(彼女が完全に僕から離れてしまった・・ただ痕に残ったのは後悔と涙だけだ・・・ああ、言わなきゃよかった。あんな事・・・)
彼は深閑とした廊下をうつむいてずんずんと進んだ。惨めだった。ひどく打ちひしがれていた。
いつのまにか、気がつかないうちにグリフィンドール塔にたどり着いていた。ギィィ・・という音を立ててドアが開いた先に待っていたのは
暖炉の側の特等席でマットにねっころがっているロンと、テーブルで一心不乱に宿題に取りかかっているハーマイオニーだった。
「おや〜?随分遅い帰還だねぇ。」
ロンがマットにごろごろと寝転んだまま、ハリーのうなだれた表情に気づかずに呑気に猫なで声で言った。
ハリーにとってその声は、むかつくほど甘ったるい声だった。(あきらかに二人の間に何かあったのだろうと察しているようだった)
彼はむらむらっとして何も言わずに、近くの椅子を引っ張ってくるとドサッとハーマイオニー、ロンに背を向けて座った。
すかさずハーマイオニーが「あなたって人は何て無神経なの!ハリーの顔を見て御覧なさいよ」といいたげな表情でロンを睨みつけた。
「ああ・・やあ・・ゴメン・・ああ・・何があったのか聞いてもいいかな?」
ハーマイオニーのひと睨みの意味に気づいたロンは、サッと顔が青ざめ、慌ててマットから起き直ってハリーに言った。
彼はむっつりと押し黙ったままだった。
ハリーは先ほどの秘密をこの二人に話したくはなかった。
だんまり戦術を決め込んでやろうと決め、再び、二人に背を向けて肘掛け椅子に上体をうずめた時、ハーマイオニーが
羽根ペン越しに彼を見つめ、単刀直入に聞いた。
「 なのね?」
ハリーはまだ黙っていた。
「告白したの?」
ハーマイオニーはきびきびと聞いた。
彼は何を聞かれても、だんまり戦術を決め込むつもりだったが、藪から棒のハーマイオニーの発言に驚いてボーっとなり
椅子を彼女の視線の方へ移動させ、「そうだよ・・」と短く呟いていた。
「それでーーえーー彼女、何だって?」
ここでようやく口をはさむ突破口が出来たロンは嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちで気軽な声で、聞いてみた。
「 はーー」
もうここまで聞かれたら一気に言ってしまおうと思ったハリーは、かすれ声で言った。
「 はノーだ。彼女はルーピンが好きなんだ。それから、友達としては好きだけど、それ以上は無理だって・・
そっちの意味では好きになることは決してないって・・。」
彼は今なら断頭台へ向かう囚人の気持ちが分かるような気がした。
他の二人に話すことでーよけいに傷口が開くような気がした。
ロン、ハーマイオニーはなかなか彼にかける言葉がみつからなかった。
おまけに二人は、ハリーが五年間、 のことを強く思い続けていることを知っていたので
失恋にありきたりの慰め言葉「女の子は だけじゃないわよ。」「まあ、どこかにハリーを好きになってくれる子がいるよ」
など彼にかけられなかった。
そのころ、 は必要の部屋で泣いていた。
「ああ・・なんてことをいってしまったんだろう・・好きになることは絶対にないって・・・!あんな残酷な言葉吐いてしまうなどよく、よく、
出来たもんだわ!!」
はしゃくりあげ、クッションを激しく地面に何度も、何度も叩きつけた。
(彼が私から完全に離れた。残されたのはただ涙と、後悔の念だけ。何であんなことを言ったの?
だんだん後悔より、憎しみが増してくる。いい友達だったのに!何でめちゃめちゃに破壊するようなことなど彼は言ったのだろう?)
