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ブリトニア・イスネルフ。砦内の客室に彩、澪、桜子の3人が通されて15分ほど経ってからだろうか。
「本日はご足労ありがとうございま……おぉぉぉおおおッ!?」
客室に入ってきた人物が桜子の姿を見つけた途端大声を上げて2メートル位後ずさる。
「さささささささ桜子さんっ!どどどどどどうしてこここっこにっ」
「不壊くんから私も来るように言われていたの。出雲さん聞いてなかった?」
小首を傾げながら尋ねる桜子にぶんぶんぶんと激しく首を振る。
「い…いえっ全くっききっ聞いていなかったものですからっ…とっ取り乱して申し訳ありませんでしたっ!」
「出雲ー、らこと付き合うようになってもうかなり立つんだからもうそろそろ慣れろよ。恋人目の前にして
悲鳴上げて逃げてくとか通りすがりの人が何事かって思うだろ?」
「そう言うな彩。前だったらこの状況だと数メートル後ずさる所か部屋の外まで飛び出していっていたぞ」
澪がそう彩を嗜めると、出雲と呼ばれた男は漆黒の鎧の胸辺りに手を当て照れくさそうに笑った。
「あはは…桜子さんに会うととっても嬉しくなって、心の準備なしでは今でも心臓が飛び上がってしまうんですよ」
鎧と同様に漆黒の短い髪を重力に逆らうかのように立たせ、額から右頬にかけて走る大きな傷に
人を寄せ付けないような威圧的なものを感じるが、赤面したその顔から零れる笑みからは人当たりのよさを伺わせていた。
「私も出雲さんに会えて嬉しいよ」
「ぼっ…僕も桜子さんに会えてとても嬉しいです」
素直に気持ちを打ち明けてくる桜子に出雲もやはり嬉しいのだろう、照れながらも微笑んだ。
どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ
「…!」
急に地響きに似た音と共に地震でもきたかのようにテーブルの上のカップの中の紅茶が揺れ、
音の聞こえた壁を見て無言で弓に手をかけた彩を澪が静かに制する。
「この振動。『戦の姫君』かな?」
澪の問いにやや困った様子で出雲は頷いた。
「はい。同盟の件で少々…丁重にお断りしていたのですが中々諦めて頂けないようで今日はマスター自ら『交渉』に当たっています」
要するに諦めてもらえないので実力行使に出たというところだろう。
「そうか、相変わらずお元気そうで何よりだ」
何度も交渉で砦に来ている澪は既に慣れているのか気にすることもなくにこやかに話して紅茶を口に含んでいる。
彩の方も大丈夫なのだと判断したのか弓から手を離して椅子に腰掛けた所で、
今度は白の法衣に蒼の染色を施したハイプリーストが片手を上げながら客室に入ってきた。
「すまない待たせたな」
「構わないよサブマスター・不壊。取り込み中だったようだしね」
「あぁ。マスター・蘇利耶がまだちょっと手が離せなくてな、俺が代理でも構わないか」
「勿論。宜しく」
「それじゃあ詳しい話は…あぁ、出雲お前はいい」
「はい?」
歩み寄って来た出雲に手をかざし不壊は見せ来なくていいという仕草をしてみせる。
「せっかく来てくれたんだ、そのままらことデートして来い」
「でっでででででででででーとですかッ!?」
「あぁ、お互いギルドも違うし最近お前も新人育成で時間取れない身だろ。そう頻繁に会えるもんじゃ
ないんだしというマスター蘇利耶のお計らいだ。ありがたくお受けしろ」
「はっ…はい…」
「それじゃあな、交渉はいつも通り軍議室で」
突如突きつけられた桜子とのデートに目を白黒させている出雲と桜子を客室に残し、彩と澪は
不壊の案内で攻城戦の作戦や他ギルドとの交渉に利用される軍議室に向かう。
その途中の廊下でやけにドア向こうが騒がしい部屋を通りかかり澪は足を止めた。
「今日はいつにも増して派手だね…手伝わなくても大丈夫かい?」
「んー…」
不壊は戦闘が繰り広げられているであろう轟音の聞こえるドアを突然ひょいと開ける。
『ワープポータル!!』
ドアから少し離れた場所にワープポータルを展開すると部屋の中から吹き飛ばされた人間が職も確認出来ぬまま光の柱の中へと消えていく。
「マスターお2人のお手を煩わせるまでもありませんよ」
背後から断末魔聞こえるドアを閉め、微笑する不壊のその姿はこれらの事が日常茶飯事である事を覗わせた。
* * *
「紅楼との交換が成功した。今日の宝箱の中身によるが上手くいけば2つは出せる」
「こっちは4つだな。同盟先の報告待ちなんだが昨日のギルド狩りで…」
たどり着いた軍議室で不壊と澪が神器交渉をしている間彩はずっと肩にとまっているトメをあやしていた。
この手の事はもっぱら澪の役目だったので彩は邪魔にならないようにただそれを見守っていたが、
話の端々で交渉がまとまりそうな事を感じると自分がここに呼ばれた理由を思い出し自然に表情は曇っていく。
「まぁ提供する材料は以上だ。今回はそれと…」
言いながら不壊は彩の方に視線を向けた。
「色即是空の有能な駒をひとつお願いしたい」
「駒なんて言い方するなよ。リィの事だろ?」
「ご名答、2週間ほど彼を貸してもらえないか。今日はこれをお願いしたくて彼の主である彩にご足労願ったんだ」
「やだっ」
即答した彩の答えは既に想定内だったのか軽く肩を竦めつつも不壊の笑みは崩れない。
「心配しなくても攻城戦の時は代理の人間を寄越すよ。もちろんちゃんと使えるのを…そうだな、10人ほどやってもいい」
「ダメ」
短い言葉で拒み続ける彩に視線で説得を促すと、それを受けた澪が横を向いてしまった彩を覗き込む。
「彩、悪いが今回だけは折れてくれ。好条件でかなりの材料を回してもらってるんだよ。あくまで一定期間加入させるだけで完全移籍じゃない」
