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『うっかりヒャクメの大冒険』
初出;「ザ・グレート・展開予測ショーPlus」様のコンテンツ「展開予測掲示板」(2008年6月から2008年9月)

 第一話「もうひとりのヒャクメ!」 
 第二話「うっかりヒャクメ襲名!」 
 第三話「おキヌの選択(その一)」 
 第四話「指揮官就任」 
 第五話「二人で除霊を」 
 第六話「うっかり王、誕生!」 
 第七話「おキヌの選択(その二)」 
 第八話「西条のプラン」 
 第九話「妙神山へ! 南極へ!」 
 第十話「けっきょく南極大決戦」 
 第十一話「帰ってきたヒャクメ!」 
 第十二話「うっかり三人組!」 
 第十三話「ヒャクメ様よ永遠に......」 






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第一話「もうひとりのヒャクメ!」

『これは......!』
『時空震のポイントを制御して......
 あいつだけを未来へ吹っとばす!!
 できるだけ遠く......!』

 少年漫画の主人公のような目付きで、女神ヒャクメが、魔神アシュタロスを睨みつける。
 
『おのれ......!
 下っぱ神族がこざかしいマネを......!!』

 大事なエネルギー結晶をメフィストに奪われたアシュタロスは、みずからメフィストたちの前に現れて、彼女を追いつめたところだった。
 メフィストなんて、人間の魂を集めるために作り出されただけであり、魔族としては小物である。メフィストの来世である人間や低級神族など、彼女の仲間らしきものたちもいたが、しょせん、アシュタロスにとっては有象無象のはずだった。
 ところが、いざ対峙してみたら、その人間の機転で、部下の悪鬼道真が正気に返ってしまったのだ。彼に呪縛されたアシュタロスは、今、未来へ時間移動させられそうになっている。

『奴のエネルギーが大きすぎて
 四、五百年飛ばすのがせいいっぱいか......!』

 必死になってコンピューターのキーを叩くヒャクメは、もはやアシュタロスを見ていない。その口調も、いつもの柔らかい馴れ馴れしい言葉遣いではなくなっていた。

『いや......いける!』

 コンピューターの画面を見ていたヒャクメの表情が、少し明るくなった。
 理由はわからないが、手応えが変わったのだ。どうやら、四、五百年どころか千年以上未来へ......自分たちが来た時代より少し先へ送り込むことが出来そうだ。

(さすが私なのねー! これなら......
 もとの時代に戻っても、まだアシュタロスはいない!
 戻った後で、ゆっくり対策を練ることができるのね!)

 ヒャクメは、心の中で自画自賛する。
 もちろん、それを口に出している暇はなかった。今しているのは一分一秒を争う作業であり、ヒャクメの指は、文字どおり神速でキーボードの上を走っている。
 美神が何やら騒いでいるが、ヒャクメの耳には届いていなかった。

『これで......十分!!』

 カシャッ!!

 ヒャクメが決定的なキーを押し、空間が歪み始める。
 ひと仕事終わらせたつもりでホッとすると、ヒャクメにも、美神とアシュタロスが叫んでいるのが聞こえてきた。 

「何やってるのよ、ヒャクメ!!」
『フ......
 アイデアはよかったが滑稽だな。
 そうか、きみがヒャクメ君か......。
 魔界でも有名だよ、きみの「うっかり」は!』

 顔を上げたヒャクメは、彼らの言葉を理解する。

『......あれ!?』

 さっきまでアシュタロスの周囲を取り巻いていた時空震動は、いつのまにか、ヒャクメ自身をターゲットにしていたのだ。

『もしかして......私、
 とんでもない「うっかり」をやっちゃった!?』

 額に大粒の冷や汗を浮かべながら......。
 ヒャクメは、時の彼方へと消えていった。




    第一話 もうひとりのヒャクメ!




『む!?
 私はいったい......!?』

 さきほど道真が美神たちの味方をしていたのは、文珠で流し込まれた神の波動のためである。その効果が切れたようで、ヒャクメが消えた直後、彼は再び悪鬼に戻った。

『もとに戻ったのだな......。
 ならば、そこの三人を始末しろ!』

 悪鬼道真に命令を下して、アシュタロス自身は、メフィストの前へと移動する。
 そして、メフィストが抵抗の構えをとるよりも早く、メフィストの首を握りしめていた。

『さあ今度こそ
 結晶を吐き出してもらおう!!』


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「メフィスト!!」

 彼女を助けに向かおうとして最初に動き出したのは、横島である。今の横島の体をコントロールしているのは前世の記憶『高島』であり、『高島』にとってメフィストは大切な女性だったのだ。
 しかし、彼の前に、悪鬼道真が立ちふさがった。

『おとなしくしていろ!
 おまえたちのことは......
 私にまかされたのだからな!」

 口元に悪鬼らしい笑いを浮かべ、道真が雷をはなつ。
 広範囲に襲いかかる雷撃から、横島・美神・西郷の三人は逃げることができない。

「存思の念、災いを禁ず!!
 雷よ、しりぞけ!!」

 何とか抵抗できたのは、西郷だけだった。攻撃を禁じきれないものの、威力は弱まったので、致命傷を免れたのだ。
 一方、横島の中の『高島』の意識も、

「避雷!!
 ......うわっ!?」

 同じように呪を唱えようとしたが、横島の体では、思うようにいかなかったらしい。
 美神と二人一緒に、致命的な一撃を食らってしまった。

(......横島クン!!)

 消えゆく意識の中、美神は、最後の力を振り絞って、横島へと手を伸ばす......。


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『あのヒャクメほどではないが......
 おまえも「うっかり」だな』

 アシュタロスが、道真へと視線を向けた。
 なお、アシュタロスはメフィストの首をつかんだままであり、すでにメフィストは口から泡を吹いて意識を失っている。

『......!?
 ああ、そういえば......』

 道真は、アシュタロスの言わんとすることに気が付いた。
 メフィストの生まれ変わりには、時間移動能力があったのだ。雷をエネルギー源とする能力であり、前に戦った際には、道真の雷撃を利用されて逃げられたのだった。

『しかし......今回は
 時間移動能力も発揮されませんでしたな』

 不敵に笑いながら、道真は、目の前の焼死体を見下ろした。
 そう、西郷はかろうじて息があるが、美神と横島は、すでに真っ黒な炭と化している。二人が死んでしまったことは、明白だった。

『道真......おまえは......
 しょせんその程度にすぎんのか?』

 アシュタロスが、小さくつぶやく。
 道真には分からなかったようだが、アシュタロスは、時空震動を感知したのだった。
 それは、ほんの一瞬であったが、ちゃんと機能したらしい。何かが時空を超えて飛んでいったことにも、アシュタロスは気付いていた。

(しかし......)

 メフィストは手の中で失神している。
 下っぱ神族は、道真の攻撃以前に消えている。
 生き残った一人の人間も、倒れ込んだままピクリとも動かない。
 そして、残りの二人は焼け死んだ。

(では......なにが時間移動したというのだ!?)


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 ヴュン!!

「!」

 美神が気付いた時には、彼女を取り巻く環境はガラリと変わっていた。
 夜の森の中で戦っていたはずなのに、ここは、昼間の山道だ。ただし、山道と言っても、車が通れるくらいの広さがある。舗装はされていないが、それなりに整備されているので、車道なのだろう。片側は山肌、反対側は崖という配置になっており、見晴らしの良い、開けた場所だった。
 そして、アシュタロスもメフィストもおらず、

「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」

 近くにいるのは、背後で荒い息を吐く横島一人。
 両手にトランクを持ち、背中には大きなリュックをかつぎ、さらにリュックの上に荷物をくくり付けられた状態だ。山地で酸素が少ないこともあり、今にも倒れそうだが、

「横島クン......!!」

 そんな横島に、美神が飛びつき、ギュッと抱きしめた。

(よかった......!!
 生きててくれたんだ......!!)

 道真の雷の威力は、正しく理解していた。自分も横島も、もう命はないと思っていたのだ。
 美神は、自分が生きていたことよりも、まず、横島が生きていたことを喜んでいた。だから、彼女らしくもなく、素直に抱きついてしまったのだ。

「あの......美神さん!?」

 事情が分からぬ横島は、両手のトランクをボトッと落とし、美神のなすがままにされている。

「いったい......どうなってるんスか!?」

 美神の感触を楽しんでいる余裕はなかった。横島は、それくらい大きく混乱していたのだ。
 なにしろ、彼の記憶にある最後の場面は、首を切られて血が噴き出したところだ。出血多量で意識を失い、気が付いたら、山道で酸素不足で大荷物。
 だが『一難去ってまた一難』かと思いきや、今度は美神の抱擁なのだ。

「ごめん......順を追って説明するわ」

 ゆっくりと顔を上げた美神は、横島の体から離れた。体を密着させたのに横島がセクハラっぽい行為をしなかったことに思いあたり、美神のほうでも少し戸惑う。だが、今は、それを気にしている場合ではない。現状を把握することが先決である。

「色々あったから
 ......よく聞いてちょうだい」

 横島に向かって口に出して説明することで、美神自身、頭の中を整理することができるだろう。
 そう思って、美神は、話を始めた。


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「とんでもない大物が出てきたことも、
 ヒャクメがドジを踏んだこともわかりました。
 でも......その後がわからないっスよ!?」

 美神は、横島が意識不明だった時期の出来事をすべて説明したのだ。
 それでも、横島は、まだ首をひねっている。

「時間移動でもしたんスかね!?」
「そうみたいね。
 でも......」

 すでに二人とも悟っていた。
 今いる場所には見覚えがある。ここは、人骨温泉へと向かう山道なのだ。そして、二人の格好は、かつて除霊仕事でそこへ向かった時と全く同じ。
 おそらく、おキヌと出会った時点へ......美神たちの物語がスタートしたとも言える時点へ、タイムスリップしてしまったのだろう。

「厳密には『時間移動』ではないわね」

 美神は、横島の考えを少しだけ否定する。
 これが時間移動だというのであれば、自分たちの服装が変化しているのはおかしい。平安時代で着ていた服装のまま、ここへ来るはずなのだ。

「じゃあ......どういうことなんスか!?」
「むしろ、私たちが『この時代の私たち』に
 生まれかわっちゃったみたいよね!?
 こういう現象は......『時間逆行』って言うのよ!」

 雷を受けた瞬間、二人の魂だけが『この時代』へ飛ばされてきて、『この時代の二人』に憑依したのだ。
 美神は、そう理解していた。
 通常の時間移動だけでなく、美神は、かつてプロフェッサー・ヌルの雷撃で時間逆行も経験している。だから、こうして色々考えていくうちに、現状を正しく認識できたのだった。

「時間逆行......!?」
「そうよ!」
「横島クンも......時空消滅内服液で
 時間を逆行したことがあるでしょう?
 ......あれと同じような話ね」

 時間移動と時間逆行。
 その差を特に気にする必要もないのかもしれないが、妙にこだわってしまう。

(ああ、そうか......)

 美神は気付いた。
 小竜姫からは『時間移動はもともとそんな大した力ではないんです。過去も未来も変えられることしか変えられない』と教わっているが、美神は、中世で時間逆行した際に、本来死ぬはずの横島を救っている。
 それに関して小竜姫は『そのままでも蘇生可能だったんでしょう』と言っていたが、今にして思えば、『あれは時間移動ではなく時間逆行だったから』とも考えられるのだ。つまり、時間移動よりも時間逆行のほうが歴史を変える力は大きいという可能性もあるのだ。
 だからこそ、これが時間逆行であることは重要なのであった。

「もしかすると......私たちは
 歴史を大きく変えてしまうのかもしれないわ」

 内心の不安を少し顔に出しながら、美神は、自分の考えを述べる。
 話を聞いた横島は、

「あの......俺たち平安時代から来たんスから、
 これは『逆行』ではなく『順行』なのでは?」
「......そこはポイントじゃないでしょう!?」

 それこそどうでもいい点にツッコミを入れてしまった。

「『もともとの時代』から見れば過去なんだから、
 『逆行』でいいのよ......!!」
「そんなもんスかねえ......?」

 そして、こうして二人が会話している間にも、すでに歴史は変化し始めていた。


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『せっかく死んでいただけそうな人をみつけたのに......』

 巫女姿の幽霊が、少し離れた岩陰で、困ったような顔をしている。
 いつまでも美神と横島が話し込み、横島が一人にならないため、おキヌは、出るに出られないのであった。


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 そんなおキヌの存在には気が付かず、美神と横島は、まだ議論を続けていた。
 最初は道の真ん中に突っ立っていた二人だが、いくら車がめったに来ないとはいえ、それでは危険だ。今の二人は、人骨温泉に向かって歩きながら話をしている。

「ヒャクメの作戦も失敗したということは......
 俺たちが消えた後、どうなったんスかね?」

 横島に聞かれるまでもなく、これは、さきほどから美神自身も考えている問題であった。

「そうねえ......。
 おそらく、あの後......」

 西郷とメフィストの二人では、アシュタロスと悪鬼道真に勝てるとは、とても思えない。逃げのびることすら、難しそうだった。

「それじゃ......
 メフィストはやられちゃって、
 アシュタロスは結晶を取り戻す
 ......ってことっスか!?」
「その可能性が高いわね」

 美神が首を縦に振る。
 なんだか納得できない気持ちもあるのだが、それでも、その先を考えてみた。
 アシュタロスがエネルギー結晶を手に入れたならば、彼は自分の計画を続行させるのであろう。美神は、アシュタロスのプランの詳細まではメフィストから聞いていないが、彼は魔神アシュタロスである。それが『世のため人のため』でないことだけは確かなはずだ。

「......!!
 俺たちがこうして平和に暮らしている間にも、
 どこかで奴の計画が進んでるわけっスね!?
 ......千年もの時間をかけて!?」

 そう、そういう結論に行き着いてしまうのだ。
 しかし......。

「いいえ。
 ......やっぱり、おかしいわ!」

 美神は思い出した。
 『メフィストがやられる』という前提からして矛盾するのだ。メフィストは無事に逃げたはずなのだ。
 一時的に現代に戻った際、神道真は、20年後のメフィストに頼まれたと言っていたではないか!
 
「美神さん......。
 話を聞けば聞くほど混乱してきました。
 結局......どういうことっスか?」

 漫画であれば、頭からプシューッと湯気を吹き出していることだろう。
 横島は、そんな表情をしていた。
 それを見て、美神の気持ちが少し和む。
 美神だって同じくらい困惑しているのだが、横島が『トンマな人形』役をやってくれているからこそ、『教育番組のお姉さん』役に留まっていられるのだ。さらに、横島と対話することで自分の考えがハッキリと固まるという効果もあった。

「もしかすると......
 つながってないのかもしれない」
「......は!?」

 美神のつぶやきを聞きとめて、横島の頭に浮かぶハテナマークが増え始めた。美神は、ゆっくりと噛み砕きながら説明する。

「それぞれ独立した時空なのかもしれないのよ。
 つまり......」

 あの『平安時代』と『もとの時代』と『この時代』は連続していないという可能性である。時間移動のような形で歴史に横槍が入るたびに、新しいパラレルワールドが作られるのであれば、一度確定した歴史は不変ということになる。

「時間枝......だったかしら?
 そんな概念がSFにあったはずだわ」
「SFの概念っスか......。
 なんだか話が胡散臭くなりましたね」

 横島は苦笑しているが、理解した上での発言というより、むしろ考えるのを放棄したようにも見える。現実ではなく『SFの概念』ということが、考察をやめるきっかけになったようだ。
 そんな印象を受けながら、美神は、別の可能性も提示してみた。

「でも......
 すべての時空が連続しているのだとしたら......
 きっと誰かがメフィストたちを助けたのよ。
 ......そうとしか考えられないわね」
「『誰か』って......!?」

 横島は聞き返すのだが、彼の表情を見るかぎり、すでに美神と同じ解答を思い浮かべているようだった。
 平安時代に、アシュタロスたちと戦うほどの人材がいるとは考えられない。
 そして、他の時代から助っ人が向かうとしたら、それは時間移動能力者ということになる。しかも、あの状況を察知している者だからこそ、救いの手を差し伸べるのだ。
 つまり......。

「私たちが助けに戻る......ということね」

 美神は、ハアッと溜め息をつく。
 これまでも色々と大変な仕事をこなしてきたし、様々な強敵と戦ってきたが、これは、今までの比ではないようだ。

「現世利益最優先......という信条に従うなら
 あの『平安時代』に関しては知らん顔して、
 このまま『この時代』でノンビリ暮らすべきなんだけど......」
「美神さん......
 いくらなんでも、それは無責任なのでは......!?」

 横島の口調には、半ば呆れたような響きが含まれているが、大丈夫。
 今の美神の発言は、自分自身と横島をリラックスさせるための冗談なのだ。
 効果あったと感じた美神は、笑顔を浮かべて、軽く横島の肩を叩いた。

「わかってるわよ。
 私だって、このままじゃ気持ち悪いしね」

 そもそも、もともと平安時代へ行ったのは、美神が魔族に狙われる理由を探るためだった。
 美神の前世がアシュタロスの作った魔族だということはわかったが、それだけでは、完全な解答にはなっていない。
 エネルギー結晶がキーになっているようにも思えるが、その行方だって、あの戦いの結末がわからない以上、不明である。
 やはり、もう一度、平安時代へ戻る必要があるのだ!


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「横島クン......文珠出せるかしら!?」

 相変わらず人骨温泉へ向かって歩き続けているものの、美神の頭の中は、それまでと違ってスッキリしていた。
 方針が決まった以上、あとは具体的に細部を煮詰めるだけだ。
 まず、時間移動をする際に欠かせないのは、雷エネルギー。それも天候まかせにはしたくないから、やはり文珠である。『この時代』へ来たのは魂だけなので、神道真からもらった『雷』文珠も、平安時代へ置いてきた形になっていた。

「......えっ!?
 もう行くんスか!?」
「違うわよ!
 色々準備しなくちゃいけないから、まだ行かないわ。 
 ......でも確認だけしておきたくてね」

 美神に促され、文珠を出そうとする横島。
 しかし、全く出せそうな感覚はなかった。

「あれ......!?
 平安時代では
 もうちょっとって感じだったんスけど......?」
「やっぱり......。
 じゃあ、ちょっと霊波刀を試してみて」
「......は!?」

 理由もわからぬまま、横島は、美神の言葉に従う。
 得意のハンズ・オブ・グローリーを発現させたのだが......。

「うーん......。
 なんか不安定な感じっスねえ。
 最初の頃の......集中しないと出せなかった頃の感覚っス」

 美神の目には特におかしくは見えないが、横島自身は微妙な違和感を意識していた。
 横島の言葉を聞き、美神は、難しい表情で頷く。

「私たち......霊能力が落ちちゃってるみたいね」


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 今二人がいる『この時代』は、二人の『もとの時代』よりは昔であるが、それでも、一年も違わない。
 ただし、そのわずかな期間の間に、美神も横島も、霊能力者として大きくレベルアップしていた。特に横島の伸び率は大きかったし、そのために霞んでいるが、美神だって尋常ではない進歩を遂げている。

「どうやら......霊能力って
 魂と肉体の両方に依存するようだわ」

 美神と横島は、『もとの時代』の魂が『この時代』の肉体に宿った状態である。だから、霊能力者としてのレベルも、その中間になっているのだろう。

「......それじゃ!?
 俺......文珠使えないんスか!?」
「そういうことになるわね。
 でもサイキック・ソーサーと
 ハンズ・オブ・グローリーがあれば、
 それなりに戦えるわよ......?」

 美神としては、落胆している横島を慰めたつもりだったが、これはピント外れだった。

「ああ......!!
 こんなことなら、使えるうちに有効活用しとくんだった!!
 うまくすればセクハラし放題だったのに、
 へんに良心働かせるんじゃなかった......!!」
「あんた......そんなこと考えてたの!?」

 口と同時に拳でツッコミを入れる美神。

「あれ......!?
 横島クン......!?」
「美神さん......少しは手加減を......」

 そんなに激しく殴ったつもりはないのだが、横島は、完全に血の海に沈んでいる。
 どうやら『この時代』の横島の体は、まだ、あまり鍛えられていないらしい。
 そんな横島を見下ろしながら、美神は、自分のことを考えていた。

(私の能力も......
 どの程度なのか把握する必要があるわね)

 特に問題となるのは時間移動能力の有無だ。
 あの能力が初めて発現したのは、マリアに感電した際だった。しかも、最初のうちは、時間移動には必須な感覚......時空を見通し座標を直感的に把握する感覚がなかったため、補助が必要だったのだ。
 中世への時間旅行ではマリアが、平安時代への移動ではヒャクメがその役を担ってくれていた。中世では一度ひとりで短い逆行をしたが、あれは、狙ってやったものではない。意図的に実行したものに限れば、補助無し時間移動の初成功は、道真に襲われて一時的に現代へ戻ったケースである。
 つまり、ようやく人並みに時間移動できるようになったばかりだったのだ。

(『時間移動』そのものをする能力があるとしても、
 この体の脳の中には......
 そのための地図やコンパスがないかもしれないわ!)

 その場合、雷エネルギーだけではなく、うまくガイドしてくれる存在が必要ということになる。

「ヒャクメと連絡をとる必要がありそうね......」
「......ヒャクメも時間移動したんスよね?」

 美神としては独り言のつもりだったが、いつのまにか復活していた横島が、彼女の言葉に応じた。
 
「でも......ヒャクメはドジだから
 うっかり過去へ行ってる可能性もあるわね」

 これは冗談である。
 二人は、顔を見合わせて笑った。
 山の中なので、笑い声もこだまするようだ。
 それが完全に消えてから、美神は真面目な視線を横島に向けた。

「まあ、ヒャクメのことはおいとくとして......。
 色々問題は山積みだけど、まず、
 目先のことから一つずつ片づけていきましょう。
 横島クン、『この時代』の今
 何をしなきゃいけないか、覚えてるわね?」
「......あ!」

 横島の表情が変わった。美神の言っている意味を悟ったのだ。
 それを確認してから、美神は、周囲を見渡す。それから、適当な方向に声を張り上げた。
 
「おキヌちゃん!
 この近くに隠れてるんでしょう!?
 ......出てらっしゃい!!」


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 そして......。
 美神と横島が辿り着いた時代よりも、もう少し先の時代。
 そこでも、歴史が動こうとしていた。

 ババババババババ......。

「都庁ヘリポート着陸許可願います!
 妙神山はずれで保護した少女たちを輸送中!
 こちらでオカルトGメンにひきわたすように
 指示されましたが......」
「連絡はうけている!
 オカルトGメンは現場に待機中!!」

 ほどなくして、ヘリが都庁屋上に着陸した。

「あわてるな!
 ゆっくり降ろせ!」

 搬送用のストレッチャーがヘリから運び出される。ストレッチャーにくくりつけられているのは『少女』という表現が似つかわしくない存在であったが、今の彼女は、極度に衰弱していた。
 待機していた人々が駆けつける。その中に見知った姿を発見し、彼女は声をかけた。

『み......美神さん......!』
「無事だったのね、ヒャクメ!!」

 美神だけではない。
 その後ろには、おキヌや西条の姿も見える。
 そして、こうした感動の再会と並行して、

「気をゆるめるな!
 まだ終わりじゃないぞ!」

 もう一つのストレッチャーがヘリから搬出された。それは、最初のストレッチャーを囲む人々の輪の中へと運ばれていく。

「......えっ!?」
「どういうことなんです!?」

 そちらに目をやった美神とおキヌの顔に、驚きの色が浮かんだ。
 二つのストレッチャーに寝かされているのは、どちらも全く同じ顔をしている。つまり、両方ともヒャクメだったのだ。

『あの......ここはどこですか?
 そして......今は何年何月なんでしょうか!?』

 トレードマークの馴れ馴れしい口調もかなぐり捨てて、二人目のヒャクメは、気弱そうに尋ねる。
 そう、彼女こそ、平安時代から飛ばされてきたヒャクメだった。
 平安時代でアシュタロスと対決した彼女は、今度は、アシュタロスの地上侵攻が始まった時代へ来てしまったのである。


(第二話に続く)

             
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第二話「うっかりヒャクメ襲名!」

『もしかして......私、
 とんでもない「うっかり」をやっちゃった!?』

 時空震の制御に失敗し、アシュタロスではなく自分を時間移動させてしまったヒャクメ。
 平安時代から消え去った彼女が辿り着いた先は、山の中だった。

『ここは......どこ?』

 緑の木々に囲まれた山中であるが、自然の景色を楽しんでいる余裕はない。
 彼女は、少し離れたところへ目を向ける。見覚えのある霊力が戦っているのを察知したのだ。

『あれは......小竜姫にワルキューレ?』

 ただし、そちらにばかり意識を向けるわけにもいかなかった。霊視のピントを合わせ始めた彼女は、上空に浮かぶ巨大な存在に気が付いたからだ。

『あれは......!!』

 空を見上げたが、少し遅かったようだ。『巨大な存在』のせいで隠れていたのだが、実は、彼女の真上に落ちてくるものがあった。
 
『あ?れ?』

 なんだか情けない声を上げながら落下する存在。それは......。

『え?
 これは......私!?』

 ゴツンッ!!

 立ち上がったヒャクメは、上から強烈なヘッドバットをくらった形になり。
 落ちてきたヒャクメは、ヘッドバットで下から突き上げられる形になり。
 
『この構図は......どっちも痛いのね......』
『壁画の見方は、どっちも正しかったのね......』

 わけのわからぬことを口にしながら、二人は意識を失った。




    第二話 うっかりヒャクメ襲名!




『はっ!!
 これは......夢?』

 目を覚ましたヒャクメは、ガバッと上体を起こした。
 どうやら病室のベッドに寝かされていたようだ。美神の記憶を覗いたことがあるので、GSたちが利用する病院はヒャクメも知っている。だが、ここは、その病院ではないらしい。
 霊的エネルギー濃度も高く、霊力がグングンみなぎってくる場所であった。

『私ったら......神族のくせに
 あんな馬鹿みたいな夢を見るなんて......』

 ヒャクメは、さきほどの夢を回想する。
 アシュタロスを未来へ送り込むつもりが、間違って自分を飛ばしてしまうとか。
 もう一人の自分が空から降ってくるとか。
 その後、二人まとめてヘリで救助されるとか。

『......ありえないのねー!』

 彼女は、クスッと笑う。
 そんなヒャクメに、隣のベッドから声がかかった。
 ここは、個室ではなく相部屋だったのだ。

『夢じゃないのねー!』
『えっ......!?』

 ヒャクメは、声のした方向に首を向ける。
 わざわざ目で確認するまでもなく、声と口調から明らかだったように......。
 隣のベッドにいたのもヒャクメだった。


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『えーっと......鏡?』

 この物語の主人公、つまり過去から来たヒャクメが、ポツリとつぶやく。
 しかし、隣のベッドのヒャクメ、つまりこの時代のヒャクメは、首を横に振った。

『だから......
 夢じゃないって言ったでしょ?』

 と言いながら、この時代のヒャクメは、過去から来たヒャクメをジッと凝視する。
 その目付きを見ているうちに、過去ヒャクメは気付いた。

(あっ!!
 もしかして......私、心を覗かれてる!?)

 ヒャクメにとって、これは珍しい経験である。
 くすぐったいような感覚にとらわれながら、過去ヒャクメも、慌てて隣のヒャクメを覗き始めた。


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(モニターばかり見ていたあなたは......
 時空震のポイント制御をミスしたのね)

 この時代のヒャクメが、心の中で過去ヒャクメに呼びかける。

(私もモニターしか見てなかったけど、
 時空震のポイントは意識し続けていたわ。
 でも、あなたは......
 できるだけ遠くへ飛ばすことばかり気にしてたのね。
 そして......)

 既に過去ヒャクメの記憶は覗いたので、どこが分岐点だったのか、ちゃんと理解していた。

(四、五百年どころか
 千年以上未来へ飛ばせそうになった。
 なんで急に『手応えが変わった』のか、
 その理由を考えるべきだったのね。
 あの瞬間こそ、時空震のポイントが
 狂ったタイミングだったんだわ)

 そこで確認を怠ったからこそ、未来へくるハメになったのだ。それが、この時代のヒャクメによる推理だった。
 過去ヒャクメとしても、これは納得できる解釈なのだが......。
 彼女は、心の中で大きく叫んだ。

(偽物だわッ!!
 そんな冷静な推理をする私なんて
 ......私じゃないのねー!)


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(うっかり者あつかいされるのは嬉しくないけど......
 でも、いわゆるドジっコなのが私の魅力なのね!
 それなのに、あなたは......。
 あなたなんて『ヒャクメ』じゃない、
 あなたは『しっかりヒャクメ』だわ!)
(クスクス......。
 それでもいいわよ?
 私が『しっかりヒャクメ』だというなら
 ......あなたは『うっかりヒャクメ』かしら?)
(キーッ!!)

 この時代の『しっかりヒャクメ』だって、ちゃんと、うっかり属性は持っていた。
 例えば、平安時代へ行く際には横島を巻き込んでしまったし、また、アシュタロスを逮捕しに行った南米では逃げ損なって敵に捕まっている。
 ただ、アシュタロスを未来へ送りそびれるというのが大チョンボなだけに、それをしでかした『うっかりヒャクメ』と比べたら、マシに思えてしまうのだった。


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(ともかく......
 あなたの状況は整理できたから、
 今度は、私が経験してきたこと......
 つまり、あなたが大チョンボを
 しなかった場合の歴史を説明するのね。
 よく聞いてね、うっかりヒャクメさん)

 『しっかりヒャクメ』は、少し真面目な雰囲気で、説明する。
 平安時代にてアシュタロスを未来へ飛ばした後。
 エネルギー結晶を守りきったことで、美神がアシュタロス一派から狙われる理由も判明した。
 そして、もとの時代への帰還後に繰り広げられた、月での戦い。
 人間たちの協力もあって、着々とアシュタロスの計画を潰してきたのだが......。

(ついに本格的な地上侵攻が始まったのねー!)

 アシュタロスは冥界と霊的拠点とを結ぶチャンネルを遮断した。その上で、アシュタロスの部下たちが強大な兵鬼を駆使して、世界中の霊的拠点を破壊しているのだ。
 最後に残った妙神山の運命は......?

(......という状況なのね)


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(ええーっ!?)

 『うっかりヒャクメ』は驚いた。
 アシュタロスとの対決という大ピンチから飛ばされた未来が、そんな世界規模の大ピンチになっているとは......。

(神さまのいじわる〜〜!)
(......私たちも神さまなのね)

 と、『しっかりヒャクメ』が、しょーもないツッコミを入れた時。

 バタン!

 病室のドアが開いて、美神が駆け込んできた。

「あんたたち!
 ちゃんと口に出して会話しなさい!
 そうしないと......
 モニター見ててもわからないでしょ!?」
「あ、あの......美神さん?」

 後ろから追いかけて来たおキヌが、なんだかオロオロしている。美神が神さまをどう扱うか、頭では理解しているものの、やはり畏れ多いと思ってしまうのだ。

『......監視カメラですね?』
『ひとの様子を勝手に覗くのは、よくないのねー!』

 美神とおキヌの心を読んだヒャクメたちは、天井に設置された隠しカメラに気付き、顔をしかめる。
 しかし、

「あんたたちに言われたくないわ!」
「あの......これも安全のためですから。
 仕方なかったんです、ごめんなさい」

 と言われてしまうのであった。


___________
___________


 そして......。
 ヒャクメが辿り着いた時代とは、全く別の時代。
 おキヌとの出会いの場面に『逆行』してしまった美神と横島は、その『出会い』を再び経験しようとしていた。
 
「おキヌちゃん!
 この近くに隠れてるんでしょう!?
 ......出てらっしゃい!!」

 シーン......。

 美神の叫び声に対して、何の返事もない。ただの屍のようだ......と言われそうなくらいの静寂であった。

「幽霊っスからねえ、今のおキヌちゃんは」
「なによっ!?
 これじゃ、私が馬鹿みたいじゃないの!」
「美神さん......怒っちゃダメですよ。
 それじゃあ、ますます出てこれなくなるじゃないっスか」

 横島は、時空消滅内服液を飲んだときのことを思い出したのだ。最後にどうやって戻ったかは覚えていないが、最初に逆行した先くらいは、ちゃんと記憶がある。
 あの時も、おキヌと出会うところだったのだ。
 うっかり『おキヌちゃん』と呼びかけたら、おキヌは、

『わっ......私の本名を知っている
 あなたはいったいどなたっ!?』

 と驚いて、

『きゃーっ!!
 ごめんなさいごめんなさいっ!!
 別にあなたを殺すつもりじゃ
 なかったんですう......!!』

 と叫びながら逃げ出してしまったものだった。
 それを思えば、今、おキヌが出て来られないのも納得できる。

「おーい、おキヌちゃん!
 俺たちは、おキヌちゃんを助けに来たんだよ。
 地縛を解いてあげるから......
 心配せずに出ておいで!」
「そんな言葉で出て来られちゃ、
 私の立場が......」

 しかし、美神の発言を遮るかのように、おキヌがスーッと姿を現した。

『......本当ですか?』

 恐る恐る尋ねるおキヌ。
 彼女は、横島の言葉に誠意を感じて出てきたのだが......。


___________


『いやーっ!!』

 おキヌは、突然、横島に抱きつかれてしまった。それも、男の腕力でヒシッと抱きしめられたのだ。

「......やめなさいっ!」

 美神が横島を引きはがし、鉄拳制裁を施す。
 血とともに涙をドクドク流す横島であったが、泣きたいのは、おキヌのほうである。

『くすん』

 目に涙を浮かべ、その下に、軽く握った手をあてるおキヌ。
 そんなおキヌを見て、倒れたままの横島が、

「おキヌちゃんや......
 おキヌちゃんなんや......。
 やっぱり......かわいいっ!!」
「横島クン......まだ懲りてないわけ!?
 ......もういっちょいく?」
「もう十分っス。
 でも今のおキヌちゃんって......
 なんだか髪型まで童顔な感じがして、
 生きてる時より、かわいいじゃないですか!
 ああっ、もう......ほんとにかわいいっ!!」

 不自然なくらいに『かわいい』を連発している。
 おキヌには分からないが、美神には分かっていた。これは、ほめ殺しでも口説き文句でも御世辞でも何でもない。なんと言っていいか分からなくて、とりあえず口に浮かぶ言葉が、それだったのだろう。

(横島クン......嬉しいのよね。
 私もおんなじ気持ちよ)

 さきほど飛びかかったのも、いつものセクハラではない。親愛の情からくるもの、いわゆる『ハグ』であった。
 それを理解しているからこそ、美神だって、やや弱めに殴ったのだ。
 まだ横島が地面に転がって泣いているのも、回復してないからではないはずだ。再会の嬉し涙を取り繕っているだけだ。

(だって......本当に久しぶりだもんね)

 美神と横島の『もとの時代』では、おキヌは、すでに幽霊ではない。死津喪比女が滅亡した後、おキヌは無事に復活している。
 しかし、幽霊時代の記憶は失われたため、美神たちは、おキヌと別れたのだった。遠くから見守った際に『おキヌちゃん、すぐに戻ってくるわ』と予言した美神だったが、その言葉は、いまだ実現していなかった。
 もう二度と、おキヌとは生活が交わらないかもしれない。そんな状況の中から、平安時代を経て、美神と横島は『この時代』へ飛ばされて来たのだ。

(だから......
 横島クンの気持ちもよくわかるわ)

 そして、そんな時代から二人が来たという点が、幽霊おキヌの運命にも大きな影響を与えることになる......。


___________


「ごめんね、おキヌちゃん。
 あのバカがひどいことしちゃって。
 でも......
 『あなたを助けに来た』っていうのは本当だから」

 美神は、おキヌの背中に手を回し、やさしく抱きよせた。
 おキヌの目は、まだ潤んでいる。

『大丈夫です......。
 突然だから、びっくりしただけです。
 それに......私ずっと一人でしたから
 抱きしめられたことなんかなくて......』

 おキヌはニコッと笑おうとしたのだが、それは、無理だった。
 ここから解放してもらえるというのが嬉しいのか。
 それとも、やさしく抱きしめられたのが心に染みたのか。
 あるいは、三百年間ひとりぼっちという境遇を回顧したのか。
 彼女自身、理由は分からないのだが......。

『うわーん......!!』
 
 おキヌは、泣き出してしまったのだ。

「いいのよ、おキヌちゃん。
 もう大丈夫だから......ね?」

 そう言って抱きしめる美神の目にも、涙が浮かんでいた。


___________


 清々しい景色には似つかわしくない愁嘆場も終わり、三人は、道路脇の木陰に移動していた。
 ここならば、多少の長話も出来そうだ。

『もう御存知のようですが、
 私はキヌといって......』

 美神も横島も、おキヌの事情など、今のおキヌ以上によく理解している。
 それでも、二人が色々なことを言ったら彼女が混乱するだろうと思い、敢えて、おキヌに喋らせるのだった。
 たいした長話ではないため、おキヌの話は、早くも終わろうとしている。

『......喜んで替わってくれると思って、
 横島さんを殺そうと考えてたんです。
 ......ごめんなさい』
「それは気にしないで。
 しょせん横島クンの命だから」
「美神さん......なんてこと言うんですか!」

 いつもの調子に戻った二人だが、美神は、頭の中では真剣に考え事をしていた。
 『この時代』の幽霊おキヌが語ったストーリーは、『もとの時代』で聞いた話と全く同じ。つまり、今のおキヌは、死津喪比女のことなど覚えていなかったのだ。

(でも......元凶は死津喪比女のはずだわ)

 それならば、やはり死津喪比女を倒した後で、保存されている肉体を使っておキヌを復活させることが出来るはず。
 しかし、美神は考えてしまう。

(今この時代でおキヌちゃんを復活させる。
 ......それで、おキヌちゃんは幸せになれるのかしら?)

 だから、美神は、慎重に質問するのであった。

「おキヌちゃん、ちょっといいかしら?」
『......はい、なんでしょうか』
「この地を守るための人柱なんかにならず、
 江戸時代で人生をまっとうすることが可能なら......。
 もし、そんな選択肢があるとしたら......。
 おキヌちゃんは、どうする?」


___________


 美神の言葉の意味を理解できなかったようで、おキヌはポカンとしている。
 代わりに口を開いたのは、横島だった。

「美神さん、何を言ってるんスか?
 わけわからんこと言って
 おキヌちゃん混乱させたらダメですよ。
 そんなことより......早く死津喪比女を倒しましょう!」

 美神は、ゆっくりと首を横に振る。

「横島クンは......おキヌちゃんを復活させたいのね?」
「当然っス!!」

 横島には、美神の意図は全く伝わっていなかった。横島が理解できないようでは、おキヌに通じるわけもない。
 そう思った美神は、まずは横島に説明することにした。

「横島クン、よく聞いてちょうだい。
 『この時代』のおキヌちゃんは
 ......私たちのおキヌちゃんとは違うのよ」
「美神さん、それは差別です!
 おキヌちゃんは、おキヌちゃんっスよ!!」

 横島の語気が強くなるが、美神が言っているのは、そういう意味ではない。

「......横島クン。
 『この時代』のおキヌちゃんは、
 ずっとここで幽霊をやっていたのよ。
 この意味がわかるかしら?」


___________


 美神と横島がいた『もとの時代』では、おキヌは二人とともに下山し、幽霊のまま、色々な体験をしたのだ。
 楽しいことも辛いこともあって、それから、人間として蘇るのである。
 もちろん、生きかえった後、幽霊だった頃の記憶は消えてしまった。かつて生きていた時のことすら、どこまで覚えているか微妙だったはずだ。
 それでも......。
 おキヌは、普通の女子高生として暮らしていた。
 美神と横島がチラッと様子を見に行った際、おキヌは、普通の女子高生として現代に順応していたのだ。
 一種の記憶喪失なのだろう。だから意識の奥底には、江戸時代ではなく現代で生きていけるだけの知識や経験が、眠っていたに違いない。そして、そうした知識や経験が作られたのは、山から下りた後のはず......。
 
「......だからね。
 復活後のことを考えたら......
 たとえ離れ離れになるとしても、
 私たちと暮らした時間は、
 おキヌちゃんにとっては有意義だったと思うの」


___________


「ようやくわかりましたよ、美神さん」

 美神の考えを理解したつもりになって、横島はつぶやいた。

「ずっと山で幽霊やってたおキヌちゃんを
 このまま復活させたら、
 現代生活にとまどうかもしれない。
 ......美神さんは、それが心配なんスね?」
「そうよ!」
「だから『もとの時代』と同じように
 事務所に連れ帰って、しばらく都会で生活を......」
「......違うわ」

 横島は、実は、美神の発言の主旨を分かっていなかったようだ。

「それもひとつの選択肢だろうけど
 ......でも他にも選択肢があるでしょう?」

 そう言いながら、美神は、横島を直視する。
 
「横島クン......私たちの最終ミッションは何?」
「......は?」

 話題が変わったので混乱する横島。しかし、美神としては、これも必要な話だった。

「平安時代へ時間移動して、
 メフィストたちを救いたい。
 それができるのは私たちだけだ......。
 ......そんな話をしたわよね?」
「だけど......それが
 おキヌちゃんと関係あるんスか?」

 いまだに分からぬ横島を見て、美神はクスリと笑う。そこには、わずかな自嘲も込められていた。

「かつて死津喪比女と戦った頃。
 私の時間移動能力は封印されていたし、
 そもそも私自身、
 『危なっかしくてあつかいきれそうもない』
 と思っていたわ。
 ......でも今の私は、
 その力を積極的に使おうとしている」
「......あっ!」

 横島の表情が変わった。
 どうやら、ようやく美神の計画を理解したらしい。

「ようやくわかったようね。
 そう、もしも本当に
 平安時代へ行けるくらいなら
 ......江戸時代へも行けるはずだわ」

 おキヌが生きている時代へ行き、彼女が人身御供にされる前に死津喪比女を倒してしまう。
 それが、美神の考えだった。
 もちろん、時空が連続しているかどうか分からないので、江戸時代で死津喪比女を滅ぼしたからといって、それが『この時代』に影響するかどうかは不明である。それでも、試す価値はあると思ったのだ。

「うまくいけば、おキヌちゃんは......。
 知り合いも誰もいない『現代』じゃなくて、
 仲良しの女華姫もいた江戸時代で、
 普通の人生を送ることができるのよ。
 ......これが一番の幸せなんじゃないかしら?」

 もしも美神と横島の『もとの時代』が、三人で楽しく暮らしている時代であったならば、こんな発想も出て来なかったかもしれない。
 しかし、おキヌとは離れてしまった時代から来たからこそ、おキヌにとっての幸せというものを、全く別の視点から考えることが出来たのだった。


___________


「だけど......美神さん......俺は......」

 横島は、なんだか悲しそうだ。
 美神だって、今、心が晴れ渡っているわけではなかった。

「......私だって、おキヌちゃんが
 『この時代』から消えてしまうのはイヤよ。
 でも......私たちの都合を押し付けちゃダメでしょ?
 『この時代』のおキヌちゃんには......
 まだ、下山後の色々な思い出もないんだから!」

 横島は、何か言いたそうな顔をしている。
 美神には、横島が考えていることくらい、お見通しだった。

「わかってるわ。
 私が言った『一番の幸せ』......。
 それを押し付けることも私たちのエゴよね。
 だから......これは、
 おキヌちゃん自身が決めなくちゃいけないの」

 ここで美神は、おキヌのほうへと向き直った。

「おキヌちゃん、もう一度同じ質問をするわ」

 そして、さきほどの自分の言葉を思い出しながら、完全に同一の発言を繰り返すのだった。

「この地を守るための人柱なんかにならず、
 江戸時代で人生をまっとうすることが可能なら......。
 もし、そんな選択肢があるとしたら......。
 おキヌちゃんは、どうする?」


(第三話に続く)

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____
第三話「おキヌの選択(その一)」

「この地を守るための人柱なんかにならず、
 江戸時代で人生をまっとうすることが可能なら......。
 もし、そんな選択肢があるとしたら......。
 おキヌちゃんは、どうする?」

 過去へ時間移動して死津喪比女を倒してしまえば、おキヌが人身御供にされることもない。そうすれば、おキヌは幽霊になることもなく、江戸時代で本来の人生を送ることが出来るだろう。
 まだ現代生活を味わっておらず、三百年間ずっと山中で幽霊をしていたおキヌにとっては、それが一番良いのではないか。
 そう考えた美神は、おキヌ自身の意志を尋ねたのであるが......。

『イヤです』

 ニコッと笑いながら、おキヌは即答した。
 返事の早さだけでなく、その内容に美神は戸惑う。
 しかし、

「ああ......ごめんね。
 難しくて理解できなかったかもしれないけど......」
『いいえ、違うんです』

 と、おキヌは、あらためて美神の言葉を否定する。

『お二人の話を聞いていて、
 なんとか要点だけはわかりました。
 つまり......。
 私が人柱にされる原因を取り除けば、
 すべては大きく変わる。
 ......そういうことですよね?』

 美神の想定以上に、おキヌは状況を正しく理解していた。
 横島も驚いているようで、

「おキヌちゃんって......こんなキャラでしたっけ?」

 とつぶやいている。

(そういえば......。
 おキヌちゃんって、
 ちょっとボケたところはあったけど、
 でも飲み込みの早いコだったわね)

 事務所に来たばかりのおキヌは、美神が少し教えただけで、銀行のコンピューターに侵入して不正入金まで成功させたのだった。
 それを思い出して、美神は納得する。
 
「おキヌちゃん。
 それじゃ......
 わかった上で言ってるのね?」
『はい。
 だって......』

 おキヌは、フッと目を伏せた。

『私、生きてた時のことなんて
 もう覚えてませんから。
 今さら昔に返ってやり直せと言われても
 ......困ります』

 再び顔を上げるおキヌだったが、そこに浮かぶ笑顔は、わずかな憂いも帯びていた。
 
「あの......おキヌちゃん?」

 過去で死津喪比女を倒したところで、今の『この時代』のおキヌが昔へ戻るわけではないはずだ。全てがなかったことになるだけだ。
 その辺りが正しく認識されていないのだと思い、美神は、説明を足そうとする。しかし、その前におキヌが口を開いた。

『お二人が
 私のために色々考えてくださるのは
 ......とても嬉しいです』

 おキヌにとって、美神と横島の議論(第二話参照)は、とても大きな意味を持っていた。その内容だけでなく、二人のおキヌを想う気持ちが、ヒシヒシと伝わったからだ。

『だから......この出会いが
 なかったことになるのは嫌なんです』
「えっ!?」

 おキヌは、ちゃんと理解していた。

『ここでずっと一人で幽霊やってたのは
 寂しかったですけど......でも
 こうして、お二人と出会えました。
 人生って、辛いこともあるからこそ、
 楽しいこともあるんですよね』

 と語る彼女の微笑みには、もはや、一点の曇りもなかった。

「おキヌちゃん......ええコや〜〜!」
「あっ、馬鹿!」

 おキヌの言葉に心を動かされた横島が、バッと飛びかかってしまう。
 さっきの状況(第二話参照)の再現だと慌てた美神だが、

「今度は大丈夫です、
 心の準備もありましたから。
 それに......」

 おキヌは、素直に横島を受け入れている。
 そして、抱きつかれたまま、笑顔で語るのだった。

「美神さんや横島さんに抱きしめられるなら
 ......むしろ嬉しいです」




    第三話 おキヌの選択(その一)




 ポカッ!

