いいんですよ。
前編

 

「彩マス、あーやーまーすー!」
「んー…」
彩が目を擦りつつ開けると、ベッドの脇に顎を乗せている莉良と目が合った。
「おーはーよっ。今日の朝ごはんフェイヨンで貰ってきた卵の目玉焼きだよぉ。いつも通り1.5?」
「おはよ莉良…誰か他に1.5個希望いる?」
「呂揮と琉風が1.5個って言ってたけど2人でもう協定組んじゃったぁ。1個希望のらこさんがデザートの
 イチゴ横流ししてくれるなら彩マスに0.5あげるって言ってるけど」
「じゃあ俺のイチゴらこにやって…」
「おっけー分かった。史乃は?」
「今日の卵って大きさどんくらいだー?」
史乃の声がやけに側で聞こえることに疑問を持ち、やっと意識がはっきりしてきた彩がまばたきを繰り返す。
「今日は結構バラバラ、あたしちっちゃめので2個にしたもん」
「じゃー俺は2個で片方は大き目のでなー」

頬に当たる感触がシーツではなく人肌である疑問が解けたと同時に勢いよく飛び起きた。
「史乃っ!?」
「んーなんだー?」

急に飛び起きたのに驚いたのか史乃は目を丸くして先程まで胸に頭を乗せて眠っていた彩の金髪を撫でている。
「どわあぁぁあああ見るな見るな莉良見ちゃいかーーーんっ!!!」
「ぶほっ」
彩が慌てて布団を史乃の頭からかぶせるが今更隠した所で時既に遅し。
彩の部屋に史乃がいて、裸で同じベッドに眠っていて。明らかに『昨晩SEXしてました』の2人を
 前にしても莉良は動じた様子は一切ない―――どちらかというと楽しそうですらある。
「ちゃんと把握してるから心配しなくても大丈夫だよぉ?あーでも朝立ちからのコンボ技は
 朝ごはんもうすぐだから後にしてほしいかなぁ」
「あぁあああぁぁ朝立ちとか女の子が笑顔でそんなこと言うなぁ!!大体コンボ技ってなんだ!!」
「えーほら朝立ちからそのまませっ」
「だぁぁあああぁああやっぱり言わなくていぃぃいッッ!!通りすがりの人が…………ぶぉっ!!!」
続けようとした彩の言葉は史乃に布団でくるまれることで遮られてしまった。
「なー莉良ー、今日の朝は俺カフェオレ飲みてーな」
もがーもがーっと布団の中で暴れている彩を布団ごと抱きしめながらそう言った史乃に分かったぁと莉良はドアに向かう。
「あとちょっとで準備できるからもう起きてきてねぇ」
「おーすぐ行くー」

ぱたん。

「…ぷはっ!おい史乃っ!莉良の教育的にどうなんだあれッ!!」
莉良が部屋を出た後漸く布団から顔を出して開口一番怒鳴る彩に、史乃は起きてものの数十秒で
いつものテンションに完全に戻っている様子に感心しつつも呑気に頭など掻いていた。
「別にいーことじゃねーか。変に顔赤らめられるよっかよっぽど扱いやすいんじゃねーの?」
「よくなーいっ!!」
「あーすっげー寝癖」
「ん?…うぉー!!なんだこれ!!!」
想像以上にひどかったらしく壁際の小さな鏡で自らの寝癖を見て彩が驚愕の声を上げている。
「ひっでぇ、通りすがりの人が見入っちゃうくらいの頭だなこれ…わっ」
突然史乃に後ろから抱きしめられベッドから乗り出していた身体が史乃の腕の中にすぽんとおさまる。
「急にどした?史乃」
「んー?あんたと一緒にこーやって朝迎えんの好きだから」
柔らかい彩の金髪にキスをしてくる史乃に、1箇所だけ特別妙にはねた寝癖を指で直しながら彩は唇を軽く重ね合わせた。
「おはよ、史乃」
「おはよー、彩」


朝食後、理と琉風は四季奈のポーション材料集めの手伝いに、呂揮と莉良は同じくポーション材料の
新規ハーブ刈り場所開拓と言って地図を片手に早々に出かけていった。
一気に半分近くのメンバーが減り数分前の騒がしさが嘘のように静かになったホームのリビングで、史乃は残ったカフェオレを飲みながらマーチャント系職業に配布される相場情報誌を広げていた。
「相場上がってんなー。今のうちに売りさばくべきかもうちょい待つか…」
熱心に目を通しながら今日出す露店の品を考えている史乃の目の前に、桜子が中身が殆ど無くなっている瓶を差し出してきた。
「史乃くん、確かこれ史乃くん買ってきてくれたやつだよね」
瓶の形で思い当たったらしく史乃はあーそーだわと頷いた。
「確かに俺が仕入れてきたヤツだなー」
「このにんにく入りオリーブオイル、お店でみたことないんだけど史乃くんの
 独自ルートなのかな、また手に入れるのって難しい?」
「確かフィゲルだな。問題ねーだろ、どれくらい欲しい?」
「とりあえず1本。これで作ったペペロンチーノすごく好評だったから」
「あっ史乃、フィゲル行くんなら俺も一緒に行く」
食器を洗っていた彩がフィゲルという単語に反応し、手は止めないまま首だけを後ろに向けた。
「あー何か買って欲しいモンあるなら俺まとめて買ってきてやるぞー」
「買い物じゃない。トメさんのこと診てもらいにハンターギルド行きたいんだ」
「………トメ?」
彩と恋人同士になってからというもの一層風当たりが強くなった彩の相棒であるファルコンの名前が出た史乃の口元が若干ヒクつく。
「うん。別に調子悪いとかじゃないけど定期的に診てもらうことにしてるから。表面上のケアは
 出来ても病気とかそういうのはやっぱりその手の専門職じゃないとな」
言葉の端々で2名のフィゲル行きが分かった桜子がワープポータルの登録地の確認を始めていた。
「…残念、フィゲルポタはこの間のギルド狩りの時上書きしちゃってたんだ」
「だったな。転送使ってジュノーからフィゲル行きの飛行船乗ってけばいいし大丈夫だ。
 史乃何時ごろ出発する?今食器全部洗い終わったから俺はすぐ出れるけど」
「出る前にカートの中ちょっといじりてーから30分後…いや20分ありゃいーか」
これからの予定を相談し始めた2人へ桜子が小さくひらひらと手など振っている。
「らぶらぶ飛行船デートいってらっしゃい、手をつなぐのはともかくキスする時くらいは
 ちゃんと周りを見てからするんだよ。彩の大好きな通りすがりの人がいるかもしれないし」
「お前は普通にいってらっしゃいって言えねえのかよ!!」
そう怒鳴りつつも戯れに重ねた史乃の手を握り返してくる彩の指。
いつもと変わらない日常の中でも、こうして確実に焦がれた人と恋人として近づいた距離が史乃には心地よくて仕方が無かった。

