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『神々の迷惑な戦い』
初出;「Night Talker」様のコンテンツ「GS・絶チル小ネタ掲示板」(2008年2月から2008年4月)

 第一話 開戦 
 第二話 十二宮編(その一) 
 第三話 十二宮編(その二) 
 第四話 十二宮編(その三) 
 番外編 宝瓶宮の後で...... 
 第五話 十二宮編(その四) 
 第六話 ポセイドン編(その一) 
 第七話 ポセイドン編(その二) 
 番外編2 おあずけ状態! リュムナデス無情 
 第八話 ポセイドン編(その三) 
 第九話 ポセイドン編(その四) 
 第十話 ポセイドン編(その五) 
 第十一話(最終話) ハーデス編 






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第一話 開戦

 悪魔アシュタロスが滅び、世間の人々は『核ジャック事件』のことなど早くも忘れようとしていた。
 人々は知らなかった。神魔のパワーバランスが崩れた状態と、その影響を......。

『大変なのねー!!』

 その日。
 神族のヒャクメが、美神除霊事務所に駆け込んできた。神さまとは思えぬ慌ただしさだ。

「あら!?
 あんたまた俗界に遊びにきたの!?
 ダメじゃない、ちゃんと仕事してなきゃ......」
「美神さん、神さまにそんなこと言っちゃダメですよ......」
「まったく......
 『神をも恐れぬ』とは、美神さんのための言葉っスね!」

 美神、おキヌ、横島が、それぞれの対応をする。

『これも仕事なのねー!
 美神さんたちに依頼しに......』
「なにっ!? 依頼!?
 今度は何をすればいいの!?」

 美神が、ヒャクメをガバッとつかむ。
 アシュタロスとの戦い以降、仕事が激減して困っていたのだ。しかも、神族からの仕事は、いつも金払いがよかった。また大金がもらえると思って、美神の目の色が変わる。

『......ちょっと複雑だから、
 ちゃんと聞いて欲しいのね』




    第一話 開戦




 場面変わって。
 どこかの海辺の砂浜に、おかしな鎧を着た五人組が立っていた。彼らの目の前には、木の棒で組んだ簡易な墓が四つある。
 さらに、独特の眉をした二人の男......若者と子供が、少し離れたところから五人を眺めていた。

「星矢、紫龍、瞬、氷河。
 以上四名......」

 鎧の一人が何か言い始めた時。

「ちょっと待ったー!!」

 その場に、美神が現れた。

「墓みたいっスね!?」
「私たち、少し遅かったのでは......!?」

 横島とおキヌも一緒である。

「あーあ、殺しちゃったのね?
 横島クン、まだ文珠で蘇生できるかもしれないから、
 急いで墓掘って!!」
「はいっ!!」
「墓荒らし......!?
 うわっ、バチあたりな......」

 美神の言葉にさっそく従う横島と、少し引いてしまうおキヌ。しかし、これに唖然とするのは彼女だけではない。

「おまえたち......!!
 何者だ!? どういうつもりだ!?」

 鎧の五人のうち、女のような顔をした男が代表して問いかけた。
 面倒くさそうな顔で、美神が対応する。

「あんたら、一人の女神にへーこらしてる連中でしょ?
 ......こっちは、何人もの神さまに頼まれてやってんのよ!!」

 そして、美神は、事務所での会話を回想し始めた......。


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 アシュタロスが欠けたため、現在、神魔のバランスは大きく傾いている。そして、この機に乗じて、ギリシアの神々が仲間内でケンカを始めるらしい。
 これが、ヒャクメが持ち込んだ情報だった。

「ギリシアの神々がケンカ!?」
『そうなのねー!!
 あのひとたち、昔っから「聖戦」と称して
 ケンカを繰り返してきたんだけど......』

 その『聖戦』をまた開始するらしいのだ。
 これまでは、上層部がやんわりと干渉してきたのだが、今回は事情が違う。神族同士が争って勢力を削りあうことは、パワーバランスの補正にはプラスとなる。そこで、今回の『聖戦』には、神族上層部は介入しないことになった。

「じゃあ、なんであんたがバタバタしてんのよ!?」
『だから私たちは手出しできないから、
 力のある人間に何とかして欲しいのねー!!』
「......いいの?
 人間が神族の争いに割り込んじゃって......!?」

 美神とヒャクメの会話がそこまで進んだ時、突然、小竜姫が転移してきた。

『すいません、美神さん!!
 ヒャクメったら、任務の肝心な部分を
 理解する前に飛び出しちゃって......』
『あれ......!?
 私、なんか間違ってた......!?』

 小竜姫が、補足説明を始めた。
 どうやらギリシアの神々の中には、神魔のバランスが崩れることを予知していた者までいたらしい。知恵と戦いの女神であるアテナは、すでに十年以上昔から『人間』の姿で人界に降臨しており、しかも、いつのまにか、本拠地であるギリシアの『聖域(サンクチュアリ)』から失踪しているのだ。

『それは私も知ってるのねー!
 これから説明しようと思ってたところ......』

 ヒャクメがウッカリしていたのは、『表向きは静観』というポイントだ。つまり、神々同士の戦いに手を出す必要はない。むしろ、放っておくべきなのだ。

「じゃあ、私たちに何をしろっていうの......!?」

 不思議に思うのは、美神だけではない。先ほどから会話を彼女にまかせっきりの横島とおキヌの顔にも、同じ疑問が浮かんでいる。
 小竜姫は、ため息を一つついてから、話を続けた。

『問題は......
 アテナが何十人もの人間を
 私兵として抱えてることなんです。
 それも「聖闘士(セイント)」と称して、
 いかにも特別な人間ですって感じで......』
「はあ!? セイント!?」
『そうなのねー!』

 説明役を小竜姫にとられて黙っていられなくなったヒャクメが、ここで口を挟む。情報を語るのは調査官たる自分の任務だと思っているのだろう。

『アテナは、昔々、「聖衣(クロス)」と
 呼ばれる鎧を大量に作ったのねー。
 もともとは、ポセイドンのところの
 「鱗衣(スケイル)」を真似た発想なんだけど......』
「え? ポセイドン?
 それって、超能力者のしもべの......」

 おかしなことを横島が言い出すが、バッサリ切り捨てられた。

『違うのねー。
 これ以上ややっこしくされたら困るのねー!
 ポセイドンは海皇ポセイドン!!
 海の底に神殿作って引きこもってる神族で......』

 しかし、これも問題発言である。

『ヒャクメ!!
 ......それは言いすぎですよ!』
「ファンが怒りますよ!?」
「そんなツッコミいれちゃダメですよ、横島さん!!」
「ほら!!
 横島クンが変なこと言うから脱線しちゃったじゃないの!!
 ヒャクメでも小竜姫でもいいから、話を戻して!!」

 美神に促されて、二人が説明を続けた。

『クロスもスケイルも、神族が作った特殊な鎧なのね。
 セイントというのは、アテナのもとでクロスを着て戦う人間たち。
 守護星座をイメージすることで、
 体内の霊力を増幅させる特殊な霊能力者なのねー!
 クロスは、その霊力増大を助ける鎧なのねー!』
「......ようするに、そいつらもGSみたいなものなのね?」
『彼らは独自の世界観を作ってますから、GSとは言いません。
 霊能力者ではなく「セイント」、
 霊力ではなく「コスモ」って呼んでるんです』
『しかもポセイドンとかハーデスとか出て来ると、
 「セイント」じゃなくて
 「マリーナ」や「スペクター」になるのねー!』

 こう一度に色々つめこまれては、たまらない。
 それなのに、また横島は余計な口を挟んでしまった。

「ハーデスって......!?
 名前からすると......
 死の世界を牛耳る神さまっスか!?
 なんか話のスケールが......大きすぎる......」
『そうなのねー。
 ハーデスは冥王ハーデス、冥界を司る神族なのね。
 でも彼の『冥界』は本物じゃなくて、
 空間に焼き付けられた魂の残像を集めただけ。
 つまり......箱庭みたいなものなのねー。
 規模は小さいから、安心していいのねー!!」

 やはり、これは、今は必要ない余分な情報だったようだ。

「設定だけで、こんがらがりそうっスね」
「えーっと......。
 ポセイドンさんとハーデスさんのことは
 とりあえず置いておくとして......。
 要するに、セイントさんというのは、
 神族の鎧を着込んだ霊能力者さんなんですね?」
「なんだか......
 そいつらと話しても会話が成り立たない感じね。
 サッサと倒しちゃいましょう。
 ......で、結局、誰をやっつけたらいいの!?」

 三人がそれなりに理解したようなので、小竜姫たちは、もう少し詳しく現状を語り始めた。

『先ほど述べたように、今、アテナはギリシアにいないんです』

 十年以上前のアテナ降臨直後に、彼女を殺そうという動きがサンクチュアリ内部にあったのだ。アテナは忠実なセイントに助け出されたが、サンクチュアリは、謀殺を試みた側に押さえられてしまった。

『どうやら、アテナの補佐役たる「教皇」が、
 その企てのリーダーだったらしくて......』

 そのため、現在セイントは、教皇派とアテナ派に別れて内乱状態らしい。実は、今でも多くのセイントはアテナに忠誠を誓っているのだが、彼らは、真相を知らぬまま教皇に従っているのだ。
 神族としては、表向きは参加できないものの、たくさんの人間が死ぬことには胸を痛める。セイント同士の殺しあいなんて困るのだ。そこで、力のある人間が介入して、うまく犠牲者を減らして欲しい。
 それが、今回の依頼の主旨であった。

「おかしいわね......!?
 あんたたち、そこまで事情がわかってるなら、
 ギリシアに行って真相暴露してくればいいじゃない!?
 そうすれば、ほとんどはアテナ派になって、
 ......それで終了でしょう?」

 美神の疑問はもっともである。

『そうなんです......。
 それが出来れば簡単なんですが......
 それでは「直接介入」ということになりますから......』
『こうやって美神さんたちのところに頼みに来るのが、
 私たちに許されたギリギリなのねー!!』

 どうやら、難しい話ではなさそうだった。

「じゃあ......その教皇とやらをとっつかまえて、
 『私が悪かったんです』って謝らせたら終わりじゃない!?
 多くのセイントは、だまされて加担してるだけなのよね!?
 ホントはアテナと敵対したくはないんでしょう!?」
『そうです!!
 でも、気をつけて下さいね......。
 教皇のバックには、魔族正規軍がついてるみたいですから!』
「え......!?」

 神族上層部はノータッチと決めたわけだが、魔族上層部は、首をつっこむことにしたらしい。しかし、それが神々の争いを加速する方向であるならば......パワーバランスの補正を助ける方向であるならば、神族としては見逃すしかないのだ。

「大丈夫っスよ!!
 俺たちが同期合体すれば、
 よほどの大物じゃないかぎり、何とかなりますって!!」
「まあ......そうだろうけど......」

 気楽な横島とは対照的に、美神は、嫌な予感がする。

「......で、情報はそれだけ?
 アテナが日本のどこにいるか、わかんないの?
 今の話だと......
 アテナを守る側についたほうが良さそうなんだけど?」
『アテナの正体も居場所もハッキリしてるのねー!』

 美神の言葉に応じて、ヒャクメが一枚の写真を提示した。
 そこに写っているのは......長髪の美少女。気の強そうな感じが写真からも伝わるが、それも彼女の魅力であろう。

「おおっ!!」
「横島さん......!? またですか......」
「ああっ、このコは!!」

 興奮する横島と、その態度に呆れるおキヌ。
 しかし、美神だけは、ことの重大さに気づいていた。

「このコ、城戸沙織じゃないの!」
「知ってるんスか!?」
「お友だちですか......?」
「バッカねー!?
 あんたたち、『グラード財団』も知らないの!?」

 美神としても、個人的な面識があるわけではない。しかし、城戸沙織は、グラード財団という大グループを継いだ娘、大富豪なのである。お金大好きな美神なだけに、城戸沙織の名前は、当然のように耳にしていた。

「あ......!!
 グラード財団!!
 テレビで見ました、
 なんか格闘技大会やってたところですよね!?
 ギャラクシアンなんとかって......」
「ああ、それなら俺も聞いたことあるっスよ!?」
『そうです......!! あれこそ、
 アテナからサンクチュアリへの挑戦状だったんです!』

 おキヌの言った『ギャラクシアンなんとか』は、正式には『ギャラクシアンウォーズ』という。表向きには、それは......凄い鎧を着た、凄い人たちによる、凄い格闘技大会。金持ちが道楽で企画したシロモノにも見えた。
 しかし、これには裏の意味があったのだ。アテナである沙織が、自分の手元に忠実なセイントがいることを公にしたのである。

『あの大会を見ていてもわかるように、
 現在アテナに従っているのは「青銅聖闘士(ブロンズセイント)」、
 つまり、最下級のセイントばかりです。
 「黄金聖衣(ゴールドクロス)」を持っていることも
 明らかになりましたが、それをまとうべき
 「黄金聖闘士(ゴールドセイント)」はいません』
『ゴールドセイントは最上級のセイントのことなのねー。
 彼らは、サンクチュアリを守ってるのねー』
『中間クラスの「白銀聖闘士(シルバーセイント)」も
 みんな教皇側に属しているようです』

 また新しい用語が出てきて、少し混乱する美神たち。

「えーっと......。
 ようするに、アテナの戦力は弱っちいってことね?」
「ダメじゃないっスか、それじゃ!?
 早く俺たちが行ってあげないと......!!」

 横島が、やる気を出しているようだ。
 すぐにピンときた美神は、ちょっと水を差す。

「横島クン......。
 教えてといてあげるけど、
 沙織ちゃんって、まだ13歳だからね?
 血迷うんじゃないわよ......?」
「ええっ、私より若いんですか!?
 この胸で!? ひどい......」
「ううう......。
 俺はロリじゃない......ロリじゃない......」

 そんなおキヌや横島は放っておいて、小竜姫が話をまとめる。

『......まあゴールドであれシルバーであれ、
 美神さんたちが同期合体すれば、アッサリ倒せるでしょう。
 やっつけちゃって戦線離脱させるのもいいですが......。
 文珠で記憶喪失にしてしまって、
 セイントであること自体忘れさせてくれたら、
 もっと助かります』
「......グラード財団がバックについてたら、
 記憶喪失になっても生活には困らなそうね。
 ......ごめん、でも、それは無理だわ。
 さすがに文珠が足りなくなっちゃう」 

 そして、最後に一つ、小竜姫は注意を付け加えた。

『......ただし、パワーでは圧倒できても、
 スピードではセイントには勝てないかもしれません。
 彼ら、超加速を使えますから』
「ええっ!?」

 超加速は、神魔族でさえ一部の者しか使えない技だ。人間には、とても無理なはずだが......。
 そこまで考えた美神は、一つの可能性に気づいた。

「神族の鎧ね......!?」
『そうです。
 美神さんたちが竜神の装備で超加速が使えたように、
 彼らもクロスを着ると、それっぽいことが出来るんです』

 実は、クロスなしでも、コスモを燃やす......つまり霊力を高めると可能なのだが、小竜姫は、そこまで知らなかった。小竜姫やヒャクメとて、完全に正しい情報を握っているわけではないのだ。これまでの話にも、微妙に間違っている部分があった。

「......それっぽいこと?」

 曖昧な表現が気になり、美神は聞き返す。

「超加速は超加速だと思うんですが......。
 これも彼らは別の言葉を使うんです、
 『音速の動き』とか『光速の動き』とか。
 私自身見たことないんで断定できませんが、
 あれって、結局、超加速の一種のはずです......」


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「......というわけよ!! わかった!?」

 多少は省略したものの、美神は、おおよその内容を説明した。

「美神さん......。
 神族の事情まで全部しゃべっちゃいましたけど、
 良かったんですか......!?
 これでは小竜姫さまたちが
 介入しちゃったことになるのでは......!?」
「大丈夫よ、おキヌちゃん!!
 私たち、神々の戦いに割り込むわけじゃないから。
 あくまでもセイントという人間同士の争いを止めるだけよ」

 おキヌにしてみれば、それでも神族のことは内密にすべきではないかと心配なのだが、

(......いざとなったら、
 横島さんの文珠で『忘』れてもらいましょう)

 と考えて、自分を納得させてしまった。横島の仲間たちは、つい文珠に頼ってしまうのだ。
 一方、鎧の五人組......シルバーセイントたちは、美神の話を容易には信じられなかった。

「教皇がアテナを殺そうとしている......!?
 たわけた話だ......!!」
「ブロンズの小僧どものところに
 本物のアテナがいるだと......!?」
「他の神さまとかバックに悪魔とか......。
 たいしたホラ話だな!!」

 しかし、彼らの中に、一人、奇特な者がいた。

「いや......真偽はともかく......。
 この女自身が今の話を信じていることは確かだ!
 ......それに、後ろの女も!!」

 猟犬星座(ハウンド)のアステリオン。彼はサトリの法を会得しており、相手の心を読むことが出来たのだ。

「......頭のおかしい二人ってことだな」
「この二人だけじゃない! あいつも同じだ!」

 アステリオンが指さしたのは、横島である。
 横島は、すでに四人の墓を暴き、文珠で治療や蘇生を試みていた。

「美神さん、すいません!!
 ......三人は無理でしたっス。
 一人は、傷が浅かったから回復しましたけど......」

 横島の肩を借りているのは、天馬星座(ペガサス)の星矢(せいや)である。

「......すまん。
 もっと早くに心を読むべきだった。
 あの女が長話をしたのも、このためだったんだ!
 ......時間稼ぎだったんだ!」

 アステリオンが謝るが、シルバーセイントにとっては、もっと大きな問題が二つあった。
 一つは、三人の死体が、想定とは違っていたこと。それは三人のブロンズセイントのはずだったのに、いつのまにか、別人のものになっていたのだ。
 そして、もう一つは、星矢の傷が浅かったということ。星矢は、彼の師匠でもある鷲星座(イーグル)の魔鈴(まりん)がトドメをさしたはずだったのだ。
 前者も放置できないが、後者はそれ以上だ。五人の一人である魔鈴の裏切りを意味するからだ。
 アステリオンと他三人のシルバーセイント......蜥蜴星座(リザド)のミスティ、サントール星座のバベル、白鯨星座(カイトス)のモーゼスが、厳しい視線を魔鈴に向ける。
 しかし、この時、

「ちょっと待ったー!!」

 再び、美神が大声で叫んだ。

「そっちの集団はサンクチュアリから来たセイント。
 教皇の命令でやってきた。
 でも、その仮面の女セイントだけは裏切り者らしい。
 ......ここまではOK!?」

 美神の気迫に押されて、シルバーセイントたちがウンウンと頷いた。
 続いて、彼女は、星矢に首を向ける。

「で......あんたは、アテナの側ね!?」
「沙織さんがアテナだなんて信じらんねーが......。
 その話がホントだとしたら、そういうことになるな......」

 星矢は、途中から話を聞いていて、一応の理解はしていた。心の中では、

(なんだか沙織さんみたいなタカビーな女だな!?)

 と美神のことを評していたが、敢えて口にはしない。
 最後に、美神は、少し離れた二人にも質問した。

「あんたたちは......どっち!?」
「二極論で語るのはやめてください。
 私たちは......ただのクロス修理屋ですよ」

 髪の長い男......ムウが答える。
 彼の表情から、何かウラがあると感じた美神だが、今は追求しないことにした。

「そういうことなら......。
 横島クン!!
 誰が敵であって誰が敵でないか、
 ちゃんと理解したわね!?」
「はいっ!!
 いくでェーッ!!
 合体ッ!!」

 文珠で同期合体する二人。それを見たセイントたちは驚愕した。

「な、なんだー!?」
「クロスも着てないのに......!!」
「このコスモは......!?
 私たちシルバーをも遥かに上回るぞ!?」
「ゴールド......いや神のレベルだ!!」


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「......ま、こんなもんね」

 美神がつぶやく。
 四人のシルバーセイントは、霊力(彼らにとってはコスモ)の差に圧倒されながらも、それでも立ち向かったのだった。
 しかし、セイントにとっては、コスモが全て。とてもかなうはずがなかった。四人とも、すでに地に倒れていた。その中でかろうじて意識があるのも、アステリオンだけである。

「まさか、あんな方法でサトリの法を破るとは......」 

 力の差があっても、心を読めば有利に戦えるはずだった。
 しかし、横島は煩悩で霊力を高める男。彼の心の中は『女』でいっぱいだった。一方、戦闘でテンションが上がった美神の心は、『お金』で占められていた。意図したものではなかったが、偶然、アステリオンのサトリをかわしてしまったのだ。
 そして、とうとうアステリオンもガクッと気絶してしまった。

「じゃあ、おキヌちゃん。
 この場はまかせたから!!
 私たちは、こいつらを送り返してくるわ!!」 

 まだ横島と合体したままの美神が、意識のない四人をひとくくりに縛り上げて、飛び立った。
 残された者たちは、少しの間、ポカンとしていたが......。

「......えーっと。
 よかったら......アテナさんのところに
 連れていってもらえますか!?」
「......あ、ああ」

 おキヌは、星矢に対して、努めてフレンドリーに話しかけている。
 魔鈴は、黙ってその場をあとにしようとしていた。
 そんな彼らを眺めながら、ムウの傍らの子供が、師匠に質問する。

「ムウ様......
 おいらたちは、どうしましょう?」
「これは......私も本来の場所に
 戻るべきときが来たようですね......!」


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「......このへんでいいかしら?」

 サンクチュアリに着いた美神たちは、闘技場らしき広場に、気絶したシルバーセイント四人を放り出した。
 長時間続けられるものでもないので、ここで同期合体を解く。
 これから、教皇に会いに行くつもりなのだ。どうせ力づくで説得することになるから、そこでもう一度合体するつもりだった。

「......遠いんスか!?
 その教皇とやらのいるところは!?」
「......さあ!?
 ここに書いてあるはずだけど......」

 美神は、ヒャクメ特製『サンクチュアリまっぷ』を貰ってきていた。
 さっそく開けてみる二人。


  教皇の間:
  アテナ不在時のボス『教皇』がいるところ。

  教皇の間への行き方:
  十二宮を順番に進んで下さい。
  特殊な結界がはられているので、
  宮を越えて瞬間移動することも、
  空から飛び越えて行くことも出来ません。
  十二宮には、それぞれ、
  守護するゴールドセイントが......。


「......」
「......役立たず!!
 こんなもん、地図じゃないじゃないの!!」

 美神は、思わず地面に叩き付けてしまった。


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 一方、その教皇の間は、騒然となっていた。
 サンクチュアリの多くの者が、合体美神の霊力を感じ取り、恐るべきコスモの持ち主が訪れたことを認識していたのだ。
 二人がサッサと合体を解除したので、尋常ではないコスモが感じられたのは、ほんの一時的だったのだが......。

「誰が来たのだ......!?」

 最も焦っているのは、教皇だった。そして、

「髪の長い、胸の大きい、態度もでかい女です!!
 一人の少年を従えています......!」

 伝令兵の報告は、教皇の焦燥を増加させる。

(アテナだ......!! 城戸沙織が、
 ブロンズの小僧を連れて乗り込んで来たのだ!!)

 美神の描写が、教皇の聞いていた沙織の特徴と合致してしまったのだ。これでは、勘違いするのも無理はない。
 しかし、彼は、こういう事態も想定していた。予想よりも早かったのは確かだが、備えあれば憂い無しである。

(バカめ......!
 こちらには神を殺せるアイテムがあるのだぞ......!)


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「なんか......めんどくさいわねえ......」

 ヒャクメの地図を見た美神は、やる気をなくしていた。
 ボスである教皇を叩いてしまえば一気にカタがつくと思っていたのだ。だが、教皇の居場所へ行くのは、簡単ではなさそうだった。

「やっぱり帰りましょうか?
 もう俺たちの力は見せつけたし......」
「そうねえ......
 シルバー何とかを、コレだけザコ扱いしたんだもんね。
 今日のところは引きあげて......」

 いったん帰って計画を立て直そうと思った美神だったが、突然、二人を無数の矢が襲った!

「なによっ......!?」
「えっ......!?」

 美神は神通棍で、横島は霊波刀で。
 それぞれ矢を叩き落とすつもりだったが、素通りしてしまう。幻影だったのだ!
 しかし......。

「ミスったわね......」

 幻の矢の中に、一本だけ、本物の黄金の矢が混じっていた。それは、今、美神の胸に深々と刺さっている。

「美神さん......!? しっかり......!!」

 意識を失い、倒れ込む美神。
 横島は、文珠に『治』や『抜』と刻んで発動させるが、効果はなかった。

「......何をしようとしてるのか知らんが、
 その矢は神をも傷つける武器!!
 抜く方法は一つしかないぞ......」

 それは、教皇しか抜くことが出来ない特別な矢。しかも、ジワジワと胸にめり込んでいくのだ。理屈はわからないが、そのスピードは、十二時間がリミットとなるように調節されているのだった。
 悪役らしく事情を説明しながら現れた男は、シルバーセイント、矢座(サジッタ)のトレミー。
 彼は、向こうにある『十二時間』用の火時計を示しながら語った後、横島にもセイントとしての名乗りを求めた。

「いっ......!?」

 もちろん、セイントなんかではない横島。彼は一瞬ためらったが、

(ここは美神さんゆずりのハッタリで......!!)

 と、その場の雰囲気に合わせてしまう。

「俺は......煩悩星座の横島だ!」
「煩悩星座......!?
 聞いたこともないな......。
 やはりニセモノか......。
 見たところ、クロスもないようだな?」

 しかし、この言葉は、横島に一つの策を与えてしまった。

(......!!
 クロスとやらを着ると、霊力上がるんだっけ?
 しかもクロスって、漢字表記できたはず......。
 えーっと......『聖なる衣』だったよな!?)

 両手に一つずつ文珠を握りしめ、『聖衣』とイメージしてみる。

「これが......煩悩星座のクロスだあ!!」

 文珠によって作られたクロスが、横島の身をまとった。彼の霊力が急激にアップする。

「なにー!
 このコスモは......!?」
「この野郎!!
 よくも美神さんを......!!」

 横島が、特に技も何も使うことなく......。
 一撃でトレミーは倒された。
 もはや意識を失って、目を回している。

「......あれ?
 こいつシルバーとか言ってたよな?
 ......ということは、こいつでも中級クラス!?
 同期合体しなくても、
 俺一人でも......結構いけるじゃねーか!!」

 横島は、弱さこそトレミーというキャラの魅力だったことを知らない。だから、彼は決意した。

「ここで待ってて下さい!!
 美神さん......!!」

 十二時間では、仲間のGSを呼んでも間に合わないだろう。一人でやるしかないのだ。
 文珠で結界をはり、その中に美神を横たえて......。
 横島は、今、十二宮へ向かって走りだした!!


(第二話に続く)

             
第二話 十二宮編(その一)へ進む



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第二話 十二宮編(その一)

 アテナと間違われて、胸に黄金の矢を受けてしまった美神令子。
 彼女を助けるためには、十二時間以内に『十二宮』を突破しなければならない!
 横島が走り出して間もなく、第一の宮『白羊宮』が見えてきた。同時に、その入り口でポーズを決めて立っている男の姿も。

「あんたは......!!」

 宮の階段を駆け上がり、男の目前で横島は叫んだ。男に見覚えがあったからだ。
 日本の浜辺で、横島たちがシルバーセイントをアッサリ撃破したのを、傍観していた男。美神から事情説明を聞きつつも、自分はアテナ派でも教皇派でもないと言い張った男だ。

「あのときの......!!
 へんな眉毛のおっさん!!」

 そう口にしてしまった横島は、虚空から突然現れた子供に、ポカリと叩かれてしまう。

「おまえ失礼だぞ、ムウ様に向かって!!」

 ムウの弟子、貴鬼(きき)である。師匠であるムウと同じ眉毛を持つだけでなく、彼同様にテレポーテーションという超能力まで使えるスーパー八歳児だ。
 貴鬼の言うとおり、横島の言葉は問題発言だった。ムウは、まだ二十歳なのだ。
 なぜかセイントには実年齢より老けて見える者も多いのだが、それでも、ムウは年齢相応の外見だった。横島が『おっさん』呼ばわりしたのも、ムウが美形だから、つい口汚くなったに過ぎない。
 そんな無意識の反感とは別の意味で、彼は、厳しい表情でムウを睨んでいた。

「その黄金のヨロイ......。
 あんたが、ここを守る番人なんだな!?
 ......やっぱり、あんた教皇派ってことか!?」

 浜辺で会った時とは異なり、今のムウは、羊を模した金色の鎧に身を包まれているのだ。
 ゴールドセイント、牡羊座(アリエス)のムウ。それが、彼の正体であった。




    第二話 十二宮編(その一)




「二極論で語るのはやめてくださいと
 日本でも言ったはずですが......」

 ムウは、諭すかのような口調で語りかけた。

「急いでるんだ......!!
 敵じゃないなら通してくれ......!!」
「そういえば......
 あのミカミとかいう女性の姿が見えませんが?」
「そうなんだ......!! さっき、そこで......」

 横島は、簡単に現状を説明する。
 理解ある表情を見せたムウだったが、

「......わかりました。
 あなたたちが日本で語っていたことも
 おそらく嘘ではないのでしょう。
 しかし......ここを通すわけにはいきません!!」

 彼はキッパリと拒絶した。

「おい......!?」
「あなたの気持ちはわかりますが......。
 教皇の一件は、あくまでも私たちの問題。
 無関係なあなたを......
 これ以上進ませるわけにいかないのです!」
「無関係だと......!? 冗談じゃねえ!!
 こっちはすでに巻き込まれてんだ!!
 美神さんが......!!」

 怒りで横島の霊力がアップし、ムウは、これをコスモの上昇として認識する。しかし、ゴールドセイントである彼が臆すことはなかった。

「教皇に来ていただく必要があるなら
 私が教皇と話をしてみましょう。
 あなたは、ここで待っていて下さい。
 ......クリスタルウォール!!」

 ムウの叫びとともに、その場に光の壁が出現する。

「え......!?」

 一瞬、横島があっけにとられているうちに、ムウはクルリと反転した。

(教皇と話をしてみる......。
 まあ......難しいでしょうけど......)

 と思いながら、ムウは、横島に背中を向けたまま歩き出す。
 しかし、ほんの数歩進んだだけで、その足をとめてしまった。

「何......!?
 このコスモは......!?」

 驚愕の表情で、ムウは思わず振り返る。
 そこでは、ゴールドセイントをも上回るほどコスモを燃やした......つまり霊力を高めた横島が、それを右手に集中させていた。

「久しぶりのサイキック・ソーサー!!」

 横島が右手を突き出し、彼の霊力の盾とムウの光の壁が激突する。

「このヨコシマという男......!!
 強大なコスモを一点に集めて......!?
 なんと器用な......!!」


___________


 コスモで作られた壁ならば、霊力で相殺できるはず。横島は、そう考えていた。パリンと砕け散ることを期待していたのだ。
 しかし、さすがのサイキック・ソーサーでも、クリスタルウォールを完全に破壊することは出来なかった。かろうじて横島一人が通れる程度の穴が開いただけだった。
 それでも十分と判断し、横島が穴をくぐる。

「力づくでも......通してもらうぜ!!」

 コスモが陽炎のように横島の体から立ちのぼっている。ムウには、そう見えてしまった。

(ここで戦ったらワンサウザンドウォーズになるかもしれませんね......)

 実力伯仲のゴールドセイント同士が戦えば、どちらも消滅してしまう可能性がある。あるいは、お互いの攻撃をガッチリと受け止めあって、膠着状態になってしまうかもしれない。そのまま千日でも続くことから、セイントたちは、これを千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)と呼んでいた。
 ムウは、横島のコスモをゴールドセイント並みだと認めたのである。

(しかし......。
 この男は、本来、無関係な人間。
 彼をワンサウザンドウォーズに
 陥らせるわけにはいかないでしょう)

 ムウは、譲歩することに決めた。

「そこまで言うのならば、もう止めません。
 行きなさい......!!」
「えっ!?」

 横島が拍子抜けする。

「しかし......無関係な人間を私が
 連れていくわけにもいきません。
 一人で行くことになりますが、良いのですね!?」
「もともと......そのつもりだ!!」

 横島の気勢は、ムウにも好ましく思えた。そして、これが、ムウの親切心を刺激する。

「せめてもの助けとして......
 クロスを修復してあげましょう!!」
「は......? 修復......?
 別に壊れちゃいないけど......!?」
「その、まがい物のクロスが......
 本物のクロスに生まれかわるのです!!」

 横島にしてみれば、一分一秒が貴重である。しかし、

「ちょっ......待っ!?」
「いいから!!
 ムウ様にまかせなよ!!」

 また突然出現した貴鬼が、勝手に横島のクロスを脱がし始めた。


___________


 横島は、シルバーセイントのトレミーを圧倒したのがクロスの力だと誤解している。そのため、クロスなしで十二宮を進むという選択肢はなかった。さすがに、最上級であるゴールドセイントと戦うにはクロスが必要だと考えていたのだ。
 文珠の数にも制限があるので、ここで新たにクロスを作り直すより、ムウの修復とやらを待つのが得策だと判断した。時間のロスにはなるが、クロスそのものは強化されるはずなのだ。

「もし、おキヌちゃんがここにいたら......
 きっと『急がば回れ、です』って言うよな......」

 だから横島は、ここで待っていた。
 その間、貴鬼と話す以外、横島に出来ることはなかった。だが、これは少し有意義だった。話をすること自体、焦燥感から気をそらすことになったし、さらに、新しい情報も手に入ったからだ。
 戦闘には必要なさそうだったが、ここで横島は、女セイントの『仮面』制度を知った。全ての女性セイントは仮面をつけており、もし素顔を見られたら、その相手を殺すか愛するかしなければならないのだ。

(物騒な話だな......。
 でも......ちょっとイイ制度かも!?
 敵のネーチャンの仮面を外し、
 でも殺されないだけの実力があれば、自然に......)

 色々と妄想が広がり、彼の霊力もアップした。
 また、クロスに関する詳しい説明も聞くことができた。小竜姫たちの情報では、クロスが変形すること......オブジェ形態があることなど、知らされていなかったのだ。なお、それに関係して、貴鬼からは、

「ヨコシマ......。
 『ボンノウ』って、なんだい!?」
「はあ......!?」
「煩悩星座って、どんな形?」

 と聞かれた。横島は、空の星の位置をいくつか指さして、ハッタリで適当なことを言ってしまう。貴鬼がムウに報告しにいった直後、嫌な予感がしたが、すでに遅かった。
 そして......。

「できたよ......!!」

 貴鬼に呼ばれ、ムウのもとへ行く。
 すでに一時間が経過し、火時計でも、羊のマークに灯いていた火が消えていた。

「な......なんじゃあこりゃああ!?」

 示された『クロス』を見て、横島は驚いた。
 そこにあったのは、恥ずかしい形状をした彫像。十五禁や十八禁といったマークをつけたくないSS書きには、とても描写できないシロモノだった。

「ボンノウのクロス、そのオブジェ形態です!!」 

 ちょっと恥ずかしそうだが、それでも誇らしげなムウ。

「まあ、デザインはともかくとして......。
 変形機能まで、つけてくれたわけか!?
 でも......どうせこれ、
 一時的なものだったんスけど?」

 文珠で作られたクロスなのだ。文珠の効果が消えれば、消滅してしまう。
 横島は、そう思っていた。

「フフフ......。
 まがい物なら、そうかもしれません。
 でも、それは、もう立派なクロスです。
 本来の材料も加えて加工しましたから、
 コスモで作られた幻ではなくなっています」

 ムウの説明の『コスモ』というのは、横島にとっては霊力のことだ。
 確かに、文珠で出した物なら、ある意味、霊力による幻影だったのだろう。

「えっ!?
 ......ということは!?
 もしかして......!!」
「そうです!!
 破壊されない限り、不意に消えたりはしません!!」

 そして、クロス本来の機能が備わったボンノウクロスは、横島のコスモ......つまり霊力に反応した。各々のパーツに分離して、彼の体をまとったのだ。
 それだけで自分の霊力がアップするのを、横島も感じる。

「......!!
 ありがとう!!
 あんた、いい人だ!!」

 横島は、深くムウに感謝するのであった。


___________


「なんで宮と宮の間が、こんなに遠いんだよ!?
 これじゃ走ってくだけで
 一時間近く経つんじゃねーか!?」 

 息を切らしながら、走り続ける横島である。

(シロの散歩で鍛えられた俺だからいいけど......。
 普通だったら、途中で倒れちまうぞ!?)

 彼は、ふと、シロが事務所に遊びにきていた日々のことを思い浮かべた。後々シロが事務所メンバーになることなど、この時点では全く知らない横島である。

(いや、そんなことより......)

 横島は、小さく首を振って、思考を現状に集中させた。
 白羊宮を去り際にムウから聞いた話を、走りながら頭の中で反芻する。

(今の教皇はニセモノ......)

 別人が教皇を殺して、すり替わっているのだ。十年以上昔にアテナ殺害が企てられたというのなら、その時点ですでに偽教皇だったのだろう。
 しかし、単に邪悪な偽教皇では、十年以上も騙し続けることは不可能だ。偽教皇の中には、善と悪の二つの心があるのではないか......。
 それが、ムウの推測だった。

(善の心もあるというのなら、
 美神さんに刺さった矢も
 抜いてもらえるかもしれない......)

 そこに賭けるしかなかった。

(だけど......。
 おかしいんじゃねえか!?
 ヒャクメたちは、教皇のバックに
 魔族正規軍がついてるって言ってたよな!?
 ......十年以上前から入り込んでたのか!?)

 魔族上層部が昔から現状を予想していたというのは、少し理屈に合わなかった。アシュタロスの事件でも後手後手に回っていたくらいである。神魔のバランスが崩れることなど、想像していたはずがない。
 そう考えてしまい、混乱した頭で走る横島であった。


___________


 第二の宮『金牛宮』の番人は、いかつい顔をした武人だった。黄金の鎧の頭部には、牛を象徴する大きな二本角も生えている。
 ゴールドセイント、牡牛座(タウラス)のアルデバラン。彼は、突然姿を現し、見えない攻撃で横島を弾き飛ばした。

「......ここは通さん!!」

 断言するアルデバランに対し、横島は、体を起こしながら事情説明を試みた。

「待ってくれ!!
 俺の話も聞いてくれ......!!
 大切なひとの命を救うために、俺は......」

 横島には、アルデバランが悪い奴だとは思えなかった。悪人顔でも二枚目のヤサ男でもないからだ。こいつは貴重なキャラだと、横島の霊感が告げていたのである。
 しかし、アルデバランは話を聞いてくれなかった。

「......戦場で語り合うことなどない!!
 通りたければ俺を倒してみろ!!
 もしも、きさまが勝てば通してやろう!!
 グレートホーン!!」

 不可視の衝撃波が、再び横島を襲った。

(攻撃が全く見えないぞ!!
 これが小竜姫さまの言ってた......
 『超加速っぽい』ってやつか!?)

 壁に叩き付けられながらも、横島は、再び立ち上がる。

「イテテ......。
 美神さんに鍛えられた俺じゃなきゃあ、
 今頃死んでるぞ......」
「ほう......。
 そのクロス......
 どうやらムウが手助けしたようだな!?
 それに、師匠にも恵まれているのか......」

 アルデバランは、横島の打たれ強さから、ムウがクロスを修復したことを推測した。ここまでは正しい。しかし、その先は間違っていた。
 横島の『美神さんに鍛えられた』は、修業の意味ではない。横島が美神にセクハラを試み、美神が横島を血だるまにする。その日々のことを示していたのだ。

(そうだ、
 美神さんを救うために......!!
 いつの日か、
 あのチチ・シリ・フトモモを
 手に入れるために......!!)

 セクハラを回想したのが、プラスに働いたらしい。横島の霊力がグッと高まった。

「このコスモは......!?
 まさか、この男......
 セブンセンシズに目覚めているというのか!?」

 アルデバランは、横島の知らない用語を使う。それでも、凄い霊力を意味しているのだということだけは、何となく理解できた。

(だけどよ......。
 むこうは超加速使うんだろ......!?)

 それでは歯が立たない。そう思った横島だったが、すぐに、大事なポイントに気が付いた。

(待てよ......!?
 このおっさん、
 攻撃だけ超加速で飛ばしてきてるよな?)

 アルデバランは、ずっと腕組みしたまま立っているように見えた。
 これは、横島が知っている超加速とは違う。メドーサや小竜姫ならば、彼女たち自身も加速空間内で動きまわっていた。

(そうか......!!
 これが小竜姫さまの言ってた意味か!?
 あくまでも『超加速っぽい』であって、
 本物の『超加速』じゃないんだ!!
 そうだよな、しょせん人間だもんな!!)

 横島は、彼らしくもなく、冷静に分析していた。
 そして、小竜姫を思い浮かべたことが、さらなるヒントとなった。小竜姫は、『音にきこえた神剣の使い手』という二つ名も持つ神さまだ。

(剣......!!
 そうだ、超加速なんかじゃない、
 ただの居合い抜きだ!!)

 凄い速さで腕組みを解いて、攻撃をとばす。それは、『剣』と『腕』の違いこそあれ、居合い抜きのようなものではないか!?
 横島は、剣という言葉から、そう連想したのだった。

(それに......剣を持ってるのは、
 むしろ俺のほうだよな......)


___________


 目の前の少年は、何か策を練っているらしい。
 アルデバランにも、それは分かっていた。
 教皇への忠義を優先するならば、サッサと倒してしまうべきだ。
 それも理解していた。
 しかし、アルデバランは、教皇の周囲に不穏な噂があることも知っていた。だから、少し迷ってしまったのだ。
 いや、それだけではない。何より彼自身が、この驚異的なコスモを持つ少年と、正々堂々と戦ってみたくなったのだ。
 だから、少しだけ待ってみた。
 そして......。
 少年が口を開く。

「......面白いものを見せてやるぜ!!」

 少年の手が輝き始めた。そこに、光の剣が形成される。

「......何!?
 きさま、セイントのくせに武器を使うだと!?
 卑怯な......!!」

 裏切られた気持ちで叫んでしまったアルデバランだが、すぐに、自分のあやまちに気付いた。

「いや......それはコスモで作った刀か!?
 すまん、それならば武器とは言えんな。
 ハハハ......!!
 たしかに『面白いもの』だ!
 よかろう、受けて立ってやるぞ!
 おまえのコスモの刀と、
 俺の......黄金の野牛の力!!
 どちらが上か、勝負だ!!」

 そして、二人の技が激突した。

「ハンズ・オブ・グローリー!!」
「グレートホーン!!」


___________


 ガタッ!!

 倒れこんだのは、横島だった。
 いくら『居合い抜きだ!』と思い込んでも、それは、攻撃を見切ったわけではないのだ。だから、横島は負けてしまった。

「くっ......」

 気力を振り絞って立ち上がろうとする横島に、

「ハハハ......!!」

 勝者の笑い声が降り掛かる。
 しかし、その声色には、嘲笑の響きは含まれていなかった。

「見事だ......!!」
「......えっ!?」

 横島が、ゆっくりと顔を上げる。
 そこには、無傷のアルデバランが立っていた。ただし、よく見ると、黄金の鎧の左角がポッキリと折れていた。
 霊波刀によるものだった。
 鎧の飾りを傷つけた程度では意味がない。そう思った横島の耳に、予想外の言葉が飛び込んできた。

「角を折られたということは......俺の負けだ!」
「は......!? なんで!?」

 横島には、理解できない。

「......!?
 このゴールドクロスの角を折ったのだぞ!!
 わかっていないのか?
 そのためには、
 いかに強大なコスモが必要かということを!?」

 キョトンとしている横島を見て、アルデバランが豪快に笑った。

「ガハハハ......!!
 面白い奴だな!?
 ともかくだ、『勝てば通してやろう』
 ......それが約束だったからな。
 俺が負けを認めた以上、ここは通してやるぞ!!」

 ありがたい話なのだが、それでも、横島は、つい聞き返してしまう。

「......いいのか!?」
「黄金の野牛の角を奪ったのだぞ!?
 ふむ......。
 これまで、相当、自分を過小評価してきたようだな。
 もっと己の強さを信じろ!!
 自信を持て!!」

 そう言って、アルデバランは、横島を送り出してくれた。


___________


 第三の宮『双児宮』、その前まで辿り着いた横島は、困惑して立ち止まってしまう。

「おい......。
 どっちに行くのが正解なんだ!?」

 全く同じ外見の宮が、左右に二つ、並んでいたのだ。

「あるいは......
 間を抜けるべきか!?」

 二つの宮の間には、かろうじて人ひとり通れる程度の隙間はある。

「うーん......」

 こんなところで悩んでいる暇はなかった。
 『金牛宮』でのバトルのダメージが深かったため、途中の階段で、少し休まざるを得なかったのだ。もちろん、文珠で瞬時に回復させることも可能だった。だが、まだ文珠に頼るべき時ではないと判断し、温存させたのである。
 その結果、時計の火は、すでに二つ消えていた。

「おおっ!?」

 突然、双児宮が霞み始める。横島が目をゴシゴシこすっているうちに、それは、一つの宮に変貌していた。
 恐る恐る足を踏み入れてみたが、特に異常は無さそうだ。

「じゃあ......
 さっきまでのは......幻か?
 タイガーの精神感応力みたいなもの......!?」

 そして、ここを守るべきゴールドセイントもいなかった。全くの無人なのだ。
 狐につままれたような気分で、横島は、双児宮を駆け抜けた。


___________


 第四の宮『巨蟹宮』。
 中に入った横島は、その異様な雰囲気に驚く。床にも壁にも天井にも、人の顔がたくさん浮かんでいるのだ。しかも、どう見ても死に顔であった。

「こ......これは!?
 いや、むしろ......
 このほうがGSの世界っぽい!?」

 怯えつつも安心する横島の前に、この宮の守護者が現れる。

「ククク......。
 それは俺の勲章さ!!
 おまえも、その中に入れてやるぜ......!!」

 ゴールドセイント、蟹座(キャンサー)のデスマスク。蟹をかたどった鎧には、独特のカッコ良さもあるのだが......。
 一目見て、横島は直感した。

(こいつはダメだ......!!
 話の通じる相手じゃない!!)

 死面を『勲章』などと宣言しただけではない。この男は、見るからに悪役顔で、それ相応の雰囲気もただよわせていたのだ。
 だから、

「積尸気冥界波!!」

 デスマスクが物騒な名前の技を放つよりも早く、横島も準備していた。両手のひらに霊力を集めた状態で、空間に壁を描くかのように、腕を大きく広げる。

「見よう見まねクリスタルウォール!!」

 霊力を薄く広げて、壁を作り出したのだ!

「何ーっ!?」

 横島に一度見た技は通用しない......ではなくて、横島は一度見た技を真似することが出来るのだ。器用に霊力を操る横島だからこそ、可能なことであった。
 あくまでも『真似』でしかないのだが、これは、デスマスクを驚かせるには十分だった。
 そして、この時、横島の最大の幸運は、デスマスクの技が特殊攻撃だったことだ。即死性の技ではあるが、その分、物理的攻撃力は低かった。だからこそ、インチキなクリスタルウォールでも割れずに済んだのである。

「これはムウの技じゃねーか!?
 このガキ......!!」

 今の攻撃は、ただ防がれただけだった。もし反射されたら、どうなっていただろうか!?
 さすがのデスマスクも肝を冷やした。それなりに自在に、死の国の近くまで行ける彼だが、それでも、積尸気冥界波を自分で食らうのは嫌だった。

「......きさまムウの弟子か!?」

 ムウの弟子は、もっと小さい子供だったはず。それを知りつつも、尋ねてしまった。

「へへへ......。
 驚いたようだな!?
 だが......こんなもんじゃねーぞ!!」

 横島が不敵に笑いを浮かべた。そして......。

「見よう見まね積尸気冥界波!!」

 先ほどのデスマスクと同じポーズで、指先から霊波を飛ばしてみせた。同じような大きさの霊波弾を同じような感じで撃ち出しただけであり、もちろん、本来の積尸気冥界波の効果は全くない。あたっても、ちょっと痛いだけだ。
 しかし、美神ゆずりのハッタリ戦法は、ここでも効果的だった。

「こいつ......」

 慌てて回避したデスマスクは、冷や汗を流していた。

「ムウの技だけじゃなく、俺の必殺技まで......!?
 なんて凄い奴だ!!」

 教皇でも、ここまでは出来ないはずだった。

「けっ、教皇以上の力を持った小僧かよ......」

 デスマスクは、教皇の悪事を承知している。真実を知りながらも、それでも教皇に従っているのだ。教皇の力ゆえであるが、別に力そのものに屈しているわけではなかった。
 彼は、『善悪の概念なんて時代によって変わる』というポリシーを持っていた。『勝てば官軍』である。後世の人間こそが善悪を定義できる、そう考えていたのだ。

(ここまでの力を持った小僧......。
 教皇とくらべて、どちらが『正義』と判断されるか......)

 簡単には決められなかった。行く末を見届けないことには、何とも言えない。
 この状況で、自分の確固たる信念に基づくならば......。
 今、すべきことは一つだった。

「......通してやらあー!!」
「え?」

 もう一度言うが、デスマスクは、強者だからという理由だけで従ってしまう男ではない。そんな単純な話ではなくて、ここは、もう少し様子を見るべきだと思ったのだ。
 しかし、それを素直に口にすることは出来ないデスマスクだった。

「教皇か、おまえか......
 本当の『善』はどちらなのか、
 それを見届けたくなった......。
 ただ......それだけだ!!
 おまえに怖じ気づいたわけじゃないからね!?
 ......カン違いしないでね!?」
「『でね』って、あんた......」

 呆れる横島を、デスマスクが追い立てた。

「......うるさい!!
 俺の口調は......特に語尾はコロコロ変わるんだ!!
 そこをツッコムんじゃねえ!!
 ......通してやるって言ってんだから、
 ほら、早く行け!!」


___________


 横島が、巨蟹宮をあとにした頃。
 教皇の間では、教皇が倒れこんでいた。彼は、何かつぶやきながら立ち上がる。

「......あの野郎!!
 大事なところでジャマしやがって!!」

 双児宮の幻影を作って横島を苦しめるつもりだったのに、『もう一人の自分』に、体のコントロールを奪われてしまったのだ。
 ようやく支配を取り戻した彼は、『もう一人の自分』を嘲笑する。

「ケケケッ!!
 どうせ、おまえにしてみたら、
 俺は病巣みたいなもんなんだろうよ!!
 ......霊体癌なんて呼ばれるくらいだしな。
 だが、この体は、もう俺のモノだ!!
 おまえには返さねーよ!!」

 そう、『もう一人の自分』こそが、本来の人格なのであった。今の人格は......正確には、人ではなかった。
 そんな教皇を、奥に隠れて見守る者がいた。こちらも人間ではない。魔族の姉弟である。

「よかったのですか、姉上......?
 どうも大事な瞬間に
 人間のほうのコントロールが
 復活したみたいでしたが......!?」

 弟は、手を貸すべきだったと思っているらしい。

「気にするな!!
 私たちの任務は奴を守ることだ。
 除霊されないように見張っておけば、それでいい。
 なにも奴の手助けをする必要までないさ」

 姉は、バッサリ切って捨てた。
 弟も、これに従う。

「そうですね。
 しょせん、奴は......
 正規軍にも属していない下っぱの悪魔ですからね」
「そうだ。
 同種が複数存在しているようなレベルだぞ!?
 同じ『魔族』として交流する必要もないだろう!?」

 やや見下すような口調の姉弟だったが、それでも、『奴』独特の強さは認めていた。

「あれでも......
 人間には厄介な相手でしょうね?」
「ああ、そうだ。
 人界には、それなりの数が潜んでいるはずだが......。
 最後にそのうちの一匹が除霊されたのも、
 もう二十年くらい前の話だと聞いている......」


(第三話に続く)

第一話 開戦へ戻る
第三話 十二宮編(その二)へ進む



____
第三話 十二宮編(その二)

 魔神アシュタロスが滅び、神魔のパワーバランスが崩れた時代。
 そんな中、ギリシアの神々が内輪で争いを始めるらしい。バランス補正にはプラスに働くため、手を出せない神族上層部。しかし、ギリシア神に付き従う人々が死んでいくのは出来るだけ避けたい。
 力のある人間が介入するのはギリギリOKという判断のもと、親交ある神族が美神たちのところへ派遣された。彼らの依頼を快諾し、ギリシアまでやって来た美神と横島。だが、その美神が、アテナと間違われてしまう。
 胸に黄金の矢を受けた美神を助けるためには、十二時間以内に『十二宮』を突破しなければならない!
 第三の宮『双児宮』を師匠ゆずりの悪運......もとい幸運でサッサとクリアした横島だったが、それでも、他の三つでは相当な時間を費やしている。火時計を見ると、残り時間は、すでに九時間となっていた。
 今、彼は、第五の宮『獅子宮』に差し掛かろうとしていた。

「今度はライオンか......」

 ここを守護するは、獅子座(レオ)のアイオリア。ゴールドセイントの中で一、二の屈強を誇るとまで言われる存在である。
 ただでさえ忠誠心の高い彼なのだが、特殊な生い立ちが故に、その忠義をいっそう強く示そうとしているのだ。
 しかし......。残念なことに、忠誠を誓う相手を間違っているのだった。




    第三話 十二宮編(その二)




「ふざけるなー!!
 そんな話が信じられるかっ!?」

 横島は、壁に叩き付けられていた。

「痛っ......。
 せめて最後まで聞いてくれよ......」

 アイオリアと対峙した横島は、まず事情説明を試みたのだ。
 だんだん、セイントの勝負......もといキャラは顔で決まるのだという気分になってきた横島である。
 アイオリアは、二枚目と言えないこともないが、少なくとも美形キャラではない。熱血アニメの主人公タイプだ。横島は、そう判断した。
 だから、かいつまんで最初から語っていったのだ。ところが、十年以上昔にアテナが日本へ脱出した辺りで、なぜかアイオリアは怒り出したのだった。
 そして、立ち上がった横島に向かって、再びアイオリアの攻撃が炸裂する。

「くらえ、獅子の牙を!
 ライトニングボルト!!」
「ぐわっ......!!」

 宮の柱を壊すほどの勢いで、横島は吹き飛ばされてしまう。
 アイオリアは『牙』と言っているが、もちろん、それは比喩でしかない。実際には、凄い速さで殴ってきているだけだ。しかし、横島には、彼の拳が全く見えない。何かピカッと光ったと感じたとたん、もうダメージを受けているのだった。

「また......
 例の超加速もどきかよ!?
 自分たちばっかり......卑怯だぞ!!」

 横島は、金牛宮での戦いを思い出していた。あそこでも、横島は、超加速に苦労したのだ。ゴールドクロスの角を折ったことで通してもらえたが、アルデバランを倒したわけでもないし、彼の超加速に対処できたわけでもない。
 しかも、このアイオリアの超加速......つまり光速拳は、アルデバラン以上だ。横島は、そう感じていた。

「卑怯だと......!?」

 横島の不用意な言葉は、アイオリアをますます怒らせるだけだ。アイオリアにしてみれば、彼が光速拳を使えるのは、それだけコスモを高めているからだった。彼の相手だって、同じようにコスモを高めれば、やはり光の速さで戦えるはずなのだ。

「くやしかったら、おまえもコスモを高めてみろ......!!」

 腹が立っているのに、どこかアドバイスじみた発言をしてしまうアイオリア。兄貴分なキャラなのかもしれない。

「こっちだって霊力は凄いんだぞ!?
 だけど......
 普通、人間には超加速は無理なんだよ!!
 俺にもゴールドクロスがあれば......!!」

 ボロボロの状態で、それでも立ち上がる横島。
 文珠で『黄金』とすれば、自分のクロスもゴールドクロスに生まれかわるかもしれない。そんな考えも一瞬頭に浮かんだが、トライするのは躊躇われた。なにしろ、今のクロスは、ムウにより新生されたボンノウクロスだ。その防御力の高さは、十分体感している。下手な細工でダメにしてしまっては、元も子もない。それが、現時点での彼の結論だった。

「クロスのせいにするなー!!」

 と、アイオリアが叫んだ時。
 まるで横島の願いに呼応したかのように、そこに、一つの奇跡が飛来した。


___________


 飛んできたのは、射手座(サジタリアス)のゴールドクロスだった。
 聖衣箱(クロスボックス)に入った状態なので、横島には、それがゴールドクロスだということが理解できていない。
 それでも、そこには、横島を驚かせる出来事があったのだ。

「お......!?」

 クロスボックスの肩かけ紐に、一人の女性がしがみついていたのである。本来、人間が宮を越えて飛んでくることなど出来ないはずだが、ゴールドクロスは自由に行き来可能というところに、強引な抜け道があったらしい。
 女性は、ペタリと尻餅をつくと同時に、その場に知りあいが......大好きな友人がいることに気がついた。

「あ......!! 横島さん!!」
「お......おキヌちゃん!?」

 彼女は、横島のもとへ駆け寄り、その胸に飛び込んだ。

「うえーん......!! こわかったですぅ......!!」
「おキヌちゃん......!? なんで、ここへ......!?」

 おキヌは、美神と横島が去った後で、アテナと面会していたのだ。星矢に案内してもらったわけで、これで、アテナ配下のブロンズセイントとも面識が出来た。
 アテナやゴールドクロスを囲んで、彼らと談笑していたのだが......。
 突然、クロスが箱ごと動き出し、空へ飛び出したのだ。

「でも......なんでおキヌちゃんが一緒に......!?」
「わかりません......」

 クロスボックスは、垂直に飛び立ったのではなかった。最初、窓に向かって横へ進んだのだ。その際、偶然、箱の肩ひもにおキヌの腕が引っ掛かってしまう。いや、本当に『偶然』だったのか、それともクロスの意志だったのか、おキヌには判断できなかった。

「すごく高いところを、すごい速さで......。
 うっ......うっ......」

 よほど恐かったのだろう。いや、今は安心したからだろうか。おキヌの涙は止まらない。
 かつておキヌは、マリアに抱えられて無茶な飛行もしたことがあるのだが、今回はそれ以上の経験だった。

「おキヌちゃん......」

 彼女の背中に手を回した横島は、優しい口調で、名前を呼ぶ。今出来る慰めは、その程度しかなかった。
 このまま、二人の世界が続けば、それはそれで良い雰囲気なのだが......。
 ここで、黙って話を聞いていたアイオリアが叫び出す。

「どけ、そこの女!!
 これでは手がだせん!!」

 黄金の獅子アイオリアは、正義の志士だ。無益な殺生も好まぬ彼は、女性に向ける拳など持っていなかった。

「おキヌちゃん......危ないから離れて......」
「ダメです......!!」

 横島の言葉を、おキヌはキッパリ否定する。恐くて泣いていた彼女だったが、横島と一緒であるというなら......彼を守るためだというなら、話は別だ。

「あの人......私がいれば攻撃できません!!
 私......横島さんの盾になります!!」

 決然と言いきるおキヌ。もしも、こんな決意のまま攻撃の途中に現れていたら......横島をかばうようにして間に割り込んでいたら、どこぞの誰かのように背中を貫かれていたことだろう。それほどの気持ちが、彼女の言葉から滲み出ていた。
 おキヌが引かぬため、自慢の光速拳も振るえぬアイオリア。膠着状態では横島も困るのだが、先に焦れたのはアイオリアのほうだった。

「ええい面倒!!」

 威嚇のために拳を振り上げる。あくまでも脅かすだけで、本気ではなかったのだが、それでも、この行動が状況を一変させた。
 サジタリアスのクロスボックスから......ゴールドクロスが飛び出したのだ!

「ああっ!!」
「えっ!?」
「なにーっ!?」

 サジタリアスのクロスパーツが、空中で分解する。
 そして!!
 ......それは、おキヌの身をまとった。


___________


 おキヌは、清純派美少女という称号を横島から密かに与えられたほどの女性である。そんな可愛らしい女の子が黄金の鎧に彩られた姿は、それだけで惚れ惚れするような光景だった。
 しかも、サジタリアスクロスのヘッドパーツは、無粋なヘルメットなどではない。額の辺りが中心のチョコンとした部品だ。それは、おキヌの特徴的な前髪を可憐に強調する。さらに、背中には羽根のようなパーツがあるせいで、まるで天使のようにも見えてしまうのだった。

「クロスさんが......私に!?」
「......!
 な......なぜだーっ!?」
「ああっ、おキヌちゃん!!
 急いで顔を隠すんだ!!
 あいつのほう見ちゃダメだ!!
 俺のほうに向けてくれ......!!」

 横島が何やら絶叫しているが......。

 念のために、ここで一言。
 おキヌちゃんはセイントではありません。だから素顔を見られても大丈夫です。


___________


 ボンノウクロスを着た横島。
 サジタリアスクロスに包まれたおキヌ。
 そんな二人を前にして、アイオリアがガクッと膝をついた。

「えっ!? おい......!?」
「どうしたんです、突然......!?」

 攻撃したわけでもないのだ。二人は拍子抜けするが、アイオリアは、もはや敵ではなかった。

「ヨコシマとやら......
 おまえの言うことを信じよう......」

 アイオリアはサジタリアスのクロスから、兄アイオロスの意志を......魂を感じ取ったのだった。
 十三年前、逆賊として討たれた兄アイオロス。
 反逆者の弟として、アイオリアは、幼少時から冷たい視線を向けられてきた。だからこそ、アテナや教皇に対して、いっそうの忠義を示してきたのだ。
 しかし、本当は、兄は逆賊どころか、一人でアテナを守り抜いた真のセイントだったのだ!
 最初に横島から聞いた話は、それを意味していた。
 信じたい気持ちはあった。ただし、信じてしまうならば、自分の十三年間は大きな間違いだったということになるのだ。
 教皇こそ元凶であり、ここにアテナはいないというのであれば、自分は、悪の親玉と、いもしない存在に忠誠を誓ってきたことになるのだ。
 だから、信じたくない気持ちもあった。
 その両者の板挟みで、攻撃を始めてしまったアイオリア。だが、こうして直接、兄の魂が彼を諭しに来た以上......。もはや真実は明白だった。

「あれっ!? ......クロスさん!?」
「えっ!? おキヌちゃん!?」

 アイオリアが納得したのを感じて、サジタリアスクロスが、おキヌの身から離れた。オブジェ形態に戻ってから、箱ごと空へと飛んでいく。それは、本来の居場所である人馬宮へと向かっていた。
 こうして、獅子宮でのバトルは終了したのだった。


___________


「その女......こちらで面倒みようか?」

 おキヌを連れていては、横島としても足手まといになるだろう。アイオリアは、そう思って提案する。獅子宮の近くには、女性を休ませても大丈夫そうな寝所もあるのだ。
 だが、

「ふざけるなーっ!!
 おキヌちゃんは俺んだっ!!
 おまえなんかには譲らんぞー!!」
「バカものー!!
 そういう意味ではないわ!!」

 あいかわらずの横島である。
 そして、アイオリアの言葉を横島が勘違いしたように、横島の発言を誤解した乙女が一人。

「横島さん......!!」

 ウットリした表情で、おキヌが横島を眺めている。
 彼女は以前に、

「この世の女は全部オレのじゃーっ!!」

 というセリフも耳にしているのだが、幸か不幸か、ケロッと忘れていた。


___________


「ごめん......な......さい......!!
 もう......走れま......せん......」

 おキヌが、息を切らしながら膝をつく。
 今、横島とおキヌは、次の宮へ向かって階段を駆け上がっているところだった。

「やっぱり......おキヌちゃんには無理か......」

 第一の宮を越えた後にも、『俺以外には、走り抜けられない』と思った横島だ。おキヌが音をあげることは、予想の範疇だった。

「ごめんなさい......。
 私......足手まといになっちゃって......」

 おキヌは、ふと、幽霊時代のことを思い出す。そして、人間になって横島たちのもとに復帰した直後のことも。あのときも、足手まといだと感じたのだ......。
 しかし、おキヌが回想に浸る暇などなかった。横島が、スーッと手を差し伸べたのだ。

「おキヌちゃんは......
 大事なヒーリング要員だよ」

 横島が『ヒーリング要員』なんて無機的な言葉を使うのは、半分は照れ隠しなのだろう。おキヌは、そう思った。同時に、自分でも役に立つのだという自信も、少しだけ出てくる。

「ほら、ここのバトルって、
 シャレになんねーレベルだろ?
 今までも......
 『おキヌちゃんがいてくれたらなあ』
 ......なんて思ってたんだ」
「横島さん......!!」

 思わず横島に抱きついてしまうおキヌ。意外なことに、横島は、彼女をそのまま、すくいあげた。

「え......!?」
「俺がおキヌちゃんを運ぶ......!!
 大丈夫、いつも美神さんに
 重たい荷物持たされてるから、
 こういうのは平気!!
 ......そのかわり、おキヌちゃんは、
 宮と宮の間で......
 俺をヒーリングしてくれ!! ......な!?」
「......はい!!」

 おキヌをお姫様だっこした状態で、横島は走り出す。

(横島さん......!!)

 おキヌは幸せであった。
 そして、密着した彼女の体を感じて、横島も幸せだ。

(これ......思ったより......いいかも!?)

 もちろん、彼の霊力もアップしていた。


___________


「おキヌちゃんは、
 ここで待っててくれ!!」

 第六の宮『処女宮』。その入り口を前にして、横島は、おキヌを下ろした。

「中の番人をやっつけて、
 無事に通れるようになったら戻ってくるから!!」

 明るく言い残して、横島は、処女宮に入っていく。内心では、これまで以上の強敵を相手にする覚悟をしていた。
 アイオリアが別れ際に教えてくれたからだ。
 処女宮の守護者は、乙女座(バルゴ)のシャカ。『もっとも神に近い男』とまで言われるゴールドセイントだ。

(まあ......神さまって言っても色々いるが......)

 横島は、知りあいの神族を思い浮かべる。
 ヒャクメ、小竜姫、斉天大聖......。
 斉天大聖レベルの人間がいるとは考えられないが、あのアイオリアの口振りからすると、少なくともヒャクメのようなフレンドリーな『神』ではなかろう。
 アイオリア自身は、横島についていくことは出来なかった。自分の守護する宮で、アテナがサンクチュアリに来るのを待つ。アテナ直々の沙汰を待つ。それがアイオリアの決断だった。だから、せめてもの助けとして、シャカの情報を伝えていた。

「シャカの目を開かせるな!」

 目を閉じることで、日頃からコスモを高めているシャカ。開眼した際には、その爆発的なコスモが攻撃に回されるのだ。
 ただし、アイオリアとて、シャカの多彩な技の一つ一つを具体的に知るわけではない。
 例えば、『六道輪廻(りくどうりんね)』。これは、精神感応を応用した強力な幻覚攻撃である。地獄界や修羅界など、六つの恐ろしい世界の幻覚を見せるのだ。これを食らうと、その中の一つに一生捕われてしまい、精神が崩壊するという。
 また、強大な霊力をぶつけてくる奥義もある。それは、『天舞宝輪』。網膜、鼓膜、味蕾などに霊波を直接あてることで、視覚、聴覚、味覚など、五感を奪ってしまうのだ。

(要するに......
 『私は目を開けると霊力が上がります』
 って自己暗示をかけてる霊能力者なんだよな!?
 ......目が閉じているうちに速攻で倒すしかねえ!!
 ちくしょう、
 『処女宮』なんて思わせぶりな名前のくせに......)

 そんなことを考えながら突入したのだが......。


___________


「うわーっ!!
 最初から目を開けてるーっ!?」

 そこには、パッチリ両目を開いた男が立っていた。
 もう......横島としては、泣きわめくしかない。

「話が違うーっ!!
 なんでーっ!?」
「ふざけた男だな......君は」

 涙や鼻水で汚れた横島も、シャカから見れば擬態でしかなかった。
 シャカは、横島と美神がサンクチュアリに来たときの異常な霊力を、ハッキリ覚えているのだ。同期合体という詳細までは分からぬが、横島の霊力......コスモが、あの中に含まれていたことを、シャカは正しく理解していた。
 同期合体の際には、横島の霊波長は、美神のものに極力近づけている。それが『同期』合体である。だから、これまでのゴールドセイントは、横島が合体していたことなど全く気付かなかった。
 だが、しかし。
 シャカだけは、霊波長が変わっているにも関わらず、真実の一端を悟ることが出来たのだ。『もっとも神に近い男』という称号は、ダテではなかった。
 そして、それだけ高く横島を評価したからこそ、奥義を出し惜しみする気もなかった。

「天舞宝輪!!」

 いきなりである。

「まずは視覚!!」
「......えっ!? おい......!?」

 突然何も見えなくなって、横島が焦る。

(暗闇にされた......!?
 いや、そんなもんじゃねーぞ!!)

 だが、それに対応する間もなく。

「続いて......聴覚!!」

 今度は、耳が聞こえなくなった。

(こりゃヤバい!!
 ......こいつ、マジだ!!)

 しかも、聴覚を奪われたということは、今後せっかく技名を叫んでもらっても、こちらには分からないのだ。

(こりゃあかん!!
 文珠、出ろ!!)

 ここへ来るまでに、おキヌとの密着のおかげで、霊力そのものは高まっていた。だから、アッサリ文珠は出せた。だが、目が見えないせいか、あるいは気持ちが焦っているせいか、せっかくの文珠をコロンと落としてしまう。

(ちくしょう、もう一回!!
 今度は......二つ!!)

 一つ落としてもいいように、二つ同時に出す。今度は、二つとも手の中に留まった。

(よし......!!
 両方とも『治』だ......!!)

 贅沢かもしれないが、同じ文字をこめる。そして、一つは目に、もう一つは耳に押し付けた。

「......はあっ。
 なんとか......元に戻ったな」

 文珠はイメージである。一つで両目が、もう一つで両耳が完治した。

「私の奥義が効かないとは......!!
 では、これはどうかな!?
 六道輪廻......!!」

 今度は精神攻撃である。


___________


「......えっ!?
 ここは......どこ!?
 どうなってんの!?」

 攻撃を食らった瞬間、周りの景色が一変した。
 どこかの河原である。だが、川の水は、どう見ても水の色ではない。空も、どんよりという言葉では表現できないほど、不気味な空気だった。
 そして......。自分の口から出た声で、横島は、もう一つの変化に気付いた。

「......子供になってるーっ!?」

 今の横島は、幼児になっていた。ふと見ると、手の中に赤ん坊を抱えている。

「赤ちゃん持った子供......!?
 で......、この赤ちゃんは誰!?」

 いぶかしげに赤ん坊の顔をのぞきこんだ横島は、心臓が止まりそうになった。
 金属っぽいバイザーと二本の触覚をもった赤ん坊......。

『それは君の娘だ......!!
 いや......娘であり、かつ恋人なのかな!?
 今の君ならば、あまり年の差もないだろう?』

 どこかから、シャカの声が聞こえてくる。
 それに驚いたのだろうか、赤ん坊が突然泣き出した。
 そして、泣き声に合わせるかのように、地面が......世界が揺れ始める。

「おい......!?」

 動揺するが、それも一瞬。横島は子供をあやすのは得意なのだ。彼女を泣き止ます努力を始めたのだが......。
 いくら頑張っても、泣き続けるだけだった。いや、むしろ、泣き声は大きくなっていく。そして、世界の崩壊も進み、大地も大きく割け始めた。

『どうやら......君には
 彼女を止めることはできないようだな』

 再び、シャカの声が投げかけられた。

『あきらめて......ここに捨ててしまったらどうかな?』
「ふ......ふざけるな!!」
「おぎゃあーっ、おぎゃあーっ!!」

 怒りで横島が絶叫すると、赤ん坊も大声で泣く。

『ほーら早く手放さないと......世界が崩壊するぞ!?
 ただし......ここに幼子を放置したら
 ひとりでは生きられまい......』

 横島の足下まで、亀裂が伸びて来た。

『このまま世界を崩壊させるか......
 赤ん坊を捨てて進むか......
 選びたまえ......!!』


___________


「横島さん......遅いなあ。
 大丈夫かな!?」

 一人寂しく、おキヌは、横島を待っていた。
 彼が入っていった時、火時計には、八つの炎が浮かんでいた。今は、それが七つになっている。つまり、すでに一時間が経過しているのだ。

「さすがに心配だわ......。
 ヒーリングもしてあげたいし......」

 おキヌは、宮に足を踏み入れた。
 すると......。
 そこで見たものは、隅で丸まっている横島。膝を抱えながら、何かブツブツつぶやいている。

「横島さん......!?
 これは、いったい......」

 慌てて駆け寄ったおキヌ。近づいたことで、彼の独り言も聞こえるようになった。

「ル......
 ルシ......オ......ラ......」

 おキヌの背筋が凍った。
 そんな彼女に、この状況を作り出した男が声をかける。

「その男は......もう廃人だ」

 ゆっくりとおキヌが振り返る。

「何をしたんですか!?
 ......ひどい!!」

 キッとした視線を向けたおキヌ。
 質問の形ではあったが、答は必要なかった。
 具体的にされたことは分からないとしても、精神を傷つけられたことは確かだからだ。それも、横島の口から出ている言葉から判断するに、絶対不可侵な領域に触れられたのだ。

(許さない......!!)

 そう思うおキヌだが、彼女に戦闘力はない。そこに無字の文珠が一つ転がっていることに気付いたが、それでも......。

(そうだ......!!)

 彼女は、現状での正しい使い方を閃き、また、文珠があることに感謝した。

(私の霊力で足りるかどうか不安だけど......。
 でも......お願い!!
 横島さん!!
 これで......この一時間の出来事を『忘』れて!!)


___________


「あれっ!? おキヌちゃん......!?」
「横島さん......!!」

 意識を取り戻した横島は、そこにおキヌがいることに......そして彼女の大げさな喜びように驚いた。
 彼女は、横島に飛びかかってきて、ギューッと強く抱きしめたのである。よく見ると、おキヌは、目に涙まで浮かべていた。

「横島さん......
 もう回復しないんじゃないかと......」
「それより......なんでここへ?」
「ごめんなさい......
 一時間待っても戻ってこなかったから
 来ちゃいました......」

 一時間も眠っていたと告げられ、横島が気を引きしめる。時間がないのだ!

「はっきりとは覚えちゃいないが......
 なんかトンデモナイことされたって記憶はあるぜ......」

 おキヌを離し、横島が立ち上がる。
 やはり、おキヌの力では完全に記憶を消し去るのは無理だった。
 横島としては、頭が変になるほどの悪夢を見せつけられたような感じがするのだ。しかし、幸いなことに、具体的な内容は忘れていた。ルシオラに関する思い出で攻められたことだけは、記憶から抜け落ちたのだ。

「あんた、スゲー奴のようだな......!!
 まさか人間相手に、これをやるとはな......」

 無言で二人を眺めていたシャカにも、横島の霊力......コスモが燃え上がるのはハッキリわかった。

「この男......やはりセブンセンシズに目覚めている!?」

 シャカの言葉は無視して、横島は文珠を出す。
 今度は『模』だ。
 もし美神がいれば、見たことあったのだろう。しかし、それは彼女が送り込まれた異空間の中でのお芝居。現実の横島にとって、人間相手に『模』を使うのは初めてだった。

「いくぜー!!」
「なにっ......!?
 ゴールドクロスを......コピーした!?」

 シャカの目の前には、首から下をシャカそっくりにした横島が立っていた。

「違うぜ、あんた自身をコピーしたんだ!!」

 だから、横島には、シャカの頭の中も読めた。

「あんた......
 自分のことを正義のセイントだと思ってるな!?
 ......けっ、騙されてるくせに!!
 『世界の真理は無常』......?
 そういう難しいことはわからんが......。
 『完全な悪も完全な正義も存在しない』......?
 ああ、それなら賛成できる。
 妖怪や魔物だって本質は『悪』かもしれんが、
 いい奴もたくさんいるからな!!
 だが......『わたしがみた教皇は正義だ』だと!?
 そりゃあ、おかしい!!
 それに......
 おまえから見て俺は『邪(よこしま)』!?
 バカ野郎、それは名前だーっ!!」

 横島は、彼らしくもなく、一気にまくしたてた。
 そして、おキヌのほうを振り返り、小声でささやく。

「おキヌちゃん......。
 もし俺がおかしくなったら、
 叩いても何してもいいから、
 正気に戻してくれよな!?」
「えっ......!?」

 強敵を『模』倣すれば、相手と同じ能力が得られる。ただし、相手に与えたダメージは自分にも跳ね返るため、パワー対パワーの戦いでは使えない。
 だが、精神攻撃というのであれば......!!
 相手にとってはイヤな幻覚でも、自分にはそれほどでもない悪夢であるなら!!

「こんどは......おまえが幻を見る番だ!!
 六道輪廻......!!」


___________


「ここは......!?」

 シャカは小さな子供になっていた。
 目の前には仏像がある。

「この仏像は......!!」

 それは、幼き日々に、問答の相手をしてくれた仏像。

「人々は......まるで苦しみや悲しみを
 味わうために生まれてきたかのようだ......」

 かつての疑問を、再び口にしてしまうシャカ。
 仏像は、苦しみがあれば喜びもあるのだと諭す。
 ただし美しい花も最後には散ってしまうように、常に流動しているのが万物の理。人生も同じであり、それこそが『無情』なのだ。

「しかし......
 最後には死んでしまう以上......
 やはり最終的には悲しみが支配する......
 全てが無にされる......」

 これに対しても、仏像はシャカを諭す。
 シャカは大事なことを忘れているのだ、と。
 死は終わりではなく、始まりでもあるのだ。

「阿頼耶識......」

 と、シャカがつぶやいた時......。


___________


「夢......か!?」

 シャカの意識は、現実の処女宮に戻ってきた。
 そこには、もう横島もおキヌもいない。

「六道輪廻で落とされた先が、あそことは......。
 今回の戦いには関係ないとはいえ......。
 フフフ......。
 私は悟り足りなかったということか!?
 ......あのヨコシマという男に諭されたのか」

 最初から最後まで、シャカは、横島を過大評価したままだったのかもしれない。


___________


「よかったんでしょうか......!?
 あのまま放置して来ちゃいましたけど......」

 横島の腕の中で、処女宮を振り返るおキヌ。
 二人は、今、第七の宮『天秤宮』へ向かって走っていた。前回同様『お姫様だっこ』状態である。

「大丈夫だろ?
 精神的には強そうな奴だったし。
 まあ、帰りにもう一度様子を見よう」

 おキヌちゃんは優しいなと思いながら、横島が語りかけた。

「......はい!!
 それより......。
 今度は、私をおいてかないで下さいね!?
 さっきみたいなことあったら......嫌ですから」

 おキヌは、精神崩壊の件まで含めて、そう言っている。
 もちろん、詳細を忘れた横島には、彼女の真意は伝わらない。ただ、時間を浪費したことを示しているのだと思っていた。

「ああ......!!
 この先は......ずっと一緒だ!!
 横で見守っててくれ!!」
「はいっ!!」

 横島の『ずっと一緒』という言葉が嬉しくて、おキヌは、笑顔で強く返事する。彼女のことだから、横島が意図した以上の意味で受けとってしまったのだろう。

「......見えてきたぞ!!」

 そして、二人は天秤宮に突入した!!


___________


 一方、ギリシアから遠く離れた日本では......。
 無人の美神除霊事務所を、小笠原エミが訪れようとしていた。
 建物が見えて来たところで、そこから友人が出てくるのが目に入る。

「あれっ、冥子じゃないの!?」
「あ、エミちゃん〜〜!!」

 それは、美神の親友の一人、六道冥子。ちょっと天然ボケな、お嬢様GSである。

「冥子の霊感にも引っ掛かったってワケ!?」

 アシュタロスの事件の後、強力な魔物や妖怪はすっかりおとなしくなってしまった。必然的に、仕事も小さなものばかりとなる。そんな御時世なのに、何か大金になる仕事が美神のところに来ている......。
 エミは、そんな気がしたから、ここへ来たのだ。

「そこまで大きな仕事なら、令子の手には負えないワケ。
 今までだって......
 香港の事件にしろ、アシュタロスの時にしろ、
 最後には私たちが協力したんだから!!」

 こういう言い方ならば、エミのプライドが傷つかない形で、仕事に混ぜてもらえるはず。
 冥子まで来ているということは、ますます可能性が高まったのだが、どうやら冥子の目的は違うようだった。

「え〜〜!?
 私はただ遊びに来ただけよ〜〜。
 仕事がないなら〜〜
 平和で〜〜いいじゃない〜〜!?」

 あっけらかんとした冥子。そんな彼女を見て、冥子は心底からお嬢様なのだと、エミは再認識する。
 そこへ、金持ちではないGSが一人、通りかかった。

「おっ!?
 お二人さんも来ているということは......
 やっぱり美神の大将、なにかやってるんだな!?」

 伊達雪之丞である。正式なGS免許はないはずだが、それでも、若手ではトップレベルの実力を持つ。マザコンなのとバトルジャンキーなのが玉に瑕な男だ。

「またスゲー戦いが始まったような気がして、
 来てみたんだが......」

 彼は彼なりに、エミとは違う意味で、何か察したらしい。

「令子ちゃんなら〜〜留守よ〜〜!?
 誰もいないの〜〜」

 この言葉を聞いて、エミと雪之丞がハッとする。やはり美神は、大きな仕事に出かけていて、強力な敵を相手にしているのだ。
 一方、そんな二人の心中とは裏腹に、冥子はノンビリしていた。

「いいじゃない〜〜。
 次の機会に混ぜてもらえば〜〜!?」

 そして、自分のことを語りはじめた。
 人はいなかったが、留守番をしていた人工幽霊を相手に、ここで楽しくおしゃべりをしていたそうだ。
 しかし、こんな話、エミも雪之丞も真剣に聞くわけがなかった。

「ちょっと〜〜!?
 二人とも〜〜聞いてる〜〜!?」

 冥子は、ちょっとプンプン状態だ。ぜひ言っておきたいポイントがあるからだ。

「冥子ね〜〜
 『世界で一番心が清らかな人間』
 って言われちゃったの〜〜!!」
「はあ......!?」

 呆れるエミと雪之丞。
 確かに、冥子は、傲慢でもないし、お金に汚いわけでもない。ハンサムに弱いわけでもないし、戦闘狂でもない。しかし、だからと言って『世界で一番心が清らかな人間』とは、いかがなものか。どういう会話の流れだったか知らないが、これは言い過ぎである。

「そんなふうに天然ボケを表現するのって
 はじめて聞いたワケ......」
「学のない俺が言うのもなんだが......。
 『名は体を表す』って言うだろ!?
 あんたの名前は『冥子』なんだぜ!?
 それで『心が清らか』はヘンだろう......」
「ひど〜〜い!!」

 冗談で話をまとめてしまう三人であったが......。
 この雪之丞の発言には、彼自身も意図していない深い意味があった。
 しかし、その意味に気付く者は、まだ誰もいない......。


(第四話に続く)

第二話 十二宮編(その一)へ戻る
第四話 十二宮編(その三)へ進む



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第四話 十二宮編(その三)

 『魂の牢獄』から魔神アシュタロスが解放され、神魔のバランスは崩れてしまった。
 この機に乗じるかのように、ギリシアの神々が勢力争いを始めるらしい。神々同士のケンカは、バランス補正を考える上ではプラスとなる。だから神族上層部は黙認せざるを得ないが、ギリシア神に付き従う人々が犠牲になることには胸を痛めてしまう。
 人間の介入ならばOKと判断し、神族上層部は、美神たちを動かすことにした。依頼を快諾した美神たちは、白銀聖闘士(シルバーセイント)が青銅聖闘士(ブロンズセイント)を殺そうとする現場へ急行。同期合体という反則ワザで、その場のシルバーセイントを一掃してしまう。
 続いて、教皇を懲らしめようと、ギリシアへ飛んだのだが......。美神が、アテナと間違われてしまった。胸に黄金の矢を受けた美神を助けるためには、十二時間以内に『十二宮』を突破しなければならない!
 文珠で作ったクロスをムウが本物に改修してくれたり、おキヌが途中合流したり、そんな嬉しいハプニングも経て、横島は、教皇の間を目指して突き進む......。




    第四話 十二宮編(その三)




「誰もいない宮も、けっこうあるんですね」

 横島の腕の中で、おキヌがつぶやく。体力のないおキヌは、宮と宮の間を進む際、ずっと彼に『お姫様だっこ』されているのだ。
 なにしろ、宮どうしをつなぐ階段は長い。走っているだけで三十分アニメが何話か出来てしまうと言われるくらいだ。そこをノンストップで駆け抜けられる人間など、それこそ、厳しい修行を経たセイントか、あるいは、非常識な身体能力をもつ横島くらいなものだった。

「おキヌちゃんが来る前にも、
 無人のところが一つあったからね」

 第六の宮『処女宮』で横島は大苦戦をした。おキヌがいなければ、そこで終わりとなるところだった。しかし、その後、なんと無人の宮が四つ続いたのである。
 横島が今おキヌに述べた『双児宮』では、一瞬だけ、幻惑攻撃らしきものもあった。しかし、第七の宮『天秤宮』から第十の宮『磨羯宮』までは、何の問題もなく駆け抜けることが出来たのだ。
 ただし、第九の宮『人馬宮』において、小さなイベントも生じている。サジタリアスクロスから放たれた矢が壁に突き刺さり、隠されていたメッセージを白日のもとにさらしたのだが......。
 あいにく、ギリシア語で書かれていたので、おキヌにも横島にも読めなかった。二人が走り抜けた後、サジタリアスクロスは、まるでジェミニのクロスのように涙を流したという。


___________


 こうして、横島は、おキヌを抱きかかえたまま、かれこれ二時間以上も走り続けているのだった。

「でも......横島さん?」
「......ん? なに?」
「疲れませんか......?」

 おキヌは、横島の疲労を気遣う。
 もちろん、おキヌは、少しでも横島の負担を減らすために、彼の首にしっかり腕を回している。また、なるべく横島がラクな姿勢で彼女を運べるように、彼の腕が自分のどこに触れようと、気にしないつもりだった。

「ああ、大丈夫だよ。
 それに、こうしていると、
 俺の霊力も上がるから......」
「えっ!?
 ......どういう意味です?」
「あっ!?
 いや、なんでもない!
 最後の言葉は、忘れてくれ。
 ハハハ......」

 少し怪訝な顔をしたおキヌに対して、横島は、慌てて取り繕った。
 おキヌとの密着を、最初は悦んでいた横島である。しかし、素直に感触を楽しむには、どうもクロスが邪魔なのだ。
 そこで、彼は、途中から少し方針を変更していた。横島がどういう持ち方をしても、おキヌは文句を言わない。それにつけこんで、片手で少し彼女の胸に触れていたのである。

(......こんなチャンス、めったにないもんな!
 気付かれて終わりになったら、
 ちょっと、もったいないぞ......) 

 横島のおキヌに対する接し方は、美神に対するものとは大きく違う。基本的に、彼は、おキヌにはセクハラできないのだ。だが、だからこそ、現在の状況を貴重な機会だと感じていた。
 なお、横島は、今の言動に関して『おキヌは天然ボケだから気付いていない』と思っている。しかし、おキヌは、単なる天然ボケ少女ではない。週刊誌やワイドショーの見すぎと言われるくらいのカマトトでもあるのだ。その手の知識は、豊富に持っているのである。だから、自分が今されていることを、ちゃんと理解していた。
 その上で、許していたのである。
 正直、おキヌは、まだ自分の気持ちをハッキリとは分かっていない。横島に対する好意が、友情の範囲内なのか、あるいは、恋心の一端なのか。
 分からないからこそ、おキヌは、許容出来ることには身を任せようと思っていた。『嫌!』と感じるラインが出てきたら、それが、気持ちの限界ということなのだ。
 そんな考えだから、今も、平気で胸を触らせているのだった。別に横島は、何も『十五禁』『十八禁』なことをしているわけではない。ただ、ソッと手をあてているだけだ。この程度ならば、おキヌとしても、むしろ心地よい。
 だが、それはそれとして。
 ちょっと腹立たしい気持ちもあった。

(......もう!! 横島さんったら!!
 いつもは美神さんにセクハラしてるくせに、
 美神さんがいなかったら、私に来るんですか?)

 おキヌは、昔の『こーなったらもーおキヌちゃんでいこう』発言を思い出す。しょせん、自分は横島の本命ではないと考えてしまうのだ。
 実のところ、今回の横島の行動に、そこまで深い意味はない。いつもと少し違う態度をとっているのは事実だが、これも単にオトコの本能なのだ。しかし、おキヌには分からなかった。

(いいんです!
 横島さんが、そういうつもりなら......
 私にも考えがありますよ!?)

 こうして、それぞれの思惑を胸に秘めたまま。
 若い二人は、第十一の宮『宝瓶宮』に突入した!


___________


 一方、その頃、教皇の間では......。

「まさか、そこまで攻め込まれるとは......」

 横島の快進撃に、教皇が焦っていた。
 彼にも、無人の宮が四つ続くことは分かっていた。
 第七の宮『天秤宮』の主は、どうも教皇が悪であると見抜いているらしい。いくら呼び出しても、中国五老峰に留まったまま、招集に応じないのだ。
 また、第九の宮『人馬宮』の守護者は、すでに死んでいる。教皇自身の命令で、ゴールドセイント山羊座(カプリコーン)のシュラが、十三年前に殺したのである。
 そのシュラは、第十の宮『磨羯宮』の番人だ。しかし、現在は、教皇から与えられた別の任務により、自分の宮を留守にしていた。
 サンクチュアリを運営していくには、それなりの資金も必要。表向きはきれいごとで済ませていても、実際には、俗世間の黒い領域と関わるケースも出てきてしまう。そうした仕事に差し向けることが出来るメンバーは、多くはない。シュラは、教皇を『悪』と知りつつ、それでも己の信念のために彼に従う、そんな貴重なセイントの一人だった。
 そして、第八の宮『天蠍宮』を守護する蠍座(スコーピオン)のミロも、別の命令で出かけていた。彼は、教皇に騙されているクチである。教皇としては、彼が自分に不信感を抱いていると感じつつも、彼本来の熱血ぶりを上手く利用し、まだ手駒として扱っていた。
 ただし、気性の激しい男である。真実を知ってしまえば、何をしでかすか分からない。仲間であったはずのゴールドセイントにも、平気で必殺技を撃ち込むであろう。そんなミロを今回の戦いに参加させたくはなく、つい、遠ざけてしまったのだ。

「シャカが負けるとは誤算だった......」

 『処女宮』を守るシャカが『もっとも神に近い男』なだけに、そこを突破されることはないという油断もあった。
 しかし......。

「いや、残る二人も、一筋縄ではいかない連中だ。
 なんとか、くいとめてくれよ......」

 情けない口調である。そもそも、この『悪の偽教皇』の正体は、しょせん低級な魔物。だんだん、小物ぶりが如実に現れてくるのだった。


___________


「こいつも......二枚目系か?」

 『宝瓶宮』の入り口に立っていたのは、ゴールドセイント水瓶座(アクエリアス)のカミュ。
 青い髪が、耳の横から胸元まで垂れている。こう表現してしまうとおキヌと似ているかもしれないが、彼女の比ではない。

(鏡獅子みたい......)
(昔テレビでやってた炎の特撮ヒーローだな......)

 と、おキヌや横島が思ってしまう髪型だった。
 味方になってくれるかもしれないという期待をこめて、横島は質問する。

「おまえ......どっちだ?
 アテナ派か? それとも教皇派か?」
「派閥などない。
 敢えて言うなら......
 氷河派だと言われている」
「は......?」
「いや、今の言葉は忘れてくれ」

 カミュは、目の前の男女を見て、弟子の氷河を思い出していた。
 いつまでも死んだマーマへの想いを断ち切れず、クールになりきれない氷河。
 戦いの場に女連れで来た男に、氷河と重なる『甘さ』を感じてしまったのだった。

「ともかく......ここを通すわけにはいかん!
 おまえのような甘ったれた男は、さっさと引き返せ!
 ここを通りたければクールになることだ!」

 カミュの発言に、おキヌと横島は顔を見合わせる。

「横島さんが『甘ったれた男』......?」
「『ここを通りたければクールに』......?」

 そんな二人を見て、小さく首を振るカミュ。

「わからんのか......。
 では二人で永遠に考えることだな。
 恋人同士仲良く眠れ!
 フリージングコフィン!!」


___________


「氷河......おまえが来ても、こうなるだけだぞ......」

 横島を愛弟子氷河と重ねてしまったカミュは、横島を殺さなかった。
 今、カミュの目の前には、彼の技で作られた氷の棺がある。
 その中で、横島とおキヌは、お互いをかばいあうようにして抱き合ったまま、氷漬けにされていた。

「おまえたちの肉体は、永遠にそのままだ。
 ここで、氷のモニュメントとして存在し続ける」

 この氷柱は、決して溶けることはなく、また、ゴールドセイントが数人がかりで殴りつけても、割れることはない。カミュは、自信を持っていた。

「せめてもの情けだ。
 そこで二人でクールに......」

 カミュは、クルリと反転し、宮の奥へと戻ろうとした。
 しかし、突然、背後に強力なコスモ......横島の霊力を感じ、足を止める。

「......そんなバカな!!」

 振り返ってカミュが目にしたのは、内部から溶けてゆく氷の棺だった。
 横島が文珠で巨大な熱量を発生させているのだ。

「......てめえ、シャレになんねーぞ!!
 俺はともかく、おキヌちゃんは普通の女のコなんだぞ!?」
「......さ......寒い......」

 脱出した横島は、怒りに燃えていた。
 おキヌは、体が凍えてしまって、ブルブル震えてしまっているのだ。
 平時ならば『こういうときは、お互いに素肌で暖めよう!』などと御約束を言うべき状況だ。しかし、今の横島には、そんな余裕もなかった。
 再び文珠を出し、『暖』と文字を入れて、おキヌに投げつける。

「とりあえず......それで我慢してくれ」

 震えながらも、おキヌはうなずく。
 それを見て、横島は、カミュに向き直った。

「......許さねー!!」

 一方、驚愕の表情で二人を見ていたカミュは、一つの結論に到達していた。

「おまえは......熱を操るセイントなのか!?
 ならば、おまえの炎と私の氷......
 どちらが上か、勝負だ!!」

 カミュは、『氷と水の魔術師』とも呼ばれるゴールドセイントだ。
 全力で目の前の敵を倒すため、彼は、奥義のポーズを構える。

「オーロラエクスキューション!!」

 カミュが頭上に組んだ両腕が、横島には、水瓶に見えた。それが振り下ろされ、中に蓄えられた凍気が襲いかかる!

「おっと......!!」

 ゴールドセイントの攻撃は、光速拳だ。超加速の一種である。普通、横島には回避することは出来ない。しかし、カミュのオーロラエクスキューションは、仕草が大仰なため、攻撃の方向が丸分かりだった。技名を叫ばれたと同時に跳んで退けることで、なんとかかわしたのだ。

「危なかった......」
「バカもの!!
 きさまもセイントなら、自身の技で立ち向かえ!
 きさま自身のコスモで、私の絶対零度を破ってみせろ!!」

 カミュは『私の絶対零度』と言ったが、実は、カミュの凍気は、絶対零度までは達していない。それは、カミュ自身でも理解していた。
 究極の凍結状態である絶対零度は、カミュですら不可能。 しかし、コスモを高めれば、それに近づけることは出来る。そして、いかに絶対零度に近づけるか、それが氷のセイントの強さの証なのだ。
 そうした基本をチラッと頭に思い浮かべたカミュ。彼は、次の横島の言動に驚かされた。

「絶対零度か......。
 それなら俺の勝ちだ!!
 俺にも『絶対零度』くらい出来るからな!!」

 横島が、両手を組んで、頭上へと回す。たった今見たばかりの、カミュの必殺技のポーズだ。

「......そうです!!
 横島さんの絶対零度は、ルシオラさんのお墨付きです!!」
「ああ......。
 ここで負けたら、ルシオラの言葉が嘘になっちまうからな」

 おキヌの応援に、キリッとした表情でうなずく横島。二人とも、ルシオラと会った際の『今の、絶対零度近く下がったわよ』という言葉を頭に描いたのだ。
 そんな二人を見て、カミュは、再び憤慨する。『ルシオラ』という女性名に反応したのだった。

「戦いの中で女性に......しかも別の女性に想いを馳せるとは!
 マーマを忘れられない我が弟子よりもひどい!!
 ......クールになれ!!」

 カミュは、横島とおキヌの微妙な関係を知らない。だから、彼にとっての横島は、恋人同伴でやってきた男なのだ。横島の態度は、節操がないように見えるのだ。

「男ならば......闘いの中で節を曲げるな!
 最後まで自分の立場を貫け!!」
「バカ野郎!!
 『両手に花』こそ、俺の『節』なんだー!!」
「横島さん......それは直して欲しいな

 おキヌの小さなつぶやきは、熱く戦う男たちの耳には届かない。
 そして、二人の男は、互いに同じポースで、技をぶつけあう!

「見よう見まねオーロラエクスキューション!!」
「オーロラエクスキューション!!」

 もちろん、横島の技は、手の中に握り込んだ『凍』文珠を投げつけただけのもの。インチキである。
 しかし......。
 勝ったのは、横島の『絶対零度』だった。

「戦いの中で絶対零度を身につけ......
 私の技まで盗むとは......
 おまえも......今日から私の弟子の一人だ」

 勝手に横島を弟子と認定し、カミュは、その場に倒れ込む。

「あの......大丈夫ですか?」
「ああ......。気絶しただけみたいだな」

 おキヌと横島は、カミュが死んでいないのを確認してから、『宝瓶宮』をあとにした。


___________


「おキヌちゃん......まだ寒い?」
「はい......」

 十二番目の宮『双魚宮』への階段を走りながら、横島は、腕の中のおキヌを心配した。
 まだ彼女が震えているのが、ハッキリ伝わってくるのだ。

(文珠一個で足りないのか?
 でも......もうずいぶん文珠使っちゃったからなあ......)

