!』

 今日は所長さんのためではない。一人暮らしのバイト仲間――貧乏な少年――に、食事を作ってあげるのだそうだ。
 しかし、幽霊である彼女に十分な所持金があるはずもなく。今回は、ツケということになったのだった。

「おう、いいってことよ!」

 この間の夜に助けてもらった借りもあるが、それだけではない。

「おキヌちゃんなら
 そこらの生きてる奴より信用できらあ!」

 人間にも、いい奴と悪い奴がいるように。
 幽霊にも、いい奴と悪い奴がいる。
 おキヌちゃんが、どっちなのか。
 それは......今さら言うまでもないことだろう!




(幽霊の現れるスーパー・完)

(初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」[2011年2月])

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____
『少年は今』

「それっ!」

 山奥の森の中。
 一人で遊ぶ少年が、掛け声と共に竹トンボを勢いよく回す。
 ぶんっ、と音を立てて、トンボの翼が空に飛び立った。

「やったー!」

 少年は、思わず歓声を上げる。
 たった今飛ばしたのは、彼の自作の竹トンボ。
 少年にとって『竹トンボ』とは、大恩ある人物に作ってもらった大切な玩具であるが、玩具はしょせん玩具。ずっと同じ玩具で遊んでいたら、いずれボロボロになってしまう。だから、もらった竹トンボを模して、少年自身が同じものを作ってみたのだった。

「にーちゃん……ボクにもできたよ、竹トンボ」

 青く澄んだ空を見上げながら、少年はつぶやく。今はどこにいるかもわからない、横島忠夫という人間に向かって。
 少年の名前はケイ。人里離れた山奥で母親と共に暮らす、若い化猫であった。




    キリ番リクエストSS
    少年は今




「たぶん……こっちに飛んだはずだけど……」

 生い茂る緑をかき分け、木々の間をぬって、奥へ奥へと足を進めるケイ。空高く飛ぶ竹トンボを見失ってしまい、日頃あまり足を踏み入れない辺りにまで、探しに来ていた。
 森で竹トンボ遊びをする以上、こうしたことは、しばしば起こる。横島からもらった大事な竹トンボを紛失しては一大事なので、いつも必死になって探し出すのだ。
 今日の竹トンボは自作なので、それにくらべれば重要度は低いが、初めてうまく作り上げたものだけに、やはり失いたくはない。
 そうやって森の中を探索していると……。

『聞いてくれ……。
 俺の話を聞いてくれ〜〜』

 右手の木陰から現れたのは、恨めしそうな声で泣く自縛霊。
 ここは雑霊の多い場所でもあり、ケイも時々、それらに遭遇する。普通の人間ならば怯えてしまうかもしれないが、そもそもケイは化猫、つまり妖怪の一種だ。物怖じすることなく、自縛霊に近寄った。

「どーしたの、おじさん?」
『俺は50年前にここで……』

 その場に座り込み、親身になって耳を傾けるケイ。自縛霊の話に聞き入っているうちに、竹トンボのことなど、ケロッと忘れてしまうのであった。


___________


『……というわけで俺は、
 それからずっと、ここに留まっているのだ』

 長い長い物語が終わった。

 ケイは、無邪気に相づちを打つ。

「ふーん。
 おじさん、いろいろ大変だったんだね」
『おお、わかってくれるのか!
 俺の無念を〜〜!!』
「うん。よくわからないけど
 ……でも何となくわかるよ」

 自縛霊は、あくまでも『自縛霊』であって『地縛霊』ではない。自分で自分を縛っていたに過ぎないのだ。ケイに共感してもらえたと感じてスッキリすれば、この地に霊を留めるものも消失する。

『心優しき少年よ、ありがとう……』
「ばいばい、おじさん」

 天に昇っていく霊を見上げながら、手を振るケイ。
 彼に自覚はないのだが、自縛霊を優しく除霊してしまったらしい。

「……あれ?」

 自縛霊が成仏したことで、一人ポツンと残されたケイは、森の奥へと入ってきた目的を思い出す。
 そう、彼は竹トンボを探している途中だったのだ。

「……うーん……」

 ちょっと困ったように唸る。周りを見渡せば、いつのまにか、すっかり暗くなっていた。自縛霊の長話につきあううちに、夜になってしまったようだ。
 これでは竹トンボ探しも難しい。明日また探そう。それに、早く家に戻らないと母親が心配するだろう……。
 そう考えて、来た道を戻るケイ。
 真っ暗な夜の森とはいえ、彼のいつもの遊び場からそれほど離れてはいない。特に問題なく、家まで帰れるはずだった。


___________


「……?」

 迷うことなく森を歩いていたケイは、突然、足を止めた。
 耳をすませば、木々のざわめきの中、わずかに別の物音が聞こえる。そちらへ顔を向け……。

「……誰かいるの?」

 声をかけてみたが、返事はない。
 子供特有の好奇心にかられて、ケイは近寄ってみる。すると。

「……く……来るな……!」

 反応があった。弱々しい、小さな子供のような声だが、その方向に意識を向ければ、かすかに独特の霊気も感じられる。
 人間ではない。妖怪の子供だ。

「大丈夫だよ。
 心配しないで、出ておいで!」

 相手の怯えた雰囲気を感じ取り、ケイは笑顔で言葉を投げかけた。
 出迎えるように手を伸ばしてみたが、それでも出て来る気配はないので、さらに近づく。どうやら妖怪の子供は、大木の裏側に隠れているらしい。

「道に迷ったのかな?
 だったら今晩は、うちに泊まりなよ!」
「……」

 返事はなかったが、回り込んだところで、ようやく相手の姿を目視できた。
 木の根元で幹にもたれかかっていたのは、パッと見では、ケイより少し年下の、人間の男の子。だが、尻から生えたモフモフの尻尾が、彼の正体をハッキリ示していた。
 狸の子供である。

「……あ! 血が出てる!」

 びっくりしたような声を上げるケイ。子狸妖怪が怪我していることに気がついたのだ。脇腹をザックリやられているらしい。

「早く手当てしなきゃ!」
「……く……来るなと言ったろ!」

 ダラダラと血を流しながらも、狸の子供は、右手を突き出して威嚇する。ケイのことを敵だと思っているのだ。
 手には、木製のナイフらしきものを握っていた。
 いや。
 よく見れば、それはナイフではない。
 気づいたケイが、大声で騒ぐ。

「ボクの竹トンボだ……!
 返して! それボクのだから!」

 こうして。
 探していた竹トンボを、ケイは無事に発見できたのであった。


___________


 竹トンボに目を輝かせるケイを見て、子狸の方でも、ケイに悪意はないと理解したのだろう。素直に竹トンボを返した後、狸はケイの「うちに泊まりなよ」という誘いを受け入れて、ケイの後ろを歩き始めた。

「……歩ける?」
「大丈夫。
 見た目ほど大ケガじゃないから」

 怪我で動けなかったわけではない。追っ手から隠れるために、ジッとしていただけだ。
 歩きながら、狸はポツリポツリと事情を語る。
 彼の名前はタヌ太。長生きして妖怪に変化した狸を祖とする、おとなしい一族の末裔である。隣の山で両親と共に静かに暮らしていたのだが、そこに突然、妖怪退治が乗り込んできたのだという。

「おっとうやおっかあとは……
 逃げる途中で、はぐれちまったんだ。
 オイラと違って強いから、無事だと思うけど……」

 自分の怪我よりも、両親の身を心配する子狸。父や母のことで心がいっぱいで、傷の痛みどころではないのだろう。
 タヌ太の話を聞くうちに、ケイは、胸がギュッと締め付けられる気分になった。ケイが母親と暮らすこの地にも、かつて妖怪退治の魔の手が伸びてきたことがあったからだ。
 それはバブル時代の話であり、ゴルフ場の開発計画が持ち上がったためだったのだが、ケイは、そうした人間側の事情までは知らない。ただ、あのとき彼ら親子を守ってくれた人間がいたこと……。それだけは、決して忘れることはなかった。

(……にーちゃん……)

 悪い妖怪退治を倒し、あの人は颯爽と去っていた……というのが、ケイ視点での出来事である。妖怪退治と戦うにあたり、死を覚悟した男は、ケイにこう告げていた。

『ぼうず……!
 強い化猫になって
 母ちゃんを守ってやれよ……!』

 ケイの心の奥に深く刻み込まれた言葉……。
 それを思い起こしながら、あらためてケイはタヌ太に目を向ける。ケイに手を引かれて、反対の手で腹を押さえながら歩く子狸は、昔の自分以上にか弱い存在に見えた。
 あのとき言われた『強い化猫』になれたかどうか、まだ自信はない。それでも、今この場でタヌ太を守ってやれるのは、自分しかいない……。
 ケイが、そう心に決めた時。
 まるでタイミングを見計らったかのように。

