皆此処へ 6話

 

「……!!」
自分を抱きかかえるように支えていたチャンピオン・白樺を見た瞬間艶司は固まった。
ノーグロードに行った時にウィザードと同じPTに居た一人だったからだ。
さっきのクリエイター・栴檀の時のように罵声を浴びせられるかもしれないと怯えている艶司へ視線を合わせるように白樺は少しだけ屈みこんだ。
「大丈夫か?怪我とかはないみたいだけど」

お前さっきの奴のギルメンだろ?ちゃんと躾けておきなよ、あれじゃその辺にいる低俗モンスターと変わんないじゃん。

差し伸べられた手を振り払い、普段だったらそう返していたかもしれない。
「………平気、大丈夫」
今は誰も助けてくれなかった中、手を差し伸べ優しい言葉をかけてくれた事が嬉しくて、ごくごく小さな声だが艶司はそう答えていた。
「なら良かった、今ウチのギルドマスターとちょっと連絡つかなくなって皆で探してるとこなんだ。どっかで見かけたりとかしなかったか?」
「朝アルデバランのフィールドで会ったけどそれから僕は見てない…本当に見てないんだ、本当にっ…」
「そっか知らないかぁ」
「!?」
「うーんどこに行っちまったんだろマスター…」
栴檀の時のように頭から疑う事などせず、艶司の言い分を真実として受け止めた様子の白樺は困ったようにそう口にしながら頭を掻いている。
「てンめぇ…どこ狙ってんだカバ!!」
「!」
背中越しから怒鳴り声が聞こえびくんと艶司が身体を震わすが、白樺は艶司を庇うように前に立ち倒れたまま叫んでいる栴檀を見下ろした。
「間違ってないぞ、俺は栴檀をタゲったんだからな」
「はァ!?明らかに今タゲんのは俺じゃねえだろそいつだろ!!!」
「いいえ、貴方で良かったのよ」
言いながらすっと白樺の隣に立ったのは楠だ。
「私も栴檀に向けてレックスエーテルナしたの、勿論間違ってなんかいないわ」
もう言葉にならないのか栴檀は口をぱくぱくさせながら2人を交互に見ていたが、様々な感情を吐き出すように大きく大きく息をついた。
「……………………………この非常時に夫婦そろってなにやってんだよ」

「あのなぁ…何やってんだよはこっちのセリフだッッ!!!!!!」

やっとの事で発した栴檀の言葉を聞いた白樺は、先ほど艶司へと向けられた栴檀の声とは比べ物にならない程の大声で怒鳴りつけていた。
「何も知らないって言ってる人間に対してなんでもかんでも嘘で決めつけて凄んでんじゃねえよ!!!
 俺たちが今するべき事はマスターを探す事でこの子を責めたてることじゃねえだろうが!!!阿修羅ぶっぱなしてもちっともわかってねえな!!!!」
「嘘も何もコイツがマスター拉致ったに決まってんだよ!!バカ正直に奴の言った事信じてんじゃねえよこのカバ!!!
 ってかそれ止めるために阿修羅とか馬鹿か!!!真正の馬鹿かてめえはッ!!!!!!」
「なんだとてめー!!!もう一発阿修羅食らいてぇのかぁぁぁぁ!!!!!!!」
「2人とも落ち着いて。白樺、貴方も熱くなりすぎよ」
「…………………………………お、おうっ」
窘められ少し後ろに下がった白樺の代わりに楠が栴檀の側に屈みこむ。
「いくらなんでも信じすぎだぞ」
険しい顔で睨んでいる栴檀に対し見下ろす楠の眼差しはあくまで優しい。
「馬鹿の所業としかいいようがねえだろ。少しは疑え、どこまでも信じようとして最後には……」
「傷つくから?」
栴檀の続きであろう言葉を楠が発すると後ろで白樺がきゅ、と唇を引き結んだ。
「そうやっていつも誰よりも私たちの事を心配してくれるのね…栴檀は優しいから。
 でも少しは自分の事も労わってあげて、今の栴檀はすぐにでも心が壊れてしまいそうで怖いのよ」
それを聞いた栴檀はいかにも馬鹿にしたように鼻で笑う。
「はっ…………俺が?」
「ハイウィザードの彼を通して貴方は今まで平然とやってきた過ちを思い出してつぶれそうになってるわ。
 私達に疎まれるんじゃないかって心配なんでしょう」
「んなわけあるかよ」
「あるわよ、知ってるもの」
少しだけ強めに否定してきた栴檀をあくまで柔らかい口調で楠は繰り返す。
「そういう不安な気持ちを私は知ってるもの」
栴檀はもう否定してこなかった。そのまま僅かに楠から視線をそらしてしまうが楠は続ける。
「貴方のしてきた過去をなかった事には出来ないわ。でも私が白樺と結婚した時
 おめでとうって言って祝福してくれたのも、私がこのギルドに加入した時に
 『俺たちの仲間が一人増えた』って喜んでくれたことだって無かった事には出来ないのよ」
「……………………………」
「私達の中で過去と向き合って前に進もうとしてる栴檀を疎ましく思う人なんていないわ………だって仲間でしょう?」
最後だけは少しだけ不安そうな声色になった楠の瞳をまっすぐ見上げる事で栴檀が応える。
「いつまでもいつまでも拘ってたのは俺だけだったんだな」
それから楠と、すぐ後ろにいる白樺へと交互に視線を移す。
「………………ごめんな」
楠は嬉しそうに微笑みながらブルージェムストーンを取り出した。
「いいのよ。さぁ起きて一緒にお父さんを探しに行きましょう」

『リザレクション!!』
『ヒール!!』

楠がリザレクション施すと即座に白樺がヒールを放ち、そのまま栴檀に向かって手を差し伸べた。
「おらっ」
ぶすっとした顔だったが栴檀もまた迷わずに白樺の手を取り立ち上がった。
「ヒール量全っ然足りねえし…ってかお前全然手加減してねーだろ」
「微塵もしてねーよ。ほらこの子にちゃんと謝る!」
「………………………………………………………………………疑って悪かったな」
「おし、これで仲直りな!」
仏頂面の顔を横に向けたままではあったが艶司への謝罪の言葉を聞くと白樺はそう言ってぺしぺしと栴檀の背中を軽く叩いた。

「栴檀はこのまま楠とジュノー行ってくれるか?お前あの辺の地理詳しかったろ。俺はリヒ方面行く、丁度ポタあるし」
「それなら菫も連れてけ、あいつ一時期生体に籠ってたからあの辺の事情はよく知ってる筈だ」
「分かった、今菫は…アルベルタだってよ。これから合流する」
「くれぐれも単独行動はすんなよ。親父が何かの事故に巻き込まれてる可能性はない訳じゃないからな」
「おうっ。あと山茶花が回復剤と消耗品大量に用意したっていうから必要なら支給してもらえよ」

先ほどまで大声で怒鳴り合っていた2人と同一人物とは思えないスムーズなやりとりの後、
白樺は楠の出したワープポータルに入っていく栴檀と楠を見送る。
「本当ごめんな色々と。俺これからマスター探しに行くからもしあの人の情報があればどんなに小さいのでもいいから教えて欲しい」
「あ…うん」
目の前のめまぐるしい状況についていけずにおろおろしていた艶司にそう言い残し、白樺もまたテレポートでその場を去って行った。
騒ぎがおさまったのもあり人が一人、また一人と散っていく中、艶司はぽつんとその場に立ち尽くしていた。

(…いなくなった……ウィザードが……エンブレムとライセンスが捨てられて…)

言われた言葉が艶司の中で浸透していくと、同時に覚えるのは胸騒ぎ。
「あー艶司いたいた…………」
艶司の姿を見つけて駆け寄ってきた雅楽はすぐに艶司の様子に気づき、肩を抱いてさり気なくその場を離れていく。
「勝手に動いてごめんね艶司。全然動かなくなったから心配になって」
「…………クリエイターに会ったの。ウィザードと同じギルドのクリエイターに」
最初はずっと黙ったままだったが、かなり歩いた所でようやく艶司が口を開いた。
「彼に何か言われたんだね」
「ウィザードと連絡がつかなくなってるんだって」
「なるほど、それで言いがかりをつけられたのか。艶司はずっとギルドハウスにいたんだし、
 もし騎士団通して訴えられてもこっちには証人がいるからうちのギルドには何の支障もないよ」
あくまで自分やギルドの事だけしか見ていない雅楽の物言いにいいようのない苛立ちを覚え無意識に艶司は強く拳を握りしめていた。
「ウィザードのエンブレムとライセンスが川に捨てられてたっていうんだよ、僕らにとって
 絶対に必要なものがそんな風に見つかるなんて雅楽はおかしいって思わないの?」
「そうなんだ…もしかして冒険者やってるのに嫌気がさしたとかじゃないかな。
 エンブレムも一緒だっていうならギルド自体も嫌になって逃げたとか……」
「あのウィザードはそんなこと絶対しない!!!!」
大声で否定してきた艶司に雅楽は僅かに眉を潜めるが、すぐに表情を戻し艶司の腕を掴んで引き寄せる。
「そうじゃなかったとしても、これは彼らのギルドの問題であって艶司には何の関係もない事でしょう?」
「でも…でもっ…!」
雅楽は不安そうにでもと繰り返す艶司の身体を抱きしめる。
「ノーグロードの一件もあって相手のギルドも感情的になってる。ほんのちょっとだけでいいから今は様子を見よう?」
「…っ…」
言いながら抱きしめる腕の力は強まり、艶司は無意識に腕をつっぱねて逃げるような仕草をしていた。
いつも安心させてくれた雅楽の腕の中が意味も分からず怖くて怖くてたまらないのだ。
「その後は艶司が望む事をしてもいいから…ね?」
「…………………やっ…離してっ!!」
恐怖に耐え切れなくなり艶司が雅楽を振り払うようにしてその腕から逃げ出した。
「あ…ぁ…」
突然そんな行動に出て困惑しているのは雅楽よりも艶司の方らしく、声を震わせながら振り払った自分の手と雅楽を交互に見ている。
「どうしたの?」
優しい笑みを浮かべて手を差し伸べてくる雅楽に首を振りながら後ろに下がっていく。
「おいでよ、ほら艶司………」
「いや…………いやぁっ!!!」
そのまま背中を向け艶司は駆け出していた。

* * *

「はぁ…はぁ…はぁっ………」
あれから何処をどう走ったのかは覚えてはいない。
でも今居る場所がどこなのかは理解できた。
ウィザードと会っていたアルデバランのフィールドだ。
淡く、そして心の何処かで強い期待を持ちながらウィザードが座っている大きな花へと近づいていく。

お願いいて。
いつもの場所にいて。
そして僕に気づいて笑って見せて。

「…………!!!」
花の上にちらりと見える人影。
不安げだった艶司の顔は途端に笑顔になり夢中になって花の上へとよじ登った。
「やっぱりここにいたんだ!今までどこにっ……………!!!」

「あっれ~艶司だ~。こんな所でどしたの?」

「あ……………」
笑顔だった艶司は表情を無くし、その場にぺたんと座り込んでしまった。
花の上に座っていた人物―――杜若が声をかけても何も返す事なくぽろぽろと涙を零し始める。
ウィザードがそこにいないのがただただ哀しくてたまらなかった。
泣いている艶司の側まで杜若が歩いてくると目の前で膝をつき両手を差し伸べる。
「艶司、またぎゅ~ってしてあげよっか」
「……うっ…ふぇっ…ふえぇぇっ」
艶司は迷うことなく杜若の胸にすがり声を出して泣き出した。
「はいはいぎゅぅ~♪」
ふざけた口調ながらもすがる艶司をマントで包み込むようにして優しく受け止めた。

「で、今度は何で泣いてたのかな~?」
「五月蝿い馬鹿。言ったらまた僕の事いじめるくせに…」
散々泣いた後、胡坐をかいた杜若の上にちょこんと座っていた艶司は言い返しながらもそこから離れようとしない。
「今日は何言ってもいじめないデーだから大丈夫だよ~」
「お前が言う言葉はなにもかもうさんくさいんだよ」
「じゃあ大きなひとり言でもおっけ~よ~ん……………言いたいでしょ?」
「……………うぅぅ」
艶司はそれ以上反論できずに小さく唸る。
ひとり言だと言い訳して話すにしても側にいるのが杜若だというのは非常に癪だが、
今の気持ちを吐き出してしまいたかったのは事実だった。
「ウィザードが…いないの……エンブレムもライセンスも捨てられてて…」
「うん、それから?」
何の脈拍もなく始まった艶司の話に疑問をぶつける事なく杜若は話の続きを促す。
「雅楽は様子を見ようってぎゅってしてくれて…いつもそうしてくれたら安心するのに
 今日はなんだかすごく怖くて逃げてきたの。ウィザードに大丈夫だよって言ってほしいのに…
 ここに居て欲しいのに居ないんだもん、お前がいるんだもん…!!」
「ふーんそっかそっかー」
言い終え、涙ぐんでいる艶司の髪を弄んでいた杜若は口元に薄く笑みを浮かべる。
「ねえ艶司、俺が助けてあげよっか」
「………………え?」
いつも甘い顔を見せたと思えば突き放し、貶める言葉しかかけてこなかった男が放った言葉に艶司は驚いたように目を見開く。
「可愛く言ってみて~たすけてぇって。そしたら艶司のお願い何でもきいちゃうよ~」
「…………うそ」
「うそじゃないからためしにオネダリしてごらん?ぜ~ったい良かったって思うから」

嘘、嘘でしょ。
そう言っておいてどうせ後でいじめるんでしょ。
会う度に僕の事いじめてお前なんて嫌い、嫌い、だいっきらい。

「…………………たすけて」
艶司口から零れたのは思っていた事とは別の言葉。
「たすけて…たすけて…たすけてっ…!」
「うん、いいよ~」
「………あ…ぅ……………へ?えぇぇぇぇぇぇっ!?」
『ねえ今拾ったゼロピー1個ちょうだい』に対しての返事のような、いともあっさりとした杜若の答えに思わず間の抜けた声が零れる。
ぽかーんとした顔のままの艶司を軽々抱き上げペコペコの上に乗せてやると、杜若もまたペコペコに乗り上がる。
「本当に僕のことたすけてくれるの…?」
「うん、おねだりされちゃったしね。それにほらほら惚れた弱みってやつ?好きな子にお願いされると杜若ちょ~弱いの~♪」
「ぅ……ばかっ」
ぽくん。と軽く腕を殴ってきた艶司を笑いながら抱き直すと、器用に片手でペコペコの手綱を引く。
「とばすから、し~っかり捕まっててね~」
「う…わぁぁっ!」
物凄い勢いでペコペコが走り出し、振り落とされないように杜若の首にしがみつけば、杜若はそれをしっかりと抱きとめる。
過去散々不愉快な思いをさせられた男の腕の筈なのに、ずっとこうしていたいくらい心地よくてたまらなかった。

* * *

すがりついたのは、大嫌いなオトコの胸の中。

 

 

 

 

 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル