さるクリエの等価交換
「四季奈さん露店お疲れ様です」
「お疲れ様です四季奈さん」
「はきゃあぁぁぁぁ…………♪」
呂揮と琉風の2人が四季奈の出している露店の脇に立つと胸の所で手を組んだ四季奈は恍惚とした表情を浮かべていた。
「アップルティーどうぞ。四季奈さん好きですよね?」
「あとこれ今日のおやつに彩マスが焼いてたマドレーヌです。美味しいですよ」
「うわ〜うわ〜わざわざありがとう!」
呂揮と琉風から水筒と包みを受け取ってそれらを抱きしめていた四季奈だったが、満面の笑みを浮かべていたその表情が徐々に曇っていく。
「いっ…いいのかな…いいのかな…なんていうかこうっ色々罪悪感がっ……!」
もちろんこの四季奈の言う罪悪感というのは理との間で交わされた取引の事である。
アルケミスト系が扱う薬品の一つである高濃度アルコール『ダークロード』を横流しする代わりに露店に琉風と呂揮の2人に顔を出させるという等価交換を成立させた。
『ダークロード』は過剰摂取さえしなければ人体に害を及ぼすことはないが、数滴摂取しただけで極度の泥酔状態に陥るものだ。
それをホワイトデーのお菓子に仕込み、食べることになるであろう琉風はそんな事など知る由もなく、純真無垢ともいえる今の笑顔は四季奈にとってはまばゆすぎて若干つらい。
その様子を別な意味で捉えたのか琉風が慌てたように膝をついて四季奈に視線を合わせた。
「罪悪感だなんてそんな事言わないで下さい、四季奈さんには俺たちの代わりにいつも露店してもらってるんですから!」
身を乗り出して必死にそう言ってくる琉風の顔を見た途端、今までの罪悪感など何処へやらと四季奈の表情が一転して周辺に花でも咲いたかのようなほわーんとした笑顔を浮かべ始める。
「色んな事に一生懸命な琉風君かわいぃ…もぉ私いっくらでも露店がんばれちゃうよ…♪」
「あ、そういえば四季奈さん今日は何時までいるんですか?琉風とこれから夜狩りに行くんで遅くなるなら露店たたむタイミングに戻って俺たちで明亭まで送りますよ」
呂揮の言葉に目を点にした後、四季奈は水筒と包みを抱えたまま蹲った。
「露店訪問だけじゃなくお送りコース…しかも呂揮くんと琉風くん一緒でとか何そのお得展開っ!!……走りたい…プロの町を今すぐ走り回りたい…!!!」
「えっとあの…四季奈さん?」
困惑したような呂揮の声で四季奈が我に返り、身を起こすと心底心配そうに見ている2人に向かって大丈夫だと手を振って見せた。
「あっえっとね!今日はあかりん来てくれるから大丈夫だよ!」
「わかりました。完売は急がないって澪マスも言ってましたし無理はしないで下さいね。…と、そろそろ行こう琉風。お客さんがきた」
四季奈の露店の品物を見ているハンターの姿を見た呂揮が商売の邪魔にならないよう気を使ってか琉風の腕を引いた。
「あ、うん。それじゃあ四季奈さん失礼します、頑張って下さいね」
「はいはーい!ありがとね〜♪」
琉風は激励の意をこめてなのか四季奈にブレッシングを施し、呂揮と自らに速度を渡して雑踏に紛れ走り去っていく。
そんな2人に向かって大きく手を振って四季奈は見送った。
「……………………」
その姿が完全に見えなくなると、後ろに置いてある自分のカートをばしばし叩いて身悶え始めた。
「はきゃあぁぁぁああああもぉかわいいかわいいかわいいかわいいッ!!!ヘソチラ前べろんのネコネココンビ超かわいいッ!!!あんなかわいい子達ハメようとしてるのにっその後の展開妄想して萌えてるあたしがにくいぃぃぃぃッ!!!あぁぁ本当プロの町はしりまわりたいいぃぃぃぃぃぃッッ!!!!」
「あのー…クリエさん?これ売って欲しいんですけどー…」
すっかり自分の世界に没頭してしまった四季奈が購入希望のハンターの存在に気がつくのはややしばらく経ってからだった。
* * *
等価交換その1、呂揮と琉風を応援派遣。
呂揮自身も実は巻き込まれて(?)
いることにまだ気づいていません。
「露店お疲れ史乃、これ夜食の差し入れな」
「おー、さんきゅさんきゅ♪今日はなんだー?」
「春野菜のホットサンドとカフェオレ…あれ四季奈は?四季奈の分も作ってきたのに。史乃の隣、四季奈の露店なんだろ?」
史乃の隣には桃色のチェック柄のシートの上に装備品やカードが並べられているが、その店主である四季奈の姿はいない。
『四季奈、四季奈ー?』
『ああぁぁああああ彩マスッ!?はははいはい何かなぁ?』
『露店ほっぽってどこ行ってんだ?差し入れにホットサンド作ってきたぞ』
『ごごごめんなさい今ちょっと手が離せないとこなのっ!』
『うーん、なら仕方ないか。四季奈の分史乃に預けておくからな』
『あああぁああありがとう彩マス、戻ってきたらいただくね!』
「今四季奈にwisしたんだけどなんか手離せないんだってさ。すげー慌てた様子だったけどなんかあったのかな」
「まーオンナノコには色々事情ってもんがあんだろーしなー。戻ってくるまで俺が四季奈の露店も見てるし問題ねーだろ」
「そっか。色々あるんだな女の子は」
あっさり納得した様子の彩は持ってきたカフェオレを携帯用のカップに注いで既にホットサンドを食べ始めている史乃に渡し、露店の邪魔にならないように史乃の後ろに背中合わせで腰を下ろした。
「なぁ史乃、今日のギルド狩りでリィがスナッチャーで取った装備って売れたのか?」
「あー開いたとたんになー。運よかったわー」
「なんかもうあのあとスナッチャー合戦だったよな。しまいには弓型の呂揮まで短剣握って叩いてたし!」
「だなー、そんでらこが………」
彩が露店をしている史乃に差し入れに来るときはいつも食べ終わるまで待ち、話相手になっていた。
その間に色んな事を話したり、聞いたりしたり。
一人だけの食事はつまらないだろうという彩の考えで随分前から続けられていた事だったが、背中合わせに戯れで互いの手を絡めあうようになったのは恋人同士になってから。
「結局四季奈こなかったな。戻ってきたらこれ渡しといてくれ」
「おー分かったー」
四季奈の分の包みを史乃に渡すと彩が立ち上がる。
「それじゃあ俺ホーム帰るな。今日はどれくらいまで店出してるんだ?」
「売れ行きによっけど今日中には帰れるようにすっかなー。四季奈もそれくらいまでいるっつってたから帰りは俺が明亭まで送ってくわー」
「分かった頼む。露店がんばれよ!」
「あーちょっと待った」
軽く手を上げて行こうとした彩の手を史乃が掴む。
「ん?どした、史乃」
「ちゅーして」
決して大声ではなかったが確かに彩の耳に届くほどのはっきりとした史乃の声。
「………」
彩はしばらく史乃を見つめていたが、くいくいと史乃の服を引っ張りすぐ後ろのカートの近くまで連れ込んでいく。
通りに背中を向けさせると彩はその向かいに跪き、史乃の身体で自分を隠すようにしながらちゅ。と史乃の唇を啄ばんだ。
「なー…ちょっとのじゃなくて、ずっとの方もして?」
「まてっ流石にそれはやばいだろ!後ろに通りすがりの人がこれでもかってくらいいまくるんだぞ!」
そうは言うものの、先ほどよりもしっかりと身体に巻きつく腕は振り払おうとしない彩に薄く笑いながら史乃は小声で誘うように囁きかける。
「今みてーに俺壁にしてりゃーバレねーって。左右カートと木に挟まれてっから見えにくいし」
だから…なー?と言われ、ややしばらく迷ったようだが彩が身を乗り出し再び唇にキスを施す。
今度はすぐには離さずずっと重ねたままで。
史乃にそっと包むように抱きしめられれば彩も腕を回して首にすがりつき、その赤毛を指で梳きながら顔を傾け深く深く重ねあう。
「ん…んぅ…」
がしょんっ。
「!!…なんだ!?」
舌先で史乃の唇を撫ぜた時、真横からそんな音が聞こえてきたので彩は慌てて史乃から顔を離した。
「史乃、なんかお前のカートから変な音したぞ?キューペットとかでも入れてんのか?」
「あー…」
どこかバツが悪そうに、そして名残惜しそうに彩の腰に巻きつけたままの腕を放してやれば彩が史乃のカートの中を覗き込んだ。
「はきゅぅぅぅ…♪」
「…………四季奈ッ!!おい四季奈どしたっ!?っつかなんでお前が史乃のカートの中に入ってんだよ!」
装備品やら収集品やらに紛れ史乃のカートの中で半分意識を失っている四季奈を揺さぶった。
「しっ至近距離でっ…死ぬなら今ね…きっと今だわ今しかないわ…」
「縁起でもないこといってんな!おい四季奈ッ!!しっかりしろぉぉぉおおおお!!!」
叫びながら四季奈の身体を抱き起こした彩を背後で見つめながらぼそりと史乃がつぶやいた。
「やーっぱちょっと刺激的な対価だったかー?」
* * *
等価交換その2、史乃と彩のちゅーを生で見せてもらう。
変なところで嘘が見抜けない彩です(笑)
がしょんがなければもしかしたら…!?
こつん……………こつん。
「どうぞ」
澪がものすごいためらいがちのノックに対しそう返事すると、僅かにドアが開いて四季奈が半分だけ顔を出す。
ちょいちょいと澪が手招きするもおろおろした様子で四季奈は入ってこようとしない。
「呂揮ならぐっすり寝てるから大丈夫」
促すしてみるもドアはすぐに閉まってしまった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
それからドア向こうで聞こえてくるのは四季奈の声無き声。
どうやら叫ぶのを控え無言で身悶えているらしい。
澪が黙って様子を伺っていると、やっと落ち着いたのかドアが開いて今度こそ四季奈が部屋の中に入ってきた。
「だだだだ大丈夫もう大丈夫大丈夫……!!!」
「それは良かった。こっちにおいで」
にっこりと笑って澪は四季奈を隣の部屋の寝室に招きいれた。
窓際にあるベッドは持ち主である澪が起きているにも関わらず誰かが眠っている事を思わせるようにぷっくりと膨らんでいる。
「ベッドに連れていったのは1時間くらい前かな。お風呂入れた時も全然起きなかったからちょっと騒いだくらいじゃ起きないよ」
「お風呂…にいいぃぃれれれれれれっ」
「うん。完全に意識飛ばしちゃったから俺が呂揮をお風呂に入れてあげたの」
「…………………!!!!」
「ほらほら四季奈、まだちゃんと見てもいないのにいっちゃわないのね」
具体的な説明をされ無言で走りだそうとした四季奈のマントを掴み、自分より前に立たせるとその先へと進ませるようやんわりと背中を押してやる。
「…ふぁ…んッ…」
顔を真っ赤にしながら四季奈がベッドに近づくと、背中を向けて澪のベッドで眠っていた呂揮が小さな吐息を漏らして寝返りをうった所だった。
サイズが合わないのか身に着けているパジャマの袖は折られており、しっかり上までボタンをとめても大きく開いてしまう胸元にはいくつもの鬱血の痕。
四季奈が近くにいても起きる様子のないその寝姿はなんとも言えず無防備で、まだ乾ききっていないしっとりとした濡れ髪は昨夜の行為の激しさをそこはかとなく漂わせていた。
「はきょ…………むぐっ…」
あやうく悲鳴を上げそうになり両手で口をふさぐことでなんとか堪える。
沈黙した中ですぅ、すぅ。と規則正しい寝息が聞こえ呂揮は完全に眠っている事を確認した四季奈は大きく息を吐きながら両手を離した。
「ね?起きないでしょう?」
「起きないっ…けどなんだかものすごい罪悪感というかなんというかっ…!」
「罪悪感だなんて。四季奈が作ってくれた『あれ』のお陰で呂揮はいつもよりずっとずっと素直だったよ。ねぇ呂揮?」
「んー…」
未だ起きないままの呂揮に話しかけながらベッドに腰掛けて頭を撫でてやると、呂揮が小さな声を漏らしてもぞもぞと澪に寄り添ってきた。
「もっ…もしかして起きたとか?」
「うぅんまだ寝てる。大抵呂揮が目を覚ますまでベッドにいるからね。それがいないものだからさみしいんだよ」
澪が呂揮の頭を膝の上に乗せるようにさせてやると、すり…と膝に頬ずりした呂揮がほんわりと幸せそうに微笑む。
「起きてる時は自分からなかなか甘えてこようとしない癖に、寝ている時は本当甘えん坊さんだね呂揮は……あれ、四季奈どうしたの?」
「………………………」
四季奈がただ無言で首と手を左右に振りながら後方に退き、静かに寝室から出て行ってしまった。
「はきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁねがおひざまくらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………」
部屋を出て行き足音が遠のいた頃、響く四季奈の悲鳴。
呂揮の眠りを妨げないよう遠く離れてから叫んだつもりだったようだが、その声は澪の寝室にまで突き抜けてきていた。
「限界だったか残念。これからもっと色々見せてあげようと思ったのに」
四季奈の悲鳴も、澪の言葉も呂揮には届かず、ただ今与えられる恋人の温もりの中でこんこんと眠り続けた。
* * *
等価交換その3、呂揮の寝顔を見せてもらう。
声出さずともあれだけ私今存在してます的な
気配バンバン放っていれば『普段だったら』起きて
いたかもしれないですが昨夜は…(*ノノ)イヤーン