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『まりちゃんとかおりちゃん』
初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」(2008年2月から2008年3月)
プロローグ ただいま......!!
第一話 ......大好き!
第二話 や、妬いてなんか......
第三話 今日、転校してきたんです
第四話 やめて!! 横島さん......!!
パピリオちゃんのかんさつにっき
エピローグ こんにちは......!






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プロローグ ただいま......!!

 空にはカモメが飛んでいた。潮の匂いもする。
 ふと足下に目を向けると、遥か先に見えるのは、岩にあたって崩れていく波頭。それは、すぐに返す波へと変わる。
 緑の芝生に覆われた高い高い崖の上に、一人の女性が立っていた。二十代も後半に入った女性である。彼女は、十年ほど前には清純派美少女と言われており、その面影を強く残したまま、大人の美人に成長していた。
 今の彼女の表情には憂いもあるのだが、それすら、生来の美貌を際立たせるためのアクセントとなっている。

「何も言わずに出てきちゃったからなあ。
 今頃、大騒ぎしてるかも......。
 ごめんなさい......。美神さん、横島さん......」

 一人、傷心旅行の真っ最中の彼女は......。
 氷室キヌ、つまり、おキヌであった。




    プロローグ ただいま......!!




 高校を卒業して、女子大に入り、大学も卒業して......。
 おキヌは、一人の女性として着実に人生を過ごしてきた。しかし、彼女と横島の微妙な関係が変わることはなかった。
 周囲の親友たちは、恋人とグングン親しくなっていく。それを見て羨ましいという気持ちも、ゼロではなかった。だからといって、自分と横島をそこに重ねて考えることは出来なかった。
 二人は......恋人ではないのだ。
 性差を超えた、仲の良い友人。同性の親友とは違う、異性の親友。ある意味では『恋人』以上に、精神的に結びついた存在。
 おキヌは、そう思っていた。そして、この関係がずっと続くと信じていた。

(でも......。そうじゃなかった......)

 そんな関係は、片方が結婚することで壊れてしまうのだ。
 恋人を作ることもなく過ごしてきたおキヌと、いつのまにか美神と恋愛関係になっていた横島との場合......。
 その『片方』は横島の方だった。
 そして、それが『壊れて』しまった瞬間。
 おキヌは、自分の横島への想いが恋心だったということに、ようやく気付いたのだった。

(ルシオラさんのときは、
 私の気持ち、まだ恋じゃなかったと思うけど......)

 美神と横島が正式に婚約した時の、胸の痛み。それは......。

(あの時とは全然違うから......)

 だから、おキヌは、横島に惚れていたことを自覚したのだ。すでに手遅れな......今頃になって。


___________


 風が吹いてきた。長い髪が後ろへ舞うのも気にせず、おキヌは、ただ立っていた。
 ふと、鞄の中から文珠を取り出し、それを眺める。

(美神さん......)

 それは、美神がヘソクリしていた文珠の一つ。
 おキヌ以上におキヌの気持ちを理解していた美神が、『ごめん......』という表情で、おキヌに渡したものだった。
 美神によって、『忘』という文字がこめられている。

(でも......忘れることなんて出来ません......!!)

 どうして忘れられよう!?
 三人で幸せだった時間こそ、宝物なのだ。何故その宝物を自分から捨てることが出来よう!?
 おキヌは、かつて美神から言われたことを思い出す。おキヌが幽霊から人間に戻る際、美神は、幽霊時代の記憶なんて夢のようだと説明しながらも、

「夢は人の心に必ず残るものよ!
 それが素敵な夢だったのなら
 なおさらでしょ?」

 と言ってくれたのだ。

(その美神さんが、こんな文珠をくれるなんて......。
 変わってしまったのね......美神さん)
 
 そう思うと、とても悲しい。だから、おキヌは首を振って、

(違うわ......!!
 思い出の大切さを知る美神さんが、
 それでも忘れたほうがいいって思っちゃうほど......
 それほど......私が痛ましかったんだわ......)

 と考えることにした。
 そして、『忘』という文珠を見るうちに、十年近く昔の別の事件も頭に浮かんできた。
 それは、横島の親戚タダスケが来た時のこと。
 美神と横島とタダスケの三人が特別な打ち合わせをした後、

「美神さーん。
 もう、入ってもいいですか?
 なんだったんです、三人でお話って......?」
「三人......? 誰の話?」
「え? あれ?」

 いつのまにかタダスケが消えていただけでなく、まるで、彼が来ていたことすら二人に忘れられたようだったのだ。

(そうか......。
 なんだか話が食い違う感じがしたんだけど......
 あれって、文珠で記憶を消してたのね)

 さらに、最近の横島を見ていて、おキヌは気がついていた。髪型を変えた横島は、タダスケそっくりなのだ。あの『タダスケ』が実は未来からきた横島であったことは、記憶を消されていないおキヌには、明白だった。

(二人はタダスケさんの正体に気づいてしまって、
 未来のことも何か聞いてしまった......。
 それが歴史に影響することを恐れて、忘れることにしたんだわ)

 しかし、こうしてあらためてタダスケの一件を考えてみて......。
 おキヌは愕然とした。

(......!!
 そうだわ......!!
 二人はタダスケさんの存在そのものを忘れていた......!!)

 おキヌは、もう一度『忘』文珠を凝視する。

(ひどい......!!
 これ使ったら......
 横島さんたちとの思い出だけじゃなく、
 横島さんの存在そのものも......忘れちゃうの!?
 美神さん......
 そんなつもりで、これをくれたんですか!?)

 涙がポロポロこぼれた。
 もちろん、おキヌの考え過ぎなのだが、それを正す者は、この場には誰もいなかった。

(全部頭の中から消えちゃったら......
 もう美神さんたちのところにも戻れないじゃない!!)

 おキヌの涙は止まらない。
 しかし、タダスケが来た時のことを再び思い出し、フッと心が虚ろになった。

「そうか......。私、このまま
 美神さんたちの前から姿消しちゃうんだ......」

 その思いは、独り言の形で口から出たため、いっそう深くおキヌの中にしみ込んでいった。
 おキヌは、当時のタダスケの発言......

「ここで君まで感染したら、
 話がまたややこしくなる!」

 という言葉を、変に解釈してしまったのである。
 タダスケが何をしに来ていたか、今となっては推測も可能だった。毒蜘蛛事件にだけ参加していたのだから、あれが未来へ影響するのだ。あそこで、毒蜘蛛にやられたのは美神と横島なのだから、それが遠因で、未来で二人はトラブルに陥るのだろう。
 ここまでは素直な推理であり、また、真実でもあった。
 しかし、問題は、その先だ。

「タダスケさん......『未来からきた横島さん』が、
 私を感染させたくなかったのは、
 『未来の私』が同じトラブルに巻き込まれても
 対処できないからだったのね。
 『未来の私』......つまり、この時代の私は、
 もう横島さんたちのところにはいない。
 だから、手の施しようもなくなる。
 だから、絶対に感染させるわけにはいかなかった......。
 そっか......。
 私が今、行方不明になっちゃうのって......
 歴史の中で確定されたことだったんだ......」

 心がネガティブになると、坂をコロコロ転げ落ちるように、悲観的な発想がドンドン出てきてしまう。日頃、陽気だったおキヌなだけに......暗く落ち込むことに免疫がなかっただけに、その加速度も、他の人より大きいのであった。


___________


「私......。
 もう......みんなのところには戻れないんだ......」

 そう言葉に出してみても、予想していたほど悲しくはなかった。

「そうだよね......。
 『みんなのところ』も......もう
 私が『戻りたい』ところじゃないから......」

 おキヌが本当に戻りたいのは、横島と美神と三人で、楽しく幸せに暮らしていた日々。二度と帰ってこない、貴重な青春の数ページだ。

「時間を巻き戻すことなんて......
 できないもんね......。
 でも......忘れることも無理だわ」

 おキヌは、崖の突端まで足を進めてみた。
 下を覗き込むと、海面までは、目もくらむような高低差がある。
 ここは、しなびた観光スポットというだけでなく、自殺の名所でもあるらしい。

「それなら......いっそ......」

 物騒な言葉を口にしてしまったおキヌだが、もちろん、本心ではない。自ら命を絶つ気は全くなかった。
 彼女は、三百年間の幽霊生活を経て、人間に蘇ったのだ。現在生きていること自体、いわば奇跡の賜物なのだ。そして復活後も、ネクロマンサーとして、不慮の死を遂げた多くの命と対話してきた。
 おキヌは、この世界で一番、命の尊さを知っている人間なのだ。

「あっ......!!」

 しかし、運命は彼女を放っておかなかった。突然、強風が彼女を襲ったのである。
 大地から、足がフワッと離れてしまう......。

(そんなつもりはなかったけど......。
 でも、あんなこと言いながら
 端っこに立っていた私が悪いのね......。
 これじゃ精一杯生きたことにならない......。
 ごめんなさい......!!)

 そんな気持ちが頭に浮かんだが、それも一瞬だけだった。
 重力に引かれて落下していく中......。
 おキヌの『魂』は、ただ一つの願いで、いっぱいになっていた。

(戻りたい......。
 幸せだった......あの頃に......)

 そう願ったおキヌの手の中で、文珠に刻まれた字が変わる。『忘』から......『戻』へと。


___________


 そして......。


___________


(私......。
 幽霊だったから......!!)

 おキヌは、自分の発言にハッとした。

(あれ......!? 崖の上にいたはずなのに!?)

 正確には、先ほどの『発言』は、口に出したものではない。しかし、思ってもみなかった言葉だっただけに、心の中の独り言にしては不思議だった。

(ここは......!?)

 ふと気がつくと、目の間では、たくさんの悪霊が塊を成していた。しかも、その中に横島が捕われている。そして、おキヌ自身は、ネクロマンサーの笛を吹いていた。ただし、その音色は拙いものだ。

(これは......まるで、あの時の......!?)

 おキヌが人間になった後で、幽霊時代の記憶を取り戻した時。その際、今と全く同じ状況を経験していた。当時を思い出しながら、おキヌは、霊団に語りかける。

「もう......やめよう。
 ね? みんなお帰り......!」

 同時に、慣れ親しんだ笛を、正しく使い始める。笛の音も変わり......。

『ギャアアアアァ!!』

 悪霊たちは、空へと消えていった。
 ネクロマンサーとしての経験豊富なおキヌは、これくらいで疲れたりはしない。座り込むこともなかった。だが、

「大丈夫!?
 おキヌちゃん!!」

 と心配しながら、美神が駆け寄ってきた。

(これって......全く同じ......。
 もしかして......)

 おキヌは、美神に対して、頭に浮かんだとおりの返事をする。

「美神さん......!
 私......おぼえてます!!
 全部思い出しました......!!」

 しかし、思い出した内容は、あの時とは全く違っていた。
 今回おキヌの記憶として蘇ったのは、ここへ来るまでの経緯だ。
 美神と横島が婚約し、いたたまれなくなった自分は一人旅に出て、崖から足を滑らせてしまった。それも、半ば身を投げたような形で......。
 おキヌは、今、死の瞬間へ向かって落下中のはずだったのだ。

(これって......走馬灯!?
 死ぬ前の一瞬の幻......夢なのかしら!?)

 一瞬、そんなことも思ったが、

(でも......お願い!!
 夢なら覚めないで!!
 幻なら......出来るだけ永く続いて!!)

 と、おキヌは強く祈る。
 そして、足をとめた美神と、その隣に立つ横島に向かって、走り出した。

「ただいま......!!
 美神さん......!!
 横島さん......!!」

 束の間の夢でもいい。瞬間の幻でもいい。
 この時代こそ、おキヌが『戻りたい』と願った『あの頃』なのだ。三人で幸せに過ごした日々なのだ。
 もしも死の間際に叶えられた最後の望みであるならば、それでもいい。今だけは『ただいま』と言いたかったのだ。

(これが......私の幸せだった......!!)

 そう思いながら、おキヌは、横島の胸の中に飛び込んだ。そして、ハッと気づく。
 
(この感触......!!
 夢じゃない!!
 本物の横島さんだ......!!)

 これは現実なのだと、おキヌは、ようやく......ようやく悟った。

(本物の......
 幸せだったあの頃の......横島さんだ!!)

 横島の背中に回した腕に、彼女は、ギュッと力をこめてしまう。

(もう......離さない......!!)

 実はおキヌは、未来のあの一瞬に、無意識で『文珠』に願いをこめていた。もはやあの『文珠』のことなど失念しているおキヌだったが、しかし、奇跡が起こったことだけは理解できた。
 誰の手による奇跡なのかは分からない。
 それでも、おキヌは、

(ありがとう!!)

 と、心の中で強く感謝した。
 彼女は......幸せだった若い時代に、帰ってきたのだ!!

「ただいま......美神さん!!」

 もう一度同じ挨拶をしながら、おキヌは、横島の胸にうずめていた顔を上げた。若返った無邪気な笑顔を二人に向ける。

「そして......横島さん!!」

 おキヌの目尻には、嬉し涙が浮かんでいた。


(第一話「......大好き!」に続く)

             
第一話 ......大好き!へ進む



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第一話 ......大好き!

「凄いわよ、今度の仕事!!
 成功報酬3億円よ?
 幽霊屋敷一つ除霊するだけで3億よ!?」

 美神が興奮している。

「美神さん......。
 本当にお金大好きっスね......」

 呆れ顔で眺める横島の隣で、おキヌは少し冷静に観察してしまう。

(今って......まだ二十世紀なんだ......。
 でも、もうバブルもはじけた後だっけ?
 バブルの時期には億単位の仕事も多かったけど、
 この時期になると、もう少ないんですよね。
 美神さん見てると......時代の景気がわかっちゃうな)

 しかし、そんな他人事でいられるのも一瞬だった。

「......おキヌちゃん、
 復帰後の初仕事になるけど大丈夫ね!?」
「......はい」

 おキヌは覚えていた。久しぶりの三人での除霊仕事......その依頼内容には偽りがあり、そこには仕組まれた罠があったのだ。

(ごめんなさい......。
 この仕事、どうしても行きたいんです。
 だからウラ事情があること、
 知ってるけど話せません......)

 そんな内心の罪悪感が、言葉に表れてしまったらしい。

「......どうしたの!?」
「あっ......いえ......
 なんでもないです......」
「美神さん......!!
 おキヌちゃんは普通の女のコなんだから、
 久々で緊張するのも当然じゃないっスか!?
 美神さんみたいに、
 図太い神経の持ち主じゃないんだから......」

 よけいな一言のために、横島は美神にしばかれてしまう。だが、おキヌは彼に感謝していた。

(ありがとう......横島さん!!
 いつもいつも......)

 おキヌは、体は十代であるが、心は二十代である。今の彼女の目から見ると、横島の失言癖も、無意識のうちの計算に思えるのだった。暗くなった場を盛り上げたり、行き過ぎた雰囲気を止めたり、彼の『失言』は常に効果的だったのだ。意識して狙っているわけではないだろうが、それでも、ただの『失言』とは思えなかった。

(横島さんって......やっぱりステキ......)

 気持ちを出来る限り隠しながら彼を見ていたおキヌ。そんな彼女に、その横島を叩き終わった美神が声をかける。

「心配することないわよ!?
 おキヌちゃんがいない間に、
 私も横島クンも、グンとパワーアップしたんだから!
 それに......おキヌちゃんだって、
 ネクロマンサーの笛やヒーリング能力があるでしょう!?
 三人一緒なら......恐いものなしよ!!」
「はい......!!」

 笑顔で答えるおキヌだったが、内心では、まだ少しだけ謝罪していた。

(ごめんなさい、美神さん......。
 この仕事だけは......三人じゃなくて、
 二人にしてくださいね......!!)

 あそこで違う行動をしていれば、その後の人生も大きく変わったかもしれない......。そんな重要な転機が今回の仕事には含まれていることを、おキヌは、しっかり覚えていた。




    第一話 ......大好き!




「ようこそ美神令子さん!
 南武グループリゾート開発部の茂流田です!」
「須狩です!」

 仕事の現場にヘリで送り込まれた美神たち三人を、依頼者側の二人が出迎えた。
 人里離れた森の中の廃屋である。旧華族の屋敷ということで、ゴシックホラーの雰囲気も満点であった。
 しかし、そんな空気を入れ替えるかのように、

「はじめまして!!
 GS横島忠夫っス!!
 私が来たからには......」

 横島が、美人の須狩に突撃しようとしている。

(もう......!!
 横島さんったら......!!)
 
 これが雰囲気を明るくするためだとしても、おキヌとしては嬉しくなかった。
 さすがに須狩は依頼者なだけに、彼も激しいセクハラはしない。美辞麗句と握手程度だということは分かっているのだが、それでも、おキヌは、つい止めてしまった。

「ダメです、横島さん......!!
 依頼人に失礼なことしたら、
 あとで美神さんに怒られちゃいますよ!?」

 ギューッと彼の耳をつかみながら、おキヌは、美神の名前を持ち出して自分の制止を正当化する。
 その美神は、

「3億よね?
 館の除霊に成功したら3億円よね!?」

 やや礼を逸した態度で須狩に詰めよって、報酬金額の確認をしているのであった。


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「わが社ではこの館をホテルに改装して
 自然環境をいかした高級リゾートを建設する計画です。
 ところが......いざ改装工事という段になって、
 ここが霊的不良物件であることがあきらかになり......」

 茂流田が、この幽霊屋敷の説明をしている。それを聞きながら、おキヌは、

(嘘ばっかり......!!)

 内心でバッサリ切り捨てていた。
 当然、おキヌは覚えている。彼の言うところの『わが社』がやっているのは、リゾート開発などではない。彼らは、軍事目的で心霊兵器の開発をしているのだ。自分たちは、その性能テストに選ばれたのである。

(ひどい人たち......!!
 でも良かったわ、頼まれたのが私たちで!!)

 おキヌは、微妙に勘違いしている。
 茂流田たちは、GSに対する効果を試す前に、通常の軍隊もテスト相手として投入していた。彼が今、幽霊屋敷の証拠として出した写真にも、本物の被害者がうつっていた。
 しかし、おキヌは、そんな事情を全く想定していなかった。だから、自分たちが最初であり、まだ犠牲者も出ておらず、写真も設定同様のニセモノだと思っていたのだ。
 素直というべきか、天然というべきか......。年月を経ても、おキヌは、おキヌなのである。彼女は彼女なりに、真っ直ぐ成長したのであった。


___________


「ひ......ひええ......」
「霊圧が異常に高いわね。
 気をつけて!
 何が来てもおかしくない感じよ!」

 建物に入って、最初の部屋。そこは、ドヨヨヨーンとした空気で、いかにも出そうな雰囲気だった。
 部屋の奥の扉からは、ズルッ、ペチャッという音が聞こえてくる。

「な......なんか向こうにいますね。
 私、ネクロマンサーの笛、吹いてみます!」

 展開を知っているだけに、おキヌの口からは、そんな言葉が飛び出す。

「......そうね。
 開けてみて、横島クン!」
「お......俺が!?」
「横島さん......!!
 もし幽霊がいても、
 私の笛で成仏しますから大丈夫です!」

 おキヌが、横島にニッコリ笑いかけた。
 
「お......おう!」

 横島が表情を引き締めて、ドアノブに手をかける。そして、おキヌがネクロマンサーの笛に口をつけた。
 目で合図をしあう二人。扉が開くと同時に、笛の音が響き渡る。

『ギャアァアッ』
 
 ドアの向こうの廊下では、女性の幽霊が、おキヌの笛で苦しんでいた。

「いまわしき黄泉の死者よ!!
 何故生者に害を為すかッ!?
 ......退け!! 悪霊ッ!!」

 美神が破魔札でトドメをさすのを見ながら、

(ごめんなさい......!
 笛だけで成仏させられなくて......。
 ちょっと雑念が入っちゃいました。
 横島さんとタイミングあわせた作業って
 なんだか嬉しかったから......)

 おキヌは、心の中で詫びる。
 いくら先の展開を知っているからとはいえ、油断していたら、取り返しのつかない失敗をするかもしれない。そう思って、おキヌは、気を引き締めた。

「美神さん......!!
 まだです!! 次が来ます......!!」

 今度は犬のゾンビの大群に襲われるはずだった。その通り、ちょうど窓ガラスの割れる音が聞こえた。


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「ドアは?」
「後ろで閉まってやっぱり開きません」
「これで三つめだわ。
 次の部屋へ行くと決まって新手のモンスター......。
 なんだってゆーの、ここは!?」

 たいした強敵ではなかったが、それでも戦いを繰り返してきた三人。さすがに、美神もおかしいと気づき始めたようだ。

(そろそろね......)

 おキヌが緊張する。

(私たちは強すぎると判断されて、
 分断されるんだわ......)

 おキヌにとって大事な、運命の瞬間が近づいていた。

「あの......美神さん!?
 このお屋敷......何かの罠なんでしょうか......!?」

 心を落ち着かせるためにも、まずは現状に集中しようとするおキヌ。しかし、彼女の体は......内心の思いに従って行動してしまう。

「たしかに......うさんくさいわね!
 でもね、おキヌちゃん......?
 恐いのはわかるけど、あんたもGSでしょ!?
 遊園地のお化け屋敷じゃないんだから......」

 美神が苦笑したように、おキヌは、いつのまにか横島の腕にしがみついていたのだ。

(あ......!!
 私ったら、いつのまに......!?
 これじゃ美神さんの言うとおり......
 いつかの遊園地の事件みたい!!)

 ハッとするおキヌだったが、その手を放しづらい。

「すいません......!!」
「おキヌちゃんなら、大丈夫っスよ......!!」

 横島も、ちょっと気持ち良く感じている。
 そんな二人に理解ある視線を向けて、

「......まあ、いいわ。
 次の部屋には行かないで
 ここで夜明けを待ちましょう」

 と決断する美神。しかし、最後に彼女は、いたずらっぽく笑った。

「......で、あんたたち、
 一晩中そうやって......くっついてるつもり!?」


___________


(やっぱり覚えてるとおりになった......)

 先ほどの部屋で一晩過ごすことなど出来なかった。三人一緒では兵器のテストにならないと判断した茂流田と須狩が、降下する天井という罠を発動させて、三人を次の部屋へと追いやったのだ。しかも、そこには落とし穴があり、おキヌと横島が、はまってしまう。
 こうして、二人は、暗い別室へ隔離されたのだった。

「あそこからすべり落ちたんだな......!
 こりゃ戻るのは無理みたいだ」

 横島が、プロのGSらしく現状把握に努めている。
 一方、おキヌは、

「痛ッ!」
「どうした!?」

 落下の際に足首を痛めていた。

「予備の神通棍をそえ木にしよう!
 痛みどめも、たしかリュックに......」

 横島は、神通棍と愛用のバンダナで手当てをしてくれる。

(もうっ!!
 私ったらドジなんだから......!!
 こんなところまで再現しなくてもいいのに......!!)

 おキヌとしては、横島の対処は嬉しい。だが、一度この状況を経験しているのに、また同じケガをしたことが悔しかった。恥ずかしいという気持ちにも、すまないという気持ちにもなる。
 だから、自然に言葉がこぼれた。

「ご......ごめんなさい......!」
「え?」
「私......私......。
 こんな迷惑かけちゃいけないのに......!
 すっかり足でまといになっちゃって......」

 このセリフは、かつてこの場面でおキヌが言ったものとは少し違う。
 おキヌは、未来からの情報を出し惜しみしたことも含めて謝っているのだ。しかし、もちろん、そこまで横島には分からない。

「おキヌちゃんヒーリングもできるんだよな。
 さっきすりむいたんだ、ここ。
 いてて......」

 彼は、肘のかすり傷を出してみせた。流れに従い、おキヌがヒーリングを施す。

「でも......私......。
 この程度では......」

 この程度では、罪悪感は消えない。
 そう言いたいおキヌだったが、自分が未来からきたことを告白するのも躊躇われた。
 彼女の逡巡など知らぬ横島は、

「おーっ、けっこー効く効く......!!
 ホラ、おキヌちゃんがいてよかったろ?」

 と、思いやりに溢れた笑顔を、おキヌに向けた。

「......横島さん......!」

 おキヌがジーンと感動する。
 前にも一度体験した場面だ。しかし、二度目だからこそ、

(そう......!!
 これが横島さんなんだ......!!
 私の......大好きな横島さん......!!)

