皆此処へ 4話

 

「これなんですけど分かりますかねえ?」
渡された資料に一通り目を通した御形は小さく何度か頷いて見せた。
「前に砦の内部は一通り案内してもらってるから大丈夫。わざわざありがとう、えっと…左内。よね」
それを聞いたクラウン・左内は胸に手を当てすぅ、と息を吸い込んだと思うとよく通る声で突然歌いだした。
「たった一度の自己紹介で~覚えてもらえるなんて感動的~♪」
「そうやって何かの拍子に歌い出すからすぐに覚えちゃった。綺麗な声だったから尚更ね」
「…御形姉さんみたいな美人に褒めてもらうと気分いっすねぇ」
テーブルに頬杖をつき注がれる妖艶な視線に、こういうのに弱い女って結構いそう。
とまるで他人事のように考えながら御形は運ばれてきたコーヒーの香りを楽しんだ。
「マスターに夢中になってる人にそんな事を言われるとは思わなかったわ」
「そう!そうなんですよ!!我がギルド九曜はギルドマスター・蘇利耶ちゃんの美貌故に
 男が群がり女は遠のく!!お陰で合奏相棒今の今までゼロ!!!だから御形姉さんが傭兵として
  来てくれたって分かった時にはそれはもうもう感動どころの話じゃないっすよ!!!」
周囲の視線を集めるほど拳のきいた左内の力説を側で聞く御形の顔は、正に残念な者へ向けるそれだった。
「私のギルドマスター・黒松が言った『九曜の根底は揺ぎ無い』の言葉を信じたの。
 蘇利耶嬢にも実際会ったけど確証に変ったわ。彼女は方々で噂されるような粗野な女じゃないってね」
「あはは~女の人にマスター・蘇利耶ちゃんの事褒めてもらうってなんか嬉しいっすね~」
おどけた口調で返したものの左内の表情は歌を褒めたときとは違う人当たりのいい笑みだった。
「あ、そう言えば。さっきの大丈夫だったんですか?」
「……見られちゃってたか」
思い出したように左内が問えば、ほとんど表情を崩さなかった御形がそこで微苦笑してみせた。

不壊曰く、『九曜のつて』でギルド九曜の傭兵となったジプシー・御形は、クラウンである左内と相棒関係となった。
攻城戦は初めてとなる御形の為にと不壊が作成した資料を届けに行く途中で左内は何やら誰かと話し込んでいる御形の姿を偶然見つけた。
遠くに居たせいで何を話しているのかは分からなかったが、相手のクリエイターが
離れていった後に御形が肩をすくめた所を見るとその会話は決して楽しいものではなかったのだろう。
そしてその直後に左内が声をかけ、近場のカフェで資料を渡し今に至る。

「何か困りごとですか?俺でよければ相談に乗りますよ」
「姫君に夢中の人が何いってんだか」
「これでも面倒見のいい~お兄さんで通ってるんで~♪」
「本当に綺麗な歌ね。才能の無駄遣いとも言うけど」
「あははははは…ねぇ御形姉さん」
取り合うつもりもないというようにコーヒーを飲みながら軽く流していた御形は、急に真剣な口調になった左内へ視線だけを戻す。
「まだ組んで短いですけど俺は御形姉さんの相棒じゃないですか。困っているなら力になりたい、それだけですよ」
「…………………そうみたいね」
御形は黙ったまま左内の瞳をじっと見つめていたがその言葉に偽りはないと思ったのだろう、懐から1枚のSSを取り出し左内に見せた。
「なら聞くわ。攻城戦をやっているらしいんだけど君は彼を知っている?」
「ん?…あ~こいつね~」
差し出されたSSに写る者――――艶司を見た瞬間左内はすぐに思い当たるものがあったらしい。
「知ってますよ。攻城戦をはじめとして色んな場所でやんちゃやってるギルドのマスターちゃんじゃないですか」
「やんちゃ。ね」
攻城戦は初心者である御形でも左内の物言いからギルド・九曜にとって取るに足らない存在であることは容易に想像がつく。
「ただ蘇利耶ちゃんがこのやんちゃマスターをやたら毛嫌いしてましてね~お友達が暴力振るわれたとかで」
「個人的には重要視してるってことね」
「ええ、『もし攻めてくる事があったらあたし自らぶちのめしてやる』ってくらいの
 憎まれっぷりですよ。まぁ実際ぶちのめされてましたけどね、いや~あれは見事な飛ばされぶりだった」
その時の事でも思い出しているのか左内は肩を震わせて笑っている。
「総合的な強さっていうのはどの程度のものなの?」
「そうですね~攻城戦ギルドのレベルとしては甘めの評価をしても中の下がせいぜいって所でしょうか…………データ上ではね」
「データ上では?」
左内の物言いがやけに気になり同じ言葉を繰り返す。
「そうです、サブマスター不壊はあそこのギルドを軽視してません。『あいつが本気で動けば脅威のギルドになる』って話らしいですからね」
「――ねえ、その辺詳しく教えてほしいんだけど」
「勿論、御形姉さんになら喜んで」
御形が無言で人差し指をくいくいと動かして見せると誘われるまま左内は身を乗り出した。

