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『日帰りGSクエスト』
初出;「Night Talker」様のコンテンツ「よろず小ネタ掲示板」(2008年5月)
日帰りGSクエスト1『記憶をなくした異邦人(ストレンジャー)』
日帰りGSクエスト2『困った魂の囚われ人(プリズナー)』
日帰りGSクエスト3『暴走気分の旅行人(トラベラー)』
日帰りGSクエスト4『うっかりだらけの仲裁人(メディエター)』






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日帰りGSクエスト1『記憶をなくした異邦人(ストレンジャー)』

「俺だって......俺だって......
 別れたくないよ......!!
 だからさよならはナシだ!!」
『待って......!!
 待ってください横島さんっ!!』
「生きてくれ、おキヌちゃん!!」

 横島が、おキヌの体を包む氷に、霊波刀を突き立てた。
 死津喪比女を倒し、幽霊だったおキヌを今から蘇らせるところなのだが、横島は泣いている。
 おキヌ復活は喜ばしいことなのだが......。生きかえったおキヌは、横島たちのことを忘れてしまうらしいのだ。

「迷うことなんかないって......!!
 俺たち......何も失くしたりしないから!
 また会えばいいだけさ! だろ!?」
『横島さん......!
 私......!
 絶対思い出しますから......!!
 忘れても二人のこと......すぐに......』

 ガシャァアァァン!!

 氷が割れ、おキヌの肉体が飛び出してくる。
 霊媒体質の早苗に取り憑いていたおキヌの霊体も、本来の肉体へと吸い込まれていく。
 そして......。
 一瞬、おキヌの周りの空間が歪んだ。

「......え?」

 おキヌ復活を見届けていた一同が、目を丸くする。
 なんと、彼女が消えてしまったのだ!
 そのかわり、たった今まで彼女がいた場所には......。
 丸まった毛布が転がっていた。




    日帰りGSクエスト1
    記憶をなくした異邦人(ストレンジャー)




「ここは......どこ?」

 ゆっくりと目を開けたおキヌは、辺りを見渡す。
 そこは、窓も何もない、石作りの部屋だった。周囲には、よくわからぬ器具がいくつか置かれており、おキヌの足下には、おかしな模様が書かれている。丸の中に二つの三角形、それに、よくわからない文字で構成された模様だ。

「これは......魔法陣?」
「ほう......よくわかりましたね......」

 声をかけられて、おキヌは振り向いた。
 そこに立っていたのは、深々とフードをかぶった怪しげな男。

「はい......。
 何となく、そんな気がしたんです。
 ところで......あなたは?」
「あ、私の名前はレキサンドラ。
 呼びにくければ『レックス』でいいです。
 ......見てのとおり、魔導師です」

 自己紹介しながら、男はフードを取った。ハンサムの部類に入る若い青年だが、何だか気弱そうな感じも漂っている。少なくとも、さきほどまでの『怪しさ』など皆無になっていた。

「レックスさん......ですか」
「そうです。
 で......あなたのお名前は?」

 今度は、おキヌが名乗る番だが、ここで、彼女は困った顔になった。

「さあ......?
 私......誰なんでしょう!?」
「......え?」
「おキヌ......。
 そんな名前だったことだけは覚えてるんですけど......。
 ほかのことは......何も......」

 おキヌの目に涙が浮かび始めた。
 300年も氷漬けで死んでいたのだから、幽霊だったときのことはもちろん、生きていた頃のことも忘れているかもしれない。おキヌを復活させる際、そう予想した美神だったが、その通りになったのだった。


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(とんでもないコを呼び出してしまいましたね......)

 レックスは、おおきなため息をついていた。
 記憶喪失とはいえ、おキヌは、一目で魔法陣を見抜いたくらいだ。記憶さえ取り戻せば、色々と有意義な知識も教えてもらえるかもしれないが......。
 オロオロしている彼女を見ていると、とても、そうは思えなかった。

(このコが本当に......
 『どーでもいーよーな当りさわりのない奴』なんでしょうか?)

 現在、レックスの国はギオラム・バスカーという竜人の種族に攻め込まれ、多くの人々を殺されていた。ギオラムたちは王国の城を占領し、そこに結界を張って、中の環境まで竜人向けに変えている。
 追い出された人間たちは、生き残った王子を中心として戦っているのだが、ギオラムは人間よりも強大な魔力を操る上、空も飛べる。人間たちの旗色が悪いのも当然であった。
 そこで、召還魔法を利用して『別の世界』から助っ人を呼ぶことが提案されたのだが......。

(強力すぎる者を呼び出して
 制御できないケースが心配だから......
 まずは当りさわりのない奴を呼んできて
 『別の世界』のことを教えてもらおう。
 そのプラン自体は悪くなかったですが、
 まさか呼び出した相手が記憶喪失とは......)

 異世界からの召還が脳にダメージを与えたのではないか。
 そんな心配までしてしまう、レックスであった。


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「......というわけなんです」

 この世界の現状や、おキヌを呼び出した経緯など、レックスが一通り説明する。しかし、それは、おキヌの不安を煽るだけだった。

「それじゃ......私は
 この世界の人間じゃないんですか!?」
「......そうなんです。
 だから......
 私もおキヌさんのこと、何も知らないんですよ。
 ただ『普通の人のはず』という程度しか......」

 もとの世界に戻れば、おキヌを知る者もいるはずだ。
 だから早く返してあげよう。
 そう考えたレックスだが、呪文を唱え始めた彼を、おキヌが制止する。

「待って......!!
 待ってくださいレックスさんっ!!」

 おキヌは、心細かったのだ。
 レックスから聞かされた『この世界』の有様も良いものではなかったが、だからといって、『別の世界』......つまり『もとの世界』が、この世界よりもマシだという保証もない。むしろ、妖怪や悪霊が跳梁跋扈する世界だったような気までしてしまうのだ。

「ですが......」
「お願いですレックスさんっ!
 私を見捨てないでください......」

 すがりつくおキヌだが、レックスには、『ハカマ姿の清純派美少女......!! ときめく!! ときめくぞっ!!』という趣味などなかった。

「それでは......。
 三日後の同じ時間に、また呼び出す
 ......ということでどうでしょう?」

 おキヌが、コクンと頷いた。
 もし、もとの世界が恐ろしいところだとしても、三日間我慢すればよいのだ。そして、もとの世界が十分まともなところであれば、三日後に来た際には報告だけして、すぐに戻してもらえばいい。
 これは、『別の世界』の様子を知りたかったレックスにとっても、プラスになる話だった。どちらにせよ、三日後には『別の世界』の話が聞けるであろう。

(......ただし、記憶喪失が
 召還魔法の副作用でないのであれば、ね)

 と、心の中では心配してしまうレックスであったが、今は、それが杞憂であることを祈るしかなかった。


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 一方、その頃、もとの世界では......。

『普通の毛布なのねー、これ』

 美神と横島が、例の『丸まった毛布』を妙神山に持ち込み、ヒャクメに調べてもらっていた。
 今、ここにいるのは、ヒャクメ・小竜姫・美神・横島の四人である。

 おキヌが毛布に変わった直後、美神と横島は、復活の術が失敗したと思ったのだ。だから二人は、元ワンダーホーゲル幽霊である山の神を非難した。なにしろ、彼の言うとおりに行った結果だったからである。
 だが、

『違うっスよ!
 自分の言ったことは間違ってないっス!!
 嘘だと思うなら......
 他の神さまにでも聞いてみてください!』

 と抗弁されて......。
 二人は、妙神山へやってきたのである。
 なお、ヒャクメとは面識がなかった美神たちであるが、神族の凄腕調査官という触れ込みで、小竜姫が神界から呼んでくれたのだった。