 初めて同じ表情を見た時から今までの、約十年分の思い出が、一気に心の中に蘇ってきた。
 だから、おキヌは、

「......大好き!」

 以前と全く同じ言葉を、もっと強い気持ちをこめて、口にするのだった。
 そして......愛しい彼の胸に、顔をうずめた。


___________


 今、おキヌは、とても幸せだった。
 彼女の心の中では、幸福に浸っているおキヌとは別に、どこか冷静に状況を見つめる自分もいた。

(よかった......!!
 本当に『......大好き!』って思って、
 正直な私の気持ちを言えたわ......!!)

 こういう事態を、ある意味、知っていたおキヌである。このキーワードを計画的に口にすることも可能だっただろう。
 だが、それではダメなのだ。
 これは......おキヌにとって一世一代の、恋心の告白だったのだ。
 乙女にとって大切な瞬間である。それが『嘘』になってしまうのは、イヤだった。
 だから......。おキヌは、今、とても幸せだった。


___________


 ドクン、ドクン、ドクン。
 
 二人の心臓の音が、無音の暗闇に大きく響く。しかし、そんな鼓動にかぶさるように、何かブツブツ言う声も聞こえてきた。
 横島の独り言である。

「そーだよな......!!
 考えてみりゃー美神さんのケツ追っかけたって
 いーことなんかたいしてねーよなっ!!
 やっぱ青少年は青少年らしく
 こーゆー青く甘ずっぱい恋愛をすべきだ!!」

 そして、彼は、ひときわ大きな声で叫ぶのだった。

「こーなったらもー
 おキヌちゃんでいこう!!」


___________


(来たーっ!!)

 おキヌは、心の中で叫んでいた。

(ここで怒っちゃいけないんだわ!!)
 
 これも例の『失言癖』なのだ。
 いくら鈍いと言われている横島だって、あれだけ多くの女性から好意を向けられて全く気がつかないというのは変だった。自己評価が低いからだとしても、それだけでは説明がつかなかった。
 おそらく、意識の奥底では......深層心理では、女性たちの気持ちを分かっていたに違いない。
 ただし、みんなを思いやる横島のことだ。表面ではハーレム願望を口にしながらも、深層心理は別だったのだろう。『ハーレム』なんて実行したら、相手の女性を傷つけると心得ていたのだ。だから......モテているからといって、それを受け入れてはいけない。深層心理は、そう判断し、不用意に女性との仲が縮まらないような『失言』も口にさせてきたのだ。
 そうやってギリギリで自分を止めることの出来た横島だからこそ、スケベと言われながらも、文珠を悪用することは、なかったのだ!

(そうですよね......!?
 横島さんの......『深層心理』さん!!)

 体は十代で心は二十代のおキヌだ。しかも、その『二十代の心』は、約十年も彼の近くで......親友として彼を見てきたのだ。だから、そんな分析をしてしまっていた。
 そして、この分析に従えば......。
 ここで『失言』を素直に受けとって立腹すれば、彼の『深層心理』の思うつぼである。

(......そうはさせない!!
 せっかく......やり直してるんだから!!)

 おキヌは、強く決意した。


___________


「私『で』『いこう』なんですね!?
 ......いいですよ、それでも。
 どうぞ......」

 出来る限り冷静に、おキヌは口を開いた。

「......え?」
「二人で......高校生らしく......
 甘ずっぱい恋愛を......
 していきましょうね......!!」

 ポツリポツリと、言葉を選んでいく。

「あ......声に出てた!?」

 おキヌの発言を聞いて、

(しまったーっ!!
 またいつものミスをっ!!)

 横島は、自分の言動を悔やむ。だが、すぐに彼女の言葉の意味に気付いて、ビックリした。

「ええっー!?
 おキヌちゃん......!!
 『いいですよ』って......
 『どうぞ』って、それって......!?」
「はい......」

 彼女が小さく頷く。
 横島としては、本当に驚くしかなかった。
 さきほどの彼の言葉が......彼の気持ちが、女性に失礼だったことは自分でも分かっていた。
 それなのに......許されてしまうというのか!!
 おキヌちゃんは優しいと思っていたが、だが、ここまで心が広いとは......!!

(おキヌちゃん......!!)

 彼女は、少し前に幽霊時代の記憶を思い出して、そして横島たちのところに戻ってきた。
 それが、横島にとっての、今のおキヌである。
 しばらく離れていただけに、その間にいっそう優しくなったのか、もともとこんなに優しかったのか、何とも判断できなかった。
 しかし......どちらにせよ、問題ではなかった。
 今の横島には、おキヌは天使に見えた。

「......でも、一つ約束してくださいね?」
「......うん」

 おキヌの包容力に浸っていた横島は、約束の中身も聞く前に頷いてしまった。

「『おキヌちゃんでいこう』って言うからには......。
 ちゃんと私を一番に......。
 ......本命にしてくださいね!?」

 おキヌとしても、『私を一番に』とか『本命に』とかは、ドキドキもののセリフだった。
 心臓はバクバク音を立てているし、言葉も震えてしまっていた。
 しかし、横島の耳は、それに全く気が付かなかった。
 このとき、彼の意識は、聴覚ではなく視覚に支配されていたのだ。
 横島の目は......おキヌの瞳に、釘付けになっていたのである。

(おキヌちゃんって......
 こんなに色っぽかったんだ......!!)

 女は誰だって、惚れた男の前では、いっそう綺麗に......妖艶になるものだ。
 そんな『女』の魔力に、すっかり魅了されてしまう横島であった。

「......もちろん!!」

 おキヌの瞳を覗き込んだまま、横島は断言した。
 その美しい瞳が、幸せで潤み始める。

「横島さん......!!
 ありがとう......!!
 これで......私たち......
 ようやく......」

 それ以上、何も言えなくなってしまった。
 だから、彼女は彼にしがみつき、彼も強く抱き返した。

「うん......。
 俺のほうこそ......
 これからもよろしく......!!」

 これが......二人が恋人として付き合い始めた瞬間だった。


(第二話「や、妬いてなんか......」に続く)

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第二話 や、妬いてなんか......

 恋人同士として、ギュッと抱き合う男女。
 おキヌは巫女姿で、横島はジーンズの上下、つまり二人ともいつもの服装だ。衣越しに、お互いの体温が感じられる。そして、心の温もりも伝わっていた。

「横島さん......」

 しがみついた際に、おキヌは、横島の胸に半ば顔をうずめる形になっていた。今、ゆっくりと顔を上げる。
 それに呼応して、

「おキヌちゃん......」

 横島も、再びおキヌの瞳を覗き込んだ。
 若い男女が見つめあう。
 二人の唇が、吸い寄せられるかのように近づいて......。

「イチャイチャするのも......いい加減にしろ!」

 突然投げかけられた無粋な声が、彼らのファーストキスを妨げた。
 おキヌも横島もビクッとしてしまい、発言の主へと首を向ける。
 そこにいるのは、覆面とコンバットスーツに身を固めた一団。手には銃を持っていた。
 暗い部屋ではあるが、そこまでは見てとることが出来たのだ。

「こっちへ来てもらおうか」




    第二話 や、妬いてなんか......




 おキヌと横島が連れて行かれたのは、屋敷の近くにある塔の最上階だった。

「行け」

 後ろから銃で脅されて、窓のもとまで進まされる。塔の入り口前の通路に美神が立っているのが、上からよく見えた。

「み......美神さん〜〜っ!!
 こーゆーことなんで
 助けてくれると嬉しいなーなんて......」

 銃を突きつけられた横島が、眼下の美神に向かって泣き叫ぶ。
 二人は人質なのだ。これで、茂流田と須狩は、思いどおりの条件で美神を心霊兵器テストに送り込めるのだった。放っておいたら反則戦法を駆使する美神だが、それではテストにならないからである。

「み......美神さーん......!!
 協力してー!!」

 手で奇妙なポーズを連発する横島に対し、美神もパッパッと腕を動かしている。二人は、ブロックサインで会話しているのだった。
 これを後ろから眺めるおキヌの心中は複雑である。

(あれだけで話が出来ちゃうなんて......
 やっぱり......横島さんと美神さんは......)

 二人の絆の深さを感じてしまったのだ。しかし彼女の胸の中では、そんな嫉妬心よりも、もっと別の感情が大きな位置を占めていた。

(私......バチが当たっちゃったのかな......)

 今、銃を突きつけられているのも一種のピンチ。そして、そのせいで美神には迷惑をかけている。だが、この後、もっと大きな危機も訪れるのだ。そうした一連の流れをイメージしてしまい、先のことも含めて、自分を罰当たりだと思ってしまったのである。
 ウラ事情を承知しつつも、知らないフリをしてきたおキヌなのだ。

(これで......本当によかったのかな......!?)

 横島と二人きりになり、気持ちを告白。もう一度、あの同じ場面を経験したい。そう思って、ほとんど記憶どおりに事態が進むよう、流れに身をまかせてしまった。
 そして、念願の恋人同士になった。もう頭の中は、それだけでいっぱいだった。だが、二人の世界をアーミー姿の一団に邪魔されたからこそ、少し冷静になることが出来た。

(私って......結構ずるい女だったのかも......)

 状況を都合よく利用してきたおキヌだが、横島を手に入れる前までは、何の躊躇いもなかった。当然のことをしてきたつもりだった。
 しかし、今になってみると......。何だか自分らしくないことをした気がするのだ。

(もう『おキヌちゃんは、いい子ねー』とは
 言ってもらえないんだろうな......)

 もはや今のおキヌは、横島と密着することは出来ない。だから、少しだけ距離を置いて、後ろに立っているのだった。


___________


(私がずるいことしちゃったせいで
 横島さんも美神さんもピンチ......。
 だったら、その『ずるさ』で
 ここを切り抜けたらいいんだわ......!!)

 おキヌは、愛しい彼の背中を眺めながら、気持ちを切り替えようとしていた。

(私だって......
 見習いでしかなかったけど......
 ちゃんとGS資格は取ったんだから!)

 プロのGSの一人として、現状に対処しようと努力する。おキヌは、ただの十代の女の子ではないのだ。この先、約十年間の経験があるのだ。
 しかし、記憶を頼りにするにしては、十年という期間は長過ぎた。

(えーっと......この後って?
 ......どうなるんだっけ!?)

 この事件そのものはシッカリ覚えていた。いくつかの印象的なシーンも、脳裏に焼き付いている。それでも、何から何まで隅から隅までハッキリしているわけではないのだ。
 その場その場に進めば、次の展開も容易に頭の中に浮かんでくるだろう。だが、遥か先の詳細までは、なかなか思い出せないのだった。

(もう......!!
 がんばって思い出さなくちゃ......)

 ここへ来る前にも、心の中で準備はしていた。ただし、それは恋する乙女としてである。おキヌがあらかじめ頭の中で反芻していたのは、横島への告白、あの場面までだった。

(この後......別の試験室に放り込まれて、
 横島さんがグーラーさんを味方にして......。
 それから美神さんが合流......そして......)

 このとき、彼女は、大切なことを失念していた。
 今の彼女にとって一番重要な、一番回避すべきイベントを。


___________


 ズズ......ウ...ン...。

 美神が、一階のモンスターと戦い始めたのだろう。
 横島たちのいる最上階の床にまで、震動が伝わってきた。

「!! 美神さん......!!」

 横島のつぶやきと前後して、その場に須狩が現れる。

「他人の無事を祈ってる場合じゃないでしょ?
 あんたたちの人質の役目はもう終わったのよ。
 次はあなたたちの番よ」

 須狩の言葉から、さらに危険な場所に連行されるのを察知したのだろうか。横島が暴れ出した。

「せっかく恋人できたのに死ぬのイヤーッ!!
 おキヌちゃん!!
 せめて最後に初体験をーっ!!」

 彼は、おキヌに飛びかかったのだ!

「えーっ!?
 横島さん、私にくるんですかーっ!?
 あんっ、ダメですよー!!
 まだ高校生なんですから......!!」

 驚くおキヌだったが、内心では、

(これも......
 雰囲気をコミカルにするために
 ワザとやってるんですよね?
 本気で、こんなところで
 しちゃう......つもりじゃないですよね!?)

 と、何とか良い方向に解釈しようとする。

「あ、こら!!」
「さわぐなー!!」
「ズボンぬぐな!!」
「......動物かこいつは!?」

 おキヌの貞操を守ってくれたのは、皮肉にも、敵であるはずの須狩とその部下たちだった。


___________


 結局、おキヌと横島は、テストのための別室に放り込まれてしまった。

「ごめん、おキヌちゃん......」

 二人きりになったからといって、続きを試みる横島ではなかった。真っ先に、おキヌに謝ったのだ。
 そのことにホッとして、

「いいんです。
 気にしないでください」

 と言ってしまうおキヌ。ただし、内心は少し違う。

(ホントは良くないんだけど......。
 少しは気にして欲しいんですけど......)

 とりあえず、この件に関しては、帰ってから話をしよう。彼女は、そう考えていた。
 一方、横島は、まだ言いわけしている。

「そんなつもりなかったんだ。
 でも俺、おキヌちゃんのことで
 頭がいっぱいになって、つい......。
 やっぱり......どうしてもおキヌちゃんと......」

 こう言われたら、おキヌとしても喜ばしい。
 さらに、さきほどの騒動と今の言葉で、おキヌの心から、重苦しい空気も吹き飛ばされていた。自分らしくない狡猾さを悔やみ、横島に対して距離をとってしまう遠慮。そんな気持ちが解消されたのだ。
 だが、今は、幸せに溺れていられる時ではなかった。

「ありがとう......。
 でもね、横島さん?
 そういう言葉は......
 二人っきりで......ムード作れる時に下さいな?」

 そして、少しだけお姉さんな表情をして、言葉を続ける。

「今は......ここを何とかしましょう!!
 これもテストだということは、きっと
 私たちも魔物に襲われるんですよ!?
 だから......今のうちに文珠を用意してくださいね!!」

 ここで出てくるはずのグーラーも、最後に投入されるガルーダも、どちらも文珠くらいしか通用しない強敵なのだ。真偽はともかく、それが、おキヌの認識だった。

「お......おう!!」

 女房の尻に敷かれた亭主のような表情で、横島は、おキヌの発言に従う。
 彼の手から、二つ同時に文珠が生まれてきた。しかし......。


___________


「......なんですか、それ!?」

 二つの文珠には、それぞれ既に文字が刻まれていた。

「あれ......? 変だな......!?」

 横島は、まともな文珠が出せなくなっていた。
 どうやら煩悩エネルギー自体は上昇しているようで、数はいくつも出せるのだ。だが、いくら頑張っても、文字が確定した文珠しか出てこない。
 さきほどの『頭の中がおキヌちゃんでいっぱい』という言葉は、全くの本心だったらしい。恋人が出来て、よほど嬉しいのだろう。恋人のことしか考えられない状態であり、全ての文珠が『恋』『人』になってしまっていた。
 しかも、かなり強くイメージが固定されているようで......。

「文字も変えられない......」
「ちょっ......、ちょっと貸して下さい!!」

 おキヌは、横島の手から文珠をひったくる。
 文珠の字は、普通ならば、横島以外の霊能力者でも変更できるはずだった。しかし、この文珠は特殊らしい。おキヌが試しても、文字は変化しなかった。
 肩を落としてシュンとなっている横島は、おキヌから見ると、ちょっと可愛い。それでも、

(もう......!!
 今の横島さんは......使えない......!!)

 と評価してしまうのであった。


___________


 モクモクモク......。

 部屋の中央に用意された小さな丸テーブル。その上に置かれた壷から、煙が吹き出してきた。

(まずい......!!
 グーラーさんが出てくる!!
 何とかしなきゃ......!!)

 先を知っているおキヌは、横島にさりげなく情報を伝える。

「つぼ......?」
「横島さん......!!
 これ、いつかの精霊の壷っぽいですよ!?
 ほら、三つの願い叶えるって言ってた......
 でも嘘つきで悪いひとだった精霊さん!!
 きっと、この中にも悪い精霊さんが......」

 そうしている間にも、食人鬼女グーラーが出現した。

『ハーイ!!』

 外見はあまり人間と変わらないグーラーだ。しかも、美人で露出度も高い。上半身など、肩から伸びた模様が胸の先端を隠しているだけである。
 いつのまにか普段の表情に戻っていた横島が、グーラーの方へフラフラと歩き出した。

「よ......横島さん!?」

 恋人の制止にも体は止まらず、弁明だけが口から飛び出す。

「......落ち込んでたはずなのに!?
 俺には......おキヌちゃんがいるのに!!
 引き寄せられるぞ......!?
 これが......この魔物の力か!?
 なんと強力な魔力......!!」

 いいえ相手の魔力ではありません。どうみても、あなたのスケベ心です。
 ツッコミを入れたいおキヌだが、そんな余裕もなかった。

「横島さん......!! 文珠です!!
 その『恋』って文珠です!!」

 急いで指示をとばす。
 横島が捕まって食べられてしまうくらいなら、横島に二号さんが出来るほうがマシだった。

「えっ......!?」
「ミカタにするんです!!
 ......グーラーさんに『恋』を教えてあげて!!」

 知らないはずのグーラーという名前を口走ってしまう。これはおキヌの失言なのだが、横島は気付かなかった。おキヌの主旨を理解して、頭の中がバラ色になっていたからだ。

「そ......そうだな!!
 両手に花が俺の好みだしっ!!」

 ちょっとおキヌの表情が険しくなったが、すでにグーラーに向かっていた横島には見えていない。
 彼を取って食おうとして、グーラーが口を開く。その中に横島が文珠を放り込む。グーラーの胃の中で文珠が輝き......。

『横島......好き!!』

 おキヌの記憶どおり、横島に抱きつくグーラー。

『ああ〜〜ホレちまったよ
 あたしゃ〜〜!』

 イチャイチャする二人を見て、おキヌが何かブツブツつぶやいている。

「仕方ないんだから......!!
 今だけは許す......
 今だけは許す......
 今だけは......」

 自分に言い聞かせているだけなのだろう。別に横島に聞かせるつもりはなかったはずだ。それでも聞こえてしまう。

「えーっと......。
 おキヌちゃん......!?」
「なんですか、横島さん!?」
「俺......おキヌちゃんに
 言われたとおりに......しただけだよね?」
「そうですよ、横島さん!?」

 おキヌは、スーッと横島の横まで移動する。そしてグーラーとは反対側から、グーラーと同様にして、横島にしがみついた。
 ニッコリと微笑むおキヌ。しかし、今の彼女の表情には、妖艶さは浮かんでいなかった。むしろ......。

(ああっ!!
 この笑顔は......!?
 これは、美神さんが時々見せたやつだ!!)

 瞬間、横島の脳裏に、不吉な未来予想図が浮かんだ。

(頼む、おキヌちゃん!!
 美神さんみたいにならないでくれ!
 一人ならいいけど......
 二人いたら恐すぎる......!!)

 そんな横島の不安を煽るかのように、

「さあ、行きましょう!?」

 微笑ましい口調とは裏腹の目付きで、おキヌが前進を促す。
 茂流田や須狩がいる司令室へ向かうのだ。
 そして......。三人の快進撃が始まった。


___________


『マイダーリン・横島の敵はぶっ殺ーす!!』

 勇ましい言葉は、グーラーのものである。
 彼らは、司令室の隣部屋まで辿り着いていた。茂流田がいるのは、扉一枚で隔たれた向こう側であり、そこに須狩も逃げ込んだはずだった。
 逃げ遅れた須狩配下のコンバットジャケットたちは、すでにグーラーに一掃されている。

『ねっ』

 一仕事終わらせたグーラーは、横島の腕にペトッと抱きつく。

「まだ終わってないんです!!
 離れて下さい......!!」

 最大の強敵は、この後で出現するのだ。それが分かっているだけに、おキヌは注意する。しかし、はたから見れば、嫉妬心で言っているようにしか見えなかった。

『あーら妬いてるのかい、おじょうちゃん』

 グーラーは、勝者の表情で、豊かな胸を横島の腕に強く押し付けた。

「ああっ、気持ちいいけど
 それを顔に出してはいかんっ!!
 俺には......おキヌちゃんが......」

 あいかわらずの横島だ。やはり顔に出てしまっている。それに、表情に出さずとも口に出した時点で、もう同じであった。
 そんな彼への不満は後回しにして、おキヌは、グーラーにキッパリ宣言する。

「あなたは今だけの浮気相手でしょっ!?
 こっちが......私が本命です!!
 や、妬いてなんか......」

 もちろん、おキヌは妬いている。しかし、それを認めたくないのだった。

(私が恋人になったところで......
 横島さん、きっと女の人見たら
 これからも飛びかかるんだわ!!
 だから......この程度でヤキモチやいてたら
 横島さんの相手はつとまらない......!!)

 特に今回は、おキヌの指示で作られた状況なのだ。ここは許すしかないと考える。しかし、次のグーラーの言葉を聞いて、ハッとした。

『あ、そう。
 じゃ、こんなことしちゃおうか、ダーリン』

 おキヌは、ようやく思い出したのだ。忘れていた重大な出来事を。絶対に回避しなければいけないイベントを。

(もう......!!
 私ったら何でこんな大事なこと忘れてたんだろ!!)

 この直後、グーラーは横島にキスするはずなのだ。

(いけない!!
 せっかく横島さんの恋人になれたのに......!!
 私だって......まだなのに!!)

 状況が状況なために、おキヌは『今だけは許す』と自分に言い聞かせている。だが、恋人の自分ですら触れていない横島の唇を、目の前で奪われたらたまらない。

(......そうはさせない!!)

 おキヌは横島に背中に飛びついた。そして、彼の頬に手をあてて、首だけ後ろに向けさせる。

「私が先です!!
 横島さんは......私のもの!!」

 そう言って、自分から、彼の唇に口づけした。


___________


 一階から順にモンスターと戦うことになった美神だが、苦労したのは、最初だけだった。
 まず現れたのは、魂を持つ石像、ゴーレム。

「なるほどね、兵器としちゃあ
 使い勝手のよさそうなヤツね」

 美神の表情は余裕であった。ゴーレムには、GSならば誰でも知っている有名な弱点があるのだ。
 ゴーレムは、体のどこかにEMETH(真理)という文字が刻んである。その『E』を消してMETH(死)にしてしまえば、機能を停止するのだ。
 そして、このゴーレムの場合、それは股間に隠されていた。

「そこがもっとも弱点を隠すのに適した場所なのだ!!」

 美神に発見されても、それでも勝ち誇る茂流田。
 男ならば攻撃をためらう場所だし、女性だって恥ずかしくて股間を触ることなど出来ない。それが茂流田の策だった。
 しかし、美神は、鞭と化した神通棍で一撃。完全に『E』を削り取ることこそ無理だったものの、茂流田からのコントロールは弱まった。その隙に、オカルトのプロとして、ゴーレムを再インプリンティングしてしまう。
 そして、ゴーレムを従えた美神にとって、その後に出てくるモンスターなど敵ではなく......。

 ドガッ!

 今、ゴーレムの手が最上階の床を突き破った。
 その穴から、美神がヒョイッと姿を現す。

「おキヌちゃん!!
 無事!?
 ......えっ!?」

 美神の目に飛び込んで来たのは、二人の女性に挟まれた横島。
 正面からは半裸のグーラーにギューッと抱きつかれ、しかも、首だけ後ろに回して、背後のおキヌと濃厚なキスをしているのだ。

「横島クン......!?」

 笑顔を浮かべながら、美神は、その表情を否定する口調でつぶやいた。


___________


「あんた何したの!?
 おキヌちゃんに手を出すなんて!!
 ......文珠ね!?
 洗脳したのね!! この犯罪者め!!」

 美神の作り笑顔はすぐに消えて、鬼のような形相に変わる。そして、横島を責めたてた。
 慌てて、おキヌが横島のもとへ駆け寄る。美神がゴーレムをけしかけることを予想し、先に、両手を広げて横島の前に立ちはだかったのだ。

「......違うんです、美神さん!
 私、洗脳なんてされてません!!」
「ああ......おキヌちゃん......。
 マインドコントロール受けてる人はね
 ......みんなそう言うのよ」

 悲しげな表情をする美神である。

「違います!!
 信じて下さい......!!
 私......私たち......」

 モジモジするおキヌを見て、美神が顔をしかめている。
 ここで、横島が、ちょっとボケてみた。

「ああ......やめてください!!
 俺を取り合うなんて!!」
「ちがうわーッ!!」

 もちろん、ツッコミは美神の鉄拳制裁である。
 
「横島さん......!!
 ありがとう......!!」

 おキヌは、美神が横島を殴るのを、敢えて止めない。

「私のダーリンに何すんのさっ!!」
「いいんですよ、グーラーさん!!
 ......ここは、このままでいいんです」

 むしろ、横島を助け出そうとしたグーラーのほうを制止した。
 これも、雰囲気を戻すために横島がワザとやっている道化。おキヌは、そう思っているからだ。

(私に飛びかかってきたことも......
 グーラーさんとイチャついたことも......
 これで許します!!
 ......私って単純かしら!?)

 今のおキヌは恋する乙女だ。彼女は、自分の唇に、ソッと指をのばす。そこには、まだ横島の温もりが少し残っていた。


___________


 そんな美神たちのドタバタ劇を、一つの声が制止する。

「ゲームオーバーだ!!
 『切り札』を使わせてもらう!!」

 司令室からガラス越しに宣告する茂流田。その横には、須狩も立っている。
 
「こいつが我々の切り札......
 『ガルーダ』だ!!」

 美神たちのもとへ、一体の魔物が送り込まれた。その場の誰もが察知できるほどの、強力な霊波動の持ち主である。
 ガルーダ、それは、バリ・ヒンズーの魔鳥。かなり高レベルな鬼神だった。

『フュオッオオオッ!!』
「不死のゴーレムを一撃で......!?」

 ゴーレムは、ガルーダに左腕を砕かれ、その場に倒れ込んでしまう。

「おどろいたかね?
 そいつは我が社の製品で、
 史上初の『人造魔族』だ!」

 実は、茂流田たちは、魔族と取り引きしていた。魔族の方から、南武グループの科学技術に興味を持って、接触してきたのだ。茂流田たちは、技術提供と引き換えに霊体片を入手し、そこからガルーダを培養したのだった。
 魔族の代理人がメドーサであることまで含めて、全部語ってしまう茂流田。

「しゃべりすぎじゃない、茂流田?」
「いいじゃないか、どーせ連中は死ぬんだ。
 極秘事項で今まで誰にも自慢できなかったしな」

 さすがに須狩がたしなめるが、小悪党の茂流田は、聞く耳持たない。
 一方、美神と横島は、何度も敵対した魔族の名前を聞いて、それに反応していた。

「メ......あのヘビ女!!」
「なんか裏がおぼろげに見えてきたぞ!
 ひょっとして最終回が近づいているのか......!?
 だから俺にも恋人が出来たのか......!?」
「目の前の敵に集中しなさい!!
 でないと今日で最終回になるわよ!
 横島クンに恋人が出来たから最終回だなんて
 そんなのゴメンだわ......!!」

 二人がそんな会話を交わす横で、おキヌは、真剣に考えていた。

(美神さんがあそこまで言うほどの強敵......!!
 記憶では......たしか......
 ヒヨコたちの助けを借りたんだっけ!?)

 一つ決意したおキヌは、茂流田を挑発する。

「霊体片から培養って言っても......
 成功したのは、これ一体だけですよね!?
 この一匹が......虎の子の切り札なんでしょう!?」
「......おキヌちゃん!?」

 彼女の口調に何かウラを感じ、いぶかしげな視線を送る美神。
 一方、茂流田は、水を向けられたままに、内情を語ってしまう。

「わははははっ......!!
 我々の技術を見くびるな!!
 まだまだ、たくさんの雛が眠っているぞ!!」
「ウソ!?
 そんな......!?」

 おキヌは怯えてみせた。
 美神から見れば、まるで大根役者である。しかし、調子にのった茂流田には見抜けなかった。

「驚いたろう......!?
 信じられないだろう......!?
 わははははっ!!
 冥土の土産に、見せてやろう!!」
「ダメッ、茂流田......!!」

 須狩が止めようとするが、間に合わない。
 茂流田がスイッチを押すと、壁の一面が開いた。そこに、ガルーダ幼生の保育カプセルが、ズラリと並んだまま運ばれてくる。

「こ......こんなに作っとったんか、おまえら!?」
「おキヌちゃん......何か策があるのね!?
 いいわ、この場は何とか私がしのぐから......早く!!」

 素直に驚く横島とは対照的に、美神は、おキヌへの信頼を示した。神通棍でガルーダに立ち向かう。

(ありがとう、美神さん......!!)

 軽く頭を下げてから、おキヌが指示を出す。

「グーラーさん!!
 あのカプセルを壊して......!!
 カプセルを全部開けて......!!」
「フン......。
 正妻ぶって命令かい!?
 あたしゃ浮気相手のつもりはないんだけどね......。
 いいさ、聞いてやろう!!」

 カプセルが開き、幼生たちが目を覚ます。同時に、おキヌは、ネクロマンサーの笛を吹き始めた。

(当時の私でもコントロールできたんだから!!
 今の......十年近い経験のある私なら!!
 絶対コントロールできるわ......!!)


___________


 子ガルーダたちは、幼生であるが故、まだ制御装置も呪縛も組み込まれていない。心が真っ白なヒヨコだった。だから、おキヌの笛で支配されて、簡単に味方になったのである。
 美神が味方にしたゴーレムは、大きくダメージを受けたとはいえ、まだ滅んではいなかった。また、横島にも、グーラーがいる。
 こうして、ガルーダは、この場では最強とはいえ、多勢に無勢な状態になってしまった。

「よーし、そのままッ!!」

 ガルーダに神通棍を一本折られた美神だが、幸い、予備がおキヌの脚にくくりつけられていた。それをシッカリ握りしめ、決めゼリフを口にする。

「......極楽に、お行きッ!!」

 精霊石、破魔札、神通棍の三連撃で。
 心霊兵器ガルーダは、ついに滅び去った。


___________


「どうすんのよ!?
 こっちの事情、全部知られちゃったじゃないの!!」
「くそうっ、こんなはずでは......」

 ガルーダが負けてしまい、切り札を失った須狩と茂流田は逃走した。
 しかし、彼らが帰る先が、本当にあるのだろうか......。


___________


「違約金......ガッポリせしめたわよ!!」

 後日。
 依頼内容に嘘があったということで、美神は、南武グループに怒鳴り込んだらしい。
 心霊兵器の開発並びにテスト、これは、かなりの大事だ。当然、上のほうも承知している。美神たちが、オカルトGメンなどの公的機関に話を持ち込もうものなら、大規模な捜査の手が入ることだろう。
 そのような事態は、グループ上層部としては避けたい。美神もそれは理解している。だから......。
 まるで口止め料のような膨大な違約金が用意されたのだ。そして、

「これは末端の一研究グループの暴走でした」

 ということで、話を折り合わせることになったのだった。

「いいんスか!?
 それって......犯罪を黙認したことになるのでは!?」

 美神の話を聞いて、唖然としている横島。
 おキヌは、スーッとその横に立って、恋人らしく腕を組む。

「いいんじゃないですか?」

 微笑みながら、美神の行動を認めるおキヌ。
 美神だって、悪人ではないが、大金をバラまいて不祥事の揉み消しをすることがある。特に、おキヌは、未来で起きる事件を知っていた。高速道路の陥没や飛行機の離陸失敗、それに伴う美術品の破損など......。それらを美神が引き起こし、そして、お金で片づけてしまうはずだった。
 もちろん、今回の南武グループの一件は、それとは比べ物にならない悪行である。しかし、

「......だって、結局、誰も死ななかったんでしょう!?」

 おキヌは、最後まで勘違いしていたのだ。

(私たちがテストの最初の被験者だったから......
 おかげで犠牲者ゼロで済んだのよね)

 しかも、おキヌが記憶していた経緯とは異なり、茂流田まで逃げ延びたのである。

(グーラーさんとヒヨコたちは、
 やっぱり仲良く暮らすことになったようだし......)

 おキヌは、グーラーのその後を、少しだけ回想し始めた。


___________


 ガルーダとの戦いの後。
 おキヌたちは、グーラーを人間にしようと試みたのだ。『恋』文珠の効果が切れたグーラーを野放しには出来ないし、かといって、魔物として退治することも忍びない。そんな心境からだった。
 横島の文珠は文字が変えられない状態だったが、幸い、『恋』と『人』だ。『人』文珠ならば、人間以外を人間にしてしまうことも可能なのではないか。

「おキヌちゃん......。
 それは無理なんじゃない!?」
「俺もそう思う......」
「横島さん......!!
 そんなこと言わないでください!!
 やってみましょうよ、ねっ!?」

 というわけでトライしたのだが......。
 やはり無理だった。いくら文珠が万能とはいえ、精霊を人間に変えるには、横島の霊力が足りなかったのかもしれない。
 しかし、まったく効果がないわけではなかった。グーラーは、人間性を......人の心を獲得したのである。これで、茂流田たちの呪法も消え去ったらしい。
 だからグーラーは、心優しき魔物として、無事、放霊されることになった。ガルーダ雛たちの母親代わりとなって、どこかで、ひっそりと暮らしていくのだろう。


___________


 こうして、『偽りの幽霊屋敷』事件もすっかり片付いて......。
 それから数日後。
 横島も同席しているときに、美神は、おキヌの転校の件について話し始めた。

「おキヌちゃん......。
 こっちの高校への転入手続き、
 私が勝手にやっといたけど......よかったわね?」
「はい......!!
 私、東京の学校のこと、詳しくないですから......」

 もちろん、今のおキヌには、この先の記憶がある。六道女学院に通うことになるのだ。
 でも、自分から言い出すのは不自然な気もして、全て美神まかせにしたのだった。

「おキヌちゃんもGSを目指すって言ってたわね?
 ......ここなら、ちょうどいいと思うわ!!」

 美神が、軽くウインクしてみせる。

(やっぱり六女なんだ......!!)

 そう思って笑顔でうなずいたおキヌ。だが、次の美神の言葉は、予想外のものだった。

「GSもいるし、GSのタマゴもいる。
 机の妖怪もいるし、バンパイア・ハーフもいる。
 ......そいつら集めて、除霊委員まで作られてる。
 実地研修には申し分無い環境よ!!」
「あっ......それって......!?」

 ここで横島が口を挟む。美神も、軽口で応じた。

「そうよ!!
 横島クンと同じ高校!!
 ......でも、あんまり学校で
 イチャイチャするんじゃないわよ!?」

 ビックリして言葉も出ないおキヌであった。


(第三話「今日、転校してきたんです」に続く)

 転載時付記;
 転載にあたり、誤字脱字のたぐいを一カ所修正しています。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは、読んで下さった方々に対してのみならず、投稿先に対しても失礼と思うのですが、あまりにも大きなミスのため修正しました。御了承下さい。

第一話 ......大好き!へ戻る
第三話 今日、転校してきたんですへ進む



____
第三話 今日、転校してきたんです

「これで......よかったのよね!?」

 美神は、一人、つぶやく。
 手続きも終わり、今日からおキヌは、横島の高校に通うことになった。朝食は事務所で彼も含めて三人一緒だったので、二人は、連れ立って登校する。たった今、ここを出たばかりだった。

「朝から......恋人同士でイチャイチャと......」

 おキヌも横島も、たいしたことはしていない。腕を組んで登校するだけだ。それでも、美神は、なんだかモヤモヤしていた。自分で自分の嫉妬心を悟っていないからだった。

「ま、いいか。
 こうなるのがわかってて、
 横島クンと同じ高校にしたんだもんね......」

 美神としては、実は、別の選択肢も考えていたのだ。
 それは、霊能科があることで有名な六道女学院。友人である六道冥子の母親が理事長であり、美神自身、実技指導に呼ばれることもあった。
 GS試験合格者の三割が、そこの卒業生である。六道女学院は、霊能界のエリートが集う高校なのだ。
 正直言って、最初は、そちらに送りこむつもりだった。だが、横島と付き合い出したおキヌである。彼女を彼とは別の高校へ転入させることに、美神は、抵抗を感じてしまったのだ。
 まるで、ヤキモチをやいて二人を引き離すみたいだ......。心のどこかで、そう考えたからこそ、そんなヤキモチを認めたくないからこそ、二人を同じ高校に通わせようと決めたのだった。
 もちろん、素直ではない美神のこと。こんなヤキモチ云々は、全て心の奥底だ。表層では、別の理由で決断したことになっていた。

「GSのエリート教育か......
 あるいは、GSの実地研修か。
 結局、後者を選んだのよね......」

 GS資格取得者もいるし、ギリギリの不合格者もいるし、妖怪までいる。横島の高校は、そんな奇特な学校だ。これまでも事件が起こってきたし、これからも、何かあるに違いない。きっと、いい経験になるであろう。
 もちろん、実地研修ならば事務所の除霊仕事で十分だという考えもあった。それよりも、美神では教えられないような基礎を教えてもらえる場所のほうがいい。そうも思ったのだが......。
 最近のおキヌを見ていて、美神は、

『おキヌには、そのステップは必要ないのではないか?』

 と感じるようになっていたのだ。
 幽霊時代に美神の事務所で働くうちに、自然に吸収したのだろう。そして、その後人間として生活するうちに、それを自分なりに消化し、昇華させたのだろう。
 今のおキヌには、そうした雰囲気があった。

「悪く言えば、違和感......」

 美神は、そんな言葉も口にしてしまう。
 例えば、少し前の南武グループの事件。ガルーダを倒す上で役に立ったのは、おキヌが茂流田を誘導尋問し、利用できる幼生を引きずり出したことだった。
 雛たちの存在を察知したことも不思議だったが、それは、霊能者独特のカンだいう説明も可能だ。美神自身、時々、理屈ぬきでカンが働くので、まだ納得できる。しかし、茂流田から話を引き出した話術、そちらのほうが、おキヌらしくなかった。

「私たちだって......
 おキヌちゃんがいない間に、
 色々あったからね......。
 おキヌちゃんも......
 それなりに経験して、
 成長したってことかな......!?」

 おキヌは、もはや自分が知っているおキヌではない。そう考えてしまい、少し寂しく思う美神であった。




    第三話 今日、転校してきたんです




 高校へ向かう恋人たち。
 校門が近づいたところで、おキヌと横島は、自然に腕を離した。
 ちょうどそのタイミングで、知りあいと出会う。

「小鳩ちゃん!!」
「小鳩さん!?」

 横島の隣人、花戸小鳩である。

「おはようございます!!
 ......あら!?」
「そうなんですよ......!!
 今日、転校してきたんです」

 彼女の視線に応じて、おキヌが転入を告げた。話をしてみると、どうやら同じクラスのようだ。

(小鳩さんとクラスメート......)

 新しく入る教室に知りあいがいるというのは心強い。しかし、横島の恋人であるおキヌにとって、小鳩は、微妙な友人であった。

(この機会に......仲良くならなくちゃ!!)

 そう考えたおキヌは、

「じゃあ横島さん、また後で!!
 私は......小鳩さんと行きますから!!」
「あ......うん」

 横島を先に行かせ、女同士でゆっくり歩き始めた。

「小鳩さん......。
 『小鳩ちゃん』って呼んでもいい?
 私のことも『おキヌちゃん』で、お願いね!?」
「えっ!? ええ......」

 小鳩は、なんだか伏し目がちである。

(無理もないか......。
 小鳩ちゃん、横島さんに惚れてたからなあ)

 おキヌたちは、二人が恋人になったことを、キチンと小鳩に告げてはいなかった。
 しかし、小鳩は横島のお隣さんなのだ。そして、付き合う前も、付き合い始めてからも、おキヌは何度も横島のアパートを訪れている。小鳩が二人の関係を悟っていても、不思議ではなかった。

(私のほうから......言ったほうがいいのかな?)

 今日が転校日であるおキヌは、まずは職員室へ行かねばならない。このまま二人で教室まで行けるわけではなかった。
 こうして二人で会話出来る機会に、肝心の話だけは済ませておこう。おキヌには、そんな焦りがあったのかもしれない。

「小鳩ちゃん......。
 私に聞きたいこと......あるよね?」
「えっ......!?」

 おキヌが、スッと立ち止まる。
 その眼差しを受けて、小鳩も足をとめた。おキヌの意味していることが分かったからだ。朝から話すことでもないと思ったが、小鳩としても、いつかは確認しておきたいという気持ちがあった。

「じゃあ聞きますけど。
 横島さんと、おキヌ......ちゃん。
 お二人は......付き合ってるんですね!?」
「そうよ......!! えへへ......」

 残酷かもしれないが、下手に謝ったりするより、正直に振る舞ったほうがいいだろう。そう考えたからこそ、おキヌは、明るく話し始めた。

「前々から好きだったんだけど......。
 お仕事の途中でね、
 つい『大好き』って言っちゃったの!!」

 おキヌは、先日の事件の話をする。『こーなったらもーおキヌちゃんでいこう!!』発言まで含めて語ってしまうところは、ある意味、女の子らしいのかもしれない。

「まあ......!!
 横島さんらしいですね......!!」

 自分に正直で、あけすけ過ぎるのが、横島の魅力。そう思っている小鳩だから、このエピソードも、微笑ましく感じるのだった。

「そうでしょう......!?」

 おキヌも笑う。小鳩の表情を見て、最大の山場は越えたと安心したのだ。
 だが、気が緩んだおキヌは、次の小鳩の言葉で驚かされる。

「お二人がそういう関係になったのなら......
 やっぱり......昨夜は......。
 ゆうべはお楽しみだったんですね!?」
「え......ええっ!?」


___________


 昨晩、おキヌは、横島の部屋を訪れていた。
 二人が付き合い出してからも、事務所で夕食をとる時は、三人一緒である。しかし、美神が忙しい日は、彼女の夕食を準備した後、おキヌは横島のアパートへ行くのだ。これは、美神も了承しているスタイルだった。
 そんなわけで、昨日も、二人で食事をしていたのだが......。

「おいしいですか? 横島さん?」
「うん!! ごちそーさま!」

 ここまでは、おキヌも満足だった。

「さて......」
「えっ!?」
「おキヌちゃん!!」
「あっだめ......!!」

 デザートはおキヌちゃんだと言わんばかりに、横島が飛びかかる!
 これでおキヌが押し倒されてしまえば、それこそ、かつて横島が妄想したとおり。だが、現実は甘くなかった。

「もう......!!
 何度言ったらわかるんですか!?
 私たち......まだ高校生なんですよ!?」

 横島をはねのけて、おキヌは、スッと立ち上がる。両手を腰にあてて、頬も少しふくらましている。
 これはこれで可愛らしい。横島は、もう一度抱きつきたくなるが、さすがに我慢した。

「だって......」
「『だって』じゃないです!!
 『青少年らしく』って言いましたよね!?
 『青く甘ずっぱい恋愛』をするんでしょう!?」

 おキヌだって、横島が本気で押し倒すつもりではないと分かっている。それでも、いい気はしなかった。

(そういう関係......
 私たちには早すぎます。
 それに......私、まだ不安なんです!!)

 おキヌは、体は女子高生であるが、心は二十代半ばだ。おキヌの精神は、一度、女子大生も経験しているのだ。
 高校卒業までのおキヌの世界は、美神の仲間も、高校の友だちも、GSという世界の人間だった。それぞれ性格は違えど、どこか共通している部分があったのだ。
 だが、大学は違った。見聞を広めたくて、敢えて一般の大学に進んだおキヌ。そこで、GSは特殊な世界なのだと知ることができた。世の中には、霊障やオカルトなどを『よくわからないもの』と思っている人間は多いし、中には、SFや漫画だと決めつける人々までいた。
 前者はともかく、後者は、おキヌには不思議だった。アシュタロスの核ジャック事件や、その後のコスモ・プロセッサ事件を経験していても、認めていないのだから。
 ただし、おキヌの分野に対する見方は千差万別であっても、皆、それぞれの領域で夢や希望を抱いた若者だった。だから、新しい世界の友人を得ることは、おキヌにとって、とても楽しいことであった。
 しかし......。そうした前途洋々たる友人の、全員が幸せになったわけではない。中には、目指していたはずの人生コースから、足を踏み外してしまう者もいた。成人したばかりの若者の前には、多くの誘惑がぶらさがっているのだ。そして、時には『恋愛』も、その一つに成り得るのだった。

(私......しあわせなカップルも
 たくさん見てきました!!
 でも......。
 彼氏が出来て変わっちゃった女のコも
 いっぱい知ってるんです......!!)

 おキヌ自身は恋人を作らなかったが、恋愛話を聞くのは好きだった。もともと耳年増な傾向があったが、それが加速していったのだ。
 そして、友人たちの話を聞くうちに、やはり軽々しく肉体関係を持つべきではないと悟ったのである。
 最初は、お互いを好きで付き合い始めたはず。お互いの心を求め合っていたはず。それがいつのまにか、心ではなく体を求め合うようになる......。そんな話を、いくつも耳にしてきたのだった。

(横島さんなら大丈夫......。
 私、そう信じたいんです!!
 でも......信じられない気持ちもあるんです!!)

 横島は、自他ともに認めるスケベである。もちろん、ただのスケベではなく、女性への思いやりもキチンと持っている男だ。
 だが、今の横島は、ヤりたい盛りの高校生なのだ。ここで『女』の味を覚えてしまって、ちゃんと歯止めが効くのだろうか。うまく付き合っていけるのだろうか。
 少し年上の視点から高校生というものを考えてしまうと、おキヌは、よけいに心配になるのだった。

(横島さんが、
 私の体ばかり求めるようになる......。
 そんなのイヤなんです!!
 惚れた弱みで......
 横島さんを繋ぎ止めたいために、
 私もいつでも応じてしまう......。
 そうなりたくないんです!!)

 おキヌがこうやって色々考えているなんて、もちろん、横島には分からない。おキヌの二十代を知らないからだ。

(おキヌちゃん......ガード固いよな......。
 やっぱり古風な女なんだろうな。
 ......もともと江戸時代の女性だもんな)

 確かに、それが根底にあるのだろう。横島の理解は間違っていないが、真実の一端でしかなかった。
 そして、彼は、三枚目な態度で誤摩化そうとする。

「ちくしょー!!
 どーせ俺はそーゆーキャラなんだっ!!
 『ぐわー』とか迫って
 『いやー』とか言われて!!
 しょせんセクハラ男じゃーっ!!」

 部屋の柱に、自らの頭をガンガン打ち付けたのだ。
 そんな横島を見ると、おキヌも放っておけない。

「横島さん......」
「おキヌちゃん......!?」

 おキヌが寄り添ったのを背中に感じて、横島が振り返った。

「今は......ここまで......です」

 そう言いながら、おキヌはキスをする。
 ギュッと抱き合う二人。
 静かな時間が流れて......。
 男の手が動いた。
 女が、それに反応する。

 パチン!!

