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『彼女が作った世界』
初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」(2010年12月から2011年1月)

リポート・起 「一年後(前編)」
リポート・承 「一年後(中編)」
リポート・転 「数日後」
リポート・結 「一年後(後編)」






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リポート・起 「一年後(前編)」

「あら、雪が降ってきたみたい。
 横島さん、大丈夫かな......」

 窓の外をボーッと眺めながら、おキヌがポツリとつぶやく。
 独り言だったようだが、それを耳にした美神が、言葉を返す。

「心配することないわ。
 仕事に出かけたわけじゃないんだから......」

 机に脚をのせて、パラパラと雑誌をめくる美神。
 彼女の頭の上では、タマモが子ギツネ姿で丸くなっていた。美神に同意しているのだろう、小さな鳴き声をあげる。

「クーン......!」

 外の寒さとは無縁の、温かい暖かい事務所の光景であった。
 そんな穏やかな時間を破るかのように。

 バンッ!!

 勢いよくドアが開いて、飛び込んできたのは横島だ。

「美神さん〜〜!
 外は寒かったっス〜〜。
 だから、その体で俺をあたため......」
「いつもいつも懲りずに......。
 ......おのれは、
 進歩とゆーものをせんのかあっ!?」

 バキッ!!

 美神に抱きつこうとしたが、当然、成功しない。
 彼女の頭にのっかっていたタマモは、いつのまにか離れており、今は少女形態。シロ――横島の後ろから入ってきた――の相手をしている。

「この寒いのに、あんた、よく平気ね。
 毎日毎日、サンポ、サンポって......」
「拙者は侍でござる!
 雪の日に庭駆け回るのは、
 武士として当然の所行でござる!!」
「それ......何か違う......」

 ハーッと溜め息をつくタマモ。
 起き上がった横島も、ツッコミを入れる。

「......バカタレ!
 関東一円を、勝手に
 自分の庭にするんじゃねえっ!!」

 でも、つっこむべき点は、そこじゃないよね。そんな気持ちを表情に浮かべて、タマモが、おキヌの方を向く。
 微笑みを返しながら、おキヌは、つぶやいた。

「ふふふ。
 御約束ですね......」
 
 出会った頃から、まるで変わらない。
 おキヌは、そう思っていた......。




    リポート・起 「一年後(前編)」




「......はい、どうぞ」
「サンキュー、おキヌちゃん!」
「さすが、おキヌどの。
 気が利くでござるな......」

 体が冷えた横島とシロに、熱いお茶を一杯ずつ。
 もちろん、二人の分だけではない。続いて、美神とタマモにも。こちらは、それほど熱くなく、飲み頃の温度にしてある。

「......へえ。
 じゃ、ホントに昔っから、こうなのね」
「そ。
 おキヌちゃんにまで抱きついて......」

 どうやら、美神がタマモに話しているのは、三人が出会った時のエピソードらしい。タマモが聞きたがったのであろうか。
 ちょうどおキヌも、お湯を沸かしに行く前には、チラッと昔を思い出していた。まるで心を読まれたかのようで、少しドキッとする。
 だが、そんなわけあるまい。軽く頭を振って、おキヌもお茶をすすった。

(そう言えば......タマモちゃんたちに、
 詳しい話ってしたことなかったかも......)

 出会いと言えば。
 しばらく前に、唐巣神父の教会で、神父から、美神の両親の『出会い』に関して聞いたことがある。
 人と人との馴れ初めというものは、あらためて聞いてみると、面白いものだ。おキヌと美神と横島の『出会い』も、タマモやシロにとって興味深い話であろう。
 まあ、唐巣神父の長話の際は、タマモもシロも横島も途中で寝てしまったし、おキヌもウトウトしていたのだが。

(......さすがに、私たち自身の話なら
 そんなことにはならないでしょうね)

 と、おキヌが考えている間に。
 横島も、美神たちの会話に参加していた。

「あの時は仕方なかったんスよ!
 おキヌちゃんのこと、
 まだよく知らなかったし......」
「普通さ、
 知らない人には抱きつかないわよね......」

 ボソッとツッコミを入れたのは、タマモである。人間社会の常識、少しずつ身についてきたようだ。よかった、よかった。

(初めて会った頃......か。
 なんだか懐かしいな......)

 当時のおキヌは幽霊だったのに、横島は、それを押し倒そうとしたのだ。衝撃であった。
 その後、色々あって......。
 タマモと出会った頃には、おキヌも、普通の女子高生になっていた。タマモに化かされて風邪をひいてしまい、横島のアパートで一緒に暖をとる羽目に陥ったりもしたが......。それも、今となっては良い思い出である。
 ただし、若い男女が一晩同じ部屋で二人っきりで、それで問題ないというのも、乙女心としては少し複雑なわけだが。

(うーん......)

 こうして彼女が回想している間に、その場の話題も、少しずつ変わっていく。
 ふと見ると、シロが、横島の背中をチョンチョンと突いていた。

「......拙者の胸に
 飛び込んできたこともあったでござるな。
 『その胸の中で死なせてください』って!」

 イシシシシ......と笑う。まるで昔の漫画に出てくる犬のようである。

「バカ犬にまで!?
 横島って、ホントに節操ないのね......」
「あの時も仕方なかったんやああっ!!
 もう最期だと思ったし......それに、
 シロだとわからなかったんだから!
 わかってりゃ、さすがに俺だって......」
「......どういう意味でござるか!?」

 タマモがジトッとした視線を送り、横島が反論し、その言葉にシロが噛み付いた。
 そして美神が、呆れたように。

「あーあ。
 こいつったら、
 まるで成長しないんだから......。
 ......やんなっちゃうわ」

 しかし。
 心外だと言わんばかりに、横島が、ブンッと霊波刀を出してみせる。もう、ただの荷物持ちではないのだ。

「......ほら!!
 ちゃんと成長してますよっ!」
「アホッ!!
 事務所ん中で、そんなもん振り回すな!」
「そう言う美神さんだって......」

 神通棍で、横島にツッコミを入れる美神。
 パッと見では説得力のない行動だが、おそらく、横島が霊波刀で受け止めることを予想した上でやっているのだろう。実際、横島は、そのように対応していた。

(これも......一種の『阿吽の呼吸』かな?)
 
 おキヌは、内心で苦笑する。
 一方、そんな二人を見て興奮する者もいた。

「おお!
 師弟対決でござるな!?」
「違うと思うけど......」

 タマモの言うとおり。
 すぐに美神は、神通棍を納めてしまう。そして、ハーッと溜め息をついた。

「そういう意味じゃないわ、横島クン。
 ......人間性の問題よ!
 いつまでもバカやって......」
「でも、美神さん。
 ......そこが横島さんの
 いいところなんじゃないですか?」

 ここで、おキヌが口を挟む。

「横島さんは横島さんだから......。
 バカでスケベでも......やっぱり、
 それが横島さんですから......」
「おキヌどの......。
 それフォローになってないでござるよ」

 ハッとするおキヌ。
 彼女の耳に、シロの言葉は届いていなかった。自分自身の言葉に、とまどっていたからだ。

(『横島さんは横島さんだから......』!?
 『バカでスケベでも......』!?)

 以前にも、まったく同じセリフを、美神の前で口にしたような気がする。しかし、いつだったのか、思い出せないのだ。

(こういうのを......
 デジャブ......って言うのかな?)

 小首を傾げるおキヌであった。


___________

 
 ......こうした美神除霊事務所の様子を、遠くから眺める者がいる。

『あいかわらずなのね』

 事務所の誰一人、これに気づいていなかった。
 だが、仕方ないのかもしれない。なにしろ、遥か彼方、神々が住まう地よりの視線なのだから。

『たまには......
 もう少し近くから、
 じっくり観察してみようかしら?』

 視線の主は、出かける支度をし始めた......。


___________

 
 美神の事務所では、五人の会話が、まだ続いている。

「今までで一番の強敵は、
 ......誰だったでござるか?」

 しっぽをフリフリさせながら、そんな疑問を口にするシロ。
 先ほどの師弟対決――まあシロだって本気でそう思っているわけではない――に刺激されたようだ。

「やっぱり......犬飼でござるか!?」

 犬飼ポチ。隠れ里から伝説の妖刀を持ち出し、人の世界で辻斬りを続けた、忌まわしき人狼の名前である。

「そうねえ......。
 あれは大変だったわ......」

 表情は変わらないが、美神の声のトーンには、当時の苦労が滲み出ていた。
 知己のGSが勢揃いしても歯が立たず、事務所の結界も平然と破るような奴だったのに、さらに魔獣フェンリルと化してパワーアップ。美神たちは、遥か古代の女神の力を借りて、ようやく倒したのだった。

(でも、美神さん。
 今なら......もう少しラクに
 倒せるんじゃないですか?)

 おキヌは、そう思いながら、視線を動かした。美神から、横島へ、と。
 
(あの頃とは違って、
 ......文珠がありますから!)

 いや横島だけではない。美神の実力もアップしているし、二人ほどではないが、おキヌ自身も成長したはずだ。それに、シロやタマモの加入もある。美神除霊事務所の戦力は、日々、強化されているのだ。
 どれだけ苦労したかイコールどれだけ強かったか......ではないだろう。それこそ、横島が単なる荷物持ちだった頃は、たいしたことない小物妖怪にも苦労していたのだから。

「あっ、そういえば......」

 ここで、横島が口を開く。
 おキヌは、ボーッと眺めたまま考え事をしていたので、横島と目が合ってしまった。ちょっと頬を赤くする。
 
「死津喪比女も、強敵だったっスね?
 ......あの時は、
 おキヌちゃんがミサイルになって......」
「なんと......!?
 おキヌどのが特攻したでござるか!?
 それは......また何と大胆な......」

 どうやら横島は、おキヌの視線に気づいて、死津喪比女のことを思い出したらしい。おキヌは、別に、あの事件を話題にしたかったわけではないのだが。
 まあ、かつて横島は、彼女の感謝の視線を軽蔑のまなざしだと誤解したこともあるくらいだ。おキヌの気持ちを汲み取れないのも、ある意味、横島らしくて良いかもしれない。

「あの......
 メドーサさんは、どうでしょう?」

 おキヌも、かつての敵の名前を一つ、例に出してみた。半ば適当に、ではあったが、話題のタシにはなるだろう。

「おキヌちゃん......。
 ......あんな年増ヘビ女にまで
 『さん』づけする必要ないのよ」
「うむ。
 確かに、ええちちしとったが
 ......年増は年増だからな!!」
「そーじゃなくて!」

 おかしな同意をされて、それを律儀に否定した後。美神が、意見を述べる。

「あれは強敵というより、
 ......しつこい敵だったわね」
「あー......そうですね」

 おキヌも納得する。
 メドーサが初めて出てきたのは、天龍童子の暗殺未遂事件だった。その後、GS資格試験に配下を送り込んだり、香港では元始風水盤を使おうとしたり、色々と画策していたのだ。
 南武グループの人造魔族開発にも協力していたようで、その際も名前が出ていたが......。

