満月とkiss
満月の月明かりの下、チュンリム内を歩いていく人影が複数。
「満月のお陰で夜なのに明るいなぁ。天気いいからすげー綺麗だし!」
先頭を歩いている彩が軽快にぴょんと草の上を飛び越えていく。
「そう言えば満月の集いがある時って雨になった事ないよね、今日もお月見しながらお酒が美味しく飲めそう」
「今日の集まりって『満月の集い』って言うんですね。半年に1回あるんでしたっけ」
彩のすぐ後ろを歩いていた桜子が雲ひとつ無い夜空に浮かぶ満月を仰いでいると
その隣にいた琉風が同じように月を見上げて問いかけた。
「うん、そうだよ。皆で一緒にお酒飲んで美味しいお料理食べて。同盟ギルド同士の交流を深めようっていうのが主な目的かな」
「攻城戦や澪マスの所との合同ギルド狩りは何度か参加させてもらった事ありますけど
こういう交流会みたいなのって初めてだから楽しみです」
「琉風くんもきっと楽しいよ。お腹抱えるくらいね」
「え?お腹抱えるくらいって…」
「琉風、そこ危ないぞ!」
続けて聞こうとした琉風の耳に彩の声が入った時には、既に何かが足に引っかかり琉風の視界は大きくぶれていた。
「わぁぁぁぁぁッ!!」
どたっ。
「琉風っ!!おい大丈夫か!?」
「は…はい…」
後ろ側に派手にひっくり返った琉風が駆け寄ってきた彩に助け起こされる。
「草の結び目あるから気をつけろって言おうとしたけど遅かったか…怪我とかしてないか?」
「はい、大丈夫です」
そのまま彩に腕を引かれ、琉風が草の結び目から足を引き抜き立ち上がった。
「よく分かんなー彩マス。俺も言われなかったら分かんなかったわー」
「スナイパーのスキルを抜きにしても彩マス夜目がきくからね。夜間狩りとかする時羨ましいって思うよそういうの」
琉風が引っ掛けた草の結び目を史乃が足先で弄べばその脇を通り過ぎ、
まさに進もうとしている琉風の足元を見て呂揮があっと声を出す。
「…琉風そこ……」
「わぁッ!」
べしゃっ。
呂揮がそう言った時には琉風はもう前のめりに倒れていた。
「何やってんだよもー…俺でも見えたよ?それは」
「うぅ…ごめん…」
さきほどと同じように草の結びに足を取られた琉風が、2度目という事もあり恥ずかしそうに謝りながら差し出された呂揮の手を取る。
「ねね。琉風って実は罠好きなのぉ?今日一緒に行ってきたオーク狩りの時もオクアチャのアンクルにバンバンかかってたよねぇ」
琉風がひっかけた草の結び目の前にしゃがみこみ、それを指でつんつんと
つついている莉良の顔はからかうネタを見つけたとばかりに楽しげな笑みを浮かべている。
それを察した琉風が全力で否定するかのように大きく首を振った。
「確かに何回かはかかったけど…バンバンまではいってないよ!」
「だってあたしちゃんと数えてたもん。30分で14回はバンバンじゃないのぉ?」
にやにやしながら莉良にそう言われ、かーっと顔を赤くして俯く琉風に哀れみ含む視線を注いでまず史乃がよしよしと琉風の頭を撫でる。
「どー考えてもバンバンだろーそれ」
「残念だけどそれはバンバンっていうと思うよ琉風」
今度は呂揮にぽんぽんと背中を叩かれ恥ずかしさのあまりに下を向いたままでいると、
最後尾を歩いていた理が追いつき、莉良とよく似た笑みを浮かべて背後から琉風を見下ろした。
「今から彩マスに職位『罠バンバン』って変更してもらえばいんじゃねえの?」
「そんなのやだってば!!」
座り込んだままでいる琉風の後ろからどうでもイィがと理が膝で小突く。
「とっとと歩け。つかえてんだよ」
「分かってるってば…わぁッ!」
草から足を引き抜くことを忘れた琉風が立ち上がろうとした瞬間また派手にひっくり返った。
「それで彩。誰がいるの?」
「ん?」
桜子がすっと彩の側に立って突然小声で尋ねてくるのに、彩はとぼけたような声で
小首を傾げてみせるが誤魔化す相手が悪かったらしい。
「今の彩、『狩人の目』してるよ」
暗に狩りをしている時の様子と今の自分が全く同じだと桜子に言われ、
はーっとため息をついて彩は若干くやしそうに頭を掻く。
「ちくしょーそう言われるともうごまかせないだろ…」
「うん無理だね。で、誰がいるの?」
同じ質問を繰り返した桜子に観念したのか彩は少しだけ表情を鋭くした。
「ここから北東70メートルくらいいった所で『あいつら』…例のハイウィザードがうろうろしてるのが見えるんだ」
「そう…放置?それとも先制?」
桜子は言われた場所にはあえて視線は向けず、歩みを止めもしなかったが腰におさめていた杖を静かに手にした。
「んー…状況的にとっととケリつけて戦意喪失させた方がいいんだろうけど、これからみんなで
楽しい事やろうって前にそういうのもなーって思ったんだよ。特に琉風とかそういうのすごい気を使うだろ?」
「確かに気になって気になって宴どころじゃなくなるかも」
それでもどうすべきか少し迷っていたのか彩は矢筒に入っている矢を摘んで羽の
部分を指で梳いていたが、やがてそれを矢筒の中へこつんと落とした。
「やめとく、放っといても問題はないだろ。何しろ今日は『強力な護衛』がいるからな」
「そうだね、分かった」
彩から戦闘の意思が無い事を確認した桜子は手にしていた杖を静かに下ろした。
「彩マスあの…」
「おうっどした?琉風」
恥ずかしいやら情けないやら泣きたいやらと色々な感情を入り混じらせた
表情で琉風がおずおずと彩に近づいてきたので、先程の会話は無かったかのような笑顔で琉風の顔を覗き込む。
「彩マスのすぐ後ろ歩いてもいいですか?草の結び目の場所全然分からなくてさっきから転んでばっかりなんです」
「おぉいいぞ。俺の服の裾でも掴んどけ。おーいお前らー!転びたくなかったら俺の後ろちゃんとついてこいよー!」
「琉風じゃないから平気だもーん!!」
小走りに追いついてきた莉良が桜子の腕に抱きつき、そろそろやめとけって琉風涙目になってんぞー?