 おキヌは、横島の手を叩いたのである。

「横島さん!!
 どこ触ろうとしてるんですか!?」
「ごめん......つい......」
「『つい』じゃないです!!
 ......もう。
 今はキスだけで十分じゃないですか......」

 これは、女のコの心情である。青少年の心境は、全く別だ。

(俺は十分じゃないっ......!!
 なぜ女は煽るだけ煽って、
 そこでストップを要求するんだろう!?)

 横島にしてみれば、濃厚なキスをした時点で、すでに始まっているのだ。そこで止められては、何もしない以上に過酷だった。

「横島さん......」
「はい......!?」

 おキヌは、横島の表情を見て、テストを始める。

「文珠、出してみて下さい」
「えっ!?」

 二人が付き合い始めた直後、横島の文珠はおかしくなった。頭の中が恋人のおキヌちゃんでいっぱいということで、一時期、『恋』『人』という文珠しか出せなくなったのだ。
 その後、無文字の文珠を出せるように回復したのだが......。

「......もう!! やっぱり!!」

 今おキヌに促されて横島が出した文珠には、『性』という文字が刻まれていた。

「ああーっ!?
 違うんだ、これは......!!」
「頭の中が......それで......
 それでいっぱいなんですね!?
 横島さんのエッチ!!」

 当然のように、おキヌは『性』文珠を取り上げる。自分に向けて使われても困るし、他の女性に対して使われたら、もっと問題だからだ。
 こうして、おキヌの手元には、使い道のない『性』文珠が貯まっていくのであった。


___________


「......というわけなんですよ!?
 私たち......まだ高校生だから!!」

 アパートの壁は、厚くはない。だから、昨夜の騒動が、小鳩の部屋にも伝わっていた。ただし、具体的な会話の内容までは聞こえないだけに、小鳩は勘違いしてしまったのだ。
 しかし、おキヌが詳細を語ったことで、その誤解も消え去った。

「なんだか......微笑ましいですね」
「......ありがとう!!
 小鳩ちゃんには
 誤解されたくなかったから......」

 そして、おキヌは、冗談っぽい口調で釘をさす。

「でも......
 私たちがまだだからって、
 それにつけ込んで横島さんを
 誘惑しないでくださいね!?
 私......寝取られなんてイヤだから」
「は......?
 『ネトラレ』......?」

 小鳩には意味が通じなかったらしい。

「......ごめん、小鳩ちゃん!!
 今の言葉、忘れて!
 ははは......」

 パタパタと手を振るおキヌは、心の中で反省していた。

(この時代......
 『寝取られ』とか『TS』とか、
 そんな言葉......まだ無かったんだっけ!?
 私......大人になって
 ヘンなネット小説、読みすぎたのかしら!?
 ......こんなことだから、
 カマトトって言われちゃうんだわ......!!)


___________


 転校初日の昼休み。
 カバンから弁当を出したおキヌに、声がかけられた。

「おキヌちゃん!!
 いっしょにお昼食べよう!?」

 新しいクラスメートたちが、さっそく『おキヌちゃん』と呼んでくれる。
 おキヌとしては、小鳩と昼食をともにしたかった。だが、小鳩は、ニコッと微笑みかけただけで、教室から出ていってしまう。
 その表情は、まるで、

「私のことは気にしないでください......」

 と言っているようだった。
 つい小鳩を目で追ってしまったおキヌを見て、

「ああ、おキヌちゃんって、
 小鳩さんの知りあいなんだっけ!?」
「小鳩さん......
 昼休みになると、いつもどこかへ行っちゃうのよ。
 何してるんだろう......!?」

 と口にするクラスメートたち。
 
(あっ!!
 小鳩ちゃん......。 
 貧乏でお弁当用意できないんだ!!)

 おキヌは、ハッとした。
 やはり貧乏な横島も、かつては、パンの耳だけで昼を済ませていた。彼の場合は、ピートに差し入れられた弁当を譲ってもらうこともあったし、また、おキヌが弁当を作ることもあった。特に、今日からは、毎日おキヌが横島の分も用意することになっている。
 だが、小鳩の場合、弁当をくれる人もいないのだろう。そして、さすがに若い女の子が、教室で一人パンの耳をかじるわけにもいかないのだ。

(小鳩ちゃんのことだから......
 同情されたくないというのも、
 プライドとかじゃなくて......
 周りへの気遣いなんでしょうね)

 クラスの友だちも、小鳩が貧乏だということは、話には聞いているはずだ。しかし、彼女の貧乏は、常識のレベルを超えていた。貧乏神などというオカルトを理解できない者が見たら、色々と考えさせられてしまうだろう。
 小鳩は、それを避けようとしている。おキヌは、そう感じたのだった。
 そして、おキヌは、もう一つの事実にも気付いていた。

(みんな小鳩ちゃんのこと
 『小鳩さん』って呼んでる......)

 おキヌのことは、初日から『おキヌちゃん』と言ってくれるのだ。それを考えると、クラスメートと小鳩との間に、壁があるようだった。

(小鳩ちゃんって......
 もしかして、年上?)

 貧乏神が福の神に変わるまで、奨学金も貰えなかった小鳩である。長い間、休学していたのだ。その辺りの事情を、おキヌは、横島から聞き知っていた。
 小鳩が休んでいたのが、どれほどの期間なのか。そこまで、おキヌは知らない。しかし、同じ学年のみんなより一歳上なのかもしれないと推測することは出来た。

(高校生には......
 まだ『年の差』って大きいのよね)

 大学に入れば、一年の年齢差なんて、たいした意味をもたない。入学した直後こそ、『現役』と『浪人』を違うと考えてしまったが、すぐに、どちらも同じ『一年生』と感じるようになった。先輩や後輩との接し方も、やはり年齢ではなく大学の『学年』が基準だった。
 そんな経験があるおキヌだからこそ、小鳩が何歳であっても関係ないと思えるのだ。

(よし......!!
 私......
 みんなと小鳩ちゃんの間の溝を埋めよう!!)

 かつての高校生活では、一文字魔理と弓かおりという二人を仲良しにしたおキヌである。この世界では出会えないであろう『親友』のことを思い浮かべて、おキヌは、そう決意するのであった。


___________


「......というわけなんです」

 女同士の、食後のティータイム。
 三人での夕食の後、横島はアパートに帰っていった。だから、現在ここにいるのは、おキヌと美神の二人だけだ。
 たった今おキヌが美神に聞かせたのは、高校での出来事ではない。美神から上手く水を向けられて、先日の『性』文珠騒動について詳しく語ってしまったのだった。

「ま......横島クンらしいわね。
 でも......安心したわ!!」
「えっ......!?」

 おキヌが美神の事務所に居候している以上、美神は、保護者代わりなのだ。幽霊時代のおキヌとは違って、今のおキヌには、氷室という養父母がいる。おキヌにあやまちが起こったら、美神としても、彼らに会わせる顔がないのだった。
 これが美神の心情なのだが、おキヌは、少し違うニュアンスで受けとってしまう。

(『安心した』......!?
 やっぱり、美神さん......。
 私と横島さんの仲が進むのイヤなんだ......)

 アシュタロスの一件も経験しているおキヌである。美神と横島が前世でも惚れあっていたという話は聞いていた。しかも、どうやら美神自身は、前世の記憶をプロテクトしていたらしい。おキヌは、詳細は知らずとも、その程度の知識は持っていた。
 さらに、おキヌの知る未来では、その千年の想いを実らせて、二人はゴールインするのだ。そこまで考えてしまうと、まるで自分が横取りしたようで、少し胸が痛くなる。

(美神さん、ごめんなさい......)

 しかし、だからといって、ようやく手に入れた横島を譲る気持ちはなかった。
 こうしたおキヌの心中を、美神が察することは出来ない。ただ、おキヌの複雑な表情を見て、恋愛のことで何か悩んでいるのだろうと推測するだけだった。

「おキヌちゃん......」
「はい......!?」

 優しげな視線で呼びかけられて、おキヌが顔を上げる。

「ま......その、なんだ......。
 惚れあってる男女であっても、
 いざ付き合い始めると、色々あるんでしょうね。
 でも......。
 せっかく幸せなんだから、悩んでちゃダメよ......!?
 自分は自分なんだからさ、自分なりにやるしかないよ。
 横島クンは横島クンなりに、
 おキヌちゃんはおキヌちゃんなりに......ね」

 美神は、人差し指で頬をポリポリかきながら、彼女なりのアドバイスをしたのだ。

「......ありがとうございます」
「ま......
 オトコのいない私が言うのもヘンなんだけどね」

 自分の発言に照れたように、美神は、軽口で締めくくる。
 一方、おキヌは、美神への罪悪感は心の底にしまい込み、今は美神の言葉に集中することにした。

「横島さんは横島さん......。
 私は私......」
「そう......!!
 おキヌちゃんを預かっている私としては、
 二人が不純異性交遊に走らないのは、嬉しいわ。
 でもね......。
 あいつのセクハラ、最近少し激しくなってるのよ!?
 それはちょっと困るから......
 だから、それなりに、
 うまくガス抜きしてあげなさいね!?」
「えっ!?」

 美神が顔を赤くしている。そんな彼女を見て、おキヌは再び、別の未来のことを考えてしまう。

(そうよね......
 美神さんは、うまく横島さんと......)

 その世界で、おキヌと横島は親友であった。
 しかし、彼が男であるせいか、あるいは状況を考慮したせいか。横島は、おキヌに対して、自分の恋愛のプライベートは語らなかった。
 だから、おキヌにしてみれば、横島と美神は『いつのまにか、くっついていた』ということになるのだ。ましてや、美神がどうやって横島の欲求をコントロールしていたのか、詳細は不明だった。

(私も......
 上手に対応しなくちゃ!!
 美神さんには......負けられないから!!)

 具体的に何をしたらいいのか、まだ、全く検討もつかない。それでも、目の前の美神を見ながら、おキヌは、別の世界の美神に対抗心を燃やすのであった。


___________


 その夜。
 一人、ベッドの中で。

「歴史って......けっこう変わるのね」

 おキヌは、そんなことを考えてしまった。
 未来から時間をさかのぼってきたおキヌである。何が改変可能で何が不可能か、それについては、これまでも色々と考えてきた。
 特に、考察のタネになるのは、アシュタロスの一件だ。
 魔神アシュタロス。コスモ・プロセッサという装置で、世界そのものを作りかえようとした悪魔である。実は、彼は『魂の牢獄』という運命から抜け出そうとあがいていたのだが、おキヌはそれを知らない。戦後の小竜姫たちの総括に美神は参加したが、その頃、おキヌは屋根裏部屋で横島を慰めていたからだ。あとでチラッと耳にしたかもしれないが、もはや、頭の中には残っていなかった。おキヌが『魂の牢獄』を知らないということは、後々、重要な意味を持つのだが......。
 知らない以上、今、おキヌの意識がそちらへ向くことはなかった。

「でも......
 時空には復元力があるはず......」

 彼女が思い出しているのは、アシュタロスとの最終決戦である。もちろん、おキヌは、究極の魔体とのバトルには参加していない。しかし、アシュタロスが彼自身のボディで美神たちと対峙した最後の戦い。そこには、幽体離脱した状態ではあったが、居合わせたのだ。
 
「歴史を大きく変えても、結局は......
 元とよく似た流れになっちゃうはず......」

 美神とアシュタロスは、そう議論していた。
 その前後の状況に関して、おキヌは最近、何度も繰り返し回想している。だから、かなり詳細まで覚えていた。

「ただし......
 一番大きな問題なのは、
 改変しようという意志があるか無いか、
 その一点なのよね......」

 あの時、アシュタロスは、コスモ・プロセッサを使おうとしたからこそ、『宇宙意志』という復元力に負けてしまったのだ。しかし、コスモ・プロセッサ放棄を宣言した直後には、宇宙意志は休止してしまう。そして、彼がコスモ・プロセッサを使えるようになってから、再び、宇宙意志は働き始めた。
 まるで、アシュタロスの意志を瞬時に察知したかのような対応だった。

「......だから私も
 大きな改変をしようとしちゃいけない。
 結果的に......大きな改変になるならいいけど......
 でも変えようという『意志』を持ってはダメ!!」

 それが、おキヌの結論だった。
 おキヌと横島が恋人同士になることが、どれほど『大きな』改変なのか分からない。それでも、おキヌとしては、変えよう変えようと策をろうするのではなく、なるべく流れに身を任せたつもりだった。そして、その『改変』は遂行された。
 あとは、これが『復元』されなければいい。そう願うおキヌだったが、少し心配なこともあった。

「私と横島さんが恋人になったこと......。
 ただ二人だけの問題じゃなくて、
 色々影響が出始めている......」

 遥か未来で、美神が横島と結婚しなくなる。それは、まだ予想の範囲内だ。
 しかし、六道女学院に通えなくなるとは思わなかった。これで、一文字魔理や弓かおりと親友になることは出来ないだろう。どこかで偶然出会う可能性はあるかもしれないが、以前のような関係は無理だ。
 だから、このままでは、二人を横島の友人に紹介することは出来ない。おキヌの知る別の未来では、かおりと雪之丞は、もう結婚間近だった。魔理とタイガーのカップルは、恋人なのか友達なのか微妙だったが、それでも仲は良かった。しかし、この世界では、そうした関係は、おそらく成立しないのだ。

「はあ......。
 みんな......どうなっちゃうんだろう!?」

 おキヌとしては、自分のわがままの結果がこれ以上大きな変化につながらないよう、望むだけだった。
 しかし、そんな乙女の祈りは、天には通じないのである......。


___________


 汚いアパートの一室で、ビデオデッキに、レンタルしてきたテープが差し込まれる。
 そして、再生が始まった。

『おはよう横島くん!
 君がこのビデオを借りるだろうと......。
 ......えっ!?』

 画面の中で、ベレー帽をかぶった悪魔が唖然としている。
 しかし、驚いているのは彼だけではない。ブラウン管を見ている方も同じだった。

「なんだーっ!?」
「わーっ、スドーさん!?
 変ですよ、これ!?」
「......コスプレものじゃないはずだけど!?」

 部屋にいたのは、三人の男たちだ。三人とも眼鏡をかけている。だが、一人は太り気味で後ろ髪をしばり、一人は髪の色が異なり、もう一人は他の二人よりも明らかに背が高い。だから、外見上の区別はついた。

『......どうしました!?』
『ああっ!?
 ここ、横島さんの部屋じゃないのねー!?』
『おいっ、どういうことだ!?』

 ベレー帽の後ろから、さらに三人の神魔が姿を見せる。やはり服装は奇抜だが、今度は、三人とも女性であった。
 これを見て、部屋の男たちは、少し安心したらしい。

「やっぱりコスプレものか......。
 箱もラベルも間違ってるんだな」
「まあ、いいじゃないですか。
 たまには、こういう変わったコスプレも......」
「......女のレベルは、結構高いよな?
 ツンとしたネーチャンに、かわい子ちゃん。
 猫目のコも、けっこう良さそうじゃん!?」

 勝手な品評はさておき、神魔たちは焦っていた。

『なんでー!?
 これで横島さんと接触できるはずだったのにー!?』
『ヒャクメ......あなたの情報ミスですよ!?』
『どうする!?
 もう、かなり長い間、
 このビデオとやらの中で待ったんじゃないか!?』
『まさか......!?
 間に合わないかもしれない......!?』

 アシュタロスの一派が月に侵入したが、微妙な情勢のため神魔族は手が出せない。そこで、『月』側の要請で美神たち『人間』が助けに向かうというシナリオを組んだのだ。ただし美神の事務所は監視されているため、まずは横島と秘密裏にコンタクトをとる予定だった。彼が借りそうなアダルトビデオの中で、ずっと潜んでいたのだが......。
 横島は、おキヌと付き合い出したことで、スケベなビデオをレンタル出来なくなっていた。しかし、そんな事情は、誰も想定していなかったのである。

『ごめんなのねー!
 最新の状況を......正しく理解していなかったのねー!
 だって......横島さんは横島さんだと思ったから......。
 ......裏切られたのねー!』

 こうして、神魔族は、美神たちを月へ派遣することに失敗した。
 その結果。
 月の膨大な魔力エネルギーが、地球のアシュタロスのもとへ送信された。


___________


『よくやったぞ......!
 メドーサ、そしてベルゼブル!!』

 エネルギーを受けとったアシュタロスは、大仕事を成し遂げて戻った部下に、ねぎらいの言葉をかけた。

『これで......
 いよいよ魔族の政権を握るのですね?』

 メドーサが、主の意図を確認する。
 しかし、アシュタロスは、肯定ではない笑みを見せた。

『フハハハハ......!
 おまえたちまで、そんなことを思っていたのか!?
 私の望みは、そんな小さなものではない。
 ......我が最終目的は、天地創造!!』
『ええっ!?』

 低級な魔族が『天地創造』などと口にしても、一笑に付されてしまうだろう。だが、今、メドーサの前にいるのは、魔神アシュタロス。彼の発言なだけに、ズシリと響くのだった。

『まあ......いい。
 詳細は......いずれ教えてやろう。
 今は、三つほどやるべきことがある』

 アシュタロスの計画の要は、コスモ・プロセッサだ。そのためには、かつてメフィストに奪われたエネルギー結晶が必要だった。いくら月の魔力を持ち帰ったからといって、それだけでは、コスモ・プロセッサを稼働させるには不十分なのだ。
 そして、コスモ・プロセッサ計画を始めれば、大きな反作用を受けることも予想していた。それを最小限に抑えるためにも、地上の神魔族を封印する必要があった。

『まず、私の力で妨害霊波を出して、
 冥界とのチャンネルを遮断する!!』

 これが、三つのうちの一つである。残り二つは、部下たちに任せるつもりだった。

『その上で、全世界の霊的拠点を全て破壊すれば、
 もはや地上の神魔族は何も出来ない......!』

 これが、部下にやらせる一つだ。そして、もう一つは、

『その間に......
 メフィストを私のところへ連れて来い!!』

 肝心のエネルギー結晶である。

『さて......。
 月での仕事を成功させた褒美だ。
 好きな仕事を選ばせてやろう......!』

 元々アシュタロスは、メドーサとベルゼブルには、それほど期待していなかった。だから、最終作戦に向けて、新たに三体の魔物を用意していたくらいだ。しかし、メドーサたちも使えるというのであれば、部下を二手に分けて、それぞれに仕事を割り振ることも可能なのだ。
 そのために、すでに、メドーサたち用の巨大兵鬼まで準備していた。

『それでは......』

 メドーサが、ゆっくりと口を開く。
 口元に不敵な笑いを浮かべつつ、ハッキリと意思表示した。

『霊的拠点破壊のほうを......我々にお任せ下さい!!』

 無言ではあるが、ベルゼブルも異存はないらしい。
 実は、二人とも、『メフィスト』に恨みがあった。アシュタロスのいう『メフィスト』とは、すなわち、美神令子のことなのだから。
 以前のアシュタロスならば、『メフィストの転生体を殺し、その魂を持ち帰ること』という言い方もしていた。だが、今回の命令は違う。ポイントを理解してない部下が殺すことに執着したら、魂の中のエネルギー結晶が崩壊する危険性があったからだ。
 このアシュタロスの判断は正しい。もし昔と同様の表現ならば、メドーサもベルゼブルも、メフィストのほうを選んだだろう。そして、ともかく殺してしまって、結晶をダメにしていたかもしれない。
 しかし『連れて来い』と言われたことで、二人は、霊的拠点破壊を選択したのだった。

『よろしい......。
 では、土偶羅魔具羅!
 メフィストの件は、おまえと三姉妹にまかせよう!』
『はっ!!』

 小さな土偶型兵鬼が、深々とお辞儀した。

『......私は「逆転号」の中で眠ることにしよう。
 チャンネル遮断は、「逆転号」を通して行う!
 すでに、二番艦「一発号」には、
 十分なエネルギーを与えてある。
 ゆけ!! メドーサ、そしてベルゼブル!!』


___________


『ゾクゾクするねえ!!
 あの小竜姫の出城を破壊してやるんだよ!?
 ベルゼブル、おまえだって、
 妙神山はイヤな思い出の場所だろ......!?』
『まあな......』

 与えられた巨大兵鬼に乗り込み、メドーサの気分は高揚していた。
 バッタを模した形の戦艦『一発号』。それは、カブトムシ型の『逆転号』同様、移動妖塞でもある。

『だが......よかったのか?』
『なんだい......!?』
『メフィストのことさ。
 教えてやるべきじゃなかったのか!?』
『はあぁ......』

 ベルゼブルの言葉に、ため息をつくメドーサ。
 メフィストを連行する仕事は、アシュタロス直属の三姉妹と、彼女たちを管理する土偶羅魔具羅に一任された。しかし、アシュタロスは、メフィストという前世名と霊的特徴しか教えていない。それだけで十分と思ってしまい、現世の『美神令子』という名前は伝えなかったのだ。
 もちろん、アシュタロスほどの魔神であるならば、それだけで簡単に『メフィスト』を探し出せるだろう。しかし、部下たちはレベルが違うのだ。やはり『美神令子』という現世名が必要だった。そして、メドーサとベルゼブルは、それを知っている。だから、ベルゼブルは、忠告するべきだったと考えているらしい。

『それで......なんの得があるんだい!?
 あいつらに手柄たてさせて、どうすんだい?』

 月に送り込まれた時点で、メドーサたちは『もう後が無い』状態だったのだ。
 だが、今は違う。アシュタロス直属の部隊と肩を並べる地位に上がり、こうして巨大戦艦まで賜った。

『メフィストの件も......
 こっちの任務が終わってから、
 私たちが遂行すればいいのさ......。
 それまで、あいつらには右往左往してもらうさ!』

 そうすれば、直属部隊すら蹴落とし、メドーサたちがアシュタロスの右腕や左腕となるであろう。

『......頭いいな、おまえ!!』
『フン、この程度の駆け引き、常識だよ!』

 こうして、物語は、最終局面を迎える......。


(第四話「やめて!! 横島さん......!!」に続く)

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第四話 やめて!! 横島さん......!!へ進む



____
第四話 やめて!! 横島さん......!!

 その病室には、二人の若者が入院していた。
 伊達雪之丞とタイガー寅吉。二人とも若手ゴーストスイーパーであり、横島たちの友人でもある。彼らは、全身の霊力中枢をズタズタにされて、病院に運び込まれたのだった。
 知らせを受けて、美神と横島とおキヌの三人が、面会に駆けつける。

「いったい何があったの!?」
「おまえら、男二人で......
 ナンパでもしとったんか!?」

 真面目な質問をする美神と、軽薄な質問をする横島。一方、おキヌは、

(ああっ......!?
 この状況は......!?
 そんなバカな!!
 早い、早すぎるわ......!!)

 自分の記憶している展開と照らし合わせて、軽くパニックに陥ってしまう。
 これは、どうみても、アシュタロスの本格侵攻が始まった時の一場面である。しかし、それは、まだまだ先のはずなのだ。
 彼女は知らないのだが、おキヌと横島が恋人関係になったことが、歴史を大きく変化させる遠因となっていた。
 本来ならば、アシュタロスが月まで手を伸ばした際、神魔正規軍は、その妨害を美神たちに依頼するのだ。ただし、秘密裏に行う必要があるため、彼らは、横島がレンタルするスケベビデオを介在させる。ところが、恋人持ちの横島は、そうしたビデオを借りられなくなってしまった。そんな横島を神族調査官が想像出来なかったことも理由となり、計画は失敗に終わってしまう。
 ただし、不幸中の幸いは、アシュタロスの目的が月壊滅ではなかったことだ。アシュタロスは、ただ、最終作戦発動のためのエネルギーを必要としていた。そのために月の魔力エネルギーを自分のところへ送信させただけである。しかも、人間から得た科学技術まで利用したところで、月の魔力を100%持ち帰ることは不可能。ある程度は、月に残ってしまう。だから、かの地に住む月神族の被害は大きくはなく、一番傷ついたのは彼らのプライドだった。
 それに、もしも月作戦が失敗したとしても、アシュタロスは、自身の活動を休止させることで、いずれは必要なエネルギーを作り出していたであろう。だから、ここでの『大きな変化』は、単に、時期の問題だけに留まっていた。

(ごめんなさい、雪之丞さん......!!)