『おかしいのねー。
 全くわからないのねー』
『反魂の術で蘇った者が毛布になるなんて
 ......私も聞いたことありません』

 なんの手がかりも見いだせぬヒャクメを、小竜姫もフォローする。
 困った顔をする神さま二人。
 だが、突然、

『空間が歪む......!?』
『何かが転移してきます!』

 二人は慌て始めた。
 そして......。
 毛布の姿が一瞬ぼやけた後、そこには、おキヌが立っていた。

「......!!」
「おキヌちゃん!」

 驚きつつも喜んだ表情で、横島と美神が立ち上がる。
 しかし、おキヌは怪訝そうな顔を浮かべるだけだった。

「あなたたちは、いったい......?
 それに......ここは、どこなんでしょうか?」


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「......というわけなんです」

 おキヌは、その場の面々から『とりあえず覚えていることを喋れ』と促され、異世界旅行に関して語った。

『信じられないけど......
 本当なのねー!!』

 おキヌが話し終わったところで、ヒャクメが叫ぶ。おキヌの心と記憶を覗いて、確認していたのだ。

「なるほどね......」
「なんでもアリっスね、この世界は」

 納得する美神と、苦笑する横島。
 だが、口では理解したようなことを言いつつも、美神は、今後のことを考え込んでいた。

(これじゃ......予定を変えないといけないわね)

 本来、復活後のおキヌには、『普通の女のコ』として暮らしてもらうはずだった。幽霊時代の記憶を自然に取り戻すまでは、GSとは無縁の生活をするべきだと考えたのである。

(異世界に召還されて......
 戻ってきたら神さまと御対面。
 もう......『普通の女のコ』ではないわね)

 もはや、おキヌは、GS世界の人間だ。
 だから、美神は、全てを話すことに決めた。

「おキヌちゃん......?
 よく聞いてちょうだい。
 実は、あなたは......」


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(私が......300年間幽霊だった!?)

 美神から聞かされた話は、驚くべき内容だった。
 だが、『妖怪や悪霊が跳梁跋扈する世界』という予感もあっただけに、おキヌは、すんなりと受け入れることが出来る。それに......。

(この優しそうな二人......
 美神さんと横島さんが......
 私の友だちだったんだ!)

 色々と語る美神だったが、彼女は、これはあくまでも『知識』なのだと言う。『記憶』は、ゆっくり時間をかけて、おキヌ自身で取り戻せばいい。そう言ってくれたのだ。
 そんな彼女の心配りも、おキヌには、十分伝わっていた。
 心が温かくなったおキヌは、この二人に、頼み事までしてしまう。

「あの......それじゃ、
 三日後に向こうへ行く時には、
 一緒に行ってもらえますか......?」


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 神族である小竜姫とヒャクメにも、異世界召還の仕組みは分からなかった。
 しかし、一つだけ推測できたことがある。
 おキヌが召還される際、肉体だけでなく着ている巫女服も一緒だったのだ。だから、誰かと手をつないでいれば、その者も一緒に連れて行かれるはず。
 それが、二人の考えだった。

「それじゃ......決まりね!
 三日後に......三人で異世界へ乗り込むわよ!」

 タダ働きになるが、おキヌの頼みとあれば、美神としても断れない。特に今のおキヌは、蘇ったばかりだし、記憶もないし、色々と大変な時期なのだ。
 だが、ここで横島が疑問を挟む。

「でも......三日後って言っても、
 こっちの『三日』と向こうの『三日』は
 ......同じなんスかね!?」

 ハッとする一同だったが、ヒャクメ一人が、分ったような顔をしていた。おキヌの心と記憶を覗いたヒャクメは、異世界のことも理解し始めていたのだ。

『大丈夫なのねー!
 原作でも毎週同じ時間に召還されて、
 向こうでもいつも昼間だったから、
 一日の長さは同じはずなのねー!!』
『......ヒャクメ!!
 「原作でも」なんて
 メタなこと言ってはダメですよ!?』

 神さまは、時々、人間の理解を超えたことを言うものだ。
 二人の神族の会話を聞いて、三人の人間はポカンとした表情になってしまう。そんな彼らに対し、小竜姫が、苦笑しながら謝った。

『ごめんなさいね......。
 ヒャクメったら、うっかり者ですから......
 時々うっかりして作者の代弁までしちゃうんです』
「あの......それは『うっかり』とは違うのでは?」

 しっかりツッコミを入れるおキヌであった。


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 そして、三日後。

「そろそろっスね......」
「そうね。
 じゃあ......行くわよ!」

 美神の事務所にて、三人は、異世界召還への準備をする。
 横島がおキヌの右手を、美神が左手を握った。さらに、美神と横島の空いている手もつながれ、三人は丸い輪を描いた。
 だが......。

「......いつまで
 こうしてたらいいんスかね!?」

 いくら待っても召還などされなかった。
 女性の手を握ることに不満などないはずの横島だったが、さすがに一時間も続くとなれば、話は別だ。

「......時間が違うんでしょうか?」

 ポツリとおキヌがつぶやく。
 この言葉をキッカケとして、美神が手をはなした。

「......もう!
 きっとヒャクメの失敗ね!?
 『こっちも向こうも一日の長さは同じ』
 って言ったけど、そんなの大嘘じゃないの!!」
「......まあヒャクメさまって
 いかにもそんな感じっスからね」
「あの......!?
 神さまのことを悪く言うと
 罰が当たるのでは......!?」

 勝手にヒャクメのミスと決めつける美神たち。
 これでは、おキヌがいつ召還されるか分らず、困ってしまうのだが......。


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(ごめんなさい、おキヌさん......)

 今、魔法陣の部屋に入るレックスは、心の中で三日前の少女に謝っていた。『三日後の同じ時間に、また呼び出す』と約束したのに、それが出来ないからだ。

「記憶喪失の少女......!?」
「まるで役立たずじゃないか!!」
「そんなもの、もう一度連れてきてどうするんだ!?」
「やっぱり最初から強い奴を呼ぶべきだったんだ!!」

 おキヌ召還を詳しく報告したレックスは、重臣たちからの猛反発を受けたのだった。
 その結果、おキヌを再召還する話は却下されてしまい、今度は『強そうな奴』を呼び出すことに決まったのである。
 魔法の力そのものは一流のレックスであるが、小心者の彼には、決議に逆らうという選択肢はない。

(それでは......今回は......)

 レックスは、呪文を唱えて、『強そうな奴』を召還する。
 やがて、魔法陣の上に姿を現したのは......。
 威圧感タップリの男だった。

「あれ......!?
 また......何か問題があるような気が......」

 思わず気おされてしまい、レックスが後ずさりする。
 たしかに『強そうな奴』を召還することには成功した。体つきはマントのせいで分らぬが、自信に満ちあふれた表情をしている。
 そこまでは良いのだが、顔の肌が紫色で、しかも頭にツノを生やしているというのは、いかがなものか。

『ほう......。
 私を異世界へ転移させるとは......
 人間のくせにシャレた術を使うものだな!?』

 ツノ付き男が冷笑する。

(こいつ......あっというまに
 『異世界召還』を理解した!?
 ......いや、それより、今、
 『人間のくせに』って言ったーッ!?)

 内心の怯えを出来るかぎり隠しながら、レックスは、静かに問いかけた。

「あの......あなたは、いったい......?」
『......ん?
 私のことを知らぬまま呼び出したのか!?
 ......ならば教えてやろう。
 我が名は......アシュタロス!
 唯一絶対の、この世の王となる魔神だ!!』


(日帰りGSクエスト2『困った魂の囚われ人(プリズナー)』に続く)

             
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日帰りGSクエスト2『困った魂の囚われ人(プリズナー)』

『我が名は......アシュタロス!
 唯一絶対の、この世の王となる魔神だ!!』

 レックスの目の前に立つ男は、そう宣告した。

(やっぱり......また
 とんでもない奴を呼び出してしまった!?)

