廃プリとAXのお話。番外編。


 おかしい、と思い始めたのは何が切欠だっただろう。
 とにかく最近ファングの様子が何だかおかしい。
 まず出掛けなくなった。
 ギルドの集まりにも行かなくなったし、狩りにも行かない。
 露店街に買い物に行く事も無ければ、用事があると言って出掛ける事も無くなった。
 殆どの時間をベッドで過ごすようになり、暇があれば寝ているか本を読んでいる。
 料理はしてくれるので飯の心配はしないで済んで居るのだけが救いだった。
「じゃあ、俺狩り行って来るけど・・・」
「うん、行っておいで」
 今日もまたファングはベッドの上。狩りに行く俺を見送ってくれる。
 ファングが狩りに行かなくなったので、彼が愛用していたカタールや装備を借りて
 俺は狩りに出掛けるようになっていた。
「帰り何か必要なモンあったら買って来るよ?」
「あぁ、それじゃあ・・・」
 サイドボードからメモ帳を取り出してさらさらと文字を書く。
 それを俺に差し出した。
 受け取るのに、近寄るとその差し出された手が少し震えている。
 どうしたんだろう。
 片手でメモを受け取って、もう片方で手を掴んだ。
 瞬間、ファングの身体がびくっと震える。
「どうしたの?ファング。手、震えてない?」
「気のせいだよ。ほら、行っておいで」
 力任せに手を振り払われて、何となく俺は釈然としない。
 掴んでも尚震えていた手。
 気にするな、と言われてもちょっと無理がある。
 だけど、ファングはこれ以上突っ込んでは欲しく無い様子だったから
 問い詰めるのはやめにした。
 困らせたくはない。
「じゃあ、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
 見送られて家を出た。
 最近俺はこんな風に溜め込んだ気持ちをモンスターにぶつけるようになっていた。
 ほぼ八つ当たりのような狩りなので、パーティは組まないでソロで出掛ける。
 狩場は何処でも良かった。目についたモンスターを片っ端から切り刻んで行くだけだから。
 まぁ、同じ狩場では飽きてしまうから違う狩場に行くようにはしてるけど。
 今日やって来たのはゲフェン地下洞窟。
 念属性や不死属性のモンスターが多い狩場だが、属性カタールと気合でなんとかなる。
 いつものように切り刻んで進んでいたら、やたらと沸いている所に出くわした。
「何だよ、モンハウか?」
 モンハウとはモンスターハウスの略。モンスターが多く沸いている所をこう呼ぶらしい。
 丁度周りに誰も居なかったのでハイディングで地中に潜り、グリムトゥースをぶちかました。
 粗方それで片付いたので、地上に出て残りを切り刻む。
 するとモンスターの群れで見え無かったが、地面に人が倒れていた。
 赤と黒の法衣。
 プリーストだ。
 何故こんな所にプリーストが一人で倒れているんだろうか。
「おい、あんたどうしたんだ?仲間とはぐれたのか?」
「いいえー、ソロですけどー」
 ソロだって?
 プリーストがこんな所でソロなんて出来るのだろうか。
 ヒール砲で倒せてゾンビやグールくらいじゃないだろうか。
「すみませんが、葉っぱ持ってるんで起こして貰えますかー?」
「あぁ、いいけど・・・」
 転がっている相手の道具袋を探り、イグドラシルの葉を取り出す。

 リザレクション!!

 復活の呪文で倒れている相手が起き上がる。
 すぐさま自分に支援をして、ヒールで回復。
 やけに詠唱が早い奴だな・・・。
 紫色の髪の毛をしたそのプリーストは、地面に落ちていたたれ猫と黒縁メガネを拾い上げると
 猫を頭に乗せ、メガネをかけて何だか知らないけど頷いた。
「どうもありがとうございましたー。どうしようかと思ってたんですー」
「帰った方がいいんじゃないの?ここはソロ出来るような場所じゃないだろ」
「いいえー、ここじゃないとソロ出来ないんですよー」
 プリーストなら他の奴にくっついて支援してた方が効率良いと思うのに。
 こいつはおかしな事を言う。
 今の俺は絶対眉間に皺が寄っていて、険しい顔をしていると思うのに
 この男はのほほんと笑いながら俺に支援を掛けてくれた。
「僕まだ塩取って無いので、ごめんなさいー」
「いや、いいけど・・・」
「ではーまたー」
「あぁ、じゃあな」
 ひらひらと手を振って歩いて行く後ろ姿を見ながら、またどっかで転がっているんじゃないかと思う。
 そのくらいここではあの存在、プリーストは場違いな気がした。
 だけど、それはただ単に俺が無知だっただけだと思い知る事になる。
 暫く歩き回って狩っていると、またさっきのプリーストと出くわした。
 転がってこそ居なかったけれど、複数のモンスターから攻撃を受けていて被弾していた。
 だけど、逃げようとも自分を回復しようともせずただずっと耐えて居て。
 何か呪文のようなモノをぶつぶつと呟いていた。
 放っておいてはまた転がり兼ねないと思い、手を貸そうかと思った、その時。

 マグヌエクソシズム!!

 彼が唱えた魔法。
 辺りが眩しい程の光に包まれて、周囲のモンスターがその光に焼き殺されて行く。
 その間に悠々と彼は自身の回復をし、範囲外に沸いたモンスターを釣って来ては
 光の中へと入れて焼き殺している。
 俺はただ驚いて見ている事しか出来なかった。
 何だこれは、一体。
 光が薄れるようにして消え去り、地面に落ちたドロップ品をのんびりと拾い集める彼に駆け寄った。
「何だよ、今の?」
「うわ、びっくりしたー」
 折角拾ったドロップ品をぼとぼとと地面に落としてしまう彼。
 脅かしてしまったらしい。
 申し訳無いので、拾うのを手伝った。
「どうもありがとうー。あれ?さっきのアサシンさんだー」
「そうだよ。なぁ、今のなんだ?あんた普通のプリーストじゃないの?」
「普通のプリーストって言うのは支援って事ー?」
 思い切り首を傾げて尋ねられる。
 その角度に大丈夫かな、と思ったけれど聞かれた事は合っていたので頷いた。
「それなら普通じゃないのかもー。僕ME型のプリーストなんですー」
「ME?」
「さっきの魔法。マグヌエクソシズムの略ですよー」
 マグヌエクソシズム。
 初めて聞く名前だった。
 俺の入っているギルドにその使い手は居なかったように思う。
 彼が言うには不死属性のモンスターに特に効果があるらしく、ここゲフェン地下洞窟では
 かなり使える魔法なのだそうだ。
 だから、ここじゃなきゃソロが出来ないと言っていたのか。
「てっきり支援の奴かと思ってたよ」
「良く言われますー。何ででしょう?」
「俺に聞かれても・・・」
 初対面だし、分かる訳が無い。
 暫く話しをしていると、彼の方がレベルは低いが公平狩りが出来る事が分かった。
 一人で狩りをさせるのは何だか見てて危なっかしいので、タゲ取りを半分俺もやる事にする。
 久し振りにパーティを組んだ。
「ところで、あんた名前は?」
「僕ザフィって言いますー、よろしくー」
 手を差し出して来たので、握り返した。
「俺はクロウ。よろしくな」
 ザフィは、クロウさんですかー、と呟いて何だか嬉しそうに微笑んだ。



