ハリーとの顔に衝撃が走った。
「ま、待ってください!そ、そんな無責任なこと・・」
「ダメです!」
数分後、ようやく口を聞けるようになった二人は交互に口走った。
「左様・・そのようじゃ。飲み干すことによってのみ、真実が明らかになるのじゃ」
「ですが、もし・・それが毒薬だったらどうするんです!?」
は金切り声を上げて反対した。
「いや、そのような効果を持つ者ではなかろう」
ダンブルドアはが気楽に言った。
「ヴォルデモートは、この島にたどり着くほどの者を殺したくはないじゃろう」
ハリーは「ダンブルドアは馬鹿だ。手がつけられない」と思った。
またしても聖人君子みたいな、他人のいいところしか見えない癖が出たのだろう。
は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「先生」
ハリーはの手前、怒鳴るのはよそうと思い、出来るだけ平静な声で言った。
「先生――相手はそんじょそこらの悪党ではないんですよ。ヴォルデモートなのですよ」
「言葉が足りなかったようじゃ。ハリーこういうべきじゃった。ヴォルデモートは
この島にたどり着くほどの者をすぐさま殺したくはないじゃろう。
彼はいかにして侵入者がこの防衛線を突破したかわかるまでは、生かしておくじゃろう。
それがあやつのやり方じゃよ」
ハリー、はまた何か言おうとしたが、ダンブルドアは手を上げて「何も言うな」と制した。
「間違いない」
ダンブルドアは再び、エメラルド色の液体を見つめて呟いた。
「この薬は、わしが分霊箱を奪うのを阻止することじゃろう。麻痺か、記憶を奪うか、肉体に耐え難い苦痛を
与えるかでわしの能力を奪うであろう。そうである以上、ハリー、君の役目はわしに飲み続けさせることじゃ。
わしの口が抗い、君が無理に薬を流し込まねばならなくなってもじゃ。
無論、。君にも彼の行為を一切阻止することを禁じる。わかったかな?」
はがっくりと地面に手をついた。
ハリーは無言だった。
何か一心不乱に思いつめているようだった。
「覚えてるじゃろうな。君をつれてくる前に言った条件を」
はたまらなくなり、そっとその場を離れ、岩場の影に隠れ、声を押し殺して泣いた。
あれは毒薬に間違いない。癒者の卵である私が保障出来る。
何百もの薬の効能を伯母から習った私だ。あれは――あの鮮やかなエメラルド色は毒薬の色だ。
来なければよかった。こんなつらい場面をただじっと見守るしか出来ないなんて。
「でも、もし――」
「誓ったはずじゃな――わしの命令には従うはずじゃと」
「警告したはずじゃな。危険はつきものじゃと」
「僕が代りに飲んではいけませんか?」
「ダメじゃ。わしの方が年寄りで、より賢く、ずっと価値がない」
「一度だけ聞く。わしが飲み続けられるよう君が全力を尽くすと誓うか?」
「ですが――僕は――」
「誓うのじゃ」
が涙をふきながら、岩陰から出てくると、先ほどまで激しく
口論していた二人が振り返るのが目に入った。
「では、君達の健康を願って」
一瞬のことだった。
ダンブルドアはすっくとゴブレットを薬の中に突っ込んで、一気に飲み干した。
「先生――大丈夫ですか?」
気が気ではない二人は同時に尋ねた。
ダンブルドアは空のゴブレットを握り締め、目をつぶって立っていた。
彼はそれから間髪入れずに、水盆にゴブレットを突っ込んでごくごくと中身を飲み干した。
二杯、三杯・・ここまでは何も変わった兆候が見られず、
四杯目に口をつけたとき、ダンブルドアは、水盆をひっくり返すような勢いで倒れた。
「先生!!」
が目を恐怖の余り丸く見開き、駆け寄った。
「先生!!先生!!」
ハリーも駆け寄って、ぐったりとしたダンブルドアを支えた。
「体に・・体に毒が回り始めてるわ!!」
慌てて、ダンブルドアの手首をつかみ、脈をとったは金切り声をあげた。
「何だって?」
「早く解毒しないと、体中に毒が回って、三十分以内に死ぬことになるわ!」
ハリーはダンブルドアの手から抜け落ちたクリスタルのゴブレットをつかんで、の顔をありありと見つめた。
ダンブルドアの体は今や、痙攣、神経麻痺の症状を起こし始めていた。
「ハリー・・」
の必死な懇願する表情に、ハリーはゴブレットを握り締めどうするべきか迷っていた。
「早く!今すぐにやめさせて!」
は泣き叫んで、彼の服の袖をつかんだ。
「やりたくない・・わしはそんなことを・・」
その時、ダンブルドアが薄れていく意識の中で叫んだ。
ハリーの意思はその意外な言葉で固まった。
「先生、先生、大丈夫です。私が、すぐに解毒しますから・・」
は徐々に弱っていくダンブルドアの脈をとりながら、勇気付けるように言った。
「嫌じゃ・・やめたい」
「やめることはできません・・先生、飲んでください」
次の瞬間、ハリーは一心不乱に脈をとっていたを乱暴に押しのけ、冷酷な声で宣言した。
「気でも狂ったの!?今、やめろと言ったでしょう!?」
金切り声を上げてダンブルドアの口に毒薬を飲まそうとするハリーに向かって、
彼女は怒りを持って真っ向から立ち向かった。
「ペトリフィカス トタルス!」
彼はとっさにポケットから杖を取り出して、彼女に思いついた呪文をかけた。
すぐさま彼女の体は固くなり、その場にバターンと倒れて動かなくなった。
「あとで殴るでも何でもしていいから・・」
ハリーは申し訳なさそうに呟くと、そそくさと水盆にゴブレットを突っ込み
中に溜まっている液体を汲んで、ダンブルドアの口に流し込んだ。
「嫌じゃ・・嫌じゃ・・早く助けておくれ・・」
ダンブルドアは苦しそうに身をよじり、喚いた。
僕は悪魔だ。とハリーはくやしそうに考えた。
彼女の制止を振り切ってまで、ダンブルドアを殺すのか。
人間じゃなきゃこんな残酷なことは出来ないだろうと。
「やめさせてくれ。早く解毒してくれ」
「ええ・・さぁ、これが解毒剤です」
ハリーは真っ赤な嘘をついて、喚き散らすダンブルドアに次々と毒薬を飲ませた。
七杯目をすくうとき、グラスを持つ自分の手が激しく震えだした。
「わしのせいじゃ・・わしのせいじゃ」
ダンブルドアは涙を流し、訴えていた。
「やめさせてくれ・・どうか」
八杯、九杯、十杯目とハリーは毒薬を飲ませていった。
まるで自分が罪人を殺す死刑執行人になったような気分だった。
「殺してくれ!!」
十一杯目を注ぎこんだ時、ダンブルドアは血走った目を見開いて叫んだ。
「わしは死にたい、やめたい、死にたい!!」
もう焦点があわなくなった目を盛んに見開きながら、ダンブルドアは極度に恐れの表情を表した。
それは彼が今まで決して見せたことのない表情だった。
「飲んでください」
ハリーはそれを厳しい声で黙らせると、ゴブレットの中身を注ぎ込んだ。
ダンブルドアは瀕死の息を吐き、首を傾けて動かなくなった。
「先生!」
ハリーはダンブルドアを激しく揺すぶった。
「しっかりして!死んじゃだめです!目を覚まして下さい!」
ハリーの頭は混乱を極めた。
水盆に残っていた最後の液体を飲ませたのはいいが、このあとどうすればいいのかわからないのだ。
「リナベイト!蘇生させよ!」
ハリーは必死に呪文を唱え、びくとも動かないダンブルドアを助けようとしていた。
赤い光が走ったが、何の変化もない。
「早く解毒しないと!」
頭の中で、の声が反芻した。
「そうだ、彼女は癒者見習いだった!」
ピンときたハリーは急いで杖をかちこちに固まっている彼女に向け、呪文を解いた。
「あれ・・私・・」
は自由になった体を不思議そうに眺め、あたりを見回していた。
「早く!解毒して!」
ハリーはの側にすっとんでいき、叫んだ。
「ダンブルドア先生!!」
やっと我に帰ったはシャイニーブルーのジャケットを翻して、ひとっとびに駆け寄った。
「どうしたの?なぜこんな酷いことに?いったいぜんたい毒薬を何杯飲ませたの??」
はダンブルドアの瞼を開けて、瞳孔の具合を確認して叫んだ。
「十一杯だ」
ハリーはともすれば震えがちな声で言った。
「生きてるの?」
「かろうじて瀕死の状態よ。今から解毒しても助かるかどうか・・」
は弱りきった脈を取りながら言った。
「甘豆湯かべゾアールで解毒するのか一般的だけど・・ああ、どうしよう!!ここらには
生えてないし!!」
はあたりを狂ったように見渡すと叫んだ。
「君は癒者見習いだろう!?しっかりしろ!」
ハリーは絶望の境地にいる彼女を、励ますように言った。
が懸命に、今まで伯母に教わった癒術の記憶をたぐりよせていると、
電撃を受けたように鶏を使った「九鍼の戯」のことが蘇った。
「服を脱がせて」
はハリーにてきぱきと命じた。
「早く」
それから彼女は頭にさしていた銀色の髪飾りを、魔法で東洋癒術用の鍼に変身させた。
「失敗したらこのまま死ぬ。成功すれば毒は体内から抜けていくわ」
銀色に輝く鍼の一本をかざしながら、は重苦しく言った。
ハリーがダンブルドアの紫色の服を脱がせてしまうと、は肋骨がむき出しになった
老人のやせ細った苦悩に満ちた体を見つめた。
「今から、この鍼をさして、体内に溜まった毒を抜くわ」