 それでも、おキヌは、心の中で謝罪する。現在彼女が目にしているシーンは、記憶と全く同じではないからだ。おキヌの知る歴史では、恋人とのデートを楽しんでいた雪之丞が襲われるのだが、ここでは、タイガーとともにナンパに励んでいた雪之丞が被害を受けている。
 一方、男二人は、横島の言葉にギクリとしながらも、説明を始めていた。

「......まあ、なんだ。
 ともかく俺たちは、繁華街をブラブラしてたわけだ」
「そうしたら......
 おかしなカッコの三人娘を見つけましての〜〜」
「ああ。
 三人とも美形だったが、一人はガキだったから、
 こっちも二人で、ちょうどよかったのさ」
「そうなんジャー!!
 もし三人とも妙齢のおなごなら......
 ピートさん連れてきとけばよかったと
 後悔したところじゃったノー!!」

 どうみてもナンパである。
 しかし、そのナンパ相手が悪かったらしい。声をかけたら話に応じてくれたのだが、突然、三人が凄まじい霊圧を出し始めたのだ。

「三人とも......!?」
「ああ......。
 ありゃあ、どう見ても人間じゃねえ!!」

 美神の確認に、雪之丞がうなずいた。
 ここで、横島が口を挟む。

「おまえら......。
 いくら女いないからって、
 妖怪ナンパすることはないだろう?」
「......横島さん!?
 横島さんは......横島さんだけは......
 そんなこと言っちゃダメですよ!!」

 彼の発言を聞いて、おキヌとしては、もう申し訳ない気持ちでいっぱいである。しかし、今出来ることは、横島の腕を引っ張って部屋の隅へと移動し、話を混ぜっ返さないようにすることだけだ。
 そして、ようやく話が肝心のポイントまで進んだ。

「で......いきなり、
 センサーみたいなもんで霊力を探られた」
「パワーをムリヤリ吸い出して
 バラバラにされましたケン!!」

 彼らの発言の意味を理解し、美神が緊張する。

「そいつら誰かを......
 あるいは何かを探してるふうだったのね?」

 と、美神が聞き返した瞬間。

 ズン!!

 強大な霊圧とともに、魔族三姉妹......ルシオラ、ベスパ、パピリオが出現した。




    第四話 やめて!! 横島さん......!!




『あら、さっきの男たちもいるわよ?
 でも......今回のターゲットは別よね!?』
『そうでちゅ、ルシオラちゃん!
 そこの髪の長いでちゅ!』
『ほらー
 さっさとやろーぜ!
 まだまだ候補はタップリいるんだろ?』

 三姉妹を見て、横島の腕にしがみつくおキヌ。

(なんで......!?
 なんでこんなに早く
 ルシオラさんが来ちゃうの!?)

 おキヌの知る歴史の中で、ルシオラは、横島の初めての恋人となる存在だ。
 だが、今の彼の恋人は、おキヌ自身である。
 『横島さんは渡さない』とばかりに、ギュッと力を強めてしまう。

「大丈夫だよ、おキヌちゃん......。
 俺が......守るから」
「横島さん......!!」

 おキヌが不安なのだと解釈した横島は、自由なほうの腕で、彼女を抱き寄せた。
 恋人たちが、そんなやりとりを交わしている間に、

『それじゃ......さっそく!!』

 ルシオラが、リング状の探査装置を投げつけた。

 バチッ!! ババッ!! バチ!!

 気絶して倒れた美神だったが、探査の直前で幽体離脱している。事情を察したから、エネルギー結晶を隠す策に出たのだ。

『......霊圧、5.6マイト! 結晶未確認!』
『5.6マイト......!? へんでちゅね?』

 装置の報告を聞いたパピリオは、なんだか不思議そうだ。予想外の低い測定結果に、三姉妹側は拍子抜けしている。一方、横島たちは、もちろん騒然となっていた。

「美神さんっ!! 美神さんっ!?」
「きゃっ!? 横島さん......!?」

 おキヌを片手で抱きかかえたまま、美神の元へ駆け寄る横島。
 美神の様子を見て、彼の顔色が変わった。
 魔族たちは、今にも帰ろうとしている。隙だらけだった。

「美神さんのカタキだ!!
 くらえ、この野郎っ!!」
「やめて!! 横島さん......!!」

 横島の言葉を聞いて、ようやく、この後の展開に気が回ったおキヌ。慌てて制止したのだが、間に合わなかった。
 おキヌがピタッと寄り添っていても、彼の頭の中は正常だったらしい。今の横島は、普通に文珠を使うことが出来た。
 『凍』と刻まれた文珠が、三姉妹の表層を凍らせる。薄氷を落とした三姉妹は、横島に興味を抱く。そして......。

『おっもしろーい!!
 こいつ気にいったでちゅー!!』

 パピリオが、目をキラキラさせる。完全に、新しいオモチャを見つけた子供であった。

『ルシオラちゃん、こいつ飼ってもいいっ!?』
『また......?
 しつけはちゃんとするのよ?』
『うんっ!!』

 ここで、攻撃中も密着していた二人を見て、ベスパが運命的な一言を口にしてしまう。

『でも......オスメスつがいのようだぜ?
 引き離すのは可哀想なんじゃないか?』
『うーん......。
 大丈夫でちゅっ!!
 パピリオ、ちゃんと両方とも面倒みるでちゅよ』

 三姉妹の会話の間、

「あ!? あわわ......!?」
「えーっ!? 私まで......!?」

 話についていけない横島はオロオロし、おキヌはおキヌで、知らない展開に突入して戸惑ってしまう。

『両方......!?
 本気なの......!?
 オスとメスなのよ?
 ポコポコ子供生んじゃうわよ?』
『......!!
 ルシオラちゃん、グッドアイデア!!
 パピリオ、この面白いやつの子供も見たいでちゅ!
 ......今度は子供作らせて、育成でちゅね!
 楽しみ〜〜』

 こうして。
 横島とおキヌは、首輪を付けられて、連れ去られてしまった。


___________


「ひえーっ!? こわいーっ......!!」
「ど、どこへ連れてく気だーっ!?」

 異界空間の中を連行されていく、おキヌと横島。

『おうちに決まってるでしょ!
 ホラ、あそこでちゅ!』

 パピリオが、巨大な飛行物体を指し示した。カブトムシをモチーフとした形状をしている。

『移動妖塞「逆転号」。
 アシュタロス様がお創りになった兵鬼でちゅ!!
 バッタ型の「一発号」もあって、
 そっちは、ヘビのおねえちゃんと
 ハエのおじさんが使ってるでちゅ』
「おい、そのヘビとかハエとかって......。
 まさか......!?」

 横島の言葉に反応したのは、前を飛んでいるルシオラだった。
 
『あら、メドーサやベルゼブルを知ってるの?』
「えっ!? いや、何度か戦っただけで......」
「横島さん、迂闊なこと言わないで......!!」

 アシュタロスの配下ということは、彼らは皆仲間なのだ。彼らとの敵対関係を明示しては、自分たちの身が危うい。そう思って注意したおキヌだったが、この場合に限っては、杞憂となった。

『......ふーん、そう。
 まあ、いいわ。
 私たちも、あの二人、あんまり好きじゃないから』

 三姉妹の任務は、メフィストの魂を探して、アシュタロスのもとへ連れて行くことだ。与えられた情報だけでは難しいのだが、どうやら、メドーサたちは何か知っているのに隠しているようだった。
 それを察したルシオラとベスパは、メドーサたちを良く思っていない。一方、パピリオも、『メドーサちゃん』『ベルちゃん』と呼びかけて怒られて以来、二人から遠ざかることにしていた。
 そうした事情まで説明されることはなかったが、

(アシュタロス派のひとたちも......一枚岩ではないのね)

 と理解するおキヌであった。


___________


『よーちよち、たんとお食べ、ケルベロス!』

 逆転号に戻ったパピリオは、さっそく、ペットにエサを与え始める。
 そして、オリに入れられた横島とおキヌにも、

『次はあんたたちのごはんでちゅよ、
 ポチ......! モモ......!』

 何か差し出したが、どう見ても人間が口に出来るシロモノではなかった。

「あの......パピリオちゃん!?」
『「パピリオちゃん」......!?』

 おキヌが口を開くが、つい、未来で慣れた呼称を使ってしまう。
 仲間は皆『ちゃん』付けのパピリオだが、手に入れたばかりのオモチャから『パピリオちゃん』と呼ばれるのは、少し嬉しくなかった。
 おキヌの首輪の紐を、スーッと引っ張る。

「いたっ!?」
「おキヌちゃん......!?」

 強い力ではなかった。だが、それでも鉄格子に顔をぶつけてしまうおキヌ。

『あんたたちは私のペットでちゅよ?
 ここで言われたとおり子供を作るか、
 ほかのペットのエサになるか......二つに一つでちゅ!
 よーく考えておくんでちゅね!』

 そう言い残して、パピリオは立ち去った。

「おキヌちゃん!!
 大丈夫か......!?」
「ええ、心配しないで下さい。
 男より女のほうが、痛みには強いんですよ!?
 女性って......
 人生で痛い思いする機会、いっぱいあるんですから!」
「そんな豆知識、どうでもいいから!!」

 横島は、おキヌの顔を覗き込む。額の左側から血が出ているのを発見し、慌てて文珠で治療した。

「よかった......」
「......!?」

 大げさな横島を、少し不思議に感じるおキヌ。だが、次の一言で、その理由も判明した。

「ほら......
 女のコの顔に傷が残ったら大変だから、さ。
「横島さん......」

 彼の気遣いが嬉しい。おキヌは、つい尋ねてしまった。

「あの......
 もし私の顔に小さな傷が残っても......。
 見捨てないで下さいね?」
「もちろん......!!
 むしろ、こんなことで傷が残ったら、
 逆に、それこそ俺が......一生......」

 この瞬間のおキヌには、まだ、そこまで男に言わせるつもりはなかった。だから、それ以上言葉が出てこないように、自らの唇で、彼の口をふさいでしまう。
 暗い牢の中で、キスをしたまま、静かに抱き合う二人。
 しかし、同じオリの中に、一人、お邪魔虫がいた。

『コホン......なのねー!』

 わざとらしい咳払いとともに現れたのは、ヒャクメである。
 彼女も、ペットとして捕まっていたのだ。

『一人でもうどーしよーかと......!!
 寂しかったのねー!!』

 本当は二人に抱きつきたいくらいなのだが、さすがに遠慮してしまう。代わりに、

『美神さんも......その様子じゃ
 襲われたけどなんとか逃げのびたのね!?』

 幽体離脱して横島の中に隠れていた美神を呼び出した。
 一方、恥ずかしいのは、おキヌである。

(しまった......!!
 そういえば、そうだったわ......!!)

 美神が横島の中に入っているのは、おキヌの知る歴史どおりだった。だが、スッカリ忘れていたのだ。そのまま横島とラブシーンをしてしまったおキヌは、顔を真っ赤にするしかなかった。


___________


 ヒャクメは、ペットになってしまった経緯を説明する。
 彼女は、神魔族混成チームの一員として、アシュタロス逮捕のため南米に向かった。巨大戦艦の一つ『一発号』は既に出撃した後だったが、そこには、この『逆転号』が残っていた。
 そこに乗っていたのは、魔族三姉妹と土偶羅魔具羅である。彼らとしては、メフィスト探索という任務のため、せっかくの火力も宝の持ち腐れだったのだ。だから、ここぞとばかりに、驚異的な攻撃力を見せつける。神魔族側はアッサリ壊滅、生き残ったヒャクメは捕獲されてしまった。

『それだけじゃないのねー!』

 すでに、この移動妖塞からの妨害霊波により、冥界とのチャンネルが遮断されている。神界や魔界からエネルギーも来ないし、援軍も来ない状態なのだ。そして、人界の神魔族の拠点は、『一発号』により、次々と破壊されている。
 『一発号』の主はメドーサなので、妙神山は最後の楽しみに残しているらしい。しかし、他が全て消滅して、妙神山が襲撃されるまで、あまり時間もないだろう......。

「......何それ!?
 かつてないオオゴトじゃないの!?」
『そうなのねー!
 しかも......小竜姫はわかってないだろうけど
 旧式の妙神山の装備じゃ返り討ちだわ!
 だから、早く妙神山へ警告しないと......!!』

 幽体の美神ならば、ここからすぐに抜け出せる。ヒャクメの霊視では、現在、この艦は通常空間にいるらしい。今がチャンスなのだ。
 もはや、悠長に横島たちの脱出を手伝える状況ではなかった。外側の開閉スイッチでオリを開けるまではしたが、それだけで、美神は妙神山へ向かって飛び立っていった。
 
「よし......!!
 今度は俺たちの番......」

 まずは牢から出て、後のことは、それから考えよう。そんな気持ちで、三人が一歩足を踏み出した時。

『あれー!?
 なんで開いてるんでちゅか!?
 でも出てきちゃダメでちゅよー!』

 パピリオが戻ってきてしまった。


___________


『ダメでちゅねー!
 逃げ出すエネルギーがあるなら、
 それを子作りに向けてね......!!
 早く子供を作るんでちゅよ!?』

 パピリオは、自分の命が一年足らずであることを知っている。その分、動物が育つのを見るのが好きであり、だから、ペットをたくさん飼っているのだ。そして、生まれた時点から飼育するのであれば、今まで以上に『育つ』のがハッキリ分かるはずだった。
 そんなパピリオだから、『ポチ』と『モモ』と名付けた二人を、ついつい急かしてしまうのだ。
 
「バカ野郎ーっ!!
 ヒャクメが見てる前で、
 子作りなんかできるかーっ!?」
『私のせいにしないでねー!?』

 ヒャクメを指さして、言いわけに使う横島。
 一方、おキヌは、

(えーっ!?
 ヒャクメ様いなかったら......
 ここで、しちゃうんですか!?
 高校生だからダメって言ってるのに!!
 ......嘘ですよね? ......冗談ですよね?)

 と、心の中で、横島の言葉を否定しようとしていた。
 そして、横島の言葉を素直に受けとった子供が一人。

『ペスがジャマなんでちゅか!?
 じゃあ、こいつ......もういらないでちゅ!』
『......え?』

 パピリオは、ヒョイッとヒャクメをつまみ上げる。

 パカッ!! ポイッ!!

 壁の一部を窓のようにして開けて、そこから外へ投げ捨ててしまった。

『きゃーっ!?』
「ヒャ、ヒャクメ!?」
「ヒャクメ様......!?」

 空を落下していくヒャクメを見送った後。
 横島とおキヌは、ギギギッと、首をパピリオに向けた。

「あの......!?」
「えーっと......」
『これで子供作れまちゅね!?
 頑張るんでちゅよー!!』

 二人を再び牢に閉じ込めて、ニコニコ顔のパピリオは去っていった。


___________


 恋人たちは、牢内にペタリと座り込んでいる。

「どうしようか......!?」
「どうしましょう......!?」

 おキヌは、途方に暮れていた。いくら未来の知識があるとはいえ、『逆転号』に捕まった横島の詳細など、聞いていないのだ。
 オカルトGメン側にいたおキヌとしては、いつのまにか横島は三姉妹に気に入られたという情報しかない。
 きっと、横島は、言われたとおり従順に働いたのだろう。
 とりあえずヒャクメは、脱出できたようだ。これは、おキヌの記憶している歴史と同じである。三姉妹の登場時期が早まっても、大筋の展開は変わらないらしい。
 それならば、ここは、言われたとおりにするしかないようだが......。

(でも......今の状況で
 『言われたとおり』にするということは......
 子供を作るということ......!?
 ......私たちまだ高校生だから、
 そういう関係はダメ......)

 体を許すことには抵抗を感じるおキヌ。しかし、ふと、二つの言葉が心に引っ掛かる。

(『子供を作る』......!?
 『まだ高校生だから』......!?)

 一方、考え込むおキヌとは別に、横島も少し困っていた。
 このオリから出ること自体は、文珠で爆発させれば可能かもしれない。しかし、こうパピリオが頻繁に見に来るようでは、また捕まって戻されてしまう。だから、ここから出る前に、その後の綿密な計画を立てておく必要があった。

(ヒャクメがいなくなったのは痛いな......。
 ヒャクメ自身は、あれで逃げられたと思うけど......)

 この牢には窓なんてない。だから、彼女の霊視がなければ、今、異界空間にいるのか通常空間にいるのかすら、ハッキリしないのだ。通常空間ならば文珠で空を飛べるかもしれないが、異界空間では分からない。
 実は、本来の歴史では、脱出する前のヒャクメから、通信鬼を託される。だから、この後も、オカルトGメン本部と連絡を取り合うのだ。しかし、ここでは、そうした準備をする前にヒャクメは消えてしまった。これが一番痛恨の事態なのだが、歴史を知らぬ横島には、そこまで考えることは出来ない。

(難しくなってきたな......。
 でも、ここで、このまま
 『子供作れ、作れ』って言われ続けるのもなー。
 俺だって......おキヌちゃんが許してくれるなら
 ヤっちゃいたいよ......うっ......うっ......)

 パピリオの命令を考えると、心の中で、血の涙が出て来るのであった。


___________


「横島さん......!!」

 おキヌに声をかけられて、横島は、顔を上げた。
 目の前の恋人は、妙に清々しい表情をしている。

「おキヌちゃん......!?
 なんか、いいアイデア思いついたの......!?」
「アイデアっていうほどじゃないですけど......。
 でも......。
 こういうとき、女は強いんですよ。
 ふふふ......」

 苦境に立たされているはずなのに、おキヌは、余裕のような空気を身にまとっていた。

(女って......わからん......)

 そんな横島に対して、

「横島さん......。
 私の考え......聞いてくれます?」
「うん......」

 おキヌは、もったいぶった口振りで話を続ける。

「やっぱり......今は、
 状況に身をまかせるしかないと思うんです」
「......えっ!?」
「従順にペットを演じて......
 あのひとたちに気に入られれば、
 少しは自由に行動できるようになるでしょうし、
 そうすれば逃げ出す機会も作れますよね!?」

 横島としては、おキヌに反論するつもりはない。ただし、一つ、気になる部分があった。

「おキヌちゃん......!?
 『従順にペットを演じて』っていうのは......
 子作りしてるフリをしようということ!?」

 『子作りしてるフリ』という言葉を口にしながら、実は横島は、二通りの意味を想定していた。
 一つは、何もしないけれど『頑張ってます』という態度だけ見せること。これは完全な『フリ』である。よほど上手に演技しないといけないだろう。
 もう一つは、妊娠しないように気をつけながら、でも実際にヤってしまうこと。これならば、行為そのものは実行しているのだから、『うまく命中しないんです』と言いわけするのも簡単だ。
 ヤりたい横島としては、もちろん後者を望むのだが、おキヌのこれまでの態度から考えると、大きな期待はできなかった。それでも、

(もしかすると......
 特殊な状況だから仕方ないということで、
 ついに許してくれるかも......!?)

 とも思ってしまうのだ。だからこそ、詳細を聞きたくて、ドキドキしながら質問したのである。
 しかし、おキヌの返事は、横島の予想を越えていた。彼女は、大きく首を横に振ったのだった。

「......いいえ。
 私......ハッタリなんて苦手です。
 うまく『子作りしてるフリ』なんて
 出来ないと思います。
 だから......ここは、言われたとおりに!
 赤ちゃん作りましょう......!!」


___________


(高校生だからダメって言ってきたけど、
 それってタテマエでしたから......)

 口では、『まだ高校生だから』という理由で拒絶していたが、おキヌの本心は、少し違っていた。おキヌ自身が二十代を経験し、二十代の友人を見てきたからこそ、若者が快楽や肉欲に溺れる危険性を過大に恐れてしまったのだ。
 でも、それはおキヌの側の一方的な心情でしかない。

(私、わがままでしたね。
 ごめんなさい......!!
 横島さんの気持ちも......
 もっと考えてあげるべきでした)

 おキヌが二十代の気持ちで肉体関係を拒んだように、横島は十代の気持ちで、おキヌを求めているのだ。
 横島は、やはり、ヤりたい年頃である。それは、おキヌが感じたような不安や恐れを、まだ持たずにすむ年頃でもあるのだろう。だから、『ヤりたい』という気持ちで、突き進めるのだ。

(もしも私が、十代の私だったら......)

 おキヌは、高校生の頃の自分を思い出してみる。
 横島を好きだったけれど、自分でもハッキリしない程度の淡い恋心だった頃。
 行動することはなくても、週刊誌やワイドショーの見すぎと言われるくらい、偏った知識だけは持っていた頃。
 もしも、あの頃、横島と付き合い始めて、体まで求められていたら......。

(簡単には受け入れられないけど、
 それでも......
 こんなに強くは拒めなかっただろうなあ)

 そして、おキヌは、美神の言葉も頭に浮かべていた。

「うまくガス抜きしてあげなさいね!?」

 と言った時、彼女は赤面していた。だから、それなりにスケベなことを想定していたのだろう。最後の一線を越えない程度で、許容範囲内で何かしてあげる......。
 美神ならば、そんな微妙なコントロールも可能なのかもしれない。横島のセクハラにも上手に対処してきた美神なのだ。横島が飛びかかれば美神は殴りつけるが、これが互いに御約束になっているからこそ、そうしたスキンシップが続くのだろう。やっていい事と悪い事が暗黙の了解になっているからこそ、続くのだろう。
 それが、おキヌではなく美神のみがセクハラされる理由だ。おキヌは、そう感じていた。二人のフェロモンの違いだけではなく、キャラクターの違いなのだと考えたかったのだ。
 しかし、そうであるならば、美神とは違って、おキヌでは『うまくガス抜き』は出来ない。おキヌは、そうした『程度』の制御は、自分には難しいと思うのだ。
 だから、おキヌは、今の自分に出来るかもしれないコントロールとして。
 『程度』ではなく『意義』を。
 そう決意したのだった。

(私の心、本当は、もう二十代半ばですから!!
 結婚して子供がいても......おかしくないんです)

 十代で子供を作ったら、それこそ『あやまち』になるだろう。しかし、精神は約十歳老けているのだ。だから、何と言われようと二十代の心で受け止めて、何が起こっても二十代の魂で対処する。
 おキヌは、今、そこまで覚悟したのだった。
 そして、『ヤる』ことが、ただの快楽や肉欲ではなく、子供を作るという本来の『意義』で行われるのであれば。
 おキヌとしても、むしろ受け入れたいと思えるのだ。おキヌだって、男に惚れた一人の女なのだから。


___________


 おキヌの『赤ちゃん作りましょう』発言で、横島は完全に固まっていた。
 もちろん、これは、パピリオに言われていたことと本質的には同じである。しかし、今までは、それをヤるための口実としてしか考えていなかった。
 だが、恋人であるおキヌの口から出てきたら、もっと深い意味になる。
 おキヌは、本当に子供を産むつもりなのだ......!!

