皆此処へ 最終話

 

「そういえばお前って結局何処行くことになったんだっけ?」
問いかけてきたチェイサーに荷物袋からあふれたものを強引に詰め込んでいるスナイパーは背中を向けたまま答える。
「ブリトニア拠点のたまーにルイーナだと。そっちは?」
「俺はヴァルキリーレルム。しかもレースギルドで砦保持厳しいって話だけど条件としては悪くないしまぁ体験みたいな感じで?」
そう言ったスナイパーは今にも溢れ出しそうなほどぱんぱんになった荷物袋を背負い、しっかしなーと苦笑いする。
「あんま急な話で最初は冗談だろなんて思ったけど『あぁやっぱり』って気持ちもあんだよな」
「むしろよくぞここまで持ったな、じゃね?雅楽さんがいたからなんとかなってたもんだからな…
 その人が匙を投げればあっという間にこの有様って訳だ」
ドア口に立って2人が室内を振り返れば、そこにはがらんとした家具一つない空間が広がっている。
つい今しがたまで自分たちが生活していたギルドハウスだとは思えないような無機質感にどちらともなく肩をすくめていた。
「…で、『こっち』はまだだっけ?」
スナイパーがまだ身に着けているエンブレムを指させばそそ、とチェイサーは小さく頷く。
「もうちょい先だな、時間近くなったら雅楽さんが指示出すらしい」
中央にただ一つ置かれたままの振り子時計をちらりと見て言うとドアを開く。
「んじゃまー、今までお世話になりました?」
「おう、こっち攻めてくる事があってもくれぐれもお手柔らかにな」
かざされたスナイパーの手をぱん。と軽く手を合わせ、それぞれ反対方向へと歩いていった。

水面下でひとつの『終焉』が近づいてきている事を未だ知らない艶司は、目の前にある一つの真実すら受け入れられないでいた。
「ねえ雅楽………今なんて言ったの…?」
雅楽を見つめたまま黙っていた艶司はやっとの事で震える唇を開く。
「そうだよって艶司って言ったの」
「なにさそれ…全然意味わかんないよ!」
今にも泣きそうな顔をしている艶司の側に雅楽が屈みこむと、いつもと変わらない表情で淡々と語り始めた。
「俺が彼…黒松さんをフィゲルの宿に呼び出したんだ。そしてあらかじめ入手しておいた禁忌のスキルを彼に使った。
 そのスキルを受け続けた人間が死ぬと分かった上でね」
「…………………て…」
「助けが来ないように旅館の人間にあらかじめ根まわしして、仲間との連絡手段を切るために
 彼のエンブレムとライセンスである片眼鏡を奪ってゲフェンの橋から……」
「やめてっ…やめてやめてもうやめてっ!!!」
次から次へと発せられるのは信じられない事ばかりで胸が締め付けられそうになる。
遂に艶司は大声でそれを遮ると自分の頭を抱えるようにして俯いてしまった。
「違うんだよ、私が彼を…」
「艶司に余計な事を吹き込まないで下さい」
艶司の肩に手を置いた黒松の話を遮るようにぴしゃりと雅楽が言い放つ。
「そんな暇があったらその足で騎士団にでも訴えたらどうです?確実に俺を裁く事が出来ますよ」
「最初に言っただろう?私は君と話がしたかっただけだと」
皮肉を込めて言い放つ雅楽に対し、黒松の口調はあくまで柔らかい。
「あのスキルは本当に限られた者しか知らない上に痕跡がまったく残らない。そもそも騎士団へスキル事故として立証するのはまず不可能だ」
それに、と付け加え艶司へと視線を落としながら小さな子供にしてやるようにそっと頭を撫でてやる。
「もし君が捕まればこの子はひどく悲しむだろう…そんな事は私にはとても出来ないよ」
「本当、嫌な人ですね貴方」
「どうして…」

