廃プリとAXの昔話。
瑠玖はロビーにある椅子に座って、受付で支払いをする海月を待っていた。
宿で洗って貰った法衣・・・少し縮んだような気がしないでもない。
腕を伸ばしてみると袖丈が若干短くなっているような感じがした。
教会で新しいのを貰う時、お布施をしなきゃいけないんだよなぁ・・・と心中思って居た。
要は新しいのはお金を払って買うのである。
まぁ、綺麗になった事はなったのでそれでいいかと結論つけた。
「お待たせー」
「おぅ。行くか」
頷いた海月と並んで宿を後にする。
天津は面白いので機会があればまた来たいと思う二人だった。
酒場に行けなかったので、今度来る時は酒場に行ってみようと瑠玖は思う。
焼酎と言うのを飲んでみたい。
「あのね、お土産って買って行ってもいいかな」
「おお、ええよ」
ギルドメンバー全員には無理なので、せめて。と思い。
海月は木ノ葉へと座布団を買った。
喜んでくれるだろうか。
「ほんならポタ出すで?たまり場直やから、気合入れとけよ?」
「うん」
言われて海月は唾を飲み込んだ。
ちょっと緊張したが、覚悟を決めた。
瑠玖が呪文を紡ぐ。
ワープポータル!!
地面に魔方陣が広がり、その中央に光の柱が立ち上る。
ひとつ頷いてから魔方陣の中へと脚を進めた。
「大丈夫や。みんな待っとる」
瑠玖のその言葉を信じ、光の柱の中へ飛び込んだ。
空間の中に浮かんでいる感覚。
眩しさに目を閉じていて、地面に脚が着いた感覚がして目を開けた。
なんだか懐かしく感じるモロクの街。
その中にある自分が所属していたギルドのたまり場。
そのギルドメンバー達が揃って自分の事を見詰めていた。
「よ、ただいま」
自分の後からポタに乗ってやってきた瑠玖が先にみんなに挨拶をする。
大丈夫。
そう言うように、肩には瑠玖の手が置かれて居る。
思い切って口を開いた。
「た、ただいま」
すると一斉にギルドメンバー達が立ち上がりこちらへ向かって駆けて来たのだ。
びっくりして海月は少し後ずさる。
「海月!お前っお前ー、心配かけやがって」
「何処行ってたんだよ、ホントに心配したんだぞ」
「海月ちゃんっ無事でよかったよぉ」
「心配しましたよー、無事でよかったです」
次々に「心配だった」「無事でよかった」と声をかけてくれる。
頭を撫でる者、抱きつく者。軽く突きを食らわす者。
様々だが誰も海月を責める者は居なかった。
申し訳無いのと嬉しいのとで、海月はちょっとだけ泣いた。
やっとそれが落ち着いてから、海月はやっぱり定位置に座っている木ノ葉の所へ。
「お帰り、海月ちゃん。また、加入要請出してもいいよね?」
「俺、戻ってもいいんでしょうか」
不安に思って居た事を口に出す。
海月にとってはそれはとても都合のいい事にしか思えなかったから。
だが、木ノ葉からは思いがけない言葉が返って来た。
「当たり前でしょう。海月ちゃんの帰って来る所はここじゃない」
優しく言われた言葉に涙が溢れ出た。
必ず誰かが居る、帰る場所があるなんて言われたのは冒険者になって初めてだったのだ。
帰る家はある。
でもいつも独りだった。
だから嬉しかった。嬉し過ぎたのだ。
「ありがとう・・・ありがとうございます・・・」
木ノ葉はにこにこと笑って、海月にギルド加入要請を出した。
海月はそれを即受け入れた。
海月さんがギルドに加入しました。
流れるようにギルドチャットが飛ぶ。
『おかえりー!』
『お帰り、海月ちゃん!!!!!!!』
『海月帰ってキターーーーー!!!』
『おかえり』
『おかえりっ』
おかえり、おかえりとその場にいるのにみんなからのギルドチャットでの挨拶。
『お帰り。海月』
当然、瑠玖もギルドチャットでおかえりと言ってくれた。
ギルドチャットでの会話がとても久し振りな気がした。
みんな同じ場所に居るのに、ギルドチャットで会話をしているのはとても変だけれど。
『ただいま、みんな』
海月もギルドチャットで返事を返す。
そして。
「マスター、あのこれ。お土産です」
「え?僕に?いいのー?ありがとう」
木箱に入った物を渡す。
木ノ葉は嬉しそうに蓋を開けた。
中には濃い紫色をした座布団が一枚。
海月が座布団屋で選びに選んで買った一枚だった。
だが、当然木ノ葉は見た事が無く「何これ?」と言いたげな表情で海月を見上げる。
「これは天津の道具で、座布団と言う物なんです。床や地面に座る時にお尻の下に敷いて使うんだそうで。
マスターはいつもここに座っているからお尻が痛くないようにと思って」
「そうなの?僕のお尻の為に・・・ありがとう、海月ちゃん」
うぅっと木ノ葉は泣き真似をする。
そして早速お尻の下に敷いて座ってみる。「わお」と言う感想を漏らした。
「いいね、これ。凄くいい。お尻が喜んで小躍りしているよ」
お尻が踊るとは全く想像のつかない海月だったが、一応喜んでくれているみたいだったので、よかったと思った。
「マスター。いい機会だし、やっちゃったらどうですか?」
ギルドメンバーの一人が言う。
それに賛同してか、そうだ、や、それがいいとか声が上がった。
意味が分らない海月と瑠玖は顔を見合わせ首を傾げる。
自分達の居ない間に一体木ノ葉に何があったと言うのだろうか。
「なんや、なんや一体。教えろや」
瑠玖が言うと、木ノ葉が立ち上がった。
「実はね。後少しで99になるんだ。だから近い内に発光式でもしようかなーって思っていたんだよ」
「え?」
「マジか!」
つい昨日。
二人が目標に決めたレベル99に木ノ葉がなるのだと言う。
二人は胸のわくわくを止められなかった。
身近な人間がオーラを吹くのを見るのは初めてだ。
「やろうぜ、マスター」
「そうだよ、海月も無事に帰って来たんだしさ」
「さっき、祝い品も貰ったんでしょ?」
座布団の事だろうか。
99間近だなんて知らなかったし、祝いの品ならもっとそれらしい物を贈りたかった。
あくまで座布団はお土産なのだ。
「じゃあやろうかなぁ」
「おっしゃ、決定だ!みんな準備しようぜー」
次々とみんな倉庫へと歩いて行く。
海月は発光式に参加するのは初めてなので準備と言っても何をしたらいいのか分らなかった。
それは瑠玖も同じである。
「準備て・・・何したらええんかな」
その呟きに応えたのは木ノ葉だった。
「枝を折って出てきたモンスターをオーラになるまで僕が倒すんだけどね。あまり強過ぎるのが出ると困るから
その時はみんなにも殲滅をお願いするんだ。だから戦闘準備と、あれば枝かなぁ?オーラになった後でみんなで折って遊ぶんだ。
僕がオーラになるって言うのを言い訳に、みんな要は枝を折って遊びたいんだよ」
「そうなんだ」
木ノ葉が笑うので海月も瑠玖も笑った。
確かに、みんなでやったらそれはそれで楽しいかもしれなかった。
街中で起こる枝テロは洒落にならないが。
『マスター。場所何処にしますー?』
ギルドチャットで聞いて来たのは、ザフィだった。
どうやらポタを取って来るつもりらしい。
あの時の事を思い出して、海月は大丈夫かな、と思った。
『そうだねぇ、余り人が居ない所がいいよね。アユタヤにしようか』
『はーい。ポタ取って来ますー』
『青石忘れんじゃないわよ』
突っ込みを入れたのは白雪の声だった。
思わずぷっと海月は吹き出してしまう。
暫くしてみんなが戻って来て、ザフィも戻って来て。
ザフィの出したワープポータルでアユタヤへ、木ノ葉の発光式へと向かうギルド「風鈴の音」一行だった。
相談をした相手には、ちゃんと報告をしないといけない。
そう思って、海月はまた相談をした時と同じ場所に華楠を呼び出していた。