 ギオラム・バスカーという竜人たちに王城を攻め落とされてしまったからこそ、逆襲のために『別の世界』から助っ人を召還することになったのだ。レックスは、命じられたとおりに『強そうな奴』を呼び出しただけなのだが......。
 まさかバケモノが出てくるとは、予想外だった。

「......あ、悪魔だ......」

 レックスは、クルリと反転して、部屋の出口へ向かって駆け出した。
 しかし、

『......そんなに慌てることもあるまい!?』

 アシュタロスが瞬時に移動し、彼の前に立って進路を妨げる。

『この世界のこと......教えてもらおうか?』
「は......はい......。
 そんなことでよければ、いくらでも......」

 どうせ事情は説明するつもりだったのだ。
 レックスは、この国のことやギオラムのことなど、色々と語り始めた......。




    日帰りGSクエスト2
    困った魂の囚われ人(プリズナー)




 バタン!

 勢い良くドアを開けて、レックスが、会議室へ駆け込んできた。
 部屋の中央にある大きな丸テーブルを囲むのは、五人の男たちだ。その中の一番若い青年が、レックスに声をかける。

「ごくろう、レキサンドラ。
 ......今度は『強い奴』を呼び出したんだろうな?」
「はい......殿下......。
 ですが......」

 なんだか歯切れが悪いレックス。
 だが、彼が詳しく語る必要はなかった。

『......邪魔するぞ』

 レックスに続いて、アシュタロスが部屋に入ってきたのだ。

「ひぇぇぇっ!
 これが別の世界の!?」
「やっぱりふつーじゃないんだな」
「ツノが生えてて......まるっきり鬼じゃないか!?」

 明らかに人外なアシュタロスの姿を見て、一同は、騒然となった。


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(この世界は......もとの私の世界と
 どれくらいつながっているのかな?)

 アシュタロスにとっては、それが一番大きな問題である。

(もしも密接な関連がないのだとしたら......
 ここで滅んだら、強制復活も免れるのだろうか!?)

 アシュタロスの『もとの世界』は、発達した人類文明を守るために、神と魔がデタントの時代に突入した世界だった。
 そこでは、魔族など、もはや茶番劇の悪役に過ぎない。
 しかも、アシュタロスクラスの魔神が消滅しては神魔のバランスが崩れるため、アシュタロスは、たとえ死んでも強制的に蘇ることになっているのだ。いわゆる『死んでも生きられます』というやつ......じゃなくて『魂の牢獄』というやつだ。
 このシステムが嫌で、アシュタロスは、もう昔々から死にたがっていた。『牢獄』から抜け出したいと思っていたのだ。

(魔界からこんな世界へ来たという話は聞いたことがないな。
 ならば......たぶん神界や魔界とはつながっていないはず)

 この想像が正しければ、これは、『魂の牢獄』から脱獄するチャンスである!

(確認のためには......
 この世界で大暴れしてやればよいのだ!
 神界から、あるいは魔族正規軍から
 干渉が入らなければ......
 ここは完全に独立した世界だ!!)

 アシュタロスは、ニヤリと笑う。
 『大暴れ』といっても、人間など、いつでも何とでもなる。まずは、竜人ギオラムとやらを相手にしてやろう。

(フフフ......)

 うろたえる人間たちを見ながら、アシュタロスは、そんなことを考えていた。


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『......あれがギオラムとやらの城か!?』

 会議室の人間たちを無視し、部屋から出たアシュタロスは、そのまま人間たちの町をあとにした。
 そして、空を進むうちに眼下に見えてきたのが、空気そのものが変質している一帯だったのだ。

『結界を張っているわけか......』

 アシュタロスは、レックスの説明を思い出し、そして結界の様子を観察する。

『どうやら......
 あの四つの塔で維持しているようだな!?』

 御都合主義と言うことなかれ。
 魔神アシュタロスには、これくらい、お見通しなのだ。

 ドッ!!

 アシュタロスが、魔力砲を放った。 
 その一撃で、四つの塔のうちの一つが消滅する!


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「ばかなっ!?」

 竜人の将軍ファーダルグは、思わず声を上げていた。

「人間どもが空から攻めて来ただと!?
 やつらは空は飛べないはずだっ!」
「『人間ども』ではありません。
 どうやら......たった一人の『人間』のようです」
「たった一人だと......!?
 ばかなっ!?」

 驚くべき内容を聞かされ、つい、伝令兵の言葉を否定してしまう。
 しかし、ファーダルグに一喝されても、伝令兵は、小さく肩をすくませるばかり。

「......し......しかし事実です。
 青牙の塔は、すでに最初の一撃で消滅したようです」
「一撃で......!?」

 これも信じられない内容だ。
 だが、ここで、ファーダルグは冷静になった。

「おい......
 攻めて来たのは本当に『人間』なのか?
 もしかすると......他の国のギオラムではないのか!?」

 竜人たちは、一つの大帝国を築いているわけではない。彼らにも幾つかの国家があった。人間たちの領域に攻め込んできたのは、そのうちの一つ、黄金王(グレア・ギオラム)ジグラドに率いられた国家である。
 人間よりも圧倒的に強いギオラムが、これまで人間たちのエリアを侵さなかったのは、人間たちの住む地域の気候のせいだ。ギオラムには寒すぎるため、ここでは結界を張っている。これは、本国からは『結界実験』などとも呼ばれる試みだった。

(我々の実験成功を横取りするつもりで
 他国の連中が来たのかもしれないな......?)

 そう考えるファーダルグだったが、伝令兵は、首を横に振る。

「いいえ、ギオラムではありません。
 姿形は、明らかに人間でした!」

 もちろんアシュタロスは人間ではない。肌の色やツノなど、人間から見れば、それは一目瞭然だ。
 しかし、ギオラムには、そこまで細かいことは識別できていない。アシュタロスは『ちょっと変わった人間』として認識されていた。

「......もうよい!
 どんなやつだか知らんが......
 空を飛べるくらいでイキがっている人間など、
 このファーダルグが始末してくれるわ!」
「しかし......ここの警護が......」
「空から一撃で破壊されるというのであれば
 塔の中にいても仕方があるまい!?
 ......こちらからうって出るぞ!!」

 そう言い捨てて、ファーダルグは、空へ飛び立っていく。

(ひさしぶりに......
 手応えがある相手と戦えるかもしれんな)

 と、内心では少し高揚しながら......。


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『あっけないものだな......』

 空に浮かぶアシュタロスは、何の抵抗もなく、二つの塔を消滅させていた。
 そして、その頃になってようやく、ギオラムたちの迎撃軍が飛び立ってきたのだ。

『ほう......竜神とは違うが
 たしかに「竜」のような人間たちだな』

 ギオラムたちの姿を見て、アシュタロスがつぶやく。
 しかし、実は、外見だけではなかった。
 竜人たちには魔術がある。
 有象無象の雑兵たちですら、小さな魔力弾くらいなら、あっさりと生み出し、撃ってくるのだ。
 ギオラム脅威のメカニズムである。

『なるほど......。
 普通の人間には脅威なのかもしれないな』

 だが、その程度の攻撃、もちろんアシュタロスには通じない。
 避けるまでもなく、あたったところで、痛くも痒くもないのだった。

「うわあーっ!?」
「ま、魔力弾が!?
 ば、化け物だーっ!!」

 ギオラムたちの中には、魔力弾が弾かれたと思った者までいたらしい。
 全体が白色で胸の部分だけが赤いギオラムと、青灰色の丸っこいギオラムが、そんな会話を交わしていた。

『「化け物」とは失礼だな......!』

 アシュタロスが腕をひと振りすると、無数の小さな魔力弾がギオラムたちに振りそそいだ。
 これだけで、その場の大半のギオラムが命を散らす。
 そんな中、

『ほう......?』

 アシュタロスは気がついた。
 魔力壁を作り出して、アシュタロスの光球を防いだ者がいたのだ!
 それは、青黒い色をしたギオラム。着ている鎧も、腰に携えた剣も、一般兵のものとは違っていた。

『指揮官クラスか......!?』
「そこまでだ、おかしな人間め。
 これ以上の破壊行為は許さん......。
 このファーダルグがな......」


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(たしかに......普通の人間ではなさそうだな。
 だが......このファーダルグの敵ではないわ!)

