きまぐれな微笑み 3
「はぁはぁ、ちょっと、降ろしてよ!!!こんの薄らトンカチ!!!」
酒場での出来事に割って入ったゾロの登場から、サンジと別れるまで、会話に口の挟む隙のなかったが
やっと、声をだす機会ができた。
「降ろせってーーーーーーのっ!!!」
サンジの蹴りの鋭さ重さ破壊力の全てに信頼を置くゾロは、あっさり、を湿った砂浜に降ろした。
「助けてくれて、ありがとう」
「いや……」
「なんて、言うわけないでしょ!!!なんてことしてくれたのよ!!!」
は、怒気を含む口調で、イライラと砂浜を歩きながら、話した。
「いい、私は、この島でこれからも生活していくの。生きてくために不条理なことだって我慢して受け入れてるの!
海を自由に渡る海賊であるあなたは、いいわ。ここから出て行けばそれで終わるでしょう。
でも、私は、ここで生きてかなきゃいけないのに……あんな騒動起こされたら、やっていけないじゃない!
あんたたちがいなくなった後、私には、もっと酷い報復があるの当然でしょ!」
「ここで暮らさなきゃいけねェ理由があるか?」
頭をぽりぽりと掻きながら、あえて、を見ないようにして尋ねた。
「あるわ!!!友達だって家だって、私の全ては、ここにある。それに……このアンクレットが見える?
これは、元締めが自分の子飼いの娼婦につけた証よ。これがあるかぎり……何処に行っても同じよ」
「ほう?」
ドレスの裾からすらりと伸びた足は、白く。
ほどよくふっくらとした太ももから、焦りをあらわす汗が、膝小僧の脇に流れていく。
むだ毛の一本すら見あたらないすね、筋肉のしまったふくらはぎと、ゾロの視線が張り付く。
視線が、指し示された足首に移る頃には、ゾロの脳裏はフラッシュバックの渦に巻き込まれていた。
潔く勃ちあがる兆しを見せる分身を、心の中で呪い、身をかがめ、アンクレットを調べた。
しなやかな皮素材に散りばめられた色とりどりの石と、金属の縁取り。くるぶし側に付いている丸い輪。
の足首に巻きつくアンクレットは、まるで第二の皮膚のように張り付いていた。
無理に切断しようものなら、足首の肉をそぎ落とすか、
この先、自分の足で立つことの出来ない体になるように出来ていた。
「わかったでしょ。斬れないのよ。足にぴったりすぎて薄いナイフの刃すら隙間に入らないのよ。
入ったとしても、金属の縁取りが、硬くて、お手上げなの」
は、ひょいと、つま先を引っ込めてくるりと反対を向き、自嘲気味につぶやいた。
「大丈夫よ……。私は、多分……ニ、三発殴られて、おしまい。
殴られるのには慣れてるし……セックスだって嫌いじゃない。
結構、気に入ってるんだから、今の自分がね」
の精一杯のプライドが、言わせた言葉だった。
は、こうも言う。
娼婦の暮らしは、悪くない。
誰に抱かれようが、どれだけイこうが、私の内なる部分は、密かなる満足感に溢れている。
処女性がどうとか言う男なんか、こっちから願い下げ。
清らかな身体に戻ることなど、出来もしない夢なんて思い描くくらいなら、最初から夢見ないほうが、打撃は少ない。
天が与えた一生を娼婦で暮らして、何が、いけない。生き抜くほうが、大事でしょ。
身体が傷つくのなんか、平気。
だって、そうでしょう?心は、自分で守るもの。誰も守ってくれないんだから。
自分で、自分のやっていかなきゃいけない現在を嫌うってことは、自分を嫌うってことだから。
の口は、止まらず、ゾロに背を向けたまま、つらつらと、自分自身に言い聞かせるように話し続けた。
「だから、少しの自由をありがとう。そして、さよなら。時間があればお相手するのに、残念……」
ニコッと、笑う。
微笑むを見て、ゾロは、心を決めた。
「斬る!」
「えっ!!!冗談は、やめて!!!何よ!抱きたいなら時間が許すだけ抱けばいいでしょう……いやって言ってない」
「動くな!」
「いや…いやだ。死にたくない!死んだら何も残らない。私は、まだやりたいことがある」
