アナタの幸せに 3話

 

 

「あ」
「あ」

楠がドア開いた時、丁度白樺がそのドアを開けようとしていたらしく、顔を見合わせた2人は同じような声を出す。
「おかえり楠………おっ艶司も一緒か。ウチ来るの久しぶりだな」
楠の後ろにいた艶司がぴょこっと顔を出すと白樺に向かって小さく手を上げた。
「楠が作ったお魚のお団子スープ食べに来たの。白樺はこれからおでかけ?」
「おぉ、知り合いずてで亀将軍暴れてるからなんとかしてくれないかって言われたんだ。ちょっと行って倒してくる」
「わかったわ。気をつけてね」
「いってらっしゃーい!」
港の方へと向かう白樺を2人で見送った後、艶司は横から仰ぐように楠の顔を覗き見た。
「ねえ、楠たちっていってらっしゃいのちゅーっとかしないの」
「えぇぇっ!?」
それを聞いた楠の顔はぼん・と音でもしそうなくらい真っ赤になる。
「ねぇねぇしないの?しないの?」
「それはその、しないって訳でじゃっ」
「もしかして今日僕いたから?夫婦なんだから人目なんてきにすることないじゃん」
「もうからかわないのっ!ほら早く中に入りましょう」
「むぅーっ」
半ば押し込められるように艶司は家の中へと促された。
『新鮮で安い』というイズルードの魚屋そばにある一軒家。白樺と楠の所謂『愛の巣』である。
佇まいはこじんまりとしているものの、居間にある大きな窓から見える港の景色はそれらを感じさせない開放感があった。

「ん~♪やっぱ楠の作ったお魚のお団子スープおいしい!僕だーい好き♪」
黒塗りの器に盛られたスープを一口啜った艶司は幸せそうな吐息を吐いた。
「ありがとう。沢山つくったから少しもって行く?お父さんも食べられるわよね」
「もってく!一緒に食べるのってやっぱ真っ白ライスのほうがいいのかな」
「昨日アマツで買ってきた新米があるから一緒に分けてあげる。お米の炊き方は知ってる?」
「山茶花に教えてもらって何回か炊いた事ある」
「なら大丈夫ね。確かお米はここに…」
言いながら楠は米の保存されているであろう木箱の蓋を開いた。
「ねー楠ってさぁ」
「なぁに?」
木箱の中をごそごそとさぐりながら艶司に背中を向けたままで答える。
「白樺のことどんな風な感じで好きになったの?」
聞いた途端楠は石像のように動かなくなった。
「2人のなれそめって僕聞いた事なかったなぁって思ってさ……楠どうかした?」
黙ったままの楠に心配そうに艶司が話しかけると、機械人形のようにきりきり音がしそうなぎこちない動きで振り返る。
艶司を見る楠の表情は、一言でいうならば『困惑』だった。
「ど、どどどっどっどうしたのよ艶司?何急にそんなこと…」
そう言っている間に楠の顔はみるみる赤みをさしていく。
「だってほら。僕がギルドに加入した時にはもう2人とも結婚してたし、それでなんとなく気になったっていうか……………聞いたらだめ?」
御椀の中で踊る魚の団子をフォークでつんつんとつつきながらもちらっと横目で楠を見る。
「だめって訳じゃないけど!…えぇとね、んー…………………」
『ダメ?』とお願いされてしまうともう断りきれなくなってしまったのだろう。
顔を赤らめたまま言葉を探している楠はつい最近恋を知った少女のように可愛らしく見える。

結婚しててもやっぱこゆとこ『女のコ』なんだよなぁ。などと考えながら艶司は出汁のきいた汁を一口啜り答えを待った。
「彼がその時定宿にしてた宿で目が覚めた時かな」

(楠だったらきっとこんな感じかな)

などと脳内で予想していたものにどれ一つとして当てはまらない衝撃的な答えに艶司は思わず御椀をテーブルに置いて身を乗り出してしまっていた。
「えっ!楠お持ち帰りされたの!?意外!!白樺だいたん!!!」
「ちがっ違うの違うのそういうんじゃないの!!何もなかったの!!!」
『誤解よ!』というように慌てて両方の手のひらを何度も振る楠は顔どころか耳まで真っ赤だ。
しばらくその様をじーっと観察していた艶司だったが、やがてそれに嘘はないと悟ったのか口を尖らせながら椅子に座りなおした。
「違うっていうならなんで白樺が使ってる宿で楠が目を覚ます事になるのさ」
「それは…ま、まだ話さないとだめ?」
顔の火照りをやわらげようと両手で頬を覆っている当然というように艶司は何度も頷いた。
「早く続き続き!それから?なんで楠は白樺の宿にいたの?」
わくわくしながら聞いてくる艶司に、今度は両手指をすり合わせるようにして続きを話し始めた。
「あの時は狩りして精算中の時ね。白樺の初めての結婚が色々あって破棄になった時の話を聞いたのよ。
 私それ聞いてすごく泣いちゃって……そのまま眠っちゃったの」

「………………眠る?眠るっておやすみなさーいぐうぐぅって方の?横になるとかじゃなくて?意識無い方の?」
「………………………えぇ」
何度も聞きなおす艶司に楠は若干顔を逸らしながらか細い声で答える。
「ちょっと!楠は腕力にモノ言わせてモンスターぶっとばす殴りプリだけどその前に女の子なんだよ!
 その女の子がオトコの前でくーすか眠りこけるとかさすがに無防備すぎでしょーがっ!!」

「事情話した人皆に言われたわ」
流石に耳が痛いのだろう、楠は返す言葉もないというようにうなだれている。
「あの時白樺とはたまにwisを取り合うぐらいでお互い住んでる場所も知らなかったのよ。
 眠った私をそのまま放置することも出来ないからって宿に連れて行ったらしいんだけど…それを決断するのに1時間以上考えこんだみたい」

「本当そゆとこ白樺らしいね………それで?何もなかったの?本っ当になんにも??ちゅーも?」
「『俺何もしてないから!まじで何もしてないから!!いやその気は全くなかった訳じゃないけど実行には移してない誓う!誓うから!!!!』
ってこっちが可哀想になるくらいものすごく必死に言ってきたから本当だと思うわ」

「…なんかそれ言ってる白樺の表情まで想像できちゃった」
艶司は残りのスープを一気に飲み干すと、ことりと器をテーブルに置いた。
「でもさぁ、どんな前提や関係だったにせよオトコとオンナが2人っきりなのに何もない方が逆におかしくない?」
「それは白樺だからよ」
少しも迷うことなく楠は即答した。
「私の前の婚約者ね…お付き合いする前から『そういう事』言ってきてたわ。結婚するまでは
 待ってって言ったらすごく嫌そうな顔してたの今でも覚えてる」

「…………………」
過去、ギルド内でほぼ毎日違う男との性行為を『遊び』として楽しんできた艶司としては、何も言えず黙るしかない。
それでも自分にはない楠の純粋な気持ちをどこか羨みながら話の続きに耳を傾けた。
「でも白樺は『お前の嫌だっていう事はしない』ってちゃんと結婚するまで待っててくれたの」

『そういう事は本当に大好きなひととしようね』

椚の言葉の意味が今なら艶司は理解できた。
椚が自分との行為を望まないのは、拒絶ではなく大切に思われていたからなのだと。
「……白樺が楠のこととっても大好きだから。だから待っててくれたんだよ」
艶司の言葉に悲しげだった楠の表情は幸せそうなそれに変わる。
「その前からもう白樺の事は好だったけど、その言葉を聞いた時なんていうのかしら…
 胸がきゅぅ。ってなって――――あぁ、彼の事が本当に大好きなんだわって思ったの」

「そっか、そっか。そうなんだぁ……」
話を終え、そこで漸く楠は『そっか』と繰り返している艶司の顔を見た。
「それにしても、急にこんなこと聞きたがるなんてどういう風のふきまわし?」
「ふぇ!?」
今度は艶司の顔が朱に染まる。
「もしかして気になる人でも出来たの?だから…………」
「!!!!うぅん違うよそんなんじゃない!僕好きな人なんていないよ!全然いないし!本当にいないから!」
「そ、そう?」
過剰なまでに否定され呆気に取られている楠をよそに、会話の間にテーブルに用意されていた米とスープの入った包みを抱え立ち上がった。
「スープご馳走様おいしかった!お米とかも分けてくれてありがとね!僕これからフェイヨン行って来る!!!
 山茶花に髪型変更セットの材料集め頼まれてたから!!!!」