「ようやく覚悟を決めたか……?」

 不気味なセリフと共に。
 斜め前の茂みの中から、妖怪退治の男が現れた。


___________


「こ……こいつだよ……!」
「大丈夫だから、落ち着いて!」

 騒ぐタヌ太を、ケイは後ろ手にかばう。内心ではケイも動揺しており、「落ち着いて」は、半ば自分に向けた言葉であった。
 タイミングがタイミングだったので「ようやく覚悟を決めたか」という発言にドキッとしたのだ。しかし冷静に考えれば、あれはタヌ太への言葉だと思う。
 今まで逃げ隠れしていたタヌ太が、こうして普通に山道を歩いている。逃げるのを諦めて、隠れるのをやめたのだ……。男はそう判断したのだろう。

(そうだ。
 ボクが言われたわけじゃないんだ)

 別に自分が心を読まれたのではないと理解して、少し落ち着くケイ。小さく一つ深呼吸してから、あらためて男を見据える。
 簡素な着物の上下を着こなし、長髪を後ろで髷のように束ねた男。手には長い日本刀を構えており、外見だけ見れば現代人とは思えない。昔々の武士の格好だ。
 しかも、男が発する霊気は、人間のものではなかった。加えて、尻から尾が生えている。しっぽの形状は……。

「……犬?」

 思わずつぶやいたケイに、怒気を含んだ声が返ってくる。

「なめるな! 狼だ!」

 男は狼なのよ気をつけなさい……などという比喩的な意味ではなく。
 目の前の男は、文字どおりの『狼』らしい。
 それも、人間の姿をとれる狼だ。
 強敵だ。

「タヌ太は逃げて!」

 視線は前にいる狼剣士に向けたまま、背後のタヌ太に語りかけるケイ。
 かつてはケイが『俺がオトリになってやるから安心しろ!』と言われる側だったのだが、いつまでも昔の自分ではないとケイは思う。

「こいつはボクが足止めするから!」
「……うん、わかった!」

 ケイの言葉を素直に受け入れ、あっさりタヌ太は逃げ出した。
 しかし。

「馬鹿め!」

 吐き捨てるような言葉を残して、狼剣士の姿がケイの視界から消えた。「えっ?」と思う間もなく、男の声は後方から聞こえてきた。

「拙者から逃げられると思ったか!」

 慌てて振り返れば、悲鳴を上げながら急停止するタヌ太の姿があった。

「ぅわっ!?」

 振り下ろされた刀を、タヌ太は間一髪で避けている。もしも立ち止まらなければ、今ので斬られていたことだろう。
 いつのまにかタヌ太の前には、狼剣士が立ちふさがっていた。
 一瞬のうちに、回り込まれたのだ。
 速い。
 これでは、手負いのタヌ太では逃げられない!
 ならば!

「ボクが相手だって言ったろ!」

 ケイは走り出した。
 タヌ太を守るため、敵に立ち向かってゆく。


___________


 化猫族の武器は、両の手に生えた爪。
 母親の美衣のように全身の姿を変えることこそなかったが、爪だけを伸ばして、ケイは猫の手を振るう。
 しかし。
 狼剣士は、ケイの猛攻を刀で受けようともせず、左右に跳んで巧みに避けていた。ここかと思えばまたまたあちら……と言いたくなるくらいの、身軽な動きだ。
 と、突然。

 ガキッ!