 横島は気付いていないが、使った文珠が『暖』だから良くなかったのだ。
 おキヌは、体ではなく、むしろ、心が寒いのである。

(やっぱり......私は美神さんとは違うんだ......)

 もしも美神がこの状態だったら、横島のほうから『体で暖めましょう』と抱きついてくるはず。しかし、自分が相手では、そうしてくれなかった。
 そんなふうに、おキヌは少し寂しく思うのだ。
 これは、状況やキャラクターの違いなのだが、彼女は、そこまで気が回っていない。寒さのせいで、頭への血の巡りも遅くなっているのかもしれなかった。
 もともと『宝瓶宮』突入前にも、ヤキモチじみた感情から、

(機会があったら、私のほうから
 少しだけ誘惑しちゃおう!
 でも、こわいから『少しだけ』だけど......)

 と、イタズラ心を胸に秘めていたおキヌである。今こそ、そのチャンスだと思ってしまう。だから、思いきって口にしてみた。

「文珠なんかじゃなくて......
 やっぱり、ひとの温もりが欲しいんです......」
「お......おキヌちゃん!?」


(番外編 or 第五話に続く)

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番外編 宝瓶宮の後で......へ進む

番外編は飛ばして
第五話 十二宮編(その四)へ進む



____
第五話 十二宮編(その四)

 『魂の牢獄』からアシュタロスが抜け出したために、神魔のバランス補正を必要とする時代。
 ギリシアの神々が恒例の勢力争いを始めるらしい。今回は黙認せねばならない神族上層部だが、ギリシア神の配下である人間の犠牲は、なんとか減らしたい。
 依頼を受けた美神たちは、初戦を同期合体で軽く片付け、さらに、手っ取り早く問題を解決するためにギリシアへ。しかし、アテナと間違われた美神が、黄金の矢に射抜かれてしまう。美神を助けるために、横島は、十二時間以内に『十二宮』を突破しなければならない!
 ここまで走破する間に、文珠で作ったクロスをムウが本物に改修してくれたり、おキヌが途中合流したり、そんな嬉しいハプニングもあった。また、横島本人は気付いていないが、おキヌが横島への恋心を自覚するというイベントも生じている。
 そして、横島とおキヌは、今、十二番目の宮へ突入しようとしていた......。




    第五話 十二宮編(その四)




 十二宮のラストを飾る『双魚宮』。そこに飛び込んだ二人が目にしたのは、バラを口にした、まつ毛も髪も長いセイントだった。

「うおっ!? きれいなネーチャン!?」
「よ......横島さん!?」

 あぶなく飛びかかろうとした横島だが、おキヌの言葉ではなく、思い出した知識が彼を引き留めた。
 全ての女セイントは仮面をつけている......。
 横島は、そう教わっていた。しかし、目の前のゴールドセイントは、素顔をさらしている。ということは!

「なんだ......オカマかよ......」
「オカマではない!」

 魚星座(ピスケス)のアフロディーテ。
 『その美しさは88の星闘士の中でも随一』『天と地のはざまに輝きをほこる美の戦士』などと言われているが、それは、あくまでも他称である。バラだって、戦いのためにくわえているだけだ。それなのにオカマやナルシストと勘違いされてしまう、ある意味かわいそうな男だった。

「君たちのような反逆者がここまで上ってくるとは......」
「......待ってくれ!
 俺たちは反逆者なんかじゃねーぞ!?
 悪いのは教皇のほうなんだ......」

 美形嫌いの横島だ。アフロディーテに対して呪いのワラ人形を用意したくなるが、その気持ちを抑えて、説得を試みる。しかし、聞き入れるアフロディーテではなかった。

「『悪いのは教皇』......?
 フッ......何が正義で何が悪なのか、
 それすらわからんヒヨッコどもめ......」

 力こそ正義。それがアフロディーテの信念だ。
 この考え方は、若干デスマスクと似ている部分もあるが、少し違っていた。デスマスクは、正邪の認識が歴史によって変わり得るからこそ『力』を重視する。だが、アフロディーテは、現在を睨んでいた。
 子供や老人などの無力な者では何も出来ないから、力ある者が大地の平和を守らなければならないのだ。教皇は、強大な『力』を持つから、サンクチュアリを治めるべきなのだ。
 そんな実際的な見地から、アフロディーテは、強者に従うのであった。

「そのクロス......ムウが手助けしたな?」

 ふと彼は、横島のボンノウクロスを見て、顔をしかめる。

「まずは、それを壊してやろう!
 ピラニアンローズ!!」

 アフロディーテの言葉と同時に、黒いバラが横島を取り囲む。そして......。

「えっ!? そんな......!!」
「......横島さん!?」

 横島とともに十二宮の戦いをくぐり抜けてきたクロスが、粉々に砕けちってしまった。

「......おまえ......今、何したんだ?」

 横島が焦る。
 ゴールドセイントの強さは、これまでも十分、体感してきた。しかし、彼らの攻撃にも、このボンノウクロスは耐えてきたのだ。
 それが一瞬で粉々になるなんて!
 オカマのような外見にも関わらず、アフロディーテは、かつてない強敵だ。最後の宮を守護する実力は、ダテじゃない!!
 横島は、今、ようやく、それを悟っていた。
 そんな彼に、さらなる攻撃が襲いかかる。

「もはや丸裸の君たちに、
 ピラニアンローズは必要なかろう。
 ロイヤルデモンローズ!!」
「うわっ!?」
「きゃあっ!!」

 今度は、無数の赤いバラだ。
 しかも、横島だけなく、おキヌにも投げつけられていた。

「よ......横島さん......」
「ふざけるな......!!
 お......おキヌちゃんは......普通の......」

 おキヌがその場に倒れ込み、後を追うようにして、横島も膝をついてしまう。

(なんだ......!?
 力が抜けていく......!?
 こりゃあマズイ......!!)

 消えゆく意識の中、横島は、必死に文珠を出した。


___________


「なんのマネだ......?」

 驚きながらも、アフロディーテは、悠然と問いかける。
 目の前では、横島が何とか立ち上がっていた。それも、首から下をアフロディーテと全く同じ姿にして。

「......あんた自身の力を借りる。
 それしか手がないようだからな......」

 横島の切り札、文珠による模倣である。
 『切り札』とはいえ、肉弾戦では今イチ使い勝手が悪い。だが、特殊能力ならば話は別だ。

「そういうことか......」

 横島は、落ちている赤バラを二つ拾いあげ、霊力をこめる。そして、ひとつをおキヌの口にくわえさせ、もう一つは、自らの口に突っ込んだ。
 バラのエキスをチューチュー吸い出しながら、横島は、おキヌを両腕で抱き上げる。そして、アフロディーテに向かって不敵に笑う。

「もう俺にロイヤルデモンローズは通用しないぜ!」

 横島にとっては、セイントも一種の霊能力者だ。だから、この特殊なバラも、何か霊能に関係するのだと感じていた。そして、アフロディーテの頭の中を理解したことで、それが正しかったと知ったのだ。
 アフロディーテの霊能力の一つは、バラの花のエキスを変化させることだった。その化学組成を調節することが出来るのだ。赤いバラに含まれていた毒は、霊能力で調合されたものだったのだ。
 同時に、彼は、解毒剤を作り出すことも出来る。最初にバラをくわえていたのも、その中で作った解毒剤をあらかじめ口にするためだった。
 だから、横島は、急いで『毒』成分を『解毒剤』に変化させたのである。アフロディーテの能力を用いて。

「だけど......」

 横島は、腕の中のおキヌに対して、心配そうな視線を向けた。
 彼女は、完全に意識を失っているせいで、せっかくの解毒バラのエキスも、自力では吸い出せないらしい。

「ごめん、おキヌちゃん......」

 横島は、その場に散らかったバラを少しだけ手でどけて、人ひとり分のスペースを作る。そして、そこにおキヌを横たえた。
 彼女が自分で解毒剤を吸えないのであれば、彼に出来ることは一つしかない。

「寝ている女のコにするべきことじゃないんだけど......
 今は、こうするしかないんだ。
 後で怒ってくれていいからな!!」

 横島は、おキヌの唇に口づけする。

(おキヌちゃんの唇......やわらかいな〜〜!!
 ......って、イカンぞ!
 これはキスじゃない、キスじゃない......)

 自分に言い聞かせながら、横島は、舌をおキヌの唇の間へ送りこんだ。
 そして、強引に彼女の口を開く。

(これもディープキスじゃないぞ。
 おキヌちゃんの口を開くために、
 仕方なかったんや......!!
 俺の舌がおキヌちゃんの舌に触れたのも、
 あくまでもアクシデント!!)

 と思いながら、自分の口内の解毒剤を、おキヌへと流し込んだ。
 そして......。
 おキヌが目を覚ます。バラに取り囲まれ、横島とキスをしたままの状態で。

「え......!?
 横島さん!?」
「......ごめん!!
 これは......その......」

 顔を真っ赤にして、慌てて離れる横島。
 おキヌは、自分の唇に残った感触をかみしめながら、ニッコリ微笑む。

「大丈夫です。
 横島さんが......そんな
 悪さするひとじゃないってわかってますから!!
 でも......今のが私のファーストキスでしたから、
 そのことだけは......忘れないで下さいね?」

 おキヌは、幸せだった。

(私、なんだか、お姫様みたい!
 王子様のキスで目を覚ますなんて......!!)


___________


「美しい......」

 アフロディーテは、思わず、そうつぶやいてしまった。
 彼の言葉を聞いて、横島が、おキヌのもとから立ち上がる。そして、ゆっくりと、アフロディーテへ向き直った。

「あんたの頭の中は分かってる......。
 ......意外と男らしく、芯の通った正義感もってるんだな。
 あんたをオカマとかナルシストとか言う奴が出てきたら、
 ちゃんと俺が否定してやろう」

 横島は、アフロディーテの思考を読む。
 力こそ正義という価値観も、賛同こそ出来ないものの、理解は出来た。

(なんとか言いくるめないとな......)

 今の横島から見ても、アフロディーテは強敵だ。
 最初にくらったピラニアンローズの正体も、すでに把握していた。
 あの黒バラは、アフロディーテ自身が霊力を注いで育てた怪物バラなのだ。
 彼の魔の花壇には、他に白いバラも生えており、そちらは、ブラッディローズと言うらしい。それは、敵の心臓目がけて一瞬で飛来し、血を吸い出すそうだ。防御不能のシロモノである。

(こんなヤツと真っ向勝負できんぞ......!?)

 アフロディーテの凄いところは、そうした特殊なバラを、彼自身の意向に添うように育成していることだった。
 霊能力者が霊力を植物に注ぎこみ、特殊な成長を促すケースは珍しくない。例えば、横島は、唐巣の家庭菜園を見たことがある。
 早く食べられるように、美神が促成栽培を試みたのだが......。結果は散々だった。むしろ、食べるのを遠慮したくなるような怪物野菜になってしまった。
 その一例と比べてしまうから、横島は、アフロディーテを高く評価してしまうのだ。

(美神さんでもできない事を平然とやってのける霊能力者......。
 だが、しかし!
 俺は別にシビれもせんし、あこがれもせん!!)

 アフロディーテを倒すため、その思考のさらに奥を探るうちに......。
 横島は気が付いた。

(......これだ!)


___________


「俺の知りあいに、ピートってヤツがいる......」
「......何を言い出すんだ、君は?」

 横島の言葉に戸惑うアフロディーテだったが、とりあえず耳を傾けることにした。
 そもそも、不思議な能力を使う相手である。こちらの技をコピーしてきたのだ。迂闊に攻撃するのは危険だ。
 さらに、たった今見せつけられた光景に感激する気持ちもあった。おキヌ同様、『王子様のキスでお姫様が目を覚ました』と思ってしまったのだ。それほど絵になる光景だった。なにしろ、二人のバックには、自分がばらまいたバラが散乱していたのだから。

「ピートは誰が見ても美形なんだ。
 でも、あいつ自身は、それを鼻にかけない。
 いいヤツなんだ。
 ......と思っていたら!!」

 横島は、かつてのエピソードを説明し始めた。
 それは、キザな学校妖怪メゾピアノと対したときのこと。

『僕より美しくない奴の命令なんか絶ーっ対きかない!!』

 と言われたピートは、

「僕のどこがおまえに劣ってるとゆーんだああっ!!」

 と口にしてしまったのだ。
 今それをアフロディーテに聞かせた横島は、話を続ける。

「......あんたも同じさ」
「何!?」
「あんた......
 美形とかなんとか言われるのイヤなくせに、
 少しは意識してるだろ......!?
 仕方ないよな、そのツラで、バラ使いで、
 名前が『アフロディーテ』だもんな......」

 痛いところを突かれた。
 確かに、アフロディーテにとって、自分の名前は一種のコンプレックスだった。これは、美の女神アフロディーテに由来するものだからだ。

「......くっ!」
「教えてやるぜ。
 俺たちが助けようとしているのは、アテナじゃない。
 アテナと間違われてしまった女性......俺たちの大切な女性だ」
「......横島さん!?」

 おキヌが小さく叫んだが、男たちの耳には届かない。
 アフロディーテは、話題が変わったと感じ、そちらに意識を向けていた。
 しかし、横島としては、話を逸らしたつもりはない。

「彼女は......誰もが認める美人だ。
 そして、アテナと誤解されるだけの......神々しさもある」

 最後の一言を口するには少し抵抗もあったが、しかし、嘘も方便。
 そう思いながら、横島は、話を続ける。

「彼女の名前は『美神』。
 日本語で『美しい神』という意味だ。
 ......もう、わかっただろ、
 俺たちが誰を信奉しているのか!?」

 ここで横島がニヤリと笑い、アフロディーテがハッとした。

「神々しい女性......!?
 美しい神......!?
 まさか......!!」

 アフロディーテが、ガクリとひざまずいた。

「美の女神アフロディーテ!?
 おまえたちは......
 本物のアフロディーテさまの配下だったのか!!」

 彼は、手も地面につけて、頭も下げる。

「お許し下さい......アフロディーテさま......。
 私は......決して......
 名前を騙っていたわけではありません......」

 横島が歩み寄り、その肩をポンと叩いた。

「......安心しろ。
 美神さんは、そんなこと気にしないさ。
 あのひとは......とても心が広い御方だ」

 あらためて。
 嘘も方便である。
 この状況では、身勝手とかわがままとか、口が裂けても言えなかった。

「それより......。
 通してくれるよな?
 『美の女神』さまを助けるためなんだから」
「......もちろんです」


___________


(えーっ!? 何このバトル......!?)

 驚いたおキヌだったが、そこに、横島が近づいてくる。
 彼が顔を接近させるので、

(えっ、何!?
 ファーストキスのやり直しですか!?)

 と期待してしまったが、そんなわけはない。
 彼は、ただ耳元でささやくだけだった。

「......うまくいったろ?
 美神さんゆずりのハッタリ、
 今回はカンタンだったよ。
 相手の考えを読みながらだからな!」


___________


 そして、二人は『双魚宮』をあとにした。
 教皇の間へと続く道には、本来、デモンローズという猛毒バラが敷き詰められている。しかし、これもアフロディーテがどけてくれた。二人はロイヤルデモンローズの解毒剤を口にしているが、それでも、念のためである。

「まだ......つらそうだね」
「はい、少し......」

 走りながら、横島は、腕の中のおキヌに問いかける。
 ここは、これまでの階段よりも遥かに短い。それでも、横島はおキヌを抱きかかえていた。
 おキヌの具合が悪そうなのだ。
 ロイヤルデモンローズのダメージから完全回復していないのかもしれない。解毒剤が口移しだったから、横島の唾液が混じっていて効果が薄いのかもしれない。

「ごめんなさい......」
「いいさ、これくらい......」

 否。
 おキヌは、横島に甘えていたのだ。
 これくらいならば一人で走れるかもしれないが、ここまで、横島に抱き運ばれることに慣れてしまっていた。しかも、日本に帰ってしまえば、同様のシチュエーションは、もうないだろう。
 これが最後の機会。
 そう思うから、つい......。

「このほうがラクだから......。
 こうしていて、いいですか......?」
「うん......」

 おキヌは、横島の肩に顔をうずめた。頬を少し、彼の体にこすりつけるような感じで。


___________


 ゴクリ。

 横島の喉が鳴る。

(うう......そんな状況じゃないんだが......)

 今の横島は、もうクロスを着ていない。洋服越しに、おキヌの柔らかな体の感触が伝わってくるのだ。

(おキヌちゃんの頬が......
 それに胸も......あたってる......!!)

 横島は、かつて美神をお姫様だっこしたことがある。
 今の事務所の建物を手に入れる際の試練だ。あの時は、美神を抱きかかえるのが気持ち良くて、自分の若さを犠牲にしてしまうくらいだった。

(おキヌちゃん......けっこうボリュームあるんだな)

 当時の美神の胸の感触は、シッカリ覚えている。そして、それと比べても、決しておキヌの胸は負けていないのだ。
 もちろん、二人の大きさそのものは違うはず。だが、自分の体にあたる気持ち良さは、同じなのだった。

(でも......
 おキヌちゃんにセクハラしたら
 俺、完全に悪者だからなあ......。 
 今は偶然こうなってるからいいけど......) 

 日本に帰ってしまえば、同様のシチュエーションは、二度とないだろう。さきほどのキスだって、偶然の賜物なのだ。
 これが最後の機会。
 おキヌが同じことを考えているなんて知らない横島である。最後だと思うから、つい......。

「おキヌちゃんは、そのままでいい。
 だけど、俺、少しだけ持ちかた変えるよ?
 やっぱり、さっきまでのほうが運びやすいから」

 さっきまでの持ちかた。
 それは、おキヌの胸にコッソリ手を伸ばした抱えかただ。服越しに軽く手を添えるだけなら、まだセクハラとは言えないだろう。横島は、そう判断したのだ。
 立ち止まった横島は、おキヌの許可が下りる前に、早くも持ち変えたのだが......。
 少し遅れて、おキヌが返事する。

「......はい。
 どうぞ、横島さんの好きにしてください」


___________


 横島の喉の音は、おキヌにも聞こえていた。彼の反応は、彼女にとっても喜びである。

(ふふふ......横島さんも嬉しいんだ......)

 なにしろ、今のおキヌは、『宝瓶宮』までのおキヌとは違う。
 彼女は『宝瓶宮』で体を冷やされてしまい、その後、血の巡りの悪くなった頭で、横島を誘惑するような冗談を言ってしまった。体で体を暖めて欲しいと口にしてしまったのだ。自分の気持ちをハッキリするためにも、どこまでならば受け入れられるか、確かめたかったからである。
 横島が対応する前に色々と空想してしまったが、その空想の中では、最後の最後まで許していた。それも、自分から積極的に望む形で!
 もちろん、現実ともなれば、そこまでは無理だろう。しかし、そんな空想をしたということで、おキヌは、自分が横島に惚れていると認識したのだった。
 しかも、そうやっておキヌが恋心を自覚した直後、現実の横島は、ジェントルマンとして振る舞った。

「ごめん......。
 純粋に暖めてあげるだけじゃなくて、
 スケベなことしちゃいそうだから。
 でも......そういうわけにはいかないだろ?
 おキヌちゃんは......
 俺にとって......大切な女のコだからさ!」 

 おキヌは、そう言われたのだ。
 今この瞬間も、その言葉を思い返してしまう。

(私......美神さんとは違うんですね。
 美神さんより、私のほうが......!!)

 アフロディーテの前で、横島が美神を『俺たちの大切な女性』と言ったこと。それと比べてしまうのだ。

(美神さんは『俺たちの大切な女性』。
 私は『俺にとって大切な女のコ』!!
 うふふ......)

 横島が、そんなに細かく意識して言葉を使い分ける男かどうか。
 それを指摘する者は、この場に、誰もいない。

(しかも、さっき、横島さんのほうから
 私にキスしてくれたんだから......!!)

 横島がおキヌの唇を楽しんだのは事実だが、もともと、彼は人命救助のつもりだったのだ。しかし、それを指摘する者も、この場には、いない。
 もう、おキヌの頭の中は、バラ色だった。
 だから、横島の手がどこを触ろうが、気にならない。むしろ嬉しかったから、

「......はい。
 どうぞ、横島さんの好きにしてください」

 と言えるのだった。


___________


横島さんの好きにしてください......!?
 好きにしてください......好きにして......好きに......)

 おキヌの言葉が、横島の頭の中にリフレインする。

(うおーっ!! もうダメだーッ!!)

 その場に立ちすくむ横島は、おキヌを両腕で抱きかかえたまま、手だけを器用に動かし始めた。
 片手で彼女のチチを揉みしだき、もう片方でフトモモを撫で回す。
 さらに、彼女のシリが自分の体の一部にあたるよう、抱きかたを調節する。

(これはセクハラじゃないぞッ!!
 おキヌちゃんが、好きにしてって頼むから......
 頼まれたとおり、好きにしてるだけなんやーッ!!
 それに......これでも......まだ遠慮してるんやーッ!!)


___________


(あっ!! 横島さん......!?
 やっぱりキスの次は......Aの次はBなんですね!?)

 と思ってしまうおキヌ。彼女が読んだ女性週刊誌には、かなり古いものも混じっていたのかもしれない。

(きゃーっ!!
 さっきは、あんな空想しちゃったけど......
 でもイザとなると、まだ......
 まだCは早いですぅ......!!)

 横島は、ただ衣越しに楽しんでいるだけだ。しかし、この程度でも、おキヌには初めての経験である。ついつい思考は先走ってしまう。
 そして、イヤンイヤンと首を振るのだ。横島の肩に顔をこすりつけたままで。


___________


(おキヌちゃん......!?
 何......この反応!?)

 彼女の動きは、横島を刺激し、そして、誤解させた。

(......感じてるの?)

 ゴクリ。

 再び、男の喉が鳴る。

(ええい、今だけだ!
 きっと......おキヌちゃんも
 『鬼の居ぬ間の洗濯』って言ってくれるよな?
 今だけは、俺......何してもいいんだよな?)

 横島の手の動きが、少し激しくなった。

(何をしてもいいなら......
 もしかして服の中に手を突っ込んで......
 直接触るのも......アリ!?
 触るだけなら......OK!?)

 とまで思ったのだが......。


___________


 二人は忘れていた。
 横島の言う『鬼』の霊感が鋭いことを。
 無意識のはずの『鬼』は、何かを察知して......。
 その手が動く。
 胸にささった黄金の矢を......抜けないはずの黄金の矢を自ら引き抜き!
 ゆっくりと立ち上がり、そして、走り出す。
 まだ、意識も取り戻していないのに。


___________


 その瞬間、二人の背中を、悪寒が走り抜けた。

(これって......)
(まさか......!?)

 横島の手が、ピタッと止まる。危ないタイミングだった。ちょうど、おキヌの服を、はだけようとしていたのだ。
 おキヌも、埋めていた顔を上げた。

「よ......横島さん!?
 早く......先へ進まないと......!!」
「そっ、そうだよな......
 美神さんに怒られちゃうもんな!!」
「私......そろそろ自分の足で歩けますから......」
「そう......? じゃあ、せめて......」

 横島と同じスピードで走るのは、おキヌには辛い。
 それが分かっている二人だから......。
 横島がおキヌを、少し引っ張っていくような形で。
 二人は、手をつないで走り出す。

(あぶなかった......。
 あれ以上暴走したら、俺、ホンマに悪者や......。
 ごめん、おキヌちゃん!!
 もう二度としないから、許してくれ......!!)
(ああ、ドキドキした......。
 『胸を揉まれる』って、あんな感触なんだ......。
 想像してたのと全然違うじゃないですか!!
 ......やっぱり私には早すぎます。
 今は......この程度が、ちょうどいいです)

 おキヌは、つないでいる手を、強く意識するのだった。


___________


 そして、何事もなかったかのような顔をして、二人は、教皇の間に突入した。

「おまえが教皇か......!?」

 彼らの前に立つのは、やわらかい表情の青年だった。
 横島は、ムウの言葉を思い出す。
 今の教皇はニセモノ。別人が本物を殺して、教皇を演じているにすぎない。しかし、その偽教皇の心の中には、善と悪の二つの人格が存在している。
 それが、ムウの推理だった。

「あんたは......どう見ても『善』の教皇だよな!?」

 横島の問いかけに、教皇が首を縦に振る。

「ヨコシマ......さすがだな......。
 十二宮を突破してきた真のセイントだけあって、
 全てを知っているのか......」
「俺はセイントじゃないんだが......。
 そんなこと、どうでもいいから!!
 早く下まで降りていって、美神さんを助けてくれ!!
 あんたなら、黄金の矢を抜けるんだろ!?」

 教皇は、今度は首を横に振った。

「残念ながら、それは私でも無理だ......。
 しかし、方法はある!!」

 彼は、説明し始める。
 この『教皇の間』の奥にあるアテナ神殿。そこに飾られたアテナ神像は、左手に楯を持っている。それは、すべての邪悪を消し去ると噂される、特殊な盾だ。
 胸に黄金の矢を受けた女性がいるというなら、その盾を彼女の方向に向ければ、盾から放射される光が黄金の矢を消滅させるだろう。

「そ、そうか......。
 それじゃ、さっそく......。
 ......何!?」
「横島さん!? この霊波は!?」

 横島もおキヌも、突然、邪悪な霊波を感じた。
 それは、目の前の柔和な青年から発せられている。

『クックック......。
 せっかく問題のボウズがここまで来たから、
 自ら始末してやろうと思ったんだが......。
 また体のコントロールが甘くなったな......』

 教皇の髪の色が黒く変わっていく。
 その目の色まで邪悪に染まり......。

『冥土の土産に教えてやるぜ!
 俺は、本当は「教皇」なんかじゃねえ!!
 それどころか、人間でもない......!!』

 その正体は、双子座(ジェミニ)のサガが子供の頃に植えつけられた、悪魔の種。そして、サガの体の中で、彼のコスモ......霊力を養分として一気に成長した魔物。
 チューブラー・ベルである。
 成長したチューブラー・ベルは、サガの体を突き破って独り立ちすることもできた。しかし、サガというのは、特殊な能力をもつ霊能力者だ。チューブラー・ベルは、居心地がよいからサガの中に留まり、サガのコスモも残してやった上で、『サガ』として振る舞ってきた。そして、『サガ』のまま教皇を暗殺、『教皇を演じるサガ』となった。

『便利だったぜ、こいつは......!!』

 サガは、遠くから幻惑を見せることができるほど、強い精神感応能力をもつ。チューブラー・ベルは、それを上手く応用していた。『本来のサガ』は、体の支配を一時的に取り戻すこともあったのだが、その際も、『チューブラー・ベルに憑依されていることを他人に伝えることはできない』というカセを精神に課せられていた。
 だから、そうした『本来のサガ』が表に現れることは、チューブラー・ベルにとっても時々はプラスとなった。シャカを騙せたのも、『本来のサガ』のおかげである。二重人格ではなく、『人間』としては『本来のサガ』だけなのだから、シャカも騙されてしまったのだ。まさかサガの中に、別人格ではなく悪魔そのものが存在しているとは、さすがのシャカでも見抜けなかったらしい。

『このまま「教皇」として......
 人間界を支配してやるぜ!!』

 本物のアテナを殺し、全セイントを掌握する。セイントは、人間とはいえ、神族直属の配下なのだ。それだけの戦力があれば、かなう者などいないはず!
 チューブラー・ベルは、そうしたウラ事情を全て説明するのだった。 

『ケッケッケ......!!』

 朗々と悪役語りをするチューブラー・ベル。
 しかし、こうした『悪役語り』には御約束がある。

『バカもの!!
 おまえの声は......
 このサンクチュアリ一帯に響き渡っているぞ!!』

 その御約束を指摘しながら現れたのは、二人の魔族。
 ワルキューレとジークフリードだった。


___________


「おまえら......!?」
「ええっ!? どうして......!?」

 魔族姉弟と面識のある横島とおキヌが、驚いている。

『あれ......?
 お知り合い......ですか?』

 チューブラー・ベルの言葉遣いも、丁寧になった。
 一方、ワルキューレとジークフリードも怪訝な顔をしている。

『何やってるんだ、こんなところで!?』
『お二人仲良く手をつないで......
 教会か何かと間違えて、ここまで来たんですか?』

 ジークフリードに指摘され、二人が手を放す。横島は慌てて、おキヌは名残惜しそうに。

「バ......バカッ!!
 そんなんじゃねえッ!!
 美神さんの胸の......
 矢を抜くために来たんだ!!」
「......そうです!!
 美神さんが大変なんです!
 早く何とかしないと......!!」

 二人が事情を説明し始めるが、ワルキューレが首を傾げる。彼女は、二人の後ろを指さした。

『美神令子なら......そこで元気にしてるじゃないか?』

 そう言われて、横島とおキヌが、ゆっくり振り向くと......。
 鬼女オーラ全開の美神が、そこに立っていた。


___________


 美神は、口元に笑顔を浮かべているが、いまだ無意識である。
 だから、目も口も閉ざされていた。
 その状態で、拳に霊力をこめたまま、横島に向かってくるのだ!

『あの霊力をこめたパンチは......!!
 ベルゼブルをも一撃で倒した、あの......!?』
『姉上は、その現場は目撃していないはずでは......?』

 という姉弟の会話も、横島の耳には届かない。

「ひえーッ!?
 助けてーッ!!」
「きゃーッ!?
 なんで私まで......!?」

 泣きわめきながら逃げ惑う彼は、いつのまにか、おキヌの手を再び握っていた。

(横島さん......
 やっぱり私と一緒がいいんですね!?
 こんな状況でも......)

 ポッと顔を赤らめるおキヌ。
 だが、もし彼女が、横島の

(うわーっ、どうしよう?
 『溺れる者はワラをもつかむ』だな、こりゃ......。
 手近にあったから、つい、つかんじゃったよ......。
 しかもおキヌちゃん、放してくれないし......)

 という真意を知ったら......。もしかしたら、彼女も鬼女側に回っていたかもしれない。
 一方、ポツンと放置された偽教皇は、

『おーい......。
 俺、自分ではラスボスだと思ってたんだけど......』

 ちょっと寂しそうだ。
 しかし、黙って見ているわけにもいかなかった。
 横島が器用におキヌごと体をかわすたびに、美神の拳は、壁に床に誤爆するのだ。
 このままでは、教皇の間がボロボロになってしまう!

『ええーいっ!!
 俺が何とかするしかない!!
 ここへ来て俺の体を覆え! わがクロスよ!!』

 法衣を脱ぎ捨てた彼のもとに、ジェミニのゴールドクロスが飛んでくる。
 そして、それが体を包む!

『お......俺の見せ場のはずなのに......
 誰も見ちゃいねえ......』

 肩を落とす偽教皇。
 外見はサガでも、中身は、しょせんチューブラー・ベルなのであった。


___________


「横島さん!! ......あれを!!」
「そうか......!!」

 美神から逃げまわるうちに、おキヌと横島は、アテナ神殿の領域に入り込んでいた。
 二人の目の前には、アテナ神像がある。

「すべての邪悪を消し去るんだよな......」

 横島は、おキヌの手を放し、そこに飾られた巨大な盾を取り外す。
 どうやら、これも神族の武器の一種らしい。横島の霊力に反応して、彼が扱える大きさに変化した。

「横島さん......!! 来ましたっ!」

 おキヌが言うとおり、美神が迫ってきていた。
 横島は、アテナの盾を、彼女へと向ける。

「美神さん!!
 これで正気を......意識を取り戻してくれーッ!!」

 その瞬間、盾から発せられた光が、美神を包み込んだ。
 聖なる光が、彼女の鬼女オーラを吹き飛ばしていく!
 そして......美神が目を開いた。

「あれ......!?
 ここは......どこ!?」
「美神さん......!!
 復活したんですね......!!」

 おキヌが、美神の胸に飛び込んでいく。
 一方、横島は、盾を手にしたままだったが、これが幸いした。

「横島さんが......
 あの正義の盾で、黄金の矢を消滅させてくれたんです!」

 おキヌも美神除霊事務所の一員である。少しはハッタリが使えても、おかしくはなかった。しかし、

「でも......なんで、ここにいるの?
 私......どっか広いところで倒れたんじゃない......!?」

 おキヌだけでは、まだ不十分。慌てて、横島がフォローする。

「あの『黄金の矢』が、
 美神さんの体をコントロールしてたんスよ!
 あれは......そのためのアイテムだったんです!!
 もう少しで......
 敵のボスの慰み者にされるところだったんスから!!」

 調子に乗って言い過ぎた横島だったが、ちょうどタイミング良く、そこに偽教皇が入ってきた。

「あんたが......私を慰み者になんて......
 そんな大それたこと考えたボスなのね!?」

 さきほどまでとは違う、しかし同様に恐いオーラを出している美神。
 その迫力にビビる偽教皇に、横島が、アテナの盾を向ける。

(チューブラー・ベル......!!
 うかつなこと言う前に、これでサッサと成仏してくれ!!)

 彼の狙いは口封じだった。
 一方、チューブラー・ベルとしても、この光にさらされるのは苦しい。
 とっさに、サガの体の中から飛び出してしまった。すでに実体化するだけの霊力は奪っているのだ。

『正体がバレた以上、ここにいても意味がねえ......!!
 もうオサラバだ......!! あばよッ!!』

 逃げ出そうとする彼だったが、その足をサガがつかんだ。
 チューブラー・ベルが抜け出す際、普通ならば宿主は死んでしまう。しかし、チューブラー・ベルの脱出が急だったせいか、あるいは、サガが尋常ではないせいか、ともかくサガは生き延びたのだ。

「今まで......よくも......」

 そして、サガだけではなかった。
 さきほどのチューブラー・ベルの『悪役語り』を耳にしたゴールドセイントたちも、今、アテナ神殿に駆けつけてきた!

『え......!? おい......!? まさか......!?』

 どうやら、任務で出かけていた二人も、サンクチュアリへ帰投したところだったらしい。
 その場に、十名のゴールドセイントがズラリと並んだ。
 彼らの中に、力ある邪悪な教皇に従う者はいても、チンピラ魔族に従う者など、誰もいない。
 そして、こんな魔物相手では、一対一の戦いにこだわる必要もなかった。

「スターダストレボリューション!!」
「グレートホーン!!」
「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」
「積尸気冥界波!!」
「ライトニングプラズマ!!」
「天魔降伏!!」
「スカーレットニードル!!」
「エクスカリバー!!」
「オーロラエクスキューション!!」
「ピラニアンローズ!!」

 これだけの攻撃を一斉にくらい、チューブラー・ベルは、断末魔の悲鳴すら残さず消え去ったのだった。


___________


(これで......終わりだ......)

 チューブラー・ベルの消滅を見届けたサガは、これまでの所行を振り返る。
 いかに操られていたとはいえ、許されることではなかった。
 自決のため、拳で胸を貫こうとした瞬間!

「ダメだ......」

 横島が、その腕をガシッとつかんで制止した。

「説教する横島は横島じゃないって言われそうだが......。
 これだけは言わせてくれ。
 ......あんた、大切な誰かを失ったことがあるか?」

 彼は、悲しい目をサガに向ける。

「もし、あれば......想像できるはずだ。
 誰かが死んだら......残された者がどんな気持ちになるのか」

 サガには、死別した恋人も妻もいない。
 しかし、サガ自身の行動がキッカケとなって、そのまま行方不明になった弟がいた。
 彼は、その弟のことを思う。そして......。

「ヨコシマ......。おまえの言うとおりだ......」

 サガは、力が抜けたように、座り込んだ。


___________


「はーい、愁嘆場はそこまでッ!!」

 横島が誰のことを想定していたか、美神にはハッキリ分かっている。
 だから、雰囲気を変えるためにも、敢えて明るい口調で、話をまとめ始めた。

「もうバカなことするんじゃないわよ!?
 とりあえず、アテナが来るまでは現状維持!!
 ......いいわね!?」

 ゴールドセイントたちに異存はない。

「アテナとは私が話をつけます。
 おって沙汰があるでしょうから、
 それまで、各自の宮で待機!!」

 と指示を出す美神は、心の中で金勘定をする。

(こいつら、クロスは金ぴかだけど、
 カネ持ってなさそうね......。
 まあ、いいわ!!
 アテナから......グラード財団から、
 ゴッソリ慰謝料もらいましょう......!!)


___________


『姉上......任務失敗ですね』
『仕方なかろう。あいつらには借りもあるからな』

 サンクチュアリ上空を飛ぶ、魔族の姉弟。
 姉のほうは、横島のことを考えていた。

(誤解されたかもしれんな......)

 二人が偽教皇警護の任務に就いたのは、ごく最近である。魔族上層部とて、今回の陰謀やこの後の神々の争いを、昔々から推測していたわけではない。
 アシュタロスの事件による神魔のバランス崩壊も、あらかじめ分かっていたわけではないのだ。
 しかし、もし横島が、『魔族上層部はアシュタロス事件を予期していた』と誤解したら、怒り狂うかもしれない。彼は、あの戦いの中で、大切な人を失っているのだ。
 それも......。彼女の復活の可能性を、みずから握りつぶすという形で。

『今回の任務の目的は......』
『わかっている』

 再び弟が話しかけてきたので、彼女は、思考を切り替える。
 今回の任務の裏側にあったもの。それは、セイント同士の内乱を加速させることだった。
 魔の衝動にしたがって動乱を好んだという部分も無いとは言えない。しかし、メインは、争いを通じてセイントを鍛え上げることだった。たとえ死者が出たとしても、これで、アテナの戦力は精鋭ぞろいになるはずだったのだ。
 そうでもなければ、アテナは、来るべきポセイドンやハーデスとの戦いに勝ち抜けない。それが、魔族上層部がシミュレーションした結果だった。そして、魔族上層部としては、ポセイドンやハーデスが勝つのは望ましくないのである。
 彼らは、それなりの大物神族のくせに、人間界を支配しようなどと考える輩だ。神族上層部にとっても魔族上層部にとっても、つきあいにくい相手だった。それぞれの居城に引っ込んでいてもらえるなら、それが一番良いのだ。

『ですが......これではアテナの戦力は......』

 弟は今後が気になるようだが、姉は、特に何も心配していなかった。
 彼女は、美神や横島がいるであろう辺りに目を向けて、軽くつぶやいた。

『そのぶん、あいつらに戦ってもらおう。
 あいつらならうまくやるさ......!』


(第六話に続く)

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____
第六話 ポセイドン編(その一)

 魔神アシュタロスが滅んだ後。
 一部のGSたちは、これで神魔のパワーバランスが崩れたことを理解していた。しかし、それは神魔族上層部が調整するべきもの。もはや自分たちには関係ないと考えていたのだが......。
 美神除霊事務所は、すでに、この件に関わってしまっていた。

「で......今度は、なーに!?
 あんたたち二人が雁首そろえたら、
 ま、想像はつくけどさ......」

 今日の来客は、小竜姫とヒャクメである。
 かつて、初めて小竜姫が美神の事務所に訪れたときは、美神も、それ相応の対応をしたものだった。

「竜神の小竜姫がこんなとこに来るなんて......」

 とつぶやき、お茶も最高級品を用意。それを自ら運ぶ美神を見て、当時幽霊だったおキヌも、

(さすがの美神さんも神さまには弱いんだなあ......)

 と思ったくらいである。
 しかし......。
 今や、全く『神さま』扱いではない。
 現在の美神の態度を見て、

「......さすが美神どのでござるな」
「ふーん。人間って、こうやって神さまと接するのね?」

 最近事務所メンバーになった二人が、それぞれの感想を述べる。
 シロとタマモ。外見は中学生あるいは高校生くらいの少女だが、それぞれ、人狼と妖狐である。

「タマモちゃん。
 美神さんは特別だからね?
 真似しちゃダメよ......?」

 おキヌが、美神に聞こえぬ程度の小声で、ソッと耳打ちする。タマモは人間社会の常識を身につけるために、事務所メンバーとなったのだ。間違った知識を植えつけたら、大変である。

「まあ仕方ないよな。
 これまでのことを考えれば......」

 横島も苦笑しているが、その通りかもしれない。
 普通の人間にとって『神さま』は雲の上の存在だろうが、美神たちから見れば、もはや友人のようなもの。しかも、美神たちのほうが神族を助けることすら、何度もあったのだ。
 もちろん、神族が自分で処理出来ない事件というのは、それだけオオゴトである。美神としても、依頼料をたんまり貰えるので、神族は上客だった。それでも......。
 美神は、あまり気が進まないのだ。

『美神さんの想像どおりなのねー』

 ヒャクメが美神の質問を肯定するが、その表情は、口調ほど明るくなかった。

(やっぱり......例の......)

 美神は、前回の依頼を振り返る。
 それは、二、三ヶ月前の出来事だった。

 ギリシアの神々がケンカを始めるらしいが、神族同士が争ってパワーダウンするならば、神魔のバランス補正にはプラスとなる。そのため、神族上層部としては黙認せざるを得ない。しかし、このギリシア神たちは、それぞれ、大勢の人間を配下として抱え込んでいる。このままでは、かなりの人間が犠牲になるだろうが、そんな事態には、神族上層部は胸を痛めてしまう。
 直接介入できない以上、この『人間の犠牲』を減らすよう、力のある人間に頼むしかない。特に、知恵と戦いの女神アテナに従うはずの『聖闘士(セイント)』たちは、アテナの補佐役たる『教皇』の陰謀により、二つの派閥に別れて内乱状態。殺し合いを繰り広げていた。まずは、これを収拾しなければならない。
 その依頼が美神除霊事務所にもたらされ、彼らは、無事、セイントたちをまとめあげた。しかし......。

(あのときは......
 アテナと間違われて、あぶなく命を落とすところだったわ。
 それどころか、敵に陵辱されそうにもなったんだから!!
 ううっ、思い出しても腹が立つーッ!!)

 前者は真実であるが、後者は大嘘。しかし、美神は、そう信じてしまっていた。
 そして、問題は、もう一つ。
 美神が長々と意識を失っていた時に、横島とおキヌの間に何かあったらしいのだ!

(横島クン......おキヌちゃんに......
 とうとう手を出したんだわ!
 あの態度を見れば、まちがいない!!)

 横島は、以前も今も、おキヌに優しく接している。しかし、その『優しさ』が微妙に違うのだ。女の直感で何とか察知出来る程度の僅かな差ではあるが、なんとなく、『おキヌには頭が上がらない』『おキヌには優しくしないといけない』というニュアンスが加わったような気がする。

(さすがに最後の一線は越えてないと思うけど......。
 いくらおキヌちゃんが拒否しなかったとはいえ......)

 そう。
 最近のおキヌの幸せそうな様子を見ていれば、確実に分かる。横島に何をされたにせよ、それが彼女にとって喜ばしいことであったのは、間違いないのだ!

(だけど......それって......
 私が死にそうだった時に、
 二人でイチャついてたってことじゃないの......!?)

 美神は知らない。二人がイチャついたからこそ、美神の命は助かったのだということを。
 そして、今さら怒っても手遅れだと思うから、二人が恋人になったならば祝福しようと努力するのだが......。
 違うのだ。
 おキヌは恋心をハッキリさせたようだが、横島は、まだ彼女の感情に気付かないらしい。

(まったく......あの二人......)

 おキヌの気持ちを横島が知れば、その時点でカップル成立だろう。すでに、二人は、それだけ仲が良いのだ。
 これまでも、おキヌは、一人で頻繁に横島の部屋へ通っていた。だが、最近、それも加速している。
 昔おキヌが熱を出した場合は事務所の部屋で寝ていたが、今は違う。少し前、タマモに化かされて横島とおキヌが風邪を引いた時には、二人は一晩、彼の部屋のコタツで過ごしたらしい。お互いに看病しあうということで。

(ああ......もう、じれったいわね。
 くっつくなら、くっつく!
 くっつかないなら、くっつかない!
 早く決めて欲しいわ!!)

 美神は、イライラするのだ。
 本当は、彼女の不快感の原因は、『美神自身も横島に惚れている』ことなのだが、素直でない美神は、それを認めることが出来なかった。

 そして......。
 美神がそうやって色々考えている前で、ダラダラ冷や汗を流しながら座っている女神がいる。
 ヒャクメである。

(どうしよう......!?
 見ちゃいけないもの見ちゃったのねー!!)

 いつもの習性で美神の心を覗いてしまったのだが、さすがのヒャクメにも分かる。
 今の思考は、美神にとって、絶対、他人に知られたくない内容だ。

(見なかったことにしよう......。
 バレたら、どんな目にあうことやら......)

 慌てて、隣の小竜姫を小突く。
 話を進めろという合図を理解し、小竜姫が、口を開いた。

『いよいよ、アテナとポセイドンの戦いが始まります。
 ですから......』




    第六話 ポセイドン編(その一)




 それから数日後。
 美神は、横島・おキヌ・シロ・タマモを連れて、ギリシアまで来ていた。
 海商王ジュリアン・ソロの誕生パーティーに参加していたのだ。
 ジュリアンは、まだ16歳であるが、父の遺産とソロ家を継いで、いまや世界一の大富豪である。

「あれ、美神さん!?
 あそこにいるのって......」

 おキヌは、知りあいが来ていることに気が付いた。
 実はこのパーティー参加も依頼の一部であるため、美神たちは、全員、必要経費できれいに着飾っている。だから、彼ら自身は、他の客層に溶け込んでいた。
 しかし、今、おキヌが指し示したのは、少しみすぼらしいドレスを着た女性。

「あっ!? 沙織ちゃんじゃないの?!」

 思わず声を上げてしまった美神。
 それに気付いたようで、沙織が、こちらへ歩み寄った。

「......その節は、お世話になりました」
「い、いや......、こちらこそ......」

 頭を下げる沙織に、美神も礼儀正しく対応する。

「うう......やっぱり可愛いなあ......」
「横島さん......。
 彼女、まだ13歳ですよ!?」
「お知り合いでござるか?」
「......なんかワケがありそうね」

 美神の後ろで、それぞれつぶやく仲間たち。
 最後の言葉はタマモのものだが、彼女の読みは正しかった。社会常識には疎くても、人間の心の機微に鋭いのは、幻で人を惑わす妖狐ならではである。

「沙織さんが貧乏になったのは、おまえたちが......」
「ダメだよ、そんなこと言っちゃ!」
「そうだ。ここで問題を起こすのは失礼だ」

 沙織も、美神同様、四人の仲間を連れてきていた。こちらは、皆、少年である。
 横島も会ったことがある星矢(せいや)は、どうも美神たちを良く思っていないらしい。その気持ちを露骨に示すのだが、仲間の二人に諌められてしまう。
 一人は、アイドル顔をした少年。本人も部屋でアイドル雑誌を読むような趣味があるのだが、それは仲間も知らない。
 もう一人は、中華風の服を着こなす男。横島の知人の西条同様に長髪だが、西条以上に二枚目顔だ。
 そして残りの一人が、ここで、横島のもとへ歩み寄った。

「君がヨコシマだな......?
 我が師カミュの最新の弟子であり、
 かつ、彼の『絶対零度』をも超えた男......」
「『我が師カミュ』......?
 あっ!
 おまえが、あいつの言ってた......
 あいつの弟子の『氷河』か......!?」

 氷河(ひょうが)が横島に握手を求め、彼も応じる。
 横島としても、カミュのことは覚えていた。
 カミュは、横島を、おキヌごと氷漬けにした男である。最後には横島に倒され、横島を認め、弟子だとまで言い出した。
 勝手に弟子認定も少し迷惑だが、問題だったのは、『二人まとめて氷漬け』である。あれで体温が低下したおキヌは言動が妖しくなり、横島は、あぶなく理性がぶち切れるところだったのだ。

「ははは......」

 色々と事情を知るおキヌは、この場の面々を見ながら、苦笑している。
 なにより、沙織の格好が貧相になってしまった原因。
 それは、美神なのだ。
 実は、ここにいる沙織こそ、現代に降臨したアテナである。
 本来ならば彼女が、セイントの反乱派と戦うために、ギリシアのサンクチュアリへ攻め込むべきだった。だが、その準備も全く整わないうちに、美神たちがギリシアへ行ってしまった。そして、たまたま美神と沙織に共通する要素があったため、反乱軍は、美神をアテナと誤解。美神は、生死の境を彷徨うことになったのだ。
 だから、事件の後、美神は、多額の賠償金を請求した。カネのないサンクチュアリ連中にではなく、セイントを率いるべき沙織に。
 なにしろ、沙織は、日本有数の大グループ『グラード財団』の総帥なのだ。カネはうなるほど持っている......いや、持っていた。
 今では、すっかり美神に搾り取られて、その上、サンクチュアリを運営する必要もあり、四苦八苦しているらしい。
 このパーティーに顔を出したのも、先代から親交あるソロ家に借金を申し込むためなのだが......。そこまでは、おキヌも知らなかった。

「沙織さん......!」

 そこに、パーティーの主役、ジュリアンが現れる。生まれだけではなく、頭脳にも容姿にも恵まれた男である。

「あーあー美形さまはよー!!!
 家柄も頭も良くて、よーございましたなー!!!」
「......横島さん!
 ダメですよ、そんなこと言っちゃ!!
 私たちを招いて下さったんですから......!!」
「ハハハ......。
 構いませんよ、お嬢さん。
 むしろ、おべっかを使われるより、気持ちいいです」

 横島とおキヌの言葉を聞きつけても、寛容な態度を示すジュリアン。
 そんなジュリアンを見て、

(こいつが......海皇ポセイドン!!)

