今すぐに信じなくていい
琉風がトメにヒールをしながら澪の指示を待っていた時、1人のハンターが琉風に声をかけてきた。
この近くにたまり場があると記憶していたギルドのエンブレムを袖口につけたその少女は本来相容れない
職業であるはずのモンクの腕の中でじっとしているファルコンと、周辺に『主人』がいないことを不思議に思ったようだ。
状況が状況だけに詳しいことを話す事もできず口ごもる琉風によっぽどのことがあったのだろうと
察した少女は、怪我の大小問わず負傷したファルコンはハンターギルドに連れて行った方が良いこと、
そしてハンター系列の人間の方がそれらの手続きがスムーズにいくという理由で
トメをハンターギルドに連れて行くと申し出てくれたのだ。
ギルドを見たことがあるという程度の実質初対面ともいえる人に頼みごとをする事は気が引けたが、
負傷したトメを連れまわすよりはと琉風はそのハンターの少女にトメを託すことにした。
最初は少女の腕で暴れていたトメだったが、
「こうやって怪我したままだと君のご主人はきっと悲しいよ?元気になって安心させてあげようね」
少女のその一言でぱたりと大人しくなってしまった。
ギルドメンバーらしきプリーストのワープポータルに乗る少女を見送ってすぐ、澪から移動指示が出たため
琉風はその指示通りにカプラ転送を使ってアルベルタに向かう―――
はずだった。
『琉風、琉風?』
澪が何度もギルドチャットで自分の名前を呼び続けている。
その声は琉風にもきちんと届いていたが、それに応じず無言を通した。
今は指示通りに動くことも、状況をありのまま報告することも琉風には出来なかった。
「だんまりじゃわかんないよ新人ちゃん。どうして澪はギルドぐるみで明亭出てっちゃったのかな~?」
「…ッ…!」
おっとりとした口調とは裏腹に琉風の腕を掴む手の力は振りほどくのが難しいくらいに強い。
琉風がカプラ転送を使おうとした直前に砦にたった1人で攻めてきた男、杜若に阻まれてしまった。
そのままカプラサービスからかなり離れた東屋の柱にその身体を押し付けられ、
「何故空即是色は砦を捨てたのか」
と、問われたのだ。
『彩を人質にされその対価が明亭を捨てること』
答えは既に出ている。
ただ彩の行方も無事も分からない今、その事を他人――
しかも少し前まで自分が守ろうとしていた
砦に攻め込んできた男にありのままを話すことは良策ではないことは琉風自身十分理解している。
ギルドチャットで今の事情を話せば澪が何かしらの手を打ってくれるかもしれないが、そうすることで
彩の身を今よりも更に危険にさらす事になってしまうかもしれない。
(ここは1人で切り抜けないと…いつまでも足止めを喰らってる訳にはいかない…!)
『発勁!!』
「うぉぁっ」
掴まれていない方の左手を杜若の心臓辺りであろう鎧の上に当てて発勁を打ち込むと僅かに
杜若の身体が前屈みになり琉風を掴んでいた手の力が緩んだ。
そのスキに手を振りほどき杜若の横をすり抜けようとした琉風の上半身はいとも簡単に抱える。
「だから~俺を鎮めるには威力足りないって言ってるでしょ?」
「あぁぁぁぁッ!!」
抱えられた身体はそのまま東屋の柱に強く叩きつけられた。
辛うじて倒れずに持ちこたえはしたものの、今度は片手で両手を頭上に縫い付けられ完全に身動きが取れなくなってしまう。
「うぅッ…あぁッ…」
「随分えっちな声出すね~。リィにいやらし~ことされた時もそういう感じで鳴くの?」
「!!!」
突如囁かれた卑猥とも言える言葉に動揺し琉風は杜若から力いっぱい顔を背ける。
その反応を見た杜若が頭上で両手を掴む力は変わらずだったが、琉風の肩を柱に
押し付けていた片手を明らかに拘束とは違う目的を持って胸元辺りをさわさわと撫で始めた。
「やッ…何…!?」
「リィが最近やけに執心してる子がいるって聞いたけどやっぱり新人ちゃんのことだったんだ。
毎晩リィにたくさん可愛がってもらってそういうえっちな声とか出してるのかな~特にこういう所とか…」
琉風の足の間に自分の足を割り込ませて足での反撃を封じた後に胸を撫ぜていた右手を股間辺りにそろりと這わせる。
「やぁっやだッやだあぁッ!!」
「嫌なの?」
「ひっ…やっ…そこはやだぁッ!!」
きゅっ…と手の平全体でそこを圧迫され、理以外の人間に恥ずべき部分を触れられてしまった嫌悪感と共に、
杜若が同系列の職業であるロードナイトのせいなのか過去に拉致されナイトに犯された記憶が頭を過ぎり盛んに首を振った。
「だったら澪が砦からいなくなった理由を教えて?じゃないともっともっと嫌なことしちゃうかもしれないよ…?」
「…!!!!…やっ…やだッやだッやだやだやだアァァァァァァァッッ!!!」
ズボンのホックを外してファスナーを下ろされそうになり琉風が大声で拒み叫ぶと、
急に杜若が琉風の手を離して数歩下がってしまう。
『サプライズアタック!!』
「こと…わり……?」
琉風は自分の目の前に突然現れた男の名前を呼ぶ。
「『アルベルタ移動』。さっきから澪マスから指示出てんの聞こえてねえのか琉風」
「…ごめん」
謝る琉風に奇妙な形をした短剣を腰におさめ理は呆れた様子で小さく吐息を漏らす。
「言い訳くらいシろ・こんな時までイイ子ちゃんシてんじゃねえっての」
「でも俺が指示通りにしなかったのは本当だし…」
「うっわ~い絵に描いたような登場っぷりだね王子様~」
「澪マスに負けた腹いせにメンバーにセクハラか?」
琉風に背中を向けたままで理が尋ねると、ぱちぱちと拍手していた杜若はしばし
きょとんとした顔をしてそれから大声で笑い出す。
「あははははははははははははっ。68戦68敗で一々腹なんて立ててたらそれこそ身ぃー持たないでしょ~?
