守ってあげたい 1話










もうすぐ25歳、某生命保険会社の、総務の事務職のOL。
就職3年目で仕事も少し中だるみで、そろそろ結婚を考え出すお年頃。







そんな私だけど、今日が人生最良の日になると思っていたのに、結果今日が人生最低最悪の日になった。


簡潔に言うと彼氏に振られた。



結果から言うと、ただそれだけなのかもしれないが、付き合って5年目の彼ー芳崎健司(25歳B型おとめ座)に12月23日に、普段は行かないような高級レストランに呼び出され。


「大切な話がある」そう前もって告げられていたら。


そう言われていれば誰だってプロポーズと勘違いしても仕方ないと思う。

でもその予想に反して、切り出された話は。



「好きな人が出来た。一人では何も出来ないような、儚げな人で俺が
 側に居ないと何も出来ないような頼りない人なんだ。だからすまないが、別れてくれ…。」



今から、楽しい食事を始めようとしていた矢先の彼の言葉。


冷水を浴びせ掛けられるってこんな事なんだと。他人事の様に思う。

彼だけは、裏切らないそう信じていた。

だから、会えなくても連絡が減っていってもただひたすら信じて待つだけだった。


でも、それじゃあ駄目だったんだね。


その後にも「俺にはお前はもったいない女だ」とか「一人でも生きていける強い女だから大丈夫だ」とか色々続けられていたけれど、どんな言葉で飾り立てても単純に一緒にいて欲しい人が私じゃなくなった。

ただそれだけの事でしょう?


「ふーん。そうなんだ。分かった、いいよ。別れてあげる、もしかしたらそんな気してたんだ。
あ、この後約束あるからもう帰るね。じゅあね、元気で」


声が震えないように頑張って、普通の声のトーンでそうまくし立てて、逃げるようにその場を後にした。
精一杯のやせ我慢。


本当は泣きたかった。縋り付きたかった。喚きたかった。でも、高すぎる自分のプライドがそれを許さなかった。

好きだった。本当はもっと甘えたかった、でも自立した女を気取っていた私には甘えるなんてとても出来なかった。

貴方の側にいるには、ずっと一緒に居てやらないと駄目だと思う様な、か弱い女じゃなきゃ駄目だったんだね。

失敗した。もっと素直に寂しいって、側に居てって言えばよかった。

しなくてもいいやせ我慢してあげく振られるなんて、可笑し過ぎる。


こみ上げる涙を堪える為に、足早にその場を後にした。

だから、そんな私の後ろ姿を彼がどんな顔で見送っていたのかなんて気付く訳も無かった。











「まったく、5年の歳月を無駄にしちゃったよ〜。愚かな私は、プロポーズされるのかと思ちゃてたし…。ねぇ、マスター聞いてる?」


あの場を逃げるように去って、普段は来ないような路地を入った先にあった寂れたBAR入って、とにかく酔う為だけに強い酒を頼んだ。

それを殆ど一気飲みの勢いで、味わうこともなく呷る。

お酒は好きだけど、そんなに言うほど強くない私は2杯3杯とグラスを重ねるうちに、あっという間に酔っ払った。

絡み酒の失恋女をどう思っているのか、初老のマスターは嫌な顔一つせずに微笑むだけだった。


「マスター。雪国一つ」


これまた強いカクテルを頼むと、しばらくして、芸術的な程綺麗にカッティングされた氷と透明な液体で満たされたグラス。

その透明な、キラキラとした光にしばし見とれてしまった。


「これが、最後ですよ」


そう、静かに言って静かに微笑むマスターの顔を見て何だか憤っていたはずの心が萎えた。
ゆっくりと、グラスを傾けるとどんどん涙が溢れてきた。


「…。う…っ……。ぐすっ……」


堪えようとても溢れ出る嗚咽。
カウンターで、酒を飲んで絡みながら泣く失恋女。客観的に見ると最悪だ。


「本当に、やさしい人だったの。……。でも、…愛されるてると…信じたかったの。……彼の気持ちが離れても気付かなかった…。いや気付こうともしなかった……。本当に好きだったのに……」


零れ落ちる涙。思い出せば、その予兆はあったのかもしれない。

どんどん減っていくメール。

繋がらない電話。

彼だけは大丈夫そう頑なに信じていたかっただけなのかもしれない。


マスターは黙ってハンカチを差し出してくれた。

差し出されたハンカチで、涙をぬぐうと肌色と黒い涙。うわー化粧剥げてる。不細工な自分の顔が想像できる。


「大丈夫です。貴方は美しい、次に出会う方ときっと幸せになれます」


こんな私の何処が美しいのか、でもそう言って気遣ってくれる人の好意を無にするわけにもいかず。


「ありがと。」


笑って御礼を言うと、差し出されたのは。小さな色ガラスに彩られた小さな鍵。


「これは、幸せの鍵です。これを持っていると、願いが叶うという鍵なので貴方に差し上げます」


そう言う、マスターの瞳があまりに寂しげで泣いているはずのこっちまで寂しくなってくる。
黙って受け取ると、嬉しそうに微笑んでくれた。

3センチくらいの可愛らしい小さな鍵。
この鍵を持っているだけで幸せになれるのなら苦労はないと思う。

でも何かにすがりたい気もするのでその鍵を受け取り大切にしまい込むと。
なんだか、ふわりと体を包み込むような感触に囚われた。

「あれ?酔いが回ったかな…。」

冷え切った心を暖めるような感覚に、瞼が落ちそうになる。

いかん、眠い。

そう思ったのを最後に意識が途切れた。















ふっと意識を取り戻すと、そこは見慣れた自分の1Kの部屋だった。
帰巣本能はすごいと、自分で自分に関心しながら、喉の渇きに台所に立つ。
たてづづけに、2杯お水を飲み干してベットに倒れこむ道すがら何かを足に引っ掛けた。

ドサドサドサと見慣れた、青い表紙の漫画が散乱する。


あーテニプリこの間読み返してて、まんま置きっぱなしだよー。片付けるの面倒だね。
そうおもいつつ、手じかにあった17巻を手に取る。

おー。ここいいシーンだよね〜。
まーさーに青春って感じだしー。いいよね。
私も出来れば中学生の頃に戻りたいよ。そうすればいくらでもやり直しできるし、もっと自分に素直に生きられるのに。

本を読みながらいつしか寝てしまっていた。


マスターがくれた鍵から小さな光が漏れ始めそしてその光が段々大きくなりの体をつつみ、
そしてその光が体を覆い尽くした時『』の体はその空間から消失した。





後に残されたのは、人型にしずんだベットのくぼみと胸元に抱えて寝ていた漫画だけだった。







 




2005.09.15UP

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