 美神は、小竜姫とヒャクメの話を思い出す。
 事務所で彼女たちが語ったのは......。


___________


『いよいよ、アテナとポセイドンの戦いが始まります。
 ですから......』
『うまく立ち回って、
 彼らの部下の人間たちが死なないようにして欲しいのねー』

 ヒャクメは、以前にもポセイドンに関してチラッと言及していた。しかし、美神たちがどこまで覚えているか定かではない。また、事務所のメンツも増えているようなので、あらためて説明する。
 海皇ポセイドン。
 彼は、『海闘士(マリーナ)』と呼ばれる特殊な霊能力者を従え、海底神殿に居を構える神族である。

「竜宮城みたいなところっスか?」

 横島が、真面目に口を挟む。
 美神たち三人は、以前に、乙姫の住む竜宮城を訪問したことがあるのだ。
 ヒャクメは、チラッと横島の思考を覗いた。そこにイメージされたものと比較し、首を横に振った。

『そんなすごいもんじゃないのね。
 時間の流れは地上と同じなのねー!』

 ポセイドンの海底神殿は、海底の一部分に呼吸出来る空間を作って、神気を固めた柱で支えているだけである。

『七つの海を支配してるとか言ってるけど
 ......大嘘なのね。
 マリーナも霊能力者とはいえ人間だから、
 だまされちゃって......』

 迂闊な発言に対して、一斉にツッコミが入る。

『ヒャクメ、また言いすぎですよ!
 せめて......ハッタリと言って下さい。
 ハッタリなら美神さんも使うから許されます。
 ハッタリはこの世界ではポジティブな言葉ですから』
「そうっスよ!!
 ファンが怒りますよ!?
 それでなくても、設定が設定なんですから!!」
「横島さん......またそんなメタなことを......」

 おキヌのツッコミだけは、ヒャクメ向けではなく、横島に対するものらしい。
 そして、ヒャクメが問題発言を繰り返す前に、小竜姫が話を引き継いだ。

『今回の依頼は......
 さきほどヒャクメも言いましたが......』

 彼女は、あらためて別の言葉で表現し直した。
 二つのグループの配下の人間たちの犠牲を減らすこと。
 それが、具体的な仕事内容である。

『ただし......
 もしもアテナとポセイドンが二人で対決するときは
 ......そこには手を出さないでください。
 それは直接介入になりますから』

 そう言ってから、小竜姫は、さらに情報を与える。
 アテナが少女の姿で人間界に降臨しているように、ポセイドンも、地上では人間の姿を借りるらしい。海商王とも呼ばれるソロ家の人間に入り込むようで、現在ならば、ジュリアン・ソロが憑依されるはずだ。

「......ちょっと待って!?
 『入り込む』とか『憑依』とか言ったわね?」
『そうです。
 その点、アテナとは違うんです』
『平安時代のこと、思い出して欲しいのねー!』

 ヒャクメが例示したのは、死にそうな横島を救うために、彼女が横島の体に入ったときのことだ。それと同じようなものだと説明したのである。

「それはわかるんだけど......」
「美神さん......?」
「何か引っ掛かるんスか?」

 少し考え込む美神を見て、横島やおキヌが声をかける。シロやタマモは、遠慮しているのだろうか、少し離れた場所から黙って見守るだけだった。

「アテナ側の勝利条件は
 ポセイドンを倒すこと......。
 そしてポセイドン側の勝利条件は
 アテナを倒すこと......よね?」
『ええ......』

 美神の言葉を肯定しながら、小竜姫は、チラッとヒャクメに目を向けた。ヒャクメが、小さくうなずく。美神はポイントに気付いたのだ。

「ジュリアンがポセイドンそのものじゃないなら、
 アテナはどうやってポセイドン倒すの?
 ......追い出してから、やっつけるの?」
『アテナの壷に封印するんです。
 ......もともと、そこに封印されてましたから』

 アテナの壷。
 それは、ポセイドンがアテナとの聖戦に負けるたびに封印されるところだ。
 しかし、この説明は、さらに美神を混乱させる。

「......ヘンね、それ?
 もしもアテナが勝って、また封印したとして。
 それで神族の勢力削ったことになるの?
 もともと壷の中にいたんでしょ?
 ......じゃあアテナが勝ったらマズイわけ?」
『......大丈夫です。
 いつもの「封印」は緩んだり剥がされたりして、
 また「聖戦」になるようなシロモノですが、
 今回封印されたら二度と出てこれなくなるそうです』

 神魔のバランス補正のために、なんとか神族の力を削らないといけない時期なのだ。今、問題を起こした神族には罰が与えられるのだという。

「あの......。
 こんなこと言いたくないっスけど、
 アテナも問題起こしてるのでは......?」
「そうよ!!
 アテナにも罰与えたら......?」

 横島も美神も、ギリシアでどんな目にあったか、忘れてはいない。首をつっこんだほうが悪いと言われるかもしれないが、セイント側に全く非がなかったわけでもないのだ。

『でも......アテナにはセイントがいますから......』

 セイントは、すでに人間界の一大勢力なのだ。下手にアテナを罰したりすると、人界への影響が大きすぎるらしい。
 そこが、アテナとポセイドンの違いだった。
 ポセイドンもマリーナを抱えているが、『海将軍(ジェネラル)』といって主に七人しかいない。付き従っている兵士はたくさんいるようだが、しょせん雑兵である。また、『人魚姫(マーメイド)』と呼ばれるマリーナもいるが、それは、人間ではなく低級妖怪。魚から化身した人魚らしい。 

『しかもマリーナは、
 セイントと違って一時的なものなのねー!』

 ヒャクメが、小竜姫の説明を補足する。
 セイントは小さい頃から修業して、人生賭けているから、セイント制度が完全崩壊したら困る人が続出する。一方、マリーナは、資格のある者が突然呼ばれてマリーナになるようだ。

「......なーんだ。
 出来レースじゃないの......!!」

 二人の話を聞いて、美神は理解してしまった。
 少なくとも一方を倒さない限り事態は収まらないが、アテナを倒してはいけないという以上、結論は一つ。
 これは、最初から、ポセイドンを倒せという依頼なのだ。
 しかも、両配下の人間の犠牲は出来る限り減らす必要がある。だからセイントとマリーナの衝突は避けたほうがいい。ということは......。

「両軍が激突する前に......
 私たちが代わりにポセイドン倒しちゃえ......ってことね」
「どういうことっスか?」
「ちょっと、美神さん!?」
「......神さまと戦うでござるか!?」
「ふーん。人間って、けっこう大胆ね」

 美神の発言に、事務所メンバーが驚く。
 一方、小竜姫とヒャクメは、困ったような表情をしている。

『私たち、腹芸は苦手ですから......
 そこまで言わせないでもらえますか?
 依頼はあくまでも、さっき述べたように、
 人間たちの犠牲を減らすことです......』


___________


「私と結婚してください......!!」

 突然のプロポーズ。
 それが、美神を、長い回想から現実に引き戻す。

「ちょっと、あんた......!?」

 一瞬慌てた美神だったが、彼の言葉は、自分に向けられたものではなかった。
 ジュリアンがプロポーズした相手は......。

「ええーっ!?
 私ですか......!?」

 おキヌだった。


___________


 勘違いした美神は少し恥ずかしかったが、大丈夫。
 沙織も、横で、

「あれ......?
 私じゃないんですか......?」

 とつぶやいていた。
 とりあえず美神は、ジュリアンに文句を言う。

「やめときなさい!
 バッタもんよ!? 天然ボケよ!?」
「バッタもんはあんたじゃーっ!!」
 おキヌちゃんは俺のじゃーっ!!
「横島さん......!!」
「おキヌちゃん、勘違いしちゃダメよ?
 今のは、みんな俺のじゃーって意味よ!?」

 ウットリとするおキヌにタマモがツッコミを入れるが、聞こえていないらしい。
 束の間の幸せに浸るおキヌであった。


___________


 その夜。
 遠くからの来客は、ソロ邸に宿泊することになっていた。
 用意された部屋へと案内される美神たちだったが......。

「......この霊波は!?」
「ああっ、御客様!? どこへ......!?」

 強力な霊波の襲撃を察知し、五人は、現場へ急行した。

「やっぱり......」
「これが......マリーナっスね?」

 そこは、沙織の部屋の前。
 輝く鎧に包まれた男が、今、まさに部屋に入ろうとしている。

「そ......そいつを止めてくれッ!!」

 周囲では、星矢たち四人が、いかにも雑兵といった連中と戦っている。
 十二宮でゴールドセイントに鍛えられたわけでもない星矢たちは、残念ながら、ブロンズ相応の力しか持っていないのだ。実は一人だけ、強力なコスモと反則的な必殺技を隠し持つ少年がいるが、彼は、誰も傷つけたくないという心情から、実力を隠し続けている。

「言われなくても......!!」

 美神たちが身構えた瞬間。

「そうか......君たちが......」

 キラキラした鎧の男......ジェネラルの一人、海魔女(セイレーン)のソレントが、手にしていた笛に口をつけた。周囲に、妖精の幻が乱舞し始める。

「話には聞いている。
 アテナは......
 美の女神アフロディーテと結託したそうだな」

 彼は、笛を吹いているにも関わらず、なぜか普通に話が出来てしまう。

「しかもアフロディーテには......
 アテナのゴールドセイントをもしのぐ戦士......
 『美闘士(ワンダフル)』がいるのだろう!?」
「ちょっと待て!?
 おまえ......なんか思いっきりカン違いしてるぞ!?」

 もともと美神を『美の女神アフロディーテ』だと言い出したのは横島だ。責任を感じてツッコミを入れる横島だが、なんだか苦しそうだった。
 いや、横島だけではない。
 ソレント以外、その場の全員が、両手で耳をふさいで苦しんでいた。......ソレントの味方である雑兵まで含めて。


___________


(......ダメ!!
 耳をふさいでも、それでも聞こえてくる!!
 ......しかも霊力が吸い取られちゃう感じ!!)

 朦朧とする意識の中、自分も笛を武器とするおキヌは、ソレントの攻撃を的確に分析していた。幻が見えているのも、ただ五感の機能が低下しただけではなく、吸収した霊力で作り出された幻影かもしれない。

(ここで負けるわけにはいかないわ!!
 せっかく......横島さんが
 私の気持ちを受け入れてくれたんだから!!)

 少し前の『おキヌちゃんは俺のじゃーっ!!』発言を過剰に受けとめているおキヌは、ここで、かつてない頑張りを見せる。

(どうせ......
 耳をふさいでも意味ないんだから......)

 手を離したくない気持ちに抗って、おキヌは、ネクロマンサーの笛を握った。
 そして......。

(お願い......!!
 相手は悪霊じゃないけど......でも、
 少しでも霊波をぶつけることができれば!!)

 おキヌの笛の音が、ソレントの笛の音に干渉する!


___________


「音が変わった......!?
 効果が弱まった......!?」

 最初に気付いたのは、美神だった。
 チラッと後ろを振り返り、これが、おキヌのお手柄であると知る。

(でかした、おキヌちゃん!!
 あとは......私にまかせなさい!!)

 美神は、唖然としているソレントに、ピシッと指を突きつけた。

「うちの連中の力、こんなもんじゃないわよ!?
 本気でやって......この屋敷が壊れても平気!?
 ここって......あんたたちのボスの家でしょう?」

 ガチンコで戦って勝算があるわけではない。
 ただのハッタリである。
 しかも、向こうは吹きながら喋れる笛だが、おキヌの笛は、息が続かなくなったら、それで終わりだ。なんとか早く言いくるめたかったのだ。

「さすが女神アフロディーテ。
 なんでも御見通しですか......。
 では女神直々の言葉に免じて、
 ここは退くとしましょう。
 決着は、海底神殿にて......!!」

 ソレントは、スーッと闇の中に消えていった。


___________


 ソレントの撤退とともに、雑兵たちも姿を消した。
 これで今晩の騒動は終わりということで、美神たちは、与えられた部屋へ向かうのだが......。
 横島が、おキヌに声をかけた。

「おキヌちゃん、大丈夫?」
「......はい。
 ちょっと体がふらつきますけど......」

 ソレントの攻撃で霊力を奪われたのは全員だが、その上おキヌは、それに対抗するために霊力を消費している。そんな彼女を気遣ったのだ。

「ちょうど部屋も隣同士みたいだから......
 横島クン、部屋まで連れていってあげなさいね?」
「女性をエスコートするのも男子の役目でござるよ」

 美神やシロまで、妙に優しい。ソレント撃退の御褒美なのだろう。顔には『今日だけよ?』と書いてあった。

「じゃあ......お願いします」

 状況に甘えて、おキヌは、横島の手を握る。彼の手の温もりを感じながら、部屋まで連れてきてもらった。
 そして、ドアの前で。

「横島さん......」
「おキヌちゃん......!?」

 名残惜しそうな目付きで彼を見上げる。まだ、手は、つないだままだった。
 スーッと体が引き寄せられる。
 横島の視線は、おキヌの唇に向けられていた。

(ああ......ようやく......
 ファーストキスのやり直しですね......)

 十二宮での戦いの中、意識を失ったおキヌは、解毒剤を横島から口移しされている。おキヌが目覚めた時、まだキスした状態だった。
 それは、おキヌにとっての、初めてのキス。しかし、無意識で始められた以上、中途半端な『初めて』だったと思ってしまうのだ。

(今度こそ......これが......
 私の......ファーストキス......)

 お互いの顔が近づいて......。
 今、二人の唇が重なる。


___________


 そして、永遠とも思われる長い沈黙の後。

「へへへ......。
 おやすみなさい......!!」

 おキヌは、とっても満足そうな笑顔を浮かべて、部屋へ入っていく。
 今のキスと『おキヌちゃんは俺のじゃーっ!!』発言とを併せて考えたら、もう間違いない。

「横島さん......
 私たち......これで恋人ですよね?」

 彼のことを想いながら、幸せな気持ちで眠りについた。
 しかし......。


___________


「ええーっ!? ここは、どこ〜〜!?」

 翌朝、目を覚ましてみると、そこは海底神殿の中だった。
 おキヌは、寝ているうちに、誘拐されていたのである。

「助けて〜〜! 横島さんーっ!!」

 周囲に、おキヌの仲間は誰もいなかった。


___________


「小竜姫に話があるのよ!!
 この門、早く開けなさい!!」
『こら、慌てるな!!
 開けてやるから、そうガンガン叩くでない!!』
『おぬし達は......もうフリーパスだからな』

 日本に飛んで帰った美神は、横島とシロとタマモを連れて、妙神山に直行した。
 鬼門としては、シロやタマモは初めてだからテストしたい。だが、今の美神の剣幕には勝てなかった。
 ギーッと門が開き......。

『ヨコシマーッ!!』

 パピリオが飛び出してきた。
 一直線に横島へ向かい、タックルをかます。

「パピリオタックルか......!?
 おいおい......。
 そういう二次創作の御約束は、やめてくれ。
 あくまでも原作準拠で......な?」
『なんのことでちゅか?』

 キョトンとするパピリオを見て、横島は悲しくなる。
 普通なら、おキヌちゃんが、

「横島さん......またそんなメタなことを......」

 とツッコミを入れる場面なのだ。
 しかし、今、ここに彼女はいない。

(おキヌちゃん......)

 横島は、ソロ邸での夜のことを思い出す......。


___________


 あの時。
 横島は、ついに、意識ある状態のおキヌとキスをしてしまった。
 これは、十二宮でのキスとは違う。十二宮のは人命救助だ。
 もちろん、『人命救助』とはいえ、おキヌの唇の感触を横島が楽しんでしまったのは事実である。
 同時に、それがおキヌのファーストキスだったと言われて、罪悪感を持ったことも事実である。女性にとって『初めて』が大切だろうということは、女心に疎い横島にも想像がつくからだ。
 一方、横島自身にとっては、あれは初キスではなかった。
 グーラー、メドーサ、そしてルシオラ......。
 なんだか人外ばかりのような気もするが、キスはキス。
 横島は、それなりに経験してきたのだ。
 それでも......。おキヌとのキスというのは、特別だった。
 ずっと苦楽をともにしてきた、大切な仲間だったのだから。

(もう一回おキヌちゃんの唇を味わいたい......)

 という気持ちもあったが、しかし、おキヌにはセクハラできない横島である。
 ソロ邸での夜、あの瞬間も......。
 おキヌの唇に吸い寄せられながら、それでも、

(いかんぞ......!?
 おキヌちゃんとキスなんて......!!)

 と思っていた。
 矛盾した感情であるが、おキヌのほうから拒んでくれることまで、期待していたのだ。そんな相反する気持ちを抱きながら、ゆっくりゆっくり、唇を近づけたのだった。
 ところが、おキヌは、逃げるどころか......。

(えっ!? おキヌちゃん、なんで......!?)

 おキヌも横島同様、口を突き出してきたのだ。
 だから、二人の唇は、触れ合った。
 そして、まるで恋人同士のように、甘い時間が流れたのだ。

(おキヌちゃん......)

 横島には、おキヌが何を考えていたのか、全く分からない。
 あまりに混乱して、一晩、異常な精神状態で寝てしまったくらいだ。だからこそ、隣の部屋での誘拐事件にも気付かなかったのだ。普通ならば、未然に防げたはずなのだ。
 いまだに横島には理解出来ない、おキヌの真意。しかし、これは誰かに相談するべき問題ではない。それだけは、横島も承知している。

(聞くとしたら......
 おキヌちゃん自身に聞かなきゃいけない。
 そして......もし、あれが、
 雰囲気やムードに流された上での過ちなら
 ......しっかり謝らないとな)

 そのためにも、横島は、おキヌを救出しなければいけないのだ!


___________


「さあ、入るわよ!」

 美神の言葉で、横島は、回想から現実に立ち戻る。
 そして、中に入った美神は、小竜姫に詰めよった。

「あんた......こうなるのがわかってて、
 私たちをパーティーに差し向けたの!?」
『そ......そんなわけありません!』

 用意された一室で、彼らは話し合っている。
 美神の隣には横島が、後ろにはシロとタマモが座っている。後ろの二人は、会話の進行を美神に任せるつもりなのだろう。
 そして、小竜姫の横にはヒャクメがいた。パピリオは部外者ということで、席を外している。

『私たちも驚いてるんです。
 上層部の計算では......アテナが求婚されて、
 連れ去られるはずだったのですから......!!』

 それを防いだのは大金星であるが、代わりにおキヌがさらわれたとあっては、大問題である。

『ある程度の情報は手に入ったのねー!』

 ヒャクメが説明する。
 ポセイドン軍が彼女を誘拐したのは、ポセイドンの妃にするためだ。しかし、おキヌは、

「私には......心に決めたひとがいます!」

 と言って断ったらしい。
 その結果......。
 彼女は、今、水責めにあっている。

「水責め......!?
 どういうことよ、それッ!?」
『おかしいのよねー』

 ポセイドンも配下のマリーナも、そこまで悪い連中ではないはず!
 そう説明するヒャクメだったが、

「どうせ、またバックに魔族がついてるんだろ?」

 いつになく冷酷な視線が、横島から飛んでくる。

『そ......そんなことないのねー!』
『今回は、魔族側はノータッチのはずです。
 もし黒幕がいるとしたら、全く別の存在......』

 小竜姫までヒャクメ擁護に回ったが、小竜姫も余裕はない。
 美神が詰問してくるのだ。

「犯人探しなんて、後でいいのよ!!
 それより、具体的な状況を教えなさい!!
 おキヌちゃん救出のために......
 役立つ情報、あるんでしょうね......!?」
『も......もちろんです!!』

 おキヌは現在、メインブレドウィナの中に閉じこめられて、そこで水を浴びている。少しでも寒さ冷たさから逃れるために、おキヌは幽体離脱しているらしいが、苦痛を若干減らすことはできても、体温自体の低下は止められない。しかも、水が満ちれば彼女は溺死してしまう!
 メインブレドウィナは、海底神殿を支える中心の柱でもある。それを破壊するためには、まず先に、七本の柱を壊さなければならない。

「七本......?
 ジェネラルも七人って言ってたわね......?」
「おい......柱を守護するってやつか?
 また十二宮と同じパターンか......?」

 美神と横島の想像は、半分正解だった。
 七本の柱には、確かに、それぞれを守るジェネラルがいる。しかし、今回は、順番に並んでいるわけではない。こちらも人数をそろえれば、同時攻略可能なのだ。
 ただし......。

『柱は神気を練り込まれて作られているので、
 人間が普通に攻撃しても壊せません。
 ......神族の武器が必要です。
 直接介入になるので私は何も貸し出せませんが
 ......もともとの相手であるアテナならばOKです』

 事情が事情なので、アテナも、武器の提供という形で協力してくれるらしい。ただし、それをジェネラル相手に使うことは厳禁。あくまでも柱のみ。
 しっかり管理するために、アテナ側から一人同行するそうだ。

『すでに隣の部屋で待機しています』

 という言葉を合図に、突然、子供が一人現れた。
 瞬間移動能力を持つ八歳児、貴鬼(きき)である。

「やあ、ヨコシマ......!」

 横島と貴鬼は面識がある。かつて文珠によるクロスを本物にしてくれたのは、この貴鬼の師匠、ムウなのだから。

「......そういうことなら、
 ここでグズグズしてらんないわね!
 いくわよ、横島クン、シロ、タマモ!!」
『......待ってください!』

 立ち上がった美神に、小竜姫が声をかける。

『......ひとつ条件があるんです。
 同期合体は使わないでください!
 あれは......「人間」のレベルを超えています』

 セイント内乱事件の際、美神たちは、同期合体で初戦を軽く片づけた。ところが、魔族正規軍のほうから苦情が来たらしい。
 魔族内部でも、同期合体を直接目にした者は少ない。噂しか知らない者たちは、『魔神アシュタロスと同等に渡り合えるシロモノ』とみなしているのだ。そのような存在を介入させることは、神族が直接手を出すのと同じだというのである。

『そのかわり、助手の方々を何人連れて行こうが、
 他のGSの方々と共同作戦をとろうが構いませんから』
「大丈夫だよ......!
 ヨコシマだけでも、
 ゴールドセイントと戦えたじゃないか!」

 貴鬼の言葉は、横島の胸をチクリと突き刺した。
 『ヨコシマだけ』ではない。おキヌがいたからこそ、戦い抜けたのだ。
 しかし、今、それを言う気にはなれなかった。かわりに、

「......あのときは、クロスにも助けられたからな。
 でも......それも最後の戦いで消滅しちまった」

 と口にする。
 それを聞いた貴鬼は、ニンマリ笑って、その場の面々を見回した。

「......だからさ! オイラたちに、
 一時間だけヨコシマを貸してくれよ。
 テレポーテーションで、
 サッと行ってサッと帰ってくるからさ!」

 貴鬼もムウも、横島が文珠でクロスを作れることを知っている。そして、かりそめのクロスも、ムウならば本物に改修出来るのだ。

「ヨコシマの分だけじゃなくて、
 オネーチャンたちのクロスも用意するよ!
 『美の女神』と『犬』と『狐』でいいんだよね?」
「......狼でござる!」

 シロが主張している横で、美神は考えていた。

(悪くない話ね......)

 どうせ四人で行っても、七本の柱を同時に破壊することは無理なのだ。
 それならば......。
 この一時間を利用して、少しでも仲間に声をかけてみる。一緒に行ける者が三人以上増えれば、その『一時間』は無駄ではない......!

「横島クン!!
 あんたは、早く行きなさい!
 その間に、私はみんなに連絡するから!!」
「......はい!!」


___________


 そして。
 美神の招集に応じて、総勢17名のGS軍団が形成された。

 美神横島シロタマモは、当然である。
 冥子は、はたから見ると友達とのピクニックに行くような雰囲気だが、きっと彼女なりの危機感は持っているはず。
 エミも、タイガーを連れてやってきた。
 雪之丞は、強敵を相手にできると聞いてワクワクしているようだ。
 ピートも、師匠の唐巣神父とともに参加。
 報酬で家賃を払いたいドクター・カオスは、もちろんマリア同伴で来ている。
 公務員である西条美智恵も、うまく休みをとることが出来た。美神たちとはそれほど親しくないはずの魔鈴めぐみまで来たのは、西条がいるからだろうか。
 そして、親友が心配ということで、弓かおり一文字魔理まで駆けつけた。

「オマケのオイラも加えたら18人だな」

 これは貴鬼の言葉である。
 集まった面々を前にして、美神は号令をかけた。

「これだけ揃えば十分でしょう!?
 さあ全員で海底神殿に乗り込むわよ!!」


(第七話に続く)

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第七話 ポセイドン編(その二)へ進む



____
第七話 ポセイドン編(その二)

「ここが......この海底神殿の中心かしら?」
「そうみたいね、ママ」

 美神母娘が言葉を交わす。
 彼女たちは、ポセイドンの居城である海底神殿に乗り込んできていた。今いる場所は、どうやら、中央の広場のようなところらしい。神殿そのものの『中央』ではなく、この領域一帯の『中央』だ。
 なお、二人の後ろでもガヤガヤ騒々しい話し声が聞こえるが、無理もない。
 この場に来ているのは、美神美智恵の他に、横島シロタマモ冥子エミ唐巣神父ピートタイガー雪之丞カオスマリア西条魔鈴めぐみ弓かおり一文字魔理
 総勢17名のGS仲間なのである。
 さらに、武器管理役としてアテナ側から派遣された貴鬼(きき)という子供まで同行している。

「静かにしなさいーッ!!」

 美神が、全員を黙らせる。

「時間がないんだから、
 手分けして早く柱攻略に行くのよッ!!」

 彼らがここに来たのは、おキヌを救出するためだった。
 魔神アシュタロスが滅び、神魔のパワーバランスが崩れた時代。神々同士の潰しあいを誰も制止できない時代でもある。
 そんな中、アテナとポセイドンという神々のケンカに、神族上層部からの依頼もあって、巻き込まれてしまった美神たち。アテナ誘拐を未然に防いだまではよかったが、なぜか、代わりにおキヌがさらわれてしまったのだ!
 ポセイドンの妃となるよう強要されて拒んだおキヌは、今、メインブレドウィナの中で水責めにあっている。
 しかしメインブレドウィナを壊して開けるには、まず、別のところにある七本の柱を破壊しなければならない。

「でも......美神さん!?
 どれが......七つの柱に至る道なんスか!?」

 横島の疑問は、もっともである。
 広場からは、どこに続くのか分からぬ道がいくつも伸びていた。基本的に来訪者など想定していないため、当然、道案内の看板もない。

「私が知ってるわけないでしょ!
 ......これだけ大人数で来たんだから、
 みんなでバラバラのところに入れば、
 誰かしら辿り着くわよ!!」

 アバウトなことを言う美神だが、内心では、怒りをヒャクメに向けている。海底神殿の内情をかなり探り出したはずのヒャクメなのに、地図の類は一切なかったのだ。

(ヒャクメったら......!
 肝心なところで役立たずなんだから!!)

 と、いつものレッテルを貼り付けた時。

「ほう......本当に来たのですね」

 道の一つから、人魚のような鎧に包まれた人影が、こちらへ歩いてきた。




    第七話 ポセイドン編(その二)




 マリーナの一人、人魚姫(マーメイド)のテティス。その正体は、かつて幼いジュリアンに助けられた魚が、恩義の念から化身した人魚である。だから、ジュリアンおよび彼に宿るポセイドンに対する忠義は、人一倍強いのであった。
 しかし、人魚とはいえ、外見は、きれいな鎧に彩られたきれいなネーチャンでしかない。
 そんなテティスを見て、西条が横島に声をかけた。

「横島クン......?
 いつものセクハラがないな?」
「ギャグって言わんか、フツー」
「先生も成長してるでござるよ!」

 皆の視線が、一瞬、横島のほうを向く。
 確かに、普通ならば、『ぼく横島忠夫ーッ!!』とか言いながら飛びかかっていくケースである。敵も味方も関係ない男のはずだった。
 だが、今の横島は、いつになく真剣な表情を見せている。

「今回は、おチャラケは無しです!!
 おキヌちゃんの命がかかってるんスから!!」
「横島クン......」

 彼の言葉は、美神の胸をチクリと突き刺した。
 サンクチュアリでの事件以来、横島とおキヌの仲が少し変わったと感じている美神である。今の彼の態度も、彼女の想像を裏付けるものでしかない。

(おキヌちゃんの命がかかってる......。
 それはそうなんだけど......
 私の命が危なかったときは、
 二人で何かヤッてたんでしょう......!?)

 美神としては、怒っていい場面だ。しかし、彼女の胸にこみ上げてくる感情は、もっと別のものだった。
 素直でない美神には、自分自身の気持ちを言葉で定義することは出来ない。しかし、もしも第三者が彼女の心を覗いたら、簡単に言い表せるだろう。
 それは、寂しさ。
 ......美神が認めたくない感情の一つである。
 父親とはうまくコミュニケーションがとれず、母親は子供の頃に死んだと思っていたからこそ、『愛』に飢えていた美神。母親が戻ってきて妹も出来た今、もう『家族愛』を強く欲する必要もない。それでも、『愛』を渇望する環境で人格形成期を過ごしてきた影響は、心の奥底に、しっかり残っている。
 そして、そんな美神を理解できるのは、家族以外では、ただ二人の友人だけかもしれない。様々な事件を一緒にくぐり抜けてきた、貴重な仲間。横島とおキヌ。その二人が、いつのまにか......。

(横島クン......)

 美神には、隣にいる横島が、どこか遠くへ行ってしまったように感じられるのだった。


___________


 しかし、美神ですら知らないのだ。
 おキヌが誘拐される直前、二人がキスしていたことを。
 おキヌが『これが私のファーストキス』と思えるような、そんな甘い時間があったということを。

(おキヌちゃん......
 絶対......俺が助けるからな!)

 横島は、最後に見たおキヌの姿を忘れることができない。
 おキヌが寝ている間に誘拐された以上、横島が最後に見た彼女は、部屋の前で別れた時のおキヌなのだ。

「へへへ......。
 おやすみなさい......!!」

 長い長いキスの後で唇をはなした少女は、とても幸せそうな表情で、そう言ったのだ。
 その短い言葉の中に、どれだけの気持ちがこめられていたことか!
 女心に疎い横島には、おキヌの具体的な感情は分からない。しかし、何かあるというくらいは、理解していた。その『何か』を確かめるためにも......。

(おキヌちゃん......
 二人で......ゆっくり話し合おうな......)

 横島は、おキヌを救出しなければいけないのだ!


___________


「シードラゴン様の御言葉とはいえ、私も半信半疑でしたが......」

 身構える一同を前にして、テティスは、悠長に説明し始めた。
 ジュリアン・ソロの中のポセイドンは、完全に覚醒しているわけではない。まだ半分眠っている状態であり、おキヌを望んだのも、ジュリアン個人の意志に過ぎなかった。プロポーズを断られた時点でジュリアン自身はキッパリ諦めたので、本来ならば、それで終わりになるはずだったが......。

「あのおキヌという娘......彼女は、
 『美の女神アフロディーテ』の腹心の一人!
 ただの人間とはいえ、彼女ならば、
 ポセイドン様の妃としてふさわしい!!」

 と言い出した者がいたのである。
 それは、北大西洋の柱を守護するマリーナ、海龍(シードラゴン)のカノン。海将軍(ジェネラル)の筆頭格であり、眠っているポセイドンの代理として昔からポセイドン軍をまとめあげてきた男だ。
 さらに、南大西洋の柱を担当する海魔女(セイレーン)のソレントも、おキヌを高く評価していた。ソロ邸でアフロディーテ軍と一戦を交えた際、自慢の必殺技を、おキヌの能力により破られたというのである。
 ポセイドン軍の歴史の都合上、同じジェネラルの中でも、大西洋の二人は他の五人より格上な雰囲気がある。その二人がおキヌを認めた以上、アテナ誘拐計画は、急遽、おキヌをさらうことに変更されたのだった。

「しかし......それでは、
 アテナと一戦を交える前に、
 アフロディーテと戦うことになるのでは......」
「アテナ沙織とアフロディーテ美神は、
 どうせ、すでに結託しているのだ......!!
 それに......
 アフロディーテ美神が乗り込んできたら
 私が相手をしてやろう!!
 くっくっくっく......」

 反対意見もあったが、カノン自ら『神』を相手するとまで言われては、それも立ち消えてしまったのだ。

「......そういう事情ですので
 アフロディーテ・ミカミ様は、
 どうぞこちらへ......」

 語り終えたテティスは、自分が来た道を指し示した。
 さらに、

「ヨコシマ......!!
 クラーケン様が、あなたと戦いたいと言っておられる」
「......えっ!? 俺を......ご指名!?」

 と、横島に対して、クラーケンのアイザックが守る柱への順路も示してみせる。

「そういうことなら......行くわよ、横島クン!!」
「......はいッ!!」

 たとえ罠があろうが、恐れる気持ちはなかった。
 美神と横島は、それぞれの道へと走っていった。


___________


「それで......
 他の五本の柱へも案内してくれるのかしら?」

 二人の背中を見送りながら、美智恵が、テティスに問いかける。

「いや......サービスはここまで......」
「そう......!?
 それじゃあ......勝手に探させてもらうわ!!」

 美智恵の言葉とともに、残りのメンバーが散開した。
 コンビで行動する者もいたが、基本的に、それぞれ別々の道へ入っていく。

「......気をつけろよ」
「安心なさって、私はヘマなんかしないから!」

 すれ違いざま、雪之丞が弓かおりに声をかけた。
 彼女は、どこへ進むでもなく、広場に立ったままだ。一文字魔理もいっしょである。
 そんな二人を見て、テティスが問いかける。

「......どういうつもり?」
「あなたが誰かを後ろから襲ったりしないように
 足止めする者が必要ですからね......!!」
「......というより、あたしたちの実力じゃ
 ジェネラルとやらを相手するのは無理なんでね。
 二人かがりで人魚と戦うのが、今回の役割さ」
「オイラも手伝うよ!
 ジェネラルが倒されるまでは
 オイラの出番もないからね......!」

 弓と一文字が答える横で、貴鬼も言葉を足す。
 そして、

「水晶観音!!」
「うおーっ!!」

 一人は特殊な強化服を身にまとい、もう一人は拳に霊力をこめて。
 二人の少女が、テティスに突撃した。


___________


「見えてきおった......!!
 あれが問題の柱の一つじゃな!?」
「イエス・ドクター・カオス!
 柱から・神気が・出ています」

 ジェット噴射で飛行するマリアに抱えられ、ドクター・カオスは、全く疲れることなく、北太平洋の柱のもとへ到着した。

「誰もいないようじゃな?」
「ノー・ドクター・カオス!
 あそこに・敵・います!」

 マリアが指摘したように、今、柱の影から一人の男が姿を現した。
 ここを守護するジェネラル、海馬(シーホース)のバイアンである。

「フッ......。
 誰が来たかと思えば、ジジイとカタコトの小娘か......。
 しかし......手加減はせんぞ!?」
「誰がジジイじゃ!!
 マリア!! さっさとやっつけてしまえ!!」
「イエス・ドクター・カオス!
 クレイモアキーック!!」

 マリアの脚部から、無数の銀の銃弾が発射された。
 特に防御もしていないように見えるバイアンだが、銃弾は、なぜか一発も当たらない。突然生じた空気の波紋に、全て弾き飛ばされてしまう。
 そして、

「危ない、マリア......!! 後ろじゃ!!」
「......!?」

 マリアのコンピューターでも察知出来ない速さで、バイアンが彼女の後ろに回った。

「ただの小娘ではないようだが......私の敵でもない!!
 ゴッドブレス!!」

 彼が一息吐くだけで、マリアは、近くの岩場に叩き付けられてしまう。

「マ、マリア......!?」
「ダ......ダイジョウブ......」

 しかし、とても大丈夫には見えなかった。特殊素材で作られているマリアのボディに、いくつものヒビが入ったのだ。これは、今の衝撃の強さを物語っている。

「なんだ......機械人形だったのか......。
 まあ、いい。
 これで粉々にしてやろう!
 ライジングビロウズ!!」

 バイアンの必殺技が、マリアを上空へと吹き飛ばした。
 その勢いは激しく、彼女の姿は、遥か頭上の海の中へと消えていく。

「心配ないぞ......。
 今日のマリアは防水装備じゃ......
 ワシのマリアは、あれくらい......」
「そういう問題ではない。
 あれだけの力で海面に叩き付けられたら、
 どんな物体もバラバラだ」

 茫然としながらつぶやくドクター・カオスに、バイアンが歩み寄った。

「......で、機械の小娘が消えた今、
 ジジイはどうするのだ......?
 おまえも何か芸を見せてくれるのかな?」

 余裕の笑みを浮かべるバイアンだが、カオスも、言葉では負けていない。

「ワシが動くまでもない。
 おぬしは、ちゃんとマリアが片づけてくれるわ!
 ......ほれ、見ろ!!」
「......何?」

 振り返ったバイアンの目前に、舞い戻ったマリアのロケットアームが迫っていた。

「そんなバカな......!!
 いや......おまえたちこそバカだ!!」

 不意打ちならばヒットしたかもしれない。しかし、カオスが指摘してしまった以上、バイアンには、彼独特の防御技を繰り出す余裕があった。もはや彼に直撃させるのは不可能。
 そう思ったバイアンだったが......。

「なっ、なにーっ!?」

 マリアのパンチをモロにみぞおちにくらい、驚愕の表情のまま、その場に崩れ落ちる。その一撃は、鱗衣(スケイル)を通しても伝わるほどの衝撃だった。

「な......なぜだ......。
 なぜ......私に攻撃をあてることができる......!?
 なぜ......ライジングビロウズから......生還できた!?」
「......教えてやろう。
 まず一つ目の答えは......」

 苦しそうにうめきながらも、疑問を口にしたバイアン。
 カオスが、バーッとマントを翻しながら歩み寄り、大仰なポーズで答えた。

マリアに一度見た技は通用せんのじゃ!!」

 ......もちろん、全ての技に適用できるわけではないが、今回は、適用範囲内だった。
 バイアンの防御技は、気流による空気の壁である。素早く手を動かすことで、局所的に気圧を変化させ、強固な壁を形成していたのだ。
 常人には見ることもできないシロモノだが、マリアのコンピューターには、それがキチンと記録されていた。リアルタイムでは不可視であっても、記録映像をスロー再生すれば、正体を分析することは可能。
 一度見た際の記録から技の正体を分析し、かつ、その対策まで計算できてしまえば、その技は、もはや通用しないわけである。ごくごく常識的な理屈であった。

「空気の壁も・波だから・疎密・あります。
 だから・弱いところ・あります」
「......というわけじゃ。
 科学の勝利じゃな!!
 そして、二つ目もやっぱり科学の......」

 今のマリアの脚部にはロケット推進材が内蔵されているため、空も飛べるし海の中も進める。海面に叩き付けられそうになったら、逆噴射で勢いを殺すことだって出来るのだ。
 そうした事情を得意げに説明するカオスだったが、彼の脇腹を、マリアがチョンチョンと小突く。

「ドクター・カオス!
 敵・すでに・沈黙・してます」
「あ......?
 ......なんじゃ、あっけない」

 なまじ防御壁が強固だったせいで、それを貫かれたダメージは大きかったのかもしれない。バイアンは、すでに意識を失っていた。

「......このまま科学の力で、あの柱も壊せんかの?」
「無理・です。
 神さまの柱・壊すには・神さまの武器・必要。
 御約束の壁・マリアにも・破れません」

 そこに、貴鬼が現れた。ジェネラルの一人が敗北したことを察知したらしい。

「なぜ・わかりましたか?
 これも・御約束・ですか?」
「違うよ! オイラの超能力だよ!」

 それから、カオスにも一言、声をかける。

「やあ! ジイチャンが一番乗りだね!」
「......そうか!! ワシが最初か!!」

 カオスの目が輝いた。
 そもそも彼が海底神殿まで来たのは、おキヌが心配だからではない。もちろん彼女は知りあいではあるが、これだけ長生きしていれば、友人のピンチなど、もう腐るほど見てきた。彼にも人情はあるから、時には人助けだってするが、今回は、そんな感情的なものではなかった。
 彼を引き寄せた理由は、ただ一つ。
 美神から支払われる報酬である。しかも、柱を壊すか否か、また、何番目に壊すかによって、大きな金額差が設定されていた。
 さすが美神、どうしたらこの老人をやる気にさせるか、ちゃんと心得ていたのである。

「それじゃ、さっそく......」

 背負ってきた箱を貴鬼が開けると、中から飛び出してきたのは、天秤座(ライブラ)の黄金聖衣(ゴールドクロス)だった。
 ライブラのクロスは、十二の武器をパーツの一部として含んでいる。武器の使用は嫌がるアテナなので、この武器も、特別に許可されるまでは、ただの飾りでしかない。
 今回、柱を砕く時のみ、アテナは使用を認めたのだ。

「そんなすごい武器が十二個もあるなら
 ......ひとつくらい、くれんかの?」
「ダメに決まってるだろ!」

 カオスと貴鬼の会話の横で、シールドのパーツがクロスから離れて、マリアの手に収まる。
 それを彼女が投げつけ、今、一本目の柱が崩壊した!


___________


 ぱっか、ぱっか、ぽっく、ぽっく......。

 馬の背に横座りするお嬢様が、ノンキな口調でつぶやく。

「あれ〜〜!?
 今〜〜遠くで大きな音がしたけど〜〜
 さっそく〜〜柱を壊したのかしら〜〜!?」

 六道冥子である。彼女を運んでいるのも、厳密には馬ではなく、馬タイプの式神インダラであった。
 彼女は、さらにクビラを出して霊視、北太平洋の柱が崩壊したことを確認した。

「じゃあ〜〜私たちも急ぎましょうか〜〜。
 あ〜〜! それよりも......」

 冥子は、そのままクビラを使って、近くの柱の場所をチェックする。そして、

「メキラ!! おねがい〜〜っ!!」

 短距離ならば瞬間移動出来る式神、メキラを利用。南太平洋の柱の前まで一気にジャンプした。

「うわっ!? おまえっ!?」
「は〜〜い! こんにちは〜〜」

 驚いたのは、そこの柱の守護者、スキュラのイオである。
 彼は、任務を忠実にこなす男だ。美の女神の戦士達『美闘士(ワンダフル)』が海底神殿まで乗り込んできたと聞き、命にかえても柱を守り抜く覚悟で待っていたのだが......。
 やってきたのは、お嬢様ルックな服装の、いかにもノーテンキそうな女の子。だが、その『ノーテンキ』も雰囲気に合致しており、まるで絵本から飛び出してきたかのような可愛らしさがある。突然の出現も、考えようによっては、幻想的な美しさを助長していた。
 だが......。
 騙されてはいけない。この女も、敵の戦士の一人なのだ!
 そもそも、異形の生き物を連れているではないか。まともな少女のわけがない。
 そう思って、イオは、大きく首を横に振った。

「きさま......
 みずからの美貌で男を惑わすつもりだな!?」
「ええ〜〜? なんのこと〜〜?」
「よりによって、
 この『スキュラ』のイオを幻惑しようとは......」

 スキュラとは、ギリシア神話にも登場する怪物である。上半身は美女であるが、下半身は複数の獣や魚などで構成されている。下半身の動物種には諸説あるが、このスケイルでは、鷲、狼、蜂、蛇、蝙蝠、熊の六匹。したがって、イオも、それら六匹の野獣を象徴する多彩な技を使えるのだった。
 もちろん、上半身の『美女』で敵を惑わすことも得意だ。そもそも冥子がテレポートなどしてこなければ、美女の幻で敵を出迎えるつもりだったのだ。

「冥子〜〜よくわかんない〜〜!!
 難しいこと言って〜〜
 私を混乱させるつもりね〜〜!?」

 プーッと頬をふくらます冥子。
 これはこれで可愛らしいのだが、今のイオに、見とれている暇はない。

「ええーい、口で言っても分からんのならば!」

 イオは、彼自身のコスモ......霊力で、背後に六匹の獣を描いてみせた。

「きさま自身に選ばせてやろう!
 この中の......どの聖獣のワザで死にたいか!?」

 相手は、か弱そうな女性である。普通の少女ではないとはいえ、クロスもスケイルもまとっていないのだ。いくらイオが手加減したところで、一撃で致命傷になるだろう。可憐な少女の命を奪うのは忍びないが、これも任務なのだから、仕方がない。そもそも、美人薄命というではないか。
 そんな思惑のイオは、六つの技の説明までする。
 イーグルクラッチは、鷲の爪。
 ウルフズファングは、狼の牙。
 クインビーズスティンガーは、蜂の一刺し。
 サーパントストラングラーは、大蛇のように締め付ける。
 バンパイアインヘイルは、吸血蝙蝠が意識を奪う。
 グリズリースラップは、巨大グマが敵を張り倒す。

「......さあ、選べ!」

 とイオは迫ったが、冥子の反応は、彼の予想外のものだった。
 彼女は、浮かび上がった聖獣たちを見て、目をキラキラさせている。

「式神!!
 あなたも式神使いなのね〜〜!?」
「............え?」

 美女の幻で敵を幻惑できるイオである。彼が霊力で描く幻は、実体を伴っているようにも見えてしまう。だから、冥子は勘違いしてしまった。彼女は、イオが六匹の式神を使役していると思ったのだ。告げられた『六つの技の名前』も、『六匹の式神の名前』だと誤解している。

「わ〜〜い!
 みんな〜〜!!
 一緒に遊びましょ〜〜!!」

 ボン!!

 冥子が、十二匹の式神を全て出現させた。
 しかし、ただ『遊ぶ』というだけのアバウトな命令なので、式神たちは、勝手気ままに動き出す。
 これではいけないと思ったのか、彼女は、もう少し具体的な命令に変えた。

「じゃ、みんなで鬼ごっこね〜〜!!」
「うわーっ!?」

 哀れイオ。
 式神十二匹の一斉突撃を受けて、あっというまに撃沈。
 ......相手が悪かったとしか言いようがない。かつて美神や横島でさえ、この『みんなで鬼ごっこ』に巻き込まれて三日間寝込んだくらいなのだから。

「ごめんなさい〜〜。
 うれしくて、つい
 はしゃぎすぎちゃった〜〜!!」

 気絶したイオの横に座り込み、彼の頬をツンツン突きながら、冥子が語りかける。

「今から柱こわしちゃうけど〜〜
 後でまた遊んでね〜〜!!」

 ショウトラにヒーリングをさせながら、冥子は、立ち上がった。
 ちょうど、そこへ、貴鬼もやってくる。

「今度はオネーチャンだね......!!」
「あら〜〜!!」

 貴鬼のほうへ歩きながら、冥子は、ふとイオの方を振り返り、もう一言投げかけた。

「柱こわしたら〜〜
 私〜〜イオくんが目を覚ますまで〜〜
 ちゃんとここで待ってるからね〜〜」

 どうやらイオは、冥子に、気に入られたらしい。新しいオモチャ......いやオトモダチとして。
 もしかすると、このまま六道家に御持ち帰りされてしまうのかもしれない。


___________


「なんだか空気が湿ってきたでござる。
 そらが落ちてくるのでござるか......?」

 ここの『そら』は『空』でも『宇宙』でもない。『海』だ。
 シロの感覚は、湿度の変化を的確に察知していた。
 すでに、二度目である。しかも、どちらも大きな轟音の直後に生じている。誰かが柱を破壊したのは明白だった。

「拙者も頑張らねば......!」

 と思いながら走るシロ。ようやく、一本の柱が見えてきた。
 シロは知らぬが、これは、インド洋の柱である。
 そこには、モヒカン髪と浅黒い肌を特徴とする鎧姿の男が立っていた。
 長い槍を手に持つ彼は、ポツリとつぶやく。

「見たところ女......それも子供のようだが......。
 このクリュサオルのクリシュナ、
 女子供とはいえ手加減せんぞ!?
 立ち向かってくるならば、
 ひとりの『敵』として御相手しよう!」
「上等でござる!
 それがしは、横島先生の一番弟子、犬塚シロ!
 仲間の命を救うため......いざ尋常に勝負!!」


___________


「なんだか同じところを
 ぐるぐる回っているような気がするが......」

 その頃、西条は、途中まで一緒だった魔鈴めぐみともはぐれてしまい、一人で迷走していた。それでも、走り続けるうちに、一本の柱が視界に入ってきた。

「ん......!? あれは......!!」

 柱の近くに、守護するジェネラルの姿は見えない。
 しかし、そこには、深手を負った伊達雪之丞が倒れていたのだ!

「おい......!! しっかりしたまえ!!」
「マ......ママ......」

 うわごとを口にするのだから、まだ息はあるらしい。
 見たところ、ケガは、腹にくらった一発だけのようだ。
 それにしても、雪之丞は、魔装術の極意をも習得した男。普通に戦ったら、自分だって苦戦するはずなのに、それを一撃で倒すとは......。
 そう思って気を引き締めた西条の背中に、甘い声が投げかけられた。

「西条先輩......」
「魔鈴君......!?」

 振り返った西条は驚いた。
 魔鈴めぐみがヨロヨロと歩いてくるのだが、その態度が、どう見ても普通ではないのだ。

「助けてください......!!
 私......このままでは......!!」

 今の彼女が醸し出す独特の雰囲気。それは、一言で表現するならば......淫美!


___________


 一方、インド洋の柱の前では......。
 お互いに名乗りを終えた二人の武人が、それぞれの得物を手に、身構えていた。
 男は槍を、そして、少女は霊波刀を。
 しかし、後者は、突然、構えを解いてしまう。

「......忘れてござった。
 拙者、先生から鎧をもらっていたでござる!」
「......おまえにも
 クロスやスケイルのようなものがあるのか?
 ならば着ろ! 待ってやろう!」
「御言葉に甘えるでござるよ」

 その場に流れた『正々堂々』という空気の中、シロは、背中の小さなリュックから小さな子犬の像を取り出した。
 シロのためのクロスである。
 星座も猟犬星座も巨犬座も現時点でセイントがいるため、横島とムウは、小犬座をイメージしたクロスを作製したのだ。
 幸い、シロは、これを狼だと思っている。だから......。

「カモーン! ウルフ・クロース!!
 ......って言うべきでござるよな!?」

 シロの間違った叫びにも律儀に応じて、小犬のクロスがパーツに分解、シロの体を覆っていく。

 かしゃーん。かしゃーん。かしゃーん......。

「なんだかパーフェクト過ぎるでござるよ?」
「おい......おまえ大丈夫か?」

 なんとシロは、全身至る所をクロスに包まれてしまった。もはや目と口しか露出していない。
 だが、これは、まだ前段階だった。このクロスには、横島のアイデアがキチンと取り入れられているのだ。

「先生が作ってくれたクロスでござる......
 拙者......信じているから......」

 シロの信頼が霊波となり、それを感じ取ったクロスが、特殊機能を発揮し始めた。シロの体とクロスとの間にある洋服の布地を、クロスが吸収し始めたのだ!
 クロスが直に生肌に触れる形となり、シロは、ちょっと不思議な感覚になったが、まだ終わりではなかった。クロスが、さらに変形を始める!!

「な、なんとっ!?」

 脚のパーツの一部はつま先へ移動、爪となった。残りは、すべて臀部へ回ってシッポをカバー、彼女の尾を実物以上に大きく見せていた。これで、脚は完全に生脚である。
 手のパーツは、全て爪へ変化。腕と肩のパーツは、上腕部半ばから手の甲までを守るアーマーとなった。
 胴体部のパーツも、大きく移動した。股間はハイレグであり、上も胸部までしかない。しかも胸の谷間からヘソまでは大きく露出している。バストトップと横チチこそ隠されているものの、大部分のパーツは側面をカバーするだけであり、なんだか、体の前面をガラ空きにしたような感じだ。背中も腰から下しか覆われていない。
 顔のパーツは、小さな四つの部品に凝縮してしまった。一つは宝玉となって額にはり付き、もう一つは複雑な装飾の首輪となる。そして、残り二つは両耳を覆う。まるで耳そのものが上方へ巨大化したようで、よりケモノらしい雰囲気になっていた。

「防御面積の乏しい鎧だが、それでいいのか!?」
「もちろんでござる......!」

 敵の問いかけにも、シロは笑顔で応じた。
 なぜか、クロスが肌に直接触れる不快感もなかった。
 鏡などないが、見える範囲内で自分の体を見回せば、もう明白だ。
 この姿は......。
 女神アルテミスが憑依したときと同じなのだ!
 ただし、クロスには肉体そのものを変化させる力はない。
 だから、言わば...... アルテミスシロ中学生バージョンである!!

「これが......拙者の最強形態でござるよ!!」


(番外編2 or 第八話に続く)

第六話 ポセイドン編(その一)へ戻る
番外編2 おあずけ状態! リュムナデス無情へ進む

番外編2は飛ばして
第八話 ポセイドン編(その三)へ進む



____
第八話 ポセイドン編(その三)

「これが......拙者の最強形態でござるよ!!」

 堂々と言い放ったシロは、横島たちに作られた聖衣(クロス)を身にまとっている。そのため、現在の外見は、 アルテミスシロ中学生バージョンとなっていた。
 彼女と対峙するは、海将軍(ジェネラル)の一人、クリュサオルのクリシュナ。

「そうか......
 『最強形態』というのであれば、相手に取って不足はない!」

 ここは、ポセイドン海底神殿と呼ばれる空間。その中でも、インド洋の柱の前である。
 魔神アシュタロスが『魂の牢獄』から解放され、神魔のパワーバランスが崩れた後。神々同士の潰し合いすらバランス補正に利用されてしまう時代となった。
 そして、アテナとポセイドンという神々のケンカに、美神たちは巻き込まれた。おキヌが誘拐されたのだ。
 彼女は、ポセイドンの妃となることを拒んだために、メインブレドウィナと呼ばれる大きな柱の中で水責めにあっている。これを壊して開けるには、まず、他の七本の柱を破壊しなければならない。
 そのため海底神殿に乗り込んだGSメンバー。彼らの活躍で、すでに二本の柱は崩された。
 三本目の柱を壊すため、今、シロとクリシュナの戦いが始まる!




    第八話 ポセイドン編(その三)




「うおーっ!!」

 霊波刀の出力を最大にして、シロはクリシュナに突撃した。
 しかし、クリシュナの槍に、軽くあしらわれてしまう。

「な......なんと!?」
「おまえの光る剣......
 コスモで作られた武器のようだな?
 だが、そんなもの......
 この黄金の槍(ゴールデンランス)の敵ではない!」

 そもそもクリュサオルとは、ギリシア神話では、ポセイドンの息子の名前だ。生まれたときから黄金の剣を持っていたと言われるほどの強者である。
 その名を冠するジェネラルであるクリシュナは、黄金の槍を持っていた。『黄金の剣』では神話そのままであり、畏れ多いからなのだが、それでも効果は同じだ。悪を成敗する聖なる槍なのだ。

「拙者だって......神さまの力を借りているでござる!」

 シロは人狼の少女である。人狼の祖を辿れば、それは、月と狩りの女神アルテミスの従者。そして、今、シロには、その女神アルテミスの力が降臨しているのだ。
 ......と、シロは思っていた。
 しかし。
 クロスの形が『アルテミス憑依状態』と同じだからといって、別に、実際にアルテミスの力が取り憑いているわけではないのだ。
 その点、彼女は勘違いしているのだが、誤解を指摘する者は、ここには誰もいない。

「ならば......
 おまえの信奉する神が貧弱なのだろう!
 信ずる神の脆弱さを恨むながら......死ね!!
 フラッシングランサー!!」
「は、速い......!!」

 クリュサオルが、目にも止まらぬ早業で、槍を多撃する!


___________


「うう......悔しいでござる......」

 シロは立ち上がったが、すでに脚もふらついている。
 何度うち合っても同じだった。こちらの攻撃はアッサリいなされてしまうし、むこうの攻撃には対応できなかった。目では追えても動きが追いついていかないのだ。
 もはや彼女の体はボロボロ。ミミズ腫れや擦り傷、小さな切り傷が至るところについていた。

「せっかく......先生が鎧をくれたのに......」
「......その『先生』とやらに感謝するのだな。
 その程度で済んでいるのは、クロスのおかげだ」

 クリシュナは、シロの防御力の高さに驚嘆していた。
 彼のゴールデンランスは、何ものをも貫く神の槍のはず。ところが、もう数えきれないくらいシロを直撃したにも関わらず、刺し通すことができないのだ。

(ふざけたクロスだ......。
 防御面積が狭いように見せかけておきながら......)

 クリシュナは、心の中で苦笑いしてしまう。
 ゴールデンランスで突いた感触では、鎧で覆われていない部分にまで、見えない鎧があったのだ。どうやら、クロスがシロのコスモ......霊力を増幅して、パーツが無いむき出しの部分に、霊力の衣を形成しているようだった。
 そう。
 これこそ、このクロスの最大のポイントである。覆いすぎると女性的露出が減るが、ちゃんとカバーしないと防御力が低い。そんな横島的ジレンマを解決するためのアイデアだった。
 もちろんクリシュナは横島を知らないので、『覆いすぎると女性的露出が減るが』ではなく、

(硬いパーツで覆いすぎると
 身動きが悪くなるから......ということだろう)

 と、常人の感覚で理由を推測している。
 しかし、この一点以外、クリシュナの分析は正しかった。


___________


(強敵でござる......)

 一方、シロは、クリシュナの攻撃力に驚いていた。
 これまでの敵と比べても強い。シロは、そう感じていたのだ。
 いまだ強力な魔族と戦ったことはないシロである。美神たちと因縁深かったメドーサとも対戦していないし、アシュタロスとの長い戦いにも全く参加していない。
 シロの経験の中で最強だったのは、おそらく、フェンリルとなった犬飼であろう。アルテミスの力を借りて、それでも、最後は美神に助けてもらう必要があったくらいだ。
 しかし、化け物フェンリルだけではない。最近、正々堂々とした戦いの中でも、強き相手がいた。

(天狗どの......!!)

 今回がおキヌを救うための戦いであるように、あの戦いは、タマモを原因不明の高熱から助けるためだった。
 しかも、天狗は、シロの父親とも剣を交えたことがあったのだという。
 シロが病気になり、薬が必要だった昔。
 真剣勝負であるがゆえにシロの父親から片目を奪ってしまったのが、天狗だったのだ。

(父上......)

 狼の習性だ。
 大切な仲間......群れの一員を助けるためであるならば、多少の犠牲も厭わないのだ。
 そう。
 シロだって、この強敵を倒すためには......。


___________


「......なんのマネだ!?」

 いぶかしむクリシュナ。
 彼の目の前で、敵の少女は、両手を大きく広げて立っていた。
 まるで観念したかのようなポーズだが......。
 違う!
 大地を踏みしめた足にはシッカリと力がこもっており、そして、その目から闘志の炎は消えていない。むしろ、燃え盛っている!

「くるでござるよ......」
「......なに!?」

 小声でつぶやいた少女は、

「その槍で......拙者を突くでござる!!
 拙者、受けとめてみせるッ!」

 今度は、大きく叫んだ。
 クリシュナも、負けじと声を張り上げる。

「......面白い!!
 その挑戦、受けて立とう!!
 くらえーっ!!」

 少女の体の中心を......鎧のパーツではなく霊力の衣のみで守られている、その腹部を目がけて。
 クリシュナは、力強く、ゴールデンランスを突き出した!


___________


 グサッ!!

 黄金の槍が、シロの体を貫いた。
 ただし、

「......逃げを計ったな、卑怯者め!」

 クリシュナの狙いは外され、ゴールデンランスは、シロの脇腹を貫通していた。

「......しかし逃げきれなかったようだな」
「違う......これも計画でござる......」

 不敵な笑みを浮かべたクリシュナに対し、シロも、苦痛に耐えながらニヤリと笑う。
 迫ってきた槍からシロが体をわずかに動かしたのは、怖じ気づいたからではなかった。体の重要な器官を避け、かつ、シッカリと刺されるためだったのだ。

「もう......放さない!」

 今、激痛に顔をゆがめたシロは、左手を槍に伸ばし、強く握り込んだ。

「これで......槍の動きは封じたでござる!!」
「そうか......!!
 傷口の筋肉をしめ、
 槍をその身から抜けなくしたのだな!?」

 かわせない速さだからこそ。
 下手に避けようとするのではなく。
 自分の体で持って、槍の動きを止めたのだ。

「次は......折らせてもらうでござる!」

 シロは、右手の霊波刀を槍の柄に叩き付けた!


___________


(痛いでござる......。
 この作戦はダメでござるよ......)

 そりゃそうだ。
 シロは、自分の体を貫く槍に、上からインパクトを与えたのだ。自分で自分の傷口をえぐる形になっていた。
 しかし、無駄ではなかった。
 クリシュナ自慢のゴールデンランスを、真っ二つに折ることが出来たのだから。

(うっ......うぐっ!!)

 シロは、これが最後の激痛と思いながら、先っぽ側半分となった槍を、腹から引き抜いた。

「これで......拙者の勝ちでござるな!?」

 彼女の前で、クリシュナは、少しずつ後ずさりしている。
 得物を折られた槍使いなど、牙を抜かれた狼のようなもの。もはや犬っころ以下である。
 シロは、そう思ったのだが......。
 戦いは、まだ終わりではなかった。


___________


 クリシュナは、その場に腰を下ろした。
 しかし、負けを認めて座り込んだわけではない。

「......この男!?」

 シロは驚いた。座禅を組むような姿勢のクリシュナからは、それほど高い霊力が出ているのだ。
 分厚い霊力に包まれた彼は、地面から浮いているようにすら見える。

「これがクンダリーニだ......。
 もはや......おまえの負けだ」

 セイントがコスモ、GSが霊力と呼ぶエネルギー。
 クリシュナにとって、それは『クンダリーニ』である。
 シロを認めたからこそ、彼は、体内に眠らせていたエネルギーを全開にしたのだ。
 そして、殺すには惜しい敵と思ったからこそ、自分の信念を説き始める。

「シロとやら......おまえは
 まだ子供だから、わからないのだろう......」

 インド洋の島国で生まれ育ったクリシュナは、多くの貧困を目の当たりにしてきた。
 それは、人々が微笑みを忘れ、堕落と腐敗にまみれた結果である。
 時代は、まさに世紀末なのだ。

「そして、この世紀末に救世主となられる御方こそ、
 ポセイドンさまなのだ......!!
 これは......ポセイドンさまの世紀末救世主伝説なのだ!!
 その世界観にあわせたからこそ、俺もモヒカンなのだ!!」
「ええーっ!?」

 意味が分からぬまま驚くシロ。
 一方、クリシュナは、淡々と理想を語り続ける。
 ポセイドンの力で、世界全土に大洪水を引き起こし、全てを洗い流す。そして、浄化された大地に、新しい世界を作り上げる。
 そのために、アテナと地上の覇権を争うのだ。

「......アテナ?」
「わかっている。
 おまえたちはアテナの手の者ではなく、
 アフロディーテの配下なのだろう」
「いや......そうじゃなくて......」

 シロの否定にも耳を傾けず、クリシュナは、再び口を開く。

「だが......これも必要な戦いだったのだ」

 クリシュナにも、最初は理解できなかった。
 アテナとの大事な聖戦の前に、なぜ、別の神の軍に挑むのか?
 ポセイドンの代理であるはずのカノンが何か暗躍しているのではないか。そうまで考えた時期もあったが、今ならば分かる。
 新しい時代のために、ポセイドンの妃が必要だということが、クリシュナにも実感できていたのだ。

「シロ......
 おまえは武人であるが、同時に、女でもあろう?
 人類の子孫繁栄のためには、最低限度の女性は必要だ。
 この海底神殿に......俺のもとに残れ!!」 

 誤解してはいけない。
 別に、クリシュナはシロに惚れたわけではない。
 ただ、新時代の礎を築くために、すぐれた女性を欲していただけだ。
 しかし、この言葉はシロを怒らせた。

「ふざけるなーっ!!
 女性は......
 子供を作るための道具ではないでござるッ!!」

 シロには分かっている。
 おキヌがポセイドンの妃になどなるわけがない。彼女は、横島に惚れているのだ。
 そして、横島は......シロにとっても、大事なひとである。

「そうか......やはり子供なのだな。
 これだけ言ってもわからぬとは......」

 クリシュナは、シロの霊力が上昇するのを察知していた。
 それでも、まだクリシュナの敵ではない。
 彼女の闘志に免じて、せめて、ひとおもいに殺してやろう。
 それが、一人の武人に対する礼儀だろう。
 心を決めたクリシュナは、奥義をくり出した。

「マハローシニー!!」
「うっ......!」

 クリシュナのクンダリーニ......霊力が光となって全身から放出された。
 その強力な霊圧で吹き飛ばされたシロは......。
 もはや意識を失っていた。


___________


「シロちゃん......今朝は、お寝坊さんなのね?」
「......あれ!? おキヌどの......!?」

 気が付くと、シロは、事務所の屋根裏部屋にいた。
 ベッドの上で身を起こした彼女に、おキヌが優しく微笑んでいる。

(......ちがう! おキヌどのは、今ごろ......)

 シロには分かっていた。
 これは夢なのだ。
 だから......。

「たまには......俺の方から誘うのもいいだろ?」
「......先生!!」

 横島が率先して、シロを散歩に連れていく。
 シロは幸せだ。
 彼女のしっぽも、幸せそうに揺れている。
 ただし......。

「いいですね、こういうのも!
 へへへ......」
「そうだろ、おキヌちゃん!」

 今日の散歩は、ゆっくりだ。
 おキヌも一緒だからだ。
 シロの目の前で、横島とおキヌは、仲良く手をつないでいる。

(先生とおキヌどのは......やっぱり、お似合いでござる)

 いつのまにか、シロは、二人の間にいた。
 左手を横島に、右手をおキヌに握られている。
 三人並んで歩いているのだ。

「なんだか......シロちゃん、
 私たちの子供みたいですね!?」
「おいおい......。
 俺たち、子供ができるようなこと、
 まだ......やってないぞ!?」
「もうっ!!
 横島さんったら......!」

 シロを挟んで、二人が冗談を言い合う。

(『子供ができるようなこと』......。
 もしも、拙者だったら......)

 かつて、シロは、もう死ぬと勘違いした横島から、

「どこのどなたか存じませんが
 その胸の中で死なせてくださいーッ!!」

 と言われて、胸に飛び込まれたことがある。
 その時に返した言葉、

「拙者まだ心の準備が......」

 それは当時の正直な気持ちであり、今でも、同じだった。

(拙者には......まだ
 その覚悟は、ないでござるよ)

 いつかは、シロもその気になるのかもしれない。
 だが、今は違う。
 それならば......。

(今は......お二人の幸せを祈るでござる)

 おキヌと横島の二人を、心から祝福しよう。
 そのためには......。
 まず、おキヌを、ポセイドンの魔の手から助け出さねばならない!

『おまえが......そのつもりなら......』
「......女神さま!?」

 戦意を取り戻した彼女の前に、女神アルテミスが姿を現した。

男!!
 身勝手で汚らわしい役立たずのゴロツキども!!
 ......しかし、おまえがそこまで想うのであれば
 中には......立派な男もいるのでしょう......』
「......そうでござる!
 先生は......すばらしいひとでござる!!」
『よろしい!! 力を与えます!! お手っ!!』

 女神のパワーが、シロの体に注ぎ込まれた!


___________


「......!?」

 目を覚ましたシロは、自分の体の異変に気づいた。
 擦り傷や切り傷の跡も、脇腹を貫かれた傷も消えてはいない。
 しかし......。
 成長しているのだ!
 もはや、アルテミスシロ中学生バージョンではない。これは、アルテミスが憑依したときの姿そのものである!!

(拙者の夢を通して......
 女神さまが降臨なさった!)

 シロは、再び立ち上がり、クリシュナをキッと睨んだ。

(今度こそ......負けないでござる!!)


___________


(やっぱり......あんた、バカ犬ね)

 実は、シロとクリシュナの戦いを、隠れて見守る者がいた。
 タマモである。
 二人の戦いの途中で、近くまで来てしまったのだが、手を出してはいけない雰囲気だったので静観していたのだ。また、最近の書物から『槍使いは九尾の狐の天敵である』という知識を得たことも、参戦しなかった理由の一つとなっている。
 ところが、シロがやられてしまった。
 ならば仇討ちというのも考えたが、それを望むシロではなかろうと思い......。
 妖狐の幻惑能力を駆使して、シロの夢に干渉してみたのだ。

(......横島本人以外、みんな気づいているのね)

 横島の周囲の女性が彼に好意を寄せていることは、タマモも理解している。この水面下の横島争奪戦で、どうも、おキヌが一歩リードしているらしい。その現状を、美神もおキヌもシロも、認識していたのだ。

(あんな奴のどこがいいのかしら?)

 タマモも横島を嫌いではなかった。しかし、異性としての好意は、今のところ持っていない。だから、冷静に状況を観察できるのだった。

(でも......シロは脱落ね)

 あの夢の中で、シロは、踏ん切りをつけてしまったらしい。
 これで、シロは、もうヤキモチをやくこともなく、おキヌ救出に専念できるだろう。
 しかも、タマモも、秘かに加勢したのだ。
 女神アルテミスの幻覚を見せるという形で。

(その分、バトルは頑張りなさいよ!?)

 今、この場には、『シロがアルテミスの力で急成長した』という幻が蔓延している。
 一対一の戦いであっても、これくらいの助けは構わないだろう。
 そして、これは......。

(これで借りは返したからね!)

 かつてタマモが高熱で苦しんでいた時に、薬を手に入れるために頑張ってくれたシロ。
 薬自体は必要ないものだったが、しかし、その気持ちには報いる必要があったのだ。

(......あとは、あんた一人で十分でしょう!?)

 タマモは、その場をあとにし、別の柱を目指した。


___________


「......なんということだ!!
 マハローシニーを受けても立ち上がってくるとは......」

 本当に驚かされる戦いである。
 普通ならば、良くて失明、悪くて即死のケースである。
 だが、クリシュナの目の前で、シロは不屈の闘志とともに蘇った。クリシュナは知らないが、シロは人狼であり、人間よりも身体能力が高いため、失明も免れたのだった。
 さらに、シロ自身の姿も変わっている。シロは、スタイル抜群の女性になってしまったのだ。

「ここまで育てば、さすがの俺もドキドキだ......」

 煩悩など捨てたはずのクリシュナでさえ、そう思ってしまうくらいだった。
 そして、外見だけではない。シロの霊力もグンとアップしている。
 この霊力上昇は、タマモによる幻覚ではなく、事実だった。プラシーボ効果である。
 良く言って素直、悪く言って単純な部分のあるシロは、女神が憑依したという思い込みで、霊力が上がってしまったのだ。アルテミスシロ中学生バージョンの時にも同様に思い込んでいたはずだが、その頃の『思い込み』は、まだ足りなかったのだろう。いや、夢の中での決意も、霊力上昇を助けているのかもしれない。

「それでも......おまえが俺に勝つことは無理だ......。
 俺に......チャクラがある限りはな!!」

 強者の驕りからではなく、強敵に対する敬意から、クリシュナは自分の弱点を伝えた。
 ここで彼が『チャクラ』と呼んでいるのは、彼の体内で『クンダリーニ』を生じさせる七つのポイントのことである。GSにとっての『チャクラ』は霊力中枢であるが、『クンダリーニ』が霊力である以上、両者は同じものといえよう。

「ならば、その『ちゃくら』を叩き斬るでござる!」

 シロが、巨大な霊波刀を出して、クリシュナに突撃した。クリシュナも、これを迎え撃つ。

「さっきは......
 女性相手ということで、無意識のうちに
 力を抑えてしまっていたのかもしれない......。
 だが、そんな失礼なことは二度としないぞ!!
 シロ!! 今度こそ......本当の最期だ!!
 マハローシニーの大いなる光に飲み込まれて
 ......涅槃に旅立ちたまえ!!」

 前回以上の強烈な光が、クリシュナの体から解放された。
 しかし!
 聖書の伝説においてモーゼが海を二つに割ったように、シロの霊波刀が、クリシュナの光を切り裂いていく!!

「......バカなーっ!?」
「見えたでござる!!」

 クリシュナのチャクラは......。
 一カ所に集中しているわけでもなく、体中に分散しているわけでもなく、胸に北斗七星を描くわけでもなく。
 それは、正中線に沿って縦一列に並んでいた。

 ズサーッ!!

「見事だ......シロ......」

 霊波刀でチャクラを切り裂かれたクリシュナは、その場に倒れ込んだ。
 命こそ取り留めたようだが、完全に気を失っている。
 それに、霊力中枢を断たれた以上、マリーナとしては、もはや再起不能かもしれない。

「か......勝った......!
 女神さま......ありがとうでござる......」

 本当に力を貸した『女神』が誰であるか知らぬまま、疲れきったシロは、その場に膝をついた。


___________


 一方、シロがクリシュナと死闘を繰り広げていた頃。

「立てーっ、ヨコシマ!!
 この程度で倒れるとは......
 それでも、俺の弟弟子かーっ!?」

 横島は、北氷洋の柱の前で、ボコボコにされていた。
 まるで美神にセクハラしてシバキ倒されたかのように血だらけである。セクハラの結果の血ダルマならば慣れているが、シリアスバトルでこうなるのは珍しい。
 彼の敵は、クラーケンのアイザック。今でこそジェネラルの一人であるが、かつてはセイント候補生として、ゴールドセイント水瓶座(アクエリアス)のカミュに指導されていた男だ。

「何度も言ってるだろ......
 俺は、おまえたちの一門に入った覚えはねえぞ」

 文句を言いながら立ち上がる横島。
 そもそも横島がアイザックに『弟弟子』と呼ばれるのは、十二宮でのカミュ戦が原因である。あのとき横島は、カミュの凍気技に対し、『凍』文珠で戦ってしまった。

「どちらが、より絶対零度に近づけることが出来るか?」

 という勝負に引きずり込まれてしまい、その中で、横島はカミュを倒したのだ。しかも、横島はカミュの技のポーズまで模倣していた。だから、カミュにとって横島は、『短い戦いの間にカミュの技を盗み学んだ男』、つまり『ある意味カミュの弟子の一人』となったのだ。
 それ以来、カミュの弟子に会うたびに、弟弟子扱いされてしまう横島なのであった。


___________


(まるで弱いじゃないか......。
 本当にこの男が、我が師カミュを倒したというのか?)

 アイザックは、ジェネラルとなった今でも、カミュを敬愛している。そして、そのカミュが最新の弟子ヨコシマと戦って負けたという噂を耳にしていた。
 ポセイドンの海闘士(マリーナ)となった自分。
 アテナの聖闘士(セイント)である、師カミュと弟弟子の氷河。
 アフロディーテの美闘士(ワンダフル)であるらしいヨコシマ。
 道は違えど、それぞれ、理想と正義に燃えたクールな戦士だと考えていたのだ。しかし、いざ戦ってみると、そうとは思えないほど、横島は貧弱だった。

(これでは......役に立たない......)

 弟弟子の氷河とともにカミュのもとで修業していた頃、アイザックは、セイントを目指していた。ところが、氷河が個人的な事情で死にそうになり、彼を助ける際、アイザック自身が命を落としそうになる。そして、もう助からないという最後の瞬間、ポセイドンの意志によって救われたのだ。
 しかも、ポセイドンは、海の魔物クラーケンの形を通じて助けてくれた。
 クラーケン。それは伝説の魔物であると同時に、海の守り神でもある。海をいく船を丸呑みすると恐れられるクラーケンであるが、クラーケンが襲うのは悪人の船のみだ。勧善懲悪を地で行う、正義の魔物なのだ。
 だからクラーケンは、アイザックにとって憧れの存在でもあった。死の間際に神に助けられた上、その『クラーケン』の戦士として任じられたのだから、アイザックの感激もひとしおである。

(ポセイドン様を救わなければならないのに......!!)

 アイザックは、ポセイドンへの忠義が厚いだけではない。今回の戦いがポセイドン自身の意志で始められたものではないと気づいてもいた。
 まだポセイドンが半覚醒であることを利用し、巧みに操っているのが、海龍(シードラゴン)のカノンなのだ。
 もともと、アイザックはカノンと仲が良かった。カノンはゴールドセイント双子座(ジェミニ)のサガの弟であり、サガに何かあった場合には代わりにジェミニとして戦う定めを持った男。いわば、補欠セイントだったのだ。ただし、サガの代わりが出来るくらいなのだから、『補欠』とはいっても、並のセイントを遥かに超えた実力を持っている。
 そんなカノンも、アイザックとは異なる事情でポセイドンに助けられ、マリーナとなった。
 『もしかしたら本来のシードラゴンではないのかもしれない』と悩むカノンを励ましつつ、セイント関連出身同士ということで、アイザックは、彼と親交をあたためてきた。カノンがポセイドンの代理をすることすら、友として誇らしく思っていたのだが......。

(俺はカノンも助けなければならないのに......!!)

 親しいからこそ、アイザックには分かっていた。今のカノンは、何かに取り憑かれている!
 そして、コッソリ彼の様子を探っていたアイザックは、『カノン』の独り言から、その悪霊の名前まで知ってしまったのだ。
 しかし、実力者のカノンをも操る悪霊だ。とてもアイザック一人では、かなわないだろう。ジェネラル六人が結束すれば何とかなるだろうが、皆を説き伏せることができるかどうか?
 アイザックには、無理だと思った。

「アイザック? あいつ、セイントのなり損ないだろ?」
「......今でもセイントの師匠を慕ってるらしいぜ。
 あいつ、アテナのスパイなんじゃね?」

 雑兵の間にすら、そんな風評があるからだ。
 そして、一人で、もどかしい思いをしていた彼に、チャンスが訪れた。
 アフロディーテ軍が攻め込んでくるという。
 その中には、カミュ最新の弟子であり、かつ、カミュを倒した男も含まれているという。
 ならば、彼を通じてアフロディーテ軍と共闘すれば、カノンの『悪霊』にも勝てるかもしれない!

(だから我が身をもって
 ヨコシマの力を試しているというのに......)

 横島との対戦を希望したのも、彼をテストするためだった。
 しかし、結果は......。
 不合格である。

(もはや......
 混乱に乗じてカノンを討つ!
 それしか手はないか......)

 カノンを救うのではなく、『悪霊』ごとカノンを倒す。実力差は明白であるが、それでも、やるしかない。
 そう決意したアイザックだった。

(ならば......
 まずは、目の前のヨコシマにトドメをさす!)


___________


(こいつ......カミュより強いんじゃねえか?
 それとも......俺が弱くなったのか?)

 アイザックが少考している頃、横島も、考え込んでしまっていた。
 さきほどから、何度も『見よう見まねオーロラエクスキューション』を撃っている。カミュ最大の技オーロラエクスキューションと同じポーズからコッソリ『凍』文珠を投げつけるという、横島のオリジナル技だ。
 オーロラエクスキューションのポーズが文珠を隠し持つのに相応しく、また、カミュを知る者に対してはハッタリ効果もある。本家オーロラエクスキューションをも凌駕する、最強の凍気技のはずだった。
 しかし、それが、このアイザックには通用しないのだ。

(カミュには効いたのに......。
 あの時と今とで、何か違うのか......?)

 あれは、美神を助けるための戦い。
 今回は、おキヌを救うための戦い。
 二人とも、横島にとって大切な女性である。

(おキヌちゃん......)

 そのおキヌは、カミュと戦ったとき、横島のそばにいてくれた。恋人同伴で戦場に来たとカミュに誤解され、二人丸ごと氷の棺に閉じ込められたくらいだ。
 脱出後、文珠でおキヌを温めたが、寒さで少し思考が異常になったおキヌは、

「文珠なんかじゃなくて......
 やっぱり、ひとの温もりが欲しいんです......」

 と言い出したものだった。
 これが、横島にとって、カミュ戦の最大の思い出である。

(おキヌちゃんは......大事な女性なんだ......)

 もし他の女のコから同じことを言われていたら、横島は飛びかかってしまっていたであろう。しかし、おキヌが相手では、横島はセクハラできないのだ。

(だけど......)

 寒さにやられた影響が大きかったのだろうか、十二宮でのおキヌは、その後も少し言動がおかしかった。おかげで横島もブレーキが利かなくなってしまい、服の上からではあったが、彼女のチチ・シリ・フトモモを撫でたり揉んだりしてしまった。

(あれは暴走だったよな......ごめん。
 キスのほうは仕方なかったけどな......)

 そう、十二宮では、口移しで解毒薬を飲ませるシチュエーションもあった。おキヌの唇のやわらかさも味わってしまったのだ。

(あれが、おキヌちゃんのファーストキス......)

 おキヌは、自ら、そう言っていた。
 そして。
 もうひとつの『ファーストキス』。
 今度は、人命救助という言いわけも出来ない、本当のキス。
 ソロ邸でおキヌが誘拐された夜、その少し前に交わされた、甘い甘いキス。
 まるで恋人同士のようなキスだったが、しかし、おキヌと横島は、そんな関係ではないはずなのだ。

(おキヌちゃん......何を考えていたのか......)

 彼女の真意を知るためにも、彼女を助けないと......。

(......!?
 いや、違う!!)

 ここで、横島の中で、何かが燃え上がった!
 おキヌの気持ちを確かめるために、彼女を救出する。そんなシリアスな気持ちで戦っていたから、横島は弱かったのだ。
 今、彼の中で、より横島らしい感情が燃え上がった。

(そうだ、俺は......!!)

 おキヌを助け出すのは、彼女の気持ちを聞くためではない。それも理由の一つではあるが、もっと大切なのは......!!
 おキヌのチチ・シリ・フトモモの感触を、そして、やわらかい唇の感触を、再び堪能するためだ!
 さらに......!
 もしも、おキヌがその気であるならば、さすがに、もう遠慮する必要もない。
 その先も......!!
 最後まで......!!!

(うおーッ!! おキヌちゃんーッ!!)

 横島の妄想が、煩悩が、そして霊力が、ドンドン増大する!


___________


「さらば少年の日々!!
 お父さんお母さんっ、忠夫は男になります!!  
 おキヌちゃんをオンナにしますーッ!!

 横島が、突然、叫び始めた。

「何を言っている......!?
 言葉の意味はよく分からんが
 とにかく凄い霊力だ......!!」

 アイザックから見て、今の横島は、凄い自信に満ちあふれているようだった。

「煩悩全開『絶対零度』......!!」
「なにーっ!?
 技を発動させるポーズが違う!?」

 これまでの横島の凍気攻撃は、すべて、カミュのオーロラエクスキューションと同じポーズから放たれていた。
 しかし、今回は違う。
 横島は、ただ『凍』文珠を強く握りしめ、それを高々と掲げたのだ。
 天に向かって屹立する彼の手は、妄想の中の何かを象徴していたのかもしれない。
 そして、握り込んだ文珠の光が、横島のコブシ全体を包み込む。

「そうか......!?
 今までは借り物の拳で戦っていたのか。
 ......ようやく本気を出すというのだな!?
 ならば、こちらも最大の技で応じよう!!」

 さきほどまではテストのつもりだったから、アイザックも、必殺拳は使わないようにしていた。
 だが、もはや横島を殺してしまうことも決意した直後なのだ。それに、向こうが大技でくるならば、相応の技で対処しなければテストにもならないだろう。
 だから、アイザックも、渾身の技を発動させた。

「オーロラボレアリス!!」
「男になりますーッ!!」

 両者の技が激突する。
 『オトコになります』という気持ちで投げつけられた、煩悩全開の『凍』文珠。その凍気は、オーロラボレアリスの勢いを完全に包み込み、アイザックを直撃した。

「おまえの必殺技『オトコニナリマス』......
 たしかに見せてもらったぞ......。
 フフフ......熱い思いの『絶対零度』。
 ......おまえの勝ちだ!!」

 アイザックが倒れ込む。
 遠のく意識の中、アイザックは、横島に真実を告げようとするが......。

「ヨコシマ......。
 ポセイドン様を助けてくれ......。
 この戦いを影で操っているのは......
 おまえたちも知っている、あの......」

 と、肝心の名前を言う前に気絶してしまった。


___________


 どこかで柱が崩壊する音がする。
 柱の一つを目指して走っていたタマモは、それを耳にした。
 紛らわしかったが、彼女には分かった。今のは、立て続けに二本崩れた音だ。しかも、その一つは......。
 シロが戦っていた場所から聞こえてきた。

「......やればできるじゃない」

 心の中でシロを褒めたタマモ。
 実は、ジェネラルが二人ほぼ同時に倒されたため、柱破壊用武器運搬役の少年は大変だったようだが、そこまでタマモは知らない。
 そして、彼女は、南氷洋の柱に辿り着いた。

 くんくんっ。

 彼女の鋭敏な嗅覚は、ここで何が行われたのかを推測する。

「何を考えているの......!?
 こんな戦闘の最中に......!?」

 続いて、タマモは、敵が彼女に精神攻撃を仕掛けてきたことを感知した。

「あ! そういうことだったのね......」

 ここの柱を守るジェネラルは、リュムナデスのカーサである。強力な精神感応者であり、幻を見せることで敵を撃破する男だ。母親の幻影を見せて伊達雪之丞を倒し、淫らな幻覚を利用して西条・魔鈴めぐみ・唐巣神父・美智恵をやっつけている。
 ちなみに、カーサ自身が敵を陵辱するようなことは、まだ全くしていない。

「......面白いじゃないの。
 この私......妖狐と化かし合いをしようだなんて!」


___________


「ハアッ、ハアッ......。
 あんた......卑怯ね......」

 一番最初に走り出したはずの美神は、ようやく、目標だった柱に辿り着いていた。
 しかし、すでに走り疲れている。なにしろ、ここまで来るだけで大変だったのだ。
 『シードラゴンが相手する』と招待されたはずなのに、道は複雑。途中の分岐も多かったし、落とし穴や落石などのトラップまであった。そうした罠は、近道できそうな通路にこそ多く、途中からは、常に遠路を選ぶようにしたくらいだ。

「くっくっくっく......。
 そういう反則ワザは、君のお家芸だろう?
 自分がやられた感想はどうだったかね?」
「......!?
 あんた......私のことを知ってるみたいね......」

 美神は有名なGSだ。
 詳しく調査されていても不思議ではない。
 もちろん、個人的に美神を知っている可能性もあるが、美神のほうでは、シードラゴンのカノンに見覚えなんて......。

「あーっ!?
 あんた、十二宮のときのラスボスじゃないの!!」

 美神は、気がついた。カノンは、サンクチュアリで教皇に化けていた男ソックリなのだ。

「えーっと、なんて名前だったっけ......?
 老師のとこで遊んだゲームに、
 似たような名前のものがあったと思うんだけど......。
 ノコギリか何かが最強武器なやつ......」
「サガ......だな?」
「そう! サガ!
 あんた......そのサガの双子ね!?」

 目の前のカノンは『サガ』その者ではない。
 霊能力者特有の勘で、美神は、そう察したのだった。

「......さすが美神令子。
 そこまで一目で見抜くとは......」

 カノンは、手で空間に大きな三角形を描き始める。

(......まずい!
 これは......なんかすごい技が来る!!
 ......防御しなきゃ!!)

 美神の背筋を、嫌な予感が駆け抜けた。
 身を守ろうとする彼女の意志に応じて、背負っていた小さなリュックから何かが飛び出す。

「ほう......!?
 似合わぬリュックをしょっていると思ったら、
 そういうことか......」
「うるさいわね!
 言われなくてもわかってんのよ!」

 カノンは、面白そうにつぶやき、手の動きを止めた。
 美神だって、背中のリュックが今のボディコン姿にはコーディネートされていないと承知している。しかし、これが横島から渡された『女性用クロスボックス』だったのだ。
 ファッションを犠牲にしてまで運んできたクロスは、美の女神アフロディーテをイメージした物。金色に輝く小さな美人像であるが、顔は美神を模しているようにも見える。

「我が名は美神! 私の体を覆え! わがクロスよ!!」
「おいおい。それ、悪役のセリフ......」

 カノンのツッコミもものともせず、美の女神のクロスは、微細な丸いパーツに分解して、美神の体にはり付いていく。

 ちゃりーん。ちゃりーん。ちゃりーん......。

「装着音が少し気になるけど......。まあ、いいわ」
「それより......いいのか、それで?」

 カノンが技の発動をキャンセルしてまで美神にクロスをまとわせたのは、何も、正々堂々とした勝負を望んだからではない。新奇なクロスに興味があっただけだ。カノンにとって......いや『カノン』を支配する『悪霊』にとって、クロスとは、コスモつまり霊力を利用した鎧だ。彼は、そうした霊的装備には関心があったのだ。
 しかし、実際に出てきたクロスは、彼を落胆させた。それは、美神の服がある部分のみをカバーしているのだ。もともとボディコンスタイルで露出が多いファッションなのだから、これでは、たいした防御能力もなさそうだ。

「期待はずれだな......」
「......えっ!?」

 つぶやく『カノン』とは対照的に、美神は驚いていた。
 美神の服を100%カバーしたクロスは、衣類の布地と一体化していくのだ。

「ちょっと......何!?
 気持ち悪いじゃないの......!!」
「......!?」

 クロスの内側で起こっていることだけに、『カノン』には、この過程は見えていない。美神だけが、クロスが肌に直接触れる不快感にとらわれていた。

(横島クンのアイデアなの......!?
 でも......なんで!?)

 本当に嫌な感覚なのだ。

(これじゃあ......横島クンに
 セクハラされてるほうがマシだわ!!)

 つい、美神は、横島に体を触れられる感触とくらべてしまった。そして、美神がそれを頭に思い浮かべたことが、クロスの最終変化を引き起こす!

 スーッ。

 何かが消えていくような音とともに......。
 クロスが透明になったのだ!
 すでにクロスは美神の衣類を下着まで吸収した後なので、これでは、美神の裸体が丸見えだ!!

「な、なに考えてんの、あのバカ!!
 私は『裸の王さま』じゃないのよ!?
 これじゃ戦えないじゃないの......!!」

 美神は、両手で自分の体を抱きかかえて、その場に座り込んでしまった。
 もちろん、この機能は、ムウではなく横島のアイデアである。
 美神が横島のセクハラを肯定的に思い描いたら、美神が着ているものが透明になってしまう。つまり、これは『横島のセクハラを受け入れる心理状態になると、美神は裸になる』というシロモノだ。

「......敵を惑わすには効果的っスよ?
 ムウさんだって、目の前で美人のネーチャンが
 いきなりヌードになったら、少しは動揺しますよね!?」

 と、横島はムウを説き伏せ、こんなシステムを加えたのだった。横島としても、冗談半分でつけてもらった機能である。発動条件が厳しいだけに、そう簡単に作動するとは思っていなかった。

「『裸の王さま』......!?
 そういうことか......。
 今、君は裸なのかね?」
「......え?」

 美神の言葉を耳にした『カノン』は、何かを推測する。
 カノンの発言から、美神も、『彼には裸として見えてはいない』と理解した。

「ふむ......。
 高レベルの霊能力者には裸に見える......。
 そういうことかな?
 ならば、このカノン本人の目にも、
 君のナイスバディが見えているのかな?
 ......少しうらやましいな。
 なるほど、横島忠夫......彼らしいアイデアだ!」

 『カノン』は、このクロスの能力を正しく推理してみせた。
 そして、美神も悟った。目の前の『カノン』が、カノン本人ではないことを。

「......あんた......誰!?」


___________


「冗談じゃねーぞ......!!」

 横島は、北大西洋の柱を目指して走っていた。
 全力で疾走しながらも、頭の中で、聞いたばかりの話を思い返す。

 アイザックを撃破し、北氷洋の柱も折った彼は、アイザックを文珠で治療した。最後の言葉が気になったからだ。
 そして、この戦いの背後にいる存在......カノンに取り憑いた『悪霊』の名前を聞いて愕然とする。

「あいつが......黒幕かよ......!!」

 しかも、アイザックは、本来のカノンの強さまで語ったのだ。
 兄サガと同様、強力な技の数々を使えるカノン。オリジナル技だけではない。ジェミニのセイントとして戦う日のために、兄サガの技は全てマスターしていたという。ギャラクシアンエクスプロージョン、アナザーディメンション、幻朧魔皇拳......。
 横島は、十二宮の戦いにおいて、チューブラー・ベルに憑依されたサガと戦ったことがある。実際には、恐るべき乱入者が現れたため、彼とは直接拳を交わしてはいない。しかし、チューブラー・ベルの話で、サガが強力な精神感応能力をもつことは知っていた。
 だから......。

「あいつが......精神感応技を使えるってことだろう!?
 で、今この瞬間、美神さんと戦ってる......!!」

 アイザックも不思議がっていた。カノンが、なぜチンケな『悪霊』に取り憑かれてしまったのか。その『悪霊』が、なぜ、カノンを完全に支配できるのか。
 もしかすると、さらに背後に別の黒幕がいるのかもしれない。
 アイザックは、そこまで想像していた。
 しかし、そうしたウラ事情は、現在の横島にとっては、どうでもいいのだ。
 おそらく、この戦いが終わるまでには、全貌も明らかになるだろう。
 今、大事なのは......。

「あいつは、俺たち三人を恨んでるに違いない。
 俺たちのせいで死んじまったって思ってるんだ。
 ちくしょう......!!
 おキヌちゃんの水責めだって......
 きっと......おキヌちゃんを虐め殺すつもりなんだ!!」

 だが、今は美神のことが心配だ。たとえ、この戦い終了後おキヌとヤるとしても、それでも、美神が大切な仲間であることに変わりはないからだ。
 おキヌも助けねばならないが、このままでは、美神もピンチなのだ。
 こうなったらもう反則ワザの同期合体でも何でも使って、サッサと倒すしかない!

「まにあってくれ......!!
 美神さん......!!」


(第九話に続く)

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第九話 ポセイドン編(その四)へ進む



____
第九話 ポセイドン編(その四)

「まにあってくれ......!!
 美神さん......!!」

 横島は、美神が戦っているはずの場所、つまり、北大西洋の柱を目指して走っていた。
 ここは、海の底に用意された特殊な空間。海皇ポセイドンによって作られた、海底神殿と呼ばれるエリアである。
 魔神アシュタロス亡き時代、神々同士の諍いまで、神魔のパワーバランス補正に利用されるようになった。そのうちの一つが、アテナとポセイドンの争いだ。おキヌが誘拐されるという形で巻き込まれた美神たちは、彼女を救うために、ここ海底神殿に乗り込んだ。

『おキヌは、ポセイドンの妃となることを拒み、メインブレドウィナと呼ばれる大きな柱の中で水責めにあっている。他の七本の柱を破壊しなければ、これを開けることは出来ない』

 そう聞かされた美神たちは、すでに、七つのうちの四本まで倒壊させることに成功。しかし、戦いの中で、横島は、隠れた真相の一端を知ってしまったのだ。

「あいつが......黒幕かよ......!!」

 この一件は、ポセイドンの意志によるものではない。海将軍(ジェネラル)筆頭のカノンが『悪霊』に取り憑かれ、ポセイドンの代理として全てを動かしてきたのだ。しかも、その『悪霊』は、美神・横島・おキヌを恨んでいるであろう存在だ。

「もう、柱を一本ずつ壊してる場合じゃねー!!
 あいつをやっつけるのが先だ......!!」

 そんな横島の気持ちとは裏腹に、残った三本の柱では、まだバトルが続いている。
 例えば、南大西洋の柱では、相性の悪い敵を相手にして、ピートが苦戦しているのだった......。




    第九話 ポセイドン編(その四)




 美形のピートがうずくまり、その周囲には、妖精の幻が飛び回っている。
 ピートと対する海魔女(セイレーン)のソレントも、これまた美形。女顔といってもいいくらいだ。しかも、彼は、優雅に笛を吹いている。
 なかなか絵になる光景かもしれないが、見た目の華麗さとは裏腹に、ピートは大きなダメージを食らっていた。

(この男が......
 美神さんたちが言っていた笛浮きオトコ......)

 美神除霊事務所のメンバーは、一度ソレントと戦っている。その話は聞いていたピートであるが、実際戦ってみると、想像していた以上の強さだった。

(カラオケ対決で負けるような魔物を
 モチーフにしているくせに......)

 ピートたちは、本物の『セイレーン』を倒したこともあった。だが、それと比べても、このソレントは遥かに強いのだ。

(もう......からだを霧にできない......!!)

 笛の音が、ピートの意識をドンドン奪っていく。戦いの序盤では霧化も出来たが、それも効果なかった。なにしろ、姿を消そうが死角に回りこもうが、奇襲の前に攻撃を受けてしまう。敵が『音』を武器にしている以上、かわしようがないのだ。耳をふさいでも聞こえてくるような『音』なだけに、霧になっても聞こえてきたのだった。

「私の笛の音は......君には特に辛いだろうな......」

 あいかわらずソレントは、笛を吹きながら喋るという器用なマネをしている。
 そして、この笛の音攻撃『デッドエンドシンフォニー』の説明までしてみせた。この音は、清らかな人間には安らぎを、邪悪な者には死を与えるのだという。

「『清らかな人間には安らぎを』......?
 お......おかしいじゃないか......」

 薄れゆく意識の中、ピートは疑問を口にしてしまう。
 ソロ邸でのバトルの話は聞いている。ソレントと美神たちが戦ったとき、ソレントの味方も含めて、その場の全てが苦しんだそうだ。
 彼らは、なぜ邪悪扱いされたのだろうか。
 まず、シロとタマモ。二人は『妖怪』ということで、自動的に『邪悪』とみなされたのかもしれない。
 横島忠夫。女性に対するスケベ心が酷すぎて、『邪(よこしま)』と判断されたのかもしれない。
 美神令子。わるいひとではないのだが、ユニコーンには、守銭奴・自己中心的・性悪とも分析された性格だ。『清らかな人間』とは言えない部分もあるかもしれない。
 しかし、おキヌはどうなのだ? 天然ボケ・年寄りくさい趣味・カマトト・色気いまいち(by 前出のユニコーン)ではあるが、それでも『清らかな人間』の範疇に入るはずだが......?

「『清らかな人間には安らぎを』は......
 ......まあ枕詞みたいなものだ、忘れてくれ。
 だが『邪悪な者には死を与える』は本当だぞ!!」
「うわーっ!?」

 笛の音が強くなった。どうやらピートは、突っ込んではいけないところを突っ込んでしまったらしい。

「さきほど君は霧になってみせたが......
 君はバンパイアなのだろう......?」
「バ......バンパイア・ハーフだ......。
 母親は......人間だ......」

 父親と一緒にして欲しくない。そんな気持ちから、つい反論するピート。

「そうか......。
 だが、同じことだ。
 純正のバンパイアであれ、ハーフであれ、
 『邪悪』であることに変わりはない......」

 ピートから返事はなかった。すでに意識を失っているのかもしれない。

「......もはや聞こえていないのかな?」

 それでもソレントは、笛を止めずに、話も続ける。

「聞こえていたら君の血筋の不幸を恨むがいい。
 君は良い戦士なのかもしれないが、
 君の父親がいけないのだよ......。
 バンパイアハーフでなければ
 もう少し戦えていただろう......。
 『父親のことは忘れろ、そうすればおまえは強くなる』
 と言ってやりたいところだが......
 忘れようが忘れまいが、
 君が闇の一族の血を引いていることに変わりはない!!」

 そしてソレントは、デッドエンドシンフォニーをクライマックスへと昇華させようとしたが......。

「......!?」

 突然、演奏の手を止めてしまう。彼の笛を邪魔するかのように、遠くから歌(?)が聞こえてきたのだ。
 その歌声の主は......!


___________


「虎よ! 虎よ!
 ぬばたまの夜の森に燦爛と燃えて!!
 そも、いかなる不死の手、はたは眼の造りしか、
 汝がゆゆしき均整を......!!
 我が命により封印を開き、再び目覚めるがいい!!
 虎よ!! 虎よ!!」

 その歌(?)が何かの合図であったかのように、突然、周囲の光景が変わった。
 辺り一帯が暑苦しい草木に覆われたジャングルだ。密林という言葉が相応しい光景である。

「......こ、これは!?」

 動揺するソレントとは対照的に、ピートは事態を理解した。

(これはタイガーの作った幻!
 ならば、さっきの歌声も......。
 ......あとは頼みます!!)

 しかし、願いを託して、完全に失神してしまう。

「よくも私のピートを虐めてくれたわね......」

 木々の間から、一人の女性GSが現れた。
 小笠原エミである。
 彼女も笛を口にしていた。

「おたく、タダでは済まないワケ!!」
「笛でもって笛を制する気か!?
 ......そうはさせん!!」

 エミが笛を吹き始め、ソレントも中断していた演奏を再開しようとする。だが、

「......なにーっ!?」

 いつのまにか、ソレントが手にしていた笛は、小さなトカゲに変化していた。
 さらに、

「......笛だけじゃないワケ!!」

 エミの言葉とともに、ソレントの鱗衣(スケイル)まで、ウジャウジャした蛇の群れに変わってしまった。

(......おかしい)

 衝撃を受けながらも、ソレントは冷静に対処しようと努力する。
 おぞましい気持ちに耐えながら、蛇と化した鎧を脱ぐことも、笛だったものを手放すこともしない。

(笛はともかく......スケイルは、やりすぎだな)

 集中したソレントは、この場に、もう一人敵がいることを察知していた。姿は見えぬが、コスモ......霊力を完全に隠しきれていないのだ。
 だから、笛の変化の件は、伏兵によって瞬時にすり替えられたのだと考えることも出来る。しかし、敵に脱がされるようなスケイルではないはずだ。

(外見も感触も違うが......
 私がまだスケイルを着ていることは間違いない!)

 ソレントは、これは幻術なのだと見抜いた。
 同僚の海将軍(ジェネラル)の一人、リュムナデスのカーサは、やはり敵を幻惑させる能力を持つ。アフロディーテ配下の美闘士(ワンダフル)に、同様の者がいてもおかしくはない。ソレントは、そう考えたのだった。

(ならば......このトカゲも笛のはず!)

 ソレントが、手の中のトカゲを凝視した時。
 背中に殺気を感じて、彼は振り返る。何かが突撃してきたのだ!
 とっさに『トカゲ』で迎撃したが、ソレントも弾き飛ばされてしまった。敵を叩いた手応えはあったが、ダメージは大きくないだろう。

(そうか......)

 目の前の女ではなく、見えない伏兵のほうが物理攻撃の担当らしい。しかし、どちらがこの幻を作り出しているのかは分からない。

「君たちの戦法はわかったよ。
 幻術の主は不明だが、二人まとめて倒せばいい!!」
「お、おたく......!?
 美形のくせに、そんな気持ち悪いことを......!?」

 ソレントが『トカゲ』に口をつける。そして......。

「......デッドエンドシンフォニー!!」
「きゃーっ!?」


___________


(まずいワケ......
 こんなに早くネタが割れるなんて......)

 エミの頭の中では、死のメロディーが響き渡っている。
 その苦痛で膝をついてしまうエミだったが、それでも笛を吹く。
 ソロ邸でのバトルの詳細を聞いているからだ。
 しかし......。
 あの時、おキヌがソレントの笛に対抗できたのは、ネクロマンサーの笛という特殊なシロモノであるが故か?
 あるいは、エミの笛でも通用するのか? エミだって霊能力者であり、この笛にも、タイガーをコントロールする程度の特殊性はあるのだが......。

 ピルルルルッ!!

 前者だった。
 エミが笛を吹いても、ソレントのデッドエンドシンフォニーは、弱まらない。それどころか、

「エミさん......!!
 笛を......笛を早く......!!
 わっしは......わっしはもう!!」

 ソレントの笛の音に干渉されて、エミ笛がタイガーに効かなくなっていた。
 タイガーは単独でも精神感応能力を発揮できるが、やはり、大規模な幻覚にはエミの笛が必要なのだ。南極での戦いが、良い例である。対パピリオ戦では『幻覚』は使わなかったのでエミはエミで別のことが出来たが、南極へ行く途中のバトルでは、エミの笛の助けを借りている。

(まずい......!!
 このままではタイガーが暴走するワケ!!)

 タイガーは、限界を超えると、理性で抑えている獣性が目覚めてしまう。オンナ好きのケダモノと化してしまうのだ。
 このタイガーの異常性を封印し、制御できるようにしたのはエミである。コントロールには笛の音を利用していたから、『プロフェッサー・エミ』と秘かに自称して悦に入ることもあったが、今は、そんな余裕もなかった。

(この場にいるオンナって......私だけじゃないの!!)

 しかもエミは、ソレントの笛でやられて、意識も消えそうな状態なのだ。ここで襲われたら、防ぎようがない。SOSを歌い出したいくらいの、乙女のピンチである。

(助けて......!!)

 倒れているピートに目を向けるが、彼は完全に気絶しているようだ。
 そして、エミの願いも空しく、

「うへ......うへへ......
 うえへへへ......!!
 女!! 美人のねーちゃん......!!」

 タイガーが理性を失った。


___________


「おんなあああああああっ!!」

 白虎の姿をした大男が、イッちゃった目付きとセリフで......。
 ソレントに迫る!!

「......どういうことだ!?」

 ソレントには理解できなかった。
 デッドエンドシンフォニーで、敵の女は苦しみ始めた。隠れていたほうも姿を現し、苦痛に顔を歪めていた。それが、なぜ突然、こんな表情で自分に向かってくるのだろうか。
 一瞬の動揺が、ソレントの隙になってしまう。

「げへへへへ......」
「うわーっ!? やめろーっ!!
 そんな趣味はないぞーっ!!」

 いつのまにかソレントは、背後に回りこまれたタイガーに、押し倒されていたのだ。
 うつぶせに組み伏せられて手足をバタバタしているソレントは、もうデッドエンドシンフォニーを続けることも出来ない。
 死のメロディーから解放されたエミが、勝者の微笑みを浮かべて、ソレントに歩み寄った。

「おたくの血筋の不幸を恨むがいいワケ。
 ......おたくは強かったけど、
 おたくの父親だか母親だかが悪いワケ」
「......どういうことだーッ!?」

 どこかで聞いたようなセリフを言われて、絶叫するソレント。

「おたくが美形なのは、両親からの遺伝でしょう!?
 ......おたくの敗因は、
 女と間違えられるほどの顔立ちだったワケ!!」

 そう、タイガーは、ソレントを女性と間違えて襲っているのだ。
 近くに本物の美女であるはずのエミがいるのだが、彼女に向かわずにソレントに走ってしまったのは......。タイガーにも服従遺伝子のようなものが刷り込まれているのかもしれない。GSの師弟関係とはそういうものなのだろう。

「女じゃないぞーっ!!」

 ソレントの叫びとともに、ガチャガチャという音も聞こえる。タイガーが、力づくでソレントのスケイルを脱がそうとしているのだ。ソレントの何かがピンチである。

「......わかってるワケ。
 それに、私もそんなもの見る趣味ないから......。
 タイガーごと倒してあげるワケ!!
 ......霊体撃滅波!!」

 エミの体から放射された光を浴び、タイガーもソレントも気絶した......かと思いきや。

「よくも......コケにしてくれたな......」
「あれ......!?
 おたく......意外としぶといワケ!?
 タイガーまで倒れてんのに!?」

 ソレントがゆらりと立ち上がり、笛を構えた。
 距離をとっても仕方がないのに、エミは、気おされたかのように後ずさりしてしまう。

「今度こそ死んでもらおう。
 デッドエンド......」
「ちょっと待ったーっ!!」

 子供の声が、ソレントを制止する。
 エミが振り返ると、いつのまにか、貴鬼(きき)が近くまで来ていた。
 彼はアテナからの武器を運搬する係であり、今も、クロスボックスを背負っている。さらに、傷ついた一人のジェネラルに肩を貸していた。

「アイザック......!?」
「ソレント......聞いて欲しい話がある」


___________


「どういうワケ......!?」
「オイラにもよくわかんないんだけど......」

 話し込む二人のジェネラルから少し離れて、エミと貴鬼も、座って言葉を交わしていた。
 ちなみに、ピートもタイガーも気絶したままだが、タイガーは地面に倒れ込んだままで、ピートの頭はエミの膝の上にある。

「オイラ、ヨコシマに頼まれたんだよ」

 横島がアイザックを倒したのを察して、柱を破壊するための武器を届けた貴鬼。そこで彼は、横島から『伝』文珠とアイザックを託される。

「これがあれば、他のジェネラルを説得できるからな!!」

 そして、横島自身は、美神救出に向かったのだ。

「......令子を救出!?」
「うん、オネーチャンが相手にしてるのは
 かなりヤバイやつなんだって。
 今回のポセイドン騒動の黒幕らしいよ!」
「黒幕......!?」

 貴鬼は貴鬼で、ここへ来るまでに、アイザックから簡単に話を聞いていた。
 『悪霊』に取り憑かれてしまったカノンが、ポセイドンの代理という立場を利用して、全てを画策してきたこと。
 真実を知っているのは、おそらくアイザック一人であること。
 しかしアイザックは、聖闘士(セイント)候補出身であり皆に信用されていないから、一人では他のジェネラルの説得もできないこと。
 そうした情報を、貴鬼は、今、エミに伝えた。

「なるほど......そこで文珠なワケ」
「......で、文珠ってなんなの!?」

 文珠の概念を子供に説くのも面倒なので、エミは、とりあえず現状の具体例だけを説明する。

「『伝』って字の文珠なら、
 思ってることが嘘偽りなく伝わるワケ」
「......ホント!? そりゃあスゲーや!!」

 横島が何をイメージして『伝』文珠を作り上げたか、正確には分からない。しかし、この推測は間違っていないだろうとエミは思っていた。
 そして、二人がジェネラルたちに目を向けると、ちょうど文珠が輝き、ソレントが真実を知るところだった。


___________


「......カノンが!?」

 驚愕するソレントだが、事実とともに伝わってきたアイザックの想いまで考えると、とても否定することは出来なかった。
 それに、言われてみれば、最近のカノンの言動には不審な点もあったのだ。

「......信じてくれるか!?」
「ああ。
 そして......
 こうして真実を知ったからには......」
「なにっ!?」

 ソレントは、拳を、アイザックの顔面に叩き付けた。
 弾き飛ばされたアイザックに、ソレントの叫び声が追い打ちをかける。

「......なぜ、もっと早く言ってくれなかったのだ!?
 『信用されていない』......!?
 『スパイ扱いされている』......!?
 ......そんなもの愚かな雑兵のみだ!!
 私たちジェネラルは雑兵とは違う!!
 おまえの実力も忠誠心も、ちゃんと認めていたぞ!?」
「......すまなかった、ソレント。
 俺のほうこそ......
 おまえたちを信用してなかったのだな」
「アイザック......!!」
「ソレント......!!」

 熱い涙に頬を濡らしながら、漢(おとこ)らしくガシッと拳を握り合う二人。
 バックに砂浜や夕陽の幻影が見えたり、『青春よね』という幻聴が聞こえたりするような光景だ。
 呆れながら二人を眺めるエミに対して、

「ソレントって人はよく知らないけど......
 アイザックは、もともと『熱い』一門の出身だからね。
 ......ソレントにも伝染したのかも」

 貴鬼は、キチンと解説するのであった。


___________


「もはや、柱を壊す必要もなかろう」

 ポセイドンに直訴してメインブレドウィナを開けてもらおう。
 それが、ソレントの提案だった。
 海底神殿の空とも呼べる海は、メインブレドウィナと七つの柱に支えられている。これ以上破壊されることは、ジェネラルとしては、回避したかったのだ。

「......それで救出できるなら、それでもいいワケ」

 エミがここへ来たのは、おキヌを助けるためだ。柱を保ったままでも彼女を救えるのであれば、無益に海底神殿を崩壊させる必要もなかった。

「ヨコシマは......!?」

 一行がポセイドンのもとへ直行するという雰囲気になり、ここで、貴鬼が心配そうに口を挟む。
 そんな貴鬼の頭を、エミがポンと撫でた。

「......心配しなくていいワケ」
「横島さんなら大丈夫ですよ」
「そうですケン」

 すでに回復しているピートとタイガーも、エミを支持する。三人とも分かっているのだ。
 美神と横島が二人揃えば、反則ワザの同期合体が使えるということを。
 今回その使用は神族に止められたらしいが、美神ならば、それこそ反則上等で使うであろうということを。

「......さあ、行くぞ!!」

 ソレントに促されて、一同は、ポセイドンの居場所を目指す。
 こうして、ジェネラルとGSたちが部分的に和解し、事態も収拾に向かい始めたのだが......。
 同じ頃、南氷洋の柱では、海の魔物と狐との化かし合いが行われていた。


___________


 南氷洋の柱にタマモが辿り着いた時、そこには、横島が一人、倒れていた。

「......横島!! しっかりしなさい!!」
「あ......タマモか......」

 タマモに抱き起こされ、閉じていた目を開ける横島。しかし、瞼も重そうで、声も弱々しい。腹に致命的な一撃を受けたようで、そこから血が溢れ出している。出血が止まる気配も、全くなかった。

「そうか......タマモか......。
 俺......タマモの胸の中で死ぬのか......」
「ちょっと......!?
 縁起でもないこと言わないでよ!!」

 しかし、タマモにも分かる。横島は、もう霊力を失って、霊基構造が壊れ始めているのだ。しかも、連鎖反応を起しているようだった。

「タマモ......俺の代わりに......
 ここの柱......折ってくれ......。
 もうジェネラルは......やっつけたから......」
「喋っちゃダメ......!!
 そんなエネルギーの無駄使いするくらいなら、
 なんとか文珠出して......。
 うっ......うっ......」

 横島の霊力さえ万全なら、文珠で治療できるはずなのだ。それを言いかけたタマモだが、涙で言葉が詰まってしまう。
 そして......。
 横島の手がダランと垂れた。

「横島......!?
 ヨコシマーッ!!」

 タマモは、泣き叫びながらも、横島の状態を再チェックする。
 まだ完全に死んだわけではない。まだ間に合う。

「目をあけて、ヨコシマ!!
 霊力を上げるのよ!!
 魂が......
 霊力がなくなったら生命も消えちゃう!!」

 しかし、横島は反応してくれなかった。

(こいつの霊力を無理矢理にでも高めるためには......)

 横島の霊的エネルギーの源は、スケベ心だ。
 だから、タマモは、人工呼吸の代わりにブチューッと濃厚なディープキスをする。
 さらに、心臓マッサージとは逆に、横島の手を自分の胸にあてる。自分の手を重ねて、彼の手で自分の胸を揉む形にしたのだ。

(お願い......!!
 これで少しでも......霊力を......!!)

 転生前の記憶が戻っていないタマモには、これが『スケベ心』を刺激するための精一杯だった。
 そうやって、エセ人工呼吸と逆心臓マッサージを続けるうちに......。

「......タ......タマモ!?」

 横島が意識を取り戻した。

「ヨコシマ......!
 気がついたのね!!」
「......ん!?
 タマモ......!?
 おまえ何やってんだ!?」

 彼の唇から離れたタマモだったが、まだ、胸は揉ませた状態だ。横島が手を引こうとするが、タマモは、両手でそれを妨げる。

「ヨコシマの霊力を高めるためよ。
 ......ちゃんと効果あって良かったわ」
「いっ!?」
「もう『俺はロリじゃない』なんて言わせないわよ?
 ......って、そんなことはいいから、早く文珠で治療を!」
「お、おう......」

 右手をタマモの胸に重ねたまま、横島は、左手で『治』文珠を出した。それを腹部で発動させると、傷口がみるみる塞がっていく。

「サンキュー、タマモ。
 おかげで助かったよ」
「......ふふ」

 死にかけていたのが嘘のように、あっけらかんと礼を言う横島。これはこれでヨコシマらしいと思い、タマモは微笑みを返す。

「ところで......」
「......なーに、ヨコシマ?」
「いつまで、こうしてるつもりなんだ?」

 横島の右手は、まだタマモの胸の上なのだ。それも、タマモが両手で押さえつける形になっているから、横島の意志では放せなかった。
 ただし、彼の手が自然に動き、若い乳を堪能しているのは、これは横島の意志である。

「......満足するまで」
「......は?」

 タマモの言葉が予想外なため、横島は、間抜けな表情で聞き返してしまった。
 そして、あらためてタマモを見つめる。
 タマモの頬は赤らんでいた。しかし、それは羞恥心の赤さというより、むしろ、気持ちが高揚した女性の見せる肌の色だった。

「好きなオトコが......目の前で死にそうだったの。
 助けるためには、スキンシップが必要だったの。
 でも、そのうち、私の方が、なんだか......」
「お......おい......!?」
「お願い......抱いて......。
 『初めて』だけ、この姿で抱いてくれたら、
 二回目からは......
 ヨコシマの好きな姿に変身してあげるから!」


___________


「バッカみたい......」

 タマモの視線の先には、柱に抱きついて下半身を擦り付けている男がいた。その柱を守るべきジェネラル、リュムナデスのカーサである。

「横島を『ヨコシマ』なんて呼ぶ私は、
 私じゃないのよ......」

 カーサが精神感応の触手を延ばしてきたのを察して、タマモは、まず、自分自身の心の中に幻を作り上げたのだった。
 それは『タマモは横島に惚れている』という幻である。
 見事トラップに引っ掛ったリュムナデスは、『横島に惚れているタマモ』向けの幻影をセッティングした。
 瀕死の横島を救うため、彼の霊力をアップさせようとしたタマモが、ちょっとエッチなスキンシップを試みる。そして、目の前で想い人が復活した喜びに加え、肉体的接触でオンナの本能が刺激されたことで、タマモは、横島に体を提供する......。
 これが、カーサの作ったストーリーである。もちろん、この『ストーリー』の中で『横島』役を演じるのは、カーサ自身だった。しかし、

「幻術で妖狐に勝てるわけないじゃない......」

 カーサが描いた筋書きを利用したのは、タマモのほうだった。カーサは、自分が横島に化けてタマモの相手をしているつもりでいたが、それも全てタマモの幻術の中。
 カーサが相手していたのは、実はタマモではなく、最初から、柱だったのだ。
 まさか自分が幻を見せられているとは思わず、カーサは、柱を相手に何度も何度もイッていた。カーサの意識では、柱は、柱ではなくて『変化能力を駆使して様々な美女に化けてくれるタマモちゃん』なのだから。

「......あ。打ち止めみたいね」

 タマモが冷ややかな視線を向ける中。
 ついに何も出なくなったカーサが、白目をむいて泡を吹き、その場に倒れ込んだ。

「......さて。
 これで、この柱の守護者はやっつけたとして......」

 彼女は、いまだ気絶したままのGSたちを眺めた。
 伊達雪之丞、西条、魔鈴めぐみ、唐巣神父、美神美智恵......。
 カーサの幻で倒された者たちだ。タマモが来た時には裸だった者もいるが、すでに服は着せてある。

「......柱は、あんたたちに任せるわ」

 やられてばかりではメンツも立たないだろう。そう思って、タマモは、柱の破壊そのものは、彼らの仕事として残した。
 もちろん、おキヌのことを思えば、一刻も早く柱を折るべきなのだが......。

「そうだわ......!!
 ちまちま柱を追って回るよりも......!!」

 ポセイドンがおキヌを閉じこめた以上、ポセイドンならメインブレドウィナを開けられるんじゃないだろうか。

「......ポセイドンを倒しちゃえばいいのね!!
 ポセイドンっていっても、しょせん神さまなんだし」

 人間社会の常識を美神除霊事務所で学んでいるタマモにとって、神さまは、『しょせん神さま』でしかない。
 タマモは、ちょっとしたみやげを残して、その場をあとにした。


___________


「......くっ!」

 傷の痛みが、雪之丞の目を覚まさせる。

「俺としたことが......」

 もはや、何をされたのか明白だった。母親に化けた敵から、強烈な一撃を食らったのだ。
 周囲を見渡してみると、近くに四人の仲間が倒れている。彼らも、同じように騙し討ちを受けたのだろう。
 雪之丞は、そう判断した。妖狐タマモとは違い、雪之丞の嗅覚では、真相を推測することは出来なかったのだ。

「まだまだ甘い俺を叱るために
 ママが来てくれたんだ......。
 ......そう思うことにしよう」

 ヨロヨロと立ち上がった雪之丞は、半ば自棄気味に自嘲する。そして、柱のもとに見知らぬ男が横たわっていることに気が付いた。
 完全に気絶した男は、見たことがない鎧に包まれていた。きっと、こいつが、この柱を守る卑劣なジェネラルなのだろう。だが、すでに誰かが天誅を下した後のようだ。
 そう考えながら歩き出した雪之丞は、

「......ん?」

 何かに躓きそうになる。
 それは、大きな葉っぱで包まれた雑草の束だ。上に、一枚のメモがのっており、

『せんじてのめ。きず薬だ』

 とだけ、書かれていた。


___________


「ふむ......。
 高レベルの霊能力者には裸に見える......。
 そういうことかな?
 ならば、このカノン本人の目にも、
 君のナイスバディが見えているのかな?
 ......少しうらやましいな。
 なるほど、横島忠夫......彼らしいアイデアだ!」
「......あんた......誰!?」

 他の柱での戦いが終結に向かっていた頃。北大西洋の柱では、まだ、美神がカノンと対峙していた。
 クロスの能力のせいで外見は裸となった美神だが、カノンの発言から、『彼には裸として見えてはいない』と分かっている。だから、堂々と立ち上がり、毅然とした態度で問いかけるのだった。

「私のことだけじゃなくて......
 横島クンのことも......よく知ってるみたいね?」

 美神は既に、目の前の『カノン』がカノン本人ではないと理解していた。これらの質問も、『カノン』を操る何かに対してのものだ。

「横島クンは、私ほど有名なGSじゃないのよ。
 もちろん調べれば彼の実力もわかるだろうけど、
 あんたの口ぶりは、
 個人的に知っている感じだわ......」
「ああ、よく知ってるさ。
 おまえたち三人と関わらなければ、
 今頃、こんなところで悪霊などやっていないからな」
「悪霊......!?」

 ようやく答え始めた『カノン』だが、彼の返事は、美神を混乱させる。

「......一つ聞くけど、
 あんた、生前は人間だったのよね?
「当たり前だ」

 美神は考える。
 『おまえたち三人』と言うからには美神・横島・おキヌのことだろう。三人が関与した事件で、魔族は数多く倒してきたが、さすがに人殺しはしていないのだ。
 では、この『悪霊』の正体は......!?


___________


 『悪霊』は語り出す。

「美神令子......。
 洋の東西をとわず
 あらゆるオカルトアイテムを使いこなし、
 高額の報酬とひきかえなら
 どんな強敵とも戦う辣腕ゴーストスイーパー。
 横島忠夫。
 美神除霊事務所の見習いGS。
 スケベでバカだが霊力は高く
 霊的パワーを『文珠』という玉にこめて
 状況に応じて使いわけることができる。
 氷室キヌ。
 300年間幽霊としてすごしてきたが、
 ある事件が元で蘇生。
 ネクロマンサーの笛で、
 霊をコントロールする能力があり、
 魂をいやす才能をもつ。
 おそらく、ある程度ヒーリングもできるだろう」

 美神は眉をしかめた。
 何かがおかしいと気付いたのだろう。

「よく調べたみたいだけど......
 その割に、おキヌちゃんのヒーリング能力を
 『おそらく』だなんて......!?」

 さすがに、正確な意図までは、美神に伝わらなかったようだ。そんな彼女を見て苦笑してから、『悪霊』は続けた。

「......そうか。
 最新情報ではなく、わざわざ
 当時のセリフそのままを語って聞かせたのだが。
 ......まだわからないようだな」

 『当時のセリフ』とはいえ、それを聞いたのは同僚と読者のみ。美神は聞いていないのだから、分からなくても仕方がなかった。

「『当時のセリフ』......!?」
「ふん、ここで全てを教えてやるのは簡単だが、
 それをしてしまっては、典型的な小悪党だからな」

 『悪霊』は、かつての行動を反省していたのだ。
 調子にのってペラペラと話し、同僚に『しゃべりすぎ』と注意されても、

「いいじゃないか、どーせ連中は死ぬんだ。
 極秘事項で今まで誰にも自慢できなかったしな」

 と返答した生前の自分。そして、自分は死んでしまい、その同僚は生き残ったのだ。
 だから、もう二度と同じ過ちはしない。
 『冥土の土産に教えてやろう』という言葉があるが、実際には『全部ばらしてスッキリしました』という側こそ冥土へ行くことになるのだ。

「だから......何も知らぬまま死ね!
 いや、死より恐ろしい苦しみを与えてやろう。
 ......幻朧拳!!」


___________


「横島さん、遅いなあ......」

 デートに遅れた彼氏を待ちくたびれたかのような口調でつぶやく少女。
 おキヌである。
 彼女は今、メインブレドウィナの前で、プカプカ浮いていた。もちろん、肉体はまだ中で水責めにあっており、外にいるのは離脱した幽体だけである。

「今の私は、
 王子様の救出を待つお姫様なんですよ......」

 と口にしてみて、少し照れてしまうおキヌ。
 だが、それが現在の正直な心境なのだ。お姫様気分だからこそ、苦しくったって悲しくったって、メインブレドウィナの中では平気なのだった。

「横島さん......
 あんまり遅いと泣いちゃいますよ。
 私だって女のコなんですから......」

 かつて、おキヌは、横島に『大好き』と告げたことが二回ある。
 最初は、彼らが後に『サバイバルの館』と名付けた幽霊屋敷の中で。
 そして、二回目は、ギリシアの十二宮の戦いの中で。
 どちらも、ちゃんとした返事は貰っていない。
 いや、厳密には、『サバイバルの館』では横島の気持ちも聞くことができた。ただし、それは、横島の内心が口に出てしまったというもの。あまりに生々しくて、当時のおキヌとしては、立腹するしかなかった。
 しかし、最近、大きな進展があった。
 美神やシロを含む大勢の前で、横島は堂々と、

「おキヌちゃんは俺のじゃーっ!!」

 と言ってくれたのだ。さらに、その夜、二人きりになったところでキスしてくれたのだ。
 きっと、別の男がおキヌにプロポーズしたことで、横島も、ついに本心をさらけ出したのだろう。ハッキリと宣言した上で、おキヌを『恋人』として扱うことに決めたのだろう。
 ......と、おキヌは解釈している。

「ようやく付き合い始めたんですから......
 早く助けに来てくださいな」

 待ちくたびれたおキヌは、自分から探しに行くことにした。
 メインブレドウィナから離れて、ゆっくりと進み始める。

「横島さんの場所なら、わかるはず......。
 きっと、運命の赤い糸で結ばれていて......」

 と言いかけて、そこで言葉を止めてしまう。
 いくら誰も聞いていないとはいえ、これは、とても恥ずかしい発言だった。

「えーっと......。
 横島さんの霊波を探ればいいんですよね?
 幽体の今なら、できるはず......」

 幽霊だった頃の香港の戦いでは、霊気の漏れ出る場所を突き止めたこともあるおキヌである。愛しい彼氏の霊波くらい、遠くからでも探り出す自信があった。
 そして、おキヌは、自分が信じる方向へと、飛んでいく......。


___________


「みっ、美神さん......!?」

 北大西洋の柱に到着した横島は、異常な美神を発見した。
 体育座りで背中を丸めて、閉じこもるかのように、自分自身を抱きしめている。そして、何かブツブツつぶやいている。

「......しっかりしてください!!」

 クロスにつけた機能が働いたようで、横島の目には、美神が裸に見える。もちろん、今の彼女の姿勢では色々と覆い隠されているのだが、近づけばバッチリ見えてしまう。
 さすがに現状でセクハラや覗きをする気もなく、横島は、美神の顔以外に視線を向けないように注意しながら、彼女に歩み寄る。

「......ダメだ、こりゃ」

 美神の表情を見た途端、横島には分かった。彼女は、無理にオカルトGメンをこなして精神をやられた時と同じ顔をしているのだ。何らかの精神攻撃を受けたことは間違いない。

「......何をした?」

 横島は、スッと立ち上がり、振り返った。
 彼の視線の先に立っているのは、不敵に笑う男『カノン』。

「面白い悪夢を見せてやった。
 ......最大の悪夢だ!!
 美神令子は......もう廃人だよ」
「悪夢......?
 まさか公務員になる夢か!?」

 横島から見た美神令子は、お金が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで、好き勝手な生活しまくって、世の中ナメてて、わがままでゴーマンで根性曲がってて、酒飲みで朝弱くて気の向かないことは何ひとつしよーとせず、一攫千金しか頭にない女性だ。
 それに思い当たったらしく、『カノン』が苦笑する。

「美神令子ならば、それも悪夢だろうが......。
 そんな生易しいものじゃないぞ、彼女が見た夢は!」
「......なんだって!?
 それじゃ......いったい......どんな夢を見せたんだ?」
「くっくっくっく......」

 彼女にとって、最大の悪夢とは......!?
 美神に近寄った際、横島は聞いたのだった。美神の不明瞭な呟きの中に、『横島クン』という言葉が含まれていたのだ。
 横島が出てくるような悪夢......。
 彼には、全く見当がつかない。
 だから、もう一度、質問をぶつけるしかなかった。

「答えろ!! ......茂流田!!」


(第十話に続く)

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____
第十話 ポセイドン編(その五)

「ふうっ......」
「あたしたちの仕事は、これで終了だな」

 弓かおりと一文字魔理の前には、呪縛ロープでがんじがらめに縛られたテティスが転がっていた。
 ここは、海底神殿と呼ばれるエリアの、中央の広場である。ここで人魚姫(マーメイド)のテティスの足止めをすること、それが二人の任務だったのだが、見事、遂行したのだ。
 そして、仲間のGSたちは今頃、おキヌ救出のために、七本の柱を壊そうと頑張っているはずだった。

「あいつらなら大丈夫だろう......」
「そうですわね。
 美神おねーさまなら、
 どんな敵でも、サクッとやっつけてくれますわ」

 一文字の言う『あいつら』とは、おそらく、弓と一文字のボーイフレンドのことだ。それを分かっていながらも、弓は、気付かぬフリをする。
 しかし、彼女は知らない。『美神おねーさま』は、敵を倒すどころか、今、悪夢の中を彷徨っているのだ。悪霊茂流田に取り憑かれたカノンの魔拳によって......。




    第十話 ポセイドン編(その五)




「あ......あのさ、横島クン。
 私、もう今はあんまり覚えてないんだけど......。
 大昔、私......あんたのことを......」
「あ......あの、前世のことなら......
 俺も多少は......」

 都心の道路で、美神は、愛車のコブラを走らせていた。助手席には、横島が乗っている。

(何これ......!?
 これは......南極での戦いの後の一コマじゃない!!)

 普通に横島と会話しながらも、美神は、内心では驚いていた。
 まるで時間を遡ったかのようなのだ。
 普通ならば『ありえない!』と言いたくなるシチュエーションだが、美神令子は時間移動能力者だ。中世での事件では、敵の雷撃攻撃を受けて、時間を逆行したこともある。

(まさか......また!?)

 海将軍(ジェネラル)の一人、海龍(シードラゴン)のカノンから正体不明の攻撃を受けたことまでは覚えている。あれが雷や電撃の類なら、過去へ跳んだとしても不思議ではない。時間移動能力は小竜姫に封印してもらったはずだが、プロテクトを破るほど強力だったのだろう。

(でも......なんで、この時代へ!?)

 美神は、おキヌを助け出すために戦っていたはずなのだ。おキヌが誘拐される直前へ逆行するならば、さらわれるのを防ぐという意味もあろう。しかし、今さら、アシュタロスとの戦いの最中に戻ったところで......。

(あ、そういうことか......)

 美神は、気付いた。
 この車中の会話は、一つの大きなターニングポイントになり得るのだ。
 この先、横島はルシオラと幸せな日々を過ごし、だが、アシュタロスの再侵攻により、悲劇的な結末を迎える。ボロボロに傷ついた横島に対して、美神は、ルシオラが蘇る可能性を提示した。それが、彼女なりの慰めだったのだ。
 一方、おキヌは、そんな理屈ではなく、

「小竜姫さまたちも一生懸命考えてくれてます。
 きっとなんとかなりますよ......!」

 とだけ言って、横島の手を優しく握った。
 横島への好意の表し方が違っていた二人は、慰め方のアプローチも異なっていたのだ。
 そして、美神の方法は、横島の頭には届いたのかもしれないが、彼の心には届かなかった。
 彼の心に触れたのは......。おキヌのほうだった。

(おキヌちゃんと横島クンは......
 どんどん仲が縮まっていき......
 そして......とうとう......)

 美神を救うための十二宮の戦いの中で。
 二人の間に、決定的な何かが起こったのだ。
 ただし、横島が鈍感なせいか、まだ二人は恋人同士になっていない。そんな二人を見ていると、なんだかイライラするくらいだ。

(まったく......ある意味、
 あの二人らしいんだけど......。
 ......あれ!?)

 内心で苦笑した美神は、突然、ハッと気がついた。
 今まで考えていたのは、十二宮の戦いの直後の二人だ。
 もしかすると、その後、さらに変化があったのではないか......!?
 ヒントとなるのは、この海底神殿に来たときの横島の言葉だ。

「今回は、おチャラケは無しです!!」

 なんで今まで忘れていたのだろう!
 アシュタロス戦の時期まで逆行したからこそ、思い出した。これは、ルシオラを失った後のバトルで彼が言ったセリフと、そっくりじゃないか!!

(そうか......。
 横島クン......もう『カノジョ持ち』なんだ......)

 海底神殿で横島の言葉を聞いた時、美神は、なぜか胸が痛くなった。だが、その理由も、今ならばハッキリ分かる。横島が、『本来の横島』の言葉ではなく、『カノジョができた横島』の言葉を吐いたからこそ。
 だから、美神は......。

(私......横島クンに惚れてたんだ......。
 それがおキヌちゃんと......
 他ならぬおキヌちゃんと付き合い出したから......
 私ひとりが『三人』から弾き出されちゃったから......。
 ......だから寂しかったんだ)

 全てを悟った美神の視界が、曇り始めた。
 これでは運転できない。
 仕方なく、車を端に寄せてブレーキを踏む。

「......美神さん!?
 どうしたんです、突然泣き出して!?」
「女が泣いてる時には、
 そっとしておくもんよ。
 まったく......。
 本当に女心が読めないやつなのね、あんたって......」

 こんな会話、美神の記憶している歴史にはなかった。
 まだ二人はターニングポイントの中だ。もしも歴史を変えたら、その先の全てが『なかったこと』になってしまう。だが、どうせ変わり始めた歴史ならば、もう、大きく変えてしまっても良いのかもしれない。

「これは......千年分の涙よ......」
「えっ......!?」
「私と横島クンは......
 生まれる前から......
 結ばれる運命だったのよ!?
 それなのに......!!」

 美神は、横島の胸に飛び込み、彼の胸をドンドン叩く。
 素直な美神令子なんて美神令子じゃない。それは自分でも分かっているが、それでも、素直にならなきゃいけない時もあるのだ。

「お願い......。
 今なら......まだ手遅れじゃないわ。
 ......私を選んで。
 ルシオラよりも......
 ずっと前から......私のほうが......。
 私が......一番最初に横島クンのことを......」

 彼の胸に顔をうずめたまま、精一杯の告白をする美神。そんな彼女の背中に横島が手を回し、優しく撫でる。

「美神さん......。
 顔を上げてください......。
 俺も正直な気持ちを言いますから」
「......横島クン!?」

 首だけを起し、美神は、横島を見つめる。横島は、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

「実は......薄々気付いてました。
 最初に俺を認めて、俺を好きになってくれたのは
 ......ルシオラじゃない。
 それは、俺の身近にいた女性なんです」
「......横島クン!!」

 美神の涙は、いつのまにか止まっていた。一方、横島の表情は全く変わらない。

「一番最初に、俺に惚れてくれた女性。
 そして......
 はっきりと『大好き』とまで言ってくれた女性」
「......え?」

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。
 美神が覚えている限り、横島に『大好き』なんて言ったことはない。
 動揺する美神に、横島が、トドメの言葉を突き刺す。

「だから......俺は、おキヌちゃんを選びます!!」

 美神は、まるで電撃を浴びせられたかのような衝撃を受けた。そして、その瞬間、視界が暗転する......。


___________


 チュン、チュン。

 近くの電線に三羽とまっているのだろうか。スズメの鳴き声で、美神は目を覚ました。

「......うーん!?」
「珍しいな、令子ちゃんが寝坊するなんて」

 ドアを開けて入ってきた男性を見て、美神は驚く。

「せん......いや、西条さん!?」
「おいおい、どうしたんだ!?
 ......昔の夢でも見てたのかい!?」

 彼は、頭の薄くなり始めた中年男性だったのだ。その特徴だけで、最初は唐巣神父だと思ってしまったが、よく見ると、西条である。

「......昔の夢!?」
「そうだよ。
 結婚前だろう、僕のことを
 『西条さん』なんて呼んでいたのは!?」
「け......結婚!?」
「なんだ、まだ夢の中なのかい!?
 ......しっかりしたまえ、
 今日は僕たちの息子の結婚式じゃないか!」
「......!!」

 夢か幻か。
 どうやら、ここは、かなり未来の世界のようだ。

(西条さんと私が夫婦......!?
 そして、結婚するような年頃の息子がいる!?)

 最後に美神が覚えているのは、横島の衝撃発言だ。
 体に電流を流されたかのようなショックではあったが......。

(まさか......!?
 私は未来へ跳んだというの!?
 ......そんな比喩的な『電撃』で!?)

 美神と西条が結婚する未来。
 横島がおキヌとカップルになった後ならば、それも可能性としては、有り得るだろう。

(今の私には、西条さんは、
 まだ昔の『おにいちゃん』でしかない。
 ......オトコとして意識することはできないわ。
 でも......あの後......
 もし西条さんが、少しずつ、
 私の心の傷を癒してくれたら......
 受け入れる気持ちになるのかもしれないわね)

 そうやって考え込む美神を見て、西条も顔をしかめる。

「令子ちゃん......!?
 ......まさか、今頃になって、
 『やっぱり蛍ちゃんは息子の嫁にふさわしくない』
 とか言い出さないよな!?」
「......!!」

 美神は、言葉を失った。
 蛍ちゃん、それは『いかにも』な名前だ。偶然の一致のはずがない。横島の娘だ!!

(何それ......!?
 横島クンはおキヌちゃんと一緒になって、
 そして、ルシオラが転生したの!?
 ......しかも、私がその『ルシオラ』の姑になるの!?)

 動揺が広がる美神に、西条が覆いかぶさってくる。

「ちょっと......!?」
「......さすがに朝からヤるのは体力的にキツいが、
 令子ちゃんの機嫌を直すには、これしかないからな」
「ちょっ、待っ......」

 美神の唇を、西条が強引に奪う。騒ぐと息子に聞かれてしまうから、口をふさぐのだ。
 しかし、そんな意図など、美神には伝わらない。美神は、ただ、恐怖を感じていた。
 西条は、美神の体を押さえつけながら、同じ手で、美神の体を愛撫する。そして、もう片方の手で、美神のパジャマを脱がせようとしていた。
 彼と長年連れ添った美神であれば、悦びなのだろう。しかし、今の美神にしてみれば、これはレイプされるようなものだ。なにしろ、まだ横島のことをふっ切れておらず、西条を異性として意識することも出来ないのだから。

(やめて......!!
 助けてーッ、横島クンーッ!!)


___________


「......という悪夢を見せてやったのだよ」
「てめえ......なんてことしやがる......。
 精神操作にもほどがあるぞッ!?
 美神さんが俺に惚れていた......!?
 そんな大嘘を頭に叩き込むなんて......
 それだけで精神崩壊するじゃないか!!」

 横島に睨みつけられた茂流田(in カノン)だが、横島の気迫など恐くはない。むしろ、その発言が面白かった。

「はっはっはっは......!!
 ......本当にニブい男だな、君は」
「......な、なに!?」

 茂流田の高笑いは、横島の気勢を削ぐほどの勢いだ。
 そう、本当におかしかったのだ。
 そして、茂流田の頭に、一つのアイデアが浮かぶ。横島を苦しめるには、魔拳など要らない。ただ、真実を伝えればいいのだ。

「......夢を見せてやったのは確かだが、
 それは全て、彼女の深層心理に基づいているのだよ」
「......どういう意味だ!?」
「つまり......。
 彼女が君に惚れているのも事実。
 そして、君と氷室キヌの間が進展していると思って
 モヤモヤしていたのも事実」
「......えっ!?」
「考えてもみたまえ!!
 君の今までにセクハラに、どう彼女は対処してきた!?
 暴力で応じたとはいえ、すぐに回復できる程度だろう!?
 ......君たちならば、それもスキンシップじゃないか!?」

 横島の表情が変わった。何かを考え込んでいるようだ。
 内心でニヤリと笑いながら、茂流田は、話を続ける。

「美神令子は、敵に回したら怖い女性だ。
 攻撃の隙もないはずの相手だ。
 ところが、君は、今までに何度も
 彼女にセクハラを敢行し、何度も成功している」
「『成功』って言っても......」
「程度は問題ではない!!」

 茂流田は、声を張り上げて、キッパリと言い切った。

「大事なのは回数だ。
 あの負けず嫌いの美神令子に、
 何度も勝ってきたということだ......!!
 ......普通ならば起こりえないことだろう!?」
「......まあ、そう言われれば......」

 横島は、いくら美神の弟子とはいえ、まだ高校生の若者だ。今の茂流田相手に舌戦や心理戦でかなうわけもなく、いつのまにか、茂流田の術中に嵌っていた。

「......理由は一つ。
 実は、美神令子は負けていなかった。
 君が成功してきたセクハラは......
 すべて『そこまでなら許すわよ』というラインだったのだ」
「......えっ!? でも、なんで......」
「だから君はニブいと言われるのだ!!
 君に惚れているから許した......
 そうに決まっているじゃないか!!」
「......!!」

 横島の顔が、ゆっくりと美神の方を向く。
 そして、ポツリと一言。

「......やべえ。その通りだ......」

 彼の言葉を聞いて、茂流田は、ほくそ笑む。あと一押しである。

「私が見たのは、美神令子の深層心理だけだが......。
 氷室キヌが君に惚れているのも、
 美神令子の邪推などではなく、
 本当のことなのではないかな?」

 弾かれたかのように、横島が茂流田へと向き直る。
 横島の目は、大きく見開かれていた。そして、納得の表情へと変わっていく。しかし、その顔には、苦悩の色も浮かんでいた。

(見ているだけで面白いな。
 くっくっく......。
 どちらの女性を選ぶんだ......!?
 二人とも大切だから、
 君には決めることなどできないだろう!?
 ......さあ、悩め!! 苦しめ!!)


___________


(美神さん......おキヌちゃん......)

 茂流田の言葉には、不思議と説得力があった。
 出会って以来、美神とは、独特のスキンシップを続けてきた。それは、常に不変であるかのように思えて、実は、少しずつ変化していたような気がする。

(俺も......きっと
 心のどこかでは理解してたんだろうな。
 美神さんのこと......)

 深層心理の中に気持ちを閉じこめていたのは、美神だけではない。横島も、無意識のうちでは、美神の好意に気付いていたのだ。だから、美神に対しては、いつもいつもセクハラし続けることが出来たのだろう。
 嫌がる相手に対してしたら犯罪になることでも、受け入れてくれる人が相手なら、問題にならないのだ。しかも、美神は、適度に受け入れ適度に拒絶する。その線引きも巧みだったのだ。

(それに、おキヌちゃんのことも......)

 横島は、おキヌの好意はシッカリ認識していた。ただし、それは男女間の『好き』ではなく、むしろ、兄妹のような家族愛だと理解していた。だから、おキヌにはセクハラできなかったのだ。

(でも、違ったんだな。
 おキヌちゃん......
 異性として俺に惚れてくれてたんだ......)

 そのことを、横島も、心の奥底では既に気付いていたのかもしれない。だから、ソロ邸での夜、甘いキッスを交わせたのだろう。

(美神さんとおキヌちゃん......
 二人のうち一人を選ぶなんて、俺にはできない......)

 普通ならば、ここで、悩むはずだ。そして、そんな『普通』を想定していたからこそ、茂流田は、横島を見てニヤニヤしているのだ。
 しかし、茂流田は忘れている。横島が『普通』ではないということを。
 今、横島は、このポイントでは全く悩んでいなかった。

(だから......両手に花!!
 ......俺は二人と付き合う!!)

 即決である。
 それでこそ、横島である。
 ただし、横島は横島なりに、その先を考えて悩んでいたのだ。
 それは......。


___________


(うーん、難しいなあ......。
 美神さんとおキヌちゃん、
 両方と付き合うことは確定としても......
 俺の初体験は、どっちにするべきかなあ?
 年上の美神さんに、やさしくリードしてもらう?
 いや、美神さんって......
 オトコを寄せつけないひとだから、
 きっと処女だよなあ......。
 それなら二人ともテクニックは同じか......。
 うーん......。
 じゃあ問題は、
 どっちがそういうことを気にするか、だな。
 ......。
 おキヌちゃんは結構ロマンチックだから、
 やっぱり『初めてどうし』とか好みそうだな。
 ......。
 でも美神さんもなあ......。
 自分の所有物は自分の所有物ってひとだから、
 やっぱり『お古』じゃなくて『新品』を好むよなあ。
 ......。
 仮に三人でヤり始めたとしても、
 俺の脱童貞の瞬間は、どっちか一人なんだよな。
 ......ん!?
 そうだ、文珠で俺のモノを二本にするというのはどうだ?
 それならば、二人に同時に......
 ......いや、二本にするだなんて、
 想像するだけでも気持ち悪いな。
 これは却下だ。
 ......ん!?
 そうだ、おキヌちゃんに幽体離脱してもらって、
 美神さんの体の中に入ってもらうのはどうだ?
 そうすれば、
 おキヌちゃんの体のバージンは保ったまま、
 二人いっぺんに......。
 いやいや、それでは二人平等じゃないから、
 これも却下だな。
 ......ん!?
 そうだ、文珠で二人の下半身を
 一つに融合してしまうというのはどうだ?
 『同期合体』ならぬ『性器合体』......」

 ここで、横島の背筋に、ゾクリとした感覚が走った。
 ふと見上げると、

「よ・こ・し・ま・さん......!?」

 怒ったような呆れたような表情をした霊体が、プルプルと震えてた。幽体離脱してきたおキヌである。

「あれ......おキヌちゃん!?
 ......声に出てた!?」
「はい、思いっきり」

 久しぶりの対面とは思えぬ会話だが、ある意味、横島らしいかもしれない。

「えーっと......どこから!?」
太字の部分です」
「......。
 ほとんど全部やんけーッ!?」


___________


「ところで......どうなってるんですか?」
「うん、簡単に事情を説明すると......」

 横島は、手短かに述べる。
 裸に見える美神は、実はクロスを着ていること。しかし、敵の攻撃で精神をやられたこと。敵の正体は、悪霊となった茂流田であること。さらに、その茂流田が、一連の騒動を影から操っていたこと。
 一方、そうやって二人が会話している間に、

「......ハッ、いかん!!」

 茂流田が自分を取り戻した。今まで、あまりのバカバカしさに、呆れ返ってポカンとなっていたのだ。

「こうなったらもう
 悪夢だの何だの言ってられん!
 二人まとめて、時の狭間に落ちろ!!」

 茂流田は、カノンの手で、空間に大きな三角形を描き始めた。
 これこそ、カノンの必殺技、ゴールデントライアングルの発動ポーズである。北大西洋にある魔の三角地帯のように、『ゴールデントライアングル』に陥ったら、二度と生還できない。時空震動を引き起こして、敵を時の彼方に跳ばしてしまう、恐ろしい技なのだ。
 ......ということになっているのだが、

「これは......時空震!?」
「だまされるな、おキヌちゃん!!
 カノンという男は、時間移動能力者なんかじゃない。
 兄のサガ同様、精神感応能力者だ!!
 ......これも幻覚なんだ!!」
「くっくっく......。
 そこまで見抜くとは......さすがだな......」

 横島が指摘した通り、この技は、実際に『敵を時の彼方に跳ばす』わけではない。ただ、そういう幻覚を見せるだけだった。

「しかし......
 強力な暗示を伴う幻覚は本物と同じだ!
 ゴールデントライ......
 ......ぐわっ!?」

 カノンの技は、不発に終わる。横島のサイキック・ソーサーに直撃されたのである。

「セイントにしろマリーナにしろ、
 技の仕草が仰々しいから、
 隙が出来るんだよな......」
「......なんのマネだ!?」

 もっともな発言をする横島だったが、カノンから見れば、彼も奇妙なことをしている。クロスを脱ぎ始めているのだ。まるで、脱ぐほどに強くなるという伝説の聖闘士(セイント)のようだ。
 そして、その横では、美神も立ち上がって、クロスを外してヌードになっていた。

「美神令子......!?
 ......復活したのかッ!?」

 叫んでしまった茂流田だが、一瞬の後、真相を察した。
 目の前の『美神令子』は、美神ではない。彼女の精神は破壊されて、虚ろなままだ。そこに幽体おキヌが入り込んで、美神の体を動かしているのだ!


___________


「......気づいたようだな」

 横島が、ニヤリと笑う。今度は、横島が茂流田の表情を読む番だった。
 しかも、今の横島は、かつてないほどに霊力が高まっている。
 茂流田の策が逆効果だったのだ。悩むどころか、『美神とおキヌの両方と付き合う』と決めてしまい、『どちらと初体験をするべきか』という心配までし始めた横島である。霊力の源である煩悩も、異常なほど上昇してしまったのだ。
 さらに......。

「横島さん......」
「......えっ!?」

 おキヌ(in 美神)が、背後から横島をギュッと抱きしめた。
 秘策があるからクロスを脱ぐようにと横島に勧めたのは、おキヌである。この密着こそが、その『秘策』だった。

「おキヌちゃん......!?
 あの......その......胸が......」
「はい......。
 美神さんの豊かな胸の感触......
 存分に味わってください。
 私のじゃないから......
 ちょっと妬いちゃいますけど、でも、
 これも横島さんの霊力を高めるためですから」

 美神の生チチが押し付けられているのだ。Tシャツ越しではあるが、それでも、横島は興奮してしまう。
 肉感的な美神のボディーと、献身的なおキヌの心。
 その両方が横島に伝わり、彼の霊力が、いっそうアップする!!

「これが......俺たち三人の力を併せた結果!!」
「はい......!!」

 悪霊を浄化するイメージをこめて、横島は文珠を作り出した。
 そして、まぶしいほどに光り輝くそれを、『カノン』へと投げつける。

「うっ、うわーっ!?」

 『カノン』の中の悪霊、茂流田が絶叫する。霊体が崩壊し始めたのだ。

「ちょっと待て!?
 これで終わりか......!?
 ボス戦にしては、あまりにも......」
「バトルがメインじゃないんだ、このSSは」
「横島さん......またそんなメタなことを......」

 おキヌの言葉を聞いて、安心する横島。このツッコミが欲しかったのだ。
 二人は、顔を見合わせて、ニコッとする。
 一方、茂流田は、しぶとく現世に留まっていた。

「おい!? 真相とか聞かなくていいのか......!?
 実は、真の黒幕がいて......」
「......しつこいな」
「じゃあ、トドメは私が......!!
 極楽へ......行かせてあげるっ......!!」

 美神の霊力で鞭化した神通棍が、茂流田に叩き付けられた。
 そこには、強烈な攻撃力とともに、

(こんなことをしたって
 苦しいのは終わらないよ......!
 人を殺したら
 その念があなたの自縛を
 ますます強くするだけなのよっ!?
 だから......
 もう......やめよう。ね?
 ラクになろうよ)

 という慈愛の念もこめられている。
 そんな矛盾した一撃を受けて、

「ギャーッ!?」

 茂流田の悪霊は、ついに、この世から消え去ったのだった。


___________


「......ここは!?」

 体内の悪霊が浄化されたことで、カノンは、自己を取り戻した。

「そうか......そういうことか......」

 朧げだった記憶が、だんだんハッキリしてくる。
 全ては、十三年前の兄弟ゲンカから始まったのだ......。


___________


 十三年前のサンクチュアリにて。

「......ふざけるな!!」

 兄サガの拳が、カノンを叩きのめす。
 カノンが、アテナ殺害を提案したからだ。

「アテナも殺し、教皇も殺し......
 そして兄さんが......サンクチュアリを支配する。
 それでいいじゃないか......」

 口元の血を手で拭いながら、カノンは不敵に笑ってみせる。彼は、ちっちゃな頃から悪ガキで、十五歳の今では、兄から『不良』と呼ばれていた。
 だが、カノンは悟っていた。実は、悪ぶっているカノンよりも、兄サガのほうが、よっぽど邪悪なのだ。何かに取り憑かれているとしか思えないくらいだ。
 だから、今も、大逆を勧めたのだが......。

「チッ......。
 まだ善人づらする気かよ......」
「......何が言いたい!?」

 サガの目が怪しく光る。サガも気付いたのだ、カノンには正体がバレている可能性を。

「......そうか。ならば......!
 ギャラクシアンエクスプロージョン!!」
「ちょ、おまっ!?
 実の弟に向かって何すんだ!?」
「問答無用!!
 ......アナザーディメンション!!」
「ええい、ならば、こちらも!!
 ゴールデントライアングル!!」
「幻朧魔皇拳!!」
「幻朧拳!!」

 と、壮絶な応酬の末。
 負けたのは、カノンだった。
 そして彼は、スニオン岬の岩牢に閉じこめられてしまう。

だぜーっ!!」

 泣き叫ぶ彼の言葉は、濁点がついてしまう程だった。
 なにしろ、そこは、脱出不可能な牢獄なのだ。神話の時代には、アテナの敵が閉じこめられていたという伝説もあるくらいだった。
 しかも、潮が満ちてくると、牢内も海水でいっぱいになる。
 こんなところで、どうやって生き抜けというのだ......!?
 毎日毎日死にかけるカノンだったが、そのたびに力強いコスモが降り注ぎ、死の淵から戻ることができた。十日ほど、そんな生活を続けた後。

「俺を助けてくれているのは......もしかして......!?」

 カノンは、コスモの源を探し始めた。それは常に二方向からやって来るため、探索は容易ではなかったが、そのうち一つを探り出すことは出来た。

「......これは!?」

 コスモに導かれるまま壁の一部を破壊したカノンは、三叉の鉾を発見する。
 その形状、そして、貼られている一枚の封印から、カノンは察した。

「海皇ポセイドンの鉾......!!
 俺は......ポセイドン様に助けられていたのか!?」

 もともとカノンは、悪ガキぶっていたに過ぎない。根は善良な少年だったのだ。そんな彼の心の中を、清らかな衝撃が駆け抜けた。カノン改心の瞬間である。

「命を救われた以上......
 わが命をもって尽くします......」

 三叉の鉾を引き抜くカノン。長き時の間に弱っていた封印は、強力なコスモを持つカノンの手で、とうとう破られたのだ。だが、

「......あれ!? またピンチ!?」

 鉾の抜けた跡から、急激に海水が吹き上がる。
 叩き付けられたカノンは、意識を失い......。
 目覚めた時には、海底神殿に来ていた。
 閑散とした地。
 そこで彼は、ジェネラルとポセイドンの鱗衣(スケイル)を発見する。しかも、怪しげな壷もあった。
 その壷の封印を剥がしたカノンは、ついに、ポセイドンと対面する。

『戯れに命を救ってみれば......余の眠りを妨げるとは......』
「......お許し下さい!! 地上では、今......」

 カノンは、アテナが降臨したことを告げた。理由もなく地上に降臨するはずもなく、これは聖戦の前触れなのだということも。

『ふむ......。しかし、おかしいな......!?』

 ポセイドンも、聖戦が避けられないことには賛同する。ただし、その相手が自分だとは思えない。自分がアテナと争ったのは、もはや遥か昔なのだ。前回の聖戦でアテナと戦ったのは......。

『......そういうことか』

 ポセイドンは、冷ややかな視線をカノンに向ける。

『赤子として地上に降りたアテナが成長するまで、
 余は、もうしばらく眠るとしよう。
 それまでは、おまえが余の代理として、采配を振るうが良い。
 ところで......おまえは誰だ!?』
「......!!」

 ポセイドンに問われて、言葉に詰まるカノン。本来ならば『ジェミニのカノン』と名乗るべきだが、この成り行きでは、そうもいかない。
 そんなカノンに、スケイルの一つが語りかけてきた。

『あたしじゃないからね......!?
 間違っても、アンタは
 「シードラゴンのカノン」じゃないからね!?
 べっ、別にアンタに着て欲しいなんて思ってないからね!?』

 もしかすると、それは幻聴だったのかもしれない。
 いや、本当に声がしたのだとしても、その言葉を文字どおり受け取るべきだったのかもしれない。
 しかし、カノンは、それを逆説的に受け入れたのだった。

「......シードラゴンのカノンでございます」
『そうか......。
 シードラゴンよ、気をつけることだな。
 聖戦の相手はアテナだが、
 しかし、真の敵はアテナではない。
 余が寝ている間......しっかり頼むぞ!!』

 と言い残して、ポセイドンは、スーッと消えていった。地上へ行き、人間の体内で眠りにつくのだ。
 それ以来、カノンは頑張ってきた。ただひたすら、ポセイドンのポセイドンによるポセイドンのための世界が来ることを信じて。
 最初は孤独だったカノンだが、ポセイドンの意志に導かれるように、続々と海闘士(マリーナ)も終結し始めた。
 そして......。

「聖戦の準備も整った。
 アテナも成長し、ポセイドン様の
 ヨリシロのジュリアン様も大きくなられた。
 ......そろそろ起きていただかないと!!」

 と、カノンが決意したとき。
 彼の体内に、悪霊が入り込んだのだった。


___________


「......という事情だったのだ」

 ようやく、カノンの長話が終わった。
 横島とおキヌにしてみれば、そんな背景などどうでもよいのだが、遠い目で語り出したカノンを止められなかったのである。
 しかし、彼の次の言葉は、二人の関心をひきつけた。

「ポセイドン様は、話せばわかってくださる御方だ。
 ......私が直訴すれば、
 メインブレドウィナも開けてくださるだろう」
「......!!」
「ホントか!?」

 言葉も出ないおキヌとは対照的に、横島は、カノンの肩をガッシリつかむ。

「それじゃ、今すぐ行ってくれ!!
 ......たぶんアイザックたちも、
 ポセイドンの玉座を目指しているはずだ!!」
「......アイザックが!?」

 横島は、アイザックから聞いた話を説明し、さらに、文珠でもう一人ジェネラルを説得する計画についても語る。順調に進んでいれば、二人のジェネラルがポセイドンのもとへ向かっている頃だ。

「そうか......アイザックが......」

 カノンも助けたい。しかし、場合によっては、カノンごと悪霊を。
 そんなアイザックの気持ちを知り、カノンは、目頭が熱くなる。

「おい......!?
 ひたってないで、早く......」
「そ、そうだな。
 メインブレドウィナのことは、私にまかせたまえ!!
 だが......」

 カノンは、美神に視線を向けた。
 すでにおキヌは体から抜け出しており、美神は、再び丸くなってブツブツつぶやいている。

「ああ、美神さんのことなら大丈夫。
 ......魂をバラバラにされても
 復活した人だからな!!」
「私たちで何とかしますから!!」

 横島とおキヌの表情は、自信ありげだ。それに背中を押されるように、カノンは走り出した。


___________


 こうして、多くの者がポセイドンの居城を目指す中。
 最初に到着したのは、タマモだった。

「......あんたがポセイドンね!?」

 タマモは、ポセイドン軍と和解しつつある現状を知らない。だから、戦う気満々で、ここへ来ていた。
 しかし、いざポセイドンの前に立つと、体がガタガタ震え始める。
 武者震いではない。全身の細胞が、悲鳴をあげているのだ。

(......なによ、この神気!?
 ヒャクメや小竜姫とはケタ違いじゃないの!?)

 タマモは知らないが、まだポセイドンは、ジュリアンの体の中で半分眠っている。それでも、目の前の『ポセイドン』は、強烈な神気を全身から発しているのだった。

「おまえは......人間ではないな。
 ......誰だ!?」
「......フン!!
 あんたなんか、恐くないわよ!?
 ......ホントはちょっと恐いけど、それは、
 あんたが槍っぽいもの持ってるからよ!?
 ......ただ、それだけよ!?」

 タマモは、精一杯の強がりを見せる。
 ポセイドンを畏れているわけじゃない。あの武器が恐ろしいだけだ。
 そう自分に言い聞かせるのだが、足は、自然と後ずさりしている。
 今、彼女の頭の中では、二人のチビタマモがケンカしていた。

「こんな奴と戦えないわよ!!
 逃げなくちゃ!!」
「何言ってるの!!
 そんなことしたら、金毛白面九尾の名が泣くわ!
 逃げちゃダメよ!!」
「逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ......」
「逃げちゃダメよ、逃げちゃダメよ、逃げちゃダメよ......」

 だが、その勝敗が決する前に。

「......答えよ!!」

 『ポセイドン』の眼光に射すくめられただけで、タマモは弾き飛ばされてしまう。

「......くっ。
 こうなったら......ヨコシマの助けを借りるわ。
 おいで!! 子ギツネのクロス!!」

 横島のことを『ヨコシマ』と呼んだ自覚もないまま、タマモは、背中のリュックに呼びかけた。
 小狐の彫像が飛び出し、小さなパーツへと分解。

 キューッ、キューッ、キューン......。

 奇妙な音を立てながら、タマモの体を覆っていく。
 これが、横島とムウによって用意された、タマモ用クロスだ。ゴールドにもシルバーにもブロンズにも『小狐星座』のセイントはいないため、小狐星座をイメージしている。もちろん、車に変形したりはしない。

「......これで本当に、あんたなんか恐くないわよ!?」
「生意気な......」

 『ポセイドン』が囁くと同時に、強烈な霊的プレッシャーが、タマモを襲う。
 しかし、今回は、その場に踏みとどまることができた。

「......何これ!?
 ホントに効果あるじゃない!?」
『......当然だ』

 驚くタマモを、さらに驚かせた声。それは、クロスから聞こえてきていた。

「......あんた!?」
『我はおぬしを守る鎧であると同時に、
 おぬしを導く存在でもある。
 ......さあ!!
 霊力を集中させろ!!
 我をまとった今ならば、
 忘れていた能力も蘇るであろう!!』

 クロスは説明する。
 九尾の狐であるタマモには、尾から分身を作り出す能力があるはずなのだ、と。

「ないわよ、そんな能力。
 あんた、出てくる作品間違えてるんじゃない!?」
『......。
 いや、ある!!
 我が「ある」というからには、あるのだ!
 我を信じて、霊力を集中させろ!!』
「でも、今の私、人間形態だからシッポないわよ!?」
『......。
 いや、ある!!
 実際の尾はなくとも、髪が九つに分かれているではないか!?
 そのナインテールから、それぞれ分身が出せるはずだ!!
 我を信じて、霊力を集中させろ!!』
「......はい、はい」

 クロスとの問答が面倒になったタマモは、もう素直に従うことにした。
 タマモ自身は気付いていないが、実は、この会話の間にリラックスすることが出来て、もうポセイドンへの畏怖の念も消えている。
 一方、『ポセイドン』も、

「ふむ。
 余が寝ている間に、
 人間は面白いものを作り出したのだな」

 と、タマモとクロスとのやりとりを、興味深そうに眺めていた。この『クロス』が純正のアテナ軍のものではないと見抜いたからこそ、余裕もあったのだ。
 そして......。

『ほら、見ろ!!』
「ふーん......。
 信じてみるものねえ......」

 タマモの両横には、分身タマモがズラリと並んでいた。

「......で!?
 この九人と一緒に戦えというの!?」
『......何を野蛮な!!』

 少しはクロスを信じる気になったタマモだが、彼女の言葉は、アッサリ却下されてしまう。

「......じゃあ何!?」
『これで本体のおぬしを含めて十人となった。
 しかし全ておぬしだから、
 この十人と付き合うのは、
 おぬし一人と付き合うのと同じ。
 ......浮気にはならないのだ!!
 これでおぬしは、
 おぬしを愛する男性が現れた際、
 なんの問題もなく11ピー......』

 ガシャン!!

 タマモは、クロスを脱ぎ捨てる。

『なんということを......!!
 我は画期的な愛のクロスだというのに!!』
「ハーレム作るためのクロスなんて誰が着るか!!」

 と叫びながら、思いっきりクロスを蹴飛ばすタマモ。それは、一直線に飛んでいき......。

 ゴツン!!

 『ポセイドン』にぶつかった。

「......あ」

 一滴の冷や汗を流しながら、タマモは『ポセイドン』を見つめた。
 不思議なことに、先ほどまでの強力な神気は消え去っている。まるで、中のポセイドンは消え去り、ジュリアンという一人の人間に戻ったかのようだ。

「......あれ!?
 クロスぶつけただけで、やっつけちゃった!?」

 と、口にした瞬間。
 今までとは比較にならないほどの霊的圧力が、『ポセイドン』から溢れ出した!

「......まさか、これが......」

 吹き飛ばされたタマモは、その圧力で壁に押し付けられたまま動けない。
 そして、ジュリアンの口から、ポセイドンの言葉が漏れる。

『余の眠りを妨げる者は......誰だ!?』

 ポセイドンが完全に覚醒したのだ!


___________


 その少し前、北大西洋の柱の前にて。
 横島とおキヌは、崩壊した美神の精神をサルベージしようと奮闘していた。
 今の美神は、裸のまま丸くなって座り込んでいる。
 その傍らで、横島は片膝をつき、おキヌはプカプカ浮いていた。

「......こういう時は、やっぱり、
 キスで目覚めるのが定番かな!?」
「......ダメですよ、横島さん!!」

 横島の提案を、おキヌがバッサリ却下する。ヤキモチもあるが、それだけではない。美神と横島は唇を重ねたことはないはずだから、二人の初めてのキスは、ちゃんと意識がある時にするべきだ。美神の立場を想像して、そう考えたのである。

「横島さんと美神さんだったら、
 キスよりも、むしろ......」
「いつものセクハラ......かな!?」

 おキヌが頷くのを確認してから、横島は、美神の背後に回り、抱きついた。

(こんな感じで後ろから......
 美神さんのチチ揉んだこともあったよな)

 横島は、おキヌが事務所に来たばかりの頃を思い出しながら、腕を動かす。
 体育座りの姿勢のため、現在、美神の豊満のバストはフトモモで潰される形になっている。その間に、横島は両手を潜り込ませたのだ。

 グニュ。

(やっぱり気持ちええなあ......)

 感触を満喫しながら揉みしだく横島だが、現状を忘れているわけではない。

「......まだ足りないみたいだな!?」
「でも、さすがに......
 これ以上のセクハラはしてないですよね!?」

 やんわりと、横島の暴走を制止するおキヌ。
 横島は横島で、考えてみる。『セクハラ』という形で日常を喚起させる以外にも、何か方法があったはずだ。

(そうだ......!!
 前に魂が崩壊した時には......!!)

 思い出した横島は、美神の生チチを揉みながら、大きな声で叫んだ。

「このシリコン胸ーッ!!」
「悪質なデマを流すんじゃないッ!!」

 美神令子、復活である!


___________


「普通なら......
 『うわーん、横島クンーッ!!
  会いたかったよ〜〜』
 って言って、俺の胸に
 飛び込んでくる場面じゃないんスか!?」
「......私がそんなことするわけないでしょ!?」
「まーまー。
 横島さんも美神さんも......
 これでこそ、いつも通りじゃないですか」
「おキヌちゃんの『まーまー』も遅いよ!!」

 横島は、腫れた頬を、おキヌに見せつける。
 苦笑するおキヌだったが、内心では幸せだった。
 横島と美神の過激なスキンシップ。その横でプカプカ浮いているおキヌ。これこそ、三人の原点なのだ。
 なお、オブジェ形態に戻ったクロスから美神の衣類が吐き出されており、美神は、いつものボディコン姿に戻っている。これも『原点』である。

「さあ、私が復活したからには......
 今度は、おキヌちゃんの番ね!!
 おキヌちゃんの体、取り戻しに行くわよ!!」
「......ういっス!!」
「はい!!」

 美神たち三人も、ポセインドンの玉座に向かって駆け出した。


___________


「......どういうワケ!?
 このプレッシャー......
 アシュタロス並みじゃないの!!」

 ちょうどポセイドンが覚醒した直後に、エミたち六人は、玉座の間に到着してしまった。エミの声を耳にして、ポセイドンが、ゆっくりと振り返る。

『また乱入者か......』
「きゃーっ!?」
「うわーっ!?」

 ポセイドンが一睨みしただけで、エミもピートもタイガーも貴鬼(きき)も、弾き飛ばされた。
 ソレントとアイザックだけが、かろうじて、その場に留まっている。スケイルに守られただけではなく、平伏した姿勢も幸いしたのかもしれない。

「ポセイドン様......!!」
「聞いていただきたいことが......」
『おまえたち......
 スケイルをまとっているからには
 余の臣下のはずだが......!?
 なぜ、この無礼者たちと結託しておるのだーッ!!』

 二人は懇願するが、ポセイドンは聞いてくれない。怒らせてしまったようで、ポセイドンの気迫が激しくなった。
 その時。

「......お待ちください!!」
『ほう......。
 おまえは、たしか......』

 シードラゴンのカノンが、ここに辿り着いたのだった。


___________


 ポセイドンにとって、シードラゴンのカノンは特別だ。アテナの封印からポセイドンを解放したのはカノンであり、ポセイドンが全権を委任した相手もカノンだからだ。ポセイドンがジュリアンの中で眠っている間にやってきたマリーナとは、格が違うのだ。
 だからポセイドンは、現状を説明するカノンに、耳を傾けた。

『そういうことか......』

 事情を理解したポセイドンは、メインブレドウィナの方角へと視線を向ける。
 ただ、それだけで。

 ザバーッ!!

 大量の水の溢れ出す音が、一同の耳に届いた。

「......え!? 今の音って......!?」
『そうだ。
 メインブレドウィナを開けた。
 中の娘も、まだ息はあるはずだ』

 エミ・ピート・タイガーの三人が、メインブレドウィナへと駆け寄る。
 大柱の前に、確かに、おキヌが吐き出されていた。

「......しっかりするワケ!!」

 抱き起こすエミだが、すぐに気が付いた。
 おキヌの体には、魂が入っていない!!

「幽体離脱ですね」

 ピートがつぶやく。ポセイドンの玉座では存在感がなかった彼だが、あの場には、美形は空気と化すという御約束があったのかもしれない。なお、タイガーも存在感ゼロだったが、それは、まあいつものことだ。

「あのコったら......!!
 いったい、どこをうろついてるワケ!?」

 と、エミがつぶやいた時。

「ここでーす!!」

 美神や横島とともに、幽体おキヌがやってきた。


___________


「ただいま......!!
 美神さん、横島さん......!!」

 こうして、無事、おキヌは救出された。
 なお、ポセイドンは、まだジュリアンの体に入ったままである。今、その周りに集まっているのは、三人のジェネラルと貴鬼に加えて、美神・横島・おキヌ・エミ・タイガー・ピートの六人だった。

『シードラゴンから話は聞いたが、
 おまえたちの側からの話も聞きたい』
「そうねえ......。
 ちょっと長くなるけど......
 アシュタロスって知ってる!?」

 ポセイドンに促され、美神は、今回の『聖戦』の意味からキチンと説明する。

『そうか......。
 色々と済まなかったな』

 長い話を聞き終えて、ポセイドンは、美神たちに頭を下げた。

「ポセイドン様......!!」
「悪いのは私です。
 ポセイドン様は......」

 慌てる三人のジェネラル。特に、悪霊に取り憑かれていたカノンは、責任は自分にあると主張したいようだ。
 しかし、ポセイドンは、これをキッパリと切り捨てた。

『臣下の責任を取るのも王の努めだ。
 余がみずからアテナの壷に戻るから、
 これ以上、シードラゴンたちを責めないでくれ」
「......!!」
「......えっ!? でも......」

 ジェネラルたちだけでなく、美神も驚いてしまう。
 彼女は、伝えたはずなのだ。『今回封印されたら二度と出てこれなくなる』という小竜姫の言葉も。
 美神の言いたいことを察したらしく、ポセイドンが微笑んだ。

『......心配するな。
 このポセイドン、完全に封印されるほどヤワではない。
 こうして万全の状態で出て来ることは無理でも、
 力の一端を時々発揮するくらいは出来よう』

 さいわい、海底神殿の七本の柱も、まだ半分近く残っている。それに、メインブレドウィナもあるのだ。それならば、このエリアも維持されるから、壷に入ったまま海の守り神として、ここに残る。
 それが、ポセイドンの意志だった。

「では私も残ります!!」
「......私も!!」
「ポセイドン様......
 ジュリアン様は、どうなさるおつもりで!?」

 即座に決意を伝えたカノンやアイザックとは対照的に、ソレントは、疑問を口にした。

『ふむ......。
 最近の記憶を消した上で、地上に戻そうと思う。
 また体を借りる可能性も、ゼロではないからな』
「でしたら......私は、
 地上でジュリアン様を秘かに警護いたします」
『そうか。
 頼んだぞ、セイレーン。
 ......そして、シードラゴンよ!!』
「はっ!!」

 別れの前に、あらためてカノンに全権委任するポセイドン。

『この騒動を恥じる気があるなら......。
 残ったマリーナたちのこと、よろしく頼む。
 それが償いだと思ってな......』
「はっ!!」

 シュウッ!!

 ポセイドンは、ジュリアンの体から離脱し、メインブレドウィナへ向かう。アテナの壷は、その中にあるのだ。
 これで、ようやく全てが終わった。そんな雰囲気になったところで、おキヌがポツリとつぶやく。

「カノンさん......
 悪霊に取り憑かれちゃったんだから、
 仕方ないですよね......!?」

 一番の被害者であるはずのおキヌだからこそ、許しの言葉を発することが出来るのだ。
 だが、カノンは、大きく首を横に振った。

「いや、私にも非はある。
 せっかくポセイドン様が忠告してくださったのに
 気が付かなかったのだからな......」
「......どういうこと!?」

 リーダーシップをとって、美神が質問する。霊能者独特のカンが『カノンは何か重要なことを知っている』と告げているからだ。

「スニオン岬の岩牢の話を覚えているか!?」

 カノンは、横島とおキヌの方を向きながら、語り始めた。
 美神は、『あとで説明しなさいよ!?』という表情で横島を小突くだけで、口を開かない。

「あそこで私を助けてくれた『力強いコスモ』、
 それは二方向から来ていた。
 ......つまり二人いたのだよ、私を助けてくれた神は。
 最初は、慈悲深いアテナかと思ったが、そうじゃなかった。
 『もう一人の神』は......
 私を利用するために助けただけだったのだ!!
 慈悲深いどころか、むしろ邪悪な神だったのだ!!」
「いけないなァ、神のことを悪く言っては」

 誰かがバカなツッコミを入れて皆にしばき倒されたが、何事もなかったかのように、カノンは話を続ける。

「その『邪悪な神』こそ、
 ポセイドン様が言っていた『真の敵』。
 さらに、悪霊に力を貸していた存在!!
 あの、特殊な『悪霊』を作り上げた神だったんだ」
「悪霊を作り上げた......!?」
「そう。あれは、普通の幽霊なんかではなく、
 空間に焼きつけられた『死の瞬間の強烈な意志』を核として、
 そこに神気を練りこめられたシロモノ。
 だから、このカノンをも自在に操れたのだよ......。
 神の力を借りてる『悪霊』だからな......」

 途中で言葉を挟んでしまった美神だが、今、彼女の頭の中に、一つの名前が浮かび上がってきた。
 ギリシアの神々の中には、空間に焼きつけられた魂の残像を集めて、独自の『冥界』を作っている者がいる。かつてヒャクメは、(もう読者も覚えていないであろう第一話で)そう説明したはずだ。
 その名は......。

「冥王ハーデス......!!」 
「ダメですよ、横島さん......。
 カノンさんに最後まで説明させてあげないと!
 私も気づいちゃったくらいですから、
 皆さん、わかってたんでしょうけど......。
 でも誰も口にしなかったんですから」
「そ、そうよ!!
 空気読みなさい、横島クン!!」

 自分も言いそうだった美神だが、素知らぬ顔で、おキヌに同調するのであった。


___________


 そして、美神たちは海底神殿をあとにする。
 マリーナたちも、残る者は残り、地上へ帰る者は帰る。それぞれ独自の道を進むのだ。
 若干一名、独自の道ではなく、GSたちと行動をともにするジェネラルもいたが、きっと彼の未来は明るいと信じることにしよう。

『バックに冥王ハーデスがついていた以上、この事件は終わっていない』

 それがGSたちの共通認識だったが、今できることは、何もなかったのだ......。


___________


「先生、コーヒーです」
「......ありがとう、西条クン」

 オカルトGメン東京支部。
 ここが、西条や美智恵の職場である。
 海底神殿から戻って以来、美智恵は、上層部に提出する公式リポートを作成しようと苦労していた。
 ポセイドンの一件は、仕事だったわけではないし、一般の人々への影響もなかった。もしもポセイドンが地上侵攻でも始めていれば話は別だったが、全ては、それ以前に片付いたのだ。
 しかし、美智恵は、この事件を上に報告する必要を感じていた。

「ところで......西条クン!?」
「なんでしょう?」

 美智恵の分とは別に、自分用にも一杯のコーヒーを持ってきていた西条。それに口をつけた彼に、美智恵が、素朴な質問を投げかけた。

「雪之丞クンは母親の幻を見せられたそうだけど......
 西条クンは、何でやられたの!?」

 ブーッ!!

 コーヒー吹いた。

「......す、すいません。
 いやあ、覚えてないんですよ。
 しょせん『幻』ですからねえ。
 ははは......」
「そう......!?
 まあ、いいわ」

 美智恵としては、気分転換のつもりで軽くからかっただけだ。しかし、こうもあからさまな反応が返ってくるようでは、二度と話題にしないほうが良さそうだった。
 なにしろ、『プレイポーイ西条、ついに年貢の治め時』というウワサが、こっそりと職場で出回っているくらいなのだ。これで相手が美智恵の娘であれば、皆も『やっぱり』と思うのだが、なんと別の女性である。『手を出してはいけない相手に手を出したのだ』とか、『孕ませてしまったのだ』とか、勝手な憶測が広がっている。
 自分たちも幻惑攻撃を受けたために、美智恵だけは、真相に気付いていた。ちなみに、美智恵と唐巣は、

「精神攻撃には耐えきったのだけど......
 それで弱ったところを、電撃攻撃でやられてねえ。
 やっぱり年かな......」

 と、口裏を合わせてあった。

「じゃあ、先生。
 用事があるので、僕は、もう帰ります」

 西条が逃げるように立ち去る。その後ろ姿を見ながら、美智恵は、思考を戻した。ポセイドン事件の大枠について再考するのだ。

(事件を操っていたのは、
 ハーデスから送り込まれた悪霊......)

 冥王ハーデスのところには、焼きつけられた魂の残像をもとにした疑似幽霊がたくさんいるそうだ。もちろん、魂の焼きつき現象は、ある程度の条件が重ならなければ成立しない。今回の茂流田の場合は、霊的実験施設で死んだことに意味があるのだろう。魂のうちの『強い未練』の要素だけが、その場の霊的属性の影響で、焼きつけられてしまったのだ。
 そして、それを手に入れたハーデスが、悪用した......。

「うーん......」

 デスクワークの場では、美智恵は眼鏡をしている。
 右手でコーヒーカップを持ちながら、左手は、無意識のうちに眼鏡に伸ばしていた。人差し指でツル部分をこめかみに押しあて、中指では、レンズ下を支えている。まるでずり落ちるのを防ぐかのようだが、そんな意図はなく、ただのクセである。

(幽霊......悪霊......)

 何かが気になるのだ。
 今のうちに上層部に進言するべきだと思うのだ。
 ポセイドン事件は、大事件の前兆に過ぎないような気がするのだ。
 しかし、地上に幽霊が大発生したところで、日本に在住している強力なGSの敵ではない......。

(......ん!?
 ちょっと待って......!!)

 茂流田は人間だったから、焼きつけられた魂が幽霊となったわけだが、これが魔族だったら?
 そもそも魔物なんて幽体が皮をかぶっているようなものだ。魔物の『魂』ならば、ハーデスが少し手を加えるだけで、容易に、実体を伴った存在に出来るだろう。

(......そんな!)

 では、ハーデスが本気になったら、魔物の大量復活も可能なのか!?
 アシュタロスがコスモ・プロセッサで世界中に悪魔を再生させたように......!?

(いや、今度は『世界中』じゃないわ。
 日本に......特に、東京に集中する!!)

 もしもハーデスが、すでに自分の『冥界』にいる疑似幽霊を利用するならば、それがどこに送り込まれるかは分からない。
 しかし、空間に焼き付けられたままの魂を悪用した場合には......!
 これまでは朧げだったから感知されなかったような『魔物の魂』を、今になって、その場で実体化させた場合には......!
 強力な『魔物』は、主に関東で発生することになるだろう。最近滅ぼされた悪魔の多くは、この近辺で活動してきたのだから。

(これは......上を説得しないと!!)


___________


「なんスか、三人で話し合いって......!?」

 美神に呼び出された横島は、事務所の一室に入る。
 わざわざ口にしてしまったが、実は、横島にも分かっていた。
 話題は、三人の今後の関係についてだ。
 海底神殿で二人の気持ちを知ってしまった横島だったが、おキヌからは、

「それについては......
 美神さんも含めて、きちんと話し合いましょう」

 と言われていたのである。
 やや緊張した態度で入室した横島に、

「なーに、そんなに硬くなって?
 横島クンらしくないわよ?
 気をラクにして、座りなさい」

 美神が、対面の椅子を勧めた。おキヌは美神の横に座っているので、横島は、二人の女性と向き合う形になる。

「私もこういうのは苦手だから......
 要点だけ言うわよ!?
 おキヌちゃんが正妻で、私が内縁の妻。
 ......ということに決定したわ」
「......は?」

 『話し合い』に来たはずなのに、着席と同時に決定事項を告げられて、横島は戸惑ってしまう。

「あんたの『両手に花』を認めるなんてシャクだけど......
 でも、おキヌちゃんから奪うわけにもいかないからね」
「私も......横島さんは
 私一人の横島さんでいて欲しいけど
 ......でも相手が美神さんでは、仕方ありませんから」

 わざと厳しい顔をする美神とは対照的に、おキヌは、素直に微笑んでいる。優しく両手を伸ばして、横島の右手に重ねるくらいだった。

「......あれ?
 でも......おキヌちゃんが『正妻』?」

 困惑すべきポイントはそこではないのだが、横島の口からは、そんな言葉しか出てこない。

「うちの親は『内縁』でも理解してくれるだろうけど、
 おキヌちゃんの親御さんは、普通の人たちだからさ。
 ......だから、おキヌちゃんを戸籍上の妻にしないとね」

 なるべく冷静な口調で答える美神に、真っ赤な顔をしたおキヌが続く。

「でも、そのかわり......。
 キスも私が先でしたから......
 あの......その......体の関係は......」
「横島クンの『初めて』は
 私が貰うことになったから。
 ......よろしくね」

 ここで美神も、ポッと頬を染める。
 これは横島のハートを直撃したのだが......。

「......でも、今すぐじゃないからね!?」

 条件反射で飛びかかる横島に、美神のカウンターパンチが炸裂した。
 しかし、床でノビている場合ではない。アッサリ回復した横島は、ここでようやく、肝心の点に思い至った。

「あの......それより......
 いつのまにか『結婚』確定っスか?」
「もちろん、将来の話ですよ!?
 お互いに高校卒業してからだとして......
 二年ちょっと先ですね。へへへ......」
「あんた......
 今さら他のコがいいとか言い出さないでしょうねえ?」

 いつのまにか、美神の手には神通棍が握られていた。
 そんな彼女を見て、横島の頭の中に、包丁を握った母親の姿が浮かぶ。

「な......なに言ってるんスか!?
 美神さんとおキヌちゃんの二人......!!
 とっても......とっても幸せです......」

 少し顔を引きつらせながら、そう答えるしかない横島であった。


___________


 同じ頃。
 夕陽に照らされる東京タワー展望台の上に、ボウーッとした影が、実体を形成しつつあった。
 美智恵の危惧していた事態が始まったのである。
 ここには、一つの魂が、強い想いとともに焼き付けられていた。
 それは、死に際の想いではなく、幸せだった頃の想い。
 だから、彼女は、自分の本体が死んでいることなど知らない。彼女には、焼きつけられた時点までの記憶しかないのだ。

『あれ......
 私......ついさっきまでキスしてたはずなのに?
 どこいっちゃたのかしら、ヨコシマ?』


(第十一話に続く)

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第十一話 ハーデス編へ進む



____
第十一話 ハーデス編

「......じゃあ、これで話は終わり。
 横島クン、一応言っておくけど、
 公私のケジメはつけなさいよ!?」
「仕事は三人いっしょなんですから、
 事務所でイチャイチャするのはやめましょうね?」
「......は、はい」

 ポセイドン海底神殿の戦いの中で、美神は、深層心理に隠しておいた恋心を自覚することになり、一方、横島も、彼女とおキヌの気持ちを知ってしまう。
 そして、こうして事務所に戻った今、彼の意に添う形で(?)、二人から正式に『両手に花』を認められたのだ。
 『高校を卒業したらおキヌと籍を入れて、美神は内縁の妻とする』という条件付きであるが、横島が反対できる雰囲気でもなかった。

「ふーっ......。
 二人で決めたことを横島クンに伝えただけなのに、
 なんだか疲れたわね......」
「あれーっ!?
 美神さん、緊張してたんですか!?」
「ば、ばか言わないでよ、おキヌちゃん!」

 美神にとっては、千年の想いの成就なのである。だから硬くなるのも当然だったが、素直に認める気にはなれなかった。

(もう......!!
 私......こんなんで本当に
 横島クンと付き合っていけるのかしら?)

 目の前で黙っている横島も、なんだかニヤニヤしている。美神は、自分の顔が赤くなるのを感じた。

「と、ともかく!!
 今日は仕事もないから、
 二人とも、帰っていいわよ!!」

 と、美神が言った瞬間。
 部屋のドアが、バタンと開く。

(シロやタマモが、もう戻ってきたのかしら?)

 美神だけでなく、その場の誰もが、そう考えた。
 しかし、入ってきた人影を見て、三人は硬直してしまう。

『......ヨコシマ!!
 なんで私をおいて、
 一人で戻ってきちゃったの!?』

 可愛らしく頬をふくらませる、女性型魔族。
 それは、どう見てもルシオラだった。




    第十一話 ハーデス編




 美神の事務所で横島たちが慌てていた頃よりも、少し前の時刻。
 成田に到着した飛行機から、一人のドイツ人少女が降り立った。

「この国に、ハーデス様が......」

 とつぶやく少女の名前は、パンドラ。
 彼女は名家の生まれであり、本来ならば幸せな一生を送れたのだろうが、幼い頃に見つけた小箱のせいで人生を大きく狂わされていた。小箱には、冥王ハーデスの側近である二人の神が封印されていたからだ。
 その二神ヒュプノスとタナトスによって、パンドラは、ハーデスの地上代行者にされてしまう。彼ら二神が地上で頑張れば良いのに、二人は、サッサとハーデスの『冥界』奥の楽園へ行ってしまったのだ。
 さらに、ハーデスの魂が、彼女の『弟』として生まれ出た後、彼女の家族も召し使いも、皆、死んでしまった。
 当時、地上に出現したのはハーデスの魂だけだったので、幼いパンドラは、ハーデスの器となる『肉体』を探した。
 それは、今から十三年前の出来事である......。


___________


 ハーデスが宿る先は、この世で最も清らかな心をもつ人間だと言われている。
 見つけだした相手は、パンドラと同じくらいの年齢の幼女だった。

「あれ!?
 『弟』なのに、女のコ!?」

 少し気になった幼女パンドラだが、子供の自分には分からぬ大人の事情なのだろうと考え、話を先に進める。

「おまえは私の弟だ!!
 私のところに来い......!!」
「え〜〜でも〜〜
 おかあさまが〜〜
 『知らない人についていっちゃダメ』って......」

 幼女パンドラは、赤ん坊を抱くような形で、ハーデスの魂をかかえていた。だから、力づくでさらっていくのは難しい。
 しかも、二人の間に、一人の女性が割り込んだ。

「お嬢様を誘拐する気!?
 そんなことされたら、私のママがクビになっちゃう!
 ......お嬢様は、このフミが守るわ!!」

 彼女はメイド服を着ているが、やはり幼女である。
 つまり、現在の状況を通行人視点で見てみると......。

 一人の幼女は、赤ん坊らしきものを抱いているが、泣きもしないし動きもしないし、どうやら本物の赤ちゃんではなさそうだ。
 別の幼女は、お嬢様ルックだが、最初の子供から『弟』と呼びかけられている。男のコ役?
 三人目の幼女は、なぜかメイド服だ。召し使い役?

 ......というわけで、ママゴトをしているようにしか見えない。だから、近くを通りかかる者がいても、微笑ましく眺めるだけで、通り過ぎていった。

「誘拐ではない!!
 その娘は神の肉体として選ばれたのだ。
 ......喜ぶがいい!!」
「神の肉体として......!?
 あんた電波系ね!?」
「ん〜〜むにゃむにゃ〜〜。
 わたし〜〜もう眠いから〜〜
 おうち帰る〜〜!」

 幼女メイドが立ちふさがる以上、下手に奪い合いをしたら、ハーデスの肉体である幼女お嬢様に傷をつけてしまうかもしれない。それを恐れた幼女パンドラは、

「ならば......せめて、
 これをつけておけ......」

 と、星形のペンダントを押し付け、その場をあとにした。
 ペンダントの魔力で、この会合の記憶は、二人の頭の中からは消えている。しかも、これを『ママゴト』だと思っていた大人たちにも、最後に幼女パンドラがプレゼントをして仲良くお別れしたように見えるだろう。


___________


「それなのに......
 まさか、あのペンダントが......」

 空港ロビーを歩きながら十三年前を回想していたパンドラは、ここで、最近の事態について考える。
 ハーデスの配下である冥闘士(スペクター)も復活し、『聖戦』の相手であるアテナも、すでに妙齢の少女へと成長した。いよいよ、『聖戦』が始まるのだ!
 今こそハーデスの肉体奪回の時期と思ったが、パンドラ自身、幼い日の記憶は朧げである。ただし、ペンダントが目印となるのは確実なので、それを探索した結果......。
 ペンダントは、『夢の島』と呼ばれるゴミ埋め立て地にて発見された。いつのまにか捨てられていたのだ。
 これは、パンドラの失態とも言える。だから、みずから日本までやってきたのだった。

「私は、ハーデス様の御体を探すことに専念すれば良い。
 『聖戦』の緒戦は、ラダマンティスたちが
 しっかりやってくれるだろう......」

 パンドラは、冥界三巨頭と呼ばれるラダマンティスに、ギリシアのサンクチュアリ侵攻を任せていた。
 事前の調査によると、現在サンクチュアリの結束は固いらしい。
 しばらく前、悪魔に取り憑かれた黄金聖闘士(ゴールドセイント)がサンクチュアリ乗っ取りを企んだが、その反乱も無事に収束。反乱の首謀者は教皇に化けていたのだが、当時から民衆に対しては善行を施していたということで、外面的には、今でも彼が教皇を演じているそうだ。それが彼の贖罪なのだろう。
 そして、サンクチュアリ内部を実質的に取り仕切るのは、老師と呼ばれる古老のゴールドセイント。前聖戦からの生き残りであり、来るべき『聖戦』に向けていち早く準備していた人物でもある。なんと、神の秘術により今でも若い肉体をキープしているという噂まであるくらいだ。
 そして、アテナと老師の号令のもと、地上の全ての聖闘士(セイント)がサンクチュアリに終結しているそうだ。行方不明だった強力な青銅聖闘士(ブロンズセイント)まで探し出して味方にしたと聞いている。ただし、そのセイントが『今まで活火山のマグマの中で長々と昼寝していた』というのは、さすがに話半分、眉唾だろうとパンドラは思っていた。
 そんなサンクチュアリを襲撃する際には、本来ならば、死んだ聖闘士(セイント)や海闘士(マリーナ)を利用するつもりだったパンドラたち。しかし、予想と違って、最近の戦いでは死人が出ていないので、仕方なく正規のスペクターを攻め込ませている。

「ハーデス様......」

 現状を振り返ったパンドラは、心の中でハーデスに感謝する。ハーデスは、魔物の魂を大量に蘇らせていたのだ。しかも、それは『聖戦』のための直接戦力ではない。有力なGSをあぶり出すためだった。パンドラもハーデスも、『現代におけるハーデスの肉体は、強力な霊能力者だ』と考えていたのである。

「今から、この日本で、多くの魔族が復活する。
 ......きっと出てくるだろう、十三年前のあの娘も!!」

 そう信じているパンドラは、都心に向かうため、リムジンバスに乗り込む。


___________


『非常識だー!!
 納得いかーん!!』

 妙神山の門前で、死んだはずの魔族の絶叫が響き渡った。

『......ん?
 やられたかと思ったんだが......』

 再生デミアンは、自分の体を見つめる。本体のカプセルも、それを守る『子供』の肉壁も、どちらも傷ひとつない。

『......まあ、いいや。
 なんだか知らんが、とりあえず......』

 自分と戦っていたはずのワルキューレたちも、ターゲットである美神令子も、この場にはいない。いつのまにか妙神山の中に逃げ込んだというならば、みずから乗り込めばいいのだ。
 そう思って門へ向かい始めた再生デミアンに、制止の声が飛ぶ。

『許可なき者この門をくぐることまかりならん!』
『どうしても中に入りたくば、
 我らを倒してからにしてもらおう!!
 ......しかし!!』
『この「右の鬼門」!』
『そしてこの「左の鬼門」あるかぎり、
 おぬしのような魔族には
 決してこの門、開きはせん!!』

 デミアンが相手だというのに、強気に決まり文句を述べる鬼門たち。だが、もちろん......。

 ぎ〜〜っ。

 いつものように、門は中から開けられる。ただし、出てきたのは、いつもの人ではなかった。

『ここで神族と魔族が争うわけにはいかないでちゅ。
 でも魔族同士なら問題ないんでちゅよ』

 パピリオである。
 現在は小竜姫の弟子である彼女だが、その格好は、アシュタロスの配下として働いていた時と同じだ。パピリオの戦闘スタイルなわけだが、三姉妹登場以前に滅んだデミアンから見れば、奇妙なお子様でしかなかった。

『......ん?
 ガキか......!?』
『ガキにガキって言われたくないでちゅ!!』

 パピリオだけではない。再生デミアンだって、外見は子供なのだ。
 今、妙神山の門前で、子供のケンカが始まる!


