アシンメトリー
前編
[Britoniah Guild 1]:レフリオンを『蘇利耶たんちゅっちゅv』ギルドが占領しました。
「あっのっやっろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」
共闘で攻めて来ていたギルドを退け、次の攻撃に備えているさなかアナウンスが流れたと同時に蘇利耶が叫んだ。
というよりも吠えた。
「出雲さんレフリオンって」
「九曜の同盟ギルドが防衛していた砦です。また取られてしまいましたか…」
装備のコートを受けながら呂揮が隣にいた出雲に問いかけると困ったように笑ってそう答える。
『また』と言う言葉と出雲の何とも言えない微妙な表情を見るに今回のような事態は一度や二度ではないことが伺えた。
「おい待て蘇利耶!!」
エンペリウムから離れようとした蘇利耶を即座に不壊が呼び止める。
「待つわけないでしょ!!あんなふざけたギルド名つけるのなんてあいつがやったに
決まってるんだから!!!誰よりも早くこの私が息の根を止めてやる!!!!」
「単独で攻めても対抗に潰されるだけだから待てっつってんだろうが!!!」
「誰が待つかっ!!!!!」
べーっと舌を出しそのまま蘇利耶の姿は見えなくなってしまった。どうやら自らの意思でセーブポイントに戻り単独行動を開始したらしい。
「あんの馬鹿女、攻城戦だってのに勝手やりやがって…戻ってきたらほっぺつねって砦から吊るしてやる」
「落ち着いて下さい不壊、取り戻すまでまだ時間はあります。ルイーナが暇防衛に入ったという連絡を受けたのでそこから…」
『こちらエンペリウム前、待機していた3ギルドが同時進攻を開始しました!!』
どす黒いオーラを発している不壊の背中を宥めるように叩きながら出雲が相談を始めると、
入口監視をしていた忍者からの連絡で再びめまぐるしく動き出す。
「来るぞ呂揮」
「はいっ!」
不壊の出した合図で呂揮が先人切って攻めてきたロードナイトにフルストリップを決めたのを皮切りに、
大魔法が吹き荒れエンペリウムルームは再び大混戦と化した。
恒例とも言える週に一度の攻城戦。
ただ、呂揮が今防衛しているのはチュンリム・明亭ではなくブリトニア・イスネルフ。
研修と称しギルド・九曜に呂揮が加入して1週間、明亭以外での初の攻城戦だった。
『呂揮』
『…?…はい?』
ギルド会話でもPT会話でもなく不壊からwisが飛んできて、周囲に警戒しながらも不壊へと返事をかえす。
『今からここを離脱してレフリオンに行け。自分も行くとか言い出す奴がいるだろうから混戦に紛れてなるべく気づかれないような』
『レフリオン…蘇利耶さんが向かった砦ですよね』
『あいつがこれ以上馬鹿やらないように見張っとけ。こっちが片付いたら出雲を寄越す』
『分かりました』
『レフリオン奪還にはあいつの緊急招集は必須だ。蘇利耶が言う事聞く様子がなかったら泣き落としで止めろ』
『わかりま………えぇっ!?』
『呂揮や琉風みたいなタイプの涙にめっぽう弱い事が分かったからな。こういうのは弱点ついてなんぼだろう』
『不壊さん、攻城戦の作戦的にそういうのってどうなんでしょうか…』
『攻城戦始まる前に言ったよな?「マスターが居ない時にはサブマスターの指示に従え」。分かったらとっとと行って泣き落としてこい』
『う…了解サブマスター』
スナイパーからの矢を避けるように呂揮はエンペリウムルームを離脱する。
混戦状態が幸いしてか呂揮が単独移動している事は他メンバーには気づかれる事はなく、
なるべく目立たないようにトンネルドライブを駆使しながら呂揮はレフリオン内に侵入に成功した。
(………なんでこんなに静かなんだろう。とっくに対抗が押し寄せて何度か落とされてると思ったのに)
他ギルドに極力気づかれないようにチェイスウォークを駆使して呂揮は奥へと
向かっていたがその間にレフリオンが落とされたアナウンスはかかっていない。
それどころか進めば進むほど人がまばらになり、エンペリウムルーム前に着く頃には1人の人間さえ見ることは無かった。
ワープポイント先も静かなもので、チェイスウォークを解除するとエンペリウムの前に漸く人影を見つけた。
「蘇利耶さん!!」
見つけた人影―――蘇利耶の元へと呂揮が駆け寄る。
「呂揮!1人でここまで来たの?他のギルドに絡まれたりなかった?」