「私たち......GSですよね......」

 おキヌが、何か遠い目をして語り始めた。
 横島は、とりあえず、意識をそちらへ向ける。

「付き合い始めたのも......
 ファーストキスも......
 除霊仕事の中でした」
「うん......」

 おキヌの言わんとすることが分かってきて、横島はうなずいた。

「こんな形で初体験だなんて、
 ロマンチックじゃないですけど......。
 でも......ある意味GSらしいですよね!?」

 おキヌが微笑む。
 その笑顔には、二人が付き合い始めたときの、あの妖艶さが混じっていた。

「横島さん......」
「おキヌちゃん......!?」

 彼女がスーッと立ち上がり、彼もつられて立ち上がる。

「......ちゃんと責任取ってくださいね」
「えっ......!?」
「今すぐ籍を入れろなんて言いません。
 お互い高校生ですから、それは無理だと思います。
 でも......将来は......」
「う......うん......」
「横島さんが、そこまで覚悟してくれるなら
 ......私も......横島さんと一つになりたいです」

 と盛り上げておいてから、おキヌは、少し水を差した。
 横島が足を一歩進めたのだが、彼女は、右手を前に突き出すことで制止したのだ。

「最後に、もう一度、確認させて下さい。
 ......これからすること、わかってますね?」
「......どういう意味!?」

 横島だって、もはや、おキヌが望む答は承知している。それでも、思わず聞き返してしまった。

「......子供を作れって言われてるんですよ!?
 その覚悟は......ありますね!?」

 おキヌ自身、自分は過酷な要求をしていると分かっている。おキヌとは違って、横島は、身も心も十七歳なのだ。
 だから、横島が何も言わなくても、それでもよかった。無言の恋人から視線をそらさず、おキヌは、語り続ける。

「私は......あります。
 二人の愛の結晶を......
 一緒に育てていきたいんです!!
 もし......横島さんも同じ気持ちなら。
 ......私を抱いて下さい」
「おキヌちゃん......」

 彼は、ただ、恋人の名前を口にしただけだった。彼女の問いかけに対して、肯定も否定もしていない。しかし、もう十分だった。彼の表情が、全てを物語っていたのだ。

「横島さん......」

 おキヌには理解できた。
 きっと今の横島ならば、『性』ではなく、無字の文珠が出せることだろう。いや、むしろ『愛』となるかもしれない。
 だから......。

「横島さん、大好き......!!」

 自分から、彼の胸へと飛び込んでいった。


(「パピリオちゃんのかんさつにっき」に続く)

第三話 今日、転校してきたんですへ戻る
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____
パピリオちゃんのかんさつにっき

『パピリオ!
 はい、ペンとノート。
 ......これでいいのね?』
『ありがとう、ルシオラちゃん!』
『でも......いったい何を始めるつもり?』

 首を傾けた姉に向かって、パピリオは、満面の笑顔を向けてみせた。

『......観察日記でちゅ!』




    パピリオちゃんのかんさつにっき




 ぱぴ月ぺぺ日。

 新しいペットを手に入れました。
 今度は『人間』でちゅ。
 仕事に行った先で拾ってきました。
 オスとメスのつがいだったので、ちゃんと二匹とも連れてきたんでちゅよ。パピリオ、やっさしい〜〜!!
 ......で。
 オスのほうはポチ、メスはモモと名付けました。
 ポチには、面白い芸がありまちゅ。普通の人間で、たいした霊力もないくせに、ちっちゃな玉に300マイトくらい集めて、一気に放出できるんでちゅ!
 私たちから見たら300マイトなんてカスだけど、これ、人間にしたら凄いことでちゅよ!? これから何をさせようか、今からワクワク〜〜!
 でも、とりあえず最初にやらせるのは、子供を作ること! そのためのモモちゃんでちゅ。ポチとモモを交配させるんでちゅ!
 タマゴから子供を育てるなんて、とっても楽しみでちゅね。


___________


 ぱぴ月ぺぽ日。

 ポチとモモの様子を見に行きました。
 一晩放っておいたので、もうタマゴを産んでるかと思ったけど、まだでした。ちょっとガッカリでちゅ。

『何やってるでちゅかっ!?
 早く子供作るでちゅ!!』
「バカやろー!!
 ちゃんとヤってるわー!!
 俺たちが......
 どれだけ頑張ったか、わからんのか!?」
「もうっ、横島さんったら......!!」

 私が叱ったら、生意気にもポチは口答えするんでちゅ。でも、顔を赤くしたモモちゃんが何だか可愛らしいので、許してあげることにしました。
 何をどう頑張ったのか、パピリオには分かりません。ただ、ポチもモモも、どっちも疲れた感じでした。

『......じゃあ、いつタマゴ産むんでちゅか!?』
「......タマゴ!?」
「パピリオ......様。
 人間はタマゴじゃないんですよ......」

 ここでモモちゃんが説明してくれました。人間の子供は、タマゴじゃなくて、赤ちゃんとして産まれてくるって。
 驚きました。でも、最初から『人間』の形をしてるけど、赤ちゃんはとっても小さいらしいでちゅ。それなら、やっぱり育てるのは面白そうだから、パピリオ的にはOKでちゅね。

「......だけどよ。
 とりあえず......食べるものくれ。
 俺は慣れてるからいいけど、
 これじゃ......
 おキヌちゃんの身がもたないよ......」
「横島さん......!!」

 ポチもモモも贅沢でちゅっ!!
 私があげたエサには口付けないくせに、こんなこと言うんでちゅよ!?
 これじゃあ、私が飼育を怠ってるみたいでちゅー!!

「頼む......!!
 なんだったら、雑用でも何でもするから!!」
「あの......パピリオ様!?
 人間の食べるものって......知ってます?」

 モモちゃんは、色々教えてくれるみたいでちゅね。
 ペットの飼い方をペット自身から教わるのは不思議な気分だけど、でも便利かも〜〜。
 私が素直に首を横に振ったら、

「じゃあ......
 ルシオラ様に聞いてみてくださいな?
 あのひと、物知りっぽいから」

 と言われました。
 たしかに、ルシオラちゃんは、三姉妹の中で一番たくさんの知識を持ってるでちゅ。でも、なんでモモちゃんに、それが分かったんでしょう? モモちゃんも、ポチみたいに、不思議な能力があるのかもしれません。
 ともかく。
 私は、さっそくルシオラちゃんのところに行きました。ルシオラちゃんは、ササッと、人間用食物自動製造鬼『ごちそう君』を作ってくれました。ここから、人間向けのエサが出てくるそうでちゅ。
 それを持っていったら、ポチもモモちゃんも、とっても喜んでくれましたー!!
 特にポチなんて、涙流しながらガツガツ食べてました。さっきの言葉では、ポチは、自分のためじゃなくてモモちゃんのために頼んでたみたいなのに......。ヘンでちゅね。
 しかも、モモちゃん、そうやって貪り食ってるポチを見て、幸せそうに微笑んでるんでちゅよ!? これもヘンでちゅね。
 でも、見ていて飽きません。『人間』って、今までで一番面白いペットかもしれません。


___________


 ぱぴ月ぽぴ日。

 ポチもモモちゃんも、私が見ている前では、交尾してくれません。ちょっとつまんない......。
 
「当たり前だーっ!!
 人前でなんか......できるかーっ!?」
「えーっと......パピリオ様。
 人間って、そういうものなんです。
 中には特殊な趣味の人もいますけど、
 でも、私たちノーマルですから......」

 そういえば、最初の日にも、他のペットがいたら出来ないって言ってましたね。

『ふーん......。
 わかったでちゅ〜〜!!』

 私は、あきらめたような顔して、ペットのおうちを後にしました。
 でも、本当は、あきらめてなんかいないでちゅよ?
 また、ルシオラちゃんのところに駆け込みました。

『......今度は、なーに?』

 最初は渋っていたルシオラちゃん。でも、私が説明すると、乗り気になりました。

『秘密監視映写鬼「みてます君」!!
 これでバッチリ見れるわよ!』

 ペットのおうちに眷族を一匹こっそり飛ばして、それを利用して映像を送ってくるみたいでちゅ。
 さっそくスイッチオン!

「なあ......おキヌちゃん......」

 ポチとモモちゃんが座っている様子が写りました。ポチは、モモちゃんのほうへズルズル近寄ってまちゅね。いよいよ始まるのかな、ワクワク。

「ええーっ!?
 こんな真っ昼間から......!?」
「いや......ほら......
 これも必要なことだから......」

 モモちゃんが叫んだら、ポチの動きが止まりました。あれ?

「横島さん......。
 少し休みましょうよ。
 時間はたっぷりあるんだから......ね?
 それに、そういうことは......
 やっぱり夜だけにしませんか?
 それくらいのケジメは欲しいなあ......」
「そうだよな......。
 俺だって、もう、飢えてるわけでも
 追いつめられてるわけでもないもんな!!
 おキヌちゃんのおかげで、
 気持ちに余裕があるからなー!
 ふはははははははははッ!!」

 つまんないでちゅ!!
 しゃべってばっかりでちゅ!!
 人間って、しゃべってるだけで赤ちゃん出来るんでちゅか!?
 そんなわけないでちゅ!! それくらい私にも分かるんでちゅよ!!
 ......そう、私にも分かったんでちゅ。今の会話から判断すると、夜まで待てばいいみたいでちゅね。
 でも、夜になったら、私が眠くなっちゃいました。明日の夜に少しでも起きていられるように、今晩はグッスリ眠ることにしました。
 おやすみなさい。


___________


 ぱぴ月ぽぷ日。

 ひどいでちゅー!!
 ポチもモモちゃんも私のペットなのにー!!
 私が観察日記つけてるのにー!!

 私が怒ってるのは、昨晩のことでちゅ。
 夜中にトイレに行きたくて目を覚ましたんでちゅ。そのトイレの帰りに、発見しました。ルシオラちゃんとベスパちゃんが、『みてます君』を使ってたのでちゅ!

『あーっ!
 ずるいーっ!!
 私も見たいでちゅー!』

 私が走っていったら、

『パピリオ!?』
『まずいっ!?』

 二人とも真っ赤な顔をして、慌ててスイッチを消してしまいました。

『子供は見ちゃダメ!!』
『なんででちゅかっ!?』
『これは......そういうものなの!!』

 ルシオラちゃんは、そう言い張りまちゅ。パピリオが『子供』なのは外見だけで、ルシオラちゃんもベスパちゃんも、実年齢は同じなんでちゅよ!?
 それなのに......。
 ずるいでちゅー!!

 今朝、ルシオラちゃんは、ポチとモモちゃんに手紙を書きました。

『私のペットでちゅよ......!?
 何させる気でちゅか!?』
『気になるなら、検閲していいわよ』

 言われなくても、中身をチェックするでちゅよ。
 そこには、

『ごめんなさい。
 行動を見張る必要があるので、
 監視カメラを付けさせてもらいました。
 でも夜の行動を見てはいけないと分かったので、
 今後、昼間のみ、作動させることにします。
 そちらの端末となる眷族を、夜は
 引き上げさせるので安心して下さい。
 ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。
 ......ルシオラより』

 と書かれていました。
 ルシオラちゃん、馬鹿でちゅ。これでは、夜の間に内緒話をしろって言ってるようなものでちゅ。監視カメラの意味が全くありません。
 パピリオとは違って、ルシオラちゃんは、監視カメラとして『みてます君』を設置したはずなのに!?
 ともかく。
 この手紙、ポチとモモちゃんに渡しました。

「『夜の行動を』?
 『見てはいけないと分かった』?
 ......おい、それって!?」
「ええーっ、まさか......!?」
『そうでちゅよ。
 ルシオラちゃんとペスパちゃん、
 昨日の夜、カメラ見てたんでちゅ。
 ......私には見せてくれないのに』

 ちょっとプンプンだったので、ルシオラちゃんたちのことを告げ口しちゃいました。そうしたら、

「うえーん!!
 ルシオラさんに見られたーっ!?」
「お、おキヌちゃん!?」

 モモちゃん、泣き出してしまいました。
 かわいそうでちゅ。これもルシオラちゃんが悪いんでちゅね!


___________


 ぱぴ月ぽぺ日。

 ポチとモモちゃんのおうちを新しくしました。
 どうも他のペットとは毛色が違うようだし、また、近くにいてくれたほうが私も頻繁に観察できまちゅ。だから、居住区の部屋を一つ、割り当てたんでちゅよ。
 二人とも、とっても喜んでたみたい!
 ただし、あまり甘やかしてもいけないので、昼間は働いてもらうことにしました。どうせ、夜しか子供作らないのでちゅから。

「ふふふ......。
 これはこれで、いい感じですね」
「まあ......丁稚奉公みたいなもんだよな」

 モモちゃんもポチも、どっちも楽しそうに雑用してくれまちゅ。洗濯とか掃除とか、好きなんでしょうか。

『こっちもお願いね!』

 この間の夜のことは忘れてませんが、でも、ルシオラちゃんには助けてもらってきたので、少しだけ貸してあげることにしました。
 ポチは、ルシオラちゃん同様、機械いじりが得意みたいでちゅ。でも、二人が仲良く作業していると、モモちゃんが、黒いオーラみたいなもの出し始めるんでちゅよ!?
 ルシオラちゃんもポチも気付いていないけど、私にだけは見えました。これが、人間のヤキモチってやつでちゅね。

 ヤキモチ。
 覚えたばかりの言葉を、さっそく使えました。へへへ......。人間をペットにした以上、少しは人間のことも勉強し始めたんでちゅ。パピリオ、えっらーい!!

 だけど、モモちゃんのヤキモチ、ちょっとヘンなんでちゅ。ルシオラちゃんにだけ向いてるんでちゅよ。私がポチとゲームステーションで遊んでいても、大丈夫。それどころか、私と遊ぶポチのことを、とっても幸せそうな笑顔で眺めていまちゅ。
 モモちゃん......。面白いコでちゅね。本当に、見ていて飽きません。


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 ぱぴ月ぽぽ日。

 ルシオラちゃんが、転生追跡計算鬼『みつけた君』を完成させました。

『手元にあるメフィストのデータを残さず入力。
 あとは数分から数時間で、
 生まれ変わりを高精度で予測計算するってわけ』

 というのが、ルシオラちゃんの説明でちゅ。
 『みつけた君』の制作には、ポチもかなり手伝いました。私も嬉しいでちゅね。

 さて、さっそくスイッチを入れようとしたところで、土偶羅様が大慌てで飛び込んできました。

『た、大変だーッ!!
 い......一発号が、撃沈されたぞ!!』
『ええーっ!?』

 『一発号』は、ヘビのおねえちゃんとハエのおじさんが使っている移動妖塞でちゅ。彼らは、全世界の霊的拠点を破壊する旅に出かけたはずでした。

『うそー!?
 火力も装甲も、
 地上の神魔のものとはケタ違いなのよ!?
 なんで負けちゃったの......!?
 なんで......!?』

 ちょっとメカフェチなルシオラちゃんには、私たちとは別の意味で、衝撃的ニュースだったようでちゅ。
 そこで、土偶羅様が、きちんと説明してくれました。
 ヘビのおねえちゃんとハエのおじさん、彼らの霊的拠点百八カ所めぐりも順調に進み、残るは妙神山のみ。おねえちゃんたちは、そこにはこだわりがあったようで、ワクワクしながら攻め入ったらしいんでちゅ。
 そして、分厚い装甲にあぐらをかいて、余裕で突撃。そうしたら、『一発号』は脚部を狙い撃ちされたそうでちゅ。

『脚なんて飾りでちゅよ!?
 ......神魔のひとには、それがわからんのでちゅね』
『ネ、ネタが古いわよ、パピリオ!』

 私は思わずつぶやいてしまい、ルシオラちゃんも条件反射でつっこみました。
 でも、ネタで言ってるんじゃないでちゅよ!? そもそも『一発号』はバッタ型の飛行戦艦。確かに大きな脚パーツがあるけど、空を飛んでいる以上、そんなもの本当は必要ありません。まさに『飾り』でちゅ。いくら脚関節の装甲が他より薄いからといって、脚を落とされても、痛くも痒くもありません。

『いや、それがな......』

 なんと地上の神魔族たちは、撃ち落とした脚を拾ってきて、今度はそれを弾丸みたいに撃ち出したそうでちゅ。
 もともとの妙神山の武器では、『一発号』の装甲には傷一つつきません。でも、同じ材質で出来たパーツ、それも先端が尖ったパーツをぶつけられては、ダメでした。自らの大きな脚に艦中央部を貫かれて、『一発号』は、大爆発〜〜!
 ヘビのおねえちゃんとハエのおじさんは、そのまま行方不明だそうでちゅ。

『でも......あのひとたち、しぶとそうだからね』 
『きっと、うまく逃げのびたんじゃないか?』

 ルシオラちゃんとベスパちゃんは、そんなこと言ってまちゅが、私は、そうは思いません。ヘビのおねえちゃんとハエのおじさん......。
 ヘビのおねえちゃんは......。
 メドーサちゃんと呼んだら、

『フン、アシュ様直属だと思って!
 ......生意気なガキだね!』

 と、気を悪くするおねえちゃんでした。
 ハエのおじさんは......。
 ベルゼブルという言いにくそうな名前だから、

『ベルちゃん!』

 って声かけたら、ペシッと叩いてくるおじさんでした。
 そんな二人も、死んでしまったんでちゅね。私たち三姉妹より長生きするんだと思ってたのに......。


___________


 ぱぴ月ぽぽ日。つづき。

 弔い合戦でちゅ!
 霊的拠点破壊部隊が散ってしまった以上、私たちがやるしかありません。
 『逆転号』は、妙神山へ急行しました。向こうは連戦、もうロクにエネルギーも残ってなかったようでちゅ。

『自動照準よし!
 妙神山にロックオンしましたわ!』
『安全装置解除ッ!!
 「断末魔砲」発射!!』

 こちらの主砲で、妙神山は、あっさり消滅しました。でも、

『あら! みんな逃げてる!?
 散り散りになって隠れる気だわ!』

 スコープを覗き込んでいたルシオラちゃんが、気が付きました。山そのものは吹き飛んでも、何とか脱出した連中がいたみたいでちゅ。

『私の眷族で各個撃破するわ!』
『待って!
 ここはメカ戦なんだから、もっと思いきって......』

 ルシオラちゃんがベスパちゃんを止めました。『一発号』がやられた後だけに、この艦の力を見せつけたいみたいでちゅ。
 土偶羅様も賛成して、

『よーし、まとめて吹っとばす!!
 逆天砲魔発射!!』

 爆弾を撃ち込みました。

 ヒュルルル......。カッ! ドン!

 これで彼らもおしまいでちゅ。
 私たちは、胸がスーッとしました。でも、横で見ていたポチとモモには、ショックだったようでちゅ。

「あわわ......!?
 しょ、小竜姫さまーっ!?」
「大丈夫!!
 きっと大丈夫ですよ、横島さん!!」

 そう言いながらも、モモちゃんは、ポチの胸に顔を埋めて泣いていまちゅ。きっと、妙神山には、二人の友人がいたんでしょうね。
 ここで戦ってたひとたち、もしかすると何人か、あの爆弾からも逃げたかもしれません。でも......。
 たとえ生き残ったとしても、仮死状態でちゅよ!?
 だって、アシュ様の妨害霊波で、神魔界からのエネルギーは遮断されてるんでちゅから。
 それを説明してあげることは簡単だけど、黙っておきました。そこまで言ってしまうのは、なんだか可哀想でちゅ。
 今のパピリオには、仲間を失う気持ちも、少し分かるような気がしました。メドーサちゃんもベルちゃんも、たぶん、死んじゃったんでちゅよね。
 だから......。
 みんな今晩は、心の中で、お通夜でちゅね。


___________


 ぴぱ月ぴぴ日。

 昨日のことは忘れましょう。
 今日こそ『みつけた君』の運転開始でちゅ。

『ほー! これが......!?』
『メフィストの転生先......!?』

 画面には、『奈室安美江』『職業・歌手』『確率66.8%』と表示されていまちゅ。

『よーし、手始めはこいつだ!!
 魂を引きずり出して徹底的に調べろ!!』

 土偶羅様に言われるまでもありません。
 ペットを連れて、私が出かけました。
 キャメランでちゅ。
 拾ってきたカメという動物を、ルシオラちゃんの力で、ちょっとしたモンスターにしてもらったんでちゅよ。
 それから、ポチも一緒でした。
 ただの散歩ではありません。たまには雑用ばかりでなく、メインの仕事も手伝わせようと思ったからでちゅ。
 
『ジャジャーン!!』
「な、なぜ私を同伴するのですかーっ!?」

 外に出られて、ポチも喜んでくれました。

『やっておしまいーっ!!』

 私の命令でキャメランが暴れ始めたら、人間たち、クモの子を散らすように逃げていきまちゅ。
 ちゃんとターゲットを見つけたので探査リングを投げつけましたが、リングの報告は無情でした。

『霊力、22.45マイト。結晶存在せず!!』
『ハズレでちゅか!?
 んじゃもー用はないでちゅ!帰るでちゅ!!』

 でも、そこに、バイクに乗ったオバサンが入ってきて、歯向かってきました。もちろん、私が相手するまでもありません。ポチとキャメランを残して、先に帰ってきちゃいました。
 少し遅くなったけれど、ポチは、ちゃんと帰宅してくれましたよ。キャメランは戻りませんでしたけど。
 ポチの話では、あの後、人間の霊能力者たちが、ワラワラと出現したんだそうでちゅ。そして、みんなでキャメランをやっつけちゃったんだって! ひっどーい!!
 ポチだけは、なんとか逃げることが出来たので、

「おろかなる人間ども......!!
 いずれおまえたちは
 我々の前にひざまづくのだ......!!」

 と、捨て台詞を残してきたそうでちゅ。
 これで人間たちも縮み上がって、私たちの仕事がやりやすくなりました。
 ポチ、ちょっとエライでちゅね。

 ......あっ、そうだ。忘れないように書いておかなきゃ。
 ポチだって、一人では異界空間まで戻れません。迎えに行く必要がありました。

『わざわざ航路を変更するって!?』
『ダメじゃない、ペットは自分で連れ帰らなきゃ!』

 ベスパちゃんとルシオラちゃんには、怒られちゃいました。今度からは、自動誘導機能付き首輪をはめて、連れて行くことにしまちゅ。


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 ぴぱ月ぴぷ日。

 ポチとモモちゃんのために、新しい服を作ってあげました。カッコいい帽子もマントも付いて、いかにも魔族って感じのスーツでちゅ。

「ええーっ!?
 私も......着るんですか!?」

 モモちゃんも喜んでくれました。
 きっと、二人でお揃いの服を着るのが嬉しいんでちゅね。こういうの、人間の言葉でペアルックって言うんでちゅよ。パピリオ、ちゃんと勉強してま〜〜ちゅ!
 この間の仕事はポチだけだったけど、今度は、二人とも連れて行ってあげようと思いました。

『えへへ......! よかった......!
 私のこと......ずっと覚えててね......!!』

 私は、そう言って他のペットたちのところへ戻りました。その後、ポチとモモちゃんは、雑用中もスーツを着ていたそうでちゅ。ルシオラちゃんから聞きました。
 ルシオラちゃんは、二人が外で洗濯物を干していたとき、ちょうどデッキにいたそうでちゅ。三人で仲良く夕陽を見ながら、少しお話したらしいでちゅね。
 パピリオ、知ってまちゅ。ルシオラちゃんって、夕陽見るのが好きなんでちゅよ。
 でも......。なんででしょうね?
 ちなみに、この夜、一緒にゲームで遊んでくれたポチは、いつも以上に優しかったでちゅ。ルシオラちゃん、いったい何をしゃべったんでしょうか?


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 ぴぱ月ぴぺ日。

『いつになったら赤ちゃん出来るんでちゅか?』

 ポチとモモちゃん、普通に観察しているだけで面白いので、つい忘れそうになりまちゅ。でも、忘れてはいけません。二人には、人間の赤ちゃんを作ってもらうのでちゅ!

