...Yes, My Princess.
 → →

 

「ちょっとでも変なことしたらこの女の喉かき切っちゃうから。まぁそれじゃあそこから動くのも無理だろうけどね」
側にいたハイプリーストにナイフを渡し、ハイウィザードは押さえつけられている琉風の元に歩み寄る。
床に座り込んだ状態で両腕が後ろに回っている桜子の様子を見るに恐らく縛られているのだろう。
心配そうにこちらを見ている桜子に今すぐにでも駆け寄って自由にしてあげようにも相当力があるであろう男に
2人がかりで押さえつけられた状態の琉風は近づいてきたハイウィザードを睨み上げるくらいしか出来なかった。
「誰も来ない、もし来たとしても琉風1人だけって言う話だったけど本当にそうだったね。ねえ入り口にいる
 ババァ五月蝿くなかった?僕はその前に受付やってた人の許可でここに来たからすんなり入って来れたけど。
 ちょっと『サービス』してあげただけで入れちゃうとかセキュリティ的にまっずいよね〜」
「らこさんを離せよ傷つけるなッ!!」
「……あのさぁ琉風、僕が今話してるんだよ。ちゃんと僕を見なよ」
睨み上げていたのはほんの僅かで、あとはすぐにその向こうにいる顔にナイフを近づけられている
桜子ばかりを気にしている態度が気に食わないのかハイウィザードは琉風の顎に手をかけ無理矢理上向かせる。
「そうしないとあの女、傷つけちゃうよ」
「!!!」
琉風がその言葉に逸らしていた視線を戻すと漸く思い描いた理想的な展開になってきたのかハイウィザードは楽しそうな口調で続けた。
「手を出されたくなかったら今すぐ服を脱いでそこの2人相手にSEXしてみせてよ」
「なっ…!!」
「やだったら別に逃げでもいいんだよー?サブマスター置いて尻尾巻いて逃げるって言うなら
 ワープポータル出させてすぐに琉風1人だけそこに押し込んであげるから」
顎を固定されてはいるものの押さえ込んでいる2人の男が嘗め回すように身体を見ているのを感じおぞましさで琉風は身震いしそうになる。
拘束は解かないまま別の目的を持って身体を這い回り始めた男達の指に堪えながら琉風は必死に突破口を探していた。
行動に出なければ良くも悪くも事態は変わる事は無いのだ。
「俺…」

「琉風くん、駄目だからね」

琉風が言いかけた瞬間鋭い口調で桜子がそれを制する。ハイプリーストに
ナイフを当てられていることにも臆さず厳しい表情で琉風を見ていた。
「らこさん…」


『俺が傷つくのが嫌だって思ってるのと同じくらい俺だって琉風が
 傷つくのはいやだ。俺だけじゃない、メンバー全員そう思ってる』

思い出すのは彩の言葉、そして。


『お前のココを好きにしていいのはオレだけだ
これ以上何度も同じ事言わせんなよ』

抱かれながら言われた理の言葉。


「……………」
歯を食いしばって琉風は『言うとおりにする』という言葉を飲み込んだ。

「五月蝿いお前になんて聞いてないよ」
琉風に対しては笑っていたハイウィザードの顔が桜子に向く時には何か汚物でも見るような嫌悪に満ちた表情に変わる。
桜子の側に足早に歩み寄り長いセピアの髪の毛をぐしゃりと掴んで優しさの欠片もなくそれを引っ張り上げたが
僅かに表情を歪めただけで床に視線を落とす桜子にふんっ。と言って眉間に皺を寄せた。
「声も出さない、泣きもしないで本当に可愛くない女。助けてって泣いて見せれば?
 そうやっていつも男達に媚売ってイイ思いしてるんでしょう?」
「らこさんはそんな人じゃない!離せよっ!!」
そのまま身体を吊り上げるくらいの勢いで桜子の髪の毛を引っ張り続けていたハイウィザードが、
琉風の言動が気に入らなかったのか不機嫌そうに振り返る。
「離して欲しいなら今すぐ『俺を犯して下さい』って言いなよ。そうすればこの女には何もしないんだから」