「横島クン、いつまでセクハラしてるつもり?」
「イテテ......。
 セクハラじゃないっスよ!?」
「わかってるわ。
 あんたがそのつもりなら、
 私だって、もっと強く叩いてるわよ!」

 美神は、横島をおキヌから引きはがす。
 そして、おキヌに対しては、

「それじゃ、おキヌちゃん。
 ここから離れて、
 しばらく私たちと一緒に生活してみる?
 かわりに山の神やってくれる幽霊なら
 心あたりもあるから......!」
『本当ですか?
 ......ぜひ、お願いします!』

 と、『もとの時代』同様の展開を提案した。

 チョンチョン。

 横島が美神の肩をたたく。

「あの......美神さん?
 もしかして......また
 ワンダーホーゲルと入れ替えるつもりっスか?」
「もちろん。
 ......なんか問題ある?」
「大アリっスよ!
 そんなことしたら、地脈が......」

 美神と横島の『もとの時代』で死津喪比女が暴れ出すのは、美神がおキヌを地脈から切り離したせいだ。
 横島は、その再現を危惧しているのだが、美神は平然としている。

「大丈夫。
 死津喪比女が力を取り戻すまでには
 結構なタイムラグがあるでしょ?
 ......あいつが問題を起こす前に
 倒す準備を整えるわ!」
「それより......
 『倒す準備を整える』まで
 今の状態をキープしておくほうが安全なのでは?」

 しかし、これに対しても美神は首を横に振った。

「よく考えてみて。
 ここはおキヌちゃんとの出会いの場面なんだから
 『この時代』の私たちは
 ワンダーホーゲルの除霊をしに来てるのよ?」

 おキヌもワンダーホーゲルも現状維持にしてしまっては、仕事は失敗ということになる。
 ワンダーホーゲルを成仏させてしまうのも一つの手かもしれないが、それでは、ここで山の神をする者がいなくなってしまう。たとえ死津喪比女が滅んだ後でも、やはりこの地には神がいたほうがいいだろうと、美神は考えていた。

「それとも......死津喪比女対策が終わるまで、
 私たちが一時的にワンダーホーゲルを預かる?」
「......えっ!?」
「あいつを連れてっちゃえば、
 『今回の仕事』は、それはそれで解決なんだけど」

 美神に言われて、横島は考えてみた。
 おキヌをここに留めて、かわりにワンダーホーゲルを連れて帰る。
 つまり......。
 美神・横島・ワンダーホーゲルの三人で構成される美神除霊事務所だ!

(これはこれで斬新な気もするが......。
 ......ん?
 おキヌちゃんのポジションに
 ワンダーホーゲルが入るということは......)

 横島は、チラッとおキヌの方を見ながら、想像してみた。
 
   横島のアパートに入り浸るワンダーホーゲル。

  『横島サン! 男同士の友情っスね!』

   ごはんを作ってくれるワンダーホーゲル。

  『おいしいっスか、横島サン?』

   部屋を勝手に掃除するワンダーホーゲル。

  『横島サン!
   こんな本を使うくらいなら、俺が......』

   そして二月には......。

  『はいっ。
   今年のバレンタインチョコっス!』

 ............。

「いやじゃあーッ!!」

 横島の絶叫が、山中に響き渡った。


___________


『これで自分は山の神様っスねーっ!!』
「とりあえずはね。
 力をつけるには
 まだまだ永い時間と修業が必要......なんだけど、
 ま、あんたなら大丈夫でしょ」

 ホテルに着いた美神たちは、ワンダーホーゲルを呼び出し、ササッと神様交換を終わらせたのだった。

『展開......早いですね』
「俺たちにとっては
 前と同じ繰り返しだからな。
 そんなのをウダウダやってても、しょーがないし」

 と、後ろでおキヌと横島が会話している間に、ワンダーホーゲルは飛び立って行く。
 
『おおっ、はるか神々の住む巨峰に
 雪崩の音がこだまするっスよー!!』
「がんばってねー!
 あんたには大仕事も待ってるんだから......!」

 彼の背に一声かけてから、美神は、後ろの二人を振り返った。

「それじゃ、帰りま......。
 ......。
 あんたたち何やってんの?」

 途中で言葉を止めてしまった美神。彼女の視線は、一点に――固く握られた二人の手に――向けられている。

『お二人にやさしく抱きしめられて、
 ひとの温もりというものを思い出したら、
 なんだか......』

 こう言われてしまえば、美神としても、無理矢理二人を引きはがすことは出来なかった。

(ま、いいか)

 そんな美神の胸中を知ってか知らずか、

『あの、もし御迷惑じゃなかったら、
 もう少しだけ......いいですか?』

 おキヌは、空いている方の手を美神に伸ばす。
 結局、三人は、

『えへへ......』

 嬉しそうなおキヌを真ん中にして――二人それぞれがおキヌと手をつないだ状態で――山の麓まで歩き続けたのだった。


___________


 山麓の駐車場に停めてあったコブラで、美神たち三人は東京へと戻る。

「それじゃ......
 おキヌちゃんのこと頼んだわよ!」

 美神は、横島のアパートの前で二人を降ろした。

「あれ......!?
 みんなで事務所へ行くんじゃないんスか?」
「......違うわ。
 死津喪比女を倒すためには、
 色々と準備しないといけないからね」

 最終的には、やはり、植物妖怪を殺す細菌兵器が鍵になるだろう。そのためには、呪い屋のエミに頭をさげて頼み込む必要がある。
 だが、その前に、美神は東都大学を訪れるつもりでいた。
 東都大学では、父親の公彦が教授をしている。彼あるいは彼の秘書を通じて他の研究室を紹介してもらい、農学系の専門家や工学系の専門家と相談したいと思っていたのだ。

「......私は忙しいのよ!」

 横島とおキヌを連れていくメリットはない。
 それよりも、自分が走り回っている間、おキヌの世話を横島にまかせようと考えたのだ。
 いくら横島がスケベとはいえ、幽霊おキヌに手を出すわけはない。美神は、その程度には横島を信頼していた。
 また、おキヌを見ていても、美神は安心できるのだった。目の前の幽霊おキヌも横島を慕っているようだが、その感情は、『もとの時代』のおキヌとは明らかに違う。
 これならば、二人の間に間違いが起こることは有り得ない。

(それに......
 横島クンは、ちゃんとわかってるはずだから!)

 江戸時代へ行って死津喪比女を倒してしまおう。そんな提案をした理由の一つは、『この時代』のおキヌが『もとの時代』のおキヌほど現代に順応していないことを恐れたからだ。
 その点はキチンと議論したので、横島にも伝わっている。
 これから、『もとの時代』よりも早い時点で死津喪比女を滅ぼすのであれば、当然、おキヌ復活も早まることになる。だから、それまでに、幽霊おキヌには現代生活を知ってもらわねばならない。いくらおキヌの適応力が高いとしても、ある程度の経験は必要なのだ。

「それじゃ、頼んだわよ!」

 と、もう一度繰り返してから。
 美神は、愛車をスタートさせた。


___________


『おじゃましまーす!』
「うわっ、きったねえなあ」

 横島の部屋に足を踏み入れた二人。
 自分の部屋のはずなのに、横島は、強烈な違和感をおぼえてしまう。

(なにやってるんだ、『この時代』の俺は......)

 そして、横で浮かんでいるおキヌを見て、ふと気付いてしまった。

(ああ、そうか。
 おキヌちゃんのおかげだったんだ......)

 かつては、横島の部屋に足繁く通う女のコなどおらず、だから散らかし放題だった。
 しかし、おキヌと出会ってから、横島の生活は一変する。
 おキヌも部屋を掃除してくれるが、それだけではない。
 幽霊とはいえ、おキヌは女のコである。だから、横島自身に『部屋をきれいにしよう』という意識が生まれるのであった。

(おかげさまで......
 おキヌちゃんが去った後でも
 俺の部屋はきれいなままだよ。
 ありがとう、おキヌちゃん)

 『もとの時代』では、もはや、おキヌとは離ればなれである。
 横島は、少し複雑な気持ちになるのだった。


___________


「......ともかく。
 おキヌちゃんは、
 そこに座っててくれないかな?
 ちょっと片づけるから」
『......お手伝いしましょうか?』
「いーってば!
 俺ひとりでできないと困るからさ」

 これから、死津喪比女を倒すのだ。『この時代』でも、おキヌは人間となって、自分たちの前から去ってしまうのだ。
 そんなことを考えつつ、横島は、部屋を片づけ始めた。


___________


『......わかりました』

 テキパキと動きまわる横島を見ながら、おキヌは、指示された場所に座る。
 そこは、座布団代わりの万年床。
 少しの間、ジッと正座していたのだが、
 
(あっ! ......これは?)

 なんの気なしに視線を動かしたおキヌは、近くに落ちていた本の表紙が気になってしまう。
 スーッと手を伸ばし、パラパラとページをめくると......。

(やっぱり、そうだったんだ。
 それじゃあ......)

 彼女に背を向けていた横島は、そんなおキヌの様子には、全く気がつかなかった。


___________


 バサッ。

(えっ!?)

 衣擦れの音が聞こえてきたので、横島は、慌てて振り返る。
 すると......。

(ぶーっ!?)

 彼は、鼻血を吹き出しそうになった。
 おキヌが半裸になっていたからだ。

『えへへ......。
 がんばったら脱げちゃいました』

 彼女は、白い肌を少し桜色に上気させて、恥ずかしそうに笑う。
 下は緋袴を履いたままだが、上はスッポンポン。
 膝の上に手をおき、両腕で胸を少し隠すようにしているが、それでも、見える部分は見えてしまう。
 それが、今のおキヌの状態だった。こんな姿で布団の上にチョコンと正座しているのだから、インパクトは大きい。
 美神のヌードは何度も見ているが、おキヌは別なのだ。男だって、甘いものは別腹なのだ。

(これは......初めての衝撃だーッ!?
 見てちゃダメだ、見てちゃダメだ、見てちゃダメだ......)

 そう思いつつも、横島は、視線をそらすことができなかった。

「おキヌちゃん!?
 いったい......なんで......」
『これが今の時代の
 ......女の人の格好なんですよね?』

 眉をハの字にして、おキヌは小首を傾げる。

『私、ずっと山の中にいたから
 わからなかったんですけど......。
 それでも、美神さんの着物が
 途中までしかなかったんで、
 なんか変だなあとは思ってました。
 だけど、あれを見て納得したんです』

 部屋にあったエロ本を指さすおキヌ。腕を動かしたから、せっかく隠れていた部分まで露出してしまった。
 
(うわっ!?
 おキヌちゃん、とんでもないカン違いしてる!?)

 おキヌを部屋に上げたのは、どうやら間違いだったらしい。
 美神のボディコン姿と、横島の特殊な蔵書。その二つから、おキヌは誤った現代知識を学習したのであった。


___________


「......な!?
 女のコだって、みんな、ちゃんと服を着てるだろ?」
『ぶうっ。
 ......あんなことしちゃって、
 とっても恥ずかしいです』

 頬をふくらますおキヌ。
 横島は、彼女を散歩に連れ出していた。
 アパートを出て、美神の事務所の方角へ進む。ただし、事務所そのものがゴールではない。
 現代の都会というものを見せるのが目的だ。今の事務所は、池袋という繁華街の近くにあるので、その周辺を歩けば何かのタシになるだろうと考えたのだ。

『だけど......
 少し違うような気もします』

 池袋駅に近づいたところで、おキヌがつぶやく。
 彼女は、駅前を歩く人々と自分とを見比べていた。
 もちろん、今のおキヌは、もう『半裸』ではない。しかし、彼女の白赤の巫女服は、周囲の人々の服装とは明らかに異なっていた。

「まあな......。
 でも、大丈夫さ。
 ほら、誰もおキヌちゃんのこと、
 変な目で見ちゃあいないだろ?」

 苦笑する横島。
 確かに、おキヌの巫女装束は、この場に馴染んではいない。
 奇異な目を向けられないのは、単に、ここを歩く人々が他人に無関心なだけだ。
 それは横島にもわかっており、

(いくら『現代』を見せるためと言っても
 ......ちょっと極端だったかもしれんな)

 と反省してしまう。
 だから彼は、

「おキヌちゃん。
 もう少し違うところへ行こうか?」

 そう言いながら、手を差し出すのだった。


___________


『うわっ!
 ......ここのほうが落ち着きます』

 横島がおキヌを連れてきたのは、南池袋公園。
 池袋駅から歩いて五分か十分くらいの場所にあるのだが、都会の真ん中にしては大きな公園だ。近くにはお寺や墓地もあり、緑にあふれた一帯であった。

『あれっ!?
 水が噴き出してますよ!』

 横島を引っ張って、おキヌは、公園中央の噴水へと向かう。
 彼女は、横島の手をはなして、しばらく水辺を飛び回っていた。それから、不思議そうに尋ねる。

『横島さん......。
 この井戸、壊れてるんですか?』
「ははは。
 おキヌちゃん、これは井戸じゃなくてね......」

 噴水の説明をしながら、横島は考えてしまう。

(この公園でも、
 今のおキヌちゃんには人工的すぎたんだな。
 ......お寺や神社に行くべきだったかな?)

 そして、ふと、公園の隅に設置されたミミズクのオブジェに目が止まった。

(......そうだ!)


___________


『ここは......お寺ですか?』
「さあ......?」

 次に二人がやってきたのは、鬼子母神という場所だった。もはや池袋とは呼べないくらい南であるが、そのぶん静かな雰囲気である。
 入り口に鳥居はないが、境内には赤い鳥居が並んだ一角がある。だから横島は、ここを神社だと思っていたのだが、おキヌが寺だと言うのならば寺なのかもしれない。

 クックー。
 クルックー。

『あ!
 鳩さんたち!』

 本堂の前には多くの鳩が群がっており、近所の子供たちがエサをやっていた。
 おキヌは、そちらへ駆けていく。
 鳩や子供と一緒になって戯れているおキヌは、とても楽しそうだった。

「......おキヌちゃんらしいな」

 横島は、少しの間ならば自分が離れていても平気だと判断し、売店へ向かう。
 そして、ちょっとした買い物をしてから、おキヌのところへ戻った。

「おキヌちゃん。
 これ、プレゼント」
『......なんですか?』

 横島がおキヌに手渡したもの。
 それは、一種の郷土玩具だった。

「『すすきみみずく』って言うんだ。
 江戸時代からのオモチャなんだけど......
 ちょっと時代が違うのかな?」

 昔はたいした玩具もなかったし、かつてこの辺りにはススキが生え茂っていた。だから、そのススキでミミズクを編むようになったらしい。
 今では、すすきみみずくは、雑司ヶ谷鬼子母神の参詣みやげとなっている。
 
『......ありがとうございます!』

 横島の意図とは異なり、おキヌは、この玩具を知らなかった。
 それでも、横島の気持ちは伝わる。

『とっても......嬉しいです』

 彼を見上げた彼女の瞳は、少しだけ潤んでいた。


___________


『ところで......ここは
 どんな神さまを奉っているんですか?』

 境内を出たところで、おキヌは、思い出したように尋ねる。
 二人は、一瞬足を止めて、一緒に後ろを振り返った。

「えーっと......。
 たしか鬼子母神という神さまで......」

 ここの神さまは、多くの子供をもつ母親だったはず。トラブルもあったのだが、紆余曲折の末、最後には『安産・子育ての神さま』となる。
 そんなおぼろげな知識を、横島は披露した。

『へえ。
 お母さんの神さまなんですか......』
「あ......」

 今のおキヌに、両親の記憶はない。
 いや、たとえ江戸時代の記憶を取り戻したところで、そこに両親の姿はない。おキヌは、みなしごだったのだ。
 それを思い出した横島だが、

『......どうしたんですか?』
「いや......ほら、
 おキヌちゃん、お母さんのことなんて覚えてないだろ?
 だから......」
『もう、なに言ってるんですか。
 そんなこと気にしないでくださいよ!』

 おキヌは、むしろケロッとしていた。そして、

『だって......』

 一瞬そらした視線を戻してから、おキヌは、つぶらな瞳で横島を見つめる。

『今の私には......
 横島さんと美神さんがいますから!』
「......え?」
『お二人が......私のお父さんとお母さんですから!』

 照れたように笑いながら、おキヌは走り出した。
 すすきみみずくを右手に持ち、左の手では、横島の手を引いている。
 これでは、横島としても、

(せめて......
 お兄さんとお姉さんと言ってくれ)

 というツッコミを入れることは出来なかった。

(ま、いいか)

 どこかの誰かと全く同じ言葉が、横島の胸の内に浮かぶ。
 西の空では、二人の背中を照らす太陽が、地平線に近づきつつあった。


___________


 もちろん、『もとの時代』では、横島は父親あつかいなんてされていない。
 歴史は、少しずつ変わっているのである。
 しかし、こうした小さな意識の違いが後々大きな影響を及ぼすことになるとは、まだ誰も気付いていなかった。


___________
___________


 そして、もう少し先の時代では......。

『あれ? 私たちの出番は?』
『私たちが主役のはずなのに......』
「まーまー。
 たまには、いいじゃないですか」
『......活躍の場面は、後々にあるのね?』
『いわゆる「俺たちの戦いはこれからだ」なのね!』
「ヒャクメ様、それじゃ誤解されちゃいますよ?
 ......まだ続きます!」


(第四話に続く)

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____
第四話「指揮官就任」

 平安時代の重要な局面で、アシュタロスを時間移動させる代わりに、自分自身を未来へ送り込んでしまったヒャクメ。
 彼女は、アシュタロス配下の三姉妹が動き出した時代へ到着してしまい、その時代の本来のヒャクメと区別する意味で『うっかりヒャクメ』と呼ばれるようになった。しかし、ヒャクメが一人であろうと二人になろうと、体勢に大きな影響はないまま時間は流れていく。
 三姉妹たちが操艦する逆天号により妙神山は壊滅し、美神は『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』を託され、横島は逆天号の中で下働きをし......。
 そして、今。
 美神やヒャクメたちは、テレビ局に集まっていた。そこに、

『ジャジャーン!!』
「な、なぜ私を同伴するのですかーっ!?」

 パピリオ――魔族三姉妹の末妹――が横島を連れて現れて、さらに、潜伏させていたモンスターの活動をスタートさせた。
 だが、その場の出演者やスタッフは全て偽物。スタジオは、オカルトGメンや公安関係者で埋め尽くされていたのだ。歌手の奈室安美江が襲われるという連絡を事前に受けていたため、人気歌番組を利用して罠を張っていたのだった。




    第四話 指揮官就任




『結界出力は3千マイト!!
 これでもう逃げられませんねーっ!!』
『二人で計算したから間違いないのねーっ!!』

 二人のヒャクメが勝ち誇る。
 この時代のヒャクメ――通称『しっかりヒャクメ』――の情報に基づき、テレビ局ごと結界を展開。これで、ノコノコ現れたパピリオを閉じこめることに成功したのだ!
 ......と、美神たちは思ったのだが。

『「逃げられない」......?
 「間違いない」......?
 たかが3千マイトで
 何を大騒ぎしてるでちゅか?』

 不思議そうな顔をしながら、パピリオはサッと手を振った。

 バチバチ!

 軽く魔力をぶつけると、それだけで結界に大穴が空いてしまう。

「そんなバカなー!?」
「ちょっとヒャクメ!
 どういうことよ、これは!?」

 驚愕する西条の横で、美神は振り返ってヒャクメ二人を睨みつけた。
 しかし、ヒャクメたちはオロオロするばかりだ。

『これだけの結界じゃ足りないっていうの......!?』
『わ、私のせいじゃないのね......。
 「敵は千マイト」って言ったのは
 「しっかりヒャクメ」のほうなのねーっ!』

 そんな一同を尻目に、パピリオがチッチッチッと指を振る。

『千マイトや3千マイトじゃ
 一番どころか二番にもなれないでちゅよ!』

 そして、おどけた態度をやめて、真面目な顔で要求した。

『あとで遊んであげまちゅから......
 まずは本物の奈室安美江を出すでちゅ!』
「ここには来ないわよ。
 ......あきらめなさい!!」

 強気の姿勢を崩さない美神だが、彼女にも既に分かっていた。
 その言動から判断するに、パピリオは、こちらの想定を遥かに上回るパワーの持ち主なのだ。
 美神だって、金に糸目をつけないオカルトGメンの装備に加え、『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』という神魔の武器まで用意してきたのだ。千マイト程度の敵とは十分渡り合えるはずだったが、どうやら、ヒャクメの見積もりが甘かったようだ。
 それでも、美神は、ここで弱腰を見せることは出来なかった。こういうときこそ、ハッタリが必要なのである。
 そんな美神に対して、

『むむ。
 生意気でちゅね。
 力づくでも......』

 と、パピリオが物騒な言葉を口にした時。

 バンッ!

「お、おはようございますっ!!
 道が混んでて遅刻しちゃっ......」

 その場の空気をガラリと変えるような、軽やかで明るい存在が飛び込んできた。本物の奈室安美江である。
 彼女が来てしまったのは連絡ミスのせいだったようだが、

『なーんだ!
 そこにいるじゃんっ!!』
「キャッ!?」

 当然のように、彼女は探査装置の餌食になってしまう。パピリオの目的は、エネルギー結晶を探すことなのだ。
 しかし、これを食らえば、霊能力者とてタダでは済まない。一般人の奈室安美江など、あっというまに気絶してしまう。
 そして......。

『ハズレでちゅか!?
 んじゃもー用はないでちゅ!
 帰るでちゅ!!』
「私だけでも置いてってくれませんかーっ!?」
『アンギャアーッ』

 パピリオは、横島とモンスターを連れて去っていった。


___________


(横島さん......)

 パピリオたちが飛んでいった方向を、おキヌは、いつまでもジッと見つめていた。
 奈室安美江の役を演じていたため、今のおキヌは、日頃の彼女とは異なるセクシーな格好をしている。しかし、その顔には、服装とは似つかわしくないような重い色が浮かんでいた。
 その表情のまま振り返り、おキヌは、美神に声をかける。

「横島さん......
 また連れてかれちゃいましたね」
「仕方ないでしょ。
 私たちの手には負えない相手だったんだから」

 悲しそうなおキヌの言葉に対して、美神は肩をすくめてみせた。それから、ヒャクメたちのほうへ歩み寄り、

「マイト数も正しく計れないの?
 この......役立たズーっ!!」

 と叫びながら、『しっかりヒャクメ』を足蹴にする。

『そ、そんなこと言ったって......』
「美神さん、ヒャクメ様にあたっても......」
『これじゃ、どっちが「しっかり」で
 どっちが「うっかり」だか、わからないのねー!』

 取りなそうとするおキヌの傍らでは、『うっかりヒャクメ』が『しっかりヒャクメ』を嘲笑っていた。しかし、

『ひとごとじゃないのね。
 役立た「ず」じゃなくて「ズ」よ、「ズ」!』
『......え?』
「そうよ、あんたもよ!」

 美神のストンピング八つ当たりは、『うっかりヒャクメ』にも向けられる。
 そして、おキヌが

「美神さんもヒャクメ様も、
 そんな場合じゃ......!!」

 その場を取りまとめようとした時。

 ドルン、ドルルンッ!

 一台のバイクが、スタジオに突入してきた。


___________


 それは、ICPOが使う大型の白バイだった。機上の人も、美神同様のプロテクターで身を固めている。ヘルメットとゴーグルで顔は半分以上隠されており、女性であることしか分からなかったが、

「あら......?
 もう戦いは終わったようですね。
 私が来るまでもなかったかしら」

 彼女の声に聞き覚えのある者たちが、その場には居たのだった。

「あ......あなたは......」
「まさか......!!」

 反応したのは、西条と美神である。
 二人に対して頷きながら、バイクの女性は、ヘルメットとゴーグルを外した。

「パワーの違いが戦力の決定的差でないということを
 教えてあげるつもりだったんですけど......。
 あなたたちだけで倒してしまったのですね?」
「美神先生!!
 どうやって......」
「ママ......!!
 来てくれたのね!」

 美神が、バイクから降り立った女性に飛びつく。
 彼女こそ、美神の母親である美智恵だった。すでに死んでいるはずの美智恵であったが、過去から時間移動してきたのである。彼女は、アシュタロスに対抗する者たちを鍛えるために、ICPOと日本政府から全権委任された指揮官として、登場したのだった。


___________


「......え?
 倒してないのですか?」

 都庁地下にあるアシュタロス対策チーム本部。
 そこに戻った一同は、今回の奈室安美江襲撃事件に関する会議を行っていた。美智恵としては、敵魔族との戦闘の詳細を検討して今後に活かすつもりだったのだが、いきなり、その目論みが外れてしまった。

「そ。
 逃げられちゃったの」

 美智恵の心中を知ってか知らずか、美神は、あっけらかんとした口調で答える。
 今までオカルトGメンを率いてきたのは、公式的には西条だが、実質的には美神だった。実力を兼ね備えた指揮官が就任したことで、ようやく美神は、その大役から解放されたのだ。しかも、その指揮官は、美神の母親である美智恵である。久しぶりに母と会えたことも、美神には大きな喜びとなっていた。そして、そうした気持ちが、美神の表情にハッキリと出てしまっていた。

「見逃してもらった......というほうが正しいでしょう」
「それどころか......私たちのことなんて
 眼中にないような感じでしたね」

 西条とおキヌも、美智恵の言葉に応じた。
 二人とも、美神が中学生の頃に母親を亡くしたことは、聞き知っている。母親と再会した今の美神の気がゆるんでいることにも気付いていた。しかし、だからこそ、二人はシッカリした態度を崩さないようにしていたのだ。

「では......せっかく
 あれだけの装備を用意しながら
 まったく戦わなかったのですか!?」
「だって......。
 ヒャクメたちの読みが
 全く見当外れだったんだもん」

 そう言ってヒャクメ二人に向けられた美神の視線も、先刻ほどキツくはなかった。

「ヒャクメ様のせいにするんじゃありません!」
『そうなのねー!
 誰にだって間違いは......』

 美智恵の言葉にすがるような『うっかりヒャクメ』とは対照的に、『しっかりヒャクメ』が、顎に手をついたポーズでつぶやく。

『5千マイト......』
「えっ......!?」
『あの女魔族のほうは計れませんでしたが......。
 亀のバケモノは、正しく測定できました。
 あれで5千マイトでした......』

 一瞬の静寂の後、おキヌ・美神・西条が騒ぎ出す。

「で、でも......!
 あの魔族の女の子は......
 亀さんも軽くあしらってましたよ?」
「ちょ......ちょっと待って!!
 それじゃ少なくともあの女幹部たちは
 5千マイト以上のパワーってこと!?」
「僕たちの考えは......そんなに甘かったのか!」

 一方、美智恵は、慌てず騒がず、二人のヒャクメをジッと見つめていた。
 一人のヒャクメは、人間たちに冷静な目を向けている。そして、もう一人のヒャクメは、人間たちと一緒になってオロオロしている。
 しかし、どちらもヒャクメなのだ。基本的には、性格も能力も全く同じはずだった。

(本来一人しかいないはずのヒャクメ様が、
 この時代には、なぜか二人もいる......。
 これに一体どんな意味があるのかしら?)

 一人は過去から飛ばされてきたのだという話は、既に美智恵も聞いていた。
 自分自身も時間移動してきた身であるから、美智恵は、そうした現象に伴う時空の混乱には敏感である。

(令子は酷い扱いをしてるようだけど、
 ヒャクメ様だって、本当は立派な神様。
 同一の神様が二人いるということよね。
 霊波の質も波長も全く同じ存在が......!)

 美智恵の頭の中で、何かが閃き始める。
 しかし、それが形を成すまでには、まだまだ時間が必要なのであった。


___________
___________


 そして......。
 ヒャクメが奮闘している時代よりも、少し過去の時代。
 幽霊おキヌと出会う時期に『逆行』した美神と横島。
 美神は死津喪比女対策のために奔走し、横島は、おキヌに現代社会を見せていた。

『ここが......私の新しいおうちですか?』
「そうだよ。
 美神さんはいないみたいだけど、
 おキヌちゃんなら扉をすりぬけて入れるだろ?」

 横島は、一日のデートを終わらせて、おキヌを美神の事務所へと送り届けた。
 そう、『おキヌが復活後にちゃんと現代に適応できるように』という目的はあったものの、今日の二人の行動は、はたから見ればデートである。

『ここで一人で夜を過ごすんですね......』
「えっ!?」

 今まで、おキヌは山で一人で幽霊をやっていたのだ。それを思えば、孤独なんて感じないはずだが、美神や横島と出会ったことが、おキヌの心に影響を及ぼしたのだろう。
 あるいは、慣れ親しんだ山中と都会の真ん中とでは事情が違うからかもしれない。おキヌは、つい、横島の袖口をキュッとつかんでしまった。

『あの......一緒に寝てくれませんか?』

 少し恥ずかしそうに微笑みながら、おキヌが横島を見上げる。


___________


(ぶーっ!?)

 横島は、心の中で、鼻血やら他の何やらを盛大に吹き出していた。

(わかってる、わかってるって!
 おキヌちゃんの『一緒に寝る』は
 そういう意味じゃないんだ......)

 必死になって、自分に言い聞かせる。
 そうしないと、昼間見た半裸おキヌの姿が、ついつい頭に浮かびそうになるのだ。
 おキヌのような清純派美少女が、緋袴ひとつで『一緒に寝てくれませんか?』と囁きかける。もし、そんな光景を想像したら、横島でなくても暴走したくなってしまう。
 しかし......。
 そういうわけにはいかない。
 相手は、おキヌなのだ。

「えーっと......。
 現代では「一緒に寝る」って言葉に、
 ちょっと良くない意味もあるんだ。
 だから......そういうことは、
 もう言っちゃダメだよ?」

 自分の頭の中の妄想を振り払うためにも、横島は、なるべく理知的に説いて聞かせた。

『ぶうっ。
 私......また
 恥ずかしいことしちゃいました?』

 おキヌが眉を曇らせて、頬もふくらます。これはこれで可愛らしいのだが、今は見とれている場合ではなかった。

「まあ......最初は仕方ないさ。
 ひとつずつ学んでいこう、な?」
『......はい』
「それじゃ、おやすみ!
 明日の朝、俺も
 なるべく早く来るようにするから」
『はい!
 おやすみなさ?い』

 おキヌの挨拶を背に受けて、横島は、逃げるように足早に立ち去るのだった。


___________


(うう......眠れん)

 その夜。
 いつも通りの時間に布団に入った横島だったが、全く眠気は訪れなかった。
 
(今日も色々あったのに......)

 美神のもとでバイトするようになってから、波瀾万丈の人生を送ることになった横島である。それでも、今日は特に大変な一日だったはずだ。なにしろ、平安時代で強敵に殺されそうになり、それから過去の自分に『逆行』し、幽霊おキヌと再び出会い......。

(......おキヌちゃん、か)

 『もとの時代』では、横島たちは、すでにおキヌとは離ればなれだった。それが、こうしておキヌとの出会いの場面に戻ったのだから、ある意味、僥倖とも言えよう。
 今、目をつぶっていても、おキヌの姿は鮮明に浮かんでくる。
 しかし。

(いかん、いかんぞ!)

 瞼の裏に映るのは、トレードマークの巫女姿ではなかった。
 下はいつもの袴だが、上は何も着けていない。つまり、昼間見た『あの』姿である。しかも昼間のおキヌは、『その』姿で、『この』布団――横島が現在寝ている布団――の上に座っていたのだ。

(あかん、あかんのや!
 おキヌちゃんは......そういう対象やないんや!)

 おキヌのことを頭から振り払い、横島は、ともかく眠ろうと努力する。
 こういう場合の定番は、ヒツジを思い浮かべて勘定することだ。

(ヒツジが一匹、ヒツジが二匹......)

 柵をピョンと飛び越えるヒツジたち。
 だが、

(おキヌちゃんが三人、おキヌちゃんが四人......)

 いつのまにか、ヒツジの映像は巫女姿のおキヌに変わっていた。
 おキヌが、横島に笑いかけながら、柵の上をジャンプしているのだ。幽霊だから飛ぶのは得意なはずなのに、おキヌの仕草は今にも脚を引っかけそうで、見ていて少し危なっかしい。
 さらに、

(おキヌちゃんが五人、おキヌちゃんが六人......。
 ......あれ!?)

 巫女姿からトップレスにチェンジ。
 跳躍と同時に胸も少し揺れていた。
 ......もうダメである。

「うわーっ、おキヌちゃん!」

 思わず叫びながら、ガバッと上体を起こす横島。
 そんな彼の耳元で声がする。

『......呼びましたか?』

 ビクッとしながら横を向くと、枕元に幽霊が浮かんでいた。

『えへへ......。
 眠れないので、来ちゃいました』

 はにかむように笑う、おキヌであった。


___________


(ああ......おキヌちゃん)

 不思議だった。
 あれほどギンギンに昂っていた横島の気勢が、いざ実際のおキヌを目にしたら、フッと消えたのだ。

「ありがとう......」
『えっ?』
「いや、なんでもないんだ」

 心が穏やかになり、スーッと安らぐ。
 だから、横島にも、おキヌがここへ来てしまった気持ちが理解できた。

「ははは......」
『ふふふ......』

 横島の口から笑い声が漏れ始め、おキヌも一緒になって笑う。
 それが収まってから、おキヌがつぶやいた。

『忘れてましたけど......
 人間って、横になって寝るんですね』
「そういえば......
 おキヌちゃんはプカプカ浮いたまま眠るんだっけ?」
『はい。
 でも今日からは......私も!』

 おキヌは、横島の布団の隣に体を横たえる。

『あの......眠ってる間......
 手をつないでても......いいですか?』
「え?
 ああ、うん。
 でも、それよりも......」

 幽霊だからおキヌは寒くはないのだろう。それでも横島としては、女の子を外にして自分だけ布団にくるまっているのは、なんだか罪悪感がある。
 だから彼は、彼女を布団に入れてあげた。そして、彼女の要望通り、ソッと手をつなぐ。

『えへへ......』

 嬉しそうなおキヌを見ていると、横島の幸せもグングン大きくなる。
 横になって向き合う二人の顔も、自然に近づいていき......。
 唇と唇の距離は、最後には、ゼロになった。


___________


 ......というところで目が覚めた。

(なんだ、夢か......)

 布団をはねのけることもなく、横島は、ただ目だけをパチッと開ける。
 少し残念な気もするが、夢だったことにホッとしてしまう気持ちもあった。

(おキヌちゃんのこと考えながら眠ったせいだな?)

 苦笑する横島。
 だが、夢の中とはいえ、それほどイヤラシイことをしなかった自分を、少し誇らしくも思う。

(やっぱり......同じ布団に入れちゃまずいよな)

 もちろん、今、この布団の中には、横島一人しかいない。
 そもそも、おキヌは、この部屋になんて......。

(あ。
 ......来てた)

 首だけを曲げて周囲を見渡した横島は、部屋の片隅におキヌが浮いているのを発見した。
 どうやら現実でも、おキヌは寂しくなって、横島のところへ来てしまったらしい。だが、同じ部屋にいるというだけで安心して、ちゃんと一人で幽霊らしく眠っているようだ。

(おやすみ、おキヌちゃん)

 せっかく熟睡しているおキヌを起さないよう、横島は、心の中だけで呼びかける。そして、再び目をつぶった。
 今度は、早々と眠りに落ちる。特におかしな夢を見ることもなく、途中で目覚めることもなく、そのまま朝まで快適に眠るのだった。
 だから横島は、おキヌの寝言にも気付かなかった。
 おキヌはおキヌで、幸せな夢を見ていたのだろう。寝顔には、満面の笑みが浮かんでいる。そんな彼女の唇から、一つの言葉が滑り出ていたのだ。

『お父さん......大好き!』


(第五話に続く)

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第五話「二人で除霊を」

 トントントン。

「ん......。
 もうそんな時間か」

 横島は、台所からの音で目を覚ました。
 みそ汁の具を刻んでいるのだろう。包丁がまな板を叩く小気味よい音が聞こえてきたのだ。

『あ。
 ごめんなさい。
 起しちゃいました......?』

 料理の手を止めて、おキヌが横島を振り返る。
 台所と言っても、ガラス戸で仕切られただけのキッチンスペースだ。横島の布団からも、たいして離れていなかった。

「いや、気にしないでいいよ。
 そろそろ起きる時間だから。
 それより......。
 いつもありがとう、おキヌちゃん」
『どういたしまして。
 えへへ......』

 ずっと山に籠って幽霊をしていたから、おキヌは、人から『ありがとう』と言われる機会もなかったのだ。だから、何気ない一言も嬉しく感じるのだろう。
 少し照れたように笑うおキヌを見ながら、横島は、そんなことを考えていた。
 
『......もう少し待っててくださいね』

 と言って、おキヌは朝食の準備に戻る。
 台所に浮かぶ――『立つ』ではなく『浮かぶ』――彼女の後ろ姿は、まるで、夫のために頑張る新妻のようにも見えた。

(いーコだよな、おキヌちゃん。
 ......やさしいし、かわいいし)

 こんな感じで幽霊おキヌに起こされるのが、横島の最近の日課であった。
 おキヌは、『もとの時代』では美神除霊事務所に寝泊まりしていたが、『この時代』では、横島のアパートで夜を過ごすようになっていたのだ。
 もちろん、結婚前の若い男女が一つ屋根の下で暮らすのは良いことではない。しかし、おキヌは幽霊である。さすがに間違いも起こらないだろうということで、美神も、この状態を認めていた。

『できました〜〜!』

 横島がボーッとおキヌを眺めている間に、料理は完成。それをおキヌが四角いちゃぶ台へと運んでくる。

「いただきまーす」

 美味しそうに食事する横島。見ているだけのおキヌも幸せそうだ。

(おキヌちゃんは......すごいよな。
 幽霊だから自分は食べられないのに
 それでも料理上手だもんな)

 メシをかき込みながら、横島は、自分は果報者だと感じていた。
 こうして四六時中おキヌと一緒にいると、一人になる時間が――ひとりじゃないと出来ないことをする時間が――ほとんどない。その点を少し不便に思う時もあるが、文句を言うのは贅沢であろう。

(いずれ、おキヌちゃんは......)