 ファーダルグは、腰の剣を抜いて、アシュタロスへと向かっていく。
 すでに小声で魔法剣の呪文は唱えてあった。魔力を込めて切れ味を強化したのだ。この術をかければ、シロウトの振るなまくら剣でも、細い木くらいならあっさり切れるようになる。ファーダルグの剣技も加えれば、もはや、切れないものはないと言ってもよいくらいだった。

(見たところ......敵は丸腰!
 ......一刀両断にしてくれよう!!)

 すでに二つも塔を破壊され、多くの兵士も殺されてしまったのだ。
 情けをかける場合でもなければ、正々堂々を望める状況でもない。

(......死ねーっ!!)

 突撃した勢いも加えて、ファーダルグは、自慢の剣を振り下ろした。


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『......この程度か?
 竜人と言っても......たわいのないものだな』

 アシュタロスは、ファーダルグの魔法剣を、人差し指一本で押さえていた。
 さすがに実力の違いを理解したらしく、ファーダルグが、冷や汗をかきながら後退する。

『......逃さん!』

 アシュタロスは、追撃の魔力弾を放った。
 さきほどのような小さなものではないので、今度は、ファーダルグの魔力壁でも防御できない。
 それも理解していたらしく、ファーダルグは、空中で飛行の向きを変えた。一瞬前まで彼がいたところを、大きな光の玉が通り過ぎていく。

「危なかった......」
『安心するのは......まだ早いぞ!?』

 背後からした声を聞きつけて、ファーダルグが振り返る。
 いつのまにか、アシュタロスが後ろに回りこんでいたのだ。

「ばかなっ!?」

 それが、ファーダルグの最期の言葉となった。
 アシュタロスの手刀が一閃し、ファーダルグの体が真っ二つになる......。


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『......逃げた後か!?』

 四つの塔を全て消滅させ、アシュタロスが中央の城に降り立った頃には、もはや城内には誰もいなかった。
 アシュタロスは、王の間らしき場所で、一人、立ちすくむ。

『竜人も人間と同じく弱い存在なのだな。
 いや、むしろ人間たちのほうが......』

 赤い絨毯の上を歩きながら、彼は、もとの世界のことを思い出していた。
 もとの世界には、GSと呼ばれる特殊な人間たちがいる。もちろん、彼らの霊力など、アシュタロスの魔力と比べればカスのようなものだ。
 だが、中には、面白い能力もあった。例えば、かつてアシュタロスは、時間移動能力で未来へ飛ばされてしまったことがあるのだ。その時には、下っぱ神族も人間に手を貸していたのだが......。

『なんという名前だったかな、あのときの神族は?』

 そんなことを考えながら、アシュタロスが無人の玉座に腰を下ろした時。

「......ありがとうごぜーますだ!!」
「新王さま、万歳!」
「救世主様、万歳!」

 人間たちが、玉座の間に駆け込んできた。
 ギオラムに捕まって、奴隷として働かされていた者たちだ。
 彼らは、ギオラムから自分たちを解放してくれた英雄として、アシュタロスを褒め讃えるのだった。


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「な、なんだってーっ!?」

 叫んでしまうレックス。
 結界区域の様子を見張っていた兵士が、ギオラム撤退のニュースを運んできたのだ。
 続いて、作戦会議室に歓声がわき上がる。

「......これで......ようやく......」
「......そうだな。だが......」

 レックスも素直に喜び始めたが、彼らのリーダーであるクルーガー王子は、なんだか歯切れが悪い。

「問題は......これからですな」

 王子と同じく厳しい表情をしているのは、白髪の老人だった。
 会議の実質的なまとめ役をこなす重臣、ロッドゥェル将軍である。

「どういうことですかな!?」

 将軍の声を聞きつけ、黒い髭の男が質問した。名前をバイザーといい、親衛隊長を務めている。
 これに対し、ロッドゥェル将軍は静かに答えた。

「あのアシュタロスという男......
 ギオラムを追い払ってくれたのはよいが、
 だからといって我々の味方というわけでもあるまい。
 素直にファインネル城を返してくれるかのう?」

 ギオラムたちが『城』としていたのは、もともと、ファインネル王国のものだったのだ。ギオラムがいなくなれば、たしかに民衆は満足かもしれないが、ファインネル王国を復興できないのであれば、家臣たちは喜べないのだった。

「もしかして......私たち......
 ギオラム以上の敵を招き入れてしまったのでしょうか?」

 ようやく理解したレックスが、ポツリとつぶやく。
 だが、この発言は、彼にとっては完全な薮蛇でしかない。
 なにしろ、そのアシュタロスを召還したのは、彼自身なのだから。


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 ロッドゥェル将軍の悪い予感は的中してしまったらしい。
 アシュタロスは、旧ファインネル城に居座ったまま、ウンともスンとも言って来ないのだ。
 そんなわけで。

(はあ、今度こそ......)

 レックスは、また、魔法陣の部屋に来ていた。

「おまえの責任じゃないか!!」
「あのアシュタロスとも戦えるくらい、
 もう一度『強い奴』を呼び出すんだ!!」
「でもアシュタロスの二の舞は困るから、
 今度は『そこそこ強い奴』だぞ!?」
「勝手なことをされないように
 『強いんだけど気弱な奴』を
 召還するというのはどうだ!?」
「今度はちゃんと『人間』を
 呼び出すんだぞ......!!」

 重臣たちの命令で、新たな召還を行うのである。

(今回は......強そうな人間で......
 でも、それでいて、おとなしい人?
 うーん......条件が厳しいなあ......)

 と考えながら、呪文を唱えるレックス。
 そして、魔法陣の上に現れたのは......。

「ううう......
 パトラッシュがかわいそう......」

 絵本を読みながら涙を流す少女。
 ゴーストスイーパー六道冥子だった。


(日帰りGSクエスト3『暴走気分の旅行人(トラベラー)』に続く)

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日帰りGSクエスト3『暴走気分の旅行人(トラベラー)』

「んーむにゃむにゃ」

 六道家の屋敷の自室のベッドの中、六道冥子は、幸せそうに眠っていた。
 枕元にはヌイグルミが並べられているのだ。可愛らしいキャラクターに囲まれて、さぞや幸せな夢を見ているのかと思いきや、

「マーくん〜〜やめて〜〜」

 どうやら、あまり楽しい内容ではないらしい。
 もし、この寝言を横島が聞いたならば、色々と妄想をかき立てられるのだろうが......。それは別のSSの話である。
 そして、冥子が夢の世界をさまよう時間も、そろそろ終わりに近づいていた。

「お嬢様、朝食をお持ちしました」

 メイドのフミが、トレイを抱えて部屋に入ってきたのだ。起床の時間である。

「おはようございます」
「ん〜〜おはよう〜〜」

 口の端に小さく寝ヨダレの跡を残したまま、ぼ〜〜っとした状態で食事をする冥子。きらいなニンジンを残してしまうのも、寝ぼけて半ば無意識なのだから、仕方ないのだ。
 朝食後、冥子は、いつものドレスに着替える。胸元から両肩までが大きく露出している格好なのだが、それでもイヤラシくなく『お嬢様ルック』に見えるのは、彼女の人徳かもしれない。
 それから彼女は、広大な自宅の敷地内を散歩し、適当な場所で、読書してすごす。
 これが六道冥子の日課であり、今日は、木陰に腰を下ろして絵本を読んでいたのだが......。

