「道草するなよ!特に……」
「わーってますよー……はぁ」
お決まりのセリフを聞くや否や、ちらりと黄色い歓声をあげる少女たちを名残惜しそうに見て、
応援ありがとう、と少年はいつものように手をふった。
諦めた様子にほっと胸をなでおろし、グレゴールはその場を後にする。
つい心配になって釘を刺すようなことを言うが、
本当のところは同じ男として、わからないでもない。
折角自分を気に入って誘ってくれるというのに
それを自ら我慢して断らなければならないのだから。
考えてみれば可哀想なこと、させてるわけだしなぁ……
それなら……そうだ、
どこかに誘ってやろう。
スキャンダルとは無縁のところだから
それなりに限られてはくるけれど。
グレゴールの憂鬱
あくる日の帰りがけ、グレゴールはいつものように女の子に見とれているイェンスを呼び止めた。
またいつもの小言だと思ったのだろう、うんざりした顔でわかっているとため息をつくイェンスに
今日は違うと苦笑混じりに声をかける。
「たまには一緒にどこかに飲みに行こうと思ってな」
「……え?」
イェンスが驚くのも無理はなかった。
そんなつもりは決してなかったが、イェンスにとってのお小言を毎日のように繰り返してばかりで
コーチと飲みに行くこと自体、チームメイト全員で打ち上げのときくらいしか思い当たる節がなかったのだから。
「いや、いつも小言ばかりだし、たまにはな」
「急にどうしたんだ?コーチ」
しかしまだ疑いの目を向けるイェンスに、グレゴールはたまらなくなって顔を逸らした。
「だから……今日は特別だ!おごってやるから!もしかしたら可愛い女の子もいるかもしれないな」
あまりに疑るイェンスに深くため息をつきながら、そう伝えると
みるみる笑顔になっていくのがグレゴールには手に取るようにわかった。
「お前……わかりやすい奴だな」
「いいじゃねーか!」
文句をたれながら、それでも緩む頬はどうしようもないらしく
イェンスは嬉しそうにどこに行くのかと尋ねる。
「特別だからどこでも好きなところに連れて行ってやるよ、でも出来れば安いとこな……」
グレゴールには給料日前であまりお金がなかった、
そもそもこの計画自体が思いつきからの行動であまりいろいろ考えて実行したことではない。
しかしイェンスはあっけらかんとした表情で言い放った。
「俺、美味いとこならどこでもいいや。ラーメン腹いっぱい食いたい!」
「それは飲みに行くんじゃなくて食いに行くっていうんじゃないのか……?」
あまりにもイェンスらしくて笑ってしまったグレゴールだったが
ラーメンなら安く済みそうだと合意し、2人で近くの店に入った。
少し奥のテーブル席に腰をおろすと、早速亜麻色の髪の可愛らしい少女がオーダーをとりにやってきた。
「俺はラーメンより君を……」
嬉しそうに女の子を口説き始めてしまうのでひとつゲンコツを食らわせて
さっさとオーダーをするようにきかせる。
ちぇっ、と舌打ちし、イェンスはメニューに目を通して
「手始めに……これとこれ!」
うれうれとして指さしたメニューはデラックススタミナラーメン、スパイシーダイナミックラーメン。
……いかにも高そうな上に2品、
仕方なくグレゴールは普通のラーメンを注文することに。
育ち盛りだし多少は仕方ない、そう必死に自分に言い聞かせた。
第一なんでもいいといったのは自分だ、どうしようもない。
しばらくしてラーメンを運んできた今度はショートカットの少しボーイッシュな女の子に少年はまたも声をかける。
こりない奴だ……。
「ほら!ラーメンが冷めて、のびてもいいのか?」
ため息混じりにそういうと、イェンスは慌ててラーメンを食べだした。
「おっ!これうめぇ!」
「そうか、良かったな」
ちょっとした雑談をしながらラーメンを口に運ぶ、
しかし1つ気になることが……
それはさっきから目の前のラーメンの器が高く高く積みあがっていくことだった。
「あぁ、食った食った、すげぇ幸せ!コーチありがとな!」
見直した、とはにかんだ笑みを浮かべてラーメンの残り汁をたいらげた。
「あ!」
何を思ったのかイェンスはもう一度メニューに目を通す。
「おい、まだ食うのか!もう勘弁してくれよ!」
「いや、この店持ち帰りシステムがあるみたいなんだ。だから妹たちにも……出来ればその……」
ちらりとグレゴールの顔を伺いながら少年は目の前で手をすり合わせる、
グレゴールの渋った顔を見てもう一度頭をさげるイェンス。
「しばらく女の子に手ださないって約束するから!」
「ありがとうございましたー!」
一気に寒くなった財布の中身を見てグレゴールは怯えた。
イェンスのスキャンダルを防ぐと思ったらこんなにお金を使わなければならないのかと
グレゴールはうなだれる。
そしてイェンスのいう“しばらく”がどれだけ短いものなのかを
翌日知ることになるなんてグレゴールはまだ知らない。
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061106 まだいろんな意味で純だったころの話