 横島は、ふと『もとの時代』のことを思い出してしまった。
 それは、おキヌが人間として蘇り、美神や横島たちの記憶をなくし、彼らの前から去ってしまった世界。そして『この時代』でも、死津喪比女を倒した後に訪れる事態なのだ。

『どうしたんですか?
 ......おいしくなかったですか?』

 おキヌが、横島の顔を心配そうに覗き込む。彼の顔色が少し変化していたようだ。

「いや、今日もおいしいよ。
 ......ありがとう」
 
 横島は、頭の中の様々な想いを振り払い、笑ってみせた。
 この先に何が待っていようと、今はただ、今の幸せに浸っていよう。
 そう決心したからこそ浮かぶ、本心からの笑顔。
 そんな横島の表情を見て、おキヌもホッとしたらしい。

『よかった......!
 私......味見できないから心配なんです。
 でも、横島さんの顔を見ると安心しちゃいます!』
「......え?」
『だって、嘘がつけない人ですからね。
 ......横島さんって!』

 ニコッと微笑むおキヌは、まるで生きているかのように、キラキラと輝いているのだった。




    第五話 二人で除霊を(Partners in GS)




「またっスか......?」
「そうよ。
 なにか文句ある?」

 執務デスクの上に長い脚を投げ出し、美神が不機嫌そうに応じる。
 今、彼女は、おキヌを連れて事務所へやってきた横島に対して、今日の仕事を命じたところだった。
 
「いや、いいんスけど......」
『私は嬉しいです。
 今日も......いっしょーけんめー働きます!』

 一歩引いたような態度をとる横島とは対照的に、おキヌは天真爛漫な笑顔を見せている。

(そうよ、それでいいのよ。
 だから横島クンも......
 おキヌちゃんみたいに素直に喜べばいいのに)

 最近、美神は、横島とおキヌを二人だけで除霊に向かわせることが多くなっていた。
 おキヌを御呂地の山から切り離してしまった以上、なるべく早く死津喪比女を倒す必要がある。その準備のために美神は駆けずり回っており、一般の除霊仕事に割く時間はなかなか作れない。だから二人を仕事に差し向けるわけであり、別に変に気を利かせているつもりはなかった。

(死津喪比女をやっつけたら......また
 おキヌちゃんとはお別れなんだから)

 それが分かっているだけに、美神は、少し気持ちが沈み込んでしまう。おキヌと横島の二人が、あまりにも仲良さそうだから、その気持ちは余計に強くなるのだ。
 これが不機嫌オーラとして滲み出ているのであり、決して二人の仲に嫉妬しているわけではない。美神は、自分では、そう思っていた。


___________


『うふふ......』

 おキヌは、横島と手をつないで、二人で並んで歩いていた。
 横島の部屋や美神の事務所ではプカプカと浮いていることが多いおキヌだが、外を出歩くときは、足の先を地面につけるようにしている。
 横島や美神から、そうするように言われているからだ。
 彼らがおキヌを蘇らせようと手を尽くしていることは、おキヌも分かっている。『歩く』という習慣を身につけるのも、人間として復活した後のためなのだと理解していた。

(本当は......浮かんでる方がラクなんですけどね)

 と思いながら、おキヌは、横島に笑顔を向ける。
 横島には、突然微笑みかけられた理由など分からなかった。だが、美少女のニコニコした顔を見て悪い気がする男などいない。ただ、握っている手を妙に意識してしまうのが、ちょっとした弊害であった。

(違うんや、これは。
 おキヌちゃんは......『お父さん』って言ってたもんな)

 これは、あくまでも、家族同士のスキンシップなのだ。
 親戚の小さい子供と手をつなぐのと同じ。
 横島は自分にそう言い聞かせるのだが、おキヌは親戚でもなければ年の離れた子供でもない。幽霊ではあるが、血のつながりもない女のコであり、年も一年くらいしか違わないのだ。また、忘れるように努力はしているが、アクシデントで生チチを見てしまったこともある。
 なかなかうまく割り切れない横島であった。
 そんな彼の心中も知らず、おキヌは、無邪気に話しかける。

『横島さんって......すごい人ですよね』
「......え?」
『お仕事に行くと、いつも大活躍ですから!』

 これまでの除霊仕事のことを言っているのだろう。

(そりゃあ......俺たち、ズルをしてるようなもんだからな)

 苦笑しながら、横島も、今日までの出来事を回想し始めた......。


___________


 例えば、オフィスビルの除霊仕事。
 『もとの時代』では、美神を含めて三人で出向いた仕事だったが、それでもピンチに陥った。敵は凶暴な悪霊であり、まだ妙神山にも行っていない美神では、パワー負けしてしまったのだ。
 しかし、『この時代』では違う。逆行前よりパワーダウンしているとはいえ、それでも美神は強い。そして、美神だけではなく、横島だって普通のGS以上の力を持っている。
 だから、美神抜きでも十分だった。

『うわっ!
 なんですか、それは?』
「ハンズ・オブ・グローリー......。
 俺のこの手が真っ赤に燃えて、
 勝利を掴み始めた証さ!」
『言葉の意味はよくわかりませんが
 ......なんだか凄いですぅ〜〜!』

 逆行前とは違って文珠は使えないのだが、それでも、栄光の手がなんとか出せる(第一話参照)ということは、香港でメドーサたちと戦った頃くらいのレベルはあるのだ。

『けけけっ......
 けけけけけけけっ』
『横島さん!
 出ました、悪霊さんです!』
「心配しなくていいよ、おキヌちゃん」

 名もなく地位なく姿もハッキリしない悪霊など、横島の敵ではなかった。
 彼は、悪霊に対してキッとした目付きを向ける。

「おまえに関してわかっているのは......
 株に失敗して全財産をすって半狂乱になり、
 このビルのこの部屋からとびおりて病院に収容後、
 3時間12分後に死んだということのみ!」
『ひ、ひとめ見ただけで......そこまでっ!?』
「かわいそうだとは思うが
 ......悪さすんのもいーかげんにしろ!」
『けーっ!?
 ......け......け......』

 悪霊は、横島が霊波刀を一振りしただけで、何も残さずに消滅してしまう。
 ポーズを決めた横島の後ろでは、

『すご〜〜い!』

 初めて見る彼の勇姿に感激したおキヌが、パチパチと手を叩いていた。


___________


 また、女子高のワイセツ幽霊事件も、二人だけであっけなく片付けた。

「うわ〜〜っ!?
 何をするんじゃーっ!」
『いいんですか、横島さん?
 このひと、ここのえらい人なのでは......』

 理事長から事件の話を聞いた横島は、サッサと校長の身柄を確保。スマキにして女子更衣室へと運んだのだ。

「いいんだよ、おキヌちゃん。
 この校長が、事件の元凶なんだから」

 のぞき、下着ドロ、痴漢行為などを繰り返す幽霊。
 その核となっているのは、かつて校長が井戸に対して吐き捨てた情念である。若さ故のほとばしりが霊的な力を得て、潜在意識の怪物となったのだ。
 そんな説明をしながら、横島は、校長の口をハンカチでしばる。うるさいから黙らせたいのだが、殴って気絶させるというわけにもいかないからだった。

『......あ、わかりました!』

 横島の話を聞いて、納得した顔になるおキヌ。

『緑色の偉い人が神さまになるときに
 捨て去った分身が大魔王になるんですよね。
 ......あれとおんなじですね?』
「......は?」
『てれびで勉強しました!』
「ちょっと違うけど......
 ま、そんなようなもんだな」

 そして、女子更衣室の前に着いたところで、

「あ、そうだ。
 これを忘れたら大変だ」

 横島は、一枚のおふだを校長の額に貼った。
 『もとの時代』では、美神の呪文で幽霊を校長の中に戻そうとしたが、今回は美神抜きのため、同じ効能のおふだを用意しておいたのだった。霊能力者としての戦闘レベルは低くはないが、それでも横島では、美神のように言霊をうまく扱えないからだ。
 
「少し待っていれば、そのうちに......」

 と横島がつぶやいた時。

「キャーッ!」
「チカンーッ!」

 中から悲鳴が聞こえてきた。
 ワイセツ幽霊が現れたのだ。

(『もとの時代』と同じだな。
 場所もタイミングも......!)

 ガラリと更衣室を開ける横島。
 除霊仕事という名目があるため、なんの気兼ねも遠慮も必要なかった!

(おおっ!)

 すでに体操服に着替え終わった少女もいる。それでも、下はブルマなので、健康的なフトモモはバッチリだ。
 もちろん、着替え途中の女子高生たちもたくさんいた。
 上はブラジャーで下はスカートという少女。それは、まるでストリップの途中経過だ。あるいは、上はブラだけだが下はブルマという者もいる。また、ブラジャーとパンティーのみという露出度満点の女のコも存在していた。
 しかし、こうした光景を長々と堪能しているわけにはいかない。

『ちち......しり......
 ふともも......!!』 

 この幽霊を始末することが目的なのだ。
 パラダイスを一瞬にして網膜に焼き付けて、横島は、仕事に取りかかる。

「ほら!
 校長も......楽しんでください」

 と言って、女子高生の集団の真ん中へ、校長を放り投げたのだ。

『これが......今回のおしごとなんですか?』
「まあ、見てなって」

 不思議そうなおキヌと、余裕顔の横島が見守る中。
 
「キャーッ!」
「今度はエロジジイよーっ!」

 グルグル巻きで身動き取れない校長は、女子高生に弾き飛ばされ、そして別の女子高生に再び投げ飛ばされ......。
 半裸の若い少女の間を、ボールのように行き来する。校長にとっては、目に入ってくる景色も刺激的だったが、体のあちこちが女子高生の生肌に触れることは、それ以上だった。

(な......なんじゃ、この感覚は......!?
 忘れていた何かを思い出しそうな......!!)

 こうして、校長は再び、若い女に『感じる』ようになり、ワイセツ幽霊も彼の中へと戻り消えたのだった。
 そして、ひと仕事終えた横島は、

「ま......ひとごとじゃないからな」

 クルッと振り返って、更衣室をあとにした。
 井戸へ直行して、そこで、発散できない想いを吐き出す。

「ちちしりふともも〜〜っ!
 ちょっとくらい意識したって
 仕方ねーじゃねーかよー......。
 俺は若いオトコなんだーっ!!」

 おキヌに『お父さん』扱いされてきた横島は、嬉しいと思う反面、悶々としてしまう気持ちも持っていたのだ。

『......なにしてるんです?』

 少し遅れて、おキヌがやってくる。井戸に顔を突っ込んで叫ぶ横島を見て、小首を傾げていた。

「なんでもないよ。
 おキヌちゃんも
 人間になったらわかるさ」
『......?』
「さ、帰ろうか」
『......はい!』

 二人は、事務所への帰路につく。
 来た時と同様、仲良く手をつないだ状態で。


___________


 時には、『もとの時代』と同じく、美神を交えて三人で行く仕事もあった。
 銀行から強盗未遂幽霊を祓うように頼まれた際には、『もとの時代』同様、防犯訓練を利用したのだ。
 訓練中の強盗役で獲得した分がギャラとなるという、例のシステムである。車を運転する必要があるので、美神も参加したのだった。

「わざわざ大騒ぎせんでも......。
 普通に成仏させてもいいんじゃないッスか?」
「なに言ってんの。
 全員が納得するんだから、これでいいのよ。
 それに......結果だってわかってるでしょ?」

 強盗幽霊たちは、やはり逃亡中に成仏。美神たちは捕まってしまったが、銀行側の注意をひきつけているうちに、おキヌがオンラインの不正操作を成功させていた。

「おキヌちゃんも、これで
 コンピューター操作を覚えられたわね」
『はい。
 ありがとうございます』

 美神とおキヌの会話を聞きながら、

(......大金が手に入る道を選んだだけだよな?)

 と思う横島であった。

 また、国営放送の通信衛星に取り憑いたグレムリン退治も、『もとの時代』と同じく、三人で実行した。地上待機をする者が必要だったからだ。

「いやだあああっ!
 今度こそ行かないっ!!」
「大丈夫だって!
 往生ぎわが悪いわねっ!!」

 どんな無茶をさせられるか知っている横島は、必死になって拒んだが、

「そんなことより、わかってるわね?
 今度は妖怪の赤ちゃん連れてきちゃダメよ。
 成功させれば、あんただって英雄になれるんだから。
 ......リポーターの女のコたちに
 カッコいいところ見せたいでしょ?」

 と丸め込まれ、結局、宇宙へ行く羽目になってしまう。
 問題のグレムリンは、今回も、おキヌのきれいな歌声で撃退したのだが、

『横島さん、見てください。
 タマゴがありますよ!』
「ああ、おキヌちゃん!?
 それに近寄っちゃダメだーッ!!」

 結局、『もとの時代』と同じ結果に終わったのだった。

 なお、美神は、モガちゃん人形の失踪事件にも出向いた。自分の人形が元凶であると分かっているだけに、横島には任せられなかったようだ。
 そして、海辺のホテルに出現した半魚人の一件も、三人で出かけた。リゾート地で一休みするという意味だけでなく、横島と人魚のコンタクトを繰り返さないためだったのかもしれない。


___________


「......こうして考えてみると、
 三人での仕事のほうが多いんだな」
『横島さんと二人で行くのも、
 美神さんも一緒に三人で行くのも、
 どっちも楽しいでーす!』

 これまでの事件について語り合っていた二人は、いつのまにか駅前まで来ていた。
 今日の仕事先は少し遠いので、電車に乗らないといけない。

「それじゃあ、おキヌちゃん。
 いつものように......」
『は?い』

 改札をくぐるときだけは、幽霊の本領発揮で、おキヌは姿を消すことになっていた。
 仕事のための交通費はキチンと支給されているのだが、

「小銭をケチるつもりはないけど......でも
 払う必要がないもんを払うのはバカらしいわよね」

 という美神の言葉に横島が賛成。おキヌも『そういうものなんだ』と反対せず、このようなシステムになったのだ。

『えへへ......』

 今、駅のホームの適当なところで、おキヌは再び姿を現した。
 近くには、巫女姿の少女が突然出現したために驚く者もいるようだが、彼らとて大騒ぎするわけではない。

(昔の俺だったら......どんな反応するかな?)

 周囲の様子を見て、横島は、ふと考えてしまう。
 今でこそGS事務所でバイトしているが、かつての横島は、霊能とは無縁の一般人だったのだ。

(ま、どんなふうに出てこようが気にしないだろう。
 それよりも......美少女だってことが重要だもんな)

 と結論づける横島。
 超常現象も当たり前の世界だからこそ、GSが良い商売になるのだ。


___________


 空にはカモメが飛んでいた。潮の匂いもする。
 しかし......。
 近くにはゴチャゴチャとビルが立ち並び、岸壁も殺風景なコンクリートで固められていた。海面にも油が浮かんでいる。
 風光明媚という言葉とは、ほど遠い状況であった。

『ここも......海なんですか?
 前に行ったところとは
 かなり雰囲気が違いますね......』
「ははは......。
 この間のところはリゾート地。
 でも、ここは東京湾だからな」

 二人がやって来たのは、横浜にある港の一つ。
 以前の仕事で海水浴場を経験したおキヌだが、都会の海は初めてであった。

「泳いで遊ぶような場所でもないし......
 サッサと終わらせて帰ろう」

 今日の仕事は、幽霊船狩りである。
 毎年八月に行われる、海上保安庁の恒例行事。その仕事が、美神除霊事務所に回ってきたのだった。
 
『あれに乗り込むんですね?』
「いや、そうじゃない。
 そんなことをしても沈められるだけだから......」

 二人の目の前には、今日のために用意された巡視艇が停泊しているのだが、横島は、そちらには向かわない。代わりに、海上保安庁の担当官らしき者のところへ行き、事情を説明する。

「......というわけで船はいらないっス。
 俺には式神もいますから」
「まあ......
 そちらがそうおっしゃるのでしたら......」

 横島は、仕事の前面に出るには、やはり若すぎるのだ。
 最初は担当官にも話を聞き入れてもらえなかったが、美神に教えられた通りに語るうちに、なんとか説得できたようだ。
 美神の入れ知恵に従って、おキヌを『式神』として紹介したのも、横島に箔をつける効果があったのかもしれない。

「それじゃ......行こうか」
『はい!
 今日も横島さんの活躍が見られるんですね』

 振り返った横島に、おキヌは笑顔で対応する。
 だが、横島は、いたずらっぽく笑うのであった。

「いや......今日は俺じゃなくて
 おキヌちゃんに活躍してもらうんだ」
『......私が?』
「そうさ!」
 
 横島は、キョトンとするおキヌの肩をポンと叩いた。


___________


『おキヌ、いきま〜す!』

 威勢のいい掛け声とともに、おキヌが空へと飛び立つ。
 彼女の両腕は、今、横島の胸の前に回されていた。後ろから抱きかかえる形で彼を運んでいるのだ。
 
(頼むから落とさないでくれよ、おキヌちゃん)

 少し心配になる横島。
 しかし、これが今回の戦略であった。幽霊おキヌが空を飛べることを活かして、彼女を輸送用ユニットとして利用するのである。

(美神さんがたてたプランだから......大丈夫だよな?)

 今日の相手は幽霊潜水艦だ。『もとの時代』では海上保安庁の船で立ち向かったが、巡視艇は沈められてしまった。その後で、幽霊潜水艦と因縁のある老人のボートに同乗して、敵と戦うことになる。
 それが分かっているだけに、用意された船は避けたのであった。

(まあ......あのジイサンのところへ行くまでだしな)

 振り返って見上げると、おキヌが真剣な表情をしているのが目に入る。大役を果たそうと頑張っているのだ。
 そんな彼女を見ていると、横島も、安心して身を任せようという気持ちになるのだった。


___________
___________


 そして......。
 『逆行』した美神と横島が奮闘している時代よりも、少し未来。
 ヒャクメが二人となった時代では、その活躍が、今ようやく始まろうとしていた。

『見える! 見えるのねーっ!』

 霊動実験室に、嬉しそうなヒャクメの声が響き渡る。

『サイコメトリックぅう......メガトンパーンチ!』


(第六話に続く)

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____
第六話「うっかり王、誕生!」

 霊動実験室。
 それは一種の仮想空間である。
 ここでは、記録された魔物や妖怪の霊波動を再現してシミュレートすることが出来るのだ。
 現在この部屋で戦闘訓練を受けているのは、女神ヒャクメ。
 トレーニング相手はキャメランである。オリジナルでも五千マイトの強敵だが、シミュレーション調整で数倍にパワーアップしていた。
 当然、ヒャクメ二人がかりでも歯が立たない。さっきまでは、ただ逃げまわるばかりだったのだが......。

『見える! 見えるのねーっ!』

 合体して『うっかり王』となった今、もはやキャメランなど敵ではなかった。

『サイコメトリックぅう......メガトンパーンチ!』

 ヒャクメの一撃が、キャメランを粉砕する!




    第六話 うっかり王、誕生!




 話は少し――いや、かなり遡る。
 もともと、霊動実験室でトレーニングを行っていたのは、美神であった。

「うぐッ......!?」

 シミュレーションで作られたハーピーによって、一方的に痛めつけられる美神。

「立ちなさい令子!!
 まだ相手は30鬼目よ!!」
「そ......そんなこと言ったって
 体がもう......!!」

 コントロールルームからガラス越しに美智恵が激励するが、美神は倒れたままだった。半分に折れた神通棍を杖にしても、起き上がることすら出来なかったのだ。

「限界を超えられないのは
 おまえの中に甘えが残っているからよ!
 まずはそれを消して上げるわ......!!」

 コントロールパネルのスイッチの一つに、美智恵の指先が触れる。
 同時に、ハーピーの目が機械的に光り、美神への攻撃が激化した。

『そろそろ限界なのね......』
『美神さん、もうすぐ意識も失うわ』

 美智恵の横では、二人のヒャクメが訓練を見守っていた。
 危険がないかどうか、『目』を使ってチェックしているのである。
 オブザーバー役は本来一人で十分なはずだが、わざわざ二人でやっているというのも、ヒャクメが周囲からあまり信用されていない証かもしれない。
 
「......ここまでですね」

 ハーッと溜め息をつきながら、美智恵がプログラムを緊急停止させた。実験室の中の美神は、すでにピクリとも動かない。
 そんな娘の姿を黙って見つめる美智恵に、二人のヒャクメが声をかけた。

『隊長さん......いくらなんでもムチャですよ?』
『シゴけばパワーがつくってものじゃないのね。
 私たちにも事情は理解できますが......』

 その言葉にハッとする美智恵。
 ヒャクメを振り返った彼女の目には、優しい色が浮かんでいた。美智恵は、美神には冷酷な態度を示しているものの、実際には、娘の身を案じる一人の母親なのだ。
 
「ヒャクメ様に隠しごとはできませんわね......」

 美智恵は、霊動実験室での百人抜きを美神に命じており、一ヶ月経っても出来なければ殺すとまで宣言している。
 だが、その裏には、美神を追いつめることでブチ切れさせてパワーアップさせようという狙いがあった。アシュタロスに対抗できる策をGS本部へ提出しない限り、美神は、上からの命令で暗殺されてしまうからである。
 アシュタロス側にも一年という時間の制約がある以上、美神が死ねばエネルギー結晶は行方不明になり、問題は解決する。それが上層部の思惑だったのだ。

『ごめんなさい、私たちが不甲斐ないばかりに......』
『せめて戦士タイプの神魔が
 残ってたらよかったんですけど......』

 ヒャクメたちは、軽く頭を下げる。
 地上で活動できる神魔族は、もはやヒャクメ二人のみ。しかも霊界と切り離されている以上、彼女たちだって、いつまで活動できるか分からなかった。
 人間たちに全て任せなければいけないという状況を、神族としては情けなく思うのだ。

「そんな、神さまに頭を下げられても......。
 私たち人間だって、いつもいつも
 神頼みというわけにはいきませんから」

 と強がってみせる美智恵だったが、心の中では、神さまどころがワラにでも縋りたいくらいだ。そして、そんな彼女の心境は、もちろんヒャクメたちにはお見通しだった。
 こうして三人がしんみりとした場に、西条が駆け込んでくる。

「な......!!
 令子ちゃん大丈夫なんですか!?」
「西条クン!
 立ち入り禁止と命じたはずですよ?」

 彼は美神の様子が心配で、ここへ来てしまったのだろう。気持ちは理解できるが、それでも美智恵は、冷ややかな視線を西条へと向ける。

「しかし先生......」
「......いいでしょう。
 命令違反、今回だけは見逃します。
 ところで......」

 西条は、結晶を探すアシュタロスの配下と一戦交えて、対策本部へ帰ってきたところだった。
 ただし、『アシュタロスの配下』と言っても、敵側で指揮をとっていたのは横島である。もちろん横島は人類を裏切ったわけではなく、みんなのためにスパイ活動を行っているだけだった。
 通信鬼を通して美智恵から正式に任命された諜報任務であり、最近では前よりも頻繁に連絡を取り合っていた。だから、今回の襲撃も、言わば出来レースである。西条は、危なげなくヒーロー役をこなしてきたのだ。さらに、

「横島クンに例の物は......?」
「はい!
 本人に気づかれないように、発信機を......」

 西条は、美智恵からの密命も無事に果たしていた。

「よろしい!
 15分後に作戦行動を開始します!
 ただちにヘリポートに集合!
 これから......
 私の戦い方を見せましょう」

 わざと西条に背中を向ける美智恵。

(なんだ、この雰囲気は......?
 先生はいつからこんな冷たい目に......!?)

 と、西条がいぶかしむ。
 彼の横では、美智恵の心を覗いたヒャクメ二人が、コッソリと苦笑していた。

(クスクス。
 そういうことなんですね?)
(隊長さん、了解です。
 私たちに......まかせてなのねー!)

 指揮官である美智恵が自ら最前線に立つ、重要な戦い。美智恵は、そこでヒャクメにも働いてもらうつもりだったのだ。
 二人になったからこそ出来る仕事である。だが、これが本来の歴史をどのように変えてしまうのか、美智恵もヒャクメたちも、もちろん知らなかった。


___________


「お......!
 あんなところに......」

 空に浮かぶ移動妖塞『逆天号』。
 連れて行ったモンスターを西条に倒された――倒させた――横島は、そこに一人で帰還する。

「ただいま!」
『危険物感知せず!
 ドアロック解除!』

 自動応答メッセージを聞きながら、横島は考えてしまう。
 すでに横島は、アシュタロス配下の魔族三姉妹や、彼女たちの上司である土偶羅魔具羅から、かなり気に入られていた。それでも、

(なんだかんだ言ってもまだ
 信用されてないんだよな。
 船の居所は俺に教えず自動誘導だし、
 ボディーチェックしないと
 入れてもらえないし......)

 というのが現状だったのだ。
 そして、彼の後ろにベスパとルシオラがヌッと現れる。

『これか!!』
『やっぱり......』
「わっ!?
 な、なんスか!?」

 突然他人に背後に立たれたら、スナイパーでなくても良い気はしない。
 特に横島の場合、仲良くなったとはいえ二人は敵であり、彼は敵のど真ん中でスパイ活動を行っているのだ。横島は思いっきり慌ててしまったが、

『発信機さ!
 あんた、つけられたのよ。
 外見てみな!』
「え......」

 ベスパは冷静に対応する。
 彼女たちと共にブリッジへ移動し、下の様子を見てみると......。


___________


 青く輝く海原を、巨大とは言えない程度の波を蹴立てて進む、一隻の空母。
 アメリカ海軍ニミッツ級、CVN-99、USSインクレーダブルである。

『空母だろーが核ミサイルだろーが
 我々には傷ひとつつけられんわい!』
『......でもおかしいわ。
 飛行機がいないし......
 それにあの魔法陣は何?』

 艦長席でふんぞりかえる土偶羅魔具羅とは対照的に、ルシオラが警戒を示す。甲板に描かれた巨大な魔法陣を、不審に思ったのである。
 このメンバーの中では彼女が科学士官の立場なだけに、当然の対応であった。

『フン!!
 この実力差に多少の小細工、
 どーだというのだ!?
 断末魔砲発射用意!!』

 火力の差で解決しようとした土偶羅魔具羅だったが、空母から投げかけられた声に、その手を止める。

「アシュタロス一味に告げる!
 無駄な抵抗はやめてすみやかに降伏しなさい!!」


___________


「コラーッ!!
 おばはんーっ!!
 全部俺の関係者やないかっ!?
 何考えとるんじゃーっ!!」

 空母の上にズラリと並んだメンバーを見て、横島が泣き叫んだ。実は彼らは偽物なのだが、横島はそれを知らないのだ。

『......てことは』
『もしかして人質?』
『なんという卑怯なことを!!』

 と魔族たちにも言われてしまうような、美智恵の作戦であった。

『うわははははっ。
 でも気にせず主砲発......』
「どちくしょおおおーっ!!」

 攻撃態勢に入った土偶羅魔具羅を見て、ブリッジから走り去る横島。

『ポ、ポチッ!?』
『あー』
『土偶羅様ひっどーい!』

 パピリオ・ベスパ・ルシオラも、横島の肩を持つ。

『なぜじゃっ!?
 ポチの身内がどーなろーと
 我々の知ったこっちゃないだろう!?』
『ポチは私のペットでちゅよ!?
 ......てことは仲間でちゅ!!』
『部下の気持ちを切り捨てる上司か......』
『なに!?
 わしだけワルモノ!?』

 妹二人が土偶羅魔具羅を責め続ける横で、ルシオラは、

(それに......
 あの魔法陣の女、どこかで......)

 美智恵に見覚えを感じて、考え込んでいた。
 しかし......。
 手遅れになる前に正体に気づくことは、出来ないのであった。


___________


『......悪かったな。
 向こうの出方がわかるまで
 手は出さんから心配するな!』

 パピリオが呼び戻してきた横島に、土偶羅魔具羅が声をかけた。

『気にしなくていいよ』
『別におまえのためだけってわけでもないから』

 魔族姉妹からも優しい言葉をもらい、ホロリと来てしまう。

(な......なんなの、これは!?
 こいつらの方が味方よりあったかい......!?)

 横島は、今までトイレに隠れて、西条にコッソリ連絡を入れていたのだ。
 しかし、美智恵と共に空母に乗ってきているくせに、西条は作戦の詳細を知らない。それに、横島にとって一番頼りになるはずの美神は、訓練でダメージを受けて同行していない。
 そうした話を聞かされた直後なだけに、敵の思いやりが、いっそう身に染みるのだった。
 だが、そんな人情ドラマは長くは続かない。

『飛行物体多数接近!!』


___________


『な......煙幕!?』
『あれだけの飛行機を
 煙幕を張るためだけに......!?』
『ただの煙じゃないわ!!
 霊波を帯びてる!!
 視界ゼロよ!!』

 ビューアーを覗き込んでいた科学士官ルシオラが顔色を変えた。
 しかし、艦長は、まだまだ余裕タップリである。

『何かの罠にはちがいないが......
 視界を奪ってどうする?
 我々の優位は変わらんぞ』

 そう言いながら、お茶をすすっているくらいだ。
 上司に恵まれない環境のようだが、それでもルシオラは、文句も言わずどこにも電話もせず、必死に働いていた。

『正面に我々と同じ大きさの飛行物体!!』

 利かなくなったレーダーの中から、かろうじて読み取れる情報を拾い出すのだ。

『高エネルギー反応!!
 撃ってくるわ!!』

 ドッ!!

 かすっただけで、艦全体が大きく揺れた。

『応戦しろッ!!
 こっちも撃て!!』


___________


「煙幕で空が暗く......!」

 空母に乗っているおキヌは、心配そうに空を見上げていた。
 今の彼女は、オカルトGメンの制服を着ている。最初に袖を通した時には、自分も女性捜査官になったという実感がありワクワクしたものだが、もはやそのような高揚感はなかった。
 
『大丈夫なのね』

 二人のヒャクメのうちの一人――通称『しっかりヒャクメ』――が、おキヌの肩にソッと手をのせる。彼女の不安を感じ取ったからだった。

「で......でも、あれには横島さんが......」

 おキヌがそう言っている間にも、目の前の海に、敵戦艦の破片が落下する。それは、そら全体が落ちてきたかと錯覚するくらいの轟音を伴っていた。

『敵に大打撃を与えてますね......。
 撃破できるかも!』
「......え?」

 もうひとりのヒャクメ――通称『うっかりヒャクメ』――の発言は、おキヌの心配を増長させる。
 しかし、ヒャクメたちは、慌てて二人がかりでフォローするのであった。

『あ......!
 でも安心していいのね。
 横島さんに危険はないから』
『そのための私たちなのね!
 そろそろ準備しましょうか......』


___________


『ポチ、お願い! 早くして!
 あ、そこはダメよ。
 ちがうわ、その横よ!!』
「ここっスか......!?」
『......あ、いいわ。
 そうそう、そのまま......』

 ルシオラと横島は、逆天号の修理を試みていた。
 足場の不安定な外壁での作業であり、本来ならば戦闘中にするような行為ではない。しかし、敵戦艦との撃ち合いで異空間潜航装置がやられた以上、仕方がなかったのだ。

『予備回線だけでも応急修理して、
 煙幕の中から逃げなくちゃ......!』

 必死に修復するルシオラの傍らでは、横島が、別の意味で必死だった。

(俺だけこいつらと心中して、
 めでたしめでたしなんて認めん!!
 なんとかしなくちゃ......!!
 スキをみて脱出じゃ!!)

 このままでは、この艦ごと撃墜されてしまう。
 横島は、それを心配していたのだ。

(首輪がついてる今なら、ここから飛べるはず......)

 と、逃げ出す手段を具体的に検討していた時。
 逆天号の正面に、再び、謎の敵戦艦が出現した。
 そこから強烈なビームが発射される!


___________


 ブリッジの面々も頑張っていた。しかし、敵の主砲は、こちらの断末魔砲と同じ威力をほこっているのだ。異界へ潜航できない現状では、とるべき手段は一つしかない。

『真正面でちゅ!!』
『緊急回避!!』

 懸命な操艦で直撃だけは避けることが出来たが、それが精一杯だった。外の二人に気を配る余裕まではなかったのである。


___________


 突然、逆天号が大きく揺れる。

『あっ、しまっ......!!』

 ルシオラの手が、壁面から離れた。その身がフワリと空へ浮く。
 飛行能力を持つ彼女であったが、今は自由に動くことが出来なかった。科学知識に明るいルシオラなだけに、原因もハッキリ理解している。
 背後を走る強力なエネルギー波のためなのだ。
 だから、この先に待っている事態も正しく認識していた。

(吸いこまれる......!!)

 ルシオラは並の魔族ではないが、それでも、逆天号の主砲レベルのビームに飲み込まれたら一瞬で消滅してしまう。
 これで終わりなのだ。
 彼女は、そう悟っていた。


___________


 ガッ!

 そんなルシオラの足首を力強く掴むもの。それは......。

『ポチ......!?』

 横島の左手だった。

「あっ」

 ハッとする横島。
 
「し......しまった!!
 何やってんだ、俺は!?
 せっかくのチャンスなのに!?
 つ、つい反射的に......」

 しかも彼の悪いクセで、思考を口に出してしまっているのだ。

「今からでも遅くはない!!
 手を離せば......」

 横島の言葉は、ルシオラの耳にハッキリと伝わっていた。
 今、彼女の命は、文字どおり横島の手に委ねられているのだ。
 横島の顔を見つめるルシオラ。
 ルシオラの足首に視線を向け続ける横島。
 思い詰めた表情をする二人の間で、長くて短い一瞬の時が流れる。
 そして......。

「くそ......!!」

 横島の口から、新たな言葉が漏れた。


___________


『おまえ......もしかしてバカなの?』

 座り込んだルシオラは、命の恩人に対して、そんな言葉をぶつけてしまった。
 まだ船の外にいる二人であるが、ルシオラは、今までよりも安全な場所に腰を下ろしている。そして、横島は、艦内に体の半分を埋もれさせるような姿勢だった。

「......」

 うつむいたままの横島は、言葉を返すことが出来ない。

『一瞬迷ったんでしょ!?
 なのになんで......』

 そこまで言われて、ようやく口を開いた。

「夕焼け......好きだって、言ったろ」
『え』
「一緒に見ちまったから......
 あれが最後じゃ、悲しいよ」


___________


『おまえ......』

 驚いてしまうルシオラ。
 横島の口から出てきたのは、ルシオラの予想だにしない言葉だったからだ。
 確かに、ルシオラは、横島と一緒に夕焼けを見たことがある。

   『ちょっといいながめでしょ?』
   「へええ......!
    ちょうど陽が沈むとこっスね......!」
   『昼と夜の一瞬のすきま......!
    短時間しか見れないから、
    よけい美しいのね』

 そんな会話を交わした後、自分たちの寿命が一年しかないことまで話してしまった。だから、ルシオラが夕焼けに重ねているイメージまで、横島には伝わったに違いない。
 あの場で見た景色も、そして、そこで行われた心のやりとりも......。当事者たちは気づいていないが、第三者から見れば少しロマンチックだった。
 しかし。
 それは、恋人同士の逢瀬どころか、友達以上恋人未満のデートでさえ、なかった。
 いや、仲間や味方ですらない二人だったのだ。
 ルシオラは、

   『私はまだ
    おまえを信用したわけじゃないけど......』

 と明言したくらいである。
 それなのに......。

(あんなささいなことが気になって、
 敵を見殺しにできないほど
 ひっかかるなんて......)

 横島は、まだ下を向いたままだ。
 それでもルシオラには、今まで見えていなかった彼の一面が、見えてきたのだった。


___________


 だが、ここは戦場である。
 男女の間に甘い時間が流れる余裕なんて、誰も与えてくれなかった。

『ウッギャーッ』

 逆天号の断末魔砲が唸る。
 やられてばかりというわけにはいかず、こちらからも反撃したのである。
 今までの攻撃は、敵艦に大きなダメージを与えることはなかったが、今回は違った。
 側面に直撃して、羽根のようなパーツが壊れ落ちる。

「ああッ!!
 そ......そーか!!
 そーゆーことだったのか!!」

 主砲発射と同時に顔を上げていた横島は、敵戦艦のシルエットと被害状況から、今、真実を悟ったのだった。


___________


『えっ......何!?
 「そーゆーこと」って、どーゆーこと!?』
「ブリッジで話します!
 土偶羅様にも説明しないと......」

 先に艦内に戻る横島。
 ルシオラも、続いて中に入った。
 しかし......。

『......ポチ?
 どこ行っちゃったのーっ!?』

 ほんの一瞬の差だったのだ。
 それなのに、横島は姿を消していた。
 中に入る代わりに外へ出たのか、落ちてしまったのかと周囲を見渡すが、それでも見つからない。そもそも、そんなはずはないのだ。
 確かに、自分の目の前で、横島は艦内に飛び込んだはずだった。

『それこそ......どーゆーこと!?』

 そして、横島が消失した今頃になって。
 ルシオラは、ようやく気付くのだった。さきほどの彼の言葉――「一緒に見ちまったから......あれが最後じゃ、悲しいよ」――は、「もう一度一緒に見よう」という意味にも解釈できる、ということに。

『ポチーッ!!』

 ルシオラの絶叫が響き渡る。


___________


 艦内に足を踏み入れた瞬間。
 横島は、背筋がゾクッとした。

(なんだ......?
 これが以前に美神さんが言ってた、
 霊能力者のカンってやつか?)

 そんな思考がまとまる前に。
 後ろからのびてきた女の手が、横島の左腕をガシッと掴んだ。
 
(......!)

 しかし、若い女の手ではない。
 いや、人間のものですらなかった。
 直感的にそう悟った横島だったが、

(もしかして......
 ルシオラ......か?)

 確認しようと振り返った時には......。
 すでに、周囲の光景は全く変わっていた。


___________


「あれ......?
 ここは......下の空母の上か!?」

 逆天号の中にいたはずなのに、いつのまにか横島は、USSインクレーダブルの甲板に立っていたのだ。

「よく生きて戻ってきたな。
 てっきり死んだものだと思っていたよ」

 西条の憎まれ口が――本心かどうか定かではない言葉が――、横島を出迎える。
 
『私が助け出したのねー!』

 という声は、横島の左側から聞こえてきた。
 彼の腕を握って、ここまで一緒に転移してきた女神。『しっかりヒャクメ』である。

『それが出来るようになったのも
 ......私のおかげなのねー!』

 西条の横に立つヒャクメ――こちらは『うっかりヒャクメ』――が、誇らしげに語った。
 
「えっ?
 ......どーなってるんだ!?」

 横島は、まだ混乱している。
 だが、今の彼に必要なのは事情説明ではなかった。仲間の温かい出迎えのほうが、心に直接響くのだ。

「横島さん......!
 よかった、もう会えないかと......!!」
「おキヌちゃん......」

 胸に飛び込んできたおキヌを、横島が受け止める。
 無事な帰還を喜び、おキヌは涙を流していた。

『......前にもあったのね、こんな光景』

 とつぶやく『しっかりヒャクメ』。
 彼女が思い出しているのは、横島が月から生還した時、つまり生身での大気圏突入という偉業を成し遂げた時のことだ。
 『しっかりヒャクメ』だけではない。西条も『うっかりヒャクメ』も、それぞれの思いを込めて、ヒシッと抱き合う男女を見守っていた。


___________


 アシュタロスの妨害霊波で神族の力は制限されており、ヒャクメの力も衰えている。そのため、逆天号でペットとして捕われていた際も、空間転移して脱出することなど出来なかったのだ。
 しかし、今では事情が変化していた。もう一人のヒャクメが来たおかげで、二人分の神通力を合わせることが可能となったからだ。
 これが、歴史を大きく変化させる。
 空母の上から遠視で横島の様子を覗けるようになったから、彼が美智恵のトリックに気付いたことも、ヒャクメには察知できた。
 だから、それが魔族三姉妹に伝わる前に、逆天号へと空間転移して横島を救い出すことも出来たのだ。
 そして。
 逆天号から横島が消えたことで、美智恵の作戦のカラクリに気付く者もいなくなったので......。


___________


『大変なのよーっ!』

 泣き叫びながら、ルシオラがブリッジに駆け込む。

『言われんでも
 わかっておるわい!
 ......まわりを見てみいッ!』

 振り返りもせずに、土偶羅魔具羅が叫び返す。
 彼の言うとおり、スクリーンやコンソールなど様々なところから火が噴き出ている状態だった。
 だが、ルシオラにとっては、ブリッジの惨状よりも重要なことがある。

『......そうじゃないの。
 ポチが消えちゃったのよ!』
『ポチが消えた......?
 逃げ出したのか、あいつ!?』
『ポチが逃げちゃうなんて......。
 連れ戻すでちゅ!』

 オロオロするルシオラ。
 脱走と決めつけるベスパ。
 ワーッと泣きわめくパピリオ。
 そんな三姉妹を土偶羅魔具羅が一喝する。

『そんなヒマないわい。
 それどころじゃないからな!』

 土偶羅魔具羅とて、ポチのことは嫌いではなかった。しかし、物事には優先順位というものがある。
 こちらと対等の火力をもつ敵戦艦と戦っている状況では、ポチに構ってなどいられないのだ。

『「それどころじゃない」ですって......!?
 戦闘が始まってもお茶飲んでた
 チン○口に言われる筋合いはないわ!』
『チ......チン○!?』
『それに......ポチは大切だわ!
 敵のトリックに彼は気が付いたらしいの。
 ......でも突然消えちゃったのよ!』

 ルシオラは少し冷静さを欠いていた。
 彼女の説明では、ベスパのポチ逃亡説の信憑性を高めることにもなるのだが、その点に思い至らないくらいだ。
 また、本来ならばルシオラも美智恵の正体に気付くはずだったのだが、こんなルシオラでは、もはや、それも有り得なかったのである。


___________


 そして、ルシオラたちが言い合っている間にも、敵艦からの砲撃は続いていた。

 ズガアン!

 敵の主砲が再び直撃する。

『ねえさん!
 土偶羅様の言うとおりだよ。
 ポチのことは後回しだ、今は......』
『いや、もう遅い』

 ルシオラに対するベスパの言葉を、土偶羅魔具羅が遮った。

『むこうにもダメージを与えたが、
 こっちも同じくらい喰らってしまったわい。
 この艦は......もうもたん!』

 外見はともかくとして、土偶羅魔具羅は、高い演算能力を持つ兵鬼である。冷静に現状を計算すると、もはや策は一つしかなかった。

『総員退艦じゃ!
 アシュ様が眠る心臓部が無事なうちに
 カプセルユニットとして射出するから、
 おまえたちは警護にあたれ!』
『......!!』
『明日のために今日の屈辱に耐えるのだ。
 それが男だ......!』

 と告げた土偶羅魔具羅に、

『あたしたちは女だよ!』
『こんなときだけ名艦長ぶるんじゃないでちゅ!』

 ベスパとパピリオがツッコミを入れる。
 だが、それにも構わず、土偶羅魔具羅は言葉を続けた。

『悔しいだろうが......異議があるなら、
 この戦い終了後アシュ様に申し立てい!
 ......って、あれ!?』

 自分ではカッコ良く言い切ったつもりだが、彼が語り終える前に、すでに三姉妹はブリッジをあとにしていた。

『こら、わしをおいていくな!
 わしが指揮官だぞい!』


___________


 こうして、ルシオラたちは逆天号を放棄することになった。
 なお、長い戦いの間に、太陽も西に傾き始めていた。
 今、逆天号が夕陽の海に沈む。

「......」

 逆天号の最期を、空母の甲板から見届ける横島。
 彼の隣には、おキヌがピタリと寄り添っていた。


___________


 おキヌや美神たちは、最近、自分の家に帰っていない。それぞれ部屋をあてがわれて、都庁地下のアシュタロス対策本部に寝泊まりしていた。
 スパイ活動から戻った横島も、同様である。
 横島に割り当てられた部屋の前に、今、おキヌが一人、立ちつくしていた。少しの間ジッとしていたが、やがて、スーッと一呼吸してからドアをノックする。

 トントン。

「横島さん。
 私ですけど......入っていいんですか?」


___________


「まだ掃除の必要はなさそうですね」

 それが、部屋に迎え入れられたおキヌの第一声だった。

「......あ、おキヌちゃん。
 そのためにわざわざ?」
「いえ、そういうわけじゃないです......」

 いつもの横島のアパートとは違う、殺風景な雰囲気。
 それを会話のとっかかりにしただけであり、他意はなかった。

「私、別に横島さんの家政婦じゃないですから」
「ああ、ゴメン。
 俺もそんな意味では......」
「わかってます、横島さん。
 ......冗談ですよ、もう」

 軽く笑ってみせるおキヌ。
 横島も笑顔で対応するのだが、その表情に落ちている小さな影を、おキヌは見逃さなかった。
 これこそ、おキヌの来訪の目的なのだ。

「ところで......横島さん、大丈夫ですか?」
「えっ!?」
「みんなが戦勝に浮かれていた時、
 横島さんの態度がおかしかったような気がして......」

 世界中の霊的拠点を破壊したと言われる逆天号を、人類の機転で撃沈したのだ。
 今、オカルトGメン本部は喜びに包まれていた。
 もちろん、アシュタロスそのものが残っている以上、まだ問題は解決していない。だが、それでも節目となる勝利は過大に盛り上がってしまうのが、人間のサガである。
 そんな中、おキヌは、横島が少し沈み込んでいることに気付いていた。それは、空母の上で逆天号の終焉を見守った時から、ずっと続いていたのだ。

「やっぱり......
 しばらくむこうで暮らしたから
 横島さんとしては複雑なんですよね?」

 おキヌは、もう一歩だけ横島に近づいて、そして、励ますようにソッと手を握った。

「ああ......。
 あいつらだって......根は悪いやつらじゃないからな」

 そして横島は語り出す。
 僅か一年という寿命に設定された三姉妹の話を。
 短い命だからこそ、それぞれ精一杯生きているのだということを。

「『命なんかなんとも思ってねえ化け物』......。
 『あの手でいつでも俺をブッ殺せるんだ』......。
 最初はそう思ってたんだ。
 でも、握った手は小さくてやわらかくて......」

 そこまで聞いたおキヌは、自分の手にギュッと力をこめる。
 おキヌの両手の中で、横島の右手がピクリと反応した。

「横島さんらしいですね」

 クスリと笑うおキヌ。
 自称モテない男である横島だが、実際には多くの女性から好意を寄せられているし、肉体的にも、女性とのスキンシップの機会に恵まれているのだ。
 おキヌは、現代――自分が生まれた時代よりも遥かに未来――の知識を、テレビや雑誌などから積極的に吸収しており、だから、世の中には異性と手をつないだこともない若者だっているのだと理解していた。
 だが、『モテない』と思いこんでいる横島に、わざわざ真実を指摘することもない。

「モノノケとも仲良くなっちゃう人ですもんね。
 横島さん......やさしいから」


___________


(え?)