「バカか?てめェ?やりたいことってセックスかよ?違うだろ?てめェが、俺に、ごちゃごちゃ言って聞かせたことは
そのまんま、てめェの心に言い聞かせてることだろ。てめェの半分だけの本音だろうが、
自分を、半分騙して生きてるだけじゃねェか。くだらねェから、斬る!」
「ひっ!!!」
「そのまんま、立ってろよ。動くな!」
一瞬の風が、の身体を通り抜けた。恐怖にすくんだ身体が、音もなく崩れ落ち、喉から悲鳴が迸る。
狂ったように喚くに、ゾロは、素っ気なく足元を見るように促した。
顎先でしめされた先、湿った砂の上に、自由への扉が開かれていた。
煌びやかでいて淫靡な世界の枷であるアンクレットは、真っ二つに切れ、道をしめしていた。
アンクレットの隠していた皮膚が、病的なまでの白さを、朝日の元にさらけだす。
それは、の残された自我だったように。
「てめェが、この先どうしようが、俺の知ったこっちゃねェ」
ゾロは、くるりとに背を向けると、頭をぼりぼり掻きながら歩き出した。
は、偶然手に入った自由への選択肢に、頭がついていかず、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、
また、これから先の日々を、どう暮らしていけばよいのか、分からなかった。
――なぜ、どうして、あの男は、私を殺さなかった。私を助けた。
そして、今、なぜ『知ったこっちゃねェ』と、見捨てるの
は、ゾロの背中に思いっきり湿った砂を投げつけると共に、焦った口調を投げつけた。
「ちょっと、待って!!!あんた、助けたんなら、最後まできっちり面倒見てよ!!!」
ゾロは、背中に眼でもついているのか、あっさり、砂を脇に避けて振り返り、胡散臭そうにの顔を眺め、
面倒臭そうに、話す。
「はっ?なんで、俺がてめェの面倒なんざ見なきゃいけねェんだ?」
ゾロの他を寄せつけない態度、まるでお前なんかに興味はないといった風体に、の中で、何かがきれる音がした。
「ふん。ふざけんじゃないわよ。子飼いの証がはずれたからって、私が娼婦であることは、変わりないでしょ?
あんたが、どんな気ではずしてくれたか、私の『知ったこっちゃねェ』けど、はずれたことによって
私は、益々、ぶちのめされる確立が上がったってことよね?」
「何が言いてェ」
の滅多に使わない脳みそが、フル回転をし、なんとかこの男を懐柔する手立てを探し始めた。
「あんた、言ったわよね?『この女は、俺のものだ』って、あの落とし前は?」
「いっ!」
「金がないって言ったわね。売買契約は成立してないけど?あの場から、略奪されたわけよね?私は。
ってことは、そのうち、ベリーが頂ける『予約』が入ったってことよね?」
「してねェよ!!!」
「あ〜そうなの?出世払いでもいいと、思ったけど?なんなら、あんたの身体で払ってくれても、いいけど?」
「……」
「ぶっはっはっ。変な顔。その件は、もうナシにする?」
「何が、本当は、言いてェんだ」
してやったりと言った満面の笑みを浮かべ、ゾロに畳み掛けるように繰り出した言葉の攻撃が、ある程度は効いたことに、
気をよくしたは、更に、攻撃の手を緩めることなく、次の手に移った。
少しだけ、声のトーンを落として、わざとらしいほど肩をひょいとすくめ、視線は遥か彼方沖合いの海の波に向け、話す。
「ううん、いいの。結局、私は、元の木阿弥。ニ、三発殴られて、おしまい……ううん、もっとぶたれるかもね」
「てめェ……。さっき、言ったよな?『殴られるのには慣れてるし……セックスだって嫌いじゃない。
結構、気に入ってるんだから、今の自分がね』って、言ったのは、どの口だ!」
引っかかったカモが、心の中でニヤリと笑い、ゾロの視線を真っ直ぐに受け、ゾロの瞳をしっかり見て話す。
「ええ、言ったわ。でも、それは、あくまでも、選択肢のない時の話でしょ?