と後ろから史乃が莉良の頭を撫で、そのあとをついていく呂揮と、新しい煙草を咥えて続く理。
複数の人影はぞろぞろと『宴の場』へと向かっていった。
「みんないらっしゃーい待ってたよー!」
まず最初に彩が宴の場となる明亭の門を潜ると、四季奈が両手を広げて笑顔で出迎えた。
「こんばんは四季奈。これ女の子達の特別デザートな」
「えっなになになんだろ…………うわー綺麗!これが噂の彩マスお手製5層ゼリーかぁ、おいしそうだな~♪」
彩から受け取ったバスケットの上にかかっているナプキンを捲り、中に入っている
ガラスの器を彩る5色の層を見た四季奈が小さく飛び跳ねて喜んでいる。
「箸休めにでも食って」
「ありがとう彩マス。皆で食べるね!」
お礼を言い受け取ったバスケットを腕にかけた四季奈は桜子、莉良の手をそれぞれ取った。
「はーい女の子の会場はこちらになります、どうぞ~♪あ、トメさんも今日はこっちね!
グチとかライバルの話とか今日はもうなんでも聞いてあげちゃうから!」
そう言って彩の肩にいたトメをカートにとまらせ西の廊下の向こうへと歩いていった。
「女の子の会場…ってことは男女別なの?」
小さくなっていく3人と1羽の後ろ姿を見送り、琉風は隣にいた呂揮にその疑問をぶつける。
「あ、初参加の琉風は知らないか。春はみんな一緒だけど秋の満月の集いは男女別なんだ」
「どうして別々なの?」
「つもる話があるんだってさ。主に女の人がね…」
「………?」
さらに問おうとしたが、心なしかに哀愁を漂わせて答えた呂揮の様子が気になり琉風はそれ以上何もいえなくなってしまった。
「主に萌え的にってな?」
「???」
後ろから肩を叩いて言った朱罹の言葉にますます琉風は首を傾げるが朱罹はただ笑って妹の紫罹を思わせる恭しさで砦の中へと促した。
「本日は満月の集いにお越し頂きありがとうございます、どうぞこちらへ」
「こんばんは、今日はよろしくー!」
厨房に向かって彩が顔を出し大声を出したので、誰がいるのかと気になった琉風は彩の背中越しから厨房を覗き込んだ。
慌しい様子の厨房で動き回っていたのは6人の女性。いずれもかなりの高齢と
見受けられたが、それを思わせないような手際のよさで大鍋を運んだり皿に料理を盛り付けたりしている。
その中の老女の1人が彩の声で作業の手を止め、身につけていた割烹着で手を拭いながら柔らかい笑みを浮かべて近づいてきた。
「おやおや、色即是空御一行様の到着だね。料理もお酒もたっぷり用意しておくから今夜は心ゆくまで楽しんでおいきなさい」
「ありがと鈴さん。これ差し入れな」
彩に差し出された包みを見て彩に鈴と呼ばれたその老女は嬉しいながらも困ったような顔をしてため息をつく。
「私らなんかに気を使わなくてもいいって言ってんのに毎回彩は本当に…」
「美味い飯と酒ご馳走になるからそのお礼。みんなで食って」
「こちらこそいつもありがとうね、有難く頂くことにするよ。おや…もしかしてその子が琉風かい?」
彩の後ろに立っていた琉風を見つけ鈴が身体を少しだけ斜めに傾けて覗き込むような仕草をする。
「そういえば会うのは初めてだっけ。琉風、こっちは鈴さん。満月の集いで酒と料理を提供してくれる責任者っていうのかな?」
「初めまして琉風です。今日はお世話になります」
ひょいと横に退いた彩の横で向かい合うような形で深々と頭を下げた琉風を鈴は
じっと見つめ、それから何か納得した様子でうんうんと小さく頷いた。
「ほぉほぉほぉ…いーい原石じゃないか」
「?」
きょとんとした顔で琉風が鈴を見つめているとあぁ、これも言ってなかったなと彩が付け足す。
「鈴さんは元チャンプなんだ。琉風の大先輩に当たるな」
「そうなんですか…」
改めて琉風は鈴の瞳を見返す。優しげな表情の中にも1本の芯が通っているような
凛としたものは確かに琉風のよく知るモンク系の職業が持つ特有の雰囲気だった。
「琉風、今の強さに決して甘んじてはいけない。高みはまだまだこんなもんじゃないよ」
両手を取りしっかりと握ってそう言った鈴の言葉は外界に送り出してくれた修道院の長老を思い出し琉風を懐かしい気持ちにさせた。
「はい、がんばります!」
皺だらけながらも途方も無い強さを感じさせる鈴の手を握ってかえした琉風の返事と
表情を見て、嬉しそうに目を細めて鈴は小さく何度か頷いた。
「ふー。悪い悪い遅くなっちまったなあ」
場の空気を和ませる。というよりもどちらかと言えば緩ませるようなのんびりとした声
と共に紐で括った大きな瓶を背中にぶら下げたホムンクルスと、それを従える
一人の老人が使い込まれたカートを厨房入り口辺りに止めた。
「料理の第一陣はもうあらかたおわっちまうよ。とっとと準備しとくれ」
鈴がそうせかしてもさして急ぐ様子はなく、老人は大げさなため息をついて腰をてんてんと叩いている。
「そう急かさんでもいいじゃろ…よおっこいっせっと…おーすまんな若いの。ついでで悪いがそこの台車に乗っけてくれるか?」
「はい、ここでいいですか?」
老人がホムンクルスの背中から瓶を下ろしているのに気づいた琉風がそれを手伝い、
言われた通りに厨房に置いてあった台車の上に乗せた。
「琉風、んでもってそっちのじーさんは俺等が今日飲む酒の担当なー」
「宜しくお願いします。お酒を造られてるんですか?」
琉風がぺこりと頭を下げると酒担当と史乃に紹介された老人は
人差し指でぽりぽりと頭を掻き、持ってきていた荷物袋を漁り始める。
「本業はクリエイターで『これ』は副業みたいなモンだがな。これをこうしてこの中にぶち込んで…あとこれもか」