「......でも、
 もう一年以上、現れてないっスね」
「今頃まだ、どこかで
 悪いことしてるんでしょうか?」
「うーん......。
 意外と、とっくに
 くたばってるかもしれないわね」
「そう言われてみると......。
 確か......あのひと、
 指名手配されてましたよね?
 小竜姫さまが、
 そんなこと言ってたような......」
「そーいや小竜姫さまにも、
 しばらく会ってないっスね!」
「横島さん......?
 ずいぶん頬が緩んでるようですが、
 今どんな想像をしてるんでしょう?」
「あーあ。
 おキヌちゃんにも指摘されるようじゃ、
 横島クンも......おしまいね」
「えっ!?
 ......そんなこと考えてないっスよ!?」
「『そんなこと』って......。
 横島さん......墓穴掘ってません?」

 昔を思い出しながら、ワイワイと語り合う三人。
 シロは、彼らの話を興味深く聞いている。
 だが、タマモは。

「ふーん......」

 腕を組んで、壁にもたれながら。
 やや冷めた目付きで、彼らを眺めていた。


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___________

 
「極楽へ......行かせてやるわッ!」
「おーじょーせいやあ!」

 美神が神通棍を振り下ろし、横島が霊波刀を振り回す。
 その後ろでは。

「拙者も......!」
「えいっ!」

 シロが霊波刀で、タタモが狐火で。近づく悪霊を、軽く始末していた。
 そして、彼らに守られながら。

 ピュリリリリッ......。

 おキヌが、ネクロマンサーの笛を吹く。
 その場の雑霊が、一掃された。

「美神さん......!
 一番上に大物がいるようです!
 みんな、その霊に
 引きずられちゃったみたいで......」
「ここは、もういいみたいね。
 ......さあ、ボスを潰しに行くわよ!」

 おキヌの情報に従い、先へ進む一行。
 今、美神たちは、幽霊屋敷の除霊に来ていた。
 ようやく夢の一軒家を手に入れたのに、どうも悪霊がたむろしているらしい。大きな屋敷が、郊外とはいえ、相場の半額以下だったのに......。そんな感じの依頼である。
 せっかく安く買ったのに、高いGSを雇う羽目になる。安物買いの銭失いの典型だが、わりとよくある話であった。

「それにしても......
 なんでいつも、ボスって奴は、
 奥とか最上階に陣取ってるんスかね?
 たまには、真っ先に
 出てきてもよさそうなのに......」
「おお、それは斬新でござる!」
「あんたたち......何考えてるの?」

 軽口を叩く横島・シロ・タマモであったが、それは上辺だけ。内心では、周囲への警戒を怠っていない......はずである。
 そして。

「ここね!?」

 バンッ!!

 三階の部屋のドアを開ける美神。
 中にいたのは、普通よりも二回りほど大きな悪霊だった。

『さびしいよう、一人は嫌だよう......。
 みんなで一緒に......ここで一緒に......』

 いくつかの低級霊が寄り集まったものらしい。それでも、知能は低いようだ。特に策略をこらすわけでもなく、ただシクシクと泣いている。

「......だからって、
 他人を巻き込むんじゃないわよ!
 あんた一人で......逝きなさいッ!!」

 ドウッ!! 

『ギャアァアッ......!』

 美神の神通棍が炸裂し、悪霊は一瞬で消滅した。

「......あっけないのね」
「おふだも文珠も使わんかったな」
「霊波刀を振るうだけの簡単なお仕事です
 ......ってやつでござるな!!」
「まーまー。
 いいじゃないですか、これで......」
 
 そんな四人を振り返り、美神が微笑みながら言う。

「おキヌちゃんの言うとおりだわ。
 ラクに稼げていいじゃない......!」

 最近の依頼は、こうした低レベルの悪霊を相手にする仕事ばかりだ。

「大物魔族に狙われたり、
 逆に守られたり......。
 魔族内部のゴタゴタに
 巻き込まれるのは、
 ......もうゴメンだわ!」

 ちょっと真面目な顔で言葉を足したのだが、真面目な雰囲気にはならなかった。仕事の後の、緩んだ時間である。

「......そんなこともあったでござるか?」
「あっ、それって......!
 シロちゃんどころか、
 私もいなかった頃の話ですよ」
「ああ、俺が文珠って力を
 手に入れるキッカケになった話だな!
 ......あそこから俺は、
 ヒーローへの道を歩み出し、そして、
 ついに美神さんを越える存在に......」
「......なってない、なってない。
 横島クンは、いつまでも私の丁稚だから!
「美神さん、それは酷いっスよ......」

 そんな美神たちに、タマモが声をかける。

「美神さん、私、先に帰るね!
 ......あと、明日は一日出かけるから」
「いいわよ。
 明日は、なーんも仕事の予定ないし。
 ......ゆっくり遊んでらっしゃい!」
「おおっ、仕事が休みなら
 サンポもタップリ出来るでござるな!
 先生と共に、いつもより遠くまで......」
「......俺をどこまで連れてく気だ!?」
「シロちゃん......。
 たまには横島さん、
 ......休ませてあげましょう?」

 ワイワイ、ガヤガヤ。
 話題は、少しずつ流れていく。
 そんな中、誰も、タマモに翌日の予定を聞こうとはしなかった。
 ホッとしつつ、明日のことを思い浮かべて。
 ちょっと顔を赤くするタマモであった。


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___________

 
 そして、翌日。

「夏には緑にあふれた場所も、
 今は、すっかり雪景色でござるなあ。
 東京も、けっこう風情がある......」
「バ......バカタレ!
 前にも言ったはずだが......。
 ここは東京じゃねえっ!!」

 結局、横島は、シロの散歩に付き合わされていた。
 今いる場所は、事務所から何十キロも離れた森の中。
 かつて、二人が、オカルト少年――いじめっ子に呪いで仕返しをする中学生――と出会った場所である。


「......いいか、シロ。
 昨晩も雪が降ったからな、
 道路は凍りついてるんだ......。
 ロープぐいぐい引っ張って、
 つっ走るんじゃねえッ!!」
「でも楽しかったでござろう?
 ほら、すけーとみたいで......」
「アホッ、あぶねーわ!
 自転車は犬ぞりじゃねーんだぞ!?」

 怒鳴る横島は、体をブルブル震わせている。激怒しているのではなく、寒いのだ。
 途中で何度も滑って転んだが、基本的に、横島はシロに引っ張られて来ただけ。自転車をこいでいたわけではない。
 自転車にジッと座ったまま、雪が降ってもおかしくない寒空の下。スピードだけは凄いので、吹き付ける寒風も酷かった。
 横島じゃなかったら、凍えていたかもしれない。

「先生......。
 文珠で暖をとればよいのでは?」
「言われんでもわかっとるわ!
 だが......寒くて集中できんのだ」

 万能アイテム並みに便利な文珠。霊力を練って、出そうとはするのだが。

 キィイィイン......!

「......あれ?
 いつもと少し違うでござるな......」
「やべっ!?
 これ失敗だ、やっぱ無理すると
 ロクなことにならんぞ......!」

 プシュ―ッ......。

「も......もれてる!!
 先生、この匂いは霊気のカス......」
「あぶねえっ!!」

 さいわい、ここは室内ではなく屋外。
 失敗文珠を、慌てて上空へ投げ飛ばす。

 バズンッ!!

 大爆発。文珠のスパーク、空高く。
 そして、同時に。
 モウモウとする爆煙の中。

『きゃあっ!?』

 横島とシロの前に、悲鳴と共に落ちて来た者がいる。
 それを見て歓声を上げたのは、やっぱり横島だ。

「空から......
 コスプレ美少女が降ってきた―ッ!?」
「先生が......文珠で出したでござるか?」
「......そうかッ!!
 偉いぞシロ、よくぞ気がついた!」

 ようやく立ち上がった少女へ、横島が飛びついた。

「俺が出したんだから俺の所有物ッ!!
 おねーさま......!
 その体で俺をあっためて下さい!」
「なるほど、そうでござったか。
 それなら......
 確かに、文珠であたためることになる。
 やや回りくどい気もするが......」

 シロがポンと手を叩いて納得している前で。

『違うのよねーっ!!』

 横島が、ガンッと叩き落とされている。

『私は空に居ただけ。
 そこに文珠が飛んできたんだから、
 ......むしろ被害者なのね!』

 まあ狙ったものなら避けられたんだが偶然だったので無理だった......などとも呟いているが、これは小声なので、横島には聞こえていない。
 それよりも。

『やっぱり......
 横島さん、抱きついてくるのね。
 この間は、あんなこと言ってたくせに!』

 ケラケラと笑う姿に、横島は、違和感を覚えていた。

『一周まわって、
 私の時代が来たような......
 ゲストヒロインに
 返り咲いたような気分だわ!』

 何か勝手に満足しているようだが、横島とシロは警戒する。

「あんまり......いやがってない?」
「先生、おかしいでござるよ!?」

 シロが距離をとる。
 横島も、異常を感じ取って、パッと離れた。
 女性の体の柔らかさよりも、危険信号が勝ったのだ。
 イザとなれば正しくシグナルが働く横島である。そうでなければ生き抜けない、そんな業界で暮らしているのだ。

「おねーさん......。
 ......俺のこと御存知で!?」

 表面では軽い感じを装って、横島が声をかける。
 先ほどの相手の言葉では、知り合いのようなのだが。
 
(こんなやつ......見たことねーぞ!?)

 それは、横島の記憶にはない姿をしていた。
 一見すればコスプレ美少女。だが、よく見れば、人間ですらない。
 額の中央に第三の目を持つ人間など、漫画やアニメにしか出てこないのだ。
 しかも彼女は、『みつめ』どころではない。
 顔に三つある以外、ザッと見たところ三十くらい......。服に隠れた部分にもありそうだ。それを含めれば、おおよそ百といったところか。

(こいつ......妖怪か!?)

 あらためて。
 横島は、百眼の異形に向かって、問いかけた。言葉だけは、丁寧に。

「あなた......誰です?
 前にどこかで、お会いしましたっけ?」


(リポート・承「一年後(中編)」に続く)

             
リポート・承「一年後(中編)」へ進む



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リポート・承 「一年後(中編)」

「今日は......一応、晴れてる。
 雪は大丈夫みたいだけど......
 それでも、外は寒いだろうな」

 窓の外をボーッと眺めながら、おキヌがポツリとつぶやく。
 独り言だったのだが、美神が、言葉を返してきた。

「心配することないわ。
 いつものことだから......」

 そう言いながら、ソファーに横になって、パラパラと雑誌をめくっている。

(美神さんも......いつもどおりですね)

 そう思って、小さく微笑むおキヌ。
 今日は、美神と事務所で二人きりだ。
 タマモは出かけており、いつ帰ってくるのか、わからない。
 シロの散歩も、昨日の口ぶりでは、遠出になるのだろう。横島たちが戻るのは、かなり遅くなりそうだ。

(横島さんとシロちゃん、
 ......どこまで行ったのかな?)