* * *

「うおーすげー!天気いいから遠くまでよく見える!」
「彩マスー、油断して歩き回ってっと降り損ねて何往復もするハメになっちまうぞー」
大抵移動と言えばカプラサービスの転送や桜子のワープポータルを利用する事が多い中飛行船に乗るのは久しぶりだったせいだろう、子供のようにはしゃぎながら甲板に向かって走っていく彩を史乃がやんわりと嗜めた。
「分かってるってちょっとだけ。史乃も来いよすげーいい眺めだから!」
「………おぉーっ!こりゃすげーかも」
何の気なしに行ってみれば晴れ渡り空気が澄んでいるせいで遠くの山々まで見える景色に思わず史乃も感嘆の声を出していた。
「な、すごいキレーだろ………どした?史乃」
並んで景色を眺めていた史乃の手が彩の腰に回り引き寄せてきたので不思議そうに見上げる。
「らこが言ってたろー。飛行船デートってやつー」
「………………」
それを聞いた彩はきょろきょろと周囲を見渡し始める。すぐ側に人がいないことを確認していたらしく、居ないと分かると素直に史乃の方に寄り添ってきた。
反対側の肩で今にも嘴でグサグサッと攻撃でもしてきそうな勢いで不満オーラを発しているトメに来んなよーまだ突撃してくんなよーと史乃は心の中で願いつつ彩の顔に自分の顔を近づけた。

「おい待てよ!!」

唇が触れる直前に聞こえたその声は甲板に吹き荒れる風の音に負けないほど大きかったせいで2人にも届く。
史乃と彩がほぼ同時に声のした方を見ると、そこには2人の男女が向かい合うようにして立っていた。
1人は大声を出したであろうガンスリンガーの男で、目の前に立っている薄い青色の法衣を身につけたハイプリーストを責めているようだった。

「お前なぁ、またジュノー通り過ぎちまっただろ」
「ね…ねえ!今からイズルード行かない?そこでお昼食べようよ、私ポタメモ持ってるの。あそこのお魚美味しいし…」
「だからそうやって話そらすなって。転送使えばすぐなのをお前が飛行船乗っていきたいっていうから
 乗ってやってんのにジュノーに近づいたらあっちこっちふらふらして何度も降りそこねてんだぞ」

「くー!」
「!!」

彩の『くー』という単語に反応したハイプリーストは、彩の姿を見た途端顔を強張らせ、隣にいたガンスリンガーを引っ張り逃げるように走り去っていってしまった。

「くー待って…!!」
「彩マスあぶねーってもう飛行船出発してる!」
「うわっとぉ!」
アインブロックに着陸した飛行船からかけ降りていった2人を追いかけようとした彩は、後ろから史乃に抱き寄せられ飛行船内に連れ戻される。
2人の消えた入り口をじっと見つめる彩はやけに険しい顔をしており何かあったのだと史乃にもすぐ分かる。
「なーさっきのハイプリって彩マスの知り合いかなんかかー?」
戻ってきた彩の返事は史乃の想像をはるかに上回るものだった。


「俺の……元彼女」


「………………………………………へ?」
「楠って言うんだけど俺はくーってずっと呼んでた。くーは俺が転生する前…ハンターだった時の俺の彼女だったんだ」
長い沈黙のあと漸く発した一声の後に彩によって告げられた真実。史乃は完全に言葉を失ってしまっていた。
史乃自身も彩に焦がれこうして恋人の関係を持つ前には恋愛の1つや2つしていたし、彩がそうだったとしても別段おかしい話ではない。
ただこうして目の前に過去に実際あった話として突きつけられるのは史乃にとって思った以上に衝撃的だった。