「………………」
「リィは大事な戦力で―――そして大事な仲間だ。失いたくないのは俺も同じだよ」
長いこと沈黙していた彩が澪に視線を合わせたがその口はへの字に曲がっている。
「そんなのやだ…だって」
「ん?」
「だってリィが2週間もいないとかホームがさみしくなるだろ!」
彩がそれを言った直後、澪と不壊の2人は目を点にして沈黙する。
「澪は明亭にいるから分かんないんだろうけどホームの誰か一人が数日居なくなっただけでもすげー
さみしくなるんだからな!琉風が聖カピトーリナ修道院に里帰りしてる今の段階でもうすげー
さみしいことになってるんだぞ!!それでも2〜3日とかならなんとか我慢できなくもないけど!2週間もなんて俺やだからな!!!」
それから更に沈黙した後、2人同時にぶくくくくと笑いを堪えるように俯き肩を震わせ出した。
「すまない不壊、彩は別に狙って言ってる訳ではないんだが…」
「いや、なんかちょっとほのぼのした。ありがとう」
人が真面目に話しているのに笑っている事にも勿論だが、そんな会話を交わす澪と不壊との意味が彩には全く分からないらしい。
「ちょっ2人してなんで笑うんだよ!さみしいって思ってるのは俺だけじゃないんだからな!みんなそう思ってるんだからな!」
「……神器交渉で他ギルドからスカウト絶えない有能メンバーの一時移籍を断る最大の理由がさみしいから。
か…なるほど。理が彩のギルドに居続けている訳だ」
やっと笑いがおさまったのか不壊が顔を上げ、ずれた黒縁眼鏡をかけ直す。
「じゃあ2週間じゃなくて10日にしよう、こちらの材料提供は変更無し。それならどうだ?」
「駄目ったら駄目っ!」
「OKOK。それならリィがこっちに来てる間別のメンバーをそっちに加入させるっていうのは?」
「加入って…不壊のところの?」
漸く『ダメ』以外の返事がかえってきたことに手ごたえを感じたのか不壊の笑みは深まった。
「あぁ、ギルドの中でも有能で信頼出来る奴を選ぶ。人が完全に減る訳じゃないんだ、彩達だって
少しはさみしさも紛れるだろう?他ギルドの特色を知るための交換ホームスティみたいに考えてくれればいい」
「うー………」
「攻城戦は日々変化してるし俺達のいるギルドとも運営や方針も違う。そういう人間と
一緒に過ごして情報交換するのも同じ砦を防衛し続ける澪や彩達にとっていい機会だと思うんだけど…どうだろう?」
「彩」
返事を促されるように澪に名前を呼ばれ、しばらくしてから漸く彩は頷いた。
「……………分かった。リィに話してみる。でもその代わりきっちり10日だぞ!延長は1時間1分たりとも認めないからな!!」
話が一区切りついた所でばたーんと派手な音を立てて軍議室の扉が開く。
「お待たせ!」
「おう、おつかれ蘇利耶。終わったのか?」
蘇利耶と呼ばれたアサシンクロスは不壊へと微笑を投げかけた。
「私流儀で『丁重に』お帰り頂いたわ。多分2度と来ないでしょ」
「そうか…で。背後の奴らはなんだ。オマケをつれて来いなんて言ってないぞ」
蘇利耶はそこで腰まで伸びる黒い艶やかな髪を軽く揺らして振り返るとクルセイダーと忍者が蘇利耶の背後にぴったりとくっついてきていた。
「どうしたの?私これから明亭マスターと話し合いなの。君達も戻って」
「いえ、先ほどの戦闘で怪我をされたのでヒールをと思いまして…」
「俺はイグドラシルの実を。戦闘の疲れが取れますよ」
クルセイダー、忍者共に口調は心配そうだが視線は明らかに蘇利耶の豊満な胸に釘付けになっている。
「回復は不壊から貰うから気持ちだけで受け取っておく。だからもう戻りなさいね」
それを遮らせるかのように勢いよくドアを閉めた。
「あいつらの職位、おっぱい星人とかにしたらどうだ?」
「五月蝿い。それより交渉の方はどうなったの?」
不壊の隣に腰掛け睨みつける蘇利耶にヒールを施しながら口を開いた。
「終わった、リィの一時加入は10日で成立。悪いが交換という形でこちらからもメンバーを1名出すことになった」
「10日か…だめって言われるよりはまぁいっか。こっちから出すメンバーはもう決めた?」
「いやまだだ。出雲辺りがいいんじゃないかって…」
「出雲行くんなら私が行く」
ふぅ、とあきれたように不壊はため息をついた。
「――――寝言は寝て言え。メンバー交換だぞ?一時的とは言え完全にギルドを移籍するんだぞ?
こっちのギルドはどうするんだ、まさかギルドブレイクでもしろって言うのか?」
「うん。一時的に壊しちゃえばいいじゃない」
ごいぃんっ。
どこから取り出したのか不壊の手にしたスパナで蘇利耶は頭を殴られていた。
「あいっ………たぁぁぁぁっ!!」
「阿呆かてめえは。今まで築き上げたがっつりレベルの上がったギルドをぶっ壊すとかどの口がほざいてんだ?あ?」
口元をヒクつかせやや口調の崩れた不壊により追撃で蘇利耶の頬は左右に引っ張られた。
「いいいいいひゃいいひゃい!」
かなり痛いのか涙を浮かべて蘇利耶は抗議するが不壊はさらにびろーんとほっぺを引っ張っていく。
「第一そんな事本気でしてみろ。メンバーの反感買って出雲なんか号泣モンだろ」
蘇利耶は頬をひっぱる不壊の指をやっとのことで払いのけるとあかんべーとでもいうように舌を出して見せた。
「へへーん号泣すればいいのよあんなやつっ!私だってらこと遊びたかったのに独り占めにしてさっ!」
「お前な…ガキみたいなこと言ってんじゃねえよ。らこは出雲の恋人なんだ理解しろ空気読め」
「そんなのわかってるってば!わかってるから今回融通きかせてあげたでしょ!らこがおいしいって
言ってたいちごのシフォンケーキでお茶飲もうと思ってたけど我慢してあげたじゃない!!
