皆此処へ 3話
昨日のような事は一度や二度じゃない。
怒鳴られようが嫌な顔をされようが気にした事なんてなかったのに。
『私が悪かったんだよ』
そう言ってどこか哀しそうに微笑んだウィザードの顔がいつまでもいつまでも艶司の頭から離れなかった。
* * *
日が出たばかりの早朝。
いつもなら誰かが起こしに行かないと絶対に起きてこない艶司の部屋のドアが開き、
既に身支度を整えた部屋の主はこっそりと屋敷の外に出る。
カプラサービスを利用しアルデバランへたどり着くとすぐにフィールドへ出た。
『ファイアーウォール!!』
『ファイアーボルト!!』
最初にこの辺りへ迷い込んだ時はろくに倒せなかったアルギオペをさっくりと倒してしまうと、中央にある大きな花の上へと急いだ。
いつもウィザードが座っていた場所である。
こんな早くにいるはずない、ましてや昨日の事があった後なら尚更。
そんな事を思いながら恐る恐る花の上を覗く。
「あ」
「…ん?おや、誰かと思ったらHiwiz君じゃないか」
いつもと同じ場所、いつもと同じ笑顔でウィザードは艶司の姿を見つけると手を振って見せる。
半ばぽかーんとして艶司が見ていれば、座っている隣をぽんぽん叩いてみせた。
「どうかしたかい?さぁこちらにおいで」
「……………」
無言で花の上にのぼり艶司が隣に座るのを確認するとウィザードが微笑みながら話しはじめた。
「今日は随分早いじゃないか。朝のお散歩かい?」
「…………なんで」
「ん?」
「なんで昨日の事何も言わないんだよ」
「あぁ、そうだったね」
思い出したようにシルクハットを脱ぐとウィザードは深々と頭を下げた。
「昨日は私が君の狩りの邪魔をしたせいで気分を悪くさせてしまったね。すまなかった」
「…そうじゃなくて!」
大声で叫べばウィザードが少しだけ驚いたような顔で艶司の顔を見ている。
訳も解らず泣き出してしまいそうなのを必死にこらえながら艶司は口を開いた。
「なんで僕の事悪く言わないんだよ、責めないんだよ!!僕は自分が痛い思いをしたくない
からってあんたに全部モンスターをなすりつけたんだぞ、あんな怪我までしたのになんでっ………………!!!」
最後まで言い切れず、涙がこぼれそうに瞳を隠すように膝に顔をうずめてしまう。
「私の事が心配で来てくれたのかい?」
「そんなの知らない、わかんない………………」
膝で顔を隠したままごくごく小さな声で艶司が答えるとふわ、と何かが頭に触れ艶司は顔を上げた。
目に映るのは艶司の頭を優しく撫でているウィザードの笑顔。
「私は大丈夫だよ」
その手の大きさと温かさが幼い頃同じようにしてくれた父親と重なり目じりに溜まった涙が頬を伝っていく。
「君はとっても優しい子だね」
「…………僕子どもじゃないし」
ごしごしと涙を拭ってぷぅ、とふくれて見せてみるも振りほどこうとしない艶司の頭をウィザードは嬉しそうに撫でつづけた。
「その人から離れろMPK野郎」
「!?」
背後に浴びせられた冷たい声に振り返るとアシッドボトルを握り艶司を睨みつけているクリエイターが立っていた。
昨日ウィザードとPTを組んでいたメンバーの一人だ。
「そのお綺麗な顔アシデモで溶かされたくなかったら今すぐ消えろ」
「……!!」
艶司へと注がれる視線は憎しみそのもので、反射的に後ずさった艶司の前をウィザードが塞いだ。
「どいてくれ親父。ってかなんでそんな奴庇うんだよ」
クリエイターの咎めに対しウィザードは退く事なくゆっくりと首を振って見せた。
「よしなさい栴檀。戦意のない相手に攻撃をしかけるのは感心しないよ」
ウィザードがさとしてみせるも栴檀と呼ばれたクリエイターは手にしたアシッドボトルを離そうとはしない。
「親父―――いや、ギルドマスター・黒松。俺は基本あんたの言う事に反対はしないがコイツと係わるっていうなら俺は認めない」
「栴檀、この子は…」
「古木の枝MPKに狩場MPK、横殴り、モンスターのタゲ奪いに昨日やったみたいななすりつけ?」
「…?」
何の脈拍もなく栴檀が話し出した内容にウィザード――――黒松は不思議そうな顔をし、
少し考えてから後ろを振り返ると艶司の表情が明らかに固くなっていた。
「ここ最近じゃ攻城戦では共闘結んだギルドを裏切って盾にして踏み台にして砦獲得―――だっけか。叩けばいくらでもホコリ出てくるだろ」
自分を抱きしめるように俯いたまま艶司は顔を上げる事が出来なかった。
ウィザードが今どんな顔をしているのか見るのが怖かった。
言われた事は全て本当で言い返す事が出来ない。
いつもだったら開き直ってやるのにそれすら出来ない。
「もう一度言うぞ。消えろ、2度とこの人の前に出てくんな!!」
「…っ……!!!」
浴びせられる言葉から逃げるように艶司は蝶の羽を握りつぶした。
* * *
「一体どういうことだよ!!」
黒松の家に着くなり栴檀は声を荒らげた。
「どういう事もなにもないよ、あの子とは以前から交流があったんだ。交流と言っても
あの場所で狩りの話や魔法の話をする程度だったがね」
怒鳴る栴檀に対し黒松の声はあくまで穏やかだ。
それを聞いた栴檀は自分の頭に軽く手をやりながら深くため息をついてとにかく、と切り出す。
「あれだけ脅しとけばもう来ないだろ。頼むからもうあいつと係わるのはやめてくれ」
「でもまたあの子が来て、私との交流を望むのであれば今日の事を詫びてまたいままで通りに接していくつもりだよ」
黒松の言動がまるで信じられないというように栴檀は目を見開いた。
「正気か親父?あそこのギルドはな、GVはもちろんの事枝テロだのなんだのっていい噂
一つないギルドなんだぞ?あいつはそのギルドのマスターなんだぞ?係わりあうなんざロクなことにならねえ!!」
「なぁ栴檀。私は回りの噂や意見だけであの子を判断したくはないんだよ」
何か言い返す前に黒松が栴檀の手を取り両手でしっかりと包んでやる。
「お前とだって、今はこうしてちゃんと分かり合えているじゃないか」
「………………だからこそ!相手側がこれからどういう行動に出てくるのか嫌ってほど分かるから許せねえし腹が立つんだよ!!」
僅かにためらった後、黒松の手を振りほどき栴檀はそのまま家の外へ出て行った。
「ねえどうしよう、こういう場合どっち行ったらいいと思う?栴檀追っかける?それともパパをなぐさめればいいの?」
階段の手すりに捕まりながらロードナイト・竜胆は両隣ではさむように屈んでいる楠と白樺の夫婦を交互に見た。
「なんだか話の内容もちょっと気になる所があったわね」
「もしかして栴檀ちゃんの事?」
少し上の段で頬杖をついて座っていたハイウィザード・菫の言葉に楠は頷いた。
「ええ、ノーグロードでなすりつけをしてきた彼がこれからどういう行動に出るか嫌と言うほどわかるって…なんだか妙にひっかかるの」
「栴檀はここのギルドに来る前攻城戦ギルドにいたの。何かと噂が絶えなかったらしいよ?それも悪ーい意味でのね」
竜胆の説明にそれまでずっと黙っていたチャンピオン・白樺がやっと口を開いた。
「え、そうなのか?俺初耳だそれ」
「今も昔もぴゅあ~なハートのカバちゃんに過去のおどろおどろしい部分知られて
嫌われたくなかったんだよきっと。くーちゃんとケコーンしてもカバちゃんらぶだもんね栴檀ちゃん」
狩り用の杖を顎に乗せておっとりとした口調で話す菫に白樺は微妙に生ぬるい視線を寄越した。
「だからカバはやめろカバは。ってか言いたい事は分かっけどそういう誤解のある言い方は…」
「ねえ、今家の外でドス黒いオーラ放った栴檀とすれ違ったけど何かあったの?」
「あっ御形姉」
家に入ってきた竜胆に『御形姉』と呼ばれたジプシー・御形は、奥の部屋でどこか
哀しげに俯いている黒松にそれを覗くように階段に密集するメンバーの面々を交互に見る。
「私が出かけてる間に色々あったみたいね」
「それが…」
困った様子で昨日ノーグロードでの狩りであった事を楠が説明するとどこか納得した様子でそう、と一言返した。
「分かった、今から私が行って話してくる」
「御形さん」
「大丈夫よ、帰ってきたらみんないつも通りに接してあげて。ほら皆も早く父さんの所に行ってあげないと」
心配そうにしている楠らを励ますようにぽんぽんと代わる代わる腕を叩いてやりながら黒松の居る居間へ行くよう促した。