 さすがに、おキヌの田舎辺りまで行くのは無理だと思う。
 だが、人狼の里くらいならば、行けるであろうか......?
 いや、それだって、結構距離がある。以前シロが里から事務所へ来た際には、三人で上野駅まで出迎えに行ったくらいだ。 

(だいたい......二人で故郷へ行くなんて、
 それじゃまるで、親御さんへの挨拶みたいで......)

 シロの父親は既に他界しているし、母親の話も聞かないので、おそらく......。
 いやいや、そういう問題ではない。この例え話自体が間違っているのだ。
 自分の想像を打ち消すかのように、ブンブンと頭を振るおキヌ。
 そんな彼女を、美神が少し不思議そうな目で見ている。
 美神と目が合ったおキヌは、ふと、昔を思い出した。

(まだ私が幽霊だった頃、
 美神さん、言ってたっけ......)

 海外出張中の父親が一時帰国するという理由で、横島がバイトを休んだ時。
 美神は、少し元気がなかった。だが、横島不在のためかと聞いたおキヌに対し、美神はバッサリ否定したのだ。

(『大人の女から見れば、
  男の範疇に入ってない』とか、
 『あと十年は必要』とか......。
 ......今でも、同じこと思ってるのかな?)

 しかし、おキヌは、それを口にしない。
 代わりに。

「美神さん......。
 今日タマモちゃんが
 何しに出かけたか、知ってます......?」
「......ん?
 いーえ、別に興味ないし......」

 トラブルにさえ巻き込まれなければ、かまわない。過度の干渉はしない。本来、狐は群れることを嫌い、単独行動を好む習性なのだから。

「男のコとデートらしいですよ?
 ......タマモちゃんも、
 そーゆー年頃なんですね......!」

 若い女のコのデート。女性ならば誰でも好きそうな話題であったが、美神は、ノってこなかった。なんだか、冷めた目付きをしている。

「あのさ、おキヌちゃん。
 タマモって......
 ああ見えても、九尾の狐なのよ?
 『そーゆー年頃』どころじゃないの......」
「......あ!」

 美女に化けて時の権力者に侍る妖狐。傾国の美女とも呼ばれてきた存在だ。
 平安時代には、玉藻前という名で、上皇の寵愛を受けていたと言われている。
 その後いったん石になっているので、今のタマモは玉藻前と同一の存在ではなく、一種の生まれ変わりのようなもの。だが、前世の銭貨を受け継いでいたりするので、人間の転生とは事情が異なる。

(人間は......来世に
 お金を引き渡すなんて出来やしない。
 ......タマモちゃんの場合、
 物を引き継げるくらいだから、
 前世の知識とか経験とかも......)

 すでに前世の記憶は薄れており、ほとんど覚えていないらしい。
 だが、ひょっとすると。
 体が覚えていることだって、あるのかもしれない。なにしろ、変身とか幻術とか狐火とか、そうした妖狐のテクニックは、ちゃんと忘れていなかったのだから。

「......そうですね。
 私のような耳年増とは違って、
 タマモちゃんって、実際に色々と......」

 ハッと口を抑えて、先の言葉を飲み込んだおキヌ。
 だが、言ったも同然だ。
 おキヌも美神も、二人して、真っ赤な顔になっていた。




    リポート・承 「一年後(中編)」




「あなた......誰です?
 前にどこかで、お会いしましたっけ?」

 似合わない口調で、問いかけてくる横島。
 それに対して、百眼の異形は、言葉を濁していた。

『アハハ......まあ何というか......。
 私のことは......見なかったことに
 してくれると嬉しいかな......』

 ここで自己紹介していいのかどうか、彼女は迷っていた。
 そんな彼女を見て、横島とシロの二人が、コソコソと話し合っている。

「先生、この女......
 人間じゃないでござるよ!」
「ああ、そうだな!
 妖怪だ、妖怪......」
『とんでもない、私は神様なのね!』

 ついツッコミを入れてしまうが。

「妖怪は、みんなそーゆーんだ。
 信じちゃダメだぞ、シロ!」
「大丈夫でござる!
 拙者、簡単には騙されませんぞ。
 神様が、こんなところで
 遊んでるわけないでござるよ!!」

 全然、信用されていない。

(ひどい......)

 ちょっと心を覗いてみると。
 横島にいたっては、とりあえず百眼だから妖怪ヒャクガンと呼ぼう......などと考えているようだ。

(......名乗ったほうがいいのかしら?
 でも......)

 そもそも、横島たちの前に出てくるつもりなどなかったのだ。高い空の上から、姿を隠して様子を見ていただけなのに......!
 まあ、それくらいの事情は、言っても大丈夫だろうか。

『えーっと......。
 私は......ただ空から横島さんたちを......』

 しかし。
 正直に述べてみたところ。

「なんと!
 拙者たちを覗いていたとは!?
 覗き、ダメ、絶対......でござる!!」
「そーだ、シロの言うとおりだー」
『横島さんにだけは、言われたくないのね!?』

 まあ、横島のセリフは棒読みであり、それが真意ではないということは、彼女でなくてもわかるくらいだったが。
 そして、ポンとシロが手を叩く。

「ああ、なるほど!
 神は神でも、邪神でござるか。
 あなたは、覗きの神様......。
 ......そういうことでござろう?」
「覗きの神様......!?
 それなら、ちょっと師事してみたいかも」
「先生......それはダメでござる......」

 こうして軽口を叩きながらも、二人は、警戒を緩めていない。
 いや、二人だけではない。百眼の彼女は、三人目の存在に気づいていた。
 ちょうど、その三人目が、近くの木の上から一同に声をかける。

「妖怪だか邪神だか知らないけど......。
 横島に抱きつかれて喜ぶなんて、
 まともな存在じゃないことだけは確かね。
 ......バカ犬じゃあるまいし」

 横島とシロが見上げる。
 そこに立っていたのは、タマモであった。


___________

 
『私、喜んでなんかなかったのね......』

 百眼の異形は、確かに、トランク鞄で横島を叩き落としていた。
 だが、その反論は受け入れてもらえない。

「でも、まんざらでもない
 ......って顔してたわよ?」
「嫌よ嫌よも好きのうち......でござるな?」
「そうそう。
 それで、俺もおかしいって気づいた」

 それから、横島とシロは、樹上のタマモに話しかける。

「なあ、タマモ。
 おまえ、たしか今日は......
 用事があったんじゃねーの?」
「そうでござる!
 拙者が聞いた話では、デー......」

 ボウッ!!

 空から狐火が降ってきた。狼のミディアムレアの出来上がり。
 シロを強引に黙らせたタマモは、スタッと地上に降り立った。
 横島と復活したシロに、軽く説明する。

「......予定が早めに終わってね。
 たまにはバカ犬たちの散歩に
 つきあってやろうかと思って、
 匂いを追ってやってきたのよ!
 そうしたら......」

 ここでタマモは、ニヤリと笑いながら、百眼へと視線を向けた。

「......なんだか
 面白そうなことになってるじゃない?」
『え......?
 いえいえ、私はただの通りすがり......。
 もう帰りますので、
 ......あとは三人でごゆっくり!』

 バシュッ......!

 一瞬、異形の姿が三人の視界から消える。だが。

『あっ痛〜い......』

 声のする方へ、向き直る三人。
 彼女は、少し離れたところで頭を抱えていた。

「おい......あいつ、素早いぞ!?」
「拙者にも見えなかったでござる!」
「ふざけた外見に騙されちゃダメ!
 あれは......おそらく......」
「......超加速!
 そうか、メドーサの仲間だな!?
 やはり......魔族!!」

 かつての敵の名を出す横島だが、魔族扱いされた異形は涙目だ。

『ひどい......。
 せめて、小竜姫を
 思い出して欲しかったのね。
 私、彼女の友だちなのに......』
「ふざけるなッ!!
 小竜姫さまは、おまえなんかとは違う!
 小竜姫さまは......」

 異形の言葉は、横島を怒らせたようだ。彼は、力強く言い放った。

「......小竜姫さまは、覗きなんかしない!!」

 ごもっとも。

「......それに、
 もっと可愛らしくて色っぽくて、
 武神にしておくのがもったいない......。
 ......あ〜ぼかーもうっ!!」
「先生、顔がにやけてるでござる......」
「いいのよ、シロ。
 妄想させときなさい!
 ......こうやって霊力高めてるんだから」

 意外とシッカリ、横島を理解しているタマモである。

「まるで美神どの......。
 ......そうか!
 この場は三人、今はタマモが
 美神どのの役を担うでござるな!?
 では拙者がおキヌどのの代わりを......。
 しかしヒーリングは出来ても、
 ネクロマンサーは無理でござる......」
「あんたにおキヌちゃん役なんて
 誰も期待してないわよ......。
 ......だいだい、キャラが違うでしょ?」
「そうだ、そうだ。
 おキヌちゃんのファンが聞いたら怒るぞ」

 いつのまにか、横島も妄想の世界から現実に帰ってきている。ちゃんと霊力もアップしているようだ。

(あなどれないのね......)

 百眼の異形は、少し後悔していた。
 横島たちが馬鹿げた会話を繰り広げるので、それを微笑ましく眺めていた彼女である。せっかく心を覗けるのに、目前のコントに気を取られて、怠ってしまったのだ。覗いてはいけない時には覗くくせに、必要な時には覗かなかったとは......!
 おかげで、先手を取られてしまった。いつのまにか、周囲一帯に結界を張られていたのだ。そのバリヤーに、彼女は先刻、ぶつかったのだった。

(......横島さんだわ!)

 一応、木の上のタマモには注意を向けていた。姿を見せない分、百眼の彼女も、タマモを警戒していたのだ。その間に、横島かシロが結界を用意したようだが、おそらくシロではないだろう。こういう芸当をするのは、むしろ横島の方だ。

(それにしても......)

 神族である自分の脱出を妨げるなんて、尋常なパワーではない!

