皆此処へ 5話

 

すぐ側にあるゲフェンタワーを仰ぎ見ていた椚はこちらに向かってくる人物に気づき手を振った。
「おーいせんちゃんこっちこっちー」
「公共の面前でせんちゃんはやめろ」
呆れ顔で言いながら近づいてきた栴檀は椚に向ってゼニーの入った袋を差し出した。
「おら、売上の半分」
「いやー助かった助かったありがっと。お陰で長いこと籠れたしレアも出たし」
そう言って椚はゼニーでぱんぱんに膨らんだ袋を上機嫌で受け取った。

『ちょっと長時間狩りたいんだよね、いちいち戻るの面倒だし青石持ってくんないかなぁ~』

ソロ狩りに出ていた時こんな内容の椚のwisが届いた時、栴檀は思わず身構えた。
朝は朝で黒松との言い合い、昼には御形からその事でやんわり窘められた矢先での誘いだったので
今度はお前かと内心舌うちしたものの、予想に反しごくごく普通に狩場へと連行されていったのだ。
椚が選んだ狩場は所謂『背伸び狩り』で、少しも気は抜けなかったが逆にその緊張感のせいで思いのほか充実した狩りをする事が出来た。
精算場所も『メモ上書きされてた』という理由で比較的他のメンバーに会う確率の高い
プロンテラではなくゲフェンだったのもあり、感情まかせでいた栴檀の気持ちも冷静さを取戻しつつあった。

「カードは売れたらその時また分配な」
「分かった、悪いねいつも露店お願いしちゃって」
「気にすんな、んじゃお疲れ」
「まーまーそう急ぎなさんなせんちゃんよ」
行こうとした栴檀のマントを掴んで椚が引き止める。
「あ?」
「ちょっと俺と一緒にぼけーっとしませんか?」
「………………あぁ?」
怪訝そうな顔を隠そうともしない栴檀に構うことなく椚はベンチに腰掛け座れと言わんばかりに隣の場所を叩いている。
「栴檀には今こういう時間が必要だと思う」
「………………」
今度は比較的真面目な口調でそう言われ、ぶすっとした顔であったが煙草を咥えた椚の隣に腰を下ろした。
栴檀が黒松の家で言い合いをした時椚はソロで狩りに出ていた時だったが、話の内容は他メンバーから恐らく聞いている筈である。
それなのに椚は何も言わず、栴檀の側で大人しく待機しているホムンクルス・フィーリルの
鳩胸を手の甲でふにふにしながら煙草を燻らせるだけだった。
「…………………いっそなんか言えよ、黙ってる方が逆に気持ち悪ぃっての」

「じゃあ言う。同族嫌悪」

ついに栴檀の方が耐えられなくなり切り出してみればシンプルで、なおかつ感情を揺さぶる一言がかえってくる。
栴檀が険しい顔つきで睨むが椚はしれっとした顔で紫煙など吐いていた。
「父上を傷つけたHiwizをお前は誰よりも憎んでいる、なんでかっていうとHiwizと過去の
 自分が重なっちゃうから。それでどーしょーもなくイラついてんだろ」
「…………………………はーーーーーーっっ」
しばらく椚を睨んでいたが全身の力を抜くようにベンチに身を委ねながら大きくため息をついた。
「………このまま関わる事をやめなかったら親父は…マスターは絶対に傷つく、
 昔俺があの人にしたようにな。そうなる事がもう分かってんのに止めない訳にはいかないだろ」
「俺たちがぎゃーぎゃー言ったところであの人はこれからもHiwizに係わり続けるだろうさ。
 心を開いてくれるまで何度でも――――昔のお前にしたようにな」
「んな事ぁ分かってんだよ!……もう理屈どうこうじゃねーっつか…」
「そんな事いってもしかしたらせんちゃんそのHiwizと近い未来に『僕たち大が
 つくくらいの親友ですぅキラッ♪』みたいな関係になるかもよ?」
「何が『キラッ』だそんな訳あるかぁ!!!………ん?どうした」
栴檀の傍らで静かにしていたフィーリルが突然主人の側を離れ街出口の所まで飛んでいくと、
そこから動かず訴えるような顔つきでじーっと栴檀の方を見ている。
「ねえ栴檀、もしかしてあの子狩りにいきたいんじゃない?今日行った狩場はきついからってずっと安息のままだったし」
栴檀のフィーリルは最近生まれたばかりでレベルが低く、現在はポリンを相手に
毎日毎日微笑ましいまでの死闘を繰り広げている真っ最中だった。
「あぁ、そう言えば今日の狩りまだだったもんな……んじゃ行くか」
立ち上がる栴檀と一緒に携帯用灰皿に煙草を押し込んだ椚もまた立ち上がる。
「栴檀、俺がタゲもってあげようか?」
「駄目だ。まず5回に1回くらいは無傷でポリンくらい倒せるようになんねえと」
「うあぁぁぁ御主人様の愛情たっぷりのスパルタきたわぁぁぁ」
そんな事を言い合いながらも栴檀は椚と共にグラストヘイムに続くフィールドへと出た。

「あ、おい待てって!」

フィールドへ出た途端、フィーリルはまたひゅっと栴檀から離れていった。
そこここにいるポリンに見向きもせず、目の前の橋へと飛んでいく。
「あれ、もしかしてフィーリルたん遊びたかっただけ?」
「基本俺の命令無視とかやらねんだけどなアイツ…」
常に主人である栴檀の命令に忠実なのに先ほどの『フィールドに出たい』という意思表示した事と
言い今の行動と言いフィーリルにしては非常に珍しい事だった。
主人の困惑をよそにフィーリルは橋の下に降りるとぽちゃぽちゃ川の中に入っていく。
それから水の中に嘴を入れてつつくようなしぐさを繰り返し始めた。
「なになにフィーリルたん、お水遊びしてる……………」
しきりに水の中に顔を突っ込んでいるフィーリルを覗き込んだ途端、椚の顔から笑顔が消える。
「栴檀」
「あ?」
妙に緊張した声で名前を呼ばれて眉を寄せながら椚の隣に立つと、フィーリルが顔を突っ込んでいた場所から椚が何かを掬い上げた。
「――――――これ」
濡れた椚の手にあるのは割れた片眼鏡に自ギルドのエンブレム。
「…間違いない、父上のものだ」
椚が低い声でそう言うと同時、もう栴檀は走り出していた。
「待てって栴檀!!」
「うるせぇ!!これ以上我慢してられっか!!!!!」
「ったくあのおバカは…………」
止める間もなく見えなくなった栴檀へそう言い捨てしばし頭を抱えた後、椚はまだ
解散していないPTウィンドウで栴檀の場所を確認しつつギルドチャットに合わせた。

『誰かプロにいる?』
『今俺楠と一緒に来てっけどどうかしたか?』
『白樺か…丁度いい、今猪が突進中だから見つけてちょっと止めてくれ』
『猪ぃ?』
『栴檀がプロに向かってるんだ。絶対やらかすから全力でな』
『よく分かんないけどとりあえず止めればいいんだな?』
『あぁ。下手したら怪我人が出るかもしれないからマジで頼む、事情は後で話すから』
『………分かった、絶対止めてやる!』

椚の声の雰囲気で何か感じ取ったのか白樺の返答はいつになく力強かった。

「父上…もう二度と会えないとか、そんなオチ絶対にやめて下さいよ」
どこか祈るような口調でそう言うと、椚は素早くワープポータルを出し栴檀を追った。

* * *

『あーーーーーーーーーっっ!!!!』

雅楽がワープポータルでプロンテラに降りると即座にギルドチャットで艶司が叫ぶ。

『なんで居なくなってるんだよ!行くなって言ったのに馬鹿馬鹿馬鹿っ!!』
『ごめん艶司。ちょっと出かけないといけない用事が……』
『僕より優先する用事なんていらないよ!!何処にいるのさ今!!!』
『南の花屋前。今すぐ戻るから待ってて』
『もういいっ!僕がそっちに行くから雅楽はそこから一歩も動くな!!』
『はい、はい。分かりましたお姫様、動かないで待ってるから』

雅楽が言われた通りに待っているとぽつんとマーカーが出現し、やがて雅楽の方に向かって近づいてきた。
「………あれ?」
最初はすごい勢いでぐんぐん近づいてきたマーカーだったが、中央丁度露店の並ぶ辺りで突然ぴたりと止まってしまったのだ。

『艶司ーどうしたの?俺やっぱりここから動いちゃだめ?』

ギルドチャットで訪ねてみたものの返事がない。
掘り出しものでも見つけてそのまま周囲の露店を物色しはじめたのだろうか。
艶司のこういう行動のせいで待ちぼうけを食らったりするのは雅楽にしてみればもう慣れたものである。
「勝手に動いたってまた怒られちゃうかな」
そう言って微苦笑しながらも雅楽は艶司のいるであろうマーカーの方向へと歩き出した。
* * *

雅楽の予想に反しその時艶司は露店になど見向きもせずに走っていた。
約束を破って自分の側を離れた事をその場で説教という名の文句を延々垂れ流してやるなどと考えながら。

「さっさと言えよ、うちのマスターをどこにやったッ!!!」
「うっ…く…しらなっ…」

その途中、アルデバランのフィールドで『マスターに近づくな』と激しく責めたてた
クリエイター・栴檀に遭遇した艶司はいきなり襟首を掴まれたのだ。
雅楽が近づいている事には全く気づいておらず、助けを呼ぶ事も忘れ
目前で浴びせられる怒鳴り声にただただ身をすくませていた。

「俺たちと連絡が取れないようにするために親父のライセンスとエンブレムを
 ゲフェンの橋から投げ捨てたんだろう、何処に拉致ったんだ、え?」
「しらないっ…本当に僕しらないっ…!」
「しらばっくれてんじゃねえッ!!!」
「ぅ…くぅ…!」

優しさも欠片もなく襟首を壁に押し付けられたまま足が浮くほど吊り上げられ、あまりの息苦しさに艶司の口からうめき声を漏れる。
栴檀の大声を聞きつけたのかあっというまに周囲は人だかりとなったが、その誰もが艶司を助けようとはしない。
ただ遠巻きに見るだけの者、コソコソと隣同士で囁き合う者、『また?』と不快な顔を隠しもせずに言い捨てる者。
誰にも助けて貰えず、乱暴に掴まれた苦しさもあって涙が出そうになる。
「言え。じゃねえとマジでその顔溶かすぞ」
「ひっ……」
腰におさめていたアシッドボトルを取り出した栴檀の瞳と口調に本気を感じ、掴む手を振り払おうとするがますます力を籠められる。
「だったらさっさと言え!マスターは何処だッ!!!」
「…いや…いやっ…………いやぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
生理的な恐怖から艶司は悲鳴のような声を上げていた。

『レックスエーテルナ!!』

「!!!」
人だかりの中から突然スキルが放たれ艶司は反射的に目をつむる。

「…あ?」
「………………………………………へ?」

自分に向けられたと思い込んでいた筈のレックスエーテルナは、艶司ではなく栴檀の方へと放たれていたのだ。
「なぁにやってんだよこンの馬鹿がぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
恐怖も忘れ栴檀に次いで間の抜けたような声を出していれば、今度はレックスエーテルナが
来た方向と同じ場所からチャンピオンが叫びながら、しかも爆裂状態で飛び出してくる。

『阿修羅覇王拳!!!!!!!』

「っだぁぁぁぁぁーーーーーーーーッッッ!!!!」
阿修羅覇王拳はやはり艶司ではなく栴檀へと直撃する。
相当の威力だったようで、栴檀の身体は派手に吹き飛ばされていった。
「わぁっ!…………あ……?」
一緒に吹き飛ばされると思った艶司の身体は阿修羅覇王拳を放ったチャンピオン・白樺によってしっかりと抱きとめられた。
「ごめんな、痛かっただろ」

* * *

差し伸べられたのは、優しい手。

 

 

 

 

 

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