アナタの幸せに 1話

 

こんこんこん。

山茶花はアルデバランの水堀近くにある小さな民家のドアへ3回目のノックをしていた。
「父さん、艶司!寝てるの?」
『魔法でちょっとためしてみたい事がある』と言っては真夜中だろうと、丁度今ぐらいの朝の時間帯
だろうと構わず2人で狩りに出かける事は珍しいことではなかったが、wisをしても揃いも揃って2人とも返事をしないのは流石におかしい。
「艶司がまだ寝てるっていうのは分かるんだけど超がつくくらいの朝型の父さんまでこの時間でも返事がないって事はもしかして…」
思い当たる事があるような口ぶりで山茶花は合鍵を取り出した。
「あぁ~もう、やっぱりかっ」
居間に入った山茶花は、視界に入った予想通りの光景にそんな声を出していた。
居間の床で互いに身を寄せ合うようにして眠っている黒松と艶司。
周辺には魔法書らしきものと、山茶花から見ればよく分からない図形らしきもの書き込まれた紙が散乱している。
「………想像通りでむしろ笑っちゃうわ」

『ラウドボイス!!』

山茶花は自らにスキルを施すと、未だ気持ちよさそうな寝息を立てている2人の側に立ちすぅううと息を吸い込んだ。

「こらぁぁぁぁぁぁぁぁ起きなさぁぁぁぁぁぁいいいいい!!!!」
「ふっ…ふふぇぇ!?」
響いた大声にびくっと身体を跳ねさせ艶司が最初に飛び起きた。
「………………ん……もぉ何だよ山茶花、どうしたのこんな夜遅くにぃ…」
「どうしたのじゃないし夜遅くでもないもう朝よ!朝!!」
「ふぇ?…うー…」
山茶花が開けたカーテンから差し込む光に艶司はまだしっかり目覚めていないのかうなり声を上げ目をしばしばさせている。
「ほらしゃんとしなさい艶司!朝だってば!」
「………あさ………え?……朝?えっ?えぇぇぇぇッ!?」
窓の外が明るくなっているのに驚愕の声を上げるのを見て山茶花は苦笑いと共にため息を吐き出した。
「どうせまた『魔法論議』とかそんな感じのやつ白熱させてそのまま眠ったんでしょ。
 眠くなったらちゃんとベッドで寝なさいっていつも言ってるのにそろいもそろって仕様がないんだから」
「うー…ごめんなさい。昨日菫ちゃんとトール火山行った時に魔法の座標位置でちょっと気になる所があってさ、それを黒松と話してる内に…」
「気がついたら寝ちゃってた、て?」
「うん。あ!でも最後の方はベアドールのボディの縫い目の話してたんだよ。魔法からなんであんな話になってたんだろ」
「縫い目はいいから顔洗ってきな。髪の毛もぼっさぼさ」
「ふぇぇぇぇぇっ」
がしがしと艶司の頭を撫でて洗面所へと促すと、未だ眠ったままの黒松を揺り起こした。
「ほら父さんも起きて!」
「…縫い目が…ベアドールの………」
「ちょっとぉ夢と現実のハザマで艶司との会話成立させないでよほら起きてってば!」
「んー…あぁ山茶花かい、こんな夜中にどうした?」
「もう朝なんだけど」
「朝?………………………………ッ!?」
明るくなった窓を見て軽く驚愕する黒松を見た山茶花の肩は笑いを堪えるように震えている。
「もう一連の流れ艶司とおんなじだし!本当親子みたいね」
「そうかい?最近ご近所さんにも『お宅の息子さん』とか言われるようになってね」
「父さんそれ親馬鹿ダダ漏れしすぎ」
嬉しそうに笑う黒松を尻目に山茶花は買ってきた食材を台所のテーブルに並べ始めた。

