lost you


 それは突然のことだった。いつものように大学での教鞭をとり、授業後には研究室ですこしの雑務。そして日が暮れたころ――帰る用意をしていたころにやってきた。

 強烈な痛みだった。心臓が脈を打つたびに、体全体が痛みにしびれる。脂汗が体中を伝い、動くことすらままならない。意識がぐらりと揺らいで目の前が真っ暗になる。いつもかけている伊達眼鏡が落ちる音がする。机にかけた手がゆっくりと落ちる。瞬間悟ったのは、これは父にも襲いかかったあの病だということ。
 そしておそらくそれから逃れられる術はない――そんな予感。



 発見されたのが、家族でなかったことが救いだった。目覚めたときには医務室で寝かされた状態だったが、学会が近いことで、睡眠不足だったと言い訳もしやすかった。帰路をたどりながら、ぼんやりと十年以上前の事を思い出す。それは悟飯にとってはいまでも辛い記憶のひとつ。ベッドの上でひたすらに苦しむ父の姿と、決してその傍を離れようとしなかった母の背中。未来からやってきたトランクスが渡してくれた特効薬はおそらく使い切っているだろう。そしてその処方は、おそらくこの次元の世界にはないもので――。そこまで考えて、悟飯はかぶりを振った。どう考えても、いまから自分が助かる確率はない。じわじわと弱ってあとは死にゆくだけだ。超化することは今ではないが、それでもサイヤ人よりは弱い地球人の血が混じった故に、病状は進みがはやくなるだろう。
 いままでにない死の恐怖を前にして、心がなぜか落ち着いているのは、逝く先にいるひとが彼だからなのか――。脳裏によみがえるのは、なぜか後姿だ。初めてあの白を纏えたときは、なによりも、どんな贈り物よりも胸が高鳴った。
 まるで走馬灯のようによみがえる思い出に、クツクツとひとり笑う。


(僕はぜんぜん変わってないのにな)

そして、決意をした。


「ただいま」
 玄関をくぐると、愛娘と妻が出迎えてくれる。愛娘――パンが抱きついてくるのを難なく受け止めて、もういちどただいまと言えば、元気よくおかえりといわれる。パンの頭をゆっくりと優しく撫でてから、ビーデルと今日の出来事を簡単に話す。些細なことにも頷き笑顔を見せるビーデルに、悟飯はすまなそうに微笑んで切り出す。
「そうそう、ごめんね、学会が終わったらちょっと長めのフィールドワークで遠出する事になって――」
「あら、そうなの?大丈夫よ、ちゃんとパンや悟天君の面倒はみるわよ」
「そう、よかった。じゃあ、お願いするね」
「だいたいの期間は?わかるの?」
「…そんなに長くはならないと思うけど…」
「はい、了解。パンやブラちゃんたちにお土産買ってきてあげてね」
「うん。ほんとうにありがとう」
 嘘をついた。
 それが逃げだとしても、そうせずにはいられなかったのだ。



 時間はあっと言う間に過ぎてゆく。乾いた大地を踏みしめながら、悟飯は息をついた。赤茶けた大地に腰をおろして、空気がゆがむうだるような暑さに舌を出す。あと少し行けば、目的の地に着く。きょろきょろとあたりを見回して一応の確認を取ると、武空術でその地を目指した。それを使うことが今の自分にとって自殺行為でも、心は急いていた。

 先ほどとは打って変わって緑の多い地だ。そしてそれが巧妙なカモフラージュであることも、悟飯は知っている。この鬱蒼とした緑には、命は宿っていないのだ。それを発見したのは、大学で資料をあさっているときに偶然手にした、RR軍の書類に目を通したからだった。生物学に秀でている、悟飯が所属しているその大学は、一時期RR軍と深いつながりがあったらしい。そんな噂は幾度となく耳にしていた。しかしそれがまさか事実だとは思っていなかった悟飯にとって、その書類は大変な衝撃を与えた。生物兵器の研究についてのそれを、悟飯はあのとき知っていてよかったと今は思っている。
本当はその名前すら聞きたくなかった。あの記憶がよみがえるだけで、今でも叫びそうになる。それでもその内容を事細かに覚えていたのは、元来の書痴ともいわれる性質ゆえか。記憶をたどってこの場に来て正解だったと、ひとまず胸をなで下ろした。
 足元に目を凝らして、視線を低くして地面を探る。しばらくそうしているうちに、土とは違う固い感触に目を見開き、網目状にからんでいる蔦をそっとよけて、ハッチに手をかける。力を入れすぎたのか、バコンと大きな音とともに蝶番ごと外れた扉に、ひとり苦笑して、ゆっくりとその内部へと体を沈めて行った。