「あのなあ......。
 俺たちだって頑張ってるんだぞ?
 でも......そう簡単じゃないんだ、
 人間の子作りって......」
「待って、横島さん。
 パピリオ様だって女の子なんだから、
 ここは私が説明します」
「えっ!? でも......」
「いいから、まかせて......ね?」

 モモちゃんの言葉を聞いて、ちょっとだけ胸が痛くなりました。どうやら、私が大人になったときの参考として、人間の仕組みを説明してくれるみたいでちゅ。
 でも......。
 パピリオ、大きくなれないんでちゅ。私たちは、アシュ様に作られた存在。一時の命しか、与えられていません。
 ポチもモモちゃんも、きっと、そのこと知らないんでしょうね。だけど、ここで教えちゃうと、優しいモモちゃん、また泣いちゃうだろうから、何も言いませんでした。

「えーっと......。
 女の子の体には......
 赤ちゃん作るための周期があって......」

 モモちゃんの説明、いつもは分かりやすいけれど、今回は難しかったでちゅ。
 なんとか理解出来たのは、少しだけ。まず、ここに連れてこられた時モモちゃんの体は良いタイミングだったということ。ただし、だからといって確実に赤ちゃんが出来るとは限らないこと。また、出来たかどうかすぐには分からないこと。それだけでした。

『......いつになったら分かるんでちゅか?』
「まだ一週間ちょっとだから......。
 少なくとも、あと数日か一週間は必要かな?」

 パピリオ、そんなに待てません。
 しかも、出来たかどうか、モモちゃん自身には、もっと後にならないと分からないそうでちゅ。
 私は、またまたルシオラちゃんのところに駆け込みました。

『もう〜〜!!
 私はネコ型ロボットじゃないのよ!?』

 文句を言いながらも、ルシオラちゃんは、妊娠検査鬼『しらべた君』を作ってくれました。人間の生命の誕生に関して学習する必要があるので、ちょっと時間はかかりました。でも、この時点での検査は、人間の技術では不可能。そんな難しい装置を作るということで、ルシオラちゃんは燃えたそうでちゅ。

「ほ......本当に大丈夫なんですか、これ?」

 『しらべた君』は、ゴテゴテした機械のついたベッドみたいな形状でちゅ。その前まで連れてこられたモモちゃん、ちょっと心配そうでした。

『安心して!
 別にモモちゃんの体に、
 何か入れたり当てたりするわけじゃないから!
 モモちゃんの体から出てくる霊波を調べるだけよ』

 おなかの中に赤ちゃんがいれば、本人以外の霊波が存在しているはず。そんな簡単な理屈ではないけれど、おおまかな原理は、そういうことだそうでちゅ。

「じゃ、じゃあ......」

 恐る恐る、『しらべた君』ベッドに横になったモモちゃん。右手は外に伸ばし、横で見守るポチに、ギュッと握ってもらっていまちゅ。

『スイッチオン!』

 ルシオラちゃんが、スコープみたいな部分を覗き込みました。そして......。

『......間違いないわ。
 ちゃんと受精卵が着床してる』

 ルシオラちゃん、自分だけ勉強したと思って、私には分からない用語を使いまちゅ!
 でも、ポチとモモちゃんの態度を見ていると、その意味は分かりました。

「お......おい!?
 それって......!?」
「......!!」

 ポチは、不思議な表情でちゅ。驚きと喜びと......他にも何か混じってまちゅね。
 一方、モモちゃんは単純明快でちゅ。パーッと顔が明るくなりました。

『そう、妊娠成立よ!
 モモちゃんのおなかの中には、
 新しい命が二つ、宿っているわ!!』

 ルシオラちゃんが軽くウインクしていまちゅ。でも、ポチもモモちゃんも、ルシオラちゃんなんて見ちゃいません。

「や......やったーっ!!」 
「お......おキヌちゃん!?」

 モモちゃん、ポチに飛びついて、ギュッと抱きしめていまちゅ。おなかに赤ちゃんいるのに、大丈夫なんでしょうか。まだ小さいから平気なのかな?

『......幸せそうね』

 ルシオラちゃんがポツリとつぶやきました。私もそう思いまちゅ。
 ポチとモモちゃん。見ているだけで、こっちまで、心が温かくなりました。


___________


 ぴぱ月ぴぺ日。おまけ。

『えーっ!
 そんなにかかるんでちゅかっ!?』
『そういうものなのよ、人間って』

 赤ちゃんが産まれてくるまで、まだ九ヶ月か十ヶ月くらいかかるそうでちゅ。
 パピリオ、今度こそ本当に、そんなに待てません!
 でも......。
 魔力で無理矢理取り出すこともチラッと考えましたが、それでは、赤ちゃんがダメになってしまうでしょう。だから、この考えは、すぐに放棄しました。
 本当に『チラッと』だけ、『すぐに放棄』でちゅよ!?
 モモちゃん、とっても幸せそうだから。私だって、今の彼女の幸せを壊したくはありません。
 へへへ......。パピリオ、ペット思いな御主人様なのでちゅ。


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 ぴぱ月ぴぽ日。

 今日からモモちゃんの仕事は免除になりました。おなかの赤ちゃんがキチンと安定するように、休ませてあげることになったのでちゅ。
 その分、ポチが二人分働くことになりました。

「へっへっへ......。
 俺だって人の親になるんだからな。
 ちょっとは頑張らないと......」

 ポチは頑張る気持ち十分なようだけど、なんだか似合わないセリフを口にしているようにも見えまちゅね。
 ともかく。
 今日の仕事は、『みつけた君』が計算した二番目の候補を調べること。モモちゃんは連れて行けないので、ポチと戦闘用モンスター『大魔球1号』だけ連れて行きました。
 今回の候補は、野球選手といって、体力を使う人だそうでちゅ。またハズレでした。

「おまかせください!」

 ポチがそう言うので、前回同様、ポチと大魔球1号だけ残して、先に帰ってきました。
 今回は、自動誘導首輪をつけておいたので、その後、ポチも一人で戻ってくれました。でも、大魔球1号は一緒じゃありませんでした。
 野球を見に来ていた人間たちの中に、私たちと敵対する霊能力者がいたそうでちゅ。大魔球1号は、そいつに殺されちゃったんだって。ちょっと悲しいでちゅ。
 だけど、今日の大騒動は、ポチの帰投直後に始まったのでした。


___________


 ぴぱ月ぴぽ日。つづき。

『これか!!』
『やっぱり......』
「わっ!? な、なんスか!?」

 ベスパちゃんとルシオラちゃんが、戻ってきたばかりのポチを取り囲んでいまちゅ。

『発信機さ!』
『あんた、つけられたのよ』

 その時、私たちの艦は海の上を飛んでいました。海面には、私たちを追う形で、空母が一隻浮かんでいまちゅ。

『空母だろーが核ミサイルだろーが
 我々には傷ひとつつけられんわい!』
『......でもおかしいわ。
 飛行機がいないし......
 それにあの魔法陣は何?』

 ルシオラちゃんが言うように、ちょっと変でちゅ。
 甲板には魔法陣が描かれており、その真ん中に立つ一人の女性。私は、彼女に見覚えがありました。

『あっ!! キャメランのカタキ!』
 
 あのとき立ち向かってきたオバサンでちゅ。
 今回、オバサンは、人質作戦という卑怯な手段を使いました。ポチとモモちゃんの家族や友達をズラリと並べてみせたのでちゅ。

「コラーッ!!
 おばはんーっ!!
 何考えとるんじゃーっ!!」

 泣きわめいたポチは、そのままトイレに駆け込んじゃいました。かわいそうに。男の子だから、人前で涙を見せられないんでちゅね。
 人質なんて気にする土偶羅様ではありませんが、でも、胡散臭いので少し様子を見ようということになりました。
 すると、たくさんの戦闘機が向かってきたんでちゅ。

『!? な......煙幕!?』
『あれだけの飛行機を
 煙幕を張るためだけに......!?』
『ただの煙じゃないわ!!
 霊波を帯びてる!!
 視界ゼロよ!!』

 ルシオラちゃんが慌てていまちゅ。私も同じでちゅ。
 ちょうどポチが戻ってきましたが、相手をしている余裕はありませんでした。

『何かの罠にはちがいないが
 視界を奪ってどうする?
 我々の優位は変わらんぞ』

 土偶羅様は、のんびりお茶を飲んでいまちゅ。そんな場合じゃないのに〜〜!!

『!!
 正面に我々と同じ大きさの飛行物体!!
 高エネルギー反応!!
 撃ってくるわ!!』

 最初の一撃は当たりませんでしたが、ここから、壮絶な撃ち合いが始まりました。
 向こうの被害は分かりません。でも、こちらは、異空間潜航装置をやられてしまいました。これでは逃げることも出来ません。

『ベスパ、パピリオ! ここはお願い!!
 ポチ、一緒に来て!!』

 ルシオラちゃんは、応急修理に向かいまちゅ。船の外に出ないといけないので危険でちゅが、仕方ありません。ポチがついていれば大丈夫と思うことにしました。

『真正面でちゅ!! 緊急回避!!』

 何度目かの攻撃を何とか交わした直後、

「ダメーッ!!
 とにかく逃げてーっ!!」

 モモちゃんが、ブリッジに駆け込んできました。
 ああ、モモちゃん! 危ないから来ちゃダメでちゅ。
 戦闘は私たちに任せて、モモちゃんは休んでいないと......。
 そう思ったのでちゅが、でも、このときだけは、モモちゃんが救いの女神となりました。

「攻撃しちゃダメです!!
 あれは敵艦じゃありません。
 時間軸のズレたこの船自身です!」

 出ました、モモちゃんの不思議な能力!
 なぜか分からないけれど、モモちゃんには、今回のカラクリがお見通しだったようでちゅ。

『あーっ! 思い出した!!
 あのオバサン、魔族のファイルに載ってました!
 時間移動能力者でちゅね......!?』

 ちょうど私も気が付いたんでちゅ。
 キャメランのカタキというだけでなく、もともと要注意人物だったようでちゅ。だから、私の印象にも残っていたんでちゅね。

『妨害霊波で時間移動を
 封じているのを逆に利用して、
 数秒から数分のわずかなズレに......!!』

 土偶羅様も、ようやく理解しました。
 そこへ、タイミング良く、ルシオラちゃんとポチが戻ってきました。修理も終わったようでちゅ。
 私たちは、急いで逃げ出しました。
 でも、まだ事件は終わりではなかったのでちゅよ。


___________


 ぴぱ月ぴぽ日。つづきのつづき。

 モモちゃんは、部屋に戻して休ませました。
 精神的に疲れたのでしょうね。早くも眠ってしまいました。

『......ポチは?』
『ルシオラとデッキに上がったぜ』 

 ルシオラちゃん、異空間潜航装置の修理中に危ない目にあったそうでちゅ。艦が揺れた際に落ちそうになって、しかも、砲撃された時だったから、そのビームの中に吸い込まれそうになったんだって。だけど、ポチが足をつかんでくれて、それで助かったとのことでちゅ。

『その礼を言うんだろ?』

 ああ、ベスパちゃんは、事の重大性に気付いていませんね。
 口でお礼を言うだけなら、ここでいいじゃないでちゅか? なんで二人っきりになる必要があるんでちゅか?
 私、人間のこと勉強し始めたから、知ってまちゅ。ルシオラちゃんも、色々な装置を作る都合上、人間の文化を学習したから、知ってるはずでちゅ。
 人間ってね......。女の子が男の子に御礼をする際、体で礼をするんでちゅよ!?
 パピリオ、『体で礼をする』の具体的な意味までは理解出来ませんでした。でも、なんか良くない語感でちゅ。きっと、イケナイことなんでちゅ。
 だから、私もデッキに上がりました。こっそり様子を探るために。

 ジャーン!! パピリオは見た!!

 ルシオラちゃん、ポチに背中を向けたまま、何か語りかけていました。

『「ここで一緒に夕焼けを見た」って言ったわね、
 バカじゃない!?
 あんなささいなことが気になって......
 敵を見殺しにできないほど、
 ひっかかるなんて......』

 あのう、ルシオラちゃん? 何を言ってるんでちゅか? 
 ポチは、もう私たちの味方でちゅよ?

『私たちは一年で何も残さず消えるのよ!!
 あんなこと言われたんじゃ......』

 あれ? ルシオラちゃん、ポチに私たちの秘密しゃべっちゃったんでちゅか?
 それはともかく。
 ここで、ルシオラちゃんが、ポチのほうに振り返りました。

『もっとおまえの心に......
 残りたくなっちゃうじゃない......!』

 あーっ! ルシオラちゃんが、ポチの胸に顔を埋めたーっ!?

『おまえにはモモちゃんがいるってわかってる。
 だから......
 恋人じゃなくて、友達でいいから......
 また一緒に夕焼けを見て......! ポチ!』

 ダメでちゅ、ルシオラちゃん!
 こんなの知ったら、モモちゃん泣いちゃう!
 ポチ、ひっどーい!
 これは浮気でちゅ。不倫でちゅ。
 しかも女性が妊娠中にそんなことするなんて、最低でちゅ!
 相手のほうから誘ってきたからって、そんなの言いわけになりません。
 ポチには釘をさしておきまちゅね!!


___________


 ぴぱ月ぴぽ日。おまけ。

 夜、寝る前にゲームステーションで遊んでいる途中で、ポチを一睨みしておきました。

『ポチ......。
 モモちゃん不幸にしたら、私が許さないでちゅよ!?
 浮気なんかしたら、ダメでちゅからね!?』
「......。
 大丈夫っス......。
 そんなことするわけ、ないじゃないですか。
 ハハハ......」
『本当でちゅね!?
 嘘だったら......
 どこまでも追っかけて行って、
 バツを与えまちゅよ!?』

 明らかにポチは動揺してました。
 だって、今まで私が勝てなかったゲームで、初めてポチに勝ちましたから。
 でも、これで大丈夫だと思いまちゅ。
 モモちゃん、安心してね!


___________


 ぴぱ月ぷぺ日。

 傷ついた逆転号の修理のため、私たちは、二、三日前から基地に来ていまちゅ。
 でも『基地』と言っても、メカメカした雰囲気ではありません。普通の別荘でちゅ。逆転号もカブトムシ状態に戻って、森で自然治癒でちゅ。
 今、目立ったことをするべきではないということで、メフィスト探索の仕事もお休み。
 だから......。結構のんびりした日々でちゅ。

「ふふふ......」

 モモちゃんは、よく、おなかに手をあてていまちゅ。まだまだ赤ちゃんを感じられるわけではないけれど、それでも、そうしていると幸せなんだって。

「パピリオ様。
 人間には、胎教っていう習慣もあるんです」

 パピリオ、ちゃんと勉強したから、その言葉知ってまちゅ!
 胎教。それは、おなかに赤ちゃんのいる女の人が、精神的にリラックスして、赤ちゃんに良い影響を与えることでちゅね。
 あれ......? でも、『精神的にリラックス』って、具体的には何をするんでしょう?

「普通は、音楽を聴かせたりするんですけど......」

 モモちゃんが説明してくれました。
 おなかの赤ちゃん、まだ何も聞こえないかもしれないけど、それでも、語りかけたり、名曲を聴かせたりするんだって。
 ただし、モモちゃんは、ちょっと違うらしい。

「私たちはGSだから......
 霊波を感じさせてるの!」

 だから、手をあてて、そこから霊力を流し込むんだそうでちゅ。
 そんなこと言われたら、モモちゃんのおなか、触れなくなっちゃいました。パピリオの魔力が混じって、モモちゃんの赤ちゃんが魔族になったら大変でちゅからね。
 でも......。
 見ているだけでも楽しいでちゅ。
 モモちゃん、おなかの赤ちゃんを凄く大切にしてるんだなあって、よく分かりました。


___________


 ぴぱ月ぺぷ日。

 まだ基地にいまちゅ。
 みんな、それぞれの休息を楽しんでいまちゅ。
 ベスパちゃんは、アシュ様から直々に何か教わっているらしいでちゅね。アシュ様、まだ専用カプセルの中で眠ってるけど、意識の一端だけは起きていて、話くらい出来るみたいでちゅ。
 ルシオラちゃんは、あいかわらずポチと仲良くしていまちゅ。でも、あれだけ脅かしておいたので、ポチは大丈夫なはず。モモちゃんを裏切るようなことは、しないでしょう。
 私は、モモちゃんと楽しく過ごしていまちゅ。ポチともゲームして遊ぶけど、でも、モモちゃんとお話している時間のほうが長いでちゅ。

「パピリオちゃん......?」
『なんでちゅか?』

 モモちゃんは『パピリオちゃん』と呼ぶようになったけど、それもOKでちゅ。
 で、モモちゃん、凄い秘密を打ち明けてくれました。

「パピリオちゃんにだけ、教えてあげちゃいます。
 私......本当は、今の私じゃないんです」

 実はモモちゃん、約十年後の未来からきたんだって。
 そこでもポチのこと好きだったんだけど、自分の気持ちに気付いた時には、もう手遅れ。他のひとの旦那さんになるところだった。
 それで、悲しくて悲しくて泣いていたら、奇跡が起こって、この時代へ連れてきてもらえたんだって。

(......モモちゃん、アタマ大丈夫?)

 ちょっと心配になったけど、でも、信じることにしましょうね。時間移動能力者だっているんだから、この世界、そういうことも起こり得るのでしょう。
 ともかく。
 だから、今度はポチのこと、しっかり捕まえて離さないそうでちゅ。

「それに......。
 もう、ふたりの愛の結晶が宿ってるから......」

 モモちゃん、素敵な笑顔でちゅね。

「本当は、まだ子供産むような年頃じゃないんだけど、
 でも、心は十年くらい大人だから、だから産むの。
 ......覚悟も心構えもできてるの!」

 『子供』を持つことに関して、色々語るモモちゃん。
 こう育てたい、ああ育てたい。でも、押し付けてもだめ。子供だって、それぞれ一人の人間なんだから、子供自身の気持ちも大切。ただし、あんまり思いどおりにさせるのも良くないから、うまく導いていかなきゃ......。
 そんなようなことを言ってまちゅ。
 私には、よくわかりません。難しい〜〜。
 でも、モモちゃんの話を聞いているうちに、ふと、思いました。

(子育てとペット飼育は、似ているかも......!?)

 ただし、その二つが似ているのだとしたら......。
 私のペット飼育は、ダメな飼育でしたね。
 ペットの気持ちなんて、考えていませんでした。自分の気持ちだけで、無責任につれてきて、無責任に放棄してました。
 パピリオ、わがままでした。

 ......ポチとモモちゃんに赤ちゃん作らせちゃったのも、私なんでちゅよね。

「いいのよ、こうして幸せになったんだから!
 ......ありがとう」

 モモちゃんは、そう言ってくれました。

「もうひとつ、お礼言わなくちゃ。
 秘密の話、聞いてくれてありがとう。
 これで、少し勇気が出ました。
 横島さんにも、そろそろ話してみるね」

 ああ、やっぱり、言ってなかったんでちゅね。
 信じてもらえるような話じゃないでちゅからね。
 ポチが優しく対応してくれることを願っておきまちゅ。

(大丈夫でちゅよね、ポチ......?)

 私がそんなことを考えていたら、モモちゃん、びっくりするような提案を持ち出しました。

「パピリオちゃん......。
 ここからいっしょに逃げましょう?
 そうしたら寿命も延ばせるから!
 ......大きくなりたいんでしょう?」

 ああ、モモちゃんも、私たちの寿命のこと知ってたんでちゅね。

 それから、モモちゃんは、『未来』の私について語ってくれました。情報を与えすぎてはいけないということで、あくまでも、パピリオのことだけでしたけど。
 モモちゃんの元々の世界では、私は、この戦いの後で、妙神山に引き取られるそうでちゅ。
 そこでは、神族の言うことも聞かないといけないけど、でも基本的には、ゲームの好きなお猿さんと遊ぶ日々。しかも、今度は、少しずつ成長も出来る......。

「パピリオちゃん、美人のお姉さんになるのよ。
 スタイルだって......うらやましく思っちゃうくらい!」

 と、モモちゃんは微笑みました。
 パピリオにしてみれば、夢のような話でちゅ。
 とても信じられないでちゅ。
 そんな生活ができたら、それは素晴らしいと思いまちゅ。

「ね?
 だから、いっしょに逃げよう?」

 でも......。それは、本当に『夢のような話』、夢物語でしかありません。
 無理でちゅね。
 アシュ様のもとを離れるわけにはいきません。

『だけど......』

 もう私にも理解できました。
 ポチとモモちゃんをここに留めておくのは、二人の意志に反したことだから。
 モモちゃんがいくら『幸せ』と言ってくれても、ここでは、心の底からの幸せじゃないだろうから。

 ポチとモモちゃん、逃してあげることに決めました。

 そして。

 ついさっき、二人は、ここを出ていきました。
 モモちゃんは、何度も何度も、後ろを振り返っていました。
 だから私も、笑顔を作って、ずっと手を振っていました。

『さようなら、ポチ。
 さようなら、モモちゃん。
 ......元気な赤ちゃん産んでね!』

 これで観察日記もおしまいでちゅ。


(エピローグ「こんにちは......!」に続く)

第四話 やめて!! 横島さん......!!へ戻る
エピローグ こんにちは......!へ進む



____
エピローグ こんにちは......!

 一度は脱出の機会があった横島が、わざわざ魔族三姉妹のところに戻ったのは、密偵という任務を帯びていたからである。
 オカルトGメン内に対アシュタロス特捜部が設置され、時間を跳躍してやってきた美神美智恵がリーダーとなっていた。横島は、奈室安美江襲撃の際に美智恵と出会う。そこで連絡用の通信鬼も渡されて、以後、彼女の命令で人類のためにスパイ活動を行っていたのだ。だから、クワガタ投手が襲われた際、西条が待ち受けていたのも偶然ではない。あらかじめ知らされていたからだった。
 しかし、横島にとっては、任務なんて小さな理由でしかない。彼が三姉妹の部下として留まった最大の理由は、やはり、おキヌである。彼女を守るためにこそ、横島は敵戦艦に残ったのだった。
 だから。
 おキヌも一緒に解放してもらえるというのであれば、もはや、留まる必要はなかった。美智恵の命令など無視して、二人で脱出してしまう。
 そして、都庁地下に用意された対策本部へと駆け込むのだった......。




    エピローグ こんにちは......!




「ごめんなさい、美神さん!
 横島さん、本当は美神さんと
 結婚するはずだったんです。
 でも、私のおなかの中には、
 もう赤ちゃんもいるんです!!
 だから......私にください!!」

 出迎えた美神たちを前にして、おキヌが最初に口にした言葉が、これであった。
 一同、大騒ぎである。
 まず、美神たちと横島が連絡を取り合っていたとはいえ、交わされたのは、必要最小限の情報のみ。言うのを躊躇する気持ちもあって、横島は、おキヌを孕ませたことを、皆に告げていなかった。
 だから、『赤ちゃん』の件だけでも十分に爆弾発言なのだ。
 それに加えて、『横島と美神が結婚するはずだった』と言ったのだから、もう無茶苦茶である。

「いっ!? おキヌちゃん......!?」
「横島クン!! あんた、まさか......!?」
「令子ちゃんと横島クンが結婚!?」
「ちょっと......! みんな落ち着いて!!」

 とりあえず、この場を静めるために一喝する美智恵。彼女だって全く状況を把握していないが、まずは、冷静に話をすることが必要だった。

「私......本当は、この時代の私じゃないんです。
 未来からきたんです......!!」

 美神に対して頭を下げながら、おキヌは、正直に全てを告白し始めた。


___________


「どう思う、ママ......!?」

 話し疲れたおキヌを休ませてから、美神は、母親と二人で、聞かされた内容を検討していた。
 二人の前にはコーヒーが出ているが、間違っても、くつろぎのティータイムなどではない。

「どうって......?」
「ママは信じられるの、おキヌちゃんの話?」
「......令子は!?」

 実は、美神自身は、おキヌが語ったことを完全に信じたのだった。

(私たちの本来のおキヌちゃんじゃなくて、
 未来からやってきた別のおキヌちゃん。
 ......違和感の正体は、これだったのね)

 おキヌが事務所に復帰後、どうも以前とは違うと感じていた美神である。しかし、約十年分の知識と経験がおキヌに備わっているのだとしたら、その違和感も解消するのだ。むしろ、全てがピタッと符合する気分になっていた。
 娘の表情を見て、美智恵にも、美神の気持ちが分かったらしい。だから、うなずいただけで、話を続けた。

「......私もそう思うわ。
 それで......どうする?
 令子......
 きちんと、おキヌちゃんを受け入れられるかしら?」

 これは、少し厳しい質問であった。
 美神から見れば、今、同じ建物で休んでいるおキヌは、自分たちのおキヌではないのである。おキヌの肉体を、別のおキヌが乗っ取った形なのだ。
 再び娘の思考を察したらしく、美智恵が、軽くアドバイスする。

「令子にとって......私はママよね?」
「......えっ!?」
「私は、この時間軸の『美智恵』ではないけれど、
 でも、あなたの母親です。
 令子も、そう接してくれているわね......?」
「......うん」

 美智恵が時間移動してきたのは、これが初めてではない。そして、今回も前回も、過去からきた美智恵は、美神にとって『ママ』だった。

(でも、それは事情が違う......)

