薄暗くてただっ広い廊下に
の歌声だけがやけに響いた。
彼女は赤いペルシャ絨毯のしきつめられた階段を衣擦れの音をさせながら一歩、一歩
降りていった。
曲線を描いている柱廊を幾つも通過した時、階下から男の歌声がかすかに聞こえた。
彼女にはそれが昆侖の声だとすぐに分かった。
「昆侖!」
彼女は辺りをさっと見回し、誰もいないことを確認すると一気に大階段を駆け下り
音源の元へと向かった。
ようやく音のする階下の武器庫置き場にたどりつくと、彼女は閂を懐剣でこじあけてなだれこんだ。
「昆侖、無事か?」
「
様!」
彼女は明り取り用に持っていた蝋燭を投げ出して駆け寄った。
「よかった!公爵がお前を殺してしまったのかと思ったわ!」
彼女は、公爵の部下に拘束される時に抵抗して出来た傷を負った彼を嬉しそうに見つめた。
彼も嬉しそうに目玉をくるくる動かし、白い歯をむき出して彼女の側へ駆け寄った。
そして、彼女が差し出した手を大きなよく日焼けした手で握り締めた。
「手が氷のように冷たいわ」
は彼の冷え切った手を心配そうに見つめた。
「早くここから逃げるんです。
様、ここまでこれたということは出口をご存知ですね?」
昆侖はせっぱつまった様子でまくしたてた。
「ええ。だけど身体の大きいお前一人がここから出ていけば、目立ちすぎてあっという間に兵士に見つかってしまうわ。」
「私だって、ここまで来る時、出来るだけ人通りの少ない廊下を選んでこなければならなかったのよ」
彼女は困ったように呟いて、しきりにあたりを見回し他に脱出口がないかどうか確かめた。
「あの細い明り取りの窓は?」
「高すぎて登れません」
はふと上を見上げて、外に通じる明り取りの窓を発見して言った。
「私につかまりなさい・・誰の目にも触れることなく逃がしてあげるわ」
「えっ?ですが・・」
「早くしなさい。これは命令だ」
彼女はほっそりと華奢な手を昆侖に差し出した。
昆侖はあまりの突拍子もない提案に戸惑った。
「どうした?恋する傾城のあとを追わなくてもいいのか?」
「今、私の手を眺めて、これが傾城だったらとか考えていたのであろう?」
昆侖はその時、図星のことを当てられたので顔を赤らめた。
「そのとおりのようね」
彼女はにやりと笑うと、誘惑するように彼の目の前に細い腕をちらつかせた。
「なぜ、私が王妃様を好きだと分かったのですか?」
「お前の心の中ぐらい読める」
しばらくして昆侖は彼女の手に自分の大きな手を預けて、尋ねた。
はふっと笑うと、次の瞬間黒の羽衣を一気にはためかせて、舞い上がった。
それは昆侖にとって、驚くべき出来事だった。
武器庫の暗い部屋がどんどん遠ざかり、冷たい夜気がさす地上へと出たからだ。