「黙ってたつもりじゃなかったんだけど…怒ってるか?」
困った表情をしている彩に今の心情を誤魔化すように史乃は自らの赤毛をかき上げた。
「怒ってはいねーけど…ちょっとだけ詳しくは聞きてーかな、慌ててその元彼女追いかけようとした
 理由とか。あの形振り構わず追っかけてく姿は今あんたの恋人の俺としては流石に複雑だったぞー」
彩の頬を撫ぜる史乃の手に彩は自分の手を重ねながら少しだけ哀しそうな表情を浮かべていた。
「付き合ってるとき俺彼女の事知らない間にすごく傷つけてたんだ。別れる時もごめんって
 言う事も出来なかった。だからその事をちゃんと謝りたいだけなんだ」
「………………なー」
「ん?」
最後まで聞き終えた史乃の親指が彩の唇に触れる。その意図が分からない彩はされるがままに
なりながらも小首をかしげて史乃を見上げていた。
「ちゅーして」
「ちゅっ…ちゅー!?」
大声を出した事で周辺の人目が集まってしまい、慌てて両手で口を押さえた彩の頬は真っ赤に染まっている。
「史乃…今…こっ…ここでか?」
「うん、今ここでー」
「通りすがり人ばんばんいるんだぞ、絶対見られるだろ!」
「ほら。こーしてれば見えねーって」
小声で怒鳴った彩の身体を史乃は引き寄せ背中で隠してきたもののやはり照れがあるらしい。あーうーと言いながらもぞもぞしていたがやがて意を決したのか背伸びをし、少しだけ身を屈めてきた史乃の唇にそっと口付けた。
「……おっけ。元カノのとこ、行ってきていーぞー」
「え?」
唇が離れてから言われた史乃の言葉が上手く浸透していないのか彩は瞬きを繰り返している。
「正直なとこ行かせたくねーぞ?でもちゅーしてくれたから許す。元カノのトコ行ってこいよ―――謝りたいんだろー?」
「史乃…ありがと」
嬉しそうに笑う彩の金髪を撫でてから史乃は飛行船の出口を指差した。
「ほらーもうすぐアインブロック着くぞー」
「うん、行ってくる」
降り口に向かおうとした途中で彩が史乃の所へ引き返し、もう一度ちゅ。と史乃に軽くキスをする。
「俺が今愛してるのは史乃だけだから」
そう告げた後今度こそというように彩は出口に向かって走っていった。
「あーもーかわいーなこんちくしょー…」

史乃は手摺りに肘をつき、恐らくニヤけているであろう顔を隠すようにして呟いた。


くまなく街中を探すつもりでいた彩だったが、幸いにも楠とガンスリンガーを空港から出てすぐの所で見つけることが出来た。
「くー!」
「!!」
ハイプリースト―――楠は追いかけてきた彩の姿を見ると途端に厳しい表情になる。
「くーと話したいんだ。少し時間取れないか?」
「おい楠、誰だよこいつ」
事の成り行きを見ていたガンスリンガーが口を挟んでくる。彩は事情を説明しようとガンスリンガーに向かって口を開こうとした。
「俺…」
「彩、彼私の婚約者なの。来月結婚するわ」
それを遮り、ガンスリンガーの腕を取り彩から視線を逸らして楠は言う。
「だから、私にはもう…………」

最後の方で言葉を詰まらせた楠の肩に、彩の傍らにいたトメがふわりと飛び移ってきた。
「……!?……もしかしてあなた…トメさん?」
「うん、俺転生した後トメさんもちょっと外見変わっちゃったんだ。でもくーのことちゃんと覚えてたみたいだ」
彩の言う通りにトメは楠の事を記憶しているのだろう。くるるっくるっと甘えた声を出して嘴を楠の頬に押し当ててくる。
彩をはじめ特定の人間にしかしない『あなたのことが大好きだよ』というトメの親愛行為を楠は理解しているのだろうか、きゅっと唇をかみ締めたその表情は今にも泣きそうだった。

「楠、ちょっとその辺り散歩に行ってきたらどうだ?懐いてるそのファルコン連れてさ」
ガンスリンガーの突然の提案にトメの身体を撫でていた楠がガンスリンガーの方を見る。
「なんかこの人楠と話したいみたいだし。ちょっとその辺ぶらついてきたらお前も落ち着いて話聞く気分になるかもしれないだろ?」
「でも…」
「その間俺がこの人と一緒にいるから。な?」
楠は乗り気ではない様子だったが、ガンスリンガーの提案も、側に寄り添うトメも無碍には出来なかったのだろう。少ししてからためらいがちではあったが頷いて見せた。
「じゃあちょっとだけお散歩してくるわ。彩、トメさんと少しの間一緒させて」
「あぁいいぞ。トメさん、くーと散歩してこいよ」
『いいよ』という返事の代わりにクルッと一声鳴いたトメと共に楠は街路樹沿いをゆっくりと歩いていった。