「ううう......
 パトラッシュがかわいそう......」

 彼女が異世界に召還されてしまったのは、この瞬間だった。




    日帰りGSクエスト3
    暴走気分の旅行人(トラベラー)




「あれ〜〜?」

 感動の涙を流していた冥子は、周囲の雰囲気が突然変わったことに気付き、絵本の世界から現実へ引き戻されてしまった。

「ここは〜〜どこ〜〜!?
 今日のお仕事の場所に
 来ちゃったのかしら〜〜?」

 キョロキョロと辺りを見渡す冥子。
 石作りの部屋のため、何となく冷たい感じがする。また、窓がないので、少し薄暗かった。
 そして、冥子が座り込んでいる下には、独特の模様が描かれている。

「これは〜〜魔法陣〜〜?」

 ボケボケした感じの冥子ではあるが、彼女だって一流のゴーストスイーパーなのだ。それくらい、一目で理解できた。
 しかし、今、冥子の前に立つ人物は、そんな冥子の背景など知らない。

「あの......なんで皆さん......
 魔法陣とか異世界召還とか
 すぐに分っちゃうんでしょうか?
 もしかして......向こうの世界では
 一般的な技術なんですか!?」

 魔導師レックスは、もう苦笑するしかなかった。


___________


「......というわけなんです」

 レックスは、これまで召還した二人のことも含めて、この世界の状況を説明した。

(今度の人は......
 大暴れすることはなさそうだけど、
 でも、この人ほんとに強いのかなあ?
 そもそも......
 ちゃんと話を理解してくれたかどうか、
 それすらあやしいですね......)

 冥子を見ていると心配になるレックスだったが、冥子は、ニコニコと頷いている。

「なるほど〜〜魔法かあ〜〜。
 だからここにも
 不思議な力が漂ってるのね〜〜。
 霊力が集まってるんだと思って
 仕事先だと思っちゃったわ〜〜」

 レックスにはわからぬ単語を使っているが、彼女自身が納得してくれたのならば、今はそれで十分だろう。
 そう判断して、レックスは、黙って聞き役に徹していた。冥子の話は、まだ続くようだ。

「それに〜〜
 召還魔法なんて知らなかったから〜〜
 てっきり〜〜
 このコの瞬間移動だと思ったの〜〜」

 冥子は、影の中からポンと式神を出す。
 トラ型の式神、メキラ。瞬間移動能力を持つ式神だ。

「......えっ!?
 なんですか、それは......?」
「あっ、メキラだけ紹介するんじゃ〜〜
 他のコたちが怒っちゃうわね〜〜。
 この場の魔力で〜〜みんな
 殺気だってるみたいだから〜〜」

 レックスに紹介したくなって、十二匹の式神を全て出現させてしまう冥子。
 突然飛び出してきた式神たちを見て、レックスは目を丸くしていた。

(この人も普通じゃなかった......。
 今度は......バケモノ使いだーっ!!)


___________


 レックスが異世界からの召還を実行している間、クルーガー王子・ロッドゥェル将軍・バイザー親衛隊長・その他の重臣たちは、作戦会議室でおとなしく待っていた。
 やがて、戻ってきたレックスが扉を開ける。

「ごくろう、レキサンドラ。
 今度は......大丈夫だろうな?」

 なにしろ、過去の二人は、記憶喪失の少女と魔神アシュタロスだったのだ。
 一同の心の中には、当然のように、えも知れぬ不安があった。
 それを代表して、クルーガー王子が質問したわけである。

「えーっと......何と言いますか......」

 前回以上に歯切れが悪いレックス。
 アシュタロスのことを思い出し、一同に緊張が走る。
 しかし、レックスのあとから部屋に入ってきたのは、かわいらしい少女だった。『可憐な美少女』とまでは言えないが、ほのぼのとした雰囲気も漂わせた少女である。

「なんだ、レックス殿......。
 おどかしっこなしですぞ」

 バイザー親衛隊長が、ホッとしたような声で発言した。
 他の面々も同じ気持ちのようで、安心した表情をしている。
 だが、彼らの安堵も長くは続かなかった。
 冥子の後ろにゾロゾロと続く十二匹の式神が、目に入ってきたのだ。

「ひぇぇぇっ!」
「バケモノを従える少女!?」
「別の世界って......こんなやつばかりか!?」
「見た目がかわいい女のコなだけに
 いっそうタチが悪いぞ!!」

 以前のアシュタロスの例があっただけに、この『バケモノ』たちが味方になってくれるだなんて、想像しにくいのだった。


___________


「あの......みなさん......?
 まずは話し合いませんか?」
「そうじゃのう。
 まだ、この嬢ちゃんが暴れ回ると
 決まったわけでもないからのう」

 一同を落ち着かせようとするレックスの言葉に、ロッドゥェル将軍が賛成する。
 老将軍にこう言われてしまえば、誰も早まったマネはできない。腰の剣に手を伸ばしていたバイザー親衛隊長も、そのまま、手を止めていた。
 だが......。
 とりあえず敵対行動をとらないというだけで、一同の殺気は消えていない。
 これを式神たちが敏感に察知し、クビラを介して、冥子にも伝わってしまった。

「こわいわ〜〜。
 冥子をいじめないで〜〜」

 彼女の目に、涙が浮かび始める。
 泣きそうな彼女の様子を見て、その場の敵意も少し弱まったが、すでに遅かった。

(誰か助けて〜〜。
 でも〜〜ここには〜〜
 令子ちゃんもいないんだわ〜〜。
 お友だちが誰も〜〜いない世界なんだ〜〜)

 心の中で友人に助けを求めてしまい、ここが異世界だということを思い出してしまう。
 レックスに説明されたときは深刻に考えていなかったが、そう、ここは全く別の世界なのだ。
 令子やエミといった友人たちだけではない。彼女たちの仲間のGSもいない。
 そして、当然、家族もメイドもいないのだ。

(ひとりぼっち......)

 お嬢様育ちの冥子にとって、これは初めての経験だった。
 ゾッとするほどの寂しさがこみ上げてくる。

「ふ......
 ふえ......」

 泣いちゃいけない。
 頭の中では、かつての美神の

   「あっ......バカ!!
    泣いちゃだめよっ!!」

 という言葉もリフレインしている。
 しかし、そうやって美神のことを再び思い出したからこそ、現在の孤独がいっそう身にしみるのだ。
 もう限界だった。

ふえ〜〜っ!!

 冥子名物『式神暴走』現象が、その場を襲った。


___________


「ごめんね〜〜みんな〜〜。
 私、興奮しちゃうと
 式神のコントロールができないの〜〜」

 しばらくして泣き止んだ冥子は、ケロッとした表情で説明する。 
 しかし、彼女の話をちゃんと聞いている者は少なかった。

「ああ......私たちの隠れ家が......」
「ここには......神の力が
 満ちているはずだったのじゃが......」

 レックスとロッドゥェル将軍が唖然としているように、彼らが本拠地として使っていた神殿は、瓦礫の山と化してしまったのだ。
 それでも誰も死ななかったのは、冥子の暴走が一種のギャグだから......ではなくて、奇跡的な僥倖である。

「しかし、あの怪物娘に
 悪気はなかったようだな」

 冥子のほうにチラリと視線を向けて、クルーガー王子がつぶやく。
 その言葉を耳にして、レックスも、ようやく茫然自失状態から復帰した。そして、王子の言葉を補足するのだった。

「そうですね。
 これでは冥子さん自身も
 困ってしまいますから......」


___________


 こうして、冥子が異世界にまで迷惑をかけていた頃。
 もとの世界では、冥子失踪に関連して、美神・横島・おキヌの三人が妙神山を訪れていた。
 現在、小竜姫は用事があるらしく別室にいる。三人と一緒にいる神さまは、ヒャクメだけだった。

『やっぱり......普通の毛布なのねー、これ』
「おキヌちゃんのときと同じやつなの?」
『うーん......。
 全く同じものかどうか、
 そこまでは分らないのねー』