* * *

「まずはお詫びをさせて下さい、この度は私のギルドマスターが大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いやいや謝るのはこちらの方だ。狩りの邪魔をしてしまってすまなかったね」
そう言った黒松の側に立つ雅楽は、詫びの言葉と共にふかぶかと頭を下げていた。

『私は艶司がマスターをするギルドのサブマスター・雅楽と申します。先日のノーグロードの件で改めてお詫びをしたいのですが』

黒松へ突然こんな内容のwisが届き、言われるままフィゲルにある観光ホテルの一室へ通されると、
席につくなりノーグロードでの一件に対する謝罪を受けたのだ。
「そしてこのような場所にまでご足労頂きありがとうございました」
「まぁまぁ君もとりあえず座りなさい。招かれた私が言うのも変だがね」
笑いながら座るよう促すと雅楽もようやく安堵の表情を浮かべかなり恐縮気味ではあったが向かいの席へ腰掛けた。
「よろしければこちらをどうぞ…あ、あのっ毒とか盛ってませんから!本当大丈夫ですから!」
テーブルには旅館従業員が用意していった紅茶と、スコーンを始めとした様々な焼き菓子が並べられている。
慌てて弁解していた雅楽を安心させるかのように黒松はカップを手にした。
「君がそんな事をするなんて思っていないよ。あぁ、とてもいい香りだね」
美味しそうに紅茶を飲み、焼き立てのスコーンを食べて見せると、雅楽はほっとした様子で大きく息を吐いた。
「良かった…この旅館が提供しているアフタヌーンティーセットは気軽にお茶を楽しめると
 冒険者の間でも人気なんですよ。お口に合わなかったらどうしようかと思いました」
「フィゲルにはギルド狩りでたまに来る程度だったから全く知らなかったよ。近くにあるカフェも冒険者で随分賑わっているようだ」
「こんな辺境の場所まで御足労頂くのは本当の所心苦しかったのですが都市周辺は
 厳しくてですね…ギルドメンバーが何せ感情のままに走る者が多いものでまたそちらにご迷惑を、その…」
言いにくそうに口ごもった雅楽へ黒松は穏やかな笑みを返す。
「色々と君にも事情があるんだろう。気に病む事はないんだよ」
「ありがとうございます。その…マスター・艶司を御存知だったようでしたが…」
「アルデバランのフィールドで偶然会ったのがきっかけでね、それからちょくちょく話し相手になってもらっていたんだ」
「ギルドメンバー以外と関わる事がまずないので正直驚きました。ご迷惑をおかけしていませんでしたか?」
「とんでもない、こんな年寄りの相手をしてもらって逆に嬉しかったぐらいだよ」
紅茶を飲む黒松の視線が降りた瞬間、それを聞いた雅楽は僅かにだが表情を曇らせた。
「それと君の話もよくしていたよ。ペアで高レベルダンジョンに行っているとね」
雅楽も紅茶を一口飲み、お恥ずかしい話ですがと前置きして話し始めた。
「艶司は今まで誰かを盾にした状態で魔法を撃つという事しか出来なかったんです。
 最近になってやっと一人で立ち回れるようになったんですが…もしかして貴方が指南して下さったんでしょうか」
それを聞いた黒松はいやいや、というように手を振って見せた。
「私は立ち回りのコツをいくつか教えた程度だよ。それを柔軟に吸収し自分のものにしたあの子には才がある」
「才…艶司が、ですか?」
今度は黒松に分かるくらい雅楽は怪訝そうな表情を見せた。
「見た所潜在魔力もとても強いようだしそれを引き出していけばもっと伸びるだろう。これからの成長がとっても楽しみな子だよ」
「それは…今後も艶司と交流していただけるという事でしょうか」
「こんな年寄り相手でいいのなら是非にと思っているよ」
「ありがとうございます、艶司に対してそんな風に思って頂けるのは俺としてもとても嬉しいです」
雅楽はそう言いながらもどこか困ったように、そして哀しそうに視線を落とした。
「ですが…我がギルドはこんなに優しい気持ちで接して下さる貴方をいつ裏切る事になるか分かりません」
非常に遠回しな言い方だったが黒松はその意味をすぐに理解した。
「あの子には今後会わない方がいい…という事かな?」
目を伏せたままごくごく小さくであったが雅楽は頷いた。
「御存知かどうかは分かりませんがマスター・艶司の攻城戦や狩場での冒険者に
 対する悪質な振る舞いが原因で攻城戦ギルドや一般冒険者から自ギルドは疎まれる存在となっています」
一度話を切ると雅楽は額に手を当て軽く頭を左右に振って自嘲気味な、そしてどこか苦痛を帯びた笑いを浮かべていた。
「……何度も何度も仲介や謝罪に走り回らされましたよ。でも艶司は自分の行動を決して
 改めようとはしなかったんです。艶司の起こした事とは言え責任はギルドにあります。
  その事で俺たちが標的になるのは構いませんが万が一貴方やそのメンバーの方に何かあったらと思うと…」
「…………………」
「艶司の方には俺の方からよく話しておきます。どうか今後は―――――」