ぶつぶつ呟きながら取り出したものを次から次へと無造作に瓶の中に投げ込み名射手のりんごを頭に乗せる。
「さーて、うわばみどものために今夜も製造に励むとするか。おいそこのモンク・確か琉風っつったか?わしにブレス頼む」
「はいっ!」
『ブレッシング!!』
琉風から支援を受けると今までほんわりとしていた老人の表情がすうっと真剣なものに変わっていく。
その眼差しに心引かれ、琉風は瓶に手をかざす老人をじっと見守っていた。
『ファーマシー!!』
瓶の中身が一瞬光り、ちゃぽんと言う水音と共に瓶の中からほのかに香った匂いに琉風が瓶をそっと覗き込む。
くん・と鼻をきかせると、いつの間にか瓶の中をたっぷりと満たしている液体から香るそれは間違いなく酒の香りだった。
「もしかしてこれお酒…?…すごい、クリエイターってこんな風にお酒も造れるんだ…!」
「錬金術は日々進化してくものなんじゃよ」
瓶の中の酒を見て感嘆の声を上げている琉風にクリエイターの老人は
気を良くしたようだったが、次に続いた史乃の言葉でしかめ顔に変る。
「その錬金術進化の結晶が酒っつーのはどーよ?」
「1・2を争う勢いで飲んでるお前がそれを言うな。ほれっ」
荷物袋から取り出した枡に瓶の中の酒を掬って史乃に差出す。
「…………っ…!!!」
それを受け取り一気に煽った史乃が、無言で『超うめー!』とでも言いたげにびしっと親指を立てて見せた。
「ほれっ。崇め称えんかい」
「はいすいません超サイコーだからもう一杯………いでっ」
「調子に乗りおって。あとにせいっ」
枡を差し出しおかわりを要求する史乃をクリエイターは外した名射主のりんごで殴ることで却下した。
「酒も出来たみたいだね。ほら、これが第一陣最後の料理だよ。会場に行くついでに運んでってくれるかい?」
「あぁ」
鈴の差し出す綺麗に盛り付けられた大皿を理は片手でひょいと持ち上げる。
「んじゃまぁ酒も運ぶとするか。ほれ仕事だ『ぽよ子』、こいつを運んでいってくれ」
台車にロープを結びそれをホムンクルスに巻きつけるとぽんと背中を叩いて促す。
「アミストル…ですよね。こんな近くで見たの初めてです」
進化したアミストルで大きさもかなりある。跪いてまじまじと見つめる琉風にふん。と鼻きかせて顔を摺り寄せてきた。
「気持ちいい…」
アミストルの頭を撫でた瞬間アミストルの毛の艶やかさと柔らかさが心地よくてつい自分からも擦り寄ってしまう。
「俺も俺もー!ふわふわで抱き心地いーんだよなぁ」
「ったく彩はウチのホムンクルスに変な名前つけよって。他に名前の候補があったってのに
お前がこいつをぽよ子ぽよ子呼ぶもんだからぽよ子以外の名前で呼んでも反応しなくなっちまったじゃろ」
琉風を見て『ぽよ子』の胴体を抱きしめた彩をやれやれと言ったクリエイターの表情は呆れ顔に近い。
「ぽよぽよしてるんだからぽよ子だろ?ぽよ子かわいいよ~気持ちいよ~」
「ですよね。すっごいふかふかで…」
「あー…ぽよ子の身体って超ふわっふわなんだよなー1回布団にして寝てみてー」
「こりゃ!お前らそろそろどかんかっ。ぽよ子が動けなくて困ってるじゃろ」
そこには彩と琉風、そしていつの間にか混ざっていた呂揮と史乃に抱きつかれて
その場から動けずにもぞもぞと身じろぎしている『ぽよ子』がいた。
「わぁっすごーい!」
宴の会場として通された、普段ギルド合同会議をしている部屋が様変わりしているのに思わず琉風は声に出して叫んでいた。
いつもは中心に置いてあるテーブルと椅子は完全に片され、代わりに敷かれている
緋色の絨毯の上には大きな脚の低い黒塗りテーブルがあり、既に出来上がった料理が並べられ湯気を立てていた。
「この感じ、なんだかアマツに似てるね」
「うん。あえて席も決めないで皆がいろんな人と交流し易いように、酔っ払って
そのままつぶれてもその場で横にもなれるこのアマツの形式が一番いいんだって澪マスが言ってた」
「ようこそ。明亭満月の集いへ」
「ひゃあッッ!!」
琉風に説明していた呂揮が突然いつの間にか背後に立っていた澪に抱きつかれて悲鳴を上げる。
「む…俺としたことが失敗したな。後ろからだったら尻が揉めないじゃないか」
「そんな事を心の底から残念そうな顔して言うのやめて下さい!」
臀部を両手で隠して残念そうに言っている澪から離れ、実質盾扱いとなり目の前に立つ琉風ににっこりと微笑みかける。
「琉風は満月の集いは初めてだったね。酒は大丈夫?」
「えっと、ちょっとくらいなら………」
「今日振舞われる酒は格別だからね。折角なんだし琉風も沢山楽しんでメンバーとの交流を深めていって」
「は…はい…」
「もぉ……澪マスっ!俺の尻触ったまま爽やかに笑って言わないで下さいってば!!」
さりげない装いで呂揮の身体を抱き寄せ臀部を揉む澪に琉風は微妙な笑顔で返事をするしかなかった。
* * *
「ほい、追加の酒ー」
「ありがとう史乃。相変わらず気がきく男ね」
「あれー今ゲーム中断中かー?」
「ええ、席を外してる人が戻ってくるまで待ちましょうってことになったのよ。もう少し待てば全員揃うんじゃないかしら?」
「んーとさ、頼む…澪マス。恥じらいも無くオカマ言葉使いこなすのやめてくれマジ腹よじれっから」
笑うのを堪えているのか身体を震わせ懇願する史乃に対し、澪は長い自らの
伽羅色の髪の毛を後ろへ流しつつ目を細めてそれを見る。
「あら、王様ゲームでさっき王様になった史乃―――貴方がそう命令したからやってるだけよ?