 六道冥子は、日頃の言動からは分りにくいが、並の女性ではない。有力なゴーストスイーパーである。それに、強力な式神たちにも守られているのだから、六道家の敷地内から突然消えたというのは、かなりの異常事態だった。
 人間の手には余る事件が起こったと察した六道家は、唐巣神父や美神などを通して、神族と連絡をとったのだが......。
 唯一の手がかりが『いつのまにか屋敷の庭内にあった毛布』だったこともあり、美神たち三人も、妙神山へ駆けつけたのだった。

「それじゃ......私の代わりに冥子さんが!?」
「方針変更ってことっスかね?」
「それにしても......
 冥子を召還するなんて......無謀な連中ねえ」

 美神は、きっと冥子は式神を暴走させているだろうと想像していた。この予想は当たっているが、美神も、まさか彼らがアシュタロスまで召還したとは全く考えていない。

「ま、向こうがどんな世界だとしても、
 冥子なら大丈夫なんじゃないかしら?」
「そうっスよね。
 すぐにこっちに送り返されるでしょうから」
「美神さんも横島さんも......
 そんなに安心しちゃっていいんでしょうか?」

 どうやら、美神同様、横島も暴走のことを思い浮かべたらしい。
 おキヌだけが心配していたのだが、

『大丈夫なのねー!!』

 美神と横島の心を覗いたヒャクメが、冥子という人物を理解した上で、太鼓判を押すのだった。


___________


 一方、異世界では、

「そうですね。
 これでは冥子さん自身も
 困ってしまいますから......」
「え〜〜?
 それはどういう意味〜〜?」

 レックスの言葉を聞きつけた冥子が、キョトンとした表情で小首を傾げていた。
 瓦礫の山を指し示しながら、レックスは、恐る恐る答える。

「帰してあげられなくなりました、
 ......もとの世界に......」

 石作りの神殿だったから、瓦礫のほとんどは『石』である。
 だが、中には、割れた水晶玉のようなものもあった。それは、召還の部屋に置かれていた四つの『転移の宝珠(オーブ)』の成れの果てである。魔法陣とともに、異世界召還のキーとなるアイテムだった。

「転移のオーブを作るには
 長い時間と特殊な材料が必要なので......。
 ギオラムと戦っている現状では、
 とても......」

 おずおずと説明するレックス。
 ギオラムの結界塔にも同じオーブがあったらしいが、塔そのものがアシュタロスの攻撃で消滅したという話も、レックスは耳にしていた。

「ですから......もう......」

 言葉が尻すぼみになるレックス。
 だが、冥子の頭にも、もとの世界へ戻れないという現状が伝わったようだ。

「え〜〜!!」

 もう家族や友人とも二度と会えないのだ。
 そう理解した冥子の目に、涙が浮かび始めた。

「あっ、馬鹿っ!?
 おい、誰かこの娘を止めろ!!」

 クルーガー王子が叫ぶが、間に合わない。

ふえ〜〜っ!!

 冥子は、再び式神たちを暴走させた。


(日帰りGSクエスト4『うっかりだらけの仲裁人(メディエター)』に続く)

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____
日帰りGSクエスト4『うっかりだらけの仲裁人(メディエター)』

 美神・横島・おキヌの三人は、まだ妙神山にいて、丸まった毛布を囲んでいた。
 この毛布を調べるために呼び出されたヒャクメは、もう毛布を見ることもなく、お茶をすすっている。ひと仕事終わらせましたという気分のようで、満足そうな表情だ。
 そこへ、別室にいた小竜姫が入ってきた。

『あら?
 まだ終わらないのですか?
 時々うっかりするのが玉にきずですが、
 それでもヒャクメの仕事は早いはずなんですけど......』
『違うのねー!
 もう終わったのねー!
 それに、ミスもしてない時に
 「うっかり」なんて言わないでねー!』

 と、神さま二人が和やかに言葉を交わす横で。
 おキヌが、ポツリとつぶやいた。

「でも......なんで異世界に召還されるたびに
 こちらに毛布がやってくるんでしょうか?」
「そういう魔法なんでしょ?
 何か代わりのものを送り込まないと
 召還できないのよ、きっと」
「質量保存の法則みたいなもんスかね!?」

 美神と横島が、おキヌの疑問にアッサリ答えてしまう。

『そういう説明は私にさせて欲しかったのねー!
 せっかく毛布を調べたんだから......』
『ヒャクメ......。
 そんなこと主張しても
 誰も聞いてないようですよ......?』
『くすん......』

 そんな神さま二人の会話とは無関係に。
 今度は横島が小さな疑問を提示する。

「でも......
 なんで美神さんやヒャクメに
 話を持ちかけたんでしょうね?」
「はあ!?
 なんのこと......?」

 主語も具体的な目的語も省いてしまったので、意味が伝わらなかったようだ。

「冥子ちゃん失踪の調査っスよ。
 ほら、六道家ってすごい家なんでしょう?
 冥子ちゃんのお母さんも......
 ああ見えて実は、
 政界にも財界にも顔が利くから、
 何でも出来る凄いひと......
 かなりの策士なんスよね?」
「横島クン......
 なに寝ぼけたこと言ってんのよ?
 六道家は霊能界では由緒正しき旧家だし、
 それに学校経営してるくらいの金持ちだけど
 ......でも、そこまで万能じゃないわよ!?」

 という美神のツッコミの後ろで、おキヌもつぶやく。

「横島さんが言ってるのは
 二次創作設定なのでは......?」

 記憶を取り戻したどころか、異常に物知りになっているおキヌであった。




    日帰りGSクエスト4
    うっかりだらけの仲裁人(メディエター)




「それじゃ私たちは帰るわね」
「毛布のこと、よろしくお願いします!」
「また来ますからね、小竜姫さま!!」

 妙神山を辞す美神たち。
 横島は、名残惜しそうに小竜姫の手を握っていたが、

「いつまでやってんの!?」
「さあ帰りましょう、横島さん!!」

 二人の女性にズルズルと引きずられていく。

『いつでもどうぞ!
 また来てくださいね』
『美少女ぞろいのサービス満点で
 待ってるのねー!』

 小竜姫とヒャクメは、門前まで出てきて三人を見送った。
 そして、

『それじゃ......
 私もいったん神界へ戻るのねー!』
『異世界のこと......
 もう少し調べてくださいね!?』
『まかせて!』

 ヒャクメも姿を消す。
 こうして、一時のにぎやかな時間も終わり、妙神山は、いつもの平穏を取り戻した。
 ただ違うのは、冥子の代わりである毛布を預かったこと。
 『異世界からの毛布』を保管する場所として、妙神山が一番安全だという結論になったからだ。おキヌが異世界から帰ってきた先が妙神山だったことも、このプランを支持する理由となった。

『どうせ長いことではないでしょうから』

 小竜姫も、冥子はすぐに戻ってくると思っていたのだが......。


___________


「ええっ!?
 それじゃ、まだ冥子は帰ってきてないの!?」
「大丈夫でしょうか?」
「問題発生みたいっスね」

 三日後。
 小竜姫とヒャクメが美神の事務所を訪れ、その後の経緯を説明していた。
 椅子に座った二神の前にはお茶も出されているが、とっておきの最高級品ではない。もはや、そのような気遣いは無用の相手となっていた。

『はい。
 六道家の方でも大変心配しているようで......。
 「どうなってるんだ!?」と
 毎日何度も聞きに来るんです』

 小竜姫がため息をつく。
 妙神山は、本来、修業の地。なかなか人間が来られないようにしているため、連絡役をやらされている唐巣神父が大変そうなのだ。
 だが実は、妙神山への往復という肉体的な疲労よりも、進展がないという報告を六道家に届ける心労のほうが大きいのであった。おかげで、唐巣の頭は、日に日に薄くなっている。
 話を聞いた美神は、肝心の話題に入る前に、思いついたことを口にした。