誰も居なくなると御形はやや険しい顔で手の甲に唇を当てて記憶を巡らせる。
「あのギルドは確か――――」
* * *
「珍しく朝早くに出かけたと思ったらすぐに帰ってきて、帰ってきたと思ったら今度は部屋に閉じこもって」
「…うっ……ぇ…」
ベッドにうつ伏せに突っ伏している側に雅楽が腰掛けると、目を真っ赤にした艶司が膝の上に顔を埋めてくる。
「どうしたの、誰かにいじめられた?」
雅楽が艶司の髪を撫でて問えば顔を押し付けるようにしてしゃくりを上げながら艶司は話し始めた。
「昨日の…PTの一人が…クリエイターが…ウィザードに、近づく…なって……僕の事色々、MPKとか………色々…言っててっ…」
第三者が聞こうものなら支離滅裂で何を言っているのかさっぱり分からないのだろうが、雅楽には言わんとしている事が分かっているようだ。
「でもそれは今まで色んな人に散々言われ続けてきた事じゃない。
今まで艶司がそんな事気にして泣いた事なんてなかったのに今回は
どうしてそんなに哀しいの?そのクリエイターが嫌いだから?」
「ちがう、ウィザードに…僕のこと嫌いって思われたくない」
優しく優しく艶司の髪を撫でていた雅楽の手がそれを聞いた瞬間僅かに止まる。
「僕に会う時話すとき、いっつも、いっつも笑ってるんだ。それが笑ってくれなくなったら…消えろって言われたら僕…僕っ……ぅ…」
「分かったよ艶司、分かったからもう泣かないで」
嗚咽を漏らして泣き出した艶司を両腕で包み込むように抱きしめた後、静かにベッドをおりた。
「やだ!何処に行くの!?やだ行かないで僕と一緒に居てよ!!」
頬に涙をいっぱい溜めて法衣の袖を引っ張ってくる艶司の手に自分の手を重ね、それから頬をゆっくり撫でてやる。
「すぐ戻るよ。艶司は何も心配しなくていいから」
「やだやだ行かないで!今は一緒にいて行っちゃやだ行っちゃやだぁっ!!」
子供が駄々をこねるように行かないでと繰り返す艶司を一度抱きしめ雅楽はそっと唇を重ねた。
「…ぁ…んッ…ン……」
温もりを求めるようにすがりついてくる艶司に応え、何度もキスを繰り返すと腕の中で徐々に大人しくなっていく。
「俺は艶司を嫌いにならないしそのまま何処かにいなくなったりしないよ」
「………うん」
唇を離し、耳元で囁いてやると雅楽の胸に顔を埋めながら艶司が頷く。
「愛してるよ艶司、愛してる」
「うん………ぅ…ん……」
優しく背中を撫でさすられていると、やがて泣き疲れもあったのか雅楽の抱きしめられながらすうすうと寝息を立て始めた。
「愛してるよ艶司」
ベッドに寝かせた艶司の寝顔を見ながら雅楽は繰り返す。
「艶司が哀しいのを俺が取り除いてあげるから、だから何も心配しないで」
「おっ雅楽さん。艶司の機嫌直りましたー?」
艶司の部屋を出た雅楽が吹き抜けの下を見下ろすとソファに座ってチェイサーが手入れをしていた武器など振っている。
「今眠ったよ。俺はこれから出かけてくるからもし艶司がその間に起きたら当たり障りのないご機嫌取りでもしておいて」
「………へーい、分かりましたよっと」
「雅楽さん艶司放置で出かけたん?」
雅楽が屋敷を出た入れ違いで戻ってきたスナイパーがチェイサーの座っているソファの肘掛けに腰掛ける。
「あぁ、今日誰か死ぬかもな」
「え、なんで」
何気なく口にした一言をスナイパーに問われれば、何か慌てた様子で周囲を見渡した後声を潜めて話し始めた。
「………ここだけの話な、ってか確証ねえっつったらねえんだけどよ」
「んだよ」
急に声を小さくしてきたので怪訝そうな顔をしながら耳を近づけるとやけに真剣な表情で話し始めた。
「あの人が笑って何処かに出かけた時って大抵その後……人1人がエラい目に遭うんだ」
「は?何だそりゃ」
「だからさ、あの人がニコニコ笑ってただ出かけてくるって行ったその後どいつが
大怪我したとか誰かが再起不能になったとか、そういうのが間違いなくあるんだよ」
「ぎゃははははなんだそれ!!そんなのある訳ねえじゃん!」
「……………………」
「………………………ねえ、よな?