そのお陰で私は後3分この言葉で話さなきゃいけないんだから。そんな私の辛い気持ちを
理解しないで腹がよじれるだなんてひどい言い草ね」
我慢の限界だったのか、そこで史乃は緋色の絨毯の敷かれた床に倒れこみ腹を抱えて笑い出した。
「ぶっ…ぶははははははははッッ!!澪マスあんたぜってー楽しんでるだろ辛いだなんて少しも思ってねーだろーそれ!」
「あら、楽しんでるだなんて心外だわ。王様の命令には絶対服従のルールで仕方なくしゃべってる
だけなのにお腹抱えて笑い飛ばすなんてあまりにも失礼なんじゃないかしら?史乃」
「ひははははッ…マジくるしー!……………あー…そう言えば澪マスのオカマ言葉に
一番爆笑してた彩マスはー?王様になったリィの命令で15分間らこたちんトコに特攻してこいってヤツ、もうそろそろ時間だろー?」
「あぁ、史乃がいない間に戻ってきたぞ。今は多分洗面所」
そう答えたのは史乃の持ってきた酒の入った瓶から早速柄杓で掬っている朱罹。
「なんだよ彩マスもうギブかよー」
「別に飲みすぎで吐きに行った訳じゃないって。彩マス顔半分化粧されて戻ってきたんだ、それ今落としてんだと思う」
「…………………………えーとな朱罹。化粧も突っ込みてーけどとりあえず置いといて、今『顔半分』って言ったかー」
「うん、顔半分。そんなお前のためにSSばっちり撮っといたから」
朱罹が胴衣の懐から取り出した1枚の写真を差し出してきたので史乃が起き上がってその写真を覗き込む。
「どれー?……………ぶっ…ぶははははははははははッッ!!!やべーだろこれ!マジで左半分しか化粧されてねー!!!」
写真をテーブルに投げまた床に転がり史乃が笑い出す。その写真をすかさず呂揮が手に取った。
「俺にも見せて。さっきちゃんと見る前に彩マス洗面所に逃げちゃったから………あ、
この口紅の色きっと四季奈さんのだよね。前に琉風が女装した時に携われなかったの
相当悔しがってたみたいだし彩マスに化粧することでそれを満たしたってとこかな。
でも顔半分っていうのは…………可哀想…なんだけど……………っ…」
写真で改めて彩の姿を見た呂揮が側にあった大きめのクッションに顔を突っ伏して笑いを
かみ殺しているのに対し、史乃はもう完全に止まらなくなったのか声を出して笑い続けている。
「てかやっぱ器用だなーアイツ。久しぶりに四季奈の超本気を見たぜ…くっきり顔半分だけど…………ぶははははははははッ!!!!」
「向こうもかんなり出来上がってるってことだな」
「おいリィ…ウサギのヘアバンドとツインリボン装備の上真紅の薔薇くわえて恥じらい1つなく
会話すんなってとマジで腹筋おかしくなるわー……うひっ…ふっ…くくく……」
普段の理からは考えられないような、どちらかというと可愛い部類に入る装備を身につけた姿を
見て笑い転げる史乃を見ても別段怒ることも恥ずかしがる様子も見せない。
朱罹に差し出したグラスに酒をなみなみと注いでもらいながら悠々とした態度を崩さないでいる。
「恒例行事だろうが・今からそんなに笑ってたら身ぃもたねえぞ?さらに追撃も来るってのに」
グラスの中身を一気に空にし、手の甲で口元を拭って理が背後をさす。
「あー…追撃ー?…あー…なんかすっげーやーな予感…」
口の端を上げて笑う理の表情に何か良からぬ事がありそうな予感はしたものの、
とりあえず史乃はごろりと身体を反転させてその指差す先である後ろを見た。
「おっ……………お帰りなさいませ!ご主人様っ!!」
「………………………………………………………………………はぃぃ?」
明らかに自分に向かって言われた言葉に史乃はややしばらく沈黙し、口元を
ひくつかせて座っていた琉風に首を傾げて見せる。
「あっえっとっごめんね史乃!史乃がお酒取りに行ってる間に王様になった呂揮から
6番にこの装備でこう言えって言われたから…6番って史乃であってる…よね?」
「あー確かに俺6番引いたけどなー…ぶっ…く………やっべぇマジで腹いてぇ…………
その装備でその台詞言うのかよー…………ぅ…ひ……ッ…」
上段に装備していた『あれ』を真っ先に外し、次いでピエロの鼻とスピングラスを外した
琉風が必死に言い訳をすると史乃はもう声も出さずに身体を震わせて笑い続けていた。
ばたーん!
「おーし洗顔終了!!!いざリベーンジッッ!!!」
大きな音を立てて部屋のドアが開き、かなり派手に洗っていたのか髪まで濡らした
彩が戻ってくる。すっかり化粧の落とされてしまっているその顔に残念そうな顔をして朱罹は酒の入ったグラスを手渡した。
「なんだよ彩マスやっぱ落としてきたのかぁ。すっごい面白かったのに」
「俺はちっとも面白くないわぁ!!右側から通りすがっていく人と左側から通りすがった
人とで俺の印象がまるで違うんだぞどう見ても悲劇だろっ!!!」
そう怒鳴りながらもしっかり酒は受け取り、ぐびぐびと飲み干してしまうと床に
転がったまま笑い続ける史乃の身体に馬乗りになって揺すった。
「ほら史乃!いつまでも笑ってないで次いくぞ次!!」
「うっわー、その体位で揺するなってーめっちゃ当たるからー…流石に今はやべーだろー」
「当たるって、俺がこうやって揺すったら史乃が王様に当たるのか?」
大真面目に聞いてくる彩の腰に史乃が両手を這わせる。
「なー……今度ベッドでそれしてほしーな」
「だから何をだよ?…さっきから訳分かんない事言ってないでおーきーろー!!」
「あー…やめろって彩マスー。それまじでやべーから…」
上に乗った状態でますます激しく身体を揺すってくる彩に嬉しそうにしつつも史乃が
懇願していると澪がちょいちょいと2人に向かって手招きする。
「ほらそこ。いちゃついてないでさっさと来なさい?」
「いいいいいいちゃついてないぞただ起こしてただけだぞッ!来いほら史乃っ!」
顔を真っ赤にして史乃の腕を引っ張り起こし、呼んでいる澪の元へ近づいた。
「せーのっ!」
朱罹の掛け声で全員がその手に握られている細い木の棒を一斉に引き抜いていく。
「王様だーれだ?」
「俺だね」
自分の棒の先に書いている文字を確認した後朱罹が周囲を見渡すと、端に『王様』と書かれた棒を手に澪がにっこりと笑う。
「お、今度は澪マスか。それでは王様ご命令を!」