 剣士の一撃がケイに決まった。
 攻撃の隙をつかれて、腹を横薙ぎされたのだ。

「……うぅ……」

 衝撃で吹っ飛んだケイは、背後の大木に叩きつけられた。
 腹と背中が、激しく痛む。苦痛にサンドイッチされて、息もできない。
 それでも何とか立ち上がったケイは、痛みはあるのに血は出ていないことに、ようやく気がついた。ケイの知らぬうちに剣士は刀を反転させており、今のも峰打ちだったらしい。

「見たところ、猫の小僧のようだが。
 拙者の仕事の邪魔をするというなら……」

 言いながら。
 ジャキンッと刃を返す剣士。

「……おぬしも斬るぞ!」

 その途端。
 剣士の『気』が変わった。

「……ぁあぁ……」

 無意識のうちに後ずさりするケイ。剣士の発する明確な殺意に当てられたのだ。
 それでも。
 震える体に言うことをきかせて、ケイはその場に踏みとどまる。黙っていたら恐怖に負けてしまいそうで、彼は聞き返した。

「……し、仕事……って……?」
「人にあだなす悪い妖怪を斬る。
 ……それが拙者の仕事である!」

 人間は善、妖怪は悪。それが人の世における理屈なのだろう。
 目の前の剣士だって妖怪のたぐいのはずなのに、男は、完全に人間の味方のようだ。
 ケイの心の中に、不可思議な怒りが沸き起こる。
 自分でも気づかぬうちに、剣士に対する非難が口から飛び出していた。

「悪い妖怪はどっちだ!」

 人間だから、とか。
 妖怪だから、とか。
 そうした決めつけは間違っている!
 ……ケイは知っているのだ。全ての人間が妖怪と敵対するわけではない、ということを。人間の中にも妖怪に好意的な『いい人』がいる、ということを。

「タヌ太は悪い妖怪じゃないだろ!?」

 ケイの叫びに、剣士は静かな言葉を返す。

「……そうは思っておらん者もおる。
 だから拙者が、退治を依頼されたのだ」

 剣士が右に視線を動かし、ケイも釣られて、そちらを見る。
 二人の視線の先では、逃げるに逃げられないタヌ太が、怯えた表情でブルブル震えていた。
 ……こんなタヌ太が『人にあだなす悪い妖怪』なものか……!

「じゃあ、そいつが……
 おじさんの依頼人が間違ってるんだ!」
「……そうかな?
 おぬしは何故、そう言い切れるのだ?」
「だって……」

 再びタヌ太を見やってから。
 ケイは、狼の剣士を睨みつけながら言った。

「そんなこと、見ればわかるだろ!」
「フン、子供の理屈だな……」

 確かに、ケイの発言に論理的な説得力はない。
 それでも。

「妖怪は理屈じゃない!」

 ケイは力強く言い放った。


___________


「……そうか……。
 どうやら拙者が間違っていたようだな」

 剣士は、ため息混じりでつぶやいた。
 ケイは一瞬、わかってもらえたのかと思ったが、残念ながらそれは早合点。

「道理もわからぬ子供と
 問答したのが間違いだった。
 やはり……斬るしかない!」

 白刃を煌めかせて、剣士が斬りかかってくる!

「くっ!」

 咄嗟に横に跳ぶケイ。考えるより先に体が動いたのだ。おかげで、かろうじてかわすことが出来た。
 もしも爪で受けようとしていたら、ケイの腕ごと叩き斬られていたことだろう。剣士の斬撃は、それほど強烈なもの。さっきまでケイが立っていた地面には、一筋の亀裂が走っていた。

「よくぞかわした!
 ならば……
 もう一段、速度を上げようぞ!」

 刀を振り抜いた剣士は即座に体勢を立て直し、今まで以上のスピードでケイに迫る!
 これに対して、ケイは咄嗟に……。


___________


 愛刀を振りかぶった男には、化猫少年の手の動きが見えた。
 生意気にも、爪で迎え撃とうというつもりらしいが……。
 そんなもの、間に合うわけがない。自分の方が速い。
 男は、そう思った。おのれの剣速に自信があったのだ。
 だから、相手の迎撃など物ともせず、敵が振るう爪ごとバッサリ斬るつもりだった。
 だが。

「……!?」

 猫の手は、男の予想外の動きを見せた。
 手そのもので攻撃するのではなく。
 その手から、何かが飛び出したのだ。

(飛び道具を持っておったのか!?)

 想定していなかった事態。
 慌てて刀で弾いたが、いつもより動きが大振りになってしまった。
 一瞬の隙。そうして体勢が崩れたところに、猫の爪が……!

