...Yes, My Princess.
 →

 

桜子はずっしりと腕にかかっていた重みが急に無くなったのを感じきょろきょろと軽く首を左右に振ったあと、
すぐ隣に立っているさっきまで自分が腕に抱えていた書物を肩に担いだ理を見上げた。

「ありがとうリィくん。重くて腕もげそうになってた所だったんだ」
「そりゃもげなくてヨかったな。で・何だよコレ」
「図書館で借りてきた今日の作業で使う資料」
「へーぇ・今日は狩り行くとか言ってなかったか?」
「そう思ってたんだけど。作業に必要な書類が今日全部揃うらしいからやっちゃうことにしたんだ。今日は大聖堂に泊まりになると思う」
「なるほど。んじゃ・このままお運び致しましょうか?オヒメサマ?」
「それじゃあ運んでくれるお礼にお昼ご飯でもご馳走するよ王子様」

『オヒメサマ』と呼ばれて照れた様子も見せずに『王子様』と切り返す桜子に理が
口元だけで小さく笑って空いている片手でゆっくりと煙草を吸う。

「本運んだくらいで昼飯付くとか過剰対価で気味悪ぃな」
「実は今日のお昼当番私なんだけど、これから夜出かけるための準備しなきゃならないから
 お昼御飯の支度に割く時間が惜しくなっちゃったんだ。って付け足せば納得出来ない?」
「あぁ納得シた・西カプラ前にある店のポーク食いてぇ」
「分かった、そこのお店に行こう。その前にこの資料大聖堂まで運んでもらえないかな」
「お前のためならドコヘデモ行ってやるぞ?」
「もてはやされた気がしないでもないからランチセットでつくコーヒーをリィくんにあげよう。
 誰か2人今プロに来たみたいだし誘って皆で行こうか」


「あ、また増えた」
武器屋の側にある噴水前のベンチでミルクを飲んでいた琉風がプロンテラのMAPに
増えたギルドマーカーに気づき言葉に出して呟いていた。
中央に2つあったのに加えさらに増えて東に1つ。
誰なのか確認しようとギルドチャットで話しかけようとした時。

「こんにちは〜琉風ちゃん」
「……!」

上半身を屈めベンチに座る自分の視線に合わせて話しかけてきた杜若の姿を見つけると、琉風はとたんに表情を硬くした。

初めて琉風が参加した攻城戦に単独で攻めてきた途方も無い強さを持ったロードナイト。
彩が拉致されその交換条件として捨てざるを得なくなった砦、『明亭』を自分達が戻ってくるまでたった1人で守った男だ。
それに対して琉風は感謝の気持ちはもちろんあったが、それと同時に押さえつけられ
身体を撫で回された事まで思い出してしまい杜若の顔をまともに見ることができないでいた。
「…こんにちは」
俯き加減になりながら挨拶した琉風におおよその心情は杜若も理解出来たらしい。琉風の顔にさらに顔を近づけ問いかける。
「元気ないなぁ〜もしかして前にえっちな事したことまだ怒ってるの?」
「怒ってはいないです」
杜若が近づいてきたことにびくっと肩を震わせてますます俯きながら、琉風はそう答えるので精一杯だった。

「あぁっひどいそのテンション低めの返事!やっぱり怒ってるんだ!ちゃんと謝ったのに
 俺もう許してもらえないんだね!一度嫌なことしたら琉風ちゃんの中では悪い人決定なんだね!!杜若超悲しいッ!!!」
「ごっ…ごめんなさい違いますそうじゃないです!!」

ふらりとよろけながら後ろに倒れかける杜若の腕を立ち上がって慌てて掴み琉風がそう言った途端杜若の態度が一変する。
にっこりと笑って逆に琉風の腕を取り鼻の頭同志が触れ合うくらいまで杜若が顔を近づけてきた。
「わっ!…あっあの…!」
キスでもする勢いで顔を近づけられ一瞬離れようとするが、拒絶すればまた先程のように
嘆き悲しまれそうで身を硬くしながらも辛うじてそれを思いとどまる。
「良かった。じゃあ俺とこれからは仲良くしてくれる?」
「あ…は…はい…」
「そっかぁ良かった〜」

ちゅ。

「うわああぁぁぁぁッ!!」
頬にキスをされ今度は我慢出来ずに杜若の腕を振り払って後ろに退くと、その勢いでベンチに座り込んでしまう。
「も〜琉風ちゃんってば。ほっぺのちゅーくらいで大騒ぎするなんて可愛いね〜こんなの挨拶でしょ?あ・い・さ・つ」
そう言いながらさり気なく隣に腰掛ける杜若に琉風はそうだったんですねなどと冗談でも切り返す余裕は無かった。
「で、琉風ちゃんは何してたの?」
「あ…えっと…。さっき狩場から戻って消耗品購入して、今はミルク飲みながらちょっと休憩してた所です」
「ミルク好きなの?琉風ちゃん」
ベンチの隅に置いていた一口分だけ残っていたミルクをきゅっと飲み干す様をじーっと
見つめていた杜若が先程とは違う笑みを浮かべて尋ねてくる。
「はい、好きですよ」
「ふーん。ミルク好きなんだぁ…」
「………?」
そう繰り返す杜若の真意が分からず曖昧に笑い返す琉風にねえ。とまた身を乗り出し顔を近づけてきた。

「こう言ってみて、『リィのミルクを飲むのが好き』って」

「え?でもこのミルク、いつも消耗品を買ってる露店の商人さんがおまけでくれたもので理から貰ったものじゃないですよ」
「いいから言ってみて〜こう、俺の耳元でコッソリ囁く感じでさ…」

「この…琉風に何言わせようとしてるんだ変態ロードナイトッ!!」

ごきっ!

「ああああぁぁぁぁぁあんっ」
横から杜若の頭目掛けて力任せに呂揮が弓で殴りつけると杜若の口から上がるのはいかにもわざとらしい悲鳴。
「もー呂揮ちゃんってば、せめて言わせてから現れてよ空気読めない子だねーっていうか。
 弓を鈍器代わりにして殴るとか杜若はそれとっても反則とか思う訳なの〜」

「黙れよ変態」

殴られた部分を手で摩っている杜若に言い放った呂揮の声は怒りのせいなのかいつもよりも低い。
「大事な事だからって2度も言うなんてもう呂揮ちゃんってば容赦ないっ杜若泣いちゃうんだからっ!」
「何度でも言ってやるよこの変態ロードナイト!!琉風におかしなこと吹き込むなっ!」
呂揮が杜若に対して怒っている事は理解できたがその意図までは読めずに2人の顔を
交互に見ていた琉風の腕を取り、呂揮はそのままベンチから立たせて自分の側に引き寄せた。

「えっと…呂揮、俺何か変なこと言おうとしてた?」
「………………はぁ」

その言葉に弓を持っていない方の手で顔を覆って呂揮が深いため息をついても琉風には
意味がさっぱり分からず困った表情で呂揮を見ている。
そのやりとりを見て杜若は自分の膝を叩いて笑い出した。
「あははははは、本当何にも知らないんだねー琉風ちゃんって」
「教えて呂揮。俺何変な事言おうとしてた?」
自分が杜若に言わせられようとした言葉の意味はやはり分からないままだったが何か言ってはいけない事であることは
何となく分かってきた様子で、何度も聞いてくる琉風に顔を覆っていた掌を『ちょっと待て』と云う風に琉風の鼻先にかざした。
「分かったって。ちゃんと説明するからとにかく杜若のいない所で…」

「あ、いたいた」

呂揮が言いかけた所で聞こえた見知った人の声に呂揮と琉風が同時に後ろを振り返る。
「誰かなって思ってたら呂揮くんと琉風くんだったか」
「はい、聖堂から移動してた2つのマーカーってリィさんとらこさんだったんですね」
琉風の腕を軽く引き杜若から離させるようにして問いかけてきた桜子のいる所へと返事しつつ呂揮が歩み寄る。
「うん。これから西カプラ側にあるお店にご飯食べに行くから一緒に行こうよ」
「はい行きまーす」
「はい、大丈夫です……っ…ひゃぁっ!」
続けて返事をする呂揮と琉風の2人を杜若が後ろから抱きしめてきた。
琉風の開いた胸元に、呂揮の服の裾から中へとそれぞれ杜若の右手と左手が
もぐりこみ、琉風は大声を出し、呂揮には足を蹴飛ばされていた。
「相変わらずのキラワレモノだな」
「リィそれは違う。嫌よ嫌よも好きのうちってよく言うじゃない。つまり俺は2人にものすごく好かれてるんだよ!」
「変態変態変態変態ッ!!琉風にも俺にももう近づくなッ!!」
微妙に泣きそうになっている琉風を抱きしめ叫ぶ呂揮の前に桜子がすっと出て杜若の前に立つ。
「こんにちは杜若くん。お昼から随分お盛んだね」
「それほどでもないよ〜らこ。らこの美しさに比べたら俺の性欲なんてポリン程度のものだよ」
「ものすごく意味不明だけど褒められたと思っておくことにする。杜若くんの
 AGI+3された+10ハイレベルファンタスティックアフロかつら、すごく良く似合ってるよ」
「あぁっそこに気づいてくれるなんて流石は女性!さすがはらこだ!装備公開してるのに誰も何も言ってくれないんだもの!」
「…突っ込む所が多すぎてその気が起きなかっただけだよ」
「あっ…本当にAGI+3になってるすごい!ねえ呂揮、精錬+10だって。俺初めて見た!」
呂揮がぽそっと呟いたのに琉風がそこで初めて杜若の装備に気づいたらしく泣きそうだったのも忘れて感嘆の声を上げている。
「琉風ちゃんにそういってもらえるなんて嬉しい〜」
「琉風、図に乗るからもうこいつに構うなってば」
さり気なく距離を縮めてくる杜若から琉風を庇うように引き寄せる呂揮のやり取りを見ていた桜子がぽん。と自分の手を叩く。
「そうだ、良かったら杜若くんもおいでよ。これから西カプラさんの近くのお店でお昼食べるんだ」
それを聞いた呂揮が信じられないという表情で桜子の方を見る。
「らこさん!こいつ誘うんですか!?」
びしっと杜若の顔を指差し叫ぶ呂揮に桜子はうん。とあっさり頷き呂揮を精神的に奈落の底に突き落とす。
「呂揮くんが更なるセクハラ耐性つくような機会を作ってあげたんだよ。ありがとうは?」
「あ…ありがとうございますらこさん…」
がっくりと琉風の肩に頭をくつけてうなだれる呂揮を見て杜若はさも上機嫌な笑顔を浮かべた。

「あははーお昼ご飯得しちゃった俺?」
「うぅん杜若くん奢りでよろしく」
ぽむっと杜若の鎧の肩部分を桜子が叩くと杜若がまた大げさによろけてみせる。
「あぁっやっぱりっやっぱりそういうオチなんだねらこ!」
「…よし、俺ランチセットの他に単品で何か頼もっと。狩場帰りでお腹すいてるから
 いっぱい食べられそうだ。琉風も食べたいものがんがん頼めよ」
「えっと、あの…呂揮…?」
「琉風、ここはうん分かったっていう所」
「う、うん分かった…?」
「それじゃあ行こうか。あそこのランチセット早く行かないとソールドアウトになっちゃうから」
桜子が西の方角を指差し促した。