「ねえ山茶花朝ご飯は?」
身支度を整え小走りに台所に入ってきた艶司にまだ、と首を振って見せた。
「だから私の分も作ってよ。この通り材料提供するからさ」
「わぁやったぁ!昨日買い物しそこねて朝ごはんマフィンとコーヒーだけになるとこだったんだ」
感嘆の声を上げながら艶司はテーブルに並べられた野菜や果物を手に取った。
「あ、でもパンの取りおき全然ないからやっぱりマフィンは焼かなきゃ。山茶花も食べるよね?」
「それでもいいけど私今から買ってきてもいいよ。ここに来る途中にロールパン売ってる露店見つけたから」
「え?ロールパン?」
「ほら、あんた前言ってたじゃない。ロールパンが美味しいっていう不定期パン露店さん。その時は丁度準備中だったから今から行けば………」
「買ってきて買ってきて!!普通のとココアロールも!」
「ココアロール?そんなのもあるの?」
そう!とやや興奮気味にいいながら艶司は山茶花の腕を取ってぶんぶん揺らしながら力説する。
「あるの!いいにおいでほんのり甘くてちょっとしか置いてなくてすぐに売り切れちゃって
 なかなか買えないやつなの、すっごくおいしいんだよ!山茶花も絶対好きになるから!」
「ロールパンとココアロールね…よっし任せて、絶対ゲットするから!」

『カートブースト!!』

「いってらっしゃーい!」
あっという間に小さくなった山茶花を台所の窓から手を振って見送ると艶司は鼻歌交じりにやかんを手に取る。
「黒松、コーヒー飲むでしょ?」
「頼むよ艶司。あぁ…今日もいい香りだ」
身支度を整え居間に戻った黒松は窓際にある専用の椅子に腰を下ろし、台所から立ち込めてきた香りに心地よさそうに目を閉じた。

* * *

山茶花が黒松の家へ向かう途中まだ準備中だったパン露店はすっかり準備が整い、
店主である老婆は耳にじゃらじゃらピアスをつけたローグへパンが入っているであろう紙袋を渡していた。
「サンキューばーさん、また頼むな!」
「毎度ありがとうよ、気をつけてねぇ…はいはいいらっしゃい、どれにするか決まったかい?」
ヒャッホォと叫びながら紙袋を抱えて走り出すローグに笑顔で手を振ると、しわがれているが優しい声で小首をかしげて見せる。
「おはようおかあさん、ロールパンと…ココアロール?あるかな」
「ロールパンならまだあるよ。ココアロールは…ここにあるので最後だね」
「わぁあぶなっあと少し遅かったら買えない所だった!」
指差す先には大きなバスケットの中に少しだけ残っているほんのりココア色のロールパンを見て山茶花は胸を撫で下ろした。
「ふふふ…最近はあんたたちみたいな冒険者さんがよく買いに来てくれるようになったからねえ。多めに焼いてもすーぐなくなっちまうんだよ」
言いながら紙袋に入れると山茶花に渡してやる。
「ありがと。えんじ…あ、うちのギルメンがおかあさんの作るココアロール大好きなの」
名前を知らないだろうと訂正してみたものの、どうやら艶司の名前に聞き覚えがあったらしい。
「『えんじ』って………もしかしてそこの角の曲がった水堀そばの家に住んでる魔法使いの男の子の事かい?」
「そうよ、今おかあさんが店出してるって聞いたら即座に買ってきて!だって。おかあさん艶司の事知ってたの?」
「まぁね…………そうだ、あんたがあの子の知り合いならこれを渡しておいてくれないかい?」
「何これ………わぁっどしたのこれ!」
手渡されたバスケットの上の布巾ををめくると、その中には美味しそうにデコレーションされたいちごのケーキ。
「本業じゃないもんだから上手に出来たかわからないけどね。その『えんじ』くんに渡してほしいんだよ」
「あ、ならお金払うよ、おかあさんいくら?」
「いいのいいの、ちょっとしたお礼みたいなもんさ」
ゼニーを取り出そうとした山茶花の手をやんわりと止めながら老婆はゆっくりと首を振った。
「私もこの通り年なもんだから頻繁に店が出せなくてね、長時間なんてもってのほかさ。こんな不定期な店でもこうやって繁盛してるのはあの子がいろんな人に宣伝してくれたからなんだよ」
「艶司が?」
「最近冒険者さんがよく買いに来てくれるようになったのはあの子のお陰さ。冒険者さんなんて今まで
 関わった事なかったもんだから最初はいちいちびっくりしたもんだけど…おいしい顔ってのはどんな人でも可愛く見えるもんなんだね」
そう言ってはにかんだように笑う。
「だから受け取っておくれ。ちょっとした気持ちだからさ」
「…ありがとおかあさん。あの子甘いもの大好きだから絶対喜ぶわ」
受け取ったバスケットを山茶花は大事そうに抱きしめた。