「俺よりも蘇利耶さんが…!」
蘇利耶の肩の装甲は外れ、そこから夥しい量の血が流れ落ち床を真っ赤に染め上げている。
「あぁこれ?平気。ちょっと対抗に小突かれただけ」
苦痛の表情すら見せずにそう言うも肩から流れる出血はどう見ても尋常ではない。
「あっらーんかっわい~蘇利耶ちゃんのナイトのお出ましだね~♪」
手持ちの回復剤を蘇利耶に渡している呂揮の耳に届く妙に間延びした緊張感のない声。
無傷のエンペリウムの影から顔を出したのはエンジェルステアーズにルードマスクを被ったロードナイトだった。
「杜若」
蘇利耶の前に立ち低い声で言うと、ロードナイト・杜若は両腕で大きく丸の字を作って見せた。
「大正解~!いやーん呂揮ちゃんてば仮面被ってるのに分かるなんてもしかして俺に気があるとか~…」
『フルストリップ!!』
杜若の言ってる事など耳にも入れず、呂揮は速攻で杜若の懐へ飛び込みスキルを仕掛けるが装甲は外れない。
「あ~ん残念でした、コート済みなんで~す」
外したルードマスクからのぞく杜若の笑顔にぞくりと恐怖がこみ上げる。
そのまま抱きしめられるように呂揮の身体は捉えられ腕を捻りあげられた。
「…………あぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
「いい声。ベッドで呂揮ちゃんのこんな声聞ける澪がうらやまし~」
「くっう…ぅんっ…」
キスできるほど顔を近づけられても腕の痛さに言い返す事も出来ない。
「呂揮ちゃんどいてくれない?俺今は蘇利耶ちゃんと遊びたいんだよね~」
「どか…ないっ…!」
それでも杜若から問われる言葉には絞り出すような声で言い放つ。
蘇利耶をあの傷で闘わせる訳にはいかない。
「蘇利耶ちゃんはね、攻城戦で俺の欲を満たしてくれる数少ない中の1人なの。今の呂揮ちゃんじゃてんでダメなの。分かる?」
「嫌だ嫌だ…絶対嫌だっ!!」
「下がって呂揮。もう――分かってるんでしょう?」
駄々でも捏ねているかのように嫌だと繰り返す呂揮へとかけられる蘇利耶の声。
蘇利耶の言わんとしている事は呂揮も分かっている。
今の自分では杜若に勝てない。足止めすることすら数秒もつかもたないかということも分かってる。
それでも。
「それでもっ…少しくらい耐えて見せます!この砦を奪還するためには
マスターの…蘇利耶さんの力が必要なんです!!だから今は耐えてくださっ…うぁぁぁぁああああッッ!!」
腕が折れるのではないかという力を込められ最後は悲鳴に変わる。
「掴まれてる腕すら振りほどけないくせにどうやって耐えるのかな~ねえ呂揮ちゃん…?」
「ひっ……やっ…やぁァァッッ!!!」
逸らした喉を杜若にべろりと舐められ生理的な嫌悪感から苦痛とは違う悲鳴を上げる。
「この場を退くって一言いえばやめてあげるよ。ねぇどうする~?」
「呂揮を離しなさい杜若」
呂揮の肩の付け根に唇を押し付け問いかけていた杜若は蘇利耶の静かな制止に顔を上げる。
「今すぐ離しなさい、お前の相手は私でしょう?」
蘇利耶は武器を構えるでもなく、攻城戦のさ中には似合わぬ穏やかな表情で杜若を見据えている。
それなのに湧き上がる妙にぴりぴりとした緊張感は蘇利耶が独自に持つ戦意なのだろう。
杜若もそれが分かっているのか楽しそうに笑っている。
「だってぇ、呂揮ちゃんがどいてくれないんだもぉん。ねえ呂揮ちゃんどいてってばぁ、俺蘇利耶ちゃんと遊ぶから…ね?」
呂揮の腕こそ離さなかったが身体を少し離して頭装備を変え、完全に戦闘体制に入ろうとしていることが伺える。
恐らくこれからの返答次第で躊躇いなく打払われてしまうだろう。
それでも呂揮は首を振って拒んだ。
「嫌だ……絶対、どかないっ!!」
「そう」
短くそういうと呂揮の腕をやっと離しとん、と突き放す。
「なら、邪魔だから消えて?」
『スパイラルピアース!!』
「……………!!!」
振り上げられた槍が胸へと突き刺さる瞬間呂揮はきつく目を閉じた。
蘇利耶を止めるどころか何の役にも立たなかった、怪我をしている蘇利耶をたった一人残して。
イスネルフはどうなったんだろう、レフリオンを奪還できるんだろうか。
色んな思考が呂揮の頭をぐるぐると回る。
「あーららん。これは計算外だったかな~」
直撃した感触は確かにあった。セーブポイントに強制的に戻されていると思ったのに