いきなり君んとこのギルドが砦ほったらかしにして大移動したって話を耳に入れたから
ちょ~と気になっただけ。新人ちゃん……琉風ちゃんだっけ?教えてって聞いても全然教えてくれないし、
ちょっとセクハラ発言したらものっすごいうろたえたからちょっとえっちな事とかしてみたら教えてくれるかな~とか思って」
「俺ン所のマスター…彩マスを拉致シた連中に砦捨てろって言われたんだよ」
「………理ッ!!」
言ってはいけないと思っていたことを隠すことなくつらつらとしゃべりだす理の腕を掴んで琉風が叫ぶと、
理が琉風の方を向き親指で杜若を指す。
「コイツは外部の人間だが信用は出来る。周辺にどう自分を注目させようか日々珍妙装備の収集に
あけくれてたまに理解出来ねぇ行動に出る変態野郎だがな」
「あぁっひどいリィっ最初の褒め言葉が後半部分で台無しにっ!ってか変態に変態って言われるなんて超心外ッ!!」
杜若がふらりと身体をわざとらしくよろめかせて額を覆う仕草に対して全くの無反応で
理はっつーことだから・と言いつつ杜若に向き直る。
「砦には誰も戻らねぇぞ・奪うなり好きにスればいい」
「ふーんそっかぁ…」
「行くぞ」
何かを考えている杜若に構わず下ろされかけたファスナーを元に戻してズボンのホックを留めている琉風を促した。
「琉風ちゃん」
杜若に呼び止められ琉風は歩み出そうとした足を止める。
「えっちないたずらしてごめんね、本気でするつもりじゃなかったんだ。許してくれる?」
「もう…2度とあんなことしないで下さい」
「……守りたいと思ってるのは何もあいつらだけじゃないんだよ。独り占め…いや3人占め?そんなのさ、ずるいって思わない?」
「…え?どういう…」
「琉風ちゃんじゃわかんないか。じゃあね~」
杜若は琉風の問いに答えぬままひらひらと手を振りつつペコペコに乗りチュンリムの方角へと走っていってしまった。
「おら来い・琉風」
「あ…うん」
杜若の言った言葉が気になりはしたが自分が今すべきことを思い直し理の後を追った。
『澪マス、呂揮です』
理から現在の状況を聞きつつフェイヨンのカプラサービスへたどり着いた時、1人偵察に出ていた呂揮が丁度報告をする所だった。
『ゲフェン宿屋2階左手前の部屋でハイウィザードの滞在確認取れました。10数分前
スナイパーを連れた2人組がその部屋に入ったそうです。そのスナイパーは彩マスで間違いありません』
『分かったありがとう。所在確認完了…と。皆状況は分かったね?と言うわけで
ゲフェンの宿屋をぶち壊す勢いで暴れなさい。俺が許す』
『なら移動はゲフェンにした方がいいでしょうか?ゲフェンなら俺ポタ取ってます』
『いや、琉風はアルベルタに来なさい。リィもね』
『はい、分かりました』
「ゲフェン直接行ったほうがいいと思ったんだけどな…みんなで移動するのかな?」
「ならいぃんだけどな?」
「?」
何か思い当たる所があるような理の表情の意味がその時の琉風にはまだ分からなかった。
『アルベルタ組、空即是色のみんなは大人しくしてる?』
『あぁ、カプラ前に全員揃ってる…どこへも動く気配はない』
『ねえ、さっきから君ばっかりしゃべってるけど他の皆からの報告は?』
『俺以外は奴らのすぐ近くにいるんだ。PT会話と言っても仕草ですぐ分かるだろう?
相手に素性がばれたら見張るどころの話じゃないしな』
『まぁ確かにね…少しでも変な態度見せたらすぐに教えてよ』
『あぁ…分かってる…』
「分かってるよねぇ?もし今の状況を向こうのハイウィザード…マスターにしゃべったりなんかしたら…」
「分かった!分かってる!!何も言ってない、お前らの言うとおりに話してる!!」
「うん。今言ったのは嘘じゃないね。嘘だって感じたらすぐ刺すよぉ?」
莉良の短剣が頚動脈に触れるのを感じて唯一イグドラシルの葉で覚醒させられ身包み
剥がされた状態のアサシンは慌てて首を振って両手を上げ『降参』の仕草をして見せた。
「思ったとおりだな・やっぱ留守番かよ」
アサシンをクローズコンファインでその場に拘束し、理もまたアサシンの目の前で短剣をちらつかせている。
「仕方ないじゃん、全員気絶させて連絡途絶えさせちゃったら向こうが不審に思うでしょー?
1人くらいは起こしておいてなおかつ誰かが見張ってないと」
「で・オレら3人でコイツの見張りって訳か」
「澪マスがねぇ、『ペナルティな人たちは良い子でお留守番の刑です』だって」
「………………やっぱりかよ」
「じゃあ澪マスが俺達にゲフェンじゃなくてアルベルタに来いって言ったのはそのペナルティのせいなの?」
理は既に分かっていたらしいが琉風は今になってやっと理解したらしく、すぐ隣で爆裂波動状態のまま
短剣の先でアサシンの首をつついている莉良に問いかけた。
「んーと、コトは指示出してないのに勝手にフェイヨンに琉風迎えに行っちゃったから。あたしは
ちゃんとフェイヨンセーブしてなかったからそのペナルティだって。
『言うこと聞けない 悪い子はゲフェンに連れて行きません。見張りをしながら彩を無事に
連れて来るまでもにょもにょ してるがいいよ』ってコトが来る前に澪マスが言ってた」
「俺のペナルティは…すぐにここに来なかったからかな…」
「琉風は『お覗きしたから』って澪マスが言ってたよぉ?」
「えぇッ!!!」
言われた拍子に爆裂波動が解けそうになり慌てて精神を集中させ直すも琉風の動揺の色は
しっかりと莉良に伝わったらく、そのまま聞き流してはくれなかった。
「ねね、何お覗きしたのぉ?琉風」
「えっとあのッ…!」
琉風が言葉を探しているとぱちんと人差し指で理に莉良は額をこずかれた。
「おら・余所見スんな。ちゃんと見張ってろ」
「ふぁ~い」
莉良が決して真面目とは言えない間延びした返事をしてアサシンに向けている短剣を持ち直した。
「怪我とかしてなければいいな彩マス。早く会いたいよぉ……」
「うん、そうだね…」
アサシンが万が一不審な行動に出た時のためにすぐ阿修羅覇王拳が叩き込めるように爆裂波動の状態は
維持させたままではあったが、ベンチの上で片手で膝を抱えしょんぼりとした様子の莉良の頭を撫でた。
場所も分かりメンバーが助けに行っていることは分かったとは言え安否を実際確かめていない今はやはり不安なのだろう。
琉風自身ももちろん心配だったが、側にいても救うことが出来なかった悔しさもあった莉良は更になのかもしれない。
『俺も勿論そうだけど…莉良がきっと一番彩マスに会いたいよねきっと』
目の前にいる莉良を気遣って琉風はwisで理にそう話しかけた。
『分かんねぇのか・お前』
『…分からないって…何が…』
『ここに莉良を置く理由だよ。ペナルティってのは半分・もう半分はコイツを守るためだ』
『どういうこと?』
『GVやPVみてぇなシーズモードのかからない場所での戦闘は必ず「死」が付きまとう。保険代わりの冒険者ライセンスあってもな』
『あ…』
『莉良は対人技術を周辺の環境で自然に身につけてきた・戦闘センスは悪くねえがまだまだ未熟だ』
『そういうことだったんだ』
『残ったオレらはコイツらの監視半分・莉良のお守りが半分ってトコだな。まぁお前のお覗きペナルティは間違いじゃねぇだろうけど』
「あれはあんたがっ…!!!」
「あんたが………どしたの琉風?」
wisのつもりがいつの間にかオープン会話にしていたらしく、うつむいていた莉良が
突然叫んだ琉風を不思議そうに見上げている。
「うぅんなんでもない…!!」
頬を紅く染めて顔を逸らした琉風を横目に身じろぎしたアサシンの喉笛に短剣を
ぴったりと当ててゲフェンのある方向、西の方角を向いて理が誰にも聞こえないような声で呟いた。
「戻って来いよ・アンタを待ってる奴が大勢いんだ」
* * *
「うふふふっ。面白いことになってきたなぁ」
監視していた仲間は既に倒され拘束され。自分が今居る場所もつきとめられて既にこちらの方に向かって来ている。
そんな残酷な真実など未だ知らないハイウィザードは上機嫌で後ろ手に縛られ床に
転がされた意識の無い彩の頭を杖の先でつついていた。
「明亭が他の誰かに落とされるまで次の指示を出すのはもうちょっと待ってようっと。
落ちたら次どうしようかなぁ~…あの教授を屈辱にまみれさせるのが先かそれとも……」
「君ってさ、澪を甘く見すぎてるよね」
気分良く話していた所を不愉快な言動で中断させられハイウィザードはその言葉を発した
床の上に座り込んでいるホワイトスミスを睨むが、ホワイトスミスはそんな事など気にせずに話を続ける。
「澪が人質取られたから、はい分かりましたって大人しくしてると本当に思うの?もしそう思ってるならとんだ笑い話だ。
今頃きっと人質…彩の救出はもちろんどういう形で君らに制裁を与えてやろうか考えて既に行動を始めてるだろう」
ホワイトスミスはすぐ側に倒れている彩から一瞬たりとも視線を外さず、
会話している相手であるハイウィザードには目もくれようとしない。
「そうなんだ。じゃあ今からこいつにの上に大魔法浴びせちゃおっかなぁ」
「彩にそんなことさせないよ」
彩の頬を手の甲で優しく撫でさすり、時折唇を指先でなぞるホワイトスミスの行動と
その言動にますますハイウィザードの顔は曇る。
「……どういうこと?」
「彩のことを好きにしていいのは俺だけ…俺だけでいいんだよ」
澪を以前から知っているかのような言動、目の前の彩を愛しむような視線と態度。
ハイウィザードはそこまで来てやっと嫌な予感を頭に過ぎらせた。
「もしかして君さ…こいつらのギルドの関係者なんじゃないだろうね…?」
そうであって欲しくないと願うハイウィザードの祈りにも似た気持ちは
数秒と待たずにホワイトスミスの言葉で打ち砕かれた。
「厳密に言うと『元』関係者かな、過去に空即是色の傭兵やってたからね。
普段はギルド未所属で外部からの雇われだったし君の情報網程度ではそこまではわからなかったかな?
まぁ分かってたら最初から俺のことなんて雇ってなかったか」
「もしかしてあいつらと…!」
「あぁ、勘違いしないで。今は空即是色とは完全に断絶状態だから俺が君らを澪達に
売るようなことなんてしないよ。まぁそんなことしなくてもここがバレるのも時間の問題だろうけど…
新しく身を隠せるギルド探さないとなぁ。君のギルドじゃ完全に役者不足だし」
「…随分はっきり言うね」
「事実でしょう?でも君みたいな馬鹿なマスターが率いる間抜けなギルドにまさか俺が
身を寄せているって思ってないんだろうね。澪はもちろん空即是色関係の奴からまだwisが来ないところを見ると俺が関わっていることは
まだ知られてないみたいだ。そう考えると少しは役に立ったんじゃない?良かったね、間抜けなりに有効活用してもらえてさ」
馬鹿にしたような笑いを薄く口元に宿して彩を抱き上げようとするホワイトスミスをハイウィザードの杖が制する。
「散々侮辱しておいて逃げようとかそれこそ馬鹿じゃないの?こいつはあの教授を釣るための
エサなんだから連れて行かせないよ。そして…僕を裏切るのは許さない」
背後で様子を窺っていたプリーストがハイウィザードの支援を施し始めてもホワイトスミスは
恐れの表情すら浮かべることなくにっこりと微笑み、初めて彩から視線を外しハイウィザードを見た。
その瞳の色に相応しい凍えるような視線を注ぎながら。
「だから君じゃ完全に役者不足なんだよ」
* * *
『呂揮、ここは最初からこうだった?』
ゲフェンにたどり着いて向かった宿の入り口が人で溢れかえっている光景に、宿屋手前に
待機していた呂揮の隣に立つ澪に対し若干困惑気味に呂揮が首を振った。
『いえ、澪マス達が来る直前に人が集まりだして。ほとんどが野次馬らしくて中で何があったのか分からない状態なんです』
『そうか………四季奈』
『はいはい?』
『野次馬一掃して』
『りょーかーい!いっきまーす、四季奈流スクリーム!!』
四季奈が宿屋前の人だかりの後ろに立つと大声を出して叫んだ。
「はっきゃあぁぁぁーーーーーーーッッ!テロだよーーーーッッ誰かが枝折ったーーーー!!!」
かなり騒がしかったがその大声は少なくとも四季奈の立っている周辺には聞こえたらしく、どよどよとざわめき出す。
「早く逃げて!こんなに人がかたまってたら匂いをかぎつけてこっちに来るかもしれないよ!!」
もちろんテロが起こったわけでもないし誰かが枝を折ったという訳ではない。
それでもその『でまかせ』はあっと言う間に中心にまで浸透し、冒険者の類ではない
一般人も混じっていたこともあって人だかりが散り始める。
職をもった冒険者達も町のどこかに居もしない古木の枝で呼び出されたモンスターの
探索のために宿屋前から離れ、宿屋の従業員までもがその嘘を聞きつけたのか
外に飛び出してくる内に、人に隠れて見えなかった宿屋の入り口が姿を見せた。
まだ僅かに残っている人を潜り抜けて澪が走っていきハイウィザードがいるという
2階の部屋に迷いもせずにたどり着くと扉を開けた。
「………………!!」
部屋の中には倒れているハイウィザードとローグ、そしてプリースト。
彩の姿はどこにもない。
澪は部屋の周辺を見渡したあと、跪き床につけられた傷に指を這わせた。
「この傷跡……」
澪は懐からイグドラシルの葉を取り出し近くで倒れていたハイウィザードを覚醒させる。
そして目を開いたか否かの状態のハイウィザードの顔のすぐ横にばん!と手を突いてその顔を見下ろした。
「今から俺の言う質問にだけ答えろ」
澪の伽羅色の長い髪がハイウィザードの頬に垂れ、目を開けてすぐに視界に入った人物の顔を見てひくん。と小さく息を飲んだ。
「ここにホワイトスミスがいたな」
自分が今どういう状況なのかもろくに理解出来ていない中、それでもしどろもどろにだが答えはじめる。
「いた…僕がこの計画を考えていた時に必ず役に立つから雇ってくれって…やっぱりあいつがお前に通じて………………!!!」
ドガッ。
澪が手をついているハイウィザードの反対側の顔の真横に今度はフォーチュンソードが突き刺さる。
「余計な事を言う必要はない。俺の質問だけに答えろと言った筈だ」
無駄の無い淡々とした口調が逆に恐怖を誘うのかハイウィザードはただ頷くしかなかった。
「そのホワイトスミスの外見は?名乗っていたなら名前も言うんだ」
「青髪で瞳も青だった……名前は…一羽」
名前を聞いた澪は深く息を吐き、そっとハイウィザードから離れていく。
起き上がりあとずさろうとしたハイウィザードの顔面をすかさず引き抜いたフォーチュンソードの柄の部分で
殴り飛ばすと、ドアに背中をぶつけ小さく呻いたあと再び意識を失ってしまったのかハイウィザードは動かなくなった。
「澪」
「あぁ」
フォーチュンソードを鞘におさめ、追ってきた桜子に対し短くそう答えた澪の表情は険しい。
「思ったよりもやっかいなことになったかもしれない」
表情を変えないままそう続けた時。
『うっわすっごいwisいっぱいー俺超人気者…?』
何度も話しかけても返事がなかった、そして澪が待ち望んだ人間からのwisだった。
『彩、怪我は?』
『ホーム襲撃された時に後頭部思いっきりぶん殴られたくらいでそれ以外は平気…かな?』
『そうか…今自分が何処にいるか分かるか』
『移動中っぽいのは分かるけど目隠しされててどこにいるのかは全っ然わかんねー…』
『誰に連れられているかは?』
『……分かってる』