 ひんやりと、今でも空調が効いているのか、半袖で来た悟飯にはすこし肌寒い。こつこつと足音が響く中、頭の中からこの研究所の見取り図をひっぱりだしてくる。暗い廊下はぐるりと円を描いたようになっていて、それはまさにあのフリーザの宇宙船のようだった。扉にはアルファベットと数字で管理されたナンバープレートが掲げられており、今悟飯が目指しているのはA-16号室である。
「…あった」
 16、という数字に目を細めて、少しばかり感傷に浸る。16号。彼は、よみがえることはなかった。最後にあたえられたあの言葉に、今でも救われている自分がいると、伝えたいのに。
 扉の前に立つと、軽い音を立てて扉が開く。部屋の中に入れば、自動で明かりがつき、目の前にはずらりと精密機械が並ぶ。そのひとつひとつをじっくりと見て回って、時折スイッチを入れて動作環境を試す。悟飯は決して機械が苦手なわけではない。ただあのブルマたちと比べたら、まったく役に立たないレベルではあるのだけれど。
「これなら大丈夫かな」
 操作パネルに手を走らせ、必要な画面を呼び出し入力していく。やり方は、多忙な日々を送るトランクスに、こっそりと教えを乞った。むかしから悟飯さん悟飯さんと慕ってくれているトランクスは、もちろん、と諸手をあげて喜んで、懇切丁寧に教えてくれた。おかげでそう混乱せずに入力は終わり、あとは――
 プシュー、と音がして部屋の中央にカプセルベッドが浮かび上がった。
 悟飯はそれに近づき、迷うことなくその中に体を滑り込ませる。透明なカバーがゆっくりと閉まり、ピピピ、と電子音がそこらじゅうから聞こえてくる。目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を繰り返し、不安で仕方がない心を必死に落ち着ける。もう自分を助けてくれる救世主などいない、守られる子供ではない。だから、自分の始末ぐらい自分でつけなければ。
 おそらく、本来はもっと前に発症しているべきだったのだろう。それがこんな年齢になってから発症したのは、父が――悟空が発症した時期に、自分もあの特効薬を飲み、不完全にだが病をおさえていたからだ。
 一縷の望みにかけるしかない。もし、自分の身体から血清なりと手にいれれば、おそらく――もしパンや悟天が発症しても、助かる見込みは大幅に上がるはずだ。
 ちかちかと瞼の向こうからでもわかる光が、くまなく自分の体を調べている。片手を機械で拘束され、ちくりと腕の内側に痛みが走り、すうっと血が抜けていく感覚。
(Dr.ゲロ、か…技術だけは、賞賛するしかないな)
 RR軍が生んだ狂気の天才。彼はいつしかアンドロイドの創造にのめりこんでいったが、軍ではそれまでは主に生体兵器の研究をしていた。そして、ゲロが残したのがこの研究施設で、このことは大学とRR軍しか知らないことだった。そうやって残った施設を利用しようとは思ってもみなかったが。
(だいたい、兵器に感染した研究者の治療室を作る前に、もっとちゃんと感染予防すればいいのに)  ぼんやりと悪態をつきながら、じっとそれが終わるのを待つ。今でも電子音はあわただしくあちこちを行き来し、通常よりも聴力のいい悟飯には辛い時間だ。
―――どれくらいたったのだろうか。眠りにのまれかけた意識のふちで、カバーが開く音がして、ゆっくりと悟飯は目を開いた。予想していたよりも多く血を抜かれ、ふらつきながらもベッドから起き上がって、最初に設定されていた画面へと視線を走らせる。
「…完成まであと一週間…」
 ちら、と右のガラスの向こうには、おそらく自分の――抜かれた血液がある。これがワクチンとなるのだろう。ふーっと長い溜息をつき、椅子をひき倒れるように座ってもたれる。
(家には帰れないし…いつ発作が襲ってくるかもわからないしなぁ)
 あの痛みを我慢して、通常通りに生活するのはいかに悟飯といえど無理がある。だから、騙すようにしてここにやってきた。誰も気づいた者などいないだろう。気づいたとしても、それはたぶん――神であるデンデくらいのもの。下界を見通す力を持った彼は、それでも悟飯の意図を正しく理解はしてくれるだろう。納得は、しないかもしれないが。
 いつのまにか、かける事が当たり前になっていた伊達眼鏡をはずして、目頭を押さえる。眉間に刻まれた皺には気づかないふりをした。
 しんとした部屋に、ぽつりと空しい言葉が響く。