「……くっ……!」

 刀を叩き落とされ、気づいた時には、大の字で地面に倒れていた。
 化猫の子供は、男の刀を拾い上げており、その刃先を彼の目の前に突きつけている。そして、こう告げた。

「妖怪を襲う妖怪は悪い妖怪だ!」

 つまり。
 男の方こそ『悪』だと言いたいらしい。

「……そうか」

 ポツリとつぶやく男。
 刀を持つ少年の手は震えているが、その瞳は真っすぐだった。
 化猫の目を見て、男は一人の若い人狼を思い出す。父の仇をとるために里を飛び出し、恐るべき『狼王』に立ち向かった若き勇者を……。

「……『見ればわかる』か……。
 たしかに、おぬしの言うとおりだ。
 ……拙者の負けのようだな」

 あの『狼王』の事件の際に里を出て、そのまま人間の世界に住み着いた人狼は、何人もいる。
 男も、そうした『人間と仲良く暮らすようになった人狼』の一人。新しい生活を送ることもまた、修業の一環だと思ってきたのだが……。
 はたして、そうだったのだろうか?
 ドッグ・フードに釣られて、人間の言うことを聞き、人狼の能力を活かして妖怪退治を請け負って……。
 今回の仕事も、そうだった。背後の事情を詳しく調べることもせず、依頼主の『山に狸の妖怪の親子が住み着いて困っています』という言葉を鵜呑みにして、彼らを退治しようとしていたのだ。
 ……これでは人間に飼い馴らされた『犬』ではないか……!?

「いつにまにか拙者は……
 人狼の誇りを失っていたようだ」

 ならば敗北も必定。
 スッキリと割り切って、心も軽やかになった男は、目の前の刀を気にすることもなく、ヒョイと立ち上がる。
 そして。

「……申し訳ない」

 あらためてその場に座り込み、頭を地に擦り付けて、土下座した。


___________


 翌日。
 大自然の中で、いつものように一人で遊ぶケイ。
 ふと、昨夜の出来事を思い出す。
 最初はどうなることかと思ったけれど、最後は拍子抜けするほどアッサリ解決した事件だった。
 狼の剣士――男の言葉によると『人狼』という種族の妖怪だったらしい――は、負けを認めた後は、タヌ太に『ヒーリング』まで施してくれた。

『でも……おまえは、
 おっとうとおっかあを……』

 タヌ太の心の傷は、容易には癒えそうになかったが、

『……すまん……。
 だが拙者、二人を傷つけてはおらんぞ?』

 人狼の説明では、三人が散り散りになったところで、タヌ太を最初の標的にしたのだという。
 一番弱い者から確実に狩る……。そう表現すれば定石どおりだが、タヌ太を両親に対する人質にしようという意図もあったかもしれない、と――人狼にあるまじきふるまいをするところだった、と――男は自嘲していた。

『……おぬしの親御どのは
 拙者が責任を持って見つけだそう』

 タヌ太が両親と離れ離れになった原因は、彼が襲撃したこと。だから、元に戻すのも彼の仕事……。
 そう言って。
 男はタヌ太と共に、夜の闇の中へと消えていった。

「あんな強い人が一緒なら、
 タヌ太も大丈夫だよね……」

 昨夜の別れ際のタヌ太の顔を思い浮かべながら、ケイは、隣の山の方角を見る。タヌ太が暮らしていた山の方を……。
 しばらくボーッとそちらを眺めてから、ケイは、手元に視線を落とした。
 今日もケイは、竹トンボで遊んでいたのだ。

「……」

 この竹トンボが、タヌ太との出会いのきっかけになった。
 そして。
 人狼の剣士との戦いにおいても、この竹トンボが重要な役割を果たしていた。
 無我夢中で飛ばした竹トンボのおかげで、ケイは強敵に勝つことが出来たのだから。

「うん。でも……なんか違うよね」

 竹トンボは武器ではなく、おもちゃである。
 もう二度と、あんな使い方はするべきではない。
 それでも。
 勝ったことは事実。
 だから……。

「……にーちゃん……」

 青い空を見上げながら。
 風に乗せるようにして、ケイはつぶやいた。

「ボク……少しは強くなれたのかな」




(少年は今・完)

(2012年5月3日 掲載)

 付記;
 13,579人目の御訪問者から「ケイが主役のSS」というリクエストを頂き、それによって生まれた作品です。リクエストありがとうございました。
 二次創作の世界では少女扱いされることもあるケイですが、ここでは素直に、少年という解釈で書いています。ストーリーも無理にオチをつけることなく、オーソドックスにまとめてみました。

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