プロンテラに出来たアクセサリーのお店に一緒に行くって計画も諦めてさっ!」
「五月蝿ぇ黙れ、てめぇがマスターだってことを雫程度には自覚しやがれ」
「いひゃーいいひゃーいふへのばひゃやろーッ!!」
また頬をつねられて涙目になっているのをみかねてか澪が声をかける。
「サブマスター・不壊。その辺にしておいてあげなさい?」
澪にたしなめられると我に返ったのかとんっんーと軽く咳払いして不壊がスパナをしまってソファに座りなおす。
「――――すまない、話を戻そうか」
「人のほっぺびろびろ伸ばしておきながら何スかしてんのさ!」
「………………あ?」
何事もなかったように話を切り出そうとしたが、横から聞こえた蘇利耶の言葉にまた不壊が頬を引っ張り、そのループが2〜3回ほど続いた。
「〜♪♪♪」
それから30分後、えらく上機嫌で軍議室を出た蘇利耶はギルドチャットに切り替える。
『出雲ー交渉終了したの。詳しい事話したいからデート中で悪いけど戻ってきてくれない?
あとらこも一緒にいるんでしょ、こっちに連れてきてよ色々聞きたいことがあるの』
「…………ん?」
いつもだったらすぐにかえってくる筈の出雲の返事が来ないのでもう一度声をかけようとすると、
代わりにメンバーの一人であるクラウンが答えた。
『出雲さんなら自室に入るのを見ましたよ。色即是空のハイプリーストの女性も確か一緒だったはずです』
「部屋って…あの2人デートで出かけたんじゃないの?まさか真昼間から…はないか。出雲だし」
ぶつぶつそんな事を言ってる間に蘇利耶は出雲の部屋の前に立つ。
ノックを一回するが返事はなく、すぐにドアを開いた。
「なんだ、やっぱりいなかったじゃ……………………………えっ」
2人で談笑している事を想像していたせいかもあり、真っ先に見た中央のテーブルには誰の姿もない。
メンバーの勘違いだったと改めてギルドチャットに切り替えようとした時ベッドにいる出雲と桜子の姿を見つけ、蘇利耶の顔は途端に険しくなる。
「…………」
無言でベッドに近づき、寄り添い眠る桜子を包むように腕を回し寝息を立てている出雲の頭に向かって拳を振り上げた。
「せっかく…せっかく人が気をきかせてあげたのに…こンの馬鹿ッ!」
ごぃんっ。
「あいたぁっ!すみませんっ!!………ととっ…」
痛みで起きた出雲が蘇利耶の顔を見た途端訳も分からず謝るが側にいる桜子を気遣い口に手を覆う。
鎧を外しアンダーウエアのみになっている出雲の襟首を掴み蘇利耶はずずいと顔を近づけすごんだ。
「出雲が最近らこと会えてなかったしデートでも出来ればいいなって思って今日の交渉は君を抜かして
なおかつ交渉に関わっていないらこをわざわざ呼んだのよ。その有意義な時間を全て昼寝に回すとかどーいうことッ!?」
「すみません蘇利耶!僕も最初はご好意に甘えてそうしようと思ってたんです。でも…」
「でも?何よ」
弁解の云々によっては追撃も辞さないという風に蘇利耶は空いている手で拳を握り出雲に続きを促した。
「桜子さんが最近大聖堂での執務が続いたせいでお疲れの様子で。だから出かけずにゆっくりした方がいいと思ったんです」
それから出雲は視線を未だ眠る桜子に向けた。出雲のごつごつとした大きな手が桜子のセピアの髪に触れるその仕草はあくまで優しい。
「よほどお疲れだったんでしょうね。部屋に入ってほどなくしてすぐに眠ってしまいました。
桜子さんは頑張り屋で弱音を決して言わない方ですからたまにはこういう休息も必要と…ふふぇっ!?」
胸倉を離されたかと思うと蘇利耶にぎゅむーっと頬を左右に引っ張られ出雲の語尾がおかしくなる。
「君がそういう人だっていうのは分かってる、分かってるわ。だからこそらこは君を好きになったのよえぇ
ちゃんと分かってる。でもごめんね、蘇利耶なんかより僕が一番らこを理解してますぅみたいに聞こえてきてむっかっつっくっのっよっ!」
「いひゃいいひゃい!ごひゃいですごひゃいです〜!」
さらにびろーんとほっぺたを引っ張られながら『誤解です』と出雲が必死に弁解していると眠っている桜子が静かに目を開いた。
「…やばっごめんらこ起こしちゃった!?」
蘇利耶とっさに出雲の頬から手を離し、目を擦りながら身体を起こした桜子を見た。
「ううん平気。もしかして交渉終わったの?」
「あ、うん!それと色々話したい事があってね…あれ」
桜子の身につけているものがハイプリーストのものではなく恐らく出雲のものであろう
男性物の大きめのシャツで、その間からちらりと覗くブラジャーに目を留めた。
「らここれ可愛いね、どうしたの?」
「これ?莉良くんが教えてくれたお店で買ったの」
「いいなぁ、でも私の場合つけたくても職業服の面積があれだからなぁ」
「同じデザインで形違うのもあったし大丈夫なんじゃないかな」
「そう?えっと今私がはいてるのがね…」
「うわーーーーーーッッ!!!」
蘇利耶が桜子の着ているシャツをずらしたりした辺りから目のやり場に困ったように視線を泳がせていたが、
蘇利耶が身に着けている職業服の下半身の方をずらしてきたので悲鳴を上げながら出雲は部屋を出て行った。
「お、どうした出雲」
部屋の外に出て閉めたドアに寄りかかり、大きく息を吐いていると声をかけてきた不壊を見る。
「不壊。今蘇利耶が…」
「出雲のその慌てようを見るにお前の『苦手なネタ』使われて追い出されたってとこか?」