何故か杜若の声が聞こえてたのを不思議に思い呂揮は恐る恐る目を開けた。
「…え?」
呂揮がいたのはまだレフリオンのエンペリウムルームの前で、食らったと思われるダメージも全く無い。
その代わりに呂揮の身体から真っ白い帯が伸びており、その先の漆黒のパラディン・出雲へと繋がっていた。
「これは対人戦の前に攻城戦です。彼を討つというのなら僕はそれを守るまでです」
「出雲さん!!」
「間に合って良かったです、蘇利耶のお守りご苦労様でした呂揮くん」
呂揮の無事を確認すると眉間から血を流しながらも嬉しそうに微笑んだ。
「お守りはまぁ置いといてナイス献身出雲!!」
出雲に向かって蘇利耶が親指を立ててみせると、ため息をつきながら未だ出血の止まらない肩にヒールを施してやる。
「蘇利耶、不壊が砦からほっぺつねったまま吊るすとか言って怒ってますが」
「恐ろしい拷問考える男ね…まぁどんな方法であれ要はここを取り返せば全て解決でしょ?」
「ですが取り返すチャンスは一度です、一気にたたみかけますよ」
「本当は私一人で叩き潰してやりたかったけど仕方ないか」
『フルストリップ!!』
『杜若の装備コートは切れている』という出雲からのwisの通り今度は呂揮のスキルが
決まり杜若の身体からがらがらん!と音を立てて装備が落ちていく。
「いや~ん公衆の面前でぬぎぬぎさせるとか呂揮ちゃんのえっちぃ~ん」
『エンチャントデッドリーポイズン!!』
腕を交差させて胸を隠すような仕草をしている杜若に向かって蘇利耶が紅色の瓶から毒を施した武器を振り上げる。
「砦は返してもらうわ、逝きなさい」
「あはははは~。今度は誰にも邪魔されない2人っきりの時に遊ぼうね蘇利耶ちゃん?」
そんな言葉を言い残し、蘇利耶に胸を深く抉られた杜若はエンペリウムルームから姿を消した。
* * *
「レフリオン奪回、そして重傷者1名と」
「いぃぃぃいいいひゃひゃひゃひゃひゃっっ!!!」
不壊にほっぺをびろーんとつねられ蘇利耶はベッドに横になったまま涙目で悲鳴を上げた。
「てめえが勝手に砦抜けるからそれ聞きつけた奴らが次から次へと攻めて来てこちとら
おかわり大混戦だったんだぞ?しかも杜若逝かせた時出血状態でむしろてめえが虫の息だったそうじゃねえか。
緊急招集成功したからよかったもののもしくたばってたら砦取りそこなってたかもしれねえんだぞ?分かってんのか?あ?」
「いひゃいぃぃぃふへのばひゃぁぁあああ!!!」
「不壊さんっ怪我人に乱暴はっ!」
さらにほっぺをびろーんびろーんと伸ばす不壊を呂揮が慌てて止めると、まだつねり足りない様子を見せながらも手を離しとにかく、と切り出す。
「今日は絶対安静にしてろよ。夜中にこっそり抜け出して狩りなんざ行ってみろ、ほっぺつねったまま砦から吊るすからな」
「はっはーい」
「……………」
お世辞にも態度の良い返事とは言えず不満そうではあったがとりあえず了承ととったのだろう、不壊は部屋を出て行った。
「すぐよくなる怪我だってば。そんな顔しないで」
心配そうに見下ろしている呂揮を気遣うように杜若によって捻りあげられた腕を蘇利耶がそっと撫でてやる。
「すみません、俺がちゃんと足止めできたら良かったんですけど」
「そういう風に思えるのは向上心がある証拠だよ―――次へ活かすための糧になる」
「ありがとうございます。くやしいけどあいつ…杜若は本当に強いです」
「そうだね、その上人の神経逆なでするようなアホな事ばっかりやってくるし。でも」
「でも?」
「杜若は向かってくる奴は誰にでも容赦ないじゃない。そういうのは嫌いじゃない」
変なギルド名ひっさげて砦取ったりする所は大嫌いだけどねと付け加えながらも、
言葉に秘められた蘇利耶の本当の意味を理解し呂揮は目を伏せる。
ここのギルドに入る前から噂こそ聞いていたものの、加入しているメンバーの蘇利耶に対する
見方が抱けるか抱けないかという風に完全に身体目的でいることの多さに驚き、
その中に身をおく蘇利耶を思うと過去そういう風に見られていた自分の過去と重なり胸が痛む。
ある意味まっすぐとも言える杜若の態度はむしろ蘇利耶にとって小気味よいものなのだろう。
そんな蘇利耶を労わるように腕を撫でてくれた手を取りそっと布団をかけなおしてやる。
「とにかく今日はゆっくり休んでください。何かしてほしい事とかありますか?
一緒に狩りとかは流石にダメですけど俺に出来ることだったら…………どうしました?」
やけに楽しげに笑ってこちらを見ている蘇利耶の視線に気づき首を傾げる。
「なんかね、色即是空にいた時思い出してた。琉風をこっちにやる時の」
「あぁ、『琉風の欲求不満解消計画』の事ですか」
「そうそう、結局らこにはバレちゃったけどね」
「そうでしたね、でも結構楽しかったです」
「楽しかった?明らかに呂揮あの時は巻き込まれ型だったじゃない」
呂揮の答えが意外だったのか蘇利耶は目を丸くしている。
「確かにそうなんですけど、いつもそういうのってやるとなったらギルドぐるみなんで
少人数でああやって夜中に起きてこそこそ集まったりとかした事なかったんです。
不謹慎なんでしょうけどなんだか楽しくて」
「……………」
「最初は神器材料交渉相手の攻城戦ギルドマスターって事ですごく遠い存在みたいに思ってたんですけど
あの一件があってから俺蘇利耶さんにすごく親近の思いが湧いたんです。いいことも悪いことも教えてくれるお姉さんって感じで…」
「う~もぉかわいいっ!!」
「わぁっ!?」
起き上がったと思うと呂揮の身体に抱きつく。
平らな胸にむにゅっと蘇利耶の豊満な胸の感触が伝わるとさすがの呂揮も慌てた。
「蘇利耶さんあの、胸が」
「あっごめ!……………………………………ん?」
慌てて離すが若干照れくさそうにしている呂揮の顔をじーっと確認した後またぎゅーっと抱きしめてくる。
「琉風みたいに泣かないならじゃんじゃんやっても問題ないよね?ね?あーやっぱ色即是空のちびちゃん達は皆かわいーっ!」
「ちびちゃんって…あの、それはともかく蘇利耶さん胸がですね」
なるべく胸が当たらないようにさり気なく身を引こうとする呂揮に相変わらず抱きついたまま蘇利耶はじろりと睨んだ。
「胸がなんだ!莉良なんて『おっぱいぽよんぽよーん♪』って喜んでたのに!」
「莉良と俺を一緒にしないでください!俺男ですから!」
「男以前に呂揮はかわいい!」
「そういう問題じゃないですってば!」
「いいでしょ!彩とかにはぎゅーぎゅー抱きしめられても嬉しそうにしてるクセになんで私だと駄目なのさっ!君は男女差別する気かっ!!」
「もぉっとにかく今は大人しく寝ててくださ…!」
かちゃ…と静かにドアの開く音で蘇利耶はぴたりと大人しくなる。
「吊るすか?」
僅かに開いたドアの隙間から聞こえた不壊の低音に蘇利耶はすすすす…と大人しく布団にもぐりこんでいった。
「あーそこの君、ちょっと待った待った!」
蘇利耶の部屋を後にした呂揮が厨房を通り過ぎようとしたところに丁度通いで来ている女性コックに呼び止められる。
「なんでしょう?」
厨房に引き返した呂揮の顔を見た途端女性コックは困った顔をしながらも口を開いた。
「そういえば君研修で来てる子だったか。じゃあわかんないかなぁ蘇利耶さんの好きな食べ物とかって」
「好きな食べ物ですか?」
ギルドに長期加入しているならいざ知らず、加入して間もない人間がギルドマスターの
好きな者を知っている可能性は第三者的に考えれば高くはないだろう。
女性コックが呂揮を呼び止めたもののちょっと困った顔をしたのも納得できた。
「そうそう、怪我したって聞いたからさ、好きなものあるんならそれ食べてちょっとでも元気になってもらおうと思って」
「なるほどそういうことでしたか」
好きなもの、美味しいものを食べて元気になるという女性コックの言い分には素直に共感が持てる。
色即是空のホームで呂揮が何度も経験している事だからだ。
「好きなもの何かあったかな…あ!」
「お、何か思い当るものあった?」
思い出したような声を出した呂揮へと女性コックは耳を傾けた。
* * *
1時間後、呂揮は再び蘇利耶のもとを訪問すべく部屋へと向かっていた。
今度は手にトマトリゾットの皿をのせたトレイを持って。
以前のメンバー交換で蘇利耶が色即是空のホームで過ごしていた際好んで食べていたものである。
手軽に作れるホームのランチメニューに位置づけられているのもありレシピは呂揮の頭に入っていた。
出来るだけホームで食べた味に近づけたくて呂揮が自分で作りたい旨を話すと
女性コックが快く厨房スペースと材料の提供までしてくれたのだ。
その脇には『女の子なんだからきっと好きだよね』と女性コックが添えてくれた
フルーツロールケーキと、眠りの妨げにならないようにとカモミールティの入ったポット。
ここの通いをする前はケーキ店で働いていたと聞くだけあって見た目も可愛らしく、
味も良いのは既に厨房で味見させてもらった呂揮が知っている。
女性コックの気遣いを嬉しく思いながら蘇利耶の部屋のある廊下の角を曲がると、
その瞬間呂揮の顔から笑顔が消える。
視界に入ってきたのは意識を失ったと思われる人の山。
メンバーの中には完全に蘇利耶の身体が目的で加入した者もおり、1人部屋で休んでいる所を
単独、もしくは複数で襲いかかっては蘇利耶によって返り討ちに合う。
討たれた者は部屋の前に無造作に積み上げられそのまま強制脱退させられる。
そんな事が数えきれない程繰り返されてきたという事を九曜加入時に不壊の口から
聞かされていたが、実際その光景を目の当たりすると純粋な怒りがこみ上げてきた。
バタン!!
部屋のドアを開けると、眠る蘇利耶を抱きしめるように我が物顔でベッドにもぐりこんでいる男が視界に入ってきた。
「なんだうるせえな。もっと静かに入ってこい」
服装からするにアサシンクロスである事はうかがえたが同盟含めたメンバーの中では見ない顔だ。
「お、お、お、おぉおお?」
今のように弓を所持していない時の緊急用武器として持ち歩いている短剣を腰からすばやく引き抜くと迷うことなく男の喉元に突きつける。
「今すぐ蘇利耶さんから離れろ」
アサシンクロスの男はナイフを突きつけられても臆する事なく、にやにやと嫌な笑いを浮かべながら蘇利耶の背中を撫でている。
「離れて?その後どうすんだ?どーせお前も部屋の外に積み上がってる野郎と同じようにコイツにナニすんのが目的なんだろ」
「もう一度言う、蘇利耶さんから離れろ」
「あぁそうか。複数でとかじゃなくて自分だけのモノにしてぇとかそういうクチか?」
薄手のシャツから除く白い首筋をこれ見よがしに指で撫でて見せるとヒュン、と呂揮が短剣を横に払った。
「これが最後だ。蘇利耶さんから離れろ」
短剣で切れた前髪を指先でいじりながらしばらくじっと呂揮の顔を見ていたが、やがてアサシンクロスの男がにんまりと笑う。
先ほどまでとは違うやけに人当たりのいい笑みで。
「どうやらさっきの奴らとお前は違うみたいだな」
「…?」
眼前に突きつけられたナイフにも臆することなくアサシンクロスの男は身に着けている装束を肌蹴け始めた。
覗いた胸の中心には九曜のエンブレムを模した刺青が彫られている。
「自己紹介が遅れたな、俺の名前は戦捺羅。まぁ九曜の元ギルドマスターって所か?」
「元、マスター…?」
「それからついでに蘇利耶の父親だ。娘が世話になってんな」
「す……すみません!!!」
短剣を慌てて引込め深々と呂揮が頭を下げるとあーいーっていーってと片手をぷらぷら振って見せる。
「俺が最初から名乗ってれば良かったって事でここは両成敗にしようじゃねえか。それより何か用事があって来たんじゃねえのか?」
「あっ」
ここに来た本来の目的を思い出した部屋の外に避難させていたトレイを持って戻ってくる。
「ん?砦のメニューでは見ねえな」
「俺が作ったんです。お茶とお菓子はここの通いの人が用意してくれたものですけど」
「はー…お前料理できんのか。えーと」
「こちらこそ自己紹介が遅れて申し訳ありません、俺は色即是空の呂揮と言います」
「色即是空・色即是空…あぁ思い出した!前の神器材料交換の時に蘇利耶が押しかけたっていうチュンリム拠点にしてる攻城戦ギルドか」
「はい。今は研修と言う形でこちらにお世話になっています」
「蘇利耶もな、すごく楽しかったって今でも嬉しそうにその時の話すんだよ」
「その時にこのリゾットすごく美味しいって食べてくれてたの思い出したんです。蘇利耶さん寝てるみたいなんでここに置いていきますね」
「呂揮」
トレイをベッドサイドの棚においていると名前を呼ばれ戦捺羅の方を向く
「娘とこれからも仲良くしてやってくれや」
「はい、勿論です」
その答えを聞いた戦捺羅はこれまでに無いほど優しく、そして切なそうに微笑んだ。
「あ、出雲さん」
呂揮が部屋を出ると出雲が丁度蘇利耶の部屋の前に来た所だった。
「蘇利耶の部屋が騒がしいので様子を見に来たんですが…」
それからちらりと部屋の前にある人の山を見ると状況を察したのかべりべりと
エンブレムを引きはがし、すぐそばの窓から軽快にぽんぽんと放り投げはじめた。
「今部屋に蘇利耶さんのお父さんが…」
「先代がいらしてたんですか?なるほど、打撃の痕が蘇利耶よりも深いと思ったらそのせいだったんですね」
「俺最初知らなくてナイフ突きつけちゃったんです。笑って許してはくれましたけど」
「先代は悪戯好きな所がありますから。大方わざと名乗らずにに呂揮君の反応を見てからかおうとしたという所でしょうか」
的をついた事を云いながら出雲が最後のメンバーだった男をぽいっと投げ終える。
「でも蘇利耶さん安心して眠ってるようでした。お父さんの事本当に信頼してるんですね」
「そうですね、本当の親子ではないのに深い絆で結ばれていると思います」
「本当の親子じゃないんですか?」
「あぁ、呂揮君にはお話してませんでしたか。蘇利耶は養女です、先代とは血の繋がりはないんですよ」
「やっぱり…」
「やっぱり?」
「いえ、何でもないです!」
2人を見た時抱いた疑問を呂揮はそのまま心の奥底に閉じ込めた。
蘇利耶を抱きしめ優しそうに、そして切なそうに笑っていた戦捺羅。
あれは父親が娘を思うようではなくてまるで―――――。
「あででででっ」
棚に置かれたリゾットを一口口に入れた戦捺羅は、眠っていた筈の蘇利耶から何らかの攻撃を受けたらしく身を捩じらせる。
「勝手に食べないでよ。呂揮が私に作ってくれたものなんだから」
「なんだ、やーっぱ狸寝入りか」
「すごく楽しそうにしてたから邪魔しないであげたの。あーリゾット美味しい~♪うわなにこのケーキ!どこのお店のだろめちゃくちゃ美味しそう!」
起き上がり戦捺羅からスプーンひったくると嬉しそうに食べ始める。
「最初に来た奴らはあれで頭打ちだろうが最後に来たチェイサーはまだまだ伸びるぞ」
「本人から聞いたでしょ、呂揮は研修で来てるの。期間が終わったらいなくなる子だよ」
「なんだもったいねえ。みっちり鍛えてやったらいい戦力になるのにな」
あっと言う間にリゾットを食べ尽くし、口を開けて待っている戦捺羅に最後の一口を食べさせてやる。
「隠居したのに相変わらず首突っ込むの大好きだね。今日だって呼ばれもしないのに来るしさ」
早々にケーキとカモミールティに手をつけながら呆れ顔で口をもごもごしている戦捺羅を見下ろした。
「おいおい父親に向かってその言い方はねえだろ」
「私は父親だなんて思ったことない」
「冷てえなぁ。今まで手塩にかけて育ててやった恩も忘れやがって」
「私は娘になりたいんじゃない」
手にしたフォークを空になったケーキ皿の上に置き、戦捺羅の顔の横に手を置いて長い黒髪を垂らしながら蘇利耶が顔を近づける。
「貴方の女になりたいの」
指の甲で無精髭を撫ぜる様をじっと見ていた戦捺羅が突然起き上がり蘇利耶をベッドに押し倒す。
「…っ………うぷぅぅぅぅっっ」
髪の毛をわしゃわしゃ撫で、それから背中に手を回して子供を寝かしつけるようにとんとんと叩く。
「さっさと寝ちまえクソガキが」
むぅ、と言う顔であからさまに不満そうにしていたがやがて戦捺羅の胸に顔を埋めるように縋りつく。
「私絶対諦めないから」
「……………」
蘇利耶の言葉に答える事もせずにただ戦捺羅は指に絡む黒髪をそっと梳いた。
* * *
「……………」
ベッドに入って目を閉じて。それからどのくらいの時間が経っただろうか。
呂揮は何度目かになる寝返りを打った。
「おい呂揮」
「…はい」
背中へかかる声にぴょこっと布団から顔を出すと、机で執務をこなしていた不壊が椅子を回して呂揮を見たところだった。
「もうここ来て1週間だろ、いい加減俺との同室生活にちょっとは慣れてもいいんじゃないのか?」
「すみません今日明亭以外で初めての攻城戦でちょっと気持ちが高ぶってるみたいで」
「へぇ」
いつもつけている黒縁眼鏡をかけ直しながら呂揮を見る射抜くような視線に思わず目をそらしてしまう。
「それだけか?」
「それだけって…他に理由なんてないですよ?」
「隠すな。どうせここの誰かから『俺がシーフ系の男しか抱かない』って話でも聞いたんだろう」
「!!!」
核心を突く事を言われ明らかに動揺してしまいもう隠しようがなかった。
それは呂揮が九曜へ研修に入って間もない頃に遡る。
メンバー同士の対抗戦で同じ弓を使うということでクラウンと組むことになり、事前の打ち合わせをしていた時だ。
「次は配置変えてみるか、呂揮はこっち俺ここな」
「うん」
「あとお前フルスト決まるとそのまま立ち止まるクセあるだろ。そういうスキ見せると一気に潰されるぞ?」
「やっぱりかぁ…リィさんにも指摘されてたんだよなぁ」
打ち合わせの机代わりに利用していた樽の上で頭を抱えた呂揮の背中をぱんぱんと軽快に叩く。
「よーしよし、今日はそれ克服するのを重点に置くか。相手の動きとかスキルの使い方とかこの際全部覚えてけ」
「うん分かった!」
ギルドの事を色々懇切丁寧に教えてくれるのはもちろん苦手克服の面倒にも積極的で、世話焼きで気さくな所は少し史乃と似ていた。
「あー今週のGVの割り当てどーなんのかなぁ。今週こそ麗し愛しの蘇利耶ちゃんと同じPTになりてえ…!!!!」
蘇利耶に完全魅了されている所は別として。
「所で実際のとこはどうなん。特別研修生とか肩書きついてっけどお前も蘇利耶ちゃんとお近づきになりたくてなクチか?」
『も』と言った所にそういう目的で加入する人間の多さを感じ取りながら呂揮は首を振った。
「違うよ、ここには純粋に攻城戦の勉強しにきたんだ。確かに蘇利耶さんは魅力あると
思うけど他の人たちの気持ちとはちょっと違うと思う。同じシーフ系だし親しみやすい先輩…みたいな感じかな」
「なんだその清純全うな答え!!俺からしたら理解不能だぞ!!もっとときめきもてよ!!!
邪方面も蘇利耶ちゃんに迷惑かけない脳内限定なら全然OKだぞ!!!!!」
「ときめきって…」
「蘇利耶ちゃんが側に居て話なんてしようもんなら天国逝ける勢いだろ!!むしろ逝け!!!!
なのにお前と言い不壊と言い出雲と言い態度全然変わらないとか全然理解できねえ!!!あぁ…不壊はまぁ、分かるか」
「不壊さん?」
不壊の名前を出したクラウンの声のトーンの下がり具合が気になり聞き返す。
「呂揮、そう言えば研修中は不壊の部屋使ってんだっけ?」
「うん、蘇利耶さんのはからいでここに来た俺の事変に邪推する人間もいるだろうから
念のため視界に入る所に居て欲しいって言われたんだ。蘇利耶さんが自分の部屋においでって言ったんだけど…」
「なにぃぃぃ!?蘇利耶ちゃんと同じ部屋だとぉ!?」
呂揮の肩をつかんでオープンで叫び模擬戦の相手であるメンバーが怪訝そうな顔で
こちらを見て来たので慌てて人差し指を唇に当ててしー!とクラウンを窘める。
「それはきちんと断ったってば!恋愛感情どうこうとは違うって言ったろ!!それに俺恋人いるんだから!!」
「お、おう。そうか、恋人か…」
んっんーと咳払いをしながら冷静さを取り戻したのかクラウンが呂揮の肩から手を離す。
「出雲さんはその…付き合ってる人いるしなんだかその彼女に申し訳なくて消去法で不壊さんの部屋になったんだ」
「なんだ呂揮、恋人ってもしかして男か?」
「…そうだよ、だから蘇利耶さんとどうこうっていうのはありえないから」
「だったら呂揮、尚更気をつけとけ」
「何が?」
それにクラウンが返した答えが不壊が今正に言った『シーフ系の男しか抱かない』だったのだ。
「どうなんだ?」
「すみません…聞きました」
隠せる筈もなく素直に認めると不壊はやっぱりなと頷く。
「それに関しては本当の事だし別に謝る必要はない。ただお前に手を出すつもりはないから安心しろ」
黒縁眼鏡を直しながら椅子に座りなおす不壊に明らかに警戒した様子で呂揮が後ろに下がる。
「手を出すつもりだったら初日で実行脅迫口止めまで終わらせてる」
警戒心を解く様子のない呂揮に向かって不壊は僅かに口の端を上げる。
「俺はいち冒険者である前に、いち聖職者である前に、いち男である前に九曜のサブマスターだ。
このエンブレムを背負う以上俺は一時の感情では絶対に動かない」
「……………」
不壊から感じるのは純粋でいて確固な意志。
どんなに浅はかな心で加入したメンバーが居てもこのギルドが全く揺るがないのは
蘇利耶が持つ強さとそれを支える人間・不壊や出雲の存在があるからこそなのだろう。
「ごめんなさい、俺不壊さんの事邪推してました」
「邪推は大体あってるから気にするな。澪にもそのあたりはがっつり釘さされてるから実行には移さないだけだ」
言葉の端々にさり気ない身の危険を感じながらも恋人である澪の事を出されると、途端に胸が締め付けられるような思いになる。
ここに加入して以来澪とは会うは勿論wisさえもしていない。
理の時と同様研修中は色即是空・空即是色ギルドとの交流は緊急事態以外の場合は厳禁とされているためだ。
蘇利耶からはwisしても、なんならこっそり会っても構わないと言っていたが呂揮はその申し出を断った。
wisをすればきっと会いたくなってしまう。会えば絶対離れたくなくなってしまう。
会えない日は色即是空に居た時でもあったが、ギルドも離れ週に一度の攻城戦でさえ
顔を見る事さえできないのは呂揮の中で思いのほか堪えていた。
そんな中澪の声など聞こうものなら自分の力で立つ事さえできなくなりそうで不安でたまらない。
「澪が『何か少しでも呂揮に悪戯してご覧。それ以上は言わなくても分かるよね』だとさ」
「えっ!?」
「爆発しやがれレベルで愛されてるなお前」
「その…おやすみなさい!」
「あーおやすみおやすみ」
真っ赤になったであろう顔を隠すように呂揮は布団に潜り込む。
さみしいと思った矢先に澪の自分への愛情を感じ嬉しくてたまらない。
愛しい恋人の想いは呂揮をそのまま心地よい眠りへと誘った。
* * *
「?」
いつの間にか眠りについていた呂揮はふと目を覚ます。
時計が手元にないので分からなかったがまだ夜中だろう。
布団がもそもそ動かされる感触と話し声。
どうやら他の誰かが部屋に来ているらしい。
「…………」
小さな声で不壊が何か囁いており、恐らく顔見知りであることが伺える。
ギルド内の緊急の用事なのかと思い不壊の方へ寝返りを打とうとしたが、
視界の端に捉えた光景に思わず呂揮は不自然にまた元の位置を向いた。
不壊の上に跨るように乗る人物。
顔までは見えなかったが服装から見るにアサシンだろう。
不壊の寝衣をはだけ、広げた胸元をアサシンの手が撫で回していた。
「ね、いいでしょ?このまま上で乗って動いても」
「もう乗ってんじゃねえか、ってか動くのは待て。隣で寝てんの見えるだろ」
「なんで一緒のベッドで寝てんの?あー…もしかして俺が空気読めない人?」
予備のベッドがない、あってもかなり離れた場所にあるため運ぶのが難しいという
理由から布団のみを持ち込んでセミダブルのベッドに一緒に寝ていたせいであらぬ誤解を受けているらしい。
「事情話すと長くなる……って脱がすんじゃねえっつの」
「あぁ、なんならそっちの子含めて3Pでもいいよ…どうせ起きてるんでしょ?」
起きていることが完全にバレてしまっている上矛先がこちらに来て呂揮は内心慌てるがとにかく寝たふりを続ける。
「おい、そっちに手ぇ出すな。恋人もちだ」
「…なんだザンネン、それなら仕方ないか」
不壊の声色が低くなったのにアサシンはすぐに察したのかあっさりと引き下がる。
「でも、お顔だけでもみーせてっ♪」
ほっと安心したのもつかの間、いきなり布団を剥がされ肩を掴まれた。
「おいこらっ!」
「わっ…!」
不壊が制止する前に呂揮は正面を向かされ、バツが悪そうにアサシンを見たその目が見開かれる。
「あれ、もしかして呂揮?」
「…………………新月」
アサシンを見た呂揮がぽつりと呟いた。
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