「あんたさ…さっき彩って言われてたよな。楠の前の恋人か?」
楠の姿が見えなくなった後ガンスリンガーに問われ、下手に隠すのも気が引けた彩は素直に頷いた。
「うん。転生前に付き合ってた」
「もしかして今更楠とヨリ戻そうとかじゃないよな」
「…嫌な思いさせたなら謝る、ごめん。ただちゃんとくーと…楠と話がしたかっただけなんだ。
 結婚の事は祝福するし幸せになってほしいとも思ってる」
彩の表情から嘘ではない事が読み取れることが出来たのだろうか。不機嫌そうだったガンスリンガー表情が途端に上機嫌になる。
「ふーん、それならいいんだ。まぁ楠もガキじゃねえし戻ってきたら話くらいは聞いてくれるんじゃねえの?渋るようだったらまた俺が仲介してやってもいいし」
「うん、ありがとな」
「それよりもさぁ…」
「!?」
急になれなれしい口調になっていきなり彩の肩を抱いてきたので困惑気味に見ると、下卑た笑みを浮かべるガンスリンガーと目が合った。
「飛行船で一緒にいたホワイトスミスってあんたの何?」
「史乃のことか?ギルドメンバーで…俺の今の恋人」
「へぇ……それで、もちろんあんたが下なんだよな?」
「………………下?」
何の意味か全く分からずにいる彩に呆れたようにガンスリンガーはため息を一つついた。
「だーかーら。どっちがここに突っ込まれてるんだって話だよ」
「!!」
無遠慮に彩の臀部に手を当て揉んできたので彩は慌てて手を離させようとするが、それを軽くはらい指を食い込ませながら彩の臀部の感触を楽しみはじめた。
「…何すっ…」
「おーおー引き締まってていいケツしてんなぁ。体格差もあるしやっぱあんたが下ってとこか」
「…やっ…!」
腰を引き寄せ臀部を揉んでいた手が双丘に食い込み、服越しから秘部の辺りを無遠慮に指の腹でこねくりまわしてきたのでガンスリンガーの肩に手を置きなんとか引き離そうとするが、にやにやと笑いながら今度は服の裾から手を入れて胸をまさぐり始めた。
「や…何してっ…やだ…やだッ………痛っ…!」
首を振って離れようとしている彩の乳首を乱暴に摘み上げ、一層激しく臀部を揉みしだくガンスリンガーの息は興奮してきたのか荒くなってきている。
「別にいいじゃねえか……こんだけエロくさい身体してるんだ、恋人とか言ってるホワイトスミスとだってオカラダだけの付き合いの1人なんじゃねえの?あぁ、それともヒモとか取り巻きとかか?」
「なっ…………!!」
楠の婚約者ということもあり、強く出れないでいたものの恋人である史乃を貶める言い方は流石に彩も黙ってはいられずガンスリンガーを振り払おうと腕を掴んだ手に力を込めた。

ピィィィィーーーーーーーーッッッ!!!!

彩がガンスリンガーを払う前に聞き覚えのある鳴き声と共に何かがガンスリンガーに飛び掛った。
「ってぇ!!」
それはガンスリンガーの腕を霞め、彩の身体を嬲っていた手を引っ込めた隙に彩は後方に退いて距離を取る。
「トメさん!」
ガンスリンガーを攻撃した後くるりと回って彩の肩にとまったトメが翼を大きく広げて発した高く鋭い声は明らかに目の前のガンスリンガーを『敵』とみなした威嚇のもの。
血の滲む腕を押さえガンスリンガーは自分を傷つけたトメと彩とを交互に睨みつけた。
「どうせ裏町とかで誰これ構わず足開いてヤリまくってんだろ。今更もったいぶってんじゃねーよ!」
「違う!俺はっ………!!」


「―――――どうかしたの?」
「く…楠!?」


散歩に行っていた筈の楠が少し離れた場所から困惑気味に2人を見つめており、ぎくりとした様子でガンスリンガーが近寄っていく。
「トメさん急に戻っていっちゃったから………何かあったの?」
「何って…冗談交えながら話してただけだよ。なのになんかこのファルコンが突然俺に向かって攻撃してきたんだよ。なぁ?」
これ見よがしにトメに傷つけられた腕を見せるガンスリンガーにヒールを施し、それから楠は固い表情で俯いている彩を見る。
「本当なの?彩。トメさんは何の理由もなく人を攻撃するような子じゃなかった筈よ」
彩はついさっきまで身体をまさぐられた感触を忘れようと自らの腕を強く掴む事でやりすごそうとする。冗談だったんだ、ふざけてただけなんだと心の中で言い聞かせながら顔を上げた。
「トメさん何か勘違いしちゃってたみたいだ。ごめんな、痛かったろ」
彩が詫びるのを見て一層敵意むき出しで鳴き続けているトメにガンスリンガーが忌々しそうに小さく舌打ちし、どこか腑に落ちない表情で彩を見つめる楠に笑顔を取り繕った。
「あぁほら楠、お前イズルードの魚食いたいんだよな。いい店知ってるからワープポータル出してくれよ。メモってるんだろ?」
「…私彩から話を聞いてないわ」
「あぁ、話は別に今度でもいいってさ。ほら早く出せって」
急かすガンスリンガーに対し何か疑問を抱いている様子ではあったが楠は素直にワープポータルを出し、ガンスリンガーはさっさとその中に入っていってしまった。
「ごめんなさい、貴方の話は今度きちんと聞くから…」
申し訳なさそうな表情をしながらも楠は逃げるように婚約者であるガンスリンガーを追いかけてワープポータルの中に消えていく。

ピィーッ!!

2人が消えてしまった場所を黙って見つめている彩に、トメが抗議でもしてるのか甲高い声を1つ出した。
「俺のこと助けてくれたのに悪者にしちゃってごめんなトメさん」
鳴き続けるトメを撫でる彩の手は僅かに震えている。それに何かを感じ取ったのか彩の頬嘴を寄せクゥ…と小さく鳴いてトメは大人しくなった。
「くー、ちゃんと話聞いてくれるって言ってたからその時に今度こそちゃんと話して謝るよ。今度はきっと大丈夫。大丈夫…」
どこか自分に言い聞かせるように彩は大丈夫。と繰り返していた。

* * *

彩がホームに戻ってきたのは既に夜もふけかなり遅くなってからだった。
「あっ彩マスおかえりなさい。遅かったですね」
ホームの扉を開けるとキッチンでホットミルクを飲んでいた琉風が彩の所に近づいてくる。
「ただいま琉風。ちょっとギルド狩りの検証がてらソロで色々回ってきたんだ」
「そうだったんですか、お疲れ様です」
「入り口警護ありがとな、俺いるからもう休んでもいいぞ」
「まだ平気ですよ?彩マスこそ休んでください」
「駄目。明日明亭メンツと狩り行ってくるんだろ?」
そう言ってくしゃくしゃと琉風の頭を撫でた。
「…分かりました。おやすみなさい彩マス」
「おうっおやすみー」

階段をのぼって行った琉風の姿が見えなくなると彩は小さく息を吐き、それから自分を抱きしめるようにしてソファーに座り込んだ。
「あの時と同じだ…」
無意識の内に気持ちがぽろりと彩の口から出ていた。


『別れましょう。貴方の側にはもう居られない』


ずっと恋人として接していた楠から突然そう別れを告げられたあの時。
理由は分からない。ただ分かるのは自分が楠を知らないうちに苦しめてしまったということだけ。
別れ際の泣き顔と今日のワープポータルの中に消える前に見せた楠の表情はあまりにも似すぎていて、今も自分の存在が楠を苦しめているのだろうかと思うと胸が締め付けられる思いがした。
だからせめて楠が幸せであってほしいと、そう願っていたのに――――――。

「……っ…」

昼間の婚約者であるガンスリンガーの行為を思い出し、嫌悪感が過ぎって彩は息を詰まらせる。
一心不乱に狩りをして忘れようとしてもガンスリンガーが彩の身体を撫で回した感触はあちこちで残ったままでいた。ふざけてだった、冗談だったんだとどんなに心の中で言い聞かせても言われた言葉が耳から離れない。
こちらの言動に耳を傾けずに無理強いしてこようとするガンスリンガーの行動は彩に忘れようとしていた過去をも思い出させていた。
――――力で押さえ込まれ、傷つけられながら愛を求められた記憶。


『彩しかいらない。俺の思う通りに愛して』


「………やだッ………」
かつて言われた一羽の言葉を払うようにぶるぶると首を振って身体を小さく丸め込んだ時、ふわりと優しい気配が彩を包み込んだ。
彩が顔を上げると、史乃が空になった酒のグラスを片手に彩の側に立っている。
「彩マス今帰ってきたのか?お帰りー」
「史乃っ…」
名前を呼ぶなり彩は迷わず史乃の腰に抱きついた。
「………彩マスーそれだと俺がなんもできねーからちょい離れてー?」
「…?………わっ」
「よーいせっと」
何の事かと思いながらも彩が抱きついていた腕を離すと、テーブルにグラスを置いた史乃が彩の身体を抱き上げてソファーに腰掛け、そのまま膝に乗せるような形で抱きしめる。
深夜近くとは言えホームの居間でこんな風にするのはなんとなく気恥ずかしかったが、抱きしめる腕の優しさが恋しく離れたくなくて、彩は素直に史乃に寄りかかった。
「で、急にどしたー。元カノになんか言われちまったかー?」
優しく問いかけてくる史乃の胸に顔を押し付けた彩の身体が僅かに強張りそして震える。
「うぅん、ちょっと色々あって…………結局話せなかったんだ」
「………そっかー」
身体どころか声まで震わせている彩に史乃はそう言った後それ以上問い詰めることはせず黙って抱きしめていた。ほんの少しだけ腕の力が緩めば髪の毛や頬、額に史乃の口付けが落とされる。

「……なぁ史乃」
完全に気持ちが落ち着き彩が口を開く頃には先程までの声の震えは嘘のように無くなっていた。
「んー?」
「ちょっと俺の尻揉んでみて」
「…………………………………………………………はぃ?」
突然の恋人のお願いの内容に目を点にして聞き返す史乃に彩は同じお願いを繰り返す。
「俺の尻揉んで」
「…………えーと、えーとな。抱きついてきたと思えば今度は尻揉めとかなんだー?」
「駄目?」
史乃からすれば可愛らしくそう聞いてくる彩の願いを却下など出来る訳もなく、腑に落ちない表情をしながら史乃は手を伸ばし史乃と向かい合う形で足を跨ぎソファーの上に膝立ちになった彩の臀部を撫ぜ、それからゆっくりと揉み始める。
「…ンっ…もっと激しく…」
史乃の指が動く度に詰まった吐息を吐き、彩は頬を赤らめながら更に求めると、今度は両手でぐにゅぐにゅと揉みしだかれた。
「あ…あン…ぁ…」
「揉んだけど、これでいーのか?」
「うん…」
ガンスリンガーに同じ事をされた時は嫌悪と不快感だけで今のような甘い快感を得ることなどなかった。何より、そうすることで欲情してきたのであろう史乃の熱い吐息が嬉しいとさえ思う。
「史乃になら…やっぱ何されても気持ちいい」
「何だそれ新手の誘い方かー?そんな可愛いこと言ってっとこのまま襲っちまうぞー」

「いいよ襲って」

彩の一言で流れていた空気ががらりと変わった。臀部にある史乃の両手は更に執拗に揉み続け、それに合わせて彩が腰を小さく揺らすことで目の前の愛しい男を誘う。
「…おいおいそこでそんなこと言っちまうかー?襲うぞー………マジで」
彩の着ている服のファスナーを口に咥えて下ろし、臀部を揉んでいた片手はいつの間にか股間に伸びてきゅぅ…と圧迫していた。
「あッ…史乃なら…いぃ…」
史乃に求められる事が、自分を欲してくれている事が彩には嬉しくてたまらない。
ファスナーを完全に下ろし、肌蹴けて露になった肌にむしゃぶりつく史乃の赤毛に彩は指を絡ませ抱きしめる。
「…んぁッ…史乃…襲って俺のこと…………して?」
「彩…その誘い文句破壊力ありすぎー…」
「…あ…ンっ…あうぅッ」

身体を這い回りはじめた史乃の指に、唇に。彩は躊躇いもせずにその身を全て任せた。

* * *

「……史乃?」
気をつけていたつもりだったが起こしてしまったらしい。彩はベッドの中から眠そうな目で既に身支度を整えた史乃を見上げている。
「朝市で食材仕入れに行ってくるー。まだ早いからあんたは寝てろー?」
「ん…いってらっしゃい」
「おー。いってきまー」
唇にキスを落として布団をかけ直してやると、昨夜の行為のけだるさもあるのか彩は促されるまま目を閉じてしまう。
規則正しい呼吸を始めた彩に再度口付け、史乃は薄暗いプロンテラの町に出た。


「…んー?」
市場に向かう先、朝もやに浮かぶ人影に史乃は目を凝らす。
朝市の仕入れや夜通しの露店業など、早朝から活動する商人系が居る事等珍しくもなかったが、明らかにその人影は同業ではない。
「!!」
興味を持つまま小走りにその人影へと近づいていくと、その相手はやけにびっくりした様子で史乃を見ていた。
「あーやっぱあんた飛行船にいた…彩マスの元カノ、だよな?」
その人影――――楠に問いかけるとやや複雑な表情を浮かべながらもそれに答えた。
「……えぇ、楠よ。私の事彩から聞いたの?」
「まーそんなトコだなー。俺は史乃、ギルドメンバーの腹を満たすために食材仕入れに
 行く途中の――――隠す事もアレだしぶっちゃけっけど彩の今の恋人?」
「……そう、人づてでそうだって聞いてはいたわ」
「んで。こんな朝早くに歩き回る同職じゃねーのを見かけたから誰かと思って近づいたら
 あんただったってそういうわけー。散歩かなんかかー?」
「違うわ。生まれ変わるためにジュノーに行く途中」
「生まれ変わるって…どー見たって今転生だろー?」
2次職がジュノーのセージキャッスルにおいて転生の儀式を受けることで生まれ変わり―――転生を成す事が出来るが、楠の身につける法衣は既に転生を終えたハイプリーストのものだ。
史乃の抱く疑問を察したのか楠はそうじゃないのと首を振った。
「支援として生まれ変わるっていう意味よ」
「あー、催眠術師の『アレ』かー」
しばらく言われた意味を考えていた史乃が納得した様子で掌をぽむっと拳で叩いた。
ジュノーにふらりと突然現れた催眠術師。
望む者の生きてきた道を完全白紙の状態に戻してしまうという噂は史乃の耳にも入ってきており、同業の冒険者も純製造型や戦闘型に転向したという情報も幾度と無く聞いていた。
「そうよ。全部白紙にして―――完全支援型になればPTで貢献できようになるし、
 結婚した時のスキルの恩恵だって大きいでしょう?婚約者に今日の朝イチでするからって約束したのよ」
「婚約者ってもしかして飛行船に一緒に乗ってたガンスリンガー?」
「ええ、支援型の方が結婚スキル使うにしても色々と便利だからって前から頼まれてはいたんだけど…」
歯切れの悪い物言いに白紙に戻すことを楠が渋っている印象を受けた史乃は飛行船で楠に初めて会った時の事を思い出していた。今から思えばあれは婚約者であるガンスリンガーが催眠術師によって支援型になる事を楠に急かしていたのだろう。
踏ん切りがつかずどこか哀しそうな顔をした楠への言葉を探していると、史乃はふと楠が大事そうに胸に抱えている武器に目を止める。
実用性がありそうなその鈍器はしっかりと精錬され、かなり使い込まれているものであることはすぐに分かった。
「なー。今ってもしかして殴りかー?」
「そうよ。この武器を売りに出せば覚悟も出来ると思ってたんだけどこんな朝早くじゃ買取り屋さんなんている訳ないわよね」
「んじゃさ、それ売っちまう前に俺と一緒に狩りいかねー?」
「え?」
「買取り手探してんなら俺がその後武器買い取ってもいーし。サービスすっぞー」
「………狩りとは言え前の貴方の恋人の元彼女で今結婚を控えてる女性を誘うの?」
「あー…………」
明らかに今気づいたという顔で史乃はぽりぽりと頭を掻いていた。
「んーとあれだ、ノリと勢い?まー確かに女性の配慮のカケラもねーなコレ」
言いつつも完全に開き直ってしまったのかにかっと笑って楠に手を差し伸べた。
「女相手に拳で語り合うってのはさすがにGV以外ではアレだしなー。支援になっちまう前に
 俺と一緒に最後の殴り狩り行かねー?ぶん殴って暴れてすっきりしちまおーぜ!」
「…………………えぇ、行くわ」
固かった楠の表情が少しだけ柔らかくなり、差し伸べられた史乃の手を取った。

* * *

『なぁ、起きてるか?』

突然届いたwisで再度眠りに落ちていた彩は目を覚ました。
閉められたカーテンからは僅かに日が差し込んでおり、まだ早くはあるものの夜は明けている事が分かる。

『確か…昨日の…』

wisで返事した彩の声は僅かに警戒心を帯びていた。
楠の婚約者であるガンスリンガーからのwisだったからだ。

『朝早くから悪いけどちょっと確認したい事があってさ』
『確認したい事?』
『あんたやっぱり楠とヨリ戻すつもりなんだな』
『え?』
『楠がそう言ってたぜ?あんたにもう一度やり直したいって言われたから俺とは結婚できないって。
 祝福するとか言っておいてやっぱりハナからそのつもりで楠に近づいたのか』
『違う…俺そんな事言ってない!』
『あーwisじゃ拉致あかねえし今から言う場所に来てくれよ。話すならちゃんと会って説明して欲しい』
『分かった、場所教えてくれ』

彩は棚に置いてあるメモを手に取り伝えられた場所を素早く書き取る。

『あぁ、言っておくけどここ来る前に楠にwisで変な入れ知恵とかしないでくれよ?
 俺と楠を交えた状態でちゃんと話してくれ。これ以上ややこしくなるのは御免だからな』
『分かった、くー…楠には直接会って話する』
『それから他の奴にも俺に会いに行くこととか話さないでほしい。元カレとヨリ戻すから
 結婚取り消しだなんてこと知られたら俺の面目丸つぶれだしな』
『約束する。誰にも言わない』
『じゃあ早く来てくれよ?あんまり待たせると楠があんたと会わないって言い出しかねないからな』

その後にぃっと口の端を上げてガンスリンガーが嫌な笑みを浮かべたことなどその姿の見えない彩には知りようがなかった。

* * *

『アドレナリンラッシュ!!』
『アスペルシオ!!』

「おりゃぁぁぁッ!!」
「てえぇぇぇいッ!!」

ドガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!

薄暗いピラミッドダンジョンの地下で軽快な打撃音の後にアヌビスの巨体が床に倒れていく。
早朝のせいか人がまばら――どころか他に誰も居ないという方が正しい。
襲い掛かるモンスターをものすごい勢いで倒しながら史乃と楠の即席ペアは地下4階の石畳の上をもりもりと練り歩いていた。
「っとぉ!あんたどっちかってーとソロの方が多かったのかー?」
横脇きしたマーターを史乃が蹴り飛ばし、それを楠が手にした鈍器でぼくりと打ち返す。
「PT組んで狩りしたことって実は言うほどないの。やっぱりそういう人が相手だとやりにくい?」
「いやー逆逆、すげーやりやすいわ。殴りも動きとか全然無駄ねーしぶっちゃけ
 殴り返上して支援になるとかもったいねーって思うくれーだぞ?」
「そう言ってもらえるのってなんだか嬉しい、ありがとう―――――ていっ!!」
楠の最後の一撃でエンシェントマミーが倒れ周辺のMOBが引いてややしばらくした後、ふと口を開いた。
「彩と初めて会ったのもここだったの」
「へー、実は俺もここだったぞー」
「奇遇ね。その時私オシリスに追いかけられてて、彩がそれを庇ってくれたのが出会いのきっかけね」
「へー颯爽と王子様登場って奴かー?」
「ええ、庇った直後に私もろともオシリスに轢かれた素敵な王子様だったわ」
良いのか悪いものなのかはかりかねてはいたものの、色々我慢出来ずに史乃は大声で笑い出してしまっていた。
「ぶっ…ぶははははははははッ!!なんかすげー想像できておかしーわー!」
「でしょ、そのあと転がったまま2人で大笑いしちゃった。懐かしいなぁ…」
それから史乃に背中を向け、尋ねた声は少しだけ小さくなっていた。
「…………ねえ。どうして私達別れたのか知ってる?」
「いや知らねー。根掘り葉掘り聞いちゃいけねーかなって思ったんだよ。なんかワケありみてーだったし」
「訳ありとか大層なことじゃないの。単に私がわがままだっただけよ」
「わがまま?あんたが?」
「ほら、彩って誰にでも優しいから色んな人から慕われるでしょう?――――それが私はたまらなく嫌だった」
背中を向けている楠がどんな表情をしているのかは分からない。武器を握る力が強くなったのか真っ白になった楠の指を見ながら史乃はただ黙って聞いていた。
「私だけにくれる優しさが欲しかったの、私だけにくれる特別な愛情が欲しかった。他の誰でもなく私だけを見て欲しかったのよ…………それが貰えないから離れたの。彩の言葉に耳も貸さずに一方的に別れを告げて。昨日だってわざわざ来てくれたのに話を聞こうともしなかったわ」

「嘘ツキー」

「!?」
楠にとって恐らく想像もしていなかった返答だったのだろう。驚いた表情で振り返り史乃を見つめている。
「あんた本当は自分のその気持ちがいつか彩を傷つけて苦しめるかもしれねーって思ったから離れたんだろー。思い通りにならねーのが嫌だったんじゃねー、大好きな彩に嫌われるのが怖かっただけじゃねーの?」
「そんなことっ…彩が私だけを見てくれないのが許せなくてそれでっ…」
「ぜってー嘘だそれー。俺のこと優先的に支援して、激脇した時こっそりマステラ食ってでも
 俺にヒール回し続けた人間がそんな独りよがりな考え方するようには思えねーって」
「…!!!」
荷物入れから少しだけ顔を出していたマステラの実を慌てて隠して視線を逸らした。
「あんたもさー…苦しかったんだろ?」
「違うわ…違う…!」
「分かんだってー俺も同じだったからなー」
「……………え?」
楠が漸くまともに史乃の顔を見た時、あーあー言っちまったーと史乃は苦笑を浮かべていた。
「俺は惚れてるって伝えるまでがすげー長かったんだよ。本当の気持ち打ち明けたら
 苦しめるんじゃねーか、嫌われるんじゃねーかって」
空気を読まずに近づいてきたミミックを一撃で払うとでもなー?と続ける。
「俺すげー単純な性格でさー。『ありがとう』って彩に笑いかけてもらっただけであーこれ脈アリかも
 しんねってその場の勢いで告っちまったりとかー、元カノいるって分かった時現恋人としては
 あんたってすげーすげー気になる存在だったわけよ。オマケに彩からなーんも聞かされてなかったし。
 それでも彩に愛してるってキス1つもらっただけであーもー可愛いから許す!………ってなっちまうんだなーこれが」
「…………」
「なー?お手軽単純だろー」
「………あははっ…」
しばらく黙って史乃の話に耳を傾けていた楠がお腹を押さえて笑いはじめたのだ。
「あ、ごめんね。馬鹿にした訳じゃないの」
誤解を受けないようにフォローを入れた楠は泣きたいような笑いたいような。そんな複雑な表情を浮かべていた。
「すごく嬉しかったの。私の事ほとんど知らない筈の貴方が私の『本当の気持ち』を分かってくれた。
 そうしたら胸につかえていたものがポロって取れていったの。わたしも…結構単純だったんだなって
 思ったらなんだかすごくおかしくなっちゃって」
「あれだなー。類は友を呼ぶってヤツかー?」
それを聞いた楠はあははっとまた声を出して笑う。初めて会った時とは違うとても親しみ易い優しい笑顔だった。
「久しぶりに殴って、ずっと心の中に溜め込んでた自分の気持ち吐き出して…なんだかすごくすっきりしちゃった」
「そーかそ-かそりゃよかったー。どーせならもーっとすっきりしてみねー?」
「もっとすっきり?」
何のことだから分からない楠に向かって史乃は黙って親指を背後にさしてみせる。
その先にはかなり離れた場所からでも分かるような禍々しい『気』が漂っており、見えなくてもその中心にはこの階の主・オシリスがいることは楠にも分かった。
「あれって…もしかして…」
楠が色々と嫌な予感をさせながら史乃を見れば、にこにこといっそ不気味なほど爽やかに笑いながらカートの中を漁っている。
「そう、そのもしかしてー。おーあったあった…ほいこれ武器なー、俺取り巻きのタゲとりながら耐えっから楠がメインアタッカーな」
「えっちょっと待ってよ、何この高級武器…………きゃあっ!」
差し出されるままに受け取った武器の精錬値や挿さっているカードに驚いている間もなく楠の身体は史乃によって軽々と抱え上げられ、カートの中に乗せられるというよりも詰め込まれてしまう。
「っつーわけでオシリス討伐といってみっかー、そーれ…」

『カートブースト!!』

「待って…まだ心の準備がっ…て!いやぁあああだからちょっと待ってぇぇぇぇぇッッ!!」

史乃は嬉々とした表情で絶叫する楠を乗せたカートを引きオシリスが居るであろうその場所に向かって走っていった。

* * *

「確かこの部屋…だよな?」
自分の書いたメモを確認しながら彩は中心街から外れた場所にある小さな宿屋の一室のドアをノックした。

「俺、彩だけど」
「あぁ、入れよ」
扉の向こうからwisをしてきたガンスリンガーの声が聞こえてきたので彩がドアノブに手をかける。

ピィィィィィーーーーッッ!!!

「…わっ…トメさん駄目だっ!!」
ドアの隙間から彩の肩で大人しくしていたトメが急に威嚇の声を出して部屋の中に向かって飛んでいこうとしたので翼を傷つけないようやんわりと手で押さえ込んだ。
「落ち着いてトメさん暴れちゃだめだってば!」
「うわっ!なんだよ何でそのファルコン連れてくんだよ!!」
部屋のソファーで寛いでいたであろうガンスリンガーは以前自らの腕を傷つけたトメの奇襲がよほど怖かったのか壁際まで逃げうろたえ叫ぶ。
「今すぐ外に出せよ!こんな凶暴なのいたら話もろくに出来ないだろ、さっさと出せってば!」
「ごめんトメさん、ちょっとの間だけ外に行っててくれるか?」
ガンスリンガーに威嚇の声を続けていたトメが今度は彩に向かって鳴き始める。
まるで彩から離れるのは嫌だというように。
「ちょっとの間だけだから、な?」
トメの頬を擽り嘴に口付けあやしながら部屋の窓を開け放つと、一度ガンスリンガーに向かってピィィィッ!!と鋭く鳴いた後ぴゅいっと窓から外に向けて飛び去っていった。
「ったくあんなの連れてくんなよな」
ぶつぶつ文句を言いながらガンスリンガーはトメの再度の奇襲でも恐れてか木窓もろとも窓を締め切ってしまう。
「ごめん驚かせて、外出る時はいつも一緒なんだ」
木窓まで閉めてしまった事で薄暗くなってしまった部屋を彩はきょろきょろと見回し、楠の姿がいないことに気づく。
「くー………楠は?」
「いる訳ねえだろ」
「…?…でも楠と一緒で俺が2人に事情を説明するって話じゃ…」
「お前馬鹿じゃね?そんなもん嘘に決まってんだろ」
彩が行動を起こす前にガンスリンガーの手が彩の視界を覆った。




→ツヅキマス→





 

 

 

 

 

 

 

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