 と、美神は内心で反論する。
 美智恵は、この時代の本来の美智恵に憑依したわけではない。おキヌのケースとは別なのだ。そう考えた美神だったが、ここで、ハッとする。

(あ! 私だって、
 前に同じことやってるんだわ......!!)

 母親同様、美神も、時間移動能力者だ。そして、中世ヨーロッパの事件において、少々変わった時間移動をしている。少し前の時間へジャンプし、過去の自分になってしまったことがあったのだ。

(あれも......その時間軸の私の魂を
 追い出しちゃったことになるのかしら?)

 美神は、頭を横に振った。
 当時のことを思い出しても、そこに罪悪感は無い。

(私は私だった......。
 だから、おキヌちゃんもおキヌちゃんなのね......)

 それでも、美神としては、まだ釈然としない感情が残る。

「だけど、私たち......
 おキヌちゃんに、だまされてきたことになるのよね?」
「令子......」

 美神の目の前で、美智恵が苦笑している。いかにも美神らしい発言だと思ったのだろう。

「そりゃあ簡単に言える話じゃなかったんでしょう?
 ......未来では、ずいぶんと
 令子に追いつめられたみたいだしね」
「......そ、それは私じゃないわよ!?」

 美智恵の言葉は、一見、おキヌに肩入れしているようでもある。だが、そうではない。事態をこれ以上混乱させることなく、なんとか上手くまとめようとしているだけだ。
 美神は、そう考えた。
 だから、母親の言葉を、なるべく素直に受け入れようとする。

「......だって、おキヌちゃんに『忘』文珠を渡したのよ!?
 いったい何考えてたのかしら、その『私』って!?
 ......そんなの、どう見たって私じゃないわ。
 きっと、横島クンと結婚することになって、
 頭がヘンになっちゃったのね。
 いや、そもそもおかしくなってたからこそ、
 横島クンなんかと結婚する気になったのかしら......?」
「令子......。
 横島クンのことを、そんなに悪く言ってはダメよ?
 あなただって、今まで
 色々と助けてもらってきたんでしょう?」

 美智恵は、理解している。美神は、ワザと横島の悪口を言っているのだ。心の中に深くしまってきた横島への想いを、今、あきらめないといけないから。
 しかし、美神自身は、案外分かっていなかった。あまりに深い奥底に隠しすぎたのだ。ただし、母親が想像していることは、決して間違ってはいない。こうして、美神の中のメフィストの残思は、千年の想いにケリをつけようとしていた。

「それはそうなんだけど......。
 でも、やっぱりシャクに触るのよねえ。
 だって......
 これじゃ私、全く別の『未来の私』の
 尻拭いをしているようなもんじゃない?」

 とりあえず、美神は、おキヌを受け入れることに決めたようだ。そう感じて、美智恵は安心する。
 一方、美神は、

(はあ......。
 横島クンが父親になるのか......。
 いつまでも安いバイト代で
 見習いとしてコキ使うわけにもいかないわね)

 と、自分のモヤモヤとした不快感の正体を、『お金』ということで説明しようとしていた。


___________


「横島さん......!?」

 しゃべり疲れて少し眠ってしまったおキヌだったが、ふと目を覚ますと、傍らに愛しい彼が座っていた。

「あっ。
 ごめん、おこしちゃったかな?
 ......今は、ゆっくり寝てていいよ」

 おキヌに対して、やさしく微笑みかける横島。
 そんな彼を見て、おキヌは、胸がチクッと痛んだ。

「あの......ごめんなさい」
「えっ!?」
「今まで黙っていて。
 私......私......」

 おキヌは、言葉を続けられない。横島を正視することも出来なかったのだが、

「おキヌちゃん......」
「横島さん......!?」

 彼がソッと手を握ってくれたので、顔を上げた。
 おキヌに伝わる、横島の手の温もり。そこに、憤慨や拒絶といった否定的感情はなかった。

「......許してくれるんですか?
 でも、私は......本当は......」
「......?
 許すも何も......。
 おキヌちゃんはおキヌちゃんだろ?」

 おキヌの言いたいことを察知して、横島が答えた。しかし、これだけでは不十分である。横島にも分かっていたので、精一杯の言葉で補足する。

「それにさ......」
「......?」
「幽霊時代の記憶が戻った時点で、
 今のおキヌちゃんだったんだろ?」
「そうですけど?」
「だったら、幽霊屋敷の事件で
 『大好き』って言ってくれたのは
 ......今のおキヌちゃんだよな?」
「はい」

 おキヌには、まだ横島の意図は伝わっていない。だから、ただ、素直に返事をするだけだ。

「俺......たしかに、幽霊だった頃の
 おキヌちゃんも好きだったよ?
 だけど......。
 俺が惚れたのは......あの館の中の......
 あの時のおキヌちゃんだから!
 だから......」
「ありがとう、横島さん......!!」

 これでおキヌにも、横島の気持ちが理解出来た。それ以上聞く必要はなかった。
 自分の発言に照れた男と、うれし涙をポロポロこぼす女は、ごく自然に口づけを交わす。

「横島さん......」
「......?」

 しばらくして、ゆっくりと唇を離したおキヌは、再び口を開いた。

「でも......私、やっぱり謝らなきゃ。
 ごめんなさい、長い間、隠しごとしてて......」
「いいさ、それは、もう。
 ほら、恋人同士だって、
 秘密の一つや二つくらい......な?」

 と、横島が笑顔で対応した時。
 バタンとドアが開いた。

「聞こえたぞ、今の発言!」

 西条である。

「おキヌちゃん、
 ここでウンと言ってはいけないよ?
 秘密OKにしてしまうと、
 彼は、絶対浮気に走るからね!」
「ええっ、そんな!?」
「おいっ、西条!?」

 そして、西条は、横島に近寄って耳打ちした。

「ちゃんとおキヌちゃんを幸せにするんだぞ?
 そのかわり......
 令子ちゃんのことは僕に任せたまえ!!」


___________


 一方、美神母娘は、まだ二人で相談していた。

「おキヌちゃんから得た『歴史』の情報、
 うまく使わないとね......」

 おキヌの干渉で、歴史も色々と変わってしまったらしい。それでも、一度アシュタロスの最終計画がスタートした後は、大まかな流れは記憶どおりだったようだ。
 美神も美智恵も、時間移動能力者である。歴史が持つ復元力のことは、ある程度、理解していた。

「アシュタロスの侵攻が早まっても、
 それでもママが適切な時期に来られたのって......
 歴史の復元力なのよね?」
「そうでしょうね。
 だから、この先も......
 おそらく『歴史』どおりになるのでしょう」

 南極まで出かけることになり、そこで一度はアシュタロスを退ける。しかし実は死んでいなかったアシュタロスが、『宇宙のタマゴ』を利用して美神の魂を獲得。『コスモ・プロセッサ』を稼働させるが、世界全体を改変させることには『宇宙意志』が干渉する。一方、美神も、うまく復活する。そして、アシュタロスは、『究極の魔体』まで持ち出したものの、最終的には滅び去る。
 それが、おキヌが語ったストーリーだった。

「でも、イヤね。
 魂とられちゃうというのは、ちょっと......」

 娘の言葉に、美智恵も、うなずいた。
 どこまで『歴史』どおりになるのか、定かではないのだ。美神の魂を奪われた後で取り返せる保証がない以上、そうした事態は避けたかった。

「実現して欲しくない部分も多いわね。
 少しずつ『歴史』に抵抗していきましょう」

 アシュタロスがチャンネル遮断出来るのは、せいぜい一年。だから、時間切れ勝利を狙えるならば、それが一番よかった。
 まずは南極戦である。そこへ行かないようにするために、二人は、すでに策を取り始めていた。
 妖蜂の襲撃に備えて、除霊スプレー『魔族コロリ』を用意。また、核ジャック対策として、核保有国にあらかじめ警告した。
 この二つが、美神が南極まで行くハメになる理由なのだ。これで上手くいけばいいのだが......。

「一応、ダメだった場合のことも考えておくべきね」

 南極へ行くならば、そこでアシュタロスを倒してしまいたい。
 しかし、おキヌの話を聞いた上でも、まだ有効策は浮かばなかった。彼女の知る歴史の中で最終的にアシュタロスを倒せたのは、宇宙意志の助けがあってこそなのだ。

「とりあえず......。
 おキヌちゃんの記憶どおり、
 横島クンと令子が同期合体すること。
 これは必須ね......。
 それから、三姉妹程度は抑えられるように、
 仲間を集めて、そのための戦法を訓練しておくこと。
 ......今は、それくらいかしら?」


___________


「あ......あ、
 あの女どもはどこだ......!?」
「今度はやっつけてやりますノ〜〜!!」
「お......おまえら......。
 ナンパの恨みはらすために、ここまで来たのか?」

 防寒服を着た男三人、雪之丞とタイガーと横島が、そんな会話を交わす。

「そんなこと〜〜どうでもいいの!!
 こんなところでウロウロしてたら〜〜
 死んじゃう〜〜!!」

 と言う六道冥子も、同じ服装である。
 ここにやって来たのは、他に、美神、小笠原エミ、西条、唐巣神父、ピート、マリア、ドクター・カオス、そして美智恵だった。妊娠中のおキヌは残してきたが、他のメンバーは勢揃いである。なお、アンドロイドのマリア以外、皆、同じ格好だ。
 妖蜂は防ぐことが出来たが、核は奪取されてしまい、結局、南極まで誘い出されたのだった。

 キィィィィン!!

 道案内の蝶が輝き、異界空間への入り口が出現する。
 その蝶が中に入ると、蜂とホタルもやってきて、魔族三姉妹の姿に変わった。

『この先は、私とベスパが案内します。
 じゃ、パピリオ!
 しっかり役目、果たすのよ?』
『大丈夫でちゅよ、ルシオラちゃん』

 パピリオの口調には、生来の陽気さは伴われていなかった。


___________


 異界空間にそびえ立つ巨大な塔。
 その中で、アシュタロスは待っているのだ。
 呼び出された美神だけでなく、なんとか横島も押し込むことに成功したGSたち。出来れば自分たちも突入したかったが、彼らの前に、パピリオが立ちはだかった。

「あなたのことは、おキヌちゃんから聞いています。
 なんとか助けたいの。だから......」

 美智恵が説得を試みるが、パピリオは、首を横に振る。

『モモちゃんの名前を......出さないで下さい』

 パピリオは、少し悲しげな表情を見せた。

『黙って通すわけには、いかないんでちゅ......。
 でも、おまえたちの気持ちもわかるんでちゅよ?
 だから......戦って、この私を倒して下さい!』


___________


(やっぱり人間って凄いんでちゅね......)

 今、パピリオは、手足を大の字に広げて、空を見上げていた。
 彼女は、負けたのである。
 GSたちは、強力な敵を相手にするために、それぞれが役割を分担して戦った。
 唐巣が聖なる力を借りて、エミが呪法を利用して、そして、冥子が式神を駆使して。これで、三重の複合バリアが出来上がる。
 そして、攻撃力も尋常ではなかった。まず、ヒャクメから借り出した『心眼』を西条が使い、パピリオの動きを観察。タイガーの精神感応力が全員をテレパシーでつなげたため、情報は即座に美智恵へと転送される。美智恵が頭脳となり、攻撃役の三人、マリアと雪之丞とピートを使う。彼女の豊富な経験も活かされて、隙のない攻撃となったのだった。

(これでよかったんでちゅね......)

 もちろん、いくら策を練っても、人間は人間だ。一撃ごとのダメージそのものは小さかった。しかし、それが蓄積された結果、パピリオは、起き上がることも出来ない状態となったのだ。

(さようなら......モモちゃん......)

 パピリオは、最後に、おキヌのことを思う。
 そう、もう『最期』なのだろう。大きな注射器を持ったカオスが迫ってくるのが、パピリオには見えていた。

(ごめんなさい......
 今まで、ひどい扱いをしちゃったペットたち......)

 ブスゥッと注射されて、意識を失うパピリオ。
 しかし、彼女は知らなかったのだ。これが致死性の毒薬などではなく、眠り薬であるということを。


___________


 一方、ルシオラとベスパに案内されて、美神と横島は、アシュタロスのもとへと辿り着いていた。

『......神は自分の創ったものすべてを愛するというが
 低級魔族として最初に君の魂を作ったのは私だ』

 それが、アシュタロスの第一声だった。

『よく戻ってきてくれた、我が娘よ......!!
 信じないかもしれないが、愛しているよ』 
「み......美神さん!?」

 横島は、美神の異常に気づく。
 彼女の脚がガクガク震えているのだ。こんな美神、今まで見たことがない。

『おまえは私の作品だ。
 私は「道具」を作ってきたつもりだったが......
 おまえは「作品」なのだよ。
 このちがいがわかるか?』

 アシュタロスは、美神たちを見下ろす位置から問いかけた。
 そして、答を待たずに、一方的に話を続ける。

『道具はある目的のために必要な機能を備えている......
 ただそれだけのものだ。
 一方、「作品」には作者の心が反映される』

 黙ったままの美神と横島に向かって、アシュタロスは、階段を降り始めた。

『おまえは私が意図せず作った作品なのだよ』
「ふ......ふざけるな......」
「......横島クン!?」

 横島のつぶやきは、小さなものだった。隣の美神には聞こえたが、まだ距離があるアシュタロスの耳には入らない。だから、彼は、話を続けてしまう。

『おまえは私の子供......私の分身なのだ』

 ここで、横島が大声で叫ぶ。

「ふざけるなーッ!!」
『無粋なヤツだな......。
 父と娘の対話に口を挟まんで欲しいな?』

 アシュタロスが、気を悪くしたような表情を見せる。
 しかし、怒っているのは横島のほうだった。

「『父と娘の対話』だと......!?
 何言ってやがる!!
 おまえの言ってることは......違う!!
 うまくは言えないが......でも、
 違うってことだけは、わかるぜ!!」

 横島は、アシュタロスを睨みつける。その視線には、強固な意志がこめられていた。

「『道具』だと......!?
 『作品』だと......!?
 そんなこと言ってるヤツに、
 『娘』という言葉を使う資格はねえ!!」
『......なっ!?』
「よ......横島クン!?」

 横で聞いている美神が驚くほどの気勢だった。しかし、おかげで、美神の金縛りが解ける。
 一方、彼女に呼びかけられて少し落ち着いたのだろうか、彼の口調は、やや冷静なものに変わる。

「まだ若い俺だけど......
 今度、娘が生まれるんだ」
「あんた......
 決戦前にそんな話すると......」

 だが、美神のツッコミも、彼の言葉を止めることは出来ない。

「だから、俺にはわかる。
 娘を『道具』や『作品』あつかいするヤツなんて、
 許すわけにはいかないんだよ......。
 そんなヤツにだけは、負けられないんだよ!!」

 横島が、『同』と『期』の二つの文珠を用意した。

「だから......父親として!
 娘をもつ一人の男として!
 おまえは......
 アシュタロスは......俺が倒す!!」


___________


『ほう!! ......考えたな』

 同期合体。
 文珠で横島の霊波を調節、美神の波長に同期させ、共鳴を引き起こすのだ。そうすれば、相乗効果で、パワーも数十から数千倍にアップする。
 そういうシロモノである以上、合体しても、ベースは美神のはずなのだが......。

「横島クン......!?
 オーバーフローして入れ替わった......!?」

 いつのまにか、横島がメインとなっていた。

「行きます、美神さんッ!!
 『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』をひとつの武器に!!」
「......もう、あんたにまかせるわ。
 横島クンの......娘を想う気持ち!
 存分にぶつけなさいッ!!」
「はいッ!!」

 今は主役ではなく、サポートに回ることを決意した美神。その気持ちをシッカリ受け止める横島。
 一方、アシュタロスも、二人の攻撃を受けて立つ。

『......面白い。やってみろ!!
 もし、おまえが私を倒すほどのものなら......
 私は......おまえの言い分を認めてやろうじゃないか!』

 神魔のパワーを併せた武器に、人類の意志と希望を重ねて!
 横島が突撃する。

「いくでェーッ!!」

 そして。
 横島の一撃が......奇跡の一撃が、アシュタロスを貫いた。

『きさま......!
 なぜ......そこを!?』
「......!?」
『なぜ......私の霊的中枢がわかったのだ!?』

 さすがのアシュタロスも、霊的中枢を破壊されては、霊力のコントロールが難しくなる。冥界チャンネルの妨害や三姉妹の規制など、大量の霊波を外へ出してきたアシュタロスなだけに、その制御が出来なくなるのは致命的だった。

「......!?
 たまたま弱点にあたったのか!?
 そりゃあ好都合だ!
 くたばれーっ!!」

 横島は、そのまま剣を動かし、アシュタロスを真っ二つに切り裂いた。

『......まさか、偶然だったというのか!?』

 崩れ落ちた半身が、つぶやく。
 それを見ながら、二人は合体を解いた。
 そして、美神がアシュタロスの疑問に答える。

「偶然じゃないわ、これが奇跡......!!
 神にも悪魔にも許されない、
 人間だけがもっている力よ!!」

 ......得意のハッタリである。

『そ......そんな......!!』

 美神の気迫を信じて、アシュタロスがボロボロと崩れていく。

『フフフ......。
 ......おまえたちに免じて、
 今日のところは、滅んでおいてやろう。
 究極の魔体を動かしてもいいが......それで、
 また『奇跡』とやらにやられるのもシャクだからな。
 しばらくは魔界の奥で......
 人間の『奇跡』について勉強し、
 十分学習してから......
 再び人界に攻め込むことにしようじゃないか!!』

 アシュタロスの言葉に、横島が過敏に反応した。

「『今日のところは』......!?
 『再び』......!?」
「気にすることないわ、横島クン!!
 負け犬の遠吠えよ......!!」

 美神は、そう決めつけてしまう。
 二人は『魂の牢獄』のことなど知らないからだ。おキヌが持つ『歴史』の知識に含まれていない以上、『魂の牢獄』について理解している人類はいないのだ。

『フフフ......。
 これで終わりではないぞ......私は必ず蘇る!
 そして、いつの日か......必ず......
 また人間の世界に来るであろう!
 そのとき......まだ、おまえたちが生きていたら
 また遊んでやろうじゃないか......!!』

 それが彼の最期の言葉だった。

 ボッ!! シュウウウ......ッ。

 アシュタロスは消滅したのである。

「不吉なこと言ってましたね......」
「大丈夫よ!!
 どんな敵が来ても、またやっつければいいのよ!!
 私たち、強いんだから......!!」
「でも......」
「自信を持ちなさい!!
 あんた父親になるんでしょ!?
 しっかりしなきゃ......!!」
「......そうっスね!! はい!!」

 それに、美神のハッタリを信じていたら、かりに蘇ったとしても、魔界の奥で勉強し続けることになるのだ。
 それを笑顔で指摘する横島に、美神は、同じ表情を返した。

「そうよ!
 そんなもんないんだから、
 ずっと引きこもることになるんだわ!!」
 
 そして、少し表情を引き締めてから、ルシオラとベスパに向き直った。

「で......あんたたちはどうすんの?
 ここで......アシュタロスの仇討ち?
 そっちがその気なら......相手になるわよ!」


___________


 ルシオラは、もともと横島に好意的だったこともあり、もちろん人間側に協力する。
 意外な態度を見せたのは、ベスパだった。

『私は......アシュ様の言葉を......
 アシュ様の復活を信じているから、
 ここは一時投降する。
 ......そうすれば
 延命措置もしてもらえるのだろう!?』

 彼女は、人間たちの脱出を手助けしたのだ。
 その後、ベスパは、

『アシュ様が蘇る時まで......
 私は魔界で過ごすよ。
 ......魔族の軍隊に入ってな』

 と言い残して、去っていった。
 そもそも、彼女は、他の二人とは違う。ルシオラやパピリオが人間たちと遊んでいた頃、ベスパは、アシュタロスと直通で話をしていた。だから、彼女は『魂の牢獄』のことも知っているのだ。アシュタロスが強制的に復活させられると承知している彼女は、魔界で、それを待つのである。
 彼の復活後、きっとベスパは、彼の傍らから離れないだろう。人間の『奇跡』について二人で勉強しながら、ゆっくりと新しい計画を練るのだ。
 ゆっくり、ゆっくり。いつまでも、いつまでも......。


___________


 生き残ったパピリオは、妙神山預かりで、小竜姫の弟子となった。ルシオラも妹の世話のために、そこで暮らしている。
 彼女たちは、時々、鬼門たちの代わりに、訪問者の通行テストまでやってしまうそうだ。もちろん、この姉妹にかなう人間などいるわけがなく、

『これじゃ誰も来てくれないじゃないですか!』

 と、小竜姫は嘆いているらしい。
 しかし、パピリオなどは、

『いいんでちゅよ。
 ルシオラちゃんが相手すると
 喜ぶ男もいるんでちゅから。
 ほら、また来た......!!』

 と言い張っている。
 確かに、すでに最難関コースをクリアしたはずの雪之丞が、最近、頻繁に足を運んでいるのだ。
 彼にとっては、門番が強力であればあるほど、倒しがいがあるのだろう。

『あのひと、戦闘狂みたいでちゅからね。
 戦いを通じて、友情とか......
 愛情とか育てちゃうんでちゅよ!
 ルシオラちゃんも、
 そろそろ気付くといいんだけど......』
『どういう意味ですか......?』

 小竜姫としても、雪之丞がバトルマニアだという評価には賛成である。しかし、その先のパピリオの言葉には、首を傾げるしかなかった。


___________


 そして、少し時は流れ......。

「ほわあッ! ほわあッ!」

 今日、この病院で、また新たなる命が誕生した。
 新しく父親となった男を、友人が冷やかす。

「......十八歳で父親とはねえ。
 あんたと会った時には
 想像も出来なかった状況ね」
「ははは......」

 彼女は、ただの友人ではない。上司でもあり、師匠でもあり、また、仲間でもあった。
 彼らが見守る中、双子の赤ちゃんが、病室に運ばれてくる。
 母親となったばかりの女性は、まだベッドに横になっていた。それでも、双子をその腕に抱く。
 幸せそうな母子。そんな微笑ましい光景を見ながら、友人が声をかける。

「もう名前は決まってるの?」
「はい......。
 この子たちの名前は......
 私のわがままで決めちゃいました。
 横島さんも、
 それでいいって言ってくれましたから」

 彼女は、大切な人物から、名前を拝借することにしたのだった。
 この世界では出会うことのなかった......別の世界での大切な親友の名前を、子供に与えたのだ。
 そして、おキヌは、二人の愛娘に向かって呼びかける。

「こんにちは......!
 まりちゃん、かおりちゃん!!」


(まりちゃんとかおりちゃん・完)

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