皆此処へ 1話
「馬鹿馬鹿馬鹿っ!もうお前なんか知らないんだから!!」
そう捨て台詞を吐きばたばたと出ていく艶司と入れ違いに入ってきたのは艶司がギルドマスターであるギルドのメンバーであるチェイサー。
恐らく馬鹿と罵られた当の本人であるハイプリーストは追いかける事もしないで机に向かって何かを書き綴っている。
「雅楽さーん雅楽さーん、いいん?あれ、ほっといて」
チェイサーが艶司の出て行ったドア口を指さすが資料の本を取り出しながらハイプリースト・雅楽はいいんだよと答える。
「今日のお小遣いまだ渡してないから買い物はおろか遠出も出来ないだろうし、狩りに行くって言っても
ソロじゃまともに狩れないし。どうせすぐに文句言いながら帰ってくるよ」
「しっかしまー…よくあんなのに付き合ってられるなあんた」
「愛だから」
いっそ爽やかな笑顔でそう答えてきた雅楽にあからさまにチェイサーの口元はひきつった。
「おーぉさぶさぶっ。俺これでGV経費出してもらえなかったら絶対ここ脱退してるわ」
「経費だけじゃないだろ――――昨晩はお楽しみで?」
「えーとえーと………ご存知デシタカ」
昨日の夜、艶司の部屋へ行っていた事、そこで何をしていたかということまでがバレて
気まずそうにしているチェイサーに反し雅楽は同様一つせずに資料の本をぱらぱらとめくっている。
「分かるよ、あれだけぎしぎっし騒音出してればね」
「…なぁ、そういう意味でもよく付き合ってられるなあんた」
「だから、愛だよ」
チェイサーは両手を上げて肩を竦め大げさにためいきをついて見せた。
「あんたの考えてること、ほんとわかんね」
雅楽はそれには答えず、ただ口元に笑みを浮かべただけだった。
* * *
所持金が3000zだった事に気づいたのは、艶司がギルドの拠点として利用している屋敷を出て大分経った後。
金をくれなどと戻るのもかっこ悪いと手持ちの金を増やすべく倉庫を開くが金にかえられるようなものは
見当たらず、とりあえずプロから離れようとカプラ転送でアルデバランへ飛んだ。
そして丁度着地した場所で先週のGVにおいて共闘を申し出てきたギルドメンバーと遭遇してしまった。
『あのギルドの女がなんか気に入らないから共闘やめる』
艶司の気まぐれなその一言で途中から一方的に裏切り最終的には捨て駒扱いのような形になったのだ。
砦はそのまま艶司のギルドが獲得した事もあってか一瞬で険悪な空気になる。
付近がそのギルドのたまり場らしく、人数差から1人では叶わないとすぐさま逃げ出し最終的にたどり着いたのが――――。
「あぁっもう!!なんでこーなるんだよ!!」
青空を見上げて叫ぶもそれに答える者は誰もいない。
アルデバランから少し離れたフィールドの上で艶司は戦闘不能状態になっていた。
道なりに歩いていく内にアルギオペと遭遇し、心の中では『アルギオペみたいな雑魚なんて速殺』そう思っていたのに。
全く意味をなさない場所へのファイアーウォール、決まらない立ち位置。
大魔法で一気に仕留めようと思ってもフェンカードアクセサリーを持っていないせいで詠唱はその度止められた。
「ってか反対側から別なのに来られたら魔法なんて出せる訳ないじゃん、ファイアーウォールが何枚も出せれば僕だって…」
ぶつぶつと独り言のように言い訳を連ねているとどこからともなく聞こえてくる声。
「おーい、そこのHiwiz君や」
周囲にMOB以外は誰もいない事から話しかけられたのは自分だろう。
倒れた状態で視線を巡らせれば、丁度頭上にある巨大な花の上から誰かが顔だけを出していた。
「起きるかね?」
「起こしてよ、この状態で起こせるのならねー」
「今そこに行くから少し待っててくれるかね」
「え?ちょっと…」
先ほど艶司が逃げまどっていたせいもあり、周辺にはかなりの数のモンスターが溜まっている。
「こんなの絶対無理に決まってるじゃん。リザキルされたらゼニー請求してやる…」
そんな事を考えていれば少し離れた所が何やら騒がしくなってきた。
『ファイアーウォール!!』
『ファイアーボルト!!』
艶司の目に入ってきたのは黒い煙を上げながら地面に伏すアルギオペだった。
それから花の上で声をかけたであろうウィザードの姿が見え、そのすぐ後ろには艶司が溜めに溜めた
モンスターの集団がウィザードの出したファイアーウォールに身体を打ちつけている。
決して慌てている訳でもせわしなく動いている訳でもない。
右から、左からと多方面から湧いてくるモンスターを上手く誘導しているのだろうが、その様は
モンスターがファイアーウォールへと吸い込まれているようにも見えた。
『メテオストーム!!』
一度も詠唱が妨害されることなくメテオストームが決まり、一瞬にして塵になってしまうと周囲のモンスターは全くいなくなってしまった。
「待たせたね、今起こすよ」
にっこりと笑ってシルクハットと片眼鏡を身に着けた初老のウィザードはイグドラシルの葉を取り出した。
「まさかこんな所で人に会えるとは思わなかったよ。お散歩か何かい?」
「そ、そうだよ散歩。普段はこんな低レベルの狩場なんて来ないし!」
お食べなさいとかぼちゃケーキを渡されむぐむぐと口に入れながら艶司は取ってつけたように答える。
「ふむ…じゃあ君はPT狩りがメインなのかな?」
「そうだよ、トール火山とか名無しくらいしか行かないもん。タゲは相方が全部取ってくれるし」