「…あーあ、たいくつ」





+   +   +




「ちょっとベジータ、大変よ!悟飯くんが家出だって!!」
「…なんだと?」
 起きぬけの挨拶代わりに投げられた言葉に、ベジータは一気に意識を覚醒させる。食卓につけば、見渡せるリビングに、いつもの面子――顔面蒼白な孫家の面々たちと、それよりもさらに真っ青な顔のトランクスがいた。またなにかやらかしたな、と舌打ちをして、それでも食事に手を出すと、深刻な顔で、トランクスがベジータに問いかけた。
「父さんでも、悟飯さんの気は探れませんか…?悟飯さん、10日前にフィールドワークに行ったきり、一切連絡がとれないままなんです…」
「あいつも子供ではないだろう。放っておけばいい」
「オレのせいだ…いつも教えてもらってばかりいるから、ちょっといい気になっていろいろ教えて…あんなこと、悟飯さんが使うことなんてないのに…あの時に気がついてオレが問い詰めとけば…」
 ぶつぶつと呟くトランクスに、こいつはだんだん別次元のトランクスに似てきたな、と思う。心配症が過ぎるのがいい例だ。
「そんなに気になるなら、デンデにでも聞けばいい。あいつは地球の神なんだろう」
 地上を覗けるちからがあるのは、ベジータも知っていたし、他のやつらだって気がつかなかったわけでもあるまい、と思うがつい口に出す。
「それが…デンデさん、言えないって」
 トランクスの隣に座り、ちゃっかりと朝食の相伴にあずかっている悟天がしたり顔で言う。それでもいつもよりも表情が落ち込んでいるのも、悟飯のことがよほどこたえているらしい。
「力づくで吐かせろ」
 身も蓋もない返答に、悟天とトランクスはぶんぶんと首を振る。
「神だからと言って遠慮はいらんぞ」
「「いや、そうじゃなくって。悟飯さん/兄ちゃんのあとが怖い」」
 きっちりとハモって言う二人に、ベジータは眉間の皺を深くする。確かにアルティメット状態の悟飯に二人はトラウマを植え付けられたが、ここまでとは。
「ねえパパ、なんとかならないの?このままじゃパンちゃんかわいそうよ。お父さんがいないなんてさびしいわよ」
 いつものじゃじゃ馬加減はなりをひそめて、抱えた両ひざに顔をうずめて落ち込むパンを慰めながらブラが言う。父親不在のまま育った自分はまったくわからないし、悟飯だって父がいないままほぼ育ったのだが、と思ったが、ブラがいうなら普通はそういうものなんだろう。
「とりあえず、デンデをもう一度問いただす。…気は恐らく、悟飯は完璧に消しているからわからんだろうな。それしか俺はやらん」
「…なんで、デンデ君は教えてくれないんでしょう…絶対に、あれは知っていたのに」
 呟いたビーデルの肩を、ブルマがあわてて抱く。下手な慰めはいらんだろうに、と思ったが黙っておく。
「ベジータ、頼んだわよ」
「…ああ」
ゆっくりと頷いた。なぜか妙な胸騒ぎを覚えながら。



 結局、デンデのもとを訪れるのは昼過ぎになった。それも、出向く者を決めるのにいろいろと揉めたせいだからだ。パンやビーデルはもちろん、よほど心配なのかトランクスや悟天まで行くと言い出した。そして結局、パン、悟天、トランクスの三人がベジータについて神殿にやってきた。着くなりすぐに自分たちを出迎えたデンデに、やはりといやな予感を覚えながら。