黙ったまま何も答えないチェイサーに最初馬鹿にしていたスナイパーはどこか言い聞かせるようにつぶやいた。
* * *
3話。
何気なく黒松家(?)のキャラ紹介。以前雪秘記に垂れ流していたものに少々書き足し。
黒松(くろまつ)
♂ウィザード・ギルドマスター。
アルデバラン在住。
ギルド内最年長のせいもありポジション的に皆のおとん。
週に数度、ギルドメンバーとギルド狩りに行く程度で
冒険者としては半引退状態。現在の所転生する気もないらしい。
旧狩場と呼ばれているところをのんびりとお散歩したりするのが趣味。
椚(くぬぎ)
♂ハイプリースト。ME型だがプリ系が一人しかいないためG狩りの際はもっぱら支援役。
しかし楠の加入により殴りながらも支援に回ってくれるようになったため
最近のギルド狩りでは嬉々としてMEを出すようになった。
お肉が大好き。
栴檀(せんだん)
♂クリエイター。
白樺とよくつるんでボス狩りにいく。
昔は割りと悪い噂のある攻城戦ギルドに所属していたが
黒松のギルドに加入と同時に縁を切り、
現在は戯れにレースに参加しているらしい。
竜胆(りんどう)
♀ロードナイト。
ギルドの盾であり前衛攻撃職。
極度の方向音痴で前衛として先人きって
PTを路頭に迷わすこと数知れず。
御形(ごぎょう)
♀ジプシー。
ギルドのお姉さん的存在なせいか御形姉(ごぎょうねえ)と呼ばれている。
最近ゲフェン中心に展開している攻城戦ギルドに傭兵として通い中。
菫(すみれ)
♀ハイウィザード。
ギルドの後衛火力ポジション。
普段はぽやっとしているが狩りなどの状況判断力と
魔法の扱いは黒松の折り紙つき。
山茶花(さざんか)
♀ホワイトスミス。
ギルドのお財布ポジションでギルド狩りで出たレアものを管理したり
衝動買いの激しい竜胆の財布を預かったりするのもまた彼女の役目である。
だがしかし、超重量のカートをぶん回す腕力は半端ない。
白樺(しらかば)
♂チャンピオン。
幼い頃は聖カピトーリナ修道院におり、琉風からは兄のように慕われていた。
婚約者に騙され所持していた装備アイテム盗まれるという
過去を持っていたが後に楠と出会いそして結婚。
最近の悩みはギルドメンバーに『カバちゃん』と呼ばれる件について。
楠(くすのき)
♀ハイプリースト。
生粋の殴り型で彩の元カノ。
彩の別れ、婚約者の裏切りなど苦難を乗り越え白樺と結婚。
それと同時に黒松のギルドに加入した。
殴り型という事もあってもっぱらソロオンリーだったが
ギルド加入以降白樺をはじめとし
メンバーとのPT狩りを楽しんでいる模様。
テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円~!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル