「リーマス、リーマス!!」

燃えるような黒髪をなびかせながら、その少女は黒い森から駆けてきた。

「おはよう。 !!」

黒い森の出口に、古ぼけた田舎家―リーマス・J・ルーピンが窓から顔を覗かせた。

「ケーキの材料を持ってきました!!」

は、二階の窓から顔を覗かせているルーピンに呼びかけた。


彼女は城での朝食を済ますとすぐにルーピンの家へ向かった。


なぜならもうすぐ友人のハリー・ポッターの誕生日で、彼女は元教授のリーマス・J・ルーピンに一緒にバーズデー・ケーキを

作って彼に送らないかと提案したからだ。


彼はもろてをあげて、賛成し、 とルーピンはいろいろ考えたあげく、大きなチョコレートケーキを作ることに決めた。














「何か最近顔色いいですね〜本当ですよーホグワーツにいた時より」

はチョコレートを溶かしながら、言った。

「ここには脱狼薬より効くものがあるからね――自然と美味しい空気と、そして・・」

そこでルーピンは の方をじーっと見た。

「熱いっ!水、水!」

湯せんにかけていたチョコレートが飛んで、彼女の腕にかかった。

ルーピンは残念そうに「聞いてないか」と呟いた。

ようやくルーピンが作っていたスポンジケーキも出来上がり、仕上げのデコレーションとなった。

真っ白なホイップ・クリームを絞り、外側の飾りつけはルーピンが丁寧に行った。

「じゃあ中心は私が文字を書きますね―ハッピーバーズデー、ハリー・・」

は,頬にチョコレートがついているのも構わずに

ルーピンからホイップクリームを受け取るとチューブを絞り、大きく複雑な渦巻状の飾り文字を描いた。

「できた!」

「うん、なかなか言い出来だね、彼きっと喜ぶよ――あ、ついでだけど頬にチョコレートがついてるよ。失礼!」

「あっ、ありがとう。」

ルーピンは彼女の頬を指でなぞると、突いていたチョコを掬い取り、ぺろっと舐めた。

その後、ルーピンはケーキに腐りにくくする魔法をかけ、 が用意した箱に詰めた。

もちろん、自分達が書いた手紙も一緒に入れて。

そしてルーピンは箱に縮小呪文をかけると、あらかじめ手配した森梟を呼び、その足に箱を紐で括りつけた。






オセアニアのある島―――

脱獄犯シリウス・ブラックは真っ青な海を眺めながら、束の間の自由を満喫していた。

そこへバサバサバサッと羽音がして大きなコノハズクが飛んできた。

「誰からだ?」

A4サイズの薄い茶封筒を彼は開いた。

中から出てきたのは一枚の女性の写真、英語で書かれた書類とメモ。


私はモルドヴィツア修道院のシスター・イルマ・ジョーゼフと申します。

 どうか驚かないで聞いてくださいまし。私は数年前まであなた様の妹とハンガリーで暮らしておりました。

 実は私の姉が彼女を19年間里親として育てました。彼女は今、ルーマニアのブラド伯爵家の料理人として働いています。」

メモにはこのような文面が書かれてあった。

「私に妹が?まさか・・・どういうことだ!?」

シリウスは衝撃を隠せないままに書類に目を通した。

「ハンガリー名―サロルタ・マイラート、19○○年・・アメリカ―ラスベガス、本名ジェニファー・アダムズ・ブラック!?」

シリウスの手が小刻みに震えていた。

「私には弟しかいないはずだが・・なぜ?」

シリウスは呆然として次の文字を追った。

「待てよ・・サロルタ・マイラート・・どこかで聞いた名前だが」

シリウスは顎に手をかけ、しばらくの間考え込んだ。

「サロルタ・マイラート・・サロルタ・・あっ!」





「あの・・どこかでお会いしたことありませんか?」

「いいや」

「名前はサロルタだったけな・・心当たりのない名前だ・・」


ここに来る前、ルーピンと共に亡きエイミーの娘、 の居城に立ち寄ったことが思い出された。

「ブラド伯爵家・・間違いない・・彼女の家名だ」

シリウスは再び書類を確認した。

写真も確認してみる。

赤毛の髪、彼と同じグレーの眼―



シリウスが悶々と悩んでいたその時、コツンと音がしてカラスが彼の頭の上にもう一通手紙を落としていった。

宛名はシリウスとなっており、差出人は となっていた。

彼は慌てて手紙を開封した。



お元気ですか?シリウス ――無事に目的地へは着きましたか?

実は奇妙なことがあったので、お話します。

5日前、城に地元のモルドヴィツア修道院から書類と女性の写真が届きました。

ミナ伯母さんがたまたま不在だったため、私が書類に目を通したのです。

するとそこには、城で料理人をしているサロルタ・マイラートがシリウスの妹だというようなことが書いてありました。

本当なんですか?サロルタ・・いえ、ジェニファーがあなたの妹だったなんて!



すみません・・逃亡中のシリウスに新たな疑惑を持ち込んでしまって。怒ってるかな?

でも、これは大事なことだと思ったので早急に書類を送付したのです。


                         より




彼女が送ってきた書類、写真もシリウスが先ほど見ていたのと全く同じものだった。


シリウスはすぐに羽ペンと羊皮紙を取り出し、手紙を書いた。



私のところにも同じ書類と写真が修道院から送られてきた。

私にはとても信じられないが、この書類の内容はおそらく本当だろう。それに送り主は神に使える修道女だ。彼女は嘘をつかないだろう。

ジェニファーは間違いなく私の妹に違いない。

だが、私はこんなややこしい身の上だ。仮にジェニファーに会えたとしても、どの面下げて兄だと告白できるのだろう?

彼女はお尋ね者が自分の兄だと知って、どんなに悲しむだろうか。


ああ、。この気持ちを君なら分かってくれるだろうか?

もう一度、君に会いたい。出来ないと分かりながら、言ってしまう。


                    君の黒犬より



シリウスはカラスの足に手紙を結びつけた。




所変わってルーマニア――時刻は明け方の4時を回ったところだ。

はピンクの羽毛布団に包まり、深い眠りに落ちていた。

「ワームテール、もっと俺様を火に近づけるのだ・・」

背筋まで凍るような残酷な声―誰だろう?

小男が何かを暖炉の側に運んでいる。

戸の外では体の不自由な老人が彼らの話を立ち聞きしていた。

「ご主人様、ハリー・ポッターなしでもおできになるのでは?」

ワームテールがおどおどと話しかけている。

「あの小僧でなければダメだ。他の奴は使わぬ。俺様の計画は確実に上手く行く。あとはワームテール。

 お前がわずかな勇気を持てばいい―ヴォルデモート卿の極限の怒りに触れたくなければ、勇気を振り絞るがよい―」

そう黒い影はワームテールに宣言した。

「さ、左様でございますか――ご主人様。お、おおせの通りに計画を実行させていただきます・・・。」

ワームテールは怯え、手をこすりあわせながら言った。

「ところでワームテール。この女を知っているか?」

黒い影は近くにあった鏡に魔法をかけ、 の姿を映し出してみせた。

「は、は、はい・・。ぞ存じておりますとも」

ワームテールはちょっと赤くなって答えた。

「この女も今回の計画に必要だ。ただし、決して殺したり、傷つけてはならぬ!それ以外の方法でどんなことをしてでも

 この女を我が元へ連れて来い!」

「し、しかし―ご主人様。この少女もハリー・ポッターも厳重に保護されておりますので、手をつけるのは非常に難しい

 かと。それにご主人様、聞いてもよろしいでしょうか?

 なぜこの少女が役に立つのでしょうか?」ワームテールはありったけの勇気をかき集め、声を振り絞った。

「わからぬか?この女はバンパイアだ。それも強力な闇の力を秘めたーこの女はサイコロだ。

 ダンブルドアの方に転ぶか、我が元に転ぶかーそれだけでずいぶんと結果が異なってくる。

 ククク・・面白いことになってきたぞ。バンパイアと化した女とハリー・ポッターを引き合わせる時がな」

黒い影はそこまで言うと、冷たい声で高らかに笑い出した。




彼女は声にならないすざまじい悲鳴を上げて、ベッドから起き上がった。

彼女は喘ぎ、気だるそうに起きあがり血を求めてふらふらと部屋の扉に手をかけた。



城下の黒い森から狼の物悲しい遠吠えが聞こえてきた。まるで彼女を呼んでいるようだ。

「リーマス、あなたなのね?」

は紅く妖しい瞳をらんらんと輝かせ、牙を剥き出しにして、顔をほころばせた。


「リーマス!!」

彼女はもう我慢できずにベッドから、飛び降り窓を開け、バルコニーから飛び降りた。

彼女が中央の薔薇の庭園を潜り抜けると、美しい薔薇はあっという間にどす黒く変色して立ち枯れた。

そして彼女は城門を開け、素足のまま、ネグリジェの裾をたくし上げて黒い森を疾走した。

「リーマス!!リーマス!!どこにいるの?」

彼女は辺りをきょろきょろ見回した。生温い風が彼女の長いネグリジェの裾をパタパタとはためかせている。

「リーマス!!」

目的の声はだんだんと彼女の方に近づいてくる。

は大迷路のような黒い森を疾走し、周囲を石の彫刻と芝生に囲まれた場所に出た。

そこはストーンヘンジのように石像や、不思議な台座が規則的に並べられていた。


「リーマス?」

は石像の一つ、乙女の像の横でで立ち止まった。ふわふわと黒髪が風にゆられてはためいた。

反対側の像からヌッと黒い大きな影が姿を表した。


「リーマス、見つけた!」

彼女は喘ぎ、にやりと小悪魔的な笑みを浮かべた。

狼は紛れもなく、あのリーマス・ルーピンの変わり果てた姿だった。

彼は彼女の姿を見ると、子犬のように甘えた声を出しおとなしくなった。

は狼を見上げた。

二人は無言でみつめあった。

狼の呼吸が激しくなるのがわかった。

「リーマス・・」

彼女はとても静かな、少しかすれた声で囁きかけた。

次の瞬間、狼が彼女に飛びかかり、台座の上に押し倒した。

その夜、満月の青白く差し込む台座の上で、二人は二匹の傷ついた動物のようにお互いをむさぼりあった。

狼の舌が彼女の胸や首、太ももを隈なく這いまわり、彼の牙が彼女のすべらかな皮膚に何度も、何度も食い込んだ。

肌はあっという間に彼の鋭い爪や牙で傷だらけになり、鮮血があちこちからにじみ出た。

は何かを必死につかもうとするかのように、暗がりの中に両手を差し伸べて喘いだ。

彼女は腕を彼の首に回し、抱きしめた。

次の瞬間、おびただだしい大量の鮮血が飛び散り、近くの石像に雨あられのように降りそそいだ。


の大絶叫が黒い森に響き渡った。

狼が鋭い牙を思い切り、彼女の首に何回も突き刺したのだ。

狼の全身には返り血が、 のネグリジェには大量の血が染み込んだ。






ちょうどその時、満月が沈み、東の空から神々しい朝日が昇り始めた。


は台座から転がり落ち、地面をのたうちまわった。

同じく狼も地面に這いつくばり、苦痛の叫びを上げた。

人狼、吸血鬼にとって太陽の光は天敵なのだ。

いつしか二人は意識を失い、仲良くその場で事切れた。

小鳥のさえずりが聞こえる中、人間の姿に戻ったリーマス・ルーピンと血まみれのネグリジェをまとった

の顔にさんさんと太陽の光が降り注いでいた。

嬢様!?」

「リーマス!?」


ミナ、サロルタが瀕死の と大量の返り血を浴びたリーマスを発見するのはもう少し後である。







炎のゴブレット編開始です。シリウスの妹のこと・・満月の夜の血の饗宴・・・。
いきなりダークな展開に。





 




 











 





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