「これも因果でしょうか」
 通された部屋で、まず最初に切り出された言葉に、ベジータは眉をひそめる。どうも、デンデのような者の話は苦手だ。
「運命が少しずれてしまったのか、それとも最初からこうなるように仕組まれたのか」
 静かな調子で話す口元は柔らかい笑みを作っていたが、眼はその逆で、隠しようもない悲哀が漂っている。涙さえ滲みそうな瞳を見据えて、ベジータは問う。
「知っているんだな、奴の居場所を」
「はい、知っています――知って、います」
「ならば言え。言えないのなら、理由を話せ」
 じり、と気迫をこめて言えば、ぎゅっとデンデの拳が握られた。まるで何かを我慢するように。
「……神としてではなく、悟飯さんの最たる友として。それにはお答えできません」
「どうしてなの!」
パンが、机をたたいて叫ぶ。ちょうどお茶のお代わりを持ってきたポポがは驚く。パンのじんわりと滲みかけている瞳に、デンデはゆっくりと微笑んだ。
「悟飯さんは、僕を信じているんです。だから、言えません。…言ってしまえば、この思いごと伝えてしまえば、どんなに僕は楽になれるでしょう。でも、だからこそできないんです。それは悟飯さんの信頼を裏切ることになるんですから」
「どうして!あたしはお父さんの娘よ!……家族なのっ」
「…だからこそ」
「わかった」
 静かに、静かに声が響く。ばっ、とパンがその声の主――ベジータを、信じられない、という目で見る。悟天もトランクスも同じなのか、絶句してベジータを見る。
「トランクス、悟天。無理矢理でもパンを帰せ。ついでにおまえたちも帰れ。俺はこいつらと話がある」
「え、でも…」
「…りょ−かい。行こう、トランクス」
 おろおろとトランクスがうろたえていると、悟天はパンを抱えあげる。なにするのよ、というパンの言葉も無視して、がっしりとつかんで離さずにいる。
「父さん…ほんとにいいの?」
「さっさと行け」
「…はい」
 渋っていたトランクスだが、頷いて部屋を出ていく。パンは未だ泣きじゃくったままだが、悟天は素知らぬ顔でデンデに話しかける。
「ありがと、デンデさん。あんたが兄ちゃんの親友でよかったよ」
「――こちらこそ」
 弱弱しく微笑むデンデに、打って変わって力強い笑みで返し、大股で部屋を去って行った。聞こえてくる少女の叫びが、か細いすすり泣きに変わり、そして聞こえなくなった頃、デンデはゆっくりと、口元の笑みを崩した。
「やっぱり、悟天君は悟空さんにそっくりですね」
 ふん、とベジータは鼻を鳴らしデンデに問う。
「悟飯は、ここにいるんだな」
「…いつからお気づきになっていましたか?」
「おまえが、あわてたように俺たちを出迎えてからだ。何か隠したがっている、と思った。それだけだ。――なぜ、隠す?」
「そう悟飯さんが望んだからです」
「どういうことだ」
「…悟空さんは、本来病によって倒れるはずでした。それは知っていますよね?」
「ああ」
「ずれた運命とは、そういうことです」
「……そう、か」
 ついてきてください、とデンデは歩き出した。無言でベジータもそれに続く。重い一歩一歩だと、そう思った。