「何アレ。感じわっるーい」
やや離れたベンチに座っているハイウィザードがそう言った視線の先にいるのは理に何かを話している桜子。
話がよく聞き取れなかったのか身を屈めて桜子の口元に顔を近づけている理を見ると眉を潜めて更に不機嫌そうな顔をする。
周辺の人間に聞こえるくらい大きめの声だったので、隣に座っていた同じギルドのハイプリーストにももちろんその声は届いていた。
ハイウィザードの視線の先を同様に見て桜子の姿を確認し、あ〜。と首を小さく縦に振る。
「色即是空サブマスターの桜子、だっけ確か。大聖堂でたまに顔合わせることあるけどいい女だよーって
 …痛い痛い痛い髪の毛力任せに引っ張らないで下さいお願いします」
「いい女だって?あれのどこが?男に媚売って侍らせて調子乗ってるただの馬鹿女じゃん。
 男ばっかり狙って話しかけてる所に魂胆ミエミエだろ」
一度ぎゅっと強くハイプリーストの髪の毛を引っ張った後ぷいっと桜子から視線をはずすと、
引っ張られた頭部を撫でていたハイプリーストがハイウィザードの肩に手をかけて耳元に口を寄せる。
「おやおやおやおや、我等がお姫様はえらくご機嫌斜めのようですね」
「僕の事お姫様だなんて呼ばないで。そんな事言われてもちっとも嬉しくない」
「まんざらでもないクセにぃ…大好きな大好きな理が彼女とべったりくっついてるのがそんなに気に入らない?」
ハイプリーストがハイウィザードの髪の毛をそっと指に絡めて頭を撫でてやると気持ちいいのか
少しだけ表情が緩むものの、完全に機嫌が良くなるまでは行かないらしい。
「あのいかにも私慕われてるんですみたいな態度が気に食わない」
「実際の所ギルド内外問わず慕われてるしなー…あぁああごめんなさいごめんなさい腕つねってなおかつ捻るとかやめて下さいお願いします」
「あんな女にあるものなんていらないし羨ましくもないよ!」
哀願するハイプリーストの自分の肩に回されていた腕をさらに強く抓りながら周りの視線も気にせずに叫んだ。
「どうにかしてあの女1人にさせられないかな…確か純支援でしょ?1人になったらなーんにも出来ないだろうし」
「色即是空、空即是色。双方のマスターに挑んで全く歯が立たなかったからって今度は攻撃手段を持たない人間に
 …………いえいえはいはいこれ以上は何も言いませんよー言わない代わりにとってもいいこと教えちゃいますよー」
「何?」
腕を抓っていた手で今度は顔を引っ掻こうとした所を、くいくいと指を動かして『耳貸して』と言う仕草をされ、
眉間に皺を寄せつつもハイウィザードはハイプリーストの口元に素直に耳を近づけた。
「これ、さっきたまたま聞いた話なんだけどさ」
ハイウィザードは耳打ちされた内容を聞くと、先程までの不機嫌さは何処へやらの勢いで嬉しそうに微笑んだ。

* * *

「莉良。もう眠いんだろ?」
「眠くない」
呂揮に言われて即答するも、莉良の目は半分座っていて誰が見ても眠そうだ。
「ほら、ちゃんとベッドで寝ろって」
「寝ない。まだ眠くないもん」
呂揮が莉良の腕を取るがキッチンのテーブルに片手でしがみついて離れようとしない。
それを見ていた史乃が自分の部屋から毛布を持ってくるとソファーに腰掛けそれをばさりと広げる。
「莉良、来いほらー」
「ん…」
ぺしぺしと膝を叩いてみせる史乃に近づき、その太腿に頭を乗せ莉良がころりと横になったと思うとほどなくして寝息を立て始めた。
「即寝てるし…やっぱり眠かったんじゃないか」
莉良の身体に半端に巻きついている毛布を肩まできちんとかけ直してやりながら呆れた口調で言う呂揮に、まーまーと史乃がそれを嗜める。
「今日はらこいねーし、風音も強いしで1人で部屋行きたくなかったんだろーきっと」
莉良のクリームイエローの髪の毛をくしゃくしゃと撫でたその手でテーブルに置いていた酒の入ったグラスを取り残りを煽る。
「でも寝ちゃったみたいだし、もう少ししたら俺部屋に連れてこうか?史乃まだここで飲んでるんだろ」
「いーや。どーせ連れてっても今日はどっかの部屋に潜りこむだろー?あとで俺の部屋連れてって寝せるわー」
「うん分かった。…ん…?」
完全に寝入っていたと思われた莉良が突然むくりと起き上がった。
「どしたー莉良。別にこのまま寝てていんだぞー?ちゃんとあとでベッド連れてってやっからー」
また眠るよう促そうとする史乃をよそに莉良はドア口に視線を注ぐ。
「誰か来る」
「誰ってー…」


こんこん。


史乃が言いかけた瞬間ホームのドアをノックする音。
「おっ。リィかー?」
まだ狩場から戻ってきていない理が戻ってきたのだろうと入り口の一番近くにいた史乃が立ちドアの側に立ち鍵を開けようとした。

「あの…すみません」

聞こえたのはそこにいた誰もが想像しなかったか細い声。
史乃がドアを開けるとそこにはアコライトの少女が1人立っていた。
「あっ」
キッチンの椅子に座っていた琉風がアコライトの少女が腕につけているエンブレムを見て思わずそう口に出していた。
数日前の攻城戦でトメが傷を負った時、ハンターギルドにトメを連れて行ってくれたハンターの少女と同じエンブレムを腕につけていたからだ。
そのエンブレムは史乃にも見覚えがあったらしい。
「あっれーおじょーちゃん。ひょっとしてフェイヨンたまり場にしてるギルドの子じゃねーの?」
「どした?もしかしてらこに用事だったか?」
「…っ………」
彩もアコライトの少女に近づき視線を合わせて優しく問いかけるが、それに反して
アコライトの少女はみるみる瞳を潤ませ顔を手で覆い泣き出してしまった。
「…とにかく中入りな?誰か青い缶に入ってる茶葉でこの娘にミルクティー作ってやって」
「彩マスあたしやる!」
さっきまでの眠気も吹っ飛んでしまったかの勢いで俺やりますと言った琉風よりも早く莉良は目の前のソファを飛び越え台所に向かっていった。

「ほら飲んで。フェイヨン産のやつだからもしかしたら飲んだことあるかな」
莉良の淹れたミルクティーを前にソファーに腰掛けたアコライトの少女は涙をふいて口を開く。
「あのっ…!」
「君の話はちゃんと聞くから、まず飲も?」
「………はい」
アコライトの少女が素直に彩の手からカップを受け取って一口飲んで、それからもう一口飲む。
「美味い?」
問いかける彩に頷くアコライトの少女にそかそか。と彩が微笑んで頭を撫でてやる。
その表情がここを訪れた時よりもずっと柔らかくなっていることに琉風は気づく。
恐らくこのお茶には人の気持ちを落ち着かせる効果があるのだろう。
琉風が初めて明亭に連れてこられた時、澪に勧められたお茶もこんな香りだったことを思い出していた。

「で、こんな遅くに1人でどした?」

カップのミルクティーが全て無くなった頃に彩は漸く話を切り出した。
アコライトの少女も大分落ち着いたのだろう、彩の目をまっすぐに見てそれからしっかりとした口調で話し始めた。
「私、今晩大聖堂で記録書をまとめる仕事をする予定でした。でも桜子さん…らこさんに
 代理でやって頂くことになったんです。でも後になってから、らこさんがいつも攻城戦で参加してる
ギルドをものすごく嫌っている人のいるギルドのハイプリーストの方も今晩大聖堂で仕事しているって知って…」
「んと、その嫌ってる人のいるギルドのエンブレムってもしかしてこういうの?」
彩が1枚の写真を見せると、写真に写っているハイウィザードのエンブレムを指差しアコライトの少女は間違いないですと頷いた。
「首都で古木の枝を大量に折ったとか、同じ狩場に来ている他のPTに迷惑行為してるとか、
も ともといい噂を聞かないギルドだったので、もしかしたららこさんも嫌がらせされるかもしれないって
 思ったら居てもたってもいられなくて…すぐに代わろうと思って大聖堂に行ったんですけど夜間は
 入場制限されてるせいで中に入れてもらえなかったんです。だからせめてマスターさんにそのことを
 伝えようと思ってここに来ました。さっきwisした時らこさんは大丈夫だよって言ってたんですけどやっぱり心配で…」
「らこのこと心配してわざわざ伝えにきてくれたんだ、ありがとな。でも」
彩が手を出しアコライトの少女の額にそっと触れる。びくっと少女は身体を震わせ彩から視線を逸らした。
「熱、あるぞ。らこが仕事代わったのって君の体調が悪かったからじゃないのか?」
「………」
「そんでもって今君のとこのマスターから俺にwisが来た。君のこと今皆で探してるけど見つからない、
 そちらの方に来てませんかって。寝てろって言われてたのに黙ってベッド抜け出したんだって?」
「…はい…」
この状況ではごまかせないと悟ったのか彩から視線を逸らしたままでアコライトの少女は返事をする。
「そうまでしてらこのこと心配してくれるのはマスターである俺としてもすげー嬉しい。でも君のこと心配してくれる人がいることも忘れちゃだめだ」
「ごめんなさい…」
「ごめんなさいは君のマスターやギルドメンバーにちゃんと言うこと。わかった?」
桜子を心配する気持ち、自分のギルドメンバーが心配して探している事に対する気持ち、
色々な感情が溢れてきたのだろう。ぽろぽろと涙を零しながらアコライトの少女は何度も頷いた。
「らこのことは心配いらない。絶対大丈夫だから」
「…はい」
優しく笑いかける彩にアコライトの少女はもう一つこくりと一つうなずいた。

『らこ、らこー』

迎えに来たギルドメンバ−と共にアコライトの少女を見送ったあと彩はギルドチャットで桜子の名前を呼ぶ。


『何?』
『そっち、何か変わったことないか?』
『彩が話しかけてきて仕事の邪魔された以外は何も』
『ハイウィザードのギルドのハイプリーストが大聖堂に来てるって聞いたんだけど』
『それは同じ聖職者だもの、来てたって別におかしくないと思うけど』
『今そいつ、らこの側にいるんじゃないのか?』
『いないよ。彩、前に私言ったよね。仕事中に話しかけてこないでほしいって』

それっきり桜子が話すことは無かった。

「やっぱり何かあったな」
そう言った彩の口調は確信に近い。
「ハイウィザードのギルドに居るハイプリーストがいるってことでしょうか」
「なぁ琉風。らこがさ、こっちの話に全く耳を貸さなかったことってあったか?」
聞き返され、少し考えてからふるふると琉風が首を振る。
「ないです」
狩り等で都合が悪くてすぐに聞いてもらえない事こそあったが、何時頃なら大丈夫と
時間指定をする等して最後には必ず話を聞いてくれていた。
今回のように桜子が一方的に話を切り上げ耳を貸さない事などということは一度もなかったからだ。
「な?らこがこういう態度を取る時は何かあった時なんだよ」
「それならどうしてさっきその事を教えてくれなかったんでしょうか。ギルドチャットが
 通じてるってことはエンブレムは身につけてるってことですよね?」
「ギルチャで話す前にwisでも話しかけてみたけどちゃんと向こうには伝わってるんだよ。
 ライセンスを取られた訳でもなさそうなんだけど肝心のらこが何も教えてくれない上今居る場所が大聖堂だからな」
「大聖堂だと何か不都合があるんですか?」
「さっきのアコライトの女の子が言ってたろ。夜間の大聖堂の出入りは聖職者ですら難しいくらい大幅に制限される」
「状況が状況だし事情を話せば通してくれんじゃねーの?」
史乃の提案に彩は小さく首を振る。
「それだと許可が降りるまでかかる時間が惜しいんだよ。強行突破しようものならプロンテラ騎士団が
 動くだろうし。そうなったら間違いなく不利になるのは俺達の方だ」
「でも強行突破しか方法がないのなら俺は行きますよ」
「んー……」
呂揮の言葉に親指を唇に押し当てややしばらく彩は考えたあとよし。と言って側に立っていた琉風を見上げた。
「琉風、これから澪にどうしてもすぐ渡さなきゃならない攻城戦関係の緊急調書を『作って』もらうから、
 それを渡す名目でらこに会わせてもらうように大聖堂にかけあってもらえるか?」
「俺ですか?」
「元は琉風だってアコライトを経てモンクの職についたんだから系統的には聖職者になるだろ?
 俺達みたいな全くの別職業が行くよりは通過できる可能性は高いと思う」
「分かりました、俺が行きます」
「おーし頼んだぞっ」
力強く頷いた琉風の背中を彩が軽く叩いてみせる。
「んじゃこれからちょっと澪に調書書いてもらうから、出来次第出発してくれ」

* * *

「夜間の参拝はご遠慮頂いております。明日いらして下さい」
やはりというか当然と云うか。正面入り口が閉まっていたため裏口に回った所、そこにいた
 受付担当と思われる中年女性のシスターは、かけているメガネを直しつつ淡々とした口調で琉風に説明した。
「あの、参拝じゃないんです。今日ここにいるらこさ……いえ、ハイプリーストの桜子さんに渡したいものがあって来ました」
「桜子さんですか?確かにいらしておりますが、明日には戻られますのでその時お渡しになって下さい。では」
「待って下さい!すぐに渡さなきゃならない攻城戦に関わる大事な調書なんです!
 同盟先のマスターに直接桜子さんに手渡すように言われてるんです!」
閉めようとした扉を押さえて留まる『困った来訪者』であろう琉風にさも呆れた様子でシスターは大げさにため息をつく。
それでも桜子を心配するその思いつめた表情は少なからずともシスターに『緊急事態』だという
 様子が伝わったのだろう。琉風の手にしている丸められた紙をちらりと見た。
「それが渡さなければいけないという調書ですね。拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?
 本当に今すぐに渡さなければいけない物なのかこちらで判断させていただきますので」
「分かりました」
素直に琉風が渡すとシスターは紐を解き調書に目を通し始める。
「ふむ…ほう……なるほど、そういうことですか…」
隅々まで目を通したあとシスターは調書を丁寧に元通りにの状態にして琉風に手渡した。
「このような事情であるならば仕方ありませんね、急を要するとのことですので特別に許可致しましょう」
「ありがとうございます!」
大きな声で礼を言う琉風にシスターはたしなめるような視線を投げかける。
「ただし、お渡しになられたらすみやかに退出をお願いします。これは本来許されないこと、
 例外なのですからね?そして聖堂内ではくれぐれも静粛にお願いします」
「はい、わかりました!」
やはり大声で返事をする琉風にごほんごほんとわざとらしい咳払いをしてみせるが当の琉風にはシスターの意図は全く伝わっていないらしい。
「桜子さんは左手の階段を登って右手奥から2番目の部屋で執務中ですが…その前に少々よろしいでしょうか」
「え?」

『ルアフ!!』

「!!」
突然シスターがルアフを唱えたので琉風が声こそ出さなかったもののびくんと身をすくませる。
「あ…あのっ…」
「姿を消すスキルで関係者外の者が入り込むという事もございますので。しばらくの間ご辛抱を」
「…はい」
「ふむ、足跡も…ありませんね」
シスターははふんふんと独り言を呟きながら琉風の周辺を歩き回っている間、琉風は黙ってじっと立っていた。
色即是空のメンバーの中には確かに理、呂揮、莉良と姿を消して移動できるスキルを持つメンバーがいるにはいるが今は琉風1人だ。
早くに桜子の元に行きたいのは山々だったが何か変な態度をしてシスターに不信感を抱かせてしまってはどうしようもない。
琉風は大きく深呼吸をして自分を落ち着かせ、ルアフが消えるまでをじっと耐えた。
「大丈夫なようですね、どうぞ奥へ。重ね重ね申し上げますが静粛に、そして渡し終えたらすみやかに退出を…」
琉風の姿はもう階段向こうに見えなくなっていた。
1人残されたシスターはまた1つ大げさにため息をついた。

「らこさん俺です、琉風です」
シスターの言っていた部屋のドアをノックしてみたものの、ドア越しから人の気配は確かにするのに返事は無い。
「らこさん…いるんですよね?入りますよ」

「琉風くんだめ!!」

がちゃ、とドアノブを回した瞬間聞こえた桜子の声。
「え?」
琉風によって薄く開きかけたドアは今度は部屋向こうから大きく開き真正面からプリーストが『槍』を振り下ろしてきた。
「……!」
振り下ろされた槍はかわしたものの、ナイフを喉元につきつけられた桜子の姿を見て阿修羅覇王拳を撃とうとした拳を下ろしてしまった。
「あうぅッ…!」
腕をおさえつけられ無理矢理跪く体制をとらされる。
琉風を両側から押さえつける2人のプリーストは聖職者の格好こそしてはいるが恐らく別の職業だろう。
今左腕を拘束している琉風を槍で攻撃しようとした男は騎士。反対側の右腕を掴んで片手に短剣を持っているのは恐らくローグ。
そして桜子のすぐそばでナイフを突きつけているアコライト。
蔑んで笑うその顔は間違いなくハイウィザードのそれだった。



→ツヅキマス→










 

 

 

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