同じようにドアに寄りかかりながらニヤニヤ笑う不壊に出雲は力なく笑い返しつつもはいと答えた。
「はい。蘇利耶とは友人として長くなりますが…やややややはり女性の肌はむむむむやみに
さらけ出すものでも見るものではないと僕は思うんです!」
「それ力説すんならまず常日頃肌をさらけだしてる職業服の女性の方全てに土下座しろ。ってからこ相手でもそうなのか?」
「桜子さんとはそうですね…約半年以上の年月をかけて…って何言わせようとしてるんですか!」
「ちっ、誘導尋問失敗か」
「それよりもですね!交渉は…どうなりましたか?」
話を逸らす事も目的もあったがやはり動向は気になっていたのだろう。
出雲の口から交渉の言葉が出てくると不壊の顔から途端に笑顔が消える。
「予定通り今日でまとまりはしたが…色々すごいことになったぞ」
「すごいことですか?」
うかない表情から嫌な予感を感じているのか妙に身構えている出雲に不壊がぼそぼそと耳打ちする。
「…………それは本当…ですか?」
それを聞いた出雲が驚くのも無理はないという風に不壊は額に手を当てる。
「あぁ、もうやるつったらやるでもうこっちの話なんて聞きゃしねえ。メンバー内であいつを
慕ってるっていうか崇拝レベルの奴らもいるし…望みの戦力が入るとは言え10日となると胃ぃ痛えな。俺もその間どっか逃げてっかなー」
「勘弁してください不壊…僕の胃に穴あけるつもりですか」
「分かった。分かったから人のほっぺ力いっぱい引っ張ってんじゃねーよ」
そう言ってぎゅむーっと不壊の片方のほっぺを引っ張っている出雲を咎めた。
* * *
ドォォォォンッッ
「っがぁぁーーーーーーッッッ!!!」
「!?」
近況報告という名目で幼少時代を過ごした聖カピトーリナ修道院へ赴いた琉風が、
師である生涯長老元へ挨拶に向かったその場所で聞いたのは轟音と叫び声。
そして誰かが吹き飛ばされていく光景だった。
「白樺さん…?…白樺さんッ!!」
驚いたように吹き飛ばされた人物を見て更に驚く。
自分より先に外界に出た兄的存在でもあった男の名を呼び琉風は壁に叩きつけられたチャンピオンを助け起こそうとした。
「放っておけ」
背後から聞こえた声に琉風が振り返ると厳格そうな顔に怒りの色をうかがわせた生涯長老の姿があった。
「でも長老、白樺さんは…」
「いいから来い」
厳しい口調で長老に言われ、『俺は大丈夫だから長老について行け』と背中を向けた長老に
指差す白樺を何度も気にしながら、琉風はそのあとをついていった。
「ほう。今は攻城戦ギルドに所属しているのか」
琉風が修道院を出て今居るギルド・色即是空に入るまでのいきさつを聞き終えた長老は水平線を見つめたまま小さく頷いてみせた。
「はい、実際砦を守っているのは同盟のギルドなんですけどその傭兵という形で参加させて
もらっています。俺も最近少しは阿修羅で貢献できるようになりました」
「そうか…」
それから長老は手を伸ばし琉風がいつも身に付けている数珠を手に取った。
以前自分が仕込んでやった筈の青ハーブで作った丸薬が無くなっている事に気づいたのだろう。
「!」
これを使ったのは以前に理をメンバーに加えるために執拗に追っていたハイウィザードのギルドメンバーにレイプされた時。
そこにいた全員を倒すため、阿修羅覇王拳で消費したSP回復に全て使ってしまっていた。
この事は長老には一切話しておらず、これを使った理由をどう説明したらいいか分からず琉風は黙りこんでしまう。
流石に本当の事は長老と言えども話す事は出来なかった。
長老はそんな琉風の様子に何一つ問い詰めることをせずに数珠に新しい丸薬を仕込み始めた。
「琉風。世界は途方もなく広いだろう、美しい事ばかりではないだろう。心を折られそうになってしまう事もあるだろう」
全ての丸薬を仕込み終え、無骨で皺だらけだが、温かく力強いその手で琉風の手を包んでやる。
「だが、決して芯を崩すなよ」
「―――はい!」
まっすぐ見返した琉風の返事を聞くと満足そうに小さく頷きながら長老は立ち上がった。
「琉風、今日はゆっくりしていけるのか」
「寮にいる皆にも挨拶していくつもりです。泊まっていってもよろしいでしょうか?」
「そうしてやりなさい。皆もきっと喜ぶ」
『ヒール』
長老と一旦別れた琉風は花壇付近のベンチに腰掛けヒールを唱えていた白樺の姿を見つけ、後ろからヒールを唱えてやる。
「おぉっ、悪いな琉風」
「大丈夫ですか?白樺さん」
「おうっこの通りもう平気だ!」
握り拳を作って見せる白樺の隣に腰掛ける琉風の顔からは心配の色は消えない。
「一体どうしたんですか?長老は意味もなく暴力を振るう方じゃない筈なのに」
「あれはなー。仕様が無いっていうか仕方ないっていうかなぁ、うん」
白樺は言うか言うまいか悩んでいたのだろう。言葉を濁していたがやがて自分の鼻の頭をぽりぽりと掻きながら話し始めた。
「俺…さ。実は結婚する事になってたんだよ」
「そうなんですか?おめでとうございます!」
「でも相手が所謂結婚詐欺とかそういうヤツだったらしくて結婚式前日俺の主要装備ごっそり盗まれてさ」
「詐欺…盗まれって…………えぇッ!?」
「当然結婚式は白紙。その一連を今日長老に報告したら『修行が足らん』ってぶっとばされた」
「えぇぇぇぇッッ!?」
