verse


 ちょうど出撃命令を出され、用意のために自室に戻る途中であった。廊下に落ちていた一冊の冊子が目にとまった。ひょいと拾い上げると、それは意外と薄く、臙脂の表装に、かすれてはいるが金の箔押しのされたもので、何の気もなくページをめくれば、意外と文字量は少なく、どうやらそれはなにかの詩集のようだった。
(あたりまえだが読めねえな)
 ベジータ星の母語も、話はできるが、満足に書くことはできないラディッツである。他星のものであればそれはなおさら。
 知識は、力――強さを重んじるベジータ星では、悪に近い扱いを受けてきた。疑問を持つことは非難され、ただひたすらに戦う事を求められる。あたりまえだが、学校などという概念はなかった。他星におもむき、はじめて教育機関の存在を知ったラディッツは、すこしだけそれに興味を抱いた。しかしその先は何もなく、いままで繰り返した日常をまた続けるだけ。残念なことに、悠長にそれについて考えられる環境にはラディッツにはなかったのだ。
「ラディッツ」
 艶はあるがやけに冷え冷えと響くその声に呼ばれ、振りむけばそこには翠髪の美男が立っていた。その視線はラディッツの手中に注がれている。
(ああ)
「これ、あんたのか」
 その美男――ザーボンは、ラディッツに歩みより、その手から冊子を奪う。それをさして気にする様子もなく、ラディッツは言葉を続ける。
「あんたのクニの言葉か?それ」
「…だったらどうしたというのだ」
「いや…あんたみたいだと思って」
「……」
 ぴくりとその眉間に皺が寄る。ラディッツのその言葉を受け止めかねているようだった。
「よくわかんねえけどさ、きれいだな」
 流れるような線で構成された文字だった。全部が同じに見えたが、全部がつながっているようにも見えた。それが整然と並んでいたのがやけに面白かった、とラディッツは思った。
「      」
 聞こえるか聞こえないかの程度の声量で、ザーボンが何かつぶやく。それはいつも話している言語ではないイントネーションで、なんとなくだがラディッツにも、それはザーボンの母語なのだとわかった。
「いまのなんてったんだ?」
「この詩集の一節だ」
「…ふうん」
「貴様にはわからなくていい。…これから出動か」
「ああ、もうすぐ出るな」
 ぽん、と渡されたのは、ザーボンの付けているスカウターだった。
「やる。貴様の壊れかけのスカウターでは満足に仕事が出来まい」
「おおっ、ありがてえな」
「…そこまで喜ぶことではない。さっさと行け」
「でもいいのか?もらっちまって」
「予備が大量にある」
「へーえ、物持ちいいのな」
「…さっさと行け!」
 少しばかり殺気を向けられて、ラディッツは慌てて自室へと踵を返す。少しばかり傷はついているが、もらったスカウターは、ラディッツのものよりもはるかにきれいだった。



「もし、あれが生きて帰ってきたら――…」
(わたしの故郷のことばをおしえてやろうか)



 しかし、ラディッツが帰ってくることはなかった。そして、ザーボンもまたその一年ほど後に命を落とすこととなる。



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