朱罹が澪に向かってどうぞ!というように掌を差し出すと、
手にした棒を口元に当てて考えるような仕草をしてみせる。
「ん、そうだね…散々前半はネタに走った事だしお酒もかなり入ったし。オカマ言葉もしゃべらされたし…
そろそろ『お楽しみ』を混ぜ込んでみようかな?」
明らかに何か別な意味での『お楽しみ』を企てていそうな澪の微笑に宴の場で
ありながらも若干緊張した空気が流れ、全員無言で今回の王である澪の指示を待った。
「よし決めた。4番、王様である俺に皆の見てる前でディープキスして。最低でも1分ね」
「おっしゃ!免れたー!!」
「俺も違う」
「んじゃ4番誰だー?」
1番の棒を持った彩が即座に立ち上がりガッツポーズをし、3番の棒を握る琉風が
深く息を吐き出して安堵すれば、6番の棒を人差し指と親指でぶらぶらさせ史乃が周囲を見回す。
「…………………………………俺」
『4』と書かれた棒を手に呂揮がそろそろと手を上げた。
「ほら王様がご所望だ。いつも通りすげーのしてこーい」
「いつも通りとか生々しいこと言うなぁ!!」
たきつける様に呂揮の背中をべしべしと叩いている史乃を彩が嗜め、それで
更に意識してしまったのか恥ずかしそうにした呂揮がおずおずと澪の方へと近づいていく。
「さぁ可愛い可愛い俺の僕、王を満足させるような口付けをして」
笑顔で言う澪に呂揮は目を逸らして言葉を探している。
「…あのっ…澪マス…こういうのは………」
「王様の命令は絶対だよ?それとも『罰ゲーム』の方がいいの?」
「それは絶対嫌です!」
呂揮が即効答えるほど拒む罰ゲーム。それは彩が提案した『臨時広場で頭に装飾用ひまわりを付けて
常時アスムプティオ、その間メンバー全員で周りを円陣で取り囲み30分見世物にする』というものだ。
「嫌なら王様の言う事をちゃんと聞いて」
「………分かりました」
ついに観念したのか呂揮は澪に顔を近づけていく。
「皆も見てないと駄目だよ。これも命令なんだからね?」
「はーい、穴が空く位凝視しまーす」
『僕』の腰に腕を回して下される『王』の命で、朱罹の声と共にさらに近づいてくる人の気配を
感じて呂揮は顔を赤らめるが、目を閉じてそっと澪の唇に自らの唇を重ねた。
「ん………んッ…は…ふ………ンぅ…」
静寂のせいで唇が触れ合った部分から立つ湿った音とそこから僅かに漏れる呂揮の小さな喘ぎが妙に響く。
時折僅かに目を開いて満足そうに細められる澪の瞳、薄く開いた唇の間からちらちらと
見える呂揮の紅い舌が澪の舌に絡め取られる様を琉風は少し離れた所でクッションを抱きしめ、
『見ているように』との命令故恥ずかしそうにしながらもそれを眺めていた。
以前に澪と呂揮の行為の場に鉢合わせたことがあったが、今はキスだけとは言え目の前で
展開される光景はその時の事を思い出してしまう。
反対側に連れ込まれ理にされた行為の事までも。
「!!」
臀部に何かが当たる感触に腰を揺らし、隣で尻を撫でてきている理を睨み上げる。
『「あの時のコト」でも思い出したんだろ・スケベ』
「………ッ……!」
琉風の服を後ろを捲って臀部の割れ目に食い込んでくる理の指。
ズボン越しから秘部を指先でぐりぐりと押されながら届いた理のwisに言い返す前に声が出そうになり、
抱きしめているクッションに半分顔をうずめて声を殺した。
「はい1分経過ー」
朱罹の言葉で悪びれた様子もなく舌を出して笑っている理から離れていき、大きく深呼吸をして
呂揮の方を見れば最初は恥ずかしそうに口付けていた筈なのにどこか名残惜しそうな仕草で澪から唇を離した所だった。
一呼吸置いたあとほのかに頬を紅く染め顔を寄せたままで澪に問う。
「どうでしたか『王様』………?」
「うん。とても満足したよ」
「あンッ」
離れ際に呂揮の臀部を揉み小さくではあったが明らかに艶めいた喘ぎ声を出してしまった
呂揮を彩が慌てた様子で澪から引き剥がして抱きしめる。
「そこまでやれとは命令してないだろぉーーーーーっっ!!!」
「命令もなにも、いつもやってる恒例行事みたいなものじゃないか」
ねぇ?と人差し指を自らの唇に当てて薄く笑う澪を恥ずかしそうに彩の腕に顔を埋めてしまった。
「さって。盛り上がってきた所で次行くか。はいはい棒回収~」
朱罹がそれぞれ持っている棒を集めはじめる。
「行く前に…澪、お前この棒の木目の模様全部覚えたろ。その上で王様引いて、
呂揮が4番だって分かってて命令したじゃないのか?」
朱罹に棒を渡しながら彩が澪を指差すと澪がさも残念そうに1つ大きくため息をつく。
「…気づかれたか、だから気を使ってバラけた取り方してたんだけど。流石に今回はちょっとあからさますぎたかな?」
「やっぱりかぁ!お前は皆が取ってる間は目隠しするか後ろ向いてろっ!!」
* * *
「ねえ…やっぱりやるの?」
「やるよ。こんなの滅多にないチャンスだもの」
「チャンスがピンチにならないといいんだけどね…ってはい、ごめんなさいごめんなさい。
謝るから踵で足ふんずけてなおかつぐりぐりするのやめてお願い」
艶司の行為に両手を上げ参ったの仕草をしてハイプリーストが音を上げる。
絶対に痛いであろう強さでぐりっともう一度ハイプリーストの足を踏みつけたあと、
艶司は小高い丘の上からもうすぐ側にまで来ている明亭を見下ろした。
「聞けば今日は宴だっていうじゃない。酒も入ってまともに動ける訳ないだろうし今ならきっと砦に入るのだって簡単だよ」
「でもさ、何人か連れて来た方が良かったと思うんだけど。2人って流石にさみしくない?」
「いいんだよこれで、『たった2人に倒されて弱すぎ』ってあいつらに言ってやるんだから。ほら行くよ!」
その発言に対し明らかに何かを言いたそうにしているハイプリーストを知ってかしらずか、
艶司がその手を取り丘を下ろうとした時。
「やめときなさい」
自分達以外の気配を感じなかった中突然聞こえてくる第三者の声。
「誰ッ!?」
艶司が周囲を見渡すと丁度背後に手を後ろに組んだ鈴が佇んでいた。
「明亭を襲撃なんざやめときなさい。せっかく宴を楽しんでるんだ、こんな綺麗な月夜に血生臭い事をするものじゃないよ」
