きまぐれな微笑み 4






海賊には不釣合いなほどの可愛らしい船首。海賊旗が、を歓迎するかのように、はためく。
羊頭を見上げるの肩に思いのほか力がかかっていることに、ゾロは、気がついていた。

は『この島から出る=娼婦であった日々と綺麗に別れるつもり』だったが
大事な事を忘れていたことに、気がついた。

――今から乗り込む船は、紛れもない海賊船。この島の元締めと、どう違いがあるの。あるわけがないでしょ。
  ちょっと早まったかな。ううん……それでも……
  最悪の場合は、クルー全員相手にする生活か……。それとも、船長専属の娼婦。
  ……こいつが、どれくらいの位置にいるかで、決まるわね。
  私は、こいつについて来たんだ。

ゾロの帰ってきた気配に気づき、GM号からクルーが顔を覗かせた。
思わず、ゾロの背後に隠れ、唖然とするクルーの顔を、不安を色濃く残す瞳と抑えきれない安堵の浮かぶ頬と唇で見上げる の姿は、クルーに混乱と打撃を与えた。

「ゾロ?その子は?」

「んぁ……拾った。だ」

クルーに動揺が走る。それと同時にもまた現れたクルーの様相に、驚きをかくせなかった。
クルーの面々が、年端も行かない自分と変わらない年代であることや、まるで海賊には見えないあたりに
ほっと安堵のため息を漏らした。
のことを思いやり、ひそひそ声で交わされた会話は、の耳にも
所々聞こえたが、決して自分を悪く言う言葉ではなかったので、クルーににっこり笑いかけゾロの後を追いかけていった。

――あの朴念仁が、色事……。
――剣士さんも、所詮、男だったって事かしら?
――サンジが連れて帰るなら、まだ分かるが?ゾロが?似合わねェ。
  はっ!まさか、ゾロのお眼鏡に適う女だとしたら……。
  あんな化けもんの相手になる女だ。ウォーーーッ、ますますGM号の女が強くなる……。
――綺麗な人だな。ドキドキするぞ。ゾロは、交わるんだな?避妊だけは、しっかり教えておかなくっちゃ。

ルフィは、の乗船を、ゾロが拍子抜けするほど、あっさり認めた。
ゾロがどういうつもりで連れてきたかとかは、一切興味がないようだった。
黒曜石の瞳を、キラキラさせて、
「なぁんだ。ゾロやるなぁ〜〜。いいぞ!好きなだけ居ろ!」
しっしっしっと、笑っておしまいだった。

一番、打撃を受けたのは、やはり、サンジだった。
荒くれ者どもを片付けてGM号に帰ってみたが、ゾロがいない。

――あんのバカ!俺様の苦労も知らねェで、また迷子かよ!!!
  いや、待てよ。まさか!!??あのレディと致してる真っ最中とかか???
  くそっ面白くもねェ!

実は、サンジもまた童貞だった。ゾロが自分より先に男になるなんて、考えただけでむしゃくしゃする。
しかも、童貞喪失の片棒を自ら担いでしまったから、たまらない焦りを感じていた。
まだ、ゾロは致していないので、この時点では、サンジの思い込みにすぎないのだが、俺様主義なサンジだ。
もう、やったものと決め付けていた。『純情童貞剣士さん、頑張れよ』と見送ったのは、もうすっかり頭から消えてしまっている。ゾロが帰ってきたら、余裕ある態度でからかうと、心に強く念じるが、焦りは止まらなかった。
キッチンで夕食の仕度をしながらも、気はそぞろだった。

そんなとてつもないイライラを抱えるところに、ゾロがを伴って帰ってきたから、堪らない。
一目散に、二人の元に駆けつけ、可愛いサンジアピールに余念がない。その一方で、ゾロに怒りをぶつけることも忘れなかった。

「綺麗なおねぃたまーーーーーー!ああ、お怪我ありませんか?」

「てめェ、また迷ってやがったな!なんで真っ直ぐの道、しかも、船が見えてる範囲で、迷子になれんだよ!」

「ああ、お美しい貴女に、俺のハートは、貴女の憂いの籠った唇に鷲づかみにされ、貴女の瞳にフォーリンラブ。
 ああ、神に感謝します。貴女という人をこの世に送り出してくれた神に、そして、貴女にこの俺を捧げましょう」

「なんだよ、クソマリモ!レディに、んな口叩くんじゃねェ!腐れ外道が!!今日こそ、海の藻屑にしてくれる!
 てめェなんざ、海で巨大タコに愛されやがれ!おおう、タコじゃもったいねェか?
 やっぱ、海草の仲間になりやがれ!ああ、イソギンチャクなんかが、てめェにゃお似合いかもな!」