「…………………………言わない…」

「は?」
耳に届いたのは想像していた言葉とは全く反対の言葉で、ハイウィザードは思わず聞き返していた。
「『犯して下さい』なんて言わない。約束…したから…もうそんなことしないって約束したから…だから絶対に言わない!!」
「………あーっそ」
展開的につまらなかったのかぷいっと横を向いて桜子の髪の毛を乱暴に離し、隣にいたハイプリーストに目で合図する。
「それじゃあこの女の顔に一生残るような傷つけちゃおーっと。聖職者っぽく十字架の形にしちゃおっかぁ」
その合図を受けたハイプリーストは手にしたナイフを桜子の顔に近づけた。
「らこさんッ!!」
「全部琉風が悪いんだよ。犯されるの嫌だからってこの女を犠牲にしたんでしょ?」
悲痛な表情で桜子の名前を叫ぶ琉風を見下し冷たくハイウィザードが言い放つ。

「さいってーだね琉風って」

「……らこさん……ッ!!!」
桜子の頬にプリーストが手にしたナイフが当てられた瞬間、腕が痛くなるのも構わず身を乗り出して桜子の方に寄ろうとする。
「…らこさん…らこさ…ん……おねが……っ……こ…と…わり…理…理ーーーーーーーーッッ!!!」
琉風が絶叫に近い声を上げて無意識に理の名前を呼んでいた。



「てめぇらが遊ぶにはらこは上等スぎんだよ」



『ボウリングバッシュ!!』

「……………理!!」
琉風を押さえつけていた男達が突然姿を見せた理の放ったボウリングバッシュを喰らってどしゃどしゃと崩れ倒れていく。

「琉風」

理が軽く顎でしゃくった先には桜子の側でナイフを手にしているハイプリースト。
言葉は無くても琉風には理の云わんとしている事は理解できた。

『レックスエーテルナ!!』
『阿修羅覇王拳!!』

うっそまじで?というハイプリースト呟きをかき消すような轟音が響き、机の上に置かれていた書類がばさばさと舞い散る。
その書類とともに琉風の拳を受けたハイプリーストが倒れていくまで、僅か数秒の出来事だった。

「……らこさん…らこさんッ!!」
ハイプリーストが完全沈黙したかなど確認もせずに琉風はすぐ側で床に座った状態でレックスエーテルナを放った桜子の前に跪く。
「ごめんなさいごめんなさい俺…!」
縛られていた腕が琉風の手によって自由になると、桜子は黙って手をかざし何度も謝る琉風の腕の付け根に触れる。

『ヒール』

桜子が癒した箇所はついさっき桜子が傷つけられそうになった時、
琉風が力任せに拘束している男を振りほどこうとして痛めていた所だった。
「もしあの時琉風くんが言うとおりにするなんて言ったら殴ってやろうと思ってた」
ヒールで癒したその手で桜子は拳を作ってごくごく軽く琉風の額にちょんと触れる。
「拒否してくれて嬉しかったよ、偉かったね」
「そんなこと言わないで下さい…らこさんが一番辛い目に遭ったのに…!」
よく見ると桜子の顔や手、至る所に殴られたような痣があり、その一つにそっと触れて震えた声を出している琉風に優しく微笑みかける。
「もう平気だよ、今は琉風くんとリィくんが側にいるから。助けに来てくれてありがとう」
「らこさん…らこさんっ…」
桜子の華奢な身体を気がつくと琉風は自然に抱きしめていた。

「あーあ・グッシャグシャじゃねぇか」
理が琉風の反対側に跪き、ハイウィザードに鷲づかみにされて乱れた桜子のセピアの髪を指先で梳いて整えてやる。
「そうだ…理、どうやってここまで来たの?」
桜子を抱きしめていた腕の力を緩め、理を不思議そうな顔で琉風が見上げる。
「チェイスウォークで来たんだよ」
「ここまでずっと?聖堂の入り口でシスターが足跡確認してたのにどうやって…」
「ババァの死角で動いてればいいだけの話だろ」
「口で言うのは簡単だけどそれってすごく敷居高いよ」
桜子の言葉にニヤリと理が笑う。
「でも来れたろ?だから呼べ・オレ等を」
「……!」
その言葉で琉風は理の名前を叫んでいたことを思い出し急に気恥ずかしくなり顔を真っ赤にして下を向いた。

「………なんだよッ!よってたかってちやほやして…どこがいいんだよそんな女ッ!!」

琉風の阿修羅覇王拳から庇うためだったのかハイプリーストに突き飛ばされ、床に尻餅をついた状態で
叫ぶ唯一倒れていなかったハイウィザードの声に理は『あぁ・お前いたっけ?』とでも言いたげな視線を投げた。
「そうだな、言えばキリねぇけどお前みてぇにぎゃあぎゃあ喚かねえとこ・だな」
梳いていた桜子の髪をひと房掴んでこれ見よがしに口付ける理にハイウィザードの怒りは更に増した。
「そんなの戦略だろ!心の中では何考えてるか分からない腹黒女じゃないかッ!!」
「お前こそ全然分かってねぇな・こんなイイ女そうそういねえぞ?」
「そこまで過剰に褒めても私が明後日担当予定の朝ごはんのスクランブルエッグが1割増しになるとかその程度なんだけどな」
「だからウチのギルドでは重要問題だろソレ」
指に絡めていた髪の毛を戻し、今度は桜子の目の前にチェインを差し出す。
「コレ、史乃からの預かりモノ・んでこれは澪マスからな」
「ちょっと…なんだよそれっ!なんなんだよその反則じみたアクセサリー!!」
桜子にそのチェインと共に理が見せた『アクセサリー』を見てハイウィザードの顔が青ざめた。
「てめぇで落とし前つけてぇか?らこがそれを望むならセッティング・シてやるぞ」
「お願いしてもいいかな。丁度今そんな気分なんだ」
差し出されたチェインと『アクセサリー』を桜子はしっかりと受け取るのを見て理が悪戯を
思いついた子どものような表情で笑って立ち上がり、桜子の前で軽くお辞儀をした。
「承知致しました・オヒメサマ」

頭を上げ、おどけた口調で理が言うとすっと軽やかな動きでハイウィザードの背後に立つ。

『クローズコンファイン!!』
『レックスディヴィーナ!!』

理が動きを封じ正面から桜子がハイウィザードのスキル一切を沈黙させた。

「おい琉風」
「え?」

琉風に向かって理が何かを投げたのでそれを両手で受け止めると琉風の掌にあったのはイグドラシルの実だった。

「気功転移・5つまとめてらこにやれ。それ食ったらいけるだろ」
「…うん!」

『気功転移!!』

琉風が自ら作り出した気弾を桜子に分け与えると桜子の周囲に青白い光の球が5つ周りを取り巻き始める。

『ブレッシング』
『イムポシティオマヌス』
『レックスエーテルナ』

「ね…ねえ!ちょっと考え直しなよ!聖職者が武器で人殴るとかそんなことしていい訳ないだろ?」
立ち上がったはいいもののその場から動くことができず、沈黙状態で魔法を放つこともできず。
近づいてくる桜子は間違いなく手にしたそのチェインを自分に向かって振るおうとしている。
なんとかそれを思いとどまらせようとハイウィザードはまくし立てて話すが桜子の歩みは止まらない。
「本気でそう思ってるなら鈍器を手に戦ってる聖職者に謝った方がいいと思うよ」
「だってお前は支援聖職者じゃないか!!」
「支援でも殴りたくなる時ってたまにあるんだよ。君だってない?持ってる武器でMOBとかとにかくどつきたくなったりとか」
「ない!ないからやめてってば!」
「……………私自身を悪く思うのも言うのも構わないよ、君が私を見て本当にそう思ったのなら仕方のないことだから。でも」
ハイウィザードの目の前で止まると桜子は手にしたチェインを振り下ろす。
ひゅん、じゃらりという無機質な金属音はハイウィザードにいいようのない恐怖をかき立たせた。
「君、さっき琉風くんのこと馬鹿にしてたよね」
「してない!してないってば!だってそもそもあれは琉風が悪いんだろ?自分が助かりたくて
 お前を犠牲にしようとしたんだから!最低って言われても仕方ない事を言ったのは琉風じゃないか!」
その言葉に桜子は一度ゆっくりと瞬きし、それから首を横に振った。
「それは違うよ、君の出す条件を飲むことで私がどんな気持ちになるのか琉風くんは分かってたから
 拒否したんだよ。あれは琉風くんの強さであり優しさ」
「分かるわけないだろそんなの!普通考えればそんなこと………!!!」
「拒否した時琉風くん泣きそうな顔してたんだよ、本当は言うとおりにするから私には何もしないでくれって
 叫びたかったのを必死に我慢して歯を食いしばって……君はそれを最低だと罵った」
「ちょっ…やめて!やめてってば!」
「私にした事は全部許すよ。でも琉風くんにしようとした事、言った事は……………絶対に許さない!」
そこまで言ってハイウィザードに向かってチェインを振り上げた桜子の表情は、ハイウィザードが
どんなに殴ろうと蹴飛ばそうと声も上げずにいた無表情を忘れさせるほど怒りの色を帯びていた。

『ソニックブロー!!』

どしゃっ。

桜子がチェインで殴りつけたその一撃は挿しているカードの1枚であるインジャスティスカードの効果であるソニックブローが発動する。
続けざま8連続で殴られたハイウィザードはクローズコンファインが解けるとその場に倒れていった。
「お陰ですっきりしたよ。ありがとう」
礼を言う桜子に向かって理がニヤリと笑って拳を突き出すと桜子もまた
拳を作って自分よりも一回り以上も大きい理の拳にこつんとぶつけてみせる。

傷ついている自分よりも先に琉風を気遣いヒールをし、自分のためではなく琉風のために
ためらいもなく武器を手にした桜子に純粋に敬愛の気持ちが溢れ、琉風は自分もこうでありたいと強く思った。

「俺…らこさんを助けるためならどこへでも行きます」

そんな気持ちが言葉になり、無意識のうちにそんな言葉を口に出した琉風に桜子が今度は琉風に向かって拳を突き出してくる。
「私も君たちを助けるためならどこへでも行くよ」
「………はい!」
琉風も同じように笑い拳でそれに応えた。



バタン!!



琉風の拳に桜子の拳が交わったと同時、けたたましい音を立ててドアが開く。
「…んまぁっ…んまあぁぁぁっ!!!一体どういう事ですかこれは!?」
騒ぎを聞きつけたのかドアを開けて入ってきたのは裏口で受付をしていたシスターだ。
部屋の中で何人もの人間が床に付している惨状を目にして悲鳴に近い金切り声を上げている。
床に散った書類を避けながら部屋の中央に進み困った表情を浮かべている琉風を射殺す勢いでキッと睨みつけた。
「あれだけ静粛にと言っていたのにこんな騒ぎを起こして…どういうおつもりですかッ!?」
「あのっ…すみません…!」
「別に暴れてたのはコイツだけじゃねえし?」
反射的に琉風は謝るが、どこからか聞こえてきた否定的な言葉にシスターは声を発した理の姿―――本来この場所に
居るはずの無い異質の存在を確認し、琉風が更に謝りたくなってしまう程シスターは興奮を露にした。
「んっ…まぁああああああああぁッ!!誰ですかあなたはッッ!!」
理はあらかじめ用意していたであろうドラグーンヘルムと女神の仮面で顔を覆い指差し叫んでいるシスターに向き直る。
「なんてっなんてことでしょう…!…服装からするにチェイサーとお見受けしますが…
 名をおっしゃい!!夜間の大聖堂に許可無く入った者は場合によっては騎士団の処罰対象になりますよ!!」
「オッシャイ言われて名乗る阿呆が居たら是非会ってみてぇな…処罰出来るモンならヤってみろよ」

ガシャンッッ!!

挑発的にそう言い残し理は側の窓を破って外に飛び出していく。
「こと…んっ」
理の名前を出そうとした琉風の口を桜子が素早く封じる。

『ここで【色即是空の理】だって事が分かってしまったら本当に処罰対象になってしまうから』

桜子が人差し指を唇に当ててwisしてくるのに琉風は口を塞がれたままこくこくと頷いた。
琉風はシスターの許可をもらって入ってきたが、チェイスウォークでここまで来たという話と
今のシスターの態度を見れば理が無許可でここまで来たことは間違いなく、
理の名前を出せばシスターの言う通り理が処罰される可能性が高い。

『大聖堂の人たちは上手く私が話をするから心配しないで、リィくんなら大丈夫。絶対に捕まったりしないから』

心配そうに割れた窓の向こうをちらちら見ている琉風の心理を察したのか
桜子がwisでそう付け足すのにまた1つこくんと琉風はうなずいた。

「貴方大丈夫ですか、しっかりなさい!」

『リザレクション!!』
『サンクチュアリ!!』

「ん…」
最初に倒れているアコライトの姿をしたハイウィザードをシスターは助け起こしスキルを施すとぴくりと動いてハイウィザードが目を開く。
「気が付きましたか?」
「うぁ………ぁああああああ!?」
視界に入ってきたシスターの顔を見るなりハイウィザードは飛び起き後ずさった。
その様子を見て、それからハイウィザードの顔をじっと見つめシスターは怪訝そうな顔をする。
「おや…貴方。見かけない顔ですね」
眼鏡をかけなおししげしげ見つめてくるシスターにさらにハイウィザードが後ろに下がる。
「名前をおっしゃい、あと所属は?夜間勤務の名簿には貴方と思われるものは無かった筈でしたが」
「くっ…来るな来るな僕に触るなぁーッ!!」
「キャーーーッッ!!!」
近づいてきたシスターを乱暴に突き飛ばし、派手にひっくり返ったシスターを飛び越えてハイウィザードは部屋から駆け出していった。


『艶司』
『…………』
『艶司ってば』
『おいこら聞こえてんのかそこのエンジ』
『うるっさい聞こえてる馬鹿ッ!!!』
『もぉ…だったら返事してくれたっていいじゃない。ってかね?思いっきり突き飛ばし
 すぎでしょあれ。お陰で見たくもないシスターのパンツ拝んじゃったよ』


その後に起こされたハイプリーストはすっかり興奮状態で金切り声を上げているシスターにこのような
事態に見舞われた時のために予め用意しておいた都合のいい弁解をつらつら連ねつつギルドチャットで
話しかけた相手は勿論逃げ出していったハイウィザード―――艶司。

『あの程度いくらでも誤魔化せたのに逃げちゃうんだもの』
『冗談言うなよ!僕は女…特にみるからにお固そうで口うるさいババァ系が大っ嫌いなんだよ!!』
『うん。まぁそれは分かってるけどね?だからってあんな逃げ方したら僕は
 怪しい人です是非とも疑って下さいって言ってるようなもんでしょうが』
『どうでもいいからさっさと助けに来いよ馬鹿っ!!』
『他のメンバーはセーブポイントに戻って着ていた法衣投げて散ったよ。
 聖堂内のことはこっちで全部誤魔化すからそっちも蝶の羽で…』
『蝶の羽なんて持ってる訳ないだろ馬鹿馬鹿馬鹿ッ!!』
『はい、はい。承知致しましたお姫様。シスター丸め込んですぐ行くからそれまでどこかに隠れてて。
 騎士団も動き出したみたいだから見つかっちゃうと流石にまずいからね』
『だったら早く助けに来いって…………………』

「誰かいるのか?」

すぐ近くで聞こえた声に艶司はギルドチャットを切り口元を押さえる。
ギルドチャットの声などもちろん外に聞こえる訳などなかったが、何かのはずみで
聞こえたらと思うとそれ以上話すことは出来なくなってしまった。
声のした方とは反対方向にコソコソと走り、側にあった柱の影に身を潜める。
どうやらギルドチャットで言っていた騎士団の人間らしく、声こそ聞こえないものの
人の気配を感じているのかその場を離れようとしない。
それどころかどんどん艶司の方へと近づいてきていた。

