タイトル『きみがほし』
















「いらっしゃいませ、お待ちしてました!」
大好きな彼女の声が耳に心地良い、
店の扉を開けると同時に響く、元気で、そしてちょっと優しい
そんな彼女だけの声。
「今日はみんなのためだけに貸切にしたんだから、遠慮しないでいっぱい食べていってね!」
「ごっちー、 ちゃん」
「ありがとうでやんす、 さん」
彼女、 ちゃんの家は小さな食堂で、よく仕事を手伝っている。
今日はそんな彼女の好意で、こうして昼食をご馳走になりにきたというわけだ。
「どういたしまして、これで精力つけて絶対全国制覇してね!」
嬉しそうに次から次へと今日のために用意したと思しき料理の数々を運ぶ彼女は
「こんなのでみんなが全国優勝してくれるなら安いもんよ」
と、口いっぱいに食べ物を頬張る部員の顔を横目に笑顔を覗かせていた。

「ちぇっ……」
そんな彼らに少しばかりジェラシーを感じてしまっている自分がそこにはいた、
彼女にとっておいらは特別な存在で、おいらにとっても彼女が特別な存在なんだってこと
自分が一番よくわかっているのにそれでも、だ。
すぐ隣で彼女が得意なんだと、
いつか自慢しておいらに食べさせてくれた料理を食べている奴がいる……
それはおいらのメンツを立たせてあげたい、って彼女の好意で
おいらを想ってくれる気持ちからきてることも知ってる。
だから自分は贅沢を言っているとわかっているし、
そんな彼女を持てたことも幸せだと思う。
でも……

他の奴に出来るだけ気づかれないように、
おいらは洗いものにいそしむ彼女の肩を叩き、そして静かに物影に連れ出した。
「なぁに?リクエストなら喜んで受けるよ!」
あっけらかんとして言い放つ彼女には、思わずため息が出る。
するとそんなおいらの仕草にも不思議そうに首をかしげるばかり。
「もしかして口に合わなかったとか……?」
独り言のようにそう呟くと、 ちゃんは急にあわてだす。
ごめんごめん、と繰り返し今度こそ!と意気込んで
またキッチンに戻ろうとする。

「ダメ」
その手をとってこちらに引き戻す。
思わずバランスの崩れてしまった彼女の身体は
ぽすっと、収まるべきところにおさまって……
「口に合わなかったなんてあるわけないだろ、ちょっと……焼きもち」
腰に手をまわし優しく抱きしめると、
彼女もおずおずと同じようにその手をおいらの腰にまわしてくれる。
皿洗いの名残でまだ冷たいその手が、なんだか無性に嬉しい。
彼女にとっても、やっぱりおいらが特別な存在なんだって、
こんな秘密のやりとりもあいつらは何も知らない。
おいらだけが知ってる、……おいらだけの ちゃん。
ちゃんの手料理をおいら以外の男にも振舞ってるんだーって思ったら、なんかさ、ちょっと」
もちろん、おいらのことを想ってしてくれたことだってこともわかってるけど。
「そんなこと思ってたなんて全然知らなかったけど……でも、嬉しいな」
顔をあげて照れたような笑みを浮かべると、彼女はそんなおいらの胸に頬を寄せる。
「ありがとう、そんなこと思ってもらえる私はきっと物凄い幸せものだね」
ちゃん……ありがとう」

「あ、そうだ!そろそろあれが冷えて出来上がった頃かな」
ふと時計を確認した彼女は、思い出したように手をぽんと叩いた。
「……と、えっと……中くんにはみんなには内緒で特別にもう1コ作ったの。あとで……一緒に食べよ」
「お……おう!」
恥ずかしそうにそう口にして、また彼女は準備をしようと冷蔵庫に向かっていった。










夕暮れ時、空にはちらほら星が見えてきた。
あれだけにぎやかだった昼間のの食堂が嘘のように
そこには他に誰の影もない。

「これがみんなには内緒で作ったあの……お菓子」
ちゃん、これ……」
夕日に照らされるテーブル席で、そっと渡されたものはとても可愛くラッピングされた星の形のクッキー。
食堂で作る料理にも豪快な料理の多い ちゃん。
おいらにはそれがとても珍しく、とても意外で
そして可愛かった。
普段ひたかくしにしている ちゃんの知らない部分が見えた気がして、何だか嬉しい。
「なぁ、食ってもいい?」
「あ!うん。もちろん」
赤いリボンをほどいて中身をそっと取り出す。
「お、これ星に顔が描いてあるんだな、しかもこれ……おいらの顔?」
「うん、一応そのつもり」
「へへ、そっくりじゃん」
星の中のおいらは楽しそうな笑顔を浮かべていた。
いつの間にか暗くなっていた夜空に、ゆっくりかざしてみる。
「星空に輝くおいら、どう?なかなか男前だよね」
「あはは、そだね!」
「だろ!っはは、わかってるね、 ちゃんは!」

一瞬吹き抜けた優しい風は、そんな笑い声を空へ、巻き上げていく。

「おいら、絶対負けないから。この星みたく、一番輝いてみせるから」
「……中くん」
そんなおいらの声は、夜空に飲み込まれていってしまった。
かざしていた星も、おいらは口の中にぱくっと飲み込んでしまう。
もちろんこちらはゆっくりかみ締めて、それから。
「うん、美味い!……ありがとう、 ちゃん」
「頑張ってね、絶対!ずっとずっと、ずーっと応援してるから」
ふわり頷いて、彼女もまた星をかざす。
「こんな風に、私は中くんを応援する1番の星になるから」
ちゃん……ありがとう」






おいらが思っていた以上に
彼女はおいらのことを想ってくれていた
誰よりも強く、そしてずっと
そんな彼女のためにも、そして自分のためにも
この試合にだけは―――。















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061112 帝王実業との決戦を目前にしてのひとこま


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