「ああ、レディ。汚い言葉、失礼しました。俺は海の一流コック、サンジ。可憐な貴女のお名前を、教えていただけますか」

いつものように、いや、それ以上の壊れっぷりで、きゅんきゅんアピールする。
の手を取り、いそいそと世話を焼き始めるサンジに、ゾロのつぶやきが聞こえた。

「アホか」

「んぁあああああああ!てめェ、やっぱっぶっ殺す!レディの手前、我慢してやってたんだが、もう許せねェ!」

「我慢???はぁ〜ん、てめェ、アレだろ?悔しいんだろ?」

「かっちィーーーーーーん!!!俺様が、悔しがってるって?どこがどのへんがだよ!?このクソむっつりスケベ!!!」

「誰が、むっつりだ!!!てめェみてェに、女のケツ追っかけまわして、四六時中、アホっぷり曝け出してるよか、マシだ!!」

「ほっほう、じゃあ、何か?てめェのナニは不発弾だったのか?おうおうおう、可哀想になァ。」

バカにしたような物言いをしつつ、ゾロの童貞喪失が気になって仕方ないサンジは、がばっとゾロの肩を抱き込み、
耳元で尋ねた。

「なァ、てめェ……やったのか?」

「ぅぐっ!てめェに話す義理はねェ」

心やましいところのあるゾロは、即座に赤くなった。何かある!と、ピンときたサンジは、しつこく迫る。

「な、なんだよ!!!てめェ、なんでそこで赤くなんだよ!!!」

「うるせェよ。ほっとけっ」

邪険にサンジの手を振りほどこうとゾロは、必死だった。しつこいサンジに一発決定打をかましたいが、そんな事実はない。
それどころか、いちいち相手にしていたら、とんでもないことを言ってしまいそうだったからだ。

「やめんか!」

ナミは、ゾロ劣勢の状況をもう少し眺めていたいところだが、話があやしい方向にいくのをふせぐために鉄拳を落とした。
もっとも、ナミは、そのあたりをしっかり後で聞きだそうとは思っていたが、
今は、新しく仲間になるのために、深く追求するのは、我慢した。

「ごめんなさいね。びっくりしたでしょう?あいつら、いつも、ああなのよ。仲がいい証拠だと、私は思ってるけど
 初めて見たら、面食らっちゃうわよね」


ぎこちなく微笑むだったが、自分の持つ気質で、数日のうちに打ち解けていった。



が、この船に不満があるとしたら、ひとつだけだった。
それは、性欲を満足させてくれるはずの男が、いっこうに誘ってこないことだった。
娼婦になってこのかた、月のものがあるとき以外は、休んだことのないセックス。
日々、セックス三昧だった身体が、疼く。自分で慰めようにも、女部屋での共同生活だ。
大っぴらに、自慰行為をするわけには、いかない。
なにより、望めば手に入る位置にいる自分を誘おうともしない男たちに、苛立ちを感じていた。
また、それは、自分が娼婦であったという事実を知らないクルーだからだと、自分を仲間として受け入れてくれたからだと
頭の中では、分かっていたので、苛立ちの矛先は、ゾロひとりに向けられていた。

――アレが欲しい。
  疼く子宮に、熱い粘り気のある男を感じたい。
  男の罵る声が欲しい。
  私を煽って煽りまくって、イかせて欲しい。

持て余す性欲は、娼婦だった名残りなのか、それとも、やはり、通り過ぎた男たちのいうように、淫乱だからなのか
は、自分でも答えの見つけれないところにいた。
ただ、ゾロの緑の頭が視界に入るだけで舌舐めずりしそうになるのに気がついたとき、
答えは、この男に抱かれなければ分からないだろうと、感じた。

乗船当初は、ゾロがを避けていたのだが、次の島に着く頃、二週間経った今は、お互いに避けあっていた。
クルーは、お互いの顔を見合わせ、とゾロの関係が、自分たちが想像したものとは、違うことに
だんだん気がついていった。
一人一人、別々のところにいるときは、平穏なのだが、
二人が同席するだけで、異様な火花が散る日もあれば、寒々とした空気が流れるときもある。
それでも、クルーは二人に対して何も忠告しようとは、しなかった。
なぜなら、ゾロは、聞く耳を持つタマじゃないし、また、も努めて良識のある態度を崩さなかったからだ。

――困ったもんね。
――困ったもんだぜ。おっかねェたらねえっぞ。ゾロの前で、の名は禁句だ。
――ったく、経験のねェヤツは、これだから困る。つ〜か、ありゃ女に疎すぎだ。
――俺、避妊について話に言ったら、斬られそうになったぞ。
――は、堪えてるようね。いつ、爆発するかしら。
――んっ?なんだ?あいつら、仲いいな?