頭上の満月を仰ぎやんわりと嗜めてくる鈴をさも馬鹿にしたように鼻で笑って艶司が杖を構えた。
「ふんっ、無駄に年取っただけの分際で偉そうに説教垂れるババァって超嫌い。
ねえ知ってる?満月は人を狂わせる狂気の光なんだよ」
「狂気の光………………ねえ」
口に出した言葉に合わず鈴の表情はどこか懐かしさを漂わせている。
「そう。だから僕がここでお前に大魔法を放つのも…決しておかしなことじゃないんだよ!!」
杖に魔力がこめられて青白い光を放ち始めても鈴は逃げる様子も怯えた
様子も見せずにただそっと後ろに組んでいた手を解いた。
「確かに満月は時として人に狂気を与える光だったね、血の気の多い頃を思い出したよ…………
懐かしい気持ちにさせてくれたお礼に一思いに。そして手加減なしでいこうじゃないか」
「え?」
艶司がそう言った時には既に爆裂状態となっていた鈴が一瞬の間に
間合いを詰め艶司に向かって拳を振り下ろそうとしていた所だった。
『阿修羅覇王拳!!』
ドォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ
「え、地震?」
突然建物が揺れだしたので琉風がきょろきょろと周囲を見渡すが、澪は動じる様子もなく確信を持って答える。
「これはきっと鈴さんの阿修羅だね」
「鈴さんの?」
「今日の宴の裏方に回ってくれてる鈴さん達はね、料理と酒を提供すると共に俺達が
宴を心ゆくまで満喫できるように今日という日を狙って強襲してくる輩から守ってくれる護衛でもあるんだ」
「じゃあもしかして今強襲してきた奴が…」
琉風の言葉に澪は静かに首を振る。
「幸いな事に『取り越し苦労ばかり』でね。そうなると鈴さんも訛るらしくてああやって
『無き相手に』向かって放つんだよ。周囲に威嚇の意味も込めて」
人差し指を立て、澪に向かって『内緒』の仕草をして見せた彩を背中にしている琉風は
それに気づくことなくそうなんですかと素直に納得してしまう。
鈴の阿修羅覇王拳が威嚇で放ったものなどではなく、正に明亭を強襲しようとしていた
ハイウィザード・艶司を殲滅させるものだったとは露ほども思わずに。
「それにしてもすごい威力じゃないですか?砦の中まで響くなんて」
「引退したと言ってもその力を今でも欲する人は多い。あれで現役時代の半分の威力だって言うんだから恐ろしい話だ」
「……半分………」
琉風の阿修羅覇王拳は日々の鍛錬の甲斐あってか徐々に威力を増してはいるが、
半分の威力だという建物を揺るがすほどの鈴には到底及ばない。
(鈴さんの言う通りだ、甘んじてたらいけない。もっと、もっと高みへ―――――)
「ほらっ琉風、もう澪マス以外皆引いちゃったぞ?」
「あ、ごめん!」
鈴に言われた言葉を心の中で繰り返していると朱罹に声をかけられ我に帰る。
謝りながら朱罹の手に残っている2本の棒の内の一つを引き抜いた。
「と、いう事で。今回は正真正銘王様は俺ね。2番・3番の頬にキス」
王様の棒を持った澪が間髪入れずに命令を下す。
「あー俺がせっかくさっき流れ変えたのに澪マスまたキスネタ戻してきた」
5番の棒を見せて自分では無い事を強調しつつ呂揮が不満を漏らすとわざとそうしたのか澪の口元には笑みが浮かんでいる。
「頬な所が良心的だと思うけど?ほらほらさっさと名乗り出なさい」
史乃がぐびぐびと酒を飲みつつ『3』と書かれた棒を持った手を上げて見せる。
「ぷはっ…………ってーことで3は俺だなー。誰が俺のほっぺにキスすんだー?」
「俺」
丁度史乃と向かい合う形で座っていた彩が身を乗り出してくる。
「おー本命がまた来たな、澪マスーどうせならもっとえっろい命令にすればよかったのにー」
中身が少なくなってきたのか瓶を斜めに傾けて掬った酒を朱罹がにやにや笑ってグラスに注げば、
そのグラスを手にしている史乃は空いている片手をひらひらと振って『やめとけー』という仕草をする。
「俺は良くてもきっと彩マスとー…あと琉風が恥ずかしくて見てられねーだろ?」
「えっあっえっと」
図星だったのか明らかに言動がしどろもどろになってしまった琉風の背後から理が近づき吐息がかかるくらいの至近距離で囁く。
「お前の場合どっちかっていうと興味津々じゃねえの?」
「……っ…違うってば!」
耳元で感じた理の低音の声に背筋がぞくりとするのを感じて慌てて理から離れていった時には、
彩はもう史乃の頬に啄ばむようなキスを施していた。
「あーやっぱほっぺだけだと物足りないっつーか…………彩マス?」
「……………」
彩はキスが終わってもぎゅーっと抱きついたまま史乃から離れようとしない。
「……史乃。悪いけどこの甘えん坊を部屋に連れてってやって」
「分かったー。ほら彩マス部屋行くぞー」
何かを察したような澪の物言いに疑問をぶつける事も無く史乃が抱きついている彩の背中を
ぽんぽんと叩いて促すと、相変わらず抱きついたままではあったものの顔だけを澪に向け潤んだ目で睨みつけた。
「うぅ~甘えん坊いうなぁ澪…2週間先に生まれたってだけで兄貴ぶりやがってぇ……」
「ほーら、いーから行くぞー」
「………うん…」
史乃が彩を抱き上げるとすり…と素直に胸にすりつく。
「あ…彩マスなんか可愛いかも」
呂揮が言った言葉に口には出さなかったが心で琉風は同意する。
普段ギルドメンバーに何かとからかわれながらもギルドをきっちり統率している彩が、
最近恋人同士になったという史乃に完全に身を任せ甘えている様子は普段見ることも
無いせいもあって目下である琉風から見ても可愛らしく思えてくる。
触れられることも、SEXも本当は嫌じゃないのに理に対して素直になる事が出来ない故尚更だった。
「ほら水ー」
「…ありがと」
ベッドに横になっていた彩が少しだけ身を起こして唇に当てられたコップの水をくぴくぴと飲み下す。
「なんでそんな泣きそうな顔してんだー?皆に見られるのやだったのかー?」
ベッドサイドに空になったコップを置き、ベッドに腰掛けた史乃に向かって彩は黙って首を振る。
「…………俺…さ。さっきズルしたんだ」
「ズル?」
「本当は2番引いてたのリィだったんだ。俺は4番。見えないように棒渡してきたの交換した」
「………何でそんな事したんだーとかって聞いていー?」