「あのさあ......。
 なかなか連絡とれないほうが、
 神族の出張所としては
 カッコつくかもしれないけど......」
「ああっ、美神さん!
 そんな......
 神さまにケンカ売るような言い方、
 よくないですよ......!?」

 美神の言葉遣いをおキヌが大げさにたしなめるが、美神は、気にせず話を続ける。

「竜神の王子の失踪とか、
 資格試験の事件とか、
 こうやって何かあるたびに
 俗界までくるのは大変でしょう?
 ......そろそろ電話くらい用意したら!?」
「あれっ!?
 妙神山って電話ないんスか!?
 みんなSSでは気軽に電話かけてるような......。
 あれって二次創作設定だったんですか!?」
「ああっ、横島さん!
 そんな......
 他のSSにケンカ売るような言い方、
 よくないですよ......!?」

 横島やおキヌの言葉は聞かなかったことにして、小竜姫は頷いていた。

『そうですね......考えておきます』
『そんなことより、早く話を進めるのねー!
 なんといっても今回は......』

 焦れたように口を挟んだヒャクメが、ここで大きく胸をはった。

『......私が主役なのねー!!』


___________


「ヒャクメったら......冗談下手なんだから」
「それが神さまの笑いのセンスなんスか!?
 ......それじゃ人間は笑えないっスよ!?」
「あの......美神さん、横島さん?
 もしかしてヒャクメ様、
 本気で言ってるのでは......?」

 これが、ヒャクメの発言に対する三人の対応であった。
 うなだれて、指で膝に『の』の字を書き始めたヒャクメ。そんな彼女を見て、小竜姫がフォローする。

『本当に......今回の
 冥子さん救出劇の主役はヒャクメなんです』

 小竜姫は説明する。
 なんとヒャクメは、異世界へ乗り込む術を編み出したのだ。

『ヒャクメの調査能力は凄いですから。
 毛布一つから色々とわかったんです......』
『こう見えても私は神さまなのねー!』

 小竜姫に持ち上げられて、ヒャクメが復活する。
 そして、みずから詳細を説明し始めた。

『あの毛布には、
 この世界のものにはないような
 特殊な波動がまとわりついていたのねー!
 私の「目」だけが、
 その波動のつながる先を追うことが出来て......』

 異世界へのとっかかりを見つけた後は簡単だった。
 少しくらい距離があっても、力のある神族ならば空間を転移することができる。それを応用すればよいだけなのだ。

「それで......
 ヒャクメが冥子を助けに行くわけ!?」

 話を聞いた美神が、小竜姫に視線を向ける。
 横島とおキヌも、小竜姫を見つめた。
 三人の目は、『小竜姫が行ったほうが頼りになるのでは!?』と物語っている。
 それを理解した小竜姫は、苦笑しながら答えるしかなかった。

『「目」で波動を追えるヒャクメだけが、
 むこうの世界へ行けるのです。
 それに......どうせ、
 竜族が人間と敵対している世界に
 竜神である私が行くわけにはいきませんから』
『大丈夫なのねー!
 私にまかせるのねー!』

 ヒャクメが、自分の胸をポンと叩く。
 こうして、小竜姫・美神・横島・おキヌが見守る中、

『いってきま〜〜す!』

 愛用のトランクを片手に、ヒャクメは異世界へと旅立った。


___________


 そして......。
 「『日帰り』クエストじゃなかったんかい!?」というツッコミが入るくらいの時間が流れた。
 そもそも、異世界への召還などという事態が始まったのは、おキヌが幽霊から復活した時点である。
 本来ならば、その後、デミアンやベルゼブルによる襲撃事件が起こるはずだったが、アシュタロスが異世界へ行ってしまったので、彼らにそのような命令が下ることはなかった。
 また、ヒャクメまで異世界へ行ってしまった以上、美神たちが平安時代へ行くこともなくなった。
 こうして、大きなイベントが次々と消えていき、ただ細々とした除霊仕事だけをこなしていく美神たち。
 そんなある日の昼下がり。
 美神除霊事務所に、小竜姫がやってきた。一人の女性を連れて......。


___________


「冥子......!?」
「戻って来たんスね!?」
「おかえりなさい......!!」

 小竜姫とともに事務所に来たのは、六道冥子だったのだ。

「ただいま〜〜!!」

 異世界へ召還されていた冥子なのに、彼女は、何事もなかったかのように笑う。

「ヒャクメが助け出してくれたの!?」
「やっぱり神さまなんスね」
「それで......そのヒャクメさまは!?」

 ヒャクメの姿が見えないことに気付いたおキヌが、キョロキョロと辺りを見渡した。
 これに対して、

『......色々と複雑なので
 順を追って話しましょう』

 と、小竜姫が会話の主導権を握る。

 最初に伝えたのは、おキヌと冥子以外にも異世界へ呼び出されたものがいたことだ。魔神アシュタロスの話である。
 さらに、彼が異世界で大暴れしたことまで語ったのだが......。
 ここで、美神が、話を遮った。

「ちょっと待って。
 そのアシュタロスって......いったい誰!?
 ......そんなにすごい魔族なの!?」

 哀れアシュタロス。
 重要イベント未消化のため、美神たちには全く認識されていないのであった。


___________


 もちろんアシュタロスの方では、美神や横島とは面識がある。平安時代で、未来からきた彼らと会っているのだ。しかし、その直後にアシュタロスは数百年後に飛ばされたのだから、彼が知る『未来からきた美神たち』は、この時間軸の美神たちではないのであった。

『名前も聞いたことありませんか......?
 大物中の大物なんですけど......』

 小竜姫にそう言われても、この時間軸の美神や横島には、心あたりすらない。
 そんな中、色々な本を読むことが好きなおキヌには、思い当たる名前があった。

「もしかして......
 豊穣の女神アシュタロトさまですか?」
「なにっ!? 女神さま!?」

 横島が過敏に反応するが、小竜姫は首を横に振る。

『女神でも女悪魔でもありません。
 伝承では......
 アスタロトやアシュタロトとも
 呼ばれているみたいですが......。
 そうした話も忘れてください。
 実際のアシュタロスは、
 魔神とも呼ばれる超大物魔族です。
 しかも......美神さんと関連があるそうです』

 これまでのメドーサの暗躍、ハーピーの襲撃、中世でのヌルの活動などを背後で指示していたのが、アシュタロスだったのだ。さらに、美神の前世とも因縁があったらしい。
 そうした事情を、小竜姫が語る。

「そんな......」
「さすが美神さん!
 そんな大物から狙われていたなんて
 ......スケールが大きいっスね!!」
「横島さん......?
 それは褒めるところなんでしょうか?」

 情報を頭の中で整理するのに少し時間がかかってしまったが、落ち着いた美神は、一つの疑問を口にした。

「......ずいぶん詳しいわね?」
『全て......ヒャクメの情報です』

 小竜姫の答はシンプルだ。

「さすが神族調査官......!」
「やっぱり神さまなんスね」

 おキヌと横島がヒャクメを褒めたが、小竜姫が、再び首を横に振った。

『いいえ、これは調査とは言えないような気が......。
 「妻」として「夫」の過去を聞き出しただけですから』

 は?
 つま?
 おっと?
 ......どういうこと?

