廃プリとAXの昔話。


 最後に任務をこなしてからどのくらい経っただろうか。
 海月も華楠もとうにレベル80は越えていて、もうすぐ90に迫ろうとしていた。
 海月の方はその間に誕生日を迎え年齢も一つ重ねて居た。
 だがそれはやはり突然だった。こっちの事情などお構い無し。
『海月、華楠ペアに告ぐ。ただちにアサシンギルドへ帰還せよ』
『はい、マスター』
 偶然にも二人はプロンテラの露店街で買い物中だった。
 海月は新しく買った武器に挿す為のカードを。
 華楠は古くなった装備品の新調。
 お互いの気配を探れば、何処に居るのかはすぐに分った。
 欲しかったモノは諦めて露店に戻し、渋る店主に謝ってその場から足早に立ち去る。
 そして、近くのカプラサービスからモロクへと急いだ。
「只今参りました、海月です」
「同じく、華南です」
 アサシンギルド内に入った二人はカウンター内に立つキエル、そしてアリエルの前で膝を付き頭を下げた。
 久し振りのアサシンギルド。なんだか空気が張り詰めていて重い。そんな気がした。気のせいだろうか。
「よし、二人共顔を上げていいぞ」
 アリエルの言葉に習い、二人はさっと顔を上げる。
 二人の顔を見たアリエルは嬉しそうににこりと笑った。
「逞しくなったな。見違えたぞ、二人共」
 誉められて嬉しくなって、今まで頑張ってきたのを思い出し二人は顔を見合わせて笑い合った。
 そこへ、ゴホンと咳をひとつ。キエルが割って入る。
 笑顔をすっと真顔に戻し、二人はキエルの方へと顔を向ける。
 キエルは書類に目を通し、少し険しい顔をした。
「・・・これからお前達に今日の任務内容を言い渡す。よく聞くように」
「はい」
「はい」
 いつものように揃って頷いて見せる二人の姿に、アリエルは顔をしかめて俯いた。
 アサシンギルド内は確かに、重く張り詰めた空気に満たされていた。



 任務内容を聞いた二人は暫くの間言葉を発する事が出来なかった。
 心臓がドクドクと鳴り響き、背中を冷たい汗が伝い落ちて行くのが分る。
 指先がどんどんと冷たくなっていくのが怖かった。
「二人共、そんな顔をするな。これは誰もが通る道だ」
 アリエルがなんとか励ますように言葉をかけるが、それは余り効果がなかった。
 励ましている彼女自身、二人の事が心配過ぎてそれが表に出過ぎて居たのだ。
 この二人、海月と華楠とアリエルは仲が良すぎた。それが今仇になっている。
 他のアサシン達ならば、冷静に非情に送り出してやれたかもしれないが・・・。
 アリエルは少し自分を責めた。ここで自分が冷静になり、しっかりと送ってやれなくてどうするのだと。
 これからこの子達はこっち側の仕事をしていかなければならないのに。
 今回、海月と華楠にかせられた任務は以前まで任されていた情報収集ではなかった。
 アサシンの本当の顔。『暗殺者』としての任務だったのだ。
 そう、暗殺者の名の通り。とある人物を抹殺する事。平たく言ってしまえば『人を殺す』と言う事。
「アリエルさん、私達本当にこんな任務を?」
 尋ねる華楠にアリエルは頷いて返答してやる事しか出来なかった。
 口を開けば内側で心配している自分が出て来てしまうかもしれないから。
 自分はこんなにも意思が弱かっただろうかと、脆い生き物だっただろうかとアリエルは心中で己に問うた。
 アサシンは一匹狼的なイメージが強い。だが仲間意識だって相当な物なのだ。
 アリエルは海月と華楠を弟、妹のように思い慕い可愛がって来た。ただそれだけの事。
 心配するのも大切に思うのも、人間として当たり前の感情。
 いくらアサシンと言えど、それを完全に忘れ去る事など出来はしない。
「・・・どう、すればいいですか?」
 沈黙を破ったのは海月だった。
 華楠は俯いていた顔を上げて海月を見遣る。
 アリエルも驚いた表情で海月を見た。
 海月はじっと前を向いたまま硬い表情をして、言葉を繋ぐ。
「どうやって、やったらいいのか。教えて下さい」
「・・・海月」
 華楠は泣き出しそうな顔をして海月の肩を掴んだ。
 掴れた手を見て、それから海月はやっと華楠の顔を見る。
「海月!どうやったらって、ねぇ?私達、これから人を殺しに行くのよ?それを教えてなんて、ねぇ?どうしちゃったの?」
 叫び声が途中から泣き声に変わる。華楠は堪えきれなくなったのか、ポロポロと涙を零した。
 人を殺すのとモンスターを倒すのは訳が違う。
 GvGに出て他のギルドのメンバーと戦うのとは訳が違う。
 この世に生きる一人の人間の『命』を奪うのだ。
 華楠はそれに怯えていた。普通の人間ならば当たり前に抱く感情だった。
 海月は華楠の涙をそっと拭うと震える肩を抱き寄せた。
 宥めるようにぎゅっと抱き締める。
「華楠。これが俺達の使命なんだよ。アサシンと言う職業に就いた時から決まっていた事なんだ」
 その光景を見てアリエルは目を丸くした。
 いつも目にするのは全く逆の光景。
 落ち着いた華楠が慌てふためいている海月を抱き締めたり、頭を撫でたりして宥める様子。
 それがどうだ。
 怯えて泣き叫び震えている華楠を、ただただ冷静に抱き締めて宥める海月。
 正直、アリエルは華楠の方が大人で、海月は可愛い男の子だとばかり思っていた。
 今回のレベル上げ猶予期間の為だったのか、元からそうだったのか。
 真相は分らないが。今この目の前に居るのは、大人の男そのものだ。
 海月のお陰でアリエルの心は晴れた。冷静になれた。
 これなら、この二人になら任せて送り出してやれる。そう思った。
「泣かないで、華楠。怖いのは、俺も一緒だよ。だけどね、やらなきゃならないんだ」
 華楠の頭を撫でながら優しく優しく言う海月。
 次第に華楠の泣き声は止み、華楠はゆっくりと顔を上げて最後の涙を拭うと真っ直ぐに海月の目を見た。
「わかったわ。これが私達の使命なら、やるしかないものね」
 視線を合わせ二人は頷き合う。
 そしてゆっくりと立ち上がると、その光景を黙って見ていたアリエルに向いた。
 もう華楠の表情には怯えた様子も迷いの色も何も無かった。
 ただ、かせられた任務をこなす。そんなアサシンの顔になっていた。
「どうしたらいいのか、教えて下さい。アリエルさん」
「任せときな。こっちの仕事は私の専売特許だからね」
 『こっち』といいながら親指だけを出した手で首元を真一文字に引いて見せた。



 キエルから渡された手配書の写真を見ながら二人は移動を開始した。
 手配書は二枚。海月と華楠、それぞれ一枚ずつ。すなわちそれぞれ一人ずつ殺さなければならないと言う事だ。
 この手配書は騎士団から発行されたモノで、依頼は騎士団からのモノだと言う。
 どうしても捕まえられないので、アサシンギルドの方で探し出して欲しいと。
 生きていても死んでいても構わないと言う事だそうだ。
 生きたまま捕まえるのならば、騎士団の方が得意だろう。
 死んでいても構わないと言うのなら、そっちの方が得意なアサシンは当然そっちを選ぶ。
 但し、死体は持ち帰らなければならず大きな麻袋を渡された。
 他のアサシンが調べた情報によると、この手配書の二人はリヒタルゼンの難民街に潜伏していると言う。
 アリエルに殺し方を教えて貰った。
 躊躇う事なく背後に忍び寄り、思い切り首を掻き切る。
 それだけである。
 簡単だろ?と言い放ったアリエルの言葉が脳裏に蘇る。
 確かに簡単だが、果たして初めての二人に一度で出来るだろうか。
 移動中の飛行船の中、こうだっけ?などと言い合いながら二人はお互いの背後に回り
 首を掻き切る真似をしてみたりしていた。
 幸いにも他の搭乗者は誰も居なかったので出来た事である。
 アナウンスがリヒタルゼンにそろそろ到着する事を告げた。
 一気に緊張感が高まる。
「なんだか緊張して来たわね」
「そうだね・・・」
 二人は向かい合って手を組むと額を合わせ目を瞑った。
「大丈夫。俺達ならやれる」
「大丈夫。私達ならやれる」
 恒例となった自己暗示。
 今回はいつもより強く深く噛み締めて呟いた。
 飛行船の高度が低くなりリヒタルゼンに到着する。