あからさまに嫌悪を露わにした雅楽だったが、割り込んできた声にふと弛む。
そして涙を浮かべ法衣の裾をきゅぅ、と掴んで見上げる艶司へと視線を落とした。

「……どうしてあんなことしたの?…死ぬってわかってたのにどうしてっ!」
「理由は沢山あるよ。でも一番は艶司に嫌われるのが怖かったからかな」
「それでなんでこういう事になるんだよ、ちゃんと説明してよ!」
さらに法衣を引っ張りぽくっと胸元を叩いてくる艶司に雅楽は困ったように笑うだけだ。
「だってどう説明した所で結局いきつくのはそこなんだもの。艶司が俺を嫌いになって
 離れていく…俺にとってそれ以上に怖い事なんてないから」
「なんで僕がお前を嫌いになるのさ…」
「だってもう嫌いになったでしょう?俺は艶司が慕うあの人を殺そうとしたんだから」
「五月蝿い馬鹿っ!!!それはお前が決める事じゃないッ!雅楽の事を好きに出来るのは雅楽じゃない
 僕なんだから…雅楽は僕だけのものなんだから!」
叫びながら首にすがりつく艶司の言動と態度は雅楽にとって予想外だったのだろう。
一瞬驚いたような顔をしてそれから切なそうに目を細め柔らかい艶司の髪に頬を寄せた。
「雅楽はいつも言ってたじゃないか、『俺は艶司のものだよ』って!ねえそうでしょ?」
「……………………」
「どうして何も言ってくれないの?言ってよいつもみたいにそうだって言ってよ!!言って!ねぇっ…!!!」
不安そうに『言って』と繰り返しながらすがる艶司の額にキスを落とし、その華奢な身体に腕を回して抱きすくめる。
「愛してるよ艶司」
「…………し、しってるもんそんなの」
耳元で囁かれる愛の言葉にほっとしたように身を預けたのもつかの間だった。
「だからね、大好きな艶司に捨てられる前に俺からいなくなるよ」
「え?」

『OK、みんないいよ』

『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』
『―――様がギルドを脱退しました』

雅楽がギルドチャットでそう一言発言したと同時に無数に流れる脱退メッセージ。
「………………なに、いまの」
首に回していた腕を緩め、呆然とした顔で見つめる艶司の頬を雅楽がそっと撫でてやる。
「所属してもらってたメンバー全員に今脱退して貰ったんだよ。別ギルド紹介したり
 『脱退金』を渡したりしてね。ギルドハウスも全員引き払って貰ったから今頃あそこには空家状態になってるだろうね」
「どうしてっ!どうして勝手にそんなことするのっ!?」
「艶司が大好きだからだよ」
「大好きならなんで…意味わかんないよ!」
「そうだな、俺が艶司の前からいなくなって長い時間が経てばきっと分かるよ」
相変わらず雅楽の言っている意味は全く分からない中、艶司が理解することができたのは一つだけ。

雅楽が自分の元から離れようとしている。

「いなく、なる……?」
「俺もこれから脱退するからね。だからこのギルドには艶司しかいなくなる」
「やだ…いやだ…やだやだっ…いやだよそんなのやだぁぁっ!!!」
目尻に溜まった涙をぽろぽろ零し、首を振りながら雅楽にしがみつく。
自分をおいて何処かに行ってしまわないように必死に。
「大好きなら脱退しないでよ!僕のこと大好きなんでしょ?だったらずっといてよいかないで!!!!」
自分が居なくなる事に怯え泣いている艶司を抱きしめ雅楽はしばらく目を閉じていたが、ふと感じた気配に睨むように目を開いた。
「行っちゃうの?」
「…………お前が側にいるのは癪だがな」
雅楽の顔を覗き込むようにしている杜若にそう言い捨てる。
「残念。俺って障害あればあるほど燃えるタイプだったのにな~」
「がらく…行かないで一緒にいてよ行っちゃやだぁ…」
次から次へと流れる涙を拭ってやりながら艶司の唇へとそっと口付ける。
「最後のキスだね」

『テレポート』

「あっ…!」
艶司が何かを言う前に雅楽はテレポートでその場から姿を消してしまう。
すがりつく存在が急にいなくなったせいで艶司はぺしゃっと砂浜に倒れ込んだ。

『雅楽様がギルドを脱退しました』
『脱退理由:大好き。艶司』

「……………ふえっ…ぇっ…」
雅楽が脱退したログが流れると砂浜に伏したまま艶司は子供のように泣き始めた。
「みんな…みんないなくなっちゃったよぉっぼくひとりぼっちになっちゃった…えっ…ふえぇぇぇっっ」

ぽん。

艶司が泣きじゃくっていると、ふと頭に暖かいものが触れる。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると黒松が艶司の頭を優しく撫でていた。
「それなら、私のギルドに入るというのはどうかな?」
「…っ…ウィザードの………?」
「攻城戦未経験の少人数ギルドなんだがね。募集をかけても誰も来てもらえなくて
 丁度困って居た所なんだ。君が入ってくれるととても助かるんだがね」
「……どっ…どっ…どうしてもってっ…ひっ…いうならはいって…あげれもっ…ぅっ」
「そうかそうか、それはありがたい」
しゃくりをあげて泣きながら言葉ばかりで強がりを言う艶司に小さく微笑みながら黒松はそっとその体を助け起こしてやる。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。あれだけ何度も会っていたのにこれは大変失礼をした」
そう言って黒松はシルクハットを外し、丁寧に会釈をする。
「私は黒松というんだ、君の名前を教えてくれないかい?」
「…ぇ……艶…司…」
「では艶司、是非とも私のギルドに加入してほしいのだがどうだろうか」
「………っ……」

『/breakguild』

「うっ…ぇっ…ぅわぁぁぁぁーーーーーっっっ!!!!!!」
艶司は一人ぼっちのギルドを壊すと、そのまま黒松の膝に泣き崩れる。
「加入してくれて本当にありがとう艶司。ようこそ我がギルドへ」
マントにそっとエンブレムを付けてやり、黒松は艶司の頭を優しく撫でつづけた。

* * *

「黒松さんのギルドって募集なんてしてましたっけ」
「してはいたよ。大がかりな宣伝はしていなかったがね」
「それ募集の内にはいらないと杜若は思うの~ってか例のスキル、黒松さんなら証拠あげる事できたんじゃないですか?」
「そうかもしれないね。でもそれをやればこの子が泣いてしまうだろう」
「の、割にはあいつが行くのを止めませんでしたよね~」
「去って行った彼の気持ちが分からなくもないからね…彼は純粋に艶司の事を愛していた」
「純粋、ね~……それにしても」
黒松の言葉を繰り返した杜若は視線を落とす。
「俺に会った時も散々泣いてたのにまたさらに泣いて、そんでもって今の今まで散々泣きまくって。
 よくあそこまでぴーぴー泣けるもんだね~もしかして杜若人間の神秘に触れた感じ?」
杜若の言う人間の神秘―――さんざん泣いて見せた艶司は泣き疲れてしまったのか、
艶司は黒松の膝を枕にして静かな寝息を立てており、黒松はその眠りを促すようにそっと背中を撫でてやっていた。
「きっと艶司の産声だよ。この子は新しく生まれ変わったんだ」
そう言いながら幸せそうに微笑む黒松に対し、杜若はむーとわざとらしく唇を尖らせながら眠ったままの艶司の頬をぷにぷにとつついている。
「も~艶司ってばひっどーい。すっごいすっごい俺活躍したのに黒松さんにべーったりでさー」
「それはきっとこの子から見た立ち位置が違うせいだろう。私が艶司に息子を重ねた。艶司はきっと私に父親を重ねているんだろう」
「そうっ問題はそこ!なんかこのまま黒松さんのギルドで超ファザコンになっちゃいそうで杜若艶司の未来がとっても心配っ!」
それを聞いた黒松は肩を震わせて笑う。
「そんな事はないさ。近い将来この子は自分の意志でお前の手を取るだろう」
「あれあれあれ。それってもしかして黒松さんの『いきなり予言』?100%当たるっていう噂の~」
「さぁどうだろう…でもね」
「なぁに~?」
「新しい恋を始めてみるのもいいんじゃないかな」
「…恋、かぁ……………」
杜若は一言そうつぶやいて砂の上に投げ出された艶司の手に自分の手を重ねる。



――――――――奏。



唇だけが僅かにそう動いた。

 

 

 

 

 

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