「ったくとっくの昔に現役退いてるってのにありえねえ威力だよなあのジジィ」
「そんな…白樺さんは被害者じゃないですか、どうして長老がそんなこと!」
「変に慰められるよかそっちのが俺にとっては良かったよ。渇入れられた感じでむしろスッとした!」
「その…白樺さんを騙した人は捕まったんですか?」
「俺が今世話になってるギルドメンバーのお陰で翌日にすぐな。今までの可愛らしい態度が
なんだったんだっつーくらいの勢いで罵詈雑言浴びせられたよ。ま、それを見抜けなかった俺も馬鹿だったっつーことだな」
声を出して笑う白樺に反して琉風はますますつらそうな表情で俯き呟いた。
「…俺も…」
「ん?」
「俺もこの修道院を出て色んな狩場を回って色んな人も見てきました。いい人もいましたし、
平気で…人を傷つける人にも会いました。自分って存在が小さく思えてくるほど外の世界の広さと怖さを思い知らされました」
「本当そうだよな…でも。その世界はただ嫌な事ばかりでもなかったろ?」
そう言って白樺が琉風の袖口につけられているエンブレムを指で軽く弾き、その手で今度は自分の胸に付けたエンブレムを誇らしげに叩いて見せた。
「…はい」
エンブレムに触れ、そこでずっと険しかった琉風の表情に笑顔が戻り、それにつられるように
白樺も笑う。琉風が幼いころよく見た時と変わらない、くったくない笑顔だった。
「俺もだ。きっつい目に遭ってもそれを支えてくれる奴らもいるのがこの世界なんだよな。俺のために泣いてくれる女も―――――」
「え?」
「いやいやいやいやなんでもない、なんでもないぞ!」
やけに顔を赤くしている白樺を琉風はただ不思議そうに見上げていた。
「そうだ琉風!今日ってここ泊まってくのか?」
「はい、童巴さんにご挨拶にいった時夕飯にキャベツ豚肉の煮込みスープいっぱい作ってくれるって言ってました」
「マジか!童巴の作るあれ美味いんだよなー…っつーことで」
白樺が両足に勢いよく反動をつけて立ち上がる。
「来い琉風、久しぶりに組み手やろうぜ。めいっぱい腹すかせた方が絶対美味いぞ」
「はい、お願いします!」
琉風も立ち上がり構えを取った。
* * *
「んー…」
目覚めて視界に入った天井がいつもと違う事を不思議に思うが、修道院の寮の一室に泊めてもらっていた事を思い出す。
隣で毛布を蹴飛ばして眠っていた子に毛布をかけてあげると、修道院を出てから一度も
怠ることのなかった朝の修練をするべく琉風は静かに部屋を出た。
「ん?」
修練場に向かう途中、修道院の外がやけに騒がしいことに気づく。
「ヨーヨーかな…」
なんとなく気になって修道院入り口の門をのぞいてみると、その向こうでチョコが
沸いており青色の法衣を身に着けたハイプリーストに襲い掛かろうとしていた。
「あぶなっ…!」
門を超えて琉風が間に入ろうとした時、ハイプリーストは慌てた様子一つ見せずにチェインを取り出した。
『ブレッシング!!』
『速度増加!!』
『イムポシティオマヌス!!』
「てぇぇぇぇぇぇいッッ!!」
ドガガガガガガガガガガガガガッ。
ものすごい連打でチョコを殴り倒し、残りのヨーヨーが一目散に逃げ出していった。
「あっ」
そこでハイプリーストが琉風の存在に気づいたのかなんだか恥ずかしそうな顔をしている。
「おつかれさまでした、すごいですね!」
「…私殴り型なの、初対面の男の子の前で武器振り回すの見られるのってちょっと照れるわね」
「どうしてですか?すごく綺麗でした!モンクとはまた違った型ですけど無駄のない動きで」
「そんなこと言ってもらったの初めてよ、ありがとう。ねえ、もしかしてそのエンブレム…」
「はい?」
ハイプリーストは琉風の袖口のエンブレムを何処かとても懐かしそうに見た。
「やっぱり色即是空。彩達は元気?」
「元気ですよ。彩マス達の知り合いの方ですか?」
「ええ。少し前…史乃にはよくしてもらったの」
「そうだったんですか…あ、ハイプリーストさんもしかして修道院に御用でしたか?すみません俺勝手に話しかけて引止めちゃって」
「え?あのっ…用っていうか…そのっ」
ほんのりと幸せそうに微笑んでいたハイプリーストが急に動揺の色を見せ始めた。心なしか顔も赤い。
「修道院には大聖堂から聖職者様が見えられるんですよ。もしかして
ハイプリーストさんもそうじゃないかって思ったんですけど違うんですか?」
「大聖堂関係で来たわけじゃなくて、えっと…こっちに白樺っていうチャンピオンが居るって聞いたんだけど…」
「それなら丁度よかったです、白樺さんなら昨日からここにいますよ。すぐ呼んできます!」
「いっ…いいのいいの呼ばなくていいの!」
修道院内部に入ろうとしたのをやけにあわてた様子でハイプリーストが止めるので琉風は立ち止まる。
「いいんですか?多分白樺さんも朝の修練で起きてる筈ですし…本当にすぐ呼べますよ?」
「うぅん本当にいいの呼ばなくてもいいの!その代わりに………君に伝言をお願いしてもいいかしら」
「よぉ!おはよう琉風」
「白樺さんやっぱりここでしたね!」
修練所にいる白樺に声をかけられ琉風がそちらへと駆け寄っていく。
「おうっ、修道院出る時これだけは怠るなっていわれてからな。お前もだろ?なんなら朝組み手でもすっか」
「はい、是非!……あっ」
手招きしてみせる白樺に向かい合った琉風は思い出したように構えを解く。
「その前に…白樺さん宛ての伝言預かってきました」
「伝言?誰からだ?」
「そういえばお名前を伺ってませんでした。ハイプリーストの方だったんですけど」
「ハイプリーストか…で、なんて言ってたんだ?」
「いつもの場所で待ってるって言ってました」
ぶほっ。
それを聞いた白樺が飲んでいた水筒の水を盛大に噴いた。
「おっお前それどこで聞いたんだ!?」
「修道院の入り口でついさっきです」
「ハイプリーストって…もしかして青い法衣着てる女か?」
「そうです。殴りの方だったんですけど、すごく強かったですよ」
「…やっぱ楠か」
「どうしました?」
「いやなんでもない!なんでもないぞ!」
「???」
白樺は先ほどのハイプリーストと同じように真っ赤になっており、意味が全く分からない琉風はただ首をかしげるしかなかった。
* * *
「戻りまし…!…………た?」
白樺との朝の組み手、寮に住む大勢の子供達との朝ごはん。別れ際に握ってくれた長老の温かい手。
全てに充実した気持ちで修道院から戻り、ホームに帰ってきた琉風はドアを開くなり目をまんまるにする。
「あ、おかえりー」
琉風を真っ先に向かえたのは理がいつも座っている椅子に腰掛けているのは
漆黒の長い髪の毛を軽く払いながらコーヒーを飲んでいるアサシンクロスだった。
「あ、琉風おかえり。修道院の里帰りどうだった?」
その向かいでお茶を飲んできた呂揮が寄ってくるが琉風は固まったままそこから動かない。
「琉風どうしたの?入ってきなよ」
「呂揮…」
「ん?」
「呂揮どうしよう!理が女の子になっちゃってる!!」
「そんな訳ないだろ馬鹿っ!」
「あははははははっ性転換説か。面白い発想だね」
琉風と呂揮のやりとりにアサシンクロスが澄んだ声で笑う。
「始めまして琉風。私は蘇利耶、10日間限定の君たちのギルドメンバーよ」
「じゃあ蘇利耶さんは理と交換という形でホームに来たんですね」
あとからキッチンに来た彩から事のいきさつを聞き、出されたホットミルクを飲みながらやっと落ち着いた琉風が口を開いた。
「あぁ。前々から言われててずっと断ってたんだけど、今回神器交渉の兼ね合いで
どうしてもって頼まれてさ。ごめんな、琉風のいない間に決めちゃって」
「いえっ気にしないで下さい!」
ぶんぶんと両手を振って見せる琉風の隣で蘇利耶は心底面白く無さそうに空になったカップをテーブルに置いた。
「あーあっ、不壊の反対がなけりゃギルドも移動したかったのに。リィはちゃんと移籍してるのにこれじゃ不公平よ」
「蘇利耶はマスターなんだしブレイクする訳にはいかないだろ、極力PT組んで会
話には支障ないようにするから。琉風、蘇利耶の会話はPTでな」
そう言って彩は琉風へ『ギルチャ代理!』というPTを渡した。
『まぁそういうわけで。10日間よろしくね琉風』
『はい蘇利耶さん。こちらこそ宜しくお願いします!』
PT会話で同様に挨拶してきた琉風の頭を蘇利耶は小動物でもいたわるように撫でる。
『いいなぁスれてなくて…莉良も呂揮もかわいいし、あーもーみんなみんなまとめてお持ち帰りしちゃおうかなぁ』
『蘇利耶ぁ!さりげなくソフトな拉致宣言すんな!誤爆した瞬間偶然誰か通りすがったらどうすんだ!』
『だってさぁ彩。可愛いものは可愛いんだもん仕様が無いじゃなーい。ねえ莉良ー?』
『きゃはははっ蘇利耶さん肌つやつやーっおっぱいぽよんぽよーん!』
『こら莉良ぁ!おっぱいなんてダイレクトな言い方すんなぁ!』
『んー?彩マスおっぱいがどうしたってー』
『ばっ史乃っ!おっぱいの部分だけ抜粋すんじゃねええぇぇぇぇッッ!!』
静まり返るギルドチャットに反して一気に騒がしくなったPTチャットを皮切りに
蘇利耶との共同生活、そして理のいない色即是空の10日間は始まった。
* * *
メンバー交換2日目の朝。
不壊は理が使ってる部屋の前で積みあがった人の束を見つけ屈んだ。
一人一人の顔を確認すると、全員からエンブレムを引きちぎって出したワープポータルの中に蹴りいれる。
除名理由
『色々残念でした』
「おはようリィよく眠れた?」
「部屋の前の山見ただろ・アレで眠れたと思うか?」
腰にホルダーを付けながらそう言う割には理からはさして疲労感は見られない。
「現ギルメン…いや・もう元ギルメンか。悪ぃが手加減は全くシてねえぞ」
「構わない。熱意に負けて加入させたはいいけど正直見込めなかったし追放理由が出来て逆に良かった」
「それにオレ狙いじゃねえ ・『蘇利耶狙い』だ」
昨日の晩理が眠っていた部屋に複数の男が何の断りもなく入ってきて、理の姿を見つけ『お前もそうなのか?』とたずねて来たのだ。
奇襲するにしては装備があまりにも粗野で、浮かべる下卑た笑いから蘇利耶の命が目的ではなく身体が目的だということはすぐに分かった。
「…メンバー交換の話は全員に話してなかったから蘇利耶が居ない事も、
蘇利耶の部屋を今はリィが使ってる事を分かっていればそんな事しなかったろうな」
「なるほど・日常茶飯事ってコトか」
煙草に火を点けた理はそれを聞いて鼻で笑う。
「ギルドを治めるのが女王故の悩みってところかな。うちのギルドで女は蘇利耶一人だけだからどうしても『そういう』問題が出て来るんだよ」