「お帰りなさい!山茶花もコーヒー飲むでしょ」
山茶花が戻ってくると艶司が食器棚から山茶花専用のマグカップを取り出している所だった。
「頂戴、あとロールパンとちょっとだけどココアロールゲット」
「わぁほんとに?ありがとう山茶花!」
「それとこれ。パン屋のおかあさんがあんたにって」
ロールパンの入った紙袋をテーブルの上に乗せ、ケーキの入っているバスケットを艶司の前に置いた。
「わぁ…………………」
そう言ったきり艶司は何も黙り込んでしまったが、バスケットの中を覗いたその目はキラキラと輝いている。
「お店を宣伝してくれたお礼?だって。次会った時にでもちゃんとありがとう言うんだよ」
「わかった!嬉しいな~今日はココアロールにケーキもなんて!朝ごはん終わったらみんなで食べようよ」
「ん。何か手伝おっか?」
バスケットを大事そうに戸棚の上に置いた艶司は山茶花の言葉に首を振る。
「あとはベーコン焼いて盛り付けるだけだから座って待ってて。はいこれ」
コーヒーを山茶花へと手渡すと艶司は朝食準備の続きに入った。
「あー…おいしー」
コーヒーの味と香りを楽しみながら遠慮なく待ちの体制に入った山茶花は、
窓際の椅子に座る黒松の隣で足を抱えキャベツを刻んでいる艶司の後姿を眺めていた。
「ねえ父さん、人って大きく変わるもんなのねぇ」
「ん?艶司の事かい?」
「うん、加入したての頃なんて料理したことなかったって言ってたじゃない。今じゃ見てよあれ」

『ファイヤーボール』

正確に調整された魔法でベーコンを焙り、綺麗に千切りされたキャベツを盛り付けるその姿はすっかりこなれたものである。
「それと初めて艶司が淹れたコーヒー。あれは忘れられない味だったね」
「コーヒーじゃなくて毒豆の煮汁でしょ?父さんあんなの飲んでよくお腹壊さなかったわね」
「それが今では艶司が一番上手に淹れるんからね」
「あと…誰かが思わずケーキ焼きたくなっちゃうような事もしてる」
言いながら山茶花の視線が棚の上にあるケーキの入ったバスケットに移っている事に気づき、
椅子から少しだけ身を乗り出してその顔を覗き込む。
「…それはね、艶司が元々優しい子だったっていうのもあるし、山茶花や他の皆が今まで
 艶司を側で見守って支えてきてくれたからなんだよ。だからケーキを焼いてもらえるような子になれたんだ」
「そう、なのかな」
「そう、私にとってはとてもとても嬉しい事だ。お前たちがいるこのギルドに艶司を入れて本当に良かったと思っているよ」
「…………うん」
涙声になった山茶花の頭を黒松は優しく撫でて微笑んだ。

『山茶花ちゃんおはよー起きてる?』

ギルドチャットから伝わるハイウィザード・菫の声に滲んだ涙を慌てて拭いながら答えた。

『おっ…おはよ菫。起きてるけど』
『なんか声かすれてるよ?もしかして寝てるとこ起こしちゃった?』
『大丈夫平気平気!ちゃんと起きてるから!』
『それならならいいんだけど。あのね山茶花ちゃん、青石買って欲しいの』
『代買ね、それなら今日でも大丈夫。ただ私今父さんのところなの、朝ごはんこれからだからその後でもかまわない?』
『全然おっけーだよーっていうか山茶花ちゃんパパの所でご飯食べるって事?ご飯食べるって事はえーちゃんのコーヒーつきってこと??』
『時計塔前ランダム出現パン屋さんのロールパンゲットしたからそれと艶司が淹れたコーヒーでね。ってかコーヒーは今もう飲んでるけどさ』
『えええええええええ山茶花ちゃんだけずるいよ私もえーちゃんの淹れたコーヒー飲みた~い!朝ごはんも食べたいよろーるぱーん!!!!』
『おはよう菫ちゃん。近くにいるんだったら今からうちにおいでよ。昨日栴檀がブラジリスから美味しい豆を買ってきてくれたんだ』
『おはよ~えーちゃん。私今生体03だけどばひゅ~んってすぐにとんでくね~ばひゅ~ん』
『ちょっと待ったブラジリスのコーヒー豆って聞こえたんだけど、艶司くんそれは俺も誘うべきだと思うんだけどむしろ誘って下さいお願いします』
『じゃあ椚もぜひぜひおいでください、だから途中にある果物屋さんでバナナも買ってきてよ、あとついでに食パンも』
『買ってくる買ってくる。艶司の淹れたコーヒー飲めるなら喜んで使いっぱしりになっちゃう!』
『おい艶司!今聞き捨てならねえ言葉が聞こえたぞ!バナナと食パンって事はバナナトースト作るつもりだな。そういう時は俺呼べつってんだろ!』
『だって栴檀今日は早朝から露店出すって言ってたじゃん』
『バナナトーストに変えられるかぁ!!おい艶司!店たたんですぐ行くから俺の分ちゃんととっとけよ!!ついでにロールパンもちゃんと食うからな!!!』