「俺も史乃とべたべたしたかったから」
「………………………………………………はぃ?」
自分以外でたとえ頬でもキスするのを見たくなかったからとかその辺りだろうと踏んでいた
史乃の想像よりも答えはさらに上行くもので、長い沈黙の後にやっとの事で聞き返していた。
「澪と呂揮もキスしたし、その後琉風とリィがしたのはキスとはちょっと違うかもだけど
結構べたべたくっついてたし。でも俺史乃と全然そういうのに当たらないから………もう待てなかった」
史乃は自分のとった行動を振り返ってなのかばつの悪そうな顔をしている彩の金髪を指で梳く。
「なんつーか…あんたって本当可愛い人だなー」
「んっ…」
彩の負担にならない程度に覆いかぶさり頬擦りすると、小さく吐息を吐いて身を重ねてきた史乃の背中に手を回す。
「もーホント苦しくなるくらい長いこと片想いして焦がれまくったあんたにそうやって求められるのってすげーいい気分」
耳元で聞こえてきた言葉に背中に回していた両手を史乃の頬に添え、その顔を覗き込む。
「なぁ史乃、キスしても…いい?」
「どーぞ」
「…ん」
両脇に肘をついて顔を近づけてきた史乃の唇に彩はそっと口付ける。
「ん…んぅッ…」
重なったと同時舌を差し入れてきたのは彩の方からだった。
口を薄く開き咥内に舌を差し入れ、史乃の赤毛に指を絡め首へと腕を巻きつける。
史乃の腕は彩の腰に回り互いの体温が服越しからでも感じるくらい身体を密着させると
史乃の足の間――雄の部分が彩の雄に当たり、彩もそれを意識しているのかぴくんと小さく身体を跳ねさせた。
「ふ…あ…史乃…もっかい…もっかいキスしたい」
物足りなさそうに彩が離れていった史乃の唇を舐めてキスを強請ると、史乃が親指で彩の唇をなぞって小さく首をかしげてみせる。
「いくらでもしていーけど…キスだけでいーの?」
「……キスだけじゃなくて…もっと…もっと先のこともしたい。いっぱいしたい」
史乃の短い服の裾から胸に触れてくる彩に誘われるまま史乃は彩の唇を再び受け入れる。
「いーよ。いっぱいしよ?……彩」
「ん…あんッ……あァ…し…のぉッ……あァァんッ………」
* * *
「だから言ったでしょーやめときなさいって」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿いッッ!!」
セーブポイント先であるプロンテラのベンチの1つに座ってハイプリーストの出したサンクチュアリを受けながら艶司が怒鳴る。
「ババァの癖にあんなに強いなんて反則だろ!あのババァさえいなければ絶対上手くいってたはずなのにっ!!」
「まぁまぁまぁ、今日は運が悪かったと諦めなさい。後日また計画でもなんでも練り直してさ…」
「ねえ」
「ん?」
「僕が意識なくなる直前あのババァ何かお前に話してたよね、何言われたの?」
どうやら聞かれたくなかった内容のようでそれを言われたハイプリーストが艶司から視線を逸らしてしまう。
「言えってば」
それが気に入らないのか艶司はハイプリーストの胸倉を掴んで自分へと引き寄せ、
強引に自分を視界に入れようとするがやはりハイプリーストは何も言わずに視線を合わせようともしない。
「『言え』って言ってるんだよ。僕に隠し事するつもり?」
「……あれは」
「あれは『捕らわれているのはお前じゃなくむしろこの子の方だね。自由にしてはあげないのかい?』って言われたんだ。でしょ~」
ハイプリーストが言いかけた言葉を続けたのは別の男の声。
覚えがあるその声に艶司がすぐ横を見ると自分が腰掛けているベンチのすぐ隣に
いつの間にか杜若がにこにこと笑顔を浮かべて立っていた。
「はろぉ~ん、みんなのアイドル杜若ちゃんでーす♪」
「お前は……このっ僕に気安く触るなーッ!!」
「ああんっいったぁあああいっ」
そのまま何食わぬ顔で艶司の座っているベンチの隣に腰掛け杜若が肩に手を回して
こようとした所、すこーんと杖で眉間を殴られ大げさに悲鳴こそ上げるが痛くはなかったらしい。
殴られた杖を逆に掴んで引っ張り、自分と艶司との距離を一気に縮めて顔を近づける。
「あぁんもぉつれないつれないつれな~い、大聖堂で熱い濃厚ちゅーした
仲なのにさぁ。杜若悲しみに打ちひしがれちゃうんだからぁっ」
「あのキスはしたくてしたわけじゃないんだからね!!あぁああもう杖離せよっ!魔法で吹き飛ばすぞ!!」
片手で顔を覆って泣く仕草をしつつ一向に離そうとしない杜若の手からぐぐぐ。と握っている杖を
引っ張るものの、ますます強く握って艶司を引き寄せていく杜若の笑顔は心なしか妖艶じみたものになっている。
「え~魔法で吹き飛ばされちゃうよりもえっちなことしてブっとんじゃいたいかな~。
ほら、前大聖堂の時キスの変更きかなかったしさぁ、その可愛いお口でご奉仕とかあとはち…」
「五月蝿い五月蝿い誰がするか馬鹿っ!……………………いったぁーーーーいッ!!」
全てを言い切る前に艶司が杖を離して立ち上がり、杜若の足を蹴飛ばしたはいいが逆に自分が痛かったらしい。
跪いて弁慶の泣き所をさするその目の端には涙が滲んでいた。
「う~ん駄目か残念………でもね、いつかはしてね。いずれ俺無しじゃ生きて
いけないくらいまでのレベルに持っていってあげるからね~主にコレで♪」
「五月蝿いって言って…………………!?」
自らの股間辺りに手を当て薄く笑う杜若に艶司が言い返そうとした時。
その身体を抱きかかえるようにしてハイプリーストが目の前に立ち杜若を睨みつけた。
「失せろ」
険しい顔をしているハイプリーストに対して杜若の笑みは益々深くなっていく。
「分かった、今日は失せてあげる。またね?艶司」
「僕の事を気安く呼び捨てにするなよ馬鹿ッ!!」
「あははははっ、じゃあね~。え・ん・じ♪」
艶司が怒るのを分かった上で呼び捨て、蝶の羽を握り杜若の姿は見えなくなった。
「もぉ~っ腹立つ腹立つ腹立つッ!!明亭絡みの奴等以上に腹が立つッ!!今度会ったら絶対八つ裂きに…………!!」
「艶司」
名前を呼んだハイプリーストの声が今まで聞いたこともない冷たさを宿しており、艶司は怪訝そうな顔でハイプリーストを見た。
「…何さ」
「あいつとキスしたって本当?」