『こんな強力な結界を作るなんて......』

 うっかり声に出してしまった。
 話をしていた三人の視線が、彼女へと向けられる。

「......ちょっとしたもんだろ?
 文珠を五個も使ったからな!
 美神さんの結界魔法陣を見習って、
 ちゃんと五芒星を描くように配置......」
「文珠を五個も......!?
 凄いでござる!!
 さっきは一つ出すのも
 失敗だったのに......!」
「そりゃあ、妖怪相手なら話は違うさ。
 集中すれば、それくらいは......」

 ニヤッと自慢げな表情の横島と、それを褒め讃える弟子。
 だが、もう一人は唖然としていた。

「......あんた、バカじゃないの!?
 せっかくの文珠を......無駄使いして!
 結界なんて、一つか二つで出来るじゃない!
 いきなり五つも出しちゃったら、
 もう、しばらくは出せないんでしょ......?」
「うん、今日は打ち止めだ......」

 ただし、横島を弁護するならば。
 五個も文珠を費やしたからこそ、結界が効いたのだ。百眼の異形は、自ら神を名乗るだけあって、その霊格は非常に高い。一つや二つでは、破られていたことだろう。
 もちろん、周囲に結界を張るのではなく、異形そのものを拘束した方が効果的だったかもしれない。だが、これに関しても、五芒星の魔法陣をまねた以上、ある程度の範囲を必要とするのは仕方がなかった。

「......まあ、いいわ」

 ここでタマモは、再び、横島から異形へと視線を移して。

「逃げられないというのなら、
 ......じっくり相手してあげる!」

 口の端を吊り上げ、不敵に笑うのであった。


___________

 
「なんか今日のタマモ、
 キャラが違うような気が......。
 こんなに好戦的なやつだったっけ?」
「ああ、たぶん八つ当たりでござるよ。
 最近ボーイフレンドと
 うまくいってないらしくて......」
「相手は年下のガキだったよな?
 年の差が障害となったのか......」
「それはわからんでござるが、
 今日だって途中でデートを
 切り上げてきたわけで......」
 
 ボボウッ!!

 目の前の敵に対してではなく、斜め後ろに向かって狐火を放つタマモ。
 プスプスと煙を上げて、倒れ込む師弟。だが、もちろん、すぐに起き上がる。

「あ〜死ぬかと思った......!」
「......同じくでござる!」

 そんな二人に、タマモがピシッと気合いを入れた。

「バカなこと言ってないで、
 目の前の敵に集中しなさい!
 霊気の匂いをかいだらわかるでしょ?
 こいつ......かなりの大物よ!!」
「ああ、俺にも何となくわかるぞ。
 最近相手にしてきたザコ霊とは、
 あきらかに雰囲気が違う......」
「拙者、腕がなるでござるよ!」

 こうして。
 タマモ・横島・シロ vs 謎の百眼妖怪(?)。
 そのバトルの幕が、切って落とされた!


___________

 
 ビュンッ!!

『きゃあっ!?』

 横島の先制攻撃だ。
 振り下ろされる霊波刀から怖くて目を逸らし、百眼の異形は、とっさにトランク鞄を盾にしてしまった。
 だが、すぐに後悔する。中には精密機械も詰まっているのだ。情報収集や解析を本業とする彼女にしてみれば、大事な商売道具である。

(壊れたら大変......!)

 ふと顔を上げると、横島は、最初の位置まで戻っていた。初手を防がれたので、距離をとったのだろう。ハチのように刺しゴキブリのように逃げる、横島らしい戦法だ。

(じゃ、今のうちに......) 

 トランクをソッとその場において、これ以上ダメージを与えないよう、やさしく軽く蹴って、少し離れた後ろへと移動させる。
 だが。

「敵に背中を見せるとは!
 ......なんたる未熟!!」

 ひと仕事終えて振り返ると。
 いつのまにか、シロが迫ってきていた。

『うげっ!?』

 肩から腰にかけて、バッサリと斬られてしまう。
 傷口から、霊力が血のように溢れ出す。その痛みを感じながら、百眼は、その場に崩れ落ちた。


___________

 
「あれっ、もう終わり!?
 私の出番、ないじゃないの......」
「シロ、やりすぎだぞ......」
「......えっ!?
 拙者、何か悪いことしたでござるか?」

 攻撃の後、横島の左隣までサッと飛び退いたシロ。
 だが、彼女に向けられた視線は冷たい。

「そりゃーさあ。
 こっちの質問を無視して、
 いきなり逃げ出そうとしたから......。
 怪しいやつだとは思ったけど......」
「問答無用でやっつけちゃうのは、
 さすがに酷すぎるわね......!」

 お前が言うなという目をタマモに向けてから、横島は、再びシロに話しかける。

「......とりあえず捕まえて、
 話を聞き出す程度でよかったんだが。
 もう死んじまったかな......?」

 殺すつもりはなかったのだ。かわいそうなことをした。
 とりあえず怪しげな妖怪は始末してしまえ......というのは、乱暴な考え方である。お役所の役人の中には、そういう思想の者もいるだろうが、横島は明らかに違う。おとなしい妖怪や悪意のない魔物ならば、その命を助けてきた。
 だいたい、シロやタマモにしたところで、人狼と妖狐である。分類の仕方次第では、魔物や妖怪として扱われる存在なのだ。

「......そうだったでござるか!?
 でも、あんなこと言ってたから......。
 この百眼の魔物を三人で
 倒そうってことだと思って......」

 横島やタマモの雰囲気から、シロは少し誤解していたらしい。それに気づいて、横島は、少し口調を柔らかくする。

「あー。
 タマモはともかく......
 俺は、大げさに言ってただけだぞ?」
「そ。
 ああいう場合は大げさに言うもんよ。
 あんたが騙されてどうするの、
 嘘を嘘として見抜けないんじゃ
 ......現代人失格ね!」
「嘘というより......
 一種のハッタリだな、ハッタリ!」
「美神さんだって、ハッタリ得意でしょ?」

 タマモが言葉をかぶせてくるので、なんだか二人がかりでシロを責めるような形になってしまう。
 横島の本意ではないのだが、さいわい、長くは続かなかった。

『......みんな......ひどいのね』

 倒れていた百眼妖怪が、ムクッと起き上がったのだ。
 しかも。

『そっちがその気なら、私だって......!』

 どこから取り出したのか。
 その手には、小型のセミオート拳銃が握られていた!


___________

 
 ドンッ! ドンッ! ドドンッ!!

 百眼の異形が、三人を狙撃する。
 かつて彼女は、とある大事件が終わった際に『私ってまるでジェームズ・ボンド!?』と言ったことがある。
 神界の辣腕エージェントを自称するだけあって、彼女が使う銃はドイツ製。スパイ映画に出てくるような自動拳銃だ。
 もちろん、格好だけではない。彼女は、射撃の腕にも自信を持っていた。

『急所は外したのね!
 美神さん暗殺部隊の時も、
 ちゃんと......』

 かつて彼女は、人知れず隠れていた暗殺部隊を返り討ちにしたことがある。全員ではなく、ほんの一部だけだったが。
 その際、慈悲深い彼女は――なんてったって女神なのだから――、相手の命までは奪わなかった。行動不能とするに留めた。
 今だって、相手は、知己の横島とその仲間たちだ。ついカッとなったのだが、それでも冷静に、ほんのかすり傷程度に留め......。

『......あれ?』 

 よく見ると。
 目の前の三人は、傷ひとつついていなかった。
 しかも、なんだか恐い目をして、彼女を睨んでいる。

「美神さん暗殺部隊......ですって!?」
「美神さんを......殺す......?
 あのチチやシリやフトトモを!?
 許さんぞ......それだけは絶対......」
「そんな恐ろしい企みがあったとは......
 やっぱり、悪い妖怪でござったか!?」

 彼女の微妙なセリフ――『美神さん暗殺部隊の時も』――が、誤解を生んだようだ。
 確かに、この言い方では、美神暗殺部隊を相手に戦ったのではなく、彼女自身が暗殺部隊に参加したかのようにも聞こえてしまう。

『違うのね!
 そういう意味じゃなくて......』

 手をバタバタと振って、慌てて否定するが、もう遅かった。

「そういうことなら......
 見逃すわけにゃあ、いかねーぞ!」
「もう容赦無用でござる......!!」
「普通さ、神様って
 人間にピストル撃ってこないよね」

 どうも、まずい雰囲気である。
 特に、タマモの言葉は正論である。

『だって......みんな、
 この程度は平気でしょ?
 私ちゃんとわかってたのね......!』

 と、口では言うものの。
 彼女自身、さすがに射撃はやりすぎだったと思っている。
 ついカッとなって撃った。後悔している。反省は、この窮地を脱してからだ。

『えーっと......ごめんなのね〜〜』

 だが、そんな謝罪が――しかも彼女の口調では軽々しく聞こえてしまうので――、受け入れられるはずもなく。

 ダッ!!

 横島とシロが走り出した。
 バトル再開である!


___________

 
 二人とも、こちらに向かってダッシュしてくる。
 まず、こちらから見て左側に立っていた横島が、右手に回りこむように。
 一瞬遅れて――しかしほとんど同時に――、右側にいたシロが、左手側へ。
 見事なエックス攻撃だ。
 
(即席のコンビネーション......。
 いいえ、これは......おそらく
 日頃の仕事で培ってきたものだわ。
 体が、自然に動いているのね......)

 戦い慣れしていない彼女である。その意味では、二人の動きに惑わされてもおかしくなかった。
 しかし、大丈夫。彼女は特別な存在なのだ。なにしろ、彼女は......全身に100の感覚器官を持つ女!

(この程度の動きで、
 私を幻惑しようだなんて......!)

 全てを使うこともない。10%だ、10%の感覚器官で探ってやろう。それでも、二人の動きは、はっきり見えていた。
 一歩前に出ることで、横島の振り下ろす霊波刀から逃れて。
 さらに体を捻って、シロの斬り上げをかわす。
 そして、幻惑と言えば。

(あなたにも......惑わされないのね!)

 二人の攻撃のタイミングに合わせた、タマモの精神攻撃。
 オマエは大人しくて人懐っこい悪魔であり現在は正義の使徒として穏やかに暮らしている......という幻を送り込んできたのだ。
 彼女を無力化するつもりだったのだろうが、そうはさせない。だいたい、精神を覗き見る力に長けた彼女に、精神攻撃など無駄無駄無駄!

(自分の幻を......自分でくらいなさい!)

 心の中に霊力のバリヤーを作って、幻を丸ごと跳ね返す。
 だが、敵もさるもの。

「フン......!」

 少し額に汗しているが、それだけだった。自分で作った幻に囚われるほど、弱い精神はしていないようだ。

(さすが、伝説の大妖狐なのね!)

 と、素直に相手を認める......。


___________

 
 こうして言葉で表現すると長くなるが、二人の精神の攻防は、現実の体感時間では、ほんの一瞬。
 いや、一瞬にも満たない時間だった。
 しかし、そのわずかな時間、タマモに意識を集中してしまったのだ。
 それが、致命的な隙となる。
  
 バサッ!! ズサァア......!

 後ろから前から。
 彼女は、横島とシロの二の太刀で、斬られていた。


___________

 
 横島には、ハッキリとした手応えがあった。
 最初の一撃は避けられてしまったが、空振りした手に反動をつけて、逆に斬り上げる。これは、命中したのだ。
 向こう側にいる――百眼の異形を挟撃する位置にいる――シロも、同様らしい。返す刀でバッサリやったようだ。
 それでも。

「あんまり......効いてない!?」
「......もともと
 霊気のケタが違うでござるよ。
 こんなもんでござろう......」

 斬られた異形は、逃げるように姿を消して、少し離れたところに再出現。
 そこに座り込んで痛い痛いと喚いているが、その姿は、なんとなくコミカルだ。大物魔族の雰囲気ではない。
 いきなり拳銃で撃ってきたり、美神暗殺などと口走ったり、危険な敵かとも思ったが、どうもよくわからない相手である。

「先生......油断めさるな」
「ああ、わかってる......」

 横島の表情から心中を察したのか、シロが声をかけてきた。
 弟子に注意されているようでは、師匠失格である。
 気合いを入れ直し、一度、霊波刀を消す。代わりに霊気の盾を形成し、百眼に向けて投げつけた。

『きゃっ!?』

 命中しない。
 こちらには背を向ける格好でうずくまっていたのだが、背中にも目があるのだろう。
 バシュッと姿を消して、再び、ある程度の距離の場所まで移動していた。

「やっぱりな......」
「......何がでござる?」
「あいつ......ちゃんとわかってるんだ」

 敵は、結界の範囲を的確に把握しているようだ。
 横島が配置した文珠の中には、木々や小石の間に隠した物もある。どこが結界の中心なのか、わかりにくいはずなのだが。

「ま、あれだけ目がありゃ、
 ......全てお見通しってことか」

 結界の中をちょこまかと逃げ回られたら、けっこう厄介。
 そう思いながら辺りを見回してみると。
 タマモと目が合った。
 今の攻撃には参加していなかったはずなのに、疲労感あふれる表情である。

「なんで何もしてないタマモが、
 そんなに疲れてるんだ......?」
「おーい。
 タマモもサボってないで、
 しっかり戦うでござるよ......!」
「......うるさいわねっ!
 ちゃんとやってるわ!!
 あんたたちにはわからない、
 高度な駆け引きがあったのよ!?」

 怒鳴る元気は残っている、タマモであった。


___________

 
(見えるのね......)

 彼女は自身を神様だと称し、また、小竜姫の友人だとも言った。
 しかし彼女は、小竜姫のような武神ではない。戦いは苦手だった。
 それでも、攻めは無理でも逃げは可能だ。相手の心を覗いてみれば、次の行動が予測できるからだ。

(......こうやって、
 ちゃんと霊波を目で追っていけば!)

 霊力のふくらみ具合で、攻撃の威力もタイミングもバッチリわかる。
 基本的に彼女の目は霊波にピントを合わせており、かつてそれを逆手にとる強敵もいたが、横島たちは、そこまで彼女のことを知らない。今は、これで大丈夫だった。

(横島さんの文珠の効果が消えるまで、
 なんとか耐えきらないと......)

 文珠による結界が永遠に続くわけがない。今は結界内を飛び回ることしか出来ないが、いずれ、結界の外へ脱出することも可能となるはずだ。それまでの辛抱である。

(でも......これって、
 けっこうキツいのね......)

 彼女は、その職務の都合上、色々なところにサッと出向く必要があり、他の神族以上に、空間を転移する能力には長けていた。
 横島たちが超加速だと思っているのも、実は、一種の瞬間移動である。空間転移を応用して、この世界への出現地点を少し変えることで、ほぼ瞬間の短距離移動を行っているのだ。
 しかし、神族の瞬間移動には、多大なエネルギーを消費する。
 かつて香港でメドーサと戦った小竜姫が、残りの全エネルギーを使って、妙神山まで瞬間移動したように。本来、それは、最後の切り札として用いるべき技であった。

「もしかして......あれって
 超加速とは違うのかしら?」
「......どういう意味でござるか?」
「おい、タマモ。
 そもそも......おまえって
 超加速は見たことねーだろ?
 韋駄天やメドーサや小竜姫さまが......」
「失礼ねっ!?
 私は、金毛白面九尾の妖狐よ!
 うっすらとした昔々の知識の中じゃ
 色々と見てきてるわ......」

 どうやら、タマモが何か気づいたらしい。

(どうぞ、そのまま、
 お話ししててね......!)

 時間を稼ぎたい者としては、三人がおしゃべりに興じるのは、万々歳だ。

「空間転移ね。
 超加速というより......
 むしろ瞬間移動だわ!」
「......ん?
 まあ、似たようなもんだろ?」
「全然違うのよ!
 超加速で加速状態になってるなら、
 こっちがほぼ止まっている間に
 むこうは色々動けるんだから、
 その間に何をされるか......。
 でも瞬間移動なら、むこうも一瞬だわ」
「キツネの言葉は難しくて、
 拙者にはわからんでござる......」
「そうだ、そうだ。
 人間の言葉でしゃべれ」

 タマモは、少し肩をすくめてから、表情を戻す。

「ま、いいわ。
 説明役なんて、私のキャラじゃないし。
 ......それに、空間転移だって危険ね。
 空間を渡って、突然、
 私たちの背後に現れる可能性も......」
「なんと!?
 それは、ずるいでござるよ!」
「ああ、正面から
 正々堂々と戦うべきだな。
 卑怯な奴め......」
『そんなこと、してないでしょ!?
 それに......横島さんに、
 卑怯とか言われたくないのね!』

 思わず、ツッコミを入れてしまう。
 三人の意識が、こちらを向く。
 会話タイムを終わらせてしまったらしい。
 再び、戦いが動き出す!


___________

 
 そして......。

(もう......いや......)

 最初の無駄使いのせいで、横島は文珠を使えない。これは、彼女にとって幸いであった。
 だが、横島の霊波刀、シロの霊波刀。それらは、十分な脅威だ。
 距離をとれば良いのだが、離れてしまえば、横島はサイキック・ソーサーに切り替えて投げつけてくる。
 それに、タマモの狐火も、援護射撃にしては強力過ぎた。さらにタマモは、時々、腕だけを翼に変化させて飛び回り、空からも攻撃してくる。

(この三人......ますます
 息が合ってきてるのね!)

 三人のコンビネーションは見事なものだ。
 彼女は、相手の心を読んでいるはずなのに、それでも、全ての攻撃を回避するのは難しくなっていた。
 実際、いくつかの直撃をくらい、彼女はボロボロになっている。
 
(いったい......)

 どーしてこーなった。

(私が何をしたって言うの......?)

 内包する霊力の大きさから、人間ではないと一目で見抜かれたのだろう。
 そして。
 記憶にないのに知り合いっぽい発言をしたために、横島からは警戒されたのだろう。
 横島に抱きつかれた時の対応から、シロには少しヤキモチをやかれたのだろう。
 始まりは、ただ、それだけだった。
 だが、第一印象が悪かったせいで、あとは坂を転がり落ちる岩のように、悪化するばかり。何を言っても悪く受け取られる。
 見えない力が働いているのではないかと邪推したくなるレベルだ。

(まったく......
 思い込みというのは、恐ろしいのね!)

 もちろん、その後の彼女の言動にも、少しは非があるかもしれない。
 いや、そもそも。
 人間界まで、ノコノコ様子を見に来なければ......!
 神界に、キチンと留まっていれば......!
 こんな事態には、ならなかったのだ。
 しかし、そんな自分の行動は棚に上げて。
 百眼の異形――神族調査官ヒャクメ――は、涙目で叫んだ。

『......だから、こんな仕事は嫌だったのね〜〜!』


(リポート・転「数日後」に続く)

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____
リポート・転 「数日後」

『こんにちは、横島さん!』
「うわっ!?
 なんだ、おまえか......」

 その日。
 横島は、一人、事務所で留守番をしていた。
 アシュタロスの事件の後、仕事の依頼は、ほとんどなくなった。美神の母親が言うには、一時的な現象らしい。
 その母親は、最近、美神の妹を出産。その関係で、美神は出かけることが多くなり、おキヌも、赤ん坊を見に頻繁に病院へ。結果、今日のように横島が一人でボーッと過ごすことが多くなっていた。
 そこに突然、知り合いの神族が出現したのである。

「......遊びに来たのか?
 ま、あんな事件のあとじゃ、
 神様もヒマなんだろうけどよ......」
『ヒマじゃないのね!
 仕事で来たんですから!!』

 軽く怒鳴った後。
 神様が、その体を横島に近づける。

『ねえ、横島さん。
 少しの間......
 目を閉じていてくれないかしら?
 いいことしてあげるから......!!』

 女神の唇から、艶っぽい言葉が、つむぎ出される。
 彼女らしくない言動だが、別に、おかしくなったわけでも酔っているわけでもない。
 これも任務なのだ。
 今回の仕事の始まりは、そもそも、少し前に......。


___________
___________

 
 その部屋は、光に満ちていた。
 神を信じる者ならば、神々しい光だと感じるであろう。
 悪魔を崇拝する者ならば、禍々しい光だと感じるであろう。
 それは、どちらも正しかった。ここは、神と魔の両方の最高指導者が集う場所なのだから。

『あの......』

 今、その大いなる二つの存在――全身が発光しているため彼ら自身が巨大な光と化している――の前に。
 一人の女性神族が、呼び出されていた。
 少し怯えたような表情をしている。

『なんの御用でしょうか......?』

 彼女の名前は、ヒャクメ。
 神族の調査官である。
 仕事のために人界に赴くこともあるのだが、その際には、彼女の親しみやすいキャラクターが大いに役立っていた。人々が畏怖せず接してくれる、ある意味、希有な存在だった。
 だが、そんな彼女でも、最高指導者の前に出れば、このザマだ。
 他人の心を覗けるヒャクメであったが、さすがに、最高指導者の心は見透せない。畏れ多くて試したこともないが、たぶん、霊格の差が大き過ぎて無理なはずだ。

(こういうのは男の役目なのね......)

 かつて、神魔共同で大きな作戦を遂行した時。最高指導者への報告は、男性魔族に任せっきりであった。その彼も、不平をもらしていた。口をきくだけでヘトヘトだ、と
 今のヒャクメは、特に大きな仕事に携わっているわけではない。だいたい、世界を揺るがす超規模の大事件が終わったばかりなのだ。
 ゆっくり休ませてもらいたいくらいである。それなのに、女性である自分が、なぜ......。

(はっ!?
 まさか......!?)

 休む。女性。
 この二つの言葉が、彼女の頭の中で踊り、一つの結論に辿り着く。

『夜伽の相手をつとめろ
 ......って、私に言いたいのね!?』

 思わず、口に出してしまったヒャクメ。
 これが。
 アシュタロスの事件が片付いてから......数日後の出来事である。




    リポート・転 「数日後」




『アホか!?
 ......冗談でも
 言っていいことと悪いことがあるやろ。
 ちっとは自分のキャラをわきまえんかい!』

 ヒャクメの言葉に即座に反応したのは、右の光だ。
 側頭部の大きなツノと背中の翼を特徴とするシルエット。
 魔族の最高指導者である。
 彼に続いて。

『場を和ますための
 小粋なジョークなのでしょうが、
 そんな必要はありませんよ......。
 緊張しているのは私たちではなく、
 あなたの方なのですからね。
 あなたが気をラクにすれば、
 それでよいのです......』
 
 左の光が、優しく言葉をかける。
 長髪の男性のような姿をしているが、彼こそが、神族の最高指導者。ヒャクメが属する陣営の頂点に位置する存在だ。
 
『さて......。
 今日あなたに来てもらったのは、
 アシュタロスの事件の後処理で、
 頼みたいことがあるからです......』
『......報告書は、
 きっちり読ませてもらったで!』

 二人が用件を切り出した。
 どうやら、夜の仕事ではないらしい。
 ホッとしたような、ガッカリしたような、そんな複雑な気持ちになりながらも、ヒャクメは頭を切り替える。

(アシュタロスの事件......)

 魔神アシュタロスが引き起こした騒動。それは、神と魔と人と、さらに月世界までもを巻き込んだ大事件であった。
 いや、この世界の生きとし生けるものを相手にしただけではない。この世界の存在そのものを書き換えようとしたのだ。
 その恐るべき企ては人間たちが防いでくれたのだが、最後の力任せの一撃から人間たちを守るため、なんと神魔の最高指導者が自ら地上に降臨したくらいである。
 
(......あれは大事件だったのね〜!)

 ヒャクメ自身、この事件には大きく関わっていた。一人の人間を対象とした調査が、発端であった。
 魔族内部の武闘派と和平推進派との争いの渦中に居た、美神令子。その前世を探すため過去まで見に行った結果、薮蛇となったのだ。
 ヒャクメたちの干渉のせいで、アシュタロスの配下であったメフィストは不安要素扱いされ、アシュタロスから逃げるため、彼の計画に必須のエネルギー結晶を盗み出し、それが転生によって美神へと受け継がれる......。
 こうして振り返ってみると、そもそもヒャクメが美神を過去へ連れていかなければ、現代で美神がアシュタロス一派に追われることにはならなかったわけで。
 考えようによっては、色々な事件の原因だと言えるかもしれないのだが。

(いやいやいや。
 私ったら何考えてんのかしら?
 ......目の前の話に意識を戻さなきゃ!)

 その解釈は怖いので、頭から捨て去るように努力している。
 ともかく。
 その怖い部分も含めて、報告ファイルには全て記したはずだ。
 たった今、魔族最高指導者もそれを読んだと言ったではないか。
 では、この上、何を......?

(......後処理?
 それって、どういうこと!?)

 そう、神族の最高指導者は『後処理』と言った。確かに言った。しかも『頼みたい』と。
 そして、ちょうどヒャクメの疑問に答えるかのように。
 その彼が、再び口を開く。

『あなたは......
 アシュタロスの遺産について、
 どうするべきだと思いますか?』


___________

 
 人々を恐怖のどん底に叩き落とした、魔神アシュタロス。
 最凶にして最強の悪役だったわけだが、その真の目的は、自らの滅びであった。
 エントロピーを早めずに宇宙を維持していくためには、調和のある対立が必要である。そのために神魔という陽と陰とが生まれた。神族も魔族も、しょせん同じカードの裏返しに過ぎない。だが地球の生物が異常なまでの発展を遂げ多様性を極めた今。その裏表を逆にすることは出来ない......。
 それを悟っていたからこそ、アシュタロスは、虚しかったのだ。彼にとって、神と魔の争いなど、茶番劇であった。しかも、その舞台を降りることもできやしない。アシュタロスクラスの魔神が消滅すれば神魔の霊力バランスが崩れるので、死んでも強制的に同じ存在に復活してしまう。
 その無限の循環の中から抜け出したいと望んだのが、魔神アシュタロスである。

『......その意味では、
 彼の望みはかなったわけです』

 ここまでやった以上、アシュタロスを復活させるわけにはいかなかった。神魔のバランスは、他で調整するしかない。

(まさか......
 そのバランス調整の手伝いを!?)

 その前フリとして、調査責任者であれば当然知っているアシュタロスの真意について、もう一度わざわざ説明されたのだろうか。

(これって......すごい話だわ......。
 こんな大仕事を任されるなんて、
 私って......信頼されてるのね!)

 喜んだヒャクメだったが、どうやら違うらしい。
 最高指導者の話は、まだ続いていた。

『......しかし、彼に限らず、
 本来、魂というものは......』
『リサイクル......では、ちと言葉が悪いか。
 ブッちゃん流に言うなら、輪廻転生やな!
 もう「アシュタロス」にはせんとしても、
 あいつの魂を完全に消してしまうのは、
 まあ、色々と問題もあってな......。
 なかなか難しいんや......』

 では、その手伝いをしろというのであろうか。
 その前フリとして、神族であれば当然知っている魂の仕組みについて、もう一度わざわざ説明されたのだろうか。

(これも......私の手に余る仕事......。
 でも、こんな大仕事を任されるなんて、
 やっぱり、私って信頼されてるのね!)

 と、再び喜んだのも束の間。

『いや、誤解しないで下さいね?
 誰も......あなたに
 アシュタロスの魂の後処理を
 頼もうとは思っていません』
『せやせや。
 ......勘違いしたらあかんで?
 キーやんはな、
 アシュタロスの遺産の例として、
 まず魂の話をしただけや......。
 ......そんだけやからな!?』

 聞きようによってはツンデレ発言だが、彼は、そういうキャラではないだろう。ヒャクメは、文字どおり言葉どおりに受け取っておく。

『......さて。
 最初にわかりやすい例として
 魂の話をしたのですが......。
 混乱させるといけないので、
 本題に入るとしましょう......』

 神族の最高指導者は語る。
 アシュタロスは魔族の中でも異端者だっただけに、悪行に関する発想も、他とは大きく異なっていた。
 魔の衝動に駆られて端的に行動するのではなく、遠回しに時間をかけて準備することも多かった。しかも、時間をかけた分だけ、得られる結果も大きくなる予定だった。
 そして、彼の計画に使われた機材の一部は、まだまだ魔界の片隅に遺されているのだ。

『形あるものは、いずれ壊れます。
 ですが......』
『......というより、
 魔界のことは、わしの領分やさかい。
 そっちは、早々に解決したるわ!』
『......無形の遺産は、
 有形のものとは違って、
 いつまでも存在してしまいます』

 アシュタロス独特の、思想・発想・アイデア・計略......。
 それらが、遺された者たちに思いもよらぬ影響を与えるかもしれない。

(そうだわ。
 ワルキューレも言ってたのね......)

 ヒャクメは知っている。
 魔族正規軍の中には、アシュタロスの気持ちを理解できると述べる者も出てきたのだ。
 キリスト教系の魔族の多くは、元々は土着の神であり、それが一神教に否定され悪役としてとりこまれたものだ。もしも、彼らが『理解』ではなくアシュタロスに『共感』してしまえば、現在の秩序に反旗を翻すことになるだろう。

(それに......思想だけじゃないわ。
 もっと問題なのは......)

 アシュタロスの理想に追従する必要はない。魔族の中には――神族の中にさえも――和平反対派がいる。実際、そうした魔族の一部をアシュタロスは部下として用いてきたのだが、彼らの全てが魔神の主張に賛同していたわけではないだろう。
 それでも、彼らはアシュタロスに従った。魔神の強大な力ゆえであろうが、それだけではなく、アシュタロスの計画に旨味を見出した者も多かったはずだ。

(残存勢力や反主流派が
 ......アシュタロスの計画を
 引き継ぐかもしれないのね!?)

 今まで誰も思いつかなかったようなアイデア。
 それが、いくつも明るみに出た。だから、流用する者が、出てくるかもしれない。
 アシュタロスをオマージュする必要はない、ただパクるだけでいいのだ。

『神界や魔界だけじゃないんやで?
 アシュタロスのやつ、人間界にも
 協力者を作っとったからなあ......!』

 魔の最高指導者の言葉で、ヒャクメは思い出した。
 そういえば聞いたことがある。
 美神の話によると、霊体片を培養することでガルーダを大量生産した人間がいたという。その人造魔族計画に協力したのが、アシュタロスの配下の魔族だったそうだ。

(では......
 人間界の後始末を、私に?)

 ようやく最高指導者の意図が見えてきたヒャクメだったが。
 二人の真意は、彼女の考えを超えていた。

『だから......
 全ての者の記憶から、
 アシュタロスの存在を消すのです!』
『......ま、
 忘れてもらうしかないってこっちゃ!』


___________

 
 アシュタロスの存在そのものを、神と魔と人の記憶から消してしまう。
 ある意味では、これこそが、完全な消滅だ。アシュタロスにしてみれば、最大の勝利かもしれない。
 だが、そうしてしまえば、アシュタロスの遺産を心配することもなくなるのだ。
 もう誰もアシュタロスの真似は出来ない。たまたま同じアイデアを思いつく可能性も低いはず。だってアシュタロスは特殊だったのだから。

(そーかもしれないけど、
 何だか大雑把すぎるのね......。
 かりにも最高指導者だというのに
 ......大丈夫なのかしら、この人?)

 神を悪く言ってはいけない。いや、そもそもヒャクメも神である。

(......ま、従うしかないのね)

 と、割り切って。
 彼らの計画に耳を傾ける。

『神界と魔界は、わしらに任せえや!』
『人間界は、あなたが担当して下さい』

 あっさり一任であった。

『......え?
 私、記憶操作なんて......』
『いえいえ、記憶の改竄や
 完全な消去を頼むのではありません。
 ただ......アシュタロスに通じる部分だけ、
 しっかりプロテクトをかけてくれれば、
 それでよいのです......』
『あんさん、人の記憶を
 覗き見るのは得意でっしゃろ?
 どこがどうつながってるか、
 うまく調べてや......!』

 対象は、アシュタロスのことを知っている人間だ。ただ、それだけだ。

(......あれ?
 それって......全人類なのね!?)

 核ジャック事件における、世界各国への通達。
 コスモ・プロセッサを用いた、世界中の魔物出現。
 これらを知らない人間がいるとすれば、よほど辺境に住む者だけだろう。

(移動時間も含めて、
 一人あたり5分で終わらせても、
 一時間で12人、一日で約300人。
 一年で......ようやく十万人!?
 でも、地球の総人口って......)
 
 ああ、いったい、いつ終わることやら!?
 そんなヒャクメの様子を見て。
 
『......もちろん、
 さすがに一人では無理でしょう。
 ですから、下級調査官を
 臨時で部下としてつけましょう。
 手足のように使って、かまいません』

 慈悲深い言葉をくださる、最高指導者。
 同時に。

『だが、直接の関係者は全員、
 あんさん自身でやるんやで!?』

 やっぱり悪魔な、最高指導者。
 神族の最高指導者も、同意している。

『......記憶のどの部分に
 プロテクトをかけるべきか、
 微妙になってくるでしょうからね。
 あなたの能力が必要なのです......』

 ヒャクメは、少し考えてみる。

(プロテクトするべき記憶と、
 封印しちゃいけない部分......)