『そうか、少し時間はかかるかもしれないがしばらくの間辛抱してろ』
『澪…砦はどうしたんだよ』
『捨てた』
『捨てたじゃないだろ、早く戻れッ!』
『あぁ、お前を迎えにいったあとでな』
『俺は俺でなんとかするから…だから早く明亭に戻れよ!』
『何度も言わせるな。お前を迎えにいってからだ』
『戻ってくれよ…奏が取ってくれた砦を守って………頼むから…澪………!』
『彩。奏がもし生きてたらお前のことよりも自分が取った砦を優先して守れと言うか?』
『………ッ…』
『答えろ彩。奏は彩のことよりも砦を守れと言うか?』
『……言わない。誰かを犠牲にして守らなければいけない砦だったらそんなのいらないって。奏ならきっと言う…』
『分かってるならいい。これから迎えに行くから待ってろ』
『ちっくしょぉ……俺がっ…………』
ぶつ。という音と共に不自然に彩のwisが途切れる。恐らく連れ去った相手、一羽にライセンスを奪われたのだろう。
『すまない、少々やっかいなことになってきた』
本来いるはずだった彩の姿が無いということでギルドチャットは複数の会話が一度に
交差する混沌状態だったが、澪の切り出した一言で水を打ったように静まり返った。
『彩がまた別の何者かに拉致されたらしい』
『まさかさっきの人だかりって彩マス連れ去った奴がひと暴れしたとかか?』
『そのまさかだよ朱罹。ハイウィザードの仲間になるフリをして恐らく彩を連れ去る機会を窺っていた…という所だろうな』
『拉致した「そいつ」の目星はついてんのか?』
『彩を連れ去った人間は元このギルドの傭兵でホワイトスミスの一羽』
『そっか…な、そいつが行きそうな場所ってわかんない?』
『ある程度把握はしてるが相手もこちらが動くと分かっていれば別ルートを使ってくるだろう』
『だよなあやっぱり』
『アルベルタにいる3名の待機を解除する。起こしておいているそいつに阿修羅でも叩き込んで
その後捜索と情報収集に当たってくれ。どんな小さなことでも報告すること、いいね。それから…行動しながらで
構わないから聞いて欲しい、彩を連れ去ったホワイトスミス――― 一羽のことを』
* * *
彩はラヘルの市場の近くにある建物の一室にあるベッドに寝転がされていた。
一羽があらかじめ根回しをしていたらしく建物の中に入ったと同時にこの部屋に連れてこられた。
この建物の持ち主であろう人間と一羽が言葉を交わしていた時に助けを求めたが、その声は
間違いなく聞こえてる筈なのにまるで彩がそこに最初から存在していないかの如く振舞われた。
恐らく一羽が金か何かで口止めをしたのだろう。
建物に入った時点で目隠しだけははずされたため自分が今いる場所の把握は出来たものの、肝心の連絡手段がない。
wisで伝えようにもライセンスも奪われてしまっているし、奪われなかったエンブレムでギルドチャットという手段があったとしても、
彩を抜いた全員が攻城戦参加のため脱退している今の状態ではあっても無意味だ。
部屋の中まで聞こえている攻城戦のアナウンスに一羽が懐かしいなと口を開いた。
「攻城戦は澪のギルドに傭兵として参加した以来全然やってないからな」
窓際に立ったまま話し、それから頭上でベッドヘッドに手を拘束した彩を見る。
「彩もやめちゃってたんだ…俺のせい?」
「…」
答えずにただ唇をきゅ…と引き結んで押し黙っている彩に一羽はゆっくりと歩み近づいた。
「傷の後遺症が残ったから?あぁ、でも今もスナイパー続けてるって事はそれはないか。
攻城戦中に傷つけられたことで砦の中にいるだけでそのこと思い出しちゃうとか…かな?」
「あぁそうだよ!!」
黙っていた彩がぎちっと縛られた手に縄が食い込むのもかまわず力任せに引っ張り、
微笑みながら覗き込んできた一羽の顔に自分の顔を精一杯近づけそれこそ噛み付くような勢いで叫んだ。
「いきなりお前に背中斬りつけられて!それ以来攻城戦に出るたびにそのことがフラッシュバックして
弓を持つことさえ出来なくなったんだ!!!奏が取った砦を皆と一緒にずっと守っていきたかったのに…………んぁあッ…………!!!」
両腕を拘束された状態で肩を浮かせていた彩の身体が首に添えられた一羽の両手によって
ベッドに沈められ言葉は最後まで紡ぐことは叶わなかった。
「彩の口から他の男の名前なんて聞きたくない」
「んっ…くぁ…ッ…」
彩の身体に跨り完全に動きを封じ、唯一自由な指だけが一羽の手が喉へと食い込んでいくたびにひくりと動くのみだ。
「誤解しないで。俺は別に彩のことが嫌いになった訳でも、彩が俺の気持ちに応えられないって
言われたから腹を立ててあんなことしたんじゃないんだ。あの時も、今も彩のことは愛してる…いや、前よりもずっと愛してる」
「やめ…………んっ…!」
「俺はね、彩に俺だけを見てほしかったんだ。その瞳に映るのがいつも俺であってほしかったんだ。
だからあの時…俺が背中を斬りつけた時は嬉しかった。あの時の彩は俺だけを見ててくれたから」
苦痛の表情を浮かべていることよりも、そうすることで彩が自分を見ていることの方が嬉しいのだろうか。
一羽は嬉しそうに微笑んでその潤んだ瞳を見つめている。
「澪に『2度と彩に会うな』って言われて傭兵解雇されてから一応は考えたんだ、
その方が彩のためでも俺のためでもあるのかなって。だから彩に会えなくなるのはつらかったけど
言うとおりにしたんだ…………でもだめだった。俺やっぱり彩じゃないとだめなんだ」
力まかせに引っ張っていたため、拘束された手首が血で滲み始めている。それでも一羽は
彩の首から手を離そうとせずにその手首に唇を寄せ口付けた。
「彩しかいらない、彩の全部を俺だけの物にしたい…愛して彩、俺の望む通りに。俺だけの彩になって…?」
「んっ…ぁ…ひと…はッ…」
「そうやって俺の名前だけを呼んでいて。愛してる、愛してるよ彩…」
「んぅ…………ッ!」
強く喉を圧迫され、震えながら薄く開いた彩の唇に一羽は血の味のする優しい優しいキスを施した。
「愛してる…」
* * *
「これって正直砂漠に埋もれた指輪探すようなもんだよなぁー…」
ゲフェンから離れた史乃は着いた先のアルデバランで短い自らの赤毛を掻き乱した。
彩を拉致したホワイトスミス、一羽がアルデバランの時計塔があるこの付近で冒険者達に
必要なアイテムや消耗品の露店を出していたという情報を元に何か手がかりはないものかと
降り立ったものの、既に行動に入る前から収穫はないであろう予感を拭えずにはいられなかった。
澪の言うとおりこちらが行動に出ると分かっていてすぐに足が着きそうな所を恐らく逃げ場所になど
選ばない。そうなるつもりなど露ほどもないが、もし自分が一羽の立場だとしたらそう考えるだろう。
しかし彩と連絡が取れない現状、手元にある僅かな情報を頼りに探すしか方法は無い。
他のメンバーもそれらの情報を元に血眼になって色んな場所に飛び回っている事がギルドチャットで分かる。
史乃は以前既に聞いていた話ではあったが、知らないメンバーが先程澪から一羽と彩の間にあった
出来事を聞いた後ということもあって尚更なのだろう。
「うだうだ言っても仕方ねーよな。とにかく探さねーと!…………おぉっ?」
歩き出そうとした拍子にくいっと服の裾を引っ張られる感覚に後ろを見て、それから視線を下に落とす。
史乃の服を掴んでいたのは青年なのか少年なのか。年齢不詳を思わせる
天使のヘアバンドを身につけた1人のプリーストだった。
「彩を探しているんでしょう?僕どこに連れて行かれたのか知ってるんだ」
「…………………………………………」
史乃は何も言わずにじっとそのプリーストを見つめた。
プリーストの言った事が聞こえていなかったわけではない。
ただ言いたいことと聞きたいことが沢山ありすぎて何から言えばいいのか分からなくなっていたのだ。
まず真っ先に目に止まったのがプリーストがつけているエンブレム。間違いなくそれは
今正に自分が在籍している空即是色のものだ。
『なぁ聞こえるかー?』
『ん?史乃。エンブレムの調子でも悪くなったか?』
『いやーなんでもねー、大丈夫みてーだわ澪マス』
ためしにギルドチャットを利用して話しかけてみるがプリーストの方はギルドチャットが聞こえているようには見えない。
そもそもギルドメンバーリスト内の現在活動中のメンバーでこのプリーストに該当する項目が見当たらないのだ。
そして何より気になるのが彩の行方が分からなくなっていることを既に知っているかと思わせるプリーストの口調。
決して長いとは言えない時間の中でこの事実を知っているということは空即是色のメンバーか、
もしくはこの件に関わる人間以外であることは考えにくい。
「僕だけじゃ彩を助けることが出来ないんだ。一緒に来て、お願い…!」
服を引っ張る力が強くなり、懇願するプリーストは史乃の言葉を待っている。
『あのさー…澪マス?』
『やっぱりエンブレムが駄目か?史乃』
『いや、今俺の目の前にさー彩マスの居場所知ってるっつー奴いんのよ』
『本当か?』
『本当かどうかはわかんねー。っつか普通に考えたら怪しさも突っ込み所も満載なんだけどさー、
なーんか嘘ついて俺を騙そうって感じに見えねーんだよ』
『もう1人そっちに向かわせる』
『いーや。これはこのまま俺に任せてくんねー?万が一ウソだった時に減る手ゴマは少ねー方がいーだろ』
『…………分かった、この件は史乃に一任する。ただし危険と感じたらすぐに逃げろ、誰も傷つくことを彩は望んでいない』
『了解、マスター』
「案内してくれー、何処行きゃいーんだ?」
その腕を引いた。
「こっちだよ」
史乃の返事に安堵の表情を浮かべてプリーストはワープポータルを出し、そこに入るように史乃に視線で促す。
史乃はそこにためらうことなく入っていった。
「でさー、単刀直入に聞くけどあんたって一体何?」
「何って?」
「何者?っていう意味の何」
辿りついたラヘルの町を走りつつ史乃を誘導していたプリーストはふと足を止める。
同様に足を止め、その小さな背中を見つめつつ核心をつくような言葉を言ったことは史乃も十分自覚していた。
相手がまだどういう人間か分からない中このような言動を口にすることは、もしこれが本当に
罠だとしたら自ら窮地に追い込むようなものだ。
それでも史乃は理屈を抜きにした胸の内にある確信じみたものが真実かどうかを確かめたかった。
「僕は何者って言われるほど大それたものではないよ」
プリーストがただ。とそう話を区切った所で丁度こちらに向かって1人の子供が走ってくる。
服装からするにこの町に住む子供だろう。
「おい危ねーってぶつかる……………ぞ…………?」
そのプリーストに真っ直ぐ向かって走ってくる子供に危ないと伝えようとした時、
子供はそのプリーストの身体にぶつからずに『すり抜けて』いった。
子供は自分に向かって何か言おうとしていた史乃の近くで走る速度を緩め何か用?
という表情で見上げつつもそのまま走り去っていってしまった。
「ここには本来いるはずのない存在っていうの…かな?」
史乃を見つめるプリーストの表情はどこか悲しげだった。
「OK。納得したー」
「驚かないんだね」
「その前にも同じエンブレムなのにギルチャ通じねーとか状況知りすぎてるとか疑問要素満載だったしー。
驚かねーのは自分でもちょっとびっくり?」
「だから言ったでしょう?僕じゃ彩は助けられないって」
そう言ってプリーストは斜め向こうにある建物を指差す。
「彩は…あの建物の中にいるよ」
「分かった、サンキュ」
「彩はね」
「ん?」
カートの中から斧を取り出していた史乃が彩の名前を聞いて反射的に顔を上げる。
「10回大丈夫っていうよりも1回だけ大丈夫って言って抱きしめてあげればいいんだ。
100回好きって言うよりも1回だけ好きって言ってキスしてあげて」
「ってかソコまでご存知なのねー……………いーの?」
「彩は君の手を拒まないよ。絶対に」
プリーストは史乃のすぐ側まで近づくと斧を持っていない左手をそっと手に取る。
温かく、はっきりとした感触に驚きつつも史乃はそのプリーストに笑いかけた。
「ここまで連れて来てくれてありがとなー。彩マスは俺が守っから…だから心配すんなー?『奏』」
「………ありがとう」
プリースト―――
奏の姿はそのままうっすら透けて消えていく。
「俺が…守っから」
史乃は握っていた手の感触の残る左手と共に斧をしっかりと握り直した。
『メマーナイト!!』
ドガッ!!!!!
彩がいるという建物の扉を斧で真っ二つに割ると、一番最初に中から姿を現したのはこの建物の家主と思われる男だった。
男が何か言う前に史乃はカートから取り出した自分で過剰精錬した武器をその男に突き出す。
「コレ扉の修理代とーこれから壊す予定の修理代の代わりねー。黙って受け取るか、扉とおーんなじ目に遭うか。どっちがいーい?」
最初から裏切るつもりだったのか、扉を叩き壊して突然現れた異国の冒険者が浮かべる笑顔に何かヤバさを感じたのか。
男がどういうつもりでいたのかは分からない。
ただ差し出された武器がどのくらいの価値を持つかは良く分かっていたようで、男は史乃の差し出す
武器をひったくる様に取り、彩がいる部屋まで丁寧に教えてくれた。
「ありがとなー」
手にした過剰精錬武器をしっかり抱きしめたまま家から飛び出していく男を見もせずに彩がいると
言っていた部屋のドアを同様にメマーナイトで叩き壊した。
「―――― 五月蝿い」
扉を破壊した時の大きな音に重なった静かな声。
ギィンッ!!
真上からためらいもなく振り下ろされた斧を史乃は手にした斧でなぎ払いつつ部屋の中に進入し、求めている存在を探した。
『………………彩マスいたー!ラヘル南西にある琥珀色の建物ン中!!』
短くギルドチャットで報告だけすると、ベッドの上で青白い顔で仰向けになっている彩に駆け寄り
手首を戒めていた縄をポケットの小さなナイフで切って抱き起こした。
「彩マス…彩マスッ!!」
「あ…ぅッ……」
何度か史乃が名前を呼ぶとぴくりとも動かなかった彩が小さく呻いたと思うと急に身体を丸めて咳き込みだした。
背中を撫でてやりながら首元に痛々しいまでに残った指の痕や縄が食い込んでいたせいなのか
血が滲む手首を見て史乃は自分の顔が険しくなっていくのが見なくても分かった。
「ごめんな…ごめ…ん……ごめん………」
呼吸が落ち着いたのか何度も謝ってくる彩の背中に史乃は両腕を回そうとし、僅かにためらった後に
自分の胸に引き寄せて彩の身体をしっかりと抱きしめた。
「謝んなくていーって。皆あんたを待ってる、一緒に帰ろーな?」
「…史乃ッ……」
史乃の言葉に安堵したのか彩が全身の力を抜いて抱きしめるその腕に完全にその身を委ねようとした時。
「彩、おいで」
史乃に攻撃を加えた蒼髪のホワイトスミスが入り口に立ったまま彩の名を呼ぶ声に
彩の身体が震え固くなるのが史乃の腕にもはっきりと伝わる。
「おいで」
「一羽……」
手を差し伸べ繰り返す一羽を見て、離れようとした彩に行くなとでも言うように史乃は抱く力を少しだけ強めた。
「おいでって言ってるの。君のことをまるで宝物みたいに大事そうに抱きしめてるそこのギルドメンバーの血を見たい?」
側まで歩み寄るとその腕を掴み強引に史乃から彩を引き剥がそうとした。
「いッ…!」
自分の胸にしっかりと史乃は抱き込んでいたが無理矢理腕を引っ張られその痛みで
苦しそうな表情を浮かべる彩を見て思わず腕の力を緩めてしまう。
そんな彩に構わず一羽がそのまま強引に引っ張り腕の中に引き寄せた。
「一羽……駄目だ…史乃には何もっ…」
「ほら、またそうやって他の男の名前を言う。俺の名前だけを言っていればいいって言ったろう?」
「うッ……あぁぁぁぁあああッッ!!!」
顔に笑みを含ませたまま彩の腕を捻りあげると一羽の服を掴んで彩の口から搾り出すような悲鳴が上がる。
ドカッ!!!
史乃が手にした斧を力任せに振り下ろすと同時、派手な音を立てて床が大きく抉れた。
「それ以上その人にナンかしてみろ………タダじゃおかねーぞ?」
口調こそ静かだったがそこには隠し様のない怒気が含まれている。
真っ直ぐ見据える史乃のカーマインの瞳を一羽の浅葱色の瞳が冷たく見下した。
「あぁ…嫌な瞳。真っ先に彩の目の前から排除してやりたい。煩わしい感情を持っている男の瞳だ」
「………ッ……駄目だ一羽ッ…!!…」
片手の斧を握り直した一羽の仕草に彩が腕を拘束されたままでもがきそれをなんとか止めようとする。
「史乃に何もするな!傷つけたら許さない!絶対に許さない!!」
「ほらまた」
「ひ…………ぁ……………ッ!!!」
一羽の手から斧は離れて安堵したのも束の間、両手で首を絞められ彩が声無き悲鳴を上げる。
「彩の口から他の男の名前なんて聞きたくないんだよ。俺の名前だけ呼んでいればいい………ね?」
「……ぁ…ッ……」
「てっめぇ…………!!」
一羽の腕に手をかけ力なく爪を立て弱々しく首を振る彩の姿を見て史乃はほとんど反射的に一羽に飛び掛かろうとした時だ。
『キリエエレイソン!!』
突如彩に施された見えない壁は、首を絞めていた一羽の腕を完全に拒絶しはじき返した。
それを確認した史乃は咄嗟に斧を収め倒れそうになった彩を一羽から引き離し、両腕でしっかりと抱きとめる。
『サンクチュアリ!!』
彩を抱いたまま後方に下がった史乃の丁度足元に光の領域が出来上がり彩が受けた傷を癒していく。
ドアの前に立っていた桜子が間髪いれずに一羽目掛けてホーリーライトを放ち、怯んだ一瞬の隙に
彩を抱いている史乃の所に駆け寄って来た。
「…らこ!」
「ベインスにいたせいで皆より早くこれたみたいだね。彩は?」
「大丈夫だ、意識ねーけど息はちゃんとしてる」
「そう…」
「相変わらず嫌な女だね桜子」
一羽の言葉はいかにも皮肉と嫌悪の籠もったものだった。
「俺が彩の側にいるといつもどこからともなく沸いてきて、俺が彩を斬り付けた時もまっさきに割って
入ってきたのもお前だった。そして今も俺から彩を取り上げようとする…昔から本当に邪魔くさい女だよ」
一羽が下ろしていた斧を手に取ったのを見て史乃もまた放った斧を握り応戦しようとしたが、
丁度その間にいた桜子が腕を上げてそれを制する。
「だめだよ史乃くん」
「彩マスこんな風にされた上に、らこのことまでお前超邪魔みてーな言い方されて黙ってられねーっての…そこどけ、らこ」
「どかない」
「どけッ!!」
「もし今史乃くんが傷つけば彩は泣くよ。たとえそれがほんの少しのかすり傷だったとしても」
「……………」
「彩を泣かせないで」
史乃は斧は握ったままだったが静かに床に下ろし、腕の中にいる愛しい存在をしっかりと抱き直した。
「………悪ぃらこ。頭冷えたわ」
『セイフティウォール!!』
背後から切りかかってきた一羽の斧を桜子の足元から出現した緋色の柱がはじき返す。
「邪魔…一羽くんがそう思うのも最もだと思うよ。私いつも確信もって邪魔してたから」
自分に武器を向ける一羽に少しの恐怖も抱いている様子も見せずに向き合う。
「だって彩は私の大切な友達だもの。子供じみた独占欲で彩をこれ以上傷つけないで」
大声ではないもののよく通る声だった。
「………………」
桜子の言葉をさも面白くなさそうに聞いていた一羽だったが、やがて大きく一つため息をついて構えていた斧を静かに下ろしてしまう。
「邪魔な桜子がここに来たってことは当然澪ももうじき来るってことだよね。澪にまで
来られると流石に動きにくくなるから……引くしかないかな今回は」
「おい」
蝶の羽根を取り出した一羽を史乃が呼び止める。
「またこの人傷つけるようなマネしたら次は誰が何と言おうと叩き切っぞ?」
一羽はそれに答えず笑いながら蝶の羽を握りつぶして消えていった。
「……………はーっ…」
一羽がこの場からいなくなると史乃は深くため息をつき、彩を抱えたままで側のベッドに腰を下ろした。
「お疲れ様史乃くん」
「いやー?俺ドアと床ぶっ壊した以外何もしてねーし」
「うぅん。史乃くんは彩を守ってくれたよ」
「……ならいんだけどなー」
「史乃くんの報告で全員ラヘルに向かってるみたい、飛行船使って向かってる人もいるみたいだから
全員揃うまでここで待ってたほうがいいね。それから皆で帰ろう」
「了解ー」
桜子がギルドチャットで澪に状況の報告ををしている間、史乃はずっと彩を抱いたまま頭を撫でていた。
「こんなになるまで傷つけられて追い詰められても、人のことばーっか心配して。助けてって言わねーんだなあんたはー…」
→次回で完結デス。→
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