「菫と椚とあと栴檀もか。朝ごはん3人追加?」
静かになったと思うと今度は移動ログが忙しなく流れ始めたギルドウインドウを見ながら
空になったマグカップを片手に山茶花が台所に入れば、艶司が追加のベーコンを魔法で炙っている所だった。
「そうなるね。あと栴檀バナナトースト大好きだから1人で3人分は絶対食べると思う」
「その上ロールパンも食べるとか言ってるしね、ロールパンならあたし行った時まだ残ってたから買い足してこよっか」
「うん、山茶花もう一回お願いしてもいい?」
「パパー、えーちゃんおはよ~ばひゅ~んって飛んできたよ~」
「おはよう!!そしてバナナトーストどこだ!!!」
アルデバラン水堀際の小さな民家はいつもどおりに賑やかさを増していった。

* * *

「菫、青石これで足りる?」
「十分だよ~ありがと~山茶花ちゃん」
「艶司、ブラジリスで買ったアサイー今渡していいか」
「まって栴檀、その量だと倉庫開きながらじゃないと僕絶対もてない!」
朝食も済み、食後のケーキもしっかり皆で食べ終え黒松宅を出たメンバー面々は
時計塔前カプラ前で受け渡しやら出かける支度をしている。
それぞれ狩場も住む所もバラバラだが黒松の家に集まると決まってその後時計塔前の
カプラを利用するため、この場所を拠点とする者から見るとちょっとした風景の一部となっていた。
「親父は?」
「今日は一日家にいるって。昨日話してたトール火山の魔法座標のパターンをいくつか考えたいからって……ん?なにさこれ」
栴檀から受け取ったアサイーの実にまぎれるように渡されたのはロキの仮面。
「お前にやる」
「これって売れない売れない売れないって嘆いてたあまりものじゃん」
「そういわずにつけてみろきっと似合うぞ」
「やだやだこんなのー!」
じたばたと抵抗しようとするのを難なくいなし、艶司の顔はすっぽりとロキの仮面で覆われた。
「あーかわいいかわいいえんじちょーかわいーよもうほれちゃいそぉ~」
「椚っ!言い方すごく棒読みだし!」
「あ~仮面っていえばね~」
そのやりとりは菫のほやーんとした口調によって中断された。
「昨日のエンドレスタワー臨時に行った時例のイケメン仮面さんまじってたよ?」
「イケメン仮面ってなにそれ。そんな装備あった?」
それを聞いた山茶花はあからさまに怪訝そうな顔をする。
「老人の仮面と書いてイケメン仮面って読むアレだろ」
栴檀の言葉にぴんぽ~ん、と菫が両手で丸を作って見せる。
「それそれ。イケメン仮面だけじゃなくて他の仮面もいっぱい持っててね、狩りの最中くるくるいろんな仮面に変えてて面白いの~」
「狩り中によくそんな器用な事できんな。っつかそういうのって逆にヒンシュクもんじゃね?」
艶司に無造作に投げつけられたロキの仮面をまたカートの中に仕舞いながらそう言えば、ぜ~んぜん。と菫は首を振る。
「MVP狩りの時もやってたけどちゃんとお仕事はしてくれるから誰も文句いってなかったよ?
 笑いすぎでおなか痛くなるからからやめてお願いって泣いて頼んでる人はいたけど」
「ねえ菫ちゃんそのイケメン仮面って誰のこと?」
『イケメン仮面』が誰なのか艶司にはさっぱり分からない。
「誰って、えーちゃんのお友達のことだよ?ロードナイトの…お名前は杜若だったよね」
「!!!」
「初めて会った時そのイケメン仮面つけてたんだけどその時えーちゃんだっこされて眠ってたから覚えてないか」
「す…菫ちゃん誤解しないで!そいつ僕の友達じゃないから!違うからね!!」
杜若の名前が出た途端艶司は真っ先に否定するが菫はほや~んと笑いながらそれをスルーする。
「きちんとお礼言ってなかったからあの時はパパとえーちゃんが大変お世話になりましたって
 言っておいたよ。当然の事をしたまでですよレディってすごい真面目な声で言われたけど
 とってもイケメン仮面だからPTのハイプリさんがぶひゃっひゅーとか言ってふき出してた」
「杜若…あぁ、『例の一件』でお世話になった人か。1ヶ月くらい前だけど俺も会った。
 拠点にしてる狩場のボス狩りきてたらしくてついでであれだけどその時お礼いっといたよ。
 その時はぺろりんマスクにアホ花だったかな」
椚が指の甲を顎に当て思い出すように言えば隣でそれを聞いていた栴檀が手を上げた。
「あーあー杜若の事か!それなら俺も見た見た!俺ん時はGVの助っ人で対抗の中に混じってたな。
 次いつ会えるかわかんねえしその場で礼言ったけどファントムマスクつけてたな。あ、ちなみに派手な方な」
栴檀につられるように今度は山茶花が同じように手を上げる。
「それならあたしも!私がお礼した時は露店出してる時にお客で来た時かな。
 パン袋だったから最初誰かわかんなくてさ。艶司のギルドの人だよね~って話から………」
「なに、もしかして皆してあいつにお礼言ってるの?」
艶司の言葉に菫はそだよ~と言いつつ首を傾げる。
「だってパパとえーちゃんがとってもお世話になったひとだもん、やっぱり言うとしたらどうもありがと~、でしょ?」
「別にそんな事わざわざ……………」
「わざわざ、言わなくてもいいのにって?」
それを聞いた山茶花は艶司の言った言葉を繰り返す。
失言だと思ったときには既に遅く。山茶花は厳しい表情で艶司を睨んでいた。
「艶司、あんたまさかとは思うけどお礼まだ言ってないとかじゃないでしょうね」
「何回か会ってはいるけどお礼は………その、言ってない」
「あんたねえ!あんだけお世話になっておいてお礼ひとつさえ言ってないのっ!?」
「さ…山茶花は知らないだろうけどあいつが助けたのは気まぐれみたいなものだったんだよ?
 助ける時だってすっごい乱暴だったし!怪我するかもしれないけどゆるしてねなんて軽々しく言ったりとかっ!」
「だとしても!」
「!!」
両肩を掴まれ真剣な表情でそう言われると流石の艶司も言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
「父さんの命を救ってくれたのは事実でしょう?実際私たちだけじゃあんなに早く
 見つけることは出来なかった。彼が助けてくれなかったら父さん手遅れになってたかもしれない」
確かにその通りだ。杜若が居なかったらずっと一人で泣いていただけだったろう。
「……………………………分かった山茶花。僕もちゃんとお礼言う」
「直接会って言いなさいよ。wisなんかで済まそうとしたらカートでどつきまわすからね」
「わっ…分かってるよ!!」
艶司は杜若へつなげようとしたwisを慌てて切った。