「したよ。したら蝶の羽くれるって言ったから」
「だから?だからしたの?」
それを聞いたハイプリーストが艶司の頬に両手を添えて上向かせる。
冷たい口調と強引な態度に艶司は戸惑うが強気な態度を変えずに叫ぶ。
「…っ!…いきなりなんだよ!」
「キスは駄目。もうあいつとは2度としないで」
「なっ…僕だってしたくてしたわけじゃないんだ!大体あの時お前がさっさ来ればあんなこと…!!」
今のハイプリーストの態度が自分を拒絶しているとさえ感じ段々苛々した口調になってきていた艶司の口をハイプリーストの唇が塞いだ。
「…ん……」
そのキスは先程までの冷たい態度とは違い『いつもの』キス。
艶司はそれに少し安心して瞳を閉じてそれを受けていた。
「普段艶司の自由にしていいって俺はいつも言ってるしこれからもそうしていいよ、
でもあの男とのキスは絶対に駄目。約束して艶司」
艶司からしてみればハイプリーストの理不尽な物言いにキスで少しは収まってきた怒りが再びこみ上げる。
「だからそれはお前が…!」
「約束して」
有無を言わせない威圧的な口調に艶司はいいかけた言葉を飲み込みついに押し黙ってしまった。
「…………………分かったよ」
しばらくしたあとぷぅっとむくれた表情ではあったが横を向いてそれを
了承した後頬を包んでいた手を振りほどきハイプリーストを見上げた。
「あいつとはもうキスしない、約束する。その代わり明日はずっと非公平だからね!」
「いいよ。そんなものでいいなら幾らでもしてあげる」
ハイプリーストの表情はそこでやっと艶司がいつも知るおっとりとした柔らかいものに
変わったのを確認し、今度は艶司の方からハイプリーストの胸にもたれかかる。
「約束したんだからもう優しくしてよ。さっきの冷たいお前は嫌い………2度と見たくない」
「ごめん、艶司」
縋ってきた艶司の背中に腕を回してハイプリーストはそれを受け入れる。
「それに『捕らわれている』のは僕じゃない、お前だ」
「うん。分かってる」
「お前の全ては僕のためだけにあるんだから、僕だけのものなんだから」
「俺は艶司のものだよ。俺の全ては艶司が握ってる。そうでしょ?」
「そうだよ!お前は僕のものだ!僕の…僕の…僕だけのっ…!!」
強気な口調の中に隠し切れず、何処か不安げな声で縋りついてくる艶司を
ハイプリーストは幸せそうに微笑んでその華奢な身体を抱きしめ繰り返す。
「俺は艶司だけのものだよ…」
* * *
「お開きかい?それじゃあそろそろ片付けといきますかね」
「あーまだ飲み足りねーっ。なぁ鈴さん酒ってもう残ってないの?」
瓶の中の酒を最後の一滴を柄杓から直接飲んだ朱罹がテーブルの上の
食器を片付け始めた鈴に問えばあぁそう言えば、と記憶を辿らせている。
「確かおなごの方はまだ瓶半分くらい余ってたかね」
「おーっしゃ。いってこよーっと」
柄杓を瓶の中に投げ、相当の量の酒を飲んでいるとは思えない軽快さで立ち上がる。
「今日の集いは異性禁制なんじゃなかったのかい?」
「そう固いこと言うなって鈴さん、もうお開きなんだし解禁解禁。その『おなご』の食いつきそうなネタもあるし歓迎間違いなしだって!」
「こりゃっ待たんか朱罹!」
『タイリギ!!』
鈴が止めるのも聞かずにスキルを駆使して朱罹は走り去っていってしまった。
「あ…ちょっと飲み残してた」
テーブルの上の食器やグラスを運び易いようにまとめていた琉風が
自分の使っていたグラスに半分ほど酒が残っていたのに気づく。
「あっ琉風それ…」
とた。
呂揮が止めようとした時には既に琉風は中身を飲み干してしまっておりそのまま床に倒れてしまった。
「それリィさんが飲んでたやつだって言おうとしたのに。ストレートで飲むと
かなりきついから琉風みたいに飲み慣れてないとつぶれちゃうって…」
「だろうなぁ」
言いつつ理の顔に浮かぶのは確信犯的な笑み。
「リィさん…もしかして琉風の飲んでたグラスとリィさんの飲んでたグラス入れ替えましたか?」
「コイツが勝手に自分のだって勘違いしただけだろ。おら・琉風」
ぐったりと床に突っ伏している琉風の肩を理が揺すると蹲っていた琉風がとろんとした顔で理の姿をその瞳に映す。
「ん…ぁ…ことわり…」
「起きろ・部屋行くぞ」
「んッ…からだあっついよぉ…」
そう言いながら抱き起こす理の身体に腕を巻きつけてくる。
「ん…ことわり…つめたくてきもちいぃ…」
身体の火照りを理の身体で冷まそうとするかのように身を摺り寄せ半分目が
すわった状態で琉風が顔を近づけてきた理に口付けていた。
「ふ…んッ…」
普段の琉風からは想像できないような性急さで舌を出し絡めてくる様に細めた目を
そのまま閉じ、顔を傾けて理が一層深く口付けると琉風は理の背中に手を回しさらに強請ってきた。
「んぁ…ふぅ…もっと…もっとぉ…」
唇が離れてしまうと物足りなそうに唇に這わせてくる理の指をぴちゃぴちゃと舐めている。
「うらやましいのなら同じ事をしてあげようか?」
明らかにいつもと違う琉風の様子が気になるらしくちらちらと琉風が理にすがっている姿を
呂揮が目で追っていると澪にそんな事を言われ、一瞬動揺した様子を見せるもそっと澪の手を握り小声で囁いた。
「……して下さい」
「ほらほらっそんな所ですんぐりもっくり始められたら片付けられないよ、続きは部屋で
好きなだけおやんなさい。ここにいるのはもうお前達だけだよ」
澪と呂揮はいつの間にか部屋を後にしていたらしく、残っているのは既に理と琉風の2人だけ。
艶場を目にしても完全に状況慣れしているのか鈴は小さな子どもを嗜めでもするかのようにしっしっと片手を動かしている。
「仰せのままに?」
にやりと笑って察している様子の鈴に理もまた口の端を上げて笑い返し、琉風の身体を抱き上げる。
「行くぞ琉風」
「ん…ことわり…ねえ、すんぐりもっくりってなぁに…?」
「お前の大好きなコトだよ」
「…大好きなこと…?…ならいっぱいいっぱいしたい…」
「あぁ・たっぷりな?」
さり気に過激な事を口にした琉風を抱き、宴の部屋を後にする。
向かう先は、『もう一つの宴の場』。
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