「北の公爵が王城を包囲、王は囚われ
の身。救出に光明大将軍が向かってるとのこと」
翌朝、太陽はさんさんと頭上に輝き、緑の絨毯の新鮮な香りが大気を満たしていた。
「ご苦労。今後も公爵様から目を離さないように」
彼女は大地に寝転んだまま、伝令を持ってきた冥府からの連れであるワタリガラスの頭を撫でた。
「わかったらお行き。高く高く空を飛び、公爵様のもとへ」
ワタリガラスは不気味な赤眼をぎらりと光らせたかと思うと、彼女の開け放たれた手から大空へと飛び立った。
彼女はゆっくりと緑の絨毯から起き上がった。
上質の黒絹で出来たふんわりとした透き通るような羽衣が彼女の肩からずり落ちた。
昨夜、昆侖がかけてくれたのに違いない。
「昆侖!昆侖!」
彼女は身体を左右にねじって、護衛の名を呼んだ。
「はい、
様!」
菩提樹の大木から昆侖が足軽くかけてきた。
「おはよう。今日は北に進む予定だったけど、風向きが変わった」
昆侖にさっと黒の羽衣を投げかけると、彼女は小川に行って両足を冷たい水に浸した。
「どちらに行かれるのですか?」
「王城へ行く」
「王に会いに行くのですか?」
「王ではなく、北の公爵様よ。ちょうどいい。ここから王城はそう遠くない」
昆侖は愛でるような目で新しい女主人を眺めていた。
襟ぐりを深くした黒い絹服から覗く肌は白椿のように白く、真珠がちりばめられたかんざしをさしたウェーブ状の
髪はまるで黒い絹糸のようだった。
この昆侖こそ、二人目の者で天から与えられた俊足の他は、奴隷として何一つ望むことを許されず生きてきた者である。
彼女はさっさと足を洗い、髪を木櫛で撫で付けるとぼーっと自分に見惚れている昆侖に目もくれずに、すたすたと愛馬の元へ歩いていってしまった。
「昆侖、羽衣をよこしてちょうだい。そろそろ行くよ」
「はい、
様」
昆侖がはっと我に帰ると、女主人は広い絹のスカートをたくしあげて、馬に飛び乗っているところだった。
昆侖は思った。
新しい女主人は北の公爵とかいう人に会いに行くのをすごく楽しみにしている。
彼は何だか、再び身寄りのない奴隷になったような疎外感を感じた。
だが、今は何があっても新しい女主人についていくしかない。それが定められた運命なのだから。
彼女が手綱を引き絞り、かかとで馬のわき腹を蹴って走り出すのを眺めながら、昆侖は駆け出した。
「確かこのあたりだったのだが・・」
は何千里の道を馬で駆け抜け、シダレザクラの生い茂る森にたどり着く頃には
太陽はすっかり沈んで、あたりは黒々としていた。
激しい寒さが、たそがれの世界におりて、冷たい風が、暗い森を吹きぬけ、裸の枝を鳴らし、枯葉を騒がせた。
「
様、道に迷われたのですか?」
疲れをみじんもみせずに、ここまで一心不乱に俊足でかけてきた昆侖は尋ねた。
「そうよ・・このあたりの地形は複雑でね、いかに神である私でも道に迷うのだ」
「いかが致しましょう、
様?」
「このまま真っ直ぐ進むしかないでしょう」