彼女は酷くくやしくて、悲しくてクッションの端を力強く握りしめた。
一方、やるせない気持ちでベッドに横になったハリーもなかなかいろいろな思いが交錯して眠れないでいた。
(これからどうやって彼女と顔を合わせればいいんだ?僕の言葉で彼女との間が断ち切られた今ーー
明日になったらどの面下げて「おはよう」なんて言えるんだ??後悔してもしきれぐらいしてる。
そう 何だか今は彼女のことが許せなくなってきた。でも、憎むことなんて出来ない。
少なくとも痛みだけ、僕にくれていたのなら。憎むことが出来たのに。でも君はそれ以上のものを僕に与えてくれたから・・・。)
そんなことを考えているうちに彼はうとうととまどろみ、死んだように眠りについていた。
彼は夢を見ていた。DAの誰もいなくなった部屋でルーピンと がキスしている。
「ルーピン先生・・何故ここに!?」
ハリーは酷いショックで呟く。
彼はその言葉を無視して、彼女の腰を抱いて自分の方へと引き寄せた。
「ねえ、 ・・」
今度は彼女を呼んでみる。
「お願いだから邪魔をしないで。私、先生とはこの一年間ずーーっと会ってなかったんだから。」
くるりと自分の方へ向き直った彼女が、ルーピンの首にかじりついたまま、反抗的に口を尖らせた。
嫌だ・・こんなこと・・僕はこの光景を見るためにここに来たんじゃない!やめてくれ!!
ハリーは一人空しく叫んだ。
今度は夢が変わった。
ハリーの体は滑らかで力強く、しなやかだった。
彼は光る金属の格子戸を通過し、石の床を滑っていた。
まるで僕が僕じゃないようだ・・・。
何か別のーそう、蛇になったようなこの感覚・・・。
そう不思議に感じながら、するすると床を滑っていくと行く手に男と女が一人いた。廊下の突き当たりの扉の前に座っている。
男の方は顎がだらりと垂れ下がり、胸についている。
女性のほうは起きていてあちらこちらにキョロキョロと目線を運んでいる。
ハリーはその男女を噛みたかった。
噛みたい?何故だ?何故、そんなことを思うんだ?
わけがわからなかった。
「アーサー!起きて!」
女がガバッと立ち上がり、杖を蛇に向かって突き出した。
「それ以上きてごらん。燃やしてやるから!」
女はがたがた震えながらも叫んだ。
「どうした?う・わっ・ダム(畜生)!蛇だ。ミナ、下がるんだ。」
男が女の悲鳴に気づき、急に立ち上がって悪態をついた。
「ダメです!アーサー、前に飛び出しては!!あぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
女の悲鳴が響き渡った。
男はとっさに女の前に立ちはだかった。
ハリーは床からワッと伸び上がり、すかさず男に飛びかかった。
ズブッ、ズブッ、ズブッ!
いや〜な音と共にハリーは男の腹に牙を三度もつきたてた。
「燃え・・いやっ!離しなさい!!離して!」
女が蛇に向かって呪文を放とうと杖を向けたとき、どさくさに紛れてやってきた別の男が彼女の後ろに回りこみ、
鼻にハンカチを押し付けた。
「離し・・」
女はしばらく激しく抵抗していたが、ドサリと床にくずおれた。
男の方は「ミナ!」と叫びながら大量の血を流して床に倒れた。
その別の男は女を床から抱き上げると、なぜか愛しそうにその黒髪を撫ぜた。
「待て!!」
今度は別の声がした。女だ。
ハリーは音源のするほうへ向き直った。
チクショウ・・邪魔な乱入者め・・!
よせ!やめろ!ハリーは叫んだ。だが、ハリーの意思とはうらはらに体はするすると床を滑って、その女にあっという間に襲いかかった。
「クッ!」
女の歯軋りが聞こえた。
さあ、噛みつけ、噛みつけ、ハリーは女に向かって牙をむき出した。
ボウッ!ザシュッ!ボォォォォ!!すざまじい音がした。火薬のこげつける匂いと共にハリーは苦痛で、床をのた打ち回った。女が隠し持っていた発炎筒をハリーの右目に投げつけたのだ。
途端に額が激しく痛んだ・・・激痛で額が割れそうだ・・・。
「ハリー!!ハリー!!」
誰かの声がした。
ハリーは目覚めた。
その体はびっしょりと冷や汗にまみれ、おまけにのたうちまわったあまり、ベッドから転げ落ちていた。
「ハリー!おい、ハリー!」
ロンが酷く驚いた顔で彼の上に覆いかぶさっていた。