「そして今回その問題とやらを利用して邪魔なヤツを排除シて・おおむねオレの戦力もはかれて一石二鳥ってか?」
「ご名答。噂通りの実力者で安心したよ」
理の言葉を否定せずにさらりと言う不壊からは一滴の罪悪感もない。
「その代わりそれに見合った対価を渡すことを約束しよう。だからこのままここに所属―――」
「断る」
短く言い捨て理は紫煙を吐き出しながら部屋を出て行った。
「予想通りばっさり切り捨てやがったか。まぁ予想通りの答えっちゃー答えだな…さて、この部屋の主は今頃どうしていることやら」
不壊がそう言って理が今まで眠っていたベッドをぽんぽんと叩いた同時刻。
琉風は蘇利耶が利用している理の部屋の前で立ち往生していた。
「琉風ぁおーはよっもうすぐごはんだよーって。どしたのぉ?」
階段を上がってきた莉良がドア前に立っている琉風に声をかける。
「あ、おはよう莉良。蘇利耶さん呼んでるんだけど返事ないんだ」
「部屋に入って直接声かけりゃいいじゃん」
「女の人が寝てるのに勝手に入ってくなんて出来ないよ…!」
心底困ったようにドア前に立ち尽くす琉風をよっぽど哀れに思ったのか莉良がぽんぽんと慰めるように背中を叩いた。
「じゃああたしが行って起こしてきてあげる!」
「本当?お願い莉良」
「ま〜かせてっ!すーりっやさーん朝だよぉ〜ほらぁ、蘇利耶さん朝だってばぁ」
莉良が部屋に入っていくとドア越しから起こしているであろう莉良の声が聞こえてきて、蘇利耶がまだ眠っている事が伺える。
琉風はその間部屋の外で莉良が出てくるのをじっと待っていた。
「ひゃわあぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!」
「莉良っ!?」
しばらくして部屋向こうから莉良の悲鳴が聞こえ、琉風は反射的にドアを開いてしまった。
「わーーーーーーッッ!!!」
それから響く琉風の悲鳴。
「お前ら朝から元気もりもりだなー、一体なーにやってんだー?」
騒ぎを聞き代表で様子を見に来たであろう史乃は部屋の様子を見て失笑している。
ぼろぼろと涙を零し床に座り込んで泣く琉風と、おろおろしながら側でシャツ1枚の姿でそれをあやす蘇利耶。
そしてベッドに座った莉良が笑いながらそれを見ていた。
「お願いだから泣き止んでよ琉風。これじゃ私が君をいじめたみたいじゃない」
「そーだよ琉風ぁ、フリョノジコってやつだってばぁ」
「うぅっ…すりやさんごめんなさいっ…うぅっ…」
蘇利耶と莉良が何を言ってもごめんなさいと言って泣き続ける琉風から状況を聞きだすのは
難しいと思ったのかベッドに座っている莉良に視線を移した。
「莉良ー、俺にわかるように説明ぷりーず」
「あのねえ史乃、琉風が蘇利耶さんのおっぱい生でみちゃったのぉ♪」
「……………………はぃ?」
史乃が目を点にしたのが楽しかったのか莉良は足をぱたぱた揺らしている。
「あたしが蘇利耶さん起こそうとしたら寝ぼけて寝技かけようとしてきて、それであたしの
悲鳴聞いた琉風が部屋に入ってきた時丁度蘇利耶さん着てたシャツはだけてておっぱいぽろりしたの」
改めて説明されると、罪悪感がまたせめぎだしたのかまた琉風が泣き出してしまう。
「蘇利耶さんが理の部屋使うって聞いて…部屋の出入りする時は気をつけるようにって彩マスから
言われてたのに俺莉良の悲鳴聞いて咄嗟に…本当に悪気はなかったんです。ごめんなさいっ…ごめんなさい蘇利耶さん……」
「ちょっと寝乱れてただけでしょっそれなのに琉風の方が悲鳴上げて泣いてどうするのよっほら泣かないでったらもぉー」
蘇利耶は困った顔で身に着けているシャツの袖で琉風の涙を拭っている。
やれやれといった風に頭を掻いた後部屋に入り莉良の頭をぽんぽんとなでてやる
「おらー莉良、琉風つれて台所行ってこーい」
「はぁーい。ほら、琉風行こぉ?」
「う…うん…蘇利耶さん本当にごめんなさい」
「いいってば。許してるからもう泣かないでよ!」
階段を下りて行って史乃と蘇利耶の2人だけになり、ベッドに腰掛けた蘇利耶は頭を抱えた。
「しくじった…琉風のNGゾーンがあそこまで酷いとは思わなかったわ」
「おいおーい、裸シャツで気ぃ使ったつもりかー?」
「下はパンツ履いてるから裸じゃないですぅっ。胸が見えたのは不慮の事故なんだってば」
シャツの乱れを改めて直しながらべぇ、と舌を出して見せた蘇利耶にっつーわけだからーと史乃が苦笑しつつ切り出す。
「まー彩マスの反対押し切ってリィの部屋で寝泊りするっ事になった手前ってヤツで
極端な露出は控えとけー?彩マスがもしこっちに来てこの状況見よーもんなら
『そんな破廉恥な格好で通りすがりの人とかに見られたらどーすんだ』とかってどやされるぞー?」
「これで破廉恥とか言ってたら私の職業服どうするよ…でもまぁいいか。琉風にまた
あんなふうに泣かれるのやだし今夜からはちゃんとパジャマ着るよ」
「おーおーそーしてくれ」
「ねえ史乃」
「あー?」
部屋を出て行こうとした所を蘇利耶に呼び止められ、史乃が顔だけを部屋の中に向ける。
「このギルドって男女共同住まいって結構長いんでしょ」
「まーなー、俺が加入する前かららこいたしなー」
「……………ふーん、そう」
史乃は全て言わずとも蘇利耶の言いたいことは理解できたらしい
「まー蘇利耶が想像してるような『男女間のマチガイ』みたいなのはここではねーぞ?