___________


(アシュ様ー!!)

 内心で絶叫しながら滅んだベスパだったが、ふと気が付くと、復活していた。

『......変だね?』

 妖蜂が霊体片を集めたのだろう。
 最初はそう思ったのだが、それにしては奇妙なのだ。蜂の巣の中で、エネルギーに応じた大きさで蘇るはずだが、現状は全く違う。東京タワー前の地上で、生前と同じ大きさで蘇生している。

『どうなってるんだい......!?』
『......こういうことさ!』

 つぶやく再生ベスパに、空から返事が降ってきた。ただし、言葉だけではなく、強力な魔力弾も一緒である。

『......おまえは!?』 

 その攻撃をサッとかわした再生ベスパは、空を見上げて驚いた。そこに浮かんでいるのは、自分と瓜二つの姿をした存在なのだ。

『もうアシュ様も滅んだんだ。
 せっかく望みがかなったんだから......
 今さらあんたのような亡霊に出てこられても困るんだよ』
『アシュ様が......滅んだ!?』

 再生ベスパは混乱する。彼女の感覚では、アシュタロスは、今、エネルギー結晶も手に入れて、いよいよ天地創造に着手した頃のはず。負ける理由など皆無のはずだった。

『......そうさ。
 ともに滅ぶことはできなかった私のかわりに、
 せめて、あんただけでも消滅させてやるよ。
 ......再生怪人討伐の許可は降りてるからな』

 そう言いながら、本物のペスパは、地上に降り立った。
 二人のベスパの対決が、今、始まる!


___________


『人間ごときが......下等な虫ケラが
 このあたしに指図すんじゃないよ!』

 毎年GS試験が行われる会館には、霊的エネルギーが蓄積している。その場に、人間から魔物へと転じた悦びの思念が一つ、強烈に焼きつけられていた。
 今、それが実体化し、再生勘九郎となる。

『......あれ?
 みんな、どこ行ったのかしら?』

 再生勘九郎の主観では、GS試験中のはずだった。ミカレイ選手こと美神令子との戦いの途中で正体を現し、メドーサの命令で大暴れ中。それが彼の現状認識なのだが、周囲を見渡しても、誰もいない。敵もいないどころか、メドーサもいない。

『......どういうこと?』

 まさかあれから長い時間が経過しているとは、彼は知らない。この会館は、別のイベントに使われることもあったのだが、今日は、何の予定もなく、だから空っぽだったのだ。
 一人ポツンと立ち尽くす再生勘九郎。だが、ほどなく、若い男女の話し声が外から聞こえてきた。

「信じられませんわ!
 ホテル代も用意せずにデートして、
 そのくせ私と契ろうだなんて......!!」
「おいおい。
 ラブホテルなんかより、ここの方がいいぜ?
 なんたってGS試験が行われる会場だ。
 おまえも将来は受験するだろうしな、
 これも下見ということで......」
「そんな理屈では騙されないわよ!?
 それに私が言う『ホテル』は
 『ラブホテル』のことじゃありません!
 ちゃんとした一流のホテルです!!」
「......無理言うな!
 そんな無駄遣いできるかッ!!」
「無駄とは何よ!?
 女がロマンチックな初体験したいのは常識でしょ!?
 ......サイテー!!」

 どうやら、貧乏男と御令嬢らしきカップルが、ここでヤろうと忍びこむところのようだ。ソーッと扉を開けて入ってきたのは......。

「か、勘九郎!?」
「......なんで魔族がこんなところに!?」

 伊達雪之丞と弓かおりだった。

『あら、雪之丞!!
 ......お連れさんはガールフレンド?
 もうっ、あたしってものがありながら、罪なオトコね』
「......気色悪い冗談かますな!
 マザコン疑惑だけでも十分なんだ、
 ホモ疑惑まで付け足さんでくれ!!」
「マザコンは『疑惑』じゃないでしょ!?
 ......事実ですわ」

 背筋がゾッとする二人だったが、雪之丞は主張すべきことをキチンと主張し、弓は突っ込むべきところを的確に突っ込む。

『......あらあら。
 いい感じの二人ね。
 なんだか妬けちゃうわ』

 再生勘九郎が微笑むが、雪之丞のほうでは、これ以上冗談に付き合うつもりはなかった。
 彼は、真面目な視線で再生勘九郎を睨みつけながら、戦闘に備えてネクタイを緩める。

「......しつこいやつめ。
 『少年まんがって
  強さのインフレ大きいからキライよ』
 じゃなかったのか?
 ......俺もちゃんと『電話すっから』って言ったのに、
 意味が通じねえとはな。
 ああいうのはな、別れ言葉なんだよ」
『......なんのこと?』

 コスモ・プロセッサによる復活後の記憶など当然ないので、再生勘九郎には、雪之丞の言っている意味は分からない。しかし、馴れ合いもここまでなのだとは悟っていた。だから、攻撃の構えを取り始める。
 これに対して、雪之丞も、魔装術を展開した。

「かおり、おまえはそこで見ていろ!
 海底神殿で活躍できなかった分、
 思いっきり暴れてやるぜーッ!!」

 同じ道場で修業した二人が、今、ここで最後の対決を始める!


___________


『おおっ!!
 こ......このカキ氷はっ......!!』

 名水を使い最高の技術で作った氷と、本物の材料と名人の腕で仕上げたシロップ。その両者を活かしたカキ氷は、究極かつ至高の一品である。それを目にした感激の思念が、北海道に一つ、強烈に残留していた。
 今、それが実体化し、再生雪女となる。

『......どういうことよーッ!?』

 もちろん、ここにカキ氷が用意されたのは、現実には遥か昔である。しかし、彼女の感覚では、目の前にあったはずの究極かつ至高の一品が、突然消えたように見えるのだ。そのギャップに憤る再生雪女の前に、

「やはり出てきたか。
 ......今度は負けないよ」

 唐巣神父が現れた。後ろには、弟子のピートも従えている。
 彼らは、美智恵から、魔物復活の可能性を知らされており、ここで雪女を待っていたのだ。

「雪辱戦ですね!!」
「......そうだ」

 弟子の言葉に頷く唐巣。
 以前に雪女と戦った時のことはハッキリ覚えている。あの時、唐巣は、あっけなく心を凍らされたのだ。

「僕たちは海底神殿では
 活躍できませんでしたから!!
 ......せっかく美智恵さんが
 情報をくれたのですから、今度こそ!!」
「......そっちの『雪辱戦』か」

 ピートの言葉にも一理ある。しかし、唐巣にしてみれば『海底神殿』『美智恵』という二つのキーワードは、思い出してはいけない思い出を引き出すだけだった。

「先生......!?
 顔色が悪いですが......まさか!?
 あの雪女、何も言わずに
 いきなり精神攻撃を!?」
「いや、ちょっと体調が悪いだけだ。
 ......気にしないでくれ」
『何をゴチャゴチャ言っているの?
 私のカキ氷を奪ったのはおまえたちか?
 食べ物の恨みは恐ろしいのよ!!』

 なんだか顔面蒼白な唐巣と、勘違いして激怒している再生雪女。
 そして、かつての美神の戦法を踏襲して、液体窒素を持参してきたピート。
 勝者の分かりきった戦いが、今、始まる!


___________


『ん......!?
 滅ぼされたかと思ったのだが......!?』

 この山には、死に際の強烈な未練が一つ、焼きつけられていた。それは、霊体ミサイルの直撃を株わけにより免れ、末端に細菌弾を受けても生き延びたほど、生への執着が強い魔物だった。
 名を死津喪比女と言う。
 今、その残留思念が実体化したのだが......。
 『死に際』の念であることが、彼女に災いする。日頃は地中深くに隠れている彼女の本体だが、死滅した時には地上に出ていた。だから、実体化した場所も、土の上だった。

『おや......!?
 おまえたちは......!?』

 そして、既にそこには、死津喪比女復活を予想した一隊が集結していた。

「先生の言うとおりだったな......。
 『滅んだ地点ズバリに出現する』という点までも」

 西条率いるオカルトGメン部隊である。

『まさか......その鉄砲は例の......!?』

 ちょっと怯える死津喪比女。彼女を取り囲む面々は、皆、ライフルを構えているのだ。

「もちろん細菌弾だ。
 球根本体をさらしている以上、
 もう枝葉を切り落とす策も使えないだろう!?」

 ニヤリと笑う西条の言葉は、死津喪比女にとっては、死刑宣告だった。
 今、御呂地の山中に、銃声が響き渡る!


___________


「あんた毎日こんな遠くまで来てるの?
 ......そりゃあ横島も疲れるわけだわ」
「いや今日は遠慮してるでござる。
 いつもは、もっと遠方まで行くでござるよ!?」

 少し外で時間をつぶすように美神から言われたシロとタマモ。シロは近場への散歩を提案し、タマモはそれに従ったのだった。
 そして、二人は今、山中の川辺に辿り着いていた。

「ここは......先生と出会った頃に、
 一緒に修業したところでござる」

 感慨深げにつぶやくシロは、水面に視線を向けながら、当時の話をする。
 それは......仇討ちのために里から出てきた、幼い少女の物語。
 ポツリポツリと語る彼女は、いつもの陽気なバカ犬とは違う表情をしていた。だからタマモは、長い話の腰を折ることもなく、聞き役に徹する。

「......そうやって修業をしていたら、
 あそこから犬飼のやつが出てきて......」

 と、シロが木々の間を指し示した時。
 そこに、白い影が浮かび上がった。

「......幽霊でござるか!?」
「こういうときって......
 話題の対象が登場するのが御約束なんじゃない!?」

 ハッとしたように、二人は顔を見合わせる。その間にも、影は、徐々にハッキリした形を取りつつあった。
 かつて、ここに焼きつけられた一つの思念。それが、今、亡霊として現れる!

「シロ!
 拙者のところへ来い!」

 再生犬飼、最初の発言がこれであった。どんな残留思念をもとにしているのか、敢えて言うまい。

「......バカ犬、モテモテじゃないの!?
 あんたが複数から言い寄られるSSって
 ......珍しいんじゃない?」

 タマモは、海底神殿でのシロのバトルを思い出して、つい冷やかしてしまう。
 しかし、その直後、彼女は聞いてしまった。シロの頭のどこかが切れた音を。

 ブチッ!

「ふ......ふざけるなーっ!!」

 一瞬ビビったタマモだったが、シロの怒りの矛先は、犬飼である。シロは、霊波刀を全開にして、再生犬飼に斬り掛かっていく。

「ふん、そんなもの......あれ?」

 妖刀八房で迎撃しようとする犬飼だったが、ふと気が付くと、何も手にしていなかった。それどころか、なんだか体がフワフワしている。

「バカ犬!
 冷静になりなさいッ!!」
「な、なにをするでござる!?」

 タマモが後ろからシロに追いつき、その体を羽交い締めにする。

「よく見なさい!!
 ......あいつは悪霊よ!?」
「......え?」

 タマモの指摘に、惚けたような声で応じたのは、犬飼だった。そう、犬飼自身も気付いていなかったが、この再生犬飼は、実体を伴った魔物ではなく、ただの幽霊だったのだ。
 ここに魂が焼きつけられた時点では、犬飼は、まだフェンリルとなってはいない。人狼とはいえ、まだ人間に近かったのだ。だから、ハーデスの力でも再生犬飼を実体化させることは出来ず、茂流田のように悪霊化したのである。
 そこまでの事情は、この場の誰にも分からない。しかし、ともかくシロは、タマモの言葉で冷静さを取り戻したらしい。シロは一言、

「悪霊であれ何であれ、霊波刀なら斬れるでござる」

 と、つぶやいた。
 もちろん、それはタマモにも分かっている。それでも、戦闘状態に突入する以上は、シロに正確な現状把握をさせたかったのだ。

「父の仇、犬飼!
 今度こそ拙者の手で......」

 言いかけたシロの動きが止まる。いや、シロだけではない。タマモも犬飼も感じ取っていた。
 強力な魔物が一体、ここへ向かっている!
 三人が硬直している間に、森がざわめき始めた。小動物たちも、魔の接近を悟ったらしい。
 そして、現れたのは......。

『誰でもいい!! 肉を喰わせろ!!』

 再生フェンリルだった。どうやら、フェンリルとなった後の残留思念も、別のところで復活していたらしい。しかも、フェンリルはすでに魔物扱いだったようで、再生フェンリルは、キチンと実体化していた。

『......ん?
 なんで俺がもう一人いるんだ!?』
「......よくわからんが、俺は幽霊らしい」

 食欲で復活したフェンリルと性欲で復活した犬飼とが、お互いに見つめ合いながら、言葉を交わす。さすがは自分同士、それ以上語る必要はなかった。色っぽくはないが、目と目で通じあう、そういう仲なのだ。
 無言で頷きあった後、幽霊犬飼は、再生フェンリルの中へと吸い込まれていく。若いシロタマに古い奴だと馬鹿にされたわけでもないし、真夜中トイレに恐くて行けないほど弱い幽霊でもないのだが、実体を持たぬまま頑張るのはナンセンスなのだ。

「むむ!
 そちらが合体するなら、こっちだって......」
「ちょっとシロ!?
 なに言い出すの!?」

 ちょっと百合な想像をしてしまい腰が引けるタマモだったが、それは勘違い。

「カモーン! ウルフ・クロース!!」
「なんだ、そういう意味か。
 ......って、来るわけないでしょ!?」

 胸を撫で下ろしながら、タマモが突っ込んだ。だが、

「うわっ!? ホントに来た!?」
「こら、バカ犬!!
 あんたが驚くな!!」

 さすがのクロスだけあって、忠犬の精神が刷り込まれているようだ。遠くから飛来したクロスが、シロの体を覆う。

 かしゃーん。かしゃーん。かしゃーん......。

 例によって例のごとく変形し、シロの外見は、再び、アルテミスシロ中学生バージョン となった!

「これで女神様の力が使えるでござる!!
 犬飼、覚悟ーッ!!」

 余裕のある表情で突撃するシロを見て、タマモは嘆く。

(はあ......。
 バカ犬ったら、落ち着いたどころか、
 調子に乗ってるんじゃないの!?
 ......これじゃ、また私が
 幻術でサポートしないとダメかしら!?)


___________


『貴様だ......!!
 貴様を先に殺しておくべきだった!!』

 その想いの強さゆえ。
 コギャルメドーサは、ここで復活した。
 大気圏突入直前の戦闘を繰り広げた、この宇宙空間で。

『あれ?
 あいつらどこだーッ!?』

 再生コギャルメドーサの主観では、目の前に、横島や美神の乗る宇宙船があったはずなのだ。それが、いつのまにか消えている。

『また貴様の手品か、横島ーッ!!』

 横島が文珠で何かしたのだ。再生コギャルメドーサは、そう考える。
 もしかしたら、目には見えないだけで、まだ、その辺にいるのかもしれない。

『どこに隠れた......!?』

 再生コギャルメドーサは、魔力波を適当にめくら撃ちした。その反動で、彼女の体が少しだけ動く。

『......おっ!?』

 それは、地球から離れる方向だった。
 残留思念が焼きつけられた時間と場所に恵まれており、彼女は、大気圏突入を免れるところで実体化していたのだ。
 さすがに、再生コギャルメドーサも気がつく。下手に動くと、重力の井戸に吸い込まれかねない。そうなったら、摩擦熱でアウトだ。
 しかし、宇宙を長距離移動するほどのエネルギーは、残念ながらなかった。宇宙船なしでは、地球に戻ることも、月まで到達することも出来ない。永遠にその中間をさまようのだ。

『うーん......どうしたものかねえ......』

 腕を組んで片手を顎にあてながら、再生コギャルメドーサは、考える。
 考えて、考えて、考えて......。
 考えてもどうしようもないので、そのうち、彼女は考えるのをやめた。


___________


 一方、美神除霊事務所では、ルシオラの登場で、その場の時間が凍りついていた。
 ようやく硬直がとけた横島は、素直につぶやいてしまう。

「えーっと......修羅場!?」

 三人の女性の視線が、いっせいに横島を貫く。

(私たち捨てるつもりじゃないでしょうね!?
 ......今さら遅いわよ!?)

 と、美神の目は主張しているようだ。

(ルシオラさん復活なんて、幻です!
 偉い人には、わからんのです!
 でも横島さんなら、わかってくれますよね!?
 ......ね!?)

 おキヌのまなざしは、そう懇願している。
 そして、ルシオラの瞳には、

(『修羅場』ってどういう意味!?
 なんで美神さんやおキヌちゃんが
 こんな表情してるのよ!?
 ヨコシマ、まさか......)

 という疑念が浮かんでいた。
 三女性の目力に負け、冷や汗をタラタラこぼしながら、横島が後ずさりする。

「いや......あの......その......」

 しかし、一つの声が、横島を救った。

『美神オーナー、御客様です。
 仕事の依頼のようですが......!?』

 仕事ということで美神が態度を切り替え、つられて他の二人も一時的に気持ちを収める。
 そこへ入ってきた依頼客は、外国人美少女。紫がかった黒髪にあわせたのだろうか、服も深い紫色のワンピース。高貴な色のはずの紫だが、彼女が身にまとうと、なぜか妖しく見える。

(おおっ!?
 きれいなネーチャン!!
 いや、しかし......)

 彼女の妖艶さに、いつものセクハラ挨拶をしそうになる横島だったが、さすがに思いとどまった。ここでそんな行動に出たら、鎮火したばかりの熱々の地に油を撒くようなものだ。

「パンドラと言います。
 実は、生き別れの妹を探して頂きたくて......」

 そう言いながら、女性は、ソファに腰を下ろした。外見のイメージとは裏腹に、豪快な大股びらきで座り込む。ワンピースの下部は丈の長いスカートなので、もちろん中身は見えないのだが、これはこれで刺激的だ。

(......くそうっ!!)

 だが、状況が状況なだけに、じっと耐える横島。
 なお、パンドラのほうには、男を誘惑する意図など全くない。幼き頃に家族も召し使いも全て失い、死の城と化した屋敷で一人暮らしをしてきたゆえ、礼儀作法を知らないだけだった。


___________


「......おかしな話ね!?」

 パンドラが帰っていった後、美神は、少し考えてしまう。
 幼い頃に離ればなれになった妹を探して欲しい。そんな依頼を、警察や私立探偵ではなく除霊事務所に持ち込むのが、まず、奇妙だ。パンドラは、

「妹は霊能力者のはずですから、
 あなたの知りあいの中にいるかもしれません。
 そう思って、こちらに来たのですが......!?」

 と説明していたが、どうも胡散臭い。名前も分からないほど小さい頃に別れたと言い張るくせに、『霊能力者』『間延びした口調』『この世で最も清らかな心をもつ』など、妙に細かい情報も提示したからだ。

『美神オーナー。
 しばらく前に、
 オーナーの御友人の一人に、
 「世界で一番心が清らか」と
 言ったことがあるのですが......』

 考え込んでいた美神に、人工幽霊が声をかけた。いつもは会話にも口を挟まぬ彼だが、さすがに、第三話に描かれた伏線など読者も覚えていないと危惧したようだ。

「ああ......大丈夫よ。
 間延びした口調の女性霊能力者というだけで、
 一人、心当りがあるから」

 美神の言葉に、横島とおキヌが頷く。ルシオラまで頷いている。

「でもねえ!?
 そんなわけないのよ......」

 皆が頭に思い浮かべた人物は、六道冥子だった。しかし彼女は、式神使いの才能から考えても、六道家の実の娘のはず。これが養女であるなら、誰かの『生き別れの妹』だとしても不思議はないのだが......。
 そう考えたからこそ、美神は、パンドラには冥子の名前を告げていない。見当もつかないような顔をしておいたのだ。

「もしかして、パンドラさんって......
 小さい頃に六道家を飛び出した人なのでは!?」

 ここで、おキヌが新説を唱え始めた。
 パンドラも実は六道家の娘であり、本来ならば、式神たちも彼女のものになるはずだった。しかし、小さい頃から式神使いになるために厳しい英才教育をされて、それが嫌で家を飛び出してしまった。六道家では、そんな過去は隠すつもりで、だから突然お姉さんが登場する。
 ......という想像である。
 この説に横島が食いついた。

「そうそう!
 それで、実は冥子ちゃんのピンチを
 いつも影から見守っていて......」
「そうですね!
 だから、美神さんのような友人が
 たくさんいることも知っていて......。
 でも、そんな友情の力に頼ってGSをやるのは危険だから、
 ここで真の友情の力を説くために出現したんです......!!」

 横島とおキヌが二人で話をふくらませていくが、

「あんたたち......漫画の読み過ぎ」

 美神、バッサリこれを切り捨てる。
 実は、この時、横島は、

(そんなこと言わずに、
 もっと議論しましょうよ......。
 せっかく雰囲気が落ち着いたんスから!)

 と考えていたりする。
 修羅場発言やルシオラの件をうやむやにするために、何でもいいから話を続けていたいのだ。失言はともかく、ルシオラに関しては『うやむや』には出来ないのだが、そこまで頭は回っていない。
 そして、

「とりあえず......これは、
 また後で考えるとして。
 ......話を戻しましょうか!?」

 美神のバックにブリザードが吹きそうになった瞬間。

 プルルルルルルルッ。

 近くにいた美神が、受話器をとった。

「......ああ、ママ。
 今ちょっと取りこんでるんだけど......。
 えっ......!?
 日本中で魔物が復活!?」


___________


『やっぱり間違いないのね』

 ヒャクメがつぶやく。
 自慢の百の感覚器官とトランクから伸ばしたコードでルシオラを調べた結果、彼女は、ハッキリと確信を持ったのだった。

『美智恵さんの予想どおりだわ。
 このルシオラさんは、ニセモノなのねー!』
「はあ!?」
「......えっ!?」
「どういうことっスか!?」

 無言で納得した表情をする美智恵とは対照的に、美神・おキヌ・横島の三人は、驚きの声を上げた。ルシオラ当人は、ショックで声も出ないらしい。
 一同は、今、オカルトGメンビルの一室にいる。電話で状況を話し合う中で、ルシオラを検査するべきだと見解が一致、わざわざヒャクメにも来てもらったのだった。

『今の彼女は純粋な魔族じゃなくて、
 神気が混じってるのねー』
「......冥王ハーデスの神気ですね!?」

 説明を補足するヒャクメに対して、美智恵が、聞き返す形で『ハーデス』の名前を出す。
 残念ながらヒャクメには、そこまで断定することは出来なかった。しかし、美智恵がその名を告げたことで、美神は、事態を理解する。

「焼きつけられた魂を......
 ハーデスが無理に実体化させてるのね」

 その言葉で、横島も真相に気がついた。だから彼は、悲しげな表情でルシオラに尋ねる。

「ルシオラ......。
 事務所に来る直前、何をしていた!?」
『何って......二人で夕陽を見てたじゃない!?
 ......ねえ「ニセモノ」って、どういう意味!?
 ちゃんと説明してよ、ヨコシマ!』

 取り乱しながらも、質問に答えるルシオラ。
 一方、横島は、彼女の返事から、『今のルシオラは、二人が甘い生活を送っていた時期のルシオラだ』と悟ってしまった。そんな彼女に真実を伝えるべきかどうか悩む彼の横で、

「あなたは......
 強い残留思念から生まれた
 魔物の幽霊のようなものです。
 本物のあなたは......もう、
 この世にいないのよ」
「......!?」

 美智恵が、ズバリと事実を告げる。さらに、小さく震えているルシオラに対して、分厚いファイルを差し出した。

「オカルトGメンに保存されている公式リポートです。
 これを読めば『本物のあなた』が
 どのように生き、どのように死んだか
 ......よくわかるはずだわ」


___________


 ルシオラの目の前には、『リポート288〜349』と書かれた一冊のファイルが置かれている。
 そして、今、この部屋にはルシオラしかいない。
 公式リポートを読む邪魔にならないよう、敢えて、彼女一人にしてくれたのだ。
 しかし、いくら魔族とはいえ、

「おまえはすでに死んでいる」

 と聞かされた以上、ルシオラの心の中は穏やかではなかった。嵐や大波で荒れ狂っていながら、それでいて、何も出来ないような脱力感もある。
 しばらくは、ただ、ジッと座っていた。

『ヨコシマ......』

 無音の室内が嫌になり、無意識で開いた口からこぼれたのは、愛しい男性の名前。
 その名が、彼女の力を、少しだけ回復させる。
 ルシオラは、ファイルに手を伸ばして、それを読み始めた......。


___________


 ルシオラがリポートを読んでいる間、美神・横島・おキヌの三人は、別室で待機していた。
 三人それぞれバラバラの椅子に座り、何か考え込んでいる。
 神魔上層部にも報告する必要があるのだろう、ヒャクメは、サッサと帰っていった。だから、この部屋にいるのは、三人以外では、美智恵だけだ。
 ヒャクメのように心を覗けるわけではないが、それでも美智恵は、三人の表情を読もうとする。若者の顔を順々に見渡すうちに、娘の美神と目が合ってしまった。
 険しい表情のまま、美神のほうから口を開く。

「......で、ルシオラが自分の現状を理解したとして。
 その後は......どうするの!?」
「そうねえ......」

 とりあえずは曖昧な返答をした美智恵だったが、二人の会話を聞きつけて、横島がハッとする。

「まさか......!?
 悪霊として除霊処分......!?」

 横島とて、ルシオラに対してどう接するか、心を決めたわけではない。だからこそ色々と考えてしまうのだが、それは『復活したルシオラが、身近にいる』という前提の上だ。今の今まで、処分される可能性は考慮していなかったが、美智恵が口ごもったことで、突然、その可能性に思い至ったのだった。

「そんな......!!
 悪意はないんスから
 殺す必要なんて......!!」
「横島さん、落ち着いてください!」

 ガタッと椅子から立ち上がる横島に、おキヌが駆け寄ってなだめる。
 一方、慰め役はおキヌに任せたかのように、美神は動かない。
 そんな娘を見て内心でため息をつく美智恵だが、それを顔には全く出さなかった。

「安心しなさい、横島クン。
 ハーデスに操られている可能性もゼロじゃないけど
 ......あの様子なら大丈夫でしょう。
 だから、しばらくは令子のところにおいて
 様子を見るという形になると思うわ」
「はあっ!?
 なに勝手に決めてるのよ!?」
「あら、アシュタロスの一件のときも
 そうしたじゃないの!?」
「あの時と今とじゃ状況が違うわ!
 うちには、シロもタマモもいるのよ!?
 ムツゴロウ王国じゃないんだから......」

 そうやって言い合いながら、美智恵は、スーッと美神に近づく。そして、耳元でソッとささやいた。

「......しっかり見張っておくべきでしょう?
 ようやく付き合い出したのに、
 元カノにとられちゃうわよ?」
「ちょっと、ママったら......!」

 美智恵としては、状況を利用して、軽くハッパをかけただけだ。だが、まだ横島の恋人になった実感のない美神は、これだけで少し赤くなってしまう。
 続いて美智恵は、横島の方に向き直り、

「横島クン。
 本物のルシオラは、将来、
 あなたの子供として生まれてくるのよね!?
 だから、ニセモノのルシオラに手出しちゃ駄目よ。
 ......そんなことしたら、近親相姦よ」

 と、釘をさした。
 ルシオラの転生は確定事項ではないが、そこは敢えてスルーした上で、美智恵は続ける。

「『両手に花』までは許しても
 『ハーレム』は許しませんからね?
 ......あなたの義母の一人として」

 三人で付き合っていくという関係の異常性は、美智恵だって理解している。三人の絆の深さゆえに、美神もおキヌも決心したのだろう。だからこそ、他の女性を割り込ませるわけにはいかない。美智恵は、そう思っていた。

「あなたの実母は『両手に花』も
 許さないかもしれないけど......」
「......!!」

 横島の顔色が変わった。絶望という字が浮かんでいる。

「あなたが、二人を誠実に愛して、
 決して浮気しないというなら......。
 百合子さん説得には、私も力を貸しましょう」
「......!!」

 また横島の表情が変化した。今度は希望である。
 そんな彼を見て、美智恵は思う。

(さすがに百合子さんの名前は効果あるわね。
 これだけ言っておけば、もう大丈夫でしょう)


___________


 一方、ひとり読書に励むルシオラ部屋。
 なぜかリポートはコミック形式で書かれていたので、全部読み終わるのに、さほど時間はかからなかった。
 リポートの始まりは、魔族三姉妹が雪之丞たちを襲撃したところだ。アシュタロスとの長期戦を経て、ルシオラが子供として復活する可能性を知った横島が美神に飛びかかる場面で終わっている。

『......ヨコシマらしいわね』

 最後のシーンではクスッともしたが、あらためて全てを振り返ってみると、とても笑える内容ではなかった。
 パピリオの鱗粉攻撃と、ベスパからの一撃。横島は、二度も死の淵をさまよっているのだ。しかも後者は、ルシオラと横島の意思疎通がねじれた結果である。
 ルシオラは、あらためて、その部分のファイルを開いてみた。
 美神の魂をゲットしてしまったアシュタロスを何とかするのは、やはり横島しかいない。そう思って、横島を美神救出へと向かわせ、ルシオラ自身は死ぬ気でベスパと対峙。しかし、ルシオラを死なせられない横島は、二人の戦いに乱入、致命傷を負う。そんな彼を助けるために、今度はルシオラが、命を投げ出す。
 お互いに、相手を救うためには、自分の命はどうなってもいいのだ。

『でも、それは「自分の命」だからなのね......』

 その後、横島は、アシュタロスから、ルシオラを復活させるプランを提示される。仲間や全てを犠牲にすることが条件だったが、もちろん、それを受け入れる横島ではなかった。

『それでこそ......私が惚れたヨコシマだわ』

 恋人は大切であるが、だからといって、それが全てではない。恋人が出来たからといって、価値観が曇るような男ではないのだ。

『そして、そんなヨコシマと付き合ったから......
 短い期間だったけど、私も成長できたのね』

 リポートにもルシオラの記憶にもあるように、基地で横島と過ごしていた頃のルシオラは、

『どうせ私たちすぐに消滅するんじゃない......!!
 だったら!!
 ホレた男と結ばれて終わるのも悪くないわ!!』

 と言うほど、想い詰めていたのだ。
 ところが、同じルシオラが、例のベスパとの戦いの頃には、

『私、おまえが好きよ。
 だから......
 おまえの住む世界、守りたいの』

 というように、横島と結ばれることではなく、世界を救うことを第一に考えている。しかも、リポートに描かれている当時のルシオラ......『おまえは美神さんのところに行ってあげて!』と言っているルシオラの表情は、妙に清々しかった。
 これは、今のルシオラ......東京タワーデート時点から復活したルシオラには、頭では理解できるものの、実感は出来ない。今のルシオラの中には、横島との幸せを最優先したい気持ちがある。
 しかし、それではいけないのだ。そんな自分では、彼のそばに居続けることは出来ない。
 そう思って、ルシオラは決意する。

『だから、私も......』

 そして内線電話に手をのばした。


___________


「ルシオラ......?」

 横島が、ルシオラのいる部屋に入ってくる。一人で来て欲しいと内線で呼び出されたからだ。
 優しい笑顔で彼を出迎えたルシオラは、ズバリと要点を口にする。

『ヨコシマは、どうしたいの?』
「どうって......何が? 何を?」
『私たちの関係のことよ』

 これは、横島にとっては難しい質問だった。
 ルシオラが死んだ直後は落ち込んでいた横島だが、その後、何とか、ふっ切ることが出来たのだ。すでに、ルシオラのことは、将来生まれてくる娘として愛する気持ちになっていた。だからこそ美神やおキヌと付き合い始めることも可能なのだが、そんな今になって、ラブラブだった時期のルシオラが復活してきたのである。もう『あなたの来るのが遅すぎたのよ。なぜ、なぜ今になって現れたの?』と言いたいくらいの心境である。
 それでも......。
 ルシオラを『娘』ではなく『恋人』として愛するのは、難しいかもしれないが不可能ではない。この世界がルシオラの犠牲の上で成り立っていると思う横島だからこそ、ルシオラの気持ちが最優先だと考えてしまう。

「ルシオラ......今のおまえは
 東京タワーで夕陽を見た頃のルシオラなんだよな?
 だから......ルシオラが、
 その頃のような関係を望むというなら......」
『無理しないで』

 横島の言葉は、ルシオラに遮られた。

『私は......
 ヨコシマがどうしたいのかを聞いたのよ!?
 おまえの気持ちを知りたかったのよ!?
 それなのに......。
 そんな苦しそうな表情で
 「付き合おう」なんて言われても
 ......ウンとは言えないわ』
「ルシオラ......」
『私への負い目なんでしょう?
 ただそれだけで......
 美神さんやおキヌちゃんを裏切るつもり?
 でも......自分の心まで裏切らないで!
 私......
 私に本気じゃないヨコシマとは付き合えないわ』


___________


『......というわけで私は
 「娘」というポジションに納得することにしました』

 美神やおキヌも部屋に呼んで、ルシオラが宣言する。
 女のバトルも覚悟していた美神にしてみれば、やや拍子抜けする言葉でもあった。

(だけど今はそれで良いとしても
 将来ホントに転生体が子供して生まれてきたら
 ......どうするつもりかしら?
 あるいは、子供に転生なんかしなかった場合は?)

 美神は、そこまで考えてしまう。だから、これは一時的休戦にすぎないのだと受け止めていた。
 一方、おキヌは、ルシオラの表情から、恒久的な決意を読み取っていた。

(今回は千年も待ってたひとにゆずってあげる)

 と、顔に書いてある気がするのだ。
 しかし、これはこれで、おキヌとしては微妙な心境になってしまう。

(ルシオラさん......。
 私のこと、無視しないでくださいね!?)


___________


 ともかくも、ルシオラを事務所メンバーに加えることにして、四人で帰る美神たち。
 すでに夜になっており、事務所には、シロやタマモも戻っていた。
 来客も一人いたのだが、まずはシロが、

「先生......!!」

 嬉しそうにシッポを振りながら、横島に飛びつく。報告したいことがあるのだ。

「拙者、犬飼を倒したでござる!!」
「......私の助けがあったからじゃない」

 タマモのつぶやきに、シロがキッと反応する。

「助けじゃないでござる!!
 タマモは邪魔しただけでござる!!」
「はあ!?
 あんた何言ってるの!?
 あれは......」
「二人とも黙りなさいッ!!
 詳しいことは後で聞くから!」

 言い合いを止めたのは、美神の一喝だった。
 御客様の前で見苦しい姿を披露したくない。
 ......なんて気持ちからではない。今いる『御客様』は、そんなに気を遣う必要もない相手だ。ただし、その用件は重いだろうと想像がつく。
 今、ソファに座っている客は、小竜姫なのだ。

(やっぱり......例の『聖戦』関連なんでしょうね)

 前々回に小竜姫が来たのはセイントの内乱の際で、前回は、ポセイドン戦の件だった。ルシオラの復活も考慮すれば、今回はハーデスの話だと容易に推測できる。

(お金はガッポリもらわないとね)

 小竜姫の依頼は、いつも金払いが良い。だが、美神は、ポセイドン戦では金銭的に不満が残った。大事なおキヌがエラい目にあったというのに、その賠償金をどこからも貰えなかったからだ。
 ポセイドンが取り憑いていたジュリアン・ソロに当時の記憶がない以上、ソロ家に請求するわけにはいかない。小竜姫から十分な依頼料は受け取ったものの、それでも、釈然としない気持ちが残っていたのだ。
 美神は、ポセイドン戦のおかげで、お金よりも大切な『恋人』を獲得している。だから実は、心の奥底では、おつりが出るくらいに満足していた。しかし、それを認めるほど素直になれない美神でもあるのだ。
 一方、美神の隣にいる横島は、

(ハーデスの件だよな!?)

 と考えて、身構えている。
 横島にとって重要なのは、ルシオラがハーデスの力で復活したということだ。ハーデスを倒したり封印したりしたら、ルシオラが消えてしまう。それが心配なのだ。
 そんな二人の横で、おキヌは、

(ワイワイガヤガヤできる雰囲気じゃないですね。
 邪魔にならないようにしなくちゃ......)

 と、部屋の空気を察していた。だから、気をきかせる。

「えーっと......。
 シロちゃんたちは、
 ルシオラさんとは初対面よね?
 紹介するわね......」

 シロもタマモも、ルシオラを知らない。しかし、これからルシオラも事務所に居候する以上、それなりの顔合わせは必要だ。そんな名目で、三人を別室へ連れて行く。
 これで、部屋に残されたのは、美神・横島・小竜姫の三人。
 対面に二人が座るのを待ってから、小竜姫が口を開いた。

『御存知かもしれませんが......。
 ハーデスが動き始めました。
 各地で魔物を復活させ、
 地上を騒がせているのです』

 美神と横島が頷くのを見て、小竜姫は、説明を続ける。
 確認できただけでも、再生デミアン・再生ベスパ・再生勘九郎・再生雪女・再生死津喪比女が出現したが、それぞれ、パピリオ・ベスパ・雪之丞・唐巣とピート・西条に倒されたということ。
 ギリシアでは、ハーデス配下のスペクターとアテナ配下のセイントが激戦を繰り広げたということ。

「......で?
 私たちに何をさせたいの?
 前々回のパターン!?
 それとも......前回のパターン!?」

 ギリシアまで乗り込み、スペクターとセイントに死者が出ないようにするのか。
 あるいは、元凶であるハーデスを直接叩けというのか。
 そのどちらかであろうと美神は考えたのだが......。

『いいえ』

 小竜姫は、首を大きく横に振った。

『私は「仕事を頼む」なんて言ってませんよ!?』
「......は?」
「じゃあ、何しに来たんスか!?」
『聖戦終了の報告です』

 全く予想外の言葉が、小竜姫の口から出てきた。

『たしかに、まだ、どこかで
 暴れている再生魔族はいるかもしれません。
 でも「聖戦」そのものは終わったんです。
 ......つい先ほど、ハーデスの自滅という形で』

 そして、小竜姫は語り出す......。


___________


 今日の夕方の出来事である。

「次は......ここだな」

 美神除霊事務所をあとにしたパンドラは、資料と地図を手に、六道家を目指していた。
 実は、美神に『妹』探しを依頼したのは、半分は口実。依頼という形で若い女性GSと接触するのが、真の目的だったのだ。
 魔物の大量復活に応じて、無名だが力ある女性GSも出てくるだろう。しかし、有名どころは、パンドラみずから出向いて対面すれば良いのである。いくら幼い日の記憶が不確かとはいえ、直接顔を合わせれば分かるという自信はあった。
 現代の日本で、年齢的に可能性がある一流GSは、美神令子・六道冥子・小笠原エミの三人だ。日本に来たばかりで少し時差ボケ気味なパンドラだが、この三人のところくらい、今日だけで回れると思っていた。

「......大きな屋敷だな」

 六道家の前まで来たパンドラは、昔の記憶を少し思い出した。ハーデスの器となるべき女性は、お嬢様っぽい雰囲気をただよわせていたのだ。

「では......六道冥子こそが!」

 探し求めていた女性に、ようやく出会える。なんだか胸がドキドキしてきたパンドラの耳に、邸内の庭を駆け回る女性の声が聞こえてきた。

「今日も〜〜みんなで鬼ごっこね〜〜!!」
「お許し下さい、お嬢様!!
 こう毎日毎日では、私の身が保ちません!」
「イオくんも〜〜式神使っていいから〜〜」
「何度も言っているように、
 あれは式神じゃないんですよ......」

 会話の内容はともかくとして、その独特の口調には、ハッキリと聞き覚えがあった。
 間違いない!
 やはり、六道冥子の肉体こそ、目当ての物だったのだ!!

「ついに見つけました......!!
 早く来てください、
 ハーデス様ーッ!!」

 顔に愉悦の色まで浮かべながら、パンドラが咆哮する。
 その叫びに応じて、やってきたのは......。

「ちょっと署まで来てもらおうか!?」

 近くの警察官だった。
 金持ちの屋敷の門前で絶叫していたのだから、パンドラが不審者扱いされたのも無理はない。

「えっ!?
 何......!? どういうこと......!?
 ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン」
「急に片言になってもダメだぞ。
 さっきまで普通に日本語喋ってたじゃないか」
「ワタシ、ホントニ、ガイコクジンナンデスヨ!?」
「騙されんぞ。
 表記はカタカナでも、
 発音は流暢な日本語じゃないか」

 そうやってパンドラが連行されていった後。
 日も沈んですっかり暗くなってから、ハーデスの魂が、ようやく、その地に到着していた。

『......ん?
 パンドラはどこだ......!?
 それと......余の肉体は!?』

 魂だけなので、邸内に入り込むのも簡単である。勝手に探し回るハーデスは、いまだに庭で遊んでいる二人組を見つけた。

「イオくん〜〜ずるい〜〜!
 逃げちゃいや〜〜!!」
「無理を言わないでください!
 これ、鬼ごっこですから!!
 しかも、つかまったら式神の一斉攻撃ですから!!
 ......逃げるのも当たり前です!」

 御令嬢と従者の、軽い戯れである。馬になりなさいと言われないだけ、まだマシである。

『ふむ......これが
 日本名物のバカップルというものか......』 

 ちょっと勘違いしながら、ハーデスは若い男女を眺める。異形の生き物も周囲を飛び回っているが、若さ故の何とやらだと思って、普通に認めていた。
 そうやって見ているうちに、男が異形の生き物たちに捕まって、ボコボコにされてしまう。すると、女は、男を膝枕しつつ、異形の中の一匹に、男の顔をなめさせ始めた。

『......なんだかマニアックなスキンシップだな!?』

 と、もはやデバガメ状態のハーデスがつぶやいた時。
 その一匹以外の異形たちが、女の影の中にスーッと引っ込んだのだ。

『なるほど......。
 さすがは余の肉体!!
 アクセス方法まで用意されているとは!!』

 ハーデスが覗きをしていたのは、冥子が『器』であることを確かめるためだ。近くから観察することで、式神を操る霊力も感じ、また、純真無垢な精神の片鱗も見せてもらった。

『その肉体......余のものとなるのだ......!!』

 やや危険な発言をしつつ、冥子の影へと潜り込むハーデス。冥子の体を求めて、影の中を徘徊する。
 ここで冥子が体をビクンとでもさせれば微エロなのだが、あいにく彼女は、全く気がつきもしない。
 そして、ハーデスは、

『あれ......!?
 影と肉体......つながってない!?』

 何かおかしいと勘づき、影から出ようとするが、時すでに遅し。
 ......もう出られなくなっていた。


___________


『......というわけで、
 ハーデスは冥子さんの式神の一つになりました』

 小竜姫が話を締めくくる。
 聞いている二人は、目が点になっていた。

「......出られなくなったんじゃないの?」

 口を開いた美神は、それでも冷静に、ポイントとなる点を質問した。
 冥子の影の中に閉じこめられるのと、式神として使役されるのは、似ているようで大きく違うのだ。
 かつて冥子の影に閉じこめられた横島が、隣で黙って頷いていた。
 二人を見て苦笑しながら、小竜姫は説明する。

『冥子さんのコントロールのもと、
 一時的に外に出ることは可能なようです。
 だから......式神扱いなのです』
「冥子の霊能力が凄いのは分かってたけど
 ......神さま制御しちゃうほど大きかったの!?」
『ハーデスは特別なんです。
 ヒャクメたちの調べで分かったのですが......』

 神魔上層部では、冥子の肉体がハーデスの器として選ばれたことまで、調べあげていた。だから冥子とハーデスには、特別な相性があるらしい。ハーデスの不幸は、冥子に式神使いという特殊な能力があったことなのだ。
 その説明で一応は納得する美神だったが、横島は、一つの可能性に思い当たった。

「ちょっと待ってください!?
 もし冥子ちゃんがコントロールを失ったら、
 式神ハーデスは......!?」

 三人の頭に浮かんだキーワード、それは『暴走』。

『えーっと......。
 暴走しそうになったら
 ......うまく止めてくださいね?』
「むちゃ言わんでください!!」
「あんた神さまでしょ!?
 なんとかしなさいよ!!」

 冷や汗を流しながら言葉をぶつけあう三人であった。


___________


『あ、ひとつ言い忘れていました。
 アテナは神さま辞めましたから』
「......は!?」

 しばらく不毛な言い争いをした後、小竜姫が話題を切り替えた。
 聖戦終了に関する大事な点である。
 ポセイドン相手でもハーデス相手でも、アテナ沙織は、役に立たなかったと自覚していたらしい。しかし、駄女神という愛称も自分には似合わない。そう思って、みずから神の地位を返上したのだ。
 神魔上層部も了承し、今夜から沙織は、『人間』に変わっている。

『......というわけで、
 ポセイドン・ハーデス・アテナと、
 神族の勢力はそれなりに削れました。
 これで今回の「聖戦」は終了となったのです』

 一見、理屈は通っているようだが、美神には疑問が残った。

「こんなんでバランス補正されたの?
 ギリシア神話の神々って他にもいるんじゃない?」
「そうっスよ!?
 邪神エリスとか太陽神アベルとか
 全能の神ゼウスとか......!?」

 横島も、美神に追従する。なんだか列挙した神々の名前が偏っているようだが、気のせいかもしれない。

『うーん......私たちも心配なんですが、
 一応、「上」がそう判断したので......』
「『上』って、神魔上層部のことよね?
 まさかダメなss書きが
 続編や映画版まで手を広げる度胸が無いから、
 ハーデス編で終わりってオチじゃないわよね?」
『は......!?』
「まあいいわ、今の一言は忘れて」
「さすが、美神さんっスね。
 アシュタロスとの戦いの後で
 ギリギリの発言をしただけあって、
 今回も......」


___________


「......そんな話だったんですか?
 美神さん、それは
 ギリギリじゃなくてアウトですよ!?」

 横島と美神から話を聞いたおキヌは、苦笑してしまう。
 小竜姫が帰った後、彼らは六人での夕食をすませた。それから、シロ・タマモ・ルシオラは、今夜から三人で使う屋根裏部屋へサッサと上がった。だから、ここで食後のティータイムを楽しんでいるのは、美神・横島・おキヌの恋人トリオである。
 しかし、『恋人トリオ』と言っても、愛を語らうわけではない。話題にしていたのは、小竜姫の聖戦終了報告だった。

「......まあ、それはともかくとして。
 明日から忙しくなるわよ!?」

 聖戦が終わったとはいえ、ハーデスが滅亡したわけではない以上、地上に復活した魔物は、消えはしない。ルシオラのように悪意のないものは残しておけるが、悪い魔族は、各個撃破する必要があるのだ。何人かは既に倒されているが、まだ生き残りも大勢いるはず。ただし、こちらからボランティアで倒しに行かずとも、それぞれ『仕事』として舞い込んでくるだろうと、美神は予測していた。


___________


「......これでいいんスかね!?」
「なに言ってるの!?
 ......ほら、動きなさい!
 モタモタしてると遅れるわよ!!」

 ルシオラが来た激動の一日から、すでに数日が過ぎている。
 美神の推測どおり、あれ以来、じゃんじゃん依頼が入っていた。
 今夜も、チンケな魔物退治のため、新宿副都心に来ている。ただし、私鉄沿線を少し歩いた辺りなので、都心とは言えないくらい閑散としていた。また、地形も平坦ではなく、起伏が激しい場所だ。
 なお、今夜の敵は小物のようだが、それでも、フルメンバーで対処している。六人を二人ずつに分けて、三チームで行動しているのだ。
 美神と横島は、これから、坂を上るところだった。坂の上に、シロ・タマモのチームが東側から、ルシオラ・おキヌ部隊が西側から、それぞれターゲットを追い込む予定である。
 それまでに、もう少し上の地点までは行っておく必要があった。

「まだ『聖戦』のこと考えてるのね!?
 バッカねー横島クン!!
 そんなに色々心配してちゃ、
 仕事も人生も楽しめないじゃん!!」

 結局、『聖戦』を通じて、美神たち三人は、親友から恋人に変わったのだ。さらに、美神除霊事務所にも、ルシオラという強力なメンバーが加わった。考えようによっては、いいこと尽くめである。

「結果が良ければ、それでいいじゃない。
 私たちの信条は...... 現世利益最優先!!

 そう宣言した美神は、神通棍を握りしめて、走り始めた。彼女に遅れないよう、横島も後ろからついていく。

(そうだよな......。
 とりあえず、今は目先の仕事!!)

 横島は、チラッと横の石碑に目をやり、この坂の名前を確認した。

「たしかに、
 急がないと間に合わないっスね。
 なにしろ......
 俺たちは二人とも、
 まだ登り始めたばかりっスから!
 この果てしない『自井江須坂』を......!!


(『神々の迷惑な戦い』 完)

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