 ザフィとはゲフェンで清算をしてそのまま別れた。
 別に友達にもなってないので、多分もう一度会う事は無いと思う。
 ただ、ME型のプリーストとの狩りは面白かった。
 お互いギリギリくらいでタゲを持ってモンスターを集めてMEでほぼ一掃。
 その爽快感ったら無い。
 お陰で経験値も増えたし、ドロップも結構貯まったので金も増えた。
 あいつはよくあそこに居ると言っていたので、また行く事があって会えたら、一緒に狩りたいな。
 帰りはプロンテラに寄って、ファングに頼まれた買い物をして帰った。
 結構長い事狩りをして居たみたいで、日はもう沈みかけ。
 家に着く頃には真っ暗だろうか。
 ファングが心配してるといけない。早く帰らないと。
「ただいま」
 玄関を開けると部屋の中は真っ暗だった。
 蝋燭に火がついていない。
 マッチを取って蝋燭に火を灯す。淡く部屋の中が照らされ始める。
 全部に火をつけ終わった所で、後ろから羽交い絞めにされた。
「わっ誰だ?!何しやがる!」
「こんな遅くまで何処に行ってたんだ、クロウ」
 声はファングのモノだった。
 ただ、怒っているのか今まで聞いた事の無い声色。
 俺を拘束する腕の力も相当強くて、逃げようにも逃げられない。
「か、狩りだよ?ちゃんと言って出てったじゃないか」
「本当にそうか?」
「本当だってば!何で俺がファングに嘘を付かなきゃならないんだよ!」
 じたばたと暴れてみても一向に身体は自由にならない。
 逆に俺を拘束する腕にもっと力が入ったような気がした。
 何だよ・・・何でこんな怒ってるんだよ、ファングは。
 確かに遅くなったのは悪かったけど、こんな事で怒る奴じゃない筈だろう。
 ファングは俺を拘束したまま動くと、突然俺の身体をぶん投げた。
 俺はここに来て初めてベッドの上へと身体を打ち付ける。
 痛くは無かった。柔らかい感触と弾むスプリングが衝撃を和らげた。
「・・・ファング?」
「悪い子にはお仕置きが必要だよな」
 言うなりファングは俺に圧し掛かって来て、首の辺りに頭を落とし手で身体をまさぐる。
 こんな事は初めてだったから、言葉が出なかった。
 一体自分が何をされているのか意味が分からない。
 首筋に触れる口唇。
 胸の辺りに触れる手、指先。
 全てがファングのモノの筈なのに違う気がして、嫌悪感しか生まれない。
「やめろ、ファング。気持ち悪い」
 俺の言葉はファングには届いて無いようで、動きは全然止まらない。
 服の中に侵入して来た手。
 素肌に触れられても感じるのはやっぱり嫌悪感で、背筋にぞわりと悪寒が走った。
 そして、もう片方の手が股間へと伸びる。
「やめろってば!ファング!!」
 我慢出来なくて足で思い切りファングの身体を蹴飛ばした。
 ファングは勢い良く後ろへ仰け反り、ベッドから落下する。
 蹴飛ばしたのは自分だったが、やった後から大丈夫かと心配になった。
 なんせ力いっぱい蹴飛ばしたんだ。
 それも闇雲だったから何処を蹴ったか分からない。
 少しして、ファングが咳き込むのが聞こえた。
 そっと下を覗いてみると、床に座り込んでげほごほと咳き込んでいる。
「・・・大丈夫?」
 おそるおそる声をかけてみる。
 するとファングは咳き込みながら、手を上げて大丈夫だと言うサインをしてくれた。
 暫くして落ち着いたファングはベッドに座り込む俺から少し離れた所へ腰掛けた。
 さっきとはまるで別人みたいに、否、さっきのが普段と別人で今は普段通りに戻っている。
「ごめんな、驚いたよな。怖かったよな」
「いや・・・いいんだけど」
「良くないよ。本当にごめん。僕、どうかしてた」
 言ってファングは俺に頭を下げる。
 その姿に俺は慌ててファングの両肩を掴んで上を向かせた。
 ファングが俺に頭を下げるなんてあり得ない。
 さっきと言い、一体どうしちゃったんだ。
「僕、少し最近おかしいんだ。情緒が不安定と言うか、落ち着かないと言うか。
 それでクロウに迷惑かけたら嫌だと思ってたんだけど、こんな風になってしまって・・・」
 ファングは片手で顔を覆った。
 俺が気付いていた異変。
 ファング本人だって気付いて居ない訳が無かったんだ。
 あの時は気にするなと言われたけど、今こうして話してくれたと言う事は
 介入して行ってもいいって事だよね?ファング。
「迷惑なんて思わないし、頼れるなら頼ってよ。人間誰でも不安定になる時あるんじゃないの?
 ファングは真面目だから少し頑張り過ぎたんだって。休めば?少し」
「・・・そうだね、ありがとう」
 そう言って笑ったファングだったけど、その笑顔は何処か淋しげだった。
 ファングは立ち上がるとソファへ行って横になる。
 俺がいつも使っている毛布を取るとそれを自分の身体に掛けた。
「僕、今日こっちで寝るからクロウは今日そっちで寝な」
「いや、いいよ」
「一度くらいベッドで寝たって罰は当たらないよ」
 言われて考えて、一度くらいならいいかと俺はベッドに潜り込んだ。
 ソファより柔らかい布団の感触。
 何だかやっぱり申し訳無い。
「ファング、俺やっぱり・・・、って。寝てるし」
 寝てしまったのを起こすのは可哀想だ。
 今日はお言葉に甘えて、柔らかいベッドで眠らせて貰う事にしよう。
 

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