 二人は目を合わせて一度頷き合う。
 皮のマントを頭からすっぽりと被り、難民街に侵入してもおかしくないよう変装を試みた。
 それからは無言。
 アサシンモードに切り替わった。
 リヒタルゼンの街はプロンテラやモロクでは見たことの無い建物が沢山建っていた。
 空高くそびえ立つ大きなビル。見上げても最上階が見えなくてどのくらいあるのか分らない程。
 地面もプロンテラのような石畳ではなく何かブロックのようなモノが丁寧に並べて作られている。
 二人は教え聞かされた通りに道なりに歩き、突き当たりで番人をしている風な男の前に立った。
「なんだい?あんた達。ここは今通行禁止だよ。通りたいなら通行証を持って来な」
 態度はふてぶてしく、喋る言葉は何処か適当。
 嫌々この仕事をしているのかもしれなかった。
 その男に華楠が顔を寄せる。
「そんな事言わないで、通して?お兄さん」
「なんだよ、ねぇちゃん。すげぇ美人じゃ・・・ねぇ・・・の」
 にやにやとした顔のまま、男はその場に崩れ落ちた。
 ふふんと鼻で笑って華楠は振り向き、海月に向かって手の中の何かを振って見せる。
 何か、小瓶だった。ピンク色の液体。あれは確か、プランクトンの体液から抽出出来る奴だった筈。
 匂いを嗅ぐと即座に眠りに落ちてしまうと言う優れものだ。
 よく見れば、華楠は鼻を洗濯ばさみで摘んでおり、今それを取っている所だった。
 容易周到だなぁと海月は思った。それで、出発前にちょっとたまり場寄って来るなんて言ったのか、と。
 無事に難民街に侵入成功。
 後は手配書の写真の二人を探して殺すだけ。
 だが、手配書を住民に見せて聞き込みなんて出来る訳も無く。
 二人は二手に分かれて街の中を取りあえず把握する事にした。
 ぐるぐると歩き回っても約30分程度で回れてしまう小さな街だった。
 いや、街として機能しているかも怪しい。
 宿らしい宿は無く、持ち家の無い者の方が多く、誰かの家の軒下に粗末な布を敷いて、そこをねぐらにしている者が大半を占めていた。
 ただ、酒場らしき所があった。管理している人間は居るのか居ないのか定かでは無かったが
 まだ昼間だと言うのに酒を飲みテーブルに突っ伏している人がごろごろ居た。
 海月も華楠も酒の匂いに思わず口元を手で押さえた。
 まだ未成年な二人だ。酒の匂いに慣れていない。
 だが、とあるテーブルの一角にこの難民街には似つかわしくない上等な衣服を纏った男が二人。
 テーブルに突っ伏してしまっているので顔は判別出来ないが、二人の勘は手配書の二人は彼らではないかと推測する。
 とりあえず酒の臭気に耐えられず外に出た二人はお互い別々に街外れまで移動すると、耳打ちで会話を始めた。
『臭かったー』
『あの人達、よくあんな酒臭い所に居られるわね。信じらんない』
 海月と華楠はそれぞれに深呼吸を繰り返して居た。
『所でさ、見た?あの角の人達』
『ええ、見たわ。きっとあいつらがそうよ』
『うん、俺もそう思う』
 意見が一致し、お互いにやっぱりと思う。
 住民の殆どがずだ袋に穴を開けて着ていたり、誰かが捨てたような衣服を纏っているような街なのに、
 その中できっちりとしたシャツを着て、ズボンにベルトをしっかりと締め、革靴まで履いていた。
 薄暗くて汚れ具合まではしっかりと判別する事は出来なかったが、この街に潜伏しているだけあってか
 シャツは多少薄汚れていたと思う。だが、ボロ布ではなかったのは確かだ。
 そんな男が二人揃って居た。手配書も二人一組の犯人だ。これを疑わずして何を疑えと言うのか。
『ちょっとキツイけど、目を離さないようにしましょ』
『やるなら夜がよさそうだね』
『そうね。見張りながら何処かで夜を待ちましょうか』
『うん』
 耳打ちを終えた二人はそれぞれ監視出来る位置へと付いた。
 華楠は穴の開いた酒場の屋上から。
 海月は我慢して酒場へと入り込んだ。
 長い長い夜までの時間が始まる。
 

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