「ちょっと艶司……」
「それじゃあまたね!ばいばーい!!」
一方的に話しきってしまうと艶司はそのまま出て行ってしまった。

* * *

「山茶花!……あら栴檀も露店?」
楠は露店街の一角で露店の準備をしている山茶花に声をかけ、その隣で逆に露店をたたんでいる栴檀に向かって手を上げる。
「さっきまでな。今から出かけるから山茶花に露店の引継ぎ。こないだのギルド狩りで出したカードがまだ売れてねえんだ」
同様に片手を上げて楠に応えながら頼むなこれ、と山茶花へとカードを手渡した。
「まかせて、この時間帯は皆じっくり露店見回るときだし売れると思う。楠も何か売るものあったら一緒に出すよ?それとも代売り?」
「今日は頼まれてたもの持ってきたの。ご所望のつややかな髪よ」
楠が抱えていた布袋を差し出すとひゃーと歓喜の声を上げて山茶花はそれを受け取った。
「ありがと!これだけ全然手に入らなくて自力調達考えてたとこだったの」
「100個ってことは髪型変更セットかしら」
「うん、常連さんのリクエストでね。残りのテールリボン2つは艶司が今日集めてきてくれるって言うし予定より早く準備してあげられそう」
「そういえば…」
艶司の名前で思い出したのかねえ、とカートに布袋をしまっている山茶花の肩を人差し指でつつく。
「艶司の事なんだけど。最近様子が変っていうかおかしな事聞かれたりしなかった?」
それを聞いた山茶花は楠に向かって『待って』というように手のひらを見せてきた。
「当ててあげよっか。艶司が『好き』っていうワードが入った恋愛系の質問ふってきてなに
 あんた好きな人できたのって聞いたら何でもない何でもない好きな人なんていないからって
 過剰に否定して逃げたパターンに遭遇した。ってとこじゃない?」

「すごいわ山茶花、大正解よ!」
ピンポイントな回答に楠は思わず感嘆の声を上げぱちぱちと拍手した。
「やっぱりねえ。実はあたしも昨日似たようなこと艶司から聞かれてたの、リンとあと椚もだってさ」
「何日か前に白樺も艶司に妙な事聞かれたって言ってたから同じかもしれないわね…栴檀は?」
「んーーーーーーーーー」
楠に話を振られた栴檀はその時の事でも思い返しているのか、低く唸りながら腕組をしている。
「思い出した、そう言や俺もなんか話ふられたな」
「やっぱりそうなのね。私や山茶花と同じだった?」
それにはきっぱりと栴檀は首を振った。
「話の途中でアマツにある仏像みたいなこざっぱり顔でやっぱいいとか言われて全部は聞いていねえ」
「あっはっはっは!それは艶司の賢明な判断だね」
「おい山茶花どーいう意味だそれ!」
「はいはい、のんびりしてる時間ないでしょ?」
受け取ったカードを目立つ位置に並べた山茶花は、食って掛かる栴檀のふくらはぎをぺしぺしと叩いてみせた。
「あんた椚と待ち合わせしてるんでしょ」

『栴檀、あと5分待って来なかったら「かわいいせんちゃんまち」ってチャット立てちゃうよ』
『今すぐ行っからこっぱずかしいチャット出すんじゃねえぞてめええええええええええええええええ!!!!!!!』

絶妙なタイミングで入った椚からのギルドチャットそうに答えると、瞬く間に栴檀の姿は見えなくなった。
「ねえ山茶花、さっきの話なんだけど」
「ん?」
露店の邪魔にならないようやや後ろ側に座った楠の方を見る。
「皆にあんな事聞いて回ってるってことは艶司ってやっぱり好きな人でも出来たのかしら」
「あの子がそういう事聞いて回るようになったのって確か…そう、ロードナイトの杜若んトコに
 父さんの一件でお礼言いに行った辺りじゃなかったっけ」

「!じゃあ艶司の好きな人って…」
楠が最後まで言わずとも意味はくめたのか、山茶花は小さく笑いながら被っているキャプテンハットの鍔を指先で弄んだ。
「顔を合わせるのすら嫌々だったクセにさ、ほんとわっかんないもんねぇ」

* * *

「びっ、びびびっ………びっ…びっくりした…!」
当の艶司は山茶花に頼まれたテールリボンの収集のためフェイヨンダンジョン――――ではなく、
フェイヨンの外れにある東屋の椅子に突っ伏し息を切らしていた。

ダンジョンに向かおうとする途中、琉風らの所属する色即是空と同盟ギルドである空即是色の姿を見つけてしまったのだ。
その姿を見て艶司の脳裏を過ぎるのは、今となっては口に出すのもおぞましい自分がしでかしてきた数々の暴挙。
声をかける事は勿論彼らの前を通り過ぎる勇気すらなく、はずれにある東屋の中に逃げこんだのだ。
「そう言えば今日って攻城戦だっけ…もう全然出なくなっちゃったからすっかり忘れてたなぁ」
彼らとの一件は白樺の立会いのもと艶司に『一撃』を入れる事で水に流した――――とは言うものの、後ろめたい気持ちは今も消える事は無い。
「こうなったら攻城戦の時間になるまでここで時間つぶすしか…」