 頭の中にハテナマークがたくさん浮かび、顔を見合わせる美神たち三人。
 そんな三人を見て、いたずらっぽい笑顔を浮かべた冥子が、口を開く。

「ヒャクメさまはね〜〜
 アシュタロスさんの奥さんになったの〜〜!」


___________


 一部の人間に祭り上げられて、新勢力を築き上げてしまったアシュタロス。
 しかし、こちらの世界の魔族が異世界で悪さをすることなど、神族のヒャクメとしては許せなかった。

『神さまの名に賭けて......なのねー!』

 ちょうど、レックスやクルーガー王子や重臣たちは、保護していた冥子を助っ人として、アシュタロスに立ち向かおうとしていたところだ。そんな彼らに、ヒャクメも同調したのだった。
 ただし、神族とはいえ、ヒャクメの武力レベルは低い。そもそも、調査官なのである。

『私には......
 スパイ活動のほうがあってるのねー!
 それじゃ......今から
 私の色気でアシュタロスを誘惑してくるから!』

 そう言って出かけようとするヒャクメを、一同は、引き止めようとしたそうだ。

「......あの......御自身のキャラクターを
 把握なされたほうがよろしいのでは......?」
「神さまといっても万能ではないじゃろう......?」
「おい、誰かこのダ女神を止めろ!!」
「ヒャクメさま〜〜いかないで〜〜」

 しかし、皆の制止を振り切って、アシュタロスのもとへと向かったヒャクメ。
 やがて、てっきり返り討ちにあったものだと思い、皆が葬式の準備を考えているところへ......。彼女はヒョッコリ戻ってきた。

私ってまるでボンド・ガール!?

 皆の予想に反して、ヒャクメの色仕掛けは、なんと成功したのである。


___________


「......ということなのよ〜〜」

 冥子が異世界での出来事を語るが、聞いている美神たちは、驚きを通り越して呆れるだけだった。

「アシュタロスって......そんなやつだったの!?」
「これは......『壊れキャラ』表記が必要っスね」
「横島さん...... またそんなメタなことを......」

 苦笑したおキヌは、ここで、小さな疑問を口にする。

「でも......スパイだったんですよね?
 それがどうして......結婚!?
 もしかして、スパイ活動のために
 そこまで......!?」
「違うの〜〜。
 ヒャクメさまも〜〜
 いつのまにか本気で
 アシュタロスさんに惚れちゃったらしいの〜〜」

 一応の答を返す冥子だったが、実は、その辺りの詳細は、彼女自身理解していなかった。

「男女の仲って〜〜わからないわね〜〜」

 そして、冥子は、その後の経緯を話し始めた......。


___________


 真剣に愛し合うようになったヒャクメとアシュタロスは、幸せなバカップルとなった。
 もともとアシュタロスは、『魂の牢獄』などを考え込んでしまう、学者肌の魔神である。だから、『神』であるヒャクメが『妻』として、アシュタロスの『悪魔』としての破壊衝動を抑え込むことも、難しくはなかったのだ。
 そして、この二人が仲介役となる形で、人間たちとギオラムたちも和解した。
 一人の『人間』に結界実験を破壊されたと思い、自身のメンツにかけて、大反攻を試みていたギオラムたち。また、ギオラムに家族や仲間を殺されて国を追われた以上、どうしてもギオラムを恨み続けてしまう人間たち。
 そんな彼らだったが、神と悪魔に睨まれていては、もはや対立も戦争も出来ないのだ。

『今は強制だとしても......。
 このまま何千年か経てば、
 お互いの因縁も忘れるでしょう?
 その時、人間とギオラムの間に
 真の平和が訪れるのねー!』

 アシュタロスの膝の上で、ヒャクメは、冥子に対してそう語ったらしい。
 この言葉は、『このまま何千年も、この世界に留まる』という宣言でもあった。


___________


「それから〜〜
 アシュタロスさんとヒャクメさまの二人で
 『転移のオーブ』を作り直してくれたの〜〜。
 だから〜〜帰って来れたのよ〜〜!」

 と言って、冥子は、異世界冒険談を締めくくった。
 人間には難しいオーブ修復も、神と魔神が協力すれば、簡単だったようだ。

「事情はわかったけど......
 『悪魔と神さまが戻ってこない』
 なんて結末でいいの......!?」
『はい。
 神魔上層部も了承しました。
 もちろん事後承諾ですけど......』

 美神の言葉に、小竜姫が応じる。
 神族と魔族は、実は上層部同士がゴルフコンペを開くくらい、裏で馴れ合っている。もはやデタントの時代なのだ。
 ところが、魔族の中には、これに反対するものもおり、アシュタロスは、デタント反対派の筆頭とみなされていた。
 そんなアシュタロスがこの世界からいなくなるのは、神魔上層部としても好都合だったのだ。しかも、神族との婚姻ということで、それこそデタントの象徴にもなるのである。

「そういえば〜〜」

 ここで、何かを思い出したかのように、冥子が再び口を開いた。

「アシュタロスさんって〜〜
 死にたがってたらしいんだけど、
 それもなくなったのよ〜〜。
 しっかり者のお嫁さんもらったから〜〜
 ずっと生きていくって決めたみたい〜〜」

 冥子は、ニコニコ笑っている。
 絵に書いたようなハッピーエンドだと思っているのかもしれない。

(たしかに......ある意味
 ハッピーエンドかもしれないわね)

 美神としても、理解できる部分はあった。
 なにしろ、小竜姫の説明によれば、アシュタロスこそが、いくつかの重要な事件の背後にいた存在なのだ。いわば『大ボス』である。
 その『大ボス』アシュタロスが、戦わずして消えたということは......。
 この世界は平和になったと言えよう。

(でも......)

 安心した美神は、つい、冥子の言葉にツッコミを入れてしまった。

「しっかり者のお嫁さん......?」
 『しっかり』じゃなくて『うっかり』でしょ?」
「そんなこと言っちゃだめっスよ、美神さん!」
「むこうもこっちも平和になったのは
 ヒャクメさまのおかげなんですから!」

 横島とおキヌが咎めるが、二人だって、美神の言葉が冗談だということは気付いている。
 だから、三人はクスクスと笑い始めた。
 彼らを眺める冥子と小竜姫も、笑顔である。
 平和な世界を象徴するかのような、穏やかな午後であった。


___________


 しかし......。
 どんなに世の中が平和になっても、世界中の全ての者が幸せになるわけではない。
 今、とある高校の学生食堂では......。

「そんなに暗い顔しちゃダメよ、エリ。
 せっかく可愛くなったのが台無しじゃないの」
「メイ......頼むから
 変な価値観おしつけるのはやめて」

 カレーライスを口に運んでいる少女が、サンドイッチをパクつく親友からからかわれている。
 少女は、最近、嫌々ではあるがそれなりに勉強をするようになっていた。だが、成績が上がるより前に視力が落ちてしまい、今も眼鏡をかけていた。

「だって......エリの眼鏡って
 いかにも『めがねっコ』って感じなんだもん。
 ほら、髪も伸びてきたから、
 なんだか顔つきまで変わって見えるし......。
 まるで別の漫画のキャラクターにでもなったみたい」
「......どういう意味......?」

 エリは、ジト目を親友メイに向ける。
 しかし、メイは笑うだけだった。

「ははは......。
 そのうち漫画みたいなステキな出会いがあるかもね。
 突然街角で転校生にぶつかる......とか」
「......そんな『出会い』なんていらないわよ。
 それより......どこか......
 勉強しなくてもいい世界へ行きたいな......」

 エリは、ふと、窓の方を向く。
 窓の外には、どこまで続く青い空が広がっていた。

(あの先に......別の世界があったらいいんだけどなあ)

 と空想するエリ。
 もちろん彼女は、別の世界へなんて行けないし、また、街角で転校生とぶつかることもないのだが......。
 将来、自転車で煩悩少年と衝突して『名も知らぬ美しいケツのひと』と呼ばれることになるのであった。


___________


 そして。
 遠く離れた地、南米では......。

『アシュ様が戻ってこない!?
 ということは......』
『あたしたち、ずっとこの中かい!?』
『これじゃ、ルシオラファンのみなさんが
 またガッカリするでちゅよ......!?』

 培養ポッドの中で嘆く三姉妹の姿が、あったとか、なかったとか。


(日帰りGSクエスト・完)

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