今度は華楠も海月に何か話したい事があるとかで、すぐに展望台に現れた。
「久し振り」
「久し振りー。その顔からすると、作戦はうまく行ったみたいね」
言いながら海月の隣に腰を下ろす華楠。
海月は一度うん、と頷いた。
自分が数日の間各国を周った事。
天津のダンジョンでやっと瑠玖にみつけて貰った事を話した。
さすがにお互いが告白した時の事と、その後のあのキスの話は恥ずかしくて出来なかった。
「ちゃんと好きって言えたの?」
言わなかったら聞かれてしまった。
恥ずかしかったので下を向いて頷いた。
赤くなった海月を見て華楠はくすりと笑う。
「相方さんも言ってくれた?」
海月の反応を楽しむかのように華楠は分り切っている事を聞く。
更に顔を赤くして、海月はまた頷いた。
あの時の瑠玖を思い出す。
とても真剣な顔だった。本当に自分の事を好きで居てくれたんだなって思った。
それが凄く凄く嬉しかった。もっと早く自分の気持ち、そして瑠玖の気持ちに気付いていたら、と思う。
「ありがとね、華楠。相談、乗ってくれて」
「んーん。いいわよ。役に立ったかわかんないけど」
華楠はそう言うが、海月にとってはとても助かった。十分過ぎる程役に立ったのだ。
少し荒っぽい方法ではあったが、華楠が言わなければ自分はあんな行動には出なかったし。
あんな行動に出なければ、瑠玖は抑えていた気持ちを海月に伝える事もなかったので、結果として良かったのだ。
「いいなぁ・・・付き合いたてでラブラブでしょ?」
「え?・・・あぁ・・・うん。多分」
「なによぅ。自分の事じゃないの」
「いや、余りさ。二人きりになれないから。そんなに前と変わらない」
「あ、そっか」
いくら付き合いたての恋人同士だからと言えど。
男女のカップルなら人目を惜しまずにラブラブと出来るのかもしれないが、海月と瑠玖は男同士。
瑠玖は別に余り気にしてないようで、たまり場で海月の手を握ったり不必要に密着したりとして来るのだが
海月はそれがちょっと恥ずかしくて、別にギルドメンバーに何か言われるとかでもないのだけれど
結果、余りべたべたしていないのであった。本当はしたい。とても。べたべたと。
「そこんとこ不便ねぇ」
「ちょっとね」
でも仕方ないよ、と困った顔で海月は笑う。
「それに、約束したんだ」
「約束?」
「うん。レベル99になってオーラになったら、一緒に暮らそうって」
これには華楠も驚いた。
まるでプロポーズのようだと思ったのだ。
同性では結婚は出来ない。
だが一緒に暮らす事ならば可能である。
海月と瑠玖なら幼馴染だし、一緒に暮らしても誰も変に思わないだろう。
付き合った途端にプロポーズとは・・・相方さん、相当海月の事愛してるのね、と華楠は思うのだった。
「だから、ちょっと最近狩りに気合入ってるんだ」
「そうなんだ・・・」
狩りの話を出した途端、華楠の元気が無くなってしまった。
暗くなった表情に不安を感じて海月は華楠の方へ身体を向ける。
「どうしたの?華楠。俺何か悪い事言った?」
「ううん、違うの。あのね、私もしかしたら海月のパートナーで居られなくなるかもしれない」
「え?!」
突然の言葉に驚きを隠せない海月。
アサシンギルドの方針でパートナーとのレベル差は±5まで。それ以上開いてしまうと強制的に別の人間と組まされる事になる。
今の二人の差は海月が91。華楠が89なので2。まだ一応安全圏内なのだが。
「相方がね、なんかやる気なくしちゃったのか、突然プロンテラの南広場で1次職の壁とか始めちゃってね」
淋しそうに華楠は喋る。
もしかしたら、華楠と相方さんも恋人同士なのかもしれないと海月は思った。
それは間違ってはいなかった。
元々ソロだった華楠は、偶然狩り場で辻支援をしていた相方に一目惚れされてから付きまとわれ