「でも、あの子が私に会いたいと望むのであればそれを拒むつもりはないよ」

はっきりとした黒松の言葉に雅楽は驚いたように目を見開く。
「私の怪我が心配で朝早くに会いに来て、私に疎まれる事を恐れあの子は涙を流していた…………そんな子をどうして突き放せるというのかね」
「ですがこれ以上貴方がたにご迷惑をおかけする訳にはいきません」
「その辺りの事は私のギルドメンバーにもちゃんと話して理解してもらうつもりだよ。
 君の気遣いは本当に有り難い、でも私はこんな形であの子とお別れをしたくはないんだ」
「……………………………そう、ですか」
ふぅ、と大きく息を吐き呟いた雅楽の口元に今までの雰囲気とはまるで違う笑みが含まれる。

「貴方のお気持ちはよく分かりました。でもこんな話をするためだけにわざわざここへ出向いて下さった訳じゃないですよね」

発した雅楽の言葉は一瞬にして場の空気を変える。
言われた意味を分かっているのか黒松は驚きもせずに先ほどまでおどおどしていた
人物とは思えない素振りで背もたれに身を預けて足を組む雅楽を見つめていた。
「それは本題に入っていいということかな」
「ええ。貴方は俺に伝えたいことがある、違いますか?」
「あぁ、あるよ。ただ今から言う事はあくまで私の推測でしかない上に君に不快な思いをさせるかもしれない」
「構いません、おっしゃって下さい」
どうぞ、と言うように軽く手を差し伸べてみせると、しばしの沈黙の後黒松は重い口を開いた。
「………………私はね、あの子に係わる一切の出来事は全て君が関わっているんじゃないかと思っているんだ」
話の続きを、というように雅楽は黙っている。
「あの子の中に眠る潜在魔力の存在を分かって居ながら修練させる事をせず、他人に対して
 あえてわがままに振る舞わせた。誰もあの子を必要とせず、分かり合おうなどと
 思わなくなるように……君だけがあの子の唯一の理解者となるために」