夕食のあと、二人のいなくなったラウンジで、クルーは、誰からともなく、二人について話していた。
誰もが、その日の夕食の最中、はらはらするほどの一発触発の危機を感じたからだ。
ルフィだけは、感じていないのか、とぼけたことを言ったので、サンジとウソップのWツッコミが入ったが、
ルフィは、頑なに自説を推しとおそうとした。

「なんだ?違うのか?好きあってるように、俺には見えるけどよ?」

「ルフィ、てめェの目には、そう見えるのか?」

「ああ、見えるぞ。ゾロは、好きじゃなきゃ連れてこない。責任があるって言ってたけど、好きだから連れてきたんだ!」

「あれが、好きな女に対する態度なのか?俺は知らなかったぞ!つか、サンジの女ボケにも困るけどよ、うごっ!」

「誰が、女ボケなんだよ。俺はレディにゃ、徹底して優しく人格を尊重して、崇め奉ってるだけだ」

「その優しさ、俺に回す気はねェのかよ!」

「はいはい、あんた達、話が脱線してるわよ。さっさと戻す」

「剣士さんは、まだ受け入れることが出来ないだけじゃないかしら?」

「どういうこと?ロビン?」

「つまり、まだ、剣士さんは子供ってことよ。ほっとけばいいと思うわ」

「そうだ。ほっとけ!ゾロは、が好きなんだ」

「あ〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜、採決を取る!ほっとくのがいいと思う人。ひぃふぅみぃよの五。五人だな。
 お〜〜しっ!決まりだ。キャプテンウソップさまが数えたんだ。間違いねェ。
 ゾロとの問題は、二人に任せる。誰も口出ししねェように」

もう寝ると、女二人がラウンジを出て行き、後に続こうとしたウソップの頭を、黙っていたサンジが、鷲づかみにし引き戻した。

「ヲィ、待てコラッ!」

「あ〜サンジ君、悔しいのは分かる。なんてったって、お前はエロコックだ。
 がゾロとだなんて、考えたくもねェだろうが、諦めろ。
 犬も食わない夫婦喧嘩つってな。あっイヤ、その〜なんだ。
 サンジーーー!!早まるなァーーーーー!!!落ち着け、落ち着けったら」

「ああ、俺はもう駄目だ。立ち直れねェ……」

「大丈夫だ!サンジ!!!明日には、新しい島着くって、ナミが言ってたろ?」

「俺が、ナンパに付き合ってやるからよ。それとも、食材の安い店探すの手伝ってやろうか?なぁサンジ元気だせよ」

「俺は……俺は……、あいつが先にチャンスがあると思うと、いてもたってもいられねェ!!!」

「はい?もしもーーし、サンジくん?がゾロに惚れてるのがイヤなんじゃねェのか?」

「違う!俺にとってのは、んな対象じゃねェ。あくまで仲間としか見てねェ」

「そうかよ?じゃあ、なんで落ち込んでんだ?」

「俺は……あいつが……先に……童貞喪失するかと思うと!悔しくてたまんねェんだよ!!!」

「そこかよ!!!」

「サンジ!童貞だったのか!!!すっげーっぞ!コノヤロー!全然分かんなかったぞ!!!」

苦悩するサンジを、冷ややかな目で見るウソップの心境は、察してあまりあるものだった。
サンジの苦悩を、全然分かってないチョッパーは、素直にいままで騙されてきた演技力を褒め称える。

「なんだ?サンジ、そんなに、やりたいのか?」

「うがぁあああああああああ!ちくしょう!やりたいんじゃねェ!俺は、レディを、愛したいんだ!!!
 てめェら、やるのと愛するのとは、全然違うんだぞ!!!よく聞きやがれ!!!」

煌々とサンジの口から語られる『愛すること』と『やること』の違い、女性に対する心構え、
サンジの女性観などは、耳にタコ状態の三人だったが、余りにも取り乱したサンジに同情をおさえることは出来ず、
いや、アホらしいとは思っていたが、憐れに思い、黙ってサンジの語りを聞いていた。

もっとも、ルフィは、サンジが何を言っても聞いていなかった。
ただ、腹減ったと言えば、黙って出される夜食に舌鼓を打つだけだった。
もう、分かったから勘弁してくれと、ウソップが懇願しようが、チョッパーが、鼻ちょうちんを作ろうが、
翌朝、ナミがラウンジに現れるまで、サンジの口は、止まらなかった。







2004/12/17


  

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