「1人で行ったことはないのかね」
「ソロなんてやったことない」
「おやおやそれはもったいない」
「………何がさ」
かぼちゃケーキを食べ終えて怪訝そうな顔で艶司が見上げるがウィザードはにっこりとほほ笑んでみせる。
「それだけの素晴らしい素質を持っているのにもったいないと言ったんだよ」
「なっ何が言いたいんだよっ」
「5分…いや3分でいい。私の話にちょっとだけ耳を傾けてみないかい?それだけで君はPTの
主力でありつつも1人の時でも申し分ない立ち回りが出来る」
「………………」
「それだけの才能を君は持っているよ」
艶司が疑り深く睨みつけても返されるのはにこにこと悪意のない笑顔。どうやら騙してどうこうの類ではないようだ。
『素晴らしい資質』『才能がある』などと言われて正直な所悪い気はしない、なによりギルドの方にはまだ戻りたくなかった。
「…どうしてもっていうなら聞いてあげてもいいけど」
* * *
「今の場所から4時方向に1歩右に言ってご覧、そうそういいね。斜めから来た場合は――――」
『ファイアーウォール!!』
『ファイアーボルト!!』
「素晴らしい。お見事お見事」
既にファイアーウォールで捉えていたアルギオペと、反対側から来たアルゴスを倒しきった
艶司の方へぱちぱち拍手しながらウィザードが近づいてくる。
「おつかれさま、はいどうぞ」
差し出されたブドウジュース受け取り大きな花に腰掛け飲み始めるとウィザードもその隣でパイプをふかし始めた。
「実に見事な立ち回りだったよ。短時間でここまで出来るとは私の予想以上だ」
「おじさんここが定点狩場な訳?」
「いや、今は狩りはしていないんだよ。たまにギルドメンバーと狩りに行く事程度なんだ」
「ふーん…変なの。じゃあなんでわざわざアクティブMOBの居るフィールドなんかにいるのさ」
「君は知ってるかな、アルギオペはマジシャン達の登竜門と言われていたんだ。私も
この狩場で魔法使いとしての立ち回りを転んでは転んではで覚えていたんだよ」
「知らない。僕がマジシャンの頃はずーっとジオグラファー狩ってたから」
「そうか。息子も魔法使い志望でね、ここの事を教えてあげたらマジシャンになったら連れて行ってねとよくせがまれたものだ」
「楽に狩れる所なんていくらでもあるのにまっぞーい。ってかその子供ってまだマジシャンになってないの?
今だったら転職試験免除で楽勝じゃん」
「死んでしまったよ」
あまりにも淡々とした声で言われたので思わずウィザードの方を見る。
「病気でね。マジシャンどころかノービスになる事もなく死んでしまったんだよ」
パイプから美味そうに紫煙を吐きながらウィザードはくりかえした。
「だからね、今日君に魔法を教えていたらなんだか叶わなかった夢が叶った気持ちになったよ……本当にありがとう」
優しい笑顔。感謝の言葉を言われているのに艶司は何故かいたたまれない気持ちになってくる。
「僕忙しいんだ、もう行かなきゃ」
帰ろうとぽすぽす懐を探るも蝶の羽が見当たらない。
いつも雅楽の出すポタ任せにしているせいで常備していなかったようで必死にマントやら
装束やらをぽっふんぽっふん叩いている艶司の手を取り、ウィザードがそと蝶の羽を握らせてやる。
「今日は本当に楽しかったよ。気を付けてお帰りなさい」
「ふ…ふんっ。時間つぶしくらいにはなったかもね!」
小生意気な口を叩く艶司に嫌な顔一つせずに手を振るウィザードにますますいたたまれなくなり艶司は逃げるように蝶の羽を握りつぶす。
『また会いたいな』
心の何処かで思っている自分の気持ちを振り払いながら。
* * *
中央にそびえ立つアルデバラン時計塔からやや離れた通り。
水路沿いに建つ家のドアを開ければ、蒼色の法衣を身に着けたハイプリーストが笑顔で出迎えた。
「おかえりなさいお父さん」
「おや楠、来ていたのかい」
「だってお父さん、今日は皆でご飯食べようって言ってたじゃない」
「……あ」
自分がそのような提案をしていた事を今正に思い出し、くすくすと笑っている楠に苦笑いで返すしかない。
「椚さんが『絶対絶対バーベキュー、反論は認めない』ですって。今山茶花ちゃん達が
食材買いに行ってるからリクエストあったらギルドチャットで言ってあげて」
「あぁ、じゃあ今の内にお願いしておこうか」
それからしばらく無言だったが、その沈黙を破って笑い出したのは楠だった。
「どうした楠?急に笑ったりして」
「だってギルチャがすごい事になってるのにお父さんの表情が少しも変わらないのがおかしくて…
それにしても皆引っ張るわね、白樺が父さんじゃなくてマスターって呼ぶ事」
「白樺は結婚式の時だけだったな、私を『親父』と呼んだのは」
「本当は呼びたいけど今のギルチャみたいに皆に弄られるから照れくさくなっちゃうのよ。
私も最初はお父さんの事『黒松さん』って呼んでたけど今はそっちの方が違和感あるくらい」
言いながら淹れたてのコーヒーをテーブルの上に置く。
「はいお父さんコーヒー」
「あぁ、ありがとう」
楠もコーヒーカップを手に向かいに腰掛ける。
「ねえお父さん、何かいいことでもあった?」
「ん?」
「帰ってきた時からなんだか嬉しそうな顔してるわ」
「あぁ…今日はとってもいいことがあったんだよ」
シルクハットを脱ぎ、ウィザード・黒松は幸せそうに微笑んだ。
* * *
1話。
いつもの喧嘩から生まれた新しい出会い。