「………………!!!!」

騎士が艶司の隠れている柱の側まで来た瞬間、そうした所でどうなると言うわけではなかったが思わず艶司は固く目を閉じていた。

「あ……貴方でしたか」
「やほー。賊だって?」
「はい」
柱の影から姿を現した杜若に対して騎士は軽く会釈をした。
「その様子だとまだ見つかってないみたいだね」
「賊の1人であるチェイサーは外に逃げたらしく現在他の部隊が追跡中です。逃げた奴と
関わりがあるかは分かりませんがもう1人不審なアコライトがいたとのことで聖堂内を探していたのですが…」
「ここらにはいないみたいだよ?ワープポータルで外に出てる可能性もあるだろうし聖堂内にいる可能性はかなり低いと思うけどね〜」
「そうですね、一通り探したら私も外の捜索に加わります」
「ほいほい、がんばってね〜」
また1つ会釈する騎士に軽く手を振ってそれに応え、その姿が完全に見えなくなってからぽそりと呟く。
「まぁ、ワープポータルっていうのはその逃げたアコライトが本当にアコライトだったらの話。だけどね〜?」
杜若が身につけているマントをひょいとどけるとその影に隠れていたアコライトの姿をした艶司が姿を現した。

「…同じ騎士系のくせに何で僕をかくまったんだよ」
「だって俺プロンテラ騎士団の人間じゃないもん。そういうのは義務づけられてないの」
「助ける相手が違うと思うけど?あの女なら2階の奥の部屋でババァシスターの相手してるよ」
「あの女ってらこのこと?」
「そうだよ!騎士らしくエスコートでもしてあげれば?」
「あははははっ拗ねたものいいしちゃって可愛いね〜。俺がらこの取り巻きか何かだとでも思ってるんだ」
「そうだろ!今日の昼だってこれみよがしに男はべらせてさ!」
「いやーん俺の事見てたの?えっちぃ〜っ」
「うるさいうるさい見たくないのにお前が勝手に視界に入ってきたんだよ!」
「あぁ〜あの場にいた全員にご飯ご馳走してってらこに言われてお店連れてかれたんだっけそう言えば」
「やっぱり思ったとおりだ、立派な取り巻きじゃないか!」
「えーっとね。呂揮ちゃんは欲しい装備を知り合いから安く譲って貰えるようにかけあってくれて、
 琉風ちゃんから聖水を作るための空き瓶をたくさん貰って、リィにはアビスレイクのダンジョンに入るための
 必要な収集品を多めに集めて貰ったからそのお礼をしたかったんだってさ。金品系は受け取ってくれなかったから
 せめてご飯でもご馳走しようってお昼当番が面倒になったフリして誘い出したらしいよ〜」
「それで、お前に全部支払い押し付けたんだろ?やっぱり僕の思った通りだ!あの女は計算高くて腹黒くって…」
「その後でちゃんとお金渡してきたけどね」
「!?」
「俺の奢りって言ったほうがきっと沢山食べてくれるだろうからって皆が見てない時にこっそり
 手渡してきたんだよ、『利用したお詫び』って言って俺の分までね。ほーんと誰かさんと違って謙虚で慎ましいお姫様だよね〜」
「なっ…誰と比べて言ってるんだよ!」
「もちろんキミのことだよ〜?いい女っていうのは慕う人間が常に回りにいて、
 出来ない人間に過剰に僻まれるものなんだよ。今回のでよ〜く分かったでしょ〜?」
「うるさいうるさいムカつく言い方して!………………ん?」

