皆此処へ 2話
「……ん?」
艶司の部屋を通り過ぎようとしたスナイパーは開いているドアを何の気なしにちらりと覗く。
ベッドの上で艶司はリストとにらめっこしながら荷物袋にアイテムやら装備やらを詰め込んでいるようだった。
そのあまりの熱心さに興味が引いたのかノックと同時に部屋に入り声をかけた。
「艶司これからお出かけ?」
「うん」
背後にいるスナイパーの顔を見ることなく艶司は準備を続けている。故にその表情が若干驚いている事など勿論わからない。
「…ふーん、雅楽さんと?」
「違うよ1人」
「そっかそっか1人で……………………1人?今1人って言った?1人ってソロってことだよな?!?」
「もー何だよ何回も聞き返してさ。僕が1人で出かけちゃだめっていうの?」
口をへの字に曲げてみせる艶司にいやいやいやと首と両手を同時に振って弁解を始めた。
「いやーそんなこと別にないんだけどそれだったら壁役とか………」
言いかけた所で背後から何時の間にやら来ていたチェイサーにつんつんと背中をつつかれ、慌てた様子でスナイパーはwisをつないだ。
『あのさ、雅楽さんって今いる?』
『今週のGV準備中。ってか何で?』
『なんかソロで行くとか世迷言ほざいてるのこの子。狩り行くにしても重くなるからやだとか
言って手ぶらで行く子がポーションとか持ちかえ用装備とか持ってんの。気味悪いからなんとかして!』
『いいって1人でいかせてやれよ。ここにいたらいたらでうるせーし』
『いやここは止めるか、誰か付き添ったほうがよくね??デスペナ祭りで帰ってきた事考えてみろよ。俺ら絶対八つ当たりされるぞ』
『………いや、昨日たまたま狩場でソロしてる艶司見たんだけどやってたんだよ』
『あ?何を』
『ファイアーウォールの縦置き。しかもテキトーじゃなくてそれでちゃんと殲滅できてんの』
『うっそまじかよ。明日…いや今日雪でもふるんじゃね』
失礼とも言える言葉を平然と吐かれるのも無理はない。
艶司の狩りと言えばひたすら雅楽をはじめとした他メンバーがMOBをまとめて耐えている間に艶司が大魔法で殲滅する。
その繰り返しばかりでソロは勿論ファイアーウォールを駆使して1人で立ち回る姿など見たことがないからだ。
『はー…この箱入り魔法使いがソロで縦置きねー』
『本人出来る事増えたせいかエライ機嫌いいんだけど逆にあの人が…おっと、ご本人様登場だ』
その本人に見えないようにチェイサーが指さす先には準備をしている艶司へと近づいてくる雅楽の姿だった。
逃げるように後ろに下がった2人の代わりに雅楽が側に立っても相変わらず艶司は荷物袋から目を離そうとしない。
「ねえ艶司、今日も1人で出かけるの?」
「うん、異世界ポタ持ってたら出してよ」
「…ねえ艶司、今日は俺と一緒にノーグロード行こう」
「行かない。今日はピンギキュラ狩りに行くから」
「でもそこだと艶司のレベルだと効率悪いよ」
「悪くてもいいよ、足速いモンスターの動きに慣れておきたいんだ。そうすれば最終的に効率上がるし」
非公平をさせる、人を壁にする。
とにかく楽をして経験値を稼ぎたいという普段の艶司らしからぬ言動にスナイパーとチェイサーは瞬きも忘れて目を丸くしていた。
確かにそれを志したのは艶司本人だがそれを促したのは別の人物である。
『最初はそうかもしれないね、でも君ならすぐに取り返せるようになるよ。
現に最近MOBに捕まった状態でも落ち着いて立て直せるようになっているじゃないか』
足の速いMOBを相手にしていたら追いつかれてデスペナが重なってしまうと
文句を言った艶司に対しそう笑顔で答えたのはアルデバラン近くにあるフィールドで出会ったウィザードだ。
毎日という訳ではなかったが艶司が行くとウィザードはいつも一角にある大きな花の上に
座っており、艶司の姿を見つけると嬉しそうに笑いかけてくれた。
そして隣に座り1人で狩りをした時の話をするのを聞きながら小さく相槌を打つ。
『それは素晴らしい。君の上達ぶりは私の想像以上だ』
笑顔で褒められるのが艶司は内心嬉しかったのだ。
今日中にピンギキュラをきちんと狩れるようになってまた話をしに行こう。
そんな事を考えながら荷物袋の紐を結ぼうとした艶司の手を雅楽が止めた。
「艶司、もう少しでレベル上がるでしょう?先に上げちゃおうよ」
「え?………あ、本当だ」
最近は狩りの立ち回りばかり気にしていたせいで気が付かなかったが、
ライセンスを確認すると確かにもう少しでレベルが上がる所まで来ている。
「うーん、でも……」
「非公平してあげる。だから行こう、ね?」
そう言ってまだまだ迷っている様子の艶司の手から、やや強引に荷物袋を離させた。
* * *
ノーグロードに着き、狩り始めて少しも経たない内に艶司の頭上にレベルアップの天使が現れた。
「せっかく来たんだし続行しようよ。人少ないしきっといつもよりも効率でるから」
「分かった」
先へと進みだした雅楽のあとをついていこうとすると、ちょうど真横に数匹のモンスターが同時に湧いた。
(横脇でも慌てないで…………)
『ファイアーウォール!!』
向かってくる進行方向に向かって正確に放たれたファイアーーウォールだったが、
モンスターはそれをあざ笑うかのように難なくそれをすり抜け艶司へと襲いかかる。
「…え?……う?あれ?……………うっわーーーーー!!!」
『キリエエレイソン!!』
モンスターの牙が届く前に雅楽のスキルが届き、そのスキに艶司は走り出した。
『艶司、ここのMOB火属性だからファイアーウォール出しても今みたいに残念な結果に終わるよ』
『ししし知ってたよそんなの!ただちょっと立ち回り忘れないように出してみただけだってば!』
『はいはい。ここ道狭くて一度はぐれると合流が難しいからなるべく俺から離れないで……………………あ』
話し終わる頃には雅楽の居る場所から遥か遠くに艶司は走って行ってしまっていた。
『ねー艶司ー生きてるー?』
『生きてるから早くこいよなんとかしてよばかぁああああああ!!!』
『分かった、今抱えてるの捨ててくるから待ってて』
『早く来い早く来い馬鹿馬鹿ぁあああああ!!』
モンスターを振り払うつもりで走り出したものの、艶司が逃げれば逃げるほどどんどんモンスターは増えてくる。
「あーもー…………あ!」
艶司が走っている丁度その先に別PTが狩りをしているのが見えた。
ロードナイトを中心とした前衛に後衛でウィザードとハイウィザードを火力としている
PTのようで、艶司の存在にはまだ気づいていないらしい。
それを見た艶司の身体は無意識と言っていいほど勝手に動いていた。
モンスターを引き連れたまま駆け抜け、艶司をターゲットとして追いかけていた
モンスターを全て一番手前に居たウィザードへとなすりつける。
『ハンマーフォール!!』
『ヒール!!』
『ヒール!!』
『ヒール!!』
『セイフティウォール!!』
『ポーションピッチャー!!』
ウィザードが大量のモンスターに襲われたと同時にそこへ向かって飛んでいく無数の支援スキル。
『魔法力増幅!!』
『ストームガスト!!』
『ブランディッシュスピア!!』
次いでハイウィザードが魔法を放てば瞬時にしてモンスターは氷の塊と化し、
その氷の塊にロードナイトがスキルを放てばモンスターらは一瞬の内に地面に伏し動かなくなった。
「父さん!!」
「マスター!!」
「お父さん!!」
「父上!!」
「パパ!!」
「お父様!!」
ホワイトスミス、チャンピオン、ハイプリーストが2人にハイウィザード、そしてロードナイト。
それぞれが違う呼び方をしながらもセイフティウォールの柱の中で跪く1人のウィザードの方に向かって駆け寄っていく。
「おい」
最後にやってきたクリエイターがウィザードを労わるように肩に触れてやりながら艶司を睨みつけた。
「今何やったのか分かってんのか!?明らかにMPKだろーが!!」
「ふんっ何さ、僕が逃げてる先でぼーっと突っ立ってるそっちが悪いんだろ!」
「そうだ、私が悪かったんだよ」
助け起こされているウィザードの顔を見た艶司の目が見開かれる。
「その子の進行方向に立って邪魔をした私が悪かったんだ……すまなかったね」
支援こそ受けたものの傷だらけになりながら艶司にそう言って笑いかけたのは
アルデバランのフィールドで出会ったウィザードその人だった。
「艶司いたいた………どうかしたの?」
雅楽が艶司の姿を見つけ駆け寄ってくるが、その場の空気でなんとなく状況を読みつつ艶司の顔を覗き込む。
「………帰る」
雅楽の気配を感じたと同時その胸に頭を押し付けながら大声で叫んでいた。
「帰る…帰る帰る帰るっ!!今すぐ帰る!!!」
「…………分かった」
雅楽の出したワープポータルへ逃げるように乗り艶司はその場を去る。
「待てよ逃げんのかてめー!!」
後ろから聞こえたクリエイターの怒鳴り声より、どこか哀しそうに笑うウィザードの
表情がどうしようもない不安となって艶司の心を苛ませた。
* * *
2話。
いつものことの筈だったのに。