 例えば、横島の場合。
 彼の記憶の中で、アシュタロスに関連するものは、多岐にわたるだろう。
 美神令子はアシュタロスが作った魔物の生まれ変わりであり、美神こそアシュタロスと最も深い関わりがある。しかし、記憶内の美神の存在そのものをプロテクトするわけにもいかない。
 美神のことを丸っきり忘れた横島など、完全に別人となってしまうからだ。それで辻褄を合わせようとしたら、それこそ周囲の者たちの記憶を改竄しないといけないレベルだ。

(何これ......!?
 大変な仕事なのね〜〜!)

 ヒャクメは理解した。最高指導者二人にも、それがわかったようだ。

『いそいでくださいね』
『がんばりーや!
 ......ま、一日や二日じゃ
 終わらんやろーけどな......』

 そして、最後に彼らは、つけ加えた。
 全ての作業終了後、この業務に関わった者の記憶からも、アシュタロスの一件は――この後処理の話も含めて――消してしまう。だが、最高指導者は当然として、ヒャクメも例外となる。人界担当のチーフとして、人間たちのその後を見守るため、覚えておく必要があるのだ......。
 これは、ある意味では――アシュタロス関連の記憶保持という一点においては――、二人の最高指導者と同格になるということなのだが。
 ヒャクメは、気づいていなかった。


___________
___________

 
 ......そして、まず、横島のところへ来たのである。

『ねえ、横島さん。
 少しの間......
 目を閉じていてくれないかしら?
 いいことしてあげるから......!!』

 横島ならば、これで言いなりになるはず。
 そう思ったのだが。

「いいこと......だと!?
 でも......小竜姫さまや
 ワルキューレならともかく、
 ヒャクメに言われてもなあ......」

 渋い顔をする横島。

『またまた〜横島さんったら......。
 ......照れることないじゃない?
 私、ちゃんと覚えてるのね!
 初めて会った時だって、
 私に抱きついてきたのね!!』
「いや......あれは、
 色々と誤解もあったから......」

 誤摩化すような言葉を並べる横島だが、ヒャクメに嘘は通じない。
 ここで彼女は、横島の心を読む。
 すると。

(......あれ?)

 横島は、本気だった。
 こんな奴だと知っていたら相手にしなかったとか。
 自分の文珠から出てきたから責任取ろうとしただけだとか。
 さんざんな言いようである。

(ひどい......)

 だが、ヒャクメは横島を誘惑しにきたわけではない。
 お色気作戦が失敗したなら、方針変更するまでのこと。

『と、ともかく。
 うっかりキャラかもしれないけど、
 嘘つきキャラではないのね〜!
 だから......お願い、私を信じて!!』
「まあ......ヒャクメが
 そこまで言うなら......」

 これからヒャクメが行うことは、横島にとって『いいこと』になるはずだ。
 アシュタロス関連の記憶を封印すれば、ルシオラの悲劇も忘れてしまうからだ。
 ルシオラに関しては幸福な思い出もあるのだが、同時に、最も重い心の傷にもなっていた。

(美神さんなら......
 自分自身で封印しちゃうでしょうね)

 ヒャクメは、美神の心の強さを知っている。前世の記憶を自分でプロテクトする女だ。転生前の遠い記憶だけではなく、目の前で見せつけられた『前世』の行動も含めて――つまり現世の記憶の一部まで――、封印してしまったのだ。
 並の精神力ではない。もしも美神ほどの強さが横島にもあれば、ルシオラの事件から立ち直るのも容易だろう。だが、いくら同年代の男子よりも精神的に成熟しているとはいえ、そこまで横島に要求するのは無理だった。

(だから......ね?
 私が助けてあげるのね!)

 これからやるのは、微妙な作業だ。
 ヒャクメは、トランク鞄からコードを引きずり出して、先端の吸盤をキュパッと横島に取り付けた。


___________

 
(えーっと......。
 まずは......これかしら?)

 当然のことながら、美神と出会う以前の記憶領域に、アシュタロスも魔族も出てこない。
 アシュタロスの計画との初遭遇は、天龍童子の暗殺未遂事件だ。

(本命の計画じゃないけど、
 これもアシュタロスの差し金よね?
 メインから目をそらすための、
 陽動......を兼ねてたのかしら?)

 メドーサの背後に大物魔族がいることは、香港での事件の途中で美神も気づいていたくらいである。メドーサが出てきた事件は、全てアシュタロスの息がかかっていたと考えてよいだろう。
 だが。

(......それじゃキリがないわ!)

 間接的な関わりまで含めて考えたら、範囲が広くなりすぎる。前にも少し考えたように、最終的には、美神の存在まで消すことになってしまう。

(えーっと。
 アシュタロスが実際に出てきた事件と、
 その名前がハッキリ出てきた事件......。
 それだけプロテクトすればいいのね!?)

 きちんとした基準を作っておくことは、大切だ。
 ここがダブルスタンダードになると、処理後に当事者同士が話をした際、矛盾が生じてしまう。
 美神が忘れている事件を横島が覚えているとか、その逆とか。そんな事態になったら、あの美神のことだ、気になって調べ始めるかもしれない。それは怖い。神であるヒャクメにとっても、美神は敵に回したくない女だった。

(大丈夫なのね......!
 この基準なら簡単だから、
 失敗だってしないわ......)

 メドーサ関係を例に挙げるのであれば。
 天龍童子の一件も、GS資格試験の介入も、元始風水盤事件も。アシュタロスの名前は出ていないので、そのままでいい。
 一方、月面決戦では、最初にアシュタロスの名前が明言されてる。だから、月まで行った話は、なかったことにしてもらおう。

(あれ......?
 これって、もしかして......)

 平安時代への時間旅行では、アシュタロス自身が現れている。だから、これも封印。
 もちろん、ルシオラたち三姉妹が出てきてからアシュタロス滅亡までは、全部プロテクト。
 そうすると、ヒャクメが関わった事件は全て、プロテクト対象に含まれてしまうのだった。
 横島が文珠を獲得した妙神山修業の際は、まだアシュタロスの姿も名前も表に出ていないので、ジークフリードやワルキューレの存在は、横島の記憶に残る。
 しかし、ヒャクメに関する記憶は......。

(横島さん......私のこと、
 全部忘れちゃうのね......)

 少し悲しく思いながらも、作業を続けるヒャクメであった。


___________

 
(それじゃ......)

 長い仕事の後。
 ヒャクメは、最後に、今日の出会いの部分にもプロテクトをかける。そうしないといけないのだ。もう、横島はヒャクメを知らないだから。

(さようなら、横島さん!)

 横島に気づかれぬよう、ヒャクメは、こっそり姿を消す......。


___________

 
「......あれ?
 俺、何やってたんだ......?」

 横島は、不思議な感覚にとらわれていた。
 心の重荷から解放されたような、大事なことを忘れてしまったような......。

「ま、いーか」

 どうせ、ボーッとしていただけだ。
 だが、スッキリした頭で考えると。
 なんだか時間や機会を無駄にしていた気がする。もったいない。

「......そうだよな!
 せっかく一人で
 事務所にいるんだから......」

 美神の下着がある部屋へと向かう、横島であった。


___________
___________

 
「一か月もすると 
 顔が変わるもんですね......!」
「えへへ......。
 私はしょっちゅう
 会いに行ってますけどね......!」

 赤ん坊を抱く横島。
 姉のように笑うおキヌ。
 黙って机にもたれかかる美神。
 平和な光景である。
 それを遠くから眺めて。

『大丈夫みたいね......!』

 ヒャクメは、安心していた。
 特に問題はないようだ。

『なんだか色々と勝手に
 リセットしちゃったけど......』

 前世の縁も忘れて、ルシオラのことも忘れて。
 まっさらな状態から、やり直すのだ。

『......つらいままより、いいわよね?』

 と、自分に言い聞かせながら、満面の笑みを浮かべる。

『いいことしたなあ......!
 私ってまるで聖母マリア!?』

 キーやんが聞いたら怒るであろう、そんなセリフを口にするヒャクメであった。


(リポート・決「一年後(後編)」に続く)

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____
リポート・結 「一年後(後編)」

『......だから、こんな仕事は嫌だったのね〜〜!』

 全身から涙を吹き出しながら、泣き叫ぶヒャクメ。
 横島・シロ・タマモの三人から攻撃され、もうボロボロなのだ。
 だが、まるで彼女の声に応じるかのように。

『そろそろ、えーやろ?』
『......そうですね。
 反省はしてないようですが......』

 声と共に、巨大な光が二つ、その場に出現する。

「え......何これ......?」
「この女妖怪......。
 とんでもないものを
 召還したでござるよッ!?」

 この日。
 都心から数十キロ離れた、近郊の森に。
 神と魔を代表する二つの偉大な存在が、降臨した。
 アシュタロスの事件が終わってから......一年後の出来事である。




    リポート・結 「一年後(後編)」




「え......何これ......?」
「この女妖怪......。
 とんでもないものを
 召還したでござるよッ!?」

 恐れおののく、タマモとシロ。
 ありのまま今起こったことを話すぜ、百眼妖怪と戦っていたと思ったら、とんでもない奴らが出てきやがった、神とか魔とかそんなチャチなもんじゃねえ、もっと恐ろしいものだ、まるで存在を超えた無限なもの......。
 二人は、そんな気分である。

「う、動けないでござる......。
 先生は平然としておられるが......」
「横島......あんた平気なの?」

 さすが横島なんともないぜ、そこに痺れる憧れるぅ......。
 二人は、そんな気分である。

「もちろん......俺だって
 怖いことは怖いが、だが......」

 一方、横島は、タマモやシロよりは冷静だった。
 百眼を拘束するには十分な結界だったのに、新たな二人は、それを破って現れたのだ。それだけでも、力量の違いをハッキリ示している。
 いや、タマモやシロのように霊波を嗅ぎ取る鼻はないが、横島だって一人前のGSだ。相手のレベルは、なんとなく感じ取っていた。
 それでも。

「ここまでスゲーのは初めてだが、
 今までの敵だって......
 俺より強い奴らばかりで、
 それに立ち向かってきたんだ......」

 これまで美神たちは、自分たちとは比べものにならないレベルの魔物とも戦ってきたのだ。

(いや......それだけじゃない......)

 横島の記憶の片隅に、何かが引っかかる。
 『自分たち』どころではない。小竜姫やワルキューレすら一蹴するような、そんな強大な相手。
 しかも、美神がメインになるのではなく、横島が正面から渡り合った......。

(そんなこともあったような気がする。
 あれを思えば、どんな相手だって......)

 だが。
 『そんなこと』とは......。いったい、いつの出来事なのか?


___________

 
(横島さん!?
 記憶のプロテクトが......
 緩んできちゃったのね!?)

 彼の心を覗いたヒャクメは、驚いていた。この自分が施したプロテクトが、解けそうになるなんて......!
 これが外れてしまえば、全ての人々の記憶からアシュタロスを忘れさせるという任務は、失敗である。しかも、神魔の最高指導者の目の前で、失態が明らかになるなんて......!
 
(どうしよう......?)

 そんな彼女の心中を知ってか知らずか。
 魔の最高指導者が、陽気にしゃべっていた。

『......わしは、もちっと早うに
 止めに入ろうとしたんやで!?
 でもキーやんが、
 もう少し様子見るんやって、
 言いよるさかいな......』

 どうやら、彼らは、少し前からヒャクメの苦戦に気づいていたらしい。それなのに、今まで、見て見ぬフリをしていたらしい。

(ひどいのね......)

 もしかして、つい先ほど『見えない力が働いているのではないかと邪推したくなるレベル』と考えたように、助けるどころか、むしろ彼らは逆方向に介入していたのかもしれない。
 いやいやいや、それはさすがに邪推だとしても、彼らが敢えてヒャクメの苦境を放置していたことは事実。神の最高指導者は、出てきた時に反省云々と口にしていたが......?

『ヒャクメ......。
 これに懲りたら、軽々しく
 人の世界に遊びにくることは
 ......もう、およしなさい!
 神は神、人は人なのですよ......』

 ヒャクメの心を覗いたかのようなタイミングで、最高指導者が宣告する。
 素直に応じるしかなかった。

『わかりましたなのね......』

 シュンと頭を下げるヒャクメ。
 しかし、次の言葉に驚き、顔を上げる。

『それから......
 彼の記憶は、戻してあげなさい』


___________

 
『は......?』

 ヒャクメがポカンとしている間に、最高指導者たちは、少し補足する。

『今回のプロジェクトを
 中止する気はありません。
 ですが......』
『......このにーちゃんは例外。
 そーゆーこっちゃな......!』

 この二人は、いったい何を言い出したのだろう......?

(......こうやって
 人間の前に姿を現すだけでも、
 とっても軽率な行為なのね......!
 それなのに......その上......)

 軽々しく人間界に遊びに来る神様としては、人のことは言えないわけだが。
 そんな自覚は、ヒャクメにはなかった。

(横島さんを......
 特別扱いするなんて!?)

 確かに、この忘却計画の主旨を考えるならば。
 アシュタロスの事件で得られた知識や経験を思い出しても、横島がそれを悪用することは有り得ないはず。
 なにしろ、直接アシュタロスから悪魔の誘惑を受けたのに、それでも世界を救うことを選択したのが横島という男なのだ。その一件は、同時に、あの事件において横島の功績がいかに大きかったかを如実に表してもいる。

(その意味では......
 横島さんならば大丈夫って言えるけど、
 でも......いいのかしら!?)

 ヒャクメが考えている間にも、二人の説明は続いていた。

『人間にとって記憶とは大切なもの。
 それを迂闊に奪うようなまねは、
 してはいけなかったのです......』
『ま、キーやんも、
 昔々は人間界におったからなあ。
 ......それを思い出したらしいで』
『そこの少年のように......
 アシュタロスの事件が、
 本人の人格形成に大きく
 影響しているケースも
 あったのですね......』
『......このにーちゃん、
 例のアレを忘れてもうたら、
 もう別人やろ......!?』

 だんだん、ヒャクメにも話が見えてきた。

『それから......。
 ヒャクメ、あなたは
 勘違いしているようですが。
 つらい出来事を忘れることは、
 必ずしもプラスとはなりません。
 ......聖母マリアの役柄は、
 あなたには似合いませんよ!』
『あかんな〜〜。
 ......あんさんの言葉、
 しっかり聞かれとったで!!』


___________

 
「内輪もめ......か!?」

 目の前の三人は、横島たちを放置して、三人だけで話し合っている。最初の百眼は、何やら萎縮しているようだが。
 ならば、今が攻撃のチャンスだろうか。だが、これだけ強大なパワーを感じさせる相手だ。どこからどう仕掛けるべきか......。
 逡巡する横島。その間に、三人の打ち合わせも終わってしまったらしい。

『......こっちの二人は、
 わしらが止めとくさかい。
 あんさんは、ほれ、
 にーちゃんの記憶を......』

 その発言と同時に。
 いっそう強烈な光が、横島たちに照射された。

(......まずいッ!?)

 金縛りにあったように、横島は、指一本動かせない。だが、まだマシだったのだろう。

 パタッ! バタッ!!

 聞こえてくる音から察するに、シロとタマモは、意識を失って倒れてしまったようだ。

『......横島さん?
 心配しなくてもいいのね!
 記憶を蘇らせるだけだから......。
 気をラクにして、
 すべて私に任せるのね〜〜』

 素直に解釈するならば、頭の中を弄るつもりなのであろうか。
 恐ろしい言葉と共に。
 百眼女が、ゆっくりと一歩ずつ、横島に迫ってくる......!


___________
___________

 
『これで......終わりなのね〜〜』

 全ての記憶プロテクトを解除。
 もう、横島は何もかも思い出したはず。

『横島さん、大丈夫......?』

 だが、ヒャクメの問いかけにも反応してくれない。
 ただ虚ろな目をして、フラフラと歩き出した。

『あの......どこへ......?』

 心を覗いても行く先は不明。
 横島に向けて手を伸ばしかけたヒャクメだが、中途半端な姿勢で止めてしまう。

『今は......そっとしておきましょう』
『そりゃあ、色々ショックやろうからなあ』

 最高指導者が、制止したのだ。

『横島さん......』

 彼の背中に呼びかけることしか出来ない、ヒャクメであった。


___________
___________

 
 横島は、海を見ていた。
 夕焼けの映える、赤い海だ。

「いつのまに......こんなところに......」

 思えば遠くへ来たもんだ。

「あの時も......ここで......」

 彼が今いるのは、海ほたるパーキングエリアと呼ばれる場所。東京湾アクアラインの途中にある人工島だった。
 海を眺めるには良い場所であるが、横島にとって、ここは別の意味を持つ。
 アシュタロスの最期の一撃を人類が水際で防いだ地であり、同時に。
 美神やおキヌの前でルシオラを話題にした、最後の場所でもあった。
 ルシオラの生まれ変わりとして将来の子供に愛情を注ぐ......と宣言した場所であった。

「ルシオラ......か」

 名前を口にしただけで、たくさんの思い出が、頭の中にあふれてくる。
 だが、横島が感傷に浸るのを邪魔するかのように。

『横島さん、元気になった......?』

 彼の前に、ヒャクメが姿を現した。

「ああ......まあな......」

 元気そうには聞こえない口調で、横島が返事をする。

『......そう?
 ならいいんだけど......』
「あ......。
 そーいや、さっきは悪かったな」

 ヒャクメの存在を忘れていたために、妖怪扱いしたり、怪しい奴扱いしたり、霊波刀で叩き斬ろうとしたり。
 一応、謝っておく横島である。ただし。

『まあ、あれは......
 私も悪かったのね......』
「そーだよな。
 俺の大事な記憶を奪ったんだもんな。
 あれくらいじゃ......まだ足りねーな!?」
『いっ!?』

 チクリと一言、つけ加えるのも忘れていなかった。
 もちろん半ば冗談であり、それはヒャクメも承知している。

『......あはは。
 仕事だったから、許して欲しいのね!
 それより、横島さんが元に戻ってくれて
 なんだか......私も嬉しいのね〜〜!』

 そして、ヒャクメは説明する。
 シロとタマモには、今日の会合については忘れてもらった、と。おそらく二人は、横島が散歩の途中で一人で帰ってしまった......と思っているはずだ。
 また、人間界でアシュタロスを覚えているのは横島だけなのだから――たぶん美神やおキヌに関しては現状維持のままなので――、なるべく口外しないで欲しい、と。

「ああ、大丈夫だ......」
『それじゃ......またね!』

 次は、いつ来られるかわからないが。
 そんなことを言いながら、ヒャクメは、去っていった。


___________

 
(口では、あんなこと言ってたけど......)

 姿を消したヒャクメではあったが、実は、まだ近くの空に浮かんでいた。
 バレない程度の距離から、ソーッと横島の心を覗いている。
 
(やっぱり......心の中は......)

 この一年間、横島が生きてきたのは、ヒャクメによって記憶の一部を封印された世界だった。
 横島だけではない。世界中の人間が、同じ記憶操作をされている。
 大げさに言えば、ヒャクメが作った世界だった。
 しかし。

(あのひとのことで、いっぱいなのね!)

 横島の世界は、突然、変わった。ヒャクメが作り変えた世界から、本当の世界へ。
 それは、アシュタロスという大物魔族が、全人類を震撼させた世界。
 最後にはGS達が......いや横島たちが勝利したわけだが、そこで横島は、ルシオラと全世界とを天秤にかけねばならなかった。そして、全世界を選ばざるを得なかったのだ。
 本当の世界は、横島にとって、ルシオラの犠牲の上で作られた世界。言わば、ルシオラが作ってくれた世界だった。

(でも、このままじゃ......)

 ルシオラのことを思い出した今。
 横島の心は、ルシオラに囚われていた。
 世界の中心にいるのは、ルシオラだ。彼女を中心にして物事を考えてしまうのであれば、その意味でも、横島の世界はルシオラが作った世界になったと言えよう。

(......まずいんじゃないかしら?)

 ヒャクメは、横島のことが気になって、彼の心を眺め続けていた。
 だが、しばらくして。

(あ......!)

 彼女の表情が、安堵を示すものへと変わる。

『心配することなかったのね。
 さすが横島さんだわ......!』

 と、つぶやいて。
 ヒャクメは、本当に神界へと帰っていった。


___________

 
 冬の海に沈む夕陽を見ながら。
 横島は、昔の自分の言葉を思い出していた。


   「俺......
    悲しむのやめにします......!
    彼女のためにも一日も早く、
    俺......」


 それは、ちょうど今と同じ場所で口にした言葉だった。
 あの時、ここで、自分の心にケリをつけたはずだった。

「そーだよな。
 いつまでもバカやってらんねーよな。
 そろそろ......
 ハッキリ決めないと......!」

 美神・おキヌ・シロ・タマモといった事務所メンバーの他にも、六道冥子・小笠原エミ・花戸小鳩・魔鈴めぐみ・弓かおり・一文字魔理・机妖怪愛子・小竜姫・ワルキューレ......。
 霊力を高めるための妄想には不自由しないほど、これまで、たくさんの女性と出会ってきた。
 そうした中から、ルシオラの母となる女性を一人、思い浮かべる。
 しかし。
 ルシオラのため......というのであれば、その女性に対して失礼であろう。
 ルシオラを抜きにして考えた場合、自分の気持ちは......?

「ああ、それだけじゃない。
 ルシオラのことがなくても、
 俺は......あなたのことを......」

 横島は立ち上がった。
 そして......。
 夕陽に背を向けて、歩き出した。


(『彼女が作った世界』 完)

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