ダンブルドアはポケットに入っていた果物ナイフで、自らの手を傷つけて出血させた。

、ハリーが「他の方法を探しましょう」と食い下がるのを拒んでのことだった。


「ここに進入する敵は、自らその力を弱めねばならない」

通行料を受け取って開いたアーチ型の入り口を通り抜ける道中、ダンブルドアは言った。

「今回は他のどの方法でも無理じゃ。相手の要求を受け入れねばならんかった」

「となると、真っ先に、血が最も欠乏しやすい君にハンデをつけさせるわけにはいかん。

 そして、その次に「自らの血を差し出す」と申し出たハリーもじゃ」


しばらく歩くと目の前にこの世のものとは思えない光景が現れた。

三人は巨大な黒い湖のほとりに立っていた。


湖の真ん中辺りから伸びている暗緑色の光が、静かな水面に反射しゆらゆらと揺れていた。


洞窟の天井からポタポタ滑り落ちる雫の他は、音を出すものはなかった。


「歩こうかのう」

ダンブルドアが静かに言った。

「陰気が満ちてる。嫌な感じだわ」

が、不安そうにシャイニーブルーのジャケットの襟をかきあわせた。

「その通りじゃ。二人とも。ここから先は水に足を入れず、わしの側を離れるでないぞ」

ダンブルドアがの警告に続けて、注意した。


ダンブルドアは黒い湖の砂地を歩み始めた。

二人はぴったりとあとをくっついて歩いた。

「先生」

陰気を感じ取れなくても、言い知れぬ不安が押し寄せてくるのか、数分後

ハリーはたまらなくなって尋ねた。

「何じゃ?」

「ホークラックスはここにあるのでしょうか?」

「いかにも」

「存在することは確かじゃ。問題はどうすればそれにたどりつけるかじゃ」

ダンブルドアはそう答えた。

「もしかしたら――」

ちょっと考えてからハリーは口を開いた。

「呼び寄せ呪文で取れるんじゃないですか?」

がドキッとして、彼の提案に振り返った。

「不可能ではない」

ダンブルドアは静かに呟いた。

「では君がやってみてはどうかな?」

「僕がですか?あ・・はい」

意外にも他ならぬダンブルドアが、あっさりと認めたのでハリーは少し驚いたようだった。

「えー、アクシオ、ホークラックス!来い!」

バシャッと水面を切り裂くような音がして、大きな青白い物体が

五、六メートル先の水中から飛び出した。

だが、ハリーが見定める間もなく、それは素早く水中に引きずり込まれて消えた。


「何ですか?あれは」

ハリーはあまりにも一瞬の出来事に目をパチクリさせた。

「あれは悪霊よ」

が厳しい顔つきで答えた。

腕組みしているその腕は小刻みに震えていた。

「ホークラックスを護衛している者のようじゃ。入り口に入る前に、君が念視で言い当てたのはこれのことじゃな?」

ダンブルドアは考え深そうに頷いた。

「そうです」

「ハリー、君の作戦は成功だったようじゃ。わしはホークラックスを横取りするような真似をすれば

 何かが起こると警戒しておった。それがこの結果じゃ。敵を知るにはこの方法は最適なものだったようじゃな」


「ホークラックスは湖の底にあるから、悪霊が邪魔したのですよね?」

ハリーはずんずん歩みを進めるダンブルドアに向かって言った。

「いやいや・・底ではない。恐らく湖の真ん中においてあるはずじゃ」

ダンブルドアは湖の中心にある、暗緑色のおぼろげな光を指差した。

「それじゃ手に入れるには、湖を横断しなくちゃいけないんですか?」

「そうじゃろうな」

ハリーは途端に黙りこくってしまった。

どうやら湖の底に住む危険生物について考えているのだろうなと、は思った。

、さっきさ・・念視で悪霊以外、何か見えた?」

まさに図星といったところで、ハリーがこわごわと尋ねてきた。

「安心して。大海蛇なんか住んでないわよ」

は機嫌よく答えてやった。

「おお・・ここじゃ、ここじゃ」

ダンブルドアが嬉しそうな声を上げた。

何と彼は、巧みな呪文で、ヴォルデモートが隠した小船を湖の底から浮上させたのであった。


船を止めておいた、太い碇らしい鉄鎖がガチャガチャとやかましい音を立てて

現れ、その先におぼろげな光に照らされた小船を引きずって現れたのだ。


「あんな物がなぜ、ここにあるって分かったんですか?」

「魔法は常に痕跡を残す」

「いかにもトム・リドルらしいやり方じゃ」

「この・・小船は大丈夫ですか?」

「ああ・・そのはずじゃ。ヴォルデモートは自分自身が分霊箱に近づいたり、

 またはそれを取り除いたりしたい場合には、湖の中に自ら配置したものの怒りを買うことなしに

 この湖を渡る必要があったのじゃ」


「どこかの時点で、我々がヴォルデモートではないことに気づくじゃろう。そのことは覚悟せねばならん。

 しかし、これまでは首尾よく進んだ。連中は我々が小船を浮上させるのを黙認した」


「悪霊はまんまと騙されたんですね」


がほっとした顔で付け加えた。


「だけど、三人一緒に乗れるでしょうか?それにはこの船はちょっと狭すぎませんか?」

ハリーがまっとうな意見を述べた。

「君が猫に変身すればよいのじゃ・・ブラド夫人の変身薬はポケットに入れて持ち歩いているのじゃろう?」

ダンブルドアがいたずらっぽく指摘した。

「わかりました」

その一言でハッとしたは、ジャケットのポケットをまさぐって小さな瑠璃色の小瓶を取り出した。


水面を滑るように動き出した小船の中で、猫になったはおとなしくハリーの腕に抱かれていた。


「この姿で最初に君に会ったのは、賢者の石のことで調査していた時だったよね」

ハリーは湧き上がる不安を必死で、押し隠しながら喋った。

「ようく覚えてるわ。あの時、私達、クィレルをスネイプが脅していると勘違いしてたのよね」

ふさふさの毛に覆われたは、懐かしそうに言った。

「君達が出逢った最初の大きな事件じゃったの」

ダンブルドアが楽しそうに言った。

「水の中に――」

次の瞬間、ハリーの顔が恐怖で引きつった。

「さよう。あれが彼女が見た悪霊じゃ」

ダンブルドアは流石に落ち着いたものだ。

暗緑色にゆらめく水面に、幾つもの青白い手が映っていた。

ハリーは今にもゲーゲーやりそうな顔で、水面を眺めていた。

は目に力を集中し、冷や汗をかきながら、体全体から明るい緑色のオーラを放出し、船に近寄る悪霊どもを威嚇した。

すると、青白い手は途端に、小船につきまとうのをやめ、ほの暗い

水の底へと退散した。


「今、何をやったの?」


目を恐怖で丸く見開いたに向かって、ハリーは尋ねた。


「わからない。気づいたら追い返してたの」

が息をはずませながら言った。


「自らが持つ光のエネルギーを放出したのじゃ。悪霊を近づけぬようにする君の特殊能力の一つのようじゃの」


ダンブルドアは憎らしいほど平静に言った。


彼は、水中を漂う悪霊の男を注意深く見守っているところだった。


「君の持つ光のオーラは実に綺麗じゃ」

ダンブルドアは感慨深げに言った。


「わしが始めて君を見た日から、少しも穢れてはおらん」

はちょっと照れているようだった。

「今のがヒントじゃよ。ハリー。悪霊どもを恐れることはないのじゃ」

だが、彼は不安でしょうがなかった。

ダンブルドアの言葉を聞いても、そこらを徘徊する悪霊を思うとゾッとした。

「でも、さっき、一つ飛び上がりましたよ」

ハリーはダンブルドアと同じように平静な声で言おうと努力した。

「そうじゃ。我々が分霊箱を手に入れた時、悪霊は黙っておらんじゃろう

 さっきヒントじゃと言ったじゃろう。彼女を見て悪霊が逃げたように、あれらは

 光と暖かさを恐れる。じゃから、必要となれば、我々はそうしたものを

 味方にするのじゃ。ハリー、君が使うなら火じゃよ」


ハリーとが不安がっているので、ダンブルドアは最後の言葉を微笑みながら言った。

「着いたようじゃ」

小船は湖のど真ん中にある小島にあたって止まった。

神殿のような神聖なスペースで、水盆が大理石の台座の

上にぽつんと置かれていた。

緑色の光はここから発されていたのだ。

エメラルド色の液体が、水盆を満たし、とても綺麗ではかなげに見えた。


「何でしょう?」

ハリーはこわごわと聞いた。

「わからぬ。ただし、血や悪霊よりももっと懸念すべきものじゃ」


「なんで触れないんだ?」


ハリーは不思議そうに言った。


水盆の中の液体に何気なく手を触れようとしたのだが、液面からニ、三センチのところで

何か見えない力に跳ね返された。


「あやつの術がかけられておるな」


ダンブルドアは下がったハリーに代わって、杖をかざし、液体の上で複雑に動かしながら

無言呪文を唱えた。


何も変化しない。


「本当に分霊箱はここにあるのですか?」

は思い切って聞いてみた。

「ある」

ダンブルドアはさらに目をこらして水盆をのぞいた。


「しかし、どうやって手に入れるか――この液体は手では突き通せぬ。

 消失呪文、分ける、すくう、吸い上げる、さらに変身呪文、その他もろもろ

 いっさい無理のようじゃ」


「結論として――」

ダンブルドアは、ほとんど無意識のうちに杖で弧を描き、どこからともなく

あらわれたクリスタルカットのゴブレットをつかんだ。


「この液体を飲み干してのみ、真実が見えるようになっておる」




























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