* * *

『その前にフェイヨンでオパール取ってくる。白樺と楠がすごくすごく欲しがってたから!』

ホーリーライトをまだ取得していない2人が取得条件の一つであるオパールを探していた事を思い出し、
咄嗟にそう言ってあの場は切り抜け別れたものの、肝心の杜若が何処にいるのかさっぱり分からない。
「山茶花はwisはダメって言ってたけどどう伝えればいいんだろう」
山茶花の事だからちゃんとお礼を言ったのか後で絶対確認してくるだろう。勿論言ったと嘘をつこうものなら
即効ばれてカートでどつき回される自信もある。
艶司は僅か数分で揃ってしまった2つのオパールを握り締めながら眉を寄せた。
「あいつがどこにいるかなんて全然わかんないしwisして今からお礼言いたいからとか言うのも変っていうかなんか癪だしもぉどうしよ………………………………………………………………えっ」
通り過ぎた東屋を一度振り返って首を元に戻し、少ししてからもう一度東屋を見る。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!?」
東屋の中に『お礼を言わなければいけない本人』――――杜若がいて思わず大声を上げた。
杜若は中の柱に持たれ、目を瞑っていた。
どうやら眠っているようだ。艶司の大声に対して何の反応も示さないくらい深い眠りに。
「むしろ都合いいのか、さっさと起こして一言だけお礼言ってあとは…………えっ?ちょっ」
東屋に入り杜若に近づいて漸く気づく。
眠ったままの杜若の頬を伝う透明の雫。