少なくとも男メンバー全員恋人持ちみたいなもんだしその辺の心配はないっつーか。俺に至っちゃそりゃもー惚れた人一途だしー?」
「あーはいはいノロケおつ。でも…なるほどね、このギルドからほのぼのとした雰囲気感じるのはそのせいなのかな」
「そーかもなー。蘇利耶のギルドはどうかわかんねーけどそういうのもまー悪くねーだろ?」
「うん。すごく羨ましいよ」
蘇利耶の言葉は素直で、そして心の底から言っているようだった。
* * *
生活観の違いから主に琉風がトラブルに見舞われつつ始まった蘇利耶との共同生活だったが、
蘇利耶は意外とすぐにホームでの生活に慣れ、メンバーに溶け込んでいった。
普段料理はしないと豪語したうえで食事当番もこなすと申し出た時はさりげなく身の危険を
感じた者もいたが、いざ出された料理を口にすると全員がおかわりを申し出るほどの好評ぶりだった。
ギルドメンバー内にアサシン系がいないこと、同一の砦を防衛している色即是空にとっては
アサシンクロス・蘇利耶から聞く違う攻城戦ギルドの話は新鮮で、神器交渉のメンバー交換と
言う名のあくまで建前上の『交換ホームステイ』ではあったが色即是空にとっていい刺激となっていた。
そして蘇利耶がホームに来て5日が過ぎ、同時に理がギルドを離れてから5日目。
「琉風後ろ!」
「わっ!」
呂揮に声をかけられ慌てて振り向くと背後でインジャスティスが斬りかかろうとしていた所だった。
『ボウリングバッシュ!!』
呂揮が素早くその間に入り込みスキルで一層すると琉風の腕をぺしっと叩く。
「ぼっとするなって、レベル上がって比較的楽に狩れるようにはなったけど油断してたらあっという間に囲まれるぞ?」
「…ごめん」
やけにしょげて謝る琉風に呂揮は見渡しのいい場所を指差す。
「少し休もう、ずっと狩りっぱなしだったし。あそこなら追加来てもすぐ分かるだろうから」
「うん…」
とぼとぼと呂揮についてくるとその隣に腰掛けた。
「元気ないねどうしたの?…って聞くのも野暮か」
「え、呂揮分かるの?」
渡されたシュバルツバルドのおやつをちみちみ食べていた琉風が心底驚いたような声を出す。
「琉風がホームに来てからリィさんとこんなに離れるのってなかっただろ」
「えっ!?あのっ理は別に…!」
「リィさんいなくてさみしいんじゃないの?違うの?」
じーっと見つめられて問われると顔を紅くしてうつむいてしまう。
違うとはもう言えなかった。
「ねえ、呂揮ってさ」
「ん?」
「その………どのくらい我慢できる?」
「何が?」
「えっとその…アレ…」
「アレってもしかして…SEXの事?」
最後の『SEX』方は若干小声で言う呂揮に恥ずかしそうにしながら琉風が頷く。
「だからさ、どうしてそういう事まで俺に聞いて来るんだよもぉ…」
「だって、そんなの聞けるの呂揮しかいなくて!」
がっくりとうなだれた呂揮の両肩に手を沿え泣きそうな顔になっている琉風に半分飽きれつつも呂揮はんーと小さく唸って記憶を手繰り寄せる。
「澪マスが他ギルドの交渉とかあったりするし長かったら1週間…それ以上もあるかな」
「そうなんだ…」
意地悪を紡ぐ唇。いやらしい言葉を琉風が言うまで焦らす指。
泣いて許しを請うても気持ちいいのが止まらなくなるまで激しくイかせてくる雄。
あれだけ恥ずかしい思いをさせられていても、今はそれさえもが恋しい。
いじわるな事を言われてもいい、今はただ理が側にいる事を感じながら気持ちのいいことをいっぱいされたかった。
「………」
切なそうな顔をする琉風の肩を呂揮は無言で軽く抱く。
琉風の気持ちは何度となくそういう体験をしてきた呂揮にもよく分かるのだろう。
「ブリトニアに行ってさ、ギルドメンバーだって言えば会わせてもらえないのかな」
呂揮の出した案に即座に琉風は首を振る。
「無理だよ。彩マスからメンバー交換終了までは理との交流は控えるようにって言われてたし」
「だよね。やっぱり交換期間が終わるまで待つしかないか、まぁ1ヶ月とかそんなに長い訳じゃないと思えば…」
「1ヶ月がどうしたって?」
「うわっ!」
「わーーーーーーッ!!!」
背後から蘇利耶が話しかけてきて呂揮と琉風は大きな悲鳴を上げて一斉に後ずさる。
突然話しかけられたことと、全く気配を感じなかったことで驚きも倍増だったらしく2人はなんとなくぴったり寄り添うような形で蘇利耶を見た。
「君達今日2人で狩るってらこから聞いたから一緒させてもらおうと思って。ほら、ギルド狩りは
したけど君らとペアトリオしたこと無かったでしょ?…ってか何話してたの?妙に神妙な顔つきしてたけど」
「ここでの狩り方について話してました。1ヶ月前は琉風のレベルが低いのもあってなかなか上手く立ち回れなくて」
「へえ、隠すんだ」
呂揮が平静を装いとりつくろうも言う相手が悪かったらしく蘇利耶はそれが嘘だと見抜いたらしい。
「別に隠してる訳じゃ…」
「私ね、黙ってる奴を吐かせるの得意なの」
言い訳を許さないとでも言うかのように呂揮の言葉を遮り妖艶に微笑みながら2人の元へにじり寄っていく。
「私に見られた時点で既に失敗だったっていうことであきらめようか。さぁ…………吐けっ♪」
「わぁぁぁーーーーーーーッッ!!!」
直後、狩場に呂揮と琉風の絶叫が響いた。
「―――ふーんなるほど。要するにリィの交換期間で琉風は欲求不満になってた訳だ」
全て話し終わった琉風は泣きそうな顔をしその隣で呂揮は頭を抱えていたが、蘇利耶の方は
極普通に納得したという顔で腕を組みながらうんうんと頷いている。
「泣くことないじゃない会いに行けばいいんだから。今から私が連絡―――」
「待ってください蘇利耶さん!だってメンバー交換してる間はギルドメンバーとの交流は駄目って事じゃないですか!」
「理由なんてどうにでもなるでしょう?メンバーだけの連絡事項あるとか、絶対他の人には言っちゃいけない秘密会議とかさ」
「でもっ…」
「琉風、私は君の今の気持ちを否定しない。君は悪いことなんて言ってない」
発した声はまるで一本の芯が通ったようで、琉風はその中に揺ぎ無い蘇利耶の意思を見てその瞳に魅入られた。
長老の言う芯を崩さないというのはきっと彼女のような人の事なのだろうと。
「望んで琉風。君は誰に会いたいの?」
「………理」
はっきりとした琉風の言葉を拾うと蘇利耶は笑った。先ほどの妖艶を含んだものではなく優しい笑みで。
「分かった、私に任せて」
差し伸べられた蘇利耶の手に恐る恐る琉風は手を伸ばし、やがてそれをしっかりと握った。
→ツヅキマス→