杜若が身につけている鎧の内側をこそこそ探り、艶司の前に差し出した手の上には1枚の蝶の羽が置かれていた。
「これ持ってなかったから隠れてたんでしょ?君のメンバーのハイプリーストは大聖堂の
 お局シスターに捕まってるみたいだからしばらくは助けに来れないよ。これ使うのが一番賢い方法だと杜若は思う訳なの」
艶司が杜若の持っている蝶の羽を取ろうとした手を素早くかわして頭上に掲げ、
片手の人差し指をハイウィザードの目の前に持ってきて小さく左右に振る。
「タダではあげませ〜ん」
「…っ…じれったいなぁ…何が欲しいんだよさっさと言えよ!…っ?」
その人差し指をハイウィザードの唇に押し当て杜若はにっこりと微笑む。

「キス1つ。激しいの♪」
「………ふーん……いいよ」

拒絶どころか迷う様子さえ見せずにあっさりと承諾し、つぅ…と首に腕を回してくる艶司に
誘われるまま杜若は身を屈め、顔を傾けてくる艶司に瞳を閉じることでそれを迎え入れる。

くちゅ…。

唇が重なり、どちらからか差し出された舌が絡み合い大聖堂の廊下にやけに大きく響く卑猥な音。
「ん…ふ…んっ…ぅ…」
声を上げたのは艶司の方だった。
最初は涼しげだった表情も今は切なそうに眉を寄せ、首に回していた手を
杜若の鎧越しの胸に当てて突っ張らせ離れようとする仕草をしている。
そんな艶司の腰を強く抱き寄せ一層深く口付けて、うっすらと目を開き自分が貪っている相手を杜若は間近で愛でていた。
「んっんぅっ…ぁ…あ…はふぅ……んッッ」
どんどんと杜若の胸を叩き、それでも離そうとしない杜若の舌に噛みつこうとするが、
下顎をがっちりと捕まれて歯を立てることも出来なくされてしまう。
「んんんッッんぅッんんんんーーーーッッ………いっ…つまでしてんだよ馬鹿ぁッッ!!!」
やっと腕の力が緩んだスキに噛み付くことも忘れて杜若を突き飛ばす。
突き飛ばすというよりも突き飛ばそうとして逆に艶司がその勢いで後ろに下がって行っただけで、
杜若はその場所から一歩も動かずに満足げに笑って自らの唇を舐めキスの余韻を味わっていた。

「随分素直にキスさせてくれるから何かと思ったけど…性技で俺を虜にして取り巻きにでもしようとしてた?」
「!!」
「やっぱそうだったか〜。だめだめ、あの程度のキステクで俺を飼いならそうなんて
 甘い甘いあっま〜い。逆に飼いならされちゃう事になっちゃうよ〜?」
「五月蝿いっ!!」
「あ〜でもフェラだったらちょっと違ったのかな?受付のプリーストが自分の仕事を忘れて
 聖職者でもない部外者もいいとこの君をここに入れてしまうくらいみたいだから」
「なっ…!…なんでお前がそんなこと…!」

キスに応じた意図を見抜かれなおかつ失敗してしまっただけでも屈辱である中、更にごく一部の
人間しか知らない筈の艶司が大聖堂に進入するために使った『方法』を杜若が知っていた事に
驚いた顔を見せるが杜若の笑みは相変わらず崩れない。

「さぁなんででしょ?あ〜あ失敗したな。キスじゃなくてフェラにしてもらえば良かった。ねえねえ今から変更ってきく?」
「終わったあとで変更なんてきくわけないだろ馬鹿ッ!!噛み千切ってやるッ!!!!」
「いや〜んそんなことされたら杜若困っちゃう〜」

困ったようにはまったく聞こえない口調で言いつつまた杜若はハイウィザードの前に蝶の羽を差し出した。
「はい。まぁ最初の約束どおり激しいキスしてもらったからこれは君にあげる…またね?」
「お前なんか2度と会いたくないっ!!」
差し出された蝶の羽をひったくり、大声で叫んだあとその怒りをぶつけるかのように手にした
蝶の羽をぐしゃりと握りつぶして艶司の姿は見えなくなる。

「や〜ですよっと。楽しいのはこれから………でしょ?」

1人取り残された廊下でおどけた口調で杜若が呟いた。


→さらにツヅキマス→→










 

 

 

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