涙だ。

「えっど、どどど、どうしたらいいのこれ」
眠っているとは言え今まで見せたことのない杜若の違う一面に遭遇した事で艶司は明らかに動揺しうろたえる。
「たたき起こせばいいのかな、それとも………………………あっ」
未だ目を覚まさずに涙を流し続ける杜若の前でウロウロしていると、随分昔に言われた言葉が急に頭に浮かんだ。

『泣いてる子がいたら側にいってあげればいいのよ。そしてぎゅーって抱きしめてあげるの』

今はもういない母親のいった言葉だ。いつ、どこで言われたかは思い出せない。だがその言葉だけははっきりと覚えている。
「……………」
杜若の隣へ静かに静かに近づくと自分の額を杜若の額にくっつける。
それから背中に腕を回してそっと抱きしめた。
「泣かないで。ほら、ここにいるよ」
そう言いながらずっとずっと昔に母親が泣いている自分にしてくれたように、そしてその時と同じ言葉をかけてやる。
目じりに溜まった涙を指先で優しく拭ってやると、ゆっくりとその瞳が開いた。
「うっ………わぁぁーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
杜若が艶司のマントを軽く引っ張ってきたのが合図かのように艶司は悲鳴を上げて後ずさった。
「んー………もぉ~むしろ悲鳴を上げるのは俺でしょ~?ま~上げるとしても嬉しい悲鳴とかだけど~」
「だだだだだっていきなりお前が目を開けるから!!」
「艶司のハグが気持ちよくてかなしいかなしい夢の世界から引っ張られちゃったみたい」
「…っ…」
涙を痕を指で拭いながらおどけて言った杜若の顔はどこか憂いを帯びていて、思わず艶司は言葉を詰まらせた。

(あいつも…あんな顔する事あるんだ)

「で?どしたのかな~艶司。俺に会えなくてさみしくなったとか」
「そうじゃない馬鹿!!!!………ただ、その、お礼言わなきゃって」
「お礼ってなんの~?」
「黒松の事助けてくれたでしょ?………………その、あ、ありがと」
視線を逸らしながらごくごく小さな声でそう言うと杜若に背中を向ける。
「これが言いたかっただけ、じゃあ僕もう行くから!」
「あ~待った待った」
早々に東屋を出ようとする艶司の手を握ると軽々と自分の元へ引き寄せる。
「ちょ!馬鹿馬鹿離せよ!」
「杜若はね~お礼は言葉よりも態度でほしいわけなの」
「…………!!」
覚えのある展開に思わず杜若をにらみ付ける。
まだ人を傷つける事になんの疑問も抱いていなかったあの頃――――琉風のギルドにいる
ハイプリーストの桜子を陥れようと乗り込んだ大聖堂で持ちかけられた『取引』と同じ。
前だったらこういう事になんの抵抗も示さなかったかもしれない。

『艶司はそういう事はしない方がいいかな。父上が悲しむし何より艶司自身が後で
 後悔することになるよ。これからこういう事する時は本当に大好きな人と、ね?』

『この手の話』には割と理解がある椚から優しくそう諭され、以来驚くほど身持ちが固くなったと艶司自身でも思う。
そのせいだろうか、過去の自分の軽率な行動に怒りさえ覚えもした。
「またキスしろとか?それともそれ以上のことしてほしい訳?」
どこか言葉に冷たさを宿したのが分かったのか杜若はうっすらと笑みを浮かべて首を振った。
「ん~そういうのはそろそろいいかな~?今は艶司の方からしてぇんとか求めてくるシチュ希望だから♪」
「うるさい誰が求めるもんかっ!」
「うんうん分かったよ~だからおうちデートしようよ」
「…………………は?」
「おうちデート。俺の家おいでよ、お茶飲みながらお話しよ?」
「え、えっと………」
行動、言動、何もかもが読めない男にいきなり家においでといわれれ艶司は困惑を隠せない。
このままどこぞに連れて行かれて好きに扱われてしまうのだろうか。
否、今更この男がそんな回りくどい事などしないだろう。
過去にその機会などいくらでもあったのだから。
純粋に艶司の中で湧き上がったのは興味だ。
涙を見せたこの男の事をもっと知りたい。
初めて自分から杜若と関わってみたいと思った。
「………分かった、行ってあげるよお前の家に。その代わり美味しいお茶とお菓子用意してよね!」
言いながら差し出された杜若の手を取った。


* * *

まだわかない自覚。

 

 

 

 

 

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