「ここです」
 神殿にいくつもある客室よりも、より重厚な扉を押して開くと、眩いばかりの光と清らかな風がベジータを襲った。あふれるような光は太陽か――そして、頭上に広がる蒼天と、足元でさわさわと揺れる草原に、ベジータは目を見開いた。相変わらずおかしな空間だ、と再確認して一歩足を踏み入れると、聞きなれたのんきな声が響いた。
「あ、ベジータさんだぁ」
「…悟飯」
 腕の中いっぱいに林檎を持った悟飯が、ゆっくりと近づいてくる。いつもしている眼鏡は胸ポケットにおさめられており、髪もある程度おろされていて、まるで十代のような雰囲気だった。
「てっきりクリリンさんが来ると思ってたんですよ。とりあえず、はい」
 林檎をいくつか手渡されて、お土産です、と悟飯はいう。
「…とりあえず、どういうことか説明しろ」
「ああ、はい。じゃ、こっちへどうぞ」
 案内されるがままに足を進めると、木陰の下にぽつんとベッドとテーブルセットが置いてある。ベッドに持っていた林檎を置くと、悟飯もそこへ座って一息をつく。
「僕ね、どうやら父さんとおんなじ病にかかったみたいなんです。ほんとは治せるうちだったら、どんなに見苦しくてもみんなのもとに帰ったんですけど。でも、だめだなー、って。自覚症状が出るのが、遅すぎたんです。だから、逃げたんです。すいません」
 どんどん動けなくなってゆくんです、と屈託のない笑顔で話す悟飯に、ふとベジータは出会った当初の悟飯を思い出した。もしかしたら、今のこいつはあの時よりも弱いのかもしれない――そう思うと、ぞっとした。
「でもね」
 ひとつ林檎を手にとって、上機嫌にそれを眺めながら、悟飯は言う。
「ひとつだけ、こんな僕でも残せるものがあるんです」
 ベッドの下からごそごそと取り出したのは、小さなアタッシュケースだった。
「もしも、僕と同じ病にかかった人がいたら、これを基にワクチンを作ってください。とりあえず、時間稼ぎくらいはできると思うんで」
「…おまえは使ったのか」
「いいえ。いったでしょう?僕はもう手遅れです。残念なことに、自分の体は自分がよくわかるんです」
「帰らないつもりか?おまえの妻も、娘も…泣いていた」
 本当は、こんなことを言おうとは思ってもみなかった。ただ、事実だけ受け止めて、胸の内に沈めておくつもりだった。
「知ってますよ。今、デンデと心をつなげてるんです。ここから出る力もなくした僕のために、デンデの感覚を共有してる。…だからかな、あんなに悟天が素直になったの」
 無意識のうちに悟るものがあったのかもなあと一人ごちた悟飯を尻目に、ベジータは林檎をかじる。甘い果肉に水分が染みて、ああ、自分は緊張していたのだと今更に気づく。
「いつまでもつんだ」
「あしたか、あさってか――とにかく、しばらくも持たないでしょうねぇ、もらった特効薬を飲んでても父さんだって完治に時間がかかったんだし、薬のない僕だったら一発で死んでてもおかしくないし…」
「宇宙一が病で死ぬ、か。とんだ皮肉だ」
「やだな、宇宙一は父さんですよ」
「本気で言っているのか」
「本気ですよ?」
「…そうか」
(本当にこいつは何にも変わっちゃいねぇ)
 あの時の無垢なままの魂で、今もここに居る。
「もし、お前がここにいるとばらしたらどうする」
「ベジータさん、ばらしちゃうんですか?」
「………」
「できませんよね、だってベジータさん優しいもん」
「…おい」
「もうそろそろ帰ったほうがいいんじゃないですか?トランクスも心配しますよ」
「…おい!」
 勝手にベジータの帰り支度を進めて、悟飯はにこにこ笑う。先ほど渡された量よりも多く林檎を渡されて、さぁさぁと帰りを促される。急きたてるように扉が閉められる寸前にベジータが聞いたのは、何かが倒れる音だった。
「…あの野郎…っ」
 振り返っても、ぴったりと閉められた扉からは風の音すら聞こえず、ただ廊下は静寂に満ちるばかりだ。仕方なしに、足音も荒く出口に向かって歩く。林檎をひとつでもこぼさないように注意しながら。

「…お帰りですか?」
「ああ。…おまえ」
 夕闇と逆光で見えづらかったが、デンデは涙を流していた。――心を通わせている、と言っていた。ありがとうございます、とかすかに聞き取れるくらいの大きさで、礼を言われた。それはどちらからのものなのか、ベジータにはわからなかった。だから、返事はしなかった。
 ポポからもらった袋に林檎を詰め、アタッシュケースを持ち、なんともちぐはぐな土産を もらったものだと思いながら神殿から飛び去る。



 当面は通夜のような日々が続きそうだと、ぼんやりと思った。




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