じゃじゃ馬ならし−1−
湖に沈むターレスを見つけたのは偶然だった。あれから、お父さんはナメック星でフリーザと戦ってから、行方がしれなくなってしまった。神龍にきいても、自分で星に帰る、というだけで、他にお父さんの今を知る術はない。デンデ達ナメックのひとたちも星に帰ってしまったし、ぼくは勉強以外することもなく、暇なときはまわりの探索くらいしかすることがなかった。
そしてぼくは、途中に見つけた湖で、ターレスを発見してしまった。最初はお父さんなのかとおもった。でも、よく気を探れば、あれは父さんじゃないとわかる。ボロボロの戦闘服に、あの尻尾。目の下にできた隈は、衰弱した証なんだろう。息は、かすかにあるようだった。もともとここは温度は低いし、四季での温度差もさほどないから、死体にならずにすんだのかもしれない。…どうしよう、とぼくは悩んだ。あいつは地球を壊滅させようとした悪い奴だ。何よりお父さんをあそこまで追い詰めた。今ここで下手に手だしをして、奴が攻撃をしかけてきたら、みんなにも被害がゆく。幸い、この周辺に住み着いている動物もいないし、お父さんが帰ってきてからターレスについての事を話せばいいか、と考えたところで、ターレスに変化が起きた。
ゆっくりとその瞼をあけたのだ。そして、ぼくを見つけて、弱々しく笑った。
ベジータ…さん、から、少しだけサイヤ人について聞いたことがある。戦うために生まれた戦闘民族。強さこそ全て。戦えなければ、弱さは、全て自分の死につながる。ターレスもそうなんだろう。そういう考えのもとで生きてきたんだろう。だから、ぼくに気づいて、死をねだった。
ぼくは、気づけば、ターレスを湖の底から引き上げていた。体中ずぶぬれで寒かったけど、それ以上にターレスの濁った海のような瞳が寒かった。
近くにあった洞窟に身を寄せて、適当な枝をあつめて暖をとる。ターレスは何もいわないし、ぼくは寒いから、持ってきた荷物からタオルをだして自分の体をふいた。それから、ターレスの体をふいていけば、傷だらけの体が目に入ってきた。お父さんの比じゃない。
「生きててよかったね」
ぼくはひとりで喋った。ターレスは、ただ視線をぼんやりと宙にさまよわせている。
「おとうさんの攻撃を食らって生きてるなんてびっくりだよ、そうそう、びっくりした事といえばね」
「おとうさん、フリーザを倒したんだよ」
ぴくりとターレスの指先が動いた。
「すごいでしょう。ぼくはその瞬間をみていないけれど、たしかに倒したんだよ。ギニューとかいうやつらだって、おとうさんたちで倒した。ねえターレス、もう宇宙の帝王はいないんだ。だから、」
「もういい」
がらがらな細い声でターレスはぼくの言葉を遮った。かすかな力でぼくの腕をつかむ。痛くもなんともないから、無駄だってわかってるのに、ターレスはぼくの腕をつかんではなさない。
「…オレは、サイヤ人のなかでも異端だった、だからこうしてフリーザの支配下外にいるんだ、お前なら、わかるだろう」
「…知ってるよ」
「なら、下らない事を喋るな」
「…生きててよかったね」
「ありがとうとでも言うと思うか」
そんなこと思わない。ただ単に目の前で、誰かが死ぬのが嫌だった。だから、その手を引きずりあげただけだった。掴まれた腕からじんわりと冷たさが広がってくる。こんなに冷たい手は初めてで、ぞわりと鳥肌が立った。まだナメック星へと旅立つ前だったら、こんなにも冷たくは感じなかったんだろう。ぼくはナメック星に行ってはじめて虐殺というものを知った。そして、サイヤ人を改めて知った。異端といっても、紛れもなくサイヤ人の本能を持つターレスに、ぼくは恐れを抱いたのだ。
ターレスの体を拭き終えると、ぼくは火に手をかざしてしばらく体を温めた。ターレスはいまだ横になって、じっと黙ったままでいる。その後ろ姿に、見慣れたその髪型に、ふといまおとうさんは何をしているんだろうと思う。自然と滲む視界に、あわてて目をこすってなんでもない振りをした。
「しばらくしたら、パオズ山の洞窟にお前をつれて行くよ。ここは寒いし、食べものもない。ウチに住まわせることはできないけど、お前が回復するくらいならぼくだって世話できるから」
「いいのか」
からかうようにターレスは言うと、ぐいと体を抱きしめられる。せっかく温めた体温もターレスに奪われてすぐにつめたくなる。おとうさんとはちがう力の入れ方に、何故だかぼくはがっかりした。こいつはターレスで、おとうさんでも何でもないのに、やっぱり心のどこかで期待をしている。ばかみたいだ、ぼく。
「サイヤ人は、死の淵から蘇ると、さらに強くなる。おまえも、強くなってるだろうけど、けどね、ターレス。それでもおまえはおとうさんにかなわない」
だからバカなことはやめてよ、と言えば、ターレスはくく、と喉で笑う。
その笑いの意味を、ぼくはまだ知らなかった。
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