愛しても、愛しても、その思いは貴方に届かない。

貴方の愛は、私ではない。あの人のもの。

何度も諦めようとしても、心は貴方を求める。

求め続ける。



愛しても、愛しても決して届かない。―――いとおしい人。








守ってあげたい 62話








幸村side

今日もは優しい微笑みを浮かべ、俺の居る病室に現れた。

病院特有の、薬品のような消毒薬のような匂いが満ち、白い世界の中で“”がそこに居るだけで、それだけで俺の世界は色彩を取り戻す。

俺の両親は共働きで、年の離れた妹は病弱で病気がちだった。必然的に親が割ける時間の全ては妹へと向けられていた。それが不満だと思ったことなど一度も無かった。何より俺にはテニスがあり仲間が居た。俺自身、妹の事を可愛く思っていたし、何より両親に甘える事の出来ない自分を自覚していた。

よくできた兄と、病弱な妹。

物分かりの良く、何の問題も無く過ごすことが両親の負担を減らす事だと、そう思い。何も求めず、出来のいい兄という仮面の笑顔で毎日を過ごすことを覚えた15年。

それが今更、自分自身の事で『辛い』と甘えることなど出来るはずもなく。

『俺の方は大丈夫だよ。完全看護だしね。手術の時の付き添いだけでかまわないから。母さん達は忙しいだろ?最近の医学って発達しているしね』

そう言って、やんわりと微笑めばあっさりと親は騙されてくれた。


皮肉な事にその親の代わりにが俺の世話をしに来てくれてた。
落ちた食欲を心配して、手作り弁当を作ってきてくれたりうるさくならない程度に、とりとめのない雑談に興じてくれたり、本当に理想的な看護者だった。

変わらない笑顔で、記憶の中のそのままの姿で居てくれる。
普通ならの居る毎日が戻ってきた。事実を知る前の俺なら、そう簡単に納得出来ていた。

俺の知っているのフリをした、俺の知らない時間を過ごして大人の心を持つ


どちらも同じだけど、似ているようで違う少女。


記憶の中のは、優しくて柔らかくて綺麗に微笑う。かすみ草のような少女だった。辛いことも悲しい事も共に乗り越えて来た、そういう二人だけの連帯感もあって、他の人の知らないを知っている。そんな優越感さえあった。
だけど、現在のの事を本当の意味で知っている人は居ない。

俺の為に本当の自分自身を殺すような真似をしてまで、側に居ようとしてくれた。
同じように優しいけれど、それが同一のものだとは思えなかった。俺の知るはそこまで、強い少女じゃ無かった。そのはずだった。

昨日抱きしめたの感触が蘇る。
抱き寄せた事は前もある。母親の事で落ち込んだり悲しんだりした時に、同じように抱き寄せ抱きしめた事があったから、間違いなく同じはずなのに。抱きしめても前のように、暖かで満たされるような気持ちにはならなかった。



―恋する少女を抱きしめているはずなのに……。



昨日を抱きしめた時の気持ちは、胸を突くような痛みと包み込んでやりたい。そんな気持ちが瞬間溢れた。この感情が、同情から来るものじゃないとは言えない。支えの無い少女時代を過ごしたの事を想像すると、何とも言えない気分になる。

昔の事だから平気と言って、無理に笑うを見ると。
どうして、自分がその時側に居てやれなかったんだろう。そう、自然に思えた。

時空が違う、このの世界には自分が居ないから、したくても出来ない事だけど。目の前の少女を抱きしめてやりたかった。そう思う感情はどうにもならなかった。
そんな少女時代を過ごしたけれど、そんな事を感じさせずには今日も目の前で、俺の視線を感じるとにっこり微笑んだ。


じんわりと湧き上がる、目の前の少女への思いの正体は何だろう?


今日も、昨日あった事を感じさせないような笑顔で、その様子に何も無かったかのように振る舞うに、同じように何も無かったようにしか接する事が出来なかった。

自分の中の煮え切らない思いを、どう処理すればいいのか分からず柄にも無くとまどっていた。

皮肉な事にこの時ばかりは、自分の病状の事など忘れの事で頭の中が一杯になっていた。

穏やかなとしか言えない時間を二人で過ごし、夕食前にが帰って行った。

が帰って、10分もしないうちに珍しいことに仁王と柳生が見舞いに訪れた。

「具合はどうですか?」
「良くは無いけど、悪くも無い。そんな感じかな」
とはどうやら入れ違いになったみたいじゃのう」

俺の病状を気遣うでも無く、マイペースな仁王に柳生が顔を顰めている。

「仁王くん」
「ん?あぁ、幸村ん事は外野がやいのやいの騒いでもどうにもならんぜよ。が側におるんじゃから、それ以上の安定剤はなかろう?」

そうじゃろ?と悪びれずに同意を求めてくる様子に、柳生はそれ以上諌めるのを諦めた様子だった。

「まぁ、仁王の言うとおり確かにこれ以上の精神安定剤は無いね」
「そうじゃろう」

そこから、とりとめのない雑談を20分ほどして、二人は帰って行った。
だが、5分ほどして仁王だけ戻ってきた。

「忘れ物でもしたのかい?」
「言い忘れちょった」
「言い忘れ?」
「宣戦布告じゃ」

その言葉と共に、テニスの試合の時に見せる真剣な眼差しを向けられて仁王の言葉の本気さ加減が窺えた。

「何に対しての宣戦布告なのかな?」

仁王が今俺に対して、そう告げる事柄など。思い当たることは、一つしかない。
それをあえてとぼけてみせる。

「俺は前んの事も気に入っちょった。じゃが、今度目の前に現れたの事は誰にも渡さん」

詐欺師との二つ名を持つ男が、含み笑いを唇に乗せそう言って俺を見る。
フェイクと受け取るには、眼差しも気迫も違いすぎていた。

「渡すも渡さないも無いよ。は誰のものでも無いじゃないか?」

自分自身の心の整理も出来ていない状態で、正面から仁王と戦う気迫も気力も不足していた。
ただ、いつもの余裕あるそぶりで微笑みながらそう告げるだけで精一杯だった。

「……知らんちゅう事は、ある意味幸せな事ぞのう?」
「どういう意味だい?」
「いや、独り言じゃ。まぁ、宣言しておきたかっただけじゃ、正式なバトルはもう少し後ちゅう事にしておく。まぁ、すこぉし手は出したがの」
に何をした!?」
「キスだけじゃ、それ以上はしとらんぜよ。なんじゃ、嫉妬しとるんか?俺は、幸村のすいとったには手出ししとらんぜよ」

だから、問題ないはずじゃろ。そう言って、仁王はうそぶく。
すべて、お見通しで居てその上での宣戦布告。詐欺師との二つ名を持つ男が、正々堂々と告げる事のその意味。

「だからと言って、今のに手を出していいという事にはならないはずだ」
「ほぅ、認めるんじゃの。今のは誰のモノでも無か、ちゅう事はおまんモノでも無いはずじゃ」
「違う!は、俺のモノだ!!」

反射的にそう叫んでいた。
それが、どちらへのへの気持ちなのか正直自分でもよく分かって居なかった。

だけど、が自分以外の人間のモノになる。それを想像するだけで強烈な不快感が襲ってきた。喪失感、嫉妬、憎悪これらの感情が相まって自分の中が混沌とする。

「だいたい、柳も幸村も難しく考えすぎじゃ。15歳だろうと、25歳だろうと目の前に居る、女は只一人ぜよ」
「……その通りだよ」

仁王の言葉で自分の心の中の霧が晴れた気がした。
いつのまにかの全てを把握していて、自分が一番の事を知っているつもりだった。だけど、しばらく会わない間には俺の知らない“”になっていて、それが違和感というか、心の中のひっかかりになっていた。
でも、今も昔も目の前に居るのはという名前の一人の少女―いや、女性だった。

「仁王のおかげで、一つの事がわかったよ」
「なんじゃ?」

片頬をあげて仁王が笑う。

「今も昔も無いって事さ。今も過去も俺の中にはしか居なくて、同情だろうと何だろうとが側に居てくれる限りは俺がその手を離すことは無い」
「だから、俺ん出番は無いちゅう言いたいんか?」

ゆるりと首を振る。

「それを決めるのはだろう?」
「はん、相変わらず食えんヤツじゃ。まぁええ、いつもの調子が戻ってきたようじゃし、安心じゃの」

それから二言三言挨拶を交わして、仁王は去って行った。
思っていたより、仲間に心配を掛けている。

自分は同年代より考え方も大人のつもりで、部長という責任ある立場にいるから、甘えることを忘れていたのかもしれない。
だけど、部長であっても同年代の友人であることに代わり無い。

そんな当たり前の事に気付けないほど、自分の中の余裕が無くなっていたことに今更ながら初めて気がついた。
一人で居て、考える時間が増えるほどに自分一人であるような感覚に陥っていた。
たまに見舞客が来ても、よそいきの顔をして偽物の笑顔を張りつけるようになっていた。

自分一人でも十分やっていける心の強さがあると思っていた。

でも、それは傲慢な考えだったのかもしれない。

「所詮は俺も只の15歳という事か」

苦笑を漏らしながらそう呟いてみる。
瞼を閉じれば、屈託のない笑顔で笑うの笑顔を思い浮かべる事が出来る。

ほんの1時間前までこの病室に居たの笑顔とはそれは重ならなかった。

「どちらも同じ“”か」

の飾った花を見つめながら、俺は自分の中のを探していた。






 




2011/03/24

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