廃プリとAXの昔話。
ゲフェンの近くの展望台。
海月はそこへ華楠を呼び出して居た。
任務以外で会うのは初めてだったので、少しだけ緊張した。
耳打ちをしたら、驚かれたが嫌がられはしなかった。少し用事があるらしく、済ませてから行くとの事。
海月は展望台から見える景色をぼーっと眺めて時間を潰した。
「わっ」
不意に首筋に冷たい感触がして首を竦めた。
振り向くと華楠が両手にリンゴジュースを持って立っていた。
「やほ。驚いた?」
華楠は海月の隣に腰を下ろして、はい、とリンゴジュースを手渡してくる。
飲むのは初めてだった。ポリンのエサで人間は飲めないと思って居た。
「どしたのー?相談って」
ストローを咥えながら問うてくる。
多分、通常の男ならばこの仕草にときめいたりするのだろう。
確かに可愛いと思うし、ドキっとした。
だけど、今の海月にとってはときめき方が違う。
海月もストローを咥えてそぉっと吸ってみた。
甘酸っぱいリンゴの味が口一杯に広がる。
「うわ、美味しい」
「もぅ、聞いてる?」
くすくす笑いながら華楠は海月の額を突く。
それにごめん、と謝って早速本題に入る事にした。
何から話そうかと迷ったけれど、言う事も相談する事ももう決まって居た。
「あのね、俺ね」
「うんうん」
頷きながら身を乗り出してくる華楠。
「好きな人が出来たんだ」
「え?そうなの?どんな人?可愛い?」
女の子は本当にこの手の話が好きなんだなと、海月は思う。
好きな人、と口に出した途端に華楠の目はキラキラと輝いた。
しかし、その相手が瑠玖だと知ったら一体どう思うのだろうか。
「えっとね、強くて面白くて可笑しくて、とても頼りになる人」
「へぇ、居るのね、そんな人」
でも、普段気弱な海月にはぴったりかも?
なんて茶化してみせる。
その言葉に苦笑しながら、一口ジュースを飲み。
次の言葉を繋げる。
「華楠も知ってる人だよ」
「え?私が知ってる人なの?・・・え、アリエルさん?」
まさかそんな返答が来るとは思っても居なくて、海月は吹き出した。
アリエルも十分に魅力的な女性だとは思うが、恋人にするには年が離れ過ぎている。
違うよ、と首を振った。
「えー違うの?じゃあ後私の知ってる人って誰よー?」
ぶつぶつと独り言を言いながら考え出す。
華楠が知っている海月に関係のある人物といえば、残るはただ一人だけ。
キエルは初めから除外である。
「あのさ、まさかよ。まさか、相方さんって言うんじゃないわよね?」
困ったような顔をして尋ねて来た。
「うん、ごめん。そのまさかなんだ」
海月も困った顔をして返した。
「うっそおおおおおおおおお!!!!!!」
思わず立ち上がってしまった華楠である。
その叫び声が展望台付近に木霊する。
うっかりリンゴジュースを取り落としそうになって、慌てて空中で掴んだ。
華楠のその反応に海月は苦笑するしかなかった。
華楠が何か言ってくれなければ、次の言葉に繋げられない。
見上げている海月にやっと気付いてそしていつの間にか立ち上がっている自分にはっとして、
華楠はストンと腰を下ろした。
そしてそっと顔を寄せてくる。
周りに誰も居ないのに、と海月は心中で笑った。
「どうしてそうなっちゃたのよ」
「いや、まだ何もなってないよ。俺の片思い」
「そうなの?」
「そうなの」
内心ドキドキしながら海月は笑って見せた。
実際、ここまで言うのには勇気が必要だった。
引かれたらどうしたらいいんだろうと思って居た。
引かれて嫌われてしまっては、この先パートナーとしてやっていけない。
だが、華楠の反応は凄かったにしても引いては居ない様子だった。
ほっとした。
華楠は可愛い海月ならアリなのかな、と思って話を聞いていた。
相方さんの容姿とか詳しい事は知らないけれど、海月が惚れるくらいだからきっとイイ男なのだろう。
「それで?海月はどうしたいの?」
「うん、出来ればずっと一緒に居たいから恋人になりたいなと思ってる」
「あらら。海月の癖に大胆な事言うのね」
口元に手を当てて驚いて見せる。
それに少しむっとした海月だったが、自分も強気な事を言っていると分っているので
反論するのは止めて置いた。
「でも大変じゃない?いくら可愛いからって海月も男なんだよ?」
「そうなんだよね」
それは十分に分っている。一人の時に何度も何度も考えた事だ。
「別にさ、海月は男の子しか好きになれないとかじゃないんでしょ?」
「うん、普通に女の子に興味あるし惹かれるよ。華楠に初めて会った時も可愛くてドキっとしたし」
「あら、ありがと」
今まで完全に恋に落ちた事は無くても女の子は可愛いと思って来たので、女の子を好きになれない訳では無いと思う。
ただ、瑠玖と余りに一緒に居過ぎたせいで、自分の中に沁み込み過ぎそれで好きになってしまったのかもしれなかった。
今となってはもうどうでもいいのだが。
好きになってしまったものは、もう今更止められない。
「どうしたらいいかなぁと思ってさ。相談しようと思って」
「それで、私だった訳ね」
「うん」
自分達の事を良く知っているギルドメンバーの女の子達には相談は出来そうになかった。
彼女達を抜いて海月が知っている女の子と言ったら、華楠しか居なかったのである。
でも、華楠で良かった。付き合いも長いから話し易い。
それにとても親身になって聞いてくれる。
「そうだなぁ・・・私も恋愛経験豊富って訳じゃないんだけど・・・」
「華楠が俺だったらどうする?」
うーん、と腕を組んで首を捻り。捻り、捻り、捻り。
時間をかけて華楠はなんとか、ひとつの結論に辿り着いた。
脱退理由:一身上の都合により。 海月さんがギルドを脱退しました。
たまり場がざわついた。
それは余りにも突然の事だった。
和やかムードでそれぞれが会話を楽しんで居た時に、ギルドチャットで海月がギルドを抜けたと知らされたのだ。
その場に居たギルドメンバーの視線が一斉にマスター、木ノ葉に集中する。
「知らない、知らないよ?僕だってびっくりしてるんだから」
慌てて手を顔の前で振り、頭も一緒に横へ振る。
その慌てっぷりを見て、本当に何も知らないんだと思って、メンバーは皆溜息をついて頭を垂れた。
静まりかえるたまり場。
ふと誰かが「だめだ」と呟いた。
「どうした?」
「あいつ耳打ち切ってやがる」
「嘘?」
「飛ばしてみろよ、届かねぇから」
その言葉に全員が一斉に海月に耳打ちを飛ばした。
だが自分の声が木霊するばかりで相手に届かない。
「ホントだ・・・」
「なんで、こんな」
「私、海月ちゃんに代売り頼まれてたのに・・・」
「俺らあいつに何かしたっけ?」
「いや、心辺りないよ」
「原因あるとしたらあいつじゃないのか?」
噂をすればなんとやら。
遠くからたまり場へ向けて誰かが突進して来るのが見える。
段々と近付いて来るそれは大声を張り上げて何かを叫んでいた。
「こおおおおおおおおのおおおおおおおはあああああああああ!!!!!」
「な、なんで僕なのー?!」
猛突進して来たのは頭にたぬきを乗せたプリースト。
木ノ葉の目の前でざざざっと砂埃を巻き上げて止まると、間髪入れずにその襟首を引っ掴んだ。
「海月何処やった」
「知らない、知らない」
ぶんぶんと首を横に振り知らないを連呼する襟首をきつく掴み直す。
喉が絞まり呼吸がし難くなっても「知らない、知らない」と懸命に言う木ノ葉。
その光景を見て、ギルドメンバーが止めに入った。
「やめろって、瑠玖。マスターは何にも知らないよ。その様子だと、お前も何も知らないみたいだけど」
「なんやて?」
ぱっと木ノ葉の襟首を離した瑠玖は今度はそのメンバーに詰め寄った。
木ノ葉はげほごほと咳込んではいたが、それ以外は何とも無い様子で一同は一安心する。
か弱いウィザードに何をするのか、この殴りプリーストは。とみんな思ったが
今日ばかりは誰も咎めなかった。普段の二人の―瑠玖と海月の事を知っているからこそだ。
「お前が来る前、原因はお前なんじゃないかって話してたんだけど違ったみたいだな」
「てことは、あいつホントに誰にも何にも言わずに居なくなったって訳か・・・」
その言葉に皆頭を垂れて困ったような泣き出しそうな顔をする。
不意に法衣を下から引っ張られて瑠玖は下を向いた。
座り込んで居た白雪がぎゅうっと法衣の裾を握り締めていた。
「瑠玖、海月ちゃんに耳打ちしてみた?私達繋がらないの・・・」
涙声で問うて来る。
瑠玖は頭を乱暴に掻くと大きく溜息を吐いた。
「したわ、何べんも。全然繋がらへん。俺だけやと思てたら、お前らもやったんか」
「そんな、瑠玖まで繋がらないなんてっ」
わっと両手で顔を覆い白雪はとうとう泣き出してしまった。
白雪はとても海月を可愛がっていた。海月もまた、白雪にとても懐いていた。
このギルド内での海月の姉的存在は白雪だったのだ。
心配しない筈が無い。
「泣くなや、白雪」
まだ何かに対して怒っているのか、ぶっきらぼうにそう言うと瑠玖はその場にどかっと腰を下ろした。
乱暴にまた頭を掻いては大きく溜息を吐く。
そして何かを考えて口を開きかけては止め。また考えて開きかけては止め。
やっと意を決して口を開いた。
「あいつ、今朝方まで俺ん家に居ってん」
「なんだって?!」
一斉に全員の視線が集まってくる。
皆に見られてばつが悪そうだったが、瑠玖は顔を伏せる事はしなかった。
真正面を向き一定方向をじっと見詰めたまま喋り出した。
「昨日の夜中、なんやめっさ怖い言うて家来てん。ほんまに怖がっとったから出来る限りの事をして慰めた。
やっと落ち着いてから、真夜中やのに自分ん家帰るて言うから俺ん家泊めた」
子供みたいに声を上げて泣いたとか、腕枕をして寝ただとか。
それは今は余計な事のような気がしたので言うのはやめておいた。
「今朝起きて礼拝行く前に見たらまだ寝とったから、朝飯作って置いて来た。・・・それ切りや」
そうか・・・と誰かが呟いて、皆が肩を落としかけた時、続けて瑠玖は言った。
「何かあったとしたら昨日の夜中や。原因は多分俺。やからあいつは、俺が探して連れ戻す」
瑠玖はすっと立ち上がった。
「瑠玖、手伝うぞ」
「私も」
次々とメンバーが名乗りを上げるが、瑠玖はそれを首を振って拒否した。
「複数で探しとったら時間がかかる。それに俺ならあいつの行きそうな場所が大体見当付く。頼む、一人で行かせてくれ」
そう言われ、頭まで下げられては何も言えなかった。
瑠玖の言う通り、海月の事はギルド内で瑠玖が一番良く知っている。
昔からずっと一緒に居る幼馴染だ。
それは今も変わらない。そしてこれからも、多分きっと。
「マスター、呼び捨てて乱暴して悪かった」
「いいよ、大丈夫。緊急だったしね」
びっくりしたけど、と木ノ葉は笑って見せる。
下げていた頭を上げて、瑠玖は法衣の襟を正した。
よし。と呟く。
一歩たまり場から外に出る。
振り向いて、メンバー全員の顔を見た。そして頭を下げる。
何処に居るか分らないが、待っていろ。海月。必ず見つけてやるからな。
「じゃあ、行って来る」
頷くメンバー達。皆何か言いたそうだったが言い出せないでいた。
その中で一人が瑠玖を呼び止める。
背を向けて歩いていた瑠玖がくるっと振り向いた。
「みつけたら、今度は絶対離すんじゃねぇぞ」
「おぅ、そのつもりや」
ぐっと親指を立てて見せ、今度こそ歩き出した。
瑠玖の背中が見えなくなるまで見送ったメンバー達。
遠くで瑠玖の姿が消えたのを確認した後、溜息とも感嘆の声とも付かないものを出した。
「やべぇ、瑠玖かっけぇ」
「な、あれは惚れるわ、俺も」
「私もあんな相方欲しいなぁ」
「海月も幸せモンだな、あんなのに溺愛されて」
先程までどんよりと沈んでいた筈のたまり場が何だかおかしな方向へ盛り上がる。
会話について行けなくて一人おろおろしているのは、マスターの木ノ葉だた一人。
ザフィですらちゃっかり「そうですねー」なんて相槌を打って会話に混ざっていた。
「ねぇ、何の話ー?」
僕も入れてー?と寄って行くと。
「あれ?マスター知らないんですか?」
「てか、見てて気付きません?普通」
「気付くだろう」
「気付くよねー」
肝心の事が抜けた会話が繰り広げられて、益々分らなくなったが
もう少し我慢すれば分る筈だと、我慢の強い子木ノ葉は耐えた。
すると。
「瑠玖はホント海月大好きだよな」
「大好きつぅかあれはもう愛しちゃってるっしょ」
「らぶらぶだよねー」
「目つき違うもんね、瑠玖」
「えー?何それ、いやらしい意味でー?」
きゃーと女の子達の黄色い声がする。
ふらふらと木ノ葉は自分の定位置に戻って頭の中を整理した。
あの会話から推測すると。こうなる。
うちのギルドの仲良し幼馴染な二人は恋人同士らしい。
男同士なのに、だ。
しかもそれを他のメンバー達がおかしい事だと思っておらず
羨ましがってる者も居た。
仲良しなあの二人の絆はとっても深いのかなぁ・・・と考えながら木ノ葉は少しだけ痛む頭を抑えるのだった。
そう。
瑠玖と海月の知らない間にギルドの中で、いつの間にか二人は付き合っている事になっていて、
それを公認されてしまっていたのだった。なんと言って良いのやら。
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