そして根負けして付き合うようになった。そのお陰で今のギルドに所属するようになったのである。
支援の腕が良かった相方との狩りの相性は良かったので、今まで一緒にやって来たが、突然彼が狩りをしなくなったと言うのだ。
「可愛い子ばっかりと一緒に、でれでれして嬉しそうにさ・・・。今までそんな事無かったのに。蓮の奴・・・一体どうしちゃったんだろう」
華楠は肩を落とすと片手で顔を覆った。
途端、頬を涙が流れ落ちた。
泣いてる・・・。海月は心中でそう呟くとそっと華楠の肩を引き寄せて抱き締めた。
蓮と言うプリースト。華楠を泣かせて、許せないな。
「今、頑張ってソロでレベル上げてるんだけど・・・。追いつけるかわかんなくって。ごめんね、海月。もし、パートナーじゃなくなっちゃったら、私・・・」
海月は複雑な気分だった。
華楠とは出来ればずっとパートナーで居たい。一緒に居て安心するし、波長も合うので『仕事』もし易い。
瑠玖とは一緒に暮らしたい。二人だけの時間を作れる場所が早く欲しかった。
正直どっちも大切だからどっちを優先したらいいのか分らなかった。
瑠玖に相談したらどう言うだろうか。
その前に華楠の事を、アサシンギルドでのパートナーの事を瑠玖に言うべきか否か。
考えれば考える程に悩みが後から沸いて来る。
「・・・もし、パートナーじゃなくなっても。俺達は友達だよね?華楠」
言うと、華楠ははっと顔を上げた。
多分。
もし、自分が妥協をして華楠に合わせてレベルを上げる速度を落としたとする。
そうしたら、きっと華楠は怒るだろう。
あんな話をした後だ。一緒に暮らすのに頑張ってんでしょ?何やってんのよ!って怒られるに違いない。
だから、妥協はしないと決めた。
瑠玖を優先した訳じゃない。
華楠も瑠玖も海月にとっては大切だから。天秤にかけるなんて事をやめただけ。
「そうね・・・友達よね。友達で居てくれるわよね?」
「もちろん。大事な友達だよ」
そう言って海月が微笑むと、華楠は「ありがとう」と言って海月の背中に手を回した。
暫く経ったある日。
海月と華楠はアサシンギルドへ呼び出された。
とうとう来たかと二人は思った。
その時は海月はレベル97、華楠はレベル91。方針である±5をオーバーしてしまっていたのである。
二人はモロクで落ち合ってから、アサシンギルドへ向かった。
手を繋いで。
中へ入り、いつもの部屋へ行くと。カウンターの奥にキエルの姿は無く、アリエルとマスターが居た。
そして二人。見慣れないアサシンが立っている。
片方は海月より薄い色の金髪の男。髪の毛で片目が隠れている。
もう一人も男。薄茶色の髪の毛でぼさぼさ頭だった。
どちらかが二人の新しいパートナーになる訳だ。
多分。
「只今戻りました、海月です」
「同じく、華楠です」
いつものように床に膝を付いて頭を下げると、マスターからすぐに頭を上げなさいと言われた。
そして、立ちなさいと。
言われる通りに立ち上がる。
海月の手を握る華楠の手に力が篭る。
それを感じて、海月も華楠の手を強く握り返した。
大丈夫、俺が居る。そう、伝えるように。
マスターが二人の前へゆっくりと歩いて来ると、非情にもその繋がれた手をばっさりと手刀で切った。
二人はびっくりして目を丸くしマスターを見上げる。
「残念です、海月、華楠。あなた達には期待をしていたのに、方針から外れてレベル差が開いてしまうなんて」
皺を寄せた眉間に人差し指を当てて、溜息を吐きながら首を横に振るマスター。
その後ろで下口唇を噛み締めてアリエルが斜め下を向いていた。
海月も華楠も下を向くしか出来なかった。
海月は妥協をしないで瑠玖と二人で狩りを続けていた。
時々華楠と連絡を取ったりしながら。
華楠の方は相方の蓮が相変わらずで、一切一緒に狩りに行こうとしてくれず、ソロ狩りの毎日。
気持ちが焦るばかりで、少し背伸びをしてデスペナを貰う事も多々あった。
時々連絡をくれる海月との会話だけが癒しになっていた。
片や相方の居る狩り。片やソロ狩り。
育ち方が違うのは当然とも言えるのではないだろうか。
「でも、安心して下さいね。ギルドを追放なんてしませんから。新しいパートナーを紹介しますよ」
薄い金髪の方を華楠の前へ。ぼさぼさ頭の方を海月の前へと指示した。
海月と華楠は目の前に立つ二人のアサシンをまじまじと見詰める。
こいつが・・・新しいパートナー・・・。
「さあ、自己紹介なさい」
マスターが促すとまずは薄い金髪の方が口を開いた。
「初めまして、華楠さん。私は白銀と言います。これから共にやって参りましょう。よろしくお願いします」
白銀はそう言い終わると、そっと華楠の手を取ってその甲へ口付けをした。
華楠の全身に鳥肌が立つ。
キザ野郎だ、こいつは・・・気持ち悪い。と華楠は思った。
ぱっと手を振り払って身体の後ろで口付けされた手の甲を何度も何度も拭う。
次はぼさぼさ頭の方だった。
「俺様はクロウだ。よろしくな」
それだけ言うとクロウは海月に向かって手を差し出す。
素直にその手を握るとぐいっと引っ張られた。
至近距離に顔が迫る。
「足、引っ張んじゃねぇぞ」
ボソっと言われて、海月はムッとして。
「そっちこそ」
言い返した。
こいつとは馬が合わないんじゃないかと思った海月だった。
二人は元の位置に戻るとふんっと顔を背ける。
それを見ていたアリエルは不安を覚えていた。
初顔合わせがこれで一体大丈夫かと。
まぁ、転生までの繋ぎの短期間だし・・・それまでの間うまくやってくれればいいのだけれど。
「さて。今日はこれまでです。二組ともこれから短い期間ですが仲良くやって下さいね」
短い期間、と聞いて海月も華楠も少し安心した。
だけど、どうして短い期間なのだろうか。
聞いてみようと思ったが、マスターはすっとその場から居なくなってしまい、新しいパートナーになった二人も
帰ってしまったのか居なくなってしまって。その場に残ったのは海月と華楠。そしてアリエルだけになってしまった。
アリエルは二人を見て、とても申し訳なさそうな顔をしていた。
「すまないな、二人共。なんとかしてやりたかったんだが、私にはどうする事も出来なかった」
頭を垂れるアリエルに二人は慌てる。
アリエルが謝る事など何もないのだ。
これは二人で話し合った事。こうなる事もちゃんと予測していた事なのだから。
「謝らないで下さい、アリエルさん。俺達こうなる事ちゃんとわかってたんです」
「そうなんです。レベル差が開いて行く時に話し合って決めた事なんです」
迷い無くそう言う二人の言葉に、アリエルは顔を上げる。
まだ少し困ったような顔をしているアリエルだったが、そう言う二人の言葉を噛み締めているようだった。
「原因とか、あるのか?」
問うてくるアリエルに、華楠が頷いた。
相方の、蓮の事を説明する。急に一緒に狩りに行ってくれなくなった事。
1次職の子の壁ばかりしている事。そのお陰で今自分はソロ狩りばかりになった事。
途中からは半分愚痴のようになって行った。隣で聞いていた海月がおろおろする。
それを聞いたアリエルは深く頷いて「それならば仕方無いか」と言った。
「ところでアリエルさん」
「なんだ?」
「さっきマスターが言っていた短い期間てどう言う意味ですか?よく分らなかったんですけど」
海月が質問をぶつけた。
華楠も同じく、と言わんばかりに頷いて見せる。
二人はこれからずっとあの二人とペアを組んで『仕事』をして行くものだと思って居たのだ。
それが短い期間と言われて少しほっとしたのだけれど。
それが何故だかわからないのだ。
分らなくてもやもやしているままでは何だか落ち着かないし、帰っても気になってしまって仕方無さそうだった。
「なんだ、お前達知らないのか?」
「何をですか?」
質問に質問で返す。
本当になんだか分らなくて海月と華楠は顔を見合わせて首を傾げた。
アリエルは丁寧に説明してくれた。
レベルが99になりオーラ状態になると転生する事が出来ると言うのだ。
戦いの女神ヴァルキリーに逢い、生命の浄化を受ける事で新しい肉体を授かり生まれ変わるのだそうだ。
魂は元のままだが新しい肉体に魂が慣れるまでの間、少しだけ時間がかかる為に多少記憶喪失のようなものが起こるが
それは数日で納まると言う。新しい肉体になれば生まれ変わる前よりも数段上の力と技を手に入れる事が出来るようになると言う。
「で、その転生職と言うのが、私達アサシンクロスさ」
海月と華楠は目を輝かせた。
憧れていたアサシンクロスに自分達もなれると言うのだ。
それも、遠い未来の話ではなく近い未来。
海月にはもう一つ目標が出来た。それはアサシンクロスになる事。
華楠にも目標が出来た。ソロでもいい。アサシンクロスになる事。
「俺達も頑張って立派なアサシンクロスになります!」
ね!と海月は華楠に言う。
うん、と華楠は頷いて見せる。
「そうか。・・・だが、残念だ。その姿をこうして揃っては見られないのだろうな」
そうだ。
もう多分、こうして三人で会う事は出来ないだろう。
どちらか片方がアリエルと会う事は出来るとは思う。
だが、一緒には多分もう無理だ。
今までは二人一緒だったから、三人で会う事が出来た。
三人で色んな話をする事が出来た。
なんだか、兄弟が別れ別れになって行くようで、淋しくなった。
本当に、三人は仲が良過ぎた。
「一緒には来られないかもしれませんが、俺達は外で会えるので」
「え?」
「もしアサシンクロスになって二人で会う事があったら、写真撮りますよ!」
アリエルは驚いた。
日常の中で二人は会うと言うのだ。
こんなケースは初めてだ。パートナーが日常でも顔を会わせるようになるなんて。
いや、この二人なら有り得るかもしれないと思った。
初日からの気の合い様。その後の任務での息の合い様。
何に於いてもぴたっと吸い付くように離れないで居て、いつも一緒だった。
出来れば自分が会いに行けない分、日常で仲良くしていて欲しいと強く願う。
「そうか。それは楽しみにしている」
そう言って、アリエルは二人を抱き締めた。
これが最後の抱擁。
別れを惜しむように強く強く力を込めた。
出来る事ならこのまま。二人の体温を己の身体に刻み付けて忘れないようにしたかった。
別に海月に二度と会えない訳じゃない。
別に華楠に二度と会えない訳じゃない。
だた。
二人揃った姿をもう二度と見られない。
それだけの事。たったそれだけの・・・。
「アリエルさん?」
「え?泣いてるの?」
「馬鹿か、私が泣く訳ないだろう」
両腕を二人の身体から離すと、顔を見られないうちに肩を押して背を向かせた。
出口の方へと押しやる。
強く我慢しないと嗚咽が漏れそうだった。
淋しくて悲しくて仕方が無かった。
「ほら、戻りな。今日の用事はもう済んだんだ。用が無いのに長居してちゃだめだ」
二人は気付いた。
アリエルは泣くのを必死に我慢している。
何に対して悲しいのか、それも分った気がした。
これ以上自分達がここに居ては、もっとアリエルを苦しませてしまうだけだ。
顔を見合わせて頷き合うと二人は歩き出した。
入り口まで来た時、微かにアリエルの嗚咽が聞こえて来た。初めて聞いたそれは普段とは違う、か細い女性のモノだった。
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