 おキヌの言葉に含意を感じて、横島は顔を上げた。
 ふと見ると、いつのまにか、おキヌはうつむいていた。彼女の視線は、彼女の両手――横島の右手を包む手――に向けられている。

(『モノノケとも仲良く』......か)

 確かに、これまでの除霊仕事の中で、本来は敵であるはずの女性型魔物から好かれることは何度もあった。
 ほのかな好意というだけでなく、キスをされたこともある。もっとアダルトな展開になりそうなことだってあった。

(そうだよな。
 そもそもおキヌちゃんだって......)

 もともとは、おキヌも横島を殺そうとしていたくらいだ。言わば『悪い』幽霊だったのだ。だが、すぐに仲間になってしまったから、元・悪霊というイメージは全くない。
 そして『良い』幽霊となったおキヌは、横島を慕い、横島に尽くし......。

「幽霊だった頃は......
 おキヌちゃんも、その一人だったな」

 と口から出てしまった言葉を受けて、おキヌもポソッとつぶやく。

「人間になってからもですよ」

___________


 幽霊だった頃だけではない。人間になってからも、おキヌの横島への気持ちは変わっていないのだ。
 しかし、おキヌは、今この場で自分の気持ちをぶつけるつもりなんてなかった。だから、自分の発言の意味に気付き、ハッとして顔を上げる。

「あ......。
 私......何言ってるんだろ」

 おキヌは、顔が熱くなるのを感じて、視線を逸らした。実は、横を向いたことで、紅潮した頬を横島に見せつける向きになったのだが、その点には思い至らなかった。

___________


 おキヌを見ているうちに、横島も赤くなってきた。

(そういえば......)

 横島は思い出してしまったのだ。
 おキヌが人間になって、記憶を取り戻して、戻ってきた直後。
 最初の除霊仕事の中で。
 二人きりになった際に、『大好き』と告白されているのだ。あの『大好き』が友愛の意味を超えていることは、横島にも明白だった。
 当時は正直すぎる発言で返したために、混ぜっ返したような形になってしまったが......。

(おキヌちゃんって......俺のことを......?)

 今、横島は、目の前の少女から目が離せなくなっていた。
 頬に入った赤みは、女性をより色っぽく見せることにつながり、男の本能を刺激する。
 ましてや、横島は、今まで魔族たちの世界にいたのだ。横島自身に分け隔ての意識はないとはいえ、やはり『魔族』と『人間』とは違う。『人間』の女性と二人きりで時間を過ごすのは、久しぶりの経験だった。

(おキヌちゃんって......
 ただ『いいコ』なだけじゃなくて
 こんなに色っぽかったのか......!)

 手を握り合ったまま、黙ってしまう二人。
 窓から差し込む夕陽が、二人をいっそう赤く染め上げるのだった。


___________


 バタン!
 
 勢い良くドアが開いて、ムードが一変する。
 ヒャクメ二人が飛び込んできたのだ。

『ラブシーンはそこまでなのねー』
『隊長さんが呼んでるのねー』


___________


「ひーッ!!」

 横島は、雪女から逃げまわっていた。
 
「なんだ、こいつら!?
 強ええっ!!
 弱点も攻撃パターンも、
 最初に会ったときと変わってる!?」

 ここは霊動実験室。
 本来は美神のトレーニングに使われている場所だが、訓練でダメージを受けた美神は、今、医務室で休んでいた。その空いた時間を利用して、美智恵が、横島をここへ放り込んだのである。

「このままじゃ死ぬ......。
 そろそろ停めてーッ!!」

 と叫ぶ横島は、すでに半分くらい凍らされていた。


___________


「横島さん......がんばって下さい!」

 おキヌは、コントロールルームから声援を送っていた。
 近くには美智恵やヒャクメ二人も立っているが、彼女たちは、黙って冷静に眺めている。

「......やっぱり、この程度ね」

 小さくつぶやきながら、美智恵が、プログラムを強制終了させた。
 カウンターに表示されたスコアは13鬼。
 ルシオラという恋人を得た横島ではなく、おキヌとちょっとイイ雰囲気になった程度の横島なのだ。
 恋人のために自発的にトレーニングに励む横島ではなく、美智恵の命令に従って始めた横島なのだ。
 そんな彼には、これが限界だった。

「横島さん、大丈夫かな......」
「でも......これならいけるわ」

 心配そうなおキヌとは対照的に、美智恵は目を輝かせていた。
 美智恵の言葉に好奇心をくすぐられ、ヒャクメ二人が、彼女の心を覗き込む。

『......隊長さん、本気ですか?』
『とんでもない反則ワザなのね』

 思わせぶりな発言を聞いて、おキヌも興味を示した。

「なんのことですか?」
「......横島クンの文珠よ。
 まだまだ半人前だけど、
 でも彼だけに可能な技があるのです」

 美智恵は、おキヌの質問に答える。
 彼女に対して説明できないようでは、上層部に理解させることも無理だと思ったからだ。

「霊力の完全同期連係。
 ......早い話が合体技ね」

 すでに美神令子は限界までパワーアップしているが、それでもアシュタロスたちには歯が立たない。
 霊波の質を変えることも困難であり、そこで考えついたのが、他人のパワーを美神に上乗せすることだった。
 波長がシンクロして共鳴すれば、理論的には相乗効果で数十?数千倍のパワーが獲得できるはずなのだ。

『私たちが二人分の神通力あわせたこと......』
『それがヒントになったのね』

 と、ヒャクメ二人が口を挟む。
 だが、これでは、なぜ横島が必要なのかという説明にはならない。だから、美智恵は話を続けた。

「波長が完全に同期すれば、その効果は絶大。
 ただし、人間である以上わずかなブレは不可避ですが......。
 横島クンならば、文珠を使って
 力の方向を完全にコントロールすることができます!」

 本当は、合体する二人の力が同格でなければ、最良の効果は得られない。その意味では、今の横島では、まだまだ不十分だ。
 それでも、ベストではないがベターな効果を発揮できる程度には、横島は成長している。今のシミュレーション訓練を見て、美智恵は、そう判断したのだった。

「わかったかしら、おキヌちゃん?」
「あの......」

 確認の意味で問う美智恵だったが、おキヌは、頬に指をあてて首を傾げている。
 美智恵は一瞬、この説明では通じなかったのかとも思ったが、そうではなかった。

「『人間である以上わずかなブレは不可避』......。
 そう言いましたよね?
 じゃあ人間でなければ、同期合体は簡単なんですか?」

 と言いながら、おキヌは、視線をヒャクメ二人に向けた。


___________


『無理なのねー!
 私たちは戦闘要員じゃないから』
『霊力そのものは人間より大きいけど、
 でも......無理なのねー!』

 ヒャクメ二人が、大きく手を振って否定する。二人は、今度はおキヌの思考を読んだから、彼女が言わんとするところがハッキリ分かったのだった。
 そして、この対応を見て、美智恵も理解した。
 おキヌが思いついたこと、それは、二人のヒャクメを合体させることなのだ!

「どうして気づかなかったのかしら!!
 ヒャクメ様なら......」

 自問自答する美智恵。
 妨害霊波で抑えられているとはいえ、まだまだヒャクメのパワーは、人間よりは大きいはず。しかも、この二人ならば、霊波の質も波長も全く同じなのだ!
 人間の同期合体で数十〜数千倍のパワーだというなら、ヒャクメ二人の合体では数百〜数万倍、いや、数億倍も夢ではないかもしれない。

「決まりですね......」
『えっ!?』
『そんな......』

 美智恵は、二人のヒャクメに向かって、ニッコリと笑いかけた。

「今後ヒャクメ様には、
 それを想定した訓練を受けてもらいます」


___________


 そして、今。
 訓練指揮官としてモニターを見ているのは、眼鏡をかけた西条。その横にいるおキヌは、オペレーター役をしている。
 ガラス一枚を隔てた霊動実験室では、

『ひえーっ、死んじゃう......』
『神殺しなのね?!』

 ヒャクメ二人が、情けない声を上げていた。

「これでは訓練になりません。
 ちゃんと戦ってください......!」

 逃げまわるばかりのヒャクメたちに、西条が命令する。彼は、美智恵の代理をしっかりこなそうと頑張っていたのだ。別に目が悪いわけではないのに美智恵の眼鏡を――度の弱い眼鏡を――借りているのも、『美智恵役』という意識の表れであった。
 現在、美智恵はベッドにふせっている。少し前に敵が本部まで乗り込んできた際に、毒を受けてしまったからだ。
 霊的拠点が全て破壊された後だったので、たとえ逆天号が沈んでも、歴史の趨勢に大きな影響はなかったらしい。
 だから、アシュタロスが美神を南極まで招待するというイベントは、本来の歴史どおりに発生していた。

「この辺りの事情は......
 詳しく説明する必要もないですよね?」
「おキヌちゃん。
 誰に向かってしゃべってるんだい?」

 ともかく。
 南極決戦の準備が整うまでに、ヒャクメを戦士に仕立てあげる必要があるのだ。
 だから......。

『助けてなのね?!』
『緊急停止お願い?!』

 ヒャクメ二人が泣きわめいても、西条もおキヌも突き放すしかなかった。
 いや、そもそもヒャクメの訓練の際には、緊急停止スイッチという仕様は設定されていなかったのだ。そのかわりに、別の機構が組み込まれている。

「......そろそろ限界なのでは」
「そうだな......」

 おキヌが西条を見上げ、西条も頷いた。
 そして、彼は合図の言葉を口にする。

「うっかり合体......承認!」
「はい!」

 おキヌがスイッチを押すと、ヒャクメのもとへ文珠が送り込まれる。
 神族であるから波長をあわせる必要はないのだが、それでも、文珠を介して合体するのだ。最初、文珠なしで合体しようとしたら失敗したからである。
 そして、美神と横島の『同期合体』と区別するために、ヒャクメたちの合体は『うっかり合体』と呼ばれることになっていた。


___________


『合、』
『体!』

 送り込まれた文珠を二人で握りしめると、ヒャクメたちの全身の『目』が輝き始めた。
 外に露出している『目』だけではない。衣服の下に隠された『目』からも、光が発せられる。
 無数の光の糸が二人を結びつけて、その体を包み込んだ。
 さながら、光の繭であった。その輝きが収まったとき、中から現れた姿は......。


___________


「......ヒャクメ様ですね」
「ああ。ヒャクメ様だ」

 合体したヒャクメの外見は、普通のヒャクメだった。
 いつものヒャクメと全く変わりがない。もしかすると『目』の数が増えているのかもしれないが、外から見える範囲内では同じ数である。
 合体前は二人いたのに、一人逃げ出して消えてしまった。そう見えてしまうくらいだった。
 しかし。
 ヒャクメ当人の気持ちは、全く異なっていた。
 さきほどまでの慌てぶりが嘘のようだ。

『西条さん、ダメなのね。
 せっかくヤサ男が眼鏡かけて指揮官やってるんだから
 「承認」よりも「解禁」と言うべきなのね!』

 と、わけのわからぬダメ出しをするくらい、余裕があったのだ。


___________


『見える! 見えるのねーっ!
 サイコメトリックぅう......メガトンパーンチ!』

 シミュレーションのキャメランを、ヒャクメは、あっというまに倒してしまう。

「すごいです!
 ......すごいパワーです!」

 コントロールルームで見ていたおキヌは、手を叩いて無邪気に喜んでいる。
 一方、その横に立つ西条は、おキヌとは違う視点から観察していた。

「いや、パワーじゃない」

 西条は、モニターに映し出されたデータをチェックする。
 ヒャクメは、キャメランの霊的中枢をピンポイントで攻撃していたのだ。

(強敵と戦う時は......
 ヨリシロと魔力の源を切り離せばいい!)

 西条の頭の中で、かつて美智恵から教わった言葉が蘇っていた。
 それを踏まえた上で、西条は、合体したヒャクメの強さを理解したのである。

「ヒャクメ様は、弱点を見抜いたんだ。
 もちろんパワーもアップしているが......
 『見る』力そのものが、アップしてるんだ!」

 これこそ、ヒャクメとヒャクメが合体した恩恵なのだ。ただの神族ではなく、『目』が優れた神さまだからこそ......!
 そんな興奮に水を差すかのように、おキヌがポツリとつぶやく。

「『うっかり合体』だから......
 『うっかり王』と御呼びすべきでしょうか?」
「名称なんてどうでもいいんだよ、おキヌちゃん。
 それより......」

 一瞬の間を置いた後、西条は、大きな声で言い切った。

「これが勝利の鍵だッ!!」


___________
___________


 そして......。
 こうしてヒャクメが活躍し始めた時代よりも、少し過去の時代。
 そこでも、今、一つの仕事が終わりを迎えていた。

『両方船が動けなくなって五分と五分だ!!
 決着つけちゃる!!
 素手でこい、素手で!!』
「おおっ、やらいでかっ!!」

 幽霊と人間が殴り合うという幕切れ。
 横島の記憶どおりの結末である。

『いいんですか、
 あの二人あのままで......?』
「ははは......。
 もう幽霊潜水艦はどこにも行けないからな。
 これでいいんだよ、おキヌちゃん」

 横島は、おキヌに笑いかける。
 沈むはずの巡視船が一隻助かり、それ以外は『逆行』前と同じだったのだ。これならば大成功である。

「それじゃ帰ろうか。
 また運んでもらわないといけないけど......」
『はい、がんばります!』

 殴り合う二人を残したまま、横島とおキヌは、ソッと飛び去った。


___________


「......おかえり」
「あれ、美神さん?」

 事務所へ戻った二人を出迎えた美神は、いつも以上に真面目な表情をしていた。
 横島はその違和感に気づいたが、おキヌは、ただキョトンとしている。
 だが、特に美神が説明しようともしないので、横島も敢えて聞かない。ただ淡々と、今日の仕事の報告をするのだった。

「横島クンもおキヌちゃんも、ごくろうさま。
 ......もう今日は帰っていいわ」

 横島の話を聞き終わった美神は、サッサと彼らを帰らせようとする。
 そして、二人の顔を見比べながら、言葉を続けた。

「今晩はゆっくり休みなさいね。
 ......明日は大仕事だから」
「えっ!?」

 横島も美神も『逆行』してきた者たちだ。詳細を覚えているわけではないが、いつ大事件が起こったのかという程度は、記憶していた。
 だから、横島にはピンときたのだ。美神の言う『大仕事』とは、本来この時期に起こる除霊仕事のことではない。
 それは......。

「横島クン......あんた、
 こういうことにはニブくないのね」

 横島の表情が変わったのを見て、苦笑する美神。
 だが、すぐに真剣な顔に戻って、大事なことを告げるのだった。

「そう......準備は整ったわ。
 明日いよいよ死津喪比女を倒しに行くわよ!」


(第七話に続く)

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____
第七話「おキヌの選択(その二)」

「そう......準備は整ったわ。
 明日いよいよ死津喪比女を倒しに行くわよ!」

 横島と幽霊おキヌに向かって、美神が堂々と宣言した。
 死津喪比女を倒せば、その次に来るのは、おキヌの復活。つまりおキヌとの別れである。
 その意味をかみしめる横島だが、口にしたのは別の言葉だった。

「......今回も細菌弾っスか?」

 後のことではなく、まずは戦闘そのものに意識を集中させたのだ。
 ただし、『もとの時代』での経験を活かせば、死津喪比女を滅ぼすことは難しくないと考えていた。
 彼の言葉に対して、美神は、あいまいな答を返す。

「イエスでもあり......ノーでもあるわ」
「はあ?」
「たしかに『呪いの細菌』を利用するけど......」

 美神が顔をしかめる。
 エミとの交渉が面白くなかったのだろう。
 それくらい、横島にも想像できた。
 なにしろ、『この時代』では、まだ横島は六道冥子や小笠原エミとは面識がない。そんな初期の段階では、美神とエミは表立って敵対していたはずなのだ。

(美神さん、プライド高いもんな。
 エミさんに頭下げるのは辛かったんだろう......)

 と横島が内心で苦笑している間に、美神の表情は、いたずらっぽい笑顔に変わっている。

「今回はライフルは使わないわ。
 ......ちゃんと専門家と相談してきたから大丈夫よ」

 そんな二人の会話の横で、おキヌは、キョトンとした表情を浮かべ続けていた。




    第七話 おキヌの選択(その二)




 都会では暑い季節になったが、高原地帯まで来れば涼しい場所もある。
 ましてや、日も陰ってくれば、少し肌寒いくらいであった。
 そんな山中に、

「なんで俺がこんな目に......」

 横島がゴロンと転がされていた。
 身動きも出来ないくらい、ロープで厳重に縛られている。

『横島さん、なんだかかわいそう。
 何も悪いことしてないのに......』

 少し離れた森の中で、おキヌがつぶやいた。
 隣には美神も立っており、双眼鏡を手にしている。横島のことだけでなく、周囲全般の様子を伺っていた。

「いいのよ、おキヌちゃん。
 あいつ、あれくらい慣れてるから」

 おキヌが口にしたように、横島は悪さを働いたわけではない。ついつい美神は、いつものセクハラの罰と似たような扱いをしてしまったが、今回、意味は全く違うのだ。

「それに......
 これくらいしかコンタクトの方法がないからね」

 横島は、ワンダーホーゲル――現在この山の神をしている元幽霊――を誘い出すためのエサなのであった。
 美神の計画では、死津喪比女を討伐するにはワンダーホーゲルの協力が不可欠である。しかし、大声で呼んでも出てこなかったので、彼が気にいっていたらしい横島を利用しているのだった。
 そして......。

『あっ、来ましたよ!』

 おキヌが声を上げる。
 美神の想定したとおり、ワンダーホーゲルが姿を現したのだ。


___________


「これこそ『天の岩戸』ね。
 やっぱり神さまを呼び出すには、これが一番なんだわ」
『畏れ多いこと言わんでください。
 天照大神さまと自分とでは格が違うっス。
 それに、自分は隠れてたわけじゃないっスよ?』

 神さまになると、色々と忙しいのだ。
 神族がヒョイヒョイ俗界へ遊びに行くなど不可能。自分のように担当する山に滞在している場合ですら、知り合いが来たからといってホイホイ顔を出す余裕などない。今回も、美神たちが来たことに気付かなかったのだと、彼は言い訳する。

(そのわりに......
 横島クン転がしておいたら出てきたじゃない?)

 美神はツッコミを入れたくなったが、敢えて口にしない。
 それよりも、話を前へ進めたかったのだ。
 だから、

「......まあ、いいわ。
 ともかく、あんたに頼みたいことがあるのよ。
 そのかわり横島クンを一晩自由にしていいからさ」

 と提案する。
 
『美神さん、
 神さまを「あんた」呼ばわりしていいんでしょうか?』
「おキヌちゃん......。
 それより俺の貞操を心配してくれ......」

 エサ役も終わりということで、横島は、おキヌにロープを解いてもらっている。二人の言葉は、その作業をしながら発せられたものだったが、会話の流れの中に埋もれてしまっていた。
 ワンダーホーゲルが即答したからである。

『もう自分は神さまっスから......。
 山と一体化した以上、たとえ一晩でも
 人間のオトコとは一緒になれないっス。
 横島サン、すいません!』

 横島、ホモにフラれる。
 もちろん、この場合はフラれるほうが横島の意に添うのであるが。

『......でも、協力は惜しまないっスよ。
 何をしたらいいんスか?』

 ワンダーホーゲルは、横島に対して頭を下げた後、美神の方へ向き直った。
 美神としては続きを促された形だが、彼女は、やや話題を遠回りさせる。

「えーっと......。
 最近、体の調子が悪いことないかしら?」
「体の具合って......。
 神さまなんだから、それは
 『この山の調子が悪い』ってことになっちゃいますよ?」

 苦笑しながら言葉を挟む横島だったが、突然、表情がハッと変わった。

「......って。
 ああ、そうか!」

 自分自身の言葉のフィードバック。
 横島は、美神の発言を言い直したことで、彼女の真意に気付いたのである。

「......そういうことよ!」

 美神が、ニマッと笑った。


___________


『そう言えば......最近少し
 むず痒いような気持ちがするっスね』
「その『痒い』ところって特定できる?
 一番痒いのは......どこかしら?」
『......まあ、だいたいの場所なら』

 山と一体化したワンダーホーゲルが体の不調を訴えるのであれば、それは、山のどこかに異変があるということだ。
 一同は、彼の案内に従って、その『異変』の地へと向かう。

『......どういうことなんですか?』
「ああ。
 ワンダーホーゲルの感じる異常こそ......。
 おキヌちゃんとも因縁が深い妖怪、死津喪比女なんだ」

 最後尾を歩くおキヌが質問し、これに応じて、すぐ近くの横島が語り始めた。
 死津喪比女は、この山の地脈からエネルギーを吸い取る妖怪である。ただし、おキヌが山にいる間は封じられており、衰退の一途をたどっていた。
 だが、今では死津喪比女も解放され、かつての力を少しずつ取り戻しているはずだった。それは御呂地岳近辺の地脈異常につながるわけで、これが酷くなると、ここの神であるワンダーホーゲルなどは身動きとれない状態になるのだ。

「......ということさ」
『はあ......。
 でも、まだよくわからないんですが......』

 ここで、美神が後ろを振り返った。

「ダメよ、横島クン。
 それじゃ肝心の部分が説明できてないわ」

 美神は、横島の話をフォローする。
 彼女のプランのポイントは、ワンダーホーゲルを探知機代わりにすることだった。重度の地脈異常で動けなくなるくらいならば、軽症の段階でも何らかの違和感として認識できるだろうという発想である。

「だけど......。
 もしワンダーホーゲルが出てこなかったら、
 どうするつもりだったんスか?」
「ま、その場合は......
 近代的な霊体検知器に頼るつもりだったわ」

 説明の途中で割り込んだ横島に、美神はアッサリと返答した。まるで『近代的な霊体検知器』も用意してきたかのような口ぶりだが、実は、そこまで準備万端ではなかった。
 ただし、すでに手遅れなほど地脈異常が進んでいる可能性については、一応検討していた。
 『この時代』での様々な事件も『もとの時代』と同じ順番で発生しているが、まだ、ようやく幽霊潜水艦と戦ったくらいである。死津喪比女が復活するのは、かなり先のはず。だから『手遅れ』となる確率は非常に低い。
 それが美神の導き出した結論だったのだ。
 そして、もし間違えていたとしても――すでに死津喪比女が蘇っていたとしても――、おキヌを連れてくれば死津喪比女は姿を現すだろうから、探す手間が省ける。末端でもいいから細菌感染させてしまおうと考えていた。

「......ともかく、話を戻すわよ」

 美神は、ワンダーホーゲルをセンサーとして利用する意義について、もう少し補足する。
 死津喪比女と戦う上で一番厄介なのは、その本体が地中深くに隠れていることだった。場所を特定することも、そこへ攻撃を届かせることも難しいのだ。

「だから、死津喪比女を滅ぼすには、
 ちょっとした工夫が必要なのよ。
 例えば......」

 江戸時代の道士は、まず、死津喪比女を封じる装置を作り出した。若い少女――おキヌ――の意志と霊力を利用し、養分を断って枯れさせる呪的メカニズムを組み上げたのだ。

「直接叩けないなら、
 時間をかけてジワジワと......。
 そういう戦略ね」

 さらに道士は、第一案が失敗した場合の保険も準備していた。おキヌの霊体を装置に強制召還し、ミサイルとして特攻させるという第二案である。

「霊体ならば地の底まで追跡できる。
 これで、不可能なはずの直接攻撃が
 可能になるわけよ......」

 そして『もとの時代』の美神たちは、別のアプローチを試みた。
 植物を枯らせる細菌兵器である。
 生態系への影響も配慮して、妖怪だけを殺すような呪いをかけた特殊細菌。それをライフル弾にこめて、死津喪比女の末端から撃ち込んだのだ。

「敵が植物妖怪であることを利用したわけ。
 感染させちゃえば『呪い』も本体まで届く。
 そういう計算だったんだけど......」

 このプランには、一つの欠点があった。『呪い』が伝わるより早く、死津喪比女が対処してしまったのだ。末端部を切り離すことで、感染が進むのを妨げたのである。

「まあ......素人考えだったわけね」

 自嘲気味につぶやき、美神は話を締めくくった。
 呪いの細菌というのは良いアイデアだったはずなのだが、ツメが甘かったのだ。
 だから、細部を煮詰めるため、『この時代』に来た美神は東都大学へ向かったのだった(第三話参照)。
 そこで農学系の専門家と話をした美神は、死津喪比女の対応が生物学的には当然の生体防御だと聞かされた。妖怪ではなく普通の動物や人間であっても、菌やウイルスに感染すれば、生体内の組織レベルで同様の現象が起こるのである。

「今回はね、それを防ぐために
 ......直接本体に細菌をぶちまけるのよ!」

 と、美神が横島・おキヌに告げた時。

『......ここっスね』

 ワンダーホーゲルがつぶやいた。
 目的地――死津喪比女が眠る場所――に到達したのである。


___________


「あれ、見覚えがあるような......」

 口にしてから、横島は気が付いた。
 ここは、『もとの時代』で死津喪比女と最終決戦をした場所なのだ。
 しかし、考えてみれば、それも不思議ではなかった。あの時、死津喪比女の本体である球根は、隠れ家から真っすぐ地上へと出てきたのだろう。
 ただし因縁の場所ではあっても、美神と横島の記憶だけでは、ここに辿り着くのは無理だったはずだ。山中の景色は似通っているので、やはりワンダーホーゲルの道案内が必要だったのだ。

(あのときは......
 おキヌちゃんの助言のおかげで
 死津喪比女を倒せたんだよな)

 当時のことを思い出しながら、横島は、おキヌを見つめる。
 今、おキヌは、美神に対して無邪気な質問を投げかけていた。

『......なんですか、それは?』
「これはトランシーバーよ。
 ......携帯電話でもよかったんだけど、
 まだ、あんまり普及してないからね」

 美神は、横島が背負ってきたリュックの中から、無線機を取り出していたのだ。
 少し未来から逆行してきた美神たちは、この先、PHSや携帯電話といった便利なシロモノが使われるようになると承知している。しかし、すぐには一般に広まらないことも知っていた。
 実際、逆行前の美神たちは、携帯電話なんてほとんど利用していない。GS仲間の中でも、頻繁に使用していたのは、道楽公務員の西条くらいであった。

(そう言えば......『もとの時代』でも
 死津喪比女の事件では無線機使ったっけ)

 横島は、そんなことを考えながら、美神たちを眺める。
 その美神は、

「それじゃ、打ち合わせどおりに......」

 山の麓で待機している特殊車輛に連絡を取っていた。


___________


 ガーッ、ガガーッ......。

 大型ドリルが稼働する音が、山中に響く。
 
『あの......美神さん?
 くれぐれも山を破壊することだけは......。
 それだけはダメっすよ!?』

 オロオロするワンダーホーゲルだが、美神は平然としていた。

「何言ってんの。
 こんなの、地質調査や温泉掘りと同じじゃない。
 山にダメージなんてないわよ」

 美神は、大型の筒状掘削機器、つまりボーリングマシンを用意してきたのだった。これで死津喪比女のいるところまで掘り進むのだ。
 ただし、普通のボーリングマシンではない。工学系の専門家と相談した上で、ちょっとした改造が施されていた。

(ずいぶんお金かかったわね......)

 目の前の機械を見て、感慨にひたる美神。
 お金大好きであるが故に誤解されることも多いが、別に美神は、重度の守銭奴ではない。必要とあればお金も武器として使っていた。美神の除霊術の中には、『買収』も正当な手段として含まれているくらいである。
 そして、今回も『必要』と判断したのだった。
 エミへの報酬に、ボーリングマシン改造費。また、山を掘る許可を得るにも、大金を費やしていた。こうして現地へ来るまでは場所をピンポイントで特定できないので、かなり広範囲に渡って、それぞれの地主に根回ししておいたのである。

(でも......
 おキヌちゃんのためだから仕方ないか)

 と、美神は自分を納得させた。
 そこに、横島が質問を投げかける。

「『地質調査や温泉掘りと同じ』って......。
 じゃあ、あれは何なんスか?」

 彼の視線は、もう一台の特殊車輛に向けられていた。
 ボーリングマシンの横に停車しているタンクローリーである。そのタンクからはホースが伸びており、ボーリングマシンへとつながっていたのだ。
 これこそ、わざわざ改造したポイントである。

「これが呪いの細菌よ」
「......は?」

 美神は、専門家から聞いた内容を思い出しながら、横島に対して説明した。

「細菌ってもんは......
 空気中や普通の水中にもウヨウヨしてる。
 でも研究のために人工的に増やす際には、
 『培養液』っていう特殊な
 液体の中で培養するんですって」
「培養液という液体の中で培養......?
 その言い方では、
 『馬から落ちて落馬する』と同じっスよ」
「......いいでしょ、わかりやすくて!」

 美神は、横島の頭を軽く叩いた。
 横島に日本語をつっこまれるのは少し恥ずかしいが、ともかく、横島は美神の語った内容を理解したらしい。

「それじゃ......
 あのタンクの中身は
 細菌液なんスね?」

 横島は、タンクローリーに視線を戻している。

「そ。
 死津喪比女のいる地中深くに流し込むのよ。
 ......不自然なくらい増えに増えた細菌を
 頭から直接かぶったら......どうなると思う?」


___________


 こたえ。
 あっさり消滅しました。


___________


『おおっ!
 なんだか体が軽くなったっスよ』

 ワンダーホーゲルが喜んでいる。
 その隣では、

「いいんスか、美神さん?
 これじゃ盛り上がらないのでは......」
「はあ?
 何言ってんのよ。
 盛り上げる必要なんてないじゃないの」
「でも......
 死津喪比女は一種の中ボスでしょう?
 もっと『倒しました』って感じが
 欲しいというか何というか......」
「バッカねー横島クン!
 それこそ、どうでもいいじゃない」

 素直な感想を述べた横島が、美神に諌められていた。
 横島だって、頭では理解している。
 重要なのは、どう死津喪比女を倒すかということではない。おキヌ復活が可能となったこと、それが一番大事なのだ。
 
(おキヌちゃん......)

 横島が、彼女のほうに視線を向けた時。

『あれ......?
 まだ少しおかしいっスね』
『美神さん!
 なにか来ます!』

 ワンダーホーゲルが違和感を口にし、同時に、おキヌも叫ぶ。
 いや、おキヌだけではない。ワンダーホーゲルも美神も横島も、すぐに気が付いた。
 地中から巨大な妖気がせり上がって来たのである!


___________


 すでにボーリングマシンもタンクローリーも引きあげており、美神たちの前には、大きな穴がポッカリと空いた状態だった。
 問題の妖気は、そこを上がって来るのである。誰がどう考えても、死津喪比女であった。

(『あっさり消滅しました』
 ......って言い切るのは早すぎたわね)

 美神は、穴の周囲に沿って走り出し、半円分を進んだところで立ち止まる。穴を挟んで横島たちとは反対側の位置を押さえたのだ。
 
「横島クン......!
 あんたは動いちゃダメよ!」
「......はい!」

 神通棍を構える美神に対して、横島が頷く。
 彼も霊波刀を出していた。

(私の意図は伝わってるようね)

 横島の目を見て、そう判断する美神。
 逆行前の経験を考えれば、横島は、もう貧弱な煩悩少年ではないのである。
 『もとの時代』では、すでに妙神山最難関修業もクリアしているのだ。そこで得た霊力は失っていても、戦士としての心構えはなくしていないはず。
 そして、あの修業に臨んだ際の『美神を守るため』という気持ちも。

(だから......今の横島クンとならば!
 前もって打ち合わせなんてしなくても
 ちゃんとパートナーとして戦えるんだわ!)


___________


(よくも......
 よくもわしから全てをうばいおったな!)

 地上へと向かう死津喪比女は、復讐に燃えていた。
 熱い。
 焼けるように熱い。
 いや、実際に、その体は焼けただれていたのだ。
 
(せっかく地脈の門が開放されたというのに......!)

 永き封印の時代も終わり、最近になって、再び地脈の養分が流れ込み始めたところだった。これならば力を取り戻すことも可能だと思っていたら、突然、有毒な液体を浴びせられたのだ。
 すぐに『枝』はボロボロになり、末端組織である『花』や『虫』は次々と枯れていった。
 本体である球根も無事ではない。表皮がポロポロと崩れていき、大きさだって半分以下になってしまった。

(許さん......。
 殺してやる、おまえたちも道連れだ!)

 と思いながら、地表に到達した死津喪比女。
 目の前の人影は三つ。
 だが、普通の人間ではない者も混じっているようだ。
 特に、真ん中にいる幽霊の匂いは......。

『そなたは......
 300年間わしを封じた小娘!
 やはり......おまえがーっ!!』

 そう、あの巫女だ。
 どういうわけか死津喪比女を一度は自由にしておきながら、今、トドメをさしに現れたのだ。
 死津喪比女は、そう思ってしまった。
 だから、元凶を攻撃しようとする。
 力は衰えたものの、妖力を目に集めて放射することは、まだ可能であった。
 
『おまえら......皆まとめて......』

 しかし、そこまでだった。

『......ウギャッ!?』

 背中に激痛が走ったのである。


___________


 死津喪比女の悲鳴を聞きながら、横島は、心の中でニヤリと笑っていた。
 万一のため、まだおキヌの盾になるような位置に立っているが、もう大丈夫だろう。
 
(やったな、美神さん......!)

 二人で穴の両側に立っていたのは、このためだった。
 死津喪比女は正面の目からはビームを放つが、背面側に主な攻撃手段はない。後ろにあるのは弱点のみである。
 だから、この布陣ならば。
 美神に『目』を向けたら、横島の霊波刀で。
 横島たちに『目』を向けたら、美神の神通棍で。
 どちらの場合でも、素早く弱点を突くことが出来るのだった。

『おのれ......』

 今、背中をやられた死津喪比女が、ゆっくりと向きを変えた。
 弱点のはずの新芽を攻撃されながらも、まだ息があるのは、執念深さ故だろうか。しかし、もはや冷静な判断力を失っていることは確かだった。
 美神を睨みつけた死津喪比女は、今度は、横島に対して弱点をさらす形になったのである。

「おーじょーせいやあっ!!」

 『もとの時代』と比べれば、横島の霊力は少ない。
 それでも、現時点の最大出力でハンズ・オブ・グローリーを形成して。
 横島は、死津喪比女へと突撃した!


___________


 死津喪比女が爆発した。
 その名残が、山中にくすぶる煙となる。

「今度こそ倒したわね」

 つぶやいた美神が、おキヌの方を振り返る。
 美神の表情には、勝利の喜びとは違う、少し冷めた色も浮かんでいた。

「それじゃ......行きましょう」
『行くって......どこへ?』
「決まってるでしょ。
 あなたを生き返らせるのよ!」

 そう言って美神は、おキヌに背を向けて歩き出す。
 すぐ横では、横島とワンダーホーゲルが、たわいない会話をしていた。

「本来なら、おまえのセリフなんだよな......」
『なんのことっスか、横島サン?』
「いや、なんでもないさ」

 それを聞いた美神が、

(そういえば......『もとの時代』では、
 ワンダーホーゲルが色々と知っていたわ。
 でも『この時代』では知らないようね。
 まだ神さまとして力が足りないのかしら、
 それとも死津喪比女が動きだす前だから......?)

 と、どうでもいいようなことを考えてしまった時。

『あの......美神さん?』

 おキヌが、いつになく落ち着いた口調で、呼びかけてきた。


___________


「なーに?」

 美神が、立ち止まって振り返る。

(美神さんにも横島さんにも
 ......はっきり言わなくちゃ!)

 おキヌは、これまで心の中で温めてきた言葉を口にした。

『今すぐ生き返らなくても......
 このままでいられないでしょうか?
 私......幽霊のままがいいんです』


___________


 それは、美神にとっては、既視感を覚える言葉だった。

(ああ......おキヌちゃんだわ。
 このコ、『もとの時代』でも
 同じようなこと言ってたわね)

 そう思って、横島と顔を見合わせる美神。
 横島の表情からも、

「ああ、またか」

 といった気持ちが読み取れた。
 しかし......。
 『もとの時代』と『この時代』とでは、おキヌを取り巻く環境は大きく異なっていたのである。
 それが彼女の心境にどんな影響を及ぼしているのか。美神も横島も、まだ気付いていなかった。


___________
___________


 そして......。
 美神と横島が『逆行』した時代よりも、少し未来。
 ヒャクメが増えたことで、少しずつ歴史が変化してきた世界。
 そこでは、二人のヒャクメが、今日も霊動実験室でトレーニングしていた。

『サイコメトリックぅう......スーパー大切断!』

 合体したヒャクメは強い。
 今回のシミュレーションではメドーサ・ベルゼブル・デミアンが敵として出てきていたのだが、手刀一発で三人まとめて倒してしまった。

『アシュタロス一派に......
 南米でやられた借りを返すのね!
 南米がアジトだった敵を倒すには
 ふさわしい技なのねーっ!』

 余裕の発言をするヒャクメに、コントロールルームから、おキヌがツッコミを入れる。 

「ヒャクメ様......。
 いつから人間界のテレビを覗いてらしたんですか?」

 オペレーターとしてヒャクメの訓練に付き合うおキヌだが、今日は、訓練指揮官も兼ねていた。
 いつもどおりオカルトGメンの制服を着ているが、今のおキヌは、眼鏡をかけているという珍しい姿だ。理由も分からぬまま、西条を見習っているらしい。

(ちょっと......甘かったかな)

 反省するおキヌ。
 さっさとヒャクメを合体させては訓練にならないのだが、逃げ回る姿を見ていると、可哀想に思うのだ。だから、ついつい早めに『うっかり合体』を解禁してしまう。

(横島さん......美神さん......。
 ......私には無理ですよぅ)

 訓練指揮官など、おキヌの器ではなかった。
 しかし、横島と美神は、訓練と休息を繰り返すという状況で、とてもヒャクメのトレーニングにまで立ち合っていられない。
 また、美智恵は、妖毒を受けてベッドに伏せっている。美智恵自身は現場に出たいようだが、周囲が止める状態だった。
 そして、西条は、美智恵の代理として上層部との交渉に駆けずり回っていたのだ。
 ちょうど今、その西条が

「やっぱりダメだったよ」 

 と言いながら、コントロールルームに入ってくる。
 主語も何もなくても、彼の言葉の意味は、おキヌには明白だった。

「それじゃあ......」
「ああ。
 非合法で行くしかないな」


(第八話に続く)

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____
第八話「西条のプラン」

「お忙しい西条さんが
 私のオフィスまで来るだなんて......。
 いったいどういう御用件かしら?」

 エミの口調には、若干の皮肉がこめられていた。
 背後に立つタイガーも、追い打ちをかける。

「そうですジャー。
 これまでエミさんを蚊帳の外にしておいて
 今さら......」

 最近、有名人が次々と魔族に襲われ、大きなニュースになっていた。魔族と戦うオカルトGメンの一員として、西条の姿は何度もテレビに映し出されている。
 もちろん『マスコミが大々的に扱うニュースであっても、専門家から見ればたいした事件ではない』というのも、よくある話だ。しかし、今回の一件に関しては、本当に大変なことが起こっているのだとエミは悟っていた。
 ニュース番組の中で、魔族側の幹部として、横島の顔が大映しになっていたからだ。正体は報道規制されていたが、それは、明らかに横島であった。
 そもそも、最近横島が学校を休んでいるという情報は、タイガーを通じて既に知っていた。いや横島だけでなく、おキヌも高校を欠席しているらしい。
 だから、美神除霊事務所全体で何か厄介な事件に関わっているのは、もはや明白だったのだ。
 しかも、これまでも美神は大物魔族との戦いに巻き込まれてきていた。GS試験や元始風水盤の一件では、エミも助っ人として駆り出されている。
 ただし、そのメドーサと決着をつけることになった月での事件には、エミは呼ばれていなかった。事件の存在そのものだって、横島が記憶喪失で高校に復帰した後で、ようやく耳にしたくらいである。

「......ちょっと大変な事態になっているんだ。
 これから話すことを、心して聞いて欲しい」

 美神のライバルを自称するエミにしてみれば、のけ者にされたようでプライドが傷ついているのだろう。
 そう思いながら、西条は、ここまでの経緯を語り始めた。




    第八話 西条のプラン




 メドーサのボスでもあったアシュタロスが、美神の魂の中に眠るエネルギー結晶を求めて、本格的に地上侵攻を開始。世界中の霊的拠点は既に壊滅し、人間に味方できる神魔族も、もはやヒャクメ二人を残すのみとなった。
 一方、人類は、対策チームを設置。過去から駆けつけた美智恵をトップに据えて、また、横島をスパイとして利用することで、ついに移動妖塞『逆天号』を撃破。一矢報いたのだった。

「......という状況なんだ」

 そこまで説明したところで、西条は、いったん話を区切った。
 テーブルの上に用意されていたグラスに口をつける。

 ゴクリ、ゴクゴク......。

 グラスの中身が、みるみる減っていく。西条の好みからすれば甘過ぎるきらいもあるジュースだが、それでも構わなかった。しゃべり疲れたので、喉を潤すものが欲しかったのだ。

「横島サンは......
 やはり人類の味方だったんジャノー。
 クラスでは裏切り者呼ばわりされてましたケン」

 タイガーが、小声ではあるが、感慨深げにつぶやいた。
 一方、エミは、すらりと伸びた脚を組んだまま、表情も変えずに質問する。

「......で、私たちに何をさせたいワケ?
 今の話を聞くかぎりでは......
 状況は好転し始めたみたいだけど?」
「いや、まだ話は終わりではないんだ。
 たしかに逆天号も撃墜したし、
 横島クンも助け出したのだが......」

 西条は、説明を再開した。
 今度は、少し詳しく述べることにする。
 場面としては、美智恵に呼び出されて、会議室に集合したところからである......。


___________
 _ _ _ _ _


「霊力の......完全同期連係!?」
「ええ!
 早い話が『合体技』!!」

 その時、会議室にいたのは、美智恵・ヒャクメ二人・西条の四人だけだった。
 美智恵としては関係者全員を集めたかったようだが、美神と横島は訓練のダメージのために休養中。おキヌも二人に付き添っている。そこで、少人数の会合になってしまったのだ。
 ヒャクメは既に同期合体について知っているので、結局、西条一人に説明する形である。

「......なら、
 僕を使ってください、先生!
 成長しても、横島クンは半人前以下だ!!
 僕の方が......」

 一通りの話を聞いたところで、西条が声を上げた。
 拳を握りしめて力説するのだが、美智恵には却下されてしまう。

「......そういう問題ではないのよ、西条クン」

 波長を完全に同期させることこそ、このプランのミソなのだ。そのためには、横島の文珠が必須であった。

「しかし、先生!
 たしかに文珠は横島クンにしか作れませんが......
 他の霊能力者でも、使用は可能です!」

 西条は、かつて美神が『雷』文珠を使って時間移動したと聞いていた。また、おキヌが横島の文珠を使ったこともあるらしい。西条から見れば、おキヌは、霊能力者としては美神よりもむしろ一般人に近いくらいのレベルだ。
 だが、これに対しても、美智恵は首を横に振る。

「もちろん西条クンにも文珠は『使える』でしょう。
 でも、一番うまく『使いこなせる』のは横島クンのはず。
 ......少しでも確実性を高めるためには、
 やはり彼が必要なのですよ」

 さらに、美智恵は、もう一つのポイントを指摘した。

「それに......西条クンだって聞いているでしょう?
 あの二人には、魂と魂との結びつきがあるのよ」

 魂と霊体が密接に関連している以上、霊波を同調させる上で、魂同士の絆は有利に働くはず。
 美智恵は、そう考えていた。
 美神と横島の魂に前世からの縁があることを、美智恵はレポートで知っていたし、また、西条はヒャクメから聞かされていたのだ。

「......くっ!」

 これを持ち出されると、西条としては反論できなかった。
 心の中では、

(いや......僕はそうは思わない。
 しかし『思う』『思わない』では
 議論は平行線をたどるばかりだ......。
 何か根拠となるものがなければ!)

 とも考えるのだが......。
 その時。

『アシュタロスが攻めて来たのね!』

 二人のヒャクメのうちの一人が、突然、叫びながら立ち上がった。


_ _ _ _ _ _


 それは、過去から来たヒャクメ――通称『うっかりヒャクメ』――のほうだった。
 もう一人のヒャクメ――通称『しっかりヒャクメ』――は、慌てず騒がず、ジトッとした目付きを『うっかりヒャクメ』に向けるだけだ。

『やっぱりあなたはウッカリさんなのね。
 アシュタロスなんて来てないわよ?
 そもそも......』

 しかし『うっかりヒャクメ』は勝ち誇っていた。腰に手をあてて笑いながら、『しっかりヒャクメ』を見下ろす。

『ハハハ......。
 ついに私の時代が来たのね。
 ようやく汚名返上だわ!
 なにしろ、あなたには見えないものが
 私には見えているのだから......!』
『どういうこと......!?』

 『しっかりヒャクメ』が眉をひそめる。

『あなたは霊波にピントを合わせている。
 それでは......
 霊波を消されたら
 見えなくなってしまうのね!』

 いつか『しっかりヒャクメ』を出し抜いてやろう。
 そう考えていた『うっかりヒャクメ』は、『しっかりヒャクメ』を反面教師として眺めているうちに、彼女の『目』の問題点に気付いたのだった。それ以来『うっかりヒャクメ』は、霊波ではなく物質にピントを合わせて、広範囲に遠視していたのである。

『......だから私だけはわかったのね!
 今、アシュタロスは地下まで到達して、
 暗殺部隊を殺してまわっているわ!』

 ここまで会話が進んだところで、今度は美智恵が立ち上がった。

「ヒャクメ様!
 それが本当なら......
 こんなところで
 言い争っている場合ではありません!」
『はっ!
 私ったら、うっかり......。
 そ、そうなのね!
 早く行かないと......』

 四人は、会議室から駆け出した。


_ _ _ _ _ _


「暗殺部隊......。
 ヒャクメ様は、そんな言葉を口にしてましたね?
 どういうことですか?
 僕には、何がなんだか、さっぱり......」

 走りながら、西条が質問する。
 すでに四十近い美智恵は、同じスピードで走りながら話をするのは辛いのだが、それでも、簡単な説明を始めた。

「それはね、西条クン......」

 美神を殺してしまえば問題は解決するという上層部の思惑、そして、それを防ぐためにこそ自分の娘にハードなトレーニングを課してきたという真相。
 それらを、ようやく西条にも告げたのである。

「令子ちゃんの命を犠牲にするだなんて......。
 そんな非人道的なやり方、
 認めるわけにはいきませんよ!!」
『でもね、西条さん。
 死ねば美神さんの魂は転生します。
 つまり、魂はしばらく行方不明......』
「理屈はわかっています。
 しかし、納得できません!」

 声を荒げた西条に対し、並走しているヒャクメが説明を補足したが、それは西条の感情を逆撫でするだけだった。
 そして、もう一人のヒャクメが他のメンツに注意を促す。

『それより、気をつけて......!
 そこの角を曲がったところに、
 アシュタロスが......』

 だが、少し遅かったようだ。

『今さら身構える必要はないさ、ヒャクメ君!
 君たちの声は、さきほどからよく聞こえているよ』

 四人が廊下の角に到達する前に、アシュタロスのほうから、彼らの前に姿を現したのだった。


_ _ _ _ _ _


(これが......アシュタロス!
 僕たちが戦ってきた敵のボスなのか!?)

 西条は不思議に思った。
 もっと威圧感タップリな、いかにもラスボスといった相手を予想していたのだが、実際に目の当たりにするアシュタロスからは、想像していたほどの迫力は感じられなかったのだ。
 頭には角が生えているし、頬には魔族独特の模様もある。紫色の肌や、血にまみれた尻尾など、人外の特徴も多い。だが、コンバットジャケットを着て銃を握っているというのが、平凡な印象を与えているのかもしれない。
 そんな考えを持ってしまった西条の耳元で、美智恵がささやく。

「何があっても動いちゃダメよ!
 今、対策を考えています」
「先生......!」

 美智恵の言葉を聞いて、西条は反省する。
 アシュタロスがどんな雰囲気であろうと、それで油断してはいけないのだ。
 西条は、あらためて気を引き締めたのだが......。

『......違うのね。
 これはアシュタロスじゃないのね!』
『動揺してたら気付かなかっただろうけど、
 よく見たら......一目瞭然なのね!』

 二人のヒャクメが、叫び声を上げた。


_ _ _ _ _ _


『ふむ。
 ヒャクメ君に見抜かれるとは......。
 下級役人とはいえ、さすがは調査官だな』

 アシュタロスのつぶやきは、ヒャクメ二人の指摘を肯定していた。

「どういうことですか、ヒャクメ様?」
『あれはアシュタロスの分身にすぎません』
『それも首のパーツのみです。
 ボディは借り物......!
 シッポ状のコードを人間の死体に
 突き刺して操ってるだけなのね!』

 美智恵の質問にヒャクメたちが答える。
 
(そうか......。
 やはり本物は、こんなものではないのか)

 と思いながら、西条はアシュタロスを観察していた。
 アシュタロスは、美智恵とヒャクメたちの会話を聞いて、笑っているようだ。

『フフフ......。
 そんなに得意そうに語るのは
 やめてくれないかな、ヒャクメ君。
 今日は話し合いに来ただけだから、
 これで十分なのだよ』
「話し合いですって?
 これだけ殺しておきながら......」

 美智恵のセリフも、もっともである。
 見える範囲に死体はないが、おそらく、角を曲がった先にはゴロゴロ転がっているのだろう。西条たちのところまで、濃厚な血の匂いが漂って来ていた。

『ふむ。
 面白いことをいうものだな?
 むしろ感謝して欲しいくらいなのに......』

 もったいぶって、一度言葉を区切ってから、

『私が来なければ
 美神令子は死んでいたぞ!』

 と宣言するアシュタロス。 
 暗殺部隊に関する説明を聞いたばかりの西条は、振り返って、問いたげな視線を美智恵へと向けてしまう。
 しかし、美智恵はゆっくりと首を横に振っていた。

「上層部が定めた期限までは
 まだ猶予があります。
 暗殺部隊が潜んでいたのも
 万一の場合に備えてのものでしょう」
『......そうかな?
 待ちきれなくなったのではないかね?』
「だまされませんよ。
 あなたが彼らを殺してまわったのも、
 今まさに令子がピンチだったからじゃなくて
 『念のために殺しておこう』なのでしょう?
 あなたにとっては、
 人間の命なんてその程度なのでしょうが......」

 嘘を美智恵に看破されても、アシュタロスは、嘲りの笑みを口元に浮かべたままである。

(仕方がないな......)

 アシュタロスの態度は、西条にも何となく理解できるような気がした。ICPOが美神を殺すことを考えており、美智恵もそれを承知していたというのであれば、美智恵が人命の尊厳を説いたところで、説得力は薄い。
 だが、アシュタロスは、それ以上美智恵をからかいはしなかった。

『まあ、いい。
 こんな話を続けていてもラチがあかないから
 ......ズバリ用件を言おう。
 本物の私の居場所を教えるから
 美神令子をそこへ寄越してくれないか?』


_ _ _ _ _ _


「な......!?」

 絶句した一同の中で、

「何を言うかと思えば......」

 最初に口を開いたのは美智恵だった。それも、フッという音が聞こえそうな口調である。

『そんなバカを見るような顔はよせよ、
 そちらにとっても私を倒すチャンスなのだよ?』
「......なぜ
 わざわざおまえの相手をしなきゃならないの?
 あと数ヶ月で、おまえは
 冥界とのチャンネルを閉じていられなくなるわ。
 その後、世界中の神さまと悪魔が
 おまえを八つ裂きにするのよ。
 今、私たちが危険を冒す必要など......」
『必要はあるさ』

 ここで、アシュタロスの目がカッと見開かれた。

『母親の命を救うには、
 それしかないのだからね』
「なに!?」

 チクッ!

「し......しまった......!!」
「先生っ!!」
『隊長さん!』

 首筋を押さえながら倒れ込む美智恵のところに、西条とヒャクメたちが駆け寄る。
 この隙に、美智恵を刺した妖蜂は、換気口の隙間へと逃げ込んでいた。

『個人差はあるが......
 死亡するまで8週間から12週間。
 血清は私しか持ってない』
「ムダよ!
 私ひとりのために
 世界中を危険にさらしたりはしない!
 ゴーストスイーパーに
 悪魔の誘惑はきかないのよ!!」
『君はそう思っても......
 美神令子君や周りの者はどう思うかな?』

 アシュタロスは、西条やヒャクメたちにチラッと視線を向ける。
 
『一応、道案内をおいておくよ。
 気が向いたら、いつでも来てくれたまえ』

 アシュタロスの言葉と同時に、ホタル型の使い魔が飛来する。

「......言いたいことはそれだけ!?」
『ああ。
 ここへ来た目的は済んだからね。
 君を探すのに手間取るかとも思ったが
 ヒャクメ君のおかげで助かったよ......!』
『えっ、私のせい......?』

 アシュタロスの言葉を真に受けて、『うっかりヒャクメ』がオロオロし始める。
 それを一喝するかのように、

「おだまり!!」

 アシュタロスの分身に向けて、美智恵が破魔札を投げつけた。


 _ _ _ _ _
___________


「......というわけで、
 先生は今、寝込んでいるんだ」

 西条が話し終わったところで、エミが、ポツリとつぶやく。

「そのヒャクメとかいう神さま......
 あんまり頼りにならなそうね?」
「横島サンも言ってましたケン。
 『ヒャクメはドジっコだ』って」

 タイガーも同意を示すが、彼の顔は、少しにやけている。どうやら、横島の『ドジっコ』という言葉から、実物とは違うイメージを持ってしまっているらしい。

「いや、たしかにアシュタロスの襲撃の際は
 ヒャクメ様の行動が裏目に出た形になったし、
 それに、日頃から『うっかり』の多い神族ではある。
 だが......やはり人間とは元々の力が違う」

 西条は、霊動実験室でのヒャクメの訓練の様子(第六話参照)を話して聞かせた。

「へえ......。
 さすがに霊波が全く同じなら
 ......合体の効果は絶大なワケね?」
「そうだ。
 令子ちゃんと横島クンの同期合体も
 すさまじいパワーになっていた。
 ......先生の理論は完璧だよ」

 西条の話を聞きながら、エミは、香港でのメドーサとの戦いを思い出していた。
 あの時だって、エミ・冥子・横島・ピート・雪之丞の霊波を美神に流しこむことで、メドーサをも驚かせるほどの高出力の攻撃を可能にしたのだ。
 もちろん、当時は波長を同期させる術などなかったが、それでも十分な成果を上げたのだった。

(そのパワーアップ版なワケ......)

 SFのようにも聞こえてしまう『同期合体』という言葉も、かつての経験と照らし合わせれば、理解しやすい。

「......で?
 最初の質問に戻るけど......
 私たちに何をさせたいワケ?」
「僕たちと一緒に南極まで......
 アシュタロスの本拠地まで行って欲しい!」

 西条は、ここで頭を下げた。


___________


 美智恵を助けるためには、アシュタロスの招待に応じるしかない。
 しかし、美神を連れて行くのは、さすがに危険である。
 だから、美神抜きで南極へ向かおう。
 それが、もともとの西条の考えだった。

「でも......上層部には却下されてしまったんだ」
「なるほど......わかったワケ」

 エミが頷く。
 美神を殺してしまおうと計画した連中ならば、美智恵を犠牲にしようと考えるのも当然である。

「それじゃ、西条サンは
 おかみの命令に逆らうつもりなのね?」

 今度は、西条が頷いた。
 それを見て、エミが言葉を足す。

「ヒャクメ様を主戦力としてアテにできて、
 しかも令子をおいていくなら......
 横島も残したほうがいいワケ」
「ああ、僕もそう思う。
 僕たちを南極へおびき出しておいて、
 その間に本部に攻め込まれる可能性もあるからね」

 美神と横島が一緒にいれば、ある程度の敵が来ても、同期合体で戦える。
 西条がそれを想定しているのであれば、エミとしても、少し安心できた。
 美智恵が倒れ、そして、上層部の命令を無視して出発する以上、今回の指揮を執るのは西条である。
 西条とは初対面ではないが、それでもエミは、西条の指揮官としての能力を再吟味する必要があると感じていた。かつてない強敵に挑むのだから、もしも無能な指揮官に従ってしまったら、戦う前から負け戦が決定してしまうのだ。

「そして、おキヌちゃんもおいていく。
 彼女のネクロマンサー能力も
 アシュタロス相手では役に立たないからね」

 と語る西条の表情を見て、エミは、小さな疑問を感じ始めた。

(もしかして......
 令子と横島を二人きりにしたくないワケ?
 だから......おキヌちゃんを?)

 美神が横島を異性として意識しているのは、エミにだって分かっていた。
 なぜか横島の周囲には、彼に惹かれる女性が多いし、おキヌもその一人である。
 そして、色男の西条が美神を狙っていることも、エミは知っていた。
 だが、しかし。

(......色恋沙汰を持ち込んでる場合じゃないワケ!)

 西条の公私混同を不安視するエミ。そんな彼女の心中には気付かず、西条は話を続ける。

「......そのかわり、
 令子ちゃんの友人のGSをたくさん連れて行く。
 強力な霊能力者が揃えば......
 それだけ同期合体のバリエーションも多くなる!」
「......えっ!?」
「先生は横島クンだけが
 『同期』できると考えているようだが......。
 僕はそうは思わないからね」

 断言した西条を見て、エミは、小さく失望した。

(ああ......やっぱり!)

 裏社会も渡り歩いてきたエミは、年齢のわりに人生経験も豊富である。
 エリート育ちの西条の考えなど、手に取るように読めてしまうのだ。

(横島への対抗心ね)

 それが西条の判断力を曇らせている。エミは、そう考えていた。
 彼女も、横島が文珠を使う場面を直接見たわけではない。しかし、横島のGSとしての成長ぶりは見てきたし、また、業界に流れる『文珠』のウワサは聞いている。
 だから、西条が言うほど文珠の制御は簡単ではないと思うのだ。
 それでも、この場は、西条に話を合わせることにした。

「横島から文珠を巻き上げて、
 それでバンバン同期合体しようってワケ?
 それじゃ私は......
 ピートあたりと合体させてもらおうかしら」
「いや......」

 西条は、口元に笑いを浮かべながら、エミの言葉を否定する。

「ピート君はバンパイア・ハーフだ。
 普通の人間とは『同期』できないだろう。
 彼には『魔』の性質を介して、
 魔装術の雪之丞クンと合体してもらおうと思っている」

 そして、真剣な表情に戻してから、西条はエミを見据えた。

「誰にも不可能だったタイガー君の制御。
 それに唯一成功したのが君だと聞いている」
「えっ、タイガー?」
「ワッシが関係あるんですカイノー?」

 エミとタイガーが顔を見合わせるが、西条は、構わず話を続ける。

「だから君のコントロール能力に期待したい。
 君ならば......
 本人すら持て余すほどの莫大な霊能力だって
 ......うまく扱えるはずだろう?」
「まさか......」

 エミは気が付いた。
 西条が、誰とエミを合体させようとしているのか。
 それは......。

「おたく......
 私と冥子を同期合体させるつもりなワケ!?」


___________
___________


 こうして、ヒャクメが辿り着いた時代では、最終決戦が始まろうとしていた。
 一方、美神と横島が『逆行』した時代でも、一つの大きな変化が発生していた。
 それは、おキヌの決意である。

『今すぐ生き返らなくても......
 このままでいられないでしょうか?
 私......幽霊のままがいいんです』

 美神も横島も、『もとの時代』で似たような発言を耳にしていただけに、すぐには、おキヌの真意に気付かなかった。
 おキヌは、ゆっくりと説明する。

『人間として復活したら、
 私は美神さんや横島さんのことを忘れてしまう。
 だから離れ離れになってしまう。
 ......そう言ってましたよね?』

 おキヌが現れた直後に、美神は、状況整理の意味で、『もとの時代』での経緯を横島に色々と説明し直していた(第二話参照)。
 その場で二人の話をすぐに理解できたわけではないが、おキヌは、美神だって認めるくらいに『飲み込みの早いコ』である(第三話参照)。後々になって初対面の際の会話を思い出せば、『もとの時代』の自分がどうなったのか、容易に推測できたのだ。

『......そんなの、私はイヤです』


___________


「で、でもね、おキヌちゃん。
 たとえ記憶はなくしても......。
 生き返ったあと、再び知り合って、
 あらためてまた本当に友達に......」
『......なれるんですか?
 いや......「なれた」んですか?』

 真剣な目付きで、おキヌが問いただす。

『美神さんも......横島さんも......
 未来を知ってるんですよね。
 人間として生き返った私は
 ......どうなったんですか?』

 美神としては、言葉に詰まるしかなかった。
 二人が知る『もとの時代』では、「おキヌは戻ってくるだろう」という予感はあったものの、それは、まだ実現していなかったのだ。

「......私たちのことは忘れて
 新しい御両親のもとで
 幸せに暮らしているわ」

 美神は、正直に答えた。仕事ではハッタリも多用する美神であるが、おキヌに対して嘘をつきたくなかったからだ。

『......ね?
 それでしたら......』
「な......何言ってんだよ!?
 生き返れるんだぞ!?
 死んでも生きられるとか
 そーゆーバカな話はヌキにして......」

 今度は、横島が説得を試みる。
 本心では、横島だって、おキヌが去ってしまうのは悲しい。だが、それでも、蘇るように説くべきだと思ったのだ。
 しかし。

『......私にとっては
 今の状態こそ「生きてる」ってことですから』

 おキヌの発言で、横島は、続きの言葉を飲み込んでしまう。

『もう生前のことは覚えていないから
 くらべることはできませんが......。
 でも、お二人との暮らしは、
 とっても充実してますから!
 これこそ......
 「生きてる」って感覚だと思うんです!』


___________


「ちょっと様子を見てきて欲しいんだけど......」
『了解っス、美神さん』

 美神に耳打ちされたワンダーホーゲルが、どこかへ飛んでいく。
 それを見届けてから、美神は、再びおキヌ説得に加わった。

「おキヌちゃん......
 本当に今の状態に満足してるの?」
『はいっ!』
「でも幽霊のままじゃ
 自分の足で歩くこともできないでしょう?」

 美神は、『もとの時代』では、幽霊おキヌからちょっとしたエピソードを聞いたことがあった。
 それは、知り合いの幽霊のひ孫に憑依したという経験だ。
 自分の足で__生身の足で歩くという感覚。
 体があるというだけで良い気分になったそうだ。
 それを指摘したつもりだったのだが......。

『なんのことですか?』

 おキヌはキョトンとしている。

(しまった......!
 死津喪比女を倒すのが早すぎたんだわ!)

 『この時代』のおキヌは、まだ、そんな体験をしていないのだ。
 そこで美神は、別の方向から、幽霊のデメリットを思い知らせようと試みる。具体的なものがないのであれば、漠然としているが、女の本能に訴えかけてみよう。

「でもさ。
 おキヌちゃん......このままじゃ
 好きなオトコと一緒になったり
 子供を作ったりできないわよ?」

 仕事一筋に見える美神だって、家庭を持ちたいという気持ちはゼロではない。
 例えば、小さい頃は西条に憧れており、彼がイギリスへ行く際には『十歳の子供なりのプロポーズ』だって口にしている。
 また、平安時代で見た『前世』の出来事を重視するのであれば、いつか横島がその対象になることだって有り得るかもしれない。
 どちらも現段階では想像しにくい可能性であるが、そうした可能性を皆無にしたいとは思わなかった。
 おキヌだって女性なのだから、心の底には同様の想いが存在しているだろうと美神は考えたのだが、

『なんのことですか?』

 今度も、おキヌはキョトンとしていた。
 美神は、再び後悔してしまう。

(しまった......!
 おキヌちゃんの気持ちも......全然違うんだわ!)

 『この時代』でも『もとの時代』でも、おキヌは横島と仲が良い。一緒に寝泊まりしている分、『この時代』のほうが二人の結びつきは強いと言えるかもしれない。
 しかし、その方向性は全く違うのであった。
 『この時代』の仲の良さは、『一緒に寝泊まり』しても問題が起こらないような、そんな微笑ましい関係である。だからこそ、美神も、それを黙認しているのだ。
 一方、『もとの時代』のおキヌは、横島を異性として意識しているような素振りがあった。物に触れられる幽霊なのだから、そんな彼女とスケベな横島をもしも毎晩同じ部屋に宿泊させたら、いつか男女の関係になっていたかもしれない。

(『もとの時代』のおキヌちゃんなら、
 横島クンの子供を生みたいって気持ちもあったはず。
 でも......『この時代』のおキヌちゃんには、
 そんな気持ちは全くないんだわ!)

 美神は、横島に視線を向けた。
 横島は、悩んでいるような顔をしている。

「仕方ないわね......」

 おキヌの意向を無視して復活させることだって、不可能ではない。
 だが、美神は、そんな横暴な振る舞いをするつもりはなかった。
 そして、このタイミングで、

『確認してきたっス!』

 ワンダーホーゲルが戻ってきた。


___________


「それじゃ......まだまだ保存は大丈夫なのね?」
『間違いないっス!
 300年間あの状態だったのなら、
 この先、少なくとも数十年間は平気っスね!』

 美神は、おキヌの遺体の状況を調べさせたのだった。
 『この時代』では、ミサイルとして使われたわけではないので、おキヌの霊体は全く衰弱していない。肉体のほうも保つというのであれば、今すぐではなく、後々おキヌを復活させることも可能だった。

「それじゃ......しっかり管理するのよ?」
『まかせてください!』

 美神は、おキヌの遺体保管をワンダホーゲルにまかせて、横島と幽霊おキヌを連れて、山を下りる。

『わーい!』

 これまでどおりの生活を続けられることになり、無邪気に喜ぶおキヌ。
 彼女は、最初にこの山を離れた時と同じように、美神と横島の間に挟まって二人と手をつないでいた。

(まあ、いいわ)

 美神は、チラッと横に目を向ける。

(『もとの時代』でも、おキヌちゃんは
 横島クンに一目惚れしたわけじゃないんだから!
 ......だから、もしかすると、
 このおキヌちゃんだって、いずれは......。
 そして、そうなったら......
 人間になりたいって思うかも!)

 満面の笑みのおキヌと、幸せいっぱいとは言えないがそれでも嬉しそうな横島。
 そんな二人の姿が、美神の視野に、同時に入ってくるのであった。


(第九話に続く)

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____
第九話「妙神山へ! 南極へ!」

『おはよーございまーす』

 朝、事務所のゴミ出しをするおキヌ。
 美神の事務所ではなく横島のアパートに寝泊まりする彼女だが(第五話参照)、それでも事務所の家事はおキヌの担当だった。
 彼女の挨拶に、ゴミ収集車の人々も明るく対応する。

「よお、おキヌちゃん!
 幽霊なのに大変だね」
『これも仕事ですから』

 おキヌは、軽やかに微笑んだ。
 生身の人間として蘇るチャンスもあったのに、幽霊のまま美神や横島のところに残るという道を選んだのは、おキヌ自身なのだ(第七話・第八話参照)。

『ん?』

 ふと目が止まったのは、ゴミ袋の群れに挟まるようにして置かれているツボ。
 独特の形状をしており、人によっては不気味とも形容しそうな雰囲気だが、おキヌのセンスでは、花ビンに最適と思えてしまう。

『これ......
 もらっていってもいいですか?』
「おう、もっていきな」
『わーい、
 今日は朝から掘り出し物だ?!』

 喜んで事務所に戻ったおキヌだったが......。

「悪いけど......
 おキヌちゃん、これは使えないわ」

 あっさり却下されてしまった。

「美神さん、これって
 もしかして例の精霊のツボじゃ......」
「そうよ、横島クン。
 だから......開けちゃダメ」

 美神と横島は、何か知っているらしい。
 二人は、簡単に説明してくれた。
 それによると、このツボの中には悪さをした精霊が閉じこめられており、しかも全く反省していない。フタを開けた者に益をなすべきなのに、むしろイヤガラセをするとのことだった。

『それじゃ、仕方ないですね』

 おキヌは、ツボを元の場所へと運んでいく。
 こうして、精霊イフリートは、登場の機会すら与えられずに終わってしまうのだった。




    第九話 妙神山へ! 南極へ!




「やっぱり......共同作戦なのね」

 周辺の霊が集まってしまって誰も住めない新築マンション。
 その除霊の依頼を受けて現場に赴いた美神たち。
 今、三人の前には初老の依頼人が立っていたが、彼は、おかっぱ姿の美少女を横に従えている。
 その少女の『いかにも御令嬢』といった感じの服装を見て、

(このおじさんの......お孫さんかしら?)

 と思ってしまうおキヌだが、これは誤解だった。

「なにしろ千体以上も除霊するわけですし、
 早急に作業を進めるためにも、お二人で
 協力していただきたいと思いまして」
「私が令子ちゃんも
 呼んだ方がいいって言ったの〜〜。
 お願い〜〜
 いいでしょ〜〜?」
「はいはい。
 同業者は私だけじゃないけど
 ......ま、仕方ないわね」

 依頼人と少女の言葉を聞いて、美神が、諦めたような口調で応じているのだ。

『同業者......?
 じゃあ美神さんのお友達なんですか?』

 おキヌは、つい口を挟んでしまった。
 目の前の少女は、恰好といい、ノンビリした雰囲気といい、とても悪霊と戦うGSには見えなかったのだ。いや、美神のボディコン姿だっておキヌから見れば戦闘向けではないのだから、この少女の服装にも意味があるのかもしれない。

(この時代のこと、
 だいぶわかってきたつもりだったけど
 ......まだまだ奥が深いんですね)

 そう考えるおキヌに向かって、少女がペコリと頭を下げた。

「はじめまして〜〜。
 六道冥子です〜〜」

 彼女の言葉と同時に、

「ずっと前から愛してました!!」

 横島がサッと近寄り冥子の手を握るが、すかさず美神にパカーンと頭を叩かれている。

「何するんスか、美神さん?」
「それはこっちのセリフよ。
 今さら......
 冥子を口説こうとするなんて」
「いや、でも......。
 『この時代』では初対面なんだから
 御約束としてやっておかないと......」
「なんか面白そうな話〜〜。
 冥子もまぜて〜〜」

 小声で二人が会話する内容に、冥子も興味を示したようだ。だが美神は、

「なんでもないの。
 冥子には関係ないことだから」

 と、アッサリかわしている。
 そんな三人を見ながら、

(なんだか......自然な感じですね。
 『ずっと前から』どころか
 『この先ずっと』続いていきそうな......)

 と感じるおキヌであった。


___________


「最上階のこの部分が、
 霊を呼び込んでしまうアンテナになっちゃってる。
 だから結界を作って霊の侵入を止めてしまい、
 それから、たまった霊を除霊すれば、
 問題の部分を改善して、人が住めるようになる。
 ......ってわけね」
「すご〜〜い!
 さすが令子ちゃん。
 一目見ただけで〜〜
 作戦わかっちゃったのね!」
「......当然でしょ」

 マンションの駐車場で、建物全体の建築図を広げながらの作戦会議。
 冥子の考えていた計画を一発で言い当てた美神に、冥子は素直に感心している。
 だが、

「あの......美神さん?
 それはちょっとズルいのでは......」

 美神の隣では横島が苦笑していた。
 なにしろ、美神は冥子のプランを推理したわけではなく、逆行前の経験から知っていただけなのだ。

「ズルでもなんでもいいの。
 とにかく使える情報は何でも駆使しなきゃ。
 横島クンだって......
 同じ失敗を繰り返すのはイヤでしょ?」
「うっ......そのとおりっスね」

 納得してしまう横島。
 なにしろ『もとの時代』では、この事件は、冥子の式神暴走で幕を閉じる形だったのだ。

「それじゃ......いくわよ!
 用意はいい!?」

 美神・冥子・横島・幽霊おキヌの四人が、悪霊でいっぱいのマンションへと突入する。


___________


『ぐわ!?』
『ぐわわーっ!!』

 悪霊たちの悲鳴が、通路に響き渡った。
 美神の神通棍が、横島の霊波刀が、立ち塞がる悪霊たちを次々と消滅させていくのだ。

「すごい〜〜!
 令子ちゃんだけじゃなくて
 横島クンも強いのね〜〜」
『えへへ......。
 二人は本当にヒーローなんですよ!』

 冥子とおキヌは、ただ後ろからついていくだけだった。
 もともと冥子は、自分の式神も使うつもりだったのだが、美神に止められてしまったのだ。
 式神は、最上階に着くまで温存するというプランである。

「なんだか......やっぱり
 ズルしてるような、
 くすぐったいような気持ちっスね」
「気にしちゃダメよ、横島クン」

 背後の声援は、横島と美神の耳にも聞こえていた。
 悪霊の数は多いのだ。まだまだ霊力そのものは高くなかった美神や、全く霊能力が発現していなかった横島ならば苦労しただろう。だが、今の二人は、そんなレベルではない。すでに死津喪比女すら倒した彼らにとって、この程度の敵はザコに過ぎなかった。

「さあ、着いたわ。
 ......冥子、あんたの出番よ」
「は〜〜い!」

 最上階に足を踏み入れた美神が、後ろを振り返る。
 冥子は、いつもと同じく、育ちの良い微笑みを浮かべていた。


___________


 結界を構成するためには、おふだを的確な場所に貼らねばならない。その際、それぞれに念を込める必要があるので、これは美神の役割だった。まだまだこうした作業を横島に任せる気にはなれないし、また、冥子は問題外である。

「うまくいきそうね......」

 美神が結界を作る間、悪霊の相手をするのは冥子と横島の二人。
 『もとの時代』では、横島は戦力としては未熟だったし、また肝心の冥子は、途中で使いすぎたツケで式神がバテてしまっていた。それが故に、彼らは失敗するのだ。
 だから今回は、ここまで徹底して式神を温存し、今、その成果が表れているのだった。

「これで......終わり!」

 最後の一枚をセット。
 結界が完成した。
 
「あとは残った連中の大掃除ね」

 美神も戦闘組に加わる。
 三人が悪霊を全て片づけるのに、たいした時間はかからなかった。


___________


「未来の知識があると
 ......やっぱ便利っスね」

 無事に仕事を済ませ、冥子と別れた後で。
 横島が、ホッとしたようにつぶやいた。

「そうよ、横島クン。
 情報を制する者が世界を制するのよ!」

 美神が彼の肩をポンと叩き、歩き始める。
 横島も黙ってついていくが、そんな二人の背中に、おキヌが疑問を投げかけた。

『あれ......美神さん?
 事務所へ帰るんじゃないんですか?』
「あっ、ホントだ。
 どこへ行くつもりなんスか?」

 彼らが進む方向は、事務所とは逆だったのだ。
 だが、どうやら横島は気付いていなかったらしい。
 振り返った美神は、小さくウインクしてみせた。

「今の仕事は、一種の最終テストだったのよ。
 いくら『もとの時代』の情報を利用したとはいえ
 ......冥子の暴走を止められたってことは、
 私たちも十分強くなったってことだわ」

 そして、少し真面目な表情で、横島に質問を返す。

「......横島クン。
 私たちが『この時代』で為すべきことって何?」
「えっ......」

 大仰な表現をされて言葉に詰まってしまう横島。
 『この時代』に来たときに美神と交わした議論を、頭の中に蘇らせてみる。
 
(えーっと。
 まずは死津喪比女を倒して
 おキヌちゃんの復活......)

 それが最初の大きなミッションだった。
 おキヌが人間となることを拒んだために『復活』とまではいかなかったが、おキヌさえその気になれば、いつでも人間に戻れる状態なのだ(第八話参照)。ある意味、ミッションクリアと言えよう。

(そうなると......)

 次にやるべき、中くらいの規模のイベントというのは、ちょっと思いつかない。
 だから......一気に、最終目的に向かって突き進むことになる!
 
(平安時代へ戻って......
 メフィストたちを助け、
 あのゴタゴタの行方を見届ける。
 それのことだよな、美神さんが言い出したのは?
 ......でも具体的には、どうすんだ!?)

 美神の時間移動能力の有無も定かではないし、横島自身も『この時代』の体では文珠が使えないのだ(第一話参照)。

(あれ......?
 でも時間移動に関しては、
 何か手段があったはず。
 たしか、そんなようなことを
 美神さんが言ってたような気が......)

 考え込む横島だったが、それが顔に出ていたのかもしれない。
 ここで、美神が再び口を開くのだった。

「明日の準備として......
 今から唐巣先生のところへ行くわよ!」


___________


「それはまた......
 にわかには信じがたい話だね」

 と言いながら、長い物語を聞き終えた唐巣が、ティーカップを手にとった。
 三人の来客の分もテーブルの上にあるのだが、誰も口をつけようとしない。遠慮しているのかと思って、あるじの唐巣が率先して飲んでみせたのだが、どうやら考えすぎだったようだ。
 『来客』とは言っても、目の前にいるのは、唐巣の弟子の美神と、美神の事務所のメンバーだ。美神の辞書に遠慮なんて単語はないのだろうし、また、唐巣の経済状態を知っているから、だから手を出さなかったのだ。
 カップの中身は薄いコーヒー。唐巣としては精一杯のもてなしなのだが、口にしたとたん唐巣自身が顔をしかめてしまうような味であった。

「あら......。
 信じられないんでしたら
 ......私と戦ってみます?」
「ちょっと、美神さん!?
 そんなバトルマニアのようなセリフ、
 美神さんらしくないっスよ?
 一文の得にもならない戦いなんて、
 美神さんのガラじゃないっスから!」
『そうですよ!
 よくわからないけど......
 でも、いけないと思います!』

 唐巣の表情の変化を、美神は、彼女の話に対する対応だと思ってしまったらしい。好戦的な言葉を口にして、助手たちに止められている。

(これが......現在の美神くんか。
 こんな冗談も言えるようになったとは......)

 唐巣は、何かを推し量るような、それでいて愛情のこもった目で、三人のやりとりを眺めていた。
 美神とは彼女が学生の頃からの付き合いがある。他の二人は今日が初対面だが、バンダナの少年も巫女姿の幽霊少女も、どちらも良い人柄だと思えた。

(良い仲間に恵まれて......
 美神くんは美神くんなりに
 成長しているようだね)

 たった今、美神が唐巣に語って聞かせたのは、まるで漫画のような遠大なストーリーだった。
 なんと美神は、幾多の悪名高い魔族――メドーサやベルゼブルなど――との戦いを経験し、魔族内部の抗争にも巻き込まれ、原因を探るために神族と共に平安時代へ旅した結果、『もとの時代』よりも少し過去の『現代』――つまり『この時代』――へと辿り着いてしまったというのだ。

(性格も......少し丸くなったかな)

 一流のGSではあるが、美神だって、まだ二十歳の女のコである。唐巣も若い頃から名を馳せたGSだったが、自分の昔を振り返ってみれば、まだまだ二十代は精神的には成長期だったと思えてしまう。
 だから、波瀾万丈の冒険をした美神がほんの数ヶ月で一回り大きくなったとしても、不思議ではなかった。

(だが......本当にいいのかね?)

 美神と横島は、これから数ヶ月先までに起こるであろう事件の数々を知っていることになる。
 既に二人の存在により歴史は変化し始めたようだが、それでも、二人が迂闊に口を滑らせれば、そのズレはいっそう広がってしまうだろう。
 だから、時間逆行のことなど、なるべく秘密にしておくべきなのだ。
 それくらい承知しているはずの美神が、わざわざ唐巣に全ての真相を告げる。それは、唐巣には、美神の覚悟の表れであるように思えたのだ。

(妙神山は......
 今の君たちならば大丈夫だろう。
 問題は......その次のステップだ)

 美神が唐巣の教会へと来たのは、妙神山行きの紹介状を書いてもらうためだった。『もとの時代』では美神と小竜姫との親交は深かったが、二人の友情は、まだ『この時代』では築かれていない。だから、紹介状を必要としたのである。
 美神は、妙神山で小竜姫を介して、時間移動の補助をしてくれる神族を呼び出してもらうつもりらしい。そのまま妙神山から、平安時代の決戦へと赴く予定でいるのだ。

(アシュタロス......か)

 経験豊富な唐巣だが、アシュタロスに関しては、書物で名前を見たことがある程度だ。今まで、アシュタロス本人どころか、アシュタロスと対面した者とすら会ったことがなかった。
 そんな超大物魔族と戦う以上、美神が無事に戻って来られる保証はない。

(それに、負けるよりも
 もっと恐ろしいのは......)

 時空がどう連続しているのか分からない以上、平安時代への再度の時間移動そのものが、『もとの時代』や『この時代』に影響する可能性もある。あるいは、かろうじてアシュタロスに勝利したとたん、誰かの存在が危うくなるかもしれないのだ。

(美神くん。
 君のことだから、
 そこまで考えた上で......
 それでも行くのだろう?)

 だから、美神は、誰かに全てを語っておきたかったのだろう。
 たとえ、歴史が改変した瞬間に、その記憶自体も消えてしまうのだとしても。


___________


「......先生?」

 黙り込んでしまった唐巣に、美神が声をかけた。
 美神の師匠でもあり、GSとしても一流の唐巣なのだが、こうしてボーッとしていると、頭の薄いただのオッサンにしか見えない。

(先生ったら......ボケちゃったのかしら?)

 と、美神が失礼なことを思い始めた時、ようやく唐巣が口を開いた。

「いや、すまない。
 ちょっと考え事をしてしまった。
 なにしろ......大変な話だったからね」

 眼鏡の奥で、唐巣の目が鋭く光る。
 それに気付いて、美神は安心した。GS唐巣は健在なのだ。

「そうそう、
 『戦ってみますか』と聞かれてたんだな。
 ......いや、わざわざ試す必要はない。
 君が強くなったのは、見ればわかるよ」

 穏やかな表情で答えた唐巣は、再び、真剣な目付きになった。

「それにしても大胆だな。
 ......歴史を変えるつもりかね?」
「......!」

 美神がハッとする。
 唐巣の言葉には深い意味がこもっていると、感じたのだ。

(先生は......私の考えなんて
 すっかり御見通しなんですね)

 時間移動の影響――最悪の可能性――も考慮した上での、美神の覚悟。
 既に唐巣はそれを理解している。そう思ったからこそ、敢えて美神は、唐巣の質問に否定を返した。

「いいえ。
 私たちが助けに行くことこそ
 ......必然だという気がするんです。
 時空が連続しているのだとしたら、
 誰かが助けなくちゃ今の平和はないはずですから」
「そうか......。
 そこまで言うのであれば、
 私が止めるわけにはいかないね。
 ......無事に戻って来たまえ、美神くん!」

 と言って、唐巣は、手近にあった紙とペンを取る。
 紹介状を書く唐巣を見ながら、

(ありがとうございます、先生......!)

 美神は、心の中で深々と頭を下げていた。
 子どもが親より先に死ぬのは親不幸だという言葉があるが、母親を失い実の父親とも疎遠な美神にとって、師匠の唐巣は、父親代わりでもあった。
 美神の母親も若い頃に唐巣の弟子だった時期があるが、親子二代にわたって師匠より先に亡くなるなんて、それこそ不肖の弟子だ。
 美智恵は死んだと思い込んでいる美神は、

(私は......絶対に
 生きて帰って来ます!)

 と、固く決意するのだった。


___________


 翌日。
 美神・横島・幽霊おキヌの三人は、妙神山へと続く山道を進んでいた。美神を先頭として、横島が二番目、その後ろからおキヌがプカプカ浮いた状態で続いている。 
 ここは一応『山道』ではあるが、整備された登山道ではない。切り立った岩肌の横に申しわけ程度の足場があり、それがつながって、かろうじて『道』となっているだけだった。道幅も、人ひとり通るのがギリギリである。
 
『凄いところですね、ここは。
 ......落ちたら死んじゃうんじゃないですか?』
「そうよ!
 だから......こうして慎重に進んでるの」
「死にたくないっスからね」

 幽霊のおキヌでもわかるくらいの、危険な道。
 それでも美神と横島は、その言葉とは裏腹に、苦もなく歩いていく。ここに二人が来るのは、今回で三度目なのだ。

『大丈夫、死んでも生きられます!
 この私だって出来るんですから
 美神さんや横島さんならば、
 絶対間違いないです。
 私が保証します』
「そんな保証されてもなあ......」

 おキヌとしては励ましの言葉だったのだが、横島は苦笑している。

『死んだら一緒に迷いましょうね』

 と加えたおキヌに、美神も反応を返した。

『私は......
 地球が吹っとんでも、
 一人だけ生き残ってみせるわ!』

 それは、『もとの時代』で発したのと同じ言葉。
 しかし、彼女の表情は全く違う。
 今回は笑い飛ばすのではなく、真剣な面持ちで、自分に言い聞かせているのだった。


___________


『かわった飾りがついてますね......』

 険しい道を越えて、ついに三人は修業場の門前まで辿り着いた。
 ここへ来るのが初めてのおキヌは、物珍しそうに門へ近づいていく。
 物騒な警告文も書かれているのだが、それよりも、扉に張り付いた鬼の顔が気になったらしい。巨大な顔の周囲をフワフワと飛び回って、上下左右から観察していた。

「それじゃ、いいわね......?」
「......ういっス」

 後方では、美神と横島が何か打ち合わせをしていたようだ。
 横島の肩を軽くポンと叩いてから、美神だけが、門戸の方へと歩み寄る。

「そうよ、おキヌちゃん。
 この鬼たちが、ここの
 トレードマークみたいなものね」

 適当なことを言う美神。
 鬼門は単なるレリーフではないし、まして妙神山のシンボルなのではない。だが、鬼門たちが無機物のフリをしているのに付き合って、敢えて『知ったかぶりの初心者』を演じてみせたのだった。

「そして、
 入山者はこいつらの顔に
 落書きをするってのが、
 ここの習わしなのよ」
『へえ......』

 美神の言葉を素直に信じるおキヌ。
 『トレードマーク』というのは何のことだか分からなかったが、ともかく、門の部分に何か書けばいいのだということは理解できた。
 美神から渡されたマジックペンを、鬼の顔の部分に近づけたのだが......。

『何をするか無礼者ーッ!!』

 突然、鬼門が口を開いた。
 驚いて後ろに下がったおキヌと、横でニヤニヤしている美神。二人に対して、鬼門が一方的にまくしたてる。

『我らはこの門を守る鬼!
 許可なき者、
 我らをくぐることまかりならん!』
『この右の鬼門!』
『そしてこの左の鬼門あるかぎり、
 お主のような未熟者には......』

 だが、しかし。

『......ぐわっ!?』
『おい、右の、どうした......?
 ......うげっ!!』

 鬼門たちは、決まり文句の途中で悶絶していた。
 口から泡を吹いて、意識を失っている。

『えっ......。
 これは......いったい?』
「よくやったわ、横島クン!」

 状況に戸惑うおキヌだったが、美神の言葉を耳にして、横島の方を振り返る。
 横島は、首なしの石像が倒れているのを見下ろす形で、手には霊波刀を出していた。

『横島さん......何をしたんです?』
「ははは......。
 思いっきりエグイことやれって
 美神さんに言われたから......」

 鬼門の本体は、門の両横でそびえ立っていた石像である。
 だから、美神が鬼門たちの注意を引きつけているうちに、横島が胴体部を攻撃してしまおう。それが美神の提案した作戦であり、計画どおりに横島は、霊波刀で鬼門の股間を強打したのだった。

「でも、これは......。
 攻撃した俺のほうも、
 見てるだけで痛かったっス」
「なに言ってんの。
 自分でやったんだから
 『見てるだけ』じゃないでしょ?」

 と、横島と美神が軽口を交わす間に......。

 ギ〜〜ッ。

『あら、お客様?』

 ドアが開いて、中から小竜姫が現れた。


___________


『ずいぶん騒がしいと思ったら......。
 すでに通行テストまで済ませたんですね?』
「そ。
 だから中に入れてちょうだい」

 鬼門の様子をチラッと見て、状況を理解した小竜姫。
 彼女は、この修業場の管理人であり、神剣の使い手として有名な竜神である。
 それを知りつつも、美神は気さくに対応する。

(ちゃんと『神さま』として接するのは、
 抑えてる霊圧を彼女が解放してからね。
 ......そのほうが自然だわ)

 と考えていたからだ。
 今の小竜姫は、まるで普通の少女のような、可憐な笑顔を見せている。

『あなた、名は何といいますか?
 紹介状はお持ちでしょうね』 
「......私は美神令子。
 はい、これが唐巣先生からの紹介状よ」
『唐巣......?
 ああ、あの方。
 かなりスジのよい方でしたね。
 人間にしては上出来の部類です』

 小竜姫の表情が、いっそう明るくなった。
 それに惹かれたかのように、横島が歩み寄る。

「俺はヨコシ......うわっ!?」

 だが、邪魔するように出された足につまずき、そこで止まってしまった。

「何するんスか、美神さん!?」
「どうせまた、
 初対面の御約束で
 セクハラする気だったんでしょ?」
「違いますよ、美神さん!
 相手が小竜姫さまなら、
 初対面じゃなくてもスキンシップを......」

 横島の言葉を聞いて、美神の表情が険しくなる。
 『もとの時代』での出来事を思い出したのだ。
 GS資格試験の事件で小竜姫が事務所に訪れた際、確かに横島は、小竜姫に飛びかかろうとしたのだった。

「それじゃ......何?
 小竜姫は他とは違う、
 『特別な女性』だって言いたいわけ......?」
「ああっ、俺......
 もしかして墓穴掘ったーッ!?
 美神さん、お願いですから
 そんな怖い顔で詰めよらんでください」
「『怖い顔』ですって......?
 それこそ失言でしょッ!!」

 横島をシバキ倒す美神。
 おキヌにとっては既に見慣れたシーンだが、それでも、この場に相応しい光景とは思えなかったようだ。

『あの......美神さん、横島さん?
 二人だけで盛り上がってしまって
 ......いいんでしょうか?』
「盛り上がってるわけじゃない......。
 ないんだよ、おキヌちゃん」

 小声で抗議する横島を放置して、美神は、小竜姫に向き直る。

「ヘンなとこ見せちゃったけど......とにかく
 私たち二人、修業の方お願いするわ。
 それも......斉天大聖老師の最難関コースを!」
『......!!』

 小竜姫の表情が変わった。
 人間向けに抑制していた霊力も自然な状態まで戻し、武神の目付きで美神を見つめる。
 その射抜くような視線を、美神は平然と受け止めていた。
 
(私たちの力量......もう見抜いてるかしら?)