あんた、自由への扉の鍵だけ開けて、あとは『知ったこっちゃねェ』なんて、随分、無責任じゃない。
あんたのやったことは、あんたの自己満足でしか、ないでしょ?」
「あんたが引き起こした事態によって、より不幸な目にあうのね……私」
「つまりだ。この島には居られねェ自力で抵抗できねェから、手を貸してくださいってことか」
「そういうこと。最後まで責任とってね。あ〜代価が欲しいならいくらでも払うわよ。身体でね」
「いっ!」
「なんでもしていいわよ。あんたは『俺のものだ』って、浚った代価を身体で払うことにもなるし?
どうかした?あの、私の身体じゃ、ご不満なの?ほらっいい形のおっぱいでしょ?」
はじけたボタンのない、ドレスの胸元から零れ落ちそうな乳房を、見せ付けるように、下からすくいあげ
ゆさゆさと、揺すった。揺れるたびに、乳輪が見え隠れし、ゾロの視線は己の意思とは、違うものに支配されたかのように
まばたきひとつすることなく、食い入るように、乳房に釘付けになった。
フラッシュバックが再び、ゾロを襲った。強烈な性への欲望が、頭をもたげてくる。
――挿れてェ。こいつの中を味わってみてェ。
ちっ!修行が足りねェ。俺は野望がある。女にかまけてる暇なんざ、ねえはずだ。
だけど、なんだ。乳から目が離れねェ。
「あれ?どうしたの?もしもーし?聞こえてる?」
自分に呼びかけるの声が、霞の中から聞こえたような気がした。
思いのほか長い間、の乳房に見惚れていたことを、情けなく思うゾロは、自分の中に芽生えた性欲を
受け入れることなど、そう簡単に出来るはずもなく、誤魔化した。
「……てめェ、セックスに代価を要求すんなら、娼婦と変わりねェじゃねェか」
確かに、変わらないかもと、思いながら、自分なりの考え方を、ゾロに言い聞かせる。
最初は、バカにした口調だったが、語るうちに、口調が真剣みを帯び始め、自分でも気がついていなかったことまで、
心の中から、探し出した。
「あんた、バカ?娼婦は、客、選べないんだよ?
どんな嫌な客でも、小股広げて受け入れて、喘ぎまくって、イキまくったさ。
いつだって、どんなときだって、どんな要求にだって、応じたよ。不思議と身体は、受け入れるんだよね〜。
だって、稼がなきゃ元締めからぶたれるからさ。まぁ、セックスが好きっていうのも、あるんだけど。
でもね、私は、初めて、自分からあんたに抱かれてもいいと、思ったんだ。だから、全然違うだろ?」
熱弁を奮うだが、ゾロの呆気に取られる顔をみて、言い直した。
「あ〜〜もう、分かったから。簡単に言うと、自分の意思ですることと、他人にやらされることは、違うってこと」
あけすけなセックスの話は、ゾロの中枢神経を圧迫した。
己の我慢の限界を無意識に感じたゾロは、己の中に妥協案を作ったようだ。
の攻撃は、ゾロの弱いところを確実に突いた。
物事の流れる様を自然に任せず、新しい流れを作る手助け、否、この場合は余計なお節介か。
流れを作った責任を取らない行為は、ゾロの武士道に反するようだ。
根本に根づく己の欲望は、あえて考えないようにし、ゾロは、を連れて行く決意をした。
「ごちゃごちゃうるせェんだよ。ついて来いよ」
「どっち、行くの?あんたの船?あれじゃないの」
は、とりあえずの身の振り方ができ、ほっとした。慌ててゾロの後を追おうとしたが、辺りを見渡し
ゾロが歩き出した方向とは、まったく正反対の方向に見えるGM号を指差した。
憮然とするゾロのあとを、数歩離れて歩くは、今から始まる海賊船での生活が楽であるように
願いながら、そっと残してきたアンクレットを振り返った。
――長い間、私を守ってくれてありがとう。
口の中で、そっとつぶやき身をひるがえし、砂に刻まれたゾロの足跡をワザとなぞるように、歩を進めていった。
2004/10/02
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