かちゃん。

それから訪れた長い沈黙の中、雅楽がカップを置いた音がやけに大きく響いた。
「たまにね、いるんですよ」
「?」
「艶司の魔力に関して言われる事は何度かありました。でも貴方みたいにそこまで気づく人は初めてかもしれません」
「最初に言った通りこれはあくまで私の推測に過ぎない。君には否定する権利があるんだよ」
「否定する要素が全く無いのに権利も何もないでしょう?」
きっぱりと、悪びれもなく雅楽が答える。
「それにしても驚きました。貴方の推測はまるで非のつけようがない」
「話だけを聞けば君の境遇はかなり苦しいものだと言ってもいい。でも君と話している中で今の境遇に
 対する苦痛というものが全く感じられなかったんだよ。かと言って脅されて今の立場を
 強要されている恐怖の念がある様子もない―――――そうすると自ずと答えが見えくる」
「『マスターにいいように振り回されている可愛そうなサブマスター』の位置付けで
 上手く隠していたつもりなんですけどねぇ。流石は年齢を重ねた魔導師という所でしょうか」
小さく肩を竦めた後何処か皮肉げに言い放つ。
「貴方の推測通りですよ。俺が艶司に楽な狩りだけをさせてきました、
 傲慢でわがままな態度を容認して…いえ、むしろ促してさえいました」
「…何故そんな事を?」
「艶司の事を愛しているからです」
今度は黒松が無言で続きを促し、雅楽は続けて話し始めた。
「俺と艶司は所謂幼馴染です。小さい頃から艶司はさびしがりでいつも俺にべったりでした。
 その時からもう艶司の事を愛していたんだと思います」
愛おしげに話す雅楽の瞳に宿るのは微かな狂気。
「その時は今と違って艶司は沢山の人に囲まれ惜しみない愛を注がれていた。それが嬉しいと
 思う反面心のどこかでそれを嫌がっていている事に気づいたんです。それは時が経つほど
 大きくなって最後には耐えられなくなりました」
「だから、こんな事をしたのかね。自分以外の者をあの子によりつかないように」
「ええそうです、そのお陰で艶司の周りには俺以外誰もいなくなりました」
そう言って雅楽はひどく幸せそうに笑う。
「艶司を本当に必要としているのは俺だけです。艶司も色々な男に現抜かしても
 最後には必ず俺の所に戻ってきて俺だけを求めてくれる、俺の心は今とても満たされているんです」
さも嬉しげに語り終え、それをは反対にどこか哀しそうに雅楽を見ている黒松に微笑みかける。
「こんな愛し方しか出来ない俺を憐れみますか?病気で失った息子に艶司を重ねて
 くだらない親子ゴッコをしていた貴方よりずっとマシだと思いますが」
「君は……………ッ…!?」

黒松が続きを声に出す前に自らの異変に息を飲んだ。
身体がまるで石のように重く固くなり、指一本すら動かせなくなったのだ。
辛うじて視線を周囲にやると、丁度座っている床を中心に魔法陣のようなものが刻まれているのが見えた。
「………これはまさか」
「どうやら『これ』が何かご存知の様ですね」
現存する職業のスキルの中にこのような形式の魔法陣は存在しないものだったが、雅楽の言う通り黒松には覚えがあった。
「これは過去に攻城戦用スキルとして研究されていたものの一つだね」
「ええ、ただ開発途中で使用対象者の命に係わる危険性があるとして研究は中止されてしまいましたが」
「――――その情報が何らかの形で漏れそれが君に届いた」
「御名答です。モンスター相手に試してはいたのですが人間に対して使ったのは今回が初めてなんです。想像以上に上手くいって安心しました」
人に使用すれば害を及ぼす事を危惧され封印されたスキルを使っているにも関わらず、
その成功を喜ぶ雅楽には黒松に対する確かな殺意があった。
「このスキルの事を知っているのならこれを使用し続けていたらどうなるのかも御存知ですよね。
 精神崩壊を起こして死ぬか、肉体の方が耐え切れずに壊れてしまうかのどちらかしかない。
 まぁ最終的に死ぬ事には変わらないんですけどね」
「よしさない、君がこんな事をしたらあの子は………ぐっ…!」
雅楽が黒松に向け手をかざしたと思うとホーリーライトを唱えた。
攻撃スキルとしては決して強いものではないのかもしれないが至近距離で放たれたそれは言葉を奪うほどの苦痛となって黒松を苛む。
「エンブレムと…あと貴方のライセンスはこれでしたね」
苦悶の色を浮かべている黒松を見ても雅楽は表情を変えることなくマントのエンブレムと、片眼鏡を取り外していく。
「これで貴方は誰も助けを呼べない」
「…助けを呼ぶつもりなんて無かったよ。私は君とちゃんと話がしたいだけなんだ」
「俺が貴方と話す事はもう何もありません。俺の艶司を奪おうとした事を後悔しながらせいぜい苦しんで死んで下さいね」
淡々と死の言葉を吐きながら見下ろす雅楽の穏やかな表情だけを見れば、誰が人を殺めようとしているなどと思うだろうか。

「それでは、さようなら」

そのまま黒松に背中を向けてしまうと振り返る事なく自ら出したワープポータルの中へと消えて行った。

* * *

2つの場所での小さなお茶会。
暴かれる真実と本当の気持ち。

 

 

 

 

 

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