「大丈夫?」

「ひゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
背後から声をかけられると同時、肩に手を置かれる感触に艶司は反射的に悲鳴を上げていた。
「あっあっごめんなさい突然話しかけて!びっくりしたよね!」
慌てた様子の声に振り返ると声をかけたプリーストが、今度は落ち着かせるようにごくごく優しく艶司の肩を撫でた。
「こっちこそごめんなさい大きな声出したりし………………て」
言いながらプリーストの襟元に目が止まりそこを凝視する。
プリーストの襟元につけられているエンブレムは間違いなく空即是色のものだ。
遠ざけようとしていた筈の存在がいいきなり目の前に現れた事で動揺してしまったのか、エンブレムを見たまま小刻みに震えだした。
「あ、あの…君本当に大丈夫?今ヒールを…」
プリーストがヒールを施そうした瞬間、我にかえったように艶司はがばっと頭を下げた。
「違うの!僕のほうがごめんなさいなの!ごめんなさい!本当にごめんなさい!!」
「あの、えっと…?」
しきりに謝られプリーストは戸惑っていたが、身につけているエンブレムを見てから艶司の様子がおかしくなった事に気づいたらしい。
「もしかして僕のギルドの人が…澪が君に何かしたの?」
「……!!!」
澪の名前を聞いて、あからさまにビクリと身体をこわばらせた艶司に今度はプリーストが必死に謝りだした。
「わぁぁぁぁだとしたらごめんなさいごめんなさい!澪は決して悪い子じゃないんだけど!」
「違う違う!違うの!悪いのは僕なの!!」
激しく首を振って艶司はそれを否定する。
「ひどい事をしたのは僕の方なんだ……本当にごめんなさい」
ぺたんと座り込みうつむく艶司をプリーストはしばらく見つめていたが、やがて視線を合わせるように屈みこんだ。
「君がそんなに謝る理由…僕ちょっと知ってるかもしれない」
「ちょっとってどこまで?人質とって砦の撤退を迫ったこと?ギルドメンバーの1人を脅してレイプさせたこと?
 相手のトラウマえぐるために色即是空のマスターの首しめた事?それとも君らをおびき出すために首都で枝テロ起こしたこと?」

「……………!」
艶司の言った内容はほんの一部分だったが、プリーストの言う『ちょっと』をかなり上回るものだったようだ。
返す言葉こそないもののその表情には驚愕の色が伺える。
「これをやったの全部僕なんだよ、だからごめんなさいなの………………言葉で謝った所で簡単に許されるなんて思ってないけどさ」
それから艶司はきゅ、と唇を引き結ぶ。どんな暴言でも、例え暴力であっても耐えるつもりでプリーストの次の言葉を待った。
「……でもそれは話し合いをして終わった筈だよね?」
「それでも僕が酷い事をしてきた事実は消えないよ。僕はたくさんの人を傷つけた」
「………………」
「ねえ、そういえばその『話し合い』の時に君いなかったよね?」
「え?あ…う、うん」
「じゃあ僕のこと殴ってないよね?」
「うん…………えっ!?殴る!?話し合いじゃなかったの!?」
「話し合いした結果一発殴らせろっていうことになって君のギルドと同盟ギルドの人全員から殴り飛ばされたの」
「えっえっそんな事になってたの!?僕はてっきり…」
「僕のしてきた事は話し合いだけで解決するような軽いものじゃないってこと」
それからおどおどしているプリーストの顔を改めて見る。
「そういうわけだから。今から僕を殴ってもいいよ、一発じゃなくて何回でもいい。それくらいじゃ気が済まないかもしれないけどさ」
プリーストは何も言ってこなかったが、かまわず艶司は目を瞑って歯を食いしばる。
どのくらいの沈黙が続いただろうか。それが破られた瞬間に艶司が感じたのは、殴られる痛みではなく優しい温もりだった。
「はい。いいこいいこ」
顔を上げると、プリーストは艶司の頭を優しく撫でていたのだ。
「ちょっ…いきなり何!?」
艶司は思わず詫びる立場なのも忘れて頭に乗せられているプリーストの手を退けた。
「僕殴れって言ったんだけど!なでなでしてなんて頼んでないっ!!」
「多分殴ってもそんなに変わらないと思うな。僕腕力ほとんどないし」
「だからってどうしてなでなでになるのさっ!!」
「君がいいこだから。だから撫でたくなったんだ」
プリーストの発する言葉自体はどこまでも静かなのに、艶司の強い口調はやんわりと遮られる。
「君は自分のしてきた事を反省して『ごめんなさい』って言えるいいこだよ。だから殴ったりなんてしたくない」
「…………………………ふぇ」
プリーストの優しい声色は過去に苦しむ艶司を何度も諭してくれた黒松とだぶり、初対面な事も忘れてプリーストに抱きつきそうになる。
かろうじてそれを抑えていると、プリーストの方から艶司の身体を優しく抱きしめてきた。
「いいこ、君はいいこだよ」
いいこ、と繰り返し抱きしめられたまま頭を撫でられるが、今度は抵抗しなかった。
「澪も桜子も彩も、他の皆も君を許したんだ。だから『ごめんなさい』って言った君自身の事もどうか許してあげて」
身体は艶司よりもずっと華奢で頼りなげなのに、頭を撫でる手も抱きしめる腕も慈愛に満ちた優しさと強さを感じる。

(潜在魔力…違う、これは彼の心の強さだ)

「……うん、分かった」
ぼそっと艶司がそう言うとプリーストは腕を緩め、にっこりと微笑んだ。
「あ、自己紹介してなかったね。僕は奏っていうんだ。君の名前は?」
(――――かなで?)
名乗られた名前に何かがひっかかるが思い出す事ができず、返事を待っているプリースト・奏に名乗った。
「僕は艶司」
「艶司か。よろしくね」


[Luina Guild 2]:ホーエンシュヴァンガウを『明亭はメインディッシュvv(人´3`)』ギルドが占領しました。


気がつくと攻城戦はすでに開始されており、ルイーナ砦の一つが落とされたアナウンスが流れてくる。
それを聞いた奏は嬉しそうな顔で遠くを仰ぎ見た。
「――――あ、これ杜若かな」
「へぇっ!?」
何の脈拍もなく出てきた名前に艶司は思わず大きな声を出してしまう。
「あれ、もしかして艶司は杜若の事わかるの?」
「わかるっていうかその…か、奏は?奏こそアイツを知ってるの?」
言葉を濁して逆に聞き返すと、奏はうん。と大きく一つ頷いた。
「攻城戦はころころギルド名変えて単独で攻めてるんだってね。1人で砦を落とすってすごいよね!」
「…うん」
「僕が初めて杜若に会った時は子どもみたいに『たかいたかーい♪』ってされたんだ。すごい力もちでびっくりしたよ」
「……へーぇ」
奏が杜若の事を話すたび艶司の返事は徐々にそっけないものになっていく。

(そんな事僕だって知ってるし。ってか抱き上げられたこともキスされたこともあるんだから!)

などと心の中で妙な張り合いをしながら奏の話を聞いていた。
「いつも面白い装備してて会うたび僕笑ってたよ。彼と話すとすごく楽しくて……そしてとっても優しかった」
「優しかった!?」
「うん、とっても優しかったよ」
驚愕の表情でつめよる艶司に迷うことなく奏が答えた。
「嘘だ!奏ぜったい騙されてる!あいつすっごい意地悪なんだよ!!やな奴なんだよ!!僕はあいつに何度も何度も何度もいじめられたんだから!!!!」
「そうなの?うらやましいな」
「うらやましい!?今うらやましいって言った!?奏は僕の話ちゃんと聞いてた!?僕はアイツにいじめられてたんだけど!!!!」
「僕が病気がちで身体がそんなに丈夫じゃなかったせいもあるのかな。杜若はいつも僕に優しかったよ」
「それはさっきも聞いたよ!そして僕はいじめられてたの!!それでなんで僕がうらやましくなるのさ!」
「そういう事を僕が知るのはね、いつも周囲からだった」
そう言った奏の表情は悲しげだった。
「あと数分で砦を防衛できる所から砦を奪ったとか、他の人を怒らせちゃうような名前のギルドを
 作って攻城戦のアナウンスを流すとか…そういうのを聞いても僕が知ってる優しい杜若からはなんだか想像できなくて」

「優しくしてもらえるならいじめられるよりいいじゃん。何が不満なのさ」
「僕は寂しかった。いじわるでもいい、僕の前でもありのままの杜若でいてほしかったから…………だから僕は君がうらやましいんだ」
「そ、それで意地悪とか冗談じゃないし!」
妙な嬉しさがこみ上げてくるのを隠すように艶司はぷいっと横を向き、それを見た奏は小さく笑う。
「僕も杜若のそういうところ見てみたかったなぁ」
「…………………」
杜若の名前を口に出すたび奏はとても幸せそうな顔をする。
艶司は知らないふりを決め込むつもりだったが、既に気のせいの領域ではなくなって来ており、ついに核心に触れる事を口にした。
「奏ってさ。やたらとアイツのこと話すけどそんなに気になるの?」
「うん、大好きだよ」
「す………………!!」
「杜若も僕を好きっていってくれてたんだ。3ヶ月くらいだけどお付き合いもしてたよ」
「おつきあい!?……………………………………して『た』?」
杜若の知られざる部分を意外な形で知る事になり、驚いたのもつかの間『してた』という過去形が妙に気になり聞き返す。
奏は間違いないよというようにうなずいた。
「うん『してた』……かなり前にお別れしちゃったからね」
「…………なんで?優しいばっかりで本心を見せてくれなかったから?」
「ううん、僕は今でも杜若の事は大好きだよ」
「わかんない…じゃあなんで別れたのさ」
「僕が彼の側にいられなくなったから。だからお別れしたんだ」


『艶司が大好きだからだよ』


「君もなのっ!?」
そう言って悲しそうに笑う雅楽の顔が奏と重なったと瞬間、艶司は大声で叫んでいた。
「なんで離れるのさ!大好きなのにお別れとかホント意味わかんない!!!」
突然怒鳴られ呆気にとられた顔をしている奏を見ても、艶司はまるで機関銃のように怒鳴り続ける。
「側にいられなくなったじゃなくてどんな手段使ってでも側にへばりついてればよかったんだよ!!!
 それともなに!?アイツは鉄の心臓だから大丈夫だからとかいう訳っ!?」

怒っている筈なのに何故か頬からは一筋の涙が伝っていく。
「へらっへらしてるけどアイツだってかなしくなったり泣くことだってあるんだからねっ……………だから側に…そばにいってあげてよぉ……」
「…艶司」
「大好きなら離れていかないで…僕にしてくれたみたいにアイツのことやさしくぎゅってして…………っ……うっ…ひぅ……うぇっ…」
手の甲で顔を覆い泣き出してしまった艶司を奏がそっと抱きしめる。
「ちがうのぉっぼくをぎゅーするんじゃなくてぇっ」
「杜若が好きになった人が艶司でよかった」
「……………………ふぇ?」
艶司が泣き濡れた顔を上げると、奏の手のひらがその涙を拭う。
「ずっと心配してたんだ。でも君がいるならもう大丈夫だね」
「な…に?言ってる意味わかんない…どういう――――」
「杜若のこと、抱きしめてあげて」


「えーちゃん!えーちゃん!!えーちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」


艶司の耳に入ってくるのは聞きなれた声。
声のした方を見ると、ロードナイト・竜胆がペコペコに乗って激突せんとばかりの勢いでこちらに向かってきていた。
「リン!…………………………………………あ」
「えーちゃん!えーちゃ………違うこっちじゃないこっちじゃない!!」
名前を呼びながらもその艶司がいる東屋を完全に通り過ぎてしまい、途中で慌てて引き返してくる。
艶司が涙を拭いながら東屋から出たタイミングで竜胆のペコペコは目の前に止まった。
「えーちゃんやっと見つけたよー!髪の毛集めにフェイヨンダンジョンいったって聞いたから探しに行ったのに全然見つかんないんだもん!」
「えっ1人でフェイヨンダンジョンに行ってきたの!?大丈夫!?迷子にならなかった!?地下までいけた?
 ヒドラ群生地に突っ込まなかった!?ちゃんと戻ってこれたの!?いやここにいるんなら戻ってこれたんだろうけど!」

まくしたてるように質問攻めする艶司に、竜胆はえへへと苦笑いしながら蝶の羽を見せる。
「途中で何階にいるかも分かんなくなっちゃったからこれで戻っちゃった。えーちゃんに何忘れ物しても
 いいから蝶の羽だけは持つんだよって言われてたから」