 いつのまにか回復していた横島も、小竜姫が発する霊圧に平気で耐えている。

「いやあ、楽しみっスよ。
 小竜姫さまと一緒に、あそこで二ヶ月......。
 なにしろ前回は、
 俺たちの案内役はジークだったからなあ」

 どうやら、彼の煩悩エネルギーも上昇しているようだ。

「横島クン......。
 水を差すようで悪いけど、
 もう案内役なんていらないでしょ?」
「えっ!?」
「だって私たちの修行中に、小竜姫には
 やっておいて欲しいことがあるから......」
「......?」
「ほら、ここへ来た目的は
 修業だけじゃないでしょう?」
「......ああ、そうか!
 ヒャクメを呼んでもらうんスね」

 おキヌは、今後の行動に関しては大まかにしか聞いていないので、二人の会話には口を挟まなかった。
 一方、小竜姫は不審げな表情となり、腰の神剣にも手をのばしている。美神たちは色々知り過ぎていると、ようやく気付いたのだ。

『あなた......何者です?』

 小竜姫が尋ねるが、美神は、いたずらっぽく笑っている。

「それを話すと長くなるわ。
 ......でも立ち話もなんだから、
 まずは中に入れてもらえないかしら?」


___________


「行くわよっ!!」
「のびろーっ!!」

 異空間にある修業場。
 空には何もなく、地上も広々としており、そこに丸い石舞台が設置されている。
 今ここで、美神と横島がタッグを組んで戦っていた。

 ドシュッ! ズドン!

 それぞれの神通棍が、霊波刀が、ゴーレムとカトラスを仕留める。
 美神から事情を聞かされた小竜姫は、一応のテスト――最難関コースに挑むに値するかどうか――のために、美神たちをここへ連れて来たのだ。だが、テストにもならないくらい、ゴーレムもカトラスもアッサリとやられてしまった。

(これは......信じるしかないですね)

 二人の勇姿を見ながら、小竜姫は、美神の語った話に思いを巡らせる。
 それは、神さまである小竜姫すら驚かせるほどの物語だった。
 ただし、小竜姫は時間移動などたいした能力ではないと思っているので、その点には何の感慨もない。それよりも、魔族の中に美神を狙う勢力と守る勢力があること、美神の前世がアシュタロスの使い魔であること、また、アシュタロスが人間界で何やら画策しているらしいということの方が衝撃であった。

(たしかに、上層部に報告すべき事態でしょう。
 きちんと説明すれば......
 美神さんの要望どおり、
 ヒャクメを寄越してもらえるでしょうね)

 そこまで小竜姫が考えた時、額の汗を拭いながら、美神が振り返った。

「どう?
 ......これでいいかしら?」
『ええ、もちろんです。
 ......では、こちらへ』


___________


 バシュッ!!

『久しぶりね、小竜姫!
 そして......こちらの幽霊さんは、
 はじめましてなのねー!』

 美神と横島を老師のフィールドに送り込んだ後、小竜姫は、おキヌと二人で別室へ移動していた。そこに、連絡を受けたヒャクメが転移してきたのである。

『さっそくだけど、
 小竜姫の口から、もう一度
 全部説明して欲しいのね』
『......えっ』
『上役から一通り聞かされたけど、
 話が速すぎてチンプンカンプンだったから!』
『ヒャクメ......あなたという人は......』

 ケラケラと笑うヒャクメに、呆れ顔の小竜姫。
 それでも、言われたとおり、美神からの話を語る。

『ふーん、なるほど......』

 膝を組んで、その上に両手を置いた姿勢。リラックスして聞いているヒャクメだが、要所要所で、確認するかのように合いの手を入れていた。
 そして、最後まで終わったところで、

『ありがとう、小竜姫。
 こりゃ思ったより、面白そうねー』

 と、彼女らしくまとめる。
 ちょうどその時、彼女たちの部屋の戸がガラリと開けられた。
 斉天大聖との修業を無事に済ませて、美神と横島が戻って来たのである。

『あ、おかえりなさい!』

 真っ先に反応するおキヌ。
 今までは空気のように静かだったが、それは、神さま二人と同席という環境に気後れしていたのだろう。仲間の二人がやってきて、気がラクになったようだ。

『あら、いいタイミングで来たのね。
 ちょうどいいから......
 今度は、この二人に
 最初から話してもらおうかしら?』
『......また聞くんですか?』

 美神と横島に声をかけるヒャクメを見て、おキヌが小さく驚く。

『当然なのね。
 こう見えても私は神族の調査官よ?
 当事者から直接話を聞くのは、調査の基本!
 その「直接」を極めた結果、私は
 人の心をダイレクトに覗けるようになったのねー』

 と言って、ヒャクメは笑う。

「えっ、そんな秘密が?」
「......冗談に決まってるわ」

 真に受ける横島と、アッサリ聞き流す美神。
 彼ら二人に対し、ヒャクメの表情は変わらなかった。
 
『くすくす......。
 さあ、どうかしら。
 ともかく、話してくださらない?』


___________


『長いお話、ご苦労様。
 これで完全に理解できたのね』

 美神と横島からあらためて話を聞いて、ヒャクメは、まず二人の労をねぎらった。続いて、

『それじゃ、私からも
 言っておくべきことがあるわ。
 私は......
 あなたたちのヒャクメじゃないのね!』

 と宣言する。
 『あなたたちのヒャクメ』というのは紛らわしい言葉ではあったが、それでも、すぐに美神は理解した。
 つまり、目の前にいるヒャクメは、美神や横島の『もとの時代』のヒャクメではないのだ。平安時代から飛ばされたヒャクメではないのである。

(......あの『私たちのヒャクメ』は
 『この時代』へは来てないのかしら?)

 ここにいるヒャクメは違うとしても、あのヒャクメが『この時代』のどこかで彷徨っている可能性は、まだ無くなったわけではない。
 そんな美神の思考を読んだかのように、ヒャクメの心眼の一つがギョロッと動いた。

『大丈夫よ!
 あなたたちのヒャクメが
 この時代にいるかどうか、
 すぐに調べてあげるのねー』

 世界中のあちらこちらを遠視しているのだろう。ヒャクメは黙ってしまい、その目の幾つかだけが活動していた。
 少しの間、その場を静寂が支配する。
 そして......。

『うーん、来てないようなのね』

 残念そうな表情でつぶやくヒャクメ。
 それを見て、美神が疑問を口にした。

「じゃあ......あいつ、
 どこの時代に行っちゃったのかしら?」


___________
___________


 それより少し未来。
 その『美神たちのヒャクメ』――つまり『うっかりヒャクメ』――は、今、南極へと向かう船の上にいた。
 『うっかりヒャクメ』の隣には、当然のように『しっかりヒャクメ』――この『未来』の本来のヒャクメ――が立っているが、ここにいるのは、二人だけではない。
 小笠原エミ、タイガー、六道冥子、唐巣神父、ピート、伊達雪之丞、ドクター・カオス、マリア、魔鈴めぐみ、そして西条輝彦。
 そうそうたるメンバーが、砕氷船『しばれる』のコントロールルームに集まっていた。

「......こんなことに
 巻き込んでしまってすまない。
 これで我々は立派な犯罪者だ!」

 一同を前にして、西条があらためて詫びを入れる。
 この船は合法的に借り受けたものではなく、霊力と武力を駆使して奪い取ったものだからである。

「この先、GS本部の妨害もあるだろうし、
 アシュタロスの危険は言うまでもない。
 だが......ほかに頼れる人材がいないんだ」
「何言ってやがる......!
 そのアシュタロスとか言う奴を
 仕留めるのに俺を置いて行ったら
 ブッ殺すとこだぜ!!」
「同感だね。
 美神親子を犠牲にする前に、
 我々はやれる事は全て
 やっておく義務があるよ」
「お友だちじゃない〜〜」
「ほかならぬ西条さんの頼みですから。
 お役に立てるだけで嬉しいです......」
「危険や法律違反は
 今日に始まったこっちゃないわ!
 世界の存亡にかかわる戦いなぞ、
 めったに参加できんぞ!」
『私たち神さまには
 人間のルールは適用されないのねー』

 雪之丞が拳を握りしめながら、唐巣が眼鏡の位置を正しながら、冥子がのほほんとした笑顔を見せながら、魔鈴が少し照れながら、カオスがハナをほじりながら、ヒャクメがケラケラと笑いながら。
 それぞれ、西条の言葉に応じていた。

(みんなの士気を上手くまとめたワケ。
 ......さすが公務員のエリートさんね)

 雰囲気を察したエミは、わざと軽い口調で、パソコンの通信映像に語りかける。

「そーそー!
 てなわけで
 おたくはそこで待ってるワケ!
 そのうち主人公は私に変わってるから!」
『アホかーっ!?
 私も行くに決まってるでしょ!?
 ちょっとおお!?』

 画面の中では、手錠で拘束された美神が叫んでいた。
 まるで恒例のコントのような、エミと美神とのやりとり。
 その場の空気は、さらに和やかになるのだった。


___________


「......さて、
 わしらの目的地はどこじゃ?
 もう教えてもよかろう!」
「ん......?
 ジーさん、ボケてんじゃねーぞ!
 行き先は南極に決まってるだろ」

 場が落ち着いたところで質問を持ち出したカオス。
 雪之丞が真っ先に答えたが、この解答は、カオスを満足させるものではなかった。

「自分の無知を棚に上げて
 ワシをボケ老人扱いするでないわ。
 ......『南極』といっても
 いろいろあるんじゃよ、小僧!」
「うむ!
 アシュタロスの使い魔......
 ホタルが示した地点は、ここです!」

 カオスの言葉に頷き、西条が南極大陸の地図を広げる。
 『South Pole』と書かれた中心点の横に、マジックで印がつけられていた。
 
「ほほう!!
 この位置は......」

 地図を覗き込む一同の中で、最初にその意味を悟ったのは、カオスである。

「南緯82度、東経75度!
 『到達不能極』じゃな!」
「なんだいそりゃあ?」

 何も知らない雪之丞に、カオスが易しく解説する。
 ひとくちに『南極』といっても、南極点・南磁極・地磁気南極など、色々な種類がある。その中でも到達不能極とよばれる地点は、南極大陸の全海岸から最も遠い内陸にあり、霊的にも特殊な地点なのだ。

「地球中の地脈が
 最後にたどりつくポイント......
 いわば地球の霊力中枢!
 アシュタロスがアジトにしたのもうなずける」

 と、唐巣も補足する。
 ここで、もう南極に関する講義も終わったと判断し、エミが話題を変えた。

「それより......気になるワケ。
 アシュタロスのホタルは、
 案内役のはずなのに来てないのね?」
「ああ。
 なぜか......
 令子ちゃんの近くを飛び回っている」
「それって......!?」

 西条の意味するところを悟り、エミの表情も変わった。


___________


 アシュタロスの使い魔、案内役のホタル。
 西条たちは知らないが、それは、もちろんルシオラである。
 ルシオラは、逆天号が撃沈された際、横島の『やさしさ』に触れていた。そこで横島に惹かれ始めた直後、ルシオラの前から彼の姿は消えてしまう(第六話参照)。
 世の中には、『吊り橋効果』という言葉がある。『会わねばなお増す恋心』という言葉もある。そもそも、メフィストの例を見るまでもなく、図体と知能の割に経験が少ないために、下っぱ魔族はホレっぽいのだ。ルシオラが横島に片想いしてしまうのも、不思議ではなかった。
 そんなルシオラだから、彼女は今、横島から離れられないのだった。
 しかし、ルシオラの乙女心は誰も知らない上、横島の近くには美神とおキヌもいる。そのため、ルシオラの行動は完全に誤解されていた。『横島から』ではなく『美神から離れない』と思われていたのである。

「......そのホタル、
 令子を狙っているワケ?」
「ええっ〜〜でも〜〜
 ただのホタルなんでしょ?」
「いや、わからない。
 先生が妖蜂にやられたように、
 ホタルだからといって油断はできない」

 西条が首を横に振った。
 その肩を、唐巣がポンと叩く。

「まあ......
 過度に心配する必要はないだろう?
 もしものために、
 横島くんも残して来たわけだからね」
「......はい」

 と、西条が同意を示した時。

「おい、西条!
 GS本部の妨害があるとか
 言っとったが......」

 今度は、カオスが西条に声をかけた。いつのまにか、カオスはガラス越しに外の景色を眺めていたようで、今も視線はそちらに向けられたままだ。

「ああ......それは、あくまでも
 その可能性があるというだけです。
 ......なんと言っても、
 こっちには令子ちゃんがいませんからね。
 本当に妨害されるとしても、
 たいした戦力は向けられないでしょう」
『......違うのね』
『向こうは
 そうは思ってないみたいなのね』

 西条の言葉を否定するヒャクメたち。二人とも、カオス同様、海の様子を見ていた。
 この会話につられて、全員の注意が外へと向けられる。

「ひっ、ひええええっ!?」
「う......海が三分に船が七分!?」
「......こりゃ死ぬな」

 少し前までは何もなかった海面に、空母や巡洋艦で構成された大艦隊が広がっていた。


___________


「アシュタロスと戦いたけりゃ、
 ここを突破しろってことか......。
 おもしれえ!!」

 戦闘狂の血が騒ぐ雪之丞。

「それじゃ......俺たちの
 同期合体の御披露目といくか!」

 彼は、ピートの背中をパンと叩いてから、西条に目を向けた。
 合体に必要な文珠の要求である。横島から託された文珠は多くはないので、全て西条が保管しているのだった。

「ダメだ!
 ......こんなところで
 文珠の無駄遣いはできない!」
「なに言ってるワケ!?
 今こそ練習には絶好の機会じゃないの!」

 要請を却下した西条に真っ先に反応したのは、雪之丞ではなくエミであった。

(やっぱり......西条さんは甘いワケ!)

 最初に話を持ちかけられた時から、エミは、これを心配していたのだった(第八話参照)。
 西条は『文珠』を軽く考えすぎているのだ。
 エミだって、横島以外の者が横島の文珠を使った例を、耳にしたことがある。だが『たまたま使えた』と『確実に使える』は全く違う。今回の計画では文珠こそポイントであり、失敗は許されないのだ。
 特に、『同』『期』と複数組み合わせて使うのだから、その分、制御は難しいはずだ。それなりのレベルの霊能力者でないと使えないだろうし、例えば自分の弟子のタイガーでは無理かもしれないとまで、エミは考えていた。

(それを......ろくな練習も重ねずに
 実戦で使うつもりだったワケ!?)

 エミとしては、呆れるしかない。
 数に限りがあるのは分かるが、それだって、文珠を生成できる横島がいないからだ。横島抜きで文珠や同期合体に頼るというのは、やはり、無理があるプランだったのだ。

「いや、しかし......」

 西条は、エミの考えなど知らない。反論しようとしたが、それを止めたのは唐巣の言葉だった。

「エミくんの言うとおりだ。
 訓練で何度も合体したヒャクメ様は別として、
 他の者は、慣れておく必要があるよ。
 ちゃんと実戦で使えるかどうか、
 試すには良い機会だと思うね」

 年長者でありGSとしても大先輩の唐巣の言葉には、重みがあった。美智恵の弟子である西条から見れば、唐巣は『師の師』なのである。

「......そうですね」

 渋々といった表情は見せず、西条は、唐巣に賛成の意を示した。
 同時に、気配を感じて、ふと横を見る。
 いつのまにか、西条の隣には魔鈴が立っていた。

「......これですね?
 持ってきました!」

 彼女は、西条の荷物の中から、一つの箱を出してきたのだった。
 その姿は、何も言われずとも主人の気持ちを汲み取れる、有能な秘書かメイドのようでもある。

「ああ、ありがとう」

 素直に感謝して、西条は、箱から二つの文珠を取り出した。


___________


「いくぞ、ピート!」
「はいッ!!」

 船室から飛び出しながら、二人の男が叫ぶ。

「合、」
「体ッ!!」

 光の霧と化したピートが、雪之丞の中へと飛び込んだ。
 それを受けて、雪之丞の全身が発光する。
 そして......。
 輝きが収まった時、そこには、無事に同期合体した姿があった。
 ベースは雪之丞なのだろう。それも『魔』を介しての合体ということで、魔装術の雪之丞である。
 全体のフォルムとしては、魔装術に吸血鬼の翼を加えたような雰囲気であった。

「スゲーぜ!
 今までにないパワーだ」

 メインである雪之丞が、合体の成果を冷静に自己分析する。
 しかし、あまりのパワーが故に、自己陶酔してしまった。

「ふふふ......強い......。
 なんて強いんだ、俺は......!
 ママーッ!!」

 一方、サブであるピートも、

「ああ......とろける!
 雪之丞くんの中に......。
 なんだか、もう
 どーでもよくなって
 消えてしまいそうだ......!」

 別の意味で問題発言をしているが、これが雪之丞を正気にさせる。

「おい......気持ち悪いこと言うな!
 俺には、そんな趣味はねーぞ!
 まったく......。
 勘九郎といいピートといい、
 なんで俺の仲間になるのは、
 こんな奴ばっかりなんだ......?」
「いや、そういう意味じゃないんですけど」
「ともかく......いくぞ!」
「......はいッ!」

 海を覆いつくした艦隊を迎撃するため、合体した二人が今、飛び立つ。


___________


「すごいですケン......」
「ああ。
 思った以上に、うまくやっている」

 残りの面々は、合体した二人の活躍を船の上から見守っていた。
 いつでも加勢に向かえるよう、彼らも甲板に出ているのだが、どうやら必要は無さそうなのだ。
 合体雪之丞は、空から小さな魔力砲を無数に放っているが、それを全てコントロールして、レーダーと火器だけをピンポイントで破壊していたのである。

「私たちの出番は〜〜なさそうね〜〜」
「そうでもないワケ」

 二人の戦いぶりに見とれる冥子とは対照的に、エミは、しっかり気付いていた。
 反対方向から、ヘリが一機、まっすぐ向かって来ているのだ!

「雪之丞とピートは、
 艦隊の出迎えで手一杯みたい。
 だから......あれは私たちの獲物なワケ!」
「わかったわ〜〜。
 エミちゃんに〜〜したがう〜〜!」

 同期合体をしようとするエミと冥子。
 だが、ヒャクメたちが二人を制止する。

『待って!』
『あのヘリを攻撃しちゃダメなのね!』
「えっ......」
「どういうこと〜〜?」

 ヒャクメたちだって、ヘリの接近は分かっていた。
 だがヒャクメ二人は、さらにその先を覗いていたのである。だから、誰よりも早く真相を悟ったのだった。

『あれは......私たちを
 止めに来たんじゃないのね!』
『あのヘリには、
 美神さんたちがのってるのね!』


(第十話に続く)

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____
第十話「けっきょく南極大決戦」

「......で、
 めでたく人類は一致団結!
 南極まで送ってくれるってよ」

 ヘリから降り立った美神が説明する。
 核ミサイル搭載の原子力潜水艦をアシュタロスが奪取し、人類を脅迫し始めたのだ。
 彼の要求は、美神令子をアシュタロスのもとへ無事に送り届けること。それを受け入れた人類は、エスコートのための大艦隊まで用意したのだった。

「......私を置いて行こうなんて、甘い甘い!」
「令子ちゃん、笑ってる場合じゃないだろ!」

 西条がツッコミを入れる横で、

「よかったよーな、
 よくないよーな......。
 少なくとも、今までよりは
 文珠の数も心配しないですみそうだね」

 唐巣は、美神の隣に立つ人物に視線を向けていた。
 ヘリが運んで来たのは、美神だけではない。美神と共に東京に残っていた二人――横島とおキヌ――も、一行に合流したのである。
 唐巣が言っているのは、もちろん、横島のことだ。それを理解した上で、おキヌは、その場の面々を見渡していた。

(みんな......すごい人たちばかり......)

 すでに二十年くらい第一線で活躍している、唐巣神父。
 彼のもとで聖なる力も使えるようになった、バンパイア・ハーフのピート。
 オカルトGメンの若きエース、西条輝彦。
 中世でほとんど滅んだはずの古代ヨーロッパ魔法を次々と再発見している天才魔女、魔鈴めぐみ。
 美神のライバルであり親友でもある、小笠原エミ。
 影は薄いがその存在感以上の実力を持つ、タイガー。 
 ボケてはいるが時々かつての天才ぶりを発揮する、ドクター・カオス。
 その最高傑作とも言われる万能アンドロイド、マリア。
 妙神山最難関修業を初めてクリアした二人の人間の一人でもある、魔装術の使い手、伊達雪之丞。
 のんびりお嬢様でありつつも、美神やエミすら持て余すほどの式神をしもべとする、六道冥子。
 そして、ドジで役立たずなイメージがあるが、本当は凄い神さまである、二人のヒャクメ。

(でも......私は......)

 自分はたいした戦力にならないと知りながらも、おキヌは、ここまで来てしまったのだ。美神を囲んでワイワイ騒ぐGSたちを見ながら、おキヌは、深く考え込んでいた。

(私に......何ができるんだろ?)




    第十話 けっきょく南極大決戦




「おまえら......いつも
 こんな豪華なメシ食ってんのか?」

 ここは、砕氷船『しばれる』の食堂である。だが、テーブルの上に並んでいるのは、まるで一流レストランかと見まごうばかりの料理の数々なのだ。横島が呻いてしまうのも、無理はなかった。

「ワシらのスポンサーは
 道楽公務員の西条だからな。
 食材もタップリ積み込んどるわい!
 ......ん、こらうまい、こらうまい」
「いつも魔鈴さんが料理してくれますケン。
 おかげでタンパク質もばっちりですノー」
「まだまだたくさんありますから。
 どんどん召し上がってください」

 シチューか何かが入っているのだろう。美味しそうな匂いがする鍋を運びながら、魔鈴が微笑んでいる。

「みなさんと違って、私は
 強力な魔族と戦うのは慣れてませんからね。
 その分こういうところで、お役に立たないと」
「『その分こういうところで』だなんて......!
 そんなことないでしょう、
 ......魔鈴さんは
 凄い魔法をいっぱい使えるんですから。
 むしろ私の方が......。
 あ、私、給仕手伝います!」
「あら、いいんですよ。
 おキヌちゃんは、
 どうぞ食事を楽しんでください」
「でも......」
「私にまかせてくださいな。
 出す順番とかタイミングとか......
 そういったことも含めて料理ですから」

 他の女性陣は、この会話には加わらなかった。魔鈴が準備から給仕まで一切をこなすのは、すでに暗黙の了解になっていたらしい。
 そして今日来たばかりの美神も、平然とテーブルに座り、食べ始めていた。ソース混じりの肉汁を滴らせるステーキにナイフを入れながら、彼女は、雪之丞に声をかける。
 
「それはそうと......。
 あんた、さっき空飛んで戦ってたけど、
 あれがピートとあんたの同期合体なのね?」
「そうさ!
 パワーもスゲーが......やっぱ
 空が飛べるっていうのは、いいモンだ。
 まさに......大空はばたく漆黒の翼だぜ!」
「......僕は飛行ブースター扱いですか」

 苦笑するピートの隣から、エミも会話に加わった。

「熱血ヒーローならぬ熱血マザコン野郎の
 たわごとは無視するとしても......。
 たしかに同期合体は凄まじかったワケ。
 私なんて最初は
 合体が成功するかどうかすら
 ......疑ってたんだけど」
「おや......
 僕の計画を信用してなかったのかい?」
「今は信じてるわよ、西条さん。
 でも、最初は......ね」

 その西条の態度を見て、唐巣も口を挟む。

「エミくんが半信半疑だったのも
 ......無理はないかもしれないね」

 いったん言葉を区切り、テーブルの右端へと視線を向ける唐巣。
 そこでは、カオスやタイガーと騒ぎながら、横島が幸せそうに料理を頬張っていた。

「横島くんは器用な少年だ。
 ......その性格は
 霊能者としても活かされているし、
 彼が文珠を作れる理由の
 一端にもなっていると思う」

 唐巣の視線に気付いたらしい。横島が不思議そうな表情でこちらを見ている。
 それに軽く手を振ってから、唐巣は、西条やエミたちの方に向き直った。

「......そんな横島くんの文珠を
 彼ほど器用ではない者が使うとなれば、
 しかも複数の文字を使うとなれば、
 その分コントロールに
 超人的な霊力が必要になるはずだ」

 唐巣の言葉を聞いて、エミが頷く。我が意を得たりという表情をしている。

「......そういうワケ。
 言っちゃ悪いけど、
 ピートはともかくとして、
 雪之丞のレベルでは、まだまだ......」
「なんだと、コラ!?
 ケンカ売る気なら、買ってやるぜ!」

 顔色が変わる雪之丞。
 すかさず、唐巣が仲裁に入った。

「まあまあ。
 食事中に争いは止めたまえ。
 ......今の話は、あくまでも一般論だ。
 エミくんは誤解しているようだが......
 私は、雪之丞くんとピートくんなら
 うまくいくと思っていたよ」

 唐巣が解説を始める。
 バンパイア・ハーフであるピートは、かつては邪悪な吸血鬼の息子であることを恥じており、その力を使うのを嫌がっていた。その代わりに、唐巣の弟子として、精霊の力を借りて戦っていたのだ。
 しかしGS資格試験において、雪之丞に追いつめられ、また、美神――変装のために当時は美神だと気付かなかったが――の言葉をきっかけとして、ついに覚醒。神聖なエネルギーと吸血鬼の能力とを同時に使える、希有な戦士となったのだった。

「いわば霊力の二刀流ってことだな。
 美神の大将と俺のおかげで、
 ピートは両刀使いに目覚めたわけだ。
 ......あれ?」

 カッコ良く例えたつもりの雪之丞だが、いざ口にしてみると、どうも問題のある表現だった。
 なんともいえない空気がその場に漂うが、皆、雪之丞の言葉など聞かなかったことにして、唐巣の話の続きに耳を傾ける。

「ピートくんだけじゃない。
 実は雪之丞くんにも、
 同じような二面性があると思うんだ」

 雪之丞が得意とする魔装術は、メドーサから伝授されたものだ。しかし、その時点で学んだのは基本のみであり、自分では使いこなしているつもりでも、術の全てを引き出せていたわけではない。
 彼の魔装術が完成したのは、妙神山で修業して、斉天大聖老師から極意を教わった時である。霊気のヨロイが収束して外観まで変わったのが、その証であった。
 つまり雪之丞は、単なる『悪魔の力を身につけた男』ではない。彼の魔装術は、悪魔によって伝えられ、神によって極められた術なのだ。名前こそ『魔』装術であるが、実際には、神魔の両属性を兼ね備えているのである。

「......そんな二人だからこそ、
 霊的な相性が良かったのだろう。
 それで、本来は難しいはずの
 同期合体も上手くいったんだよ、きっと」

 と、しめくくる唐巣。
 彼の話が終わったところで、

「え〜〜。
 それじゃ〜〜私たちは?
 特別なものなんてないけど
 でも〜〜お友だちだから〜〜
 うまくいくかしら〜〜?」

 冥子が、エミを見ながら首を傾げた。
 それを見て、美神も口を挟む。
 
「そうね。 
 むしろエミと冥子の合体の方が、
 うまくいくかどうか心配だわ」
「なに言ってるワケ!?
 おたくのとこなんて
 横島頼りのくせに......!
 令子は横島が入って来るのを
 ボーッと待ってるだけでしょ。
 まるで......
 市場に転がってる冷凍マグロなワケ!」
「ちょっと......エミ!
 ヘンなこと言わないで!!
 それに......合体後に
 体をコントロールしてるのは、
 横島クンじゃなくて私なのよ!?」
「あら......?
 令子はそのつもりでも、
 実際には、横島が頑張って
 おたくにあわせてくれてるだけかも......?」
「なんですって......!?」

 軽口を叩き合う二人。
 テーブルから少し離れたところでは、

「ケンカする方が・仲が良い。
 ......人間って・不思議」

 食事の必要のないマリアが、小さくつぶやいていた。


___________


 翌日。

「さあ、今日は私たちの番なワケ!」
「は〜〜い。
 エミちゃんと〜〜合体ね〜〜!」

 エミと冥子が、船内の一番大きなトレーニングルームへと向かう。
 訓練指揮官の西条や、なんとなく全体のリーダー役におさまっている美神も、二人についていく。他の場所で他の者たちも個々にトレーニングをするのだが、やはり、立ち合うべきは同期合体訓練なのだ。

「おう、横島!
 それじゃおまえは俺と......」

 今の横島と戦ってみたい雪之丞が彼を誘うが、

「ダメよ、横島クンもこっち......!」
「いてて......」

 美神が横島の耳をつかんで連行していく。

「文珠が必要なんだから、
 あんたがいなきゃ!」
「......文珠なら、あらかじめ
 西条に渡してあるじゃないっスか?」
「あれは実戦で使うために
 とっておこう......って決まったでしょ?
 朝の会議の話、もう忘れたの!?」
「いやあ......朝は眠いから
 ちゃんと聞いてなかったっス」

 遅刻癖のある横島が、朝に弱いはずの美神と、そんな会話を交わす。
 その近くを飛び回るホタルを見ながら、冥子が、ふとつぶやいた。

「このホタルって〜〜
 令子ちゃんじゃなくて
 横島クンのまわりを〜〜
 飛んでるんじゃないかしら〜〜?」
「......たしかに、そうね。
 見ようによっては、そうも見えるワケ」

 エミは冥子の指摘を冗談としてとらえていた。エミの発言にも表情にも、それが表れている。
 一方、当の横島は、本気で受け止めていた。

「......えっ、俺?」
「ほら〜〜横島クンは
 魔物に〜〜好かれるから〜〜」
「えっ......いや、その......」

 動揺する横島。
 冥子の『魔物に好かれる』という言葉が、『モノノケとも仲良くなっちゃう』とおキヌから言われた時のこと(第六話参照)を思い出させたのだ。あれは、おキヌに対する横島の意識が微妙に変わり始めた一幕でもあった。
 そうした彼の心情など知らずに、西条やエミが、横島をからかう。

「何を慌てているんだい、横島クン?
 君が魔物に好かれやすいのは、
 今に始まったことじゃないだろう?
 君は......魔物と幸せになりたまえ!」
「......もしかして、逆天号にいる間に
 敵の女幹部とデキてたりするワケ?」

 こうして、はからずも横島が冗談のネタとなって、その場の雰囲気が和む。
 そんな中、美神だけが、

(違うわ。
 敵の魔物なんかじゃなくて、
 おそらく横島クンは......)

 表情も緩めずに、複雑な視線を彼に向けていた。


___________


(ここまで来ちゃったけど
 ......よかったのかな?)

 一人デッキに上がっていたおキヌは、沈む夕陽をボーッと眺めていた。
 他のGSたちは、訓練やら会議やらで忙しい。そんな中、たいした戦闘力も持たぬおキヌは、その忙しさから離れていたのだ。
 もちろん、おキヌとて霊能力者の端くれである。ネクロマンサーとしては、日本一かもしれない。それでも、アシュタロスたちに対して『ネクロマンサー』に出来ることなどないと感じていた。

(私なんかじゃ......)

 アシュタロス対策本部では、美智恵の号令のもと、ICPOに組み込まれてオカルトGメンの一員として頑張ってきた。
 周囲のオカルトGメンたちは霊能力者としては実力も経験も足りず、そのため、西条が忙しい時には代わりにおキヌが訓練指揮官まで――自分でも分不相応と思う役割まで――こなしたくらいだった(第七話参照)。
 だが、こうして歴戦のつわものが勢揃いした以上、話は別だ。これまでの反動もあって、つい、身を引いてしまうのであった。

(私も......みなさんの
 お役に立ちたいです。
 でも......)

 思考の海に沈んでしまうが、ここで、誰かが近付く気配に気付き、ふと振り返る。

「あっ、横島さん......。
 今日の訓練は終了ですか?
 ......おつかれさまです!」
「ありがとう、おキヌちゃん。
 ......まあ今日は俺じゃなくて、
 エミさんたちの合体訓練に
 つきあっただけなんだけど」
「文珠生成役ですか?
 ......ご苦労様です!
 それこそ、横島さんにしか
 出来ないことですからね」
「だけど......俺だって無限に
 作れるわけじゃないんだけどなあ」

 苦笑してみせる横島にあわせて、おキヌも笑顔を見せた。

(横島さんの霊力の源は煩悩ですから
 ......無限に近いんじゃないですか?)

 冗談半分でそんなことを彼女が考えている間に、横島は、おキヌの隣に歩み寄った。手すりの上に手を置いて、先ほどまでのおキヌと同じように、夕陽に目を向ける。
 二人並んで、一緒に夕陽に照らされる形となった。

「夕陽って......
 外国でも見られるんだな」

 ポツリとつぶやく横島。
 おキヌは、プッと吹き出してしまった。

「横島さんったら、
 面白いこと言いますね。
 ......当たり前じゃないですか」
「えっ、当たり前なのか?
 ヘンなこと言っちゃったかな。
 ......ははは。
 まあ......俺、頭悪いから」

 右手は手すりにのせたまま、左手で頭をかく。そんな横島を見て、おキヌは、少し真面目な口調で応えていた。

「違いますよ......」
「......えっ?」

 おキヌは、これまでの横島の活躍を回想する。
 彼の戦い方は、けして力任せではない。かといって準備万端というわけでもなく、その場その場でとっさに対応しているのだ。頭の回転が速いからこそ出来る芸当だった。
 それに、美神が一時的に西条のもとへ行ってしまった際、残された事務所を繁盛させた手腕。あれだって、馬鹿には出来ないことであろう。

「横島さんは、
 頭が悪いわけじゃありません。
 ただ、ちゃんと勉強してないだけです」
「......おキヌちゃん。
 フォローしてくれるのは嬉しいけど、
 それ......フォローになってないよ?」
「えっ......いや、
 横島さんが怠け者って意味じゃなくて、
 ほら、事務所の仕事で......
 美神さんの手伝いで忙しいから......」

 パタパタと手を振るおキヌ。
 その姿は、ちょっと可愛らしかった。


___________


(『美神さんの手伝いで忙しい』......か。
 それだって色香に迷ってのことだから
 ......まあ、自業自得なんだよなあ)

 と考える横島だが、内心に浮かんだ『色香』という言葉が、ふと、気になってしまう。
 本来ならば、それは美神と直結するはずのキーワードなのに......。

(美神さんだけじゃなくて
 ......おキヌちゃんも、だな)
 
 目の前のおキヌが夕陽に照らされているせいであろうか。
 横島は、今日の昼間にも思い出した場面――おキヌが部屋にやって来た時のこと――(第六話参照)を、再び思い浮かべてしまった。
 基本的に対策本部は地下にあるのに、横島が与えられた部屋は半地下にあったので、窓から夕陽が射しこんでいた。そして、あの時のおキヌは、妙に色っぽく見えたのだった。
 女性は、好きな男性と二人きりになれば、自然に色気が増すものだ。それを理解している横島ではないが、
 
(頬の赤みって......
 女性をいつもよりも艶やかに見せるんだな)

 ということには、気付いていた。
 ただし、あの場でおキヌが頬を赤らめたのは、それまでの会話があってこそ。単なる夕陽による朱ではないということも、分かっていた。
 だから、今とは事情が違うのだ。今のおキヌを見て『色っぽい』なんて思ってしまっては、意識しすぎである。
 横島は、軽く頭を振って、おキヌから夕陽へと思考を戻した。

「そう言えば......
 逆天号のデッキでも見たもんな。
 場所なんて気にしてなかったけど、
 アレも日本の外だったかもしれない」
「ね?
 どこでも夕陽は同じです。
 ......きれいですよね」
「ああ。
 夕陽がきれいなのは......」

 昼と夜のすきま......短時間しか見られないから、よけい美しい。
 横島は、ルシオラから聞いた言葉を、おキヌに伝える。

「ロマンチックなセリフですね......」

 とつぶやくおキヌ。彼女の両手が、手すりの上の横島の右手に、ソッと重ねられた。
 彼らから少し離れたところでは、様子を窺うかのように、ホタルが飛んでいる。だが、今、それに気付く二人ではなかった。


___________


「......ああ」

 横島は、おキヌの『ロマンチック』という言葉に対して同意を示す。
 だが、それだけではなかった。

(やっぱり、
 美神さんとおキヌちゃんは
 ......全然違うんだな)

 『色香』という言葉でおキヌを思い浮かべた自分への、否定でもあったのだ。
 今、横島の手には、おキヌの手のやわらかい温もりが伝わっている。だが、だからといって、彼は興奮しているわけではなかった。
 それは、愛おしい気持ち。
 ただし、小さな子供や愛玩動物に対する『愛おしい』とも、少し違う。

(不思議な感覚だ......)

 いつのまにか、おキヌの全身が、横島の肩にもたれかかっていた。
 かなりの面積で密着しているのに、美神に抱きついた時のような感覚――いわゆる『セクハラ』のスキンシップ――とは、全く別物だった。
 ドキドキワクワクするのではなく、おだやかな心地良さ。
 スケベな欲求ではなく、別の意味で満たされていく気持ち。

(そうか、これが......女のコなんだ)

 横島がおキヌと密着するのは、これが初めてではない。
 最近では、逆天号から無事に戻った横島におキヌは抱きついてきたし(第六話参照)、それ以前にも似たような場面はあった。
 そして、偽りの幽霊屋敷――後に『サバイバルの館』と呼ばれるようになった廃屋――で二人きりになった時には、横島自身が『ときめくぞ!』と言葉にするほど、いい雰囲気になったのだ。
 サバイバルの館では、おキヌも素直な気持ちをストレートに示していたが、横島がストレート過ぎたために、有耶無耶になっている。だが、最近、対策本部の横島の部屋にて、当時のことを振り返ることになり......。

(ああ、そうか)

 色々な思い出が、グルグルと頭の中で回り、溶け合う。
 そして、ようやく一つの結論が導き出されていた。

(これこそ......
 青少年らしい、青く甘酸っぱい恋愛なのか!)

 横島は、右手の上のおキヌの両手に、自分の左手をのせた。
 それに気付いたおキヌが顔を上げ、横島の方を向く。
 彼女の目を見つめながら、横島は、口を開いた。

「なあ、おキヌちゃん」
「......なんでしょう?」
「もし、この戦いから
 生きて戻れたら、そのときは......」

 思いっきり死亡フラグな発言を始める横島だったが、ここで邪魔が入る。

『こんなところにいたのね!』
『美神さんが呼んでるのね!』

 二人のヒャクメであった。
 その片方――通称『しっかりヒャクメ』――に引きずられ、横島が消えていく。
 その間、もう一人――通称『うっかりヒャクメ』――はデッキに留まり、いたずらっぽい笑顔を見せていた。

「あの......ヒャクメ様?
 お願いがあるんですが......」
『大丈夫なのね。
 ......今見たことは
 美神さんには黙っててあげるから。
 こう見ても私、口はカタイのね。
 なにしろ私が覗いた内容を全部広言してたら、
 世界中で修羅場が......』

 そこまで言ったところで、ヒャクメの表情が変わる。

『あら......違うのね?』
「はい、お願いします」

 どうやら、ヒャクメはおキヌの心を読んだらしい。それが分かっただけに、おキヌは、敢えて頼み事の詳細を口にしなかった。


___________


 南極大陸の中心地、到達不能極。
 今、そこにGSたちを乗せたヘリが到着し、続いて、異界空間への入り口が出現する。空間内にそびえ立つのは、

「バベルの塔......!!」

 伝説の建造物を連想させる巨大な塔だった。

『この塔はアシュ様の
 精神エネルギーで作られたものよ。
 砂や氷の粒子が波動を帯びただけで
 こんな形に結晶するの』
「ルシオラ!?
 おまえだったのか......!」

 案内役のホタルが先行して異空間に入り、同時に、その姿が変化する。
 彼女の両横に妖蝶と妖蜂も飛んできて、それぞれ、パピリオとベスパに変身した。

「三人とも無事だったのか!?
 逆天号といっしょに
 死んだんじゃないかと心配......」
『黙れ、裏切り者!!
 細工した張本人のくせに
 ひとごとみたいな口をきくな!』

 気遣う横島の言葉は、ベスパをかえって逆上させる。逆天号撃墜に関して、ベスパは、スパイの横島が内部から何らかの破壊工作をした可能性を疑っていたのだった。
 彼女を落ち着かせる意味で、ルシオラが、ベスパの肩にソッと手をおく。

『とりあえずケンカはあと!
 今は、まず......』

 その言葉が合図だったかのように。

 ゴォォ......ォン。

 重厚な響きと共に、巨塔の扉戸が、ずり上がっていく。

『この先も私が案内します。
 ついてきてください、美神さん』

 ルシオラに先導され、美神が歩き出した。
 残りの面々も続こうとするが、ベスパの叫び声が、それを妨げる。

『止まれ!
 この先は美神令子一人だ!』


___________


 GSたちが足を止める。
 その間に、美神は、横島のもとへ駆け寄っていた。彼の右腕に両腕でギュッとしがみつき、宣言する。

「そっちの頼みをきいて
 わざわざ来てやったのよ!
 何もかもあんたたちの
 言いなりにはできないわね。
 せめて......
 横島クンだけでも連れていくわ!」
『フン、やはりポチにこだわるのか。
 ......立場がよくわかってないみたいだね。
 なんなら今この場で......
 ポチを引き裂いてもいいんだよ!』
『ベスパ!
 そんな物騒な......』

 ベスパの表情に深刻さを感じ取り、ルシオラが制止を試みる。だが、ベスパを止めたのはルシオラの言葉ではなかった。

『かまわんよ、ベスパ。
 一人くらい客が増えても私は困らん。
 むしろ、何をするのか興味がある。
 人間の身で私を倒すために
 何か準備をしてきたようだからね。
 ......二人とも連れてきたまえ』

 塔の中から聞こえてきたのは、絶対主であるアシュタロスの声だ。
 ベスパは、二人がルシオラに導かれて塔に入るのを見守る。後ろでは、残りのGSたちとパピリオが言い合っているようだが、それもシッカリ聞こえていた。

「......そりゃねーぜ、おめーら!
 せっかく来たんだ、
 俺たちも通してもらうぜ!」
『ダメでちゅ。
 アシュ様は「二人」って言ったでちゅ!』

 ベスパは、ゆっくりと振り返る。

『ああ、そうさ。
 おまえたちは......ここで、
 私とパピリオが相手してやるさ!』


___________


「おもしれえ!
 そっちのドチビにゃ借りがあったからな!!」
「それじゃハチ女のほうは
 私たちがひきうけるワケ!」

 雪之丞の横にはピートが、エミの後ろには冥子が立っている。そして、四人とも一つずつ文珠を握りしめていた。
 四つの球が同時に光り出す。

『それはポチの......』

 文珠の発動に気付いたパピリオの頭の中に、横島との思い出が蘇る。
 その能力を面白がって、ペットとして連れ帰ったのが最初だった。だが、いつのまにかペットから仲間となり、楽しい日々を過ごしたのだが......。

(......でもポチはスパイだった!
 あれは全部......
 全部嘘だったんでちゅね!?
 私の気持ちをもてあそんで......!)

 逆天号が沈んだことに横島が関与しているかもしれない。その仮説はベスパから聞かされており、むしろパピリオの方が、それを強く信じてしまっていた。

『ポチの仲間......。
 ひとりも無事に帰さないでちゅよーッ!』
『えっ!?』

 ベスパも驚くほどの速さと勢いで、パピリオが、先制攻撃を仕掛ける!


___________


 ゴァアアアッ!

 パピリオの魔力波がGSたちに炸裂。
 爆煙が辺り一面に立ちこめ、視界はゼロになった。

『一撃で全滅......か?』

 敵が消滅したか否か。
 確認のために目をこらすベスパの隣で、パピリオが小さな言葉をもらす。

『人間なんか......
 全部死んじゃえばいいんでちゅ』

 と、その時。

「ダブルGS......」
「......キーック!!」

 二人まとめて、左右から挟撃されてしまった。
 先に立ち上がったベスパが、攻撃の主を確認する。

『おまえたちは......!?』

 そこに立っているのは、二人の戦士。
 一人は、黒い翼を生やした雪之丞。ピートと合体した姿である。
 そしてもう一人は、右半身が白色、左半身が黒色のスーツに包まれた女性。首から上はエミの顔をしているが、胸の中央には半透明のカプセルがあり、その中に冥子の顔も浮かんでいた。

『ポチのトリックで......
 合体したんでちゅね?』

 パピリオも起き上がり、瞬時に同期合体を見抜く。

『一人じゃかなわないから、
 二人で一つになったってわけか。
 それで......おまえたちだけ
 生き残れたんだな!?』
『違うみたいでちゅよ、ベスパちゃん。
 弱っちい人間のくせに、
 生意気でちゅね......』

 ようやく煙が晴れてきた。
 パピリオの示す方向に無傷のGSたちが立っているのが、ベスパにも見てとれた。
 ベスパのためというわけではないが、パピリオがさらに解説する。

『「聖」と「魔」二種の結界による複合バリヤー。
 さらに合体した二人が横から霊波をぶつけて、
 攻撃のポイントをずらせば......。
 直撃じゃなければ、
 多少は耐えられるってわけでちゅね!?』


___________


「......そうだ。
 人間は本来『群』で行動する種族だからね。
 ひとりひとりの力は小さくとも......
 それを合わせたら全く話が違う!」

 西条が、パピリオの言葉を肯定する。
 作戦の要となるのは、日頃脚光を浴びる機会の少ないタイガーだった。彼の精神感応力を応用して、全員がテレパシーでつながっているのである。
 その上で、攻撃、防御、指令といったように、役割分担を行っていた。
 まず攻撃役は、二組の同期合体。エミと冥子、雪之丞とピートが主力となって、ベスパとパピリオのそれぞれを相手する。さらに、マリアが補佐に回っていた。マリアの攻撃力は低いが、それでも牽制には十分なのだ。
 そして、防御役は唐巣と魔鈴。彼の聖なる呪文と彼女の古代魔法を重ね合わせることで、二重の防御壁を作り上げたのだ。
 さらに、当初のプランにはなかったレーダー役も、この『群』には含まれていた。
 おキヌである。
 彼女は、みずからヒャクメに頼み込んで、『心眼』を借り受けたのだ。それは神のアイテムであり、人間が使うことは容易ではないはずだが、わずかな日数で彼女は精一杯訓練し、使用可能になったのだった。

「今の我々は人間の集まりではなく、
 一体の『人間以上』なのさ!!」

 こうした面々を束ねて、手足のように動かしているのは西条である。彼一人が指示を出しているからこそ、全員が『一体』となっていても、特に混乱はないのだった。
 敵が弱るまで出番のないカオスも、西条司令の邪魔にならぬよう、でしゃばらずに静かに待機していた。

(......おい西条!
 たいしてきいてねーぜ!?)
(もともとパワーのケタがちがうんです。
 こんなもんでしょう)

 今、雪之丞とピートの意志が、テレパシーを介して西条に伝わる。

(早く次の指示を......!
 攻撃の回転を上げないといけないワケ。
 合体が長引くと......)
(......とろけちゃいそう〜〜。
 暴走しそうなくらい〜〜気持ちいいの〜〜)
(......色んな意味で危険なワケ!)

 エミの焦りも伝わる。

(......急げ!
 チクチク繰り返せば
 ダメージを重ねられる!
 やつらが音を上げるまで
 しつこく攻撃するんだ!)
(こちらが死角です。
 この向きから攻撃すれば......)
(よし。
 同時に攻撃だ......!)

 おキヌからの情報で、西条が新たな指示を飛ばした。
 それを受けて、雪之丞が、エミが、マリアが、ベスパとパピリオに襲いかかる!


___________


 その頃。
 美神と横島は、ルシオラに案内されるまま、塔の中を進んでいた。
 屋内とは思えぬほど天井は高く、通路の幅も、大型モンスターが並んで歩けるほど広い。
 そして壁面には、楕円形で半透明のウインドウが無数に張り付いていた。

「これは......いったい!?」
「ちょっとブキミっスね」

 よく見ると、ウインドウの中には、それぞれ一つずつ何かが飾られているようだ。

『それは「宇宙のタマゴ」。
 ......新しい宇宙のヒナ形よ。
 近づくと中に吸いこまれるから
 気をつけてください......』

 壁に向けられた美神の好奇な視線に気付き、ルシオラが説明する。

『この「タマゴ」ひとつひとつに、
 それぞれ宇宙の可能性が詰まってるの。
 中でヘンなことしたら腐らせることになるし、
 外からヘタに攻撃したら爆発しちゃうわ』
「『爆発しちゃう』......?
 それって......爆発タマゴ!?」
「ちがうでしょ。
 それだけエネルギーが凝縮されてるってこと。
 ......そうでしょ?」

 横島とは異なり、美神は手早く本質を理解した。
 ルシオラも笑いながら頷いている。

(でも......
 こんなに作ってどーする気!?
 貴重なエネルギーを
 こんなことにつぎこむなんて......)

 新たな疑問が生じる美神だったが、今度は口に出さなかった。
 美神たちは、今まで『アシュタロスは悪役のボスらしく世界支配をたくらんでいる』と思ってきた。だが、今、ズラリと並んだ『宇宙のタマゴ』を前にして、その点を疑い始めたのだ。

(奴の目的は
 ひょっとして何か別に......!?)

 こればかりは、尋ねたところで教えてもらえるわけがない。
 むしろ、隠された真相があるというなら、何も気付いていないフリを続けたほうが有利になるかもしれない。
 美神は、そう考えたのだった。
 そして、

『......ふむ。
 そこでトラブルが起きては困るな。
 ......私の専用通路を使うといい』 

 突然、アシュタロスの声が響き渡る。彼らの会話を聞いていたのだろう。

「......いよいよね」

 美神は、あらためて気を引き締めて、そして用意されたゲートをくぐるのだった。


___________


 円形の大広間。
 その奥へと通じる階段の上に、アシュタロスが立っている。
 美神たちに背を向ける形だったが、

『アシュ様......!
 メフィスト......いや、美神令子が参りました』

 足下の土偶羅魔具羅の報告を受けて、彼は、ゆっくりと振り向いた。

『......神は自分の創ったものすべてを愛するというが
 低級魔族として最初に君の魂を作ったのは私だ。
 よく戻ってきてくれた、我が娘よ......!!
 信じないかもしれないが、愛しているよ』

 アシュタロスが語ると同時に、美神の体が震え始めた。
 それに気付きつつ、彼は言葉を続ける。

『おまえは私の作品だ。
 私は「道具」を作ってきたつもりだったが......
 おまえは「作品」なのだよ』

 かつてのアシュタロスにとって、配下の魔物など『道具』に過ぎなかった。彼の命令を遂行するのに必要な機能を備えているが、それ以上でもそれ以下でもない。そう思っていたのだ。
 しかし、美神の前世であるメフィストは、『それ以上』だった。
 人間に恋をして、アシュタロスに反旗をひるがえしたメフィスト。その姿に、アシュタロスは、造物主に立ち向かう自分自身を重ね合わせていた。

『独り戦い続ける私の孤独を......
 おまえという存在がやわらげてくれる』

 自分の価値観を延々と語りかけながら、アシュタロスは、階段を降りていく。
 美神の目の前まで来たところで、彼は、手をのばしながら命令した。

『戻って来い、メフィスト!!
 私の愛が理解できるな!?』

 美神の表情が変わる。
 彼女の中で前世の記憶が蘇ったのだと悟り、アシュタロスは内心でニヤリと笑っていた。だが、その笑みもすぐに消える。彼は、他のことにも気付いてしまったのだ。

『......おや?
 私が招いたのは人間二人だったはずだが......』

 アシュタロスの言葉と同時に、美神と横島の体の中から何かが飛び出した。

『あら、バレちゃったのねー!』
『それじゃ......もう
 隠れてても意味ないのねー!』

 それは二人のヒャクメである。彼女たちは、美神と横島に憑依して、ここまでついてきたのだった。


___________


『どんな芸当を見せてくれるかと思ったら、
 神族を二人ここまで運んできただけか......。
 「苦しいときの神頼み」という言葉が
 人間界にはあるそうだが......失望したよ』

 アシュタロスは勘違いしている。
 美神たちが横島を連れてくることにこだわったのは、単にヒャクメを運ぶためだけではない。

(でも、カン違いしてるなら......)
(......今がチャンスなのねー!)

 ヒャクメたちは、二人揃って、美神の方を向いた。
 美神は、アシュタロスに向かって歩いている。だが、足どりはヨロヨロとしているし、その表情も戦士のそれではなかった。

「ア......アシュ様......!!」
「美神さんっ!?
 気を確かにっ!!
 戦いにきたんでしょっ!?
 地球はっ!?
 お母さんはどーすんですっ!?」

 横島の制止も振り切り、アシュタロスに接近する美神。

「アシュ様......」
『メフィスト......!』

 彼女は、彼の頬に手をのばし、

「ざけんなクソ親父ーッ!!」

 その眉間にヘッドバットを炸裂させた。さらに反動でパッと飛び退いて、仲間に指示を出す。

「横島クン!!
 ヒャクメ!!
 用意はいいッ!?」


___________


『ほう!!
 霊力を共鳴させたわけか。
 神魔ならばたやすいことだが、
 同期させることで、人間まで出来るようになったのか。
 ......考えたな』

 うっかり合体と同期合体。
 今、アシュタロスの前には、ヒャクメ二人が合体した姿と、横島を取り込んだ美神の姿とがあった。

『......これが人間たちの奇策か。
 ルシオラ、おまえは知っていたはずだな?』

 案内役だったルシオラは、戦闘の邪魔にならないよう、少し離れた場所に立っている。彼女は、アシュタロスの問いに対して、無言で頷いていた。

『......まあ、いい。
 詳細を聞くよりは......
 自分で試してみたいからな。
 もしあれが私を倒すほどのものなら......
 私は......。
 ......いや、そんなことはあるまいがな』

 一瞬浮かぶ疑念の表情。だが、すぐにそれを振り払い、アシュタロスは、毅然とした態度で宣言した。

『やってみろ、メフィスト!!
 どのみち私を倒す以外に
 おまえに未来はないのさ!』


___________


「どーせ長くはもたない!
 速攻でいくわよ!」
『わかってるのねー!』
『もちろんなのねー!』

 美神の号令に対してヒャクメは返事をするが、横島は無反応だ。

「横島クン!!
 きいてるの!?」
「......え?
 なんです?」

 再度の問いかけにも、彼の反応は悪い。

「ああ......とろける......!!
 美神さんの中に......
 なんかもう
 どーでもよくなってます......
 消えそう......!」

 美神との一体感に浸って、夢見心地な横島。

(シンクロが進みすぎてる......!?)

 彼の目を覚まさせるために、美神は、ひとつの爆弾を投げかけてみた。

「しっかりしなさい......!!
 私の中にとろけてどーすんの!?
 あんたの相手は......私じゃないでしょ!
 ......おキヌちゃんに言いつけるわよ!!」
「えっ、お、おキヌちゃん!? 
 ......あ、はいッ!!」

 横島の意識がビクンと反応する。彼が美神の体内にいる以上、彼の動揺は、彼女にもダイレクトに伝わっていた。

(......やっぱり!)

 美神は、少し前から、横島とおキヌの様子が以前とは違うのに気付いていた。三人で対策本部に残ったのだから、ある意味、事務所と同じ人間関係のはずだったのに、どこか妙な空気が流れていたのだ。
 だから、横島が『魔物に好かれる』云々でからかわれていたときも、その冗談の輪の中には参加しなかった。
 今までは半信半疑だったが、今の横島の反応でハッキリした。

(横島クンは、おキヌちゃんと......)

 フッと寂しくなる美神。
 しかし、その『寂しさ』を自分の感情だとは認めたくなかった。
 アシュタロスに呼び覚まされた前世の記憶――メフィストの恋心――の影響だと決めつける。

(このモヤモヤも......アシュタロスのせいだわ!)

 ヤキモチも、アシュタロスへの怒りに転化させて。

「極楽へ......行かせてやるわッ!!」
『速い......!?』

 美神は、アシュタロスに突撃した。


___________


『おまえは......!!
 しょせんその程度にすぎんのか!?
 メフィスト!!』

 合体美神の一撃は、アシュタロスの左胸に大穴をあけた。
 だが、そこまでだった。
 アシュタロスが軽く腕を振るうだけで弾き飛ばされてしまい、その衝撃で合体まで解けてしまった。
 実体化して飛び出した横島は、目を回して倒れている。

『それじゃ、今度は私が......』

 続いて立ち向かった合体ヒャクメ『うっかり王』も、

『あ?れ?』
『しょせん私は戦士じゃないのねー』

 軽く振り払われて、吹き飛ばされていた。だが美神たちとは違って合体は保ったままなので、かろうじて神族の面目も保たれているかもしれない。

『メフィスト......。
 おまえを過大評価しすぎたようだ。
 ......この辺にしよう』

 アシュタロスも興ざめしたらしい。
 彼は、倒れた四人に向けて、強烈な魔力波を撃ち出した。


___________


 しかし。

『......なんのマネだ?
 ルシオラ......!』

 美神たちを襲ったはずの光は、彼女たちには直撃しなかった。土偶羅魔具羅が身を挺してかばった形となったのだ。
 ただし、これは土偶羅魔具羅の意志ではない。ルシオラが、横島を助けたくて投げつけたものだった。

『独りでなんか死なせないわ!!
 ポチ!!
 私も一緒に......!!
 私......おまえが......好きなの!』

 逆天号で別れて以来の恋情を、ついにルシオラが告白する。
 横島は気を失っているので彼の耳には届かないのだが、これが最期と思えば、もう今告げるしかなかったのだ。
 横島のもとへ飛んでいくルシオラだが、その足首を美神がつかむ。

「独りじゃないでしょ!?
 ......今さら乱入しないでくれる!?」
『「今さら」じゃないわ!
 最期の瞬間だからこそ、せめて......』
「『最期の瞬間』......!?
 せっかく生まれかわったのに、
 こんなところで......」

 と言いかけた美神の表情が変わる。
 たった今まで、横島の前世が殺されるシーンが頭に浮かんでいたのに、それが急に消えてしまったのだ。
 同時に、ルシオラもハッとしていた。

『私......反抗したのに消えてないわ?』

 三姉妹の霊体ゲノムには監視ウイルスが組み込まれていて、コードに触れる行動をとれば、その場で消滅することになっている。アシュタロスへの直接の反逆行為など、もちろん、その筆頭となる大罪のはずだった。

『アシュタロスの霊波......』
『ダメージを受けて弱まってるのね!』

 合体ヒャクメから二つの声が発せられる。武力行為は苦手でも、こうした分析は得意なのだ。

『......気づいたのはほめてやるがね。
 図には乗るなよ。
 傷の再生のため一時的に
 外へ放出するパワーが減少しているだけだ』

 アシュタロスがニヤッと笑う。
 同時に、合体ヒャクメの口元にも不敵な笑いが浮かんだ。

『アシュタロス破れたり......なのね!』
『おまえの野望も、ここまでなのね!』


___________


 ヒャクメは神さまである。
 もともとの霊力は、人間よりも遥かに高い。それが共鳴すれば、美神たちの同期合体をも上回る、凄まじいパワーとなるはずだった。
 しかし、アシュタロスによってチャンネルが遮断されている現状では、合体したところで、たいした力にはならない。パワーそのものは、人間たちの同期合体にすら劣るかもしれなかった。
 それでも彼女たちが参戦しているのは、彼女たちの『見る』力のためだ。通常でも『目』が優れているヒャクメなのに、合体により、その能力もアップしているのだ(第六話参照)。

(今までは見えなかったけど......)
(......ようやく見えてきたのね!)

 今、ヒャクメは、アシュタロスの心を覗くことに成功していた。
 霊力の差が大きい故に難しかったが、アシュタロスが傷の再生にパワーを回したことで、無意識の心の壁も薄くなっていたのだ。

(もちろん全部じゃないけど......)
(......とりあえず十分!)

 美智恵が受けた妖毒へはどう対処したらいいか、また、核ミサイルがどう管理されているのか。
 そして、アシュタロスが計画しているコスモ・プロセッサについて......。
 ヒャクメは、アシュタロスの心から、それらの情報を盗み出すことが出来たのだった。
 残念ながら、アシュタロスがこの戦いを始めた理由――『魂の牢獄』に関する想い――までは見抜けなかったが、その重大性をヒャクメたちは知らない。それが後々に与える影響までは、この時点では誰も予想できなかった。
 だから、ヒャクメたちは、意気揚々と宣言する。

『情報を制する私は......』
『世界を制す......なのね!』


___________


 突然きびすを返した合体ヒャクメ『うっかり王』。
 その姿は、敵前逃亡する臆病な兵士のようでもあった。

「ちょっとヒャクメ!?
 あんた、いったい......」

 慌てて声をかける美神に対して、ヒャクメが手早く説明する。

『私たちは......』
『......計画のもとになる部分を壊してくるのね!』

 アシュタロスの目的は、コスモ・プロセッサによる天地創造。そのエネルギー源として、美神の魂の中の結晶を必要としているのだ。
 だが、エネルギーさえあれば良いわけではない。コスモ・プロセッサが宇宙の構成を部分的に組み換える装置である以上、現実とは異なる無数の『可能性』の宇宙が必須である。そのために作られたのが、『宇宙のタマゴ』なのだった。

『あそこにあったのは試作品だけど、
 でもプロトタイプがなくちゃ......』
『完成品も作れないのねー!
 なにしろアシュタロスは、
 一年以内に全てを仕上げないといけないんだから!』

 美神に対して解説したつもりだったが、

『そうはさせん......!』

 おしゃべりが少し過ぎたらしい。ヒャクメが何をしようとしているのか、アシュタロスにまで伝わってしまった。

『......はっ、しまった!』
『私ったら、うっかり......』

 オロオロする合体ヒャクメに対して、アシュタロスが恫喝する。

『それ以上動くな!
 さもないと......
 人間たちの逃げ場をなくすぞ!?』

 核ミサイルの発射スイッチを手にするアシュタロス。
 だが、ヒャクメは止まらない。戦場から離脱しようとしていた。

『そうか......。
 これは......君の責任だぞ!』

 カキンとスイッチを押し、そして、アシュタロスはヒャクメを追いかける。

「ちょっと......!?
 ミサイルも解毒剤も奴が......」
『大丈夫なのね!』
『それはルシオラにまかせたらいいのね!』

 美神の質問に対して律儀に答えてから。
 ヒャクメはゲートをくぐり、その場から姿を消した。


___________


「......それじゃ、
 こんなところに長居は無用ね。
 ほら横島クン、起きなさい!」
「......あれ?
 美神さん、アシュタロスは!?」

 横島を叩き起こし、美神は、手短に事情を説明した。
 そして、なし崩し的に味方となったルシオラと共に、三人で通路を進む。

「ヒャクメは、ああ言ってたけど
 ......ほんとに大丈夫なのね?」
『ええ。
 妖毒はベスパのものですから
 ベスパの霊基構造から血清が造れます。
 あるいは彼女抜きでも、
 私の霊基構造でもOKです。
 三人は同じ細胞から造られた姉妹ですから』
「で、核ミサイルは?」
『それも大丈夫です。
 潜水艦を乗っとったのは
 パピリオの眷族だから......』

 美神の確認に対して頷きながら、ルシオラは、頭の中で色々と対処法をシュミレートしていた。
 いくらルシオラでも、突然ミサイルの件を言われたら、最善策を選ぶことは無理だったかもしれない。しかし、こうして考える時間があれば、話は別だ。
 三人が出口に到着する頃には、彼女の頭の中には、一つのプランが浮き上がっていた。


___________


『この扉はアシュ様の
 霊波コードがないと開かないんだけど......』
「ああ、それなら心配しないで。
 横島クン......文珠で
 アシュタロスをイメージしなさい!」
「はあっ!?」

 美神が横島に指示を出す。
 その内容は、文珠を使ってアシュタロスに化けるというものだった。
 美智恵と二人で色々検討した際に思いついた戦法の一つであり、直接戦闘ではデメリットもあるために放棄したのだが、こういうケースならば使えるはずだった。

「そんなにうまくいくんスか?」
「......あんたが疑問感じてちゃダメでしょ!」

 美神に叱咤激励されつつ、先ほど戦っていたアシュタロスを思い描く。
 彼の全てを模倣するイメージで文珠を発動させると、横島の姿が変化した。

『わ......我が名はアシュタロス!
 ......封を解け!』

 開かないはずの門戸が、今、ゆっくりと開いていく。


___________


「そうか......令子ちゃん、
 とりあえず事情はわかったよ」
「まあ無事に戻ってこれて何よりだね」

 西条と唐巣が、美神たちに労いの言葉をかけた。
 ベスパとパピリオには勝利したものの、中には入れないので門の前で待っていたGSたち。彼らの多くは、核ミサイル発射の報告を受けてパニックに陥ったのだが、二人が中心になって、なんとか全員を落ち着かせたのだった。

「......で、そっちは?」
「うちあわせどおり生け捕りにしたぞ。
 チョウチョ娘もハチ女も、この中じゃ!
 よーく眠って、もはや身動きもできん!!」

 虫カゴを手にしたカオスが、一歩前に出る。
 そこに駆け寄るルシオラを見ながら、雪之丞がポツリとつぶやいた。

「あの女、信用していいのか!?」
「大丈夫!!
 言うとおりして!
 ......私が保証するわ」

 美神にこう言われてしまえば、誰も反論できない。

「でも......。
 どうするつもりなワケ?
 ミサイルが既に発射されたなら......」
『私の霊波を流しこんでパピリオを起こします。
 あのコならミサイルの呼び戻しができるから!』

 エミの疑問に対して、その作業をしながら、ルシオラが答える。

「呼び戻すって言っても......
 地球のどこで爆発させても
 地上に莫大な被害が出るぞ!?」
「どこに〜〜ミサイル向けるつもり〜〜?」

 次々に飛んでくる、外野からの疑問の声。
 一瞬手を止めて、ルシオラは顔を上げる。

『だから、地球ではなくて......』

 そして、腕をいっぱいに伸ばし、遥か上空を指さした。

『......宇宙へ!!』


___________


 一方、その頃。
 合体ヒャクメは、通路で暴れ回っていた。

『や......やめろーッ!!』

 アシュタロスの制止は意味をなさない。
 場所が場所だけに、彼がヒャクメを攻撃することは出来なかった。ヒャクメがヒョイと避けただけで、『宇宙のタマゴ』に被害が出てしまうからである。

『サイコメトリックぅう......スーパー大切断!』

 グワッガァアァアァッ!!

 合体ヒャクメがその腕を振るうたびに、壁面の『宇宙のタマゴ』が次々と爆発していく。
 連鎖爆発も始まり、辺り一面、もうもうと煙が立ちこめていた。

 グァァアァアアァアッ!!

『もう十分なのね......。
 あとは放っておいても全滅するはず!』
『これ以上ここにいたら......私たちまで危険!
 爆発に巻き込まれる前に、脱出するのねー!』

 自分が引き起こした爆発で死んだりしたら、末代までの恥。それこそ『うっかり』の極致である。
 そう思って急いで逃げ出す合体ヒャクメ。
 そして、ヒャクメとは対照的に、アシュタロスは、その場に立ち尽くしていた。

『私の......天地創造が......
 あんな下っぱ神族の手で......』

 もはや脱出を試みようともしないアシュタロス。

『終わった......!!』

 最後の言葉は、その姿と共に、大爆発にのまれてしまうのであった。


___________
___________


 そして......。
 こうしてヒャクメがアシュタロスとの決戦で大金星を上げた時代よりも、少し過去の時代。
 そこでは、今、もう一組の主人公たちが、アシュタロスとの決戦に向かおうとしていた。

(さようなら、『この時代』......)

 内心でつぶやく美神の隣では、

『では......いってらっしゃい!』
「ああ!
 必ず......ここへ帰ってくるさ!」

 手を振る幽霊おキヌに、横島が笑顔で応えていた。
 そう。
 美神と横島は、ナビゲーター役のヒャクメ――『この時代』のヒャクメ――と共に、これから平安時代へと旅立つのだ。

「......それじゃ事務所の留守番、
 しっかり頼んだわよ?」
『はーい!』

 戻ってくるとは限らないと思いながらも、美神は、おキヌに声をかけた。
 そんな美神を見て、ヒャクメがクスリと笑う。

『美神さん......。
 もっと仲間を信用すべきなのね!』
「......えっ?」
『私もついてるし、
 ......横島さんも文珠使えるんだから!』

 神族であるヒャクメから見ても、文珠使いは希有な存在なのだろう。話題の主の横島もウンウンと頷いている。

「修業してパワーアップした俺って
 使えるよなあ!! 
 ......でも考えてみると
 これって、すごいラッキーっスよね?
 『この時代』でも
 修業の結果、同じ能力になったんだから!」
「なに言ってんの。
 同じになるのは当たり前でしょ」

 軽く頬をゆるめて、美神はツッコミを入れた。
 斉天大聖との修業は、『魂』に眠ってた力を引き出すだけなのだ。二人の『魂』は未来から逆行してきたものなのだから、逆行前と全く同じ能力になるのは当然だと美神は考えていた。

「......そうなんスか?
 偶然や御都合主義じゃないんですね」

 という横島のつぶやきを、美神は無視する。彼女も、少し、昨日の妙神山での出来事について思い返していたのだ。
 だが、美神が思い出していたのは、修業そのものではない。彼女の頭の中にあったのは、妙神山から帰る際に小竜姫から言われた言葉だった。

   『いくらたいした能力ではないと言っても、
    度重なる時間移動は時空の混乱を招きます。
    ......ですから回数も移動人数も、
    最小限に留めておきたいのです』

 同行できない理由として、小竜姫は、そう告げたのだ。

   『しかし、相手はアシュタロスです。
    私も......本来ならば
    武神が付き添うべきだと思いました。
    それでも上層部が寄越したのはヒャクメのみです。
    おそらく......
    これで何とかなるはずだということなのでしょう』

 美神を安心させるための言葉なのだが、小竜姫は、気休めを言えるタイプではない。彼女が本心から『何とかなる』と思っているのは、確実であった。

『......それじゃ美神さん!
 いいわね、行くわよ!?』

 現実に引き戻すかのように、ヒャクメが大きめな声で問いかける。
 いつのまにか、ヒャクメのコンピューターから伸びたコードが、美神の頭につなげられていた。

『出発なのねー!』

 ヒャクメがキーを叩くと同時に。
 三人の姿は、時空震の中に消えていった。


(第十一話に続く)

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第十一話へ進む



____
第十一話「帰ってきたヒャクメ!」

『これは......!』
『時空震のポイントを制御して......
 あいつだけを未来へ吹っとばす!!
 できるだけ遠く......!』

 平安時代の、夜の森の中。
 魔神アシュタロスに追いつめられた仲間を救うため、女神ヒャクメが今、逆転の奇策に出たのだった。
 
『おのれ......!
 下っぱ神族がこざかしいマネを......!!』
『奴のエネルギーが大きすぎて
 四、五百年飛ばすのがせいいっぱいか......!』

 コンピューターのキーを叩くヒャクメは、もはやアシュタロスを見ていない。時間の設定に必死になるあまり、アシュタロスの周囲を取り巻いていた時空震動がその位置を変え始めたのにも、気付いていなかった。

「時空震が......!」
「......これじゃダメだわ!」

 時空震動は、ヒャクメに向かって移動している。
 これでは、アシュタロスではなくヒャクメ自身が未来へ飛ばされてしまう。
 それを悟った仲間たちが騒ぐが、これも、ヒャクメの耳には届いていなかった。
 しかし、この時。

 ギュン!!

『これは......また新たな......!?』

 もう一つ別の時空震動が出現。
 コマとコマとがぶつかり合うようにして、ヒャクメに向かっていた時空震動を弾き飛ばす。
 そして、この新しい時空震動に乗って時間移動してきたのは......。

『到着なのねー!』
「えっ!? ......これは!!」
「......お、グッドタイミングっスね!」

 ヒャクメのナビで平安時代へ戻ってきた、美神と横島だったのである。




    第十一話 帰ってきたヒャクメ!




(違うわ......。
 『グッドタイミング』なんかじゃない!
 早い、早いすぎるのよ......!)

 周囲を見渡した美神は、時間の誤差に気付いていた。
 確かに場所は、平安時代のあの森のようだ。
 メフィストも西郷もいるし、アシュタロスもいる。ここまではよい。
 だが、そのアシュタロスは、いまだに道真に束縛されていた。しかも、もう一組の美神・横島・ヒャクメもいるのだ。
 どう見ても、これは、美神たちが時間移動の行き先として予定していたところよりも早い時点だった。計画では、美神と横島が消えた直後へ戻るはずだったのだ。

「ちょっと、ヒャクメ!
 あんた、また......
 コントロールをミスったのね!?」
『わ、わ......。
 「また」じゃないのね!
 あなたたちのヒャクメじゃないから、
 私にとっては初めての失敗なのね!』

 一緒に来たヒャクメに詰め寄り、美神は、その胸ぐらをつかむ。
 横島がなだめようとするが、

「まあまあ、美神さん。
 いいじゃないっスか、
 このほうが味方もたくさんいて......」
「いいえ、よくないわ!」

 今度は横島が怒鳴られてしまう。

(私たちは......
 私たちの『逆行』イベントが
 発生する前に来てしまった!
 ......これで勝つにせよ負けるにせよ、
 私たちが経験してきた『歴史』は
 変わることになるのよ......)

 そう、美神たち――この物語の主人公である美神たち――は、別の美神たちとの共闘なんて経験していない。
 今ここで、新たな歴史の分岐が生じてしまったのだ。

(しかも......
 ここでアシュタロスを倒せば、
 『攻撃されたのをキッカケに逆行する』
 というイベントも消滅することになるわ。
 その場合、もしも時空に連続性があるなら......。
 『逆行』した私たちは、
 消えてしまうことになるかもしれない!)

 と心配する美神だが、そこまで横島は考えていないようだ。味方が増えて勝算アップということで単純に喜んでいるのだろう。
 彼は、笑顔で、もう一組の美神と横島――ただし意識は前世の高島のもの――が騒いでいるのを眺めていた。

「ちょっと......!
 何がどうなってるの!?
 ......説明しなさいよ!」
「まあ、待て。
 少し様子をみたほうがいい」

 一方、ヒャクメは、

『と、ともかく......。
 今は、やるべきことをやるのね!』

 美神の剣幕の矛先が横島に向いている隙に、彼女の手を振りほどいていた。そして、先に平安時代に来ていたヒャクメ――アシュタロスを未来へ飛ばそうとしていたヒャクメ――のもとへと駆け寄る。

『私も手伝うわ!』
『そ、そうね......。
 二人で力を合わせれば
 ......うまくいくのね!』

 二人並んでコンピューターのキーボードを叩くヒャクメたち。
 弾き飛ばされて消えかかっていた時空震のエネルギーが、二人がポイントを制御し直したことにより、再びアシュタロスへと向かっていく。

『これで今度こそ......』
『......アシュタロスを
 未来へ送り込めるわ!』

 ヒャクメたちは成功を確信する。だが、それは甘い考えであった。


___________
___________


 こうして、ようやく美神と横島は、物語のはじまりである平安時代へと戻ったわけだが......。
 ここで物語の焦点は、いったん未来へと移る。
 もう一人の主人公、『うっかりヒャクメ』の活躍を見届けねばならないからだ......。


___________
___________


 ボッ! ゴオオォオオォオ!!

 はるか上空で核ミサイルが爆発する。
 それと前後して起こった内部からの大爆発により、アシュタロスの巨塔も、瓦礫の山と化していた。

「ヒャクメ様ーッ!」
「生きてますかあーッ!?」

 少し離れたところへ退避していた仲間たちが、今、塔の残骸へと駆け寄っていく。

「いくらアシュタロスでも
 これじゃひとたまりもないわね。
 ......作戦終了だわ」
「それより、ヒャクメ様は?
 まさか......アシュタロスと相打ちに!?」

 美神の発言を聞いて心配するおキヌ。彼女の不安をやわらげるために、

「似てない銅像建てないといけないっスね。
 あん人はこんなカオじゃねー......なんちて」

 横島は、ワザと茶化すような言葉を口にしていた。

「ヒャクメ様は〜〜
 私たちの心の中に〜〜
 生きてるの〜〜!」
「そう、神さまなのだから、
 私たち民衆の信仰が続くかぎり......」

 と、冥子や唐巣も続く。
 その時、

『あ〜〜
 死ぬかと思ったのね......!』
『でも生きてるのね。
 勝手に殺さないで......!』

 ボコッと瓦礫を押しのけて、二人のヒャクメが這い出してきた。
 
「ヒャクメ様......!!」
「やっぱり生きてたワケ......!」
「みんなーっ!
 こっちにいたぞー!!」
「よかった......」

 仲間が走り寄って、二人を取り囲む。
 その喜びの輪から少し離れたところでは、

「......どこかで見たような場面じゃな?」
「ヒャクメ様は・
 大変なものを・盗んでいきました。
 あれは・横島さんのセリフです」

 カオスとマリアが感想を述べている。だが、ボケーッとしているようでいて、異変に一番先に気付いたのもカオスであった。

「......ん?
 この悪寒は......!!」


___________


 ガラッ。ガシャッ......。バギャッ!!

『フ......フフ......フヒヒ......!!
 フヒ......ヒヒヒヒヒ!!
 ヒャハハハハハハーッ!!』

 その執念が天を突き破ったのだろうか。
 今、アシュタロスが廃墟の中から立ち上がる。

『終わりだ......。
 俺はもう......これで終わりだ!!
 ヒャハハハハハ......!!』

 右のツノが欠け、顔も右半分が痛々しい様子のアシュタロス。

「な......なんてしぶとい奴......!!」
「しかしありゃもうボロボロだぜ!?」
「最強の悪役も
 あーなっちゃおしまいだね!」

 どうやら内部は外見以上に崩壊しているらしい。GSたちが見守る中、アシュタロスの体に小さなヒビ割れが生じて、まず右腕が崩れ落ちた。

「でも......たとえ弱ってても
 生半可な攻撃じゃ通用しないかも......」
『いいえ、その心配はありません』
『もう体を維持するエネルギーもないのね』

 美神が身構えるが、ヒャクメ二人が制止。
 続いて、アシュタロス自身がヒャクメの言葉を肯定する。

『そのとおり......この肉体はもう不用なのだ。
 だから......捨てるまでのこと!』

 正中線に大きな亀裂が走り、左右二つにわかたれて、アシュタロスは倒れ落ちた。
 それでも、左半身が言葉を続ける。

『私には......もうひとつ分身が......。
 究極の魔体......』
「究極の......?
 どっかできいたことあるよーな......。
 あっ!!」

 最初に理解したのは美神だった。
 前世の記憶の断片には、平安時代のアジトで見かけた怪物の姿もあったからだ。

『そ......そうだ......!
 エネルギー結晶はもともと......
 あれを作動させるため......
 だが......現状でもうすでに......』

 そして、ヒャクメたちも思いあたる。

『......もともとのプラン!?』
『それって......!!』

 対決の場においてアシュタロスの心を覗いたヒャクメたちは、コスモ・プロセッサ計画について知っていた。その計画の変遷として、究極の魔体に関する知識も手に入れていたのだ。

『もはや、我が野望は......』

 完全に消滅する間際。
 まだアシュタロスは何か語っていたが、すでに誰の耳にも届いていなかった。それ以上に大きな声で、ヒャクメが叫んでいたからである。

『大変なのねーっ!!』
『早く日本に戻らないと......
 アシュタロスの分身が大暴れなのね!』


___________


『......というわけなのね』

 究極の魔体についてザッと説明するヒャクメたち。
 アシュタロスの本体が消滅したことで妨害霊波も弱まり、彼女たちの力も回復してきた。二人分の神気を合わせなくても遠視くらいは出来るようになり、既に、究極の魔体の出現地点も把握している。

『場所は......』
『東京湾南々東千百キロ、
 小笠原諸島「嫁姑島」......!』

 二人の女神の言葉を聞いて、唐巣が顔をしかめる。

「遠いな......」
「六道君のシンダラで運ぶとしても
 ......全員は無理だな」

 西条も考え込むが、その肩を美神がポンと叩いた。

「少数精鋭でいいじゃない」
「そうさ!
 わざわざ運んでもらわなくても、
 スピードとパワーを兼ね備えた
 俺たちがいるだろ......!?」

 美神に賛同する雪之丞。
 彼の表情を見て、西条にも、美神の考えが理解できた。

「......魔鈴君!」
「はい!」

 西条が呼びかけると同時に、魔鈴が箱を差し出す。中に入っている文珠は三つ。

「横島クンは......!?」
「......これだけっスね」

 美神の言葉に謙虚に応えた横島だが、それは謙遜にしか聞こえなかった。彼の手の中では、五つもの文珠が輝いていたのだ。

「全部で八個......
 ちょうどいいわね。
 それじゃ行きましょう!
 これが......ファイナル・バトルよ!!」
「おおーっ!!」

 美神の号令のもと、四体の合体戦士が、冷たい空へと飛び立つ!


___________


「あれが奴の分身!?
 ほとんど怪獣じゃねーか!!」

 全速力で飛行する戦士たちは、今、究極の魔体を目視できる位置まで到達していた。

「海を進むバケモノ......大海獣ですね」

 雪之丞の中にいるピートが、横島と同様の感想をもらす。

「まさに『決戦、大海獣』ってワケね」
「ちょうどいい!
 それなら、こっちは
 四大ヒーロー夢の競演だ。
 信じられるかこのパワー
 ......って言いたいくらいだぜ」
「それって〜〜なんのネタ〜〜?
 冥子、よくわかんない〜〜」
「エミも雪之丞も冥子も!
 バカなこと言ってないで......
 目の前の敵に集中しなさい!」

 軽口を交わし合う一同を美神がたしなめる。だが、彼女の表情には、言葉ほどの厳格さは表れていなかった。彼女自身、南極でアシュタロスと対面した時ほどの畏怖は、もはや感じていなかったのである。

『分身というより......もともと
 本体にするつもりで造ってたのね』
『でも千年前の事件をきっかけに、
 コスモ・プロセッサに乗りかえたの』
『あれが完全なら神・魔族の
 誰も対抗できない火力を持ってるはず......!』
『結晶がないから
 予備エネルギーで動いてる状態だけど......。
 それでも、最低でも二、三日くらいは動きそうね』

 合体ヒャクメが、究極の魔体を解説する。まずは脅威のメカニズムを語ってみせたが、それで終わりではなかった。

『だけど......パワーだけなのね。
 殺戮本能のみを残して、すべてを
 破壊エネルギーにしてるから......』
『はっきり言って......バカなのね!』

 断言するヒャクメ。
 実際、彼らの目の前で魔体が主砲を発射しているが、地球の丸みを計算に入れていないため、ビームは明後日の方向に進んでいた。

『しかも......
 これだけ近付けば、
 弱点も丸見えなのね!』
『主神クラスとの戦闘を想定したバリア。
 ......でも腰の後ろに穴があるわ!』
『そこから接近して
 大砲のつけ根を攻撃すれば......』
『エネルギーを通すパイプがあるから
 ......大打撃なのね!』

 なにしろ『見る』力に優れた合体ヒャクメがいるのである。
 究極の魔体の全てが、ヒャクメには御見通しだった。

「でかしたわ、ヒャクメ!」
「さすが〜〜神さまね〜〜」
「......うっかりキャラを
 返上するくらいの活躍なワケ」

 女性陣がヒャクメを賞賛し、

「ヒャクメ様の言った場所を、
 狙いをつけて集中攻撃です!」
「いくぞ......!
 デクノボーめ!!」
「弱点さえわかれば
 バカのおまえなんか
 おしまいなんだよ!!」

 男性陣の士気が上がる。

『さあ、みんな!』
『せーのっ!!』
 
 バアッ!! ズドドドォッ!!

 ヒャクメの指示に従い、一斉に攻撃する合体戦士たち。
 そして......。

『ガ、ァアアッ!!』

 断末魔の叫び声と共に。

 ズムッ......ザザザァアッ!

 究極の魔体が爆発四散。
 暗い海に沈んでいく。
 魔神アシュタロスの最期であった。


___________


 それから数日後。

『こんなところにいたのねー!』

 事務所の屋根裏部屋に、ヒャクメ――『うっかりヒャクメ』の方――が上がってきた。
 彼女が声をかけた相手は、

「べ、別に......
 ちちくりあってたわけじゃないからな!」
「もう、横島さんったら!」

 横島とおキヌの二人である。
 彼は小さな動揺を見せており、彼女は少し赤くなっていた。それ以上追求される前に、横島が逆にヒャクメに問いかける。

「おまえこそ......
 遊んでいていいのか!?」

 アシュタロスが滅び、世界は平和になった。しかし、戦後の事務処理は残っている。今日も階下には小竜姫やワルキューレたちが集まり、美神と小会議を開いているはずだった。

『私は......言わば
 歴史に招かれたゲストなのね!
 だから会議に参加する必要もないわ』

 確かに彼女は、この時代の本来のヒャクメではない。だからレポート作成などは『しっかりヒャクメ』に押しつけ、自分は好き勝手に振る舞っているのだった。

『それに......
 遊びに来たわけじゃないのね。
 二人にメッセージを持ってきたのよ』

 と言うが、これも口実。実際には、好奇心の赴くまま、ここへ来たのである。
 小竜姫たちの会議では今頃、なぜアシュタロスがあのような戦いを引き起こしたのか、それについて考察しているはずだった。その点に関心がないわけではないが、今の『うっかりヒャクメ』にとっては、横島とおキヌの関係の方が興味深い。
 だから屋根裏部屋を選択した『うっかりヒャクメ』。このせいで彼女は、『魂の牢獄』のシステムも知らないままになってしまった。だが、これが彼女の今後の運命にどんな影響を及ぼすのか、まだ誰も知らなかった......。


___________


「......え?
 それじゃ......あのコたち、
 ここには来ないんですか?」

 ヒャクメがもたらした情報は、おキヌを少し驚かせた。
 その内容は、ルシオラ・ベスパ・パピリオの処遇である。
 三姉妹は、監視ウイルスを組み込まれたせいで、半強制的にアシュタロスに加担させられていただけなのだ。しかも、消滅の危険があったにも関わらず、事件解決にあたって大きく貢献した。すでに自滅機能も取り除かれ、もはや危険視する必要もない。
 ......それがオカルトGメンの公式見解であり、彼女たちの身柄は、保護観察処分と決まっていた。ただし、問題が起こった場合のことを考えると、とてもオカルトGメンでは面倒を見きれない。
 そこで、美神の事務所に引き取られる方向で話が進んでいたのだ。
 美神と横島ならば、もしもの場合にも対等に戦えるからである。
 残念ながらエミと冥子あるいは雪之丞とピートの合体ではパワー不足であった。また、他のコンビはすぐに合体できるとは限らないが、同じ事務所で働く美神と横島は、その点でも心配されていなかった。
 しかし、

『......やっぱり人間に任せるより、
 神魔でなんとかするべきなのね』

 人間たちの決定は、神と悪魔によって覆されてしまったようだ。
 
『パピリオは妙神山預かり。
 ベスパとルシオラは
 魔界へ行くことになるわ』

 パピリオは小竜姫の弟子になり、ベスパは魔族の軍隊に入り、ルシオラは魔族正規軍の調査官――神族でいうところのヒャクメの役職――になる。
 それが、神魔上層部の決定だった。

「せっかく、おそうじしたのに......」

 おキヌは、屋根裏部屋を見渡す。
 ここで三姉妹が生活することを想定して、横島と二人で、色々と片づけていたのだ。本当に、隠れてイチャイチャしていたわけではないのである。

「でも......私たちと暮らすよりも、
 そのほうが三人にとっては
 幸せかもしれないですね」

 そう思って、微笑むおキヌ。
 彼女の隣では、横島がヒャクメをからかっていた。

「なあ、ヒャクメ。
 今は......デタントとか言って、
 神さまと悪魔が仲良しな時代なんだろ?
 そんじゃ......調査官も
 そんなにいらねーんじゃねーか?
 ルシオラが優秀な調査官になったら、
 うっかりだらけのヒャクメなんて、
 お払い箱に......」
『関係ないのね。
 私は私の時代に戻るから!
 ......そういうことは
 「しっかりヒャクメ」に言ってあげてね!』

 と『うっかりヒャクメ』が返した時、ちょうど『しっかりヒャクメ』が階段を上がってきた。

『みんな、外に集合なのね。
 ......さよならの時間だから!』


___________


『......断っておきますが、
 この時間移動は神魔族最上層部の
 特別許可のもと行われます!
 本当なら、これ以上の時空の混乱は
 もう絶対に避けたいんです。
 今回の事件での功績を特に認めての
 最後の時間移動ですからね!?』

 神魔の代表として宣言する小竜姫。
 その後ろに、ワルキューレ、ジークフリード、ヒャクメ――『しっかりヒャクメ』――が並んでいる。
 そして、小竜姫の話を神妙な面持ちで聞いているのは、美神美智恵とヒャクメ――『うっかりヒャクメ』――であった。
 二人は、これから過去へと帰還するのだ。二人の旅立ちを見送るため、美神・西条・横島・おキヌの四人も、ここに集まっていた。
 横島とおキヌの二人は、自然に手をつないでいる。美神はそれにチラッと目をやったが、敢えて何も言わず、表情も変えないようにしていた。

「......ご心配なく!
 過去に戻った私は、関係者との......」
『まずは私なのねー!』

 小竜姫に対して美智恵が何か言いかけたが、それを『うっかりヒャクメ』が遮ってしまう。
 彼女は、コンピューターのコードを美智恵の頭に取り付け、吸い取った時間移動能力で手際よく準備を済ませていた。

『それじゃ......私は平安時代へ戻るのね!
 大丈夫、ここでの経験を活かせば
 アシュタロスなんて、イ・チ・コ・ロ・よ!』

 魔女のように可愛らしくウインクしてみせるヒャクメ。
 だが、そんなものでは誰も誤摩化されなかった。小竜姫が、ヒャクメのカン違いをシッカリ指摘する。

『なに言ってるんですか!
 「戻る」は......
 そう意味じゃないでしょう!?
 平安時代じゃなくて、
 もともとの時代へ帰ってください!』
『え〜〜。
 小竜姫ったら、言うのが遅いのね。
 もうセットしちゃったから、
 今さら言われても......』
『ちゃんと説明したじゃないですか!
 「最後の時間移動」って......』

 小竜姫が文句を言うが、時すでに遅し。
 『うっかりヒャクメ』は、時空の彼方へ消えていった。


___________
___________


 ......そして物語は、再び平安時代へと戻る。

『えっ、これは......』
『......新たな時空震動を感知!?』

 アシュタロスを未来へ送り込もうと躍起になっていたヒャクメ二人が、その異変を感知した。

『まずいわ、いそがないと......』
『......邪魔が入るのね!』

 慌てる二人。
 それでも、必要なパラメーターをなんとか全て入力することが出来た。
 急いで、最後の決定的なキーを叩く。
 しかし、わずかに遅かった。

 ヴンッ!!

 三たび出現した時空震動が衝突し、アシュタロスを取り巻いていた時空エネルギーが、コンピューターを制御する二人の方へ跳ね返ってきていたのだ。

『あ?れ?』
『さようならなのね......』

 アシュタロスではなく。
 ヒャクメ二人が、未来へ飛ばされていく。

「ちょっと、ヒャクメ!?
 何やってるのよ......」
「おいおい、またかよ......」

 美神と横島が溜め息をつく。
 そして、こうして二人のヒャクメが時の彼方に消えてしまった直後。
 新たな時空震動により運ばれてきた者が、その姿を現した。
 それは......。

『遠く離れた未来から一人。
 アシュタロス退治に使命をかけて、
 轟く叫びを耳にして、
 平安時代よ私は帰ってきた......なのね!』

 われらが主人公、『うっかりヒャクメ』だった。


___________


『あれ......?
 私......何かまずいことしたかしら?』

 独特な空気を敏感に察知し、周囲を見渡すヒャクメ。
 まず、アシュタロスがいる。まだ道真に束縛されており、その意味では、かつて彼女自身が未来へ消えた時と同じ状況だ(第一話参照)。あの時もアシュタロスにバカにされたが、今も、彼は蔑んだような視線をヒャクメに向けていた。
 一方、仲間たちの数は微妙に違う。メフィストと西郷がいるのは同様だが、なぜか、美神と横島は二人ずついるのだ。そして、彼ら六人の顔には、唖然とした表情が浮かんでいた。
 そんな中、
 
「『帰ってきた』......?
 ......ということは、
 あんた、もしかして......!?」

 一人の美神の顔色が変わった。彼女は、何かに気付いたらしい。
 その心中を覗いてみるヒャクメ。

『......えっ!?』

 彼女は悟った。
 ヒャクメが消えた後、残された美神と横島に何が起こったのか。
 そして彼らが戻ってきたことで、何が起ころうとしていたのか。
 そこに自分が来たことで、それがどうなってしまったのか。

『ああっ、もう!
 やっぱり私は......うっかりヒャクメ!?』

 さすがに責任を感じて、頭を抱え込んでしまうヒャクメ。
 そんな彼女に向かって、

『そうなのね!
 ......でも大丈夫!
 あなたがいれば......私がいるわ!』

 聞き覚えのある声が、空から降ってきた。

「鳥か......?」
「飛行機か......?」
「いや......」

 ヒャクメや人間たちばかりでなく、アシュタロスまでもが、夜空を見上げる。

『ほほう、あれは......』

 月をバックに浮かぶ、二つのシルエット。
 かげろうのように滲むこともなく、逆光ではあるが、姿形はハッキリしていた。
 それは、二つとも全く同じ姿。
 しかも、地上の一人とも同じ姿。

「えっ......!?」
「またまた......ヒャクメ!?」

 そう。
 さらに二人のヒャクメが、こちらへ向かって飛んで来るところだったのだ!


(第十二話に続く)

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第十二話へ進む



____
第十二話「うっかり三人組!」

『二人のヒャクメ君が消えて、
 一人のヒャクメ君が現れて、
 さらに二人のヒャクメ君が登場......。
 まるでヒャクメ君のバーゲンセールだな!』

 アシュタロスの口元に、不敵な笑いが浮かぶ。
 正気に返った道真に捕縛された形のアシュタロスだったが、その呪縛も、数秒で外せそうだった。
 そして、ヒャクメなどアシュタロスにとっては下っぱ神族にすぎない。何人来ようが問題ではなかったのだ。
 仲間から見ても、あまり頼りになるとは思われていないのだろう。メフィスト・西郷・二人の美神・二人の横島――ただし二人のうちの一人は高島の意識で活動している――の顔に、希望の色は浮かんでいなかった。
 特に横島などは、

「あいつ......
 俺のセリフをパクりやがった!」

 と、わけのわからないことを言っている。アシュタロスから見れば、錯乱状態のようだった。
 さらに地上のヒャクメも、混乱した表情をしている。
 こうした状況の中、

『私たちが来たからには......』
『もう心配しなくていいのね!』

 新たに舞い降りた二人のヒャクメだけが、自信満々な顔をしていた。
 二人のうちの一方が、胸を張って宣言し始める。

『光あるところ闇あり、
 魔族あるところ神族あり......』
『あーあ。
 最初が微妙に間違ってる......。
 それじゃ私たち悪役なのね』

 もう一人からツッコミを食らったが、彼女は、かまわず続けていた。

『......うっかりあるところ、しっかりあり!
 未来からの使者、しっかりヒャクメ参上なのねーっ!!』




    第十二話 うっかり三人組!




『......ということは、あなたは!?』
『そうなのね!
 未来であなたと合体した、
 「しっかりヒャクメ」なのね!』

 『うっかりヒャクメ』の問いかけに、さきほどのヒャクメが応える。
 だが、そこまでだった。

『それじゃ......もう一人は!?』
『説明は後回し!』

 口頭で詳しく説明する時間も、心を覗き合う時間もない。
 ちょうど、

『フンッ!!』
『む!?
 私はいったい......!?』

 アシュタロスが道真の束縛から力づくで脱出し、その道真も悪鬼に戻ったところだったのだ。

『美神さん! 横島さん!
 ......文珠をちょうだい!!』

 『しっかりヒャクメ』が、美神たちに向き直る。
 先に平安時代に来ていた美神――つまりこの物語の主人公ではない美神――が、現代で神道真からもらってきた文珠を一つ差し出す。
 後から平安時代に来た横島――つまりこの物語の主人公に含まれる横島――が、その場で文珠を一つ作り出す。
 そして、二つの文珠を受け取ったヒャクメが、その手を、他の二人のヒャクメと重ね合わせた。

『いいわね?』
『いくわよ!』
『ファイナルうっかり合体!!』

 ヒャクメたちが今、神々しい光に包まれる......。


___________


 輝きが収まった中に立っていたのは、一人のヒャクメ。
 その一つの口から、三つの言葉がつむぎ出される。

『三人の私が一人になれば......』
『一人の私は百万倍のパワー
 ......いや、一千万倍以上なのね!』
『これで、ちょうど......
 七ケタを越える差も埋まったわ!』

 姿も形も普通のヒャクメだが、その霊力は圧倒的だ。
 もともと文官のヒャクメだから、凄まじいパワーを抑えることなど、慣れていないのだろう。彼女の体から自然に発せられる霊圧によって、美神や横島たちが吹き飛ばされそうになるくらいだった。

『アシュを許すな......なのね!
 サイコメトリック・パンチ!!』
『アシュを倒すぞ......なのね!
 サイコメトリック・ドリル!!』
『アシュを滅ぼせ......なのね!
 サイコメトリック・ビーム!!』

 合体したヒャクメの拳が、頭突きが、霊波砲が。
 アシュタロスに襲いかかった!


___________


『お......おのれ......』

 アシュタロスは、すでにボロボロになっていた。
 豪語するだけのことはあって、合体ヒャクメは、驚異的なパワーアップを成し遂げていたのだ。
 合体ヒャクメとアシュタロス。両者の力と力とが激突した余波だけで、悪鬼道真など遥か遠くに弾き飛ばされてしまったほどである。

『この程度のやつに、
 この私がやられるとはな......』

 それでも、純粋なパワー勝負では、まだアシュタロスに分があった。軽くあしらえるほどの差ではないが、アシュタロスとヒャクメとの間には、歴然とした差があったのだ。
 それなのにヒャクメが優位に立っているのは、ひとえに、彼女の特殊能力ゆえだった。
 アシュタロスの攻撃は全て見透かされてしまい、全くヒットしない。一方、ヒャクメは、アシュタロスの痛いところを的確に攻めていた。これでは、アシュタロスのダメージだけが蓄積していく。

(もはや、これまでか。
 ならば......)

 現在の肉体を捨てて、究極の魔体へ意識をダウンロードする。
 そんな策が頭に浮かんだが、それも一瞬。アシュタロスは、自らその考えを否定した。

(いや......あれは、まだまだ未完成だ。
 それに......)

 アシュタロスは、『魂の牢獄』に囚われた存在である。
 ここで死んでも、どうせ、また復活するのだ。
 それならば、いったん滅ぶのも悪くはない。
 アシュタロスがいなくとも土偶羅魔具羅がキチンと世話してくれるはずなので、復活する頃には、究極の魔体も、もっと育っているはずだろう。
 しかも......。

(......策を立てねばならんな)

 下級神族が――しかも単なる調査官が――ここまでの武力を発揮するのだ。
 やはり、神魔の力はあなどれない。
 人間界で表立って活動する前に、彼らの力を封印する必要がある。

(チャンネルを遮断して、
 さらに霊的拠点を破壊してしまおう。
 そうすれば援軍も来れなくなるだろう)

 具体的なプランを考え始めるアシュタロス。
 ヒャクメの活躍が、彼の神魔への警戒心を高めてしまったのだ。
 同時に、

(それに、三体合体とは面白いな)

 アシュタロスの中に、ちょっとした遊び心も生まれる。

(私も......
 力が同じくらいの配下を
 三人用意しておくとするか......)

 蘇った後の計画を入念に考えた上で。

『フフフ......』

 シュウウウ......ッ。

 アシュタロスは滅んだ。
 かりそめの滅亡なのだが、美神たちは、それを知らない......。


___________


 アシュタロス消滅後、残った面々は、彼に殺された高島を埋葬した。
 そして高島の意識も消えた直後、先に平安時代に来ていた美神と横島――彼らのことをヒャクメたちは心の中で便宜上『美神2号』『横島2号』と呼んでいた――が、まず二人で現代へと帰っていく。
 メフィストも西郷と共に、京の町へと、森から去っていき......。
 その場に最後まで残ったのは、後から平安時代に来た美神と横島――この物語の主人公である美神と横島――と、三人のヒャクメだった。

(アシュタロスが死んで、
 私たちの『逆行』イベントも消滅した。
 でも......私たちは消えていない!
 つまり、時空は完全には連続してないんだわ!)

 と考えて自分を納得させてから、美神は、三人のヒャクメの方へ振り返る。特に三人の中の一人をジッと見つめながら、質問を投げかけるのだった。

「あんた......
 私たちのヒャクメなんでしょ?
 ......あれから何があったか、
 説明してちょうだい!」
『そうなのね!
 ......この私が、
 あなたたちと一緒だったヒャクメなのね!』

 美神に声をかけられたヒャクメ――『うっかりヒャクメ』――が、説明を始める。
 平安時代から飛ばされた先は、アシュタロスが全面的に地上へ攻め込み始めた時代だったこと。神族も魔族も力を制限されて、人間たちもピンチだったこと。しかし、最後にはアシュタロスを倒せたこと......。

『......つまり私が大活躍したのねー!』

 胸を張って締めくくった『うっかりヒャクメ』。
 彼女の話を、

『それは私の協力があってこそなのね』

 今度は『しっかりヒャクメ』が引き継ぐ。
 ......おとなしく『もとの時代』へ帰るのではなく、平安時代へと向かってしまった『うっかりヒャクメ』。彼女を心配した『しっかりヒャクメ』は、周囲の制止も振り切って、単身、平安時代へと乗り込んできたのだった。

『でも私一人じゃ戦力不足だから......』

 まだ『宇宙のタマゴ』がない以上、その爆発にアシュタロスを巻き込むという策は不可能。南極でのバトルとは違う戦法が必要である。
 そう考えた『しっかりヒャクメ』は、平時時代へ辿り着いてすぐに、もうひとりの助っ人を探した。

「もうひとりの助っ人......?」

 横島が口にした疑問に応えるかのように、二人のヒャクメ――『うっかりヒャクメ』と『しっかりヒャクメ』――が、三人目のヒャクメに視線を向ける。

『そう、私よ、私!
 ......私なのねー!』

 この三人目のヒャクメこそ、この平安時代にもともと存在していたヒャクメ――平安時代オリジナルのヒャクメ――だった。

「......は?
 もともと存在......?」
「平安時代オリジナル......?」

 混乱し始めた美神と横島のために、クスクス笑いながら、彼女が説明する。

『私たちは神族だから、
 人間とは寿命も違うわ。
 平安時代には......
 すでに生まれてたのね!
 ......とりあえず区別のために
 私のことは「平安ヒャクメ」と
 呼んでくれたらいいのね』

 見た目は三人とも変わらないが、実は『平安ヒャクメ』は、他の二人よりも千年以上若いのだった。

「それじゃ......
 俺たちの時代のヒャクメって、
 実はかなりの......バ......」
「女性にトシの話はタブーよ!」

 暴言を吐きそうになった横島を、美神が叩いて黙らせる。

(まあ、ともかく。
 これで事情もわかったし......)
 
 すっきりした気分で、美神は、『うっかりヒャクメ』に声をかけた。

「......それじゃ、
 もとの時代に戻りましょうか」


___________


『「うっかり」だけじゃ心配だから
 私たちも一緒に行くわ......!』
『そうなのね!』

 『しっかりヒャクメ』の提案に、『平安ヒャクメ』が頷く。

『......ひどいのね』

 シクシクといった表情を見せる『うっかりヒャクメ』。
 同じヒャクメであるはずの二人から、信頼されていないのである。さきほど、もう一組の美神と横島は――美神2号と横島2号は――二人だけで帰っていったが、それとの比較でも、

(『うっかり』一人が
 ついて行くくらいなら......)
(『うっかり』抜きの方が
 トラブルも起こらないのねー!)

 と思われているほどだ。
 ただし、今回は『うっかりヒャクメ』も美神たちと同じ時代へ戻る以上、別行動というわけにはいかない。それならば......。

「......なに?
 あんたたち二人も
 私たちと一緒に来るの?」
『そうなのね!
 ちゃんと美神さんたちが
 「もとの時代」に到着したのを
 見届けてから、私は未来へ帰るのね!』
『......ちゃんと見届けたら
 私は平安時代へ戻ってくるのね!』

 美神の問いかけに応える『しっかりヒャクメ』と『平安ヒャクメ』。
 これでは二人は余計な時間移動をすることになり、時空の混乱を激化させることになるのだが、彼女たちは、そこまで考慮していなかった。
 しかも、

『うーん......だけど、
 なんか大切なことを
 忘れているような気が......』
『大丈夫なのね。
 あなたが知っていることは
 私も知ってるはずだけど......。
 でも思い当たることなんてないわよ?』

 アシュタロスに関して肝心なことをド忘れしている『しっかりヒャクメ』に、『うっかりヒャクメ』が大丈夫だと太鼓判を押してしまう。
 二人の横では、

『......あ、待って!
 魔体へのダウンロードは
 してないみたいだけど、でも
 滅び方がアッサリし過ぎて心配だから
 ......これを残していきましょう!』

 『平安ヒャクメ』が、イヤリング状の心眼を外して、その場に置いていた。現代に戻ってから回収すれば、千年の記録を『見る』ことが出来るという計算だ。

『......まあ、そうね。
 そこまでしておけば
 きっと大丈夫なのね!』

 何を忘れているのか気付かぬまま。
 『しっかりヒャクメ』も、自分の不安を杞憂だと決めつけてしまった。

『それじゃ......出発!』

 こうして、ヒャクメ三人をナビゲーターとして、美神と横島は平安時代から帰還する......。


___________


 ギュン!!

『ただいまなのねー!
 ......あれ?』

 五人が到着したのは、現代の美神の事務所。
 だが、着いて早々、『うっかりヒャクメ』が違和感を覚える。

『......おかえりなさい!』

 出迎えたのが、幽霊おキヌだったからだ。

「ただいま、おキヌちゃん!」
「ああ、これって......」

 何の違和感も抱かずに挨拶する横島とは対照的に、美神は、問題点に気付いていた。

「......もとの時代じゃないわね」

 つぶやく美神を見て、横島とおキヌがキョトンとした表情を見せている。
 彼らの感覚としては『この時代』から旅立った以上、帰るべき場所に正しく戻ってきたことになるのだ。
 しかし、美神や『うっかりヒャクメ』が考えていた『もとの時代』は、『この時代』ではない。
 一番最初に平安時代への移動を始めた『現代』では、おキヌは既に人間となり、氷室神社で暮らしているはずだった。そして、その『現代』こそが、美神・横島・『うっかりヒャクメ』にとっての『もとの時代』なのだ。

『おかしいわ......なんで?
 私も補助をしたのに......』
『......もうっ!!
 私一人にまかせればいいのに、
 横から余計な手出しをするから......』
『そんなわけないのね!
 私が助けなかったら、
 きっと、もっと狂ってたのね!』
『......違う、違う!
 あなたのせいなのね!』

 『しっかりヒャクメ』と『うっかりヒャクメ』が、責任のなすり合いを始めた。
 もうひとりのヒャクメ――『平安ヒャクメ』――は、

『私は......心眼を探してくるのね!』

 と言って、その場から逃げ出していく。
 そんなヒャクメたちを見ながら、溜め息をつく美神。

「まあ、いいわ。
 ここに来ちゃったのなら
 ......それでもいいから。
 それじゃ、
 おキヌちゃん、ちょっと
 聞きたいことがあるんだけど......」

 彼女は、おキヌに対して幾つかの質問をしていく。
 それは、おキヌが美神や横島と出会ってからの出来事の数々。
 おさらいをしているかのように、一つ一つ、確かめていくのだった。
 おキヌは素直に答えているが、

「......なんで、わざわざ?」

 傍らで二人の会話を聞いていた横島は、不思議そうな顔をしている。
 その表情を視界の隅に捉えた美神が、おキヌとの問答を終えてから説明し始めた。

「歴史が変わったかどうか。
 ......それを確認したのよ」

 美神たちが『逆行』してきたことで、『この時代』は色々と変わってしまった。だから、過去へ行ってアシュタロスを倒したことで、さらに変化する可能性だってあったのだ。
 だが、どうやら、何も変わっていないらしい。

(以前に考えたように......
 時間移動には時間逆行ほど
 歴史を変える力はないのかしら?)

 その是非はともかくとして。
 やはり美神たちが平安時代でアシュタロスを倒す事は、『この時代』では、確定していたことなのだろう。『この時代』は、平安時代でアシュタロスが滅んだという前提で成り立っているのだろう。

(あそこで......
 歴史は大きく分岐したんだわ!)

 ヒャクメ抜きで平安時代から現代へ戻った美神と横島――美神2号と横島2号――、彼らが元通りの時代へ戻ったのだとしたら、彼らが紡いでいく歴史は、『この時代』のような歴史とは全く異なるだろう。
 『この時代』は、逆行してきた美神と横島が、逆行前の知識を活かして築いていく歴史になってしまったのだから。

(それに......実は、もうひとつ!)

 平安時代のバトルにおいて、美神と横島の『逆行』イベントが生じた直後。

(私たちは、魂だけが
 この時代へ逆行して来た......。
 おそらく......私たちの肉体は......)

 もともとの自分たちの肉体は、雷にやられて、すでに消滅したのではないか。
 美神は、そんな可能性を考えていた。
 この美神の推測は正解であり、それはそれで、一つの歴史の中では事実だった(第一話参照)。しかし、それを確かめる術は、今の美神にはない。たとえもう一度平安時代へ向かったとしても、どの『歴史』の中の平安時代へ行くか、分からないからだ。

(だから......。
 「平安時代から私たちが現代へ戻れない」
 ......という『歴史』も作られたことになるわね)

 そう思いながら、美神は横島と幽霊おキヌに目を向け、微笑みを浮かべた。

(そんな『歴史』のこと考えても意味ないわね。
 ともかく......今の私たちにとっては、
 もはや『この時代』が、私たちの時代なんだから!)

 つまり『もとの時代』の世界では、美神たちは平安時代で死んでしまったということになる。その『歴史』の中で残された者たちがどう暮らしていくのか、関心がないわけではないが、今の美神たちにとっては、もう気にしても仕方がないことなのだ。
 そして、このように決意してしまえば、心もスッキリしてくるのだった。

(それじゃ......まずは、
 アシュタロスが確かに
 滅んでいることを確認しないとね)

 『この時代』で平和に生きていくためには、それが大切な第一歩である。
 ちょうど美神がそう考えたタイミングで、『平安ヒャクメ』が戻ってきた。
 しかし、彼女の様子は......。


___________


『た、大変なのねーっ!』

 と叫びながら、『平安ヒャクメ』は、心眼を一同の前に差し出す。

『アシュタロスは、いったん
 平安時代で滅んだんだけど......。
 でも復活してるのね!
 ......あれから数百年後に!!』


(第十三話に続く)

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____
第十三話「ヒャクメ様よ永遠に......」

『アシュタロスは、いったん
 平安時代で滅んだんだけど......。
 でも復活してるのね!
 ......あれから数百年後に!!』

 『平安ヒャクメ』が残してきた心眼、そこに記録された約千年間の歴史。
 もちろん、世界中の全ての映像が刻まれているわけではない。だが、いくつかの重要な事件はしっかり含まれていた。
 中世での、プロフェッサー・ヌルの暗躍。
 突然の、アシュタロスの復活。
 彼の配下たちによる、時間移動能力者の探索。
 その一つである、ハーピーによる美神母娘襲撃事件......。

「......なんだか私たちの
 『逆行』前の歴史と同じみたいね?」
「『歴史は繰り返す』ってことっスか?」
『あの......横島さん?
 幽霊の私が言うのも何ですが、
 ちょっと意味が違うような気が......』

 アシュタロスの復活云々以外は、美神や横島が経験してきた『もとの時代』そのままである。
 この時空ではハーピー事件は美神が三歳の部分しか起こっていないが、この様子では、おそらく『もとの時代』と同じく現代で決着がつくことになるのだろう。
 そして、これは、

『......私の知ってる歴史とも同じなのね』

 『しっかりヒャクメ』が把握している本来の歴史とも、ほとんど同じであった。
 彼女の知る歴史では、アシュタロスは死から蘇るのではなく過去から送り込まれるわけだが、その一点を除けば寸分違わずと言っても構わないくらいだった。

「でも......どうして?
 なんで復活しちゃったわけ!?」
「倒しても倒しても蘇る......。
 それじゃ打つ手なしっスよ!?」
『これも......いわゆるひとつの
 「死んでも生きられます」でしょうか?』

 アシュタロス復活の謎について語り合う美神・横島・幽霊おキヌ。
 三人を見ていた『しっかりヒャクメ』が、突然、大きな声で叫び出した。

『......あっ!』

 彼女は、ようやく思い出したのである。
 平安時代からの帰還の際に、何か忘れているようで気になっていたこと。
 うっかりド忘れしていたこと。
 それは、未来で戦後に資料を集めて判明した、アシュタロスの戦意の背景。
 つまり......。

『蘇ったのも当然なのね!
 だって、アシュタロスは......
 「魂の牢獄」に囚われた魔神なんだから!』




    第十三話 最終回 ヒャクメ様よ永遠に......




『魂の......』
『......牢獄?』

 『しっかりヒャクメ』の言葉に惹かれて、『うっかりヒャクメ』と『平安ヒャクメ』が彼女の頭の中を覗き始める。
 二人が思考をスキャンして直接理解している間に、『しっかりヒャクメ』は、口頭で美神たちに説明し始めた。

『アシュタロスは
 一種の適応不全......。
 自分が魔物であることに
 耐えられなかったのね』

 独自のシミュレーションの結果、神と魔は同じカードの裏表にすぎないと悟ったアシュタロス。
 しかしデタントの時代となり、もはやカードをひっくり返すことは許されない。魔族は、勝ってはいけない戦いを繰り返すしかない、茶番劇の悪役なのだ。
 しかも、神魔の霊力バランスを崩さないために、彼のような魔神は滅んでも強制的に復活することになっている。アシュタロスは、そのシステムを『魂の牢獄』と呼び、そこから抜け出すことを願っていた......。

「それじゃ......
 アシュタロスの目的って
 単純な世界征服じゃなかったの?」
「結構複雑な奴だったんスね」

 美神も横島も、まだアシュタロスとは平安時代で対面しただけである。
 しかも、あの時のアシュタロスは、フード付きのマントで全身を包んでいた。だから美神たちにしてみれば、その容姿や顔立ちすら不明瞭なくらいだった。

『でも......このまま
 放っておくわけにはいかないのね。
 ......地上侵略が始まっちゃうから!』

 ここまでの経過が『しっかりヒャクメ』の知る歴史と似ているのだ。この先も酷似するであろうと推測するのは簡単だった。
 彼女の言葉に、『うっかりヒャクメ』も頷く。

『......そうね。
 倒しても倒しても蘇る......。
 それはそれで厄介だけど、
 でも何とかしなきゃいけないのね!』
『ちょっと待って!?
 心眼の記録では、復活後に
 アシュタロスは姿を消しているから、
 今どこにいるのか分からないんだけど......』

 表情を曇らせる『平安ヒャクメ』だったが、彼女とは対照的に、『しっかりヒャクメ』が晴れやかな顔を見せていた。

『それなら大丈夫!
 この時代のアシュタロスのアジトなら、
 ......私が知ってるのね!』


___________


「ジャングルの奥地とは
 思えないところっスね」
「それより......
 悪魔の居城らしくない感じだわ」
『むしろ神々しい雰囲気ですね』

 内部に足を踏み入れたとたん、横島・美神・幽霊おキヌが口々に感想を述べる。
 彼ら三人は今、『しっかりヒャクメ』の先導のもと、南米にあるアシュタロスの基地に来ていた。もちろん『しっかりヒャクメ』だけでなく、『うっかりヒャクメ』と『平安ヒャクメ』も同行している。

『美神さんたちの言うとおり......
 まるでギリシアの神殿なのね』

 と、つぶやく『平安ヒャクメ』。
 周囲には壁はなく、代わりに、飾り気のない太い柱が何本も建っている。
 床に敷き詰められたタイルは綺麗に磨かれており、まるで鏡のような光沢を伴っていた。

『昔のアシュタロスは
 もっとゴテゴテした有機的な
 アジトを作ってたけど......
 彼の趣向も変わってきたのね』

 周囲を見渡す五人に対して、『しっかりヒャクメ』が説明する。
 それを聞いて、『うっかりヒャクメ』も思い出した。

『そう言えば......南極でも
 バベルの塔みたいな基地を造ってたわ!
 しかも......
 自分を造物主に喩えるようなこと言ってたのね』
『そーゆーこと。
 悪魔のくせに神を気どってるのね』

 そして、二人のヒャクメがこうした会話をしている間に、『平安ヒャクメ』は興味深いものを発見していた。

『あれは何かしら?
 裸の女の子が、中で
 眠っているようだけど......』

 それは、遠くの柱の陰にあった三つのカプセル。中には、緑色の培養液が満たされている。

「......裸の女の子!?」

 ヒャクメの言葉が言葉だっただけに、横島が敏感に反応した。真っ先に駆け寄ったのだが、

「......なーんだ、子供か」

 カプセルを覗き込んで、すぐにガッカリしてしまった。
 たしかに裸体ではあるが、色気も何もない。二人は幼女、もう一人は赤ん坊だったのだ。
 しかも、横島は気にしていないようだが、それは人間ですらなかった。

「魔族ね、これも。
 ......メフィストと同じで、
 アシュタロスが作ったのね」

 と、口にする美神。
 三少女の頭には、昆虫の触角のようなものが付いているのだ。
 
『ああ、これって......』
『......例の三姉妹なのね』

 『うっかりヒャクメ』と『しっかりヒャクメ』は知っている。
 ここに眠っている三少女こそ、ルシオラ・ベスパ・パピリオの幼体だった。

「例の三姉妹......?」
『そうなのね。
 ちょうどメフィストが
 アシュタロスを裏切ったように、
 彼女たちも......』

 ヒャクメが説明しようとした時。

『おまえら、何をしておるかーッ!?』

 別の柱の陰から、アシュタロスの配下が現れた。


___________


「こいつが......
 この宮を守護する番人か!?
 きっと、こんなのが十二人くらい......」
『横島さん、
 それ何か違うと思います......』
「おキヌちゃんの言うとおりだわ。
 こんな弱そうな奴が
 守護兵なわけないでしょ」

 彼らの前に姿を見せたのは、遮光器土偶のような形をした兵鬼、土偶羅魔具羅だった。
 美神たちは初対面だが、『うっかりヒャクメ』や『しっかりヒャクメ』や読者には御馴染みの存在である。

『おまえら......侵入者なのか?
 ならば、わしが......。
 ......ぶっ!?』

 土偶羅魔具羅は、何かのスイッチを押すつもりだったらしい。
 だが、突然、柱に衝突して気絶してしまった。

『えへへ......』

 ピースサインをしてみせる幽霊おキヌ。
 いつのまにか背後に回っていた彼女が、えいっとばかりに突き飛ばしたのだった。

「でかした、おキヌちゃん!」

 彼女に駆け寄り、その頭を撫でる美神。それを眺めながら、横島は、おキヌとの出会いの場面を思い出していた。

(そう言えば......俺も
 最初は突き飛ばされたんだよな。
 『この時代』では、その前に
 こっちからおキヌちゃんに声かけたんで、
 そんなイベントも消滅してたけど......)


___________


『さあ......先に進むのね!』
「なんでヒャクメが仕切ってるのよ」

 美神にツッコミを入れられながらも、『しっかりヒャクメ』が一同を導いていく。
 そして、宮殿を駆け抜けて......。
 彼らは、ついに、そこに辿り着いた。


___________


「これが......!?」
『そうなのね!』

 そこだけは、他とは雰囲気が異なっていた。
 つきあたりの壁に生き物のイメージがあるのは、血管の浮いた肌のような起伏があるからであろう。同時に、ところどころに埋め込まれたカプセルのせいで、人工的な様相も呈していた。
 そして遥か上の方に、石像の頭のようなレリーフが埋め込まれている。見る者が見れば、誰を模したものなのか、一目瞭然だった。

『これが......アシュタロスなのね!』

 壁の向こう側は、巨大な培養カプセルとなっているらしい。ゴポッゴポッという音が聞こえてくる。

 ジャバーッ!

 突然、壁の一部が開き、中から黄金の液体が溢れ出してきた。
 それと共に、一つの人影が姿を見せる。

『どうも騒々しいと思ったら......。
 我が眠りを妨げるのは、おまえたちか。
 ......メフィスト、そしてヒャクメ君!』

 この拠点の主、アシュタロスの登場である!


___________


『す......すごいパワー......。
 私でもわかるくらいです!』
「心配しないで、おキヌちゃん!
 私たち、平安時代でも
 こいつを圧倒したんだから!」
「あそこではヒャクメまかせでしたよ?
 俺たち何もやってないじゃないっスか」

 苦笑いしながらも、横島は、キチンと自分の役目をこなしていた。
 文珠を二つ作り出し、それを『うっかりヒャクメ』に渡す。

『さあ、これがホントの
 ......最後の戦いなのね!
 最後の最後だから、今回は
 主役の私が中心となって......』

 彼女が喜々として語っている間、他の二人のヒャクメは、アシュタロスの現状を解析していた。

『大丈夫......。
 これなら楽勝だわ!
 だって......』
『以前よりも力が落ちてるのね!
 最終作戦の準備で
 霊力を使い過ぎたのか、
 あるいは、復活後の回復が
 不十分だったのか......』

 勝利を確信した二人は、その手を、文珠を握った『うっかりヒャクメ』の手に重ね合わせる。

『ファイナルファイナルうっかり......』

 合体シークエンスに入ったヒャクメたちだが、最後まで続けることは出来なかった。

『おまえら......
 もういいかげんにせい!』

 という言葉と共に。
 大いなる二つの光が、その場に降臨したのだ!


___________


 右の光は、長髪の男性のような姿をしている。
 そして左の光は、側頭部の大きなツノと背中の翼を特徴とするシルエットだった。
 まず、その左の光が、アシュタロスに語りかける。

『あんさん......ホントは滅びたいんやろ?』

 問われたアシュタロスは、口元を僅かに歪めていた。

『フ......。
 おまえたちが直々に現れたのか......』

 肯定も否定もしないアシュタロス。返事の必要はないと悟っているのだ。

『アシュタロス......。
 私たちは他でバランスをとる策を見出しました』
『だからな、
 あんさんの望みは叶えてやるさかい......』
『静かにお眠りなさい......!』
『そうや、もうおしまいや!』

 二つの光の説明を、アシュタロスは、神妙な面持ちで聞いていた。
 それから、ニヤリと笑った。

『......そうか。
 まあいい、それが嘘だとしても......。
 また蘇ってしまうのだとしても......。
 その時こそ......今度こそ、
 おまえたちを出し抜いてやろうじゃないか!』

 と宣言するアシュタロス。
 彼の姿が、どこか遠くに召されるかのように、スーッと薄くなっていく。
 そして。

『おまえの......』
『罪を許そう、アシュタロス......!!』

 二つの光の言葉と同時に、アシュタロスは消滅した。
 それを見届けてから、左の光が、美神やヒャクメたちの方に向き直る。
 今までも硬直していた彼らだったが、まっすぐ見つめられると、ますます動けなくなってしまった。
 そんな彼らの様子にも構わず、光は、言葉を発する。
 
『さて、ヒャッちゃん。
 これだけ時空を混乱させといて、
 タダで済むとは......思うてへんやろな?』


___________


『......え?』
『それって......』
『まさか......』

 しばらくの後、ようやく口を開くヒャクメたち。
 三人は、ようやく気付いたのだった。
 さきほどの『おまえら、もういいかげんにせい』の対象は、アシュタロスではなく自分たちなのだ、ということに。

『勝手な時間移動って......』
『思った以上に......』
『......大きな罪だったのねー!』

 ヒャクメの頭の中に、今頃になって、小竜姫の言葉(第十一話参照)が蘇る。

   『......断っておきますが、
    この時間移動は神魔族最上層部の
    特別許可のもと行われます!
    本当なら、これ以上の時空の混乱は
    もう絶対に避けたいんです』

 顔面蒼白になるヒャクメたち。

『それじゃ......』
『まさか......』
『私たちは......』

 そんな三人に対して、左の光がニヤリと、右の光がニッコリと笑いかけた。


___________


 それから。
 色々と言うべきことを言った後、その二つの光もフッと消えて......。


___________


『それじゃ......サヨナラなのね!』

 夕陽が沈む西方へ。
 ヒャクメが去っていく。
 今のヒャクメは、三人が合体した状態。
 つまり、アシュタロスに匹敵する力を持っているのだ。
 そう、あの光の述べた『策』とは、合体ヒャクメをアシュタロスの代わりにすることだった。
 時空を大きく混乱させたヒャクメは、その罰として堕天。そして新たな魔神となったのである。
 なお、意識を取り戻した土偶羅魔具羅も、目覚めたばかりの幼い三姉妹――まだ眠いようで目をこすっている――も、合体ヒャクメの後ろを飛んでいた。彼らは、魔神ヒャクメの配下に組み込まれ、共に魔界へ向かうのだった。

「ヒャクメの冗談が......
 本当になっちゃったわね」

 と、口にする美神。
 彼女は、『しっかりヒャクメ』たちが登場した際の会話(第十二話参照)を思い出していた。

   『光あるところ闇あり、
    魔族あるところ神族あり......』
   『あーあ。
    最初が微妙に間違ってる......。
    それじゃ私たち悪役なのね』

「これが......ことだまってやつなんスか?」

 同じ場面を思い浮かべたらしく、美神の隣では、横島も苦笑している。

「まあ、これで平和になるわね。
 ヒャクメだったら......
 あんまり悪さもしないでしょうし」
「というより、ヒャクメだったら......。
 悪行を為すつもりで、
 うっかり......善行を施すのでは?」
『ひどいですよ、横島さん。
 かりにも神さまのことを......あっ!』

 ツッコミを入れようとしたが、何かに気付く幽霊おキヌ。

「そうよ、おキヌちゃん!
 今のヒャクメは神さまじゃなくて
 悪魔のお偉いさんだからね?
 もう敬う必要はないのよ......!」
「美神さん......。
 最初から敬ってないじゃないっスか!」

 冗談を言い合う三人。
 こうして表向きは軽い態度を示しながらも、美神は、心の中で真面目に状況を考えていた。

(これでいいのよね......)

 『時空の混乱』で歴史がどう変わったのか、本来の歴史を知らない美神には分からない。
 そもそも、ここは『もとの時代』ではないのだ。しかし美神は『もとの時代』ではなく『この時代』に留まることに決めていた(第十二話参照)。『この時代』の肉体に入り込んでしまった以上、『もとの時代』へ戻ったら、『この時代』の二人が消えることになるからだ。

(ともかく......)

 逆行前の『もとの時代』では、平安時代への時間旅行イベントまでは経験している。だから、美神たちは、メドーサ・デミアン・ベルゼブルといった魔族たちとも戦っていた。
 当時は知らなかったが、今は、彼らの背後にアシュタロスがいたことも理解している。
 そして、その大ボスであるアシュタロスが滅び去ったということも。

(一番ややっこしい敵が消えたんだから!)

 ちょうど美神が思考をまとめたタイミングで、横島が話しかけてきた。

「『俺たちの戦いはこれからだ』
 ......って言葉がありますが、
 これで......俺たちの戦いは
 もう終わりなんスかね!?」
「そんなわけないでしょ。
 もー気になる伏線もなくなって、
 ようやく借金を全部返したよーな
 さわやかな気持ちで......通常業務復活よッ!」

 振り返った美神の顔には......。
 ジーンという擬音が似合いそうな、感動の微笑みが浮かんでいた。


___________


 ヒャクメが魔神となり、おキヌは幽霊のままであるという世界。
 変わってしまった歴史の中で、

「さあ、これからも......
 現世利益最優先よ!」

 変わらぬ美神の信条のもと、彼らの物語は続いていく......。


(『うっかりヒャクメの大冒険』 完)

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