「よ、良かったぁ…」
深く安堵の息を吐きながら艶司がペコペコの胸にしがみつくと、そこから降りた竜胆にマントをくいくい引っ張られた。
「それよりえーちゃん、こんな所でなにしてたの?ギルドチャットで話しかけても全然返事してくれないんだもん」
「ごめんねリン、ログちゃんと見てなかった………それで、えーっと?」
何故自分を探していたのか分かっていない様子の艶司に竜胆はぷぅぅっと頬を膨らませた。
「期間限定のヨーグルトパフェ、皆で食べ行く約束したじゃん!!」
「あれ、それって明日じゃなかった?」
「今日だよ!さらに言うと食べれるのも今日までだよ!!だから早くのってのって!」
「あっリンちょっとまって」
艶司をペコペコに乗せようとする竜胆を待つように促し、奏へひとこと声をと後ろを振り向いた。
「ごめんなさいちょっと僕……………………………あれっ?」
そこでついさっきまで話していたはずの奏の姿がいない事に気づく。
「あれ?あれ?あれ?」
「えーちゃん、さっきからあれあれいってどしたの?」
ペコペコに乗りかけた竜胆は何かを探すように東屋の中を見回す艶司に近づいた。
「だって急にいなくなるんだもん。ここにもう1人いて僕とさっきまで話してたんだけど」
「???」
きょとんとしている竜胆をよそに艶司は攻城戦が行われているであろうチュンリム湖のある方角を見つめている。
「テレポート?それとも攻城戦スキルの緊急招集つかわれたかな」
「ねえそれっていつの話?さっきまでえーちゃん1人だったでしょ」
「え?」
驚いたように艶司が振り向くも、竜胆の表情を見るに冗談を言ってる訳ではないようだ。
「いつの話って…今だよ?リンがここにくるちょっと前までプリーストの人と一緒だったんだから」
「あたし結構遠くでえーちゃんの事見つけてすぐ近くに来るまでずーっとずーっとえーちゃんから目を離さなかったけど他に本当に誰もいなかったよ」
「いなかったって………」
そんなわけない。木の影とかでたまたま見えなかっただけだろう。
言い聞かせるように艶司は奏へとwisをつないだ。


【奏という冒険者は存在しません】


返事の代わりに告げられたライセンスメッセージに艶司は目を見開く。
「うそ、なんで?だってさっきまで本当に……………」
「えーちゃんはやく行こうよう!もうみんな待ってるんだからぁぁぁ!」
「……うん、んー…うーん、んんんー………」
促されて竜胆と共にペコペコに跨るも、艶司は納得できずに小さく唸っていた。
(リンに奏のことは見えてなかった。冒険者ライセンスに登録されてすらいない。
まるではじめから奏なんていないみたいに。だきしめてくれた腕も頭を撫でてくれた手の感触もこんなにこんなに覚えてるのに)



『杜若のこと、抱きしめてあげて』


(ってゆーか!そもそもなんで僕がアイツをぎゅーってしてあげなきゃならないのさ。いやぎゅーはしてるけど!だからって………)
「ふぇぇ、えーちゃぁぁんっ」
「……………………………………え?」
竜胆の声に我にかえると、真っ先に目に入ったポイズンスポアの姿に目が点になる。
「転送使いたいのにカプラさんいないよぉえーちゃんどうしよぉぉぉ!」
「リンっフィールドに出ちゃってる!ここフェイヨン迷いの森02だから!」
「うぇぇぇぇごめんねごめんねえーちゃぁぁぁん」
「泣かないでリン大丈夫だから!カプラさんはここからまず左に行って………」
半泣きになっている竜胆の案内に徹するのを言い訳に艶司は答えを見つけることを投げ出した。

* * *

「あらいらっしゃい、珍しいお客様ね」
自宅の扉を開けた御形は、ドア向こうに立っている艶司を笑顔で迎えた。
「はいこれ。ヨーグルトパフェ食べたカフェで売ってたフルーツゼリー買ってきたの」
「わざわざ届けにきてくれたの?」
艶司から差し出されたゼリーが入っているであろう白い箱を受け取る。
「うぅんいいの、フルーツゼリーも美味しいから食べてね。それでね、えっと…」
何か言いたそうにもじもじしている艶司に向かって御形は大きめにドアを開く。
「入って艶司、一緒に食べましょ」
「え、いいの?」
「せっかくの美味しいものなのに一人で食べたってつまらないでしょ。お店の話も聞きたいし。ね?」
「うん!あのね、アルベルタの港の近くにあるカフェなんだけど…」
妙に嬉しそうにしている艶司に何を問うでもなく御形は中へと招き入れた。

「この紅茶美味しいね、とってもいい香り♪」
「いただきものよ。これに合うと思って」
艶司が紅茶の香りを楽しむ向かいで御形が最後の一口になったゼリーを口に運ぶ。
「本当に美味しかったわ、ご馳走様」
「でしょ!でもごめんね。御形姉の分食べちゃって」
御形のために買ってきた2つの内の一つであるゼリーは艶司が完食済みだった。
「気にしないの。私もここのとこ忙しくてこんな風におしゃべりする機会なかったものね、嬉しいわ」
「えへへ…僕も御形姉とお話できて嬉しい」
御形に頬をくすぐるように撫でられ艶司ははにかむように笑った。
「ヨーグルトパフェはまたやるらしいからその時は一緒に行こうね」
「ええ――――」
答えながら御形がどこか妖艶に微笑み返した。
「で・艶司。私に相談したい事って何?」
「…………へっ?」
とぼけたような声を出すも妙にそわそわと視線を泳がせ、明らかに艶司の挙動はおかしくなっている。
「好きな人とか恋の話とか。皆に色々聞いて回ってたそうじゃない」
「ふふぇっ!?」
顔を赤くして椅子ごとずり下がるようにした艶司に対し、紅茶を飲む御形はあくまで穏やかだ。
「消去法でいくともう私しかいないものね。お土産を持ってきたのだって半分は口実なんでしょ」
「むぅー………」
ずずず。と後ろに下がった椅子を戻し、照れ隠しなのか唇をとがらせている艶司の頭をあやすように撫でてやる。
「で、なあに。私の恋愛論でも聞きたいの?」
「恋愛論っていうかその、えっと…」
「ロードナイトの彼の事、とか」
「ちが!……………………わない。うん、多分そう」
思わず否定しそうになるも艶司はごくごく小さい声で言い直した。
「彼がどうかした?」
「最初はすっごく大嫌いだったの。いじわるばっかりしてくるし、好きって言われたけどこれっぽっちも信じてなかった。でも…」
「でも?」
「大嫌いな筈なのによくわかんないけどふとしたことでアイツの事思い出したりすることが多くなって、それで…そのっ」
しどろもどろで歯切れの悪い話し方になっても、時折相槌を打ちつつ御形は聞いてくれている。
それに深い安堵を覚えながら艶司は続きを話し始めた。
「それからアイツの小さい時の話聞いたりとか、アイツの事好きだっていう人の話聞いたりとか、
 色々してる内にアイツをどう思ってるのか分からなくなっちゃったんだ」

「そう」
話し終えた艶司に短くそう答えながら御形は脚を組みなおす。
「なら一つだけ艶司に聞くわ。君は彼が嫌いなの?」
ずっと視線を落としていた艶司だったが、ふと訪れた沈黙の中。
「…………………嫌いじゃない、と、思う。多分」
そう答えた艶司をじっと見つめていたが、やがて御形は入り口の方を指差す。
「その事を自覚してれば十分よ。今からロードナイトの彼の所にいって大好きって言ってきなさい」
「!!!!!?????」
「何無言で口ぱくぱくさせてるの?こういうのは早いほうがいいんだから」
「ちょっ…ちょっと御形姉!僕は嫌いじゃないって言ったけど好きだなんてひとことも………」
「好きなのよ」
「…………………!」
「ほら言い返せないでしょ、私が言った事が間違ってないからよ。彼の事が好きだから」
御形が立ち上がり、うつむき完全に黙り込んでしまった艶司に近づく。
「最初は嫌いだった。でも彼の事を知るたびに少しずつ彼に惹かれてもっと彼の事が知りたくなって、
 そして今彼の全てが欲しくなっているの。艶司が認めていないだけよ」

「うぅぅぅぅ~…………」
唸りながら艶司が御形にしがみつくと、御形はその髪を優しく梳いてやる。
「私の所に来たのだって『相談しに』じゃなくてただ背中を押してほしかっただけ――――どんな事だって
 誰かに自分の気持ちを打ち明けるのはとても勇気がいることだものね」

まだふんぎりのつかないであろう艶司をもう急かす事はせずに頭を撫で続けた。
「でも艶司はもう彼の心を捉えてる。何も怖がる必要なんてないわ」
御形に抱きついたまましばらくの間大人しくしていたが、やがてゆっくりと離れていく。
「僕、アイツのとこ……行ってくる」
「いい子」
ためらいがちではあったがそう答えた艶司の頭を、今度は両手でひと撫でしてやった。

「あ、艶司ちょっと」
「なーにー?」
玄関先まで見送りに来た御形が呼び止めてきたので階段を降りかけた艶司が引き返してくる。
「とっておき、教えてあげる」
「とっておき?」
手招きされるまま艶司は御形の口元へと耳を近づける。
「ふぇぇぇッ!?」
囁かれた内容に艶司は無意味に両手をぱたぱた振ってみせる。
「あら意外な反応。艶司なら平気だと思ったんだけど」
「だめだよ!そんな事やったらアイツちょーしにのるから!」
「あら、好きなだけ調子にのせればいいじゃない。そこからどんどん煽っていく感じで」
「でもでもでもっ」
「――――その胸に彼を抱いて、決して離しては駄目」
御形は艶司の手を取ると胸に手のひらをそっとあてがわせてやる。
「艶司以外何も見えなくなるくらい虜にしてきなさい」
「……………うん」
「君に幸運を」
額に御形からのキスを受けながら、艶司は気持ちを固めるようにぎゅっと自分の両手を握り締めた。

* * *

ハラをきめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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